―――ボクはいつの間にか、暗闇の中にいたんだ。 まるで、覚めない夢の中にいるような…とてつもない不安と、焦りと、悲しみ。 …でも、心配はいらないはずだ。 覚めない夢はない。この暗闇の悪夢だって、きっといつかは終わりを迎えるんだ。 早く…早く、夢から覚めて。 そしてボクに…現実の光を見せて。 …そこには、きっと…。 ボクの好きな人が、ボクと―――。 …ボクと…あつっ…。 …なんだ、これ、熱いな。…なんか、額の辺りが…あつっ、熱い、熱いっ! 「あつううううううううううううッ!!」 おでこに鋭い痛みのような熱さを覚えて、ボクは飛び起きた…はずだった。 眠っていた身体の上半身を一気に起こし、起き上がってみたものの…。 「…あれ?…ここ、どこ…?」 …そこは、見渡す限りの暗闇だった。 おかしい。確かにボクは夢から覚めて起きたはずなのに…なんでまだ、暗闇の中にいるんだ? 自分の身体ははっきりと見える。しかし、それ以外は全て暗闇なのだ。 夜の暗さなんてものじゃない。空も、地面も、自分の見ている景色の全てが、墨で塗られたように真っ黒なのだ。 …ボクは…なんでこんな場所に? …あれ? そもそもボク、何してたんだっけ? 思い返すように、ボクは頭を抱えた。 「よー、起きたか糞ガキ」 「… … …」 ボクの視界に一瞬にして、顔が写り込んできた。 「どわああああああああああああああああッ!?」 ボクは座ったままの姿勢で跳躍をした。自分でもどうやったか分からないけど、とにかく驚いてボクは一気に後退をする。 「おいおい、オーバーな野郎だな。っていうか今のどうやって移動したんだよ」 …ボクの前に、一人の男が居た。いつの間にボクの目の前にいたのだろう、その男は…テカテカのリーゼントの髪型に、黒のサングラスをかけていた。服装は…なんていうか、白いドレスみたいな格好をしている。ほら、よく漫画とかで天使が着ているみたいな、ローブっていうか…。その後ろには、これまた天使らしく、白い羽が二つ、綺麗に生えている。 … … …。 いや、自分でも馬鹿な事を言っているとは思っている。でも、その男は現にボクの目の前に存在しているのだ。今時、ハマのピッチャーでもなければ有り得ない髪型をしている、天使のコスプレをしたにーちゃんが。 …自分の頬を抓ってみる。…なんて夢を見てるんだ、ボクは…。 「… … …」 「痛ぇか?」 「…痛い」 「そうか、良かったな」 リーゼントのにーちゃんは下品に笑う。…全然良くない。痛いという事はボクの目の前の人間が現実に存在しているという事だ。 「おめぇ、河瀬…修、で間違いねぇな?」 「…!!!!!」 …馬鹿な。現実に存在し得ない人間が、知らないはずの言葉を口にしている。 なんでコイツは…ボクの名前を知っているんだ?ボクにこんな知り合いはいないし、知り合いたくもない。その人間が、何故ボクを知っているのだ? …今は夏休みだ。…こんな風にイメチェンをしている…クラスメートなのだろうか。ほら、夏休みとかって、こういう悪ふざけする人いるし… … …。 …クラスメートにしては、随分老けてるみたいだけど…。 … … …。じゅっ。 「あっつううううううううううううっ!!!!!!!!」 な、な、何をしたんだコイツ!! …腕に鋭い熱さをまた感じた。…これは…腕に円形の火傷を負っている。男を見れば…口に煙草を銜えていた。 こ…根性焼き!?起きた時のおでこの痛みもこれか!!何してくれてるんだコイツは!!! …と、思っても小心者のボクは口出しできないままでいた。 「質問に答えろ。河瀬修で間違いねぇか?」 「…は… はい…。な、なんでボクの名前をあちいいいいいいいいいい!!!」 今度は脛に、男は煙草を押し当てた。 「おめーは、はいかいいえかで答えりゃいいんだよ、余計な発言すんな馬鹿」 「は… はい…」 ボクは涙目になって、身を縮こまらせながら男の方を向いた。 男は煙草の煙をスパスパ吐きながら、なにやらファイルを読み上げ始めた。 「えー… 河瀬修。おめーは今日、8/3をもって人としての身体を捨て、死者として現世から離れる事をここに告げる…っと」 「… … …え?」 「…鈍い奴だな。死んだんだよ、おめーは」 「… … …はい?」 「…もう一回、熱いの欲しいか?」 「け、結構です…!」 …男がサングラス越しにジロリ、とボクの方を睨む。 …こ、こいつ…今なんて言った? …シシャ?ゲンセ?…人の身体を捨てて… し… え? 「死ん…だ…?」 「そーだよ。おめー、自分が死んだ時の事、覚えてねぇのか?」 「… … …」 ボクは…さっきまで何をしていたんだ? 確か…宗佑と話をしたんだ。…そして、とてつもなく嫌な話… そう、宗佑が楓に…告白する、って話を聞いたんだ。 それでボクは、いてもたってもいられなくなって…道を渡って、自販機でジュースを買った。…うん、ジュースは買ったよな。 … … …それで、それを持って道を渡って…。 …トラック、に…? 「…あ…」 「死因、交通事故だ。おめーの不注意が招いた事故、自業自得ってわけだな」 …そうか…。ボクは…それじゃあ…。 「し… … …死んだ、んですか…?」 「ああ、ぽっくりと。衝突で頭を地面に強打して、即死だ。潔くていいだろ?」 「な…なんで、ボクが…!」 「だから、おめーのせいだって。…まぁ、死因を決めたのは俺なんだがよ」 「決めた…?」 男の言葉にボクは反応すると、男はさも楽しそうに笑い、煙草の煙を長めに吐いた。 「河瀬修は、8/3に死ぬ事が既に決定してたんだよ。おめーだけじゃねぇ、全ての人間には、死ぬ日付が決定している。あとはどうやって死ぬかを、俺様のような天使達が決めるってわけだ」 「…てん、し…?」 「なんだ、文句あんのか?」 「だって…どう見ても田舎のヤンキいいいああああちいいいいいいいいい!!!!!!!!」 男は再び、ボクのおでこに煙草の火を押し当てた。 「…続けるぞ。…簡単に言うとだな、おめーは今、現世と天界の狭間にいる。身体を離れて、魂だけが飛び出している状態だ。そしてお前をこれから、天界へと連れて行く」 「し…死んでる、って事…ですよね…」 「そうだって言ってんだろ。いい加減受け入れろや」 う…受け入れられるわけないだろ…! だって、現にこうしてボクの身体は存在するんだし…さっきまで、楓や宗佑、恭子ちゃんや綾姉ちゃんと居たじゃないか…! それが…死んだ、だって!?なんで…!?なんでボクがこんな目に合うんだ…! 「全ての人間は、生まれた時から死を背負ってきている。遅かれ早かれ、人間には必ず死ぬ時が来るんだ。おめーは、それが今日だっただけの話だよ」 「う…嘘、だ…!だって…!」 「だっても何もねーよ。魂だけ抜けてるトコを、心優しい天使の俺様が拾いにきてやってるんじゃねーか。有難く思えよ」 …しかし…確かに、説明がつかないのだ。ボクは…トラックに轢かれた記憶から飛んで、今、この現状にあるわけなのだから…。…本当に、死んでしまったとしか…考えられないんだ…。 …呆然とするしかなかった。…あまりに突然の事に、ボクは涙も流さず、ただ俯いているだけだった。 死んだ…?これが…ボクの運命?こんな…こんな結末で、ボクの人生は終わってしまったのか? …まだ、宗佑と楓がどうなるか、見届けてもいない。…いや、その前に…。 ボクは、楓にボクの気持ちを伝えてすらいないんだぞ…!し…死んでもしにきれないよ…こんなの…! 「…なんか、死んでもしにきれねー、みたいな顔してんな、修」 そのボクの表情をさも面白そうに眺めてくる、自称天使。…こいつは、本当に天使なのか?どう見てもコスプレ趣味のある田舎のヤンキーか悪魔にしか見えないぞ…。 …コスプレ趣味のあるヤンキーがいる時点で、此処が現世でないのが明白なのかもしれないけれど…。 「諦めてとっとと死ぬんだよ。旅行も楽しめて、悔いはねーだろ?なぁ?」 …旅行を…楽しめて? その一言で、ボクのハラワタが煮えくり返る。 …何を言っているんだコイツは…。今回の、この旅行の事を言っているのか?…嫌味にも程がある…!ボクはまだ旅行に来て間もないのに、いきなり死んだんだぞ! 目の前のこのヤンキーみたいな天使は確かに怖いけど…だからって、こんな侮辱をされて黙っているわけにもいかない!ボクはまだ…楓に何も出来ちゃいない! そんな怒りがボクの中に湧き上がっているのを悟ってか、天使は馬鹿にしたように笑う。 「そりゃ、おめーが旅行に来ていきなり死んだってんなら話は別だ。だが、もう旅行は十分楽しんだんだろ?…おめーの人生、すぱっと終われて良かったじゃねえか。なぁ?」 こいつ、何を言っているんだ? 話が噛みあわない。ボクはまだ、楓達と海に来たばかりだというのに…ヤンキー天使は、ボクの旅行がもう終わった、と言う。 ふざけているわけではない。天使は笑ってはいるが、口調はしっかりと、ボクにしっかりと語りかけてくるのだ。 …これは…どういう事なのだろう。 「…あの」 「おう、なんだよ」 「…ボクは、まだ旅行に来たばかりです」 「…あ?」 天使にとっては、やはり予想外の発言だったのだろう。手帳を取り出して煙草の煙を吐く。 「馬鹿言うなよ。今日は8/3だろ?おめーらの旅行の最終日のはずだ」 「…違います」 ボクは拳をぎゅっと握り、物怖じしないように天使に言う。 「8/3は…ボク達の旅行の、最初の日です。…最終日は…8/5のはずなんです」 「…んだと?」 そこで天使は、ポロッ、と口に銜えてた煙草を落とした。 「お前…馬鹿言ってんじゃねーぞ。河瀬修は、旅行の最終日にトラックに轢かれて死ぬ予定なんだよ」 「だ、だからボクもおかしいなぁ、って思ったんです。…ボクはまだ、みんなとここに来たばっかなのに…ヤン…て、天使さんが旅行が終わった、とか言ってるから…」 「… … …」 天使は顎に手を当てて考え込む。手帳を凝視しながら、ボクの顔を交互に眺めて。 …やはり、この天使は何かを勘違いしていたようだ。そしてその勘違い…おそらく、とんでもない勘違いだ。 「…ちょっと待っとけ」 天使はそう言って、今度は携帯電話らしき機械を取り出す。…っていうか携帯電話だ。慣れた手つきで番号を押していく。…っていうか、天使も持ってるんだ、携帯電話。 耳に電話を当てて待っている天使の腰が、いきなり低くなった。 「あ、お世話になっておりますー。えー、天使ナンバー4649番なんですがー」 …今まであんな態度をとっていた奴の声とは思えないほど高い声だ。…どうやら電話越しの相手は、この天使の上司のようだ。態度で分かる。 「えーとですね、今日死ぬ予定の河瀬修っていう人間の予定をですねー、改めて確認させていただきたいなぁー、と思いまして…」 …ボクは天使が電話をしている様子を、真剣に見つめていた。 「…あー、そうですかー。…二日後に死亡の予定…ですね。…あ、あははは…も、勿論分かってましたよー、ええ、勿論ですよー」 嘘つけ。 そしてどうやら…ボクの勘は当たっていたようだ。 ボクは…二日後、8/5に死ぬ予定だったんだ。それをこの天使が勘違いして…8/3に、ボクは死んでしまったんだ。旅行の最終日のはずが、旅行の最初の日に。 …ボクは天使に方を恨めしく見つめる。 「え?あ、確認にいらっしゃる!?い、いえいえ、そんな!僕がミスをするだなんてお思いで!?… … …あ、思ってらっしゃいます?ですよねー…。…あ、は、はい…では、お待ちしておりますー」 どうやら、電話の向こうの上司がこれから天使の方へ向かう様子だ。 電話を切った天使はふぅ、と溜息をついて…コホン、と小さく咳払いをした。 「えー… 突然の事だが。河瀬修。お前を現世に送り返す」 「…え?」 「まぁ、旅行の最初の日に死んだのもアレだ。可哀想だと思っての、俺様の配慮だ。なあに、ありがたく受け取るがいいぞ」 「… … …」 …なに、勝手な事言ってるんだこいつは。いきなり殺しておいて…しかも今度は生き返れだって?…自分勝手にも程がある!しかも自分のミスなのに謝りもしないなんて…。 「生き返っても…どうせ二日後にはまた死ぬんでしょう?」 「あ?当たり前だろーがボケ。何図々しい事言ってるんだよ」 …急に態度戻らせやがって。でも…やっぱりだ。どうやらこいつは、自分のミスを帳消しにしようとしているらしい。ボクを生き返らせておけば、これから視察にくる上司は何も分からない。 …よし、それなら…。 「…嫌です」 「… … …何?」 「嫌だと言ったんです。ボクは生き返りません」 「…んだと?」 「当たり前でしょう?二日後に死ぬのが分かってて、なんで今生き返らなくちゃいけないんですか?それならいっそ、このまま死んだほうがマシです。さぁ、早く天界とかいう場所へ連れていってください」 「な…お、おま…何言って…」 「聞こえなかったですか?ボクはこのまま、死ぬと言ったんです」 …そう。ボクがこう言えば…この天使は困るはずだ。だって…ボクの存在自身が、こいつにとってはミスなのだから。ここにボクがいてはいけない。だから天使は、ボクを生き返らせようとしている。…そうはさせない。いつまでも上に立てると思うなよ…! 「ば、馬鹿な事言ってんじゃねーよ!お前、生き返らせてやるって言ってんだぞ!ありがたく思えっつーの!」 「だから、どうせ二日経ったら死ぬんだから関係ないって言ってるでしょ?ボクはあなたには従いません」 「ぐ…!」 ボクがここにいれば…上司にこいつのミスを露呈できる。…それがどういう結果になるか分からないけど、とにかく、このままこいつの言いなりになるよりはマシになるはずだ。 「た、頼む…素直に生き返ってくれ。な?分かるだろ?お前がここにいると俺様がものすごーーーーく困ることになるんだよ。な?」 「分かってます。だからボクはここにいるんです」 「何…!」 「貴方のミスでボクは二日も早く死んでしまった。その償いも何もされないで大人しく生き返るなんて、死んでも嫌です」 「くっ…!そ、そこまでバレてるとは…!」 …まあ、死んでるんだけどね。っていうか、普通気付くだろ…こんな単純なミス。隠してるつもりだったのだろうか。 「…よ、よし分かった…!」 時間がない様子で、天使は汗をかきはじめた。天使はおもむろに、腰に下げていたウェストポーチのような物を取って、ボクに差し出す。 「…なんですか、これ」 「『天使の七つ道具』だ。こいつの中には、現世に住まう人間どもの心を操るアイテムが、七つ入っている。こいつを…お前に二日だけ貸してやる!」 「心を…操る…」 人間の心を操る道具…。…こいつを天使だと信じれば、有り得ない話ではない。…恋のキューピッドが持っている矢、とかそんな物でも入っているのだろうか?そんな物が入る大きさには見えないけど…。 「こいつの中にある道具を使えば、人間なんてお前の思うがまま、ハーレム状態ってわけだ。…こ、こいつを特別に貸してやるから二日だけ、生きてくれ。な?いい条件だろ?」 「… … …本当ですか?」 「ほ、本当に決まってるだろ!俺を信じろ、な!?」 「…人を…ボクの思うが、ままに…」 …人の心を操る。…すなわち…恭子ちゃんや、綾姉ちゃんや…楓を…。ボクの、自由に…。ボクの思うがままに…。 「…嘘だったら、すぐにボク、トラックに轢かれて死にますからね」 「お、俺を信じろっつーに!マジだっつーに!」 こういう脅迫は天使に通用するらしい。…ふふん、悪い気分じゃないな。 ボクは天使から『七つ道具』の入ったウェストポーチを受け取ると、腰に取り付けてみる。 「よ、よし!それじゃあ修、おめーを生き返らせるぞ!」 「…ホントに、嘘だったらまたすぐ死にますからね」 「だーっ!いいから生き返れっ!おりゃあああああっ!!」 電流のような衝撃がボクに走ると、再び視界は暗闇に閉ざされた。 またボクは夢を見るように…深い、闇の底へと…。 「――――― …はっ!?」 ボクはいつの間にか、自動販売機の前に立っていた。 手にもっているのは冷たいジュースの缶。…4本の、ジュース。ボクと、楓と、宗佑と、恭子ちゃんの分…。 …あれは…夢だったんだろうか。だとしたら最悪な夢だ。 ヤンキーの天使に勝手に殺されて、煙草を押し付けられて、勝手に生き返させられて…。 … … …。 ボクはハッ、と気付いて自分の腰に目線をやる。 そこには確かに存在していた。 ヤンキー天使に貰った、小汚いウェストポーチが…。…そう、『天使の七つ道具』が。 … … …。 天使は言った。 これは現世に住まう人間の心を操る道具が七つ、入っていると…。 …心を、操る道具…。 …ジュースを地面に置いて…ボクは、誘われるようにポーチのジッパーを開ける。中身は暗闇。こんなに日が照っているのに、何も見えない。 その暗闇の中を、ボクの手は探る。その中は、まるで無限の宇宙を探索するような広さを感じた。 …ボクは、まだ夢を見ているのだろうか。 そして…ボクの手は何かを掴んだ。 「…なんだこれ?…ホワイトボード?」 片手に収まるサイズの、白い板をボクは取り出した。ツルツルした表面を見るに、それはホワイトボードにそっくりだ。 「…こんなのが、人を操る道具…?」 なんだか…凄く、胡散臭い…。 まぁ、あんな天使から貰った道具だ。嘘くさいのは元からだし…。っていうか、そもそもどうやって使うんだ、これ。 …ん? 板の後ろに何かが貼り付いているのが見えて、ボクは板をひっくり返す。 「…取り扱い、説明書…」 その紙にはそう書いてあった。 【空間変化の板】 ・このアイテムを部屋の一部分に貼り付けると、その場所は板に書かれた場所へと変化する。 ・効果は板を剥がすまで有効。 「…???」 それを見てもさっぱり分からない。随分大雑把な説明の仕方だな…。…ま、あの天使が持っている物だし、仕方ないか…。 …えーと、つまり。この板を貼り付けた部屋は、その場所に変化する…。 例えば…えーと…。 …さっぱり例えが思い浮かばない。どうやって使えばいいんだ? …。 ふいに、ボクの目に海の仮設トイレが目に入る。そこに一人、水着姿の女性が入っていく。 金髪で、耳にピアスなんか開けて…いかにも『遊んでます』って感じの女の人だ。 …あのトイレの空間を…変えるとしたら…? … … …。 「…あ…!」 ボクの思っていた文字が…白い板に浮かび上がった…!す、凄い…。本当に、天使のアイテムだったんだ…! …つまり…この板を…あのトイレに貼り付ければいいわけか…? ボクはさっき女の人が入っていったトイレに駆けていき、隅にその板を…そっと貼り付けてみた。 キィィィィン…。 「う、うわっ…!?」 その看板は俄かに光を放つ。その瞬間、ボクは確かに感じた。空間が…この周りの次元が僅かに歪むのを。 頭痛のような、地震のような…そんな歪みを確かに感じたんだ。 これは…ほ、本当なのかも…! 「… … …よ…よしっ…」 ボクは隅に置かれた看板の文字を確認する。 【男性用肉便器トイレ】 …果たして、ボクのイメージと同じようになっているのか…。 ボクは緊張しながら…トイレのドアをノックした。…すると。 「はぁーい、どうぞー」 「!」 確かに女性の声が聞こえた。先ほどこのトイレに入った金髪のお姉さんの声に違いない。 …ボクはドアをゆっくり開けると…お姉さんは笑顔でボクを迎えてくれた。 「うふふっ、ようこそー。ささ、早く出してぇ」 お姉さんは和式トイレに普通とは反対の方向…つまりドア側にしゃがみこみ、大きく口を開ける。そして…その口をちょいちょいと指差す。 「…な…何を、出すんですか?」 ボクは確認の為、お姉さんに聞いてみる。 お姉さんは一瞬、『何を言い出すんだろう?』というような不思議そうな表情でボクを見るが…やがてまた、笑顔に戻った。 「何を…って、キミのオチン○ンに決まってるでしょお?ここはぁ、トイレでぇ、アタシは便器なんだからぁ」 …そう…彼女にとっては、それが常識なのだ。 ココは、男用の肉便器トイレ。 女性はココに入ると…直ちに便器となり、男性が入ってくるのを待つ。 そしてこのトイレに入ってきた男性は…その便器に向けて、用を足さなければいけないのだ。 「さっ、早くオチン○ン出してぇ。私の顔でも身体でも、ドコでもかけていいからぁ」 お姉さんはボクを催促する。…便器としての役割を重視しているのだろうか。早く出してもらいたくて堪らないらしい。 …う。 自分でやっておいて何だけど…いざ女の人に向けて自分のモノを出すというのは恥ずかしいな…。 ボクがモジモジしていると、お姉さんはクスクスと笑いながらボクの海パンを下にずらした。 「う、うわっ!?」 その行動があまりにも唐突でボクは驚いてしまう。しかしお姉さんは、まるで美味しそうな食べ物を見るような眼でまじまじとボクのモノを見つめる。 「うふふっ…可愛い顔して、なかなか大きいの持ってるじゃなぁい…。…さっ、早くアタシに出して?」 「う、う…」 とは言っても…。 ボクのモノはギンギンに勃起してしまっていて…なかなか出そうにない。まして…人に向けて小便をかける、なんて…。 …でも、自分で洗脳した以上、やるしかない、よな…。 ボクは脚を大きく開いて、モノをお姉さんに向ける。 お姉さんは笑顔のまま、M字開脚をしてしゃがみ…ボクのモノをじっと見つめていた。 …やがて…。 「…っ」 勢いよく、ボクの勃起したモノから小水が出てきた。 それは真っ直ぐにお姉さんの身体に向かい…お姉さんは、それを全身で浴びる。 「あはあぁぁっ…!気持ちいいぃぃ…っ!」 …便器としての役割を果たす、という事はそのまま快楽にも繋がるのだろうか。お姉さんは身体を捩らせながら、シャワーでも浴びるようにボクの小水を受ける。 「ん、んんんぅっ…あ、はぁぁ…!」 …! 見れば、お姉さんの股間からも…小水が出ていた。本人は気付いていないようだけれど…。 …そうか、元々この人…自分の為にトイレに入ったんだもんね。相当我慢してて…勝手に出てきちゃったみたいだ。 ビキニの水着越しに、お姉さんは気持ち良さそうに放尿をしていた。 「っああああんっ…やぁぁっ…終わっちゃうのぉぉ…?」 段々と、ボクの尿の勢いも弱まってきていく。お姉さんはそれを名残惜しそうに見つめていた。 …そして、完全にボクは出し切った。すると、お姉さんは急にボクのモノに顔を近づけ、それを口に銜えた。 「う、うわっ!?」 「はむぅぅ…っ。まら、のこって、りゅう…っ。れろ…っ、んぐぅ…っ!」 …便器としては、一滴でも多く小水を身体に受けたいのだろうか。 お姉さんは舌先でボクの肉棒を入念に舐め取る。まるで…フェラチオのように。 「う、ぐっ…!」 「ん、むぅぅ…っ。…ぷはぁ…全部出せたぁ?」 お姉さんは口を離すと、僕にそう聞いてきた。 「…はい。…おかげさまで」 「そう、良かったぁ。…またアタシに出してねぇ?」 お姉さんは心底嬉しそうに笑顔を浮かべ、ボクにそう言ってきた。 …少し名残惜しかったが…ボクは、トイレのドアを開けて外に出る。 トイレという閉鎖された空間から解放されると、眩しい外の景色が広がった。 日光。海。人の声。蝉の声。波の音。 まるで、夢から覚めたかのような、そんな気分。 ボクは振り返って、さっきまで居た仮設トイレにかかっている看板…【空間変化の板】を取り外した。 看板はまた眩い光を放つと、何も書かれていなかったかのようにまた真っ白な板へと戻る。 すると、トイレのドアが開いた。 中から、先ほど…ボクの小水を浴びた金髪のお姉さんが出てくる。 「…?…??」 記憶がないのだろうか、不思議そうな顔をして首を傾げながら、海へと歩いていった。 …違和感は、あるのだろう。 記憶がないのに自分の尿意は消え、身体はびしょ濡れなんだから…ね。 「…夢じゃ、なかったんだ」 ボクが死んだ事も。 ボクが生き返った事も。 …そして…『天使のチカラ』を手に入れた事も。 全てが現実に起きた事だったんだ。 「…ふ…ふふふ…っ」 思わずにやけてしまう。 期限付きではあるけれど…ボクは、人を容易に操る力を…自由に使えるようになったわけだ。 三日間…ボクの思うがままに…心を操れる。 女の人…恭子ちゃんも、綾姉ちゃんも…楓だって。 まるで人形遊びのように…自由に…。 … … …。 道の先を見ると、宗佑はさっきまで一緒に座っていた防波堤に立って、海を見つめていた。 …とりあえず、早く戻らないとな。心配かけちゃってるかもしれないし。 いや…まあ、一度はボク、死んでるんだから心配も何もないかもしれないけれど。 … … …。 とにかく、このにやついた顔をどうにかしていかなきゃね。 ボクは七つ道具の入ったポーチを後ろに隠し、宗佑のところへと走っていった。
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