ウェイバー・ベルベットは歓喜していた、手元にある郵便物は本来なら降霊科の講師であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトが受け取るべきものだ。その中身は聖杯戦争におけるサーヴァント召喚のための触媒、管財課の手違いだろうがこのチャンスを逃すほどウェイバーは馬鹿じゃない。
ロンドンの最高学府『時計塔』で自己を研鑽する日々に未練はもはやない、それよりも冬木で行われる聖杯戦争の栄光がウェイバーには何よりも重要だった。無論勝ち抜くことが大事だが、そこは心配していない。あのケイネスが用意した触媒なら最良のサーヴァントだろうとウェイバーは当たりをつけている。
確認のため見てみると、それは剣の鞘だった。それも黄金の地金に青の装飾を拵えたもの、中央部に彫られた刻印は今は失われて久しい文字が刻まれている。一目見て由緒正しき工芸品だと思わせる品物だ、ウェイバーは震える手でそれを握りしめいやったぁ!と歓声を上げた。概念武装としても使え魔法の域にある宝物、持ち主を癒し老化を停滞させる効果を持つ。この伝説をウェイバーは知っていた、約束された勝利の剣の担い手。
聖杯が招く七つの座の一つ『セイバー』最強と云われているクラス に縁のある品ならばもう何も怖くない、それに子供の頃ウェイバーはアーサー王と円卓の騎士の物語を読み騎士道に憧れたこともあったから尚更だ。男の子の夢が叶ったと言ってもいい、浮かれるのは当然だ。
……最もウェイバーが抱いた幻想を打ち砕かれたのは数日後だが。
極東の国、冬木。拠点の確保としてウェイバーはとある老夫婦に魔術的な暗示をかけ孫だと思わせ召喚の夜を待つ、既に手の甲には令呪が浮かんでいる。決行は今夜だ、老夫婦の会話を適当に切り上げアーサー王の邂逅を夢見る。冬木に出る物騒な殺人鬼の話題も気にならなかった、穏やかな一時を過ごすが召喚のために用意した鶏の鳴き声が耳障りだった。
かくて運命の夜は幕を開く。
冬木市深山町、とある雑木林の奥地。人目のつかない場所を見つけるには苦労したがこれからのことを思えば気にならない、念入りに周囲の目がないことを確認してウェイバーは召喚儀式に入る。鶏の血で地面に描いた魔法陣、失敗は許されない。
「閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する」
呪文を唱えながら魔術回路を開く。
「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ――」
しくじれば命を失う危険にウェイバーは立ち向かう、力を求める不屈の意思がある彼はまぎれもなく優秀な魔術師だった。例え時計塔の連中が認めなくても。全身を魔力が駆け巡る、その悪寒にウェイバーは耐え詠唱を紡ぐ。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
渦巻く光と風、魔力の奔流にウェイバーは確かな手応えを感じた。熾天の座から招かれる英霊、それが姿を現す。月明かりに照らされる金色の髪、流れるような青の礼装。顔立ちは凛とした美少女、手には不可視の剣を携えて問い掛ける。
「問おう、汝が我を招きしマスターか」
「……」
ウェイバーは目を擦る、おかしい。何度見ても召喚されたのは美少女だ、自分が喚んだのは威厳をもったアーサー王なのだが。目の前の少女も威厳を持っていると言えばいる、だが想像していたものよりも違う。ウェイバーが答えないので少女は首をかしげる、その仕草に心が奮えるが別の意味でも奮えた。
「どうしてこうなる……」
これがウェイバーとセイバーの出会い、ちなみにウェイバーは知らないことだがケイネスが用意したものは征服王に縁のある品物だった。アーサー王に縁のあるそれはアインツベルンに渡るはずだったものである、何の手違いかウェイバーに渡ったがこれも運命なのだろう。
他の陣営もこうなのだから正に運命の悪戯か、こうして混乱の第四次聖杯戦争が始まった。