ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
今話は改定前の『第五話 旅立った少年』を改定後の設定に合わせて修正・加筆したものです。

改定前が五話で、改定後が十四話とか話しが長いな。

予約掲載をしたつもりがうっかりそのまま投稿してしまいました。消して再投稿するのもアレなんでこのままでいきます。

今回の文字数も前話同様に長めの19884字となっています。

それではどうぞ!!
第一章:構成編
第十四話     卒業させられた少年
 イギリスはウェールズのペンブルック州にある、のどかな田舎町にその建物はあった。緑に囲まれた静かで穏やかな街の一画に、一般人には知られずにある教育機関がある。

 歴史を感じさせる格調高き伝統的な建築物。その中心に聳える講堂の中で、1つの儀式が執り行われていた。

 頭までローブにスッポリと覆われ、杖を持った大勢の者達が見守る中で、ローブにトンガリ帽子と言う如何にも魔法使いな格好をした少年少女達が数人いる。

 そんな少年少女の彼らから見て、正面の少し高くなった演台の向こうにいるのは、この場所の責任者である校長。この場で最も多くの視線を集めているその人物は、背後のガラス越しに差し込む光によって、その威厳をより高めているかのようであった。

 魔法を以って人知れず社会に貢献する人物を目指す子供たちが、この地を出立しようとしていた。

 腹に響く様な鐘の音。今日はメルディアナ魔法学校にある大聖堂を思わせる広間で卒業式を行っており、そこには、厳粛な空気が張り詰めていた。

 胸の下まで伸びた立派な白髭に、年季の入った豪奢なローブという高位の魔法使い然としたメルディアナ魔法学校校長が、壇上の下に並ぶ今年度の卒業生達に祝福の言葉を贈っていた。

 今年度の卒業生の数は六人、男の子は深い緑色のローブ、女の子は紺色のローブに三角帽と、それぞれ新米魔法使いらしさを匂わす服装で顔に緊張を滲ませて立っている。

 そんな未来を感じさせる少年少女たちの端で、アスカは一人緊張感もなく立っている。

 一人だけ頭に何も被らずに金の髪を晒している。それに他の男の子たちと違って深い緑色のローブではなく、黒いコートを着ているので一人だけ目立って仕方がない。

 当然、アスカにも着替えるように要請はあったものの、アスカはこれを頑なに拒否した。アスカにとって、メルディアナ魔法学校は『敵地』に近い。そのような状態なので、ここで出されたものは食事や飲み物を決して口にしないし、どれだけリラックスしているように見えても、完全に気を抜くことなどあり得ない

 このコートはアスカと玉藻が素材から拘り、可能な限りの魔法、物理防御をかけて一から作り上げた力作である。

 素材は<気>や<魔力>、そして<チャクラ>を通しやすい最高級の絹。それも糸を紡ぐ時点からアスカが三種の<力>込め続けたという、値段にすれば途轍もなく高価になる代物だ。

 金と手間隙を惜しみなくつぎ込んだ結果、芸術品と言うべきコートが出来上がった。

 しかし、費用もそれに相応しいもので、これ一着で車が買えるどころではなく、はっきり言って特注しようと思えば豪邸が建つほどの金が必要になる。

 コートには山程の仕掛けが施してあり、武装も為されているので襲撃を受けようがアスカには対処する自信がある。まあ、卒業式に武装していく卒業生などアスカぐらいなものであるが。

 ちなみに、コートの色を黒にしたのは、普通の魔法使いが白色のローブを好むのに反発してのことである。小さいことでもアスカには決して譲れないものであった。

「卒業証書授与、この七年間よくがんばってきた。だが、これからの修行が本番だ。気を抜くでないぞ」

 低く、それでいて良く通る声が反響しながら講堂中に響き渡り、少年少女達に僅かな緊張が走る。

 いよいよ明かされる彼らの未来への第1歩。立派な魔法使い(マギステル・マギ)になるべくこれから修行を始める彼らに取って、この時は緊張の一瞬なのだろう(一人は緊張感など欠片もないが)。

 アスカは彼らを横目に校長の後ろの窓ガラスの向こうを脱力した視線で見ているようで警戒を解いていない。

 これから巣立っていく教え子達へ、人生の先輩としての訓示が述べられる。卒業式開始と同時に続いていた訓辞がようやく終わり、ついに卒業証書の授与に移る。

 そしていよいよ始まる卒業証書の授与。講堂に静かな緊張が走る。

「これより卒業証書の授与を行う メルディアナ魔法学校卒業生代表!ネギ・スプリングフィールド!前へ」

「ハイ!」

 電球は使われず、明かりは蝋燭のみで照らされている薄暗いホールの中に、ネギの声が響き渡る。

 少年少女達の中で真ん中にいた幼い顔つきの、いかにも魔法使いチックな白いローブを頭まで被った赤毛の少年。

 ネギ・スプリングフィールドと呼ばれた少年………アスカの双子の兄は主席なので一番最初に名前を呼ばれ、芯の通る声で返事をしてから、ゆっくりと前に踏み出して壇上へと進み出て校長から手渡される卒業証書、それを両手でしっかりと受け取り、返礼をして壇上から元の位置に戻る。

 最後にアスカがネギを見たのは確か四年前だったか。卒業式が始まるまで教師陣と一悶着合ったので顔も見ていなかった。

 四年前も遠目から見ただけで顔を合わせて会話をしたのは六年前の病室の一件以来一度も無い。背が伸びただけで他は何も変わっていないようにアスカには見えた。といっても、パッと見なのでそれぐらいしか分からないが。

 卒業証書を脇に挟み持って卒業生達の所へ戻るネギへ、魔法学校の教員や在校生達とは別の適当な拍手を贈りながら、アスカは込み上げてくる欠伸を噛み殺すのに難儀していた。

 卒業式というものはとても退屈なのだ。しかも、ちゃんと通ったのは最初の一年だけで次の年は図書館に篭りきり(それも大半は影分身が行っていた)で、四年前に飛び出してからは一度も近づいていないので、アスカに卒業式だからと感傷を持てという方が難しい。

 それに、昨日の夜にイギリスに着いて時差ボケもあって一年間暮らした教会に帰ってさっさと寝ようと思ったのだが、四年間もの長い間整理されていなかったので埃やらで掃除しなければならなかった。

 懐かしさもあって分身を使わずに掃除したので殆ど寝ていない。旅の疲れもあって眠たいことこの上ない。

《動きは武術などをやっているそれではなく、完全に素人。しかし、主席なんだから成績は良いみたいだけど、膨大な魔力を完全にコントロールはできていないみたいだな》

 歩き方や姿勢を見れば、ある程度武術や格闘技などをやっているかどうか分かる。まあ、魔法学校なのだからそっち系統の勉強などするはずもないから当たり前なのだ。

 知識面では主席なのだから優秀なのだろう。しかし、ナギ譲りの魔力を完全にコントロールできていないようで、ギリギリで制御できているが気が抜けたりしたらネギの身体から途端に魔力が溢れ出すだろうことが容易く予想できた。

《そうじゃのう、旅にである前にネカネがネギにくしゃみで服を弾き飛ばされておったことがあったな。あれでよく英国紳士をなのれるものじゃな。英国紳士よりラッキースケベを名乗るべきじゃろう。流石に衆人環視の中で脱がされたネカネが哀れじゃった》

《ああ、そういえばそんなこともあったね》

 アスカの記憶には殆ど残っていないが入学して少し経った頃に、衆人環視の中でネギがくしゃみをしてネカネの着ていた服を全て弾き飛ばすことがあった。

 それを遠目からアスカも見たがあれはひどかった。服を脱がされている時点で幸いと言えるか分からないけど、その時は一緒にいた女生徒が直ぐにローブをかけてくれたけど、近くにいた男達に好色な視線を向けられてネカネも涙目だった。
 
 教師もその場にいたし、あの頃よりかはマシになったようだが何でもっとちゃんと魔力コントロールをさせないのかアスカには分からない。もしかしたら単純にネカネも美人なので、その教師も男だったからまた見たいだけなのかもしれないが。

 しかし、くしゃみして服だけを吹き飛ばすとかまるで狙っているようだ。あれで英国紳士を名乗るとは本場の人に喧嘩を売っている。

「次に…………アンナ・ユーリエウナ・ココロウァ君」

「はい!」

 先ほどの少年と同じ様な赤毛の元気のいい少女が次に呼ばれて前に出る。同様に卒業証書を受け取り一礼してから元の場所へと戻る。

 その少女に対して、アスカはネギと同様に複雑な感情を抱かざるを得ない。結局あの日以来ネギと同じく会話をかわしていない。

 とはいえ、旅に出ている間はほとんど存在自体を忘れていて、思い出したのが極最近なのだがそれも仕方のない部分がある。アスカが二人のことを忘れていたのは、彼が薄情だからと云うわけではない。それだけ日常が波乱万丈だったということで、過去を振り返る暇がなかったことを示している。

 忘れていたことを気にしても仕方が無いので、早く終わらないかなと考える。たった六人なのに掛かっている時間が長く感じる。

 玉藻と会話をしてると他の卒業生三人も同様に進み、何時の間にかアスカの番がやってきていた。

 アスカは退学したつもりだったが留学扱いになっている。とはいえ、授業に出ていないので卒業生の中で最下位。呼ばれるのは必然最後だ。

「最後に、アスカ・スプリングフィールド君」

「………はい」

 呼ばれたのでアスカは睡眠不足からくる倦怠感から億劫そうに返事をして壇上に上がり、微妙そうな顔の校長から卒業証書を貰ってまた元の位置に戻る。

 元の場所に戻るとどこからか数人の呟きが聞こえる。

「なんで学校にいなかった奴が卒業できるんだ?」

「何でも留学してらしいぞ。論文も発表しているとか」

「ほら、あれだ。どうせ英雄の息子だからだろ」

 本人たちは周りの人に聞こえないぐらいの小声で呟いているつもりだろうが、生憎アスカの五感は鍛えられるため聞こえていた。が、彼らが言うことも最もで、アスカ自身もそう思うがこれ以上聞いていると気分が悪くなりそうなので、聞くのを止める。

「うぅっ…………ネギ、アーニャ、アスカ、立派になって」

 堂々とした足取りで校長の前まで歩み、「おめでとう」という祝福の言葉とともに卒業証書を渡されるネギとアーニャ、そしてアスカの姿(アスカはやる気なくだらだらとした姿だがネカネにはフィルターでも掛かっているのか?)にネカネは成長を感じて感極まって、口元を押さえて泣いていた。

 これで卒業式が終わり、ネギたち卒業生だけでなく職員や在校生達が広間を後にし始めた瞬間、アスカは【隠遁術】で気配を消して壁際に寄った。ネカネが自分を探しているのが見えたが姿を見せることは無かった。

人がいなくなるのを待って手に持っていた括られている卒業証書を開く、ゆっくり文字が浮かび上がってくる。

「さて、試験は何かなっと」

 手に持つ証書に修行内容が書かれてるらしいが、アスカには大して興味もない。多少の感心はあれども魔法使いとしては三流でしかないアスカが修行する意味などないからだ。

 どんな陰謀が張り巡らされているのかな、と思いながら開いた紙にはこう書いてあった。


< 日本で教師をする >


 浮かび上がってきた文章が信じられず、一度かけていたサングラスを外して目を擦り、念のためもう一度読み返すが、やはり文字に変化はない。

《なぜ教師? しかも日本と限定しているんだ?》

《間違いではないのか。でなければ、10にもならない子供が教師をやるなどあり得ん》

《そうだよね。まあ、どちの道行くつもりだったし、校長室に行くか》

 修行内容に疑問はつきないが最初から校長室に行くつもりだったので、ついでに聞くかと【隠遁術】を解除して、どこまでも軽い足取りで、静かになったホールを独り悠然と出て行った。





 卒業式が終わった直後、場所は変わって講堂につながる外廊下に先ほどの少年たちが何やらワイワイと騒ぎながら歩いており、その後ろを彼らより年上らしき女性が辺りをキョロキョロと落ち着きなく見ながら遅れて歩いていた。

(…………どこにもいない)

 ネギとアーニャの二人が話しているがその中でネカネだけは周りを見渡し、もう一人の弟であるアスカを捜しているが人が多くて見つからない。もう先に帰ってしまったのかと思い、気を落とす。

 その事実に重い溜息が出る。それに周りがうまく隠しているつもりだろうがネカネはアスカが周りにどう思われ、どういう扱いを受けているのかを知っていた。

 と、言ってもアスカに陰口を言ったりネギに近づこうとして実力行使に出た人間達が後で何かひどいことされたらしく、そのことが広まっていた噂を偶々知ったのだ。

 ネギは魔法学校に入学すると勉強三昧の生活で、気に掛けなければどんなことになるのか想像が付いたので、傍を離れることができなかった。

 ネギとは対照的にアスカは魔法学校に入学してからも、何時も通りの雰囲気で魔法学校に入る前と同じ態度で過ごしており、何の変化がないためネカネは気付かなかったのだ。

 それでも知ったのは噂が広まってからかなり経ってからであり、既に虐めと言えるものは収束していたが、周りのアスカに対する反応は以前として剣呑なものだった。

 数人の教師と生徒が廃人同様になるなど大きな事件になり、虐めをしていた主犯格ばかりが被害者の為疑いを向けられたアスカの元に行ったが一緒にいるときにも同様の事件が起きており、ネカネが証言してアリバイもあるため犯人ではないとネカネは信じたが周りの疑いが晴れることはなかった。

 それどころかアスカは四年前、とある事件を起こした直後に突然彼女たちの前から姿を消した。その事実に気付いたのは、校長から書置きと退学届けを残していなくなったと聞かされてからだ。

 ネカネはちゃんとアスカの姉をやれているのかとあれから思ってしまう。

 思い返すと、アスカは小さい頃から大抵の事は一人で出来てしまう子だった。年相応な子供らしかったネギとは違い、常に周りに線を引いており誰かに甘えているのを見た記憶がない。

 魔法学校ではネギの事にばかりかまけていて、アスカにはほとんど構ってやれなかった。アスカの趣味は? 好きなものは? と聞かれてもほとんど何も答えられない。下手したらアスカより自分の友達のほうがよく知っているぐらいだ。これでは家族失格だと言われても不思議ではない。

 それにネギとアーニャとの確執についてアスカには何の責任もなく、二人もアスカに謝りたいようだが、既にかなりの時間が経っており、謝るタイミングを逸してしまっている。

 少なくともアーニャの問題については、石化さえ解ければ解決の目処は立つが、ネギの問題は根がかなり深い。

 元々二人の間には溝があり、虐めの環境にあったアスカがネギを憎んでいても何も不思議ではない。時間だけしか解決する術はないのか、と八方塞がりになってしまう。

 ネギたちと同じくアスカの保護者でもあるのに、思えばアスカには何もしてやれなかった。挙句の果てには、心配しても逆に自分が心配されるような始末。

 いなくなってから魔法学校でのアスカの扱いや何があったのかを聞いた。虐め、望まぬ殺害。きっと苦しかっただろう、辛かっただろう。

 だけど、アスカは決してネカネに本心を明かそうとはしなかった。どれだけ苦しくても、辛くても、助けを求めることも、自分の知る限り弱音を吐くこともしなかった。

 それを知ってしまったが故にアスカの失踪以来、常にネカネは後悔を胸に生きてきた。当初は悩みすぎて体調を崩すことも多く、ネギたちに心配されて更に悩む………という悪循環に陥っていた。

 それも校長から伝えられた目撃情報などでアスカが誘拐などの事件に巻き込まれたのではなく、自分の意思で出て行ったが少なくとも元気でいることは分かったので持ち直すことが出来た。

 どうにかできないものかと悩み校長に相談に行ったが、校長もアスカを捕まえることができなかった。だが、数ヶ月前にアスカが中国にいる事が分かり、校長が何らかの方法を使って卒業生として式に呼ぶことが出来た。

 しかし、四年前より身長が凄く伸びていて驚いた。双子のネギとの身長差が10cm以上あるだろう。同じように卒業式で久しぶりに顔を合わせたネギとアーニャもびっくりした顔をしていた。

 だが、今だに話ができていない。それどころか面と向かいあうことすらできない。

 アスカは前日に到着して、式が始まる直前に姿を現したので遠目でしか見れなかった。卒業式が終わった後に探すも、何時の間にか姿を消していた。
 
 避けられている。

 その事実に胸が張り裂けそうになるほどの哀しみが満ちる。

(そうよね。何も出来ない、迷惑ばかりかける私には会いたくないのよね)

 別にアスカにはネカネを避けている気はないが、旅に出るときも何も言わなかったためどういう顔をしたらいいのか分からず敬遠しているのは事実。

 そしてアスカに対して今まで何もしてやれなかった事が、ネカネの心に重く圧し掛かる。こういう変に自虐的というか、自分に責任を求める気質は従姉とはいえ、アスカと良く似ているのは血が繫がっているだからだろうか。

 本人は強く責任を感じているがアスカの対する件で責任はネカネにはない。全くないとは言えないがそれでも小さなものだろう。

 より責任が重いのは管理不行届きで校長だろうが、校長にしても脱獄囚の一件でようやくアスカの周囲と本人の異変に気付けたのだから救いようがない。事実、ネギもアーニャもアスカが出て行く契機となった事件があったことは知っているが、虐めや脱獄囚の事件には未だに気付いていない。

「ネギは何て書いてあった? 私はロンドンで占い師よ」

 先程アンナ・ユーリエウナ・ココロウァと呼ばれていた赤毛の少女が、ネギに話を振っているようだ。ネカネもそれが気になり、思考を一時中断しネギを見る。

「今浮かびあがるところ……お………」

「どう?………」

 ネギと呼ばれた少年の持つ卒業証書に、僅かな明りと共に文字が浮かび上がった。

「え~と………に、日本で先生をやること……」

「「ええぇぇ~っ!?」」

 日本で先生、その言葉に理解できないアーニャは驚きネギの襟元を掴み、思いっきり揺さぶる。

「ちょっと!これどうゆうことよ!! ネギが教師なんてできるわけないじゃない!」

「僕だってわかんないよ」

 赤毛の利発そうな少年の声が廊下に響くと同時に、ネカネは校長に真偽を確かめる為に慌てて走り出した。その隣にはアーニャが同じように慌てながら詰め寄ってくる。遅れてネギも二人の後を追って走る。

 校長室に辿り着いた二人はノックも無しに扉を勢い良く開く。

「おっ!」

 校長は開かれた扉から突進するように向かってくる二つの馴染みのある影に軽く目を瞬かせる。本来ならば校長として注意をするところだろうが、ネカネのあまりの形相にそんな考えも浮かばなかったのかもしれない。

「校長先生! これはどういう事でしょうか!?」

 ノックもせず部屋に入るなりいきなり何時ものお淑やかな姿を脱ぎ捨てて、ネカネは校長に向かって叫んだ。ネカネが校長に詰め寄る。だが、当の校長は飄々としたものだ。

「ほう………「先生」か………」

 校長は豊かに伸ばした髭を触りつつ、手渡されたネギの卒業証書を見つめる。

「何かの間違いなのではないですか? 10歳で先生など無理です!」

「そうよ! ネギったら、ただでさえチビでボケで………」

 ネカネとアーニャは必死で校長に撤回を訴えているが……まぁ、普通は既に決められた修行内容の変更など聞き届けられる事は無い。

 しかし、アーニャは何気にひどい事を言っており、二人の後ろでネギが落ち込んでいる。

「しかし課題に関しては、卒業証書に書いてあるのなら決まった事じゃ。立派な魔法使い(マギステル・マギ)になるためにはがんばって修行してくるしかないのう」

「あ、ああ………」

 既に決定事項と断言されてネカネは今にも倒れそうな様子で頭を抱えている。彼女にとって、ネギは大切な弟でまだ10歳だから………異国の地で教師など心配で堪らない。

「「あ! お姉ちゃん!?」」

 更にアスカのこともあって心労も溜まっていたこともあって倒れそうになるネカネをアーニャが受け止める。

「ふむ………安心せい、修行先の学園長はワシの友人じゃからの。ま、がんばりなさい」

「……………………」

「ハイ! わかりました!」

 倒れたネカネと慌てて支えるアーニャを他所に、ネギがぐっと校長の言葉に頷き、元気な声で返事を上げる。倒れた姉は無視なのかと突っ込める人物はそこにいなかった。





 ネギとアーニャ、ネカネは丸め込んで既に校長室から退室させている。数分後、校長室の扉がノックされ、校長は予定通りに来た当初の待ち人の入室を促す。

「失礼します」

 予想通り、扉を開けて中に入ってきたのは、先程までここにいたネギの双子の弟、アスカ・スプリングフィールドだ。

 アスカは挨拶し、椅子に座った校長の前にまで一歩ずつ歩いて来る。その歩きには力みなど無く、自然体でいるように見えた。

「……………お帰り、アスカ。久しいな」

 一瞬の間は懐かしさからか、それとも警戒心からかアスカ自身にすら判断がつかない。それでも校長の声は深い優しさを伴ってアスカの耳に響いた。

「ええ、お久しぶりです。随分と心配かけたみたいで、すみません」

 返事を返しながらも、アスカは決して『ただいま』とは言わなかった。

 ここはもう、アスカ・スプリングフィールドの『帰るべき場所』ではないのだから。校長もそれに気付きながらも、アスカがここを飛び出してから予感があったので、対応は変えない。

「………うむ。アスカよ。話をする前に2つ3つ聞かせてもらえんか?」

「なんですか?」

 校長にはどうしてもアスカに聞きたいことがあった。四年もの間溜め込み続けた疑問を解消する機会は今を置いて他にない。

「お主は誘拐とかでは無く、自分の意思で出て行ったのじゃな?」

 それが第一に確認すべきことで、集めた情報から事件性はないと判断しているが本人の口から真偽を確かめたい。

「そうですよ。退学届けと書き置きを残しておいたはずです」

「あんなモノが書き置きと言えるか! はぁ~お前は全く、見た目はネギの方が父親に似ているが中身は絶対お前の方が似ておるわ」

 アスカの言い分に校長は額に手を当て、こめかみを解す様に押し始める。

 受理はされなかったが退学届けはちゃんと形式立てて書かれており、別に問題はない。

 問題があったのは書置きの方だ。書置きには『旅に出ます。心配しないでください。アスカ』としか書かれていなかったのだ。この退学届けと書置きの落差はなんだというのか。

「他にも聞きたいことは山ほどあるのじゃが、それはまたの機会でいい……………………なぜ、連絡もなくココ(メルディアナ魔法学校)を出て行った」

 少し間を置き、校長が口を開いて重々しく問い掛ける。それだけは聞いておきたかった。それはこの四年間、ずっとアスカに訊きたいと思っていたことだった。

「一言の相談もなく飛び出すことは無かろう。ワシはそんなに頼り甲斐がなかったか?」

 思えば校長から見てアスカは哀れな子供だった。

 魔法使いの家にさえ生まれなければ、英雄である『ナギ・スプリングフィールド』の子供にさえ生まれてこなければ、間違いなく優秀な子供だと言われただろう。

 ただ一つ、精霊に関する魔法が使えないことを除けば何万人に1人生まれるか生まれないかの才能に恵まれた子供だった。知能に優れ、運動神経も良く、精霊に関すること以外の魔法の修得においても秀でた才を示した。

 しかし、魔法使いとして精霊に関わる魔法は必須だった。

 それでも他の魔法使いの家系なら他分野での才能を示せば十分だっただろう。だが、アスカは『英雄の子』なのだ。それが他の何よりも重要視されている素質だったのだ。

 それゆえに、アスカはメルディアナでは無能者扱いされた。精霊魔法が使えなくてもアスカは十分に優秀だった。だが殆どの者は、精霊魔法を扱えない無能者と罵らえた。

「………出て行ったことに特に理由は無い…………かな。あの頃は神父が死んだばかりで余裕がなかったから」

 当時のことを思い出すように少しばかり斜め上を見たアスカは自身の正直の思いを吐露した。

 特に何かがしたかったわけではなく、単に居場所がなかったから出て行った。メルディアナ魔法学校には執着するほどの良い思い出はほとんどない。

 一番仲が良かったネカネすらも事件の影響で顔を合わせたくないと考えていたので、出て行くことに未練や執着は本人も驚くほどになかった。

「そうか……………やはりワシを、皆を恨んでおるか?」

 苦渋の表情をしていた校長はアスカに問いかける。当時の対応の全てが間違っていたとは思わないが、もっと他にやりようはあったと思わずにはいられなかった。

 いくら事件の後始末、石化した村人たちの処遇、メガロメセンブリア本国への事後処理や報告、事件そのものの調査、普段どおりの校長としての業務など、やるべきことは山のようにあった。

 魔法学校に入学したばかりの二人の対応は必然疎かになってしまい、ネカネに丸投げした形になってしまっていた。そのネカネすらもネギとアーニャに掛かりきりになってアスカを半ば放置になってしまった状況を作り出したのは他ならぬ校長だ。

 虐めに関しては加害者が悪いのもあるが、学校の最高責任者として止められなかった責任がある。脱獄囚の事件も然り、アスカが校長や周りを恨む資格は十分にある。

 更に半ば脅しに近い形で卒業式に出席させたことで憎まれていても不思議ではない。殺意を向けられないだけで驚きなのだ。

「いえ、当時は別ですけど今は恨んでなんていませんよ」

 そう言って笑いながら手を振るアスカには、影は見えなかった。長い経験を持つ校長でも恨んでいるように見えない。

「あの脱獄囚、メガロセンブリアが管理している刑務所から脱獄したらしいじゃないですか。それに薬物を打たれた後もあったんですから、どうやら『災厄の女王』アリカ・アナルキア・エンテオフュシアの息子だから、メガロセンブリア元老院に殺したいほど邪魔と思われているらしいですからね…………」

 そもそもアスカが殺した男は、魔法世界の法律によって裁かれて収監されていた囚人。アスカのことを思って事件をなかったことにしたわけではない。表の世界には存在自体がなく、事実を知る校長と高畑が裏でもアスカが殺した事実を隠蔽したので立件することなど不可能だったからだ。

 校長もアスカがしたことが正当防衛であることは分かっていた。だから、将来を閉ざすことはしたくなかったし、死体だけ持っていて秘匿されている魔法世界の事を表に出すわけにはいかなかった故の決断だったのだ。

 それを調べた結果から推測したので、当時は怨んだが今は校長の判断に納得している。ちゃんと話を聞かずに決め付けて飛び出したのは自分なのだから、校長を責めるのは埒外だ。

「むぅ、どこで、それを…………」

 それよりもアスカが母親のことを知っていることの方が校長には驚きだった。少なくとも村にいた頃や魔法学校で真実を知る誰かに聞いたとは考え難い。

「自分が殺した人物が何処の誰かぐらいは知っておこうと思いましてね。色々と調べたんですよ。母については、ここに確たる証拠がありますから」

 校長の声を遮ったアスカの言葉に顔が歪む。アリカの顔は一般にはあまり広くは知られていない。オスティアの人間や当時映像などを見た人間は別だが、有名人なのに称号だけが独り歩きしている状態だ。

 しかし、調べれば見つけることは可能なのだ。

 ネギがナギの生き写しのように、アスカもアリカの生き写しという揺るがない証拠がある。
 
「まあ、だからこうやって隠しているわけですが」

 長い前髪から覗く目元を覆うサングラスを指して言うアスカに、校長の今日会ってからずっと気になっていた疑問が解消された。

「……………しかし、本当に強くなったのぅ。アスカ」 

 多くの意味を込め、校長は言った。四年前は心身共に幼く弱かった少年が、旅に出たことで一人前の男になり、強大な力と、それを統御する精神力を身につけて戻ってきたことが嬉しかった。

 アスカの様子をこうして見ると、本当に四年前とは別人のようである。外見も背が伸びて体格も幾分がっしりして変わったが、何よりも存在感の桁が違う。

 その立ち振る舞い、何気ない動きには無駄がなく、完全に洗練された動きだった。それだけでもここにいた頃よりも実力が段違いに上がっているのが分かる。精神的にも、過去を受け入れ前に進もうという気概が感じられる。

 それが魔法学校を出て行ったことで得られたことに複雑な思いはあっても、辛い過去に負けずにここまで成長したことに喜びの感情が湧き上がり、心から祝ってやりたい。

「………さあ、どうでしょう?」

「まだ足りぬか? なぜそこまで力を求める?」

 校長の予想に反して、アスカは自分の力に満足はしていないようだった。まだ貪欲に力を求めるのか、と幾分批判的に問いかける。

 だが、アスカには、力に淫する者特有の飢えた光はなかった。むしろ、どこか行くべき場所を見失って途方に暮れた少年のように、頼りない表情を浮かべている。

「強くなれば何かが変わるとずっと思っていました。だけど結局、そんなことは幻想にしか過ぎないことを散々思い知らされましたよ」

 旅の途中で一体何度力が足りず、無力さに泣いただろうか。だけど力があっても救えず、逆に力は人を傷つけるばかり。

「それでも強くなりたかった。そのためなら、悪魔に魂を売っても構わなかった」
 
 力をつけても救えない者は救えない。無力感を、絶望を、何度も味わってきた。そんなことを何度繰り返してきたことだろうか。

―――なぜ力を求める?

 その問いに返す答えをアスカは知らない。

 二度と悲劇を繰り返さないためか、今度は護り通せるようにか。違う。そんなものはただの自己満足に過ぎない。理由なんてない。目的だってない。ただ手を伸ばせば届く力があったから求めただけ。

 だから狂ったように修行を続けた。血反吐を吐きながら何度も死にかけるまで身体を苛め抜いた。その果てに今の自分がある。

「………弱い自分が、泣くだけしかできなかった自分が何よりも、誰よりも許せなかったんだ………」

 ここではない場所を幻視しながら、アスカは搾り出すような声で呟く。結局、これしか言えない。まだ過去を完全に乗り越えることはできていない。何時か、力に意味を見出せるその時まで―――。

 校長は何も言わず、自分の握った手を見下ろして呟くアスカを静かに見ていた。

(弱い自分が許せない、か………)

 校長は旅でのアスカのことを報告書でしか知らない。何を考え、感じ、思っていたのか。だから、ただ想像するだけだ。吐き出された言葉の意味を、未だ癒えることのない傷の痛みを。

「今度………そうだな、修行が終わったらでもいいから一杯やろう。未成年だから酒でなくても、な」

 それでも愚痴を聞いてやるくらいはできるだろう。溜め込んだものを吐き出せば、少しは楽になれるかもしれない。校長は「祖父」として「孫」を支えてやりたかった。それがどれほどささやかなものであっても、かつて果たせなかった役割を、心に溜め込んだものを吐き出せる場所になれたらいいと考えた。

「………ああ、いいですね」

 アスカは今も血を流し続ける傷跡を隠して穏やかに笑った。

(ああ、居場所はここにもあったんだ)

 自分が知らなかっただけで、思ってくれる人が、居場所が、直ぐ近くにあった。それが分かっただけでもココに来た(・・)甲斐があったというものだ。

「じゃあ、また………」

「ああ、またな…………って待てぃ! 何をスルッと出て行こうとしておるか!!」

 一人納得して用件は終わったと(きびす)を返して校長室を出て行こうとしたアスカに、イイ感じな空気になって思わず了承しかけてしまった。校長が慌てて立ち上がって出て行こうとするアスカを呼び止める。

「チッ」

「舌打ちしたな! いま舌打ちしたな、アスカよ!!」

 上手く誤魔化されてくれなかったと舌打ちしたアスカに突っ込みを入れる校長は、思うよりノリが良い人なのかもしれない。

「なんですか? まだ、何か他に用事がありましたっけ」

「そういう自分本位なところはナギにそっくりじゃな。お前にも修行の課題が出されておるじゃろ」

 惚けるアスカの仕草に、(かつ)ては同じようにこの学校を中退した馬鹿者(ナギ)の面影を感じてしまい、喜んだ方がいいのか、悪い部分が似たことに悲しんだ方がいいのか、悩みどころだった。

 あまり父に似ていると言われることはアスカにとって不快なことではあるが、困った顔をしながらもどこか嬉しそうな祖父を前に、それを表に出すことは流石に収めた。わざわざ言って雰囲気を悪くするような空気の読めないアスカではない。

「ああ、このイカサマ染みた課題ですか」

 内心はさておき、アスカは手に持っていた括られていた卒業証書を開き、校長にも見えるように高そうな机の置く。

 開かれた卒業証書に『日本で教師をする事』とゆっくり文字が浮かび上がってくる。

「イカサマってな………」

「十歳にもならない子供に教師が勤まるはずがないでしょうに。そもそも自慢出来ることでもないですけど学校なんてまともに通ったこと無いですよ、僕」

 探るような目線のアスカに対して、校長は冷や汗流しながらほっほと笑って誤魔化す。

「っていうか教員免許事態ないから違法でしょうに」

「別に大丈夫じゃろう。学校の責任者が了解しておる」

 それでいいのか、とアスカは顔を引き攣らせる。本気で教師を目指している人間が聞けば間違いなく激怒することだろう。彼ら、彼女らからすれば自分の努力を全て否定されたようなものだ。

「う~~ん……」

 確かに極東方面では安全でそれなりに魔法使いもいるらしいので、修行の環境としては悪くはないか、とアスカは何とか納得してみる。が、魔法使いの修行自体が意味のないアスカは乗り気にはなれない。

「やはり嫌か?」

 アスカの反応から聞かずにはおれない。似ているからと母親を特定できる聡い子だから裏の意味まで気付いても不思議ではない。

「色々と大人の事情がありそうですからね。例えば()から圧力がかかっているとか」

「ぬぅ………」

 確かにメガロセンブリア元老院からは圧力が掛かっている。その為にほとんど学校に通っていないアスカを留学したことにして無理やり卒業できることにしたのだ。

 本来ならネギはメガロセンブリアに行き、アスカは魔法世界で修行になるはずだったのを信頼できる近衛近右衛門に頼み麻帆良学園に無理やり変更したのだ。

 考えられるのはネギを自分達の都合の良い英雄に仕立て上げ、アスカを修行のどさぐさに紛れて暗殺する可能性があった。その為の緊急の処置だ。

「そこまで分かっているのなら、隠してもためにはならんじゃろうな。確かに圧力はあった。だが、この修行内容はお主達のことを思ってのことじゃ。それは理解しておくれ」

 思えば、アスカは最初からどこか周りの同年代と違った空気を漂わせていた。

 初めは、兄であるネギ以上に嫌に落ち着きのある早熟の少年だと思っていた。しかし、その評価はあの脱獄囚の事件後、出奔したことで変えざるを得なかった。

 五~六歳という幼さで社会に出たことで、どれだけ辛い事があったのか校長には想像しかできない。その精神力の強さには感服するしかなく、そうやって強く在らねばならなかった事に心を痛めた。

 何も校長らはアスカにしてやれなかった。事件後のケアも出来ず自分で、もしくはあの使い魔の力で立ち直ったようだし、周りの虐めも結局止めさせることも出来ずに地力で解決してしまった。

 アスカを率先して虐めていた教師や生徒が廃人になった事件の犯人も校長はアスカと見ている。が、確たる証拠も無く事件は終息を向かえ、このまま事件は迷宮入りだろう。

「それに修業場所の学園都市―――麻帆良には私の友人が居る。彼ならそう無碍に扱う事もないじゃろう………多分。それに世界各地から大量の稀覯書が集められておる。その中にはお前の望む物もあるかもしれんぞ? 行くのなら貴重本を読めるように口添えをしておくぞ、どうじゃ?」

「う~~ん…………」

 本格的に悩みだしたアスカを前に、自分が餌を与えて飛びつくのを待っている猟師のような気分になり、そんな(はかりごと)を孫にしていることに吐き気を覚えた。

 母親に似すぎているアスカが魔法世界に行くのは余りにも危険が多すぎる。件の友人は多少悪戯好きというか、愉快な事を行ったりする人物ではあるが信頼は出来る。

(アスカの場合は、ネギと違い父の面影を追うとかはないが母親に顔が似ているということは厄介ごとに巻き込まれる可能性が高い。或いはこの子なら自分でどうにかしてしまいそうだが、それとは別にネギとは仲良くして欲しいしのう………)

 英雄ナギ・スプリングフィールドには味方も多数存在する反面、敵も同じように存在していた。

 唯でさえナギの所為で敵が多いのに、ネギと違い母親に似過ぎているためネギなら味方になる人間が、アスカの場合だと敵になる可能性もある。

 正直、ネギとの確執があるのは知っており、彼を兄と同じ麻帆良に送っていいものかどうか迷っていたが、結局選択肢は残されていなかった。

 アスカにネギのことを頼みたいと思っていないと言えば嘘になる。しかし、それ以上に校長はアスカの危うさが気になっていた。僅かに垣間見せた心の傷跡。六年前のことも未だに癒える兆しのないそれを、見て見ぬ振りはできない。修行先は賑やかで穏やかな場所だ。そこがアスカにとって最良の場所になることを祈るしかない。

「分かりました。行きますよ」
 
 アスカは修行に行くことによるメリットとデメリットを脳裏にある天秤にかける。

 幾つもの要素を秤に賭け、麻帆良にあるという蔵書も気になるが失った前世の記憶の中で、数少ない原作知識である『麻帆良』に興味を引かれたのが決定打となった。

 それにここまで不安そうな顔をされると旅に出た所為で心配をかけたということもあって安心させたいとは思う。まあ、どこかの誰かの思惑に乗るのは気に食わないが目的を達したらトンズラしようと心に決める。それで最低限の義理は果たせるだろう。

「良いのか、アスカ?」

 わりかしあっさりと結論を出したアスカに、逆に校長の方がそれでいいのかと問いかける。

「構いませんよ。何時までも追い掛け回されるのは気持ちのいいものじゃないですし、これから特に目的もあるわけじゃないですから。で、僕は何時頃向かえば良いんですか?」

 別段、旅に出たのにも理由があるわけでもない。宛てもなく旅をするのも悪くないが追い回されるのは気に障る。

「2月1日から来て欲しいと言う事じゃ。それに間に合うように行ってくれればよい」

「……………分かりました。ところでさっきのその友人の時に話で多分とか言いましたよね。それは何故ですか?」

 少し考えるような仕草をしたアスカが先程の会話を思い出すように顎に手を当て、そんなことを聞いて来る。

「ちょっと悪戯好きというか、愉快な事をいきなり行ったりする人物でな、だが信頼は出来るのでな。安心しろ」

「……………申し訳有りませんが、今から一,二ヶ月後に向こうに行けるようにしてもらえますか? 赴任前に実際にどんな授業をしているのか、実地で受けてみたいので生徒という形でお願いできませんか? そのトップがそういう性格だといきなり最初から一人で授業とかさせられそうなんで。というか最初から生徒ってことにしてくれたら最高なんですけど」

 アスカの言葉で脳裏に以前、近右衛門に唐突な思いつきに振り回されたことを思い出す。

 実際にやりそうだからアスカの言葉を否定できない。それに実際現地で生徒の立場で授業を受けてみるというのは悪いことではない。

 それに調べ物をするなら教師という時間を取られる職よりも、生徒という立場の方がやりやすいのは間違いない。

「…………まあ、確かに信頼は出来ても信用は出来ん奴じゃしな。良いじゃろう、先方に掛け合ってみよう」

「ありがとうございます。お願いします」

 僅か一,二ヶ月で世界一難しいと言われる日本語を覚えなければいけないのに、顔色一つ変えないとは、豪胆なのか単に気にしていないのか。

「今度こそ用件は終わりですね。それじゃ」

「ネギたちには会って行かんのか? 特にネカネはお前のことを気にしていたぞ」

 矢鱈(やたら)と早く出て行こうとするアスカ。それもまた旅に出そうな雰囲気を感じて呼び止める。ネカネの話題を出したことで後ろを向いたアスカの肩が小さく反応したのを校長は見逃さなかった。

「勝手に出て行った手前もあって、どんな顔したらいいか分からなくて」

 何も言わずに飛び出した罪悪感もあるが、もはや自分はネカネが知っている頃とは大分変わってしまった。この手は血に塗れ、多くの命を奪っている。

 昔とは変わってしまった自分を知って嫌われたくなかった。結局、嫌われることが怖いだけなのだ。

「……………そうか」

 寂しげに持ち上げた片手で頭をかくアスカの後姿にそれ以上の事は言えなかった。

「……………………のぉ、ナギ、アリカ姫。ワシらはどこで間違ってしまったのかの?」

 今度こそアスカは校長室を出て行き、一人残った校長の言葉は誰に聞かれること無く、寂しく部屋に反響した。ふぅ、っとため息をつきながら日本に送るネギとアスカの資料の作成にとりかかった。














 そこは雑踏と喧騒に支配された建物の内部。多くの人々は重量のありそうなスーツケースや旅行鞄を持ち、軽い外出感覚で居るわけではないと判断できるが独特の騒々しさがある。行き交う人々の会話もあるが、独特のタービン音も聴こえる。まるで広範囲に撒き散らすかのような、独特の騒音。自動四輪や自動二輪のエンジン音では無い。これはもっと大きな機械――“乗り物”の作動音。

 行き交う人々は、そんな騒音を気にも留めていない。まるで聴こえて“当然”と思っているかのような、そんな態度。

 建物内部に所狭しと人が居るが、皆それぞれ目的を持って歩いている。一つはこの建物内部に入り込んで行く者。もう一つはこの建物内部から出て行こうとする者達の二種類。其々が、全く別のベクトルを持って動いている。

 この建物は接続している。出て行こうとする者と、入って行こうとする者。この二つを接続するためだけの存在。此処は謂わば端末。ターミナルであった。

 ここは――空港は、そんなところ。

 ロンドン・ヒースロー空港ターミナルビル、そのロビーにアスカはいた。

 ロンドン・ヒースロー空港はロンドン市内などとのアクセスは比較的便利なものの、老朽化と乗客数の増加を受けて繰り返す増築のために、荷物の紛失が多く報告されているほか、乗り継ぎの手間もかかるなど、使い勝手の面ではあまり評判が良くない空港の1つである。また、周辺を住宅地に囲まれていることから騒音規制が厳しいことでも有名である。

 大きな旅行鞄を押している観光客やスーツケースを抱えたビジネスマンに混じって、子供に見える、というか子供のアスカが一人で歩いていた。

 数日だけ滞在して、校長から先方より教師の赴任の前に訪れてもよいという許可が下りたので、それまでの間にまた旅に出ようと思い、空港に来ていた。

 鞄一つだけという、とても旅に出るような荷物ではないが大半は神父の遺品である【別荘】に入っており、【別荘】も武器を口寄せしたりする札に入れているので荷物は少ない。

 今度はアフリカ大陸に行くつもりで空港にいたアスカは時間が来るまでロビーで待っていた。が、

「ま、まったく。今日出立って校長先生に聞いて急いで駆け付けたんだから………はあ……はあ………はあ…一言くらい声かけてもいいのに………」

そこに息を荒げたネカネが走って現われて驚いた。

「兄さんの相手で忙しいでしょ? だから、邪魔をしたくなかったんだ」

 走ってきたらしく、ネカネは息を乱しながらアスカを責めるように言うが、その言葉を聞くと逆にばつが悪そうな顔をした。

 またネギを優先してアスカを放置した、とか思われてるんだろうが別にアスカは何とも思ってないし、最初からそのつもりで会うつもりもなかったのだから。

「…………そう、ゴメンね。アスカ…………あなたに渡したいものがあるの」

「渡したいもの?」

 アスカは黙って近くにある窓の外にある発着する旅客機に視線を向けていた。ネカネも同じように飛行機を眺め、独り言のように話し始める。

 話しかけたネカネに、アスカは横目でサングラス越しに見上げた。

《我はおらん方がいいな。邪魔者を排除してくる》

 気を利かせた玉藻が、それだけを伝えて止める間もなくアスカの体内からいなくなった。
 
 玉藻が言う邪魔者とは、校長が用意したのか、教会からずっとつかず離れずの距離を保ちながら背後、あるいは前方、あるいはアスカの姿がギリギリ視認出来る程離れた位置にいる数名の人間のことだ。

 人が居ると、予め言われなければ気付かなかったかもしれないほどに気配は捉えにくい。無駄な力も強張りもなく、人混みに自然に紛れ込みながら、それでいて完璧に任務をこなしている手練。だが、今までは別にいいがプライベートな話まで聞かれるのは流石に鬱陶しいことこの上ない。

 それを察知した玉藻が気を利かせて排除(気絶させるだけ)しに行ったのだ。

 そんなやり取りをしているとは思わないネカネはポケットから指輪を取り出し、それを横にいたアスカに手渡してきた。

「これは………?」

「校長先生からアスカに渡してくれって預かってね。魔法発動体としては最高級の物らしいの。それと伝言があってね「何もしてやれなくて済まなかった。せめてコレを受け取って欲しい」って」

 その指輪を見ると魔法発動媒体としてのレベルは最高レベルに近いことは手に取って分かった。ネギが持っているサウザウントマスターの杖と同レベルなのでその金額がバカ高いだろうことは容易に想像できる。

 正直、ほとんど魔法を使わないアスカには発動媒体は必要ないが、好意なのでありがたく貰う。もしかしたら今後、何かで使い道があるかもしれない。

「そう………これで十分だよ。「ありがとう、気にしてないから」と校長先生にも伝えて」

「分かったわ、伝えておく」

ネカネに校長への伝言を頼み、ポケットに指輪を入れた時、空港のアナウンスが流れた。


 << ○○○○○便に御搭乗のお客様はCゲートより搭乗してください >>


「もう行かないと…………」

 搭乗を呼びかけるアナウンスが流れたので、アスカが置いていた荷物を肩に背負い、搭乗口に向かおうとするとネカネに呼び止められた。

「アスカ! これだけは聞かせて……………私達を、私を恨んでる?」

「……………別に、恨んでなんかないよ」

 本心から全く恨んでいないと言えば嘘になるだろう。

 何で気づいて助けてくれなかったのか、何故ネギばかりを優先して自分を守ってくれなかったのかという思いはあった。だけど、それは自分本位な考えでしかない。

「………………世界中を旅していろいろ考えてみたんだ。助けて欲しかったっていう気持ちはあったけど、あの時は誰も彼もが自分のことだけで手一杯だったから気持ちだけじゃなくてちゃんと言葉で伝えるべきだったんだ」

 ネカネは、内心を吐き出すアスカの言葉に、ようやく自分の犯した大きな罪に気付いた。

 小さい頃から聡く、下手したら自分よりも大人に感じたアスカも自分たちと同じ子供にすぎなかったことに。助けを求める気持ちがあり、自分はそれを忙しいから、大変だったからと気づこうとしなかった。まだ故郷にいた頃を思い出せば、行方不明になったり、長期間意識不明になるなどネギよりも不安定なことに気づくべきだった。

 表面的な部分だけで安心して内面を測ろうとはしなかった。言葉にしないと分からないことがある。確かにそうだろう。だが、自分は助けられるばかりで本当に聞ける姿勢だっただろうか。

 何時も疲れた顔をして、もしかしたら無意識に優しくしてくれるアスカに甘えていたのではないか。当時のことを思い出してそんなことを考える。

「誰か一人が悪かったわけじゃない。誰もが間違えて、その間違いから目を逸らそうとした結果だよ。それは僕も例外じゃない。誰とも向き合おうとせず、逃げたから」

「えっ……………?」

 ネカネは不意をつかれたような表情になった。そうだろう、アスカに何の咎があるのかネカネには分からない。

「じゃあ…………」

 搭乗時間も迫っていることもあって、アスカは理由を話すことなかった。

「ゴメンね! 何も気付いて上げられなくて、何もしてあげられなくて!!」

 理由を聞きたい。それでも搭乗口に向かって歩き出したアスカの背中が傷つき、疲れ果てたように見えたから、これだけは伝えずにはいられなかった。

「……………………」

 今まで冷笑され続けてきた人間が、周りからの好感情に鈍く気付いても戸惑うというのは結構例がある。アスカはその典型だろう。優しくされると戸惑ってしまう。

 アスカが聞いたネカネの声は震えていた。もしかしたら泣いているのかもしれない。戻って慰めてあげたい衝動に駆られるが、それでもアスカは衝動を振り切って前に進む。

「行ってらっしゃい、アスカ!」

(行って来ます。ネカネ姉さん)

 ネカネの言葉にアスカは何も言えなかった。何か言うと泣きそうな気がしたからだ。だから振り向かず、ただ返事をするために行ってきますと手を振った。

(そうだな。落ち着いたら手紙を出そう)

 一度切れた関係を直すことは容易なことではない。だけど、直ぐに仲直りはできなくても一歩ずつ進んでいけば、何時かは昔のような関係に戻ることができるだろう。だから、今はこれでいい。最初の一歩を踏み出したのだから。これからどうなるかは二人次第。
 
 アスカは搭乗口から飛行機へと乗り込み、ネカネが見送る中で飛び立って行った。
次回は『リリカルなのは』、アスカ、学園長+高畑、の各々の話しになります。学園長+高畑目線の話では少しだけアスカの過去が明かされます。

次回の更新は、来週の日曜日午前0時に更新したいと思います。

予定より遅くなる場合は、その都度、活動報告に上げます。

誤字、脱字、感想や指摘は受け付けているので宜しくお願いします。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。