余録

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余録:炭坑

 一年を振り返る時期が来て記憶の小箱を開けてみると、もちろん巨大地震と大津波、原発事故でいっぱいだ。その隙間(すきま)に残る印象のうちでは、今は亡き筑豊の炭坑画家、山本作兵衛の作品の「世界記憶遺産」登録という5月のニュースが異色だった▲お陰で約40年も前に世に出た作兵衛画集の新装版が相次いで刊行され、写真記録なき時代の炭坑の実態を読者が知り得たのは意義深い。とはいえ多くの国民にとって石炭産業の記憶は縁遠く、若い世代では全く知らない人も少なくないだろう▲九州や北海道などの産炭地の歴史は尋常なものではない。明治から昭和にかけて数百人規模の犠牲を伴う爆発をはじめ、火災、落盤、水没といった大小の事故が相次いだ。遺体を収容できなかった例も少なくない。どこに何人が埋もれているのか、データは乏しい▲日本の産業発展を支えた力強い実績だけでなく、戦時中の朝鮮人、中国人、連合国軍捕虜の強制労働といった負の側面もある。これらも含めてしっかり記憶すべきではないか。3.11の悲劇を決して忘れず、教訓とせねばならないように……▲個人的には84年、福岡県で取材した三井三池有明鉱の火災事故を忘れ難い。地底から担架で次々に運ばれてくる犠牲者83人の遺体と、老朽化した病院に響き続ける遺族たちの号泣▲訪ねた喪家で、長男を亡くした父親が畳をたたいて泣く姿。その父親が2カ月後の採炭再開の日、無事だった次男と並んで坑口から作業現場に下りて行く時の表情。深い悲しみと、働き続ける決意がにじんでいた。その表情を思い浮かべつつ、心はまた東北の被災地へと飛んでいく。

毎日新聞 2011年12月19日 0時17分

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