2011-12-15
英『エコノミスト』より:Makerムーブメントの広まりと可能性(12/29まで期限付き公開)
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ついついうっかり訳してしまいまった.無許可翻訳につき,今日から2週間の期限付き公開とします.
ただの「電子版キルト編み」に非ず――Makerムーブメントの広まりと可能性
("More than just digital quilting," The Economist, Dec 3rd 2011)
9月中旬のうららかな週末.ニューヨークの「科学館*1」をかこむ公園にひろがる光景は,まるで未来派の工芸市だ.来訪者たちが錠前外しの方法を学ぶコーナーがあるかと思ったら,そのとなりでは電子製品をずらりとならべて展示中.そのまたとなりではトイロボットたちでごった返している.こうしたあれこれを提供しているのは,「Makerフェア」というイベントだ.ひきよせられた来場者は3万5千人以上.このMakerフェアや,もっと大規模に毎年5月に開かれるシリコンバレーの催しには,makerムーブメントと呼ばれるようになった動きがいちばんみてわかりやすく現れている.アメリカ西海岸ではじまったこの動きは,いまや世界中に広まっている:Makerフェアは,10月にカイロでも催された.
makerムーブメントは,デジタル文化への反応でもあるし,その枠を超えていくものでもある.いくつかの潮流が1つに合わさって,これが可能になった.新しいツールと電子部品のおかげで,物理的な世界とデジタルな世界をかんたんかつ安価に統合できるようになったのが1つ.オンラインのサービルと設計ソフトウェアによって,かんたんにデジタルな設計図をつくって共有できるようになったのが1つ.また,日がな一日コンピュータのスクリーン上でビットを操作してすごす多くの人たちが,物理的な物体をつくったり他の熱狂的な物好きたちとやりとりする喜びを再発見したのも挙げられる.いまのところは趣味人だけの世界だが,このmakerムーブメントの影響は,この垣根を遠くこえたところにも感じ取れそうだ.
まずはハードウェアから.ニューヨークの Makerフェアの中核は,ふしぎなイタリア語の名前を冠した展示会にある:Arduino がそれだ(「頼もしい友人」を意味する).展示会場で来訪者たちを出迎えるのは,クレジットカード大の電子回路ボードをならべた1ダースものスタンドだ.このボードは Arduino マイクロコントローラーという単純なコンピュータで,これのおかげでありとあらゆるヘンテコなものがつくりやすくなった:水やりが必要になるとツイッターにつぶやく植物,レーザーでできた竪琴,おえかきで時刻をしらせる時計,酒気検知器になるマイク,自転車をこぐとき速度を表示するベスト,などなど.
こうしたプロジェクトがかたちになったのは,Arduino がお手頃価格(基本ボードは20ドル)で,しかも「シールド」という追加部品(アドオン)を使ってかんたんに拡張できるうえに,ほぼ誰でも使えるプログラミング・システムがあるおかげだ.「じぶんがなにをやってるんだかわからないのは利点なんだよ」――そう語るのは,マッシモ・バンツィ,10年前に Arduino プロジェクトをはじめたエンジニア兼デザイナーだ.学生たちがにあらゆる種類の発想をかたちにできるようにするのがそのねらいだった.それ以来,Arduino はどんどん広まっていった――2011年に約20万個のユニットが売れている.これは,バンツィ氏がこのボードの設計を「オープンソース」(誰でも設計図をダウンロードしてじぶんで組み立ててられるということ)にしたからでもあるし,また,世界中のエンジニアたちにこのプロジェクトに関わってもらおうと彼が多大な時間と労力を注ぎ込んでいるからでもある.
このオープン性により,追加部品がつくるエコシステムがかなり大きく広まることになった.こうした追加部品には,たとえばタッチスクリーンや照明ディスプレイ, Wi-Fiネットワーク接続サポートなどがある.また,他の会社では Arduino の特別な変種をつくっているところもある.たとえば SparkFun社は Lilypad を開発している.衣服にぬいつけられる柔軟なマイクロコントローラーだ(LEDが点滅するTシャツなんかができるわけだ).他にもこうした追加部品がたくさんある.
オープンソースのアプローチをハードウェアに応用することで,Arduino 以外のmakerムーブメントのお気に入りキットも発展がうながされた.それは,3Dプリンターだ.これもまた,デジタル世界と物理世界をつなぐ方法だ.物体のデジタルモデルを与えると,3Dプリンターはノズルからプラスティックを噴出して少しずつ層を積み重ねながらそのモデルを「印刷」する.この技術はべつに新しいわけでもない.ただ,近年になって,3Dプリンターの価格は一般消費者でもじゅうぶん手が出せるほど安価になった.ニューヨークに本拠をかまえる MakerBotインダストリーは,自社製品を 1,300ドルで販売している.間断ないアップグレードにより,出力の品質は急速に向上していっている.そうしたアップグレードの多くは,ユーザーたちが提案したものだ.
こうしたハードウェアでの動きは,第二陣の強力な推進役たちなくしては起こらなかっただろう:ソフトウェア,規格,オンラインコミュニティがそれだ.たとえば Arduino は,単純なコードをそのボードの頭脳が理解できる形式にかえるオープンソースのプログラムを頼りにしている.同様に,MakerBot の 3Dプリンターも,物理的な物体を記述する標準的な方法(STLという)と設計用の手頃なソフトウェアに頼っている.基本的なモデル作成プログラムには,たとえば Google SketchUp や Blender などがあり,これらは無料でダウンロードできる.
オンラインコミュニティについて言うと,Arduino にはそのウェブサイト上に活発なフォーラムを有しているし,MakerBot は Thingiverse というウェブサイトを運営している.これにより,3Dデザインを共有できるようにしている.YouTube その他の動画共有サイト*2には,ほぼあらゆる事項のハウツーが掲載されている.Instructables では,ユーザーたちがありとあらゆるモノの作り方・やり方のレシピを投稿し議論している.
こうして物理的なモノの設計を気楽に電子的に共有できるようになったことが,makerムーブメントがすでに強力な文化(第三の推進役)を発展させている理由を説明してくれる.「じぶんの設計を共有していないなら,そりゃ間違ったやり方で設計をしてるってことだよ」と Bre Pettis は語る.MakerBot の社長だ.物理的な空間とツールも共有されるようになっている.こちらは共同のワークショップというかたちをとっている.Hackerspaces.org によると,400ほどあるそうした「ハッカースペース」はすでに世界中で運営されている.多くは,ちょうどアーティストたちの共同体のように組織されている.サンフランシスコのハッカースペース Noisebridge では,非会員でもやってきて作業できる――ただ,このグループの主要ルールに従いさえすればいい――「お互いに対して《エクセレント》であれ」というのがそのルールだ.「インターネットは現実のコミュニティのかわりにはならんですよ」と Noisebridge の共同設立者 Mitch Altman は言う.
こうした様子をきくと,makerムーブメントはどこか「電子版キルト編みの会」みたいに思える.だが,このムーブメントはすでにその枠をこえた影響をもたらしている.その影響は,主にアメリカの学校に現れている.多くの人たちが,3Dプリンターや Arduinoボードの存在に気づいて,これを使ってふたたび理科教室や技術教室をもっと「手を動かす」ものにしている.そうやって,デジタル製品のユーザーであると同時に製作者になるよう生徒たちに教えているのだ.
これにより,イノベーションは加速されるだろうとMakeマガジン設立者 Dale Dougherty は予測している.同誌はこの makerムーブメントの中心的器官だ.そのツールと文化は実験・協同作業・急速な改善を推進している.Makerたちは大企業が無視しているニッチで活躍できる――ただ,大企業もこの makerムーブメントに注視して,そこからアイディアを借用するだろうと Dougherty氏は信じている.ニューヨークの Makerフェアはヒューレットパッカードと Cognizant を含むテクノロジー企業がスポンサーになって開かれた.コンピューターによる設計支援ソフトウェアをつくっている Autodesk はこの8月に Instructables を買収した.
また,期せずして企業家となっているケースも多いmakerたちの独特なビジネスモデルの一部を企業は模倣するかもしれない.たとえば Arduino は他企業に自社の設計をコピーさせ,ロゴを使用する場合にだけ料金を課している.また,ニューヨーク市を拠点とする工業デザイン企業の Quirky はクラウドソーシングを使ってどの製品を使うか意志決定している.ロンドンの MakieLab はおもちゃ屋や個人がじぶんでカスタマイズしたおもちゃを開発し印刷させられるプラットフォームを開発中だ.ベンチャーキャピタリストたちは有望なネタはないかとこの分野をかぎまわっている.この数ヶ月で,Quirky は 1600万ドル,MakerBot は 1000万ドルの資金を調達したし,そして3Dプリントサービスを提供している Shapeways は 500万ドルを受け取っている.
1970年代の趣味人たちによるコンピュータームーブメントとの類似点は目を見張る.どちらの場合にも,最初に熱狂的なモノいじり屋たち(多くはアメリカ西海岸居住)が新しい技術で遊び始めている――ビジネスと社会をくみかえる巨大な可能性を秘めた技術をいじって遊びたおすのだ.70年代当時,機械はビットを操作した.新しい動きでは,アトムを操作する.これにより,新たな産業革命を予想する声が次々にあがるようにあった.今度の革命では,小さな企業,さらには個人によってなされる製造が増える.「組み立てから3Dプリントまで,工場生産のツールが単一のユニット程度に小さくまとまって,個人にも利用可能になってるんだ」と Wired誌のクリス・アンダーソンは書いている.
趣味人が 3D プリンターを手に世界を変えるなんてバカじゃないのと笑うのはかんたんだ.だが,元祖の産業革命も自宅でちまちまつくった機械からはじまった.70年代の無骨なコンピュータからなにが生まれたか見てほしい.このmakerムーブメントは注視するだけの価値がある.