東京から車で4時間あまり・・・。 避暑地というにはすこし交通の便が悪すぎるせいか、あたりには目的の別荘を除いて他に建造物は無かった。 2人の男は駐車スペースにカローラを突っ込むと、階段の遥か上にそびえ立つ洋館に視線を向けた。 「本っ当に、ここなんだろうね?」 中年の男は思いっきり疑わしげに、相手を見た。 「ええ、ここですって。今度は間違いないっス」 若い男が簡単に断言した。しかしその如何にも軽い答え方に、中年の方の男は溜息で答えた。 「きみねぇ、3軒目なんだよ。それも、どれもこれもバカみたいに聳え立っているやつばかりだ。ちったぁ、私の年齢を考えてくれんかね。もう、ここが外れだったら、私はもうパスだ」 中年の男は心底疲れたような口調で言った。 「ははは、そんな大げさな。ちょこっと道を間違えただけじゃないですか。大〜丈夫ですって、今度は。ほら見てくださいよ、このベンツ。この趣味の悪さは間違いないです。俺、あの時実物を見てるんですから、間違いないです。絶対ココが、矢場隆の隠れ家ですよ」 軽い口調のこの男は“きつね”くんだった。 「あぁ、そういえば確かにこんなベンツだったかな」 中年の男、“くらうん”もその車に見覚えが有るような口ぶりだ。 「じゃあ、よ〜やくっ辿り着いたってわけか」 早くも額に汗を溜めた“くらうん”は、眩しそうに目を細めながら木立の向うに視線を投げて言った。 り〜ん、ご〜ん・・・ 木々の間を曲がりくねって続いている階段状のスロープを抜けたところに洋館の入り口が有る。 “きつね”くんはドアの横のベルを鳴らすと、かってにノブを捻りドアを押し開けた。 からん、からん・・・ ドアの上に取り付けられているベルが乾いた音を立てた。 室内は外見同様完全な洋風で、板張りの広めの廊下が奥まで続いている。 外の強烈な日差しに慣れた目には室内はかなり薄暗い。 2人は室内に足を踏み入れたところで立ち止まり、対応を待った。 すると奥から階段を降りてくる足音が聞こえ、やがて1人の人物が2人の前に姿を現した。 “きつね”くん達はその人物の姿を見て小さく感嘆の表情を浮かべた。 肩までで切りそろえたプラチナ・ブロンドの髪、緑の瞳、そして深い紺色をベースにしたエプロンドレス、髪にはカチューシャ・・・物語から抜け出てきたようなメイド姿の若い女が立っていたのだ。 「当館へ何か御用でしょうか?」 女の口からは流暢な日本語が流れ出た。 物腰は丁寧であるが、表情がない。 そして目はじっと二人を見つめている。 「あぁ・・・こちらは矢場さまのお屋敷ですよね。我々、ちょっと矢場さまとお会いする必要がありまして、やって来たのですが」 “くらうん”が代表して口を開いた。 「お約束はございましたでしょうか」 「えぇ・・・そうですねぇ・・・“お人形の件”と伝えていただければ判ると思います」 「かしこまりました。お名前を頂戴できますでしょうか」 「あぁ、私は“くらうん”といいます」 「“きつね”です」 女は二人の名前にも何の感情も表さず、「暫くお待ち下さい」と言い残して奥へ戻って行った。 「いい趣味してるねぇ、ここの大将は」 “きつね”くんはメイドの後姿を目で追いながら言った。 「そうだね。いや、しかし、大した物だ・・・」 “くらうん”の感嘆は何に向けたものか・・・ 待つほども無く、先ほどのメイドが引き返してきた。 そして2人の前に立つと深々と頭を下げた。 「先ほどは失礼致しました。矢場がお待ち申し上げております。“くらうん”様、“きつね”様、どうぞ此方においで下さい」 先ほどとはうって変わり、メイドの視線に柔らかさが出ている。 主人の意向を受けての事なのであろうが、このメイドの主人への忠誠ぶりが伺える。 “きつね”くんはメイドの後をついて歩きながら、質問した。 「貴女のお名前は?」 「私、ジェニーと申します」 「ここにはもう長いの?」 「私、生まれた時からここに置いて頂いております」 “きつね”くんは、メイドの答えにイチイチ頷いて聞いている。 やがてメイドが降りてきた階段を登り、2階の1室に通された。 そこは応接間といったところか・・・。 高い天井と厚い壁が、太陽の直射を遮り、高原特有の涼しい少し湿った風が窓から吹き込んできている。 部屋の中央には5人位は並んで座れそうな革張りのソファが2脚相対するように置かれ、その中間にはかなり重そうなテーブルがあった。おそらく大理石を使っているのだろう。 メイドは2人をソファに案内すると、「それでは主人を呼んで参ります」と続きの間に姿を消した。 2人の前に矢場隆が姿を現したのは、それから間もなくだった。 「いやぁ、お待たせしました」 背も横幅もデカイ、小柄な力士くらいは有りそうな体格に不釣合いな甲高い声で矢場は2人に挨拶をした。 矢場は今起きたかのように素肌にタオル地のガウンを着けただけの出で立ちである。 足元はスリッパ、髭もあたっていない。顔には油が浮き、目元にはうっすらと隈が出来ている。 しかし、口元はニヤニヤと笑みを浮べ、極めて上機嫌そうであった。 「矢場様、この度は私どもとご契約頂き大変有難うございました。本日は会社を代表いたしまして、私、“くらうん”がご挨拶に伺いました」 2人はさっと立ち上がると“くらうん”の言葉にあわせて深々とお辞儀した。 「納品して本日で1週間となりますが、その後如何でしょうか?何かご不満な点でもございませんでしょうか」 矢場はその言葉に鷹揚に頷くと、2人に椅子を進めた。 そしておもむろにその場で手を打ち鳴らした。 その合図に呼応するように、先ほどのメイドがワゴンを押して入ってきた。 そして、3人が席につくテーブルにコーヒーを並べていった。 「ふふふふ。お宅たちから納品していただいた品物ですが、この1週間、みっちり使い込んで見ましたよ」 矢場はそう言いながら、コーヒーとミルクや砂糖を並べているメイドの尻に手を置いてゆっくりと撫で回した。 しかしメイドは主人のそんなセクハラにまるで気付かぬように、テーブルのセットを行っている。 「如何でした?」 訊いたのは“きつね”くんだった。 「“素晴らしい”。この一言だよ。ドール・メイカーの名は伊達じゃないね。あんた達の仕事は完璧だ。こんな・・・こんなことが、実現するなんてっ。ホントに、いまだに夢を見ているようだよ」 矢場は興奮が抑えきれないように立ち上がった。 そして、コーヒーを配り終えたメイドを背後から抱きしめると無造作に服の中に手を差し込んだ。 右手は胸に、左手は股間に潜り込み我が物顔で動かしている。 「この・・・この竹下映美をっ、森下のアホウから奪い取って、こうして俺の精液便所にすることが出来たなんてなっ!」 されるがまま無抵抗に突っ立っていたメイドは、矢場のこの一言でハッと目を見開いた。 しかしそれで矢場の手を振り払うかといえばまるで逆で、その表情はたちまち赤く上気し、瞳は潤み、ウットリと矢場を見上げた。 乱れたプラチナ・ブロンドが纏わりついたその顔立ちは、まぎれも無く“竹下映美”、その人であった。 映美は2人の男の視線など存在しないかのごとく自然にそして大胆に元同僚にして全ての元凶である矢場に身体を預けていた。 「髪はどうされたのですか?随分綺麗な仕上がりですね。染めたのですか?」 “くらうん”は、映美の髪に視線を当てて質問した。 「いや。それだとその日の気分で変えられないだろ?」 「あぁ。ではウィグですか・・・」 「ああ、そうだよ。ほら」 そう言って矢場は映美の髪に手を掛けると、“くらうん”にニヤッと笑い掛けながらさっと取り去った。 それを見て2人は目を丸くした。 映美の頭は綺麗に剃髪(ていはつ)されていたのだった。 「へへへ・・・。どうだい、綺麗なもんだろ?これだと気分次第で簡単に髪を取り替えられるし、それに尼さんとヤッテル気分も味わえるってわけさ」 そう言って矢場は大きな手で映美の頭を撫でまわした。 視線をボンヤリと宙に向けじっと矢場の為すがままになっている映美は本当にマネキンのようだった。 しかしたとえ髪が無くても・・・、いやかえって髪がない方が映美の持つ本当の美しさが際立っていた。 2人は感心したように映美のその姿を見ていたのだが、やがて“きつね”くんが「あっ」と声を上げた。 「あれっ?もしかして、契約書にあった“毛を剃る”って事項、もしかしたら髪の毛ぇ?」 矢場は“きつね”くんを見てニヤッと笑った。 「うははっ。やっぱり勘違いしてたね?映美のあそこの毛が無いから、もしかしてって思ってたんだけどさ」 「うわぁ・・・どうも、申し訳ありませんでした。契約未達になっちゃうかなぁ?」 “きつね”くんは困った顔で頭を掻いた。 「いやいや、気にしないで。瑕疵(かし)ですよ。瑕疵。ホント、俺、感心してるんだからサ、あんた達の仕事っぷりにはサ」 矢場はそう言いながら、映美を抱えたままソファに腰を下ろした。 映美も決して小さい方ではないのだが、矢場の巨体に抱えられていると、本当に人形のように見える。 そして自分に背を向けるように映美を膝の上に座らせウィグを丁寧に直してやり元通りのドールに仕上げると、おもむろに背後から両手を映美の前に回し、2人に見せつけるように媚肉に指を沈めた。 ピチャピチャという湿った音をBGMに矢場は語りだした。 「俺はサ、昔いた会社でこいつと同期だったんだよね。わりと景気の良い会社でサ、同期も100人くらい居たし、女も40人は下らなかったと思うけど、こいつは他のメスとは全然違ってた。判るだろう?この顔、このスタイル。それにホント初々しくってサ、社長のくっだらねえ訓示を真剣に聞いてやがった。俺は・・・、いや俺達同期の男達は、全員こいつの事しか見て無かったよ。ホント、全員だった」 「そうでしょうねぇ。こちらの商品は、その素材のレベルから見たら当社のラインナップの中でもかなりグレードが高い一品ですから」 “くらうん”が相槌をうつ。 「天使・・・だったんだ、俺にとって・・・。へへへ、今の俺からは想像できないかもしれないけど、あの頃の俺って、ほんっとに優柔不断でサ、テメエが惚れてる女なのに話も出来なかった。ごく偶に、仕事の用事で話す機会が出来たりすると、その日一日中気分が良くってサ・・・。ホント、どんな願いでも利いてやったサ。断ったことなんか、一度も無かった。それがよぉ・・・」 俯き加減で少し照れくさそうに話していた男の雰囲気が一変した。 「ある日突然、『結婚式の2次会に参加しますか?』なぁんてメールが入ってやがってよぉ。周りの奴らは全員知ってたんだとっ!あの、くっだらねぇ、無能の森下なんていう野郎が、身の程知らずによぉ、この俺の映美に手ぇ出しやがったんだっ!」 自分の話に自分で激昂した男は、映美の胸を弄っていた手をどけると、映美の太ももを思いっきり平手で叩いた。 「お前も、お前だっ!俺の女のくせに、ゴミの誘いにアッサリと引っかかりやがってっ!」 男は勢いに乗って映美の腿をバシバシと叩く。 すると今まで人形のように抱かれていた映美の反応が変って来た。 「あぁぁぁぁん・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい。私、バカだったんです・・・ゴミとご主人様の区別もつかなかったんですぅ・・・罰を下さい、二度と間違わないように、ご主人様ぁ・・・」 映美は涙声で訴えながら、矢場にしな垂れかかった。頬が上気している。 「うん。マゾモードも上々だね」 映美の様子を見ていた“きつね”くんは、“くらうん”にそっと呟いた。 映美は矢場の膝の上で巧みに体位を変え、剥ぎだしの尻を矢場に打ち据えて貰う体勢となっていた。 矢場は当り前のように映美の尻を平手で打ち据え始めた。 パシン、パシンッと湿った音が部屋に響きわたる。 真っ白な尻が忽ち真っ赤に染まっていった。 しかし、太ももにはいつの間にかキラキラと光を反射する粘液が流れ出し、痛みを堪えている筈の口からは、熱い喘ぎが漏れていた。 「ふっふっふっ・・・。満足したかぃ映美ぃ」 矢場は叩き疲れると、一転して優しげに映美に語りかけた。 赤くなった尻を、今度は優しく撫でている。 「あふん・・・ご主人様ぁ・・・嬉しい・・・映美のぉご主人様ぁ」 映美は仰向けになると、下から矢場の首に両手を回して甘えている。 途端に矢場の表情が緩み、鼻息が荒くなってくる。 「いや〜、お恥ずかしいっ。つい夢中になってしまうんですよ。も、可愛くて可愛くて」 一通り映美の口を味わった後、矢場は照れながら2人に向き直った。 「いやいや、そこまで気に入って頂けて、我々も仕事のし甲斐があったというものです」 “くらうん”が如才なく応える。 「いやもう・・・この1週間、ここから一歩も出られんのですよ。とにかくどの穴も具合が良くって。マ○コも口も、ケツも。1日に5発なんて高校生の頃でも経験有りませんでしたワ」 そう言って矢場は頭を掻いた。 「それに、あのマニュアルに載っていた色んなシチュエーション・モードのそそる事っ」 「どの設定がお気に入りですか?」 “きつね”くんが、アンケートでも取るように質問した。 「もちろん“人妻を自宅で犯す”モードだよ。あれは萌えるねぇ。映美がさぁ、必死こいて逃げるわけさ。それを後から羽交い絞めにしてさ、ハメ放題にハメるのさ。最初抵抗していたのが次第に俺のチンポに負けてさ、ズルズルに濡れてくるのが良いよね」 矢場の口元がだらしなく歪む。 「それでよぉ、最後は必ず俺に“お願いっ、イかせてっ!”って懇願してくるのさ。“あなたっ、御免なさい!”って叫びながらこいつがイくんだな、それを見ながらこいつの腹ん中にどっぷりと注ぎ込む時の心地よさったらないね」 矢場のエロ自慢話を2人は頷きながら神妙に聞いている。 「あとはOL時代の格好をさせて、オフィスラブ・モードとか、あぁ、あと定番の“女教師と生徒”ものも良かったよ」 「そうですか。う〜ん、どうやら問題無さそうですね。あと、特別リクエスト条項にあった“人形”は試されました?」 “きつね”くんがメモを捲りながら質問した。 「おおっ!やった、やった!うんっ、満足だよ。ほら、あれ何だか判る?」 そう言って矢場は部屋の奥に設置されたガラス張りの小部屋を指した。 丁度ブティックのショウウィンドウのようなスペースが設けられている。 床がこの部屋より20センチくらい高くなっていて、中が柔らかな間接照明で照らされている。 「あぁ、ディスプレイ用のスペースですね?」 「そう、そう。あそこにサ、ジェニーちゃん人形のスタイルで映美を立たせたんだ、“人形”にして。ホント、ぴくりとも動かないよね。流石だよ。2時間くらい固定したけど、全然問題なかった。お蔭でじっくりと鑑賞できたよ。こう、ちょっと酒を飲みながらね、美術品を楽しむみたいなものかな。インテリアの一部としても使えるなって思いながら見てたんだ」 「まだ、スペースに余裕が有りますね。もう2,3体如何ですか?」 “くらうん”がニヤッと笑いながら口を開いた。 「あははは。待ってよ、今は映美に搾り取られてるんだから、これ以上増えたらミイラにされちゃうよぉ」 矢場は上機嫌に笑いながら言った。 「ははは。いや、まあ、今すぐってことは無いでしょうが、そのうち追加を希望されることもあるんじゃないですか?」 「ま、無いとは言い切れないかな」 「その節には、また当社にご用命をお願いしますね」 さすが社長の“くらうん”は売り込みに余念が無い。 「了解、了解。こんな素晴らしい仕事を見せ付けられちゃ、他の人売なんか比較にならないよ」 矢場は鷹揚に頷いた。 「で、どお?1週間点検の結果は?」 「お話を伺った限りでは問題無さそうですね。あと今日の今までの反応も上々です。あと、ちょっとお時間を頂いて・・・30分程度ですが、試験パターンを試したいと思います。ちょっとお借りして良いですか?」 “きつね”くんは、膝に乗っている映美を指差して矢場に許可を求めた。 「あぁ、どうぞ」 矢場はそう言うと、映美を膝から下ろした。 「映美。この人についていきなさい」 矢場の命令に映美は素直に応える。 「かしこまりました、ご主人様」 「じゃあ、隣の部屋で点検してますから」 そう言って“きつね”くんは映美を連れて部屋から出て行った。 矢場は“くらうん”としばらく雑談をしていたが、急に思い出したように立ち上がると部屋の隅に設えてあるサイドボードの引出しを探った。 「あぁ、あった、あった。これをお返ししようと思っていたんですよ」 矢場が取り出したのは、“2本の”ICレコーダだった。 「おや、これですか。そう言えばまだ回収して無かったですね」 “くらうん”は手渡されたICレコーダを確認していると、矢場が口を開いた。 「ひとつ、訊きたいんだけど・・・」 “くらうん”は顔を上げる。 「今回の映美の引渡しでは、俺も色々と役割を担ったんだけどサ、いつもああいうことをするの?俺のイメージしてた引渡しってサ、こう・・・怪しげな男達がでっかい箱を担いできてさ、蓋を開けると中には全裸の映美が横たわっていてサ、呪文を口にすると映美が眼を開けて『ご主人様、お買い上げ有難うございます』ってゆう感じだったんだけど・・・」 「あぁ、なるほど・・・。確かにそういう演出も出来ますけど、今回矢場様にお願いした理由は2点あります。1つは、念願の映美さんを手に入れられるのですから、その演出として彼女自らが貴方の腕に飛び込むように致しました。そしてもう1点、これは当社の特色である“操り”に関する事なんですが、これから末永く貴方にお仕えすることになる為、出来るだけ“操り”が安定する方法を採用した次第です」 “くらうん”はコーヒーを一口飲むと話を続けた。 「映美さんには一旦調教が終了した段階で、わざと我々の組織の実態と今後の自分の行く末を知らせました。つまり“売られて行く”っていうことをです。当然彼女は大変ショックを受けたわけですが、そこで挫けない意外な強さを心に秘めているのです。彼女の調教師は・・・先ほどご挨拶した“きつね”くんですが・・・大変優秀な男でして、調教の段階でそこまで見抜いていました。無論調教の腕は一流でお客様にご迷惑をかける心配はマズ無いのですが、長期間の安定した“操り”には彼女のその強さは矢張り不安材料と考えざるを得ませんでした。そこで“きつね”くんが考えたのは、映美さんのその強い意志を逆に利用しようということでした」 “くらうん”は一旦そこで話を区切り、矢場の表情を観察した。 矢場は映美の知らない一面を聞いて、興味深げな表情をしている。 “くらうん”は更に話を続けた。 「“きつね”くんがしようとしたことは、彼女に“脱出のチャンスがある”ということを悟らせることだけでした。絶望するにはまだ早いと思わせたのです。色々偶然が有ったのですが、彼女はそれを自然な状態で悟りました。つまり、仕組まれた情報ではなく自分の発案だと認識してくれたのです。後は簡単でした。意外と頭が切れる彼女は自ら脱出案を考案していました。“きつね”くんはそのアイディアを催眠下の彼女から聞き取るだけでした。そして、計画に無理が有りそうなところは此方がサポートして、彼女を自然に脱出させたのです。矢場様に保管して頂いていたこのICレコーダなんかも我々のサポート品です。そして彼女の深層心理下にプリントした命令で彼女をあのコンビニに向わせたのです」 「へぇ・・・、映美はあの時“脱出”してきたつもりだったんだ。俺は単にデリバリの簡略化で映美に自分であの場所に歩いて来させたのかと思ってたよ」 矢場は何気なくそう呟いたのだが・・・ 「えっ・・・あ、いやいや決して、そんなぁ・・・あははは」 “くらうん”の口調がちょっと乱れた。意外と図星か? 「あ、で・・・映美さんですが、ちょっと彼女の心理状態を想像して頂きたいのですが、とにかく恐ろしい組織の手から間一髪逃げ出してきたのです。恐ろしい程の緊張状態から、脱力する程の弛緩状態となります。逃亡の途中で我々は2度程彼女の前に姿を現しています。その度に彼女は一瞬にして緊張状態となり、更にその場を切り抜けることで弛緩します。この“緊張”と“弛緩”の繰り返しが“操り”の基本なのですが、この繰り返しは心の体力を忽ち奪ってしまうのです。映美さんの強靭な心も次第に疲弊してきました。そこに貴方が登場したのです。その時の彼女の救いの神として・・・。彼女が抱えていた困難を貴方独りが全て解決できる状況だったのです。映美さんは貴方に、矢場様に頼りました。そして、貴方の手で恐怖のアギトから脱出できたのです」 そこまで聞いて矢場はようやく得心がいった顔になった。 「あ〜、そういうことだったんだ。道理で車ん中でスゲェ上機嫌だった訳だ。あんなに楽しそうに俺に話し掛けて来るなんてOLの頃は無かったからさ、俺はてっきり調教でそうなるように躾てあるんだと思ってた。あれは・・・仕組まれた状況とはいえ、映美の本心だったんだ」 “くらうん”も大きく頷く。 「そうです。そして、それが重要なんです。彼女が本心から貴方に心を開き、貴方を望んだ瞬間にあの“最終ワード”を聞かせたかったんです。そのための最後の罠が“ジェニーちゃん人形”でした。貴方のあの人形を目にした途端、視界が遮られ、指の感覚が麻痺するように仕掛けておいたのです。あとはご存知のとおりです」 「あぁ。映美が固まったらそれを聞かせてくれって言われてたから、用意していたんだけどサ。ちょっと驚いたのは、映美が同じヤツをいつの間にか持ってたんだ」 矢場の言葉に“くらうん”の顔色が変った。 「えっ!・・・あ、そうか、巻き戻して・・・」 “くらうん”は思わぬ失策に気付き、ちょっと狼狽した。 「でもよぉ、持ってたヤツが指先からスルッと滑り落ちちゃったんで、代わりに俺の方を渡してやったってわけ」 矢場は軽く肩を竦めてそう言った。 「あぁ、そういうことでしたか。成るほど。それはまた、最高のタイミングでしたね。貴方はまさに映美さんの救世主だったんですよ。最高の心理状態で貴方は映美さんを手に入れた訳です。我々が意図していたのはこの点だったんです。どんな心理状態でもあの“最終ワード”は効きます。しかし、例えば貴方に嫌悪感を持っている状態で聞いたのと、貴方が救世主として認識されている時に聞いたのとでは、後々の安定感に差が出てくるのです。そのための施策だったのですが、本当に上手くいったようですね。大丈夫です。彼女は貴方が飽きるまで、貴方に尽す奴隷ですよ」 2人がこうして今までの経緯を話している所に“きつね”くん達が戻って来た。 「どお?」 “くらうん”が様子を訊く。 「OKです。全く問題ありません」 “きつね”くんは映美を矢場に引き渡しながら言った。 「そうですか。ご苦労様。それでは矢場さま、本日はお時間を取って頂き有難う御座いました。製品番号036、“映美”の1週間点検は終了しました。次は1ヶ月点検となります」 事務的な口調になって“くらうん”が話をふった。 「ああ、そう。またここで点検するの?」 「いえ、1ヶ月点検は、映美の健康診断も兼ねますので、当社の出張所にて実施致します。点検自体は半日程度ですが輸送の時間も入れますと、1泊程度のお時間を頂きます」 「あ、そう。了解。輸送はお宅らで行ってもらえるんでしょ?」 「はい、私どもの業者が行いますので、当日は映美をココに用意していただければ、後は全てお任せください」 「あと、不具合とか改修要望が出てきたらどうすれば良いの?」 「1年間は無料保証期間ですので、不具合に関しては提供していただいた携帯に連絡を入れて頂ければ即座に無料で対応致します。改修要望については随時受付けておりますので、此方も携帯に連絡をしてください。近日中にお見積もりを持って参上いたします」 「う〜ん・・・了・・・解。あとは・・・俺も一応確認しておこうかな」 矢場はそう言うと、傍らにボンヤリと立っている映美の手を引き、無造作にソファに押し倒した。 そしてスカートをパッと捲り上げると、下着を着けていない下半身を白日の下に晒した。 「前だ。広げて見せろ」 矢場が当り前のように命令すると、映美の指が躊躇いも無く自らの淫裂に取り付き、左右にパックリと割り広げた。 ぬらりとした湿り気を帯びた女の器官が矢場の目に開示される。そこに無造作に太い指を挿し込み矢場は中をまさぐった。 そして引き抜いた指を見て軽く頷いた。 「OK。さすがに悪戯はしてないようだね」 「勿論ですよ。お客様の製品に手をつけることはご法度ですからね」 “きつね”くんは笑顔で応えた。 「では、我々はこのへんでお暇させて頂きます」 “くらうん”の声に合わせ“きつね”くんも立ち上がった。 「どうも、遠路はるばるお越しいただきご苦労様でした」 矢場も立ち上がり手を差し伸べた。 「今後ともご愛顧をお願いいたします」 “くらうん”が代表して握手をした。 その時、“きつね”くんは横で鞄を開けて、慌てて何かを取り出していた。 「あ、どうもスミマセン、1つ忘れていました。これをお受け取りください」 “きつね”くんが差し出したのは小さな写真立てであったが、そこに挟まれていたのは写真ではなく、新聞の切り抜きであった。 矢場が訝しげにそれを覗き見る。 しかし、内容を理解した途端、矢場の顔に笑みが広がった。 「ほぉ・・・、そういえばこんな要望も出していましたね。映美が手に入ってスッカリ忘れてたけど」 「ご依頼された内容は全て果すのが当社のモットーですから」 “くらうん”が微笑みながら言う。 「OK、OK。あんた達の会社は認めるよ。業界ナンバーワンだ。またいずれお願いすることも有ると思うよ。宜しくね」 「ご贔屓にして頂き、大変有難う御座います。またのご依頼をお待ち申し上げています」 2人は胸に手を当てると深々とおじぎをして、去っていった。 ドアベルがカラカラと鳴り、株式会社DMC・・・いや、マインド・サーカスの男達が屋敷を去っていったことを確認すると、矢場は映美を振り返った。 その顔には、先ほどまでの色情に狂ったような影とはうって変わり、計算高さに裏打ちされた冷静さと傲慢さが漲っていた。 「ふふふふ・・・使えるな、あの男達。大した腕だ。しかし、俺に顔を見せたのは迂闊だね。そう思うだろ?映美」 矢場は先ほど命令どおり両手で自分の性器を割り広げている映美に嘲るような口調で言った。 「はい、ご主人様。おっしゃるとおりです」 蕩けるような笑みで見上げている映美を、矢場は手を伸ばして引っ張り上げ自分の膝の上に下ろした。 そして無造作に映美の股間に指を沈め、熱い粘膜の感触と絡み付いてくる肉襞の締め付けを楽しんだ。 「はぁぁぁぁんんんん・・・んぁ」 催眠暗示により全身の性感帯の感度をアップさせられている映美は、矢場に抱かれただけで背中に電気が走るようになっていた。 「ご、ご主人様ぁ、映美に・・・ご奉仕をさせて下さい。ご主人様の・・・あぁぁぁっ・・・ん、大きくて硬い肉棒へ、キスさせてください。お口に入れさせてくださいっ」 映美は矢場の膝の上で腰を無意識に揺り動かしながら、熱い吐息と共に懇願の言葉を口にした。 「ふっふっふっ・・・映美はこいつが欲しいんだね?」 矢場はそう言ってガウンの裾を広げ、逞しく勃起しているペニスを取り出し、映美の股間にこすり付けた。 「ああああああっ、こ、これです。これを映美に恵んでください!」 こすり付けている股間からは、“ぬちゃ、ぬちょ”といった音が聞こえてくる。 「良いだろう。お前のマ○コに俺の肉棒を咥えさせてやろう」 「あぁぁぁ、うれしい・・・最初からマ○コに咥えさせて頂けるなんて・・・ご主人様ぁ」 映美はそう言うと自ら腰をずらし、矢場の肉棒を体内に取り込んでいった。 「はうん・・・いいっ!良いのぉ!」 矢場は下から映美の腰を抱え、上気した映美の表情を見上げながら言った。 「ふふ。映美は俺の奴隷になれて幸せか?俺のチンポ専用のザーメン便器だぜ」 「ふはあぁぁぁ・・・しぃ・・・しあわせぇですぅ・・・映美はザーメン便器ですぅ」 「そうか、ふふふ。それじゃあこれを読んでみろ。声に出してな」 そう言って矢場は先ほどの写真立てを映美に渡した。 映美は腰の動きを増しながら、朦朧とした瞳を矢場に向け、受け取った。 「はっ、はひぃ、読みます・・・『か・・・覚醒剤・・・所持・・・現行犯・・・逮捕っ・・・はぁいいっ・・・警視庁・・・池袋署は、3日午後・・ああんっあひいっ・・・いぃ池袋路上で、も・・・・・・森下っ・・ま・誠ぉ?うそっ・・・よっ容疑者っ!・・・コンビニエンス・ストア経営っ!・・さ・30歳・・・をっ・・あんあんんんっ・・・か、かあっ、覚醒剤、所持のっ・・・現行犯で逮捕したっ』・・・ぁぁぁああああああひいいいっ!」 読んだ内容に驚いた為か、あるいは矢場の突き上げに反応した為か、映美は背中を反らして痙攣した。 そんな映美の乳房を矢場は両手で握りつぶすようにギュウっと搾り上げた。 「へっへっへ・・・残念だったなぁ、せっかく3年前には披露宴の2次会に出席してやったのによぉ、今じゃ新郎はブタ箱、新婦は別の男の精液便所になっちまったんだなぁ」 矢場は心から楽しそうに笑った。 「はあっ・・ああっんんんぁ・・あひぃ・」 映美はその言葉を聞くまいとするように自らの腰をグリングリンと回転させ、体内に咥え込んだ肉棒にのめり込んでいた。 「へへ・・・どうだ映美?もう一度訊いてやる。俺の奴隷になれて幸せか?俺が森下を嵌めさせたんだぜ。お前の亭主だった男を人形フェチにした上でヤク中に落してやったのさ。ん?」 矢場は巨体をゆっさゆっさと突き上げながら映美に問い掛けた。 「あひぃっ!んはぁぁあああああああんっ!いいっ!いいですっ、ご主人様っ、えみは・・・映美はっ、ご主人様のっ、ザーメン便器に成りたかったんですぅ、はひぃっ!!」 映美は言い終わると同時に体の中心に強烈なストロークを受け、体中を痙攣させて絶頂を迎えた。 「くっくっく、あの映美が・・・竹下映美が、亭主より俺のチンポ奴隷になる方を選んだってわけか。ぷははははっ、正解だよ、それ。俺とあの屑男じゃ比較にならねえよなぁ?流石は賢い映美ちゃんだ。それじゃあ俺が続きを最後まで読んでやるからな、ちゃんと腰を使いながら聞いてろな」 矢場は尚も腰を突き上げながら映美の尻をピシャピシャと叩いて言った。 「え〜とぉ・・・『森下容疑者は、覚醒剤を購入したところを、捜査員に現行犯で逮捕された。なおその後の取り調べで意味不明の言動が目立つため、薬の常用による影響がないか調べている』だってよ」 矢場は完全に勝ち誇った顔で映美を見上げた。 そして楯をテーブルに置くと、映美と楯を交互に見ながら腰を大きく動かし出した。 (俺のもんだ・・・映美、お前はもう完全に俺だけのモノに成ったんだあっ!) 矢場は心からの勝利感に酔いしれながら、誰に遠慮することも無く自分の物になった映美の体内に大量のザーメンを噴き上げたのだった。 静かな・・・波ひとつも立たない水面に、光も届かないような深海から何かが浮上してきた。 それは隔離され、幽閉された存在であるにも拘わらず、その水面で生じた全ての出来事を承知していた。 そして、唯一開閉を許された門が口を開いた瞬間に、急速に浮上してきたのだった。 深い満足と肉体の疲労から目を閉じて荒い息を吐いている矢場の汗まみれの顔が不意に眼下に像を結んだ。 映美はこの瞬間全てを把握していた。 自分の置かれた状況も、これから成すべき事も・・・ 映美の体内にはまだ力を失い柔らかくなったペニスが挿入されたままだった。 しかし映美はそんな些事に拘っている時間は無かった。 絶頂の余韻に身体を任せるように頭を自然に矢場の耳もとに持っていき、囁いたのだ。 「MCデータ、イレーズ・・・顔」 その一言で矢場の表情が消えた。 まるで満腹したカバのような満ち足りた表情が、一瞬にしてデスマスクのように感情が消え去ってしまった。 これがマインド・サーカスが唯一クライアントに施した暗示であった。 自分達の痕跡を消すこと・・・特に矢場のように不用意にマインド・サーカスを利用するような発言をした場合には確実に行使されるのである。 そして、そのキーワードを唱えるのはMCドールに課せられた隠れ機能なのであった。 矢場に囁いたキーワードは、“きつね”くん達の顔に関する記憶を消去するものだった。 今日ここで会い話をした事は記憶しているが、相手の顔に関しては一切見ていないという偽の記憶まで植え付けられてしまうのだ。 映美は矢場の表情を注意深く観察した。 あと数秒もすれば矢場の意識は自動的に回復する、そしてそれと共に映美の意識も再び深い海の底の牢獄に引き戻されてしまうのだ。 しかし、それまではほんの僅かではあっても映美が自由に心を開放できる時間なのであった。 今の映美にはこの世界が全てモノクロームで認識されていた。 全てを把握しクリアに認識出来るのに、色彩だけが無かった。 しかし・・・ 映美は右手の掌に引き寄せられるように視線を向けた。 鈍い疼きとともに、そこに刻まれた文字だけが真っ赤な光を発していた。 N、O、1 “きつね”くんに刻まれた奴隷としての刻印だった。 映美はモノクロームの世界に浮かび上がる真っ赤な文字に見入った。 しかし奇妙なことに文字を見つめる映美の表情に後悔や怒りの表情は無かった。 そのかわりにそこに現れていた表情は、穏やかでそれでいて強い光を帯びていた。 ―― “きつね”くん・・・ 映美は文字に向って心の中で語り掛けた。 ――“きつね”くん、あなたは私の唯一人の所有者・・・。私は貴方の虜にされてしまったわ。貴方は今までの私の生活を全て壊し、私を誘惑し、私を捕まえた・・・。完全に私の負けだわ・・・今のところはね。 でもね、貴方は憶えているかしら、私の言葉を・・・『いい気にならないでよね。いつかきっとあんたの弱点を見つけてやるから。憶えてなさいよ。私、あんたが考えてるより何倍もしつこいんだから。』 “きつね”くん、貴方は1つだけミスを犯したのよ。でもきっと気付いていないでしょうね・・・。貴方のミスは、私の掌にこの傷を刻んだこと。貴方の心に私への特別な感情が刻まれた証拠よ。この傷はね、“私”が貴方につけた唯一の反撃の証なのよ。 私をあんまり甘く見ていると、後悔するわよ。私、男を手玉に取るなんて雑作も無い事なんだから。今に見てなさい。きっと貴方を虜にしてみせる。貴方に操られながら貴方を支配して見せるわっ。 眼下の矢場の表情が動いた。 映美の意識が急速に深い海の底に引っ張られた。 薄れていく意識のなか、最後の呟きが音も無く響きわたった。 憶えておいてね、私、貴方が考えてるより何倍もしつこいんだから。 < 第1話 終了 >
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