2011年12月17日03時00分
景色も眺めず、観光もせず、「修行」のように飛行機に乗る人たち。何が目的なのか。
東京・羽田空港から朝一番の飛行機で島根県の出雲に向かう。すぐに乗り換えて福岡へ。そこから鹿児島県の奄美大島、徳之島と飛び、奄美大島に戻って1泊する。翌日は那覇や石垣島を飛び回って夜、羽田に。
空港に着いてもすぐに次の飛行機に乗るため、ほぼ観光はできない。こんな企画ツアーがなぜか今、人気を呼んでいる。
「日本上空滞在旅行」と名付けられたこのツアーは、飛行機好きに思う存分乗ってもらおうと現在のジャルパックが2007年に企画した。ところがここ数年、少々違った目的の利用者が増えてきたという。飛行機に乗ってすぐに本を読みだし、外の景色に目を向けない人すらいるらしい。
正体は、航空会社のマイレージサービスで上級会員を目指す人たちだ。
飛行距離の「マイル」とは別に与えられる「搭乗ポイント」を1年間で集めると会員ランクが上がる。上級会員は、空港の専用ラウンジ使用や専用カウンターでのチェックインなど「VIP待遇」が受けられる。
カードによる買い物でもたまるマイルと違い、搭乗ポイントは実際に乗らないともらえない。そこから、上級会員を目指すことを俗に「修行」、挑戦する人を「修行僧」と呼ぶようになった。5〜6年前からインターネット上で使われ始めたらしい。
上級会員の資格を得られる期間は原則1年なので、翌年は再び、搭乗ポイントをためなければならない。
日本航空は搭乗回数でランクが上がるため、この「日本上空滞在」ツアーは、「修行僧」のニーズとマッチした。1回の参加で10回前後の回数を稼げるうえ、1区間あたりが1万円程度と割安だ。観光も入れたツアーも企画したが、ひたすら乗り続けるツアーの方が売れたという。
担当者の石井秀俊さん(47)は「旅も楽しんで欲しいので葛藤もあります」と苦笑する。
一方で全日空は08年、搭乗回数によるランクアップを廃止した。「運賃を多く支払った人に見合ったステータスを与え、不公平感を無くすため」と担当者は説明するが、「短い距離で回数を稼ぐ『修行』対策では」という声もある。
どんな人が「修行僧」になるのか。関係者によると「30歳から40歳代の男性が多い」というが、最近では普通の主婦にも広がっている。横浜市の主婦鶴田紀子さんも旅行好きが高じて「修行の道」に入った。
昨年12月25日、カナダ・バンクーバー国際空港の搭乗ロビーで、鶴田さん夫婦はソファに陣取り、タブレット端末を操っていた。探していたのは帰国後、年内中に乗れる国内便だった。
上級会員を目指していた鶴田さん夫婦は、規定ポイントを達成するため、カナダ往復を決行した。ところが、現地のホテルで航空会社のホームページを確認して青ざめた。計算違いでポイントが足りず、しかも期限の12月末まであと数日。
東京と沖縄の往復ならどうか。鶴田さんは必死に電卓をたたいてポイントを計算したが、わずかに足りない。だが、大阪を経由すれば、ボーナスポイントが倍になることに気づいた。
「おー、足りる」。奮闘すること約40分。帰国便の搭乗開始アナウンスが始まる寸前、伊丹経由の羽田―那覇便が取れた。
何が「修行」の魅力なのだろうか。
「ステータスを得た、という達成感ではないでしょうか」というのは月刊エアライン別冊編集部の佐藤言夫編集長(42)だ。「山登りに似ています。実利だけを考えると割に合わないとは思いますが」(樫本淳)