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クロスベル編(ここから先、零・碧の軌跡ネタバレ)
第四十八話 猟兵団の少女
<クロスベルの街 国際空港>

封印を解かれて出現した浮遊都市リベル=アークの出現は王国周辺の国々に緊張状態を招き、アリシア王母生誕祭の開催も危ぶまれた。
しかし国境を越えた英雄達の協力により事件が解決されると、雨降って地固まるの言葉のように王国と帝国、共和国の関係は事件前よりも親しくなった。
帝国のオリヴァルト皇子とクローディア姫の婚約発表も両国の国民に好意的に受け止められた。
生誕祭もかつてない程の盛り上がりを見せ、軍縮条約もスムーズに締結された。
そんな興奮冷めやらぬリベール王国を旅立ったエステルとヨシュア、アネラスの3人はクロスベル国際空港へと降り立った。

「生誕祭が終わったと思ったら、休む間もなくクロスベルに送り出されるなんて父さんも人使いが荒いわね」
「だけど、生誕祭の気分を味わいたいってワガママを言って今日まで出発を延ばしてくれたんだから感謝しないと」

ヨシュアはそう言ってエステルをなだめたが、エステルはさらにこぼす。

「生誕祭でも思いっきり疲れちゃったんだから、このままじゃ過労で倒れちゃうわ」
「でもエステルとアネラスさんはここに来る飛行船の中で思いっきり寝ていたと思ったけど?」
「あはは、これはヨシュア君に一本取られたね!」

ヨシュアに指摘されたアネラスはのほほんとした笑顔でそう答えた。
ウンザリした様子のエステルとは対照的にアネラスは目を爛々と輝かせている。

「アネラスさんはどうしてそんなに元気なのよ」
「だって、クロスベルにはテーマパークがあるんだよ! 観覧車に鏡の城、あーあ、早く行ってみたいなあ」
「あのアネラスさん、僕達は観光で来たわけじゃないんだから」

自分の妄想の世界に入ってしまいそうになったアネラスにヨシュアがツッコミを入れた。
飛行艇から降りたエステル達は技術の進んだクロスベルの空港に驚いた。
ベルトコンベアに自分の手荷物を載せたエステルはドキドキしながら金属探知機のゲートをくぐる。
すると異常を知らせるブザーが鳴り響き、空港の職員達がエステルに近づいて来る。

「あたし、何も持ってないんですけど! 助けてヨシュアっ!」
「エステル、遊撃士の紋章を外し忘れてるよ」

パニックになったエステルにヨシュアがため息をついて指摘すると、エステルは顔を真っ赤にして胸に着けていた遊撃士の紋章を外す。

「あの時みたいにね、遊撃士の紋章を誰かに盗られるといけないと思ったから、肌身離さず持っていようかと対策を考えたのよ!」

マズイと思ったのかエステルは慌ててヨシュアに言い訳をした。

「でもエステルちゃんはお風呂に入る時や寝る時なんか、外しちゃってるよ」
「うぐっ、そ、それはね……」
「はいはい、もう行くよ」

ヨシュアはあきれた顔でそう言って、入国管理カウンターに並ぶようにエステルを促した。
入国手続きを終えたエステル達は預けていた手荷物を受け取り空港の外に出る。
右手には高い建物が立ち並ぶクロスベルの街並みが見えた。
その中には10階を軽く超える超高層ビルまであるようだ。

「大きな街ね、迷子になっちゃいそう」
「そう、だから僕から離れてフラフラしないでね、2人とも」
「何でエステルちゃんだけじゃなくて私にも言うの?」
「アネラスさんはいかにもって感じよね」
「エステルちゃんまで、ひどいなあ」

広いクロスベルの通りをヨシュアを先頭にしてエステル達は歩き始めた。
目指す遊撃士協会のクロスベル支部は空港前から駅前通りを抜けて中央広場に行き、そこから東通りに行った所にある。
駅前通りに入ったエステル達はクロスベル駅の建物を見て驚いた。
リベール王国には線路が存在しないのでエステル達は導力列車を見るのは初めてだったのだ。

「空港だけじゃなくて駅もあるなんて、王都グランセルよりも凄いわね」

道の真ん中で立ち止ったエステルにクラクションが鳴らされ、エステルが道の端に寄ると導力車が走り抜けて行った。

「エステル、ぼーっとしていちゃダメだよ」
「クロスベルって騒がしい所ね」

リベール王国は地形の険しい所が多いためか街道も狭く曲がりくねった場所が多く、導力車が走るには適していない。
だからなのかリベール王国では貴族でさえ導力車を所有している者はおらず、エステル達も導力車を始めて目撃したのだった。
中央通りに着くと、そこは大きくて古い鐘をオブジェとして広がる広場になっていた。

「この大きな鐘があるから、クロスベルって言うのかな?」
「多分そうかもしれないね」

エステルとヨシュアが大きな鐘を眺めながらそんな事を話しているところで、アネラスは店の前に立っていた男性から風船を受け取っていた。

「アネラスさん、何をやってるんですか」
「えへっ、くれるって言うからつい受け取っちゃった」

アネラスが悪びれた様子も無くそう言うと、ヨシュアはガックリと肩を落とす。

「風船なんか持って遊撃士協会に行ったら笑われちゃいますよ」

ヨシュアに注意されたアネラスは風船を街を歩いていた子供に渡し、先に歩き始めたヨシュアとエステルの後をついて行くのだった。



<クロスベルの街 東通り 遊撃士協会>

クロスベルの中央通りから東通りに足を踏み入れたエステル達は、周囲の建物すべてが東方風で統一されている事に気が付いた。
どうやらここはリベール王国のエルモ村のようにカルバード共和国の東方移民が集まって暮らす区画のようだ。
遊撃士協会も周囲の雰囲気に合わせた建物になっている。

遊撃士協会ブレイサーギルドの看板もいかめしい東方風って感じね、漢字で『遊撃士協会』って書いてあるんでしょう?」
「そうみたいだね」

入り口に掲げられた看板を見たエステルが尋ねると、ヨシュアは肯定した。

「エステルちゃんは漢字が読めるんだ、すごいね」
「父さんが外国で撮った写真を見せてくれて、その中にカルバード共和国の遊撃士協会の物があったのよ」
「へえ」

エステルの答えにアネラスが感心したようにつぶやいた。

「じゃあ、中に入るよ」
「ええ」
「うん!」

ヨシュアの言葉にエステルとアネラスはうなずき、遊撃士協会の扉を開き中に入った。
受付に立っていたのは褐色の肌、大柄でピンク色の背広を着た大柄の男性だった。
外見からしてただものでないと感じたエステル達のひたいと背中に冷汗が浮かぶ。
声を掛けられずにエステル達が固まっていると、その男性の方から野太い声で呼び掛ける。

「あら、あなた達がリベール王国からやって来た遊撃士の子達ね?」
「は、はい、僕はヨシュア・アストレイです」
「あたしはエステル・ブライト!」
「アネラス・エルフィールドです、よ、よろしくお願いします……」

3人の中で一番冷静だったヨシュアが何とか返事をすると、エステルとアネラスも続けて返事をした。
少しアネラスは声が震えてしまっている様子だった。

「カシウスさんから話は聞いているわ、ようこそクロスベル支部へ、と言いたい所なんだけど、あなた達はこの支部の遊撃士の子達からはあまり歓迎されないかもしれないわねえ」

含むような言い方をしたミシェルに、エステルは尋ねる。

「どうして?」
「外国の支部の遊撃士に応援を要請するって事は、それだけうちの支部が頼りないって事を内外に示してしまう事になるからね」

渋い顔をしてミシェルが答えると、ヨシュアは申し訳なさそうな顔をして謝る。

「すいません」
「あ、いいのよ、私はエステルちゃんとヨシュア君を応援しているんだから。アネラスちゃんも可愛いから全然OKよ!」
「どうも、ありがとうございます」

ウィンクをして見つめて来たミシェルにアネラスは引いた感じでお礼を言った。

「まあ、あなた達が戦力になるって知れば、文句も言われないはずよ。だからクロスベルでの仕事に早く慣れてね」
「はい」
「分かりました」

ミシェルがそう言うとエステルとヨシュアは力強く返事をして、アネラスもうなずいた。
転属手続きを終えたミシェルはクロスベル支部の最初の仕事として『エニグマ』の講習を中央通りにあるオーブメント工房で受けるようにエステル達に指示した。
エニグマとは戦術オーブメントを組み込む機械なのだが、エステル達がリベール王国で使っていた物よりさらに高度で通信機や電子手帳の機能も着いているのだった。
今まで紙の手帳を使っていたエステル達はクロスベルの進んだ技術にまた驚かされることになる。

「あたし達にエニグマをプレゼントしてくれるなんて、太っ腹ね」
「きっとそれだけクロスベルの遊撃士にとっては必需品って事だよ」

オーブメント工房の技師にエステル達は使用についての注意などを受けた。
通信機能やエニグマ用のクオーツが使えるのは導力網が発達したクロスベル州の中だけと聞かされると、エステル達は少し残念そうな表情になった。
特にリベール王国で使っていたクオーツと互換性が全く無いと言うのは痛手だった。
エステル達は自分達の手でまたセピスを集めなくてはいけなくなったのだ。
エニグマの機能を口で説明しただけでは分かりにくいだろうからと、オーブメント工房の技師は街の外で魔獣と軽く実戦をして見る事を進めた。
さっそくヨシュアがエニグマの通信機能を使ってミシェルに連絡を取る。
するとミシェルは西通りから外に出た所で弱めの魔獣と戦う事をエステル達に勧めた。
中央通りにあるレストランで昼食を食べたエステル達はさっそく西通りを抜けて外へと向かうのだった。



<クロスベル州 西クロスベル街道>

エニグマの使用になれるため街道を少し外れた場所で魔獣と戦っていたエステル達だったが、少し街から離れた場所に来た時、血の臭いが漂ってくるのに気が付いた。
異常を察知したエステル達は臭いの強くなっている方向へ進んで行くと、野原が赤く染まっていた。
むせかえるような臭いに鼻を押さえてこらえながら近づくと、そこには無残に真っ二つに分断された魔獣の死体が列をなして横たわっていた。

「人じゃ無くて安心したけど、これは凄いわね」
「うん、動きの速い魔獣も引きつけて一閃してなぎ払うなんて神業としか言いようが無いよ」

エステルの意見に同意してヨシュアもうなずいた。

「あははっ、こんなの大したことないよ!」
「あっ、あそこ!」

少女の大きな声に驚いたエステルとヨシュアがアネラスの指す方を見ると、小高い丘の上に赤毛の少女が立っているのに気が付いた。

「よっと」

赤毛の少女は段差を軽い調子で飛び降りるとエステル達に近づいて来た。
ヨシュアは少し警戒しながら赤毛の少女に尋ねる。

「この魔獣達は君一人で倒したの?」
「うん、そうだよ。それにしても君だなんて呼ばれるのは堅苦しいから、シャーリィって呼んでよ」

赤毛の少女がシャーリィと名乗ったので、エステル達も簡単に自己紹介をした。

「へえ、エステル達は外国から来た遊撃士なんだ」
「シャーリィは強そうだけど、何の仕事をしているの?」
「あははっ、商人って所かな。今度父さんがクロスベルで新しく商売を始めようと思っているらしいから、その手伝い」

シャーリィは笑顔でそう言うと素早い動きでエステルの脇を走り抜けた。
するとエステルのスカートがめくれ上がり、エステルは悲鳴を上げてスカートを押さえた。

「やっぱり、エステルは予想通り白だったか」
「何をするのよ!」

エステルが怒って言い返すと、シャーリィは無邪気な笑顔をエステルに向ける。

「バイバイ、アンタ達とはまたどこかで会えるかもしれないね!」

シャーリィは手を振ってエステル達の前から走り去った。
シャーリィが消えた方向を見つめてアネラスはポツリとつぶやく。

「台風みたいな元気な子だったね」
「だけど、見た目の陽気さに惑わされずに警戒した方が良さそうですよ」
「そうよ、今度はスカートをめくられないように気を付けないと!」

アネラスは腰にガーターアーマーを装備しているので、シャーリィの被害にあわないで済んだのだった。
見当違いの方向にズレているエステル達に向かって、ヨシュアはウンザリした顔でツッコミを入れる。

「そうじゃなくて、商人の娘があんな強いのはおかしくないかなって事だよ」
「でも、魔獣や強盗達から身を守るためならありえるんじゃないの?」
「この倒し方は護衛のためと言うより、殺りくを楽しんでいるって感じがするよ」

ヨシュアはシャーリィが作った血の海を指してそう言った。
シャーリィの事が気になったヨシュアがエニグマを使ってミシェルに報告すると、帰りにクロスベル警察の方に立ち寄って話すように勧められた。
クロスベルの警察には世界各国の犯罪者のデータベースが保管されている。
シャーリィが指名手配犯だとまでは思っていないが、ヨシュアはミシェルの指示に従う事にした。
元々エステル達はクロスベル警察の捜査二課と協力してルバーチェ商会に関する疑惑を調査すると言う名目でクロスベル支部へとやって来たのだ。
これは顔合わせをしておくいい機会だった。



<クロスベルの街 警察署>

西クロスベル街道から帰って来たエステル達はその足でクロスベル警察署へと向かった。
警察署もまたリベール王国では見かけなかった組織である。
クロスベルは自治州であるため、独自の軍隊を持つ事は宗主国である帝国と共和国によって禁止されている。
なので国境の門を守る警備隊、街の治安を守る警察隊と住み分けがされているのだった。
駐車場に立ち並ぶパトカーをみて、エステルが不思議そうにもらす。

「導力車はあるのに、帝国みたいに戦車はないのね」
「クロスベルは軍隊を持ってはいけないって決められているからね。警備隊も軽戦車だけ例外として許されているぐらいみたいだよ」

エステル達は警察署の受付へと足を踏み入れる。
警察署の玄関ロビーでは導力車の免許更新や罰金の支払いに来た市民達がソファーに座り順番待ちをしていた。
隅に置かれた自動販売機やエレベータ、受付の人達が操作しているパーソナルコンピュータなどの近代的設備はまたしてもリベール王国の遊撃士協会の受付とは違う雰囲気でエステル達に軽いカルチャーショックを与えた。
エステル達が受付で用件を告げると、短いあごひげを生やしたがっしりとした顔つきの男性が出て来た。

「あの、あたし達……」
「立ち話もなんだ、奥で話を聞こうか」

エステルが名乗ろうとした所で、その男性は後について来るように命じた。
奥の会議室に入ると、男性は捜査一課の課長セルゲイと名乗った。
セルゲイの名前を聞いたエステル達も簡単な自己紹介をする。

「そうか、お前達がリベール王国に足を伸ばしたルバーチェ商会のやつらに手痛い打撃を与えてくれたんだな」

エステル達が遊撃士だと分かったセルゲイはポツリとそうつぶやく。
しかしヨシュアは重苦しい顔でセルゲイに告げる。

「ですがルバーチェ商会はまだ活動を停止していないと聞いています」
「そうだな、やつらにとっては資金源の1つを失っただけに過ぎない。だがそれだけでもたいしたもんだよ」
「そんな、悪いウワサが立ったら商売なんて出来るはずないじゃない!」
「誰もがルバーチェ商会は悪だと知っている、だがクロスベルに置いて彼らは必要悪だと黙認されているんだ」

怒ったエステルに対してセルゲイは冷静に言い放った。

「でもルバーチェ商会のせいでティータちゃんとレンちゃん達が命の危険にさらされたんですよ! 他にもきっと泣かされている人達が居るはずです!」
「そうよアネラスさんの言う通り、放って置いて良いはずがないわ!」
「だがな、警察は証拠が固まるまで手が出せないんだ。特に殺人や強盗に関係無いと俺の一課は完全に動けないのさ」

クロスベル警察の刑事部は、殺人や強盗などを担当する一課、詐欺事件や導力ネット事件を担当する二課、スリや窃盗事件を担当する三課に分けられているのだ。
アネラスとエステルが粘っても取り合おうとしないセルゲイに、ヨシュアが指摘を入れる。

「ルバーチェ商会がリベール王国で事件を起こした事は証拠にはならないんですか?」
「あれはリベール方面の支部長が独断でやった事にされて、本部からは逮捕者は出なかった。しょせんとかげのしっぽ切りだ」
「そんな言い訳が通じるの!?」
「警察にも帝国と共和国から圧力が掛かって、踏み込めないのさ」

エステルが必死に訴えても、全て跳ね返してしまうセルゲイの態度にアネラスは口をつぐんだ。
もうこれ以上話しても無駄のように思えたヨシュアだが、西クロスベル街道で出会ったシャーリィの事も報告しなければいけないと話した。

「ほう、《赤い星座》のやつらがクロスベルにまでやって来ていたのか」
「《赤い星座》って何ですか?」
「まあ、お前達が知らないのも無理もないか。リベール王国は直接の被害は受けてないからな」

エステルに尋ねられたセルゲイは《赤い星座》の概要について説明を始めた。
以前に大陸を襲った大凶作は多くの農民を苦しめ、食べるのに困った人々の中には畑を捨てて猟兵へと転身する者達が居た。
《赤い星座》とは特に被害が深刻で周辺国の支援をほとんど受けられなかったノーザンブリア公国で誕生した大規模な猟兵団で大陸の北方を中心に暴れ回り、彼らの略奪によって消えた村まであるらしい。
セルゲイの説明を聞いたアネラスは不思議そうに首をひねる。

「だけどシャーリィちゃんは商売をするためにクロスベルに来たって話していたような気がしましたよ?」
「猟兵の商売なら分かりきっているだろう」
「もしかして、戦争ですか?」

ヨシュアの言葉にセルゲイはだまってうなずいた。
戦争と聞いたエステルの顔色が青くなる。

「そんな、じゃあ早く止めないと!」
「《赤い星座》のやつらはクロスベルでまだ何も事件を起こしちゃいない、何度も言うが今の段階では警察は動く事ができない」

セルゲイは強く否定するように首を左右に振った。

「事件が起こってからじゃ遅いんですよ、未然に防ごうって考えは無いんですか?」
「そんな事を言って、警察を辞めて遊撃士になった男が居たな。お前達も間も無く顔を合わせる事になるだろう」

アネラスの言葉に対して、セルゲイは少し感慨深そうにつぶやいた。
するとついに堪忍袋の緒が切れてしまったのか、エステルが会議室の机を思い切り叩く。

「それなら、何であたし達に協力するなんて言ったのよ! あたし達をからかうためにここに連れて来たの!?」

エステルの言葉を聞いたセルゲイは突然大声で笑い出した。
その晴れやかな様子にエステル達がぼう然としていると、セルゲイは親しげな表情をエステル達に向けて謝る。

「お前達がどれだけ情熱を持っているのか見たくなってしまってな、すまなかった」
「あの、どういう事ですか?」
「俺もな、圧力に屈して動こうとしない警察の上層部にはウンザリしているんだ。アリオスが二課を辞めちまった時、俺はこのままではいけないと思って考えたんだ」

ヨシュアの質問に答えたセルゲイは自分の構想を話し始めた。
それは警察、遊撃士と言った組織の垣根を越えて協力し合う新たなチームの結成だった。
上層部の命令を受けずに独自の判断で動こうとする警察官を集め、遊撃士協会の立候補者と情報を出し惜しみせずに共有するチームを組む。
セルゲイはそのチームを警察の中で『特別任務支援係』と名付けたのだと言う。

「他には三課のガイと二課のダドリーが入ってくれたんだが、遊撃士協会ではアリオスだけで心細い所だったんだ。お前達が来てくれて助かったよ」
「だけどクロスベルに来たばかりの僕達にそんな大役が果たせるでしょうか」
「そうですね、ここの支部の遊撃士さん達の方が適任だと思いますけど」

セルゲイの言葉を聞いたヨシュアとアネラスは不安そうにつぶやいた。

「怖気づいたのならしっぽを巻いてリベールに帰っても良いんだぞ?」
「あたしはやるわ! 逃げて帰ったら父さんやみんなに合わせる顔が無いじゃない!」

エステルがそう言ってセルゲイに言い返すと、ヨシュアとアネラスも『特別任務支援係』への参加を表明した。
しかしセルゲイの話によると『特別任務支援係』は警察によって公式に認められた部署ではないため専用の部屋や身分証があるわけではないらしい。
また警察と遊撃士協会はお互いのナワバリ意識もあるので、頻繁な出入りが見られるのは同じ組織の人間から快く思われない風潮があった。
そこで定期会議などは市庁舎の会議室を借りて行う事となった。

「それでは僕達はこの辺で失礼します」
「ああ、アリオスによろしくな」

セルゲイとの顔合わせが終わったエステル達は遊撃士協会へと帰った。



<クロスベルの街 東通り アカシア荘>

その後遊撃士協会に戻ったエステル達はミシェルに報告をした後、仕事から戻って来たクロスベル支部の遊撃士達と顔を合わせた。
やはりミシェルの言う通り、外国からやって来たエステル達を歓迎している雰囲気ではなかった。
特に男性遊撃士のスコットとヴェンツェルは『どうしてクロスベルに正遊撃士が2人も来たんだ?』と困惑の色を隠せないようだった。
エステルとヨシュアは自分の事情や目的を大まかに明かす事が出来ないので、ぎこちなく笑ってごまかすしか無かった。

「研修目的で来たって言うアネラスさんはともかく、あたし達はどうして来たのか不気味に思われてたわね」
「アリオスさん達に足手まといだって言われて追い出されないように頑張らないとね」

ため息をついたエステルにヨシュアはそう答えた。
クロスベルを追い返されるとエステルとヨシュアは一緒に仕事が出来なくなる。
カシウス達の好意を無駄にしないためにもエステルとヨシュアは気合を入れた。
部屋の椅子に腰掛けたエステルとヨシュアは今日の出来事を振り返って話し合う。

「クロスベルに着いて初日から、いろいろな事があって疲れたわね」
「そうだね、技術の進んだクロスベルの街並みや、エニグマ、そしてシャーリィに会ったり『特別任務支援係』へ誘われたり、驚きの連続だったよ」
「だけど、一番驚いたのはこの部屋よね」
「……そうだね」

エステル達はグランセル支部に居た時と同様にクロスベルでも遊撃士協会の隊員寮に寝泊りをするのだと思っていた。
しかしミシェルはエステル達のクロスベル支部への赴任が急な話だったので、隊員寮には空き部屋に余裕が無く、受け入れられるのは女性遊撃士1名だけだった。
他の物件も探したが、東通りで空いていた部屋はこの部屋だけ。
隊員寮にはアネラスが入る事になり、エステルとヨシュアはアカシア荘2階のこの部屋に入居する事になった。
家具を揃える時間も無かったので前の住民の物をそのまま使う事になったのだが、住んでいたのはアツアツの新婚夫婦だったのだ。
すなわち部屋に置かれているベッドはダブルベッド。
エステルとヨシュアはこの不意打ちにはかなりの衝撃を受けた。

「今日は僕が床に寝るよ」
「で、でも、ダブルベッドなんだから2人分寝られるスペースはあるはずだし、床で寝たら疲れが取れないでしょう?」

話し合いの末、エステルとヨシュアは同じベッドで寝る事になった。
そして、エステルが着替えるためヨシュアは一旦廊下に出る。
部屋に戻ったヨシュアは薄着になったエステルを見て、冷静になれと言い聞かせてベッドに入ったのだがやはり寝付けなかった。
エステルの寝顔を側で見ているだけでドキドキするのに、さらにエステルは寝返りをうってヨシュアに近づいて来るのだ。
結局ヨシュアはその日の夜は床で寝る事にして、翌日に急いでシングルベッドを2個買うのだった。
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