千曲市上山田温泉で9月に明らかになった旅券法違反事件。同法違反(不正取得)容疑で逮捕・起訴された韓国籍で千曲市上徳間、飲食店経営、石多栄(ソクダヨン)被告(46)は、日本人女性の旅券を取得し、3年間にわたり日本人になりすまし生活していた。県警は4月に設置した各部の横断的な組織「犯罪インフラ対策室」を中心に捜査を進め、関連する偽装結婚や、運転免許証の不正取得容疑も立件した。旅券や携帯電話などのインフラ(基盤)を悪用した多岐にわたる犯罪の摘発に向けた捜査の現状を探った。【小田中大】
県警は9月、石被告と、被告の知人で千曲市磯部、飲食業、山本三郎被告(75)を旅券法違反容疑で逮捕した。逮捕容疑は共謀して08年7月、実在する日本人女性を装って旅券の発給申請をし、不正に交付を受けたとしている。
石被告はなぜ、日本人の旅券が必要となったのか。
11月の初公判の冒頭陳述や、捜査関係者によると、石被告は韓国で出生した後、89年に24歳で日本に入国。関東地方のスナックなどでホステスとして働いていたが、入国から数年後、当時勤めていたスナックの経営者が被告の旅券を持ったまま夜逃げした。自分の旅券がなくなり「身分を証明するものが何もなくなってしまった」(捜査関係者)ことが発端とみている。
不法滞在のまま05年ごろ、千曲市上山田温泉のスナックで勤め始め、山本被告と知り合った。石被告は「日本人になりすませば、検挙されずに済む」と考え、08年春ごろ、山本被告に「誰か名前を貸してくれる人いないか」と依頼した。山本被告は内縁の妻の娘の、戸籍謄本▽国民健康保険証▽印鑑証明--を無断で手に入れ、渡したという。
石被告は、娘の身分証明書類を使い旅券を取得。「日本人」女性になりすまして生活し、運転免許証も取得した。車も購入し、09年には娘の戸籍を使って韓国人男性と結婚までしていた。
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事件が発覚したきっかけは、今年5月、事情を知らない娘=茨城県筑西市在住=が「住民票が勝手に移っている」と警察に相談したことだった。4月に結成されたばかりの「犯罪インフラ対策室」が捜査を開始した。
対策室は組織犯罪対策課や交通指導課、警備1課、生活環境課など各分野の管理官(警視)級が約20人所属するセクションだ。組織犯罪対策課の降旗大造次長は部署横断的な同室のメリットを「効率的に捜査ができること」と胸を張る。
従来は、事件の端緒をつかんだ部署が捜査を中心的に担ってきた。しかし、今回の旅券法違反のように1枚の旅券から犯罪内容が多分野にわたる時は「立件できないことがしばしばあった」。対策室ができたことで「各部署が得意分野を担当しつつ、情報共有もスムーズになった」と効果を発揮した。
捜査の結果、県警は、旅券法違反▽偽装結婚による電磁的公正証書原本不実記載・同供用▽他人名義で免許を取得した道交法違反--の3容疑で石被告を逮捕した。
降旗次長は「一つの旅券というインフラ(基盤)から犯罪は多岐にわたる。今回のノウハウを生かし、今後も犯罪インフラの取り締まりを強めたい」と意欲を述べた。
毎日新聞 2011年11月26日 地方版