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  双龍の絆 作者:永島園子
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 その店は何でも美味いと評判になっている。
 さほど店構えは大きくない。だが、出て来る食べ物がどれも気が効いていて、美味くて、庶民的な価格だった。

「朝はその朝定食、昼は昼定食がよろしい。毎日違う料理が日替わりで出て、楽しめますぞ。食事でなければ『デザート』と言うのも、どれも美味くて中々の物です」

 その言葉を発したのは、小柄でどことなく品の有る老人だった。学者や画家や工房の主などが好んでかぶる布製の帽子をかぶっている。色は黒くて地球のベレー帽とほぼ同じような形だ。オルトにおいて黒は女神の色、あるいは女神の加護を願う色とされる。

「失礼ですが今召し上がっておいでの物は、上下の丸い米の生地に、魚醤の香ばしい風味の肉と野菜の炒め物が挟まれているようですが……」

 そう応じた中年男の口調はおっとりとしている。身なりはそこそこ豊かな農民か、ちょっとした田舎の地主が旅をしているといった感じだ。かなり大柄で姿勢が良い。キタイで騎士団長を努めるクラウス・ド・ピネ・聖域侯と競るのではないかと思われる背の高さだ。灰色の髪に灰色の目、そして灰色の短いあごひげが印象的だ。

「私は料理にはトンと不案内でして。じゃが、この魚醤は近頃評判のキタイのトラブゾン産のようですぞ。ほれ、そこの壁にそのような案内が出ておりますからな」
「なるほど!トラブゾン村の物ですか。では、私も同じものを頂戴しましょう」

 中年男も『日替わり米バーガーセット』を注文した。

「オルテスは初めてでいらっしゃるのかな?」
 老人は中年男に興味を覚えたらしい。確かに帝国にはあまり灰色の髪と目の人間は居ない。せいぜいこの店の主ぐらいしか見た記憶がない。
「はい。私はキタイのゾルル山の麓で百姓をやっております」

 キタイと帝国の間の関門は常に開かれており、犯罪者でもない限り今は誰でも往来が自由だ。

「ゾルル山の麓と言えば、開祖皇帝と共に戦い後にに下った伝説の女戦士エミーネの隠棲した土地がそのあたりでは有りませんか?」
「はあ。一応我が家はエミーネの末裔という言い伝えが有りますが、祖父も父も私も、別にただの凡人です」
「ですが、代々エミーネゆかりの聖剣を守ってこられたのでは?」
「はあ。ですが、十年前になりますか……真の使い手の方がおいでになって、先祖伝来の開かずの箱をお明けになり、剣をお持ちになりました」
「ひょっとしてその剣は……」
「花の剣とも言われる『チチェック』です」
「おう!ならばあなたは『チチェック』の使い手であるレオンハートのロザリア姫を御存知ですな?私はかの姫と夫君となられたクラウス君に、幼いころ学問を教えさせていただいたティボーと申すものです」
「私はゼキと申します。ゾルル山の麓のボル村の村長を努めさせていただいております」
「あなたは皇帝陛下にも直接お目にかかれるお立場だと、クラウス君から聞いた記憶がありますが、何か特別な御用件でもお有りなのですか?」

 この義理堅そうな好人物の大男が、何か込み入った事情を抱えていそうだと言うのはティボーにも判った。

「いやあ……微妙な話なのです。大恩有る皇帝陛下に関係の深い話ですが、いまや真の番である方が御一緒なわけで……ですから、まずはクラウス様とロザリア様に御相談しなくてはと思いまして……」
「ふうむ。それは、キタイに二十名居られると言う陛下の知られざるお子に関わる事でしょうか」
「さ、さすが……御明察の通りです。私の妻の弟が結婚を決意したと言う相手の女性には、さる高貴な方との間にひっそりと設けたお子が居りまして……その義弟の話を聞けば聞くほど、その高貴な方と言うのが陛下であられるように思われました。そのお子の髪は灰色ですが、瞳は美しい緑だそうですし」

 緑の目は金の龍に関わりが深いとされる特別な色だ。

「そのお子は男児ですか、女児ですか?」
「男のお子で、七歳におなりですが、大変に賢いお子のようなのです。十歳になったら実の父上と対面すると言うお約束だと聞いております。その女性と義弟は共同で絨毯作りの工房をやっておりまして、商売は繁盛し、町家のものとしては悪くはない暮らし向きと言えましょうが……貴族の方々なら三歳ごろから学問や技芸を学ばれるわけで、このままではそのお子がお気の毒な事になるのではないかと私としては、気がかりなのです」
「では、それを召し上がったら、早速にレオンハート公爵のお邸に参りましょう。クラウス君は仕事でキタイでしょうが、ロザリア姫はおいでのはずだ」
「ありがとうございます。助かります」

 大男のゼキは思い切り身を屈めて、礼をした。よほどホッとしたらしい。やがて、二人は連れ立って店を出て行った。二人とも勘定を受け取った、その眼鏡をかけた髪も目も灰色の男の正体を見抜けなかった。

 カフェ『金と銀』の経営は順調だった。来年あたりは支店を出せそうな状況で、キタイから移り住んだ調理師夫婦もますます頑張っている。今日はその夫婦に休みをやって、代わりにマークとフェリシアで店の仕事をこなしていた。店に立つ時のマークは黒縁の眼鏡をかけ、髪も目も魔法で灰色に変えている。

「ゼキ村長は僕に気がつかなかったようだね。彼に会うときは髪が茶褐色か金色かのどちらかだからな。でも、魔法で髪の色も目の色も変える事が有ると知られているわけだから、ヒヤヒヤした。ティボーさんは店の常連だけど、皇帝として会った事は無いから大丈夫だろう」

 フェリシアは髪も目も琥珀色に変えている。

「ねえ……フェリシア……」

 マークは困惑していた。二十人の庶子をフェリシアに引き合わせるのは、二人の絆がもっと強固になってからにする予定であったのだ。

「あの……フェリシア……」
「私なら、大丈夫です。今、ダーリンの御気持ちがどこかの女性の方に向いているのでもないですし、二十人のお子様を生んだ方たちは、皆、別の方との結婚をなさる事になるはずですから」

 フェリシアの冷静な反応にマークは、ホッとした。

「先ほどのゼキさんのお話に出てきたお子さんは、聖剣の使い手かもしれませんね」
「そう、思う?」
「そんな気がします」
「ならば、絨毯工房をやってる親の所より、どこかの貴族に預けるべきなんだろうな」
「私の両親……とか……」
「そりゃあ、君の両親なら願ったりかなったりだ。もうすぐ、聖域侯としての独立した邸もできるし、時期としては悪くなさそうだが……フェリシアは、やっぱり嫌だろう?」
「焼き餅は、ダーリンが今まで同様、私だけを可愛がって下さるなら……他の女の方とベッドを共になさらないのなら……きっと大丈夫です」
「僕はもうフェリシア以外の誰かを、抱いたりしないよ」

 まだまだ幼いフェリシアをマークは膝に乗せ、誰も居なくなった店内で、二人は深い口付けを交わした。それだけで十分に二人の想いは通い合う事が出来たのだった。
フェリシア五歳
マークは三十五歳
ロザリアは十七歳
になってます。
【恋愛遊牧民R+】


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