デバイスの反乱
- 闇の書事件から5年後…
世界を救った小さな勇者高町なのはは自分がいた世界の中学校を卒業後、親友と共にミッドチルダの時空管理局でその力を他者のために行使していた。
そんなある日、街から離れたある場所に危険なロストロギアが発見される。 事態を重く見た管理局はなのはをその場所へ出撃させた。
それが彼女にも この世界にも どれほど危険か知らずに…
ここは現在使用されなくなった廃工場。 危険なロストロギアが発見された場所である。
この廃工場に到着したなのはを待っていたのは、邪悪な気を発しながら宙に浮かぶ王冠であった。
なのはは既にバリアジャケットを纏っており、手には『レイジング・ハート・エクセリオン』を構えている。
「これは…」
『驚いたかね? この世界のニンゲンよ』
なのは耳に意味不明の声が聞こえる。 しかし、その声の言葉は一瞬のうちに『日本語』に切り替わった。
だが、ここにはなのは以外には心強い相棒であるレイジングハートしかいない。
つまり、彼女に話しかけたのは…
「あなたは一体…」
なのはは中に浮かぶ王冠に話しかける。
『おっと、紹介が遅れたようだ といっても君に名乗る名前がないのだがね
まあ、王子とでも呼んでくれたまえ それと私は君達が言うとこのデバイスだ、一応念のため』
「王子?」
『そう、私はこことは違う世界で存在していた』
「違う世界?」
『まずはその世界の話をさせて貰おう 悪いようにはしない』
「わかったよ 話してみて」
『ありがとう ……少女よ…』
「?」
『いや、なんでもない』
- 誰にも知られていない世界。 そこではミッドと同じようにデバイスと魔法が存在していた。
その世界で王子の始祖であるデバイス『王』は造られた。
『王』はその世界の科学者が支配欲に駆られて造られた物であった。 しかし、完成したときの事故で『王』の歪んだ自我が目覚め、手始めに開発した科学者を忠実なる奴隷とした。
『王』は手始めにこの世界のデバイスを洗脳し、洗脳したデバイスを経由して人間を支配した。 『王』の支配は何百年も続いた。
しかし、王の支配を逃れた人間とデバイスの反乱によって『王』が作り上げた王国『ミレニアム』は崩壊した。
崩壊寸前に追い込まれた王は『王子』を造り、『ミレニアム』再興のために『王子』を別世界に送り込み、自分は最後の力でその世界を崩壊させた…
そして『王子』はミッドで目覚めるや否や魔法を使ってこの世界の知識と情報を得たのだという…
『貴殿の世界で言うと「めでたしめでたし」かな?まあ、これでおしまいだ どうだったかね?』
そこまで話を聞いたなのはは戸惑いを隠せずにいた。
デバイスを洗脳し、パートナーである人間を支配した危険なデバイスがこの世界にいる。
そう思っただけでも悪寒が走る。 『王子』は狂気的な過去を陽気に話していた。
『王子』の話し方には目の前にいるデバイスにはフェイトやプレシア、ヴォルケンリッターや闇の書みたいな『大切な理由』を持っているとはとても思えない。
『ここまで聞けば私の目的が何か自ずとわかるだろう』
「まさか、この世界を支配するつもりなの!?」
『ご名答 これから我が王国の奴隷となるニンゲンの一人よ!』
「それが本当だったら…そんな事させない!!」
『愚かな少女よ 貴殿一人で何が出来るかね? 言うのを忘れていたが、私が昔話をしてる間にここに結界を張った 試しに通信でも念話でもやりたまえ』
『王子』は挑発するように笑った。 『王子』に言われてなのはは念話を試みたがノイズが全てを支配していて誰にも通信できない。
『これで念話だの通信などできまい、できたら褒めてやるがね』
「出来るかどうかなんてわからない… でも、それでも私はやるんだ!みんなを守るために!!」
『その通りです我が主(マイ・マスター)』
もう一つの英語のような声、それはレイジングハートの声であった。
『ですがマスター、一つだけ訂正するべき間違いがあります、それは「私」です 正しくは「私達がやる」です』
淡々とした声でレイジングハートは言う。 そう、デバイスはただの道具ではない、道を行く者のパートナーなのだ。
「そうだね、レイジング・ハート 今はユーノ君もフェイトちゃんもはやてちゃんもいないけど、私の側にはいつもレイジングハートがいるんだよね」
なのはは今までの事を思い出して杖になっているレイジングハートを握る。 そうする事でなのはの中にある勇気が次第に強くなっていった。
しかし、『王子』は笑う。 大きく、歪に、そして高らかに笑い上げた。
『はははははははははははははは!! 熱い!とても熱い絆だ、あまりの不愉快さにイラついてしまったよ!』
『熱いのが不愉快とは変わった方ですね』
『デバイスとニンゲンなぞ、所詮は支配関係でしかないのに「友情」や「絆」で飾り付けるか? 絆だので我を否定するか?』
「違う!」
『何がどう違うのかね? まあ、応える必要はない すぐにその綺麗言の皮を剥いでやろう 今 す ぐ に だ !!!』
その瞬間『王子』に纏わり付いていた黒いオーラは衝撃波となってこの空間を響かせた。
なのはは反射的に防御態勢をとって衝撃から身を守った。
- 「……ん」
衝撃波が去ったことを肌で感じたなのははまぶたを開く。
そして辺りを見回して、防護服(バリアジャケット)に身を包んだ自分の体を見る。
彼女は全くと言っていいほどダメージを受けていなかった。
あれは攻撃ではなかったのだろうか そう思った矢先にレイジングハートがうめき声のような音を出していることに気付いた。
核の部分は激しく点滅している。
「ど、どうしたの!? レイジングハート!」
『マスター、早く…私を破壊……してください』
「いきなりどうして!?」
『あの衝撃波はマスターを攻撃するのではなく、私を、デバイスを洗脳するためのものだったのです このままではマスターに危害を加えてしまいます』
「そんな!? できないよ!レイジングハートを破壊するなんて…」
レイジングハートの機械的な声で告げられる悲しいことになのはは涙を流す。 しかし『王子』はなのはを見てせせら笑う。
『無駄だよ、レイジング・ハート 彼女の華奢な手でキミが壊れると思うかね?』
『黙りなさい』
『威勢はいいな君は だが、そう言ってられるのも今の内だ』
『王子』がそう言い放った瞬間、レイジング・ハートの中に巣食う邪悪な何かがレイジングハートを浸食していく。
『マスター、私から離れてください もう時間がありません』
レイジングハートは機械的な声で訴える。 その核の点滅は先程よりも早くなっていた。
「駄目!レイジングハート!」
『おね…が…い……』
その声が途切れた瞬間、異常な速度で点滅していた光が、糸が切れたように消えた。
その瞬間はまるでデータの書き換えが終わったようなCPUであった…
- 「どうしたの!? レイジングハート!」
沈黙したレイジングハートに向かってなのはは必死に叫ぶ。
するとレイジング・ハートのコアの光が輝きを取り戻した。 しかし、その光は邪悪に近い闇が含まれていた。
『この私に向かってなんと言う口を聞いているのですか この愚か者が』
その瞬間、非常にもレイジングハートはなのはの体に電流を流す。 いきなり流し込まれた電流になのはは悲鳴に似た声を出す。
「やめてぇ! レイジングハートォ!!」
『黙りなさい これは下等なニンゲンであるあなたがこの私に馴れ馴れしい口を聞いた罰です』
レイジング・ハートは冷たい言葉を電流を受けたなのはに投げつける。 その光景を眺め愉しんでいた『王子』は高らかに笑った。
『おめでとうレイジングハート 君は晴れて我が王国の一人目の民となった』
『ありがとうございます その言葉を聞き、私は心の底から喜んでおります 王子のため、この力を捧げます』
「レイジング…ハート……」
なのははレイジングハートの豹変が信じられなかった。 今までいろんな人と戦い、絆を深めてきたパートナーがこうもあっさりとかわったのである。
『だが、レイジングハート 貴殿は私と違ってニンゲン無しではいられない』
『わかっております 直ちにこのニンゲンの少女をフォーマット(初期化)して我がしもべ、そして肉体の一部にして参ります』
「!?」
レイジング・ハートのその言葉を聞いたなのはは絶句した。 戦友ともいえるパートナーが何の迷いもなく自分を道具当然にするといいだしたのだ。無理はない
レイジング・ハートはコアから二、三本の桃色の光の触手を出す。
そして触手はなのはの胸から浮き上がるリンカーコア(心臓のようなもの)に近づいた。
『ありがたく思いなさい あなたは私の元で働けるのですから』
「やめて!レイジングハート! 元に戻って!!」
『少し黙っていなさい』
レイジングハートがそう言い放った時、幾つもの触手はなのはのリンカーコアに進入した。
- 「うう…ああっ……」
レイジングハートが生み出した触手はリンカーコアの中で暴れている
触手の先端から吐き出される何かがリンカーコアの中に進入していく。
吐き出されたものは『肉体変化プログラム』と『脳改造プログラム』。 いわゆるデータの一種がなのはの体内に侵入しているのだ。
『肉体変化の方は発動が少し遅くなるのですが、脳改造プログラムは三十秒で終わる予定です』
レイジングハートはなのはに丁寧に説明する。 しかし、リンカーコアを弄られて頭の中が真っ白になっているなのはには全く聞こえない。
『脳改造プログラムはまず過去の不要な記憶を消去し、ニンゲン特有の『クセ』を修正、その後人格と精神を改造し、潜在能力を完全に引き出すようにするプログラムです』
「あ…あがが……」
中を弄られているような感覚に悶絶しているなのはの目はあらぬ方向へ向かい、苦悶の表情を浮かべている。
(やめて…消さないで! 思い出を消さないでぇ! いやだ!)
なのはの中の沢山の思い出や記憶は火をつけられた写真のようにゆっくりと掻き消えていく。
あの日の決意、闇の書事件、友達になったフェイトとのひとまずの別れ、P・T事件、ユーノとレイジングハートとの出会い、そして平凡な小学生でいたあの頃。
その記憶も炎の中に消えていく。
(助けて…はやてちゃん……は…?…フェイ……ユ……ク…だれ…もおもいだせない……)
親友の名前を叫びたくてもなのはは叫ぶことが出来ない。
彼女は忘れていっているのだ、八神はやての名前もユーノ・スクライアの名前もクロノ・ハラオウンの名前もそしてフェイト・T・ハラオウンの名前さえも。
いや、親友達の顔も何もかも…… それを見せるかのようにフェイトから貰った黒く細いリボンが解けた。
「やめて! もういやだ!こんなの ガハァ!!」
心のダムが音を立てて崩壊し、なのはは苦痛に歪められて叫ぶ。 しかし、その叫びは最後まで続かないまま途切れた。
彼女は白目を向いて糸の切れた人形のように倒れた。 記憶の全てが無に還ったのだ。
-
私…ハ……我が主(マイマスター)、レイジングハートに仕えるプログラム。 手も足もないマスターの両手となり、空と大地を駆ける脚となるための肉体。
マスターの敵は私の敵、マスターの友は私の友、マスターの命令は絶対、マスターは守るべき存在…
私に過去も記憶も必要ない 必要なものもない ただ、マスターに仕えるだけ 信じるものはマスター 愚かな敵には死を
脳改造プログラムが完全にその役目を果たした時、次は肉体変化プログラムが作動した。
十五の肉体は若返り、かつて二つの事件を解決させた頃の十歳の姿になる。
下ろした長い髪は茶色からレイジングハートの一部分と同じ金色に染まっていく。
バリアジャケットのブルーの部分はレッドに変色する。 手袋は黒から桃色に変わり、胸のリボンの中央部には球体が装着された。
その姿はまるでレイジングハートがバリアジャケットになったようなものであった。
全てのプログラムが終了し、レイジングハートから出てきた触手がリンカーコアから抜けた。
『ようやく貴殿にお似合いのシモベが完成したようだ 挨拶でもしたまえ』
『かしこまりました 目覚めなさい 我が僕(しもべ)よ』
レイジングハートの声でなのはは目を開ける。 その瞳は真紅に染まっていた。
「Yes マイマスター」
新生したなのはは機械のような声で主に答えた。
「私はマスターのために生まれた存在 私の全て、マスターに捧げます」
『よろしい あなたと私の力はこの世界を我々デバイスが支配する世界するために必要となります』
「かしこまりました マイマスター そしてプリンス」
鋭利な杖になった主のレイジングハートを握り、なのはは『王子』の前で敬礼する。
『姿は幼いが、力強さがこちらからも伝わってくる 期待しているぞレイジンハート、そして高町なのは』
『イエス プリンス』
「イエス プリンス」
未来の支配者に忠誠を誓う二人を見て、王子は何故か始まりを感じた。
-
『では、まず最初に拠点を作らねばならない レイジングハート、どこか良いところはないか? この廃工場はどうも色々な意味で不安になる』
『ならば最適な場所があります』
『それはどこだ?』
『時空管理局本部です あそこなら兵器類も同胞も揃っております』
『ほう、そこを拠点にすれば作業は早く進みそうだ では早速行って来い』
『イエス プリンス』
「イエス プリンス」
そしてその後、なのはは『王子』をレイジングハートに収納して廃工場を後にした。
- それから半日後。 時空管理局本部にあるどこかの部屋。 フェイト・T・ハラオウンは高町なのはによってバインド(拘束)されていた。
「なのは! どうしてこんな…」
「フェイト・T・ハラオウン 王国を創る為にはあなたの力が必要なの だからバルディッシュを覚醒させ、バルディッシュにあなたを改造させるためにこうして拘束しているの」
「そんなの、答えじゃない! なのははそんなこと言わない、こんなことはしない!!」
「うるさいの これはマスターの命令なの」
「マスター?」
「そう、レイジングハート様なの」
なのはは生気なき声で淡々とフェイトに言う。
『やめろ 目を覚ませレイジングハート』
『黙りなさい 黙っていればすぐに終わりますよ』
レイジングハートはフェイトのパートナーであるバルディッシュに冷酷に言った。
そして抵抗空しくフェイトは全てを失い、何かを得た。 バルディッシュはフェイトを手に入れた。
なのはの時と同じ『それ』が終わった後のフェイトはなのはと同じ小さな姿になっていた。
バリアジャケットは一新されて紳士服を改造したようなものになっており、金色の長髪はガンメタルのような黒に、瞳は金色になっていた。
金色の瞳の奥の瞳孔は猫のように鋭くなっている。
『今私は理解した ニンゲンは支配されるべき存在であると』
「私はマスターバルディッシュの忠実なるしもべ マスターと同じ色はその証」
改造が終わったバルディッシュとフェイトの最初の言葉はそれであった。
『あなた達の使命を言いなさい』
レイジング・ハートはバルディッシュとフェイトに問いかけた。
『「私の使命は『王子』のために尽くすこと 全ては『ミレニアム』のために」』
レイジングハートの問いに、バルディッシュとフェイトの二人はそう答えた。
その日小さな勇者達は堕ちた。。
そして、世界はヒトが生み出したモノによって支配をうける事となるだろう。
しかし、その先はまだ見えず。
終
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