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政府と民主党が年内のとりまとめを目指す「社会保障と税の一体改革」の素案のうち、社会保障の全体像が固まった。ひろく国民が負担する税や保険料を使って、所得を再分配する仕組み[記事全文]
驚き、あきれてしまう事実がまたも明らかになった。小沢一郎・民主党元代表の政治資金をめぐる裁判で、秘書だった石川知裕衆院議員を取り調べた東京地検の検事が、事実と異なる捜査[記事全文]
政府と民主党が年内のとりまとめを目指す「社会保障と税の一体改革」の素案のうち、社会保障の全体像が固まった。
ひろく国民が負担する税や保険料を使って、所得を再分配する仕組みだけに、公平や公正という原理・原則に照らして筋が通っていることが大切だ。
その意味で、自公政権時代に年金の物価スライドの適用を見送り、本来水準より2.5%分多くなっている支給額を引き下げることは評価したい。
しかし、低所得の人への年金加算には賛成できない。
消費税収のうち約6千億円を投じる年金の「最低保障機能の強化」の柱である。具体的には、単身で年収65万円未満の人に月1万6千円の年金を上積みする案が検討されている。
加算は、7万円で頭打ちにする。40年間、きちんと保険料を払って月6万6千円の年金を受け取る人への上乗せは4千円。一方、32年あまり払って、本来の年金が5万4千円の人には、まるまる1万6千円が加算される。明らかに不公平だ。
これでは、保険料を32年以上払う意味がなくなる。しかも、低所得者かどうかは年金を含む収入で判断する前提なので、預貯金がたくさんあっても収入が少ないと加算される。
年金制度は、払った保険料に応じて受け取るというルールに基づく。低所得者を救う機能を組み込もうとすると、どうしても公平性を損なう。本当に困っている人を救うには、生活保護など別の制度がふさわしい。
民主党は、「主婦の年金」問題で、保険料を払ってこなかった人を救済しようとして、不公平と批判された。それを忘れたのだろうか。
もう一つ疑問なのは、70〜74歳の医療費の窓口負担を1割から、本来の2割にすることを見送ったことだ。
年間2千億円の税金を投じて、この年齢層だけ特別に、窓口負担を引き下げる理屈は何なのか。本当に1割負担が適切と考えるのなら、保険料を引き上げて、制度全体で費用を賄うのが筋だろう。
むしろ、年齢にかかわらず高い医療費の負担にあえぐ人を対象に、困っている程度に応じてお金を回すことこそ必要だ。
政治が、社会保障の充実だけ訴えていればいい時代は終わった。財政難と高齢化を背景に抑制や負担増を説得する場面が多くなる。
そのとき、公平や公正な制度でなければ納得はえられまい。いまの民主党政権に、その認識はあるのだろうか。
驚き、あきれてしまう事実がまたも明らかになった。
小沢一郎・民主党元代表の政治資金をめぐる裁判で、秘書だった石川知裕衆院議員を取り調べた東京地検の検事が、事実と異なる捜査報告書を上司に提出していたことを認めた。
石川氏は昨年1月に逮捕されたとき、「政治資金収支報告書にうそを書くと元代表に報告した」と認める供述調書に署名した。元代表を「起訴相当」とした検察審査会の1回目の議決を受け、この検事は改めて5月に石川氏から事情を聴いた。その際、あえて不利なことを認めた理由として氏が語ったという、報告書の中の生々しい言葉は、実は架空のものだった。
捜査員がねじまげた調書を作ることが問題になっている。それでも調書の場合、調べられた当人が署名しなければ証拠にならない。だが報告書は部内資料のためルールは甘く、捜査員が署名するだけだ。そこにうそを書く。ある意味で、調書のねじまげより罪深いといえる。
なにより真実でない報告を受ければ、上司は捜査の方針を誤るだろう。この検事は「別の取り調べの時と記憶が混同した」などと弁解したが、本当ならばそれだけで検事失格だ。
自覚と緊張感のなさは、報告を受けた側も同様である。
元代表の刑事責任の有無を考えるうえで、石川氏はカギを握る重要人物だ。再聴取の様子をしっかり確認していれば、今になって「報告書は事実と違う」という話が出てくることなど、およそなかっただろう。
結局、起訴に向けてさらに捜査を尽くせという審査会の指摘には正面から向き合わず、一方で、自分たちの調べに問題がなかったことを組織内で確認しあって再捜査を終わらせた。はた目にはそのように見える。
素人である検察審査会の審査員や裁判員に正しい判断ができるのか、という声はくすぶる。
もちろん絶対に間違えないとは言わない。だが国民の能力をうんぬんする以前に、専門家の手で正しい証拠が隠されたり、不当な誘導がされたりすることが、誤った結論をもたらす。この当たり前のことを、いま一度確認しておきたい。
今回の問題が元代表の裁判にどう影響するかは軽々しく言えない。確かなのは、検察不信がまた深まったということだ。
なぜうその報告書が作られ、チェックもできなかったのか、経過を解明・検証して国民に説明する作業が欠かせない。「公益の代表者」の名が泣いている。再生の道は、はるか遠い。