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2011年12月17日11時28分

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小さな存在へのまなざし〈回顧2011・美術〉

写真:ベネチア・ビエンナーレ日本館での束芋「てれこスープ」の展示拡大ベネチア・ビエンナーレ日本館での束芋「てれこスープ」の展示

写真:丸木美術館での「Chim↑Pom」の展示=埼玉県東松山市 拡大丸木美術館での「Chim↑Pom」の展示=埼玉県東松山市

写真:宮城県美術館・佐藤忠良記念館に展示されている「木曽」拡大宮城県美術館・佐藤忠良記念館に展示されている「木曽」

写真:ヨコハマトリエンナーレに出ていた岩崎貴宏の作品。髪の毛などによる、つつましい作品=横浜美術館拡大ヨコハマトリエンナーレに出ていた岩崎貴宏の作品。髪の毛などによる、つつましい作品=横浜美術館

■無名画家の抽象画を発掘

 きれいでもなんでもないのに、美しい。

 世田谷美術館での個展に並んだ佐藤忠良の1950年代の男女の頭像は、そんな風に言い表せる。

 戦後彫刻を代表する佐藤だが、「きたなづくり」と呼ばれた作品群は、美男美女ではない市井の人々を見据えに見据え、凜(りん)とした中に普遍的な美を見いだしたのだ。

 その個展が終わって5日後、出生地、宮城県を含む地を震災が襲う。そしてその19日後、佐藤は98歳で世を去ったのだった。

 震災の影響で美術館の休館や、展覧会の中止、延期が相次いだ。被災地でのワークショップなどを通して力になろうとする美術家たちの動きもあった。美術関係のチャリティーも多く開かれた。

 「がんばれ」や「復興支援」が唱えられたのは当然としても、一方で文化とは、特に個人が中心となる美術とは、多くの人がすぐに美しさや価値を認めるものだけではない。ささいなもの、主流ではないもの、大きな声にならないものにも、美や価値が潜むことを示すものでもある。震災後、佐藤作品にも備わるそんな要素に改めて気づくことになったのだ。

 いや現代の表現者たちは、価値観が交錯する時代に、大きな物語だけでは立ちゆかないことを早くから感知していたのだろう。国立国際美術館「世界制作の方法」は題は壮大だが、鬼頭健吾らの若手は日用品を集め、新しい状況を作る表現を展開。8作家による国立新美術館「アーティスト・ファイル」でも、事物の断片を集めたような作品が目立ったのだった。

 岩手県陸前高田市の実家が消失した畠山直哉は東京都写真美術館の個展で、被災地の写真をごく抑制的に展示。その静けさが、逆に震災や写真の意味を浮上させた。

 中央の美術界から離れた動きも印象深い。福岡市美術館と長崎県美術館による福岡の菊畑茂久馬の個展は、安価な素材で高度成長を撃つ初期作から新作まで半世紀超を一望した。驚きは栃木県立美術館「関谷富貴の世界」で、40年以上前に亡くなった無名の女性画家の抽象画を発掘。小さな存在へのまなざしが結実したといえる。

 逆に、注目を集め続けた岡本太郎は生誕100年。多くの企画が続いたが、冷静な検証より、称賛ムードが強かったのではないか。

 現役でも、おもねらず我が道を歩んだ作家が充実。90歳にして被災風景に刺激された野見山暁治は福岡と東京で個展があり、草間彌生は回顧展が欧州の主要館を巡回した。李禹煥も米グッゲンハイム美術館で個展が実現した。

 若手では、ベネチア・ビエンナーレの日本館に挑んだ束芋が、自身の内面を凝視した成果として完成度の高い展示を見せた。

 近代美術では従来の枠を見直す動きが続いた。東京都写真美術館「芸術写真の精華」や東京国立近代美術館「ぬぐ絵画」などだ。平瀬礼太著『銅像受難の近代』も挙げられる。一方、酒井抱一、狩野一信、写楽、国芳ら江戸絵画の再検証にも収穫が多かった。

 今年、何かと目立ったのが、6人組の「Chim(チン)←Pom(ポム)」だろう。岡本太郎の壁画に原発事故を思わせる絵を付け足し、個展は4本。震災直後に福島第一原発近くに突入した映像作品などは一見無謀だが、差し障りのない表現にとどまらない迫力を見せた。18日までの丸木美術館での個展も充実、その問題意識が理解できる。

 「ヨコハマトリエンナーレ2011」でも、岩崎貴宏の髪の毛とほこりによる鉄塔など、つつましく優しい作品群が印象的だった。最後に、出品作家の田中功起が会見で語った言葉を残しておく。

 「僕らは支配的ではない意見に耳を傾けてきた。震災や原発事故で政府や企業の信頼がなくなった今、大きな意味を持つ」(編集委員・大西若人)

■私の3点

北澤憲昭(美術評論家)

▲「浅川伯教・巧兄弟の心と眼―朝鮮時代の美」(千葉市美術館)…(1)

▲「感じる服 考える服:東京ファッションの現在形」(東京オペラシティアートギャラリー)…(2)

▲「ぬぐ絵画―日本のヌード1880−1945」(東京国立近代美術館)…(3)

民芸の根源のかなたを照射した(1)、スリリングな会場構成とファッションの現在がマッチしていた(2)、そして、フェミニズムの成熟を思わせる(3)。

高階秀爾(美術史家・美術評論家)

▲「ヨコハマトリエンナーレ2011」(横浜美術館など)…(1)

▲「酒井抱一と江戸琳派の全貌(ぜん・ぼう)」(千葉市美術館)…(2)

▲東日本大震災の災害復興支援活動…(3)

(1)は美術館所蔵品も組み込んだ展示が成功。(2)は学芸員の調査研究の成果を花開かせた。(3)では全国美術館会議などが示した連帯感が心に残る。

山下裕二(美術史家)

▲「石子順造的世界」(府中市美術館)…(1)

▲「名和晃平―シンセシス」(東京都現代美術館)…(2)

▲「生誕130年 橋口五葉展」(千葉市美術館)…(3)

(1)はつげ義春「ねじ式」の原画が出品されたのが画期的。(2)は今年いちばんかっこいい現代美術展。(3)は篤実な回顧展で図録も充実。

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