yahooニュースより全文引用
「千年に一度の巨大地震の世紀」首都圏直下型や3連動型の可能性も
産経新聞 8月3日(水)3時15分配信
東日本大震災規模とされる平安時代の貞観(じょうがん)地震(869年)や関東直下型地震、東海・東南海・南海地震の3連動とみられる仁和(にんな)地震など9世紀に起きた地震が、阪神大震災(平成7年)以降の地震の状況と酷似していることが、産業技術総合研究所の寒川(さんがわ)旭(あきら)・招聘(しょうへい)研究員(地震考古学)の分析でわかった。近い将来に首都圏直下型や3連動型地震が起きる可能性が高いとの見解を示し、「千年に一度の巨大地震の世紀になるかもしれない」と警鐘を鳴らす。
寒川氏は、古代以降の文献史料とともに、各地の遺跡で発掘された地割れや液状化現象による噴砂などの地震痕跡を調査。9世紀前半に関東北部や東北などでマグニチュード(M)7前後の地震が相次いだ後、貞観地震が発生していることを確認した。
貞観地震は当時の歴史書「日本三代実録」に、「海は猛(たけ)り吼(ほ)え、津波が怒濤(どとう)のように多賀城下に押し寄せ、千人がおぼれ死んだ」と記述。当時の海岸から約5キロ内陸の多賀城跡(宮城県多賀城市)周辺では道路が寸断された跡が見つかり、仙台市などでは津波で運ばれた堆積物もあった。
878年には関東南部でM7以上の直下型地震が発生。887年の仁和地震では、日本三代実録に「都(京都)の建物は倒壊し、圧死する者多数。海岸には海潮(津波)が押し寄せ、無数の人がおぼれ死んだ。大阪湾岸も津波被害が甚大だった」と記録。東海から四国にかけて甚大な被害があったという。
寒川氏の分析によると、最近数十年間に秋田などで死者100人以上を出した日本海中部地震(昭和58年、M7・7)や阪神大震災(M7・3)、新潟県中越沖地震(平成19年、M6・8)など各地でM7前後の地震があり、その後東日本大震災が発生した点が、平安時代の状況と共通していると指摘した。
首都圏直下型地震や東海・東南海・南海地震について寒川氏は、いずれもフィリピン海プレートの影響下にあり関連が深く、過去の首都圏直下型や仁和地震に匹敵する3連動型地震が発生する可能性が高いとした。
また、6月30日に長野県中部で起きた震度5強の地震は、千年あまり活動がなかった牛伏寺(ごふくじ)断層付近で発生。7月5日にも和歌山県北部で震度5強の地震があったことからも日本列島が活動期にあることが改めて浮き彫りになった。
一方、古代以降、M8・2程度の元禄関東地震(1703年)や3連動型の宝永地震(1707年)があった「18世紀初め」、安政東海地震(1854年)や、高さ9メートルの津波が襲ったという翌日の安政南海地震、死者1万人といわれる安政江戸地震(1855年)が起きた「幕末」にも巨大地震が集中したが、三陸沖では東日本大震災に匹敵する地震はなかった。
寒川氏は「東日本大震災では『想定外』という言葉がしばしば使われたが、文献史料には過去の巨大地震が詳しく記されており、決して想定外ではない」と話した。
古村孝志・東大地震研究所教授(地震学)の話「これまで、江戸時代以前のデータは不確かさがあるということで防災対策などでもあまり注目されなかったが、今回を教訓に文献史料などを見直さないといけない。東日本大震災後の余震は以前より落ち着いてきたが、陸のプレート深部はまだ動いており、バランスをとるために再び大地震が発生する可能性が高く、対策が急がれる」
この記事だけでは
「え?うそだろ?」
という風に思われるかもしれません。(実際僕もそう思いました)
しかし下の記事を見ると、あながち間違いでもないのかもしれません。
産経新聞より全文引用
(4)南海地震・巨大津波 次は同時発生型か
2011/05/20 11:35更新
【いま読む震災前の警告】2006年07月31日 産経新聞 東京朝刊
四国沖の南海トラフに沿って広い震源域がある南海地震は、紀伊半島や四国の南岸に繰り返し津波被害をもたらしてきた。1946(昭和21)年の昭和南海地震や安政南海地震(1854年)に比べて規模の大きな巨大津波が、平均500年に1度の周期で発生していたことが、高知大学の岡村真教授らの調査で分かった。震源域からやや離れた大分県佐伯市の小さな池に、巨大津波の痕跡が残っていたのだ。(中本哲也)
南海地震は、東隣に震源域がある東南海地震と連動して起こることが知られ、昭和南海地震は東南海の2年後、安政南海地震は32時間後に起きた。その前の宝永地震(1707年)では、南海地震と東南海地震、駿河トラフの東海地震の震源域が同時に動いた日本最大級の巨大地震だったとされる。
同時発生型の超巨大地震はどれくらいの頻度で起こるのかは、これまではほとんど分かっていなかった。歴史記録だけでは資料が乏しいからだ。
「歴史記録よりも古い津波の跡が、池や湖の堆積層に記録されている」
岡村さんは南海地震の震源域近辺を中心に、海岸近くの湖沼の堆積層を調査し、有史以前の津波の履歴を明らかにする研究を続けている。
津波が発生すると、浜辺の砂利や海洋性のプランクトンが池や湖に運ばれる。その上に上流から運ばれる淡水性の堆積物が積もるので、津波の履歴は海洋性の堆積層として記録されるのだ。
高知県須崎市の糺(ただす)ケ池などでのボーリング調査の結果、過去6500年まで遡った南海地震による津波の履歴が浮かび上がった。
しかし、堆積物から津波の規模まで判別するのは困難だ。
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豊後水道に面した大分県佐伯市の龍神池は、岡村さんらがこれまでに調査した高知県内などの池に比べて、南海地震の震源域からは距離がある。
「離れている分だけ津波を感知するアンテナとしては鈍い。だから、ここでは普通の規模の南海地震では津波跡が記録されず、巨大津波の履歴だけを割り出せたのです」
近くの寺社に津波に関する記録が残っているとの情報を手がかりに、一昨年から昨年にかけて、大分大の千田昇教授らと合同で水深2メートルほどの龍神池でボーリング調査を行った。
過去3500年分に相当する深さ約6メートルまでの堆積層を掘り出したところ、砂利や海洋性プランクトンを含んだ7層の津波跡を確認できた。年代測定の結果、浅い方の3層は宝永(1707年)、正平(1361年)、天武(684年)の巨大地震に対応することが判明。同時発生型ではない昭和や安政の記録が抜けていることに大きな意味がある。
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「龍神池の規模(約1万5000平方メートル)だと、通常は数百年ぐらいで堆積層で埋まって消えていくのですが、ここは南海地震の度に沈降した結果、何千年も池として存続し巨大津波を記録してきたのでしょう」
岡村さんらは、宝永と同じように南海地震と東南海地震が同時発生したケースで、巨大津波が起きた可能性が高いとみている。その発生間隔は350年から650年。次の南海地震は「今世紀前半に発生する可能性が高い」とされており、宝永地震からの発生間隔は350年近くになる。
さらに、歴史記録と対比すると正平地震と宝永地震は、巨大津波を伴わない南海地震が2度起きた後に発生している。
安政、昭和と同時発生型ではなかった2地震に続く次の南海地震。この“法則”が当てはまるとすれば、巨大津波を伴うことになるのだが…。
岡村さんは「これだけのデータから、次が同時発生型になると断言できるわけではないが、その可能性を十分に考えて防災対策に取り組むべきです」と話している。
(5)南海トラフ 巨大地震連鎖も
2011/05/20 11:36更新
【いま読む震災前の警告】2006年09月25日 産経新聞 東京朝刊
■「東南海」「南海」含めた発生パターンに迫る
駿河湾を震源とする東海地震が「いつ起きてもおかしくない」と警告されてから30年が経過した。地震研究者は、震源域が東海地震の西側に連なる東南海・南海地震も警戒すべき時期にきていると指摘する。最近の研究成果は、東海地震が単独で起きる可能性が低いことを示唆しており、東南海や南海地震と同時発生もしくは連動する巨大地震の発生が懸念されるという。南海トラフの海溝型地震について、研究の最前線を紹介しよう。(中本哲也)
▼浮び上がる全体像
東海から四国沖にかけての南海トラフは、フィリピン海プレート(岩板)が日本列島をのせた陸のプレートの下に沈みこむことによってできた海底の溝だ。このトラフに沿って東から東海、東南海、南海地震の震源域が並んでいる。
東京大学地震研究所の助手だった石橋克彦・神戸大学教授が、駿河湾を震源域とする巨大地震の切迫性を発表したのは1976年。
昭和の東南海地震(1944年)は、2年後に南海地震を伴ったが、東海地震の震源域は割れ残った。安政東海地震(1854年)以降に駿河湾の地下に蓄積された地震エネルギーは臨界点に近づいているはず。これが「いつ起きてもおかしくない」とする東海地震説の根拠だった。
しかし、最近10年間の地震研究の進展で、巨大地震の巣であるプレート境界の状況が、30年前とは比較にならないほど詳しく分かってきた。南海地震の震源域に沈み込んでいる巨大な海山や、東海地震震源域の海嶺、東南海の分岐断層や紀伊半島沖の石臼のような地下構造の存在が、最新の地下探査技術によって判明したのだ。
東海地震を含む南海トラフの海溝型地震の全体像も、最新の成果に基づいて新たに描かれようとしている。
▼地球シミュレータ
海洋研究開発機構海底地震・津波ネットワーク開発部の金田義行部長らは、世界屈指のスーパーコンピューター「地球シミュレータ」に最新のデータを入力し、南海トラフの地殻構造モデルを構築。プレートの沈み込みが、どのように地震を起こすかをシミュレーションした。
コンピューターが描き出した地震発生パターンは「南海+東南海+東海」の3地震同時発生型、「東南海+東海」と「南海」の連動型、「東南海」と「南海」が連動し「東海」が発生しないケースなど。およそ700年を1周期として同じ発生パターンを繰り返した。
いずれも東南海の震源域が一連の地震活動の引き金になり、東海地震が単独で起きるケースはなかった。こうした発生パターンの“くせ”は、実際に起きた過去の地震と一致する。金田部長は「東海地震が単独で発生する確率は低い」と分析する。
ただし、シミュレーションと歴史地震がぴったりと合致しているわけではない。「現在のシミュレーションの精度では、次の地震の連動パターンが特定できるわけではないし、東海地震の単独発生も絶対にないとは言い切れない」という。
▼新たな観測システム
今年から、東南海の震源域で新たな観測網の構築がスタートする。来年からは、地球深部探査船「ちきゅう」による南海トラフの地震発生帯の掘削調査も始める。
より詳細なデータをもとに、地震発生のメカニズム解明と「次の地震」の予測精度を高めることが最大の狙い。防災・減災に直結する成果が期待される。
忘れてはならないのは、東海地震が単独で発生しないとしても、巨大地震の恐れが遠のくわけではないことだ。
今後30年以内に東南海地震が発生する確率は60%程度とされる。2003年の十勝沖地震は、同じ発生確率60%の時点で発生した。
金田部長は「これまでの東海地震対策を、連動型や同時発生型の巨大地震への備えにつなげなければならない」と強調している。
※以上2つの記事に付いている図はリンク先で確認をお願いします。
先の8月1日23時58分に駿河湾で発生し、静岡県中部などで震度5強観測した地震は気象庁によると「フィリピン海プレート内」で発生したものとのことで、「想定される東海地震に結び付くものではない」との見解を示していますので、過度に警戒する必要はないと思われますが、やはり日頃から地震対策はしておくべき、とのことでしょう。まずは、たんすの壁固定など、小さなことからでも。
最後は近々くる、最大余震について。
zakzakより引用
不気味な1カ月周期余震…9・11が危険?
3・11の震災以降、初めて津波を観測した地震(マグニチュード7・3、最大震度4)が10日、三陸沖で発生した。きょう11日で本震から4カ月。振り返ると福島県いわき市などで震度6弱を観測した4月11日の余震など、強い揺れはなぜか11日前後にやってきている。専門家の中には「まだ最大余震は発生していない」との指摘もあり、8・11、さらに9・11の巨大余震も不気味に気になる。
10日の地震は岩手県、宮城県、福島県で震度4を観測し、北海道から近畿にかけて広い範囲で揺れを感じた。気象庁は岩手、宮城、福島3県の太平洋沿岸に津波注意報を発表。岩手県の大船渡と、福島県の相馬で10センチの津波を観測した。3月11日の東日本大震災以降で実際に津波が観測されたのは初めて。 東日本大震災の余震域で、M7・0以上が観測されたのは、4月11日に福島県浜通りで発生したM7・0(最大震度6弱)以来という。
昨日の地震といい、忘れた頃の強い余震はその月の11日前後にやってくる。5月10日にも茨城県北部、6月12日は福島県沖でそれぞれ最大震度4の地震があった。琉球大名誉教授(地震学)の木村政昭氏は「M8級の余震はこれから起こる」とした上で、奇妙な“1カ月周期”をこう解説した。
「4月11日に大きな余震が起こったことで、1カ月ごとに特徴ある動きを見せる地震とも考えられる。その後、再びストレスを蓄積してガス抜きの余震が起こる。今回は7月10日だったが、次の8月11日、さらに9月11日と油断はできない」
木村氏が指摘するように、ガス抜きができなければエネルギーはたまり続け、より大きな地震が発生するリスクが高まる。8・11に何ごともなければ、逆に9・11にM8級の巨大余震が起きる危険性が増大するわけだ。
「今のところ、強い余震は茨城沖までの範囲にとどまり、その南側では起こっていない。ただ、(東北など)北側のストレスが抜けてバランスが崩れたのだから、南側に別のストレスがかかる。千葉東方沖など首都圏に影響を及ぼす大きな余震の可能性も否定できない」(木村氏)
気象庁地震津波監視課は、今後の余震について「M3~5クラスが相次ぐ中、時々活発化する。今後も年単位の警戒が必要」とみている。いまだ激甚災害のまっただ中にいることを忘れてはいけない。
以上、ヌンググンでした。
2011/08/04,23:48:19
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