シャドルーの戦士
- 暗雲はあっという間に空を覆い、傾斜する夕日の光を遮る。
閃電雷鳴とともに、一滴、二滴、そして無数の雨水が大地に降り注いだ。
冷たい水玉が地面を叩きつけ、あたり一帯が雨幕に包まれる。
春日野さくらが着ていたセーラー服も、その雨水を吸収して彼女の肌に張り付く。
「はぁ……はぁ……」
さくらは肘をついて、地面に伏していた体をなんとか起こした。
激しい雨音の中に、息切れする呼吸音が混ざっていく。
水滴は彼女のショートヘアを濡らし、額の白いハチマキを越えて、頬の輪郭を沿って滑り落ちる。
女子高生らしいあどけなさが残る顔立ちには、信じられないといった驚きの表情だった。
彼女が見つめる方向に、茶髪と黄髪の二人の少女が立っていた。
濃紺色のコンバットウェアを着ているその姿は、日本離れした珍しい外見である。
服装は彼女たちの胴体にぴったりくっつき、しなやかな四肢を強調する。
動きやすそうな素材の表面に、縦のストライプ模様が走る。
布越しでも形がはっきりと分かる胸部の上に、小さな黄ネクタイが結ばれていた。
両腕には赤いプロテクターを装着し、足に履いた皮のブーツが地面の水を踏みつける。
大きく切り抜かれた背中の部分に、眩しいぐらいの白肌が露出されている。
そして、その端麗な顔には身を凍らすような冷徹な感情が流れ、冷ややかな目線は自分を見下ろしていた。
まるで、美しさと残酷さを併せ持つ人形のようだった。
「お前の力は、まだその程度ではないはずだ」
少女達の後ろに立つ男は、不気味な声を発した。
周囲は雨音に包まれていたが、男が言った一字一句がさくらの耳にはっきりと伝わってくる。
男は赤い軍服と黒いマントを身につけて、腕を組みながらさくらの様子を見ていた。
その凶悪な眉目は禍々しい威厳を醸し出し、いかなる者をも威圧するオーラが常に発された。
さくらはさきほどから、二人の少女と対決していたが、その間、男はただ彼女達をじっと静観しているだけだった。
しかし、彼こそ今夜の一番の大敵である事を、さくらの戦闘本能は悟っていた。
さくらは気を引き締めて、ゆっくりと立ち上がった。
その表情にはいつものような、どんな時でも諦めないという強い意志がこもる。
「ほほう、まだ戦う気力が残っているようだな」
「当然よ!どこのどいつか分からないが、あなたみたいな悪人面の人なんかに、絶対負けないんだから!」
「そのままおとなしくしておれば、苦痛を味わえずに済むというのに」
「あはは……あなたの命令なんか、誰が従うもんか」
さくらは屈強な男に指を差して、不敵な笑みを浮かべて挑発した。
そして突然、彼女は猛スピードで駆け出した。
コンバットウェアを着た少女達はすかさず構えるが、さくらは瞬時に二人の間に割り入った。
すべての力を下半身に溜め込み、体を上空に軽く浮かせる。
次の瞬間、彼女の体は目にもとまらぬ勢いでスピンし、強烈な回し蹴りを放った。
二人の少女はすかさず腕を立ててガードしようとした。
しかし防御するよりも速く、さくらの蹴りが二人の胴体に直撃する。
さくらの必殺技、春風脚が決まった瞬間であった。
これはとある格闘家と出会ってから、さくら自身がアレンジし編み出した必殺技である。
自分の身軽さを利用した攻撃で、すぐに着地して次の行動に移れるため、隙がほとんど無いのだ。
さくらは左へよろめく少女に狙いを定め、右手にオーラを溜めながら邁進する。
相手は複数いる。
この戦いを切り抜けるために、一人ずつ大ダメージを与えなければならない。
- しかし、敵の回復能力はさくらの予想を越えていた。
茶髪の少女は後ろへ倒れるのを踏み止めて、一歩ステップしてから体を捻り、
さくらが予測できない姿勢から裏拳を出した。
その裏拳がさくらの拳とぶつかり合い、二人の体は同時に大きく揺れて、それぞれ後ろへ数歩下がった。
(ちっ……!)
さくらは悔しそうに舌を鳴らし、すぐさま背後に迫る殺気に反応して身を翻した。
黄髪の少女は体を回転しながら近づくと、いきなりジャンプして自分の方へ飛びついてきたのだ。
そのトリッキーな動きを読みきれないさくらは、仕方なく腕を立てて上段ガードの体勢に入る。
しかし次の瞬間、その両腕が相手に取られた。
(しまった、投げ技か)
そう思った直後、さくらはバランス感覚を失い、無重力空間に浮かぶようなめまいを感じた。
さくらはたぐいまれな運動神経を持つ少女であった。
地面に叩きつかれる刹那、彼女は相手から腕を取り返し、背筋を丸めて受身を取った。
だがそれを見過ごしたかのように、敵が次の攻勢を繰り出す。
茶髪の少女が全身をドリルのようにスピンさせ、突き刺すような蹴りを放った。
「ぐっ!」
さくらは両腕を重ねてブロッキングを試みた。
しかし、そのえぐるような勢いに対してタイミングがうまく取れず、体ごと後方へ蹴り飛ばされた。
さきほどからこうして、彼女は相手達の奇抜なバトルスタイルに苦戦を強いられた。
動きの一つ一つが今まで見たことも無く、自分の攻撃をことごとく封殺する。
倒されてもすぐに立ち上がる異常な体力、全身を武器のように使いこなす数々の技。
その上、二人のコンビネーションは機械のように正確無比だった。
彼女達が持つ独特な殺気は、常にさくらの背筋をひんやりとさせる。
その戦い方から、何か尋常ならぬ危険を直感させるのだ。
さくらは後転しながら、考えを巡らせた。
(こうなったら、一か八か……!)
彼女はくるりと身を起こすと、突然赤い軍服の男に向かって突進した。
「ほーう、この私を狙いに来たか」
「部下だけに戦わせるなんて、ちょっと卑怯じゃないかしら」
さくらは男の近くまで来ると、いきなり腰を沈めた。
どんな劣勢に立たされても、恐れずに攻めていくのがさくらの良い所だ。
「せーのー、はーっ!」
掛け声と共に、さくらは全身のエネルギーを解放させた。
ほっそりとした足は、無数のローキックに化けて男の下段を襲い掛かる。
しかし、男は冷笑しながら悪魔のようにマントをなびかせると、さくらの攻撃をことごとく身かわした。
さくらが最後に放った横蹴りを避けると、そのまま大きな蝙蝠のように空中へ飛び上がった。
さくらはゴクリと息をのむ。
相手の幽霊のような動きは、彼女に驚愕を与えた。
「……だけと、まだまだよ!」
電柱の上に降り立った敵影に注目しながら、さくらは両手を腰の横で組み合させ、
指を手のひらのほうへ曲げる。
「はぁ――!」
彼女は全身の気を集中させた。
あたりの雨水がそれに呼応して激しく弾き返り、地面の水が波打つようにまわりへ転がる。
さくらの両手の間に一つの光弾が生成され、時間とともに大きくなっていく。
- 「その構え方は……ふふふ、データ通りの素晴らしいサンプルだな」
男はさくらを見下ろし、不気味な笑みを浮かべた。
しかし、すでに集中力を極限に高めたさくらは、彼のセリフに耳を傾けることはなかった。
「真空ぅ――波動拳!」
毅然とした表情で、さくらは体の前に両腕をぴったり合わせて男に向けた。
手のひらに溜められたエネルギー弾は、まばゆい光を放ちながら男へ直進した。
周囲を白昼のように照らす波動弾は、大気を震撼させながら、
その軌道上にあるすべての雨を弾き飛ばす。
技を放った一瞬、さくらは脳内で本来の使い手の姿を思い浮かぶ。
(……私は、あの人のように強くなりたい!)
その思いが込められた必殺技は、さくらが今まで出した最高峰の一撃であった。
だが、相手が取った動きは彼女を愕然とさせた。
男は避けることも防御することもせず、ただ右腕を高々に掲げた。
その腕の先には、青や緑が混じった禍々しい色のオーラを帯びていた。
「サイコバニッシュ!」
男はマントをなびかせながら腕を振り下ろし、さくらが放った波動弾に直撃させる。
青白い波動拳と、男の邪悪なオーラが激しくぶつかり合う。
しばらくせめぎあった後、さくらの予想に反し波動拳の形が徐々に圧迫され、やがて跡形も無くかき消された。
「そんな……ばかな!」
さくらは両目を大きく見開いた。
彼女が最も自信を持った一撃が、相手にダメージ一つすら与えられなかったのだ。
「くくく、今度は私の番のようだ……くらえ、サイコクラッシャー!」
心臓を裂けるような雄叫びとともに、男は全身に邪悪なオーラをまとい、両手を突き出して飛んできた。
(そんなの……防ぎきれない!)
相手の動きを見た瞬間、さくらの心は絶望に満ちた。
目の前が敵の色に塞がれると、体が丸ごと突き貫かれたような激痛が走った。
男がさくらの背後へまわった頃、彼女の全身が青い炎のようなものに包まれる。
「あああぁぁぁっ!」
体中に暴れまわる負のオーラに、さくらは思わず悲鳴を上げた。
青い炎が燃え尽きた後、その体は無力に地面に倒れる。
男はマントを翻し、さくらの側で腕組みながら高笑った。
「絶望を忌避することは無い。意外とこころよいものだぞ、ふふふ」
「ううぅ……」
さくらは朦朧になりかけた目線を向けると、二人の少女が男の横に駆けてくる姿が見えた。
「ユーリ、ユーニ。そいつを基地までに連れて来い」
「はい、ベガ様」「はい、ベガ様」
二つの無感情の声が、きれいに揃った。
力尽きるさくらを見下ろしながら、男は不気味な笑みを浮かべた。
「まあ、楽しめたな。褒美にお前を生かしおいてやる……我がシャドルーの尖兵としてな」
(……けいちゃん、ごめん……今日一緒に勉強する約束、また……すっぽかしちゃうみたい)
その思いを最後にして、さくらの意識が途切れた。
- 世界各地で、失踪事件が頻発していた。
この情報を最も速くキャッチしたのは、国際警察のインターポールの情報網であった。
分析した結果によると、失踪した人物はいずれもずば抜けた身体能力や潜在能力を持っている。
巧妙な手口と大胆な犯罪、そしてその裏にうかがえる巨大な組織網。
――これらの事件に、あのシャドルーが関係しているのに違いない。
失踪事件の分析を担当した春麗は、いち早くその結論にたどり着いた。
インターポールにおいて、シャドルー専任捜査官を務める春麗は、長い間その手掛かりを追っていた。
犯罪組織シャドルー。
麻薬シンジケートから武器の密輸まで、あらゆる悪に手を出している秘密結社。
その影響力は世界中に及ぼし、各国の政府や企業に影を落とす巨大な存在である。
組織に所属する構成員も選りすぐれた者ばかりで、中には、薬物や洗脳でマインドコントロールされて、
シャドルーに忠誠を誓う者達もいると言われている。
父親の事ことを抜きにしても、警察として格闘家としてストリートファイターとして、
春麗はシャドルーとその総帥であるベガを許せない。
インターポールで上司に捜査権を縮小された時でも、
彼女は単身でシャドルーを調べ続けることを決心したのだ。
そして今日、彼女はついにシャドルーの秘密基地を突き止めたのだ。
「動くな!」
敵意に満ちた一喝が、地下道の壁に当たって反響する。
春麗は素早く後ろへ振り返ると、そこには銃を突きつける一人の兵士がいた。
彼の制服の左胸に、翼のついた髑髏マークがあった。
「動くな。両手を挙げろ」
「あーあ、不運だわ。せっかく人が一番出入りしなさそうなところを選んだのに、もう見つかっちゃうなんて」
春麗はがっくりと肩を落として、ため息を吐いた。
「くくく……まったくその通りだぜ。たまたまここを巡回したら、まさかこんな美人が飛んでくるとは」
男は卑俗な笑いをこぼし、嘗め回すよう目線で春麗の体を見つめる。
「あら、違うわ」
「なにっ?」
「私が不運だと言ったのは、あなたのことよ」
言い終わるや否や、春麗の足裏は男の顎を下から蹴り上げた。
男が銃の引き金を引こうと思い始めたのは、失神して地面に倒れた時であった。
「どうせなら、いつもの巡回ルートを守ればいいのに……でも、これで確定したわ。
どうやら、ここが私の探している場所のようね」
春麗は髑髏マークを確認してから、彼のうなじに鋭い手刀を当て、その失神時間を更に延ばした。
ここはタイの地下、極秘に隠蔽されたシャドルーの基地である。
偶然手に入れた情報によれば、ベガが最近ここに潜んでいる可能性が最も高いという。
そのため、春麗は仲間の到来を待たずに、一人で乗り込んできたのだ。
頭に結えたお団子ヘアが崩れていないか確認すると、彼女は細心の注意を払いながら奥へ進んだ。
軽やかな足取りとともに、青影が素早く基地内を駆ける。
彼女の今の格好は、いつものストリートファイターとしてのものだった。
チャイナドレスを基調にデザインされた服に、東洋的な金色ラインが舞い踊る。
胸部の下で巻かれた白い腹巻は、腰の美しいくびれを明確に見せ付ける。
引き締まった太ももは濃いめのストッキングに覆われ、あたりの光を照り返しながら、
優美な脚線を描き上げる。
そして地面を力強く踏み付ける白ブーツは、彼女の揺るぎのない自信を物語る。
- 中国拳法に精通する春麗にとって、銃などの武器は意味を持たない。
道中で幾人もの兵士と出会ったが、いずれも彼女の凄まじい蹴りによって戦闘能力を奪われた。
だがベガを見つけるまで、彼女はできるだけ気配を潜まなければならない。
もうこれ以上、ベガを見失うわけにはいかないのだ。
春麗は監視カメラの死角をくぐり抜けると、やがて制御室と思われる一室に出た。
彼女は背後のドアを軽く閉め、コンピュータの前で立ち止まった。
なんとかシャドルーの情報を探り出さなければ。
インターポールで培った経験を生かしながら、春麗は素早くコンピュータを操作した。
だが、彼女がシャドルーの機密情報にハッキングしてから間もなく、
スクリーンの上に一つ大きな髑髏マークが現れた。
『ようこそ、我がシャドルーの基地へ。存分に楽しんだのかな』
「この声は……ベガ、あなたなのね!」
春麗は一歩引き下がり、室内に流れるスピーカー音に反応した。
『くくく……待っていたぞ、春麗』
「いい気にならないで。あなたが今まで行ってきた悪行を、ここで清算してもらうわ」
『ならばここに来るが良い』
「えっ?」
春麗は驚きながら、画面に浮かび出る基地内の全体マップを見つめた。
その一番奥に、大きな赤丸が目を惹くように点滅を繰り返す。
「ご丁寧に、居場所を教えてくれるというの?どんな罠がしかけられているかしら」
『恐れるのか。そのままでは、いつまでも貴様の父の仇を取れないぞ』
「……!やはり、あなたが私の父上を!」
『ふははは……お前が私の元へ来るのを待っているぞ』
音が収まると、あたりは再び静寂に包まれた。
春麗はスクリーンの画像をじっと見つめながら、これから取るべき行動を考えた。
たとえこれが敵の罠だったとしても、彼女は果たしてこの千載一遇のチャンスを逃せるのだろうか。
制御室を出ると、兵士たちが道端で丁重に待っていた。
彼らが並ぶ方向は、まさしくベガがいる方へ続いていた。
(ふん、味なことを……いいわ、乗ってやるわよ!)
春麗はそう決心すると、心がかえって楽になった。
道中、幾人もの銃を抱えた兵士達はビクとも動かず、
敬礼したままの姿勢で通り過ぎる彼女を待っていた。
春麗は彼らに目もくれず、いつもの落ち着いた足取りで歩いた。
やがて、彼女は大きな扉の前で立ち止まった。
さきほど見せられた地図によれば、この中にベガが待っているはずだ。
心を落ち着かせてから、扉を押しのける。
すると、白い宮殿のような景色が目の前に広がった。
赤いカーペットが扉から部屋中央の高台へと続き、周囲の白壁と対照的な色合いを強調する。
カーペットに足を乗せると、背後で扉が閉じる重厚な音が鳴り響いた。
「ふふっ、これで私が籠に閉じ込められた鳥になったかしら」
春麗は皮肉を込めた言葉を、高台の玉座に居座る男に向けた。
赤軍服の後ろに黒マントをあしらった姿、威厳と邪悪さを併せ持つ顔。
初対面ではあるものの、春麗はすぐにその人物が自分の宿敵である事を察した。
- 「くくく……まさかこれまで私を追い詰める人物がいるとは。
しかも、こんなに若くて美しい女性だとは」
「挨拶言葉は別にいらないわよ。私がここに来た目的はただ一つ、
シャドルーという組織を壊滅することだわ!」
「なかなかいい気勢だ。しかし、そんな下らない正義心なぞに身を囚われるな。
どうだい?私の元で、ともに世界を支配してみないか」
「もしいやだと言ったら?」
「お前の父のような結末に辿りたくなければ、素直に従うことだ」
「……!」
憤怒の感情が、血流に沿って全身を駆け巡る。
春麗は一度大きく深呼吸した。
「世界中から人を誘拐するなんて、いったいどういうつもりなの?」
「くくく、彼らは我がシャドルーのために、サンプルとして人体実験に使用している。中には……」
ベガが話している最中、春麗は突然玉座へ向かって駆け出した。
彼女は一陣の風のように階段の前まで走り、床を強く蹴ってジャンプした。
そしてベガの側で着地すると、そのまま彼の顔面を目掛けて蹴り出す。
しかし、春麗が最初に動いたのとほぼ同時に、天井から黒い影が音もなく舞い降りた。
二人の少女は着地すると、そのうちの一人はプロテクターを付けた腕で春麗の脚を受け止める。
そしてもう一人はスピンナックルを繰り出して、春麗の背後から攻撃を仕掛けた。
一寸の無駄も無い動きは、攻守とも完璧なタイミングだった。
春麗は迷わず体の重心を変えた。
彼女は蹴り出した脚に体重を乗せて、相手の腕を踏みつける力を増した。
その反発力を借りて空中へ飛び跳ね、背後からの攻撃をかわし後方へ飛んだ。
彼女に襲い掛かった二人の少女は、まさか自分たちのコンビネーションがかわされると思わず、
意外だという表情を作る。
この後方回転脚は、まさに春麗の身軽さを象徴するような技である。
軽快に間合いを取りながら、敵を翻弄する春麗の戦い方は、屈強な男達を苦しめてきたのだ。
「……お前たちが考えているように、マインドコントロールを施して、
我がしもべとして生まれ変わった人もいる。たとえば、いまお前と手合わせしている二人のようにね」
ベガはまるで何事も無かったかのように、まばたき一つせずにしゃべり続けた。
彼の横に、濃紺色のコンバットウェアを着た少女達は冷然な眼差しを春麗に向ける。
「……ベガ親衛隊!」
春麗は苦々しい口調で彼女達の名称を呟いた。
常にベガの側近に仕え、高い戦闘力を有する十二人の少女達。
その実体は各地から誘拐された民間人で、ベガに絶対忠誠を捧げるよう洗脳された後、
戦闘訓練を施されたのだ。
シャドルー専任捜査官を務めた春麗は、もちろん彼女たちの存在を知らない訳が無い。
「彼女達は実に素晴らしい逸材だ。そしてこれからは彼女達の手によって、
より多くの人々が我がシャドルーの兵士に生まれ変わる」
「ベガ!あなただけは、絶対に許さないわ!」
「くくく……そんなに私を倒したいのなら、まず彼女達に勝ちなさい。ユーリ、ユーニ!」
「はっ!」「はっ!」
二人の少女が無表情のまま答えると、まるで放たれた疾矢のごとく突進してきた。
春麗はすかさず高くジャンプして避けようとすると、黄髪の少女も飛び上がってキックを放った。
相手の足を強く蹴り返しながら、春麗は空中で大きくとんぼがえりをした。
だが彼女が落ちる場所で、茶髪の少女が待ち構えるように拳を握り締める。
- 春麗はそのまま床に降りることは無かった。
彼女は落下する足先を、そのまま相手の頭上に向けて踏み付ける。
茶髪の少女は意表を突かれて、やむを得ず溜めを放棄して拳で春麗の蹴りを受け止める。
春麗は一度彼女のプロテクターを踏んで、めくるようにその背後に着地した。
その勢いのままで逆立ちし、両脚を左右に大きく開いた。
「スピニングバードキック!」
春麗の体が宙に浮きながら、全方位に渡って強烈な回転蹴りを放った。
近くに立つ茶髪の少女は、その蹴りを真正面に受けて、遠くへ蹴り飛ばされた。
後からやってきた黄髪の少女は腕で急所をガードするが、
硬直したところで立ち上がった春麗に襟を掴まれると、地面に叩きつけるように投げ飛ばされた。
だが、少女達がすぐさま回復して立ち上がる光景は、春麗の予想に反するものであった。
同じポーズで構えを取る少女達に対し、春麗は思わず背筋に冷たいものを感じた。
さきほど、ベガの口から告げられたユーリやユーニという名前を、彼女は知っていた。
ベガ親衛隊の中でも、特に格闘向けに調整されたドール達である。
彼女達によって引き起きされた事件もいくつか掴んでいる。
「あなた達、目を覚まして!ユーリ、思い出して。あなたの本当の名前はジュリアよ!
あなたがサンダーフット族の村で過ごした時、シャドルーに村ごと襲われ、誘拐されたのよ」
「……それがどうした」
茶髪の少女ユーリは、冷たい視線を春麗に向けるままだった。
「そのような過去は、私にとってどうでもいいことだ」
「しかし!あなたの恋人、サンダー・ホークさんはずっとあなたの事を探しているのよ!」
「ふん、あんなつまらない男なんて……今の私は、ベガ様の崇高なる理想のため、
どんな任務でもこなすシャドルーの兵士である」
ユーリの冷たい言葉は、春麗の心を凍らせた。
「あなた達は、そこまで洗脳されたのか……!」
春麗は怒りに満ちた目線をベガに向けた。
その様子を見たベガは、心底でほくそ笑んだ。
(くくく……人の持つ負の感情、それが私のサイコパワーの源だ。さあ、お前の憎しみをもっと見せてやれ)
「丁度いい。つい最近、調整を終えた強化人間がいる。データ収集のために、お前と戦わせてやろう」
ベガは玉座のスイッチを押すと、壁の一箇所が何の前触れも無く沈み、一つの通路が出現した。
そこから、一人の少女が現れる。
「あなたは……!」
面識があるその顔立ちは、春麗の心を大きく動揺させた。
不敵な笑みを浮かべるショートヘアの女の子は、まさしく春麗が以前に出会った日本人の女子高生、さくらである。
リュウと似た技を持つ彼女に、春麗はすぐに格闘家としての興味を抱いた。
その時から、春麗は彼女の持ち前の明るさや礼儀正しさに惹かれた。
二人の関係は良好なもので、さくらがまだ春風脚のバランスをうまく取れなかった頃、
春麗は親身になって足技のコツを教えたのだ。
だが目の前にいるさくらには、あの時のセーラー服姿と雰囲気が大きく異なった。
彼女はユーリやユーニと似た帽子をかぶり、二の腕に腕章をつけ、濃紺のハイレグレオタードを着ていた。
肌にぴったりと密着するレオタードは、スラリとした躯体を包む。
足の付け根あたりではハイカットされ、面積の小さい布が彼女の股間を覆う。
そしてヒップラインの布が彼女の尻間に深く食い込み、形の良いお尻をそのまま露出させた。
彼女の額には、黒い逆三角形のサイバーチップを埋め込まれていた。
襟に黄色いネクタイが付けられ、両腕にはユーリ達と同じような赤いナックルパーツが装着された。
ハイレグから突き出る健康的な太ももには、鋭い刃のようなペイントを施されていた。
それが彼女の邪悪な笑みとあいまって、禍々しい魅力を漂わせる。
- さくらはベガの前に出ると、恭しくひざまずいた。
「ベガ様、ただいま全ての訓練プログラムを終えました。なんなりとご命令を」
「さくら!」
自分の耳を疑うような言葉に、春麗は驚きの声をあげた。
「くくく……さくらよ、我がしもべに生まれ変わった感想どうだ」
「はい、大変素敵な気分でございます。ベガ様の命令に従う事は、私の最高な悦びです」
さくらは微塵の迷いもなく、嬉々としてセリフを放った。
その様子は、春麗を絶望へと導くものであった。
「ならば、お前に初任務を与えよう。そこにいる女を倒せ」
「はい!」
さくらは大きな声で返事し、立ち上がってから春麗を見つめた。
その目付きは、春麗が今まで見たこともないような冷酷な目である。
次の瞬間、さくらは空中へジャンプし、春麗の居場所を目掛けて拳を強く振り落とした。
春麗は瞬時に瞳孔を収縮させ、全身の筋肉を動かして後ろへステップした。
大きな轟音と共に、彼女が立っていた地面が粉々に砕かれた。
「やっぱり動きが速いですね、春麗さん」
さくらは床の残骸から立ち上がり、薄笑いを浮かべる。
その右手のプロテクターから、黒い煙が立っていた。
以前の彼女よりも、数段上のパワーだった。
春麗はその人離れしたパワーの奥に、ベガと似たような邪悪なオーラを感じ取った。
「さくら、あなたほどの者が洗脳されてしまうとはね。
あなたは、リュウのような真の格闘家を目指していたじゃなかったの?」
「ふふふ……ベガ様よりサイコパワーを注入していただいて、私は今までよりずっと強くなることができましたの。
これこそ、私が求めた力ですわ!」
「お願い、目を覚まして!あなたの姿をリュウが見たら、どれほど悲しむだろうか」
「ふふっ、今の私なら、リュウさんにだって負けませんわ。この力を、春麗さんにもみせてあげますよ」
さくらはそう言うと、腰を深く沈めて両手を組み合わせた。
すぐさま、彼女の全身から邪悪なオーラが浮かび上がる。
「そんな……!」
戦慄するような空気が、春麗の肌を刺激する。
「波動拳!」
甲高い一喝とともに、エネルギー弾が激しい勢いで春麗へ飛んだ。
その形状はさくらの波動拳であるものの、色合いは清純な青色ではなく、どす黒いものであった。
「気功拳!」
あらかじめ溜めていた春麗は、練り上げた気弾をすかさず放った。
二つのエネルギー波は空中でぶつかり合い、まぶしい光を散らした。
やがて、激しいせめぎあいの後、全ての光が相殺して消え去る。
(なんて破壊力だ……!)
春麗は心の中で驚いた。
さくらは稀な戦闘センスを持っている事は、初めて会った時から知っていた。
しかし、その時の彼女はまだまだ経験不足で、必殺技も更なる磨きを必要としていた。
それが今、自分に負けるどころか、むしろ上回るような強さを持っていた。
- 「まだまだこれからですよ……波動拳!」
「くっ……気功拳!」
連続して放ってくる攻撃に対し、春麗は仕方なく迎撃し続けた。
相殺による攻防がしばらく続くと、彼女は額に冷え汗をかきはじめた。
相手の無尽蔵にも思える攻勢が、春麗の心を焦燥させる。
「ふふふ……そろそろ疲れてきたみたいすが、大丈夫ですか?
これで楽にしてあげますわ。真空ぅ、波動拳!」
「……!」
今までの数倍ほど大きい波動拳が、春麗が放った気功拳をかき消し、
猛烈なスピードで飛んで来た。
そのエネルギー弾が通り過ぎた後、床板はまるでショベルカーにえぐられたような跡を残した。
飛び散る破片の様子を見て、春麗は息をのむ。
彼女は間髪のところで上空へジャンプすると、波動拳はそのまま後ろの壁を破砕した。
(なんてデタラメなパワーなの)
壁の凄まじい形跡を見ながら、春麗は心内で驚いた。
しかし次の瞬間、彼女は自分に迫り寄るさくらの気配を感じる。
「咲桜拳!」
さくらは地上から空中に向かって、黒いオーラをまとったアッパーカットを放つ。
体が空中に浮かんでいる間、敵からの対空攻撃には無防備となってしまう。
しかし、それも普通のストリートファイターの話である。
春麗には、空中でも方向転換できる特殊技を持っていた。
彼女は空中で力強く壁を蹴った。
すでに勢いが尽きた彼女の体は、その弾力をはずみに壁とは反対方向へジャンプした。
「なにっ!?」
すれ違う相手の動きに、さくらは戸惑いを隠しきれなかった。
先に地面に足をつけた春麗は、素早く身を翻す。
彼女は落下するさくらの後ろに回ると、すかさずその胴体に肘撃ちを放った。
それから相手の意表をついてしゃがみ蹴りを放つと、中段パンチ、中段キック、上段キック、
掌底と続けてコンボ撃を加えた。
めまぐるしい攻撃に、さくらはダメージを受けるたびに後ろへ踏み下がる。
最後に春麗はさくらに接近すると、両腕のトゲ付き腕輪でバランスを取りながら片脚で立ち始めた。
一拍を置いて、彼女の空中に伸ばした脚が電光石火のごとく百にも及ぶ幻影を作り出し、
その全てがさくらの体上に炸裂する。
「うああっ!」
くぐもった悲鳴とともに、さくらの体が壁へ蹴り飛ばされた。
「はぁ……」
春麗は中国拳法の構え方に沿って体を動かし、凝縮したオーラを体内に収める。
彼女が加えた攻撃には、相手の「気」を阻害する効果がある。
肉体的な痛みを我慢できても、血流が一瞬緩慢になるため、相手の意識を薄れさせることができるのだ。
どんな屈強なストリートファイターでも、あれほどの連続攻撃を喰らっていれば失神してしまい、
俗に言うピヨリ状態に陥ってしまうだろう。
しかし、そんな認識を目の前の少女が覆した。
「あいたた……やっぱり春麗さんは、強いですね」
「なに……!」
春麗は愕然として、ゆっくりと立ち上がるさくらを見つめた。
「なかなか効きましたわ。これでもっとワクワクできました」
さくらは口元の涎を軽く拭い、さきほどと変わらない薄笑いを春麗に向けた。
- (ダメージを全然受けていない!?薬物で身体を強化したからなのか)
春麗は呼吸を整えながら、思考を巡らせた。
シャドルーは全世界の麻薬を供給しており、この手の研究技術は最先端を誇る。
それがストリートファイターの強さと合わされば、これ以上ない無敵の兵士となるだろう。
となれば、今の彼女はもはや手加減などする場合ではない。
踏み込んでくるさくらに対し、春麗は全身の気を脚に集中させた。
相手がステップを換える一瞬を捉えると、彼女はいきなり相手の近くに迫った。
「千裂脚っ!」
さきほどほどより十倍もの強烈なキックが、さくらの体上に炸裂した。
あたりの空気は、凄まじい脚蹴りによって切り裂かれる。
さくらはそれらの攻撃を避けず、全てを体で受け止めた。
しかし、今度の彼女は倒れることなく、ただ後ろへ少しよろめくだけだった。
「な、なぜ……?」
「ふふふ、私が一度受けた技は、もう効かなくなっちゃうんですよ!」
さくらはにやりと笑うと、蹴りの反動で硬直する春麗に突進した。
彼女は体勢を見定めると、左右からパンチを繰り出す。
最後は春麗の体を宙に浮かせると、禍々しいオーラを帯びた咲桜拳を放ち、春麗の腹に打ちのめした。
「ぐああぁっ」
春麗は弱々しい悲鳴を上げながら、背中から地面に落下した。
彼女は肩をガタガタ震わせて、悔やみきれない気持ちで目の前の少女を見つめた。
「ふふっ、だめですよ、春麗さん。勝っても負けても、試合の後は笑顔で締めくくらなきゃ!」
前にも春麗に言い聞かした事があるセリフを、さくらは再び口にした。
しかし、その表情はかつての屈託の無い笑顔ではなく、邪悪の意思を含んだ冷笑であった。
「くくく……どうだ、春麗。私が調整した兵士は。これでさくらの戦闘データは充分に採れた、
後は楽にしてやろう。ユーリ、ユーニ。さくらと一緒に彼女を捕らえよ」
「はっ」「はっ」
今まで待機していた二人の少女は、さくらの両側で肩を並べた。
「うぅん……」
春麗は息を整えながら、力を振り絞って立ち上がった。
さくら一人でも苦戦しているというのに、相手が三人がかりでは勝ち目は無いに等しい。
しかし、それでも彼女は最後まで戦うと強く決心した。
***
「……」
春麗はゆっくりと目を開けた。
時間をかけて茫然とどこかを見続けると、やがて目の焦点が合うようになり、
頭の意識も徐々にはっきりしてきた。
(私、負けちゃって……捕まえられたっけ)
目線を適当に泳がしながら、意識を失う前の光景を思い返す。
ユーニやユーリのスパイラルアロー、そしてさくらの春風連脚。
相手が次々と放つ必殺技の前に、春麗はついに力が尽きた。
あれからどれくらい経ったか分からないが、体中の筋肉はいまだ鈍重な痛みがよぎる。
春麗はなんとなく脚を動かそうとしたが、ふと自分の体がまったく動けない事に気付く。
見下ろしてみると、自分の一糸纏わぬ姿が目に入った。
首や胴体、手足などが機械アームやリングによってしっかりと固定されている。
更にあたりを見ると、自分が筒状の透明カプセルの中に入れられたことに気付く。
- 「ようやく気が付いたようだな」
「……ベガ!」
悪の総帥の姿は、忽然と暗闇の中から現れた。
春麗は憎悪の感情を剥きだしながら、そのはばかりのない視線を感じて顔を少し赤らめる。
交際に疎い春麗にとって、こうして他の男に裸を見られるのは初めてのことだ。
「私をこれからどうするつもりなの?」
「くくく……暗黒はすぐそこに迫っている。お前にも、我がシャドルーの戦士になってもらうのさ」
(やはり私を洗脳しようというのか!)
春麗は唇を噛み締め、大声を出した。
「あなたの部下になんか、絶対にならないわよ!」
固い意思がこもった声が、カプセルの壁にぶつかって響いた。
ベガはそれをあざ笑うかのように鼻であしらった。
「ふふん……気丈な娘だ。しかし、お前は私のサイコパワーを受けてからでも、そう言えるのかな?」
突然、カプセルの天井から無数の機械アームが現れた。
機械アームは春麗の全身に伸び出ると、その先端にある吸盤で柔肌に吸い付いた。
「な、なんのつもりなの」
「お前に少しリラックスしてもらうのさ。そのまま大人しくしてもらったほうが、お前自身のためにもなる」
ベガが言い終わると、機械吸盤は一斉に緩やかな波動を送り出した。
その波動は肌を通って血脈に流れ、春麗の筋肉を強制的に弛ませる。
「あ、ああっ……!」
まるで泥沼に沈むような気だるい感が春麗を襲う。
どんよりとした気持ちよさが心にベールをかけて、生ぬるいお風呂に浸かれた気分にさせた。
ゆらゆらするような異様な波紋が体中に広がる。
腕や脚などに吸い付く吸盤は、微弱な電流を流しながら、鼓動とともに筋肉を刺激する。
そのくすぐったいような、もどかしいような感触は、春麗の力みを徐々に緩和した。
自分の感情が、段々とゆったりしたものに変化していく。
その奇妙な変化に、春麗は戸惑いを感じた。
シャドルーへの憎しみも正義の使命感も、リズミカルな気持ちよさによって薄れてゆく。
心の中で警戒しようと思い続けるが、その意識も時間が経つにつれてどうでもよくなった。
上から一つの太いアームが伸び出て、春麗の顔の前で止まった。
アームの先から一つの機械棒が春麗の唇へと伸び、細い先端を使って唇を静かにかき分けた。
うとうとする春麗は油断している隙を突かれて、機械棒が口の中へ侵入することを許してしまった。
喉の奥まで機械棒を進めると、アームから左右へ二本の金属索を伸ばし、
春麗の後頭部で「かちゃり」とロックした。
機械棒はすぐに口内と同じ温度になり、その表面から甘蜜のような味が染み出た。
唾液が溜まっていくと、春麗は仕方なくつばとまじえてそのエキスを飲んでしまう。
甘蜜が胃に吸収されると、全身になま暖かい堕落感が拡散し、彼女の思考が霞んだ。
機械棒はそのまま微弱な振動で舌をいじり続ける。
春麗はたちまち、異物を含んだ違和感を感じなくなった。
機械棒の後方には、酸素マスクのような透明マスクが備えられた。
機械棒が春麗の口内に固定されると、マスクはそのまま彼女の鼻口にかぶさる。
その中で気圧調整が行われ、彼女の顔面とぴったりくっつく。
「ううん……」
春麗はか弱い声を出し、抵抗する意思をみせた。
しかし、機械達の意のままになりつつある身体は、拘束アームの力に到底かなわなかった。
- ふと、足元から翡翠色の透明液が溢れ出た。
液体はすぐに裸足にすいつき、ひんやりとした水温が彼女の心を穏やかにさせる。
しかし、春麗は横目で首に接近する一本の注射器に気づくと、心の警鐘を鳴らした。
「さあ、それを受け入れるがいい。その液体が、お前をもっと強く変えてくれるのだ」
(くっ……やはり、薬物で私を錯乱させようと……!)
シャドルーはその優れた技術を用いて、人間の人体改造や洗脳にも薬を使用している。
それがいま自分向けていることを考えると、春麗は思わず背筋に寒気を感じた。
だがもはや電波の躍動に乗っ取られた体は、彼女の指示を受けずにただ静かに待ち続けていた。
やがて、注射器の先端が首筋にチクリと刺さる。
皮膚を傷付けない極細針身を通って、筒内の薬液を一瞬のうちに春麗の体に流し込む。
注射された場所は瞬時に高性能タンパク質に塞がれ、傷跡を残さずに癒着し始める。
(これは……!)
天地がひっくり返ったような浮揚感が、足の先から頭のてっぺんまで襲う。
激しいめまいに、思わず体を周辺の機械アームに委ねてしまう。
翡翠色の溶液は、すでに膝までせりあがった。
ガタガタ震える両膝は、溶液の表面に波紋をつくる。
ポタ、ポタという滴り音が、カプセル内で響き渡る。
それが何の音なのか、春麗はすぐに気付いてしまった。
彼女の股間から溢れ出た愛液だった。
熱い激情のようなものが体中を奔走し、淫らな思念が春麗の脳を侵蝕する。
上気した肌は赤みを帯び始め、乱れた呼吸とともにブルブル震える。
春麗は鼻息を荒くさせると、マスクのから伝わる空気をより速く吸い込んでしまった。
しかし、その甘い空気は彼女の肺に入ってくると、いやしい欲望がより一層膨張した。
乳首が敏感そうに尖がり、美しい胸部は呼吸に合わせて上下する。
「くくく……さっそく効果が現れたようだな」
「うん、ううぅん!」
春麗は瞳にありったけの意志をこめて、ベガをにらみつけた。
だがその瞳は二秒も持たぬうちに潤んで、快感に感染して焦点が合わなくなった。
カプセルの下から溢れたあった溶液は、腰を通過した。
足元からさらに二本のアームが伸び出て、二本のディルドを模した張形が現る。
彼女の太ももと掴んでいたアームは、両側へと引き縮む。
それが何を意味するか理解すると、春麗は喉の奥から悲鳴をあげた。
水中でディルドは屈折した黒い光りを放ち、股間に接近する。
張型の先端が股下やとわたりの部分に当たると、春麗は恐怖のために血管を収縮させた。
「ううぅぅぅ――うううぅんんん!」
次の瞬間、春麗は両目を大きく見開き、全身の筋肉をこわばらせた。
前後の穴に、ディルドがぐいっと入り込んだ。
凹凸を備わった表面が襞肉と擦れ合っているのが分かる。
彼女はアームに抑えつけられながらも、体を弓のように曲げた。
虚ろの瞳から、涙がとめどなく溢れ出た。
すでに愛液によってふんだんに濡らされた肉穴は、カプセル外の緑液の助けもあって、
春麗の意思に反してすんなりとディルドを受け入れる。
じわりと体内に入ってくる異物に嫌悪感を抱く一方で、天国に昇りつめたような痺れが春麗の体を覆う。
- (そんな、だめ……!ああぁん……)
春麗は口に咥えた金属棒を力いっぱい噛み締めた。
心臓が破裂するぐらいドクドク鳴り続き、血の流れを加速させていく。
ディルドが中へ押し込んでいく度に、春麗は体を強くひねって、
やるせない気持ちを無理やり費やした。
太ももを懸命に動かそうとしても、ディルドはただただ前進し続ける。
それと比例して、春麗の体に走る異様な快感が徐々に拡大する。
(うふぁん……ああぁ、私、気持ちよくなんか……ないんだから……!)
彼女の必死の思いを、肉体はいとも簡単に裏切った。
膣やお尻の穴が広げられていく感じは、凌辱された後のような堕落感が快感を煽る。
ディルドの付け根が完全に股間とくっついた時、春麗は思わず頭の中で大きく喘いだ。
そして次の瞬間、二本のディルドは振動を始めた。
「うっ……うううんんん!」
鉄槌に殴られたような衝撃が、春麗の体を直撃する。
ディルドは不規則に伸縮や円運動を始め、発情しきった女体を弄ぶ。
薬によって性欲が滾った体は、淫乱な娼婦のごとくその刺激に喜んでいた。
脳内はまるで壊れた蛍光灯のように、光と闇のフラッシュバックを繰り返す。
翡翠色の溶液はとうとう首まで上昇したが、春麗にとってはもはやどうでもいいことだった。
「くくく……どうやら気に入ってくれたようだね。その調子なら、
サイコパワーを順調に受け入れられるだろう」
ベガは腕を組みながら、春麗の乱れる様子を見届けた。
カプセル内の上方から精密機械が降り、ヘルメットのような装置が春麗の頭部に装着される。
黒バイザーが両目を覆い、ヘッドホンが両耳を被さる。
そして額の上で、何かの機械がはりつく。
「さあ、この中でいい夢を見続けろ。お前が次に目覚めたとき、わが忠実な部下に生まれ変わるだろう」
ベガが薄笑う表情は、不透明化していく黒バイザーの中で徐々に薄れる。
装置は両目や両耳に隙間もなくくっつき、春麗から外界の情報を一切封じた。
溶液が自分の頭上まで越えると、春麗はいよいよ何も見えない暗黒世界に陥った。
(くっ……私は、絶対に負けない!)
春麗はそう決心した時、塞がった両耳から何か物音を感じ取った。
はじめはさほど気にならない小音だったのが、時間が進むにつれ大きくなり、
次第に心を震撼させるような轟音となった。
その音は具体的な音調を持たず、ただ散乱として春麗の脳に伝わる。
しかし、その喧噪な音を聞いているだけで、春麗の情緒は段々と不安になった。
視界を遮られただけに、彼女の聴覚は普段よりも敏感になっていた。
全身の暴走を耐えながらも物音に耳が傾き、もともと崩れかかった意識は、さらに錯乱状態になる。
心の鼓動は音に誘われるまま高鳴り、拠り所の無い不安が恐怖へと変化する。
(そんな……やめて!)
心が壊れてしまうような煩雑感が春麗を責め立てる。
いつの間にか、大きく見開いた瞳の前方に、もやもやした映像が浮かび上がった。
七色に輝くビジョンは、めくるめくように点々と移り変わる。
遠い場所に暗い霧のようなものが見えたかと思いきや、
次の瞬間それが目の近くまで迫ってくるように拡大し、そして中央から四辺へ湧き溢す。
春麗は目の前の映像を一目見てから、二度とまぶたを閉じることができなくなってしまった。
まるで霊魂を吸い込まれるような画像が、瞳の虹彩を通って脳髄に投影される。
彼女は目線を変えることもできず、ただじっと見つめ続けた。
体の自由を失った今、彼女には外界からの刺激を拒む術が無い。
- 突然、映像や音はピッチを上げ、数秒ごとに切り替え始めた。
それと同時に、体中に張り巡らされた吸盤から、今までよりもっと鮮明な波動がなだれ込む。
途切れることのない唾液を、春麗は懸命に飲み込む。
体のいたるところに、刀が突き刺さっているような感触。
空中数千メートルのところから、一気に落下する感触。
血液を抜き出され、自分がただの死体のようになってしまった感触。
無数の触手に巻きつかれて、体の表面を気味悪くうごめく感触。
電波は起伏の激しい信号として神経やせき髄を通り、大脳に様々な幻を呼び起こす。
春麗はもはや何かを思い立つ余裕を失った。
彼女はただ無意識のレベルで、この永遠とも思われる拷問を耐え続けるしかなかった。
さきほど注射された薬剤のせいか、体中の神経は異常なほど澄み切っていた。
次から次へと繰り出される刺激は、彼女の心を限界まで追い詰める。
不規則に流れる映像や音声の中から、春麗は何かのメッセージを直感した。
そのメッセージが脳髄の深いところに刻んでいくのを、彼女は防ぎようがなかった。
膣内やお尻を貫くディルドは勢いよくかき回して、女としての欲望を増長させていく。
***
それから、どれくらいの時間が経っただろうか。
一時間?
一日?
一週間?
そんなことは、もうどうでもよくなった。
すっかり放心状態に陥った春麗は、ただ人形のように、ぼうっと前方を見続ける。
脳みそはとろけたジャムのようで、何も考えられない。
しかし、その何も考えないこと自体、大変心地のよい状態となった。
体の周りに流れるぬるい液体は、体を少しずつ今までと違うものへ染めていく。
ふと、今まで混沌とした視界が明るく変化した。
散乱とした目線が集中すると、映像や音声はある一連のものを繰り返しているのが分かる。
戦争。
略奪。
支配。
暴力
破壊。
誘拐。
暗殺。
さまざまな暗示を帯びた映像が、春麗の前で移り変わる。
目の前に一人の若い女性が現れる。
その女性は長髪をおろしていて、全裸の体を妖しく踊らせている。
回りにいる大勢の男たちに向けて、彼女は妖艶な笑みを見せつける。
(はあぁん……)
とろけるような甘い声が、耳元で囁かれる。
女は誘うような目線で、自ら胸を抱きしめ、あそこを広げてみせた。
体の動きに合わせて、つややかな長髪が彼女の体に垂れ落ちる。
春麗は目を大きく見開き、彼女の顔を見つめた。
見れば見るほど、その面影は自分の顔そっくりだと感じた。
- 体中が熱い。
春麗はその女性は自分じゃないかと思い始めた。
女性が触った体の部分が、ぴくんと反応して心を悦ばす。
周囲の男たちは、曖昧な面影でにやにや笑っている。
彼らの軽蔑を含んだ熱い視線に見つめられると、春麗は恥辱と背徳的な快感を覚えた。
ふと、春麗はその女性は自分自身だと気づいた。
目の下で、彼女の手は勝手にあそこへ伸びて、オナニーをし始める。
耳元で、自分が腹底から発した淫蕩な声が聞こえる。
そして次の瞬間、自分は男たちに犯されるシーンに移り変わった。
男たちは前から後ろから彼女の肉穴を貫き、彼女の可憐な唇にペニスを宛がう。
しかし、彼女は何も抵抗しなかった。
自分でもびっくりするぐらい、むしろ積極的に男たちに迎合して、自ら体を差し出した。
行為は次第に激しくなり、春麗の心が大きく動いた。
全身から寄せ集まる快楽の波は、思考が一度止まった脳を淫邪なものに染め変える。
禍々しい映像や淫らな考えが、春麗の心に吸収されていく。
彼女の今までの価値観が薄れて、代わりに新しい思考が形成される。
――すべてはシャドルーのために。
いつからだろうか、その念頭が春麗の心をまとい始めた。
――すべてはベガ様のために。
(すべてはベガ様のために)
(私はシャドルーの一員、ベガ様の忠実な奴隷……)
(ベガ様のためなら、この命すら惜しくない……)
それら言葉がはっきりと思い浮かんだ時、春麗は心底から幸せに包まれた。
ベガ様に忠誠を捧げる思念を募ると、全身から言いようのない躍動感がわき上がる。
心のすべてを晒し出し、相手に身をゆだねる。
そうしようと思い続けると、不安定だった情緒は安らぎの境地に到達する。
まわりに流れる映像は彼女が吸収すべく情報だと悟ると、春麗は今まで以上に心を開放した。
敵を殺戮する冷酷な気持ち。
異性を誘惑する淫蕩な感情。
悪に身を心も染められ、シャドルーの野望のために尽くす忠誠心。
これらの情報を、春麗は一寸漏れることなく、魂の深くまで刻みこむ。
自分の心が、徐々に邪悪な色に染まってゆく。
正義のために戦うはずの肉体が、邪悪のしもべとしてふさわしいものに作り変えられる。
悪に屈服してしまうことを実感すると、春麗の心は喜びに満ちた。
そうしていくうちに、目の前に一つの青い光が浮かび上がり、春麗を見下ろした。
彼女は尊敬をこめた目線をその光に向けた。
『春麗よ、よくここまで耐えてきた。さあ、意識を集中せよ……
私の忠実なしもべになることを、心から念じるのだ』
青い光は一つ男の形となって、春麗に近づいた。
彼は腕を伸ばして春麗の額に手を当てると、そこから邪悪なエネルギーが春麗の体に流れ込んだ。
(はぁっ……あああぁ――!)
禍々しいパワーとともに、五臓六腑を貫くような快楽が体の中を暴れまわった。
全身の血液が、黒く染められていく感じがした。
それが心臓の鼓動によって、激しく沸騰しながら体の筋肉へ流れ込む。
殺意に似たような凶悪な意思が、清純だった心を塗り替える。
しかし、その過程がとても気持ちいい。
体中に邪悪なオーラがみなぎり、もう二度と昔のようには戻れない。
そう思うと、春麗の心はどす黒い悦びに浸った。
- 翡翠色の液体がひいていくと、体に取り付いた吸盤が上からはずされていく。
頭部に装着されたイリュージョンマシーンもロックを解除し、
その下にある美しい顔立ちをあらわにした。
しかし、かつて明るかった笑顔は消え去り、そこにあるのは冷たい表情と目つきであった。
額に埋め込まれた逆三角形のサイバーチップは、光を鈍く反射する。
ウィーン、と機械の作動音が続く。
股間の前後を突いたバイブは震動を停止し、粘液を滑りながらゆっくりと抜き出る。
露出した秘所はヒクヒクしながら、今まで溜まってきた愛液がたらりと滴り落ちる。
カプセル内に乾いた熱風が噴き出て、春濡れていた肉体を高速に乾かす。
下から二本のアームが伸び出て、春麗の肌の上に二度と落ちないペイントを噴き塗る。
体を固定していた機械アームのリングは、逐次はずされていく。
全てのリングがはずされた時、春麗の美しい裸体の上に、
刃をかたどった鋭利なラインが毒々しく描かれた。
カプセルの透明壁がゆっくりと下へ沈んだ。
春麗は無表情のまま外へ歩み出て、そこにある大鏡の前へやってきた。
横からシャドルーの軍服を着た二人の女性が進み出て、濃紺色のコンバットウェア一式を差し出した。
春麗は無言のままハイレグレオタードを手に取り、背部の大きく開いた部分から脚を通した。
伸縮性に富んだ素材は、彼女の力に逆らうことなく伸びて、すんなりと両足を受け入れた。
両腕を通して、腕を伸ばしきる。
首を通して、残された長髪も巻き上げる。
一度広げられた布地はすぐに元通りとなって、彼女のしなやかな体にぴったりとくっつく。
襟元を整えた後、胸部の布を乳房の膨らみに合わせて、しわ寄せをほぐす。
それから股間を覆う布を調整し、鏡を見えるように身をひねり、
尻に宛がう細布を一番深いところまで食い込ませる。
病みつきになるような快感が、お尻から全身に広がっていく。
レオタードが胴体をきつく締めつける感触が心地よい。
背部に見えるすべらかな背肌や、肩甲骨のラインが魅力的だ。
きわどく隠された股間は、男の劣情をくすぶる。
露出した太ももをあやなすペイントは、彼女の美脚をより妖しくみせつける。
男どもが自分の体を見惚れて敗北する光景を想像すると、春麗は自然と邪悪な笑みを浮かべた。
女性隊員達に従って椅子に座ると、そのうちの一人は櫛でロングヘアをすいた。
彼女は春麗の櫛癖を知り尽くしているかのように、慣れた手つきで髪をかきわけ、優しくとく。
まだ少し湿気が残る髪は、その手つきによって従順なものとなる。
髪を伸ばしたあと、女性隊員は二枚の布とリボンを取り出し、髪を二つのシニヨンにまとめる。
前髪の右側はそのまま額にかけ、左側は後ろへかき集められ、不対照美を表現した。
お団子を結わえている布や、リボンの色がダークブルーである事を除けば、
まさに彼女がいつもしているヘアスタイルだ。
もう一人の女性隊員は、春麗の足元でひざまずいた。
彼女は春麗の美脚を丁寧に持ち上げると、黒色のブーツを履かせ、紐を結んだ。
二の腕に腕章をつけたあと、二つの赤いプロテクターを、それぞれ左右の腕に通らす。
春麗はその握り心地を慣らすように、指を開いたり閉じたりして確認した。
パーツが腕にフィットすると、それらがまるで体の一部になったような感触になる。
女性隊員は更にメイク品を取り出し、以前の春麗がしていたよりも暗い赤色のアイシャドーをつける。
髪を結い終えた女性は、春麗の耳たぶに暗紅色の耳飾りをつけ、襟に小さなネクタイを結んだ。
最後はレオタードと同じ色の帽子を髪の上に乗せると、シャドルーの構成員と化した春麗の姿が完成した。
春麗は陶酔した目付きで、鏡の中の自分を見つめた。
暗黒をイメージするカラーは、彼女の美しさに妖艶な雰囲気を付け加えている。
- 女性隊員がお辞儀をしながら、どうぞと言うように、外へ繋ぐ道を示した。
春麗は迷わずに立ち上がり、暗い廊下を渡って、突き当りのところで立ち止まった。
目の前の壁は音一つ立たずに下方へ沈み、その先の見覚えのある光景を展開する。
大きな宮殿のような場所。
中央に敷かれた真紅のカーペットと、階段の上に据えられる玉座。
その玉座に一人の黒マントをまとった男が鎮座し、両側を二人の少女が無表情のまま待機する。
春麗とまったく同じ格好をしている少女は男の上にまたがり、恍惚とした表情で腰を振り続けていた。
そのあどけなさが残る顔は、淫らな快楽に染められている。
春麗は部屋の中央に歩み、玉座の前でひざまずいた。
「ベガ様、お待たせしました」
「春麗よ。どうやら、洗脳を無事終えたようだな」
「はい。ベガ様のサイコパワーを注入していただき、大変ありがとうございます。
これからシャドルーの組織員として、永遠の忠誠を誓います」
額のサイバーチップを妖しく輝かせながら、春麗は邪悪な微笑みを浮かべた。
「お前は私やシャドルーを倒すべく、今まで生きてきたのではないのか」
「ええ、まるで夢のようです。どうしてベガ様の偉大さを理解できなかったのか、とても不思議です。
どうか、今までの私がシャドルーに刃向った罪を償わせてください。
これからは、ベガ様の世界征服の野望を達成すべく、いかなる命令を従います」
「だが、私はお前の父のかたきだぞ」
「ベガ様の邪魔をする人間なんて、殺されても同然のクズですわ。
仮にあの男が今生きているとしても、今度は私が直接息の根を止めて見せます」
春麗の口調は一転して冷酷なものとなり、そのきれいな瞳に凶悪な殺意が灯った。
「くくくく……すばらしい。春麗、今日からお前は我が親衛隊の一員だ。お前の任務は潜入、要人の暗殺や誘拐、
及び他の洗脳対象の捕獲。お前が以前から持つコネクションを利用し、やつらの不意を突くのだ」
「はい。必ずやシャドルーのために、任務をまっとうしてみせます」
春麗は瞳を爛々と輝かせて、一寸の揺るぎも無い口調で応答した。
「あっ……ああぁ……」
ベガと春麗会話している横で、さくらは股間のレオタードをずらしながら、
秘所でベガのたくましい一物を受け止めていた。
彼女はできるだけ会話を邪魔しまいと我慢していたが、喘ぎ声を完全に噛み殺すことはできなかった。
のぼり詰める快感は眉間に現れ、大きくあいた口から熱い息が漏れ出る。
股間の接続部から、ねっとりとした愛液が溢れ出た。
「春麗、どうした」
「あっ……」
突然自分の名を呼ばれて、春麗は慌ててゴクリと息をのむ。
「さっきから目線がうろついているようだが」
「も、もうしわけありません!……私、ベガ様のあそこを見とれて、その……思わず……」
「くくく……いいだろう、お前が私の部下に生まれ変わった証として、お前に奉仕する権利を与えよう」
「恐悦の至極、ありがとうございます」
春麗は心から湧き上がる狂喜を、素直に表情に現した。
「ユーリ、ユーニ。さくらを気持ちよくさせてやれ」
「はい」「はい」
ベガの両側に立っていた二人の少女はさくらの体を持ち上げて、その体を続けて弄んだ。
- 春麗の目の前に、いきり立つ男の性器が全形を現した。
彼女はベガの膝元で恭しくひざまずき、うっとりとした目つきでペニスを見つめた。
怒張る太い一物は、血が通過するたびにドクン、ドクンと高鳴る。
表面にはついさきほどさくらが残した愛液が付着し、光に照らされていやらしく反射する。
春麗は顔を一物に近づけて、大きく息を吸った。
愛液の甘酸っぱい匂いやペニスの淫猥な香りが、彼女の脳を蕩けさせる。
春麗の表情は、自然とときめきと恥じらいが混じったものとなる。
その複雑な表情はまた、男性を誘惑するような魅力的なものであった。
彼女は小さな口を開け、絡みつくような熱息を一物に吹きかけた。
そしてゆっくりと舌を伸ばすと、ついにペニスの裏筋に舌先が接触する。
誰かに命令されたわけでもなく、春麗は自ら舌を悩ましくくねらせ、一物の上下にぬめりと滑らせる。
さくらの愛液は彼女の唾液と混ざり合って、より淫らな芳香を放つ。
春麗はうまく粘液の上に舌を滑らせて、一物を優しくなぜる。
己の主人に奉仕していると思うと、春麗は大きな興奮を覚えた。
格闘家として誇り高く戦う面影は、もはやどこにも見当たらない。
かつて悪と対峙する凛々しい心情も、今では悪に従うことで悦びを感じる邪悪なものとなった。
「はぁん、あふぁん……!」
横では、ユーリ達によって愛撫されるさくらの姿がいた。
ユーリは彼女の股間に顔を沈めて、いやらしい音を立てながら吸いつく。
ユーニは背後から胸を掴み、耳たぶをしゃぶりながら乳首を弄る。
間もなく、さくらの体が大きくわななき、絶頂を迎えた時の呻き声をあげた。
春麗は舌先を尖がらせて亀頭をなめすくい、上から亀頭を口に含ませる。
濡れた唇は竿をついばみ、生ぬるい舌肉が一物を包み込む。
柔肉がこすり合う水音が、せわしく響き続ける。
その一心不乱な動きを、ベガは薄笑いを浮かべながら見つめる。
春麗は頭をゆっくりと上下に動かし始めた。
唇を時々すぼめて、竿をきつく締めつける。
潤んだ瞳や、気持ち良さそうな鼻声。
そして見上げる表情の一つ一つの動きが、男を挑発し情欲をそそるものであった。
何も意識しなくても、男を最も気持ち良くさせる動作が春麗の脳内に浮かび上がる。
それらの動作を忠実に執行することで、彼女は言いようのない幸福感に包まれる。
やがて、口内の一物が激しく震えだした。
陰茎が脈打ちを始めると、春麗の喉奥に向けて熱液が発射された。
ねばっこい濁液は次々と溢れ出て、彼女の口腔を満たす。
精液が唇の隙間から漏れないように、春麗は唇をややきつくしめた。
そしてゆっくりとペニスから顔を離してから、彼女は口に含んだ濁液を飲み干す。
ねばねばした粘液が喉を通り過ごす感触が気持ちいい。
甘い味の余韻を感じながら、春麗は恍惚の表情を浮かべた。
「お前はこれからインターポールに潜入し、その体を使って情報を探り続けるのだ。
洗脳を受けたお前は、男を悦ばす性技を知り尽くしている。そして、
その体はいつでも発情できるように改造され、いかなる男性をも虜にする体となっている。
……くくく、どうだ。どんな男にも、平然と身を晒せる淫乱女となった感想は」
「最高に幸せです。ベガ様の命令で、私のいやらしい体がたくさんの男達に抱かれるなんて……
想像しただけで疼きが止まりませんわ」
春麗は熱い口調で言いながら、股間の布をずらした。
濡れきった秘所から、すでに愛液が溢れ出た。
きれいなピンク色の肉襞は、物欲しそうにヒクヒクしていた。
それを淫靡に見せつける春麗の表情は、以前の彼女では到底想像できないものであった。
- 「もう我慢できない様子だな。いいだろう、お前が乱れる姿を見せろ」
「ありがたき幸せです!」
春麗は慇懃に一礼をすると、玉座の肘掛の上にしゃがんだ。
ベガに背を向けながら陰茎を優しく握り、お尻を突き出して腰をゆっくりと下ろす。
ペニスの先端が秘所の入口にあたる時、春麗の胸はドキドキ感に満ち溢れた。
小さい頃から拳法に励んできた春麗は、交際経験をほとんど持たなかった。
インターポールに所属してからも、彼女はボーイフレンドを作ることなく、シャドルー壊滅に尽力した。
彼女にとって、性行為は疎い存在である。
これからもうすぐ自分の手によって、しかもかつての敵に身を汚されてゆくと思うと、
春麗は痺れるような堕落感を覚えた。
そこから腰をさらに下げると、電撃のような感覚が体中を走った。
膣が広げられる快感に、春麗は優美な細眉を少ししかめた。
引き締まった太ももはピクンと跳ねて、その上に塗れたペイントが妖しく躍った。
常人よりずっとたくましい一物が、膣の襞を押しのけて徐々に入ってくる。
女性の最も大事な場所が犯される感じに、春麗はたまらず甘い呻き声をあげた。
「はぁん……ああぁん!」
ぐちょり、といった音が断続的に鳴り響く。
春麗は円を描くように腰をゆるりと揺らし、相手をじらすようにペニスを入り込ませる。
熟した果汁のような愛液は、潤滑剤のように肉と肉の間を滑り抜く。
腹の奥から昇ってくる欲望が、体の温度を上昇させる。
肌に赤みを帯び始めて、どんどん柔らかくなる女体をより妖艶なものに装飾する。
「うぅ……くっ、はああん……!」
魂を揺さぶるような艶めかしい呻きが、吐息と交じって潤んだ唇から発された。
春麗は完全に腰をおろし、子宮膜をペニスの先端に接触させた。
小刻みに震えるうなじを仰向けて、目を細めながら淫らな笑みを浮かべた。
男の性器が自分の秘所に挿入する充実感。
その充実感をより大きな快感に変換するため、春麗は体をゆっくりと動かし、
秘所の中で陰茎をこすり始めた。
脳内に浮かび上がるイメージに従って、柔らかい体をいやらしく曲げたり突き出したりする。
味わったこともない甘い刺激が、研ぎ澄んだ神経によって脳髄に流れ込む。
春麗は腰の動きを徐々に速めた。
彼女は歯をかみしめて、増幅していく快感を耐え続けた。
露出した背肌に、清らかな汗玉が転がり落ちる。
接合部の水音が大きく激しく弾き、心の琴線がピンと張り詰めていく。
汗ばんだコンバットウェアは肌に吸いつき、彼女の体の形をくっきりと浮かび上がらせた。
「ああぁん……いい、気持ちいいです!ベガ様のペニスに犯されて……はああっ!」
春麗は息を荒げて、両足を広げながら大きな声でわめいた。
敵を倒すための引き締まった肉体も、今では男を悦ばす道具となり下がった。
玉座の横で待機していたさくらは、その淫らなさまを熱い視線で見つめ続けた。
彼女はまだ震える両足を閉じ、内股になってもじもじ動いた。
ベガはあざ笑うような目線を送り、
「どうした、さくら」
「はい……ベガ様や春麗さんのことを見て、私、興奮しまして……」
「くくく、ユーリ達にイカされたばかりだというのに……春麗を気持ちよくさせろ。
これから、お前は彼女のパートナーとして一緒に行動するのだから、今のうちに慣れとけ」
「はい!」
さくらは持ち前の明るい笑顔を作ると、春麗の前に歩んだ。
- その可愛らしい顎を持ち上げると、うっとりした眼つきで唇を重ね合わせた。
「はうぅん……?」
最初は驚いたものの、春麗はすぐに瞳をさくらと同じように曇らせて、彼女の舌を受け入れた。
相手の柔舌は口内をかきまわしながら、自分の舌と絡み合う。
唾液が舌をつたって、お互いの舌を濡らす。
初めて味わう女同士のディープキス。
その淫靡な雰囲気が、春麗の心をくすぶる。
二人の唇が離れたとき、彼女の顔は火を噴くように赤くなった。
「ふふっ、春麗さんの今の表情……すごくいやらしいですよ」
さくらは火照った頬で笑みを作り、春麗の膨らんだ胸を軽く触った。
「ああぁっ!」
「すごく敏感になっていますね。いいでしょ?私たちの体は、発情するとともに、感度が上がるんですよ。
ほら、乳首だってこんなに勃っちゃって。布の上からでも、はっきりと見えますわ」
さくらはくすりと笑うと、春麗のコンバットウェアの上から優しくさすった。
「くぅ……あん、そこは……だめっ!」
「こんな色っぽい声が出せるなんて、全然思いつきませんでしたわ。春麗さん、私と初めて会った時のこと、
覚えていますか?ファイトした後も、あなたは私にいろいろアドバイスしてくれて……あの時、
本当に楽しかったですよ。だから、あなたがシャドルーの一員になって、私すっごく嬉しかったです。
これからもずっと、一緒にベガ様のために頑張りましょうね!」
さくらはそう言いながら、春麗の肌を愛撫し、彼女の首筋に吸いついた。
体にぴっちりとしたコンバットウェアは、まるで第二の肌のように、さくらの手つきを細かい動きまで伝導する。
その狂いそうな快感は、春麗の腰の振りを加速させる。
「はぁ、あぐぅ……気持ちいい……ああぁん!」
「くくく、もういつでもイキそうな顔だな」
「ああ……でも、ベガ様が気持ちよくなるまで、うぐっ……私は、我慢しますっ」
春麗はさくらに乳首を摘まれながらも、震えた声で答えた。
その従順な表情を見て、ベガは満足そうに鼻を鳴らした。
「ふふん、ならばお前の望み通りにさせよう。受け止めろ!」
「はい、ベガ様!どうか、春麗のいやらしいあそこに、ベガ様の精液をいっぱい出してください!」
春麗は体をひねって膣をきつく締めつけると、あそこを貫く一物が大きく脈打つのを感じた。
「ああぁ、ううぅ……はぁあああ!」
春麗は肩を傾けて、かすれた嬌声を出した。
猛勢で動き出すペニスは、彼女の奥を激しくえぐりながら、熱くたぎった液体を吐き出した。
失神してしまうような甘い痺れや、破壊的な衝撃が春麗の脳に直撃する。
そして彼女がもっと乱れるようにと、さくらは傍からその全身を強くまさぐる。
しかし、それでも春麗は最後まで体をくねらせて、すべてを絞り出そうと肉襞を締め続けた。
春麗の大きく開いた口から涎がこぼれて、絶頂を迎えた体は痙攣し続ける。
あふれ返った精液は接合部から漏れ出す。
女が至福に辿り着いた後の淫らな表情が、春麗の顔に浮かび上がった。
- 「はぁ……はぁ……」
「くくく、なかなか良かったぞ」
「はい……お褒めいただき、大変……光栄です」
春麗はふらつく足取りで玉座から降りると、さくらと共にベガの前でひざまずき、
入念にペニスの表面を舐めとった。
精液や春麗自身の愛液が残っているにもかかわらず、二人は従順な性奴隷のように舌を這わせ、
互いの唾を交換しながら一物を綺麗にしていく。
(くくくく、キャミーよ、お前はもう一度『キラービー』として私のもとへ戻ってくる。そしてローズ……
お前のソウルパワーと未来予知の能力は、シャドルーの世界征服のために役立つだろう。
もうじき、お前たちは忠実なしもべとなって、私の前にひざまずく……この娘たちの手によってな)
春麗やさくらの淫らな行為を見届けながら、ベガは不気味な笑い声を発した。
彼女たちの鍛えられた美しき肉体は、この先ずっと悪の手先として、シャドルーのために尽くすだろう。
シャドルーに精鋭なる戦士達が生まれのは、そう遠くない未来であった。
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