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[29586] その欲望を開放して魔法少女になってよ!(仮面ライダーオーズ×魔法少女まどか☆マギカ)
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 03:09
古代の貨幣を投擲する独特の音が、街の喧騒にかき消される。
それは、怪人グリードの鵜たるヤミーの産声でもあった。
並々ならぬ『欲望』を持った人間を親に持ってこそ、ヤミーはその力を発揮するというもの。
であるからして、『昆虫の王』とも呼ばれるグリード、ウヴァは非常に大きな興味を示してもいた。
進歩を遂げたこの人間の世界の中で生まれた、多様な欲望について。

そして、ウヴァの目の前を偶然に横切った存在……そいつの持つ得体の知れない『欲望』からヤミーを作り出してみたい。
そうウヴァが思ってしまったことは、自然な成り行きであったのだろう。
思い立ったが吉日と言わんばかりに対象の額にメダルの差し込み口を出現させ、メダルを投げ込んだのだ。

「その欲望、解放しろ」

ただ、一つだけ間違いがあるとすれば、

「ボクと契約して魔法少女になってよ」

その『欲望』の持ち主が人間では無かったことぐらいだろうか……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第一話:ワタシ、ヤミーです。それと魔法少女です



「困るよ。君のせいで、人間の子に逃げられちゃったじゃないか。まぁ、大した素質は持っていなかったみたいだけどね」

まさか、先ほどの懇願が、ウヴァさんに向けて放たれた言葉であったはずもない。
そんなことをすれば日本全国一千人の虫怪人愛好者が怒り狂ってキュゥべえ狩りを始めることは間違いないからだ。
キュゥべえは、平常通り営業中で、契約者を増やそうとしていただけなのである。

もっとも、それはウヴァに邪魔されてしまったが。
せっかく契約を取りつけることに成功するところだったのに、魔法少女候補生は怪人ウヴァの外見に怯えて逃げ出してしまったのだ。

「それがお前の欲望か?」

一方、キュゥべえの事情など当然理解していないウヴァの興味の対象は……ようやく、生まれてきた。
キュゥべえの、身体の中から。
欲望の化身であるグリードを補佐する、使い魔のような存在が、今生み出されようとしていた。
その手下を……ウヴァ達グリードは、『ヤミー』と呼んでいる。

だがしかし、その生まれは、既にウヴァが期待していたものと若干の食い違いを見せていた。
通常のヤミーは生後すぐの姿として、白い包帯を巻いたミイラ男のような外見を持つものなのだ。
そして、親となった人間の欲望をある程度叶えることでヤミー個別の姿を得ることが出来る……はずなのだが、

「初めまして?」

何故かウヴァの目の前に居る人間の子供型ヤミーは、白ヤミー形態をすっ飛ばして成長を遂げていた。
その背丈はウヴァの良く知る水棲グリードの人間態と同程度であり、ヤミーの身を包む飾り気のない一繋がりの衣装の色は、創造主であるウヴァを連想させる緑色である。
髪はこの国によく見られる黒色であり、顔にもその下部にも、特に目立つ部位は見当たらない。
背格好は、小学生と呼ぶには大き過ぎる、という程度だろうか。
それだけならば何処にでも居る人間族の雌体という印象を与えるに留まるはずだったが、その人間型ヤミーには少しだけ人間には見られない身体的特徴が存在した。

……羽、である。

その淵を飾る骨格が良く見えるそれは翼と呼ぶには物々しく、鳥類のそれとは一線を画しているのは明白だった。
かといって、ウヴァの昆虫型ヤミーのように鱗粉を撒き散らすキメ細かさも無いそれは、闇の中では目視することの難しい程の艶のない黒さを主張している。

「こっちこそ、初めまして」
「……」

ハッピィバースデイ! などと叫んでくれる中年男性は、この場には居合わせていない。
礼儀正しく挨拶を返す白のネコモドキと、無言でヤミーを観察する緑の怪人。
両者の性格が非常によくわかる対応である。
何か緑の怪人の機嫌を損ねる行いをしただろうか、とヤミーは首をかしげて見せるが、緑の怪人ことウヴァは白ネコモドキに向き直る。

「その欲望を叶えるにはどうすれば良い?」

その『欲望』というのは、おそらく白ネコモドキが最初に発した魔法少女が云々という台詞に関してのことなのだろう。
欲望の意味が解らずにヤミーの親に尋ねる……ウヴァさんにはよくあることである。
知らないことを素直に知らないと言える能力は、称賛されるべきものに違いない。

「彼女と契約を結んで魔法少女にしたから、充分だよ」
「魔法少女? アレは俺のヤミーだぞ?」

少女ヤミーに視線を向けた白ネコモドキに釣られてウヴァも同じ人物(?)に意識を少しだけ向けながら言葉を返す。
どうやら、両者の認識には若干の食い違いがあるらしい。何故見てるんですか。

「ヤミー? 魔法少女? ワケが解らないですよ……?」

話題の中心に居ると思しき少女さえも、自身の状態を把握していない。
ウヴァさんが魔法少女について知らないのは仕方ないにしても、ヤミー本人は自身の初期ステータスぐらいは把握していて良さそうなものだが……

「キミは魔法少女になったんだ。魔女を倒してグリーフシードを集める使命を負っているんだよ」
「お前は俺のヤミーだ。コイツの願いを叶えてセルメダルを増やせ」
「日本語でお願いします」

このザマである。人間の世界ではリントの言葉で話して欲しいものだ。
話にならない、というわけではないのだが、白ネコもウヴァも少女の持つ予備知識を高く見積もり過ぎているらしい。

「ええと、まずお二人のお名前は?」
「ボクはキュゥべえって呼ばれることが多いかな」
「ウヴァだ」

白ネコの方がキュゥべえ、緑の怪人はウヴァという名であることが少女に告げられる。
どちらも表情が全く変化しないので、いまいち思考が読み取り辛い。
そのために、少女は二人に対する態度を決めかねて、質問と様子見に回ろうとしたが、

「お前、ヤミーなのにメダルの知識が無いのか?」

少女が何から質問したら良いのかと悩む暇も無く、ウヴァさんからの質問である。
その言葉の端からは、知っていて当たり前だという前提が垣間見え、

「すみません……」

ウヴァの何処となく物々しい雰囲気も手伝って、少女は自然と謝ってしまった。
なんとなく、この人(?)には逆らわない方が良い気がすると、ヤミーの第六感も告げていたので。

「親の願いを叶えることで、お前たちヤミーの中にはセルメダルが溜まる。それを俺に提供するのがヤミーの役目だ」

鵜飼の鵜のようなものである。若しくはミラーモンスターでも可。
そして、ウヴァたちはグリードと呼ばれるヤミーの上位の存在であり、その身体を構成するメダルの数に応じてパワーアップするのだが、それはさておき。

「それで、私が願いを叶えるべき『親』がキュゥべえさんなわけですね」

やけに呑み込みが早い少女の応対を見て、満足げに首を縦に振るウヴァ。
適応能力が高すぎるきらいもあるが、ウヴァさんのヤミーは総じて思考能力が高いのが特徴であるため、これぐらいは想定の範囲内なのだろう。

「キュゥべえさんがお母さんでウヴァさんがお父さんみたいなものなんでしょうか」

『親』という言葉から想像された安易な認識だが、案外間違ってはいないのかもしれない。
ある意味この二人が少女ヤミーの創造主なのだから。
絶対に薄い本が出来そうにないカップリングにも程がある。
そしてこの二人は、そんな扱いをされても頬を染めたり照れたりする様な人材では無いことは自明だった。
というか、性別不明の気があるとはいえ、一応両方とも雄ではないのか。

「あと、魔法少女について……というか、『魔女』と『グリーフシード』について何か説明をお願いします」

魔法少女についての説明を求めても先ほどのキュゥべえの台詞と同じものを返されそうだ。今朝からの長い付き合いだとかそんなことは無いのだが、なんとなくキュゥべえの話し方が解るような気がして、若干問い方を変えてみた少女ヤミー。

「魔女は人間に災厄を振りまいて命を奪う奴らなんだ。それを倒すと手に入るのがグリーフシードだよ」

全く変わらない表情でさらっと物騒なことを口にするキュゥべえ。
魔女の出自に触れようともしない辺り、色々とワケアリである。
しかも、魔法少女になる際には願い事が一つだけ叶えてもらえるはずだという情報を省くという説明の放棄ぶりを見せた。
これは、ヤミーが生まれる際に親の欲望を叶えるという『願い』を持っていることが原因となり、ヤミーを魔法少女にすること自体が願いの一部として認識されてしまったからなのだが……。
聞かれないことはあまり口にしないというスタンスを取るキュゥべえには、悪意という感情自体が無いらしいので仕方ない。
……少女がそれを知ることになる日は大して遠くもない。

「とすると当面の私の行動方針は、お母さんの契約者を増やすことですか?」

魔法少女というものの在り方は少女にも理解出来たが、キュゥべえの願いは魔法少女の働きを期待するだけではなく、魔法少女を増やすというものだったはずだ。

「無理やり契約するのは出来ないよ。そういうルールだからね」

ルール、という新しい単語を口にするキュゥべえ。
決まりごとというからには、キュゥべえにもヤミーに対するグリードにあたるような管理者が居るのだろうか?
もちろん、ルールというものは、常にその穴を突かれる運命にあるものなのだが。

「つまり、無理やりに見えないように契約者を誘導すれば良いってことですね」
「人聞きが悪いなぁ。飽く迄、自由意思で選んでもらうだけだよ」

いったい誰に似たのだろうか。
キュゥべえの動かぬ表情はやはり何も感じ取らせなかったが、その尻尾の滑らかな動きがまるで舌舐めずりをする獣のように、少女には感じられた。
だがしかし、そこに嫌悪感を抱くことなど有り得ない。
なぜなら、その悪魔から生まれた子供こそ、ヤミーたる彼女なのだから……



そして当然、少女ヤミーは魔法少女になる人材を探すべく活動を開始したのだが、

「魔法少女になってみませんかー?」

成果は芳しく無かった。
街頭で手当たり次第に女の子に声をかけてみるのだが、これが中々上手くいかないものである。
現代の子供たちは意外と現実が見えているらしく、小学生でさえ魔法など存在しないということを当たり前のように認知しているのだ。
魔法少女が許されるのは小学生までだよねー! なんてレベルではない。

傍から見れば中学生程度の少女が道行く人に勧誘を試みるも、その全てが惨敗という救いの無さである。
少女ヤミーがせめて高校生に見える外見だったならば、アルバイト募集と勘違いして耳を傾けてくれる通行人が居たかもしれない。
だがしかし、当人が中学生の外見では、少々頭の発育が遅い子にしか見えない。

「魔法少女に……」

早くも初志が折れそうになる少女ヤミー。
心の花が段々萎れているような気さえしてくる始末である。
もっとも、この世界には砂漠の使徒やマイナーランドなど存在しないのだが。
そんな彼女を物陰から見つめる人陰があったのだが、この時の少女ヤミーは全く気付くことは無かった……



結局、魔法少女になることを希望する人材は一人たりとも見つからずに一日が終わってしまうのだった。
というか、活動時間の後半は職務質問を求める警察官との追いかけっこに費やされてしまうという間抜けぶりである。
収穫がゼロのまま哀愁漂う背中を小さくしながら、帰路に就こうとして、

「そういえば、私ってどこに帰れば良いんでしょう……?」

特に住処が無いことに気付く夕暮れ時。
一応、ウヴァたちグリードがアジトにしている廃屋があるためにそこが一番安全なのだが、少女ヤミーはその場所を知らない。
当のウヴァがそのことを少女ヤミーに伝え忘れたせいである。
虫頭のウヴァさんなら仕方ない。
せめてキュゥべえかウヴァのいずれかに連絡が取れれば何とかなりそうなものだが、念話の存在さえ教えられていない少女ヤミーには手段が無かった。
頼れる知り合いも居ないし……と思考がネガティブ方面に直下しようとした時、それは聞こえた。

「貴女は、キュゥべえと契約した魔法少女?」

薄暗くなった町の中に溶けてしまいそうな、静かな声。
それでいて、少女ヤミーの耳にはっきりと届く、強い意志を含んだ響き。

「そうですけど……お母さんの知り合いですか?」

後ろからかけられた声に少しだけ驚きながらも、相手がキュゥべえの知り合いに違いないという期待を持って振り返る少女ヤミー。
少女ヤミーの背後から問いかけていた女の子は、長く伸びた黒髪を風に靡かせながら、訝しそうな視線を少女ヤミーに向けていた。
お母さん、という言葉を聞いた時に一瞬だけ眉を顰めたように少女ヤミーには思われたが、話の本筋では無さそうだったので突っ込みを放棄する。

「私が一方的に知っているだけ。知り合いではないわ」

確かに、片方から認知されているだけならば『知り合い』とは呼ばないかもしれない。
そんな質問にきっちり答えてくれる辺り、律義というかなんというか。

「単刀直入に言うわ。魔法少女の勧誘なんて、止めなさい」

きっぱりというよりばっさり。
ヤミー少女の行動を否定する通りすがりの女の子。

これが、運命に挑む少女『暁美ほむら』と未だ名もなき少女ヤミーの邂逅であった……



・今回のNG大賞

「初めまして」
「蝙蝠のヤミーか。面白い!」
「ワケが解らないよ」

クワガタ同士にしか通じないモノもある。多分。


・公開プロットシリーズNo.1
→君の属性は蝙蝠ですか。最終回での真木博士の一言から生まれた当作品。何処まで行けるのやら……



[29586] 第二話:ここで死んで。世のため人のため、そして何より彼女のために
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:13
「魔法少女の勧誘なんて、止めなさい」

暁美ほむらの主張は、少女ヤミーに求める行動という点においては非常に解り易かったが、

「どうしてですか?」

その動機という点においての説明は全く為されていなかった。
だからこそ、ヤミー少女の問い返しは自然な疑問であったに違いない。

「魔法少女になる代償は、重すぎるから」

それは魔法少女全般に関することを言っているのか、それとも特定の誰かが魔法少女になる時の話をしているのか。
何はともあれ、暁美ほむらが昼間の少女ヤミーの街頭勧誘を目撃したうえでその行動を非難しているという事は間違いない。

「代償……?」

何だか少しだけ物騒な予感がしてきた少女ヤミーだが、聞き慣れない単語につい耳を傾けてしまう。

「そう。『あれ』と契約して魔法少女になると、私達の魂は変質させられ、身体はただの入れ物に過ぎなくなる。人としての一生を奪われることになる」

苦いものでも噛みつぶしたかのような表情で言葉を紡ぐ暁美ほむらには、人生を狂わされた知り合いがいるのだろうか。
ひょっとするとそれは……ほむら自身のことなのかもしれない。

「知りませんでした……」

少女ヤミーは、そんなことはキュゥべえから聞かされてはいない。
ウヴァと違ってキュゥべえはわざと情報を絞っている節が無いわけではないが、そもそも人間でない少女ヤミーにはあまり有用でない情報だったから知らされなかったのかもしれない。

「もうひとつ聞いておきたいんですが、お母さんと契約を結んだ後で解除する方法ってあるんですか?」
「……無いわ」

Q:ベントされたライダーはいつ戻ってくるんだ?
A:戻らない

海の向こうでそんな会話が交わされている光景を幻視した少女ヤミーだったが、なんのこっちゃと思考を振り切る。
そして、まさか少女ヤミーがそんな電波ゆんゆんな脳味噌を持っているとは知る由も無い暁美ほむらの目には、少女ヤミーが悩んでいるように見えたのだろう。
というよりも、ほむらの話を信じているような素振り自体が、ほむらさんからの好感度を上げる要因になっていたりする。
他人の話をきちんと聞かない人種の目立つ暁美ほむら(14)の人間関係の方に問題がある気もするが。

「契約を結んだことを後悔しているのね。無理も無いわ」

契約の解除法を尋ねた少女ヤミーの意図を汲み取ろうとしたほむらは、同情の視線を向けながら言葉をかける。
少なくとも、魔法少女という存在の残酷な末路をすぐに教えることを躊躇う程度には、目の前の少女ヤミーを心配していたのだ。
そんな暁美ほむらの思案をよそに、少女ヤミーは何でもないことのように言葉を返す。

「いいえ、そうじゃありません」

後悔なんて、あるわけない。
……と言えば聞こえは良いが、そもそも少女ヤミーには魔法少女になる前の自我というモノが存在していないのだから、後悔のしようが無いというのが正直なところだったりする。
最初からそういう生き物として生まれている以上、人間だったころを振り返って羨望する感情は根本的に少女ヤミーには存在しないのだ。

「勧誘されて契約した魔法少女がクーリングオフを求めてきたら、困るじゃないですか」

ヤミーの行動理念は、グリードの命令に従う事と、ヤミーの親となった人物の欲望を実現すること。
従って、少女ヤミーの思考は、ヤミーとしては非常に正しいものであったに違いない。
……その発言が、暁美ほむらの逆鱗に触れるとも知らずに。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二話:ここで死んで。世のため人のため、そして何より彼女のために



低い音が、響き渡った。
同年代の少女同士がビンタをかますような音では無い。
一瞬のうちに少女ヤミーへの距離を詰めた暁美ほむらが、その勢いのまま膝を少女ヤミーの腹部へ入れた音である。

「げぶぅっ!?」

受身も取れずにアスファルトの地面を転がる少女ヤミーへ、ほむらは見るものを凍て付かせるのではないかと思わせるほど冷たい視線を向ける。
ダメージを受けたらとりあえず地面を転がることなど、特撮の世界ではよくある光景の一つに過ぎないのだが、女の子が主語だと無駄に痛そうに聞こえる不思議。
それはともかく少女ヤミーの失言によって、ほむらからの人物評価は『美樹さやか』の少し上ぐらいの高さから、『キュゥべえ』レベルまでの超急転落下を遂げてしまったのだ。

「貴女が人間では無いという事は、よく解ったわ」

魔法少女は人間でないと先ほど暁美ほむらは自ら告げたはずだが、今回の言葉は意味が違っていた。
おそらく精神的な意味合いにおいて、人間を捨てている存在を排除するという意思が含まれているのだろう。
もっとも、暁美ほむらが一つ勘違いをしていることは、彼女が蹴り飛ばした対象は元来人間では無い存在であったということだが。

「いきなり、攻撃、なんて……?」

息を整える暇も無く、少女ヤミーに対して追撃が加えられる。
ほむらの手の先に紫に光る何かが現れたかと思いきや、間髪置かずにそれは少女ヤミーに向けて投擲された。
少女ヤミーはその背から生えた羽で身体の前面を覆ってガードするものの、魔法の力によって作られたと思しき弾丸の威力は凄まじく、反撃に出られる前兆は見られない。
防御に徹しているために身体を構成するセルメダルは少しずつしか剥ぎとられていないが、それも時間の問題で削り切られるだろう。
なんとか隙を突いて逃亡か反撃の手を見出そうとする少女ヤミーの焦りを余所に、暁美ほむらは堅実な遠距離攻撃を続ける。

起死回生の手段として少女ヤミーがまず思いついたものは、『魔法』だった。
ところが、キュゥべえと契約したということは少女ヤミーにも『魔法』というものが使えるはずなのに、いかんせん使い方が解らない。
明らかに質量を無視して生み出されている暁美ほむらの弾丸が魔法によって作り出されているということは推測できても、同じことが出来る気がしないのだ。
少女ヤミーを無表情のままジリジリと追い詰めるほむら。
一旦飛び上がることが出来れば逃亡することは出来るだろうが、今の状態で翼を開いたらボケる間も無くヤミーちゃんはセルメダルの山へ早変わりである。

「どうか、してますよ……!」

流れ弾でさえアスファルトを抉る威力を持っている弾丸を必死に受け流しながら、少女ヤミーは必死に打開策を考える。
せめて何か盾になるものは無いか……そう考え着いた少女ヤミーの視界の端に、直方体の箱が映った。
2メートルほどの高さを持つそれは、通行人に飲料を販売するための、一般に自販機と呼ばれる機械によく似ている。
そしてその単なる人工物であるはずの自販機が、アスファルトさえ抉るはずの射撃の流れ弾を受けて傷一つ貰っていない様を、見てしまった。

意を決した少女ヤミーの決断は迅速であり、瞬時にその自販機の陰に転がり込む。
自販機ごと粉砕しようと砲撃を継続するほむらだが、数発を浴びせた時点で異常に気付く。
少女ヤミーが盾にしている自販機が、傷一つ負っていないことに。

そして、次の瞬間には……その自販機が鈍い音と共にほむらへと向かってくる。
相手が巨大な自販機を盾にしながら突進して来ている可能性を考慮したほむらは、回避の幅を大きく取って様子を見るが、結果的にはそれが悪手となってしまう。

少女ヤミーが選んだ一手は、突進ではなく逃亡。
見た目以上の重量で地面に張り付く自販機を渾身の蹴りで無理やり剥がして、目くらましにしたというわけだ。
終始優勢だったはずのほむらだが、既に闇夜に高く跳びあがってしまった相手を追跡する手段は無かったため、惜しくも逃亡を許してしまったのだった。
TV本編においては飛行しているように見えるシーンもあったほむらさんだが……このSS内部においてはアレらの挙動は『ただのハイジャンプ』であったのだと思って欲しい。
特撮の世界にはよくあることである。

もちろん、時間を制止させれば追跡は出来ずとも魔力弾の投擲でダメージを与えることは可能だったのだが、少女ヤミーのソウルジェムをほむらが一度も視認できなかったことが、追撃を躊躇わせた。
ソウルジェム以外の部分への攻撃は無意味というわけではないが、致命傷を狙う事が不可能に近いという点においては決して有意義とは言えない。
むしろ、少女ヤミーがソウルジェムを外部から見える位置に装備していたならそこをほむらが撃ち抜いて終わりだったはずだったのだから、少女ヤミーは実は凄まじく運が良かったのかもしれない。
重火器の用意が整っていれば話は変わってくるのだが、今回のループでは暁美ほむらがまだ装備の調達を行っていなかったことも、少女ヤミーの命を救った形となる。

辺りには荒れ果てた見滝原中央公園と、そこかしこに散らばる銀色のメダル、横転した自販機だけがその存在を主張していた……

傷一つ負っていないまま横転しているオバケ自販機を触ったり蹴ってみたりしながら、しばらく様子を調べていたほむらだったが、結局その物体が自販機の形をした物体であるという事しか解らず調査を断念することとなる。
……その後に魔法少女の腕力を使って自販機を元の場所に建て直しておこうと試みるあたり、意外と常識人なのかもしれない。
もっとも、魔法少女という人種の中で最底辺の身体能力しか持たないほむらには、それは不可能であったが。
周囲に散らばる銀色のメダルの存在を不審に思い、その何枚かを持ち去ったことは……吉と出るのか凶と出るのか。

ほむらは、気付かなかった。
自販機の内蔵カメラにほむらの姿がばっちりと記録されていたことを。
さらには、網膜や声紋に至るまでデータとして遺されてしまったことも。

バケモノ自販機の名前は、ライドベンダー。
鴻上ファウンデーションの進めるメダルシステムの一環として配備された兵器であった……



「手酷くやられたみたいだね」
「お母さん……見ていたなら助けてほしかったです」
「ボクには戦いはムリだよ」

小高いビルの屋上にふらふらと着地した少女ヤミーを待っていたのは……白ネコに似た姿をした魔獣、キュゥべえだった。
相も変わらず全く動かない表情から発せられる言葉は、その真偽を疑う事さえ面倒くさいと思わせるほどの胡散臭さを醸し出しているが、少女ヤミーは突っ込まない。

「お母さんに聞いておきたいことがあるんですけど」
「なんだい?」

キュゥべえの返事は、一見すると何でも答えてくれるように見えるが、その実大切なことは何も答えてくれないだろうという一種の信頼さえおける有様である。
特撮のベテラン俳優枠的な威厳を全く撒き散らさないことが、逆に不気味な感を増幅させているのかもしれない。

「魔法少女って、何か報酬とか見返りとか無いんですか?」
「報酬が欲しいのかい?」

ド・ストレートである。
確かに、言葉尻だけ聞けばそう思われても不思議ではない。

「ワタシにじゃなくて、新しい魔法少女にですよ。何か目に見える利益が無いと、誰かを釣ろうにも決め手に欠けるでしょう?」

危険な状況に追い込むことによって生き延びるために魔法少女に……という手段も無いではないが、後にそれがバレて恨みを買うのはゴメンである。
というか、そんなシチュエーションから恨みを抱いている存在こそが、先ほど戦った暁美ほむらなのではないかと、少女ヤミーはあたりをつけている。

「実は、魔法少女になる時、何でも一つだけ願いを叶えてあげることが出来るんだ」
「ワタシ、何か報酬貰いましたっけ?」

心当たりが無いという心情を、首を捻って見せながら強調するヤミー少女。

「キミの願いは、『親』の欲望を叶えることだったんだ。だから、契約者を魔法少女にするっていうボクの役割がそのまま願いに反映されて、キミは魔法少女になった」

普通は魔法少女になること自体を願う子は居ないんだけどね、と付け加えながら、キュゥべえは淡々と事実を並べる。
確かに、ヤミーは『親』の欲望を叶えることを行動理念の一つとして持っている。
ならば、契約者となって結果的に魔法少女を一名増やすことは、行動理念に反しているわけではない。
加えて、少女ヤミーの限りなく人間に近い容姿も、その願いあってこそのものなのだろう。

「そういうことなら、もう少し簡単に釣れそうですね」

ニヤリ、とまるで悪代官のように笑う少女ヤミー。
心なしか、傍らに佇むキュゥべえも笑っているように感じられた。
もちろんその表情は普段通り全く動いていないものではあったが……

「あと、魔法の使い方について聞きたいです」

それを知らないせいで死にかけました、と先ほどのピンチを思い出して身震いをしながら、少女ヤミーは語る。
実際、バケモノ自販機が近くに無かったら、少女ヤミーは享年四半日という魔法少女最短の死亡記録を更新していたかもしれない。
気分は、究極の闇に睨まれた蝙蝠怪人のそれに近いものがあったはずだ。

「魔法少女は固有の武器を持っている場合が多いんだけど、キミは背中の羽がそれにあたるみたいだよ」
「『コレ』ですか」

少女ヤミーの背中に目立つ、漆黒の羽。
悪魔を連想させる骨格を持ったそれは、先ほどの戦闘のせいでボロボロになっていた。
むしろ、コンクリートを削る弾丸を受けてよくその程度で済んだというべきだろうか。

「無意識にやってたみたいだけど、羽を強化して防御や飛行をしてたでしょ?」
「確かに、よく考えたらこんな薄い羽に穴が開かない方が不思議ですよね」

自分の羽を撫でてみたり摘んでみたりしながら、改めて自身の特性を把握するに至る。
それとともに、この先魔法少女の勧誘を行う度に暁美ほむらとの戦闘が始まると考えると、少しばかりでない憂鬱も襲ってくるというものだ。

少女ヤミーの波乱万丈を予感させる誕生日は、見滝原市夢見町に響き渡る午前0時の鐘を以って終わりを告げたのだった……



・今回のNG大賞
悪魔の手先を始末すべく、怒涛の攻めを続けるほむら。
ほむらが何処からともなく取り出したモノは……80センチもの口径を持った恐るべき大砲であった。
空気を震わせる爆音が荒れ狂う風の後に遅れてほむらの耳に届き、着弾地点には生物の陰など無かったのは……言うまでも無い。

……ディ、エーンド!


・公開プロットシリーズNo.2
→オリ主は怪人です



[29586] 第三話:後藤と黒と盗撮画像
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 03:27
「誤解だと言っているだろう!」

青年が、声を荒げて自己の潔白を主張する。
彼の服装は、この見滝原を拠点としていることで知られる一大財団、鴻上ファウンデーションの社員であることを示す制服であった。

「犯人はみんなそう言うのよ!」

その青年と、額同士が接しそうな程の至近距離から睨みあう蒼髪の少女。
少女も制服に身を包んでいるが、こちらは大企業への所属を意味するようなものではなく、この町で極頻繁に見られる見滝原中学のものであった。

「俺は鴻上ファウンデーションの任務で動いている! 別に犯罪者じゃない!」
「会社の名前を盾に性犯罪まで漕ぎつける気でしょ? あたしたちは騙されないわよ!」

両者の会話は平行線をたどりつつ段々と物騒な方向へと歩み始めている。
しかも、声量を気にせずに怒鳴り合うものだから、道行く人々から奇異の視線を集めてしまっているのだ。

「二人とも、落ち着いて……」

そして、この場に居合わせた桃色髪が特徴的な少女は、3者の中で最も周囲のざわめきが見えている人物であることは間違いないが、場を収めるような技量を持ち合わせては居なかった。
怒鳴り合う二人に交互に視線を向けながらも、彼らを宥めることは出来ず、その目には少しずつ涙が溜まり始めていた……


青年の名は後藤慎太郎。
齢22歳にして鴻上ファウンデーションのライドベンダー隊における隊長の地位を獲得するに至った、エリートと言って差し支えない人物だった。

後藤に相対する活発な蒼髪少女の名は美樹さやか。
やや行動が思考に先立つ気のあるものの、何処にでも居る普通の女子中学生である。

そして、引っ込み思案な桃色髪の少女は……お察しの通りだろう。
別の世界では主人公と呼ばれている存在である少女、『鹿目まどか』だ。


この3人の身に一体何が起こったのか?
そして、後藤は自らの罪を数える羽目になるのか!?



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三話:後藤と黒と盗撮画像



後藤の朝は早い。
まだ日も昇らぬ時間から、基礎体力作りのジョギングを始めるのである。
ジョギングだけには留まらない。腕力から腹筋まで余念なく鍛えてこその、ライドベンダー隊第一小隊長だ。
いつものコースを回る際に、気に食わない信号男と腕怪人が寝床にしている公園の前で速度を緩めたことなど、ただの偶然に過ぎない。
余念なんて、あるわけない。

一通りのトレーニングを終えて身だしなみを整えた後藤には、鴻上ファウンデーションの一員としての任務が待っている。
町中に配置してあるライドベンダーの稼働状況についての情報を整理することから始まり、会長秘書の休暇中に甘味を処理する担当者を決めることもあれば、ベンダー隊員たちとの合同訓練のカリキュラムを組むこともある。
……もっとも、ほぼ全ての第一小隊メンバーは先日の大捕り物の際に病院送りとなっているので、隊長として期待される作業はさして多くも無いのだが。

大捕り物とは、先日鴻上ファンデーションの管理する博物館が倒壊した件に付随する一連の出来事である。
800年の眠りから覚めた種々の動物の王たる、通称『グリード』と称される怪人たちがその封印を破り、暴れまわったのだ。
死者こそ出さなかったものの、後藤率いる第一小隊はその戦力の大半を病院の住人へと変えられてしまったのであった。
隊員たちの中には、完膚無きまでに自信を失くして「諦めれば試合終了出来るんだ……」などと壊れたレコードのように呟く者や、精神に破綻を来たして「メズたんは俺の嫁だぁ!」という謎の主張を叫び続ける者など、燦々たる状態にある者も多い。

そうした隊員たちのメンタルケアも隊長である後藤の任務の一環かもしれない、という負い目は後藤の中にも存在した。
しかし、いかんせん彼らの数が多すぎたこともあり、後藤は負傷した隊員たちの治療を外部に委託する方針を選んだのだった。
確かプロフェッサー・マリアといっただろうか、死人さえも生き返らせると評判の医者に隊員たちの治療を一任したのだということを、後藤は頭の片隅でぼんやりと思い出しながらも補充人員募集の煽り文句に関する思考を纏める。

ともかく、後藤は彼らに対して謝らなかった。
何故なら、彼らが無事に復帰してくれると信じているからである。


……そんな状態であるからして、第一小隊の現在の仕事の中で最も大きな業務といえるものは、町中に置かれたライドベンダーの管理であると言えた。

「隊長。昨晩、見滝原中央公園西口前のライドベンダーが、何者かに襲撃された形跡があります!」

今日も真面目な平隊員が、ライドベンダーに関連して起こった不都合を報告してくれる。
第一小隊の現在の稼働人数は少ないが、それでも後藤は部下から慕われている辺り、意外と人望はあるのかもしれない。

「具体的な被害の状況は?」

任務なのだから形式上の行為として部下に尋ねた後藤だが、正直に言えばメダル挿入口にガムが詰められたという程度だろうと高をくくっていた。
ライドベンダーというものは、内蔵するカンドロイドを含めなくても260kgという人間の手に余る重量設定が為されており、しかも機体内から発せられた強大な磁力で地中の鉄分と引き合っているために非起動状態で移動させることは事実上不可能なのだ。
加えて、先日信号男と巨大オトシブミが戦闘を行った際には、超高層ビルの屋上から落下しても無傷という強靭過ぎる強化プラスチック製装甲を後藤の目に見せつけている。
後藤の中でプラスチックというものが可燃物からオリハルコンへと昇格した瞬間であった。
……重量の件に関しては、某腕怪人の妹が割とあっさりと持ち上げて見せたような気もするが、後藤隊長様が不可能だと言ったら不可能なのだ。


「ホシはライドベンダーを横転させて、その外形を調査した模様です!」

後藤がコーヒーを口に含んでいれば、間違いなく風都の半熟探偵に肩を並べられる吹きっぷりを披露していたことだろう。
残念ながら、握っていたボールペンを思わずへし折ってしまう程度のリアクションに留まっていたが。

「これが、該当ライドベンダーの内蔵カメラに残された、当時の映像です」

この平隊員の有能なところは、後藤が硬直するという反応を予期したうえで次に差し出すべき情報をしっかりと用意しているところだろう。
もしかすると、この平隊員も最初は驚きのあまりにライフルか何かをへし折ってしまったのかもしれないが、現在は冷静そのものである。
平隊員が薄型ディスプレイを後藤の目の前に配置し、そこにライドベンダーに記録された映像を出力する。
該当するライドベンダーを運んで来たわけではなく、無線通信によって内部のデータだけを呼び出しているのだ。

映像の中には、初めこそ何の変哲もない公園の風景が映し出されていたが、突如カメラの映像がブレて風景が右から左へと流れる。

「ん? 何が起こったんだ?」
「おそらく、ライドベンダーの正面から見て右方面から大きな衝撃を加えて、ライドベンダーを横転させたものだと思われます」

映像を止めて解説をさせた後藤だったが、再び映像を流させる。
一体、ライドベンダーを殴り倒すためにはどれだけの衝撃力が必要なのだろうか……
もっとも、ソレを無し遂げた少女ヤミーは拳ではなく脚で衝撃を加えたのだが。

そして、ブッ飛ばされてキリモミ回転しながら地面に着地したと思しきカメラの映像後に、ようやく慣性の力を失って画面の視点が安定する。
これを視聴している人物が常人であったのなら、あまりの画面の速度と回転による映像ブレに酔いを催していたかもしれないが、流石に後藤隊長は鍛え方が違うと言うべきか。
口元を押さえているのは、きっと下手人の攻撃力に感嘆しているためだろう。
顔色が若干青かったり額に汗が見えたりするのもきっと気のせいである。

仰向けに倒れる形で落ち着いたライドベンダーの映像は、その後直ぐに変化を見せる。
倒れた機体に訝しげな視線を向けながら、直立姿勢を少しだけ崩しながらライドベンダーを観察している女子中学生の姿が、カメラの淵から入ってきたのだ。

「……黒、か」
「……黒ですね」

後藤と平隊員の間で何らかの同意が得られたようだが、その内容は定かではない。
ベンダーの内蔵カメラが地上に近い高さから上向きのアングルを捉えていることと、女子中学生の着ている独特な服の形状……この二つの要素が、有り得ざる奇跡を生み出していたとだけ述べておこう。
魔法少女アニメの絶対領域補正を、仮面ライダーの世界観が打倒した瞬間でもあった。
彼らは一体何に気付いたというのか。
真相は闇の中である。

冗談はさておき、ライドベンダーを棒で突いてみたり触ったり蹴りを入れたりして外形を調べている様子の少女だったが、しばしの後に目的を終えたらしく画面の外へと姿を消すこととなった。
以後、このライドベンダーは横転したままである。

「この子は顔がしっかり映っているようだが……個人の特定が出来るまでは未確認生命体B1号とでも呼ぶか?」

内蔵カメラのある辺りを覗きこむという完璧なアングルで顔写真を抑えられてしまっている暁美ほむらさんは、既に色々とキャラクターが崩壊している気がしないでもない。
そして、最初にベンダーをブッ飛ばした罪状は少女ヤミーではなく完全にほむらへと着せられてしまったらしい。

「既に確認は取りました。ホシの名前は『暁美ほむら』といって、今日付けで見滝原中学へ転校したそうです」
「昨日の今日で、か」

その個人に関する経歴報告を聞きながら、後藤は情報を整理してみた。
少女は、昨晩にこのような不審行動を取っておきながら、その翌日に転校という形で現れた。
ところが、後藤に提出された報告書には、少女がまさに昨日まで重病のために入院していたという経緯が記述されており、ライドベンダーを殴り倒すような人物像とは一致しない。
後藤たちでなくとも、ここに何らかの関連性があると考えるのは当たり前である。
もっとも、実際にはほむらが転入を決めた後で突発的に起こったのが昨晩の魔法少女バトルだったりするので、転校と襲撃事件の間に因果関係は全く無いというのが正解なのだが。

「とにかく、この情報を会長に報告しておこう」

こうして、ライドベンダーをブッ飛ばせる不思議少女こと『暁美ほむら』は鴻上ファウンデーションに認知されたのであった。
余談だが、会長への報告に使用された映像資料に若干の添削が加えられていたことは、後藤達からの多感な女子中学生に対するささやかな良心の現れである……はずだ。多分。
尚、しつこいようだが最初にライドベンダーを蹴り飛ばしたのはほむらではなく少女ヤミーである。

資料を回してから一時間も経たないうちに、後藤への新たな任務が課せられる。
後藤は、新任務の存在を知らされた時点で、既にその内容に関する予測がついていた。
そして、実際に通知された内容はどんぴしゃり。

「未確認生命体B1号『暁美ほむら』君の監視を後藤君達への指令に追加する! 新たな任務の誕生だよ! ハッピィバースデイッ!」


だが、これは後藤の災難の始まりでしか無かった。

よく考えてほしい。
成人男性が女子中学生を尾行していたら、世間様はその様子を見て何を思うだろうか。

そして、冒頭のシーンへと時は戻る。

「大会社の機材を使ってロリコンがストーカー行為に及ぶなんて、考えただけでも寒気がするわっ!」
「お前みたいに目先のことしか見えないお子様が居るから世界は平和にならないんだ!」

ほむらの下校路に張り付いていた後藤を、本日からほむらのクラスメートとなった美樹さやか御一行が現行犯逮捕するという事態が発生したわけだ。
実はその時には彼女たちの友人である志筑仁美という少女も居合わせたのだが、お茶の稽古があると言い残して早々に帰ってしまったのであった。
散々怒鳴り合って通行人の目を集めているというのに、全く疲れる気配を見せない美樹さやかと後藤慎太郎。
そろそろ、お互いに相手の理論が破綻していたとしても気付かない領域に達していて不思議ではない。

「二人とも……話を、聞いてよ……!」

そして、二人のテンションに置いてきぼりを食らいながらも必死に努力を続けていた鹿目まどかの涙腺は、そろそろ限界だ!

後藤たちは、第3話目にしてようやく登場出来た原作主人公を、いきなり泣かせてしまうのか!?

そして、オリキャラである少女ヤミーが今回一度も登場していないが、ヤツは本当にこのSSの主人公で良いのか!?




・今回のNG大賞
「二人とも話を……」
「ボクと契約すれば、二人に君の話を聞かせることが出来るよ」
……後日この町に来た赤い魔法少女は、何故だか鹿目まどかに物凄く優しくしてくれたらしい。

・公開プロットシリーズNo.3
→ほむらさんはギャグキャラ


・人物図鑑
 ゴトウシンタロウ
財団の会長の手下。その役割は隊長。世界を救う力を手にする日を夢見て日々鍛錬に励む。狙撃の腕は一品だが、狙う的を間違えるので恐れるに足らない。



[29586] 第四話:パンツがあるから恥ずかしく無いもん
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 03:29
「うわあああんん!! さやかちゃんのばかあああっ!!」

「「えっ?」」

互いが互いのテンションを高め合う悪循環を繰り返していた二人だったが、頭に昇っていた血が一気に引き下げられてしまった。
口論に親友の涙と言うまさに冷や水を入れられたさやかは、しばし思考を止めて唖然としてしまう。
その間にも滝のように涙を流して泣く、鹿目まどか。
まどかの泣き声は鶴の一声と呼ぶに相応しいものには間違いなかったが、そこには貫録もへったくれも在りはしなかった……

「ど、どうしたんだ?」

そして呆然とするさやかを余所に、先輩に裏切られたBOARD戦闘員のように慌てる後藤。
おそらく、年下の子供をあやしたり優しく諭してやったりするような経験が圧倒的に足りないのだろう。
世界より先に、まず自分の身の回りに視線を向ける癖を付けるべきかもしれない。

慌てて自分のカバンの中を手探りで調べているさやかは……まどかの涙を拭ってやるためのハンカチでも、探しているのだろう。
いくら動揺しているとはいえ、流石にカバンの中にタイムマシンを探そうとなどしていない筈だ。

えぐえぐ、と溢れ出る涙をまどかは自らの袖で拭おうとするも、一度決壊した涙腺は理性という土嚢をなかなか受け付けてはくれない。

「……むぐ?」

だが、その擬態音が、突然変化を遂げる。
「えぐ」から「むぐ」へと変化したのだ!
それがどうしたんだ? と言うなかれ。解りにくいにもほどがあるには違いないが。
具体的に言うと、鹿目まどかの口に何かが差し込まれた音である。
硬くて太くて長い……誰もが想像したキーアイテムであった。

「あいひゅ……?」
「落ち着いた?」

『仮面ライダーOOO』という物語において「タトバ」と同等かそれ以上の重みを持つ重要単語……その名は「アイス」。
付近の露店で売られていたと思しき無骨な棒付きアイスだが、その冷たさはまどかの涙腺を内側から冷やすのにはもってこいだったらしい。
リスのようにアイスバーを加えたまま、鹿目まどかはゆっくりと顔を上げる。
その瞬間……まどかの脳内が、瞬間湯沸かし器も裸足で逃げ出すぐらいの勢いで煮立った。

「大丈夫。怖がらせたりしないから、安心して」

セリフ回しだけを見れば女性のものかと思われても不思議でないような、柔らかい言葉選び。
目の高さに合わせてしゃがみこみ、まどかの顔に真っ直ぐと向けられる真摯な視線。
混乱の極地に居たまどかの口にアイスバーを突っ込んで落ち着けるという発想能力も恐るべし、である。
この場に居る誰よりも多くの人間と接して来た男の真骨頂が、まさに発揮されていた。

泣くことも忘れて、自身と目を合わせてくる人物に対して焦点の合わない視線を向け続ける鹿目まどか。
その頬は熟れたリンゴのように真っ赤に染まり、どう見ても泣いていた時よりも色が深い。
明らかに鹿目まどかの正面に立っている男が原因に違いない、というか後藤にはそうとしか思えなかった。

「あの、」
「ああ、俺は火野映司。近くに住んでるんだ」

言い淀むまどかの様子を見て、呼び名が解らないのだと悟った映司は瞬時に自らの名乗りを上げる。
その居住区が公営の夢見公園だなどとは、初対面の人間に告げることはしない。
他人の機微にはとてつもない敏感さを見せる男、火野映司の能力は今日も絶好調であった。
ただし、火野映司の対人能力には重大な欠陥が潜んでいる。

「ええと、その、私……火野さんにどうしても聞きたいことがあるんです……!」

その欠陥とは、「男」と「女」の関係についての鈍感さが常軌を逸しているという特性である。
ある意味、正統派主人公な性格と言えるかもしれない。
まどかの頬は、もはや自身のリボンや瞳よりも濃い赤色に染まっていた。

「あっ……」

ところで、口に物を咥えたまま言語を発声しようとすればどうなるか。
まどかの口に収まっていたアイスが、地球引力に従って下方へと吸い寄せられる。
そして、ソレを同時に拾おうとするまどかと映司の手が……重なった。
小さなまどかの手を覆う、見た目以上に大きく感じられる映司の手。

「そうじゃ、なくて……」

興奮気味の女子中学生をさらに動揺させるには、その優しさは沁みすぎた。
そして、青年はアイスを持っていなかった方に握っていた布で、鹿目まどかの涙を丁寧に拭い取ってくれた。
だがしかし、何をどう間違えたのか。

「……っ!?」

青年の手元に視線を移した瞬間、何かに驚いたような表情をして見せる、鹿目まどか。
そのことが最後の刺激になったらしく、熱に浮かされた感のあったまどかの全身から力が抜ける。
頭に熱が昇って意識が朦朧としていたまどかは、そのまま倒れるように目を回して気を失ってしまったのだった……

「大変だ!? とにかくこの子を休ませられる場所に運ばないと!」
「待て、火野」

まどかを心配して最寄りのクスクシエに運び込もうとする映司を引きとめたのは……今まで傍観に徹していた後藤だった。

「お前は、もしかして本気で、その子が最後に言おうとしたことが予測できていないのか……?」
「正直、さっぱりですけど……それって重要なことなんですか?」

こんな奴がどうしてオーズなんだ、と映司に聞こえる程度の声で呟いた後藤は、目を回している少女の言葉を代弁して、至極まともな突っ込みを入れる側に回ることにしたのだった。

「お前は何故服を着ていないんだ?」

尚、映司が鹿目まどかを拭うために使った布が予備の『明日のパンツ』であることは、説明するまでもない。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四話:パンツがあるから恥ずかしく無いもん



「で? 弁解はあるか? んん? この変態ゴミ虫2号!」

いつの間にか再起動を果たしたさやかが、クスクシエの床に映司を正座させてSEKKYOUをかますという謎の空間が発生していた。
流石に映司が未だにパンツ一丁という事は無く、今はしっかりと服を着ている。
そんなSMプレイを繰り広げる二人を尻目に、変態ゴミ虫1号こと後藤慎太郎はクスクシエのメニューから注文を終えていたりするあたり、ちゃっかりしていると言うべきか。
ところで後藤君、君の今日の任務は何だったか覚えているかね?

「手を伸ばせるのに伸ばさなかったら死ぬほど後悔する! だから手を伸ばしたんだ……!」
「このロリコン野郎っ! あたしの嫁であるまどかに手を伸ばしたことを死んで詫びろっ!」

自らの名台詞を自分で台無しにする男、火野映司。
そして、クスクシエの備品のフォークで映司の頬をぐりぐりと突くさやか。
もちろん、映司の頬に当たっている側が細く尖って先が分かれている方である。
まだ魔法少女になっていないにも拘らず暗黒化が進行している気があるさやかだが、これが世界の修正力というやつなのだろうか。

ちなみにまどかは部屋の隅に椅子を固めて作られた空間で静かに寝かされているので、問題ない。
ただでさえ頭が混乱していた時に半裸の男性に迫られてパンツで涙を拭われるという珍しい体験をすれば、脳味噌の処理容量が溢れてしまうということも……多分あるのだろう。多分。

『助けて……助けて……』

丁度そのころ、まどかが気絶していたせいでCDショップの上階で白いマスコットキャラが何回か死ぬ羽目になっているのだが、いきなり遭遇フラグが折れていたりする。
某所で未確認生命体扱いを受けているほむらさんだが、自身も知らぬ因果でまどかとキュゥべえの出会いを遅らせるというナイスセーブをかましている辺り、今回の運は悪く無いようだ。

「映司君がお店手伝ってくれるって言うから身体のサイズを測ってたら、外から聞こえてきた泣き声の方に駆け出していっちゃったのよ」
「なるほど。相変わらず目先のことしか見ない奴だ」

さらっと映司のフォローを入れながら店長こと白石知世子さんが、後藤のテーブルに本日の日替わりメニューを並べてくれる。
世界の文化にあまり詳しく無い後藤には、目の前の料理が何処の国のモノかなど解らないが。

「あの店長さんが言ってることって、本当?」

いつの間にかオプションにロープと猿轡が追加されて会話どころか筆談さえも出来なくなっている映司を改めて観察しながら、さやかが映司に問いかける。
さやか自身でも、どうしてこうなったのか思い出すのが難しい状態となりつつあった、というか途中からサディスティックな性癖に覚醒しかけていた自覚さえある始末だ。
何故だか『助けて……助けて……!』という幻聴まで聞こえ始めた辺り、覚醒フラグが立ち過ぎている。
だがしかし、映司がまどかのためを思って動いてくれていたのなら悪いことをしてしまったかもしれない、と思える程度には落ち着いて来ても居た。

「ああ、行き掛けに俺のアイスを取って行きやがったなァ!」
「あら、あのアイス、アンクちゃんのだったの?」

答えられない映司の代わり……というわけではないだろうが、さやかの質問への返しは別の所から提示された。
ヤンキー、とでも表現すれば良いのだろうか。
店長からアンクと呼ばれた人物は、跳ね上がった金髪が特徴的な青年で、目付きの悪さがその近寄り難さに拍車をかけている。
クスクシエの厨房から出てきたところを見ると店員なのかと勘違いしてしまいそうだが、実際にはアイスを求めて冷凍庫を開けて来た帰りというだけだったりする。

だがしかし、アンクの外見に驚くより先にさやかの意識を引く言葉が、アンクの台詞には含まれていた。

「アンタが持ってきてたアイスって、もしかしてコイツの食べかけ……?」
「そうだ! あのアイスは俺のモンだ!」

怒りが再燃し始めたさやかと、好物を引っ手繰られたせいで頭に血が上りっ放しのアンク。
初対面にもかかわらず、不思議なほどにその息はあっていたりする。
14年しか生きていないのにグリードと気が合うさやかが凄いやら、800年生きているはずなのに中学生並のバイタリティしか無いアンクが情けないやら。

「んんんーっ!?」

もがもがと言葉にならない言葉を無理やり捻りだそうとする映司だが、猿轡が予想外にきついのか、さやかたちの耳には人語として認識されない。
アンクとさやかへ弁解しようとしているのか、それとも知世子さんたちに助けを求めているのか。
少なくとも、自身の現状を楽しんでいるわけではないことだけは確かである。
映司には、死神のパーティタイムを踊りながら地獄を楽しむようなメンタルは無いのだ。

「……今日は、随分と愉快な格好をしているなァ!」
「あたしのまどかによくもそんなモノをっ!」

ドSが二人、映司の目の前に降臨していた。
一人は今更映司の置かれている状況に気付いて愉悦に満ちた表情を浮かべ、もう一人は更なる拘束具をクスクシエの衣装から物色中である。
関節キスでも女子中学生にとっては一大イベントなのだろう。アンクのアイスと同じぐらいには。

――男はいつ死ぬか分からないから、パンツだけは一張羅を履いておけ。

このときの映司は自分の今日のパンツの柄を思い出しながら祖父の遺言に感謝を捧げていたと、後に語ることになる……
クスクシエは今日も平和です。



だがしかし、見滝原市のCDショップ上階である開発予定スペースは、全く平和でなかったりする。

「なんて酷いことを……!」

薄暗い部屋の中で睨み合う二人の魔法少女と、一匹のマスコットキャラ。
一人は何処かの学校の制服かと思わせるようなモノクロの服を着た、転校生こと暁美ほむら。
もう一方はコロネのように巻かれた金髪が特徴的な、見滝原市を縄張りとする魔法少女、その名を『巴マミ』といった。

そして、二人の魔法少女が意識を向ける先には元気に走り回る……ではなく15禁指定な姿となったキュゥべえの姿が。
ほんの少しだけその様子を伝えるとすれば、銃撃というより砲撃と呼んだ方が良いタイプの弾丸で身体を蜂の巣にされていたとだけ表現しておこう。
マミが駆けつけた瞬間が、まさにキュゥべえの命運の尽きた時であった。
『助けて』というキュゥべえの念話を辿って現場まで着たマミの目に映った光景は、惨殺されるキュゥべえの姿だったのだ。

CDショップから呼ばれるはずだった魔法少女候補達は、呑気に気絶していたりドSへ覚醒しかけていたりするのだが、それはさておき。

「どういうことか、説明してもらうわよ?」

巴マミという魔法少女は、キュゥべえと契約する際に瀕死の重症を負っていたマミ自身の復活を願ったという過去を持っている。
そんな経緯を持つマミが人間の命の重さを誰よりも高く評価する魔法少女になったのは、必然と言えただろう。
選択の余地などなかったとはいえ、自身を救ってくれたキュゥべえに少なからぬ恩も感じていた。
だからこそ、『魔法少女』が眉一つ動かさずに『キュゥべえ』を射殺するという事態を見過ごすことなど出来るわけがなかった。

「『あれ』の契約は、ヒトを不幸にする……」

マミに敵意の視線を向けられつつ口を開いたほむらの答えはあまりに短く、而して彼女の確信している何かに基づいているのだと、マミには感じられた。
魔法少女になったことを後悔するタイプの同胞は別に珍しくは無いのだが、その逆恨みからキュゥべえを殺害するに至った魔法少女を、マミは今までに見たことが無い。
言ってしまえばそれは、クズヤミーがウヴァさんをボコボコに殴り倒す光景と同じレベルで有り得ない状況なのである。

「魔法少女になったことを後悔しているの? 逆恨みも甚だしいわ」

睨みあう魔法少女たちの密会は、ドキドキハラハラのオンパレードであった。


「どうしましょう……タイミングを逃したみたいです……」

特に、マミに数秒遅れて現場に駆け付けたけれど姿を現す切っ掛けを完全に逃したオリ主にとっては、尚更である。
心臓が高鳴るどころかその心臓をそのまま撃ち砕かれる危機を感じて、心臓を握りつぶされそうなストレスを受け続けていたりして……



・今回のNG大賞
「ママの味! キュゥべえの挽肉はいかがでしょう!」

・公開プロットシリーズNo.4
→マミさんは帽子を着こなせるタイプの人間、だと思っていた時代が作者にもありました

・人物図鑑
 ヒノエイジ
流浪の青年。性質は未練。過去に置いてきた後悔に囚われ、聞こえる泣き声を消し去ることに執念を燃やすが、自身の涙を拭うことは出来ない。この青年を倒したくば身に纏う下着を奪って絶望させればよい。



[29586] 第五話:Cyclone effect――風が呼ぶバッティング
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:25
前回までの三つの出来事は!

一つ!
念話の甲斐も無く、キュゥべえはほむらに葬られてしまった!
『助けて……助け……グチュッ』

二つ!
遅れてきた魔法少女、巴マミが犯行現場を目撃する!
「どうしてこんな酷いことを……!」

三つ!
マミとほむらが睨み合いを始め、オリ主である少女ヤミーは完全に出鼻を挫かれた!
「タイミングを逃したみたいです……」



視線を交差させる、二人の魔法少女。
そしてそれを隠れながら見守る、一人の魔法少女によく似た何か。
この場所にあるもう一対の目は……挽肉の中に沈み、何の光景も映してはいない。

キュゥべえを殺されたことについて説明を為されなければ気のすまないマミ。
一方のほむらはというと……特にマミと戦う理由を持っていなかったりする。
そもそも、キュゥべえとは大量生産品のインターフェイスに過ぎないのだ。
その端末の一つを潰すことは、ほむらにとっては憂さ晴らし程度の意味しか持っていない。

……逃げるべき。

従って、ほむら自身にとってその判断は当然のものだったが、

「逃げ道なんて……あると思う?」

次の瞬間には風を切る音が、ほむらの耳の真横を通り過ぎる。
ほむらが退路を探してマミから目を離した一秒にも満たない時間のうちに、マミは自らの武器を取り出していたのだ。
一発限りの使い捨てマスケット。
それが巴マミの最も多く使う武器であり、まさに今その銃口が、ほむらに向けられていた。
その足元には既に役割を終えた一本が硝煙をあげており、マミの動作の熟練ぶりを窺わせる。

ほむらの背後の壁には蜘蛛の巣状の爪痕が刻まれ、その模様はほむらに退路など無いのだという事が暗示されていた……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五話:Cyclone effect――風が呼ぶバッティング

Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……
『タカ』×2
『カマキリ』×1
『バッタ』×1
『トラ』×1



「セルメダルが、増えた……?」

魔法少女たちの宴を傍観していた少女ヤミーにも、変化が訪れていた。
なんと、マミがマスケットを取りだした瞬間に、少女ヤミーを構成するセルメダルが増えたのである。
つまりそれは、ヤミーの親であるキュゥべえの欲望が少しだけ叶えられたという事に違いない。

「お母さんの望みは、魔法少女を増やすことだったような気がします」

それに加えて、魔法少女が魔女を倒すことも望んでいると言っていたはずだ。
だが、今のケースはそのどちらにも当てはまらない。むしろ、魔法少女が減りそうでさえある。
魔法少女が魔法少女に向けて攻撃したという状況で、どうして少女ヤミーのセルメダルが増えなければならないのか。
そもそも、当のキュゥべえは食肉加工センターがよく似合う姿になっているというのに。

「まぁ、このまま傍観していれば一人儲けだから良いですけど、ワケが解らないです……」

ヤミーの『親』の願望は、概要だけならグリードやヤミーからもある程度までは把握できるが、基本的に『親』からの申告によって発覚する。
もしそんなものを都合よく把握できるシステムがあるならば、ウヴァさんはわざわざ人間に欲望の内容を尋ねたりするはずが無いのだ。
つまり、魔法少女を増やすというキュゥべえの自己申告はキュゥべえの持つ欲望の一部に過ぎなかったという事なのだが……ヤミーに関する基礎知識が抜けている少女ヤミーにそんな判断が出来るはずもない。

そんな状況で目の前の事実に理由付けをしようと考えた少女ヤミーの頭に、一筋の光が差し込んだ。

「なるほど。つまり……あの黒い子は実は魔女だったという事ですね!」

所詮オリ主の思考能力など、この程度である。
先日少女ヤミーを魔法少女と知りつつ襲い掛かってきた暁美ほむらが魔女であると、確信した瞬間だった。
最早色々と面倒くさい勘違いが発生しているが、全面的にキュゥべえとウヴァによる説明不足のせいである。

少女ヤミーの知る由も無い真相を明かしておくと、魔法少女の本体たるソウルジェムは魔法少女が魔法を使う度に汚れを溜めこみ、魔法少女を『魔女』に近づける。
そして、その汚れの蓄積がキュゥべえの目的の一部であるために少女ヤミーのセルメダルが増えているというわけだ。
実は少女ヤミーの誕生日にほむらから襲われた時も、剥ぎとられるセルメダルより少し足りない量だけ増え続けていたりしたのだが、それはされておき。


「今ここで、貴女と戦いたくは無い」
「私も、貴女が素直に話してくれれば、こんな物騒なものは使いたくないわ」

どんどん戦ってほしいと願う少女ヤミーをよそに、ほむらとマミは案外冷静だったりする。
しかも、ここからの沈黙が長く続くものだから、少女ヤミーの精神力を無駄に削ることとなるのである……

「……」
「……」

何を話すか、話すべきか、ほむらは頭の中で整理を付けているのだろう。
一方のマミは、愛用のマスケットを握る手を緩めずに、ほむらが口を開く時を待ち続ける。
ほむらはキュゥべえがどういう『モノ』であるか知っているのだが、それを信じてもらえるという期待はマミに対して全く持てていない。
従って、マミの認識を覆さずにほむら自身の目的に都合の良い方に誘導することを考えた結果……少しだけ話を逸らすことにしてみた。

「……そう遠く無いうちに、この町にワルプルギスの夜が来る」
「そう、それは大変ね。魔法少女の仲間を増やして御出迎えした方が良かったんじゃないかしら?」

ワルプルギスの夜という聞き慣れない言葉に、少女ヤミーは首を傾げる。
マミが大変だと言うからには、RPGのボスキャラ的な何かが現れるのだという事は推測できるのだが、その具体的な形が伝わってこないのだ。
むしろ、その到来によって魔法少女が増えるかもしれないというくだりに興味津々な辺り、現金なヤツである。
契約を司るキュゥべえが既に居ないという事実が頭から抜けていないために、手放しで喜んだりはしないが。

「そうならないように、アレを潰した。魔法少女は増やすべきじゃない」
「『私達』が、言えることだと思う?」

もちろんマミとて、軽々しく魔法少女を量産することが望ましいとは思っているはずもない。
しかし、しっかりと覚悟を決めたうえで契約するならば、それはそれでアリだと考えているわけだ。
その分、自身の決断に責任を持ってほしいと思ってもいるが。


……切っ掛けは、突然に訪れる。
マミの足元に広がる、白い霧。
それに気を取られたマミの隙を逃さずにほむらが起こしたアクションは……逃亡だった。
その退避方法はマミからも少女ヤミーからも目視出来なかったが、おそらく魔法で加速でもしたのだろうという程度の認識を以って思考を打ち切る。

「……仕方ないわね」

瞬く間に姿を消したほむらの居た場所を一瞥し、巴マミは状況の把握に努めることにしたのだった。
その霧が魔女によるものであるということは、熟練の魔法少女であるマミには瞬時に予想がついた。
ほむらが立ち去った後も霧が残っていることから、ほむらの仕業で無いことは確定だろう。
ところが、マミ自身は未だ魔女の作り出す空間に引きずり込まれているわけではない。
また、魔女が魔法少女を選んで襲い掛かる理由も、マミには心当たりが無い。
それらを総合して考えると……

「下の階で、襲われている人がいるってところかしら」

足元に広がる霧は階下から漏れ出したものであり、そこで魔女が食事をしているという結論に至った。
意外にも、キュゥべえの敵討ちよりも生きている人間を優先出来る程度には、巴マミは冷静であったようだ。



丁度そのころ、CDショップを抱えた建物の中層階において、怪奇に巻き込まれる青年が二人ばかり。
一人は、死人でも「嫌いじゃないわ!」と叫んで置きあがってくる程度のイケメン、火野映司。
もう一方は泉京水……ではなく泉信吾という人間の姿を借りたグリード、アンク。

「アンク、メダルを!」

つい今しがたまで多国籍料理店で近所の女子中学生と一緒に楽しいSMごっこに興じていた映司の危機を救ったのは……皮肉にもアンクであった。
アンクは、ヤミーのセルメダルが増えた時のみ、その位置を感じ取ることが出来る。
その勘が、この建物の上階でセルメダルが増えていることを感知したというわけだ。
女子中学生の足止めを「何故俺がこんなことを……」と呟く後藤に任せ、命からがらクスクシエから逃げ出して来たのであった……

「待て、映司。こいつら……ヤミーじゃない」

彼らの置かれている状況はというと……ヒゲを生やした白いボール状の何かに襲われていた。
しかも、周囲がいつの間にかクレヨンで書きなぐったようなメルヘンな空間に早変わりしている。
一般人ならば自身の精神の異常を疑って黄色い救急車を呼ぶであろうことは想像に難くない。
もっとも、メダルに関わる諸事情を知る映司としては、メダルってそういうものなのかという程度の認識しか無かったのだが……映司の予想は外れていたらしい。

そして、目の前の怪異がメダルのせいではないと解ったアンクの落胆ぶりは映司から見ても容易に判断できた。
具体的に言うと、アンクが変身用のコアメダルを準備する気配を全く見せない辺りに。
映司は既にベルトを巻き終えて準備万端なのだが、メダルが無くては変身することもかなわない。

「この上の階にヤミーが居るかもしれないだろ? とりあえず目の前のこいつらを倒そう」
「……しくじんなよ」

しぶしぶ、という様子を見せながらも緩慢な動きで三色のメダルを用意したアンクが、それを映司に手渡してくれる。
というか、一応ヒゲタマゴからの体当たり攻撃を散発的にかわし続けているので、どの道オーズの力で蹴散らす以外の選択肢は無かったりするのだが。
ちなみに、映司自身さえ半信半疑の仮説だったが、当の少女ヤミーは未だに上階の物影に隠れていたりするので、実は大正解であった。

手渡された三種のコアメダルを、ベルト前部に掘られた溝にセットし、ベルト右腰部に装備されたスキャナを手に取り。
メダルをセットした台部を傾けてベルトを待機状態にすると同時に……スキャナをベルト前部に走らせ、三種のコアを読み取らせる。
その色は、鳥系メダルを示す『赤』、猫科を現す『黄』、虫系の『緑』の信号配色という、オーズの基本形態を作り上げるためのもの。

「変身!」
『タカ トラ バッタ』

歌が無いことは気にするな。
TV本編より若干寂しい感があるものの、『仮面ライダーオーズ』、ようやくの登場である。
タカの眼力にトラの爪と腕力、バッタの跳躍力を持った古代の戦士……それが現在のオーズの姿、『タトバ』形態であった。
……13世紀を古代と呼ぶと誰かに怒られそうな気もするが。


飛来するヒゲタマゴをバッタの脚力で蹴り返し、時に虎腕の爪で叩き斬る。
ヒゲタマゴが弾幕の体を為して襲い掛かってくれば、タカの目で一筋の抜け道を見出す。
だがしかし、敵一体ずつの戦力は大した問題となるものではなかったが……いかんせん、数が多すぎた。
決してタカやトラやバッタのコアメダルの力が弱いわけではない。多分。

「何やってんだ、映司!」

自身も右手だけの怪人態を振り回しながら、アンクが怒声を発する。
その手の中には握りつぶされたヒゲタマゴの姿があり、ヤミーに辿り着けずにアンクが苛立っている様子が、映司には手に取るように解った。

「分かってる!」

際限なく襲い来るヒゲタマゴを捌きつつ、映司は打開策を探る。
……メダジャリバーは、使えない。
もちろん、先日鴻上ファンデーションより届けられたオーズ用追加装備のその大剣は、使おうと思えばいつでも使う事は出来る。
そこにセルメダル3枚を投入して、広範囲斬撃である『オーズバッシュ』を発動すれば、確かにこのヒゲタマゴの群れを容易に殲滅出来るかもしれない。

だがしかし、オーズバッシュは対象範囲内にある全ての生命を対象としてしまうため、周囲の安全を確認しなければ使えないのだ。
映司たちが現在足止めを食っている建物は、周囲に似た高さの建物が並ぶ街並みの中にあるため、下手をすると隣の建物の中の人間まで一緒に切ってしまうという事態が起こり兼ねないのである。

……アンクには悪いけど、時間をじっくりかけて少しずつ数を減らそう。

思考が最終的にそこに落ち着く辺り、映司とアンクの人間関係というものが非常によく表れていると言えるだろう。
もちろん、面と向かってそんなことをアンクに言ったりはしないが。


そう、映司が思っていた時だった。

「……え?」

目の前でトラクローの餌食となる直前だったヒゲタマゴが、突如として砕け散ったのは。
それに始まり、次々とオーズの周囲のヒゲタマゴが弾けて消えて行く。
空間を埋め尽くしていたはずの白い球体たちは、瞬く間に火の手をあげてその存在を抹消されていったのだった……


「なんだ? 何が起こった!?」
「マスケット、だ」

何が起こったか把握していないアンクに対して、映司は飽く迄冷静に、自身の分析した情報を伝える。
かつて旅人だった頃に紛争地帯を訪れ、日常の中に散りばめられていた兵器たちのうちに、映司はそれを見たことがあった。
一発の弾丸を込めると装填に時間がかかるが、防弾ジャケットを着た兵士をその身体ごとブッ飛ばす威力を持った、対重装兵用のあまり実用的でない飛び道具を。
これだけの弾丸と発射音が聞こえるのに装填する音が全く聞こえない、という感知状況から、判断したのだ。

「御名答です」

いつの間にかオーズとアンクを囲んでいたメルヘンな空間が消え、二人の前に現れた人物は……物騒な銃を片手に下げた、金髪の少女であった。
帽子と黄色いスカートが印象的な衣装に身を包み、幼さの残るその容姿からは10代半ばであることが読み取れる。
そしてその周囲には、硝煙をあげる厳つい火器がいくつも宙に浮かぶという不思議な光景が広がっていた。

青年は、そんな年齢の少女が平然と兵器を扱っている様を見て、どのような表情をしているのだろうか。
怪人は、オーズでも無い人間が当たり前のように強大な力を振るっている光景に、一体何を思ったのか。

タカの目は、何も語らない。


魔法少女と仮面ライダーの物語は、既に交わり始めている……



・今回のNG大賞
「あれ? タトバの歌が聞こえない……?」
アルカディアの利用規約をよく読むんだ、映司!

・公開プロットシリーズNo.5
→活字だとタトバは強そうに見える! 不思議!

・人物図鑑
 アンク
鳥類の怪王。その性質は嫉妬。他者の台頭を許さず、その破滅を望む。在りし日に大空を翔けた栄光を、今はただ求め続ける。好物の冷菓子さえ持っていれば簡単に懐柔できるだろう。



[29586] 第六話:魔法少女を逮捕せよ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:26
「貴方達は、いったい……」

突如映司達の前に現れた少女……巴マミは、信号男と腕怪人に対してその素性を尋ねようとするが、

「行くぞ、映司! この上からまたヤミーの気配がしたッ!」

絶対に空気を読む気なんて起こさない腕怪人は一味違った。

そもそも、アンクが感じ取ったヤミーの気配は、映司たちが当建物に辿り着いた時には時間が切れて消えていた。
それが、オーズの戦闘中……もっと詳しく言えば、謎の少女が大量の銃弾を用いてヒゲタマゴの群れを殲滅し始めた時に、再び建物の上階から匂い始めたのだ。
当然、アンクのテンションはウナギ登りである。
例え大きな戦力を持っていたとしても、見知らぬ少女の姿など目に入るはずも無かった。

「ごめん、また後で!」

走り出すアンクの後を追って走る映司は、何度か振り返ってマミに視線を向けながらも、急ぎ足で上階へと去ってしまったのだった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六話:魔法少女を逮捕せよ



喜び勇んでヤミーの臭いを追跡し始めたアンクだったが、当のヤミーも追跡者の存在に気付いたらしく、建物の非常階段を使って上へ上へと逃亡し始める。
未だ姿を見られないヤミーは、やがてその臭いを発する制限時間を切らせてしまうが、それでもアンクと映司は非常階段を上ってヤミーを追跡する。
屋上まで追いつめれば、ヤミーが逃げられなくなる可能性もあるからだ。
だがしかし、現実は非情である。

「クソッ!」

アンクが悪態を吐いたのは、屋上まで辿り着いてもヤミーを見つけられなかったと解った後であった……
おそらく、空に跳べるタイプのヤミーが、屋上から飛び立ってしまったのだろう。
周囲に敵がいないと解って変身を解除する映司。

「終わりました?」

そして、いつの間にか映司達の後からついて来ていた、金髪少女こと巴マミ。
その姿は先ほどの狩人のような衣装から見滝原中学の制服へと戻っており、大人をひっくり返すような火器を扱えるような人物にはとても見えない。

「うん。さっきは助けてくれてありがとう」

素直に助けられた礼を述べる映司に対して少しだけ警戒を解いた様子を向けたマミだったが、聞きたいことがあるのは変わらない。
アンクのヤミー探しも続行不可能という事で、舞台はようやくCDショップのあるビルから動いたのであった……




「それで、先ほどの姿は何なんですか?」

一通り自己紹介を終えた3人が足を運んだ場所は……巴マミの暮らすマンションだった。
流石に一人暮らしの女子中学生の部屋に大の男が二人して乗り込むのは見た目的にマズイ……そう思ったのだが、他に落ち着ける場所が無かったのである。
映司が最近寝泊りしている夢見公園には、何故だか普段の二倍近いホームレスが溢れていたのである。
どうやら、夢見公園の近くにある別の公園が閉鎖されて、そこから人が流れてきたらしい。

今日の昼間にも中学の生徒がストーカー被害にあったばかりだというのに、物騒なことは続くものだ。
結局ストーカー犯と思しき鴻上ファウンデーションの小隊長は逃亡を図ったらしいが。

「オーズっていうらしいよ」

特殊な窪みの掘られたベルト・オーズドライバーを見せながら、ここにメダルを入れると変身できるんだ、と追加の説明を入れる映司。

「……」
「……?」

何の反応も見せないマミの視線を受け続けながら、映司は首を傾げざるを得ない。
特にマミの怒りを買うような心当たりは無いが、何が発火剤になるか分からないのが人間という生き物の恐ろしいところなのである。
沈黙に耐えかねた映司は……

「アンク、俺何かマズイこと言ったかな?」
「俺が知るか」

とりあえず愉快な同居人に尋ねてみたが、答えが予想通り過ぎて泣ける。

「もっと何か無いんですか? なんて言いますか、プロフィールがざっくりし過ぎというか……」
「人間の欲望から作られたセルメダルで出来てるのがヤミーで、ヤミーと戦うための戦士がオーズ……なのか?」

マミに突っ込まれて言葉に詰まる辺り、映司もあまり知識を持っていないことは間違いないらしく、最後はやはり自信が無さそうにアンクへ話を投げた。
それは危険を背負って戦う者としてどうなのか、という気が若干しないでもないマミであった。
実はマミ自身も他人のことを言えるような御身分では無いのだが。

「面倒だ。俺に聞くな」

あんな奴でゴメンねと謝る映司に、いいですよと手を振るマミは、中学生には見えない貫録を持っていた。
というか、中学生にしては人間が出来過ぎていた……そう、映司には思われた。
決して、昼間にクスクシエに来ていた二人組が子供過ぎたとか、そんなことは断じて考えてはいない。多分。

「では、魔法少女について説明しますね」

映司たちが聞いても居ないのに、身の上話を始めるマミ。
マミ自身がオーズについて疑問を持ったのだから、映司達も魔法少女について疑問に思っているのだという推測が彼女の中では固まっているのだろう。
もっとも、当の映司は興味を持っていたので、何の問題も無いわけだが。
巴マミの話を掻い摘んで説明すると、キュゥべえという小動物に願いを叶えてもらう代わりに、魔法少女になった者は魔女と戦う使命を背負うということと、魔女は周囲に災厄を振り巻いて人を殺す存在だということであった。

「おいガキ! 今の話は本当か!? そいつに頼めば何でも手に入るってのは!」
「流石にその言い方はどうかと思うぞ……」

始めは興味が無さそうに聞いていたアンクだったが、いつの間にか食いついて来ている。
その原因は間違いなく、契約して願いを叶えてもらうというくだりである。
おおかた、大量のメダルかアイスでも強請る気なのだろうが、ビジュアルという世界の秩序をもっとよく考えてほしいものである。

男の魔法少女なんて、そんなの絶対おかしいよ!


「残念ながら、契約を司る『キュゥべえ』は先ほど殺されてしまったんです。魔法少女の手によって……」

沈痛な表情を見せながら、暗い影を思わせる話しぶりで、マミは衝撃の事実を口にした。
助けを求めるキュゥべえの声を聞いていただけに、タッチの差で間に合わなかった自分自身に対する情けなさが頭をもたげていたのだ。

「マミちゃん、自首すれば罪は軽くなるよ! 一緒に警察に行こう!」
「痴情のモツレとはありがちだな。一応『俺』は刑事だが……緊急逮捕ってヤツかァ?」
「私は殺ってません! 信じてください刑事さんっ!?」

何故かキュゥべえ殺しの汚名を着せられ、キュゥべえとの仲まで邪推されては、流石のマミでも声を荒げざるを得ない。
ぶらぶらと『泉信吾』名義の警察手帳を見せびらかすアンクに対して身の潔白を主張するマミの背には、何故だか哀愁が漂っていた……
ここまで作り上げてきたお姉様キャラが崩壊した瞬間でもある。
どうしてこうなった。

「ああ、お前が誰と何をヤっていようと、そんなことはどうでも良い」

当てる漢字によって『ヤる』の意味が大分違うような気がして仕方が無い映司とマミだが、いい加減に話が進まないので突っ込みを控えることにするのだった。
見逃してやるから心して答えろ、と前置きするアンクは何処までも偉そうだったが……マミとしては逮捕歴を作るなど御免被りたいので、余計なことは言えない。

「一応言っておくと、アンクが取り憑いてる泉信吾さんは本当に刑事だけど、妹さんが休職願いを出してるから、通常の逮捕は出来ないことになってるよ」
「憑りついて……?」

一応、アンクの現状についての説明を、巴マミに行う映司。
以前、泉信吾という刑事がヤミーを取り押さえようとして瀕死の重傷を負った際、彼を利用しようとしたアンクが憑依する形で肉体の支配を奪ったのだ。
もっとも、アンクが憑かなければ泉刑事は死んでしまっていたので、一概にアンクが悪事を働いているともいえないのだが。

話の腰を折られて若干イラっとしている感のあるアンクに、説明を終えた映司が話の続きを促す。

「あのビルの上階で、ヤミーを見なかったか?」
「いいえ、ヤミーというものを見たことはありませんけど、私の他には魔法少女一人しか居ませんでしたよ」

アンクにとって重要なのは、巴マミがヤミーを目撃していたかどうかという一点だった。
ソレに対するマミの答えは、目撃を否定するものである。
だがしかし……その回答を聞いたアンクの目がギラリと輝いたように、マミには思われた。

「確認だが……そいつは本当に、『魔法少女』だったんだろうな?」

映司はアンクの質問の意味が解らずに首を捻るが、マミには解ったらしく、その表情が驚きに固まっている様が窺える。

「そう言われると、彼女自身のことを魔法少女だとは言っていなかったような……」
「あの場所にヤミーが居たことは間違いない。つまり、その殺人者がヤミーだったってことだな」

人間型のヤミーなど、現代においては映司はおろかアンクでさえも見たことは無い。
だがしかし、アンクの頭には一つだけ例外の心当たりがあった。
アンクの同胞であるグリードの中には、人間に同化して操るタイプのヤミーを生み出す者が居たはずなのだ。
面倒くさいので、説明は必要になるまでするつもりはアンクには無いが。
それと、実はマミの方がヤミー関係者である可能性も疑っていたりするのだが、正面から聞いたところで素直に答えるはずが無いという理由で保留にしておいた。

「それじゃあ、そのヤミーの親の欲望って何なんだろう?」

二人の会話を聞いていた映司がおもむろに口を開き、さり気無く事態の核心を突く疑問を弾き出す。
この男はたまにこのようなファインプレーをかますことがあるのだが、自身どころか周囲さえもそれに気付かないことが多いため、今一目立たないのである。
欲望? と聞き返しているマミは、ヤミーというものについての追加説明を求めているに違いない。

「ヤミーは寄生先の人間の欲望を叶えてセルメダルを増やすことが、目的で能力だ。俺達があそこに行く前に、あの場でセルメダルが増えたのを確かに感じたぞ」

ついでに、セルメダルが増えた直後にしかアンクはヤミーの場所を特定できないと言う事も追って説明する。
メダルが増えたという事は、『親』の欲望が叶えられたということであり、この場合は謎の少女の行動がそれを遂行したと考えるべきなのだろう。

「キュゥべえを殺すことが、『親』の願いだったんでしょうか……」

思考の過程は正しいというのに、結論はどうしてこうなったというレベルで的外れであった……
もっとも、それを指摘する人間は居ないのだが。

「そのキュゥべえって、誰かに恨まれてたの?」

追撃で世界の核心を突く男、火野映司。
ひょっとすると彼は、この世界の何かを変えてくれるかもしれない。

「魔法少女になってしまったことを後悔する子も居ますけど、流石にキュゥべえを手にかけるような事態は見たことがありません」
「それも気になってたんだけど、魔法少女って一度なったら辞められないの?」

巴マミの表情が……止まった。
顎の下に手を当てて何かを考え込んでいるというのは映司とアンクにも解るのだが、一体何を悩んでいるのだろうか。

「……そういえば、魔法少女を降りようとしたらどうなるのか、聞いたことがありません」

そう言いながら、手元に卵型の宝石、ソウルジェムを見せる巴マミ。
魔法を使うと濁りを溜めこんでいく宝石は、それを許してくれるのだろうか?
結局、仮面ライダーと魔法少女と怪人が頭を突き合わせて考えを巡らせても、この晩においては世界の真実に辿り着くことは叶わなかったのだった……



「……くしゅん」

風の吹き抜けるビルの屋上に、白黒少女が一人。
その口から出た小さなくしゃみの音が、夜の街の喧騒に溶け込む。
もしかすると、誰かが白黒少女……暁美ほむらの噂話をしているのかもしれない。

「まどか、かな……」

脳裏に浮かぶのは、本日見滝原中学校に転入した暁美ほむらが、クラスメイトとなった少女。
優しくて、気が弱くて、少しだけ周囲の好意に鈍感だけれど……ほむらの大切なヒト。

残念ながらほむらの噂話をしているのは、ほむらを『未確認生命体』だの『魔女』だの『ヤミー』だのと疑う人々なのだが……きっと、言わぬが花というものなのだろう。


物語はまだ、始まったばかりである……



・今回のNG大賞

「危なかった……ワケが解らないですけど、逃げきれて良かったです」
「また会ったわね。昨日の今日だけれど。さようなら」
「えっ……?」
ピチューン

ヤミーはその生が終わって初めて、その価値が決まるらしい……セルメダルの枚数的な意味で。
ほむほむマジ死神。

・公開プロットシリーズNo.6
→何も知らなくても戦える男&何も知らないから戦える女



[29586] 第七話:死なないのか? 私は聞いてない!
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:26
「転校生、一緒に寄り道しない?」

不意打ち、だった。
時を巻き戻すことで、統計として有効な以上の回数だけ同じ時間を繰り返してきた暁美ほむらでも、予想外の事態だったのだ。

「……?」

ほむらの目の前で彼女に親しげに話しかけて来ているクラスメイトの名前は……美樹さやか。
さやかは異時間軸においてほむらと敵対することの方が多い存在であり、ここまでほむらに友好的に接してくる個体は珍しい。
そのさやかが何故、親しげにほむらに話しかけて来ているというのか。

「気付いてたかもしれないけどさ、あんた昨日ストーカーに後をつけられてたんだよ? 一人歩きは危険だって」

ほむらの無言を説明の催促だと捉えたらしいさやかが、理由を後から付け足してくれた。
さやかは、まさか想像もしていないだろう。
転校の前夜に強面の自営業の方々から銃火器を盗みとってくる程度には、ほむらが逞しいのだということを。

正直なところ、魔法少女が高々変質者一名に後れを取るなど、あるわけがない。
あるわけがない、のだが……暁美ほむらの視界には、美樹さやかの背後からこちらに心配そうな視線を送る鹿目まどかの姿が!
名前も解らない(失敬)深緑色の子も居るが、重要なのはそこではない。

鹿目まどかと親しくなることが嫌なんてことは全く無いのだが、ここで友達などと呼び合う仲になれば、何かの切っ掛けでまどかの覚醒フラグを建ててしまうことになるのではないか。
しかし、ほむらを心底心配しているであろうまどか(+他二名)の気持を無下に扱うのも心が痛む……と、心の中で自分自身に対して言い訳をしてみる。
どうせまどかの周囲を見張るんだから近くから見て居たって一緒かもしれない、と更に心の中で言い訳を重ねてみた。
尾行って案外気疲れするし、私にストーカーも居るみたいだし、と三重四重に自分自身に言い訳を重ねて……

「……御一緒するわ」
「ほむらちゃん、何だか凄く葛藤してたみたいだけど……大丈夫?」
「そうなの? あたしには無表情にしか見えなかったよ?」
「大丈夫。心配には及ばない」

……台詞が無い抹茶色の子は、まぁ、仕方ない。
言い訳である。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第七話:死なないのか? 私は聞いてない!



4人が足を運んだ場所は、学校最寄りのファミリーレストランであった。
一つのテーブルを囲むのに丁度良い人数だったこともあり、2席ずつが向かい合った机へと真っ直ぐに向かう。
一番奥の席にまどかが入り、その隣に仁美が。そしてまどかの正面にさやかが座り、残った席がほむらのモノとなった。

その座席位置を目にしたほむらが何故だか肩を落とした気がしたまどかだったが、あまり意味が解らなかったので放置プレイに励む。

「でさ、そのストーカーのことなんだけど、どうやら鴻上ファウンデーションって財団の社員らしいんだ」

先日のことを思い出しながら、さやかが後藤の噂話を始める。
所属会社の件は後藤の自己申告なのだが、素直に信じている辺りさやかは少し頭が足りない子なのかもしれない。
素直に答える後藤さんも5103ではあるが。

「鴻上財団といえば、鹿目さんのお母様が務めていらっしゃいましたよね?」
「うん。そうだよ」

突然の仁美からのパスに一瞬だけ驚きながら、まどかが肯定の意を表した。
まどかの母親は鴻上ファウンデーションで部長だったか課長だったかを務めているのだと、まどかは記憶している。
そこの会長さんが職務中は常にケーキを作っているという、まどかの母親にしては珍しい大法螺もついでに思い出されたが、関係がなさそうだったので思考の外へ追い出した。

「昨日の後藤さんって人のこと、お母さんに聞いてみたら、本当にその財団の人だったみたい」

まどかの母親……鹿目洵子によれば、後藤慎太郎という人物は『真面目で堅物な青二才』ということらしい。
何だかあまり高評価ではないが、それでも悪い人には聞こえない。

「まさか本当に何かの任務を……もしかして、暁美さんは実は会長の隠し子だったりするんでしょうか?」
「……そんなわけ無いわ」

『未確認生命体』『魔女』『ヤミー』に加えて『鴻上会長の隠し子』という新たな誤解が生まれるところであったが、ほむらさんのナイスセーブである。
志筑仁美という歩く妄想製造機の前に、油断は禁物だが。

「やっぱりストーカーだったか。今思うと、あのパンツマンもグルだったのかも」
「火野さんも悪い人じゃないと思うけどなぁ……」

パンツマン、というワケの解らない渾名を聞いて、思い思いに『火野さん』の人物像を作り上げようとする仁美とほむら。
まさかその火野という人がパンツ一丁で町の中を歩いていたわけではないのだろうが、何をしたらそう呼ばれる人間が出来上がるのかと、気にならないでもない。

「なんていうか、火野さんのことを考えると胸がドキドキするような気がして、これってもしかして恋っていうモノだったら、それはとっても嬉しいなって……」
「ソレは露出狂という変態に対する嫌悪感よっ!? 目を覚ましてまどかっ!?」
「鹿目まどかっ! どこまで貴女は愚かなの!?」

はい、ほむらさんの名言はいりましたー。
そして仁美とまどかは、さやかとほむらの壮絶な突っ込みにドン引きしていたりする。

……なぁ転校生、今度の新月の日っていつだっけ?

何故さやかとほむらは、いつの間にかアイコンタクトを交わせる間柄になっているのか。
この二人は昨日会ったばかりであるはずなのだが……人間関係に必要なものは時間だけでは無いのだろう。多分。

……大丈夫よ。ワルプルギスの夜が来たら、その時のどさくさに紛れて変態は始末するから。

「二人ともどうしちゃったの!? 何だか怖いよ!?」

こそこそと隣同士で内緒話を始める、ほむらとさやか。
というか、巨大魔女の件は、まだ魔法のマの字も知らないはずのさやかに話していいことでは無い筈なのだが。
もちろん、キュゥべえと出会ってさえ居ないまどかにも理解できるはずは無い。

「心配は要らない。鹿目まどかは私が守るから」
「ソレを言うなら『私達が』だろ? 転校生」

まるでどこぞの半熟探偵たちのようなクサさを醸し出す二人に、最早当事者のまどかでさえ置いてけぼりを食らっていた。
なんでこの二人は、『強敵』と書いて『とも』と呼び合う相手に向けるような視線を交差させながら熱い握手をかわしているのか。

「美しい友情です。感動的ですね」

だ が 無 意 味 だ。
何かを納得した様子で目元に流れる涙をハンカチで拭っている仁美に、通りすがりの仮面ライダーでも眺めるような目を向けながら、まどかはぽつりと呟かざるを得なかった。

「こんなの絶対、おかしいよ……」

ワケが解らずに泣きだしたいのはまどかの方である。
『魔法少女まどか☆マギカ』の世界も何者かによって既に破壊されてしまっていたらしい。



「そういえば、恋愛と聞いて思い出したのですが……」

ごそごそと自らのカバンの中を漁りながら、何かを探している仁美。
その四次元空間の中から仁美が取りだしたものは……

「お守り?」

まどかの予想(期待では無い)に反して、至極常識的なブツであった。
緑・黒・赤・白・灰色の5種類がそれぞれ一個ずつ、テーブルの中央へと並べられる。
何処かの公式サイトで売られている魔法少女モチーフなお守りと色の種類が違うのは、仕様である。

「先日、隣町に住む親戚の所に行った時に、お土産に買って来たんです」

一個ずつどうぞ、と5色のお守りを指して勧める仁美。
……もし恋バナが展開されていなかったら、仁美はその存在を永遠に忘れたままであっただろうことは疑う余地も無い。

「ああ、でっかい風車塔が建ってるあそこか。天気が良いと見滝原からでも偶に見えるよね」

さやかは、その隣町に関する予備知識を少しだけ持っているらしい。
まどかとほむらは、名前も聞いたことが無かったので特にコメント出来なかった。

「その町の御当地ヒーローをモチーフに作られたお守りらしいですよ」
「なんて言ったかな……たしか、『仮面ライダー』だっけ?」

かめん、らいだー? と顔を見合せてみるほむらとまどかだが、知らないモノは知らないのだ。

「種類があるってことは、御利益も違うの?」

このままエコの町の話題を続くと台詞が無くなってしまう……などと考えた訳ではないだろうが、まどかが口火を切ってお守りについて尋ねてくれた。
ほむらとしては、多分あのまままどかと顔を見合わせ続けるだけでもそれなりに幸せだったのだろうが。

「とりあえず、灰色が恋愛成就ですわ」

このお守りを作成した人間は、何故灰色などという一番恋愛から遠そうな色を恋のお守りに選んでしまったのだろうか。
……そんなことはどうでもいい。

「仁美ちゃん、私がその灰色を貰っても良い?」
「パンツマンにまどかを取られるぐらいなら、まどかを殺してあたしも死ぬわ!」
「貴女は鹿目まどかのままで居れば良い……!」
「そこまで言わなくても!?」

おそらく、さやかもほむらも本気で言っているわけではないはずだ。
ほむらはよく解らないが、さやかには腕を悪くした幼馴染という恋人が居るはずなのだから。
ただ、ほむらの言葉には、人間は人間のままで居れば良いと言い放つカミサマのような威圧感が漂っていた。
冗談だよね? とまどかも思ってはいるのだが、何だか聞くのが怖かったので黙っておいたのだった。

そして、さり気無く灰色のお守りを懐に入れる仁美は、ちゃっかりしていると言うべきか。
渡す気が無かったなら、始めから自分用に確保しておけばよかったものを……

「それで、他のは?」
「黒は、探し物が見つかるそうです」
「他のを聞いてからにしたい、かな」

暗にそのお守りの御利益は微妙だ、という含みを持たせたまどかの発言だったが……他のメンツも同意らしく、仁美は次のお守りを指さす。

「赤いお守りは、持っている人は死なないらしいですわ」
「貰ったら逆に死亡フラグが立っちゃう、ような……?」
「あたしも死ぬ予定は無い、かなぁ……こっちの緑は?」

原作的な意味では、さやかには実は死ぬ予定があったりするのだが、それはさておき。

「緑は、自分自身じゃなくて大切な人に加護があるみたいです」
「じゃぁ、私が緑で、ほむらちゃんが赤を持てばカンペキだね」
「「「……?」」」

緑のお守りの効果は、あまりお守りとして一般的なものではなかったが……まどかは何かを納得したような得意顔をして見せる。
他の三人は当然、その意図を計り兼ねてまどかに視線を集めていた。

「だって、そうすればストーカーさんが居てもほむらちゃんは安心でしょ?」

屈託のない笑顔でそう言い切るまどかを見ての、三人の反応は三者三様であった。
美しい友情に感動している仁美は、常識の範囲内である。

「だとさ。転校生、まどかの『大切な人』だって言われちゃってるぞぉ?」

ニヤニヤ、という擬音が非常に良く似合う表情を浮かべたまま、隣に座るほむらを肘で小突くさやかも……一応常識の範囲内なのだろう。
だが、照れながらほむらの顔を窺ったまどかが見たものは……

「……貴女は、どうして、そんなに……!」

涙。
暁美ほむらが、大粒の涙を流して、静かに泣いていた。
釣られてほむらの方に視線を向けたさやかと仁美も、その様子を見て一瞬だけ思考を止めてしまう。

「転校生、そんなにストーカーが怖かったのか……」

違う……そう切り出すことを、ほむらは、しなかった。
ほむらに関する記憶が無いはずのまどかが、深い意味合いを込めてそんな発言をしたのでないことだって、ほむらにも解っている。
それでも、勘違いや無意識にだとしても、まどかがほむらを大切な人として扱ってくれたことが……どうしようもなく、感情を急かす。

……まどかだけじゃ、無い。

いつの間にかほむらの手を握っていたのは、3人分の手。
まどかを守るためならと、ほむらが切り捨てる覚悟を勝手に決めていた人たちの、暖かい手がそこにはあった。


『もう誰にも頼らない』
そう決意したはずの心が、少し、ほんの少しだけ、揺さぶられる。
何かが、狂い出した……



・今回のNG大賞
「実は私の正体は、まどかの娘よ。22年後の未来から来たの。本名は上条あけみと言うわ」
「上条って、まさか上条君が私の運命の人!?」
「鹿目さん……その命、神に返しなさい……!」
「この淫乱ピンクがああああああっ!!!」

美樹さやかに首を絞められながら、志筑仁美による鹿目まどかの腹パンドラムの演奏が、ファミレスに鳴り響いたという……
そして、暁美ほむらさんは望み通り『まどかを助ける私』になったそうです。

女の子って怖いネ!


・公開プロットシリーズNo.7
→原作さやかによると、ほむらとさやかは似ているらしい。



[29586] 第八話:彼女には72通りの称号があるからな
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 03:54
「会長、『暁美ほむら』の関係者を名乗る人物が面会を求めています。許可しますか?」
「通したまえ!」

何の変哲もない、平日の昼下がりのことだった。
鴻上ファウンデーションの会長である鴻上光生が、会長室においてケーキを作るという不思議な日課に励んでいた時に、その知らせは届けられたのだ。
秘書を通して伝えられた案件に対して会長が即答を返すこともまた、この場所においては頻繁に見られる光景の一つに過ぎない。

『暁美ほむら』といえば、先日の見滝原中央公園前ライドベンダーの襲撃事件において、重要参考人とされている人物である。
メダル絡みの存在である可能性が非常に高いために警察にこそ届けられていないが、鴻上会長の有能な部下が暁美ほむらの監視任務に付いているはずだ。
その少女の関係者が鴻上会長に面会を求めるとすると……用件についてのおおよその想像は付くというものである。

「お、お邪魔します……」

来訪者は……桃色髪の、女子中学生一人。
いわずと知れた、魔法少女アニメの主人公様に相違ない。


どうして、こうなったのだろう……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第八話:彼女には72通りの称号があるからな



時刻は、第七話の末尾にまで巻き戻る。
ファミレスを出て愉快な友人たちと分かれた後、鹿目まどかは自身の中に溜まった違和感の正体について考えを巡らせていた。
あのお守り談義のあと、ほむらは断固として譲らずに緑のお守りを欲し、結局まどかとさやかがそれぞれ赤と黒を手に入れることで落ち着いたわけだが……

「ほむらちゃんの大切な人が、ピンチなのかな……?」

ほむらが欲しがった緑色のお守りの効果は……持ち主の大切な人を災厄から守ること。
そして、先ほどからまどかの頭の中で、何かが繋がりそうで繋がらないという気持ちの悪い感覚が沸き起こり続けている。
自身は既に答えを得ているはずなのではないか、という取り留めのない疑念が、思考の隅から消えない。

考えてみれば、暁美ほむらという少女は、鹿目まどかにとっては違和感の塊のような存在であった。
英才教育でも受けているかのような学業成績や運動能力にはじまり、日常生活が好きかと聞いてきたり、名前が格好良いとまどかに言われれば唇を噛みしめて見せたり……

『もしかして、暁美さんは実は会長の隠し子だったりするんでしょうか?』

まどかの中で、何かが一本に繋がった……そんな気がした。
仁美の何気ない一言を聞いた時は、また仁美特有の妄想だとばかりに思っていたのだが、気付いてしまった後ではその言葉の重みが全く違って感じるのだ。
『暁美ほむら』という名前が偽りのものであるとすると、その理由としては順当な線ではある。
そして、鴻上ファウンデーションの社員が隠れてほむらを護衛しなければならないような事情が、今現在において存在するとすれば……

「友達の家の事情に口を挟んじゃダメだよね……」

昨日今日に出会ったばかりのまどかが口を出して良いことでは、無いのかもしれない。
誰かに嫌われるのは……とても怖い。

『手を伸ばせるのに伸ばさなかったら、死ぬほど後悔する』

不意に、熱に浮かされた頭がぼんやりと聞いていた、火野さんの言葉が思い出される。
帰路を歩くまどかの足が……止まった。

周囲の誤解も恐れずに泣いている子の元に走り寄れる、そんな勇気は、まどかには無い。
まどかは、泣き叫ぶまどかの元に半裸のまま駆けつけてくれた火野映司のような強い人では、ないかもしれない。

「でも……」

ほんの冗談で『大切な人』と言われただけで泣きだしてしまう暁美ほむらの背後には、とんでもない過去が隠されているのだと、鹿目まどかの深層心理が叫んでいた。

一大財団の会長ともなれば、その身を狙う人間が居て然りである。
そして、会長がその親族を隔離したり隠したりすることもまた、有りそうな話だ。

まどかの勘違いだったなら、それが一番良いことだ。
後に笑い話のタネにでもしてしまえばいい。

ただ……ほむらの涙を見なかったことにするのは、嫌だ。そう、思えた。思ってしまった。

決意がようやく、固まる。
そして、自分が何をするべきか、その指針が立った気がした。
止まっていた足が自然と動きだし、鹿目家への道筋を辿る。
まずは母親から鴻上ファウンデーションの本拠地の場所を聞いて、動き出すのは明日の放課後だろう、と頭の枷が外れたように思考が回り始める。
幸いにして、翌日は午前授業だけの曜日であった。

この年頃の少女たちの成長は……ひょっとすると、周囲の大人が思うよりもずっと、駆け足なのかもしれない。
ただし、成長の方向が正しいかどうかは未来になってみないと分からないことが多いのを忘れてはいけないが。



予定通りに翌日の放課後に鴻上ファウンデーション本社ビルを訪れたまどかは、受付嬢に『暁美ほむら』の関係者を名乗って会長への面会を試みたのだった。
結果、あっさりと許可が下りたため、まどかは会長への面会に成功したのである。
この時点で、まどかの疑念はほぼ確信の域に到達しようとしていた。
少なくとも、『暁美ほむら』が鴻上ファウンデーションにとって重要な人物と認識されていることは間違いない。

「暁美ほむら君の友人の、鹿目まどか君だったかね!?」
「はい。初めまして……」

凄く暑苦しい笑顔でまどかを迎え入れてくれる、鴻上会長。
そして、いったい何故この人はケーキを作っているのだろうか。
鹿目家の母親が鴻上会長のケーキ作りについてまどかに話したことがあったが、まさかその噂話が95割も事実を含んでいたなどと予想できたはずもなかった。
尚、95割というのは誤字ではなく、この部屋に貯まっているケーキの数的な意味である。
まどかをここまで案内してくれた会長秘書と思しき女性が、机の上に並べられた10ホール近いケーキの山を淡々と削り続けている光景が、気になって仕方がない。
あのケーキは全て鴻上会長が作ったものなのか、あんな量のケーキを食べても人間は平気なのか……気になり始めると、止まらないものである。

「どうぞ?」
「頂きます?」

まどかの視線に気づいた秘書さんが、気を利かせてケーキと紅茶を用意してくれた。
そんなに物欲しそうな表情をしていたとは、まどか自身は決して思っていないのだが、出されたからには有難く頂くのが礼儀というものだろう。
実はこの秘書の女性は辛党気味なので、まどかにもケーキを少し押しつけてやろうと画策していたりするのだが、それはさておき。
もちろん、1ホール丸々などという事は無く、常識的なサイズに切り分けられている。

四角い小皿に盛られた真っ白なケーキは、スポンジの中層にイチゴの混じったクリームの層が見える、至極一般的なものであった。
口に入れると程良い甘みとイチゴの酸っぱさが口に広がり、自然と頬も緩んでくるというものだ。
紅茶も苦すぎず渋すぎずの絶妙な時間を以って淹れられており、その芳ばしい香りがケーキの美味しさをより一層引き立てて……

「会長への用事、忘れてませんか?」
「ぶふぅっ!!?」

図星だった。
危うく、まどかの顔を正面から覗きこむ秘書さんの顔に紅茶を吹きかけてしまうところだったが、間一髪のタイミングで横を向いて回避したまどかだった。

「私のケーキが、そんなに素晴らしかったかね!?」
「はい、それはもう……ってそうじゃなくて!」

美味しかったのは確かだけど、話の腰を折らないで下さい、会長。

「暁美ほむらちゃん……って、ご存知ですよね……?」

その名前を出した瞬間もその直後も、会長と秘書の二人は、挙動不審と呼べそうな反応など全く見せなかった。
ただ、ケーキを作る手と崩す手を休めずに動かし続けている。

「彼女の全てを知っているとは言えない! だが、彼女は素晴らしい存在だよ!」

手を止めずに会長の口から出た言葉は……肯定と、称賛。
相も変わらずハイテンションを維持しつつ、社長はまどかの疑問に対する答えを少しだけ提示してくれた。
その顔に張り付いた笑顔の裏にあるものが何なのか、まどかには判別がつかない。

「鴻上会長にとって、ほむらちゃんはどういう存在なんですか?」

素晴らしい存在、という鴻上会長の言葉に聞き返す形で、まどかは質問を継ぎ足してみる。
ほむらが家族と不仲かもしれないという疑念は既に殆んど晴れているために、その口調は先ほどまでより少しだけ、落ち着きを取り戻しているようだった。

「今はそれを伝える時ではない。だが、強いて言うなら、このケーキを贈るに相応しい相手だよ!」

ぶっちゃけ、この会長は誰彼構わずにケーキを送りつけることがあるので、その情報はあまり参考にならないのだが……まどかはそんなことは知らない。
誕生日を祝う定型句の添えられたケーキを見て、素直にケーキの用途を類推してしまったのだ。
バースデイケーキを贈る相手として、家族というものを第一候補に考えてしまうのは、まどかが今まで生きてきた世界においては当たり前のことだったという事情もあったりする。

「……鴻上会長に、お願いがあります」
「言ってみたまえ!」

だからこそ、まどかの中で勘違いが確信へと昇華してしまったのも……まぁ、仕方のないことだということにしておこう。
この厳つい会長から、あのほむらがどうやって生まれたのか? ぐらいには疑問に思っているのかもしれないが。

「そのケーキをほむらちゃんへ……私から届けさせてください!」
「彼女へケーキを届けたいというのも、一つの欲望だよ! 素晴らしいっ! 新しい鹿目まどか君の誕生だよ! ハッピーバースデイッ!」

ケーキを直方体の箱に収める会長の姿を見ながら、まどかは秘書さんにケーキのお代わりを貰おうかと考えを巡らせるのであった……




一方、登場することすら久々の感のある、オリ主こと少女ヤミーはと言うと、

「魔法少女は見たってヤツですか……まったく、ワケが解らないです」

またしても、物陰に隠れていたりする……
狭いところや暗いところが特別に好きなわけでは無いのだが、役回り……もとい巡り合わせの問題である。

「ハァッ!」
「ニ゛ャァッ!」

少女ヤミーが様子を窺う先に居る人物(?)は、肥えに肥えた一匹の猫型ヤミーと、その敵対者たちだった。
例の信号男と腕怪人のコンビである。
先日、薄暗いビルの上階で少女ヤミーを追跡していた二人に違いない。
緑に彩られたその脚から繰り出されるキックの威力は恐るべきものであり、デブ猫ヤミーの身体を構成するセルメダルを徐々に剥ぎとっていた。

「助けるべきなんでしょうか、っていうかそもそも、助けられるんでしょうか?」

デブ猫ヤミーを助けるべきかどうか、という点でまず一つの選択の段階があった。
自分自身以外のヤミーを初めて見る少女ヤミーにとって、デブ猫ヤミーを助けた方が良いのかもしれないという思考は確かに存在した。
だがしかし、「ヤミーは助け合いでしょ!」などと言って戦闘に介入してセルメダルの山へ変えられては、飛んで火に入る夏の虫である。
一応蝙蝠の怪人であるトーリは、創造主のウヴァさんと違って虫ではないのだ。

話を戻すと、敵は信号男だけでなく、今は静観している腕怪人だって居る。
しかも、偉そうに信号男に命令しているところを見ると、信号男より強いのかもしれない。

「むしろ、戦闘後に一般人のフリをしてセルメダルを拾いに行くのもアリなんじゃ……?」

まさかの見殺し説浮上である。
ヤミーの行動理念はセルメダルを得ることなので、あながち間違っても居ないが。
仮にも主人公が、その思考回路を持っているのは……どうなんだろう?

『スキャニングチャージ』

少女ヤミーが迷っている間にも、オースキャナーがデブ猫ヤミーのゴールは絶望だと高々に宣言していたりして……



・今回のNG大賞
「転校生、今日もどっか寄って行こうぜ」
「ええ」
「それと、まどかは今日は別の用事があるってさ」
「えっ……?」

ほむらからの視線に、まるで段ボール箱の中の子猫のようなイメージを抱いたまどかだったが……固い決意が揺るがされるには至らず、さやかに手を引かれるほむらを見送ったのだった。
がんばれほむほむ!

・公開プロットシリーズNo.8
→欲望と願いはどちらも相対化された概念

・人物図鑑
 コウガミコウセイ
財団の会長。その性質は肯定。全ての生誕を祝福することに執念を燃やし、ただケーキを作り続けるが、彼の部下にケーキを喜ぶ者は居ない。彼を倒したくとも、世界中から産声を消し去ってはいけない。新たに産まれるものが無くなれば、彼は新しい宇宙が誕生したと錯覚するだろう。



[29586] 第九話:灼熱地獄の黄祭
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 03:56
そもそも、少女ヤミーは何故この場に居るのだろうか?

その理由は、ほむらによるキュゥべえ殺害事件の時まで遡る。
キュゥべえの死によって、少女ヤミーの行動指針に大きな変化が生じたのだ。
それは、少女ヤミーが魔法少女を増やすという大きな目標が失われてしまったことである。

契約を司るキュゥべえが居ない以上、少女ヤミーは魔法少女を増やすことが出来ない。
従って、少女ヤミーを構成するセルメダルも増えることは無くなる……かに、思われた。
ところが、キュゥべえが殺された後にも少女ヤミーのセルメダルは増加を見せたのである。
その件に関して、魔法少女が魔女と戦うとセルメダルが増えるのだろう、と少女ヤミーは当りを付けている。
そこで更に事態は進展し、ワケの解らない信号男や腕怪人まで出張って来て、どうやらヤミー狩りを目論んでいるようだ。

「魔法少女の敵が魔女だから、魔女の敵である腕怪人たちは魔法少女の味方……なんでしょうか?」

予想外の事態が起こりすぎたことに困惑した少女ヤミーは、二つの仮方針を持つことにした。
一つ目は、魔法少女が魔女を倒す現場を押さえて、地道にセルメダルを増やすことである。
そして二つ目は……少女ヤミーのお父さんことグリードのウヴァを見つけて指示を仰ぐというものであった。

「そして腕怪人たちの敵がヤミーだとすると、彼らはワタシの敵と味方のどちらなのか……」

だが、そのどれを取るにしても魔女・魔法少女・グリードの何れかを見つけなければ話にならない。
そこで、地道に近隣住民への聞き込みを使って怪しい奴が居ないかと情報を集めたところ、飲食店や食料品店が襲撃されているという異変を耳にしたのである。
聞き込みの過程で羽を畳んで隠して人間に成り切るというスキルを身につけたのだが、それはさておき。
魔女絡みだと良いな、と喜び勇んで騒動の近くまで辿り着いた少女ヤミーが見たものは……

『スキャニングチャージ』

少女ヤミーが危険視する信号男と腕怪人が、太りすぎた猫のヤミーを追い詰めている現場であったのだった。
腰部に付けられた信号機としか思えない装飾品に何やら操作を加えた信号男が、不思議な音声とともに空高く跳び上がる。
赤黄緑の三色のリングが何処からともなく出現し、道筋を示すその輪を潜るごとにデブ猫ヤミーへ向かって加速する跳び蹴り……の、はずだったのだろう。

「あれ? 生きてる……?」
「お前を邪魔した奴が居るんだ」

ところが、何者かがその道筋の中にいくつもの人間大の石柱を投げ入れ、加速の邪魔にかかったようだった。
充分な加速を得ることが出来なかった信号男の跳び蹴りは、デブ猫ヤミーを仕留めることが出来なかったのである。

「カザリ……お前だな?」
「久しぶりだね、アンク」

乱入者は少女ヤミー……ではなく、ドレッドのような頭の目立つスマートな猫怪人であった。
サイズはもちろん、人間大である。
腕怪人によると、その痩せ猫の名前はカザリというらしい。ついでに、腕怪人の名前はアンクだそうだ。

「こそこそ付き纏っているとは、お前らしいな」

腕怪人の台詞に一瞬だけ冷やりとさせられた少女ヤミーだが、自身のことではないと解って胸を撫で下ろす。
まだ、その存在は感知されていないようだ。
おそらく、ヤミーをいつでも見つけられるというわけではなく、セルメダルが生産された直後のみにその存在を感じられるのだろう。

「人間に寄生するヤミーはお前のお得意だったか」

先日薄暗いビルの中で見つけ損ねたヤミーの情報も思い出しながら、アンクがデブ猫ヤミーに視線を向ける。
そこには、付近に倒れていた肥満の目立つ青年の身体の中へと入り込むデブ猫ヤミーの姿があった。
おそらく彼が、デブ猫ヤミーの『親』なのだろう。
質量を無視しているとか、そんなことは絶対に気にしてはいけないに違いない。
もっと食べ物を、と呻きながら逃亡を図るデブ猫ヤミーを追おうとする信号男に対してカザリが起こした行動は……突風を発生させることだった。

「うわっ!?」
「気を付けろ! そいつは取り戻しに来たんだ……!」

突風に耐えきれずゴロゴロと地面を転がる信号男に、注意を呼び掛ける腕怪人。
そして、信号男の腰部の装飾品を指さしながら、忌々しげに言い放つ。

「その一枚は、奴のコアメダルだからな」
「コアメダル? じゃあ、コイツはグリードの一人……?」

グリードという単語に、少女ヤミーは聞き覚えがあった。
記憶が正しければ、少女ヤミーの誕生時にウヴァが口にした台詞の中に同じ言葉が存在したはずである。
そして、警戒心を強める信号男の様子を見るに、グリードはヤミー以上の脅威であることは間違いが無さそうだ。


「コアメダルって、何でしたっけ……?」

そして、オリ主が動きを起こし辛い原因は、どう考えてもウヴァさんとキュゥべえの説明不足のせいである……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第九話:灼熱地獄の黄祭



「オーズなんて捨てて、僕と組まない? それは元々、僕らを封印するための存在じゃないか」

戦う気は無い、と前置きしながら、カザリはアンクへと新たな提案を指し示す。
それを見ていた少女ヤミーはと言うと……

「オーズって人がヤミーとグリードの敵? それなのにアンクって人がグリードみたいな? ……ワケが解らないです」

情報が整理できずに混乱の極みに居たりする。
グリードのくせにオーズを利用しているアンクが異端だというのが正解なのだが、情報が不足し過ぎて未だそこまで判断が及んでいない。

「僕と組んだ方が、メダル集めは効率的だよ」
「俺としても仕方なくオーズを使っているだけだ。何しろ、これだけしか復活できていない」

腕に付いた籠手のような装飾品をカザリに見せつけながら、まんざらでもないという事を示唆するアンク。
もしかして腕の方が本体なのか、という突拍子もない新案が少女ヤミーの頭の中に浮かんできたが、流石に有り得ないだろうとその考えを振りかぶって捨てる。
……大正解であったはずなのに。

「確かに人間は面倒くさい。お前の方がマシかもな」
「決まりだね。オーズはもう要らないなぁ」

一転して不利な状況に陥ってしまった信号男……もといオーズは、カザリとアンクの顔を交互に観察しながら状況把握に努めているようだった。
……それでも、おそらく少女ヤミーよりは現状を把握しているはずである。

「待て。グリードであるお前と組むのも、それはそれでデメリットはある。少し考えさせろ」
「解った。でも長くはダメだよ」

すぐには要求を飲めないと主張するアンクに対して、君は油断ならない、と言い残してカザリは颯爽と姿を消したのであった……


変身を解いたオーズもとい映司が、アンクに対してグリードに関する説明を求めていた。
そして、その説明に映司以上に期待を寄せる少女ヤミー。

「他にも、ウヴァ・ガメル・メズールの3人のグリードが居る。もし奴らのコアメダルが揃ってたら……」
「『世界を喰らう』だっけ?」

オーズが必ずしも必要では無くなったと言い放つアンクの言葉を皮きりに、人間の欲望に関する談義へと話が移り変わり、メダル関連の話題は終わってしまった。
その後、歩き去ってしまったアンクと映司の様子を見て、どちらを追うべきかと悩む少女ヤミーであったが、

「とりあえず、オロオロしてたオーズさんは頼りになりそうじゃないですね」

標的をアンクに定めたらしく、こそこそと隠れながら尾行を開始したのであった。
……のだが。
アンクがその後にとった行動はと言えば、ひたすら携帯端末を弄り続け、不審なことといえば通行人の持っていたアイスバーをこっそりと盗みとったことぐらいである。

「便利な世の中になったモンだ。空を飛びまわる必要も無い、ってか……」

携帯端末の出来栄えに感心したかと思いきや急に感傷に浸りだしたり、そうかと思いきや空を見上げたりと、少女ヤミーにとって有用な情報が何一つとして出てこないのだ。
上手くいけば少女ヤミーの創造主であるウヴァと落ち合うのではないかという希望的観測も、最早思い出す気も起こらない。

「アイス、お好きなんでしょうか……?」

どうでも良い情報しか出てこない、というより、対象が誰かと会話をしているのでなければ、言語による情報など出てくるはずがないのだ。
アンクの目の前に出て行って直接情報を引き出す手も考えては居るのだが、今一踏ん切りがつかない。
しかも、先ほどのカザリというグリードに加え、奇妙なバイクに乗った不審人物までもがアンクを監視しているようなのである。
尾行を始めるタイミングが遅かったことが幸いしてか、他の同業者に少女ヤミーの存在は気付かれてかったことが不幸中の幸いか。
どちらにせよ、少女ヤミーが出方が解らずに途方に暮れていたのは変わらなかったり……

結局、アンクが付近の飲食店前で映司と合流するまで、有効な情報を何も得ることが出来ないまま少女ヤミーは尾行を続けてしまったのだった……


「疑い深いグリードは、その疑いから裏切り、メダルを狙う。馬鹿でも面倒でも、人間の方がまだマシだなァ」

映司とアンクの合流場所に現れたカザリはアンクの協力を期待していたようだが……アンクはオーズと共に行動するという。
どうやら、カザリがアンクの周囲を嗅ぎまわっていたのがお気に召さなかったらしい。

『タカ トラ バッタ』
「変身!」

アンクから映司へと3色のコアメダルが投げ渡され、それをベルトの溝へと素早く差し込んだ映司が変身を遂げる。
古代の戦士オーズへと、その姿を変えたのだ。
相も変わらず歌が無いのは、勘弁していただきたい。
決して作者にタトバコンボを貶める意思など存在しないのだが、飽く迄利用規約との兼ね合いで削除せざるを得ないのである。

「それに、もう一つ良い忘れてたことがあったか」

変身直後のオーズに跳びかかるカザリに対して、まるでどうでも良いことであるかのように、アンクは言葉を続ける。
カウンター気味にトラクローを突きだすオーズにそれ以上の速さの先制攻撃を加えようとしていたカザリは、アンクが続けた言葉を意識の隅で聞きながら……空中で急減速するという珍しい体験をしていた。
決して、カザリが突如として空中戦能力に目覚めた訳ではない。

「グリードに対抗できる『人間』は、オーズだけじゃない」

突如響いた銃声と共に、カザリの身体を横殴りの衝撃が襲ったのである。
しかも、その胴体にオーズの両手のトラクローが的確に突き刺さるというダブルパンチをお見舞いされたりしていた。
それでも何とかオーズの胴を蹴って自らの体に刺さった異物から離れる選択肢を取れたのは、流石と言うべきか。

オーズの片側3本ずつの爪が抉りだしたモノは……『4枚』のコアメダル。
コンボ用の3枚に加えて、チーターのダブりが出ているという大儲けである。
本来の歴史ならば付いてこなかったライオンコアに加えて、奪われるはずだったカマキリコアも無事という原作乖離ぶりを見せていた。

「コイツは儲けたなァ!」
「くっ……!」

捨て台詞を残す余裕も無く全力でその場を離脱するカザリの背を見ながら、少女ヤミーは周囲を見渡す。
何らかの遠距離攻撃によってカザリが撃ち落とされたのだということは推測出来たのだが、その攻撃が何処から来たのか解らなかったからである。

「上出来だ」
「助かったよ、ありがとう」
「お役に立てて嬉しいです」

オーズとアンクが言葉を向けた先に現れたのは……少女ヤミーの知る、魔法少女であった。
どうやら、アンクか映司のどちらかが携帯端末からの連絡で呼び出したのだろう。
物騒な銃を片手に下げた魔法少女の姿が、そこにはあった。

「じゃあ、このままヤミーの所に行ってくるよ」
「儲けてこい!」
「助けが必要になったらまた呼んでくださいね。大丈夫そうですけど」

変身を解かずに近隣の飲食店に居るであろうデブ猫ヤミーの元へ走り出すオーズの背中を見送る二人は、最早オーズの勝ちを信じて疑っていないように思われた。
マミとしては、ソウルジェムの濁りの増加を気にせずに使い魔を倒すことはあっても、オーズが居る状況ならば出来る限り温存したいというのも本音であったりするのだ。

「それで、ネズミ狩りでしたっけ? 猫さんはもう居ませんけど」

オーズを送り出したアンクに向かってマミが口にした、不穏な単語。
既に嫌な予感が、少女ヤミーの脳裏を駆け回っている。

「出てこい、クソガキ。そこで見てるのは分かってんだ」

アンクさんの目付きの悪い視線が捉えている方向に隠れているのは、少女ヤミーしか居なかったり……



・今回のNG大賞
「会長! オーズを監視していたら、二人目の不思議少女を発見しました!」
「未確認生命体B2号の誕生だよ! ハッピーバースデイッ!」

・公開プロットシリーズNo.9
→アンクならマミをこう使う……はず?

・人物図鑑
 カザリ
猫科の怪王。性質は傲慢。貪欲に力を欲し、他者を利用することを躊躇わない。全ての生命を平等に見下し、その上に立とうと目論む。狗尾草を持って行けば簡単に気を引くことが出来るだろう。



[29586] 第十話:treasure sniper――殺してでも奪い取る
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:30
「出てこい、クソガキ。そこで見てるのは分かってんだ!」

アンクが恫喝した先に隠れている人物は……少女ヤミー以外に有り得ない。
周囲を見渡すという現実逃避をしてみても、少女ヤミーを取り巻く世界は変わらなかった。
ただ、オーズとカザリの戦いによって地面に散らされたセルメダルが光るのみである。

「言っておくが、逃げられると思うなよ? その瞬間にコイツの持ってる銃がお前の背中をぶち抜くからなァ!」
「人間相手にそんな物騒なことはしません!」

少女ヤミーは、頭を抱えて必死に行動案を導き出そうとしていた。
素直に姿を現した方が良さそうだが、正体を聞かれたら何と答えれば良いのだろう?
もし「私は悪いヤミーじゃないですよ」などと弁解を試みたとしても、次の瞬間には頭に風穴が開いていそうである。
ひょっとすると、「通りすがりの魔法少女です! 覚えておいてください!」ぐらいに高圧的に出た方が良いのかもしれない。

……逃げようとしたら、どうなるだろうか。
アンクは、黄色い魔法少女が少女ヤミーの背中を打ち抜くと言っている。
黄色い魔法少女は人間相手にそんなことはしないと言っているが、その微笑みの裏にどす黒い何かが見えるような気がするのだから、人間の疑心暗鬼というのは不思議なもので……。

「……人間?」

その手があったか、とばかりに心を決め、両手をあげてゆっくりと少女ヤミーはマミ達の前に姿を現す。
相手がこちらを人間だと思っているのなら、それを利用しない手は無いに決まっている。
先ほどマミが魔法を使った際に少女ヤミーのセルメダルが増えて居場所がバレたのかと思ったが、そうではないようだ。
近くでもっと膨大な勢いでセルメダルを増やしているヤミーが居るために、その気配に紛れて少女ヤミーのささやかなセルメダル増加に気付かなかったのだろう。

「な、なんなんですか? 貴方達は……さっきの三色さんとか、猫さんとか、ワケが解らないです……」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十話:treasure sniper――殺してでも奪い取る



少女ヤミーは選択肢を、一般人のフリと魔法少女名乗りの二択にまで狭めていた。
羽を畳んで隠すという技能を身に付けた少女ヤミーは見かけ上はただの人間と変わらないため、ヤミーという素性を隠すことが出来るのだ。

「貴女は『魔法』か『メダル』の関係者かしら?」

まだ一週間も生きていない少女ヤミーは、一世一代の特大カマトトをかまそうかと思考を巡らせる。
とぼけるならば『ゲームセンターにでも行くんですか?』とでも聞き返せば、この場は逃げ切れるかもしれない。
だがしかし、その場合には、このグループと今後関わっていくことが難しくなるというデメリットが発生するのだ。
ならば、この二人のいずれかの利害に絡む存在であることをアピールしなければ、近くを嗅ぎまわる時に不自然に思われてしまう。

「一応、魔法少女をやってます」

一般人騙りへの未練を若干残しつつ、少女ヤミーは魔法少女名乗りを選んだ。
その言葉に若干の驚きを含んだ表情を向けながら、マスケットの銃口を下げてくれる黄色い魔法少女を見て、少女ヤミーは内心ほくそ笑んでいたりする。
一旦関係者だと思われてしまえば、相手の手の内を探って利用することなど赤い手……ではなく、赤子の手を捻るぐらいには簡単であるのだから。

「へぇ、魔法少女サマが俺達に何の用だ?」
「騒がしいと思って駆けつけたら貴方達が居たので、しばらく前から後をつけて様子を見てました」

嘘は言っていない。
人外が暴れているという情報だけを頼りに見つけた存在が、たまたまアンクたちだったのである。

「アンクさん、それより先に聞くことがあるでしょう」

質問を続けようとしたアンクを制して、マミが口を挟む。
一方、そのマミから質問されるであろう内容に全く心当たりのない少女ヤミーは、ネガティブな未来を幾つか思い描いていたりする。
具体的には、キュゥべえ射殺現場に居合わせていたことを気付かれていたとか、ヤミーであることを看破されていたり、など。

「貴女の名前を聞かせてもらえないかしら?」

ところが、巴マミの質問は……少女ヤミーの想像の斜め上を射抜いていた。
まだ、頭部を物理的に射抜かれていないだけマシと見るべきだろうか。
かけられたのは、とある有名な魔法少女がOHANASHIする際に使ったと伝えられている、魔法の言葉である。

「名前……?」

私は巴マミでこっちはアンクさん、そう自身らを紹介するマミは、まさか想像もしていないだろう。
目の前に居る少女ヤミーに、名前が無いなどという事は。
少女ヤミーの背中に隠された羽が、だらだらと流れる気持ちの悪い汗に湿り始める。
まさかここで「言えません」とでも抜かそうものならば、不信感は決定的となってしまうだろう。
だがしかし、予想外すぎる質問に対して、何か良い名前が突然浮かぶはずもない。

「どうした? 早く言わないとおっかないお姉さんがお前の頭に風穴を開けたくてウズウズしはじめるぜ?」
「さっきから何なんですか!? 私がまるで快楽殺人者みたいじゃないですか!?」

アンクの煽りを受け続けていたマミの突っ込みが少しずつ激しくなっているなどというどうでも良いことを考える程度には、少女ヤミーは現実逃避を望んでいた。
どうしよう。
ああ、今日は空が碧いなぁ。
うん、空が碧かったら仕方ないよね。
某河落ち脚本家のもう一つの得意技が炸裂しても良いよね?

「実は私、記憶が無いんです。名前も含めて、ここ数日より前のことは覚えてません」

嘘は……言っていない、はず。
先日生まれたばかりのヤミーには、それより前の記憶など持っていないのだから。

――胡散臭ぇ……

アンクの細められた目がそう言っているのが、少女ヤミーには瞬時に感じられた。
人の良さそうなマミでさえ、アンクと少女ヤミーの姿を交互に眺めながら状況を窺っている始末である。
信用されていないとしか思えない。
もしかすると、MOVIE大戦2011辺りの世界に居るアンクさんなら信じてくれたかもしれないのだが。

「ま、まぁ、最初から疑ってかかっちゃいけないわよね」

咄嗟に少女ヤミーをフォローしてくれる巴マミの姿は、頼り甲斐があるというよりはたどたどしいと言わざるを得ない。
というか、反応が出遅れ過ぎている辺り、マミだって疑っていることは間違いないのだ。
本音と建前を使い分けるという仮面の取捨選択が、まだ完全に体得できていなかったというだけの話で。
……だからこそ、巴マミが少女ヤミーに対して魔法少女の『証明』を求めるのもまた、必然と言えた。

「とにかく、貴女のソウルジェムを見せてくれない? 魔法少女なら必ず持っているはずだから」

――ソウルジェム……?
少女ヤミーの、知らない単語であった。
こればかりは、魔法少女なら必ず知っていると言い切れる程度には常識のはずだったのだが、少女ヤミーには解らない。
キュゥべえから、全く何も聞かされていないのだから。

「ええと、ソウルジェムって何でしたっけ……?」

他人にモノを尋ねることをあまり恐れない所は、もしかするとウヴァさんに似たのかもしれない。
解らないものを解らないと言える能力は、時に称賛されるべきものであるのだ。
……ただし、飽く迄『時に』でしか無いことを忘れてはならない。
場合によっては、マスケットを持ったおっかないお姉さんに不信感130%の視線を向けられる結果を招くことだってあるのだ。
心なしか、銃を握る手の握力が強くなったような気配さえしてくる始末である。
特に、アンクとアイコンタクトを交わすのはやめてほしい。少女ヤミーの精神衛生的な意味で。

「多分、名前を知らないだけで、どういうものか説明してもらえば、見せられると思います!」

少女ヤミーの精神力ゲージが、ガリガリと音を立てて削られている。
それはもう、現在別の場所でチーターレッグの連続蹴りを受けているデブ猫ヤミーさんに親近感を覚えても良い程度には。
尚、オーズとデブ猫ヤミーの戦闘は全面的にカットする予定なので、デブ猫ヤミー氏はもう二度とこのSSに登場することは無いだろう。
黄色のコンボを使えるオーズが序盤の敵相手に俺TUEEする場面を適当に想像していただければ、デブ猫ヤミーもきっと本望に違いない。
……合掌。

そんなことはどうでも良いんですよ。

「こういう形の宝石よ。持っているわよね?」

巴マミが手のひらにおいて見せたモノは……黄色い卵型に格子のような装飾が付けられた宝石だった。
全体的に綺麗な黄色の輝きを放っているが、端の辺りに少しだけ黒く濁っているような部分が見られる。

「……すみません、見たこと無いです」
「俺が許す。そいつを撃ち殺せ」
「アンクさんはちょっと黙っててください!」

アンクは、意地でもマミにマスケットをぶっ放して欲しいのだろうか。
こっそり尾行したことがそんなに不快だったんですか、と聞けるような雰囲気でも無いので聞けないが。

「じゃあ、武器は? 魔法少女なら、何かコンセプトが決まった武器を出せるはずよ」
「はい! 羽が使えます!」

信じてもらえる最後の希望が見えたとばかりに、少女ヤミーは背中に収納してあった黒い羽を、展開した。
展開して、しまった。
羽を見せてから、少女ヤミーは自身の迂闊さに気付いて顔を蒼くする。
なんだか自分の羽は外見が『武器』っぽく無いのだが、これは本当に巴マミが言う魔法少女の『武器』のカテゴリに含まれるものなのだろうか?
むしろ、ヤミーという人外の持つ身体的特徴と言われた方がまだ納得できる代物である。
いや、キュゥべえ母さんだって武器って言っていたんだから……でも、あの人は常に説明不足だし……

「大層な羽だなァ。ソイツで空は飛べるのか?」
「はい、出来ます……」

その羽を見たアンクの目の色が変わったのが、更に恐ろしい。
まさか、同型のヤミーを見たことがあるとでも言いだすつもりなのだろうか。
戦々恐々とする少女ヤミーに向かって歩みよるアンクの形相は……やはり不気味である。
思わず後ずさる少女ヤミーの腕を掴み、その瞳を真っ正面から覗きこんだアンクが発した台詞は、

「お前、俺のモノになれ」
「……!?」

ぶっ飛んでいた。
むしろ、色々なものをぶっ飛ばしていた。

「わ、ワケが解らないですっ!」
「お前が便利そうだから、お前の身体を俺のモノにするって言ってんだ」

衝撃発言にも程というものがある。
油断すると脚から力が抜けそうになるという珍しい感覚を味わいながら、少女ヤミーは体中に襲い来る悪寒と戦っていた。
先ほどまでとは違う危機感……具体的には乙女と貞操のピンチで凌辱チックなXXX版的展開を思い描いて体を震わせていたのだ。
しかも、のっけから便利な女扱いとは恐れ入る。

「ごめんなさい! 出直してきますっ!」

咄嗟にアンクの手を振り払い、少女ヤミーは展開していた羽を最大限に活用して、一目散に空へと逃げていく。
その航路がどこか覚束ないのは、先ほどのアンクからの申し出が余程衝撃的だったからなのだろう。

「おい、待て!」

その背に手を伸ばそうとするアンクだが……その爪先を一発の銃弾が掠め、動きを止めさせる。

「最っ低……!」

巴マミがアンクに向けて、愛銃ことマスケットを発砲していたのだ。
それはもう、額に青筋を視認できる程度には怒りを見せながら。
ひょっとすると、今まで散々おちょくられて来たストレスも爆発したのかもしれない。

「女の子の純情を何だと思ってるの!? ツバメじゃないのよ!?」
「五月蠅い! 俺は少しでも強い身体が欲しいんだ!」

アンクは鳥類全般の王だったりするのだが。
そして、当然、というか読者の皆様は解りきっていたことだろうが、アンクの発言に性的な意味合いは一切含まれていない。
今現在アンクが借りている泉信吾刑事の肉体よりも強い肉体へ乗り移るという、軽いステップアップ程度のつもりでしか無かったのだ。
昔のように自由に空を飛びたいという羨望も、もしかするとあったのかもしれない。
その場合には泉刑事は死んでしまうので、実は巴マミのナイスセーブだったりするのだが、それはさておき。



「マミちゃんとアンクって、こんなに仲が良かったっけ……?」

ラトラーターコンボを使ってデブ猫ヤミーを始末し、体力を大幅に消耗してふらふらのまま帰ってきた映司が見た光景は、

「良かったわね! お望み通り、あの世でキュゥべえに会えるわよっ!」

戦場もかくやという強さの硝煙の残り香を身体全体から放ちながらマスケットを構えるマミと、

「映司ィィッ! 命令だ! 俺を助けろッ!」

狙撃拘禁されている情けないアンクの姿だった……



今回のNG大賞
「アンク、その魔女は……?」
「あのマミってガキだ。俺を撃ちまくってと思ったら、いきなりこうなったぞ」
「(しまった! バカなことに魔法を使い過ぎて……!)」

コンボも魔法も、計画的に使いましょう。

公開プロットシリーズNo.10
→オリ主の名前を決め忘れていたことには、作者は8話目執筆時ぐらいには気付いていたぜ!



[29586] 第十一話:その時歴史が狂った
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:31
「マズイ……早くまどかに接触しないといけないのに……」

キュゥべえことインキュゥべえターは、焦っていた。
否、感情が無い生命体を自称するキュゥべえさんに焦燥感があるかどうかは不明なので、急いでいるというべきか。

ワルズギル……ではなく、ワルプルギスの夜が来る前に、見滝原の近辺に居る魔法少女をあらかた死なせなければならないという事情もある。
だがしかし、その前にキュゥべえはまどかに接触しなければならないのだ。
最強の魔法少女にして最強の魔女となるべき存在、鹿目まどかに。

ところが、その短期目標は今のところ果たされてはいないし、果たされる見込みも無い。
主に、鹿目まどかの周囲を警備している暁美ほむらのせいで。
まどかに話しかけようと飛びだした瞬間に魔力弾で狙撃され、時間系魔術で死体を回収されてしまうというコンボの前には、流石のキュゥべえさんといえど苦戦を強いられるのは仕方がないことと言えるはずだ。

まず、現状打開の可能性としてキュゥべえが思い至った存在は、巴マミだった。
巴マミは暁美ほむらのことを身勝手な魔法少女だと思っているはずなので、上手くいけば暁美ほむらを倒してくれるかもしれない。
しかし、それを期待するにしても、キュゥべえは巴マミの前に出て行くわけにはいかない。
キュゥべえは一度巴マミの目の前で死んでおり、意識を共有する共意体キュゥべえがマミの元に現れた場合の反応を、キュゥべえは予想することが出来たからだ。
……大抵の場合、キュゥべえの生態にドン引くものなのだ。魔法少女というイキモノは。

「まったく、ワケが解らないよ……」

巴マミに関しては、彼女の活躍に期待はするものの、キュゥべえ側からの積極的な働きかけはマイナスになってしまう危険が大きい。
思わずぼやいてしまうキュゥべえさんを、誰が責めることが出来るだろうか。

次に思い至ったのは、ウヴァという頭の悪そうな怪人とその子を名乗るヤミーだったが……これも利用するのは難しいだろう。
ヤミーが物影に隠れながらキュゥべえの死に様を見ていたのを、キュゥべえは知っている。
彼女も人間離れしているが、それでも死なないキュゥべえを不気味がる可能性はかなりあると見た方が良さそうだ。

あとは、美樹さやかを契約させて外堀を埋めたり、近くの町から魔法少女を呼び寄せてけしかけることなどが考えられるが、とりあえず保留にしてあった。

……そんな時だった。
キュゥべえの目の前に、一世一代のチャンスが転がり込んできたのは。
なんと、鹿目まどかが暁美ほむらの監視を抜けて、たった一人で母親の勤める会社に出向いて行ったのである。
思わぬ形で、美樹さやかが役に立つこととなったのだ。
当然、キュゥべえはまどかとの接触を計画し、鴻上ファンデーションの入り口付近でまどかを待つことにしたのだった。
そして今まさに、受付嬢に礼を述べて帰路に就こうとするまどかの声が、キュゥべえの耳に届いた!
喜び勇んで、満面の素敵な笑顔を浮かべながらまどかの前に飛び出したキュゥべえは、

「初めまして、鹿目まどか。僕と契約して……きゅっぷいッ!?」

鹿目まどかの強烈なローキックを喰らった。
というより、歩いているまどかの脚元に飛び出したせいで蹴られた。

「何か聞こえた、ような……?」

周囲をきょろきょろと見回すまどかだったが、周囲に音源らしきものを発見することは出来ず、鴻上ファウンデーション本社ビルを後にしたのだった。
キュゥべえは、予期していなかった。
まどかが巨大なケーキの箱を身体の前方に抱えていたせいで、足元が死角になっていたことを。
蹴り飛ばされた揚句に回転扉によって建物の中まで引きずり込まれ、お掃除ロボットに小突かれるキュゥべえの残骸は、文字通りボロ雑巾の風格を呈していた……

「こんなのって無いよ……」

こんな台詞を吐くようになったキュゥべえさん……お前には本当は感情があるんじゃないのか。
暁美ほむらのせいで、近隣に使える肉体が底を尽きていたため、絶好の機会は川に落ちた仮面ライダーのような勢いで流されてしまったのだった。
予備の肉体を常に何体か用意しておこう、とキュゥべえさんが心に誓ったのは、言うまでも無い……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十一話:その時歴史が狂った



鴻上会長の秘書である里中エリカは、上機嫌だった。
理由は、先ほど会長室を訪れた少女・鹿目まどかである。
なんと、まどかは里中が次から次へと提供するお代わりを食べ続けてしまい、1ホール半もの量を削ぎ落したのだ。
どちらかと言えば辛いモノが好きな里中にとって、会長の作るケーキを消費する仕事が減るのは非常に有難い。
是非また来て欲しいぐらいだ。

そして、里中にはもう一つ嬉しい任務があった。
それは、火野映司とアンクの元へ、会長からの届け物をすることである。
その任務自体が嬉しいわけではなく、その任務中にケーキを崩す役目をライドベンダー隊の誰かが代わってくれるのが素晴らしいのだ。
鴻上ファウンデーションの所有する車両の後部座席に揺られて、戦闘後のオーズたちとの接触に向かった里中が見たものは、

「火野映司さんとアンクさん……で、良いんですか?」

銃創まみれの壁や床に囲まれて、ぐったりと倒れている成人男性二名だった……
ヤミーとの戦闘後らしいので、怪我ぐらいしていても不思議ではないのだが、いくらなんでも疲れすぎではなかろうか。
映司は初めて使ったコンボの疲労から、アンクはぶち切れた巴マミに追い回されて体力を使いきったことから倒れていたわけだが、そんなことを里中は知る由も無い。

「会長、火野さんとアンクさんは現在話せる状態では無いようですが」
『仕方ない! 帰って来たまえ!』

通信機越しなのに暑苦しさを伝えられるなんて、この財団の科学力はよっぽど進んでいるようだ。
残念そうなのにハイテンションという相変わらず謎すぎる会長に辟易しながら、里中はその場を後にしたのだった。
こちらもキュゥべえ同様、ファーストコンタクトには失敗したらしい……



ロリコン腕怪人から逃げ切ってようやく一息ついた少女ヤミーは、今後の身の振り方について考えていた。
巴マミと共に魔女を退治すれば、おそらく少女ヤミーのセルメダルは溜まる一方なので、普通ならばこの一択である
……そのはずなのだが、話はそこまで単純ではないらしい。
なんと腕怪人アンクは、ヤミーのセルメダルが増えた時のみ、ヤミーの存在を感知できるらしいのだ。
先日のCDショップ上階において少女ヤミーのセルメダル増加に反応したにもかかわらず、今回の接触では少女がヤミーであると気付かなかったことからの推測であった。
そして、少女の正体がヤミーであると知られたら……

『セイヤァッ!』

である。多分。
オーズが倒したヤミーのセルメダルを何らかの形で横領するのが一番平和的かもしれないが、それにしても巴マミが魔法を使う度に正体がバレる危機が来たのでは、たまったものではない。
つまり、少女ヤミーが安心してセルメダルを増やすためには、オーズとアンクを排除するか巴マミに魔法を使わせないという二択の何れかを選ばなければならない。

「何だか凄く理不尽な選択肢な気がするのは何故でしょう……」

正直に言って、不意打ちが余程上手く決まらない限りは、オーズとアンクを倒すのは難しそうである。
だがしかし、魔女という存在自体を否定する魔法少女である巴マミに、魔女狩りを控えさせる方法も思いつかない。
巴マミをこっそり始末するという選択肢も無いわけではないが、誕生日に出会った暁美ほむらの言葉が少女ヤミーの頭に響いていた。

『魔法少女になると、私達の魂は変質させられ、身体はただの入れ物に過ぎなくなる』

確かあの黒い子はそう言っていたはずだ、と少女ヤミーは記憶をもう一度洗い直してみながら情報を推理する。
肉体がただの入れ物に過ぎなくなるということがどういう内容を意味するのか、それが問題である。
まさか頭を吹き飛ばされても生きていたりはしないだろう。
だが、致命傷を与えたと思っても相手が生きていたという事態が起こりそうなところが、非常に恐ろしい。

ならば、まずは魔法少女に関する情報を得なければ何も始まらない。
……何処からその情報を得るのだろうか?

「お母さんは死んでるし……巴マミさんから直接聞くしかないみたいですね……」

というわけで、少女ヤミーは、今日も聞き込みに精を出すことにするのだった……
まず巴マミの居場所が分からないと話が始まらないようだったので。

巴マミの年齢は十代半ば程度のはずだろうと当たりを付けた少女ヤミーは、聞き込み対象の絞り込みを考え始める。
扶養家族である可能性の極めて高い年齢の少女のことを調べるには、生活用品店はやや望み薄である。
ならばどうするか。
同年代の子供に聞いてみれば良いのだ。
幸いにして、少女ヤミーはおおよそ中学生に見える外見をしているため、情報収集には困らない。

というわけで数分の散策の末に、近くを通りかかった桃色髪の女子中学生に話しかけてみることに。

「ちょっと窺いたいことがあるのですが、お時間宜しいですか?」
「うん、良いよ」

快く頷いてくれる少女は……なんと、原作主人公こと鹿目まどかであった!
若干のご都合主義が見える感が否めないものの、こういう事もあるのだろう。
身体の前面に抱えている大きな箱からは、仄かに甘い香りが漂っており、通行人たちの鼻をくすぐる。

「『巴マミ』さんって、ご存知ですか?」
「何処かで聞いた、ような……」

なんと、一発目から大当たりを引いたのかもしれない。
目の前に解り易くぶら下げられた希望という名の餌に、目を輝かせる少女ヤミー。
だがしかし、鹿目まどかは思い出せないものを無理やり思い出そうとしているらしく、腕を組んでみたり空を見上げてみたりするばかりで、一向に情報が出てきそうな気配がない。
実際、時間の巻き戻し的な意味で、思い出すことは不可能なのだが。

「ド忘れしちゃったみたい。ちょっと、友達に聞いてみるよ」
「お手間をかけてしまって、すみません」
「いいよ。困っているなら、放っておけないし」

良い人オーラを全快に醸し出している鹿目まどかの眩しさが、何故だか心に浸みて涙が出そうになった少女ヤミーだったが、怪しまれるのは嫌なので思考を抑えた。
正直に言って、少女ヤミーが今まで会った中では、間違いなく最も頼りになる人材である。
虫頭のお父さんに、胡散臭いお母さん、コミュ不全の黒魔女(?)、ロリコン腕怪人、トリガーハッピーなおっぱい要員……思い直してみれば、少女ヤミーが会話をしてきた連中は錚々たるメンツであった。
ここで『コイツは使える馬鹿だっ!』などというモノローグを入れるほど、少女ヤミーは外道では無い……という事にしておこう。

「その『巴マミ』さんの特徴って何か無いかな? 何か思い出しそうなんだ」
「金髪を巻いてるお色気要員で、銃を持つと引き金を引きたくなるタイプの人間のようです」

大体そんな感じ。
鹿目まどかがどんな人物像を作り上げているのか、少女ヤミーには分からないが、おそらく伝わっているだろう……と、思うことにしておいた。

「そんな人が知り合いに居たら絶対に忘れないような……?」

小首を傾げながらも、友達にメールを回して聞いてくれるまどかは、間違いなくお人良しである。
そして、興味津々な視線が少女ヤミーへと向けられていた。
巴マミという人のぶっ飛んだギャグキャラ補正も非常に気になるところだが、そんな人物を探している目の前の少女は何者なのだろうか。

A:通りすがりの魔法少女です。

「その巴マミさんって、もしかして怖い人?」
「いいえ、人に銃を向けるときでさえ笑顔を絶やさない素敵な人ですよ」

怖すぎるよ! という突っ込みを寸でのところで飲み込んだまどかだったが、目の前の少女ヤミーと巴マミさんの関係が気にならないでもない。
もっと言うと、困っているなら力になりたいとも思っている程である。
こんなお人好しは居るはずがないと言うなかれ。
全ての人間の悲しみを吸いつくす魔女になる程度には、彼女は慈悲深いのだから。

「銃が、凄く好きなんだね……」
「多分そうです。私は二回しか会ってませんが、巴マミさんは常に誰かに銃口を向けていましたから」

鹿目まどかの中で、まだ見ぬ『巴マミ』という人物像が、あらぬ方向へと真逆さまに捻じ曲げられていく。
最初はサバゲーかコスプレ愛好者なのかな、ぐらいの認識だったはずなのに、既に会いたくない人物リストに加わっているのだから、人間の誤解というものは恐ろしいものだ。

「その人、友達?」
「顔を見たら銃を向けてくる相手をそう呼べるなら……」

……さっきから思ってたけど、それってまさか対人用の実銃じゃないよね?
きっとFPSとか狩猟同好会の人だよね?
少女ヤミーを助けたいと思いつつも、出来ることならそんな危険人物とは出会いたくないものである。

「そんな恐ろしい人を、どうして探してるの?」
「ワタシを必要だと言ってくれた男性と一緒にいたからです」
「昼ドラ……?」

目の前の少女ヤミーが、日本で結婚を許される年齢には見えないのが気になって仕方がないまどかだが……気にしないことにした。
寝取り寝取られの構図が垣間見えるこの状況では、法律などというルールを守っていては競争相手に先を越されてしまうのだろう、と自分自身を説得しながら。
きっと、まどかの親友である美樹さやかだって、上条君関連で修羅場ったら法律などドブに捨てるに違いない。

「同年代でも、そんなに大人な子達が居るんだねぇ」
「無理に綺麗に纏めようとしなくていいですよ……」

どう足掻いても『血溜まりスケッチ』。
そんな単語が電波と共に二人の脳内に降り注いだが、互いに特に口には出さなかった。
いわゆる、世界と原作の修正力というヤツかもしれない。

「それと、私の友達が巴マミさんを知ってたみたい」

受信したメールに目を通したまどかが、携帯端末ごとその文書を少女ヤミーへと見せてくれた。

『巴さんなら、見滝原中学の3年です。今年の「私と一緒に死んで!」って言って欲しい女子ランク一位に選ばれた人ですわ。あと、どんな男子に告白されてもOKしたことが無いという噂もよく耳にします。

PS:さっきのメールを一緒に見た暁美さんが取り乱しているんですが、何故でしょうか? 鹿目さんの現在地を知りたくて仕方がないみたいです』

「多分この人です。とりあえず、明日見滝原中学校に行けば会えそうですね」

有用な情報は最初の一行だけですね、という余計な一言は、飲み込んだ少女ヤミーだった。
そして、鹿目まどかの中で巴マミが、おっかないお姉さんに確定した瞬間でもあった。
ループ時空で犠牲になっていった歴代のマミさんが聞いたら、何を思うのやら。

「どうも親切に有難うございました。この恩は忘れません」
「いいよいいよ。どう致しまして」

丁寧に礼を述べられれば、悪い気なんてするわけがない。
若干仰々しい感はあったものの、人助けをしたという心地よい充実感に、当のまどかも嬉しそうであった。

脚を軽くして去っていく少女ヤミーに手を振りながら、先ほどのメールへの返信を打ち始めるまどかは、未だに知らない。
グリードやオーズのことは当然、魔法と奇跡の実物にさえ、出会っていない。
気付くはずも、無い。
終わらない夢が、終わろうとしていることなんて……



・今回のNG大賞

「映司……コンボは体力を激しく消耗するから、控えろ」
「ヘトヘトのお前が言っても説得力無いぞ?」

・公開プロットシリーズNo.11
→オリ主がまどかにフラグを建てたんじゃない。まどかがオリ主にフラグを建てたんだ。

・人物図鑑
 サトナカエリカ
財団の会長の部下。役割は秘書。会長の作るケーキをひたすら食べ続けるための役職。残業をこの上なく嫌うため、彼女の持つ時計を進めておけば、就業時刻と勘違いして去っていくだろう。



[29586] 第十二話:Tの災難/赤信号を振り切れ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:32
「志筑仁美、急いでまどかの居場所を聞き出して! 今すぐに!」

行きつけのファミレスで仁美が、親友である鹿目まどかからのメールを暁美ほむらに見せた時の反応が、それだった。
暁美ほむらという少女は、感情が乏しい。
少なくとも、仁美はそう感じていた。

「どうしたんですの? 巴マミさんは、暁美さんのお知り合いでしたか?」

だからこそ、目の前の暁美ほむらの姿に一番驚いていたのもまた、仁美だったに違いない。
焦燥感に囚われている暁美ほむらの表情には、いつもの静けさの裏に潜んでいた何かが、確かに見えていたのだから。
その思考の奥底にあるものの正体を看破することこそ適わなかったものの、暁美ほむらが非常事態を察知していることは間違いない。

「転校生、そんなに慌ててどうしたのさ?」

他人の機微に鈍感な節のある美樹さやかでさえ、暁美ほむらの変化にただならぬ事情を感じ取っているらしい。

「まどかを、巴さんに会わせてはいけない」

普段冷静なキャラクターを演じている暁美ほむらなら、二人のことを『鹿目まどか』『巴マミ』と呼称していたはずである。
それが崩れていることに気付いているのは、おそらく仁美だけだろうが。
ともかく、巴マミという先輩がとんでもない危険人物であると言う事だけは理解出来た。

「事情は大体解りました。とにかく、手分けして鹿目さんを探しましょう」

『大体解った=絶対解ってない』の法則というやつである。
実在の脚本家及び世界の破壊者様とはあまり関係がありません。
なお、結局まどかとのメールでのやり取りによって、巴マミと鹿目まどかが接触したわけではないという事実が判明することになったのだった。

魔法少女とは、世間に誤解されながら生きていく運命を背負っている者たちなのかもしれない……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十二話:Tの災難/赤信号を振り切れ



少女ヤミーは、腹を括っていた。
何にしても魔法少女についての知識を得なければ、何も始まらないのだから。
すなわち、巴マミに直接会うという危険を冒さなければならない。
アンクの言葉がただの脅し文句だと見なすのは、楽観思考が過ぎる……そう思いつつも、少女ヤミーは僅かな希望に縋って巴マミに会いに来てしまった。
……見滝原中学校に。

狙い目は、下校時である。
校門付近に直立している警備員さんの目が非常に怖いので、付近の藪の中から様子を窺っているのだ。
傍から見れば不審極まりない人物なのだが、隠れているためにそれを不審認定する人間は居ない。

そして、お目当ての魔法少女は……ようやく現れる。
巻かれた金髪と年不相応に育った胸部を、誰が見間違えるものか。
巴マミ、その人に違いない。

「巴マミさん! どうか、ワタシの話を信じてください!」

第一声から、クライマックスにも程がある。
出会い頭に、その頭をそのまま下げるという文字通りの低姿勢に出たのだ。
土下座に出た方が良いかと一晩考えた末に、とりあえず頭を下げるぐらいに留めようと判断したのである。

「貴女は昨日の……」

一方の巴マミは、目の前で自身に懇願している少女の登場に驚きつつ、自分なりに状況をまとめようとしていた。
巴マミとしては、先日この少女にマスケットを向けたことが記憶に新しいものの、相手から怯えられることは本意ではない。
若干胡散臭いとも思っているが、少女ヤミーの言が真実であったら、あまりに不憫だとも感じているのだ。
そして、周囲から不審を多分に含んだ視線が集まっていることも、マミの精神を若干削り取っていたりする。

「とにかく、落ち着いて話せる場所を探しましょう」
「あのアンクさんっていう人の所じゃないですよね?」
「アンクがそんなに怖かったのね。大丈夫よ。きつく言っておいたし、手出しなんてさせないから」

この時、巴マミの頭の中では、少女ヤミーの恐怖の対象はアンクだけであるという思考誘導が行われた。
というか、自分が恐れられている可能性を無かったことにしたのだ。

――そうよ、可愛い後輩が私を頼って来てくれているのよ!

人間の精神的防衛能力は、時に目を見張るものがある……のかもしれない。
少女ヤミーの腰が引けた態度を、勝手に魔法少女としての先輩への尊敬だと解釈しようとする巴マミの姿は、何処か優しげであった。
それどころか、少女ヤミーを悪漢アンクから守らなければならないという加護欲まで働き始めている始末である。

「アンクはともかく、私のもう一人の仲間を呼んで良いかしら? 火野映司さんっていう人だけど」
「是非会ってみたいです」

おそらく、先日アンクから『オーズ』と呼ばれていた男のことだろう。
普段の思考の外れぶりからは想像もつかないような勘の良さを見せた少女ヤミーは、巴マミの申し出を快諾した。
アンクの危険度が巴マミ以上に高いことが想定される今となっては、最早オーズさんが常識人であることを祈る以外に少女ヤミーに希望は無いのだ。

携帯端末で夢見公園付近の公衆電話へとコールを繋ぎ、火野映司を呼び出してくれるマミさん。
何故直接かけないのかと尋ねてみれば、火野さんが携帯電話を持っていないからとのこと。
火野映司という存在の生活形態について、既に色々と情報が把握できた少女ヤミーだった。
ちなみに、もちろん少女ヤミーも携帯電話など持っていない。

「というか、私達にはもっと便利な魔法があるでしょう?」
「……何のことでしょう?」

どうしてこの後輩は、こんなに魔法関連の知識に乏しいのだろうか。
一瞬そんな疑惑が脳裏をよぎった巴マミだったが、少女ヤミーが記憶喪失を自称していたことを思い出し、そのせいだと思う事にした。

『聞こえる?』
「!?」

腹話術ですか? という古典的なボケをかまそうかと迷った少女ヤミーだったが、状況的におそらくテレパシーの魔法なのだろう。
何故そう言えるかというと……少女ヤミーのセルメダルが少しだけ、増えたからである。
つまり、ピンチ再来である。
セルメダルが増加したことを探知して、アンクが駆けつけて来てしまう。

「実は先ほどからアンクさんに追われていて、多分アンクさんがまだ近くに居るので、とりあえずこの場から離れたいです」
「そう……アンクには、後で私からもう一度きつく言っておくわ」

他人の名誉を棄損する嘘をさらっと口にする少女ヤミーは、正直さに関しては親であるキュゥべえと似なかったらしい。
マミの中で、アンクへストーカー疑惑が植え付けられた瞬間だった。
というか、マミからアンクへの呼び名に敬称が抜け落ちたのは、一体いつからだっただろうか?
アンク抜きでマミの住むマンションに集まることになったのも、結局マミからアンクへの人物評価が大きく関係しているのだろう。

そして、二人がマンションに辿り着く前から火野さんはその階下で待っていたわけなんですが、やっぱりこの人って無職なんじゃ……


「その子が例の記憶喪失の魔法少女?」
「そうですよ」
「……初めまして?」

少女ヤミーは何度かオーズの戦いを盗み見たことがあるものの、互いに顔を突き合わせたのはこれが初めてである。
だからこそ少女ヤミーが少し緊張しているのだろう、と巴マミは推測した。
だがしかし……対人経験の豊富な火野映司が下した判断は、それとは異なっていた。

――俺、何か怯えられるような事をしたかな……?

映司には、少女ヤミーの抱いている感情が恐怖であると感じられたのだ。
単純に目の前の少女ヤミーに対人恐怖症の気があるのかもしれないが、映司には一つだけ思い当たる節がある。

「初めまして。君、この間の俺達の戦いを見てたんだっけ?」
「……すみません」

映司の立てた仮説は、オーズの戦いを見た少女が、映司を恐れているというものであった。
……大当たりである。
少女はヤミーであるのだから、オーズがヤミー狩りを敢行する現場を目撃してしまった後では無意識の中に恐怖心が生まれてしまったことは仕方がないことだと言えるだろう。

「大丈夫。魔女かメダル絡みじゃなきゃ、基本的に変身はしないから。安心して」
「……?」
「心に留めておきます」

会話の流れが読めずに首を傾げた巴マミの疑問を曖昧な笑みで受け流した映司は、色々と流石過ぎる。
というか、恐怖感の原因以外の部分は完答しているのだから恐ろしいものだ。
そして、映司の言葉に、別の意味を読み取ってしまった少女ヤミーは、戦慄していたりする。

ヤミーだとバレたら間違いなく殺られる、と。

少女ヤミーの恐怖感を拭いきれていない様子を感じ取りつつも、とりあえずその件を保留にする映司。
人の感情を変えるのは難しい時が多いのだということを、知っているのだろう。
マミの住む部屋へ二人を招き入れ、簡単に名前を確認する程度の自己紹介を行った頃には、マミの抱いた疑問も完全に霧散していた。

「そういえば、名前無いんだっけ?」
「無いんじゃなくて、忘れているだけでしょう」
「多分そうだと思います」

――すみません、無いんです。
このオリ主は、割と平気で嘘を吐けるタイプの人間……もとい怪人である。
ただ、マミの淹れてくれた紅茶を啜りながら、心の中で謝る程度の罪悪感はあるらしい。

「呼びやすいように呼んで頂いて構いませんよ」
「じゃあ、『トーリ』って呼ぶことにしよう」

映司の、即答だった。
ひょっとすると、一晩の間に考えて来てくれたのかもしれないが。

「火野さん……その心は?」
「羽がある子なんでしょ?」

……それはもしかして、『鳥』っていうことなの?
確かに少女ヤミーの羽は虫よりは鳥に近い羽ではあった。
しかし、どちらかと言えば哺乳類らしさが残っていたようにマミには思われたのだが……映司は実物を見たことが無かったのだから、勝手な想像をしてしまったのだろう。

巴マミの額に青筋が浮かんでいることを敏感に察知した映司だが、心当たりが無い。
むしろ、喜ばれるだろうとさえ思っていたのに。

「……その名前で良いですよ」
「嫌なことは嫌って言っていいのよ!?」

少しだけ悩んだような間を置いた少女ヤミーだったが、映司からの命名を受け入れる意思はあるようだ。
思わず突っ込んでしまったマミは……お姉様キャラを演じるのに疲れたのだろうか。

「映司さんが折角考えてくれたのを、無下に扱うのも悪いですから」
「まぁ、本人がそれで良いって言うなら……」

割と本気で気にして居なさそうな少女ヤミーと満足そうな火野さんの様子を見て、ひょっとして自分のセンスがおかしいのかと疑い始める辺り、マミも相当の苦労人なのかもしれない。
それはともかくと場を切り替えて、もう一度少女ヤミー……もとい『トーリ』の身の上を簡単におさらいしたマミと映司は、『オーズ』と『魔法少女』についての説明を一通り施してくれた。
とは言え、その内容は先日アンクを含めた3人で話し合ったものと同一のそれに過ぎなかったのだが。

「それで、トーリさんがソウルジェムを持っていない理由を私なりに考えてみたの」
「流石、魔法少女の先輩です!」

マミさんは最高です!
ソウルジェムとは、魔法少女が魔法を使う時に魔力を引き出すためのアクセサリーである。
基本的に、ソウルジェムに振れている状態でないと魔法の行使は不可能だということらしい。
マミの黄色いソウルジェムを見せてもらいながら、綺麗ですねぇ、と漏らすトーリの興味津々な言葉が、マミの心をくすぐる。
嬉しくもあり、こそばゆくもあり。

「確認だけれど、トーリさんは魔法が使えるのよね?」
「この通りです」

そう言いながら、骨格の見える黒く艶のない羽を展開して見せるトーリ。
鳥っぽく無いなぁ、とその羽を見ながら呟く映司を余所に、トーリは期待満々な視線をマミに向けていた。

「私がキュゥべえと契約した時、ソウルジェムは私の身体の中から出て来たのよ」
「それは興味深いですね」

未だに本題を切り出していないマミの言葉に相槌を打ったトーリが思い出したのは、

『私達の魂は変質させられ、身体はただの入れ物に過ぎなくなる』

誕生日に暁美ほむらより告げられた言葉だった。
聞いた時には魂の変質という言葉の意味が掴み取れなかったが、今考えてみると魔法少女の身体から取り出されるというソウルジェムはそのイメージに合致している。
名前だってそのまま、魂の石だ。

「それで思ったんだけれど、トーリさんのソウルジェムは、まだ体内にあるんじゃないかしら」
「つまり、目視は不可能ってことですね」

そもそもヤミーである自身に魂などというものがあるのかという疑問は残ったが、巴マミがそういう仮説を立ててくれるのならば、それに頷いておくのが吉というものである。
そして、トーリのソウルジェムが見えない場所にあると納得してくれるのなら、願っても無いことであった。

「……という話を火野さんにしたら、良いアイデアがあるらしくて、今日は二人を合わせたのよ」

あれれぇ……何だか嫌な予感しかしないのは何故でしょうか?
先ほどまで、今日はラッキーデイだ、などと浮かれそうになっていたテンションが、既に底冷えを見せ始めていた。
いや、まだ映司さんは何も言ってないじゃないですか。
ネガるにはまだ早い、多分。

マミさんの口調から察するに、火野さんが何をやろうとしているのか未だ聞いては居ないみたいだけど……

「タカのメダルを使ってオーズに変身すると、目に備わる力で物の内部構造を調べることが出来るんだ。それを使ってみようと思って」

まずい。
マズすぎる。
身体のスキャン?
そんなことをされたら……予測される三つの出来事は!

一つ! アンクはメダルのためなら何処までも残酷になれるんだァ!
二つ! ヤミーがセルメダルを生むなら、殺るしかないじゃない!
三つ! セ イ ヤ ァ ッ !

死亡コース直行である。
明らかに先ほど飲んだ紅茶の量以上の冷たい汗が、トーリの服の下に溢れている。
暑さと肌寒さを同時に体感するという、出来ることなら一生味わいたくない状況を経験をしている真っ最中だ。

「ちょ、ちょっと待ってください! 変身って、何かワケが解らない副作用とか無いんですか? 身体がボロボロになっていくとか!」

必死である。文字どおりの意味で。
そして、アンデッドなら、実は貴女の隣に居ます。
火野さんやトーリの横に座って紅茶を淹れなおしているその子はゾンビなんです。

「そういえば、これを使えばただでは済まないって言ってくれた人が居たような……」

――それを使えば、タダでは済まない……!

そいつは人では無かったはずだ。
カマキリの姿をした緑色の怪人ではなかったか?
奇しくも、映司を説得しようとしていた彼はトーリの兄にあたる人物だったりするのだが、そんなことは誰として知るよしも無い。
その怪人のことを思い出しながら水色のオーズドライバーに目を落とす映司だが、その手を止めた時間は一瞬の間だけに留まり、すぐさまベルトを装着する。

「映司さんにそんな迷惑をかけるのも悪いですから……ね、ねぇ、止めましょうよぉ!」
「大丈夫。もう何回か変身してるし、副作用はあったら有ったで仕方ないでしょ」


小気味良い音を立てて、ベルトの3つのくぼみに赤・黄・緑のメダルが嵌めこまれる。

――三つ数えろ!

何処かの町の探偵たちの名台詞の語源であるこの言葉が、セットされたメダルを見た少女ヤミーの頭に届いたという。
……ただの、電波である。

機械音と共にオーズドライバーの平行が崩れ、コアメダルが上中下を表す関係へと配置を変える。

「待っ……」

左手をまるで何処かの二号さんの鏡映しのようなポーズに曲げた映司は、その右手にコアメダルの読み取り機器であるオースキャナーを取り出している。

「変身っ!」

そう高らかに声を出す映司を前に、トーリの頭の中には新たな作戦が……何も、無かった。

――天国のお母さん。今、貴女の所に行きます。

もし天国や地獄があるとして、トーリやキュゥべえが天国へ行けると、本気で思っているのだろうか……



今回のNG大賞
「そのコアメダルってアンクさんの所有物ですよね?」
「アンクがマミちゃんに射殺されそうな所を助けた時に、条件として俺が預かっておくことにしたんだ」
(マミさんって、やっぱりトリガーハッピーだったんですね……)

誤解は、深まるばかり。


・公開プロットシリーズNo.12
→実はオーズには、かなりのチート設定が詰まっている。



[29586] 第十三話:Tの災難/ 私は友達が少ない
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:35
前回までの三つの出来事は!

一つ!
オリ主の名前がようやく決定した!
「じゃあ、『トーリ』で」

二つ!
トーリのソウルジェムが体内に残っているのだという仮説が立てられた!
「タカの目の力で物の内部構造を調べることが出来るんだ」

三つ!
トーリは、映司の変身を防ぐ理由を何も思いつかない!
「天国のお母さん。今、貴女の所に行きます」



「変身っ!」

オースキャナーを構えた映司がそれをオーズドライバーのコアメダルに宛がおうとして、

「火野さん、ちょっと待ってください」

別の方面から声をかけられて、その動きを停止した。
当然、トーリの発言では無いのだから、その声の主は巴マミ以外にあり得ない。
他に類を見ない『死因=タカメダル』なオリ主となるところであったトーリを救ったのは……魔法少女の先輩であった。

「女の子にそれは、やっちゃダメでしょう」
「ああ! そういえばそうだね。俺、そういう事に鈍感でさ。ゴメン、ゴメン」

救世主現る。
この時、トーリの目には、巴マミの姿が救済の聖母に見えたという。
間違っても『救済の魔女』では、断じて無い。
そんなの絶対、あるわけない。

「ところで、火野さん」
「なに?」
「火野さんは……ずっと私を『そんな目』で見ていたんですか?」

マミさんの目の色が変わったような気がして、再び背筋に寒さが戻ってくるトーリ。
今度はその脅威が自身に向けられていないことが救いではあるものの、別の危機が差し迫っている。
ソウルジェムを握った巴マミがこれから何をするのか大体予想がついたトーリは、巴マミの行動を未然に阻止しなければならないのだ。
魔法が行使されるとトーリのセルメダルが増えて、アンクに感知されてしまうのだから。

今度はマミを宥める使命を負う事となったトーリ……彼女に安息の日は来るのだろうか。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十三話:Tの災難/ 私は友達が少ない



結局、マミから『タカメダル禁止処分』が発令されたものの、映司とトーリの命を懸けた説得によって大事には至らなかったのであった。
タカコアを没収しようとしたマミとの間でもうひと悶着あったのだが、割愛させていただく。

「それで、魔法少女になるのって、何か代償があるんじゃないんですか?」
「……どういう事かしら?」

暁美ほむらは、確かに魔法少女になるに際する代償があるような事を言っていたはずだ。
魂が云々、肉体が云々、というやつである。

「オーズじゃないですけど、例えば魔法を使う度に段々魔女になっていく、とか」

大当たり、である。
普段から割と電波を受信しがちな気があるトーリだが、斜め上に外れたアイデアが世界の核心を突くことだって、あるのかもしれない。
もちろん、巴マミと火野映司はそんな真実をまだ知らない。

「まさか、そんなことあるわけないじゃないの」

マミの反応は映司と似たり寄ったりだったが……そこには付け入るべき隙が確かに存在したと、トーリは確信した。
映司はともかくとして、マミには間違いなくある。
オーズや魔法少女の力を使う事によって予期せぬデメリットが発生した場合、映司は大体の事は開き直って甘受するだろうが、マミは精神的に崩れそうだということが予想できたのである。
そして、それを突くための材料も……それなりに手持ちにストックしてあったりして。

「マミさん、実は先ほど初めて気付いたんですけど……ワタシ、記憶を失ってから今日まで何も食べなくても、全然平気だったんです」

これは、事実である。
トーリ自身は全く意識していなかったのだが、先ほど出された紅茶を啜っているうちに、ようやく気付いたのだ。
経口で飲食物を摂取したことが一度も無い、と。

「なんだか、自分の肉体がまるで人間じゃないみたいな、そんな感覚があるんですよ」

はい、貴女はヤミーです。
そもそもヤミーという生き物に食料が必要なのかという疑問は棚上げにして、トーリは『魔法少女』という存在に関する不信感をばらまいてみたのだ。
映司のように『仕方ない』と開き直られたら会話が終わってしまうが、マミが魔法の行使を躊躇うような思考の誘導を行えれば、オーズの戦闘に随伴してセルメダルを少しずつ横領するという方針を取れるのである。

「マミさんは、ソウルジェムが濁り切ったらどうなるか、知っていますか?」

ワタシはもちろん知りませんが、と置いた上で、トーリはマミへ疑惑を植え付けることに腐心する。
トーリとしては、口から出まかせを言ってマミを丸め込んでいるつもりなのだ。
……それが偶々、キュゥべえの契約の真実を突いている、という偶然の一致が起こっているだけで。

「……そんな状況は見たことが無いけれど、トーリさんは考え過ぎてると思うわ。記憶が無いっていう不安のせいで、考えが少しネガティブになってるのよ」
「そうだと良いんですけど……偶然会った魔女さんが言っていたことが、凄く気になるんです」

トラウマと共に植え付けられた記憶は、なかなか消えるものではない。
だからこそ、世界の真実を知る暁美ほむらの言葉を明確に記憶していられる、とも言えるのかもしれない。

「魔法少女の魂は変質して、肉体は入れ物に過ぎなくなる……らしいです」

黒くて長い髪を真っ直ぐ伸ばしていて、ちょっとだけ目付きが悪くて、背は高めで、クールな感じの子です。
あと、『魔法少女は私一人で良い……!』とか言っちゃうタイプだと思います。
追加でその魔法少女の特徴をマミに伝えるトーリは……実は、暁美ほむらの名前を知らなかったりする。

「多分……キュゥべえを殺したのと同じ子だわ。私はその子を魔法少女だと思ったのだけれど」
「私が魔法少女の仲間を探している時にも、突然襲い掛かって来て……本当に怖かったです」

暁美ほむらっていうのは、そういう奴なんだ。
魔法の力に酔って同類を手にかける、危険な存在なんだよ!
……とまでは、トーリとて言うつもりはないが。

「アンクの話だと、その子はヤミーの疑いがあるんじゃなかったっけ?」

謎は、深まるばかりである。
一応補足しておくと、アンクが疑ったのは、暁美ほむらが猫型寄生ヤミーによって操られている親だという事態だったのだが……説明を面倒くさがったことが誤解に拍車をかけている。
というか、映司は寄生型ヤミーを先日見たばかりのはずなのだから、そこに思考が結び付いても良さそうなものである。

「何にしても、警戒が必要のようね」


マミが3人の考えを保留にしようとした、ちょうどその時であった。
コツコツ、という音が、マミの部屋の窓から響いたのは。
扉ではなく、窓からである。
高層マンションの、ベランダの付いていない方角の、窓から。

「誰かがノックしてるみたいだけど、出なくて良いの?」
「窓から入ってくる知り合いが居るなんて、マミさんはやっぱり一流ですねぇ」
「それのどこが一流なの!? だいたい、そんな友達なんて居るワケが……」

頼れる銃使いの先輩的な意味で。
だいたい、マミにはそんな非常識な知り合いなど……意外と、居るかもしれない。
アンクは宙に浮けるし、キュゥべえは何処からともなく現れるし、目の前のトーリだって飛べるし、魔女は非常識が当たり前だし……

「……自分の人間関係を、洗い直してみたい気分だわ」

碌な知り合いが居ない、ような。
そんな現実逃避じみた考えを抱きながら、とりあえずカーテンを開けて窓の外に目をやったマミの視界に入ってきたものは、

「ペーパークラフト……?」

折紙のような薄い素材で出来た、赤いタカだった。
その脚にはバッタらしき形状の緑色の物体が掴まれているのだが、今晩のオカズか何かだろうか。
マミは知る由も無いことだが、普段ライドベンダーの中に収納されている缶状の物体が変形した姿が、目の前のタカやバッタである。
……人外のお友達が更に増えてしまった件について、気付かなかったことにしようとして頭の中に消しゴムを走らせる巴マミ。

「タカちゃん。それと……新しいカンドロイドかな?」

火野さんのお知り合いですか。そうですか。
何で彼らは私の住所を知っているんでしょうね?
色々と突っ込みたいことが山積みのマミだが、とにかく来客を部屋の中に招き入れることにしたのだった。

窓が開くとともに部屋の中に舞い込んだタカ、もといタカカンドロイドは素早くバッタをその脚から解放し、据え置かれたとある電化製品に向かって一直線に飛んでいく。
その家電とは……テレビと呼ばれる映像を扱うための機器だった。
素早くその電源を発見し、鋭いクチバシでスイッチを入れるタカちゃん。
テレビのディスプレイに映った内容は、夕方から始まる子供番組、

『まずは我々の出会いを記念してッ! ハッピィバースデイッ!!』

ではなく、暑苦しいオッサンだった。
ケーキを手前のデスクに飾った中年男性が、満面の笑みを浮かべながら、叫んでいた。

「えええっ!? うちのテレビに何してくれてるのよ!? 買ったばかりなのに!?」

別に、テレビが壊れた訳ではない。
映像や音声を送受信する能力を持つバッタのカンドロイドが、通信データをテレビへ出力しているだけである。
平日の昼間から公然と電波ジャックが行われている、とも言えるが。
オッサンに対して、こちらこそ初めまして、と平然と挨拶を返す映司は、もしかするとマミとは別の常識を持った人種なのかもしれない。

『人と人との出会いは、何かが誕生する前触れでもあるッ! 胸が躍らないかね!?』
「胸も非常識な知り合いも、もう沢山よ! それよりテレビを弁償してっ!」

最早、マミにお姉様キャラの面影は無かった。
突っ込まずにやっていられるものか。いや、やっていられない!

『こちらは、鴻上ファウンデーション会長の、鴻上光生です』
「タカちゃんたちを使えるってことは、今まで俺達を助けてくれてた人たち?」

台詞の前に米印が付いて聞こえるような抑揚のない声で、秘書と思しき女性が補足の説明を入れてくれた。
出来ればその最も重要な情報を、真っ先に教えてほしかったものである。
マミの傍らで、コレって本当に凄いですよね、と感心気にタカとバッタのカンドロイドを観察する映司は……そろそろ色々と諦め始めたマミの様子に気付いていないようだ。
心なしかソウルジェムが濁り始めた気がする辺り、色々と末期なのかもしれない。

そして、何故かセルメダルが増え始めたトーリは、ディスプレイを眺める二人を尻目に、空いている窓から逃亡を図った。
アンクがもしこの場に来たら、色々と終わるので。
セルメダルが増えた理由に心当たりが無いトーリは首を傾げながらも、こっそりとマミのマンションを後にした。
魔法少女が絶望を抱く度に魔女へと近づき、それがキュゥべえの欲望と一致するために起こった現象であった……

それはともかく。

「私達が提供する武器やバイクの見返りに、君達の得たメダルの……70%を提供してくれないかね!? アンク君には既に伝えてある! 返事は後日聞こうッ!」

映司の言葉を全く待つ気配さえ無く、通信は一方的に切られてしまった。
そして、先ほどからリモコンのボタンを手当たり次第に押しまくっていたマミの努力がようやく報われたらしく、テレビの映像が地上波のモノへと戻る。
額の汗を拭ってほっと一息つく巴マミの背には何故か哀愁が漂っていた、と映司は後に語ることとなる。

紅茶は、既に冷めきってしまっていた……



・今回のNG大賞
「ほむらちゃん、誕生日おめでとう! バースデイケーキだよ!」
「前もって言ってくれれば、あたしだってプレゼントぐらい用意したのに」
「この間の、余りのお守りで宜しければ……」
「……貴女達が祝ってくれるだけでも、私は嬉しい」

果たして今日は自身の誕生日だっただろうか、という盛大な疑問を胸に抱えながらも、折角まどかが用意してくれたのだからと喜んでおくほむらさんの姿が、そこにはあったという……
実は暑苦しい中年男性からの贈りものなのだが、本人たちが幸せそうなのだから、それでいいんじゃなかろうか。

・公開プロットシリーズNo14
→どう考えてもオーズ勢よりまどか勢の方が常識人が揃っている。



[29586] 第十四話:(心が折れる音)
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/05 14:52
「アンクが、せっかく仕掛けた私のヤミーの存在に気付いたかもしれないわ」

とりあえず邪魔をしないように釘を刺して来たけど、と語るこのお方は、何気なくこのSSにおいては初登場である。
やや鋭角な頭部に、ポリプ生態を思わせるマントのような飾りを背に生やし、下半身には環状の窪みが目立つ、海産物の女王。
そのグリードを……メズールといった。

「何ィッ!?」

そして、脊髄反射的に聞き返したのは、昆虫の王であるウヴァさん。
彼の台詞が噛ませ役じみているなどとは、決して突っ込んではいけない。

「上手く育てば、貴方達にもたっぷりセルメダルを分けられるのに」

メズールは、グリードにしては珍しく協調性の強い存在であった。
他のグリードを自身と対等に見ているかはともかくとして、少なくとも助け合いの意思はあるようだ。
ただ、アンクを倒して来なかった辺り、やはりメズールなりに彼を嫌い切れてはいないのだろう。

「ぬぅっ!! 俺が行く! オーズもアンクも、纏めて叩き潰してやる!」

息を荒げたウヴァは、グリードたちのアジトである廃屋にその足音を響かせながら、わき目も振らずに駆けだしてしまった。

「……うぁ?」

憤っていたウヴァの起こした騒音のせいで目が覚めたらしく、今度は長い鼻と筋力のパラメータが振りきれているとしか思えない太さの手足を持った、灰色の怪人がのそのそと起き上がってくる。
超重量動物というやや曖昧な括りの種族の王である、ガメル。
それが、彼の名前だ。

「うば、おこってた?」
「仕方ないよ。コアメダルを取られてるしね」

とばっちりで睡眠の邪魔をされた事を特に気にしてもいない様子のガメルに言葉を返したのは……猫科動物のグリードことカザリであった。
カザリは本来なら他人に情けをかけるような性格では無いのだが……オーズに大量のコアメダルを取られていることからシンパシーでも生まれているのだろうか。

「そういえばさ。この間オーズと戦った時に、あいつらと一緒に羽の生えた人型のヤミーが居るのを見たんだけど、あれって誰のなんだろう?」

どうやら、先日敗走した際に、すぐにはその場から去らずにアンク達のことを観察していたらしい。
確かにアンクは、他人が作ったヤミーの気配に見分けが付かなかった。
ところが、デブ猫ヤミーの作り手であるカザリからは、自身のヤミーとは別にセルメダルが増えているのが微弱に感じられたのである。

「鳥型なら、アンクのヤミーでしょう?」

この場に居ないグリードであるアンクは鳥類の王なのだから、メズールの突っ込みは至極当然なものであったが、

「ううん、多分アレは蝙蝠のヤミーだったよ。鳥類じゃない」
「蝙蝠、ねぇ。そんなヤミーを作れるグリードなんて、居たかしら?」

そうなのである。蝙蝠のヤミーを作れそうなグリードに、心当たりが無いのだ。
鳥類、昆虫、猫科、巨体、魚貝……そのどれにも、蝙蝠は属さない。
頭の後ろに両手を組みながら、気だるそうに近隣の机に腰を下ろすカザリは……既に何か仮説を抱いているのだろうか。

「こうもり。うばの、やみー?」

強いて言うなら、やはりアンクかウヴァだろう。
だからこそ、ガメルのこの発言は、かなり妥当性の高いものだったはずで……というか、大当たりである。

「……流石のウヴァでも、そこまで虫頭じゃないんじゃないかな?」
「そうよ、ガメル。あんまりウヴァを馬鹿にするのは感心しないわ」

流石に、自分の管轄するヤミーの種族を間違えるほど頭が可哀そうな奴ではない、という共通認識がカザリとメズールの中にはあったらしい。
……とんだ、過大評価である。

「わかった。ごめん、めずーる」

ガメルが謝る必要は無い……というかその前に、お前の謝るべき相手はウヴァさんではないのか?
メズール至上主義であるガメルの思考回路がよくわかる一言であった。
彼は、『メズールのためなら死ねる』というレベルの一途さを持ったグリードなのだ。

「それで、その時に貴方が見たっていう、力を持った人間の方は?」
「もちろん、後をつけて住処は調べてあるさ。行ってみる?」
「ええ、挨拶は大切よねぇ」

そういえば、ウヴァのコアメダルをアンクから掠め取ってきたのに、ウヴァに返し忘れちゃったわ。
そう呟きながら、未だ見ぬ新人類との遭遇に胸を躍らせてメズールも廃墟を後にしたのだった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十四話:(心が折れる音)



Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×2
バッタ×1
ライオン×1
トラ×2
チーター×2



本日は、やけにお客さんが多い。
お決まりのピンポンな音を聞きながら、巴マミは玄関へと急いだ。
もちろん、部屋の扉に設置された呼び鈴が鳴らされた音である。
玄関の覗き穴から見える、来訪者は……

「こんにちは、お譲ちゃん」

魔法少女に興味をもって遥々と巴マミの元を訪れた、メズール様であった。
扉越しにその姿を窺うマミの鼻元にまで海産物の生臭い香りが漂ってきており、最早何をどう突っ込んだら良いか分からない。

「火野さん……玄関の前に魚貝類なお客さんが居ます……」

とりあえず火野さんに話を投げておこう。
何だかもう、考えるのが面倒くさくなってきたし。

「大変だ! 早くしないと干からびちゃうでしょ。お風呂に水を溜めておくよ!」

相変わらずどこかズレたことを言う火野映司に若干の諦感の念を込めた視線を送りながら、バッタのカンドロイドをゴミ箱に放り込んだマミは……なんだかもう、疲れて果てていた。

「ねえ、トーリさん。私の味方は、魔法少女仲間の貴女だけ……って、あら?」

先ほどまで一緒にメダルや魔法の話をしていた可愛い後輩は……いつの間にか、部屋から姿を消していた。
最後の心の拠り所だと思っていたトーリにまで見捨てられ、絶望に打ちひしがれる巴マミ。

「私、もしもう一度キュゥべえに願いが叶えてもらえるなら、友達が欲しいってお願いするの……」

私、独りぼっち……



勝手に部屋の扉を開けて水風呂へとメズールを誘導する映司に、あら貴方若いのに解ってるわねぇ、なと感心したらしい声をかけるメズール。
その浮浪者が何をどう解っているというのか。むしろ、マミに何を解れというのか。

ちなみに、この映司とメズールの二人は初対面であるため、互いの正体を知らない。
映司としては、この人って魔法絡みなのかな? ぐらいには疑っているのかもしれないが。
マミを尋ねてきた人物が実はメダルの怪人たるグリードであるなどとは、夢にも思わなかったのだ。

……気が付くと、湯船一杯に溜められた水風呂に浸かってくつろぐ魚貝怪人の姿が、そこにはあった。
オーズ本編では終ぞ拝むことの出来なかった、メズール様の貴重な入浴シーンである。
まどか本編ではキュゥべえ氏の入浴シーンが許されたのだから、きっとこれだって許されるに違いない。
湯船の中で脚を組んだり身体をほぐしたりしている肢体からは、女子中学生では逆立ちしても出せないような色気と生臭さが立ち昇っていた。
さらに脚や触手を伸ばして、まるでここが自分の家であるかのようにリラックスしているメズールに、風呂場の洗い台に腰を下ろした映司が冷めた紅茶を勧めていたりして。

「どうぞ」
「お風呂で紅茶っていうのも乙ねぇ。人間の進歩に乾杯よ」

映司の方こそ、ここが自分の家であるかのような振る舞いである。
むしろ、そこでパンツ一枚になって自身も水浴びを始めない辺りが、最後の良心なのかもしれない。
そして、800年間眠っていたメズール様は、どう考えても現代人の何かを勘違いしている。
日本では無くNIPPONになら、そういう風習もあるのかもしれないが。

「マミちゃんのお知り合いですか? 親戚だったりして?」
「そうじゃないけど……ちょっと内緒話をしたいのよ。坊やには、ここまで持て成して貰ったのに、悪いんだけれども……」

火野さんは、私が魚貝類の親戚に見えるんですか。そうですか。
私の巻き髪がサザエにでも見えましたか?
そして、その水風呂はやっぱり嬉しかったのね……。

誰が、その臭いの染みついた風呂場を清掃すると思っているのよ。

「ああ、そうか。男である俺が居ると話せないことってありますよね。気がつかなくて済みません」

十中八九、そういう問題では無いはずだ。
火野さんの『俺、空気読みましたよ』的な表情に物凄くイラっとした巴マミは、きっと悪く無い。
今の気分を一言で言えば、『ティロ・フィナーレ☆三秒前』である。
その感情は……一般に殺意と呼ばれる、らしい。

お邪魔しました、という自身がさも常識人であると言わんばかりの挨拶を残して、火野映司は巴マミの部屋を後にしたのだった……
どうせ帰るなら、このナマモノを一緒に連れて帰って欲しいものである。

「そうそう、危うく用事を忘れるところだったわ」
「そうですか。それを済ませることは、非常に重要ですね」

そして、その後は可及的かつ速やかに退室していただけると嬉しいです。

「貴女の力は、何なのかしら?」

……とぼけて追い返そうかと、マミは一瞬だけ思考を巡らせる。
だがしかし、それらの案は纏めて、バッタ缶の後を追わせた。
見るからに非常識なこのお客さんが、魔法絡みでは無いと期待するのは、ご都合主義が過ぎるというものだからだ。

「その前に……貴女は何者なんですか?」
「メズール。グリードの一人よ。アンクから聞いているんじゃない?」

説明するのが面倒臭い……というわけではないだろうが、メズール様は簡潔すぎる自己紹介をしてくれた。
そして、相手が魔法関連の人物ではないと解って、冷や汗を流し始めるマミ。
既に去ってしまった火野映司を呼び戻すことは、出来ない。
奴には、携帯電話を持つような経済力は無いのだから。

「私達の邪魔をされるのは困るのよね。だいたい、ヤミーは人間の欲望を叶えているんだから、悪いことなんて何もないじゃない」
「……ヤミーが他人に迷惑をかけ過ぎるのが不味いんだと思うわよ」

巴マミは未だ、デブ猫ヤミー以外の個体を見たことが無い。
トーリは、ヤミーだと認識されては居ないので。

「人間なんて、生きていれば他人に迷惑をかけるものでしょう?」

確かに、その通りではある。
何処かのエラい学者様が、ルール無き仮想世界を万人の万人に対する闘争状態と呼んでいたとか。
だがしかし、言葉尻としては正しいことを言われているような気もするのだが、それ以上に納得がいかないという気持ち悪さの方が大きかった。
その気分の悪さの正体が何なのか……今の巴マミには、説明できない。

「まぁ、貴女は人間でさえ無いみたいだけれど」
「……え?」

先ほどまでの巴マミであったなら、メズールのその一言を、挑発か脅し文句だろうと思えただろう。
だがしかし……

『魔法少女の魂は変質して、肉体は入れ物に過ぎなくなる……らしいです』

不人情な後輩の言葉が……脳裏から離れない。
確かに、魔法少女になってから、回復の魔法を使わなくても傷の治りが早いと思う事はあった。
魔女を追っているうちに、疲れを忘れて三日三晩行動しっぱなしの自分に気付いたことも……ある。
あの後輩は全く腹が減らなくなったと言っていたが、マミも魔法少女になってからは、耐えがたいような空腹に襲われた覚えは一度もない。

「……もしかして、気付いていないのかしら? 自分がどんな状態なのか」

このメズールという怪人には、それが解っているというのか。
もしかすると、この頬を伝わる汗さえ、人体から流れ出る液体とは別の物質なのかもしれない。
動き出した疑心は……止まらない。

「情報を交換しましょう。断れないはずよ? 貴女の『知りたい』という欲望は、結構大きいみたいだもの」

悪魔の囁きは、時に天使の声に聞こえる……そう、天の道を往く人は言いました。
現在の巴マミの目の前に居る女怪人は、そして過去に巴マミの命を救った魔法の使者は、一体どちらなのだろうか。

「でも、『今後ヤミーに手を出さないこと』を条件に加える気でしょう?」
「貴女のような力を持った人間が何人いるかも解らないのに、貴女一人に対してそんな約束を取り付けても、ねぇ……」

会話相手の魚貝怪人は、本当に、魔法少女について調べに来ただけのようだ。

「その取引……乗らせて」

運命は、転がり始めたのか、それとも転び始めたのか……



「契約、ねぇ」

マミの講釈を聞いてメズールが取ったリアクションは……まず、眉を顰めることだった。
メズールが何を考えているのか、巴マミには読み取ることが出来ない。

「何か不審な点でもある?」

いつの間にか、メズールに対する敬語は、抜けていた。

「そいつのやり口、何だか私達に似てるわね。気に入らないわ」
「そういうのを、人間は同族嫌悪って言うのよ」

グリードは、人間の欲望を利用してヤミーを作る。
それに対して、キュゥべえはむしろ少女たちの願いをきちんと叶えることに加えて、代償として魔法少女になってもらうことを通知している。
つまり、キュゥべえはグリードに比べて遥かに良心的な存在だ。

……少なくともこの時の巴マミは、そう思っていた。思いたかった。

じゃあ私の番ね、と前置くメズール。
マミの喉が……ごくり、と音を立てずに鳴ったのを待ちながら、メズールはゆっくりとその反応を見て楽しんでいるようでさえある。

「貴女の動かしているその器は、死体よ。魂と呼ぶべきものが入っていないもの」

それは、キュゥべえを屠った魔法少女からトーリを通してマミに伝えられた助言と、似過ぎていて。
それでいて、マミの抱いている疑心に対する答えとして……妙な説得力を、持っていた。

「魂なんて、得体の知れないものを持ちだされても困るわ。少なくとも私は、感情を失ったり残虐な性格になったりはしていないし……」

よく、ドラマや映画で『魂』を代価に悪魔や神と契約するという話は聞くが、物語の設定次第によっては、何が変わったのか解らないことだって多い。

「失われているわけじゃないわ。貴女の魂は……その『指輪』に作り変えられているのよ」

メズールが指差した先にあったものは……マミが普段から肌身離さずに持っている指輪だった。
それは、マミにとって思い入れの深い装飾品であることは、間違いない。
先ほども、後輩に対してソウルジェムに関連する講義を開いていたところである。

「貴女のその肉体からは、『欲望』を感じないもの。『欲望』を抱いているのは、その石ころね」
「……証拠は、あるの?」

何処かの平行時空で、別の巴マミが暁美ほむらに対して発したかもしれない、言葉だった。
メズールの言葉が嘘であってほしい……本人が自覚しなくても、確かに否認が巴マミの心を支えていた。
そもそもこの怪人と話を始めたのが間違いだったのではないか、とさえ思い始めている。

だが、現実は非情だった。

「人間が欲望を感じ取るのは無理だけど、証拠なら『出せる』わ」

一瞬、メズールの素早い返答に気を取られたマミの手元に、『それ』は投げられた。
円盤の形をした、小ささの割に重量感のある銀色の塊……セルメダルである。
マミの反応を待たずに、投げつけられたセルメダルは、吸い込まれた。

『巴マミの身体』にではなく、『ソウルジェム』に。

「アンクから聞いているでしょう? ヤミーは人間の欲望から生まれるってことを」

アンクからではなく火野映司からだが、確かに巴マミは聞いたことがあった。
人間の欲望から、ヤミーが作られるのだと言う事を。

……嘘だ。
嫌。
私が死体なんて、そんなの絶対おかしい。
生きたいってキュゥべえに願ったのに。
悪い魔女を倒して、弱い人間を救って、希望を振りまくが魔法少女っていう存在のはずよ。

「ダレカ、タスケテ」

巴マミの、心の声にして『欲望』でもある言葉が、紡がれた。
彼女自身の口からではなく……マミの目の前に新たに現れた存在によって。
不気味に捻じ曲がった関節を持つ黒い身体に、剥がれかけの白い包帯を巻き付けた、醜い姿の怪人だった。
マミの欲望から生まれた白ヤミーは……その出生自体が、マミの魂の在り処を示している。

「イキタイッテ、ネガッタノニ」

その身体に巻かれた包帯と輝きの無い一眼が、どうしようもなく『死体』を連想させ、巴マミの精神を激しく揺さぶる。
生理的嫌悪感に身を震わせながら後ずさるマミを覗き込む包帯怪人が、次の一言を発した瞬間、

「コンナコト、アルワケナイ」
「あああああああああッ!!」

轟音と共に、白ヤミーの額には銃弾が撃ち込まれていた。
悲鳴とも怒号ともつかない声が、気密性の高い浴場に木霊する。
弾丸を発したマスケットの銃口は……ひび割れていた。

「嘘よっ! 」

変身することも忘れて。
その手に握りしめたソウルジェムから無数の銃を取り出し、手当たり次第に白ヤミーへと弾丸をぶち込む。

「そんなこと!」

封じられたはずの魂を震わせようとしているかのように。
低い音と高い声が、ハーモニーを刻む。

「私は、死人なんかじゃないっ!」

何度も、何度も。
白ヤミーを叩き潰した銃弾が、マミの心を蝕む。

「私、たち、は……!」

気が付くと、マミの周囲の景色は一変していた。
オシャレな風呂場だったはずの場所には風通しの良い景色が広がっている。
残った壁には至る場所には銃痕とひび割れが広がり、そこに居たはずの白ヤミーはミンチとなり、メズールも既に部屋を後にしたようだ。

『そういうのを、貴女達の言葉では同族嫌悪って言うのだったかしら?』

……そう、捨て台詞を残して。

破裂した配水管からは噴水のように水が噴き出し、雨のように巴マミを頭上からずぶ濡れにしていた。
床には数えるのも億劫なほどの、おびただしい量のマスケットが散らばり、延々と鼻を突く硝煙を上げ続ける。

言葉無く、マミはその場にへたりこんだ。

光無く、その目は空ろで何も映しては居なかった。

容赦無く、メズールが残した言葉が心を削った。

力無く、その手から希望だったものが転がり落ちた。


キュゥべえと初めて会った日に手にした品。
魂の宝石の名を持つ、魔法の卵。
契約の時にマミの身体から生み出され、力を行使する度に濁りを溜めこんでいく、不思議な輝石。

『綺麗ですねぇ』

先日出会ったばかりの頼りない後輩がそう言ってくれた、大切な宝物。
そう、思っていた。

……ソウルジェムの濁り方が、いつもより少しだけ早いような、そんな気がした。



・今週のNG大賞
「あら? 私のヤミーに白ヤミー形態なんてあったかしら?」

間違えて、ウヴァに返し忘れた緑のコアを使ってヤミーを作ってしまったらしい。
メズール様って、お茶目さん☆

・公開プロットシリーズNo.14
→メズール様でダシを取ったスープが物凄く美味そうな気がしているのは、絶対に作者だけじゃ無い筈だ。

・人物図鑑
 メズール
魚貝の怪王。その性質は色欲。母性に従って弱者を保護することもあるが、その愛情に報いる人物は数えるほどしか居ない。食料品店に並ぶ海の幸たちを見れば、簡単に失神してしまうだろう。



[29586] 第十五話:rebirth ――珍獣は二度死ぬ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:37
アンクは、ボロボロだった。
原因は……彼が先ほど出会った魚人に違いない。

高層ビルの一室に潜むヤミーの存在に気付いて、その様子を外から観察していた所までは、順調だった。
だが、そんなアンクの元に、ヤミーの創造主が現れたのだ。
水棲生物の女王である、メズールが。
ヤミーの横取りは許さない、と凄むメズールに対して虚勢を張ったのが、アンクの運の尽きだった。
命からがら逃げ切れたものの、カマキリのコアメダルを落としてしまったのである。
おそらく、メズールの手からウヴァへと渡っていることだろう。

……腹立たしい。

そして、アンクにとってもう一つ、許し難いことがある。
鴻上という人間が提供するメダルシステムの利用料として、今後入手するセルメダルの7割も要求されたのだ。
メダルシステムは有用だと思いつつも、ぼったくられ過ぎだという感は否めない。
とりあえずヤミーは後回しにして、アンクは鴻上ファウンデーションの本社ビルへと足を運ぶのだった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十五話:rebirth ――珍獣は二度死ぬ



美樹さやかは、見つけてしまった。
白ネコと白ウサギを足して二で割ったような、不思議な生き物を。
転校生こと暁美ほむらの誕生日を祝ったパーティの帰り道を一人で歩いていたところ、偶然発見したのだ。
後ろ姿しか見えないが、所謂イエネコでは絶対に有り得ない無駄毛が耳から生え放題になっている。

どう考えても幽魔……ではなくUMAであることは間違いない。
そんな奇妙な生物を発見したさやかのとるべき道は、たった一つ……捕獲あるのみである。

だがしかし、後姿だけしか見せないUMAは、なかなか隙も見せない。
さやかは、UMAが移動する度に自身の隠れる場所を転々と変え続けているのだが、なかなかUMAに近づきやすい位置取りが出来ないのである。

もしかしてあたしのことに気付いてんのかな? と思わないでもないが、好奇心には勝てずに追跡を続けてしまう。
考え至るはずも無かった。
……自身が『誘い込まれている』などとは。

とあるお高そうなマンションの敷地へと侵入するUMAの後を追い、自らも不法侵入を試みるさやか。
特に警備員に引きとめられるといったアクシデントも無く、地上20階に位置する一室にまで辿り着いてしまった。
もはや、周囲の目なんて気にしていない。

螺旋階段を一気に登りきっても、僅かな時間で息を整え切るさやかは、女子中学生としてはやや身体能力が高めなのかもしれない。
誰も居ない廊下に一直線に視線を走らせ……見つけた。

2085号室と書かれた部屋のドアの隙間から、白い尻尾がはみ出ているのを。
流石のさやかでも、これには思った。

「なんか、間抜けすぎるような……?」

でも動物なんだし。
っていうか、コイツはドアをどうやって開けたんだろう。
もしかして、この部屋の住人のペット?

気になる。
気になってしまう。
気になりすぎて、このまま帰ったら不眠症コースに直行してしまう。

さやかが部屋の扉に近づくと、尻尾はそのまま部屋の中へ引っ込んでしまった。
若干、自身が犯罪に片足を突っ込んでいることを自覚し始めているさやか。
でも、あのUMAへの興味は消えそうにない。

意を決して、部屋の扉を開けてしまった。
その目に飛び込んできた光景は……

人間の手。
……のような歯を持った、

「ピラニア……?」

30センチ程度の、肉食っぽい魚の群れだった。
おかしい。
自分は、可愛らしい猫型UMAを追っていたはずでは無いのか。
こんなの、あたし聞いてない!

陸棲ピラニアとでも、呼んでおこう。
先ほどまで自身は未確認生物を追っていたはずなのに、この反応の差は一体何だろうか。

A:さっきの白いヤツは可愛かったからに決まってんだろ!

そうだ、さっきの白い子は?
まさかもう、陸棲ピラニアに食われてしまったんだろうか。
死んでたら、綿でも詰めて転校生への誕生日プレゼントにしようかな。
ああいうクールなタイプの子ほど、実は可愛いもの好きだったりするんだよ、きっと。

……なんか、転校生が縫い包みの額を機関銃で打ち抜く映像が頭の中で再生されたのは何でだろうね?

白いUMAを探して部屋の中を見回すと、失神していると思しき女性の姿が。
この部屋に一人で住んでいるにしては若いが、高校生には見えないので、所謂若妻というやつなのだろう。多分。
間違いなく、この陸型ピラニアの群れを見て気を失ったのだ。

「助けて……」

部屋の中からは、もう一つの声が聞こえた。
なんと、先ほどの白いUMAがピラニアに食いつかれて、半スプラッタ的な状況になっていた。
前足が一本千切れかけ、残った胴体も血まみれである。

咄嗟に、近くにあった電気スタンドを投げつけて陸型ピラニアを怯ませ、次の瞬間に全力のローキックで蹴り飛ばす。
軸足で白いUMAの尻尾を踏みつけて、陸型ピラニアと一緒に吹き飛ばないようにするのも、忘れない。
何だか扱いが酷い気もするが、緊急回避なんだから仕方ない。

「何なのよコレ!? 転校生の誕生日があたしの命日ってか!?」
「美樹さやか……この状況を打開する手段が、君には一つだけ、ある」

この状況? と、聞き返す前に周囲を見渡して……質問を取り消す美樹さやか。
気が付けば、さやかと失神した女性は、陸棲ピラニアの群れに囲まれていた。
白ネコUMAが人語を発しているという奇怪に対してリアクションを取っている時間さえ、許されていない。

「ボクと契約して、魔法少女になってよ」
「あんた、そんな怪我で、何言ってんのよ!?」

可愛らしい白い身体を持っていたはずの白いUMAは、その身体から滴り出た血液によって体毛の半分以上を真っ赤に染めており、素人目に見ても致命傷であることは間違いない。
そんな状況で、見ず知らずの存在であるさやかを気遣っている余裕があるようには見えない。

「願いを、一つ決めるんだ。それをボクが叶えるのと同時に、君は『魔法少女』になって、魔女と戦う力を手にする。生き残るにはそれしかない」

息も絶え絶えに、言葉を紡ぎ出す白いUMA。
UMAは何故かさやかの名前を知っているようだが、さやかはこのUMAのことを何も知らない。
……もちろん、このUMAが、殺しても死なない意識共同体のインターフェイスであることも。
そして、周囲のピラニアモドキが魔女であるとは一言も言っていない、ということにも。

「魔女? 魔法少女? 願い……?」

さやかが最初に連想したのは、幼馴染のバイオリン奏者の事だった。
上条恭介という名の彼は、天才的な腕前を持っていた……筈だったのだ。
不幸な事故で、片腕の機能の大半を失うまでは。

……恭介を、治してあげたい。

そう願おうとしたさやかだったが、願いを使って目の前の白いUMAを助けてやるべきなのか、とも考えてしまう。
だってコイツ、見ず知らずののあたしを助けてくれる、凄くイイ奴じゃん。

一瞬だけ悩んださやかが出した答えは……

「怪我を治す能力をちょうだい! 他人にも使えるやつ! それがあたしの願いよ!」

円環世界のさやかが、一度たりとも願わなかった事柄。
両方を救うにはそれしか思いつかなかったというだけの理由で、あっさりと決められてしまったのだ。

「なら、契約成立だ!」
「おっけー!」

さやかの服装が、変化する。
青を基調としたヘソ出しルックの上着に、丈の短いスカート。
何処かの騎士を思わせるマントを背になびかせ、その手には奇跡の宝石……ソウルジェムが握られていた。

「なんだかよく分からないけど、コイツらを蹴散らして……」

どこからか取り出したサーベルを、地面に垂らしながら重さを確かめる。
女子中学生が扱うにはやや重い筈の兵器が、自分の手足の延長のように思い通りに振り回せる。
まるで、剣を作り出せるのが当たり前だったかのように無意識に、魔法の力で一振りの武器を生みだしたのだ。

何回か素振りしてみて、その感触を確かめたさやかが真っ先にとった行動は……

「まず、あんた達を安全なところに運ばないとね」

意外と、常識的な判断だった。
倒れている女性をよっこらせと肩に担ぎ、部屋の中にあった高そうな手提げカバンの中に瀕死の白ネコモドキを詰める。
この場に放っておけば、間違いなく陸棲ピラニアの餌となってしまうのだから。

窓から溢れ出るピラニアの群れに背を向け、個体数の少ない玄関方面へと、サーベルを振り回しながら駆け抜けた。
一体一体を一撃ずつで葬り去れるほど力の差も無いが、脅威なのは数だけらしい。
脱出途中の廊下の呼び鈴を押しまくって住民に注意を喚起し、ついでに防災ベルを通りがけに起動しておくのも忘れない。

「魔法少女の力を使って最初にすることが多重連続ピンポンダッシュだったのは、君が初めてだよ」
「あんた、実は余裕あるんじゃないの!?」

バッグの中から聞こえる能天気な声に突っ込みながら、来る時は息を切らしながらだったはずの螺旋階段を、まるで落ちるように駆け下りる。

マンションからようやく飛び出たさやかが見た光景は……滝だった。
ただし、その流れが始まった場所は泉ではなく、落下しているものも水滴ではない。
陸棲ピラニアが、マンションの20階から、滝のように溢れだしていたのだ。

「難易度の修正を要求するッ! それか武器のセレクトやり直させてよ!?」
「ワケが解らないよ」

剣一本で、どうやってあの大軍に立ち向かえと言うのか。
とりあえず、カバンの中に居るキュゥべえの治療は、まだ余裕がありそうなので後回しで良いだろう。
付近のベンチに座っている見知らぬ女子大生を発見したので、2085室の住人とキュゥべえの身柄を預けておいた。
どうやら、偶然にも部屋の主とその女性は知り合いだったらしいのだが、そんなことはさておき。

「魚を捌いた経験なんて無いけど……やるしかないか」

とにかく、少しでも数を削っておこう。

……そう思った、矢先だった。


「避けて、よけてーっ!?」

上下に赤黄緑に分かれた不気味な怪人が、キリモミ回転をしながら、さやかの元にぶっ飛んで来たのは。
その声に聞き覚えがある気がするだとか、そんなことを気にしている余裕は、無かった。
というか、状況判断が追い付かなかった。

混乱の境地に達したさやかは、サーベルを両手持ちで構え、踏み込み足から軸足への体重移動を今までにないぐらい理想的に行い、

「どっせいっ!」

おおよそ、魔法少女という生き物が放つものとは思えない掛け声を発しながら、フルスイングした。
少なからず野球の経験があるさやかだが、ここまで気持ちよくバッドを振り抜くことが出来たのは、初めてかもしれない。

残念ながら三色怪人には両腕の甲で打撃をガードされてしまったが、さやかは彼が飛んで来た方角へと真っ向から打ち返したのだった。

……あれ? 今のって何だったんだろ?
人間、なの? っていうか、みね打ちだけど全力で叩き返しちゃったよ?
死んでない? 殺人犯の魔法少女なんて斬新過ぎるよ?

何が起こったか、何一つとして理解できなかったさやかが、精神を防衛するために放った言葉は、一つ。


「あたし、完璧!」

美樹たん、今日も絶好調!



・今回のNG大賞
「聞いてよ、転校生。良いニュースと悪いニュースがあるんだ」
「……何?」
「なんと、キュゥべえっていう可愛い奴を見つけて、さやかちゃんは魔法少女になったのだー!」
「それで、良いニュースは?」
「えっ」


・公開プロットシリーズNo.15
→検索を始めよう。キーワードは、「キタエリ」、「プリキュア」、そして……「美希たん」。



[29586] 第十六話:緑の党
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/21 04:02
巴マミの部屋を後にした火野映司を待ち受けていたのは……後藤だった。
女子中学生をストーカーして、さやかの手で警察に突き出されかけた、後藤である。
その後藤の口からヤミーの卵がある場所を教えてもらった映司は、ライドベンダーを駆って現場であるマンションへと急行したのだった。

「オーズ、だな? 勝手に俺のコアを使うなッ!」

だがしかし、そこに待ち受けていた存在はヤミーではなく、緑色のグリードことウヴァだったのだ。

「変身っ!」
『タカ トラ バッタ』

オーズに変身して戦う映司だが、仮にもウヴァは上級怪人である。
流石のタトバコンボを持ってしても、初戦闘補正までもが上乗せされたウヴァさんに太刀打ちすることは出来なかった!
なお、映司はその三枚以外のコアメダルはアンクから預かっていない。
あっという間に追いこまれ、トドメとばかりに喰らったアッパーカットでブッ飛ばされてしまう。

映司が飛ばされた先に居たのは……いつの日か、クスクシエで出会ったことがある少女。
何故かコスプレ姿に剣らしき長物を持っているようだが、怪物を狩るゲームのオフ会にでも行く途中だったのだろうか?
空中での方向転換の出来ないオーズが回避行動をとることは不可能なのだから、向こう側にオーズの存在を知らしめなければならない。

「避けて、よけてーっ!」
「どっせいっ!」

腰の入った、綺麗なフォームから繰り出される渾身の打撃を、何とか両腕の爪でガードする映司。
流石トラクローだ! なんともないぜ!

そして、映司が打ち返された先には……勝利を確信して追撃を仕掛けようとしていたウヴァさんの姿が!

『スキャニングチャージ』

咄嗟にオースキャナーを操作し、空中に赤黄緑の三つのエネルギーリングを発生させる。
突進してくるウヴァへ向かって、三色の環を潜る度に加速するオーズ。

「俺のコアだあああッ!」
「セイヤァァッ!」

魔法少女の腕力で打ち出された仮面ライダーが、必殺技である飛び蹴りを、正面から向かってくる怪人に、クリティカルヒットさせたのだ。
ぶっちゃけ、これで倒せないワケがない。

「バカな……! この俺が……っ!」
「恐ろしい敵だった……!」

哀れ、ウヴァさんは火に包まれ、次の瞬間には仁王立ちのまま爆死を遂げたのであった。
彼の断末魔が噛ませ役っぽいなどとは、決して突っ込んではいけない。
映司の台詞から今一つウヴァさんの恐ろしさが伝わってこないのも、絶対に気にしてはいけない。

仮にもグリードの一人であるウヴァさんが、小物の筈がないじゃないか……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十六話:緑の党

Count the medals現在オーズが使えるメダルは……
タカ×2
クワガタ×3
カマキリ×2
バッタ×2
ライオン×1
トラ×2
チーター×2



「さやかちゃんって、もしかして『魔法少女』?」

緑色の怪人を処理し終えて、三色男がさやかに対して発した第一声が、それだった。
この三色の人は、何故さやかの名前を知っているのだろうか。

「……?」

さやかは、今日の今日まで、世界の裏で行われている戦いなど知らない一般人だったはずなのに。
……心当たりが、全く無い。
だがしかしそこに唐突に、さやかの親友が教えてくれた、その母親からの受け売りが思い出された。

――自分にファンクラブがあると思っておくのが、美人の秘訣なんだよ

「なってこった……! 魔法美少女さやかちゃん伝説は既に始まっていたのか……っ!」

おめでたい頭……もとい、とても非常に建設的な良い思考回路だと思いますよ。ええ。
というか、三色男が口に出した情報としては、魔法少女と同定されたことの方が重要ではないだろうか?

「お兄さん、アレでしょ? えーと……『仮面ライダー』っていう、御当地ヒーローだよね?」

先日、さやかが友人である仁美からお守りを貰った時に、少しだけ話題に上った気がする。
あのカラフルなお守りから考えて、五色の戦士的なヒーローだと思っていたさやかだが、実際の『仮面ライダー』さんを目の当たりにして考えを改めた。
まさか、一人で何色も担当しているとは思わなかったからだ。

「俺、そんなふうに呼ばれてたの?」

一方の映司も、思わぬ通り名がつけられていた事に前向きな驚きを抱いていた。
正直に言って、『タトバマン』だとか『メダルハンターO』ぐらいに呼ばれていても不思議ではないと思っていたのに。

「でも、助かったよー」
「何の事?」

目の前の少女がオーズの正体に気付いていないのではないか、という小さな疑問を抱いた映司だが、とりあえずさやかの次の言葉を促してみた。
何故だか期待満々な視線を向けられているという、不思議な状況に首を傾げながら。

「あたしってさ、武器が『コレ』しか無いのよ。あの大軍を相手にするのは大変かなーって思ってたんだ」

さやかは言いながら、手元に抱えたサーベルの刀身をさすって見せる。
確かに、近接武器一本では、陸棲ピラニアの大軍を狩り切るのは骨が折れるかもしれない。

「ああ、奇遇だね。俺も武器は剣しか無いんだ」

そう言いながら、大剣メダジャリバーを何処からともなく取り出してみせる映司。
一体どうやって携帯していたのかなどという野暮な質問をするなかれ。
男の子には色々と隠すところがあるんだよ♂ 嫌いじゃないわ!

……冗談はさておき。

「はたまた御冗談を……いっちょ、巨大ロボとかMAP攻撃的な派手なヤツでズバーッとやっちゃってくださいよ、仮面ライダーの先生!」
「今使えるのは、無いかなぁ」

陸棲ピラニアたちが沸き出ているビルの中に逃げ遅れた人が居るかもしれないので、空間斬撃であるオーズバッシュの発動は控えたいところである。
そして、先ほどまで鼻息の荒かったさやかのテンションも、少しずつ控えめになっている。
きっと、他人の機微に敏感な映司でなくとも、気付けた筈だ。

「よし、それならバイクで蹴散らして……!」

周囲を見回して超絶自販機ことライドベンダーを発見した映司は、すぐさまその前に駆け寄り、セルメダルを投入するが……

「あれ? 変わらない……?」

ライドベンダーは、バイク形態への移行を遂げなかった。
ディスプレイを叩いたり、殴って横倒しにしてみても、一向に変形する気配を見せない。
冗談がてら『はい変わったー』などと呟いてみるも、自販機はウンともスンとも言わないのだ。
……期待に満ちていたはずのさやかからの視線が、何だか冷たくなり始めている。

「そうだ、さっき手に入れたメダルを使えば……!」
『タカ カマキリ バッタ』

先ほど手に入れた緑色のコアメダルの一枚を、三枚並んだベルトのメダルの一枚と交換してみた。
トラメダル様は、自身の役目をきちんと果たして堂々の退場である。

「じゃーん!」

オーズの手の甲に、カマキリのような双剣が現れ、それを両手に握り直してさやかに見せつける。
自分の口で擬態音を口にするあたり、凄いだろう、とでも言いたいのだろうか。

「やっぱり剣じゃん……」
「だよねぇ……」

さやかからの評価値が、夢と希望とワームを載せた隕石のような速度で落下している。
少なくとも映司には、さやかから向けられる半眼がそういう意味だと思えた。
口には出ていないが、『こいつ使えねぇ……』とか思われている。多分。
そこで『お前モナー』などと言い返さない紳士こそ、火野映司であるのだが。

「なら、」

映司が取り出したのは……先ほど手に入れた、もう一種類のコアメダルだった。
バッタは既に持っているので特筆するべくもないが、問題はもう一種類である。
大きな二本の角を持つ生物が描かれたそれは……映司の知らないコアメダルである。
そして、それをオーズドライバーの差し込み口に入れれば、おそらく『何か』が起こる。
オーズという存在は、同色のコアメダル三枚を用いて変身すると、ボーナス的な能力が発動するものなのだ。

――コンボは体力を激しく消耗するから、控えろ

その特殊な変身形態を、映司の愉快な仲間である腕怪人はコンボと呼んでいたはず。
そして、オーズが現在使用しているコアメダルは、うち二枚が緑色である。

「さやかちゃん。俺、今から自滅技撃つかもしれないから、俺がダメだったら後よろしく!」
「え? 何それ? 何危険なフラグ立ててんの!?」

『クワガタ カマキリ バッタ』

手早くオーズドライバーのコアメダルを差し替え、緑の三枚をオースキャナーに読み込ませる。
ウヴァさんのメダルの素晴らしさを称える、還暦越えの某歌手によく似た声が聞こえた映司だったが、今はそれどころでは無い。
映司が先日使ったラトラーターというコンボは、使用後にしばらくまともに動けないという程度のダメージで済んだが、このガタキリバというコンボではどうなるのかという不安が無いわけではないのだ。

果たして、この緑のコンボの効果は……

「おおおおおおおっ!」
「何がどうなってんの!?」

右をむけば、素敵な緑の角とこんにちは。
左を見れば、やっぱり緑の双剣が眩い光を放ってお早うございました。
前を眺めても、案の定緑の足で地面を踏む素敵な立ち姿がこんばんは。

……増えた。
緑、緑、緑、緑、緑、緑、緑――

そこら一面を覆い隠すように現れた、大量の緑色な奴らが、さやかの目の前に広がっていた。

「さやかちゃん、俺、何人居る!?」
「お前の頭を数えろっ!」

大軍で押し寄せながらさやかに尋ねてくるガタキリバの群れは……鬱陶しい以外の何者でもない。
その真っ赤な複眼が虫を連想させるところが、何だか気持悪く見えてしまう始末である。

「まぁ、折角大軍向けの能力が出たし、とっとと終わらせよう」
「そ、そうね……早く帰りたい……」

ドン引きだよ!
口には出さないものの、ガタキリバの大群の気味の悪さは、ピカイチである。
会話もそこそこに、ビルの上階から溢れ出る陸棲ピラニアに向き合った、ガタキリバ軍団。
いっそのこと、GKB48と名乗って芸能デビューしては如何だろうか。

せーの、と掛け声をかけ、

「セイヤァッ!」
「セイヤッ!」
「セイヤーッ!」
「セイヤー!」
「セイ(以下略)」

一斉に、投げた。
腕に装備されていたカマキリコアによる固有武装ことカマキリソードを、放ったのである。
たかが投擲というなかれ。
無数の分身体が、各々二本ずつ装備していた剣を、一斉に投げつけたのだ。

まさに、雨。
太古の戦場では槍や矢が雨のように降り注いだと聞くが、その光景がまさに今、再現されていた。
膨大な数だったはずの陸棲ピラニア、もといピラニアヤミーがその数を大幅に減らされ、さやかは開いた口が塞がらない。
目玉が飛び出るほど、という比喩が生温いと思えるぐらいには目の前の光景に置いてけぼりを食らっていたのだ。

そんなさやかを余所に、生き残った陸棲ピラニアたちは不利を悟ったらしく、一体の大きな魚を模した姿へと合体を遂げる。
国語の教科書に出てくる、泳ぐという英単語を模した名前のサカナの生態を思い出して頂ければ幸いである。
一方、ガタキリバコンボの初変身補正も加わったオーズは、躊躇無くトドメを刺しにかかる。

『スキャニングチャージ』

オースキャナーに再度三枚のコアメダルを読み取らせ、見事な連携で次々とライダーキックを放つガタキリバ軍団の前に、陸棲ピラニアたちは為すすべも無かった。
さやかが対処に困っていたはずのピラニアの群れは、驚くほどの短時間で狩り切られてしまったのであった……



「また出遅れました……『また』ですよ……」

眼下に広がるガタキリバ無双を上空から眺めながら……少女ヤミーことトーリが、呟いた。
マミの部屋を離脱してしばらく飛びまわっていたトーリは、本来なら真っ先にピラニアヤミーの元へと急行することが出来た筈なのである。
ところが、映司がタカメダルを使って変身したために、透視能力が怖くて顔を出せなかったのだ。
しかも、さやかのせいでセルメダルが増え始めたことも災いして、オーズがタカメダルを収めた後も動くことが出来ない。

ただ、それよりも少女ヤミーが気になることは、

「お父さん、殺られちゃいましたけど……ワタシはこれからどうすれば良いんでしょうか……」

セルメダルを届けるべきグリードが居なくなった件だったりして……



・今回のNG大賞

鴻上財団会長室で、アンクと鴻上会長によるメダルシステム使用料の交渉は進む。
部屋に備え付けられたディスプレイの向こうには、コンボでヤミーを蹴散らすオーズの姿が。

「メダルシステム無しでも意外に何とかなりそうだしなァ、支払いは20%でどうだ?」
「……60%」
「30だ」
「50%でどうかね?」
「40」
「ハッピーバースディ! セルメダルの60%は君達のものだよ!」

『60%』というプレートが付けられたケーキを見せて、この交渉が予定通りであったことをアピールする鴻上会長。
実は60%のセルメダルを徴収する予定だったなんて、死んでも言えない……

・公開プロットシリーズNo.16
→マミさんの戦法を見たら、映司だって真似したくなるさ。

・人物図鑑
 ウヴァ
昆虫の怪王。性質は憤怒。抱え持った破壊衝動はあまりに強大。彼の手下たちはその抑えになるべく高い知能を誇るが、大抵は短命で役割を全うできない。忘我状態の所を袋叩きにすれば、恐れるに足る相手では無い。



[29586] 第十七話:A dying hero, a dead heroin
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 04:47
仮面ライダーさんが、分身したと思ったら集団ライダーキックをかまして、そのまま変身が解けてうつ伏せにぶっ倒れた。
何を言っているか以下略。

「コレは……美少女ヒロインさやかちゃんが、ヒーローの知られざる素顔を知ってしまうイベントに違いないわ!」

顔を地面の方に向けて倒れている青年を観察しながら、華麗なポジティブシンキングをかます自称美少女。
ヒロインなら、まずは倒れている映司の身の心配をするぐらいの優しさは欲しいところであるが、彼女はそんな器ではなかったらしい。
……お前の優しさはどうした?

鼻息を荒くしながらゆっくりと映司に近づくさやかの顔は、わくわく、という擬音が聞こえてきそうなほど期待に満ちていた。

「イケメンだったらどうしよう、でも私には恭介っていうヒトが……!」

ヒロインを巡って争うイケメンと天才音楽家の寸劇が勝手に頭の中で出来上がっている辺り、テンションフォルテッシモなんてレベルではない。
ファンガイアの先代王様の墓前で土下座して謝った方が良い思考回路である。
きっと、初変身補正で頭の中がピンク色になっているのだろう。
そもそもさやかが今回の契約及び初変身によって何かの役に立ったか、などという突っ込みをしてはいけない。

一歩一歩時間をかけながら映司に近づいて行くさやかには……既に、色々とフラグが立ち過ぎていた。
……主に、邪魔が入るフラグが。

「大丈夫ですか!?」

大きな羽を広げて空から降り立ったのは……見知らぬ、緑色の衣装が印象的な少女だった。
さやかの存在に気付いていないわけではないだろうが、映司の間近に着地した少女は慌てた様子でその背中を揺すって反応を確かめる。
そうかと思いきや、あっという間に映司の両腕を掴み、再び空へと姿を消したのであった……

「……ライバルヒロイン現る、ってか?」

目の前で公然と行われた人攫いに、さやかはとりあえずの仮説を立てて思考を打ち切る。
彼女とて、暇ではないのだ。
先ほど傷ついて倒れた白いネコモドキを、治療してやらなければならないのだから。
先ほどの三色の彼は、通りすがりの仮面ライダーぐらいに思っておけば充分だろう。



そして、映司を抱えてふらふらと徐行しながら飛ぶトーリは、とてつもなく物騒なことを考えていたりする。

「今が、オーズを始末するチャンス……なんでしょうか?」

先ほどの青い魔法少女が見ている前では事を起こそうにも起こせなかったので連れて来てしまったわけだが……どうしよう?
殺すだけならば、映司を重力に従って自然落下させるだけの簡単なお仕事である。
ただ、例えオーズを始末してセルメダルを集め始めても、トーリには既にメダルの搬入先であるグリードが存在しないのだ。

ここで映司を手放すことは簡単だが……アンクとオーズは、少女ヤミーがメダル関連の知識を得るための重要な情報源でもある。
一応、カザリというグリードも見たことはあるのだが、まず話し合いの場につかせることが出来るかどうかという段階から不安が残るところだ。
それに、もしかすると、ひょっとすると、万が一ぐらいには、映司とアンクがウヴァの復活方法を知っているかもしれない。

「難儀ですねぇ……」

つい先ほどまでは邪魔で仕方が無かった筈のオーズがこんなにもピンチなのに、止めを刺すことが出来ないという不思議。
まさか、この男は運命に愛されているとでもいうのだろうか。
『コアメダルを没収しておくべきか』だの『いっそドライバーごと』だの『そもそも何処に向かって飛んでいるんだ』だの、色々と考える事が山積みのトーリは、もうしばらく付近の空を旋回して居そうである……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十七話:A dying hero, a dead heroin



キュゥべえを治療するつもりで、先ほどバッグを預けた女性の元に戻ってきたさやかだったが……思わぬ展開を耳にする。
女性によると、カバンの中に居たはずの動物はいつの間にか逃げ出してしまっていたらしく、女性は結局一度もその生き物を見なかったということらしい。
あのUMAの負っていた傷は、実は見た目よりも軽かったのかもしれない、とさやかは結論付けたのだった。

……さやかの知らぬことだが、魔法少女の素質を持たない者はキュゥべえを目視することが出来ない。
女性が空っぽだと勘違いしたバッグの中には、実は血まみれのキュゥべえがしっかりと詰まっていたりしたのだ。
もっとも、そのバッグは既にピラニアヤミーの群れに食われてしまい、この世に存在しないのだが。
キュゥべえさんの尊い命がまた一つ、神様の元へ帰りましたとさ。


「まぁ、良いか」

自力で動ける程度の傷で済んで良かった、と白いUMAの身の安全を喜ぶ時間もそこそこに、さやかは変身を解くことも忘れて市内の某病院へと一直線に走る。
折角他人の怪我を治す能力を手に入れたからには、やるべきことは一つ。
さやかの片思いの相手である上条恭介の、左腕を治すことである。

ピラニアヤミーの残したセルメダルをアンクが拾いに来た頃には、既にさやかは影も形も残して居なかったらしい……



一方、少女ヤミーことトーリは、ようやく目的地を見定めて一直線の飛行を行っていた。
お察しの通り、その場所とは巴マミの住むマンションである。
というか、トーリが落ち着ける場所など、他には無い。
ふてぶてしくも、今夜からの寝床にしようとさえ考えている始末である。
そんな彼女の幻想がぶち壊されるのは、ほんの数分後の話だった。

当のマンションの壁面に、大きな穴が開いていたのだから。
むしろ、外側から巨大怪獣かロボットによって抉られたと言われた方がまだ信じられるような、穴というよりは窪みというべき代物かもしれない。
風呂場があったと思しき空間では破裂した配水管から噴水のように水が溢れだしており、ガス漏れの臭いがしないことがせめてもの救いだろうか。

そんな中に、『彼女』は倒れていた。

「マミ、さん……?」

降り注ぐ水粒を浴びながら、意識があることをまったく窺わせないほど微動だにせずに。
今日はよく知り合いが倒れる日です、そう愚痴を吐きながら、とにかくマミを部屋の中の浸水を免れたスペースまで連れ込み、ベッドに寝かせてみる。
脈と呼吸はあるようなので死んでいる訳ではないのだろうが、つい1時間ほど前には元気だったとは思えないほどに、巴マミは衰弱しているように思われた。
冷水に浸かっていたせいだろう、と結論付けたトーリは、早速濡れた衣類の処置を試みたのだが……

「全滅、ですね」

洋服棚の位置が悪かったらしく、内蔵されていた衣類はことごとく浸水しており、代えのものが全く見当たらない。
もしマミの意識があったなら魔法少女に変身させれば済むのだが、マミの意識が無くてはその手も使えない。

……部屋の中を見回したトーリは、代替手段をすぐに見つけることが出来た。

選ぶべき道は……ただ一つ!

「映司さん、ごめんなさい!」

なぜ映司に謝っているかって?
そこに服があるからさ。

手早くマミの服を脱がせ、無事だったカーテンでその身体から水分を拭き取ったトーリは……映司の身ぐるみを剥ぎとり、それをマミに着せて一息ついたのであった。
パンツだけは映司の元に残してやったのは、トーリに残された最後の良心だったのだろう。
この男は放映コードという絶対神に愛されているため、パンツだけは永遠に失わない運命を約束されているのかもしれない。

とりあえず、マミと映司を纏めてベッドの上に寝かせたトーリは……アンクを呼ぶことにした。
この二人を同時にぶら下げて飛ぶのが難しそうだったので、文字通りアンクの手を借りようという発想である。
トーリは携帯電話などという都合の良い物は持っていないし、バッタのカンドロイドを使うための認証も潜れないが……それでも手段はある。

『もしもし? アンクさんですか?』

念話と呼ばれる、魔法少女の特権が。
先ほどマミからその存在を知らされた魔法で、アンクへの通信を試みたというわけだ。
念話というものは、対象の居場所が把握できていないと使えないものなのだが、先ほどセルメダルが撒き散らされた場所を想定してみたら大正解だったらしい。

『なんだ、羽のガキか。どうやって話してる? これも魔法ってやつか?』

その通りです、と素直に答えながら、ふと脳裏を疑問がよぎる。
自分が魔法を使う時に自分のセルメダルが増えないのは何故だろう、と。
それを許すとセルメダルの無限増殖チートが出来てしまうからだ、などという作者側の事情なんて、そんなの絶対あるわけない。

『映司さんとマミさんが倒れてしまったので、運ぶのを手伝ってください』
『面倒だ』

アンクからの答えが簡潔かつ完結し過ぎていて涙が出そうになった。
泣いても良いよね? だって女の子……いいえ、ヤミーですね。そうですね。
トーリとしては、何としてもメダル絡みの情報をアンクと映司から引き出さなければならないため、ここで会話を終わらせる手など無い。

『……実は映司さんが緑のグリードを倒したみたいで、緑のメダルを7枚持ってるんですよ』
『ほう、そいつは儲けたなァ』

一応ウヴァさんの名前を知っているトーリだが、アンクにその繋がりを勘ぐられるのを恐れて呼称を考えてみた。

『これって、復活してグリード態に戻ったりしないんですか? それが心配で仕方ないんですが……』

むしろそれが目的です……なんて、言うわけがない。
飽く迄、トーリはアンク達の味方のフリをしなければならないのだ。
早くとも、ウヴァの復活が果たされるまでは。

『……そうだな。3種類を揃えて、全体の半分……5枚ぐらいあれば復活は出来た気がする。危険には違いないか』

なるほど、良いことを聞きました!
全体の半分が5枚ということは、おそらく全部で10枚程度があるのだろう。

『今、映司さんの元に7枚あるんですけど、残りの3枚はアンクさんが持っているんですか?』
『俺の手元には今は一枚も無い。何処にあるんだか……まぁ、目星はついてるがなァ』

多分持っているのだろうと思いつつも念のために聞いてみたトーリだったが……答えは、最悪だった。
大まかな場所が解っているならば希望は捨てられないが、今の会話の流れからそこに持って行くのは苦しそうだったので、またの機会にせざるを得ないだろう。

『とりあえず、映司さんから何枚かメダルを預かっておきますね』
『用心深いことだ』

ごそごそと物音をたてながら、現在は巴マミの身を包んでいる衣類の中を探り、お目当てのアイテムに手を伸ばす。
……見つけた。
クワガタ、カマキリ、バッタの3種類7枚のコアメダルが、ついにトーリの手に!

『それで、復活の他の条件って何なんですか? 一応聞いておきたいです』

一応ではなく、それが主な質問内容なのだが……何でも無いことのようにさらりと聞くのがポイントである。
絶対にトーリの正体を気付かれてはいけない。

『……面倒だ』
『えっ……』

返されたのは……そっけない言葉だった。
知らない筈は無い、とトーリは確信しているが、これ以上突っ込んで聞いたとして、相手に疑心を植え付けるのは好ましく無い。
大丈夫だと言われているのだから、あまり強く聞くのも不自然である。
一日に何回『面倒だ』と口にすれば気が済むのだ、などという突っ込みをして機嫌を損ねるのも御免である。

『悪いか?』
『いいえ、そんなことは……』

まるで、悪徳上司と気の弱い部下のような会話である。
アンクが800年前に為された封印から目覚めたグリードであるという情報を、トーリは映司から聞いたことがある。
ならば、アンクがその復活方法を知っていると考えた方が自然な筈だが……聞き出す手段も思いつかない。

結局7枚全部をネコババするわけにもいかず、とりあえずクワガタとバッタを1枚ずつ残して、残りを没収しておくに留めたのだった。
カマキリを残さなかった理由は、先ほど目の当たりにした緑の雨が脳裏にちらついたからかもしれない。
とは言っても、カマキリ2枚だけはアンクに渡してしまう予定である。
そうすることによって、アンクと映司の二人は互いの持っているメダルからトーリのネコババした三枚を推察できなくなるはずだ。

『……ん? お前、さっきなんて言った?』
『そんなことは無いです、って言いましたよ?』

何かに気付いたような、アンクの少しだけ高い声。
念話というもので声の高さが伝わるのも奇妙な話だが、そういうものなのだろう。

『その3つぐらい前だ』
『ええと、確か、ワタシがメダルを預かって……』

自身の発言内容を思い出しながらその内容を口に出して……後悔した。
メダルというものは、文字通りグリードの命である。
それを預かるという提案が、何らかの疑念を抱かせてしまったのではないだろうか。

『そうか、そいうのもアリか。お望み通り、そいつらを運ぶのは手伝ってやるから、場所を教えろ』

何だろう、この気の変わり様は。
怪しい。怪しすぎる。
トーリの方から助力を求めておいてなんだが、アンクのこの変わり身は不気味すぎる。
相手の脊髄をぶっこ抜くバッタ怪人に肩を並べられる不気味さだ。

『お前自身に新しい用事も出来たしなァ』

嬉しそうなアンクの笑い声が、空恐ろしい。
首筋を冷たい汗が流れ、心拍数が上がる。
マズい、かも?

『近くに居るからこそ気付かないモンだよな。伏兵ってやつはよ』

気付かれた……?
トーリとしては、そこまで疑念を持たれるような行為には及んでこなかったつもりなのだが、何か落ち度があったのだろうか?
いざとなったら、映司を人質にとって逃げることまで考えなければならない。



トーリの死亡フラグな日々は、終わらない……



・今回のNG大賞
トーリが通信のためにベランダに出ている間に、目を覚ました火野映司が認識した、三つの出来ごとは!

一つ、映司はパンツ一丁になって寝ていた!
二つ、巴マミが映司の服を着せられて寝ていた!
三つ、二人は同じベッドで寝ていた!

「まさか俺、何か間違いを……そんなバカな……いや、でももしかして……?」

コンボの使用による副作用を本気で考えなおしたい気分に、なったらしい。


・公開プロットシリーズNo.17
→蝙蝠には蝙蝠の悩みがある。



[29586] 第十八話:自分が変われば世界も変わる
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:42
『お前、俺のメダルも預かれ』
『はあ……?』

まったく、この腕怪人は何を考えているのか皆目見当もつかない。
ただ……身の危険が迫っているわけではないと判れば、自然とトーリの肩の力も抜けるというものである。

『鴻上と取引をしてきた。メダルシステムの使用料として、「俺と映司」が手に入れたセルメダルの40%をヤツに引き渡すっていうことになっちまったんだよ』

40%という割合が高いのか安いのか、トーリはそれを推し測るためのモノサシを持っていない。
しかし、アンクの物言いから考える限りでは、アンクは4割ものセルメダルを持っていかれることを良しとしていない。
……つまり?

『俺達が倒したヤミーのセルメダルを、契約と関係がないお前が一時的に持っておけ。俺達が必要な分だけお前から引き出して、その4割分を鴻上に渡す形をとればいい』

これは、なんたる棚ボタ。
何らかの形でオーズのセルメダルを横領しようと企んでいた少女ヤミーにとっては、朗報以外の何者でもない。
しかし、よく考えるとその作戦には致命的な穴があるのではないだろうか?

『アンクさん達の所に渡す時に4割を引くなら、最終的には手に入れる量は変わらないですよね?』

確かに、トーリにセルメダルを持たせておけば、見かけ上はアンクチームの所有メダル数は多くなる。
だが、飽く迄それは外見上の話であり、トーリが直接メダルシステムを利用することが出来ない限り、意味の無いプランに思える。

『俺の完全復活が確定したら、鴻上のヤツを裏切って手元のメダルを独占すれば良い』

やること為すことが、イチイチあくど過ぎる傾向の否めない腕怪人。
そういえば、カザリさんが『君は油断ならない』とか言ってた気がしますねぇ……
実は、トーリの正体に気付いていて、尚且つトーリを利用せんと誰も想像しないような策略を既に企てているのではなかろうか。

『ワタシのこと、怪しんでませんでしたっけ?』

なんせ、嘘臭すぎるプロフィールを持つ記憶喪失少女トーリに、メダルというプレシャスな品物を預けることを容認する発想が怪しすぎる。
何か裏があるのではないかと勘ぐってしまったトーリは、決して慎重すぎるということはないはずだ。

『確かにお前はこの上なく胡散臭い……が、いけ好かない鴻上のヤツに4割も持っていかれるよりは、まだ腹も立たないってモンだ』

ネコババ公認ですか、そうですか……そんなの絶対、あるわけない。ですよねー。
トーリが裏切ったらやはりアンク達は烈火のごとく怒って始末に来るだろうから、期を見極めることは非常に重要である。
そして、

『「マミさん」では無く「ワタシ」に預ける理由を聞いても?』

そう、そこが一番怪しいのである。
何故、もっと信頼できそうな巴マミではなく、素性の知れないトーリでなければならないのか。

『そんな事したら、あのマミってガキをバカに出来なくなるだろうが』
『……把握しました』

アンクが巴マミをからかう光景を、トーリは見たことがある。
初めて会った時にも、マミの猟奇殺人癖を論って挑発していた筈だ。
マミさん本人は否定していたから、あれはアンクさんのでっち上げ……で、良いんですよね?

疑心暗鬼はヤミーをも殺す……のでしょうか?



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十八話:自分が変われば世界も変わる



「転校生、誕生日プレゼント持ってきたぞ!」

暁美ほむらに、電流走る。
さやかが魔法少女となった記念日の翌日に、それは起こったのだ。
……そこまで大げさなものでも無いかもしれないが、衝撃的な一言には違いなかった。
何が起こったかというと、

・美樹さやかが
・暁美ほむらに
・誕生日プレゼントを渡した

何がおかしいのだと聞かれれば、全てが怪しいと答えざるを得ない。
暁美ほむらが今まで生きてきたループ時空の中で、ここまで暁美ほむらに親しく接してくる個体が居ただろうか。
一週目辺りでは気を遣ってもらっていたような気もするが、その時以来のはずだ。

美樹さやかから差し出された物体は、10センチ強の正方形で、厚さ1センチに満たない形状の物を包装紙で包んであるモノだった。
……どう考えても、上条恭介への贈り物候補として購入し、没となった一品に違いない。

そこまで、判って居るはずだ。
暁美ほむらには、そのぐらいの予想はついている。
その筈なのに……

「……感謝、するわ」

どうしようもなく胸が高鳴って、頭の奥がぼやける。
キュゥべえと契約した時以上に、自分が自分で無くなるような、奇妙な感覚が走り抜けていく。
でもそれは……不思議と不快さを伴わなず、それでいてどこか懐かしいような、くすぐったい何か。

「私達からも、誕生日プレゼントがありますわ」

狙いすましたタイミングで口を開く、志筑仁美。
そして、その横から期待の眼差しを暁美ほむらに向けている、鹿目まどか。

渡されたのは……ネコの、ヌイグルミだった。

ここでキュゥべえを想像した君は、多分疲れているんだ。少し休んだ後に契約してよ。
もしカザリさんを想像したお前は、早く欲望を開放する作業に戻るんだ。

剥製でも着ぐるみでも無く、縫い包みである。
デフォルメされた真っ黒なネコの縫い包みは、どこか歪さを感じさせるものの、全体としては愛らしい。

「あのあと、鹿目さんと二人で作ったんですわ」
「何それ? あたし聞いてない……」

首に巻かれた紫のリボンが、どことなく暁美ほむら自身の姿を連想させた。
若干身体の黒色に隠れてしまって、その紫の存在を主張しきれていない辺りが、特に。

「名付けて『エイミーちゃん弐号機』だよ!」

まどかの、得意気な、暖かい声。

――燃え上がれぇっ! って感じで!

思い出した。

――やったね! ほむらちゃん!

この、胸の奥が熱くなって、身体の芯が震えるような感覚の正体を。
仲間が……鹿目まどかが、遠い昔に言葉をかけてくれた時にも、感じた筈だ。

「嬉しい……」

いつ以来だろう。
こんなにも、心が揺さぶられるのは。
少なくとも、もう誰にも頼らないと決めた時より後には、無かった筈だ。


暁美ほむらは、気付けなかった。
美樹さやかが、お見舞い用のCDを余らせた理由を。
上条恭介が、奇跡と魔法によってその容態を変化させられたことも。

希望と絶望は、釣り合うように出来あがっている……のだろうか?




とある人通りの多い居住区の、何の変哲もないマンション。
そこは、少し前まで『普通の少女』が住んでいた筈の一室があるはずだった。
少なくとも先日まで、その住人の中には剣を召喚する魔法を使える人間など居なかったに違いない。

その建物の中に当たり前のように帰って行く、やはり何の不審も無い女子中学生……その後ろ姿を見送る、一人分の視線があった。

「異常無し、か」

いわずと知れた我らがライドベンダー隊の小隊長である、後藤慎太郎だ。
暁美ほむらや火野映司の監視を任されている彼が、何ゆえに今度は美樹さやかを追いまわさなければならないのか。
答えは単純明快……

『未確認生命体B4号『美樹さやか』君の監視を後藤君達への指令に追加する! 新たな任務の誕生だよ! ハッピィバースデイッ!』

何処かで聞いた台詞のコピペ改変な気がしてならないとか、B2号とB3号は何処に行ったのだとか、色々と突っ込みたい事は山積みだったが、部下としては仕事をこなさないわけにもいかない。

それでも時間を無駄にしたような気がしてしまうのだから不思議なものである。
何も事件が無かったのだから喜ぶべきなのだが、世界を救ってやろうと意気込む後藤青年としては、肩透かしを食らったという気分にもなってしまう。

まるで張り込み中の刑事のように、「お疲れ様です」という言葉とともに差し出されたアンパンと缶コーヒーを受け取り、栄養分の補給に励む。
コーヒーの円筒がカンドロイドに見えてしまった辺りに職業病を疑いつつ、部下に軽く例を言いながらもう一度マンションの外観に目を走らせてみるものの、異常などある筈も無い。
そして、アンパンを齧りながら……後藤は、監視対象である美樹さやかとは直接的な関係の無い異変に、気付いてしまっていたりする。

思いなおしてほしい。
後藤は、『一人』で監視をしていたのだ。

……たった今、後藤に軽食を提供してくれたのは、誰だ?

後藤の記憶によれば、偶然にも現時刻においては、暇を持て余している隊員は居ない筈だ。
火野映司や暁美ほむらを監視している人員が偶然に後藤の近くを通りかかる事は無いとは言い切れないが、あまり高い可能性があるとも言えない。
会長秘書の里中エリカが来たのかとも考えたが、残業というものが台所の黒い影よりも嫌いな彼女が、態々非番時に後藤の所になど来てくれるわけがない。

もちろん、後藤の後ろに立っている人物として一番ありえないのは、間違いなく鴻上会長である。
会長が居るのにこんなに場が静かだなんて、そんなことが有り得るのならば後藤がオーズか魔法少女に変身するという奇跡が起こった方がまだ現実的である。

心当たりが、全く無い。
だがしかし、軽食を差し入れてくれるぐらいなのだから、敵ではないはずだ。
まさか食事に自白剤が混入されているだなんて、思いたくない。
悩みが行き詰った後藤の最後に残った道しるべは……後藤の背後に居る人物を後藤自身の目で確認する作業以外には有り得なかった。

心の中で3つ数えながら、意を決して振り向いた後藤が目にした人物は……

「こんばんは?」

いつしか未確認生命体B1号及びB4号と行動を共にしていた、桃色の髪が印象的な女子中学生だった。
後藤とさやかが言い争いをしていた時に、大泣きした彼女である。

「どうして、君がここに?」

後藤としては、嫌な予感は既に影を見せている。
この子の交友関係を鑑みれば、その正体に対する推論も自然と立つというものだ。
ストレートに言ってしまえば、目の前の女子中学生……鹿目まどかも、未確認生命体かもしれない。

「後をつけて来ちゃいました」

先日も、同じ事をされたような気がしてならない後藤小隊長……彼には、そもそも尾行という任務自体に対する適性が無いのだろうか。
えへへ、と悪戯がバレた子供そのものの反応をしながら、その子は後藤の悩みを知っているとは思えない笑顔を振りまいていた。

「俺が危険な人間だとは思わなかったのか? 少なくともお前の友人はそう思っているだろう?」

鹿目まどかに対して質問を重ねながら、先ほど美樹さやかが帰宅していったマンションを後藤は横目で確認する。
そう、まさにその美樹さやかが、後藤をロリコンのストーカー扱いした張本人なのだから。

だがしかし、まどかは鴻上財団に勤務する母親から、後藤の評価を聞いていた。
『真面目で堅物の青二才』と称されていたはずで、悪い人間には聞こえなかったはずだ。
それどころか、鴻上財団に敵対する者達から暁美ほむらとその周囲を守っているという誤解まで重なった結果、まどかの中では既に後藤は不審者ではなかった。

「後藤さんって、多分、私達のことを影から守ってくれているんですよね。何だかそれって、凄く格好良いな、って思って……」

……確かに、未確認生命体たちが何か事件を起こすとすれば、後藤が居る事によって周囲の子供たちは危険を被る可能性を大きく減らされることだろう。
まどかの話しぶりからは、彼女自身が異能を持った存在であるという響きは感じられない。
というか、まだ一度しか会ったことが無い筈の後藤を気遣ってくれる辺り、胡散臭いぐらいに人が良いと言わざるを得ない。

「そう言ってくれると、少しだけ救われる気がする。不謹慎なのは解るが、何も事件が起こらないと暇なのは間違いないからな」
「でも、後藤さんが居てくれたら、何か起こっても大丈夫そうだって気もしますよ」

良い子だ。
今時こんなに良い子が居るのかと疑わしくなるぐらいに良い子である。
あの生意気な未確認生命体B4号も、少しはこの子を見習えば良いのに。
そして、この子が友達グループと楽しげに話している姿を、後藤は見たこともある。
その環の中で、同じように年相応な幼さを見せる、美樹さやかや暁美ほむらの姿も。

……後藤たちが未確認生命体と呼んでいる彼女たちは、本当に危険視しなければならない必要な存在なのだろうか?

後藤には、わからない。
美樹さやかの方は先日ピラニアヤミーを倒していたと聞くので、むしろ人類の平和を守る側なのかもしれない。
しかし、暁美ほむらがライドベンダーを襲撃したのも状況的に間違いないはずだ。
まさかこの二人が互いの異能を知らずに友達をやっているなんてことは無いだろうが、それにしては立ち位置が一致しない気もする。

「……そうか。俺達はとんでもない思い違いをしていたのかもしれない」

その違和感を払拭する仮説を、後藤は不意に思いついた。
このチグハグな状況を説明できる勘違いに、思い至ったのだ。

「確か、鹿目と言ったな。君に、手伝ってほしい。重要な事なんだ」
「は、はい!」

いつになく真面目な表情で、後藤慎太郎は鹿目まどかに向き直る。
そして、その真剣な視線に思わず是と答えてしまうまどか。


「美樹さやかや暁美ほむらに、『ライドベンダー』についてどう思っているか聞いて来て欲しいんだ」

後藤の考えでは、暁美ほむらも人類側の味方である可能性が残っている。
先日のライドベンダー襲撃は、あのヘンテコ自販機がどういうものか知らなかったために起こってしまったのだろう。
そう、後藤は予測した。

大げさに敬礼して見せる鹿目まどかに先ほどの軽食の代金を渡しながら、後藤は彼女を帰路に着かせたのだった。

不思議なものだ、と後藤は思い返す。
先ほどまで、美樹さやか達が世界の敵であることを期待していた筈なのに、今は彼女たちを疑いたくないと思い始めている自分が居て。
それを変えたのは、何の変哲もない女子中学生一人だったのだ。

「案外、世界を救うのも、俺よりもああいう子なのかもしれないな」

既に後ろ姿も見えなくなった少女の事をぽつりと称賛しながらも、後藤は三度マンションへと意識を向け直す。
マンションの扉を潜りぬけて既に薄暗くなった町へと歩き出す、美樹さやかの姿を目視しながら……



・今回のNG大賞
「それにしても、何故アンパンと缶コーヒーなんだ?」
「形から入るタイプなんです……」

恥ずかしそうに目を逸らしてみせる鹿目まどかの様子が、どこか微笑ましく思えた後藤慎太郎たっだ。
この子はきっと、もし魔法少女になれるなら、コスチュームから考え始めるだろう。
そんなワケの解らない思考を、後藤慎太郎は抱いた……らしい。


・公開プロットシリーズNo.18
→きっと世界は救えない。さやかだけでも、後藤さんだけでも。



[29586] 第十九話:その配役はおかしいでしょ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/13 18:19
それは、金属同士をぶつける音を聞いた時に似た感覚だった。
聞き間違える筈も無い。
800年前から全く変わらない、人間の欲望が満たされる音に違いなかった。

それを聞いたからには、『彼』はその場に嬉々として向かう……はずだった。
その音源が、『町中の至る所』でなければ。
通常、ヤミーと親は一対一の対応関係にあり、同時に複数の場所からそれらの気配がすることなど、有り得ない。
アンクからはその気配の出場所に居るモノがヤミーか親か判別することは出来ないが、単純に考えて音源の半分がヤミーで残りが親なのだろう。

「何が起こってやがる……この町に……」

メズールのヤミーが量産されているのかもしれないとも考えたが、今まで成長する気配など感じなかったのに急に此処まで増えるのもおかしな話である。
さらにアンクの警戒心を喚起したのは、アンクが携帯端末からインターネットを使って情報を収集しようとしても、町中の異常を訴える人物が見当たらないことであった。
ヤミーが現れれば、人間達はその目撃情報を発信するはずなのに。

アンクには、分からない。
見滝原市に起こっている、異常の正体が。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十九話:その配役はおかしいでしょ



トーリは、当ても無く、ただ空を飛びまわっていた。
理由は、その身体を構成するセルメダルが増え始めたからである。
アンクはそれを嗅ぎつけているはずなので、正体がバレることを恐れるトーリとしては逃げ回るより他に手が無い。

……トーリがその光景を見つけたのは、偶然だった。
廃ビルの中に入って行く、黒ずくめの青年の背中を見たのは。
ただ目的も無く徘徊しているのも退屈だというぐらいに考えて青年を追っていたトーリは……気がつくと、魔女の結界の中に居た。


「まったく、ワケが解らないです……」
「お前は……何故こんなところに?」

しかも、結界に入ってしまったことに驚いていたら、青年に発見されてしまうという痛恨のミスである。
そして、相手の質問の意図が解らない。
トーリと青年は初対面であるはずだから、何故この場所に居るのかという意味合いの強い質問なのだろう。
しかし、青年自身も魔女の結界内部の様子に興味津々な視線を向けている辺り、この空間について深い理解を持っているとは思えない。

「ワタシ達魔法少女が、魔女を倒す存在だからですよ」
「魔法少女? 魔女……?」

とりあえず差し障りの無い情報を出して見たトーリだが、青年はその単語自体に心当たりが無いらしい。
ひょっとすると、偶然迷い込んでしまった一般人なのかもしれない。

「ワタシはとりあえず奥まで行ってみますけど、貴方はどうしますか?」
「……俺も行く。この奥に先に行った奴に用があるからな」

素直に帰ってくれることを期待したトーリであった筈だが、何故か青年は進行の決心を固めてしまったようだ。
ワケが解らない。

そして、後藤もそれは同じだった。
何故、未確認生命体B3号と呼ばれている蝙蝠少女が、後藤の後を追って不思議な空間に入ってこなければならないのか。

「名前を聞いても良いか?」
「トーリって呼ばれてます。貴方は?」
「後藤だ」

そういえば、未確認生命体で名前が不明なのはこの子だけだった。
そう思って尋ねてみた後藤に、少女は特に重要な情報でも無いという様子で即答してくれた。
以前後藤が見た時には羽を出して空を飛んで逃げる場面だったはずだが、今はその羽を背中に折りたたんでいるため、普通の子供にしか見えない。
……ましてや、その正体がヤミーだなんて、気付く筈も無かった。

「とりあえず、行くか」
「ですね」

何はともあれ、旅は道連れとばかりに会話をしながら、魔女の結界内部を進む後藤とトーリ。
信号機を発見したかと思いきや林のような障害物に遭遇し、かと思えば長い階段を上下する。

「魔法少女と言っていたが、君達は何者なんだ?」
「魔法の使者と契約を結んで力を手に入れた人間、といったところです」

厳密にはトーリは人間とは言い難いのだが、そんな火種になりそうなことは口にしない。
このヤミーは親に似て、肝心なことを誤魔化すのが上手いのだ。

「それで、その白いのが魔女か?」
「……白いの?」

後藤が指差した先に居たのは……人間の拳より少し大きい程度の、素敵なヒゲを生やした白い球体だった。
バラと思われる造花をバケツリレーの要領で運んでいる、あまり常識で測ろうとも思えない、何か。

「……実は私、新米魔法少女なので、魔女っていう人たちを殆ど見たことも無いんですよ」

言外に分かりませんと解答するトーリの言葉に反応した……訳ではないだろうが、その身体を歪めたヒゲタマゴは、

「げぶぅっ!?」

突如として、跳ねた。
トーリの胴に直撃のコースで。
予期せぬ一撃で身体を『く』の字に曲げられたトーリは、近くの花壇に突っ込ませられてしまった。
大丈夫か、とトーリに声をかけようとする後藤の方に……着地したヒゲタマゴが向き直った。
目が無いので後藤の事を認識しているかどうかは謎だが、ヒゲがあると言う事は、おそらくそこが正面なのだろう。
再び身体を不自然に歪めたヒゲタマゴが、溜めた力を使って高速で飛来するが、

「おっと」

先ほどトーリが直撃を食らった体当たり攻撃を、難なく避ける後藤さん。
不意打ちならまだしも、仮にも戦闘のプロであるライドベンダー隊小隊長が、そんなタメの長い攻撃を避けられない筈も無かった。
そして、壁に張り付いて再び跳躍しようとしたヒゲタマゴは……次の瞬間には乾いた音と共にその身体を爆散させられていた。

「意外と、あっけなかったな」

放たれたのは、一発の銃弾。
後藤が何処からか取り出したショットガンからは硝煙が立ち上っており、ヒゲタマゴの死因がそれであることは疑う余地が無い。
魔女というからには最低でもヤミーレベルの戦力を期待していた後藤としては、拍子抜けしたと言わざるを得ない。
実はむしろ、そのヤミーが先ほどの一撃でのされてしまっているのだが。

「うう……何だかワタシって、こんな役回りばかりな気がします……」

身体を土まみれにしながらのそのそと花壇から這い出てくるトーリからは、隠しようも無い頼りなさがにじみ出ていた、と後藤は後になって語ることになるのだった。
もっとも、汚れはともかくとしてその足取りに乱れは無く、ダメージは少なそうであったが。
心配して駆け寄ってくれた後藤の目からも、それほど問題は無さそうに思えた。

「そして、新たにもう一つ聞きたいことが出来た」

ワタシの戦力についてですか。そうですか。
なんだか心に傷を負う質問の予感を察知したトーリだったが……その予想は、外れていた。

「魔女っていうのは……こんなに沢山居るものなのか?」

こんなに……?
トーリは、気付いた。
後藤はトーリの方を向いているが、トーリ自体を見ているわけではないと言う事に。

そして、振り返って、後悔した。
壁一面の、ヒゲタマゴの群れを、目視してしまったことを。
奴らが、体当たり攻撃のモーションに入っていることにも。

……トーリの顔は青一色になり、頭は逃走一色になる。

「後藤さん、掴まってください!」

言うが早いか、その背中から羽を展開したトーリが、後藤をぶら下げて飛び立つ。
退路は塞がれているため、前へ前へと進むしかない。
幸い、その背中に当たりそうなヒゲタマゴは、後藤さんがピンポイントに狙撃して妨害してくれるため、それなりに安心して進めそうなことだけが、唯一の救いであった。

トーリは、知らない。
その先に、『誰』が戦っているのかを。

後藤は、知らない。
この先で、『何』が待ち受けているのかを。




美樹さやかは、生まれて初めて出会う『魔女』に挑んでいた。
キュゥべえという魔法の使者からソウルジェムを使用した魔女の探知法を聞き出した彼女が見つけた、一体目の魔女であった。
とはいえ、さやかは先日出会ったピラニアヤミーのことも魔女だと勘違いしているため、既に二回戦目の気分だったりする。

「ハッハッハ! 魔法美少女さやかちゃん伝説の1ページになるが良い!」

この美樹さやか、ノリノリである。
その言動が、後に黒歴史ノートの1ページとなることは、疑いの余地が無い。
中二病と言うなかれ。
彼女は正しく中学二年生なのだから。

だがしかし……魔女には、黙って殺られるようなお人好しなど居る筈も無い。
魔女以外なら居るかと聞かれれば、きっとそんな生物は某インキュゥべえターさんぐらいしか居ないとしか答えられないのだが。

緑を腐らせたような不気味な色の大きなツボミを頭のようにもたげた、植物らしき姿をした存在……そいつが、美樹さやかと対峙している魔女であった。
アクセントに身体中にバラの花を咲かせているのに、全く美しく見えない不思議なオシャレをした異形の生き物が、俊敏な動きで部屋中を走り回っているのだ。
そしてその周囲では、蝶の姿をした無数の使い魔が魔女を護るために、さやかに妨害工作を仕掛けていた。
あるものは体当たりでさやかの動きを鈍らせ、別のものたちはグループを作って縄のような動きをしながらさやかに絡みつく。

「だあああっ!? 大人しく倒されろっ!」

ぶっちゃけ、近付けない。
さやかは身体能力に優れた魔法少女であるが、近接戦闘が通じない相手にはあまり勝ち筋が無いという重大な欠点を抱えていた。
そして、この魔女はその欠点を突く遠距離の足止め手段を持っている。

……つまり、倒せない。

先日出会った仮面ライダー氏に習って剣を投げつける攻撃も試してみたが、使い魔の身体と命を張った感動的なブロックによって悉く防がれてしまった。
それを続ければいつかは使い魔が居なくなるのかもしれないが、ソウルジェムが濁り切るのとどちらが先かと言われれば、やはり勝ち目は無い。

「お、落ち着くのよ、あたし! これはきっと、新しい力に覚醒するフラグなのよ!」

お前は何を言っているんだ。
さやかは、焦り始めていた。
よく訓練された某掲示板住人ならば、素数を数え始める程度には。

「そうだ! こんな時こそ……!」

さやかは何かを思いついたようです。

「うん! やっぱりいつだって正解は『①聡明なさやかちゃんは打開策を思いつく』だっ!」

それは本当に選択肢①だったのだろうか?
選択肢の③ぐらいにはきっと、『死ぬ。虚淵は非情である』とか書いてあるのだろうが。
というか、無数に存在する並行世界の中で、ただ一度たりとも美樹さやかが聡明な時空など存在しただろうか?
もし、この場に居合わせていない暁美ほむらが先ほどの妄言を聞いたのなら、間違いなく彼女の友人の心の叫びを思い出すだろう。

そんなの絶対おかしいよ、と。

例え世界の破壊者様が全力で『魔法少女まどか☆マギカ』の世界を破壊して再構成したとしても、さやかの性格だけは、きっと永久に不変な『最後に残った道しるべ』であるに違いない。
従って、次にさやかが発言する内容も、聡明なものであるなど、有り得る筈が無かった。


「仮面ライダーが助けくれる……この間みたいに仮面ライダーが助けてくれる……!」

……それは本当に、本当に選択肢①の範囲内なのだろうか?
ヒーロー&ヒロイン理論としては間違ってはいないのかもしれないが、自分を主要ヒロインだと断定しているあたりが痛々しすぎる。

「そして、実はその正体はリハビリを終えて出て来た恭介だったりして、そこから始まる二人のラブストーリーッ!」

残念だったな、さやか。
その仮面ライダー氏の正体は、君が変態ゴミ虫二号と呼んでいるパンツマンなんだ。
だが私は謝らない。

「……というわけで」

全力で走りながら胸いっぱいに妄想と空気を満たすという器用な予備動作を行ったさやかは、

「助けてーっ! 仮面ライダァァッ!!」

叫んだ。
それはもう、強くて頼りになる先輩の身体がボロボロになった時のように。
もしくは、その先輩を糾弾する後輩のように。


かくして、『それ』は現れた。

魔女の住処たる最奥部の部屋の扉を突き破り、その速さを緩めることなく魔女へと肉薄する、さやかが待ち望んだ救世主が。


「止まれっ! それか方向転換だっ!」
「ああああっ!? そこのバラさん、どいて下さいーっ!?」

転校生をストーキングしていた、ロリコン野郎の叫び声。
そして、先日仮面ライダーを回収していった蝙蝠女が、彼を抱えて飛んでいた。
更に気になることに、その後ろには、ヒゲを生やした使い魔が大量に追いかけて来ている。


反応に困った美樹さやかが言い放った一言は……

「……チェンジで」

絶望がお前の……ゴールだ。



・今回のNG大賞

「こんなことになるなら、ライドベンダーを持ってくれば良かった……」

後藤慎太郎、痛恨のミス。



・公開プロットシリーズNo.19
→蝙蝠で3号……後は分かるな?



[29586] 第二十話:Ride the wind――風向きは変わり続けて
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:48
即座に蝙蝠女から手を離し、華麗に滑空する後藤慎太郎(22)。
空中で一回転して10点満点の着地をする……わけではないが、腐葉土と思しき柔らかい地面で無理やり受身を取ってダメージを失くす辺りは流石と言ったところか。

「ふう、危なかった」

一方のトーリは勢いを殺すことが出来ずに……そのままバラの魔女に正面から突っ込んだ。
いわゆる、交通事故というやつである。

「お星様が……見え……」

頭から激突して目を回しながら地面に落下するトーリを、その場で一番余裕があったさやかが、とりあえず受け止めておいた。
……お姫様だっこで。
仮面ライダー様を呼んだ筈なのに、何故さやかがそんなことをしないといけないのだろう。
むしろ、ヒロインになりたかったのに……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十話:Ride the wind――風向きは変わり続けて



「大丈夫?」
「うにゃぁ……」

ダメらしい。
そして、何故か魔女と使い魔からの攻撃が来ない。
まさか重要なシーンだから主人公補正が働いて攻撃が当らない、などという事情は無いだろうが、だとすればいったい?

部屋の中を見回しながら魔女を探して……さやかは、ようやくその理由を発見した。


……魔女が、ダウンしている。
使い魔たちは魔女を起こそうと、必死にその身体を揺さぶっていた。
さやか達の方に来るはずの攻撃が止んでいたのは、そのせいだったのだ。

「ちゃーんす!」

ならば、さやかのすべきことは追い打ち以外に有り得ない。
トーリを抱える腕を左手だけにしながら、右手で投擲用の剣を生みだそうとして、

「……ナニコレ?」

右手に生じた予想外の重量感に、思わず焦りの声をあげて手元を確認してしまった。
そこにあったサーベルは……一言で言うと、デカい。
その丈は普段さやかが使っているものの2倍以上にも及び、重さは桁が一つは違う筈だ。
しかも、何だか剣を生みだした瞬間に体の中を熱い何かが駆け巡ったような……?

間違えて魔力を沢山使ってしまったかと思ってソウルジェムに目を下ろすも、濁りは溜まり切るどころか、巨大サーベルを生みだす前から増えていない
というか、重いとはいえ、いつものサーベルの10倍もの重さは、明らかに感じていない。
ひょっとすると、この巨大サーベルは、見た目は立派でも中身はスカスカの見かけ倒しな失敗品なのかもしれない。


「……っと、そんなこと考えてる場合じゃないか」

バラの魔女がまだ起きあがっていないのを確認しつつ、トーリをその場に置き去りにすることにしたのだった。
意識を取り戻しそうではなかったので。
再び巨大サーベルを手にしたさやかは、今度こそバラの魔女にトドメを刺そうとするが、

「……あれ? どういうこと?」

何故か巨大サーベルの重量感が突然増し、今度はまともに振ることが出来なくなっていた。
先ほどは精々通常のサーベルの2倍程度の重さだと思っていたはずなのに、更にその5倍近い重さへと変化を遂げたような感覚なのだ。

何が起こったか理解できない。
巨大サーベルを握る手に帰って来た感覚の差異の理由が解らずに首を傾げてみるが、そこには答えをくれる人間など居ない。
聡明なさやかちゃんでも、流石に何が起こったか分からなかったらしい。
精々、アタリが出たからもう一本? ぐらいの気分である。

「アレが魔女か?」

巨大サーベルを捨てて普通に攻撃しようと思い立ったさやかに声をかけたのは……後藤だった。

「そうよ……って、アンタ何でここに居るのよ!? 今度はあたしにストーカー!? このロリコン野郎っ!」
「寝言は寝て言え」

夢は夜に見ろ。
後藤自身としてはロリコンのつもりはないが、美樹さやかの後をつけていたのは事実なので、話を流すことにしたのだった。
さやかに突っ込みの隙を与えないように、手慣れた動きで後藤は懐から丸みを帯びた兵器を、取り出した。

……グレネード、である。

安全装置を素早く解除した後藤は、思いっきり振りかぶり、絶妙なタイミングでその兵器を投げつける。
ちょうど、置きあがりかけていたバラの魔女の、真下に。


空間が、揺れる。
熱を伴った風が吹き荒れ、蝶の羽の破片が一斉に宙に舞い上がった。
無数の使い魔たちの悲鳴の後に、一瞬だけ重力を失ったかのように浮き上がっていた魔女が、その巨体を落下の衝撃で地面にめり込ませる。

「おおぉー。でも、あんまりダメージ受けてないような……」
「でかい奴は、な」

さやかのクレームに対して、後藤は飽く迄冷静に、反論した。
後藤としては、今の爆発で魔女も死んでくれれば良かったという気持ちがあるので、若干の負け惜しみも含まれているのだろうが。

さやかが注意して見てみると……魔女本体以外の被害が、意外に大きそうだということが解って来た。

「使い魔が……全滅した?」

その通りである。
先ほどまで無数に居た使い魔が、綺麗に片づけられてしまっているのだ。
カラクリは単純。
バラの魔女を起き上がらせるために使い魔たちが一か所に集まっていたので、ボムで一気に処理したというだけの話だったりする。

そうと分かったさやかの動きは、迅速だった。
折角手にした大剣を両腕で抱え、自身は音符の描かれた魔法陣を階段のように設置して足場を作りながら段々に高度を上げ……

「どりゃああああっ!」

清水の舞台もかくやという勢いで、魔女の真上から飛び降りた。
身体強化の出力を上げて無理やり獲物を振りかぶり、技術も速さも無い力ずくの一撃を、バラの魔女の巨大な頭部へと落下させる。

先ほどの爆音とは違う鋭い音と、魔女の甲高い悲鳴が結界内を支配し……次の瞬間にはその空間自体が無くなっていた。
壺の中のような形状であった筈の舞台はいつの間にか人気の無い廃墟へと戻り、静寂が周囲を支配する何の変哲も無い世界は、さやかや後藤が今まで生きてきた町の風景そのものだった。

「う……ぅ……ん……」

……オリ主は、まだ目を覚まさない。



「で、結局あんた達は何なのよ?」

結局、さやかがキュゥべえに願って手に入れた回復魔法を使って、トーリは無理やり起こされたのだった。
ついでに、トーリが気絶している間に後藤とさやかが魔女を倒したという成り行きも、掻い摘んで説明しておいた。

「魔法少女です。先日は挨拶も出来ず、すみません」
「鴻上財団の社員だ。前にも言っただろう」

嘘は吐いていないようだが、さやかの知りたい情報を口にしないのは、二人とも意図的にやっていることなのだろうか?
さやかはこの二人のどちらとも初対面では無いのだから、その程度の情報は目新しくは無いのだ。

「まぁ、魔法少女が魔女を倒しに来るのは分かるとして……後藤だっけ? あんたは何で来たのよ?」

緑を基調とした、魔法少女という割には地味な衣装を来た女の子はとりあえず後回しである。
魔法少女同士ならば、それほど警戒する必要が無いだろう、と高を括って。
この時間軸のさやかは、魔法少女同士がグリーフシードを巡って争う事があるのを、知らないのだ。
バラの魔女から搾取したグリーフシードを手の中で弄びながら、さやかは後藤を尋問することを優先した。

「財団の使命は、異形の存在から世界を護ることだからだ」

若干後藤本人の願望が混じった気がしないでも無いものの、後藤も嘘は言っていない。
会長だって頻繁に、『欲望は世界を救うっ! ハッピーバースデイッ!』とか叫んでいるみたいだし、大体合っているはずだ。

「……」

後藤の誇言を聞いて、眉をひそめながら、値踏みしていることを隠しもしない視線を後藤に浴びせる正直者のさやか。
良くも悪くも、さやかには第一印象を大事にする気質があるのかもしれない。
つまり、美樹さやかの心証としては、やはり後藤は『ロリコンでストーカーな変態ゴミ虫1号』なわけで。

「ねぇ、アンタ、えーと……」
「名前ならトーリですよ?」

後藤との会話が終わっていそうでないのに、何故かトーリに話を振ってくるさやか。

「後藤の言ってる事、信用できると思う?」
「そう、言われましても……」

何故そこで、自分が後藤の人物評価を下さなければいけないのか。
いきなり予想外の質問をかけられ、トーリは反応に困ってしまう。

……というか、さやかさんと後藤さんは過去にも会話を交わしたことがあって、先ほどだって協力して魔女を倒したんですよね?
今更そんな質問をするなんて、ワケが解らないです。

「道中で私を助けてくれましたし、良い人だと思いますよ」

とりあえず、後藤は間違いなく、トーリの出会ってきた人物の危険度が低いランキングの上位2位に入る程度には人物評価が高い。
庇ってやりたい気持にもなってしまうというものだ。
ちなみに、1位はぶっちぎりで、先日町中で助けてくれた鹿目まどかだったりする。
映司とマミも良い人ではあるのだが、トーリにとっての危険度的な意味で、どうしても順位が下がってしまうのだ。

「……あんた、後藤に騙されてるわ。優しくされたらコロっと懐くなんて、ガード緩過ぎなのよ」
「人聞きの悪いことを言うな。お前のような奴ならともかく、人助けぐらいする」

二人とも、何となくトーリを心配してくれている気配はあるのだが、何故仲良くできないのだろう。
というか、後藤の人物評価がブレすぎて、トーリには何を信じれば良いのか分からない。

後藤の事を弁護すればさやかの機嫌を損ねそうだが、逆なら後藤が腹を立てそうだ。
そう感じたトーリは、キュゥべえから遺伝した業を発動することにした。

「後藤さんとさやかさんは、以前からのお知り合いなんですか?」

……話題のすり替え、である。

「そういえば言って無かったけ。コイツは、あたしの友達をストーキングしてたのよ! あたしと同い年の子を! とんだ変態よ!」
「それは勘違いだ。俺は任務中にそう見える行動を取ってしまったに過ぎない」

その言葉はトーリに向けてのものだったが、それを横から聞いた後藤はさやかの言葉から、確かな違和感を嗅ぎ取っていた。
さやかには、『暁美ほむら』が身の回りを嗅ぎ回られる理由に、心当たりが無いらしいという事を。
黙っている後藤に対して、美樹さやかが追及の手を向ける。

「じゃあ聞くけど、その任務って一体何なのよ?」

暁美ほむらが『魔法少女』であることを知っていれば、このような質問は出てこないはずなのだ。
魔法少女という特異な存在が人間から正体を嗅ぎ回られることぐらい、簡単に想定できるはずなのだから。
後藤は、美樹さやかと暁美ほむらが線で繋がっていると仮定していたが、この両者は実は線では無く点だったのかもしれない。

「その質問に答える前に、こちらの質問に一つだけ答えてほしいんだが、良いか?」
「まぁ、良いけど……何?」

だから、後藤がする質問は、その繋がりの確認。

「美樹。お前の力を知る人間は、俺とトーリ以外で誰が居る?」
「……? 誰も知らないよ。親にも言って無いぐらいだし」

さやかが嘘を言っている可能性も否めないが、否定するに足るだけの証拠があるわけでもない。

「魔法少女仲間とかは居ないのか?」
「トーリ以外の魔法少女とは会ったこと無い……っていうか、質問二つになってない?」
「ああ、悪い」

人間社会に潜伏する都合上、仲間の情報を軽々しく口にすることは無いのかもしれない。
しかし、美樹さやかが嘘を吐いているようには見えない……後藤には、何の確証も無いままにそんな印象が生まれていた。

「今度こそそっちの番だよ。転校生の尻を追っかけまわす任務って何なのさ?」

暁美ほむらが、お前と同じ魔法少女だからだ。
……と、言ってしまって良いのだろうか。
鴻上財団レベルの巨大企業になると、個人情報保護法のように小さな理由で訴えられても、ダメージはさして大きなものとは感じられないはずだ。
というか、訴訟を起こすためには魔法少女の存在を裁判所に認知させなければいけない時点で色々と面倒くさすぎるので、訴えられること自体有り得ないだろう。
加えて、実は後藤はこの任務に関して緘口令を敷かれていないため、業務上の観点からもここで暁美ほむらの正体を話すことに問題は無かったりする。

「俺の立場としては、言っても構わないんだが……実は、暁美ほむら本人がそれを周囲に知られることを良しとしていない、と俺は踏んでいる」
「転校生が……?」
「それを俺から聞くことによって、暁美ほむらから恨まれることを覚悟するなら、俺は話す気がある。お前は……どうだ?」

後藤から予想外の選択肢を迫られ、さやかは反応に困っていると見受けられる。
トーリに相談しようにも、彼女が第三者過ぎて、有用な答えが帰ってくる望みが薄過ぎる。

「そういうふうに言われたら、聞けない……かなぁ」
「俺も、正直に言ってほっとしてる。恨まれるのは、やはり気分が悪いからな」

「なーんだ、最初から言う気、無かったんじゃない」
「やっぱり知りたいか?」

頭の後ろに両手を組んで、口をとがらせながら不平を言うさやかに、後藤は再度確認を取るが、

「まぁ、本人が直接言ってくれるのを待つのも、『友達』ってやつでしょ」

トモダチとは、違う道を共に立って往ける者……そう、何処かの偉い人が言ったらしい。
その理論で考えれば、さやかは良い友達……なのかもしれない。

「はぐらかすような言い方をしてしまって、悪いと思っている」
「確かに、ズルいとは思う。アンタにまた一つ、ケチが付いたわ」

あたしはアンタの質問にちゃんと答えたのに、と愚痴りたい気分も、確かに残っていた。
溜め息を吐きながら、やれやれといった様子のさやかは次の言葉を続ける。

「でも、ちょっとだけ、本当に少しだけ、あんたって悪い奴じゃないのかもって思った……かもね」

そこには、先ほどまでの嫌悪感はナリを潜めていて。

友人の事を気遣える、普通の女子中学生の顔が、そこにはあって。

あの心優しい泣き虫っ子がこの子の友達であることが、なるほどと思える不思議な説得力が、存在を主張していた。
……少なくとも後藤には、そう感じられたのだった。



・今回のNG大賞
「話について行けないです……」

いつの間にかさやかと後藤の両者だけの会話になった場の雰囲気に取り残された、オリ主が一人……


・公開プロットシリーズNo.20
→魔女と使い魔は一般人には見えないんだっけ……?



[29586] 第二十一話:悪魔へ下す鉄鎚
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/06 18:37
「映司さんがこの間一緒に戦ったっていう青い魔法少女のこと、覚えてます?」
「ああ、さやかちゃん。そういえば、ゆっくり話した事が無かったっけ」

たった今まで忘れていたというわけではないのだろうが、何処かとぼけた印象を与える火野映司は、何を考えているのか分かり辛いことがある男ではある。
現在二人が会話をしている場所は、町内に位置する夢見公園であり、近隣のホームレスの溜まり場でもあった。
そして、火野映司という男の現在の居住地でもある。
最近、そう遠く無い場所にあった見滝原中央公園が何者かによって破壊されてしまったために住人が増えてやや手狭な感が否めないものの、映司は特に気にしていないようだった。

「その人が今日、映司さんに会いたいらしくて、この公園に来るみたいです」

ことの発端は、先日さやか一行がバラの魔女を討伐した時にまで遡る。
簡潔に言うと、さやかが仮面ライダー氏の素顔に迫ることを期待したのである。
映司が特に正体を隠していそうで無いと感じていたトーリはこれを受諾し、映司に伝えたというわけだ。

「元気そうでいい子だったけど……」
「元気は有り余ってましたねぇ」

こと美樹さやかに対する評価として、トーリと映司の印象は一致しているらしい。
だがしかし、映司の言葉はそこでは終わらない。

「けど、子供が戦うのは感心しないな。やっぱり」
「まぁ、理由が無ければ誰だって戦いたくないですよ」

先日の戦闘は、アンクから逃れるための場所を探していたら、偶然迷い込んでしまっただけである。
魔女が倒されるとトーリのセルメダルが増えることが確認できたので、充分な収穫はあったのだが、特にそれを確かめるのが目的というわけではなかったのだ。

「その理由ってヤツとどう付き合っていくか、それが問題なんだよね……」

理由……欲望を持つことは、人間ならば当たり前のことだ。
そういうふうに、映司はある程度割り切ることが出来る人間である。
映司があまり物欲を発露しないのは、ひょっとすると……そのせいかもしれない。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十一話:悪魔へ下す鉄鎚



「ねぇ、『ライドベンダー』って知ってる?」

下校途中の女子中学生四人組……その中で最も低い背丈が目を引く少女、鹿目まどかが、話題を振りだした。

「覚えが無いわ」
「何なの、それ?」

暁美ほむらと美樹さやかが全く知らないとコメントしてくれる辺り、ライドベンダーの知名度はドン底らしい。
むしろ、逆に質問を返されたまどかの方が言葉に詰まってしまうという有様だった。
まどかは先日、ライドベンダーに関する風評を拾ってくるように後藤から言われたのだが、よく考えてみればまどか当人が該当物品に関する知識をまるで持っていないのだ。

「町中に設置されている自販機モドキのことですわ」

自身も知らないのだということを白状しようとしたまどかに先んじて知識を披露したのは……志筑仁美だった。
確かに、まどかも、知っているとしたら仁美ちゃんだろうとおもっていたよ。
……本当だよ?

それはともかく。

「……詳しく、聞きたい」

何故か、仁美の簡潔な説明に一番に食いついたのが、暁美ほむらだったりする。
自販機に、何か嫌な思い出でもあるのだろうか?

そして、その様子に若干の違和感を抱いたのは……どうやら、鹿目まどかだけだったらしい。
まどかが、ライドベンダーに関する心証情報を集めようと思っていたからこそ、得られた情報であったのだろう。

「鴻上財団が開発したもので、特殊な貨幣を入れるとバイクに変形する、とのことです」

お父様が仕事関連の話をしてくれることがあって、その時に聞いたんですの。
そう補足しながら、仁美は機密ではないのかと疑われるような情報をあっさりと出してくれた。

「へぇ。この町ってやけに近未来的だと思ってたけど、まさかそんなSFなモノまであるとは……」

この見滝原には太陽電池張りバリバリな住宅や、脚の極端に細い机の設置された学校など、いかにも未来志向なオブジェクトが散乱している感は否めない。
風車が有名で伝統を愛する隣町を知っている志筑仁美は、さやかの言葉を聞いてもそれほど違和感を抱いていないようだった。
もっとも、この町で生まれてこの町で育った子供には、その特異性は意識されにくいものなのだが。

「ほむらちゃん、この町ってそんなに変なところだったの……?」
「変かどうかは知らないけれど、スーパーセルが起こっても住人が焦って退避しない程度には、良い町よ」

その例えは、どうなんだろう……?
っていうか、スーパーセルって何?

「なんでだろう、時々、ほむらちゃんが凄く遠くの人に感じるよ……?」
「まぁ、仕方ないっしょ。なんせ電波女ちゃんだしねぇ。アレだ、『この町は宇宙人に狙われている』とか、ビシッと言ってやってくれ!」

さやかは、ほむらのことを一体何だと思っているのだろう。
そして、何気なく志筑仁美も暁美ほむらに対して興味津々といった視線を向けていることから、ほむらも何かを言った方が良いのだろうと言う事は理解した。

「宇宙人が狙うとしたら、町よりもそこに居る人間でしょうね」

――ボクと契約して魔法少女になってよ!

頭の中に憎き宇宙人の口癖を思い出して、少しだけ苛立ちを抑えながら、ほむらは情報も抑えつつ自分の意見を言ってみた。
あの宇宙人が、人間……というか、まどかを狙っているという事実を再確認し、気を引き締め直しながら。

「……ほむらちゃん、そんなに怖い顔して、どうしたの?」
「心配には、及ばないわ」

さやかの妄言のせいで話がズレてしまったために、ライドベンダーに関する情報収集を諦めたまどかだったが、それとは別の印象も感じ取っていた。
宇宙人が狙うとしたら、というクダリが、誰かが暁美ほむらの身を狙っているという言外のメッセージなのではないかと思えたのである。
目の付けどころは良かったのだが、解釈が捻じれて真実から270度回転してしまっていた。

「毎回思うんですけど、鹿目さんはよく暁美さんの表情が解りますわね……」
「まどかと転校生の間には、私達の立ち入れぬ前世からの絆があるとでも言うのか……」

こちらも、読み筋は良いのだが、時間の巻き戻しという正解へと辿り着くためには、まだヒントが足りないらしい。


「あたし、この後、ちょっとそこの公園で人と会うんだ。今日はここで」
「もしかして……上条君ですか?」

3人から分かれて単独行動を取ろうとしたさやかに……さり気無く、仁美が疑問を投げかけた。
上条君とは、事故で腕に一生の傷を負った元天才バイオリニストで、美樹さやかと志筑仁美の両名が想いを寄せる男のことである。
もっとも、さやかは仁美の恋心を知らず、仁美はさやかのヘタレ恋慕伝説を聞いているという差はあるが。
その人間関係を知っているほむらとしては、仁美からどす黒いオーラが噴き出しているような気がするのだから、人間という生き物は不思議なものである。
この状態は、黒仁美フォームとでも呼ぶべきだろうか。

「いや、違うけど」
「さやかちゃんに、そんなに友達なんて居たっけ?」
「地味に酷い!?」

さらっとさやかの心を射抜いてしまった鹿目まどか。
恋愛的な意味ではなく、言葉の暴力的な意味で。

「うぇへへ、冗談だよ」

なんとなしに会話をしながら、結局4人そろって夢見公園の近くまで来てしまうのだった。
その相手の顔を見るまでは逃がさない、という無言の圧力が、何故か仁美から発生していたので、散り散りになることが出来なかったのである。
誰も、この先の展開を、想像していなかった。
いつもの、何の変哲も無くてくだらないけれど、楽しくて掛替えの無い、そんな下校風景が続かないだなんて……




その男は、何処にでも居る、普通のホームレスだった。
見滝原中央公園にダンボールハウスを建てて住み、仲間たちと笑って暮らす、普通の路上生活者だったのだ。
だがしかし、彼の生活は一変した。
一週間ほど前にその公園に現れた、悪魔によって。

中学生程度の子が同年代の少女に声をかけるのを、男は遠目でぼんやりと眺めているだけだった。
その少女が膝蹴りを受けている現場を見て、初めて男は気付いた。
少女が、不良に絡まれているのだ、と。
だがしかし、その後の光景は、不良という枠組みを超えていた。
手元に紫の弾丸らしきものを生みだした不良は、それを発射して少女を攻撃し始めたのだ。
人間と他の物体がぶつかる時のものとは思えない、鈍い音を聞いた時点で、彼はその光景を見ることを止めた。
連続して響く長めの音は、コンクリートを抉り取る音だろう。
そして、そんなものを受け続けている少女がどうなったのか、男は想像するのも嫌だった。

音が止んですぐに男がその場にもう一度目を移したとき、そこには、憂さ晴らしでもするかのように横転した自販機を足蹴にする不良の姿があり、犠牲者である少女の姿は肉塊さえも見当たらなかった。
立ち位置の問題で犠牲者の顔を、男は見ていない。
だがしかし、その下手人の顔は、はっきりと見ることが出来た。

腰まで伸びた長い黒髪が特徴的で、紫のかかった瞳が特徴的な、表情の乏しい女の子の姿をした、ナニカ。
男は、確信した。
その殺人鬼は、不良などという生ぬるいものではない、異形の力を振るう悪鬼なのだ、と。

そして、住居を夢見公園に移した男は……今日、再びその悪魔の姿を発見していた。
男が悪魔を発見した場所は、夢見公園から少し離れた地点であったが、悪魔が数人の少女を引き連れて夢見公園へと向かっているのが、男には分かった。

嫌だ。
住居が奪われるのも嫌だし、巻き添えも御免だ。
だから、男は行動を起こした。
中身の入った大きめのスチール缶を手早く最寄りの自販機より購入し、水滴をふき取ってその手に馴染ませる。
悪魔にそんなものが通じるかどうかは分からないが、成人男性でも当り所次第では命は無い代物である。

致命傷とまでいかなくとも、充分な有効打にはなるだろうと、男は踏んだ。
男は特にコントロールに自信があったわけではなかったが……既に最盛期を過ぎ去った肉体を捻り、缶を投擲した。
何も知らない獲物を引き連れて夢見公園へと足を運ぶ悪魔の、頭部を狙って。

かくして、缶は男の思惑を遥かに上回った精度で、悪魔へと一直線に向かったのだった。
男は、知る由も無い。
その付近で、『当たる』という欲望によって生み出されたヤミーが、因果律の捻じれを生みだしていた事など……



彼女がその違和感に気付いたのは、本当に、偶然だったのだろう。
道端の茂みの中に人間が潜んでいるという不思議な状況が視界の端に入って来たのだ。
だがしかし、両目の視力を会わせればその数字は3.0にまで及ぶ彼女がその異変に最初に気付いたのは、ひょっとすると必然だったのかもしれない。

「ほむらちゃんっ! 危ないっ!」
「えっ……?」

突然真横から加えられた運動ベクトルを受け流すことも出来ずに、為されるままに地に転ぶ暁美ほむらは……次の瞬間には目を見開いて、世界の不条理を目撃していた。
円筒状の金属器が、彼女の頭部に直撃する光景を。

――貴女が魔女に襲われた時、間にあって

時間を操作する魔術を使っているわけでもないのに、身体の力を失って倒れる彼女の姿が、とてつもなくゆっくりな映像に感じられた。
そんな魔法は、暁美ほむらには使えない。
暁美ほむらに許されているのは、前回巻き戻した一ヶ月間の範囲内で、時間を止めることだけだ。

――今でも、それが自慢なの。

どうして?
今回は、限りなく順調に進んでいたはずだった。
この世界の彼女は、魔法の事なんて微塵も知らない、普通の女の子だ。
それなのに、何故こんな目に会わなければならない?

「まどかああああっ!?」

暁美ほむらの耳には、自らの絶叫以外の音も声も、聞こえてはいなかった。
人間に危険を感じさせる真紅の色にその制服を染め、アスファルトの地面に倒れ伏す彼女の姿だけが、暁美ほむらの目には映っている。


遅れて地面に落下した缶ジュースから漏れ出した噴水が、一瞬だけの綺麗な虹を、宙に描いていた……



・今回のNG大賞
「さやかちゃんっ! しっかりしてよ、ねぇ!」
「美樹さやか……どうして」
「美樹さん……!」

凶弾は狙いを逸れ、美樹さやかの手元に。
そして、指輪状態のソウルジェムを粉々に砕いたのだった……

Bad end 389:安定のさやか

・公開プロットシリーズNo.21
→まどかは物凄く目が良いという公式設定がある……らしいぜ?



[29586] 第二十二話:暴走特急隊
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/06 19:04
自分の価値というものに、まるで気付いていない。
……鹿目まどかは、いつだってそういう存在だった。
少なくとも、暁美ほむらにとっては。

「あなたは……っ!」

暁美ほむらが鹿目まどかを助けようとしても、気が付けばいつの間にかほむらの方が助けられていて。
もう誰にも頼らないだなんて、そんなのは嘘っぱちだったんだ。

「なんで、いつだって、そうやって自分を犠牲にして……!」

声を荒げて、ほむらは頭髪の半分を真紅に染めたまどかの肩を掴み、揺さぶる。

「暁美さん!? 頭を打った人にそれは駄目ですよ!?」
「役に立たないとか、意味が無いとか、勝手に自分を粗末にしないで!」

もう何も、耳に入らない。
血の気の失せたまどかの寝顔が、暁美ほむらの見る世界の、全てだった。

「仁美! ちょっと転校生を引き離してて! 何でもいいから落ち着かせるんだ!」
「わ、解りました!」

まどかに泣き縋るほむらを力ずくで引き剥がしたさやかが、バトンを仁美へと放った。
そして、人命がかかっているからには、仁美とて全力で対処する以外の選択肢は残されていない。

「貴女を大切に思う人の事も考えてっ!」

良い台詞だ。
感動的だな。
だ が 無 意 味 だ。

「ごめんなさい、暁美さん!」
「だばっ!?」

仁美の全力の拳が、ほむらのか細い肢体に叩きこまれた。
いわゆる、腹パンというやつである。
何処かの並行世界で最強の魔法少女候補を一撃でノックアウトしたという伝説まである志筑仁美の腹パンが、まさに今、繰り出されていた。


「まど……か……」

当然、暁美ほむら如きに耐えられる一撃ではなかった。

薄れる意識の中でほむらの目に入った最後の光景は、こちらに背を向けてまどかの元に座り込む美樹さやかと……紅い水たまりの中に落ちた、お守り。
いつか、志筑仁美がお土産として配っていたもので、まどかは真っ赤なそれを貰っていた筈だ。
そんなどうでも良いことを考えながら、ほむらの意識は暗転したのだった……

尚、『だばっ』という効果音は暁美ほむらさんが血を吐く時の効果音として漫画版において用いられた『公式用語』であるため、作者に擬音を使うセンスが無いなどという言い掛かりは止めてほしいものである。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十二話:暴走特急隊



仁美やほむらから見られることなく魔法でまどかの治療を終えたさやかだが、その表情には未だ険しさが消えることはなかった。
さやかは、この魔法が万能ではないことを既に知っているのだから。

さやかは、この能力を得てからすぐに、入院中の上条恭介の元へと向かい、彼の腕と足の治療を行った。
だがしかし、さやかに出来たのは、『そこまで』に過ぎなかったのだ。
神経が繋がっても、すぐに昔の感覚が戻ってくるわけではない。
筋を治すことは出来ても、筋力を戻すことは出来なかった。
だからこそ、上条恭介は現在、リハビリに勤しんでいるのである。

さやかの前で目を覚まさないまどかだって、同じだ。
脳というハードを治すことは出来ても、『鹿目まどか』というソフトが無事であるかどうかは、分からない。
一命を取り留めたのは間違いないものの、予断を許さない状態には違いない。

「美樹さん」

おそらくこの場で一番冷静な声……志筑仁美の、それだった。

「救急車を呼びました。鹿目さんは私に任せて、美樹さんは公園で待っている人の所に行ってあげてください」

一瞬、この非常時に何を言っているのかと糾弾したい気分に駆られたさやかだが、よく考えてみれば、さやかがこの場に残っても出来ることは無い。
ならば、さやかが待ち人に一言声をかけてくるぐらいの事は、行っても平気だろう。

「じゃぁ、せめて転校生だけはこっちで預かって行くよ。病院で騒いだら迷惑だろうし」

それでもまどかを残していくことに多少の罪悪感があったのか、軽々とほむらを背負い上げ、さやかはそのまま夢見公園の方に向かったのだった。
人間を一人持ちあげるという重労働をそんなに簡単に行えるのかと若干の疑問に思った仁美だったが、どうせ美樹さんだし、という理由ですぐに納得した。
……さやかという子の日頃の扱いが、非常に良く解る思考の流れである。



「さやかちゃん、久しぶり」
「うげぇっ? パンツマン? 何でここに……」

夢見公園に入ったさやかを出迎えたのは……いつの日かまどかに御開帳姿を見せつけた変態野郎だった。
仮面ライダー様に会いに来たのに、何故こんな奴と顔を合わせなければいけないのか。
正直に言って、まどかが凶弾に倒れたこと以上の理不尽である。
むしろ、まどかをコイツに会わせることを防げたという点においては、ラッキーだったとさえ言えるかもしれない。

「俺に会いに来てくれたんだって? 何か用かな?」
「思い上がんな、露出狂。通報するぞ」

この扱い、である。
美樹さやかの中では、火野映司という男の株価は底値を下回る無限債権的な評価を下されているのだ。

「さやかさん、その人で合ってますよ」
「ああ、あんたこの間の……トーリだっけ?」

今までトーリは何処に居たんだろう。
いや、さやかと映司が話を始める前から、ずっと映司の隣に居たりするのだが。
コイツはオリ主のくせに影が薄くて、作者でさえもそのシーンに居ることを時々忘れるのだから、手に負えない。

そんなことより。

「やっだなぁ~。あたしが会いに来たのは、仮面ライダーさんだよ? ほらほら、早く案内してよ」

否認しつつも、さやかの頭の中には、既に嫌な予感は走っていた。

「だから、それが俺なんだって。仮面ライダー、オーズ。俺でしょ?」

そう言いながら、右手でオーズのベルトを見せてくれる映司の姿を見れば、さやかにはもう逃げ道はない。

――こういう時って、普通ヒロインをエスコートしてくれるイケメンがさり気無く私にフラグを建ててくれるとかじゃないの!?

そんなヒーローに対する幻想をぶち壊された気分で、さやかの胸は一杯だった。
今だったらきっと、とある学園都市で殴られた魔術師たちと一緒に美味い酒が飲めるだろう。
もちろん、さやかは未成年者なので飲酒は御法度だが。

「さやかさん、どうかしましたか?」

心配そうにこちらを見守っているトーリの気持ちは嬉しいが、コイツは頼りになるかと言われれば、NO一択でしかない。
知られざるヒーローの素顔に絶望したさやかは、


「奇跡も魔法も、無いんだよ……」

恋人がかつて吐いた台詞を、引用していたという……



「ところで、さやかちゃんが背負ってるその子は?」

今度は映司が、心配そうな声をかけた。
ただし、心配の対象は先ほどのトーリとは違う。
さやかが負ぶっている、長い黒髪が目立つ女の子である。


興味本位にその顔を覗き込んだトーリは……その瞬間に、背筋を凍りつかせた。

――契約を結んだことを後悔しているのね。無理も無いわ

忘れもしない。トーリがまだ名前も無かったころに出会った、魔法少女。

――貴女が人間では無いという事は、よく解ったわ

魔法少女になってくれる人材を探していた時に、トーリを殺しにかかって来た、暁美ほむら……その人だった。

「トーリ、どうしたの? もしかして転校生の友達だったりして?」

知り合いです。
顔を見せたら発砲される程度には深い仲ですよ。
ただ、それを素直に口に出しても、ほかの二名がトーリの味方になってくれるかどうかは不明である。

「何処かで会った気がするんですけど……思い出せません」

……しかし、この状況はチャンスかもしれない。
当人は現在、気を失っていてトーリの存在に全く気付いていない。
つまり、トーリは彼女を始末することが出来るかもしれない。
ここで会ったが百年目、というやつである。

だが、一緒に居る映司やさやかが、あからさまな人殺しを見逃すとも思えない。
というか、映司はともかくとして、味方だと思っていたさやかが敵になる可能性が浮上したのも、痛い。
ほむらとさやかが味方同士なら、その可能性は充分に有り得るのだ。

……それならば、暁美ほむらと他の二人を敵対関係に誘導するまでである。
幸いにして、さやかを騙すことは、アンクを相手取るのに比べれば遥かに気が楽だ。

「どうせなら、マミさんとも一緒に話しませんか?」

巴マミに、暁美ほむらのキュゥべえ殺しを証言させれば良い。
その場に居合わせたことが知られると厄介なのでトーリの口からは言えないが、巴マミが発言したとなれば、映司にはそこそこの説得力を持った情報として伝わる筈だ。
マミがその事件を告発した後に、トーリが襲われたことを暴露すれば、暁美ほむらの買う不審は決定的なものとなるに違いない。

「マミさんって?」
「魔法少女の先輩の巴マミさんです。最近、住んでいた所が壊れてしまって、クスクシエっていう店にお世話になっているんです」

オーズ原作で、1クール目の中盤辺りから映司とアンクが住んでいた、あの屋根裏部屋である。
一応マミにも遠い親戚という名目ばかりの保護者は居るのだが、店長である知世子さんに映司とトーリが事情を掻い摘んで説明したところ、快く部屋を貸してくれたというわけだ。

「もしかして、『私と一緒に死んで』って言って欲しい女子ランキング一位の巴マミさん? 会ってみたいっ!」
「そのランキング不名誉過ぎでしょ!?」

かかったっ!

「そうです。まさにその人ですよ!」
「しかも、意外と有名なの!?」

クスクシエに居るであろうマミに、念話でアポを取るトーリ。
先日アンクへと念話を繋げる時に気付いたのだが、トーリの側から念話を発動した場合には、トーリのセルメダルは増えないのだ。
つまり、アンクに感知されない。
もちろんセルメダルは欲しいのだが、余計な争いは回避したいというのも本音な訳で。

「結構距離があるから、ライドベンダーで送って……でも、3人も載せられないよなぁ……」

流石に、バイクというものは3人も4人も乗ることを想定されていない。
鴻上財団の誇る化物バイクならば可能な気もするが、道交法的にそれはダメだろう。

「それなら、パンツマンが転校生を預かってよ。トーリ! 飛ぶのよ! あたしを載せてっ!」

大切な友達をパンツマンに預けるなんて、どうかしているよ。さやか。
お前は絶対、空の旅を楽しんでみたいだけだろう。
その欲望を開放して、本当の気持ちと向き合え。

「お先に失礼しますね」
「れっつらゴーッ!」

人気の無い離陸場所を探して、さやかの両脇に手を回したトーリは、あっと今に飛び去ってしまったのだった。


「意識の無い人間をバイクで運ぶなんて、無理でしょ……」

そう呟く映司を、残して。

結局、目を覚ましそうにないほむらを背負って、映司は走ってクスクシエに向かう事になるのであった……


だがしかし、この火野映司という男が何の寄り道無しに目的地に辿り着くことなど、滅多にあるものではない。
いつの間にか、30歳前後と思しき夫婦の喧嘩の仲裁に入っていたのだ。
そして、当然の如く、別の騒動にも巻き込まれる。

ドラム缶や立て看板、パイプ椅子……付近にあったものが手当たり次第に周囲のものにぶち当たるという怪奇現象に。
巨大な角と異常に発達した手足の筋肉が目を引く、如何にもパワーファイターですと言わんばかりの牛型ヤミーが、その中心地で猛威をふるっていた。
対象物が何であれ『当たる』という因果を少しだけ強める指向を持った重力波を放ちながら、周囲の物体を操作していたのだ。


知る由も、無い。
その能力の余波で、泣き虫な女子中学生が一人、病院に運ばれた事など。


「これのどこが、欲望と関係あるわけ? ……って、聞いても無駄か」

バイソンヤミーの元となった欲望が解らずにボヤく映司だが、そんなことを聞いて答えてくれそうな相手では無いことも理解できている。
尚、気絶したままの暁美ほむらは、先ほど喧嘩をしていた夫婦に預けて来た。

『クワガタ トラ バッタ』
「変身っ!」

映司が変身したのは、『タトバコンボ』ではなく、亜種の『ガタトラバ』であった。
タカメダルさんはどうしたって?
映司としては、動体視力に優れるタカは非常に使いやすいのだが、魔法少女たちの心証が悪くなるので使えないのだ。
透視能力は常時発動している訳ではないと説明しても、怒り出しそうなマミと泣き出しそうなトーリに全力で止められた。

さらに追い打ちとして、映司とマミが気絶している間に、トーリがアンクにこっそりと助言したという事情もあったりする。
赤のメダルはアンクさんが持っていた方が安心でしょう、という具合に。
そんな諸々の経緯の結果、映司は現在タカメダルを所持していないという訳である。

「セイヤァッ!」
「フゴォッ!」

体当たり攻撃を仕掛けてくるバイソンヤミーの攻撃を回避し、虎の爪やバッタの脚力で攻撃を加えてみる映司だが……一向にダメージが見えない。
具体的に言うと、ヤミーからまき散らされる筈のセルメダルが、全く排出されないのだ。
ヤミーのセルメダルを削ることは、ヤミーの弱り具合を測る目安になるのだ、と言う事に映司は気付いていた。
つまり、ダメージを与えることが出来ていない。

しかも、映司の真後ろから、灰色の怪物がもう一体、近づいて来ている件について。
映司は、彼に全く心当たりが無いのだが……何となく、第六感的に、そいつがヤミー以上の力を持った存在なのだと感じ取った。
おそらく、グリードの一体なのだろう。
何故真後ろから迫る敵の存在が認知できるのかと言われれば、その秘密はクワガタのメダルにある。
オーズ本編では影の薄い能力の一つだが、クワガタヘッドの視界は360度……つまり、全包囲を完全にカバーすることが出来るのだ。

「こっちこっち!」

行動を思い立った映司の行動は、迅速だった。
バイソンヤミーの前に立ち、手招きをして突進攻撃を誘う。

「よっと!」

そして、大地を踏みならして突進して来たバイソンヤミーを……バッタの脚力で飛び越えた。
トラクローの鋭利な先端を支点にして、学校の体育の授業で習ったように空中姿勢を保ち、バイソンヤミーの背後で綺麗な着地を決める。
こういう動作は、大人になっても意外と忘れないものなのだ。
残された二人は……

「フゴオオオオオオッ!?」
「おれの、やみーを、いじめ……!?」

いわゆる、正面衝突というやつである。
セルメダルを撒き散らして地面に倒れる、灰色のグリードとバイソンヤミー。
台詞から考えるに、このグリードがバイソンヤミーの創生者で間違いないらしい。

『トリプル スキャニングチャージ』

……そして、彼らが復帰する前に止めを刺そうとする、何気に容赦の無い映司。
大剣メダジャリバーに3枚のセルメダルを手早く押し込み、スキャナーに読み込ませる。
その場で拾ったセルメダルをすぐさま使う辺り、恐ろしく経済的な男である。

「セイヤァッ!」

メダジャリバーから水色の輝きが放たれ、剣閃は大きく伸びる。
グリードとヤミーを両断して。
空間ごと切り裂くという奇跡にも魔法にも匹敵する荒技の余波を受けて、周囲に『面』の切り口が出来るも、それも一瞬の事に過ぎない。
空間斬撃『オーズバッシュ』は、生命以外のモノなら切ってもすぐに元に戻ってしまうのだから。

「めず、う、る……」

かくして、突発的なヤミーとの戦闘は、何枚かの灰色のコアと大量のセルメダルという収穫を以って終わりを告げたのであった……


……世界の進行は、既に狂い始めている。


・今回のNG大賞
「今日は、ライオンのコアメダルを火野さんに届ける日です。会長」
「その必要は無くなったよ。彼らは既に同じコアを持っているようだからね」

本来の歴史から外れ、ライオンのコアメダルは鴻上の元に残った。
今はただ……出番を待つ、のみ。


・公開プロットシリーズNo.22
→オーズ本編で使われない能力を拾っていけたら、それはとっても嬉しいな、って。

・人物図鑑
 ガメル
 巨大生物の怪王。その性質は怠惰。自身の気の向かないことは絶対に行わない怠け者であり、彼の手下はその暇を潰すための玩具に過ぎない。彼の好む駄菓子の中に爆弾か毒物を仕込んでおけば、気付かずに食してしまうだろう。



[29586] 第二十三話:海へ辿り着かない雫
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/11 01:14
アンクは、有り体に言うと、ピンチだった。
最初からクライマックスなんて柄では無いが、危機的状況には違いない。
自分の命のカウントを始めた方が、まだ現状に適していると言えるだろう。

事の始まりは、アンクが携帯端末による情報収集で、とある書き込みを見つけたことだ。
不思議なメダルを拾ったという情報にホイホイ釣られて、人気の無い工場跡地まで来てしまったのである。
結果としてその先には、猫科グリードであるカザリが待ち構えていたわけだが。

「アンク……君は今まで奪ったメダルの数を覚えているかい?」
「今更数えきれるかッ!」

答えは聞いていない……そんなことぐらいアンクにだって分かっているが、悪態を吐かずに居られるものか。
泉信吾の身体から引き離され、腕だけの状態になってしまったアンクには、物理的にカザリを倒す手段が無い。
手首を掴まれているために飛んで逃げることも出来ず、泉信吾の身体は遠隔操作にも対応していない。
つまり、ジリ貧である。

既に何枚かのコアメダルをむしり取られ、アンクは身体もプライドもズタボロだった。
だがそれでも、必死に生き残るための方法を模索する気力だけは決して失わない。
周囲の情報をグリードの限られた感知能力の中で最大限に理解しようと努め、手を広げた。
その努力の甲斐あってか、彼は思い至る。
起死回生の一手に。

「……カザリ。お前は、海の底に沈んだコアメダルを見つけることが出来るか?」
「そんな事が出来るわけが無いよ。何のつもりか知らないけど」

カザリには、解らない。
アンクが、どんなつもりでそんなことを聞いて来たのか。
時間稼ぎぐらいにしか思っていなかったのだ。

腕だけのアンクが、ニヤリと笑った……そんな、気がした。

「なら、教えてやる。進化した人間たちが町の地下に作った『水道』ってやつは、海に繋がってるんだよっ!」
「だからそれが何だって……まさか!?」

カザリが気付いた時には既に遅く、アンクは、コアメダルの一枚を投げていた。
道端の、マンホールが壊れてむき出しになっている穴の方へ、『黄色のコアメダル』を。

もし海へと流れてしまえば、二度と手元に戻ってくることは無いだろう。
その判断は、間違っていない。

咄嗟にコアメダルに飛び付いたカザリの隙を突いて、アンクはカザリを尻目に脱出に成功する。
自身のコアを回収し終えたカザリが再びアンクを探したとき、腕怪人は既に行方を暗ませた後であった。


「進化、か……」

己のコアを掴み取ったカザリが、ぽつりと呟く。
その声に返事を返す者は……誰も、居ない。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十三話:海へ辿り着かない雫

Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×2
クワガタ×1
バッタ×1
ライオン×1
トラ×1
サイ×3
ゴリラ×2
ゾウ×2



「あの子、意識が戻ったんですか?」
「ああ、若干取り乱してたかなぁ」
「病院に行くって言ってた。でも、足取りはしっかりしてたから大丈夫そうだったよ」

戦闘後に喧嘩夫婦の元へと帰って来た映司が真っ先に気付いたことは、ほむらの不在であった。
それを夫婦に聞いてみたところ、病院に行ったらしい。
そして、女の子の事も心配ではあるが、映司の質問に答えながら喧嘩を続ける器用な似た者夫婦を仲裁する作業を終わらせるまで、映司はクスクシエに向かえそうでは無い……



『もしもし、マミちゃん? ちょっと用が出来て、そっちに行けそうにないんだ。さやかちゃんに言っておいてくれるかな? あと、ほむらちゃんは病院に行ったから大丈夫だよ』

映司の急用を知らせてくれたのは……マミにとってあまり良い思い出の無い、バッタのカンドロイドであった。
通信機としての機能を持つそいつは、役目を終えたら即座にゴミ箱に放り込んでおいた。
その場所に先日捨てたバッタカンが存在していれば、ゴミ箱の底でまるで兄弟のようになっていたことだろう。
もっとも、巴マミの現住所がクスクシエの屋根裏部屋に移ってしまったため、それは叶わなかったが。

『あと、メダル関連の事は、話したい事全部話しちゃって』

役割は終わって居なかったらしい。
でも、拾いに行くのも面倒くさいし、放っておこう。
別に、バッタカンが地獄から復讐に来るわけでもないのだから。

「と、いうわけなの。ゴメンなさいね、火野さんを訪ねて来てくれたのに」
「い、いいえ、マミさんが謝ることなんて、全然無いですよ! 悪いのは全部あのパンツマンなんですから!」

魔法少女の先輩であるマミに対してつたない敬語を使いつつ、息を吐くように映司を貶める美樹さやか。
パンツマンという意味の解らない呼び名にマミは首を傾げて見せるが、考えても解らないものは解らない。
ところが、マミの隣に座っているトーリは、なるほどと言った様子で納得顔をして見せていた。
言い得て妙ってやつですねぇ、なんて頷きながら。

「確かに 『アレ』を見せられれば、そう呼びたくなる気持ちは解りますよ」
「話のわかるヤツめぇ~! だよね! やっぱりあたしの目に狂いは無かったか!」
「何その意味不明なシンパシー!? 火野さんは私の知らないところで何を見せているの!?」

突っ込まずにはいられない、というか、最近突っ込みが段々と楽しくなってきたような気さえするのだから不思議なものである。
でも、マミが知ってしまった魔法少女の真実の重みに押し潰されずに済むのは彼女らのお陰なのだということも、薄々と自覚していた。
トーリや美樹さやかが頼って来てくれるということが嬉しくて、そのことが行動の活力になっている……とまで言うと、言い過ぎかもしれないが。

「ナニと言われましても……ねぇ?」
「見ないに越したことは無いわよ、ねぇ?」

困り顔で相方に視線を振る後輩と、ニヤリ顔で相方に視線を返す後輩。

「……貴女達、仲が良いのね」
「そりゃぁもう、一緒に魔女を倒した戦友ですから!」

私は魔女の事をあまり覚えていないんですけど、と声を小さくしながらも主張するトーリには……マミを見る時には含まれていない感情が存在しているように、マミには思われた。
信頼?
信用?

「何だかんだで、味方が居ると安心します」

安心。
何となく、トーリがマミと一緒に居てもどこかオドオドしていた理由が、すとんと納得できたような気がした。
自分は……精神的にあまり頼られる方では無いのかもしれない、と。
今現在は魔法関連の技術や経験の蓄積によって頼られているが、物理的な損得を超えた面での頼られ方というものは、あまり予想が出来ない。

「そう来たか。何を隠そう、あたしは『安定のさやか』と呼ばれる女なのさっ!」

安定感も、マミには欠けているのかもしれない。
少なくとも、魔法少女の身体の秘密を知って、夜も満足に眠れないマミ自身には安定感と呼ぶべきものは無さそうだ。

尚、美樹さやかが知り合いから『安定のさやか』と呼ばれた事は一度も無いという事実を、補足しておこう。
某笑顔百科事典とかで検索するなよ? 絶対にするなよ! 絶対にだ!

「マミさん……何だか、怖い顔してますよ?」

後輩一号が、不安そうな顔を見せながら巴マミの瞳を覗き込んでいた。

……私は、何をやっているの。後輩を不安がらせてどうするのよ。

「ごめんなさいね。二人の仲が余りに良かったから、つい嫉妬してしまったのよ」

冗談めかして口に出してみて、初めて気付く。
実はそれが、自分自身の本音なのではないか、と言う事に。

「マミさんも一緒に行きましょうよ。今度はあたし達三人で!」

その言葉に自身の胸が高鳴るのを、巴マミは感じ取っていた。

……嬉しい。
その誘いは、この上なく魅力的だ。
手柄のグリーフシードも、魔法少女が3人までなら、何とか配分できるはずだ。
というか、トーリは何気なくグリーフシードが要らないという規格外な特性を持っているのだし、仲間割れは起こりそうでは無い。

「そういう事なら、先輩として格好良いトコロ、見せないとね!」

強がってみせる巴マミの心の中にあったものは……それとは正反対の、尊敬。
確かにベテラン魔法少女としての手際を後輩に学ばせることは出来るだろう。

……でも、勉強させてもらうのは、私だって一緒。

さやかの、いっそ楽天的とさえ言えるムードメーカーの素質に対する敬意が、確かに胸の中身を占めているのだということを自覚している。
臆病な後輩達を導いていくためには自分だけでは力不足だということを、美樹さやかは意識もせずに教えてくれた。

「じゃあ、携帯の番号交換しましょう! トーリもね」
「あ、ワタシはソレ、持ってないです」
「私も、この間水没させちゃったのよ」

「……ゑ?」

最後でしっかり落としてみせるのも、さやかの才能……なのだろう。多分。




暁美ほむらは、目の前の光景が、納得できなかった。
ほむらが立っている場所はとある病院の一室の入り口であり、扉は開け放たれたまま制止している。
そして、頭部に仰々しい包帯を巻かれた鹿目まどかが、真っ白なベッドに寝かされた身体を上半身だけ起こして、ばつの悪そうな苦笑いを顔に張り付かせていた。
そこまでなら、良い。

出血の割に当たりどころが良かったのだと割り切ることは出来る。
だがしかし、

「ほむらちゃん、心配かけてゴメンね。でも、無事で良かった」
「やあ、暁美ほむら。久しぶりだね」

愛らしいまどかの声の後に響く、耳障りなお馴染みの音声。
まどかの膝元に抱かれて、虚無を思わせる真白な体を丸めている憎き仇敵の姿が、そこにはあったのだ。

「インキュベーター……っ!」

……今回は、上手くいっていると思ったのに。
魔法の使者の背中を撫でて愛でているまどかは、まさか『それ』が悪魔だなんて、思いもしないだろう。

完全に、やられた。
缶が飛んでくるという事故が無ければ。
ほむらが取り乱して腹パンされなければ。
まどかの意識が戻るのが、後少し遅ければ。

幾つもの偶然に思える要素が重なり、暁美ほむらはついに、インキュベーターに隙を見せてしまったのだ。
今回の作戦はあえなく失敗し、キュゥべえと鹿目まどかの接触を許してしまった。
仮に今からキュゥべえを始末しても、それは鹿目まどかからの決定的な不信感を買ってしまうことに繋がり、後に『契約』を防ぐ際の足枷となってしまうに違いない。


一般人である仁美は、飲み物でも買ってくると言って入室時間をずらしていたが、そう長く経たないうちに来てしまうだろう。
そうなると、何か行動を起こそうにも、幅が狭まってしまう。

……志筑仁美?

ほむらの頭の中に引っ掛かった、キーワード。
何か、この状況を打開するヒントがそこに関連しているような気がして、ほむらは必死に頭を回転させる。

お嬢様……特に関係ない。
長髪……同じく。
恋愛脳……どうぞお幸せに。
黒仁美モード……

「……!」

こ れ し か な い !

……今ならまだ、間に合うわ。
暁美ほむらの中で、インキュベーターに匹敵する悪魔が、最悪の作戦を囁いていた。

ほむらの頭の中の冷静な部分が、まだ残された可能性を告げる。
やっぱり今回も駄目だったよ、などという言葉で済ませるのは、嫌だ。

鹿目さんに申し訳が立たない? だからそんな作戦は実行できない?
そんなことを考えていたから、今の今まで一度も鹿目まどかを救えなかったのではないか。
仇敵インキュベーターに隙を見せてしまったという焦りが……判断を急かす。

……ほむらは左手を身体の後ろに隠して盾を具現化し、そのギミックを発動した。

世界が色を失い、キュゥべえを撫でていたまどかの柔らかい手は、彫刻のようにその動きを止める。
鹿目まどかだけではない。
室内のアナログ時計はその秒針を固定され、風に靡いていたカーテンも不自然な形状を保っている。
ほむらを残して、この世の全てが時間を停止させられていた。

そして、ほむらがすべきことは、一つ。
ほむらが手に取ったものは、黒光りする火器……ではなく、鹿目まどかの近くにおいてあったフルーツバスケットの中の、果物ナイフだった。
ナイフを使って『作業』を終え、部屋の入り口まで戻って行ったほむらは、盾を収納して能力を解除する。
……時が、再び動き出した。

可愛らしい魔法の使者を友人に紹介しようとする明るい声が、病室に放たれる。
その膝の上で何が起こったかも、知らずに。

「ほむらちゃん、見て、この子! キュゥべえって言……う……?」

手元に突然発生した生温かい感触に異変を覚え、まどかが膝の上の小動物に目をやると、

ぐちゃり。

まるで裂きイカのように体を細く別れさせながら、鮮血を振りまく愛玩動物の姿が、そこにはあった。

「……え、うそ、なんで、」

まどかがキュゥべえを下から支えようとして……その身体が、まどかの手を支点に、真っ二つに千切れる。
残ったまどかの手には、まだ体温の残った赤い液体が、ぬるりとその存在を主張していて。
状況が理解できずに目を見開いている鹿目まどかを見れば、暁美ほむらの心が痛まないワケが無い。

それでも、これがきっと最善手なのだ。
そう思うことでしか、ほむらは冷静さを保つことが出来なかった。

「こんな、だって、つい、今まで……!」

……そしてここからが、暁美ほむらが思いついてしまった、悪魔の如き作略の本領である。
自分を好きにならない奴は邪魔だと豪語するマザコンでさえ裸足で逃げ出すような、最低の計算が為される。

「鹿目まどか……なんて酷いことを……!」

暁美ほむら一世一代の大博打が、始まった。

「……え?」

ほむらの言っている意味が解らずに、目をきょろきょろと動かす鹿目まどかは、気付いてしまった。
自分の膝元にある惨殺死体と、その身体を抱き起そうとした手に握られている、凶器と思しき血糊に塗れた果物ナイフの存在に。
そして、室内には鹿目まどかと暁美ほむらしか居らず、未だ入口の扉を開けた所に突っ立っている暁美ほむらには、犯行は不可能のはずだ。

と、いうことは?

鹿目まどかの感性は、私は殺っていない、と訴える。
そんな記憶は、まどかの脳内には残っていない。
だがしかし、揺れる理性に僅かに残された冷静な部分が、言っていた。
自分以外に犯人は有り得ない、本当は鹿目まどかっていうのはそういう奴なんだよ、と。

「私が、やったの……?」
「覚えていない、の?」

……違うって、言ってよ。

縋るようにこちらを見るまどかの視線が、ほむらの罪悪感に突き刺さり、後悔が頭をもたげる。
その痛みは、胸に突き立てられた光杖のような激しさを以って、ほむらを責め立てた。
それでも……作戦を止めるわけには、いかない。

「落ち着いて。その死体と凶器は私が全力で隠すわ」

……私は殺ってないよ。信じて、ほむらちゃん。お願いだよ……!

鹿目まどかがそう言ってくるであろうことが、暁美ほむらには予測できた。
少なくとも暁美ほむらの視点においては、そのぐらいに長い付き合いではあるのだ。
だからこそ、ほむらは先手を打つ。

「心配には及ばない。頭を打った直後の人間が奇行に走るのは、よくあることよ。記憶の混乱もね」
「私、は……」
「幸いにして、貴女が『それ』を切り刻む瞬間を目撃したのは、私一人。私は絶対にこの事を他言しないと約束するわ。つまり、この部屋では『何も無かった』のよ」

既成の事実であるかのように、言葉の中に嘘を混ぜ込む。
鹿目まどかが愛玩動物を切り刻んだ瞬間を暁美ほむらが目撃したのだ、と。
呆然として身体から力が抜けたように肩を落とす鹿目まどかの姿をこれ以上直視することは、暁美ほむらには出来なかった。
彼女はきっと、虚ろな、死んだキュゥべえのような目をしているのだろうから。

手早く、病院特有の保温効果が高いとも思えない薄さの掛け布団をまどかのベッドから剥ぎとり、そのままキュゥべえの死骸と果物ナイフを掛け布団に丸め込む。
隣にあった空きベッドから拝借した掛け布団を、汚れたものの代わりにまどかへ被せ、ほむらは丸めた証拠品を抱えて足早に病室を後にしたのだった。


「これなら……まどかは、キュゥべえを避けるはず……!」

もしキュゥべえが再びまどかに近づいたとしても、心優しいまどかはこう思うはずだ。
自分がまた無意識のうちにキュゥべえを傷つけてしまうかもしれない、と。

解っている。
まどかの優しさを利用するやり方が、インキュベーターと同じ類の悪質さを抱えていることは。

――絶対に貴女を助けてみせる。

それでも、止まらない。止まれない。
いつか、未来のはるか彼方で交わした約束が、心を呪う。


自己嫌悪の砂漠が心のオアシスを枯らし、ほむらに激しい喉の渇きを促した……



・今回のNG大賞
「アンク。水道は下水処理場に繋がってるから、海には直接流れ込まないぞ?」
「そ、そのぐらい知ってる! あれはカザリを騙しただけだッ!」

真実は、腕のみぞ知る。

・公開プロットシリーズNo.23
→前作から思っていたけれど、作者はシリアスを書くのが若干苦手な気がしないでもない。



[29586] 第二十四話:壁にミミリア 障子にメアリー
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/11 01:21
――まどかは、力そのものに憧れているのかい?

白い愛玩動物にそう問われ、当然だと答える私。
力を願い、最初に私の手にかかったのは……力をくれた魔法の使者、キュゥべえだった。

――あいつは魔女になっちまったけど、友達の声なら届くかもしれない。

私の事を魔女だなんて言う赤い子に乗せられて、青い子が私の説得に来た。
口汚く罵る私の言葉に絶望して、人魚のように泡になって消えた青い子は……私の親友の、さやかちゃんだった。

――美樹さん、行ってしまったわ。円環の断りに導かれて。

チェスの板みたいに白黒の模様が付いた場所で、私達より年上っぽい、黄色い子が呟く。
顔がよく見えないのは……多分、今の私がまだ、彼女に出会っていないから。

――まどか……!

辛そうに私の名前を呟く、モノクロの衣装に一点だけ赤いリボンを巻いたほむらちゃん。
そのリボン、私のだった気がするけど、どうしてほむらちゃんが持ってるんだっけ?

――おっはよー!

そして、皆の前に現れる、笑顔の私。
皆を惨殺出来ることを、心から喜んでいる私が、そこには居た。



やめて。
やめてよ。
私はこんなコト、望んでない。
なのに、私は弓を引くことを心から楽しんでいて。



……そこで、目が覚めた。
周囲を調べるまでも無く、そこは病院であることが、すぐに解った。
汗だくになった病院着が、その気持ちの悪さを演出していたのだから。

応接用と思しきパイプ椅子には、鹿目まどかの学生鞄と着替えが綺麗に畳んであった。
どうやら、まどかの容態について知った両親が、昼間の間に来ていたらしい。
現在は窓の外も院内も既に暗くなり、強制的に帰された後のようだが。

「全部、夢だった……んだよ、ね?」

まどかは、ほむらを庇ってスチール缶の凶弾に倒れたところまでは、はっきりと覚えていた。
だが、その後の記憶があいまいで、というか現実離れしすぎていた。
キュゥべえと名乗る魔法の使者が現れて、まどかはその手で……

「夢に、決まってるよ……!」


まどかが辺りを見回すと、隣のベッドの毛布が無かった。

「まさか……」

フルーツバスケットの中を調べても、果物ナイフは見つからなかった。

「そんな……」

ナイフを探す手の、爪の間には、拭い残した赤い液体が染みついていた。

無意識のうちに指を口に咥え、その液体をしゃぶっている自分に気づく。
これは証拠を隠滅しているわけじゃなくて、その液体の正体を確かめているんだ、と自分に言い聞かせながら。

「う、げぇ」

口の中に広がる鉄の味に、食道から猛烈な吐き気が込み上げてくるが、吐きだす固形物も無く、苦い胃液はなんとか飲み込み直すことが出来た。
胃のむかつきは、収まらない。

ナースコールを押したい衝動に、駆られた。
泣き声をあげて、誰かに縋りつきたかった。
友達でも家族でも先生でも病院職員でも、誰だって良い。
だが、自分を抱き留めてくれる優しい人間の腹に凶器を突き立てる自分の手を想像してしまい、喉を震わせることも出来なかった。

「助けて……誰か……っ」

ママ、パパ、たっくん、さやかちゃん、仁美ちゃん、先生、上条君、ほむらちゃん……
誰でも良いから助けてほしいと思うと同時に、その優しい人を死に至らしめる自分をイメージしてしまう。
声が、声にならない。


毛布を頭から被って、固いベッドの下地に顔をうずめる。
この時になってようやく、まどかは気付いた。
自分が、声も立てずに震えているのだと言う事に。


爪の間の紅を削ぎ落とすための水は……自然とその双瞼から、零れ落ちた。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十四話:壁にミミリア 障子にメアリー



暁美ほむらは、後悔に心を苛まれていた。
もし後悔だけで死ねるのなら、一度死んだ後にワニの怪人になって更に三回死ぬぐらいの、強烈なものだった。
薄暗くなった町中を歩くその脚は、酷く重い。

いっそ全てを投げ出してしまおう、という自己破壊的な思考に陥りそうになった自分を、何とか誤魔化し切らなければ。
暁美ほむらが絶望にゴールしたら誰が鹿目まどかを救うのだ、と自分に言い聞かせて。

……そのまどかを、自分自身の手で傷つけたのに?

まどかとて、頭を打った後に奇行を起こしてしまったのだという精神的な逃げ道があるのだから、失恋した後のさやかのような自棄自棄な精神状態にまでは至らない筈だ。
それでも、キュゥべえを殺したのが自身だと吹き込まれた時の鹿目まどかの落ち込み様が、忘れられない。

いつもの、キュゥべえを撃ち殺すだけの簡単なお仕事が残っていれば、まだ気が紛れただろう。
しかし、それも鹿目まどかがキュゥべえの存在を認知してしまった今では、意味の無い事であった。

……することが、無い。
この際、少し予定を前倒しにして佐倉杏子に接触するのもアリかもしれない。
野良猫のように気ままに動き回る彼女を補足するのは骨が折れるが、ワルプルギスの夜と戦うための戦力としては、捜索の労力に見合うはずだ。

とは言え、暁美ほむらが先程のような作戦を採ったのは今の周回が初めてなので、すぐにまどかの元へと駆けつけられる程度の範囲には居たいと思っていたりもする。
そんなほむらの視界に……一本の煙が立ち上る光景が、映し出された。
病院からも暁美ほむらの現在地からも大して遠く無いその場所を、ほむらは河原であったと記憶している。
佐倉杏子が見滝原に来るにはまだ時期的に早すぎるはずだが、何かの気まぐれでこの町を訪れて、盗品の魚でも焼いているのかもしれない。



「それにしても、参りましたね。明日のパンツもビショビショですよ」
「派手だねぇ。まぁ、どうでも良いけどさ」

違った。
良い年をした男が二人、焚火をして暖をとっていた。
……半裸で。

その内の一人は、昼間にほむらを介抱してくれていた夫婦の夫の方だ、とほむらには分かった。
だから、その二人の元へふらふらと近づいて行ってしまったのは、きっとお礼を言うためなのだ。
もしかするとそこには、何か人間らしい事をしなければならないという無意識の抑圧が働いたのかもしれない。

「パンツだけは綺麗で良いものじゃないと。メーカーによっては同じメンでも違ったりしますし、ね」

パンツに関する、本当にどうでも良いうんちくを披露する、若い方の男。
面ということは、リバーシブル? それとも綿って言ったの?
そんな仕様も無い突っ込みを心の中に仕舞いつつ、ほむらは河原へと降りて行く。
この部分を書くために録画を見直した作者にもどちらが正しいのか分からなかった……と、補足しておこう。

世間話に花を咲かせる二人の前に出て行くタイミングを、ほむらは完全に見失っていた。
若い男は世界中を旅して周っていて、喧嘩夫婦の夫の方である中年男性はカメラマンをしていたらしい。
……そのどちらもが過去形であったことが、喉に引っ掛かった小骨のように、ほむらの心から離れない。

「若いのに、色々なところを回ってるんだな」
「爺ちゃんが旅好きで、よく連れ回されてたんですよ」

服を火にくべながら……ではなく、服を火であぶりながら、二人は話を続ける。
どうやら、川に落ちて二人の服が濡れたせいで、彼らは半裸だということである。
中年男性の方は並程度だが、若者の方はそこそこに引き締まっているように見えた。
そして、無意識のうちに隠れる場所を探してそこに落ち着いてしまったほむらさんは、どう考えてもストーキング脳に毒され過ぎている。

「遺言なんです。男はいつ死ぬか分からないからパンツはいつも一張羅履いとけ、って」
「ほっほう。そう聞くと、パンツも格好良いな」

彼らに真摯な視線を向けながら暁美ほむらが喉をごくりと鳴らした……かどうかは、定かではない。
彼女とて思春期の女子なのだから、そういう反応をしても別に不思議ではないとだけ言っておこう。
ほむらちゃんがムッツリスケベだなんて、そんなの絶対あるわけ無いよ!

「で、今は日本で旅費稼ぎ、ってワケか」
「まぁ、ちょっと、休憩中……って感じですかね」

若い男は、世界中の貧困に苦しむ人間を救うための事業を起こすのが夢だった。
しかし、旅先で内戦に巻き込まれ、仲が良かった現地住人を助けられなかったことが心残りとなって、色々と気力が無くなってしまったとのことらしい。
青年には現地住人を守る責任なんて無いのに、と暁美ほむらは思ってしまう。
佐倉杏子のように自分の家族を犠牲にしたならともかく、旅先で出会っただけの人間にそこまでのトラウマを負わされるものなのか。

自分だって会って一月も経たないまどかにゾッコンだったというのに、そのことを棚上げにして他人の人間関係に疑問を抱くのが、暁美ほむらクオリティである。
『魔法少女まどか☆マギカ』という作品の本編において、ファミレスで偉そうに鹿目まどかに対して説教を垂れたのが、良い例だ。

俺も似たようなもんだよ、なんて中年男性が前置いて、

「なんか人生色々疲れたっていうか、もう、人生サボりたいっていうか、さ……」

鬱病一歩手前のようなボヤキを吐きだしていた。
それは、目的を投げ出しそうになっていた暁美ほむらに、奇妙なシンパシーを与えていたりして。
もっとも、そのせいで妻に尻を叩かれているという中年男性に比べて、ほむらを責め立てる人間は居ないという違いはあるが。

「目指した通りに写真で成功したのに、な」

目指した通りに魔法少女になった、はずなのに。
鹿目まどかを守る自分になった……はずなのに。

「……分かります」

若い男が、元カメラマンに深い共感を示しているような表情をしてみせた。
夢半ばで立ち止まってしまっている青年自身と、元カメラマンの境遇を重ねているのだろうか。

「揚げ饅頭って知ってます?」
「「……は?」」

話が……明後日の方向にぶっ飛んだ。
別に、暁美ほむらが新たな時間移動能力に目覚めた訳ではない。
ただ単に、会話の文脈がすっ飛んだように、暁美ほむらには感じられただけである。

「凄く美味しくて大好きなんですけど、一気に20個食べちゃった時は、もう二度と見たくなくて。……アレと同じですよね?」
「いや、微妙……」

……やっぱり、帰ろうかな。
そう思いなおしてしまった暁美ほむらを、誰が責めることが出来るだろうか。

「なんか、欲も何も無くなった、っていうか……一度失くすとダメだよなぁ」

確かに、一度失ってしまうと、何もかもが連続して失敗へと転がってしまう時がある。
例えば、鹿目まどかの命運とか美樹さやかの恋路とか。
なんだか、青年の言葉はあまり納得できないが、元カメラマンの中年男性の言葉には割とほむらが共感できる要素が散りばめられているような気がした。

元カメラマンの中年男に対して、奥さんと同じことを言ってる、なんて嬉しそうに述べる青年は陽気な雰囲気のまま話し続ける。

「まぁ俺は、人の『欲』はそう簡単には無くならないと思いますけどね」

あの憎きインキュベーターの『欲』が簡単に無くなってくれれば、ほむらだってこんなに苦労してはいないのに。
もっとも、あれを人としてカテゴライズして良いかと聞かれれば、暁美ほむらはNOと即答するだろうが。

「だって俺、今でも揚げ饅頭大好きですもん。最初に食べた時の、あの感動が忘れられなくて!」
「最初の感動、か……」

最初の感動。
暁美ほむらにとってのそれは、

「……まどか」

自問自答するまでもなく、当然にあの少女だった。
かつて暁美ほむらを救ってくれた鹿目まどかに憧れを抱いた……それが、ほむらを突き動かす原動力となっていることは間違いない。
もちろん、途中の周回において起こった様々なイベントも、現在のほむらの人格を形作る要素となっていることは間違いないが、『最初の感動』と言えばやはりそこしかない。

そして、ほむらが見て来た鹿目まどかの経緯を強く思い出す機会が出来れば、また頑張ろうという気にもなってくるというものである。
自分はひょっとして美樹さやかに並ぶぐらい単純な人間なのではないかという一抹の無礼な不安を新たに抱いたほむらだったが、同時に思う。

この河原で、元旅人の青年と元カメラマンの中年男性の話を聞いて良かった、と。


「揚げ饅頭、食べてみようかな……?」

暁美ほむらは……ひょっとすると、焦り過ぎていたのかもしれない。
何時まで経っても恩人一人救えない自分に自信を失くし、慣れない策まで弄して、無理をしていた。
そのことが結果的に、自分の足を止める原因になっていたのだ……そう、気付いた。
少し休憩すれば再び走り始めることが出来る筈だ、と思えるようになった心が、少しだけ軽い。



ほむらは、読み誤った。
自身のモチベーションに関する認識とは、全く別方面において。
彼女の行動が鹿目まどかという人間にどれだけ深い爪痕を残したのか、という重大な計量カップの、升と合を間違えたのだ。
その勘違いが世界に及ぼす影響は……未だ、誰にも分からない。




「ねぇ、カザリ。ガメルが何処に行ったか知らないかしら?」

とある廃墟の一角を無断で占拠している一団……グリードの一人であるメズールが、同僚のカザリに何気ない声をかける。
一団とはいえ、4人居た筈の住人は既に2人となり、部屋の中には物寂しさが漂うようになっていた。
緑の革ジャンを着こなすイケメンがゴルフクラブ片手に空き瓶を砕いていた光景が、ずいぶん昔の事のように思える。

「昼間に、牛のヤミーを作って遊んでいるのを見たよ。飽きたら帰ってくるんじゃないかな」
「全く、困った子ねぇ」

気分は、嵐を呼ぶ園児を授かった母親である。
まぁ、流石のガメルでも実際に嵐を起こすことは出来ない……だろう。多分。
もっと性質の悪いものなら生み出せるかもしれないが。

「それと、貴方の身体が大分治っているみたいだけれど、アンクの所に行ってきたの?」

暇を持て余して、メズールはカザリの変化について言及してみた。
グリードは、その身体を形成するコアメダルの枚数によってその力を増減させるという特徴を持っていて、外見から大よそのコアの数が解るのだ。
そして、メズールから見て明らかに、今朝よりもカザリのコアメダルは増えている。

「うん。あと、ウヴァのコアも少し取り返して来たよ」
「そういえば、私も持っていたわ。忘れてたけれど」

カザリの手には二枚、メズールの手には一枚。
合計して三枚の緑のコアメダルが、グリード達の手中には存在した。
……それは、彼らの仲間だったウヴァが、殺られたという証でもある。
人間の進化という、昼間にアンクの口から毀れ出た言葉が、カザリの耳から離れなかった。

「メズール。人間はこの800年で、僕たちの想像もつかないぐらいに変わっているみたいだ」
「そうね。私も人間の姿を真似ていないと、外を歩くのは面倒だわ」

人間態を披露するメズールの姿を横目で見ながらも、カザリは思う。
それだけでは全然足りない、と。
……別に、色気とか、そういう意味では無いのだ。
メズールが化けた女の子のモチーフが中学一年生なので設定上は鹿目まどか達よりも年下だとか、そんなことはどうでも良い。


ただ、何となくカザリは、予感していた。
おそらく、ガメルが無事にここに帰ってくることは無い、という事を。

「僕たちも、もっと進化しないと……」

カザリの呟きに、メズールは何も応えない。


その晩。

ガメルは帰らなかった。



・今回のNG大賞
「それで、ウヴァのコアに内訳は?」
「3枚全部カマキリ……だと……?」

……どうしてこうなった。

前回のCount the medalsのナレーション時に気付いた人は居たかも。

尚、あのカウントには、トーリがネコババしたクワガタとバッタは数えられていないという事を補足しておこう。
トーリに限らず、魔法少女組が持っているメダルは原則的にあの一覧には含まないことにします。


・公開プロットシリーズNo.24
→ほむら様が見てる。



[29586] 第二十五話:Free your heat――本当の気持ちと向き合えますか?
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/13 21:30
魔法少女の密会を終え、美樹さやかは意気揚々と帰宅していた。
風を切って空を飛ぶという珍しい体験をしたことも、さやかの気分を上向きにさせた原因になったのかもしれない。
もっとも、実際に頑張ったのはさやかをぶら下げて力の限り羽ばたいたトーリなのだが、細かい事はあまり気にしないのが美樹さやかの長所なのだろう。

「お帰り、美樹さやか」

彼女を待ち構えていたのは、

「ただいま、キュゥべえ。寂しかった?」

愛くるしいネコのような外見をした、マスコットだった。
魔法の使者キュゥべえ……彼こそが、世界をまたにかけて数々の魔法少女をプロデュースして回る、人気者なのだ。
彼を題材にして抱き枕や縫い包みを販売すれば、きっと一大ビジネスに発展できるに違いない。
購買者の何人かは、抱き枕に砂を詰めたり、縫い包みに五寸釘を打ちつけたりするだろうが。
特に、最近鹿目まどかの周囲をうろついているストーカーさんの陰湿なやり口を見ているキュゥべえとしては、彼女がそういった行動に出ることは簡単に想像できる。
一体、彼女は何回キュゥべえを殺せば気が済むのだろう。

「仕方ないよ、僕だって死ぬのはゴメンだからね」

勿体無いじゃないか。なんて口走るようなマネはしない。

「それにしても、何者なんだろうね。『キュゥべえの命を狙ってる奴』って」

事の発端は、さやかが契約した日に、幼馴染の上条君を治療してほくほく顔で帰宅した時にまで遡る。

『ボクの命を狙っている奴が居るみたいだから、ボクが実は生きているという事は誰にも言わないで、匿って欲しい』

その先刻に契約を交わしたばかりの可愛らしい動物が、さやかに頼みごとを打ち明けて来たのだ。
そしてこの頼みは、キュゥべえとしては、匿って欲しいという所よりも『誰にも言わない』という所がポイントだったりする。
キュゥべえが殺しても死なない群生生物だという事実を知ると、大抵の魔法少女はキュゥべえを疑り始めるので、マミやトーリにバレるのは宜しくない。

「目的も能力も、まだよく分かっていないんだ。助言できなくて済まないと思っているよ」
「あんたに言われた通り、他の魔法少女にも教えなかったけど……そこまで徹底する必要、あるの?」

さやかとしては、その部分があまり重要だと思っていないので疑問に感じることも若干あったのだが、

「それを知った人間が不幸になったら申し訳ないじゃないか」
「なんか、一気にキュゥべえの漢前レベルが上がったような気がする……?」

心にもないことを言うキュゥべえにころっと騙されてしまうのが、美樹さやかの良い所である。
少なくとも、キュゥべえにとっては。

「そうだ。今日は、仮面ライダーについて色々聞いて来たけど、聞きたい?」
「お願いするよ」

本当に、便利な奴だ。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十五話:Free your heat――本当の気持ちと向き合えますか?



「なるほどね」

グリードは800年前に生まれたメダルの怪人で以下略。

「その火野映司って人に、念話は通じるかい?」
「んん? キュゥべえ、話を聞いただけでファンになっちゃった? でも蓋を開けてみたらパンツマンだよ、アイツ……」
「緊急時に連絡を取れるのかどうか、知っておいて損は無いよ。君達は危険に身を置くことも多いだろうし」
「おっけー」

むむむ、と額に指を当てて、まるで瞬間移動する直前のサ○ヤ人のようなモーションをとってみせるさやか。
そういうことをしてみたい年頃なのだろう。多分。

「おかしいなぁ? 通じない……」
「まぁ、基本的に魔法少女とボクにしか繋がらないから、無理だとは思ってたよ」

この確認作業には、意味がある。
火野映司には、魔法関連の素養が存在しないという、重大な情報が確定したのだ。
それはつまり……キュゥべえの持つ視覚阻害能力が彼に対して有効であることを意味する。
キュゥべえ自身が直接的に物体を破壊したり盗んだりするのは、周囲の信頼を損ねる可能性があるので最終手段ではあるが、その方法が使えるのはアドバンテージとしては大きい。

「それと、泉信吾に関する事なんだけど、さやかの能力で治せば万事解決じゃないのかい?」
「何で、気付かなかったんだろう……」

そこは女子会の最中に気付いておけよ、と思わないでもない。
泉信吾というのは、現在アンクに身体を乗っ取られている男の名前である。
市中で出会ったカマキリのヤミーに致命傷を負わされて意識不明の重体のところを、アンクに取り付かれることで命を保つことが出来ているのだ。

「まぁ、事を起こすなら、他の魔法少女と相談すると良い。グリードは、僕らが予想もしない力を持っているかもしれないからね」

それももっともな話だ。
何の疑いも無く、さやかはその提案に乗ることにしたのだった。
さやかは、知る由も無い。
間もなく見滝原に現れる超弩級の魔女に備えて、キュゥべえがこの町の戦力を削ろうとしていることなど。

「何だかもう、キュゥべえってあたしの参謀役っていうか、頭脳だね」

美樹さやか……お前の頭を探して来い。



ちょうど同時刻頃、閉店時間直前のクスクシエに、一人の男が足を運んでいた。
その屋根裏部屋に住まう、二人の魔法少女を目当てに。

「あら、映司君。マミちゃん達に会いに?」
「はい。そうなんです。帰ってますか?」

噂の仮面ライダーオーズ……もとい、火野映司、その人である。
気前の良い店長に案内され、何の障害も無く屋根裏部屋まで辿り着いたのだった。

「ねぇ、トーリさん」
「どうかしましたか?」

だが、隙間の開いた扉ごしに聞こえてくる声によると、マミとトーリが丁度何かを話し始めたところらしい。
二人が室内に居るのは僥倖だが、少しだけ扉の前で待つことにした映司には……当然、二人が話し続ける声が、聞こえている。
……そして、結局巴マミと共に居ついてしまっている蝙蝠のヤミーは、実はとんでもなく図々しいヤツなのかもしれない。

「もしも……例えばの話だけれど、私の正体が人間じゃない化物だと知ったら、トーリさんはどうすると思う?」

巴マミは、不安に心を苛まれていた。
魔法少女が生ける屍だと証明された日からずっと、その真実を後輩に言う事が出来ない自分自身を不甲斐なく思いながらも、そんな自分を変えることが出来ずにいる。

「……ぇ?」

マミが何を思ってそんな話を持ち出したのか、映司には分からない。
アンクについての話題なのかな? ぐらいには予想しているかもしれないが。
盗み聞きをする気は無かったのだが、奇しくも先日の暁美ほむらと同じように現れる機会を見失っていた。

「言っている意味がよく分からない、です」

一方のトーリは、嫌な予感が運命の扉をティロフィナーレで連打する勢いで叩いている、というぐらいには焦っていたりする。
トーリの耳には、先ほどの質問がこう聞こえたのだ。

『私じゃなくて貴女の事よ。正体が化物だって薄々気付いているんだけど……どうして欲しい?』

と、いう具合に。
近頃、自分が冷や汗を流し過ぎている気がしてならないトーリだが、愚痴を聞いてくれる相手も居ないので寿命は縮みっぱなしである。
もっとも、このヤミーはウヴァさんに似て、耐え忍ぶことは苦手ではないようだが。

「もし私がヤミーや魔女みたいな存在で、貴女を危険に晒すかもしれないとしたら、どうするのか……ってことよ」

映司には、何となくマミの言っている意味が分かった気がした。
人間は現在持っている力が自分の身の丈以上だと感じると、不安になることがあるのだ、と。

そして、トーリにも何となくマミの言っている意味が分かった気がした。
トーリがヤミーなら死ぬしか無いじゃない、と。

「私は、逃げますよ。そして、マミさんが私の事を忘れてくれるまで、悪事は控えて目立たないように生き続けます」

トーリは、勝算の無い戦いに突っ込むような好戦的な性格はしていない。

「戦ってでも私を止めよう、っていう発想にはならない?」

そう言って欲しかった、と映司には聞こえた。
逃げないで大人しく死ね、とトーリには聞こえた。

「私の知っているマミさんは、例えそういう状況になったとしても、戦いたいと思える相手じゃないです」

主に、戦力的な意味で。

「そう言ってくれるのは嬉しい……けど……」

トーリの台詞を人間性という観点からのものだと解釈したらしいマミの声が……少しだけ湿っているように、映司には思われた。
後輩に慕われて嬉しいというのは間違いなく本音なのだが、だからこそ辛いと思ってしまう何かを胸の中に抱えているのだろうか。

「もし私が化物だったら、マミさんはやっぱり私を倒すんですか……?」

おずおず、とマミに尋ね返すトーリの目を見て……マミはようやく気付いた。
この後輩が、マミに対して怯えている、ということを。
自分は、また彼女を不安がらせている。

「そんなわけないわ」

口を突いて出て来てしまった言葉は、否定のそれだった。
よく考えもせずに言ってしまったという気はするものの、だからこそそれは、偽らざる巴マミの本音だったのかもしれない。

「そう、ですよね」

どうやら、正体がバレたと思ったのは、トーリの早とちりだったらしい。
そして、その言葉を聞いて露骨に表情を安堵のものへと変化させるトーリを見て、巴マミは殊更に迷う。
この臆病で優しい後輩に、魔法少女の真実を教えて良いものかどうか。



……乾いた音が、マミの思考を打ち切らせた。
別に誰かが発砲した音だとか、そんな物騒なものではなく、部屋の扉を誰かが叩いた音である。
扉がぶち破られたわけでもなければ、爆破されたわけでもない。

「火野だけど、今時間取れるかな?」
「どうぞ」

マミより先に反応したトーリが、快く映司を室内に迎え入れてくれた。
巴マミが不思議な緊張感を放っているこの状況を打開してくれるなら願っても無いことだ、と思っているのだろう。

室内に入って来た映司は、夜分の挨拶を終え、部屋の中を簡単に見回して何かを探しているようだった。

「アンクって、こっちに来てない?」
「来てないわよね、トーリさん」
「ワタシも、見てないですよ」

アイツ何処に行ったんだろ、と呟いている映司がアンクを探してこの場に来た事は、疑う余地が無いようだ。

「行方不明なんですか?」
「ちょっと、ね。あいつの身も心配だし、あいつが悪さをしてるかもしれないのはもっと心配なんだ」
「保護者は辛いですね」

マミの返事にアンクの身を案ずる響きが無かった辺りに、アンクというグリードに対する評価が如実に表れていた。
そのことを鋭く察して苦笑いを零す映司と、その意味がよく分からずに首を傾げるトーリ。

「捜索なら、ワタシも手伝いましょうか?」
「いや、俺の取り越し苦労ってこともありそうだから、良いや」

トーリとしては、アンクにそう簡単にくたばって貰っては困るのだ。
ウヴァの復活の手順を吐いた後ならば、心おきなく死んで欲しいとも思っているが。

「あと、俺達のセルメダルってトーリちゃんが持っておくんでしょ。昼間に倒したから、預けに来たよ」
「お疲れ様です」

ガメルのヤミーは、倒した時に落とすセルメダルの数が極端に少ないという特性があるのだが……ガメル本体には、それなりに多くのセルメダルが溜めこまれていた。
従って……

「大漁、ですねぇ」
「うん、運ぶのも一苦労だったよ」

普段は貨幣の類を明日のパンツに収納して持ち運んでいる映司でも、流石にグリード一体分のセルメダルをその方法で運ぶのは無理だったようだ。
大きめの上着を一枚脱いで、その中に包んで持って来たとのこと。
もちろん、それとは別に映司はきちんと服を着ているという事を、誤解の無いように補足しておこう。

流石の火野映司だって、非常時でも無いのに女子中学生に半裸姿を見せつけることを良しとする筈が無いじゃないか。
そんなの絶対、通報だよ!

それはさておき、特に変態的犯罪行為に及んだわけでもない映司は、用事を終えて無事にクスクシエを後にすることとなる。

「アンクさん……無事だと良いですね」
「大丈夫よ。殺したって死にそうに無いもの」

この時になってようやく、トーリには映司の苦笑の意味が分かったのだった……


尚、カザリから逃げ切った後で行き倒れていたアンクは、異なる世界の歴史の通りに映司が見つけて回収したとのこと。
自分が失った数に匹敵するコアをあっさり獲って来た映司に、少しはオーズらしくなったなァ、などとアンクが少しだけ賛辞の言葉を述べたのは全くの余談である。
違った事と言えば、映司が昼間に大量のセルメダルを得ていたために、鴻上光生会長からセルメダルを借りるというイベントが無かったことぐらいだろうか。



物語は、既に狂い始めている。
さやかの契約の前倒しという形で。
そして、グリード二体の退場という形でも。

世界を破壊する切り札は……誰だ?



・今回のNG大賞
「それを知った人間が不幸になったら申し訳ないじゃないか」
「なんか、言外にあたしだけは不幸になっても良いって言われた気がする……?」

さやかちゃんマジ安定のさやか。


・公開プロットシリーズNo.25
→マミさんは後輩に精神的に依存するタイプな気がする。



[29586] 第二十六話:小さな手のひら
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/13 21:29
『あたしの魔法なら泉刑事を治せると思うんだけど、どうでしょう?』

授業中に巴マミへと繋げられた念話の内容が、それだった。
そういえば、美樹さやかは治癒の魔法が得意なんだった、という事実を思い直して、なるほどと思う。
だがしかし。

『アンクが別の誰かを半殺しにして取り憑いたら、結局意味無いわよ』

結局そこに帰結するのだ、とマミは思ってしまう。
アンクがそれを行うことを未然に阻止できなければ、イタチごっこになってしまう。

『マミさん。アンクってグリードなんですよね』
『ええ。800年前に造られたメダルの生命体らしいわよ』

この1フレーズは、前日にマミが説明した内容の反芻に過ぎない、確認作業だった。

『悪い怪人、なんだよね?』

――あいつが悪さをしてるかもしれないのはもっと心配なんだ

思い出されるのは、火野映司の言葉。

『それは間違い無いでしょうけれど……まさか』

そこまで言いかけて、マミはようやく気付いてしまった。
美樹さやかが何を言いたいのか、を。

『悪い奴なら倒しても問題無い、でしょ?』

何かがおかしいような気は、する。
だがしかし、アンクを倒してそのコアを全て映司に預けておけば、オーズの戦力が上がることは間違いない。

確かにアンクが何かとマミをからかってくるのは、いただけない。
戦っている映司には労いの言葉一つかけずに偉そうにしているのも、マイナスポイントだ。
トーリにはセクハラ紛いな発言もするし、最近ではセルメダルの管理という雑務まで押しつけている始末。
しかも、映司との取り決めが無ければ人の命よりメダルを優先するような奴だという話まで聞いている。

……あら? やっぱり倒しちゃうのもアリかしら?

『そうしましょうか』
『パンツマンとかトーリとか、協力してくれるかな?』

不思議と、普段一緒に居たいと思える筈の彼らのことを、思い出したくなかった。

『いいえ、私達だけでやりましょう』
『マミさんがそう言うなら』

巴マミは、気がつかない。
何故、あの二人を誘いたくないと、思ってしまったのか。

そして、美樹さやかにその行動を示唆した存在が居ることなど、想像も出来ない。
ましてや、夢にも思う筈が無かった
その黒幕が、死んだと思っていた旧友だなどとは……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十六話:小さな手のひら



決行の場所を病院の近くにすることは、あっさりと決まった。
もし何か不都合が起きた場合でも、そのまま泉刑事を病院に担ぎ込めば何とかなるかもしれない、という保険をかける意味合いからである。

尚、その日、火野映司はクスクシエでアルバイトに精を出していた。
トーリはおそらく、目的も持たずにふらふらと何処かを飛んでいるのだろう。
あの後輩は、時々意味も無く飛びまわる習慣を持っているのだ。

そして、アンクだけを連れ出すのは……予想外に簡単だった。
マミが用事があるとだけ伝えたところ、あっさりと着いて来てしまったのである。
あまりにも簡単に事が進み過ぎて拍子抜けした感はあるものの、順調なのは悪いことではない。

「人魚のグリードから聞いたんだけれど、グリードって人間の欲望を把握できるのよね?」
「ヤミーを作るために、ある程度までは、な」

何気ない会話をしながら、マミはアンクを導く。
彼の墓場となるべき場所へと。

「私の欲望を見抜くことって、出来る?」
「それが出来るなら、俺だってヤミーを作ってる」

アンクからマミに対する警戒心がここまで薄いのも、納得である。
まさか、自分を始末するという欲望を持っている人間と二人きりになる筈もない。
それよりも、魔法少女が死体であるという事実をアンクたちに悟られていないという事に、マミは少しばかり安堵していた。
そういう事はやっぱり、魔法少女の先輩である自分から彼女たちに言い聞かせるべきだ、と志を新たにしながら。

「だが、経験から大体の予想はついてる」
「言ってみて」

これからアンクを抹殺しようとしているのがバレたのかという焦りが、頭をもたげた。
自然と、声が強張る。

「お前は、他人から愛されたり認められたりすることを強い欲望にするタイプだ」
「……どうして、そう思うの?」

意外なアンクの指摘に、緊張感を高めれば良いのか低くすれば良いのか分からないマミが、やや困惑しながら聞き返す。

「メズールの奴が興味を持つ人間っていうのは、大抵そんなモンだ」

アンク自身の感覚というよりも、メズールの勘を信用している、という物言いだった。
確かに、メズールの選ぶヤミーの親は、誰かに愛されたいだとか注目されたいといった、周囲からの認識に大きく影響されるものが多いという傾向はある。
ただし、現代においてはまだ彼女が多くのヤミーを作っていないために、グリード以外からはその傾向が認知されていないが。

「さっきも少し言ってたけれど、その能力が戻ったらヤミーを作りたいっていう気持ちは、変わらない?」
「当たり前だ。俺がヤミーを作れるんなら、オーズを利用する必要も無くなるし、なァ」

……そう。
自分のすぐ前を歩くマミの声が少しだけ低くなった……そんな冷たい感覚が、アンクの第六感を刺激した。

「良く分かったわ。やっぱり貴女を……『倒す』べきだという事が」
「!? まさか、お前……!?」

咄嗟に腕だけの怪人態を現して身構えようとしたアンクの腕を……巴マミが掴み取った。
次の瞬間には、その異形の腕が、泉信吾の身体から力ずくで引き剥がされる。

「あたしはこの人連れて離れてますね」

気付けばそこには、アンクの知らない少女が、もう一人。
青のかかった短い髪が印象的で、巴マミと同じ中学校の制服を着込んだ、何処にでも居そうな女の子だった。
軽々と成人男性の身体を担ぎあげた女の子は、猛ダッシュでアンクの視界の外へと走り去って行ったのだった。

「良いのか? 俺が離れたら、アイツは死ぬぞ」
「あの子、怪我を治す魔法が使えるのよ。何の心配も要らないわ」

アンクの脅し文句は、しかし、魔法少女という条理を覆す存在の前では無力だった。
腕だけになったアンクの手首をがっちりと掴みながら……巴マミが、マスケットを取り出した。

「待て。お前たちの目的は何だ?」
「人間を異形の存在から守ることよ。魔女とかグリードとかから、ね」

アンクを掴む巴マミの握力は、女子中学生とは思えないほどに強力なものだった。
魔法少女という生物の恐ろしさが、非常によく分かる力関係である。

「そのためには俺は邪魔者、ってワケか……」
「グリードがヤミーを生むなら、倒すしか無いじゃない」

必死に活路を探すアンクの視界に……光が、見えた。
病院の傍に立っているメダルシステムの管理機、ライドベンダーの姿が。
あそこにセルメダルを投げ込んでカンドロイドを使えれば、何とか脱出ぐらいは出来るだろう。

「そうか。その前にはまず、お前の後ろに居る奴を倒さないとなァ」
「えっ……?」

思わず振り向いてしまうマミの姿を見て、アンクは一人ほくそ笑む。
そんな奴など、最初から居ない。
辛うじて動かせる指の腹でセルメダルを挟み、手首のスナップだけで重量感のあるセルメダルを、ライドベンダーへ投げ込む。

勝った。
そう、確信した。

……その目の前で、宙を舞うセルメダルが爆散するまでは。

「今時、小学生だってそんな『手』には引っ掛からないわよ?」
「なん……だと……」

マミの手に握られているマスケットから立ち上る硝煙が、セルメダルが辿った運命を語っていた。

「それでは、お休みなさい。腕怪人さん」
「バカな……この俺が……っ!」

今際の言葉がウヴァさんと全く同じだったアンク……お前はひょっとすると、彼の虫頭を笑えない鳥頭なんじゃないのか……

マミが新たに取り出したマスケットの発射口を目の当たりにしながら、アンクはこれまで現代世界で見てきたことを思い出していた。

赤いコアが足りなくて。
他のグリードに嫉妬して。
別の色のコアを持ち出して。
ヤミー如きに殺されそうになって。
通りすがりのバカな男に助けられて。
そのバカと一緒に不自由で不愉快な生活をおくって。
それでも、あいつに奢らせて食べるアイスの味だけは最高で……


「映……司……」

それでも、訳の分からない棺の中に封印されて800年も暗闇の中のメダルを数え続ける日々に比べれば。

「利用しているなんて言っておいて、随分虫が良いわね」

……楽しかった、のかもしれない。
銃弾を受ける位置を体内のコアメダルと重ならないように誤魔化し続けても、その身体を構成するセルメダルは瞬く間に削られていく。
腕の手甲のように付いていた羽も既にもげてしまい、例えマミの手から逃れても、飛んで逃げることは叶わないだろう。

「助け……」


だがしかし、転機は……突然に、訪れた。
何の前触れも無く、巴マミからアンクをひったくった、別の手があったのだ。

「お前、は」

メダルを5枚も握ったら溢れだしてしまいそうなほど、頼りない小さな手。
その持ち主の少女に見覚えがあるような気がして、アンクは記憶を洗う。
何時だったか、映司がアンクのアイスを強奪して、泣き虫なガキに渡したことがあった。
その時に会ったのだ、と思い出し、しかしこの少女の力を借りても巴マミを打倒する手段など思いつかない。

「危ないわ。タイミングが悪ければ、貴女も怪我では済まなかったのよ?」

予期せぬ一般人の乱入に一瞬だけ面食らった様子の巴マミだが、すぐに平静を装い、警告を発する。
飽く迄、正義は自分たちにあるのだと言わんばかりに。
傷だらけのアンクを抱きしめた少女は後ずさり、しかしそれでも、折れない。

「彼を置いて、早く去りなさい」

――何だか知らないけど、もうやめろって……!

少女の面影が、現代で初めてアンクを救った男のそれに重なった……そんな、気がした。

「だ、ダメだよ、この子、怪我してる……!」

鹿目まどかがこの場に居合わせたことに、必然の理由など無かった。
ただ、人が通るとも思えない病院裏に設置してあるライドベンダーを病室の窓から発見したというだけのことだった。
しかし、そこで後藤からの頼みごとを思い出したために、ライドベンダーの周囲で視線を止めてしまったのだ。
そして、違和感を抱いて目を凝らした先に居たのが……赤い腕のようなモノを捕まえて銃弾を撃ち込むお姉さんだった、というわけである。

そして、まどかは確かに聞いた。
誰かに助けを求める、苦しそうな声を。

「その生き物は、人間の敵なのよ」
「この子が、何をしたの……?」

少女は、問う。
その脚は恐怖に震え、目には今にも泣き出しそうなほど、涙を一杯に溜めて。
当然だろう。
周囲に撒き散らされた火薬の臭いと、巴マミの手に握られた物騒な凶器を見れば、平和の中で生きて来た人間が怯えない筈が無い。

「今はまだ、周囲の人間を脅したり盗みを働いたりする程度だけれど……力を取り戻せば、人間の命に関わる悪さを始めるわ」
「まだ、あんまり、してないんだよ、ね?」

そう言われればその通りではあるが……それがどうしたというのか。
それよりも、巴マミは、自分が苛立ちを覚えているのを感じていた。
なんの力も持たない少女が自分に歯向かおうとしているから、という訳ではないと思った。

「今の内に不幸の芽は摘んでおいた方が良いと思わない?」
「……そんなの絶対、おかしいよ」
「お前……」

声も身体も恐怖に震わせながら、それでも決して自分を曲げようとしないこの少女を見ていると、それだけで自分が責め立てられているような不快感が生まれてくるのだ。

「彼一人のために、多くの人間を危険に晒して良いと思う?」
「で、でも! 沢山の人のためだからって、まだ悪いことをしてないこの子を殺して良いの!?」

多くを救うために一つを犠牲にする勇気を持つ者が英雄なんです。
そういう言葉を残したのは、誰だっただろうか。

「『良い』に決まってるじゃない」

例え人間を一人も襲ったことのない魔女が相手であっても、情けなどかけない。
巴マミは、そうしてきた。
その例外にグリードが……入る筈も、無かった。

「……!」

小さな女の子の瞳には、更に恐怖の色が濃くなる。
説得は無理だと感じたのか、マミの不意を突いて逃げ出した……と、本人は思ったのだろう。

「ひゃぁう!?」

急いで動かそうと思った足が地面に縫い付けられ、入院着が土に汚れる。
綺麗に転んだまどかが、動かない自らの脚に視線を落とすと……信じられない光景が、広がっていた。
地面に残った銃痕からいつの間にかリボンのような糸が伸び、絡みついてまどかの足を止めていたのだ。
引っ張っても外れる気配は無く、まるで手品のように結び目も見つからない。

「彼を渡して。そうすれば、貴女に危害を加えるつもりはないわ」

暗に、述べる。
アンクを引き渡さなければどうなるのか、ということを。
それでも……女の子が抱きしめたアンクを離す気配は、無い。

「嫌だよ」

――手を伸ばせるのに伸ばさなかったら、死ぬほど後悔する。

「そんなの、あんまりだよ……!」

――それが嫌だから、手を伸ばすんだ。

「おい、お前……まどかとか言ったか」
「どうして、私の名前を……?」

まどかは、気付いていない。
クスクシエで以前出会った柄の悪いお兄さんの正体が、この腕怪人であることに。

「お前は、バカだ」
「……え?」

まさか、助けた相手に貶されるとは、思ってもみなかった。

「だからお前らは……お前らのままで居ろ。俺は、そういう『使えるバカ』が大好きなんだ」

アンクは、映司と初めて会った日にも、こう思った。
こいつは使えるバカだ、と。
だがしかし、同時に思う。
こいつらのようなバカが居るなら、人間も捨てたものじゃない、とも。

「聞き分けの無い子は好きじゃないの」

まどかの身体の隅々にまでリボンが巻き付き、その身体の自由を失わせる。
そして、踏ん張りが利かなくなったまどかの手から……力ずくの握力任せに、巴マミがアンクを、奪い取った。

「あ……」

既に抵抗する力も無く巴マミの手の中でぐったりとしているアンクを目の当たりにしても、鹿目まどかは、何も出来ない。
手首から先がもげてしまい、円筒のようになっているアンクは、むしろまだ生きていることの方が不思議でさえある。
アンクはまどかのこと『使えるバカ』と言ったが、これでは使えるという部分さえ怪しいではないか。

「お終いにしましょう」

いつもより少しだけ大きなマスケットを取り出したマミは、空中にアンクを放り投げ、次の瞬間には乾いた音を響かせた。
その直後に奏でられる、金属同士がぶつかり合う独特の音色。
爆散した破片は全てメダルとなり、辺りに降り注ぐ。
銀色のメダルに紛れて、灰色や黄色のそれが所々に散りばめられていた。


かつてマミが使用を禁じたそれと同じタカのメダルが、マミの足元に転がり込む。
まるで、アンクの命を獲った証と言わんばかりに。


まどかは、守れなかった。
昨日は、親しげに近づいて来た魔法の使者を。
今日は、苦しげに助けを求めた異形の右腕を。

「こんなのって、無いよ……!」



メダルを回収したマミが立ち去ったのちに、局地的な雨が降ったという情報は、見滝原の気象観測所には記録されていない。



・今回のNG大賞
「鹿目まどか! 彼を助けたかったら、ボクと契約して魔法少女になってよ!」
「「えっ?」」
「何だ!? このフザけた生き物は!?」

驚いてキュゥべえに駆け寄った巴マミの隙を突き、アンクは脱出に成功した!

「ワケが解らないよ……」

聡明なキュゥべえさんがそんなミスを犯す筈が無いじゃないか。


・公開プロットシリーズNo.26
→24話からほむらさんが監視を止めた途端にコレだよ!



[29586] 第二十七話:弱い女
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/17 21:17
鹿目まどかは、およそ活力と呼べるものを失くしていた。
自分がどうやって病室まで戻って来たのかも、覚えていない。
無事に帰って来られたことが、奇跡的でさえあるという具合だった。

――俺は、そういうバカが大好きだ。

見た目と口は悪くても、まどかのことを大好きだと言ってくれた、変な生き物だった。
不思議とその悪態は嫌な感じではなくて、まるで小さい子供が見栄を張っているみたいな微笑ましさがあって。
見た目からして可愛らしいキュゥべえと比べてはいけないのだろうけれど、弟を見ている時に近いような感覚が、確かにあった。

……また、死なせてしまった。

キュゥべえの時のように、まどかに責任があるわけではない。
それでも、助けられなかったという事実が、鹿目まどかの心に重石として圧し掛かる。
聖なる泉は枯れ果て、まどかしか居ない病室が昨日より更に広くなったような気がした。


失意の淵に、それは聞こえた。

「……?」

財布の中を整理する時のような、金属が擦れ合う音が、確かにまどかの耳に届いたのだ。
先ほど不思議な腕が爆散する時に起こったそれに似た、しかしずっと小さい音が。
自分の手元に違和感を覚え、まどかが下方に視線をずらすと……10枚ほどのメダルが、まどかの入院着の袖口から零れ落ちていた。

その中に一点だけ輝く真紅のメダルが、輝いたような気がした。
赤を中心に引き寄せられるようにひと塊に集まったメダルが、生命の形を為し始める。

「あ……」

感嘆するまどかを余所に、メダルは五つに先分かれし、やがて人の手にそっくりな形状を作り上げる。
見る間にその場に現れたのは、腕怪人……もとい、掌だけになった先ほどの不思議な生き物だった。

「こいつは儲けた、なァ……」

己の存在という最も大事な拾い物をしたことを、感慨深そうにボヤく掌怪人。
おそらく、マミに最後に腕を掴まれる前に、本体である赤いコアと少量のセルをまどかの衣類の中に滑り込ませていたのだろう。

巴マミによってトドメを刺される前には手首から先がもげてしまっていたが、その時には既に本体は逃げ延びていたということらしい。
アンクにとっても、危険な賭けには違いなかった。
意思コアが落ちた後の抜け殻が腕としての形を保っている時間はせいぜい十数秒が限度であったため、巴マミがアンクに止めを刺すことに時間をかけていたらアウトだったのだ。
結果として、アンクはその一世一代の博打に勝利したわけだが。

「……った」
「ああ?」

驚愕に目を見開いていたまどかが、ようやく反応を発し始める。

「良かったぁ……!」

既に尽きた筈の涙が、零れ落ちる。
出会った時よりさらに小さくなってしまった異形の怪物を抱きしめ、まどかはただひたすら泣き続けた。
生きているという、ただそれだけのことが、心を揺さぶる。

「……ふん」
「ありがとう」

不満そうな声を鳴らしながら、掌怪人は、暴れもせずにまどかの胸の中に居座った。
彼が何を思っているのか……顔どころか腕部分さえ失った彼の表情を窺い知ることは、出来ない。

「生きててくれて、ありがとう……!」

それでも、もう少しの間だけこの少女の為すがままにされても良い、と思えているのかもしれない……

「『生きて』て、か……」

アンクのその呟きは、誰の耳にも届かなかった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十七話:弱い女

Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
クワガタ×1
バッタ×1
トラ×1



「それで、泉刑事はどうなったのかしら?」

マミの現在の話し相手である美樹さやかは、他人にも使える治癒能力を求めてキュゥべえと契約した経緯を持っている。
それを知りつつも尋ねてみる巴マミは……何故だか少しだけ、神経質になっているのかもしれない。
もっとも魔法少女の後輩は、そんな巴マミの様子には気付かなかったようだが。

「しっかり完治させちゃいましたよ。意識も戻ったし、自分の足で帰って行きました」

そう言いながら、少しだけ濁りが溜まったソウルジェムをぶらぶらと振って見せてくれる、美樹さやか。
一仕事を終えた後の、良い顔をしている。
それに引きかえ、巴マミは……何故だか自分の今の顔を想像したくなかった。

「こっちも殺ることはやったわ」
「おお、さっすがー」

マミが学生カバンに詰めて来た、一山のセルメダルと10枚にも満たないコアメダルを見て、さやかが感心したという心境を捻らずに口に出していた。
マミの胸の中のざわめきは、収まらない。
アンクの形見の赤いメダルが目に入るたびに、思わず目を逸らしてしまう。

「あとは、パンツマンにそのメダルを届けて終わりですよね?」
「そうね……でも、この赤いメダルだけは私の手元に残して、アンクは残りのコアを探しに遠出しているとでも言っておきましょう」

――あいつの身も心配だし

映司の言葉が、頭から離れない。
自分が間違いを犯しているとは、思いたくない。
でも何となく、マミがアンクを手にかけたという事実を、映司に知られたくなかった。

「でも、どうしてそんなことを?」
「オーズがタカのメダルを使うと、透視能力が備わるの。そんな目で見られたらお嫁にいけないわ」

既に火野さんの手元にも一枚あるみたいだけど、と補足するマミは、把握できていない。
トーリの助言によって、アンクが二枚目のタカメダルを所持していたことを。
アンクの意識の乗ったコアが、生き延びて保護されているなど、想像もできなかったのだ。

「まさかあのパンツマン、戦いの最中にあたし達を視姦してたってのか……!」
「そこは火野さんの良心を信じたいけど、念には念を、ね」

誤魔化せば誤魔化すだけ誤魔化されてくれる後輩の頭脳が、今は有難い。
もし映司が近くに居たならば、自分の化けの皮なんて簡単に剥がされてしまうだろう、とマミは思う。
それだけ彼は、他人の機微に鋭いのだ。
透視能力など無くても、人の心の中を見透かしているんじゃないかと思う事があるほどに。

「そういえば、銀色の……セルメダルは、トーリに預けるんでしたっけ?」

――アンクさん……無事だと良いですね。

トーリもまた、アンクの訃報を聞いたら良い顔はしないだろう。
彼女は大よそ魔法少女に不向きとしか思えない優しさと臆病さを持っている、頼りない存在なのだから。
当人の本音はどうあれ、巴マミにとっては、その人物評価が判断基準な訳で……

「ええ。そっちにも同じ説明をしましょう」

ヤミーを感知できる存在が消えたことは事実だが、それは実は大した問題では無い。
アンクの目的はメダルの収集であるため、ヤミーがある程度成体に近くなるまでは放置するヤツなのだということを、マミは映司から聞いていた。
だが、その段階までヤミーが育つには、その過程で目撃者がある程度出てしまうはずなのだ。
つまり、情報網ぐらいは整備しているであろう鴻上財団ならば、アンクと大して違わない早さでオーズへヤミーの情報を流してくれるに違いない。
事実、ピラニアのヤミーの場所を映司に教えたのは、アンクではなく財団の社員である後藤慎太郎だったのだ。

従って、アンクを殺したとしても、オーズ側にデメリットはほぼ無いはずなのだ。
そのはず、なのに。

……心のざらつきは、消えない。




そして、噂のトーリはと言えば。
……クスクシエの屋根裏部屋を訪れた銀髪のイケメンさんの対応に困っていたりする。

「ええと、どちら様でしたっけ?」
「ああ、君にとっては初めまして、になるのかな」

トーリには、目の前の人物に全く見覚えが無い。
彼はトーリの知り合いを名乗って知世子店長にここまで案内してもらったらしいのだが、トーリは彼を知らないのだ。

『トーリちゃんも、隅に置けないわねぇ』

などと茶化す言葉を残して去って行った知世子さんが何を考えているのかは大体予想がつくが、目の前の銀髪さんの考えは皆目見当もつかない。

「この姿を見せれば分かる……よね?」
「ひぃっ!?」

咄嗟に声が出そうになったトーリの口を抑えて、不審な音の発生を未然に防ぐ彼の手は……人間のそれではなかった。
瞬く間に銀髪の青年の全身が紫と黄色を基調とした柔軟性の高そうなものに変わり、トーリの口を塞ぐ手には、猫科特有の柔らかい肉球がその存在を主張していた。

「見ての通り、黄色いメダルのグリードのカザリ。それがボクだよ。思い出した?」
「むぐぅっ!?」

殺られるっ! 犯られるじゃなくて殺られるっ!?
身の危険を感じて暴れようとするトーリだが、流石のグリードというべきか、素早い動きを見せたカザリに瞬く間に組み伏せられてしまう。
何を隠そう、このカザリはグリードの中で最速の存在なのだ。

「あれ? 予想以上に弱い? ヤミーで魔法少女なんていうから規格外な強さを期待してたんだけど……まぁ、これはこれで使いやすいのかなぁ?」

使う?
すぐに殺されるような雰囲気では無い事に少しだけ希望を抱きながら、トーリはカザリの言葉を待つ。

「僕の言う事を聞くなら、壊しはしないよ? ヤミーである君は、どうせオーズ達を利用するために一緒に居るだけなんだろうし」

このグリードは、トーリがヤミーであることを確信しているらしい。
おそらく、とぼけても無駄だろう。

「まず聞いておくけど、君の創生者って誰?」
「ウヴァさんです」

ようやく話せるようにして貰えたトーリは……正直に質問に答えてみた。
もちろん、死にたくないからである。

「親はどんな欲望を持った人間?」
「魔法少女を増やしたいって言ってましたよ」

親が人間でないだとか、そんな余計なことは言わないが。
そして、何やら考え込んでいるカザリが黙り始めてしまったため、トーリとしては出方が判らずに待ち続けるしかない。
魔法少女を増やすなどという不思議な欲望を持つ人物像について考えているのだろうか。

「それで、今日君に会いに来た要件なんだけど」

人を組み伏せて脅しておいて、まだ前置きだったんですか。
……などと突っ込みを入れたら、あっという間にセルメダルの山に変えられてしまうのだろうか?

「君に、メダルの『器』としての実験台になって欲しいんだ」
「『器』……?」

聞き慣れない、言葉だった。

「コアメダルの力は強大だけど、それだけじゃつまらない。複数の色のコアを一つの器に集中したらどうなるか、試してみたくなってね」

もっと言えば、どういう状態でどの程度の枚数のコアを取り込むと暴走が起こるのかというデータが、カザリは欲しいのだ。
メズールを使う手も無いでは無いが、ガメルまでもが行方不明になって慎重になり始めている彼女が、同意してくれるとも思えない。
そして、自分で新たにヤミーを作って使うよりは、現状で一番育っているトーリを使った方が効率的というわけだ。
尚、自分自身の身体で試すのが論外なのは、カザリの性格から考えれば自明のことである。

「私、複数の色のコアなんて持ってないですよ?」

これも、嘘では無い。
現在トーリが持っているコアは、クワガタとバッタの緑一色だけである。

「物事には順序ってものがある。とりあえず今は、そのコアを取り込んでごらん?」

そう言いながらカザリが取り出したのは……緑色の、カマキリのコアだった。
殺されるのは嫌なのでトーリに拒否権は無い。
無いのだが……気になることは、ある。

「ワタシが裏切ってオーズにコアを横流しする可能性は、考えないんですか?」
「……するの? いずれヤミーだとバレる君が、僕達グリードを裏切ることなんて、あるの?」

いつしかトーリは、アンクに対しても同じような問いをかけたことがあった。
だが、カザリの言い分は何処までも正しいように思われる。
最悪の場合でも、トーリがヤミーだとバラせば、カザリは裏切り者を始末できるのだから。

――もし私が化物だったら、マミさんはやっぱり私を倒すんですか……?

トーリが巴マミにそう問いかけた時、そんなわけないわ、とマミは答えてくれた。
だが……トーリがヤミーだと発覚した時に、巴マミはその意見を貫き通すのだろうか?
グリードであるウヴァを復活させるために動き、アンクのメダルを横領している、トーリを。
確証は……足りなかった。

「……それもそうですね」

そもそも、根本的にヤミーはグリードの僕であるはずなのだ。
それなのに……何故、トーリの中にはそのような疑問が湧いて出たのか。
トーリは未だ、自覚しては、居ない。

「じゃあ、さっそくコアを取り込んでみてよ」

言われるがままにカマキリのコアをセルメダルで出来た身体の隙間に滑り込ませた。

「……?」
「どう?」

特に反応を示さないトーリを不思議に思ったらしいカザリが、感想を求めて来た。

「正直に言って、何が変わったのかよく分からないです」

トーリの実感としては、何が変化したのか全く分からない。
だがしかし、嘘を吐く勇気も無いので正直に話すしかない。

「まだコアが少ないからだろうね」

また持ってくるよ、とだけ言い残して立ち去ろうとするカザリを、

「待ってください。カザリさんに、聞きたいことがあります」

先ほどまで迷惑していた筈のトーリが、呼び戻した。
まだ何かあるの? カザリは自分の用事は既に終わってしまっただけに、面倒くさそうに頭の後ろに腕を組む。

「グリードを……ウヴァさんを復活させる方法を知りませんか?」
「知らないなぁ」

……知ってるけど、教えないよ。
そんなことをされたら、メダルを独り占めする際に邪魔だからである。
だが、肩を落としている少女ヤミーに対する餌としては良いネタかもしれない。

「でも、もしその方法を見つけたら、『器』の実験が終わった後ぐらいに教えてあげるよ」
「期待して待ってます」

……器になった君が、その時に生きて居られたらね。
カザリは、口にしなかった。
器になるという事がどんな危険性を孕んでいるのか、を……



・今回のNG大賞
「そういえば、ツチノコさんって、名前あるの?」
「ツチノコ……だと……」

どうも、一定以下の年齢の子供にはアンクはツチノコに見えるらしい。

・公開プロットシリーズNo.27
→鹿目まどかの物語は、もう始まっている。



[29586] 第二十八話:秘密主義者の集い
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/17 21:32
「おい、ガキ」

一晩だけの検査入院を終え、家族の迎えを待ちながら、鹿目まどかは不思議な生き物と会話を交わしていた。

「『まどか』だよ。私もアンクちゃんのこと、ツチノコさんって呼んじゃうよ?」
「チッ……」

不満そうな声を発するこの掌が顔というものを持っていたら、どんな表情を見せていたのだろう。
声とは裏腹にあまり怒っていない、というのが鹿目まどかの見解である。

「何故、俺を助けた?」

――そいつも、今朝からの長い付き合いだ。
火野映司は、カマキリのヤミーから同種の言葉をかけられた時に、そう答えた。
だがしかし、アンクと少女の間にはそんな小さな繋がりさえも無かった筈だ。

「私、ね……」

少女は、ぽつりぽつりと、言葉を零し始める。
小さいころから取柄が無くて、誰かの足を引っ張ってばかりだったこと。
そして、何時しか誰かの役に立てることが、少女自身の夢になっていた、と。

そんな大事なことを出会ったばかりのアンクによくも話してくれるものだ。
そう思う反面、アンクが人間の形をとっていないからこその警戒心の薄さもあるのかもしれないとも思える。

「なら尚更、何で俺なんかを助けたんだ?」

火野映司に対しても、同じ疑問は少しだけ感じていた。
ただ、奴に関しては泉信吾刑事という人質が居るせいだろうと思って、あまり考えてこなかったのだ。
あの『使えるバカ』が掴みたい腕の中に、今でも自分は入っているのか。

「マミの奴から聞いたろ。俺は悪人だってな」

アンクは、何れは完全態を超えた強い身体を手に入れ、人類の脅威となることだろう。
ならば、まどかが役に立ちたいと思う対象である人間たちのためにアンクという悪の芽を摘んでおくのは、手段としては間違っていない。
あの二人の魔法少女が、そうしたように。

「悪い事しちゃ『メッ』だよ? しっぺしちゃうよ?」
「……俺に命令すんな」

凄んで見せるまどか……いや、本人はそのつもりなのだろう。
アンクとしては、全く恐怖を感じない、ちっぽけな人間の女の子にしか見えないが。

「こうしてアンクちゃんは、良い子になったのでした! めでたしめでたし!」
「馬鹿か」

その子供の声が、不思議と心地よくて。
彼らの掴みたい腕の中にはきっとアンクも入っている、と。
根拠も無く、そう思えた。

「うぇへへ!」
「はっ……」

呆れたように空気成分の多い声を出す、掌怪人。
このガキ……鹿目まどかに出会ってから、ペースを乱されっぱなしだ。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十八話:秘密主義者の集い



コツコツというノックの音を聞いて、咄嗟に袖の中にアンクを隠したまどかだった。
制服ならともかく、割とゆったりした病院着ならば、充分にそれが出来るのだ。

「お邪魔するわ」
「どうぞー」

入って来たのは……腰まで伸ばされた黒髪が印象的な、鹿目まどかの同級生。
一瞬、既視を感じて袖の中の生き物の存在を確認したが、別に惨殺死体になっているという事は無いようだ。
ちなみに、キュゥべえの時には起こさなかった『隠す』という動作を行ったのは、アンクという生き物が一般人から見たら不気味であるという事を理解しているためである。

もしもアンクの外見がキュゥべえに匹敵するほどに可愛らしかったのなら、それを紹介された暁美ほむらさんに惨殺される危険は、無かったとは言えない。
アンクという生命がその外見によって得をした、初めての瞬間であった。

「ごめんなさい、まどか。私のせいで、こんな事に……」
「気にしないで。ほむらちゃんが無事で何よりだよ」

まどかは、気付いているだろうか。
暁美ほむらが、その言葉を聞いて、歯を食いしばって何かを呑みこんだことを。
その手が、今にも血が出るのではないかというほどに、握りしめられていたことにも。

「これ、今日の分のノート」
「ありがとう」

それでも、まどかの笑顔を見ると、自然と肩の力が抜けて。

「どこか痛むところは無い?」
「全然。当り所が良かったみたい」

まどかの怪我が軽かったことが、この上なくほむらの心も軽くして。

「何か欲しいものは無い?」
「もう退院するし、特に無い、かなぁ」

一番幸せな答えが返ってきたことが、嬉しくて。

「消して欲しい病院関係者とか……居ない?」
「もしその人が本当に無くなったら、それはとっても怖いな、って」

だから少しだけ冗談めかしてみたくなって。

「心配には及ばないわ。私も少し、休憩中だから」
「最近、ほむらちゃんが何処に向かっているのか分からないよ!?」

ちょっとだけ、ループ知識の無駄遣いをしたくなって。

「夕暮れ時にCDを叩き割る患者が煩かったりするでしょう? 大丈夫よ。貴女に疑いはかからないわ」
「信じたいけど……ほむらちゃんのことを嘘吐きなんて思いたくないけど……でも、全然大丈夫だって気持ちになれないよ……!」

最後の冗談を口に出してから一瞬の間、暁美ほむらは自分が失言を吐いてしまったのではないかという疑惑に捕らわれていた。
何の変哲もないジョークのつもりだったが、昨日のキュゥべえの一件をまどかに思い出させてしまったのではないか、と。
結果的にその心配は、杞憂に終わったが。


超絶過保護というか、なんというか。
だがしかし、冗談を交えて話し合えるあたり、まどかもほむらも調子は悪くは無いようだ。

……冗談だよね? 冗談だって信じてるよ、ほむらちゃん!

暁美ほむらが鹿目まどかに依存している、とも言えるのかもしれないが。

「……ほむらちゃん、笑ってる」
「え……?」

暁美ほむらは、自身でも気付いていなかった。
その頬が、緩んでいる事に。
だからこそ、まどかの指摘に、思わず胸が高鳴った。

「ほむらちゃん、何か少し変わった? 私は今のほむらちゃんの方が好きかなぁ」
「……そう?」

暁美ほむらが戸惑っている、ということが、鹿目まどかには手に取るように分かった。

「だって、いつものほむらちゃんって、こんなムッツリ顔してるんだもん」

自分の目尻を両手で引っ張って、目付きを悪くして見せる鹿目まどか。

「……ぷっ」
「あぁ、また笑った!」

口を横に伸ばして悪戯っ子じみた笑顔を零す鹿目まどかと、控えめに笑う暁美ほむらの姿は……どこか懐かしさを感じさせる光景だった。
少なくとも、暁美ほむらにとっては。

「心配かけちゃって、ごめんね」
「……やっぱり、貴女には一生勝てないのかもしれない」

暁美ほむらが鹿目まどかを元気づけようと考えて発言を捻っている、ということが、まどかには完全にバレていたようだ。
流石に、まどかにあらぬ罪を被せたことによる罪悪感までは読み取られていないだろうが、何となくほむらが気を遣っているのは気付かれている。

「大丈夫だよ。確かに自分が信じられなった時もあったけど、ちょっとイイ事があったからまた立ち直ったんだ」
「何か、あったの?」

何だか、ほむらちゃんの顔つきが少しだけムッツリに戻った、ような……?
多分、心配しているんだろうとは予想が付くのだが、ここは少し焦らしてみるのもアリかもしれない。
というか、アンクを助けたことを言おうにも、ほむらがアンクを不気味がりそうなので言えない。

「ひ・み・つ!」
「……!」

目をぱちくりとさせるほむらの様子を確認しながら、まどかは思う。
何だかんだで、やっぱりほむらは普通の女の子なのだ、と。

「……貴女に口を割らせる方法なんて、思いつかないわ」
「何でも言えるだけが友達じゃないよ。見ての通り、私だってほむらちゃんに話せないこと、あるもん」

初恋の人とか、最後にオネショした年とかね、なんて冗談めかして言うまどかの顔が……真剣なものへと変わる。

「だからね、ほむらちゃんが私に隠し事をしてても、そのせいで気を病んだりしないで。そんなことで嫌いになったりしないから」

まどかは、ほむらが鴻上会長の娘であるという根本的な誤解を抱いている。
ほむらが財団の敵対者からの襲撃に合うことがあり、それにまどかを巻き込んでしまったことを気に病んでいる、と。
暁美ほむら本人が聞いたら笑い出してしまいそうなデタラメだが、鹿目まどかとしてはかなり本気なのだ。

「……貴女には、敵わない。本当に」

そんな事情など知らないほむらは、心の底から思う。
やっぱり貴女はまどかで鹿目さんで鹿目まどかなんだ、と。




「まどかー! 寂しかったかー?」

珍獣、現る。
ヤツの名前は、美樹さやか。
まどかとほむらの静かな一時を邪魔しに来た、空気の読めない女である。

「お見舞いは嬉しいけど、時間的に上条君の所に行った後なのが丸分かりで、悲しいなー」
「当たり前よ。美樹さやかは友達よりも男を取る薄情者。分かっていた事でしょう」
「あははっ! 恭介は『まだ』彼氏じゃないってばぁ!」

頬を染める美樹さやかの顔に渾身の右ストレートをぶち込んでやりたい……とまでは、ほむらさんは思っていないはずだ。
思っていないったら、いない。
どうせもうじき、上条さんが直々にその幻想をぶち壊してくれるイベントが待っているのだから。

というか、バシバシと音を立ててほむらの背中を掌で叩くのはやめてほしい。
照れ隠しのサインなのだろうが、魔法少女としての力加減を忘れているとしか思えない威力である。
まぁ、もし鹿目まどかに同じことをしたら、3秒以内にその額にサブマシンガンの弾丸をドラム缶一杯分程度ぶち込んでやることになるだろうが。

「ああ、そうそう。実は、噂の『巴マミ』さんとお近づきになったよ!」

暁美ほむらの表情が……強張った。
……幸か不幸か、それに気付いた者は居なかったようだ。

「その名前、前にも聞いた、ような……?」
「ほら、『私と一緒に死んで』って言って欲しい女子ランキング一位の、巴マミさん。覚えてない?」
「ああ、思い出した! この間町で会った子が探してたんだ」

掌を打って記憶の引き出しを見つけたまどかに満足気な視線を向けながら、さやかは頷いて見せる。
だが、その次に発せられたまどかの言葉は、全然予想通りではなかったりして。

「さやかちゃんに、友達が出来たんだね……! 『あの』さやかちゃんに……!」
「『あの』って何!? なんか凄く失礼な響きだったよ!? あたし別にボッチじゃないのに!?」
「貴女は貴女のままで居ては駄目っていうことよ。美樹さやか」

涙声を作って目元を隠してみせるまどかに、美樹さやかが猛然と抗議した。
だが、暁美ほむらには分かっていた。
鹿目まどかの声が震えているのが、泣いているのではなく笑っているからだ、ということを。

「あたしだって友達ぐらい居るわよ!? ほら、証拠写真!」

さやかの取り出した携帯端末に映し出された写真に、まどかとほむらの視線が集まる。
どうせ、ループ中に嫌でも顔を会わせ続けた縦ロールだろうと思って、懐かしい気分を思い出しながら写真を認識したほむらが……固まった。
写真に一緒に映っている、もう一人のせいで。

――魔法少女がクーリングオフを求めてきたら、困るじゃないですか

悪魔のような羽を生やした、魔法少女にしては脆弱過ぎる存在が、写っていたのだ。
キュゥべえという本物の悪魔の手先である彼女は、どうやら巴マミに泣きついたのだろう。
そして、既に美樹さやかとも接触を取り、それなりの信頼関係を築いているのだということが、仲睦まじく写真に収まっている様子から判断できた。


一方の鹿目まどかは……だらだらと冷たい汗を流していたりする。

――今の内に不幸の芽は摘んでおいた方が良いと思わない?

先ほど、このお姉さんに実銃を向けられた覚えがあるのだから、当然である。
何だかこの巴マミ様は、パンが無いなら皆ケーキを食べるしか無いじゃない、とか言っちゃうタイプに見える。
そして、一緒に映っているもう一人の子は、まどかに巴マミの所在を聞いて来た彼女に違いない。

「どうしたの? 二人とも黙りこくっちゃって?」

そして、美樹さやか。
貴女はもう少し他人の機微に敏感になってもバチは当らないと思うわ。

「さやかちゃん……危ない目にあったり、怖いコトに巻き込まれたりしてない?」
「……どうして、そう思うの?」

一杯に涙を溜めたまどかの目を見せつけられて、思わずさやかは怯んでしまう。
だがしかし、まどかがそのような思考に行きついた経緯がさっぱり分からない。
まどかは、魔法少女や魔女のことなど知らない、普通の子の筈なのに。

「だって、巴マミさんって、お色気要員で、銃を持つと引き金を引きたくなるタイプの人間で、他人に銃を向けるときでさえ笑顔を絶やさない素敵な人で、常に誰かに銃口を向けてて、友達の婚約者を平気で寝取る人だって聞いたよ……?」
「……半分ぐらいは、当たっているわね」
「何その噂!? 転校性も何で頷いてんの!?」

どんな噂話でも、三人の人間から聞けば、大体の人間は信じるという。
……つまり、親友二人から伝えられた噂話を、大真面目に信じる一歩手前でさやかは踏み止まったのだった。

「無い無い。だいたい、二人とも何処からそんな噂を仕入れたのさー?」
「私は、一緒に写真に写ってる子から聞いたよ」

名前聞き忘れちゃった、と補足しながらまどかが写真に映ったもう一人を指さしてみせる。

「トーリが……?」
「トーリちゃんって言うんだね」

三人の人間が同じ噂話をしていれば以下略。
流石のさやかでも、巴マミという人物像が若干揺らいできた。
それでもまだ巴マミの評価が地に落ちていない辺り、如何に彼女の人望があるかということが推し測れる。

「よし、こうなったら、ここにマミさん本人降臨させよう!」
「さささやかあちゃんん! それはマズいよ! どうかしてるよぉっ!?」

焦った。
流石にこればかりは、焦らざるを得ない。
まどかは、先ほど巴マミに射殺されそうになっていたアンクを匿っているのだ。
最悪、バレたらまとめて射殺されるかもしれない。
俗に言う、『血溜まりスケッチ』というヤツである。

「そんな怖い人じゃないって。今ならまだこの近くに居る筈だから、ひとっ走りすれば呼んで来られるよ」
「さやかちゃん、私達……友達だよね?」

今にも泣き出しそうな鹿目まどかの姿を目の当たりにすれば、いくら鈍感な美樹さやかであっても、自身の行動に何か非があったのだと気付く。
というか、部屋の何処かから今にも美樹さやかを殺さんとする欲望が撒き散らされている気がするから、不思議なものだ。
グリードでもないさやかには、他人の欲望を感じ取る能力など無い筈なのに。

「美樹さやか。私も、巴マミには会いたくないわ」
「転校生まで、言うか……」

まどかの怯え方には若干の違和感を嗅ぎ取っていたさやかだが、この無表情電波女までが同意するとは思ってもみなかった。
まぁ、電波少女が次に繰り出す台詞を予測することなど、とうの昔に放棄しているが。

「私は、巴マミが人間相手に銃を向けている姿を何度か見たことがあるわ。経緯はともかく、危険人物に変わりは無い筈」

事実には違いない。
魔法少女が魔女になるなら皆死ぬしかない時に初めてマスケットを向けられたことは、最早思い出の彼方だ。
ただ、この時間軸でもほむらがキュゥべえを殺した直後に向けられているので、間違ってはいない。

「そ、そうだよ! 私も見たことあるんだ!」

二人とも、その対象が自分であることを言わない辺りにさやかへの遠慮が見て取れる。
そして何気なく放たれたまどかの一言に、ほむらは目を見開いて驚いていたりして。

「その経緯も気になるけど……まぁ、マミさんはやめとくか」

二人のただならぬ拒否ぶりに面食らったさやかだが、何だか納得がいかない。
ならば。

「じゃあさ、代わりにトーリのヤツを呼んでも良い?」

マミさんの汚名を返上したいさやかの思い付きが……オリ主に新たな死亡フラグを建てようとしていた。
暁美ほむらという最悪の死神が待ち構える病室に、彼女は文字通り飛んできてしまうのだろうか……



・今回のNG大賞
「本人降臨させよう!」
「らめええええっ!!」

「どうしたのさ、まどか? 病院で大声を出すなんて、世界一迷惑な奴なのだぁ!」
「美樹さやか……この場で射殺されたくなかったら少し黙ってなさい」
「巴マミさんみたいなこと言ってる!?」

暁美ほむらは、何処まで行っても結局巴マミの弟子なのかもしれない。


・公開プロットシリーズNo.28
→ずっとまどかのターン



[29586] 第二十九話:継接インディアンポーカー
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/21 04:09
連絡入れてみるわ、とだけ言い残し、美樹さやかは病室から外に姿を消してしまった
病院内で携帯電話は御法度だという表の理由もあるし、念話で話す姿を不審がられたくないという裏の理由もあるからだ。
念話という魔法は相手の大体の位置が判っていないと通じないものだが、さやかはトーリがクスクシエに居るだろうと当たりを付けている。


「まどか。トーリと知り合いだったの?」
「うん、そうだよ。前に巴マミさんを探してたところを、助けたんだ」

さやかが居なくなった病室内で、暁美ほむらが真面目そうな顔をしながら鹿目まどかに問いかけていた。
結果は……かねがね、予想通り。
まどかの優しさに付け込んで取り入ろうなど、まさにあの白い悪魔の手下に相応しい所業である。

「ほむらちゃんこそ、トーリちゃんと知り合い? もしかして、あんまり仲良く無い……?」

鹿目まどかの目には、暁美ほむらの表情が『ゆ゛る゛さ゛ん゛!』と叫び出す3秒前のヒーローと同じものに見えた……かどうかは、読者の皆さまの想像にお任せする。
ただ、あの表情を真似るという行為が並大抵の人間に出来るものではないという事を補足しておこう。
いや、キュゥべえさんによると魔法少女は条理を覆す存在らしいので、彼女たちなら可能性はゼロでは無いのかもしれないが。

「怪しいマルチ商法に騙されている彼女を、優しく諭してあげただけ」
「うわぁ……トーリちゃんと一度しか会って無いのに、騙されてる姿が簡単に想像できるよ……」

尚、まどかの目の前に居る暁美ほむらは、その悪徳マルチ商法の被害者の会の会長だったりする。
もちろん、会員が今のところ暁美ほむらただ一名しか居ないのは、言うまでもない。

……どうすべきか、と暁美ほむらは思考を巡らせる。

この時間軸の鹿目まどかは、既にキュゥべえの存在を認知してしまっている。
そして、美樹さやかも既に契約を終えていると見た方が良いだろう。
鹿目まどかや美樹さやかと話している最中にこっそりと時間を止め、上条恭介のカルテを盗み見て確認してきたので、間違い無い。
というか、彼女の指にソウルジェムの待機形態である指輪が輝いているのも、ほむらは見逃さなかったのだ。

ならば、否認する者が居ない場所で魔法少女の末路についての知識を吹き込んでおけば、まどかは自然とその知識を前提に行動するようになるのではないか?
美樹さやかが契約済みで、キュゥべえがまどかに認知されている以上、まどかが魔法少女について知るのは時間の問題だ。
ならば、出来るだけネガティブなイメージを鹿目まどかに植え付けておくのは、悪い作戦では無いはず。

「まどか。今から私が言う事を、信じて欲しい」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十九話:継接インディアンポーカー



暁美ほむらは、洗いざらい話した。
キュゥべえの契約が生み出すソウルジェムについて、そして、ソウルジェムとグリーフシードの関係について。
魔力弾を窓の外の空に向かって放つという実演を織り交ぜながら。
魔法の存在を関係者以外に話してはいけない、というお約束を吹き込むことも忘れない。

「酷いよ……そんなのって、あんまりだよ……!」

なまじキュゥべえという存在を見たことがある分、まどかの説得はスムーズに行われた。
その際、ほむらはわざと情報を絞ることを試みていた。
時間停止や自身の願いについて話さなかったのは当然だが、それ以外にも敢えて教えなかったことがいくつか、ある。
魔法少女の具体例として暁美ほむらと巴マミの名は挙げたが、美樹さやかとトーリの名は挙げなかったのだ。
この選別には……意味がある。

「私が日常を大切にしているか……って、そういう意味だったの?」
「そうよ。貴女は契約してはいけない。……そして、このことを他の魔法少女に話してもいけないわ」

話を聞いただけで泣きだしてしまいそうな鹿目まどかは、やっぱり優しい。
そして、涙をいっぱいに溜めた目で不思議そうな表情を向けてくる彼女は、絶望の意味を分かっていない。
そんな大事なことは内緒にしてちゃダメ、と反射的に思ってしまっているのだろう。

「貴女はもうすぐ死にます……だなんて、医者が言っても信じてもらえないのに、一介の中学生が言っても信じられるはずが無いわ」
「そんなこと無いよ! 丁寧に説明すれば……」

鹿目まどかの好意は嬉しいが、それは無理だ。
少なくともほむらがループして来た世界では、美樹さやかは勿論の事、巴マミもその真実を受け入れることは出来なかったのだから。
精神的に強い方に入る佐倉杏子や鹿目まどかでさえ、実際に美樹さやかが魔女になるのを目撃するまでは判断を保留にしていたほどである。
それでも、誰かさんのように正義感が暴走して心中に走るよりは、遥かにマシだが。

「証拠が無いわ。魔法少女を一人犠牲にすれば作れないことは無いけど」
「それでも、ちゃんと話し合えば……」

まどかがそういう食い下がり方をしてきた時の対処法も知っている。知ってしまっている。
朝からの長い付き合いなどというレベルでは、無いのだから。

「鹿目まどか。実は貴女も、もう長くは無いわ」
「……え? ど、どうして私が……?」

驚きに怯えが混じった反応を示すのも、暁美ほむらの経験通り。

「証拠は無いわ。そう言われたら信じられる? ……今のは嘘だけれど、貴女の行おうとしている説得はそれと同じことよ」
「……!」

結局のところ、今の鹿目まどかにとって、魔法少女というのは『他人事』なのだ。
いくらまどかが暁美ほむらのことを友達だと思っていたとしても、自分の身に降りかかる災難とは根本的に異なる。
だからこそ、魔法少女の末路という凄惨な情報を簡単に信じてしまう。
むしろ、そんな状況で涙を流してくれるだけでも、この子は優し過ぎた。

「貴女もキュゥべえに目を付けられた以上、無関係では居られない。だから話したわ。絶対に契約しようなんて思わないで」

まどかは、自分自身が何を言いたいのか、そもそも何を考えているのかさえ纏められていないに違いない。
そして、ほむら本人は意識していないだろう。
ほむらの何気ない一言が、何処かの時間軸で巴マミが使った台詞にそっくりだった、という事など。
やはり、何だかんだで暁美ほむらは巴マミの弟子なのである。

「……トーリちゃんも、既に契約しちゃってる、ってこと?」

紡ぎ出した言葉が……それだった。
何故このタイミングで魔女の真実などという突拍子も無い話を始めたのかと考え始めた結果、気付いてしまったのだ。
怪しいマルチ商法という言葉の意味が、キュゥべえによる魔法少女の勧誘である、と。

「隠しても仕方ないわね。その通りよ」

そして鹿目まどかは、既に気付いている。

「さやかちゃん、は?」

既に契約済みの巴マミやトーリとそれなりに深い付き合いをしているのなら、さやかが既にそのスパイラルに組み込まれていても不思議ではない。
というか、その方が自然だ。

「手遅れよ」

そしてここで、暁美ほむらがトーリやさやかを具体例として挙げなかった意味が生きてくる。
少なくとも鹿目まどかの頭の中では、『ほむらは話さなかったけれどまどかは気付いた事柄』としてその情報が記録されているのだ。
こうすることで、最も受け入れ辛いはずの情報を、鹿目まどかに疑わせないという心理誘導を成功させたのである。
暁美ほむらがこのタイミングで魔法の話を始めた主な理由が、コレだった。

「こんなのって無いよ……でも、キュゥべえはもう居ないんだから、これ以上犠牲者は出ないよね?」

これに関しては、ほむらは説明を続けるべきかどうか判断に余った。
正直に言って、キュゥべえというナマモノの生態は、地球人の常識で語ることが難しい。
先程の説明においても、キュゥべえという存在に関しては契約を持ちかけてくる生物だという以上の説明は行っていないのだ。



「へーい! ザ・鳥人間一丁お持ちぃ!」
「お邪魔します? ……って、あれ……?」

美樹さやか……貴女はタイミングが良いのか悪いのかはっきりしなさい。
そして、ほむらと目を合わせないようにしながら、音も立てずに静かに錯乱しているトーリが何故か哀れに思えて来た不思議。
呼び出されたにしてもやけに到着が早い気がするのは、きっと魔法で飛んで来たからだろう。

「ええと、さやかさん。まどかさんの隣にいらっしゃるのは……」

訳:何故見てるんですか! ほむらさん!

「昨日ちょっと顔見せたじゃん。転校生の電波女・暁美ほむら閣下さんだよ?」
「私、聞いてないです……!」

訳:本当に裏切ったんですか!? ザヤガザアアアン!?

まさか、さやかの手によって死地に導かれるとは思ってもみなかったトーリだった。
やっぱり、映司やさやかに疑われてでも昨日のうちに暁美ほむらを始末しておくべきだったかと後悔するが、既に時は遅し。
まるで、魔法少女かと思ったらゾンビだった気分である。

「お久しぶりね。トーリ……で良いのかしら?」
「な、名前を知っていただけているなんて、至極光栄です」
「転校生が嗤ってる……!?」

ほむらの作り笑いに、さやかは驚き、トーリは恐怖する。
尚、その表情を鹿目まどかには見えないように作っているところが、この女の本当に恐ろしいところかもしれない。
笑うと言う行為が動物の威嚇行動の名残であるという仮説を証明できる程度の素敵な笑顔に、トーリはドン引きである。

「貴女とは一度じっくり話し合ってみたいと思っていたのよ?」
「おおっと? 転校生が口説きにかかってる!? この女殺しめぇっ!」
「一応まどかさんのお見舞いに来たのに、何でほむらさんに殺されないといけないんですか……」

トーリは、一般人のまどかが居る前では事を起こされることは無いだろうと読んでいるらしい。
時間を止められる暁美ほむらの前ではその作戦は若干効果が薄いのだが、とりあえずほむらはトーリ抹殺を先送りにしたのだった。
流石に美樹さやかも見ているこの状況で忽然とトーリを消すわけにはいかない。

「トーリちゃん、久しぶりだねぇ! 巴マミさんとは仲良くやれてる?」
「その節はお世話になりました。最近、マミさんに銃を向けられることが無くなって、心が平穏です」
「コミュニケーションの尺度が何かおかしい!? あたしの知らないところでマミさんは何やってんの!?」

美樹さやかの中では、巴マミという人間は強くて頼りになる銃使いな先輩だったのだが……トーリまでもが銃を向けられたことがあると聞けば、流石に人物評を改めたくもなる。

「美樹さやか。貴女はもっと人を見る目を養いなさい」
「転校生が何時に無く辛辣だ!?」

つまり、この部屋に居るさやか以外の全員が、巴マミに銃を向けられたことがあるのだ。
そんな空間で、巴マミの名誉を挽回する方が無理ゲーである。
巴マミ……その名誉、神に返しなさい。

「巴マミっていうのは、そういう人間なのよ」

そして、暁美ほむらの新たな作戦が、ここで火を吹こうとしていた。
敢えて名づけるならば……『魔法少女になった奴は心まで腐っていくんだよ! 巴マミのようになぁ! 作戦』である。
巴マミを人格的に著しく貶める……というレベルまで徹底的に実行するつもりは、流石にない。
だが、まどかの魔法少女という存在に対するプラスイメージを出来る限り削いでおくのは、悪いことではないはずだ。
そのために魔法少女に関する予備知識をまどかに与えたと言っても過言ではない。
その過程で暁美ほむら自身も恐れられる危険はあるが、そこは目的のためなら手段を選ばないことに定評のあるほむらさんの本領である。

正直なところ、休憩中なほむらさんが巴マミに関する愚痴を零す場を求めているのだという部分も否定しきれなかったりするのだが。
もちろん、巴さんには尊敬できる部分が非常に多いことも分かっているものの、不満というのはやはり貯まるものなわけで。

「彼女は、魔法少女の力を使う事を……」
「まどかちゃん、大丈夫? お見舞いにきたよ!」

イラッ☆
新たに入って来た男のせいで、暁美ほむらの言葉が遮られてしまった。
そして、ほむらはその顔に見覚えがある。
先日、河原で服を干していた半裸男だ。
もちろん、今は服を着ているが。

「映司さん、遅いですよ! 何処で油売ってたんですか!」
「ごめんごめん」

火野映司、である。
クスクシエで暇を潰していたトーリが外出する際にその用事を話したところ、ついて来てしまったらしい。
トーリに少し遅れて入って来たのは……不便している患者に手でも貸していたのだろう。多分。

そして、暁美ほむらの作戦が水泡に帰した瞬間でもあった。
流石に、一般人の前で魔法関連の話は出来ない。

「火野、さん……」

それよりも、気になることが一つ。
まどかが、嬉しさと困惑を足して二で割ったような雰囲気を醸し出していることだ。
ちらちらと火野映司に視線を向けたり外したりを繰り返している。
その頬に若干の朱がさしているのが、微妙にほむらの不安を煽った。

何かを思い出しては、それを振り切るように頭を左右に振って見せるまどかは、火野映司に何か特別な思い入れでもあるのだろうか。
確かに顔は悪く無いし、身体もそれなりに引き締まっていた、とほむらは河原で見た光景を思い出しながら判断を下す。

「ほむらさんがまどかさんと同じ表情になったのが気になり過ぎて仕方ないです……」
「うん。それは俺も気になってた。理由は分からないけど」
「「!?」」

思わずお互いの顔を見合わせる鹿目まどかと暁美ほむらだが……まさか、本当に二人は同じことを考えていたのだろうか?
腹を割って話し合わないと分からないだろうが、火野映司本人が居る場所で確認できる内容でも無い。

「あれ? ほむらちゃん、火野さんと知り合いだったの?」
「えっ……」

思わず口ごもってしまう暁美ほむら。
まさか、男たちの裸の語らいを盗み見していたなんて、言える筈も無い。
というか、そんな事を言えばまどかにドン引きされる。
自己犠牲に定評のある暁美ほむらさんは一体どこに行ったのだろうか。

「昨日、まどかが倒れた後に火病った転校生を介抱してくれたんだっけ」

何気なく、美樹さやかが空気を読んだフォローを入れてくれたりして。
正確には、まどか陥落後に仁美の腹パンで落とされたわけだが、そこは割愛。
暁美ほむらの記憶としては中年夫婦に介抱されていたはずなのだが、後から夫の方と火野映司が一緒に居たということから考えるに、3人で介抱してくれていたのだろうと思い至った。

「あのときは、ありがとうございました」
「いいって。ほむらちゃんも無事で何よりだよ」

まるで鹿目まどかの台詞をコピペしたような言葉を続ける火野映司。
幸い、ほむらがストーカー紛いの覗き行為を敢行していたことはバレていないらしい。
映司としては、ほむらに顔を見られた覚えが無いのが若干不思議ではあるものの、特に突っ込みを入れることも無かったのだった。

そして、火野映司という名前を何処かで聞いたことがあったはずだという気がしてならなかった暁美ほむらは、ようやく思い出していた。

――なんていうか、火野さんのことを考えると胸がドキドキするような気がして、これってもしかして恋っていうモノだったら、それはとっても嬉しいなって……

その言葉を思い出してしまうと、頬を染めている鹿目まどかの顔が、恋する乙女の表情に見えてしまう。
ほむらの知る鹿目まどかという少女は、全くと言って良いほど男に縁の無い人物だったはずだが……これは一体どういう事だろう。
世界の変化は循環する時空の結末を解消するファクターとなる可能性を秘めているので、暁美ほむらとしては歓迎すべきもののはずなのに……何故か素直に喜べない不思議。

一発芸がてらにお見舞い用の果物でジャグリングを始める映司に、楽しそうな顔をしながら手を叩く鹿目まどかと愉快な仲間達を目の当たりにして、暁美ほむらの不安はますます募るばかり……



暁美ほむらは、知らない。
メダルとオーズの存在を。
火野映司と美樹さやかとトーリは、知らない。
鹿目まどかに魔法少女の素質があることを。

アンクは、姿を現わせない
魔法少女が脅威となる可能性を恐れて。
鹿目まどかは、言い出せない。
魔法少女の運命の凄惨さを恐れて。


物語を動かし始めるには、いささか鍵が多過ぎたらしい。
この先の物語は、『誰が居るのか』ではなく、『誰が居なくなるのか』によって左右される……のかもしれない。



・今回のNG大賞
「何、勘違いしてるの? 私の狩りはまだ終わってないわ!」
「あれ? まどかとマミさんって知り合いだっけ?」

「アンクちゃんを生贄に! 巴マミさんの召喚を無効化するよっ!」
「おいガキお前ええええっ!?」

病院ではお静かに。

※色的な意味で。
通常モンスター=マミさん。
罠カード=まどか。

・公開プロットシリーズNo.29
→人間関係を絡ませ過ぎると誰も動かせなくなるorz



[29586] 第三十話:Power to tearer――暴君と泣き虫と欲望
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/21 03:58
「じゃあ、あたしはそろそろ」

最初に動いたのは……さやかだった。
実はまどかの病室に来るのが遅れたのは、上条恭介の病室に行っていた訳では無く、アンク襲撃後に巴マミと話し合っていたからだったりする。
つまり、さやかはまだ恭介の病室に行っていないのだ。

そして、同時にほむらさんの作戦が中断を余儀なくされた瞬間でもあった。
火野映司が真っ先に帰ってくれれば、魔法に関する話が存分に出来たはずなのに。

そんな彼はいつの間にか、皮を剥いていないバナナの中身だけを切り分けるという謎の手品を始めていて。
でも、彼に視線を釘づけにしている鹿目まどかの楽しそうな姿が、少しだけ暁美ほむらの心を和ませてくれる。
念のために補足しておくと、別に空間斬撃剣であるメダジャリバーを手品のために無駄遣いしたなどということは無かった、と言っておこう。

一方……アンクは、出方を探りつつ待機を続けていた。
この場に映司が訪れたことはある意味僥倖だが、映司に会って自分は何をしようというのか。
経緯を話して『頼み込めば』『保護してもらえる』かもしれないが、何となくそれは癪に障る。
現状だって鹿目まどかという少女のペット的な扱いではあるのだが、それは棚上げである。
そこは、人間社会を生き抜くための最低限度の情けであると考えて甘受するしかない。
それに、映司に一方的に保護を求めても、魔法少女の襲撃から守ってもらう日々が待っているかもしれないのだ。

加えて、アンクは思う。
自分と映司の関係は、ギブアンドテイクで成り立っていたのだ、と。
泉刑事や通りがかりの人々をメダル関連の脅威から守りたい映司と、メダルを集めて強くなりたいアンク……この二人の利害が一致していたからこそアンクは映司の傍に居ることが苦痛にならなかったのだ。
元々一方通行で貰う事が好きだと豪語出来てしまうアンクではあるものの、映司とのそんな関係も、今となっては居心地が良いものだったように思われた。

……一方的に映司の庇護下に入るのは、ゴメンだ。

さらに、美樹さやかと巴マミの二人はアンクの敵だとして、トーリと暁美ほむらの出方が判らないのも非常に恐ろしい。
思い返してみると、トーリには疎まれてもおかしく無い扱いをしてきたような気がするのだ。
むしろ、アンクが新たに手を組む候補としての最有力候補が、暁美ほむらかもしれない。
暁美ほむらは巴マミを敵視しているようだから、共通の敵を持てば充分に協力できる可能性はある。
……ただ、彼女にアンクの言う事を聞かせるとなれば、難しくなるかもしれないが。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十話:Power to tearer――暴君と泣き虫と欲望



トーリは、自身の命が未だ続いていることに安堵していた。
鹿目まどかが入院したという知らせを受けて来てみれば、そこに待ち受けていたのはいつぞやの暴力魔法少女であったのだ。
焼けた鉄版の上で土下座しても生き延びられないかもしれないとさえ思っていた割に、案外あちらの出方が丸かったので何とかなった、という印象である。

キュゥべえが死んだせいで魔法少女を増やせないからだろう、とトーリは当りをつけている。
ひょっとするとこれは、むしろ味方になるイベントを引き当てたのかもしれない。
珍しく建設的な思考を見せたトーリは、早速ほむらに話しかけようと考えたのだが……意外と、話題が見つからない。

「……まどかさんと、仲が良いんですか?」

それならば、共通の知り合いについて話せば良いのだ。
映司の手品に拍手を送りながら、さり気無く暁美ほむらに声をかけてみた。

「……っ!」

そうしたら、思いっきりガンを飛ばされました。
ワケが解らないっていうか、理不尽すぎると思います……。

『彼女に手を出したら……』
『そんなつもりで言ったんじゃないんです! 信じてください!』

会話の手段をテレパシーに切り替えて恫喝してくるほむらに対して、必死の命乞いをするトーリ。
以前ボコボコにされたせいか、暁美ほむらにはまるで勝てる気がしないのだ。
というか、トーリが単独で勝てる相手なんて、人間の鹿目まどかぐらいな気がしないでもないが。

『それなら良いのだけれど』

どうやら、トーリの言葉を鵜呑みにして信じているというわけでは無いようだ。
だが、トーリの処分は見送ってくれたらしく、トーリも思わず安堵の息を吐いてしまう。
友達のお見舞いに来たのに、何故おっかない魔法少女に脅されなければならないのか。

結局、まどかの親が迎えが来てしまったことによって、病室での楽しい一時は終わりを告げたのだった……



そして、鹿目まどかの手荷物に紛れ、成り行きでアンクは鹿目家まで着いて来てしまっていた。
母親に褒められたり叱られたりしている少女の声をカバンの中で聞きながら、今後の事に関して思案を巡らせる。
先日カザリに襲われた後に改めて確認したことだが、やはりこの世界では人間の姿を持っていなければ動き回れない。
良くて、珍獣として追い回されるのが関の山である。

思考が行き詰ったアンクは、いつの間にかカバンが揺れていないことに気付いた。
どうやら、移動が終わったらしい。

「アンクちゃん、潰れてない?」
「もっと丁寧に扱え」

アンクを持ち上げて両手で汚れを払ってくれるまどかに不満全開な声を返しながら、アンクは周囲の様子を確認した。
淡いピンク色が目立つ室内には鹿目まどか以外の人間はおらず、棚の上に並べられた縫い包みがやけに印象的な部屋だった。
おそらく、鹿目家にある、まどかの個室なのだろう。
部屋の中に差し込む太陽の光は無く、既に外は暗くなっているようだった。

「そうだ、ガキ……まどか」
「どうしたの?」

不思議そうに返事をするまどかは、アンクがこれから問いかける内容を、予想できていない。
アンクとしてはそこそこ重要だと考えているので、素直な反応が帰って来てくれると嬉しいところではあるが……どうなるか。

「お前、何でキュゥべえって奴が死んでるって知ってた?」
「……えっ?」

荷物を整理していた鹿目まどかの手が……止まった。
同時に、コイツは何かとんでもない事を知っているとアンクが確信した瞬間でもあった。

「黒いガキは、キュゥべえが死んだことなんて話して無かったよなァ?」
「……」

アンクは、キュゥべえが魔法少女によって殺されたのだという事を巴マミから聞いている。
しかし、鹿目まどかは巴マミとは今日が初対面だったはずなので、おそらくマミから聞いたという線は無い。
魔法についても、暁美ほむらから説明を受けている時の反応は、魔法というもの自体を初めて知ったという印象をアンクに与えていたのだ。

だとするならば……鹿目まどかがキュゥべえの死を知っているのは、おかしい。

「私、キュゥべえを殺しちゃった……かもしれないんだ」
「かもしれない?」

鹿目まどかの独白にも驚いたが、その不確実な物言いもよく分からない。
爪が割れるんじゃないかと思わせるほど強く握りしめられたその手を見れば、嘘を吐いているのではない事は推し測れるが、だからこそ理解できないのだ。
キュゥべえに既に会ったことがあるにしては、魔法というものに関する知識が乏し過ぎるようだったのも気になる。

「私。全然覚えてない、の。でも、気付いたらナイフ持ってて、キュゥべえが、バラバラで……!」

声を震わせて背中を丸めるまどかを余所に、アンクは考える。
巴マミの話によれば、キュゥべえは黒髪の魔法少女に、あのヒゲタマゴが居たビルで殺された筈だ。
情報が明らかに食い違っていると言わざるを得ない。

「ガ……まどか。それは何時の話だ?」
「昨日、だよ?」

訳が分からない。
前回キュゥべえが死んだというのは巴マミの申告だったのだが、その時に実は生きていたという事だろうか?

「死体は確認したのか?」
「ほむらちゃんが、任せてって言って、持ってっちゃった……」

布団の中に引き籠って蓑虫のように体を縮めながら、鹿目まどかはしっかりと返事を出し続けてくれる。
おそらく、そのグロテスクなキュゥべえの様子を思い出して気分を悪くしているのだろう。
罪悪感に心を苛まれているという理由もあるのかもしれない。

「あの黒いガキは、そのことを知ってるわけか……」

――貴女もキュゥべえに目を付けられた以上、無関係では居られない。だから話したわ。絶対に契約しようなんて思わないで。

昼間の口ぶりは……まるで、鹿目まどかがこれからキュゥべえと契約する可能性があることを前提にしているようでは無かったか?
暁美ほむらも、アンクが想像もしないような事実をまだ隠している。
アンクはそんな確信めいた予感を抱いていた。

「聞け。お前は……キュゥべえって奴を、殺していないかもしれない」
「……え?」

嗚咽を漏らしていたまどかが、布団の上からでも分かるぐらいに、ぴくりと身体を震わせた。

「少なくとも、俺が聞いたキュゥべえって奴は、重火器で身体を蜂の巣にされても生き残れるような生き物だ。生きてても不思議じゃない」
「励まして、くれるの?」

その声は、ほんの少しだけ嬉しそうだった。
布団に丸まってその表情は分からないのに……アンクは、そう思えた。

「でも、流石に無理だよ。頭が身体から離れてたもん」
「俺だって似たようなモンだ」

もぞもぞと布団から顔を出して、まどかがアンクに視線を落とす。
そこには、掌だけになっても動き続ける、常軌を逸した生物がまどかの言葉を待っていた。

「もしかして、キュゥべえはアンクちゃんの友達だったの?」
「会ったことも無い奴と友達になれるか。それに、人間の欲望はグリードのものって決まってんだよ。掻っ攫われてたまるか」

キュゥべえは生きている……かもしれない。
思い始めると、思わずには居られない。

「アンクちゃん……照れてる?」
「調子に乗んな」
「うぇへへ」

奇妙な、この少女の独特の小さな笑い声。
それが何処か心地良いような、そんな気が、した。

「欲望、かぁ」

おもむろに天井を見上げたまどかが、呟く。
欲望という言葉自体は、あまり響きが宜しくない。
だがしかし、

「そうだね。キュゥべえの生死を確かめたいっていうのが、多分私の今の欲望。何だかちょっと楽になったかも。アンクちゃん、ありがとう」

欲望は、希望でもあり、道しるべでもある。
時に夢、時に愛、そして時には闇を切り裂く光にだってなるかもしれない。

「ふん。なら、その欲望……解放しろ」

グリードがヤミーを作る時に言い放つ、定型句だった。
それは、ヤミーを作ることの出来ないアンクが言っても、何の意味も無い一言に違いない。
だが、新たな目標を見つけて意思を燃やす少女に投げかけるには、うってつけだ。
そう、思えた。



「そうだなァ。俺もキュゥべえって奴に聞きたいことがあるから付き合うが、肝心の外見を知らないと捜しようが無い」

出来れば、魔法少女の弱点の一つでも聞き出したいところである。

「絵、書くよ? 美術は結構得意なんだ」

紙とペンを探そうとするまどかは、先ほどよりも生き生きとしているように見える。
だが、アンクにはもっと直接的に情報を受け取る手段があるのだ。

「いや、お前の記憶を直接見た方が確実だ」
「そんなコト、できるの?」

アンクを両手で宙にかざしながら、驚きの表情を作って見せるまどか。
その様子さえどこか嬉しそうに見えるから、不思議である。
先ほどテンション最低の状態から復帰した反動で、箸が転げても笑うような状態なのかもしれない。

「しばらく、呼吸を落ち着かせて、何も考えない状況を保て」

掌だけのアンクがまどかの右手の上に覆いかぶさり、指示を飛ばす。

「それって、瞑想っていうんだっけ? 出来るかなぁ……」
「難しく考えんな。要するにぼーっとしろってことだ」

それなら得意技だよ、と無い胸を張って、ベッドの上に胡坐をかいて手を組んでみた。
形から入るのは大事だと自分に言い聞かせながら、目を閉じる。
ゆっくりと深呼吸し……唐突な眠気に襲われた。
そういえば、昨日は泣き明かしたので、実質的には20時間以上覚醒状態を保っていたような気がする。

気付いてしまうと、後はどうしようもなかった。
こっくりこっくりと頭の中で羊が数えきれない速度で増え始め、何も考えることが出来なくなる。
群れの中で、天井に望遠鏡を仕込む音や、フォーゥ! と叫ぶ声が……お前らは羊で良かったっけ?
瞬く暇も無く、鹿目まどかの意識は、牧場の奥へと消えて行ったのだった……


5分も経たないうちにベッドへ倒れ込んだ鹿目まどかの目が……唐突に、見開かれる。
その右手に重なっていたはずの不気味な掌は、いつの間にかその姿を消していた。
目付きは鋭く、どこか鳥類を連想させるものに変わり、攻撃的な意思の存在を思わせる。

とんとん、と米神を軽く指で叩きながら、記憶を漁る。
鹿目まどかが、ではない。
今、その身体を支配しているのは、アンクという一体のグリードだった。

「……コイツか」

全体的にネコのようなフォームだが、その尾は胴体に並ぶほどの太さと長さを持ち、耳から飛び出た無駄毛は首にかかる負担が心配になるレベルの大きさである。
鹿目まどかは、キュゥべえと名乗るそいつを見て一目で可愛いと感じたようだ。

『今日は君にお願いがあって来たんだ』
『お願い?』

キュゥべえはその時、確かに笑顔を作っていた。
……が、

「不気味な奴だ」

アンクの心証は最悪だった。
暁美ほむらの説明を聞いてしまったことも影響しているかもしれない。

『ボクと契約して魔法少女になってよ!』


その笑顔がとても腹立たしいものに思えてしまう原因は……もしかすると、それだけでは無いかもしれないが。
ほむらの説明によると、二次性徴期の少女の希望が絶望に総転移する際のエネルギーを回収するのが、彼らの役割らしい。
この少女……鹿目まどかも、契約すれば何れは絶望に心を委ねるようになるのだろうか。

『その代わりに、何でも一つだけ願いを叶えてあげるよ』
「お前ら……何かがグリードと被ってンだよ」

下手をすると、グリードよりも悪質かもしれない。
そして……病室の入り口に、暁美ほむらが現れた。

『ほむらちゃん、心配かけてゴメンね。でも、無事で良かった』
「まったく、お人好しなガキだ」

キュゥべえを目の当たりにして驚愕に目を見開く暁美ほむらの姿が、まどかの視界の中には収められていた。
初めてキュゥべえに会ったから驚いているのではなく、キュゥべえが鹿目まどかの元に居ることを驚いているということは間違い無いだろう。

「……何故だ?」

鹿目まどかが魔法少女の素質を持っていることが意外だった?
暁美ほむらには魔法少女の素質を推し測る手段があるということか?
それとも、死んだはずだと思っていたキュゥべえが生きている事に驚いているのか?
暁美ほむらに関しても、まだ疑問は尽きない。

そして……事件は、起こった。

『ほむらちゃん、見て、この子! キュゥべえって言……う……?』

まどかの手に突如として返ってくる、血液の滴る感触。
抱き上げようとして、そのままキュゥべえの頭がもげる。

「……コイツに苦痛って感覚は無いのか?」

笑顔を張り付けたまま床に落ちるキュゥべえの首。
まるで、痛みを感じる間もなく逝ったようだった。
もしくは、痛みを感じるという機能そのものが備わっていないのか。

「……っ」

鹿目まどかの中で巻き起こった感情の奔流に面食らって思わず意識を手放しそうになりながらも、なんとか頭を押さえて、アンクは精神を持ち直す。
ちらちらと視界に入る桃色の髪が、汗に濡れてえらく鬱陶しかった。

「……っはぁ」

吐く息が、熱い。
肺が苦しくて、心臓が壊れそうだった。
こんな時、人間の身体は不便だ……そう、アンクは思う。

「まぁ確かにあの状況じゃぁ、このガキが自分を犯人だと思うのも無理は無い、か」

自分が支配する小さな手をまじまじと眺めながら、アンクは呟いた。
だが、何かが間違っているとしか思えない。
少なくとも、何処かの小説に出てくる二重人格博士のような残虐性は、この少女の頭の中には無かったのだ。
その他の記憶を洗ってみたものの、有用そうな記憶も特に見当たらない。

それでも、何回か事件当時の記憶を洗い直してみた。
人間の脳は、引き出しを開けるのが難しいだけで、莫大な量の情報をかなり正確に記録しているのだ。
それを、本人の無意識にまで入り込んで、徹底的に漁り込む。


「ん……? 何だこれは……」

偶然に、『それ』は見つかる。
最初は、ただの見間違いかと思った。
だがしかし、記憶を繰り返して、コマ送りにしてみると……違和感が際立ってくる。
鹿目まどかの頼りない小首を捻って、うんうんと唸って見せるアンクは、

「こんなことが有り得るのか? だが……」

その映像の何が決定的に不自然なのかという解答にまでは、辿り着いた。
そこまでは良かったのだが、その奇妙な現象の原因が判らないのだ。


結局、アンクは判断を保留にすることとなるのであった。

アンクは、何に気付いたのか?
明るみに出るのは、まだもう少し先の事になるかもしれない……



・今回のNG大賞

「こいつをこのまま操ってキュゥべえと契約させれば……」

もう、オーズもヤミーも要らない。
『願い』で究極の肉体を作らせれば良い。
その結果として一人の少女が人生を狂わされたとしても、アンクの知ったことでは無いはず……だ。

そのはず、なのに……

――悪い事しちゃ『メッ』だよ? しっぺしちゃうよ?

酷く胸の奥が痛むのは、何故だろう。
このガキの身体は、至極健康的なはずなのに。

「ハッ、全く、バカなガキだ……」

部屋に備え付けられた鏡の向こう側の少女が、笑った気がした。

――こうしてアンクちゃんは、良い子になったのでした! めでたしめでたし! うぇへへ!

その鏡に本当に写っているのは、泣きそうな顔をしている、子供の皮を被った目付きの悪い化物なのに。

「俺も……ヤキが回ったか」

鹿目まどかの、玉を転がすように笑う声が、耳から離れない。
同じ声なら今でも聞けるはずなのに、声が震えて、笑う気にもなれない。

「安心しろ」

脳の奥底に意識を沈めていてアンクの声なんて届く筈の無い『本物』に、聞こえないように呟く。

「『使えるバカ』を簡単に使い潰したりはしないから、よ……」

溢れ出すこの涙はきっと、涙腺の緩い鹿目まどかが悪いに決まっている。

絶対、間違い無く、そうに違いない……



・公開プロットシリーズNo.30
→まどかの優しさが世界を変えると信じて。



[29586] 第三十一話:ずぶ濡れ衣々
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/24 22:21
「ほむらちゃん。キュゥべえって、あの後どうなったの?」

放課後に二人だけで話がしたいという鹿目まどかにほいほい付いて行った結果がこれだよ!
上目遣いでちらちらとほむらの様子を窺っているまどかの様子が健気過ぎて、無下に扱う事も出来ない。
暁美ほむらという人間が鹿目まどかには適わないのは、もはや円環世界の摂理なのかもしれない。

「心配しなくても大丈夫よ。誰にも見つかることは無いわ」
「そうじゃなくて……やっぱり、ちゃんと弔いたいかな、って」

なるほど、と暁美ほむらは一人納得していた。
確かに、心優しい鹿目まどかの考えそうなことだ。
だがしかし。

「あの話を聞いて、まだキュゥべえに同情できるの? そんな目的のためなら、教えたく無いわ。私はあれが死ぬほど嫌いだから」

まるで台所に居座って黒光りするGを思い出した時のような嫌悪感に満ち溢れた言い草で、暁美ほむらは愛らしい宇宙人を全否定した。
というか、奴の死体は焼却炉に放りこんでしまったので、この世に存在しない。
おそらく別のインキュベーターが回収して食べるだろうと思い、嫌がらせに焦がしてやったのだ。
今更弔いたいなどと言われても、鹿目まどかの前に引きずり出して来ることなどできない。

「ほむらちゃん、答えて」
「……?」

鹿目まどかに背を向けて去ろうとしたほむらを……彼女は呼びとめた。
まだ何か、あるのだろうか。
キュゥべえの死体の場所なら教えないと言っているのに。

「キュゥべえは……本当に、死んだの?」

暁美ほむらの歩みが……止まった。
腰まで届く長い髪に邪魔されてまどかからはその表情を窺う事は出来ないが、ほむらがその質問を意外に感じているのではないか、と思える。

「……貴女、本当に鹿目まどか?」
「さやかちゃんじゃないよ?」

再びまどかに向き直って、まどかの全身に訝しげな視線を浴びせる暁美ほむら。

……おかしい。

ほむらの知る鹿目まどかという少女は、人を疑う事があまり得意ではないはずだ。
それが、キュゥべえが死んだという事実の元に行動している暁美ほむらを疑っている?
しかも、切り刻まれて色々とモゲたキュゥべえの死体を見て、まだそんなことが言える?

「貴女の膝の上に居た生物なら、焼却炉に放りこんでしまったわ。これで満足?」
「う、うん……」

しゅんとしている、という表現がよく似あう雰囲気を撒き散らし始める鹿目まどかを見ていると、ほむらだって心に沁みるものがある。
一応、事実の一端は伝えておいたが……疑問は、残った。
鹿目まどかがもし何者からか助言を受けて先ほどの質問をしてきたとして、その人物としてほむらが疑惑を向ける候補は多くないのだ。

インキュベーターは、魔法少女から不信感を持たれることを恐れ、一度彼らの死を見た魔法少女の前には姿を現さない。
従って、魔法少女は原則的にキュゥべえの生態を知らないはずなのだ。
今回の鹿目まどかのケースのように契約前に見られてしまった場合のみがその例外と言えるが、まどかの物言いはキュゥべえの仕組みについて理解しているとは思えなかった。

可能性があるとすれば……今回初めてお目にかかった『イレギュラー』だろうか。
魔法少女が人間ではないと聞いても全く動じなかった、何を考えているのか分からない蝙蝠女。

「やはり、そういうことね」
「ほむらちゃん、また怖い顔してるよ……?」

大方、鹿目まどかに暁美ほむらへの不信感を植え付ける作戦でも実施しているのだろう。
あの薄汚くて狡猾なインキュベーターとその手下ならば、それぐらいの事を考えても不思議ではない。

「さっきの質問は……貴女一人で思いついたの?」
「えっ」

ほむらは、見逃さなかった。
鹿目まどかの目が、泳いだのを。
正直は美徳というやつである。

「えっと、それは……実は、相談に乗ってくれた子が居るんだ」
「是非、それをまどかに示唆したお方と会ってみたいわ。魔法の関係者なんでしょう?」

うぐっ、と一歩下がるまどか。
誰かに教唆されたことは図星だが、ほむらにはその相手を言いたくないようだ。

鹿目まどかは、悩んでいた。
アンクが魔法関係者かどうかという時点で判断に余るのだが、その判断の先にも未来が無いのだ。
ほむらからは魔法関係の知識の口外を禁止されているのだから、アンクが魔法関係者では無いと答えることは出来ない。
だがしかし、魔法関係者であると答えれば、ほむらは絶対に引き下がらないような気がする。
あの病室で盗み聞きを働いていたと聞いても、きっと良い顔はしないだろう。

だが……不意に、暁美ほむらが放っていた緊張感が、失われた。

「良いわ。『何でも言えるだけが友達じゃない』んでしょう?」
「……ゴメンね」

ぶっちゃけ、アイツ以外に候補が居ないのだから、ここでまどかを問い詰めて心証を悪くする意味は無い。
とっちめて適当に痛めつければ、懲りてくれることだろう……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十一話:ずぶ濡れ衣々



「……?」

虫の知らせとでも言うべき嫌な感覚。
トーリの身に降りかかった不思議な予感を一言で言い表すならば、そんなところだった。
何処かで電波女さんが送った殺意を受け取った訳ではないのだろうが、これは一体どうしたことだろう。
虫だけに、天国のお父さんが何かを娘に伝えようとしてくれているのかもしれない。

もう少し時間が経てば巴マミの戻ってくるであろうクスクシエの屋根裏を後にし、トーリは空へと散策に出ることにしたのだった。
そして……その違和感の元は、あっさりと見つかることとなる。

背びれが、地面に張り付きながら移動していた。
何を言っているのか分からないと思うが以下略。

トーリはパタパタと羽ばたきを緩めて高度を落とし、近くからそのブツを確認してみるものの、やはり背びれにしか見えない。
テレビや映画でよく見る、海面下から背びれだけを出してすっと迫ってくるサメのようである。
まるで地面の下に水があるかのようにスムーズに移動して見せる背びれだが、その付近の地面を調べてみても、普通のアスファルトでしかない。

「どうしたら良いんでしょうか……?」

間違い無く、この背びれから発せられる不思議な雰囲気が、トーリをこの場に引き寄せた原因である。
トーリの常識としては、こんな奇妙なことが出来る生物は魔法関連かメダル関連の二択なのだが……

「……ということは、倒せば丸儲け?」

とりあえず、コイツが魔法少女で無ければ、どう転んでもトーリはセルメダルを儲けられる。
もしかしなくても、かなりウマい話が転がっているのではないだろうか?
思い立ったが吉日とばかりに空中に飛び上がり、身体の周囲に羽を巻きつけて硬度を高めつつ、高度を下げる。
そのまま重力を利用して、ついでに身体に回転も加え、一気に急降下して背びれに跳び蹴りを敢行するトーリ。
蝙蝠の大先輩の必殺技の、劣化版である。

ところが、背びれはトーリの存在に気付いていたらしく、俊敏な動きで飛び蹴りを回避し、

「あれっ、意外と速……」

地上へと跳ねた。

「えっ……?」

地面の下へ隠していた身体、全体で。
そいつは、鋭い歯が視る者に恐怖を与える海の王者……サメの怪人だった。
大技をすかされて体勢を崩していたトーリに、その大きな牙をむいて、今まさに噛みつこうとしているのだ。

「ひいぃっ!?」

魔法で硬化した羽を巻きつけていたためにガード出来たトーリだが……サメの噛みつきは、そもそも受けてはいけないのだ。
羽を貫通こそされていないものの、身体ごと齧り付かれ、逃げることも出来なくなってしまっていた。
動けないトーリという獲物を咥えて、サメ怪人は再び移動を開始する。

そして、トーリは漸く気付いていた。
コイツはヤミーである、と。
しかも、多分水棲系……メズールという名前のグリードが作った奴だ。
水棲系の特徴は巣を作って大きく数を増やすことにあり、つまりこのサメヤミーが泳ぎ着く先には……大量のサメヤミーが居るということである。

「ちょっ? そんな!? 離して下さいっ!?」

流石に、そんなものを相手に出来るワケが無い。
一匹だって持て余しているというのに。
見滝原中学校辺りを狙って適当に念話を飛ばしてみるものの、正直に言って期待は薄い。
なんせ、今は下校時刻のせいで一番見つけ辛い時間なのだ。

『私に助けを求めるなんて、どういうつもりかしら?』

そして、やっと繋がったかと思いきや、これである。
いつかの無表情な魔法少女で、よりにもよってトーリを殺そうとしたこともある人気者の彼女だ。
だがしかし、溺れる者は藁だって全力で掴むのが、世の常というものである。
いっそのこと、このサメヤミーがアスファルトに溺れて死んでくれれば良いのに。

『助けてくださいっ! ワタシこのままだと死んでしまいます!』

なりふり構わずに助けを請うトーリには既に哀愁が漂っていたが、念話越しにはなかなかそれは伝わらないものだ。
そんなトーリを嘲笑うように、どうやっているのか溜め息を吐くような音声を念話に混ぜるという器用なメッセージが、トーリの頭に送られてくる。

『キュゥべえが契約のためによく使う手ね。そんな見え透いた罠に引っ掛かるわけがないでしょう。そんなに私が邪魔なの?』

しかも、全く信用されていない。
確かに、魔法少女を増やして欲しく無い暁美ほむらの前で魔法少女を勧誘したのが怒りを買ったのは理解出来るが、いくらなんでも嫌われ過ぎではないだろうか。


『トーリちゃん? トーリちゃんなの?』

同じ方向に飛ばした通信に、別の誰かが引っ掛かった模様。
だが、この声は……

『まどかさんの声は一見救世主みたいですけど、助けてくれる手段が無いんですよねぇ……』

鹿目まどかだった。
彼女の優しさは嬉しいのだが、彼女の手腕でトーリが助かるのかと聞かれれば別問題である。
正直に言って、囮にさえなるとは思えない。
念話が通じると言う事は魔法少女の素質があるという事なわけだが、キュゥべえが死んでいる現在では意味の無いことである。
というか、サメヤミーの元になった欲望が殺人だったりすると、まどかを殺してパワーアップしてしまうことだってあるかもしれない。

『とりあえず、まどかさんに出来そうな事は無いので、現場に近づかないようにしてください』
『それでも友達が危険な目にあってるのに、放っておけないよ!』

どうしたものか。
……彼女を経由して、援軍を送ってもらえば良いんですよ。

『まどかさん! 映司さんに連絡は取れませんか?』
『電話番号わかんないよ……』

そもそも火野さんは携帯電話を持っていないような気がします。
同じ理由で、マミさんもアウト。

『さやかさんは?』
『えーと……電源切ってるみたい。幼馴染のお見舞いに行ってるんだと思う』

病院で携帯電話の電源を切るのは、仕方ないですよね。
クスクシエや中学校は緊急時のために場所を把握しているが、お世話になる予定があると思えなかった病院の場所は覚えていなかったりして。

『どうやら私の命運は尽きてしまったようです……』

結論:もうダメっぽい。

『諦めちゃダメだよ! 今、一緒にほむらちゃんが居るから、引きずってでも絶対行くよ!』

その暁美ほむらさんに先ほど見捨てられた気がしてならない辺り、色々と終わり過ぎである。
まどかが全力で暁美ほむらを引きずって行こうとしても、身体能力的に魔法少女に物事を強制するのは無理だろう。

『初めて会った時の恩は、返せそうにないです……』
『縁起でも無いコト言わないでっ!』

巴マミを探していたトーリを助けてくれた鹿目まどかが最期の話し相手なら、これも何かの縁かという気もしてくるというものだ。
出来ればトーリの身を助けてくれる人物と話したかった、というのは言わぬが花というヤツである。
そこに励ましの言葉を入れてくれる辺り、鹿目まどかは良い人には違いないのだが、頼りになるかと言えば否だ。

そして、噛まれ続けた羽に穴が空き始め、ヤミーの巣まで防御が持たない気がして来た昨今。
一応、クスクシエの方面にも念話を飛ばし続けているのだが、マミは未だクスクシエに戻っていないらしい。
既にトーリは、諦めモードに片足を突っ込んでいた。
助かるルートがまるで見えてこないからである。

そう思った、矢先だった。
サメヤミーの進行方向に、人間の影を見たのは。
その人物を確認する暇も無く、耳を劈く爆音が響き渡り、トーリとサメヤミーは仲良く暴風に呑まれて地面を転がる。
まるで地雷にでも当ったかのように、爆心地が近く思えた。


「また顔を合わせるのがこんなに早いとは、思わなかったわ」

まるで下水の汚物に向けるような視線をサメヤミーに向けた……暁美ほむらの姿が、そこにはあった。
一緒に居るトーリもその視線の的であるという可能性は、出来れば考えたくないところである。
ほむらさんの台詞が、トーリに対して放ったとしか思えないものであることなど、気のせいに決まっている。

「まどかまで『使う』なんて、良い度胸をしているわね」

暁美ほむらがニヤリと笑った……ような、気がした。

「助けに来てくれたんで……うぇっ!?」

次の瞬間には、身体を囲うように四方八方から衝撃が降り注ぎ、水浸しの地面にその身体が叩きつけられる。
そのすぐ横ではメダルが撒き散らされる音が響き、サメヤミーが綺麗にセルメダルの山へと変えられていた。
どんな攻撃なのかはトーリには全く分からなかったが、おそらくトーリが受けたものと同じ攻撃を受けたのだろう。

硬化した羽で身体を覆っていたトーリは、幸いなことにあまりダメージを追わなかったと見える。
羽に食い込んだ無数の銃弾が先ほどの衝撃の正体だというのは分かったが、どんな魔法を使えばそんな包囲攻撃が出来るというのだろう。

「あれ……?」

暁美ほむらは、トーリに情けをかけて助けに来てくれたのでは無かったのか?
なんとか起き上がろうとしたトーリの額の前に、ジャキン、と小気味よい音を鳴らす凶器がその口を向けていた。
トーリはその手の黒光りする武器に明るくは無いが、どう考えても引き金を引いたらセルメダルが撒き散らされることは間違いない。

「貴女を生かしておいたのは私の間違いだったわ。今ここで清算する」

おそらく、トーリが何をしようとしても、暁美ほむらが引き金を引く方が早いだろう。
ヤミーなのだから頭が崩れても生きている気はするものの、試したことが無いのでやはり恐ろしい。

「ほむら……さん?」
「気安く呼ばないで」

銃口が向けられた額にではなく、横なぎの打撃が側頭部に加えられ、背中を踏まれて身動きを封じられてしまう。
思った以上にダメージは少なかったものの、銃に加えてほむらは打撃武器の扱いも上手いという絶望的な情報を得てしまった。

「前より防御能力が上がってる……?」

それでも、ダメージが少ないと判ったら、追撃を受けてでも飛び立てる可能性が出てくる。
訝しそうに呟いた暁美ほむらの隙を突いて飛び立とうとするトーリだが、

「同じ手は通じないわ」

頭部を振りおろし攻撃によって殴られ、そのまま地面に叩き落とされてしまう。
暁美ほむらの左手にはもう一丁のやや大きめな銃が握られており、先ほどからそれで殴られていたのだとようやく気付く。
某北国製の銃の中には、その頑丈さが評価され、弾切れの後も鈍器として戦闘に使用可能だと言われるものもあるのだとか。
どれも、魔法少女やヤミーで無かったら間違い無く死んでいる筈の一撃である。
やはり頭はヤミーの弱点だったようで、意識に嫌な感じに靄がかかってしまっていた。

「ワタシは、もう魔法少女の勧誘はしてないです。だから見逃してください」

必死である。
話せば分かってくれるかもしれない分、サメヤミーよりもマシだが、それでも危機には違いない。
命乞いといえば聞こえは悪いが、別の世界のウヴァさんの最後の言葉を考えれば、やはりこの子はウヴァさんの娘なのかもしれない。

ちなみに、そのウヴァさんのセリフとは、『やめてくれ……誰か、助けてくれ……!』である。

「そんな見え透いた嘘に騙されると思う?」

……前言撤回。
話しても分かってくれそうにない。

「最期に話す人がまどかさんなら、まだ幸せだったのに……残念です」

せめて最期に少しぐらい、毒を吐いてみたくなったのかもしれない。
引き金にかかった暁美ほむらの指に力が入るのが分かる。
もう自分はここで終わりなのだ、と本気で思った。

だからこそ、信じられなかった。


「この国で持つ物じゃないでしょ……『それ』は」

ほむらの背後に現れた、も一人の救世主の姿が……


・今回のNG大賞
『助けてください!』
『私に助けを求めるなんて、どうかしているわよ』

『このままじゃ死んじゃいます!』
『宇宙のために死んでくれる気になったのね』

『嘘じゃないですよぉっ!』
『銃弾のストックを無駄に消費するのは嫌よ。勿体無いじゃない』

『なんか、まるでお母さんと話してるみたいな……』
『ワケが解らないわ』

ザ☆いじめられっ子の発想。


・公開プロットシリーズ
→トーリも少しずつ変化している……と、良いなぁ



[29586] 第三十二話:XXX板に出張スレを建てる予定はありません
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/25 09:19
火野映司は、久しく耳にしなかった音を聞いた。
腹の底から響くような低い音に続いて、風を切る音と人間の悲鳴が入り混じる、懐かしいハーモニーを。
人はその音楽を刻む兵器を『爆弾』と、呼ぶ。

それを耳にして直後にクスクシエを飛び出した映司は、駐車場に置かれていた車の下から、二度目の爆発を聞いた。
一度目の爆発で人を集め、二発目で被害を拡大させる……映司が紛争地域を旅していた時に何度か見た手口。
水を撒き散らすという訳の分からないタイプの爆弾だったが、その威力には恐ろしいものを感じさせられた。

そして、帰り際に映司は、全く別の方面からの3発目の爆音を聞くこととなる。
脊髄反射的に火野映司がその方向に走り出したのは……必然と言えた。


「この国で持つ物じゃないでしょ……『それ』は」

いつの間にか現れた青年は、ほむらの背後からその両腕を掴み取り、銃と鈍器を同時に無力化していた。
掴んだ両腕をそのまま真上に引っ張り、体格差を利用して身体ごと宙に浮かせ、抵抗の手段を奪ったのだ。
トーリには、暁美ほむらが驚きながらも青年の手を振り払おうと身体に力を込めているのが分かった。
しかし、魔法少女とは言え身体能力において女子中学生の枠を大きく超えるわけではないほむらでは、単純な力比べでは青年には勝てないらしい。

「……離して」
「トーリちゃんが逃げるのを見届けた後ならね」

ほむらに言っているようで、トーリに指示を出している発言だった。
そして、トーリにはわき目も振らずに空へと逃げ出す選択肢しか残されていない。
映司に持ち上げられてバンザイのポーズをとっているほむらの腹部に飛び蹴りの一発でもぶちかまそうかという暴力的思考が、トーリに無かったわけでは無い。
だが、映司に咎められそうだという理由もあり、結局素直に逃げることにしたのであった……


「暁美ほむらちゃん……だっけ? さっきの爆発や駐車場のも、ほむらちゃんがやったの?」
「貴方には関係が無いことよ」

まるで、人見知りする野良猫を相手にしているようだ。
なんとなく、そう思ってしまう映司。
既に姿の見えなくなったトーリの飛んでいった方向にちらちらと視線を向ける辺りも、何処か猫を思わせたのかもしれない。

「……駐車場の?」
「大量の水が飛び散る、変な爆弾だよ。知らない?」
「そちらは、知らない」

暁美ほむらが何故そこに食いついたのが若干疑問で仕方が無い火野映司だが、それはさておき。

「とにかく、俺にも関係あるよ。知り合いが殺し殺されしてたら放っておけない」
「……そう。優しいのね」

心底どうでも良い、といった様子で適当な言葉を吐いているとしか思えない様子のほむら。

「優しいわけじゃない。後悔したくないから、手を伸ばすんだ」

何処かで聞いたような、そんな気がする言葉だった。
ループする時間の中で何度か耳にしたことがあるような……

――全部、自分のせいにしちまえば良いのさ。

そうだ。
あの、奔放な槍使いの魔法少女が、似たような事を言っていたはずだ。
こういうタイプは、意思というものを重要視する傾向があるため、説得するのは困難を極める。
利害の調整となれば話し易い相手かもしれないが、今は別に取引をする理由も無いのだ。

「……いい加減、離して」

何気なく、映司の拘束を受け続けているほむらは、そろそろ腕が痺れ始めていたりする。
両腕を頭上に固定された姿勢のまま両手を釣りあげられているその様は、まるでクレーンにぶら下がる景品のようだ。
というか、映司も腕が疲れて来てもおかしく無いはずの時間である。

「何で、トーリちゃんを殺そうとしてたの?」

言外に断られた。
しかも、話題がループしている。

……これぞ、『OOO(円環)の断り』である!

いや、何でもない。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十二話:XXX版に出張スレを建てる予定はありません



「あいつが、私の大切な人を危険に晒そうとした。それだけよ」
「……ほむらちゃんってもしかして、魔法少女?」

ぶら下がったままの暁美ほむらがぴくりと身体を震わせたように、映司には思われた。
映司が魔法の事を知っているのが意外だったのか、それとも魔法少女という言葉に心当たりが無かったのか。

「……誰から、魔法の事を聞いたの?」
「見滝原一帯を走り回ってるベテランの魔法少女の子から」

……間違い無くそれは、ヤツだ。
この市を縄張りにしている凄腕の魔法少女、巴マミに違いない。
だがしかし、それを何故一般人の青年が知っているのだろうか。
暁美ほむらの知る巴マミという先輩は、魔法関連の情報を一般人にぺらぺらと話してしまうような人間ではない。

「貴方、巴マミの、何?」

マミちゃんとも知り合いなのか、と感嘆して見せる映司に、ほむらは無言で返事を催促する。

「知り合い、って言っても納得しないだろうし……仲間、友達、うーん……『協力者』かなぁ」

……協力者?
確かに、巴マミが魔法少女候補を引き連れて行動する光景は、ループ時空の中でお約束とも呼べる1シーンではあった。
だがしかし、魔法少女の候補でも無い一般人を協力者に選ぶなどという事は一度たりとも無かったはずだ。
それとも、巴マミが一般人の協力を仰がなければならないほどの異変が、見滝原に起こっている?
暁美ほむらがワルプルギスの夜の到来を告知した事はあるが、まさかそれだけが原因というわけでもないだろう。

一度巴マミに会って、確認する必要が出てきたようだ。
拘束技を持っているマミは一発死亡イベントを起こしてくれる危険性が高いので、ほむらとしてはなるべく接触したくないのだが……今回ばかりは仕方無い。

「あのトーリは、巴マミの後輩として仲良くしているのかしら?」
「うん。マミちゃんって、誰かの手綱を握っていると安心するタイプなのかも」

……この青年は、どうしてここまで的確に巴マミという人間像を把握しているのか。
ほむらが前回の時間回帰を行ってからまだ十日程度しか経っていないのだから、青年と巴マミの関係も、それ以下の時間の元で進んでいるはずなのに。

「あいつを殺すのは、中断。まず、先輩としての監督責任を巴マミに追及することにするわ」
「殺しちゃダメだよ?」

釘を刺す映司に対して、背後から見ても確りと分かるように首を縦に振ったほむらは……ようやく解放されることとなる。
自由を手にした瞬間に煙のように消えてしまったほむらに驚きながら、映司は、

「そういえば、このメダルのこと、聞き忘れたな……」

とりあえず、地面に散らばったセルメダルを回収することにしたのだった。
ヤミーでも居たのだろうか……?

そして、トーリの身を心配したこともあり、映司は回収したセルメダルを抱えてクスクシエへと向かうのであった。
もっとも、トーリはおろか、マミさえもクスクシエには戻って居なかったが。

「あっ、映司君! この間は本当にありがとう!」

そして、クスクシエで会う、見知った顔。

「え? 何のことだっけ?」

多国籍料理店のアルバイターは、火野映司にどんな情報を与えてくれるのだろうか……



命からがら逃げ出したトーリは、ふらふらと力無く飛びながら、再び『あの感覚』を味わっていた。
サメのヤミーを発見した時の、金属が擦れ合うような音にも似た違和感を。

「ヤミーの気配が分かるように? でも、何で……」

思い当たる節として最も有力な候補は、アレだろう。

――君に、メダルの『器』になって欲しいんだ。

トーリが緑のメダルを身体の中に取り込んだことによって、グリードに近い性質を持ち始めているのかもしれない。
結局あの後、手持ちのクワガタ2枚とバッタのコア1枚を取り込んで、計4枚の緑のコアメダルを自身の一部としているのだ。
既に、アンクよりもグリード完全態に近い存在である。
その割に本人の体感としては何も変化が無いのが逆に怖いところではあったのだが、ついに兆しが現れたのかもしれない。

それよりも、今は重要な儲け時かもしれないので、そちらの方が重要そうである。
魔法少女を煽ってヤミーを袋叩きにして、セルメダルは丸儲けというプランが目の前に見えているのだから。
オーズは誘わないのかと言われれば、誘っても良いのだが、セルメダルを欲しない魔法少女を使った方がトーリの手元に残るメダルは多くなるのだ。
先程の暁美ほむらがサメのヤミーを瞬殺したことから考えて、トーリ以外の魔法少女なら一人居れば充分にヤミーを倒せるはずだ、とトーリは目算を立てている。
もちろん、アンクが嗅ぎつけてくるはずなので、折を見て撤退することも必要だが。

上空から病院を探しだしたトーリは、まずさやかを拾うために念話を繋げてみた。

『もしもし、さやかさん?』
『この声は……大首領かっ!?』

誰ですか、それは……?

『ヤミーを見つけたので、手を貸してほしいです』
『うーん、まぁ、良いか。恭介にも会えなかったし……』

恭介というのは、おそらくさやかの幼馴染の子だろう。
まどかから念話で聞いた話と照らし合わせて考えると、間違いなさそうだ。
それはともかく病院の屋上でさやかを拾い、ヤミーの巣の気配が発生している場所へと再び飛び立つ。

「マミさんは?」
「それが、居場所が掴めないんですよね……」

中学校に残っている訳ではないようだが、クスクシエにも居ないらしい。
実は、ほむらがトーリをリンチしている最中に一度クスクシエに戻って居たのだが、爆音を聞いて飛び出して行った映司を探して外に出てしまっていたというニアミスを犯していたりして。
そして、そのマミと出会わずに映司はクスクシエまで帰ってしまったのだから、すれ違いも良いところである。
もっとも、そんなことをトーリとさやかが知るはずもないが。


トーリは、巣があると思しき建物へと一直線に飛んで行く。
その目的物は四階建程度の大きさであり、高さよりも敷地面積の広さが目立つ研究施設のようだった。

「おおっ! なんか如何にもアジトって感じ!」
「さやかさんのプラス思考って、時々凄く羨ましいです」
「あっはっは! もっと我を褒め称えたまえーっ!」

物事を建設的に考えられる能力は、決して悪いものではない。
だがしかし世の中には、最悪に備えて最善を祈れという言葉だってあるのだ。
オリ主の臆病属性だって、たまには役に立つ……時が来るのだと、信じたいところである。
そんな、時だった。

「おっと」
「がぼっ!?」

目的地に接近して高度を下げていた二人を……突然の攻撃が襲ったのは。
真下で配水管でも破裂したのではないかという勢いの水流が、さやかに直撃したのだ。
トーリは直前で気付いて回避しようとしたのだが、間に合わずにさやかだけに、直撃である。
そして、ゲホゲホとむせ込むさやかの振動と水を吸った衣類の重さに気を取られたトーリにも、隙が生まれてしまう。

あっという間に、やけに湿った紐状の物体がトーリとさやかを纏めて縛り、地面へと引きずり落としてしまった。

「げぇっ!?」

噎せている最中に衝撃を加えられたせいで、舌を噛んで悶えているさやかをよそに、トーリは視線を走らせて拘束具の出所を探る。

……『そいつ』は、すぐに見つかった。

魚類のように鋭角な頭、所々に吸盤の着いた肌、水掻きを持った手足、そして背中からマントのように伸びる触手……それらの特徴を持つ女怪人の姿が、そこには存在した。
トーリは、失念していたのだ。
ヤミーの周囲には、自らの鵜を守るためにグリードが常駐していることがあるのだということを。
魔法少女を一人連れて来ればどうにかなるという思考自体が……既に、失策だったのである。


「オーズじゃないのね。でも、私のヤミーに手出しはさせないわ。お譲ちゃん達」

800年前に生まれたメダルの怪人にして海産物の王、メズール。
さやか達が向かっているヤミーの巣を管理している、創生者であった。

「さやかさん! とにかくこのタコ足を切ってください!」
「任せときなさ……って、あれ?」

拘束を抜けるぐらい、さやかの魔法なら楽勝だと踏んだトーリの期待は……あっけなく裏切られる。
あれれー? と、額に若干の汗を滲ませながらきょろきょろと指の辺りを見回しているさやかの様子を見れば、嫌な予感しかしない。

「探し物は、これかしら?」

メズールの、余裕満々な、声。
そして、その周囲にうねるタコ足の一つに絡め取られた……見覚えのある、指輪。
おそらく、触手に付いている吸盤を使ってさやかの指輪を剥ぎとったのだろう。

「さやかさん!? いきなり何てモノを取られてるんですか!?」
「うっさい! あたしだってミスぐらいするわよ!」

是非とも暁美ほむらさんに審議していただきたい、美樹さやかの一言であった。
さやかのために銃火器を用意したのに、その最初の相手がオクタヴィアちゃんだった時と同じぐらい、納得がいかないはずだ。

「あんたこそ、何か脱出出来る方法無いの!? その羽を使って何とかしてよ!」
「無理ですよ! この羽は飛べるだけです!」

羽ごと巻かれてしまっているために跳び上がることも出来ず、そもそも飛び上がれたとしてもタコ足を切らなければ振り切れない。

「ウィングブレードとか、超振動カッターとか搭載してないの!?」
「人を何だと思ってるんですか!?」

本当に、仲が良い二人だこと。

「貴女の欲望……なかなか、イイわねぇ」
「「……ぇ?」」

そして、ひょっとするとこの三人の中で最もマイペースなんじゃないかという疑惑のあるメズール様。
『貴女』という指示語の内容が自分かと思い、メズールの方を向いてしまうトーリとさやかの二人は、何だかんだで息も合っているのかもしれない。

「今は別のヤミーも居るけれど、気が変わっちゃった」

指輪形態のままのさやかのソウルジェムを掌の上に置いて眺めながら、メズールが不気味な笑いを洩らしていた。
その様子から自身の事を言われているのだと悟ったさやかは背筋に寒気が走って仕方が無いものの、タコ足に縛られて全く動けない。

「とにかくあたしのソウルジェム、返せ!」

流石に、そう言われて返すぐらいなら最初から奪う筈が無い、とトーリもメズールも思う。
さやかだって本当に返してくれるとは思っていないのだが……お約束というやつである。
だがしかしトーリには何となく、メズールの表情が嗜虐的に歪んだように、思えた。
そしてその勘は……この上なく、的を射ていた。

「活きの良いお譲ちゃんね。少し遊んであげるわ」

そう言いながら、メズールは粘液で湿った触手を、指輪状になっているソウルジェムの空洞に……差し込んだ。

「ひぎぃっ!?」

背中合わせに縛られているさやかが、唐突に苦しそうな声をあげた。
さやかと密着しているトーリには、その小さな声が確かに聞こえた。

「分かる? 貴女の命運は私の手の中に握られているのよ? 文字どおりに、ね」

先端が人の指程度の太さであっても、触手の根元に近づくにつれてその太さは増していく。
生物特有の艶めかしさを以て指輪の穴の中に侵入していく蛸足の様子は……どこか、捕食者の残虐性を思わせる。

「ひゃぁ、あっ……ぇ、なん、で……」

苦痛に喘ぐような、さやかの荒い息が、至近距離からトーリの耳に届いていた。
身体を震わせ、必死に拘束を抜けだそうと試みているのも分かるのだが、一向にタコ足の力が緩む気配はない。
そして、メズールは粘液の滑りに任せて、指輪を更に触手の根元へと押し込んで行く。

「さやか、さん……?」

自らの制服のスカートの裾を掴むさやかの掌には……大量の汗が、既に握られていた。
その瞳は焦点が定まっておらず、時々身体を震わせるタイミングに合わせて見開かれる眸は、メズールを睨み返す気力も無いようだった。

「ふぁ、んんっ、ひ、ぃ……」

最早、トーリの呼びかけに応じる余裕さえ無くなっているらしい。
口をぱくぱくと動かして、まるで地上に打ち上げられて酸素を求めるサカナのように身体を痙攣させているさやか。
時折足をバタつかせ、腕に力を込めて拘束から逃れようとしているようだが、その成果があがる見込みは無いようだった。

「ああっ、く、んぁっ……ら、めぇ……!」

息も絶え絶えに、耳まで真っ赤にしながら、必死に言葉にならない言葉を紡ごうとするさやかを見ていれば、トーリの危機感は嫌でも高まる。
明日は我が身かもしれないのだから。
それにしても、メズールはさやかにいったい何をしているのだろう。

――魔法少女になると、私達の魂は変質させられ、身体はただの入れ物に過ぎなくなる。

いつしかトーリが告げられた言葉が、頭に戻ってくる。
そして、目の前の怪人メズールの手の中には、侵入している触手が徐々に太くなり、もう壊れるんじゃないかという負荷をかけられている指輪状のソウルジェムの姿が。

……まさか、魂が云々という要素がソウルジェムには本当に存在しているのだろうか?

つまり、あのままさやかのソウルジェムが砕けたら、不味いことが起こるかもしれない?
具体的には……さやかが廃人になるとか。

「さやかさん!? しっかりしてください!」
「ひんっ……もう、ひゅる、ひてぇ」

段々と体力が無くなり、目を閉じて苦しそうに呻くさやかに、メズールが言葉をかける。

「今居る子達を回収したら、次はお譲ちゃんから素敵なヤミーを作ってあげるわ。それまで暫く……地獄を、楽しみなさい」

愉悦に満ちた攻撃的な嘲笑を口に含みながら、メズールはサメヤミーが集まるまでの、しばしの玩具を楽しむ。
生まれるのは果たして、絶望の調べか、それとも希望の音色か、はたまた欲望の産声か……



・今回のNG大賞

パリーンッ!

「あっ」
「えっ」
「がはっ……」

力加減を間違えたメズール様の手の中で、ソウルジェムは砕け散ってしまった!

NGがさやかちゃんの居場所になりそうな気がしないでもない。


・公開プロットシリーズNo.32
→さやかを襲った感覚が『苦痛』か『その他』かは、読者の皆様の解釈にお任せします。



[29586] 第三十三話:化物
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/28 17:36
サメのヤミーが近寄って来る。
メダルの山に変わる。
メズールがそれを呑みこむ。

その3テンポの、繰り返しだった。
外見の変化こそ無いものの、時々漏れる歓喜の声からは、力の充足が窺えた。
つまり、メズールは着々とその身体を構成するセルメダルを増やし続けているということである。

「ぜ、ぇ……んぅ、あぁ……」

そして、その間に継続的に荒い息を吐き続けているさやか。
人間ならば気絶していているべき状況なのだろうが、なまじ『癒しの祈り』を特性として選んでしまったばかりに、有り余る体力をじわじわと削られるという悪循環を生んでいる。

だがしかし、子羊が危機に陥れば、必ず現れるものなのである。

『狩人』という人種は。

厳つい銃を担いだ、帽子のよく似合う狩人が、

「待たせたわね」

傾いた夕陽を背負って、オオカミの前に立ちはだかっていた。

「この間の借りは……返させてもらうわよ」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十三話:化物

Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
クワガタ×1
バッタ×1
トラ×1



一言で言うならば、クスクシエ方面に念話を送り続けたトーリの努力が実を結んだというだけの話である。
メズールが全てのヤミーを呼び戻すよりも、彼女がトーリからの念話を聞いて駆けつける方が早かったのだ。
それはドラマチックでもなければロマンチックでもない、種も仕掛けもある登場だった。
ただ、登場がけにさやか達の周囲のタコ足を砕いてくれた辺りは、巴マミはお約束というものをよく理解しているのかもしれない。

「あら、久しぶりねぇ。銃使いのお譲ちゃん」

余裕をかましている魚貝怪人をよそに、巴マミは横目で背後のトーリとさやかを確認していた。
ぐったりしているさやかを揺さぶるトーリが大分慌てているようだが、マミの頭はそれ以上に沸騰していたかもしれない。
自分からもヤミーを作ろうと試み、可愛い後輩二人を追い込んだこのグリードを、刹那でも早くハチの巣にしたいという欲望がマミの中で渦巻いていた。

それをするために、まずはメズールの持っているさやかのソウルジェムを回収しなければ攻撃に転ずることは出来そうにない。
だがしかし、頭に血が上って初撃で二人の拘束を解いてしまったからには、後悔は先に立たない、


「セイヤァッ!!」

……という訳ではないのだ。
バッタの脚力で死角から一気に飛び込み、トラの爪で触手を切り裂いてさやかの魂を救出する、彼女の『協力者』の姿がそこにはあった。

「オーズ……っ!」

メズールが触手と水の弾丸を使って追撃をかけるも、オーズはまるで背中に目が付いているのではないかという見事な回避と防御を繰り返してメズールからの距離を取る。
巴マミを囮にしたオーズによる救出劇は、どうやら成功したらしい。

「分が悪そうだから、引くことにするわ。ヤミーも全部回収できたことだし、ね」

自身の不利を悟っているらしく、早々に撤退を宣言するメズール様。
もし、いつも彼女と共に在った灰色のグリードが一緒に居れば、また違った判断を下したかもしれない。
だがしかし……今は、その彼は居ない。

「でもその前に、オーズ。『ガメル』はどうなったか知らないかしら?」
「ガメル……? 緑色と灰色のグリードなら、倒したけど」
「……そう」

その声が、何か強い感情を押し殺したように聞こえてしまって。
まるで水に墨を溶かすように空気中に煙幕を張って逃亡するメズールを、映司は追う事が出来なかったのだった。

とっさに追い打ちの弾丸を放つ巴マミの攻撃も空を切り、そこに残ったものは、二人の新米魔法少女をグリードの魔の手から救出したという成果のみ。
マミもハラワタが煮えくり返っているとはいえ、その原因が後輩達への心配であることは理解しているため、彼女らを放置してグリードを追うという決断には至らなかったのだった……



結局、一同が誰もさやかの自宅を知らなかったため、とりあえずクスクシエのマミの部屋にさやかを寝かせ、そこでようやく一息つくことが出来た。
マミの魔法の行使によってセルメダルが増えたので、アンクに嗅ぎつけられる前に移動しなければならないと考えて、トーリが移動を急かした節もあったりして。
映司としては、トーリがほむらに襲われていた理由を聞いてみたい気もするのだが、そちらの話題はほむらがマミを含めて魔法少女の間だけで話を付けそうだったので、保留にしておいた。

……それよりも聞かなくてはならないことが、映司にはある。

「そうそう、火野さんに渡すものがあったんです」
「俺に?」

映司が口を開こうとした矢先に巴マミが話を始めてしまったため、映司はとりあえず言葉を呑みこんでおいた。

「アンクさんが、暫く自分のコアを探して旅に出るみたいで、他のコアを火野さんに渡すように頼まれました」
「……ありがとう。それは、アンクから直接?」

巴マミは、気付かない。
映司の声の調子が、少しだけ下がったことに。
だからこそ、その質問に対して肯定の返事を出してしまったのだ。
そうです、と。
それを使って思う存分戦ってください、とも。

「それで、マミちゃん。アンクは、どうしてる?」

ずっしりと重みを放つコアを、巴マミの小さな手から受け取って。
その輝きを一瞬だけ目に収めて、火野映司は質問を続ける。
そして、巴マミはその質問の意味を……『その時』まで、理解していなかった。

「だから、旅に出たんですってば」

不気味な不協和音が、クスクシエの屋根裏部屋を支配する、までは。
映司の両手に握られた、7枚の灰色コアに囲まれた1枚のライオンのメダルが、軋むような音を立てたのだ。
……巴マミの耳には、その音がまるで怪物の恐ろしい咆哮のように聞こえて、

「……っ!」
「映司さん……?」

背筋が凍りついた。
頼りない後輩も、何か雰囲気がおかしいという事にだけは気付いているようだ。
マミ自身はこの青年の事を『火野さん』と呼ぶのに対し、トーリは『映司さん』と呼ぶのだという、どうでも良い発見に現実逃避の先を傾けてしまう。

「もう一度聞くよ。アンクを『どうした』の?」

トーリには、未だに質問の意味が分かっていなかった。
映司とマミの様子がおかしいということには何となく気付いている、という程度で。
ただ、巴マミが自分のスカートの裾を握りしめてい動作が……酷く目についた。
昼間に美樹さやかが行っていた動作と同じものの筈なのに、今のマミの様子を見ていると逃げ出したい衝動に駆られるのは、何故だろう。

「……?」
「な、何を言っているんですか? 火野さん」

巴マミの顔色は……真っ青に、なっていた。
火野映司は、その反応が手に取るように分かってしまう自分自身の対人能力を少しだけ呪いながらも、言葉を継ぐ。

「泉刑事には、たった一人だけ、妹が居るんだ」

映司の言葉は、少しだけ、震えていた。

「名前は泉比奈……このクスクシエでアルバイトをしている、大学生だよ」

悲しんでいるのだろうかと、トーリには思えた。
怒っているにちがいないと、マミは思ってしまった。

「比奈ちゃん経由で、刑事さんのことを聞いたんだ。『魔法』みたいに治った、ってね」

ベッドに寝かされた美樹さやかの寝息は……穏やかなまま。
確かに、巴マミは美樹さやかに口止めを命じ、さやかもその指示に反してはいなかった。
泉信吾刑事にもその口止めは正しく伝わっていたのだ。
ところが、親愛なるお兄ちゃんが復活したことでテンションがクライマックスジャンプしてしまった泉比奈が、色々と言いふらしてしまったというわけである。
そして、思わずさやかに目を走らせてしまった巴マミの素直な反応を、映司は目ざとく確認していた。

「刑事さんは、中学生ぐらいの女の子に助けられて、その子は『腕怪人は倒した』って言ってたんだ、って」
「そんな……!」

それも比奈ちゃんから聞いたんだ……とまで、映司は言わなかった。
冷静に言う事が出来ないと、思ったから。
そして、上ずった声を上げる、少女ヤミー。

「マミさんっ! 嘘ですよね? 嘘だって言って下さいよ、ねえ!」

動揺を隠すこともせずに、トーリは巴マミに詰め寄った。
トーリにとって、アンクはグリードの復活方法を知るただ一人の存在だったのだ。
つまり、彼無くしてトーリの創生者であるウヴァの復活は有り得ないわけで……焦るのも無理はない。

「……何よ」

何も言わなくなった映司の静かな圧力と、縋りつくようなトーリの視線に耐えかねて、巴マミがようやく口を開く。

「アンクはグリードでしょう? 人間からヤミーを生む危険な生き物なら、倒したって良いじゃない! 何で私が悪者みたいに言われなくちゃいけないのよ!」
「けど、アンクさんはまだ不完全で、ヤミーだって作れないって……!」

必死に食い下がる後輩の姿が、こんなにも腹に据えかねるのは、何故だろう。
まるで……アンクを庇おうとした女の子を、相手にしている時のようだった。

「一緒よ! トーリさんだって、メダルの管理を押しつけられて迷惑していたでしょう? 火野さんだって、アイスの代金をたかられて、メダル集めまでやらされて、仲が良い刑事さんを人質に取られて、アンクを邪魔だって思ってたんじゃないの!?」

隙間だらけの扉から外に漏れる程の声で、巴マミが叫ぶ。
彼女は、分からなかった。
自分が、言いようの無い恐怖感に襲われている理由が。
一般人である泉刑事の命を助けて、怪人であるアンクを倒した……はずなのに。

「……アンクは、確かに酷い奴だったよ」

火野映司が、抑えた声で淡々と言葉を返して来る。

「アイスは盗むし、平気で人を見殺しにしようとしたこともあった」

ゆっくりとした喋り口のはずなのに、トーリもマミも、口を挟めない。

「それでも、実際にそれをやったことは無いんだ。俺が止めてたから。俺の手で止められてるうちは、あいつには殺される理由なんて何もないんだよ」

アンクがアイスを盗んだ時は、映司が代金を立て替えて、売買契約を成立させていた。
人の命よりメダルを優先しようとした時だって、映司が命を張ってそれを否定した。

「火野さんがそんなグリード一体に構ってるぐらいなら、アンクをとっとと倒して、もっと多くの困ってる人を助ければ良いでしょう!」
「マミちゃんの考えが間違ってるなんて、俺には言えない。でも、俺は顔も知らない誰かよりも、俺の手の届く誰かを助けたかった。それが性格の悪いアンクでも、さ」

単なる主義主張の違いだ。
火野映司は巴マミの叫びを正当な怒りだと認めている。
それなのに、何故だろう。
今の火野さんを見ていると、こんなにも胸が痛むのは。

「だから、刑事さんを助けてくれたのは、ありがとう。コアメダルを届けてくれたことも感謝してる」
「それなら……」
「でも」

だからだろうか。
一瞬だけでも、映司がマミを認めてくれる発言をしたことが、こんなにも嬉しかったのは。

「……悪いけど、もう俺には、話しかけないでくれ」

そして、明確な拒絶の言葉が、こんなにも頭の奥深くを叩くのは。

彼の背中は……いつもよりもずっと、小さい。
大して速くもない動作で部屋を後にする映司の動作が、まるで一瞬の事のように、巴マミには感じられた。

気の弱い後輩は、
一度扉の先を見て、
次にマミの顔を見て、
もう一度扉の方を見て、
やっぱりマミの側を見て、

「映司さん……っ!」

外へと飛び出して行ってしまった。
巴マミを、置き去りにして。

その足音は何時もよりも少しだけ、大きく思えた。



「ハハ……」

誰も聞いていない部屋で、誰に聞かせるはずでもない自嘲が、自然と漏れる。

――ちょっと、ね。あいつの身も心配だし

そんな事は、分かっていたはずだった。

――アンクさん……無事だと良いですね

アンクが死んだら、悲しむ人が居ることぐらい。
マミは結局、お調子者の美樹さやかに対して頼れる先輩としてのアピールがしたかっただけだったのだ、と今更ながら気付く。
だが今の状況を見たら、自分の味方は美樹さんだけだ、なんて楽観視はとても出来そうでは無かった。
さやかだって、アンクが死んで悲しんでいる人が居ることを知れば、巴マミはおろか美樹さやか自身のことさえ信じられなくなるかもしれない。

「魂が入って無いから、かなぁ」

手の中のソウルジェムに溜まったほんの少しの濁りが、自分の本性のような気がしてしまって。
マミは、今夜だけは絶対に鏡を見たくない、と思った。

――私の正体が人間じゃない化物だと知ったら、トーリさんはどうすると思う?

自分はもしかするとその像を、化物として撃ってしまうかもしれないから。

――私は、逃げますよ。そして、マミさんが私の事を忘れてくれるまで

ひょっとすると、逃げるように出て行った後輩の目には……マミの姿が化物に見えたのかもしれない。


「どうせなら、『これ』も火野さんに渡してしまえば良かった」

マミの手の中に残った、もう一つの鍵。
アンクの命を奪った証の、タカのコアメダルだった。
その重さは、ソウルジェムと同じぐらいにずっしりと、巴マミの手に圧し掛かってくる。
むしろ、自分のソウルジェムには、タカメダルほどの重さがあるのだろうか?
魔法少女には、分からない。


「せめて、罵ってくれれば、良かったのに」

アンクの逝去を知った映司が悲しんでいるということだけは、マミは痛いほど分かってしまっていた。
マミに対して恨みの一つぐらいは抱いていた方が自然だ、とマミは思う。
それなのに、巴マミは火野映司との関係を絶たれるというだけの結果に甘んじている。


疲れ果てて何も考えずに眠る美樹さやかの寝顔が、少しだけ羨ましく感じられた……



・今回のNG大賞
地面の下を泳ぐ謎のサメの大軍の出所を追っていた暁美ほむらが、辿り着いた巣で見たものは……

「これは……なんて凄い爆弾なの……!」

駐車場の爆破に使われた爆弾の説明書だった。
作業用デスクの上に無造作に置かれた設計図を読みこみ、思わずニヤリとするほむらさんの姿が、そこにはあったという。

尚、その直後に匿名の一般市民からの通報で爆弾魔が逮捕された事は、全くの余談である。

・公開プロットシリーズNo.33
→非暴力は時に、どんな暴力的な罰よりも重い。



[29586] 第三十四話:カンドロイドは電気鰻の夢を見るか?
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/28 17:59
「ごめんね、居心地悪い思いさせちゃって」

夜風に当たって少しだけ声の調子を普段のものに戻しながら、火野映司が口にしたのは……謝罪の言葉だった。
映司がトーリの少し前を歩き、トーリからはその表情は見えない。

「いいえ、私こそ、全然気づきませんでした。マミさん達が、そんなことをしていたなんて……」

アンクが、居ない。
もう、映司がメダルを雑に扱っても、咎めるグリードは居ない。
トーリのセルメダルが増えた時に気付いて始末しに来る追手も、居ない。
そのはず、なのに。

「気付かなかったのは、俺だって一緒さ。比奈ちゃんに教えてもらってようやく、だよ」
「マミさんは、どうして私には何も言わずに、さやかさんと二人でやったんでしょう……」

やっぱり信用されてないんですかねぇ、なんて平坦な声を出しながらも、トーリも何処か落ち込んでいるのが見て取れた。
でも、たったそれだけのことでも、アンクが死んだことを悔やんでくれる人が居てくれるんだという事を、映司はアンクに伝えてやりたかった。
映司がトーリの打算的な思考をもし知っていたとしても、やはりその気持ちを抱いていたのではないだろうか。

「マミちゃんも、口ではああ言ってたけど、やっぱり何処かでは罪悪感はあったんだろうね」
「罪悪感……罪、ですか」

グリードを殺したら、罪になるんでしょうか。
アンクが聞いたら鼻で笑いそうだ、とトーリは思う。
きっといつもみたいに『面倒だ』とか『俺に聞くな』とか、どうでも良さそうな返事を吐いてきそうだ。
そんな適当な声を聞くことも……もう、無い。

「罪っていうのは、自分自身が裁くこともあるけど、他人から裁かれることの方も多い。特に、近くに居る人から裁かれるのは、凄く効くし、辛い」

だからこそ、火野映司という男は、巴マミに怒りをぶつけなかった。
自分と彼女の距離とでも呼ぶべきものが、どれだけ短いものであるかを、薄々と気づいていたからだ。
火野映司という男が糾弾することによって、巴マミがどれだけ精神的に傷付くのかということを、予測してしまったのである。
映司とてアンクの死がショックではあったものの、それを理由に他人を傷付けるのは躊躇う程度の理性は残っていたようだ。
なんだかんだで、アンクが人間社会の中で悪人の部類に入る存在であることは、間違いが無いのだから。

「……それって、私とさやかさんのどっちがマミさんの近くに居るってことなんですか? よく分かりませんでした」

さやかは距離が近いから、さやかから裁かれないために共犯者に選んだ?
それとも、トーリとの距離が近いから、トーリに犯行を知られたくなかった?

「そういう時は、自分に都合が良いように受け取って良いんだよ」

トーリにとってその二択は、どちらの方が都合が良いのか。
どちらも一長一短に思える。

「説教臭くなっちゃったけど、俺だって人の事は言えないんだ」

映司が見上げた空の先には……星空は、無い。
街の明かりのせいで、月以外の星なんて、数えるほどの数しかない。

「俺だって、グリードやヤミーを倒してる。俺はその時に守りたいものを守るために邪魔だから倒すけど、マミちゃんだってそれはきっと変わらない」

確かに、人を守りたいという気持ちは、文面にしてしまえば同じものなのかもしれない。
だが、トーリはなんだか、キュゥべえの笑顔のようなちぐはぐな印象を受けていた。
笑っていないのに笑っている、笑っているのに笑っていない、みたいな。

「ただ、マミちゃんの守りたい対象にアンクが入って無くて、アンクには俺の手が届かなかった。それだけの事なんだ」

何となく、トーリは思う。
この人は、メダル関連の問題を解決するまでは、きっとこの町を離れない。
でも、もしその問題を解決しきってしまったら、もうそこには彼の姿は無いのだろう。
何処か知らない街で、知らない人たちに囲まれて、公園にテントを張ってその日暮らしを続けるんじゃないか、と。

……だからどうした、というわけじゃないですけど。

そもそも、メダル関連の問題を全て片づけると言う事は、ヤミーであるトーリはその時にはセルメダルの山になっている訳で、トーリの預かり知ることでは無いのだ。

「あれ? 何かを忘れているような……?」

昼間に暁美ほむらに強襲されたという事実を巴マミに上告するタイミングを完全に逃した、ような。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十四話:カンドロイドは電気鰻の夢を見るか?



「未確認生命体ですか。興味深い検体ですね」

薄暗い地下室の中で、丸眼鏡をかけた背の高い青年が、通信用ディスプレイに『向かわず』にテレビ電話を活用していた。
彼が視線を向ける先に居るのは、画面に映し出された恰幅の良い男性ではなく、青年自身の左腕の上に載せられた可愛らしい人形である。
カツラを配置することを期待されているであろう光沢のある頭部に、何処を見ているのか分からない虚ろな瞳、そしてその身を包む無機質な白衣が、その人形の魅力を最大限に引き出していた。

……通称、『キヨちゃん』である。

このクロスオーバー作品において、マスコットの座を争ってキュゥべえと戦えるだけのポテンシャルを持った、唯一の対抗馬と言っても良い。
ちなみに、大穴は掌アンクである。
ともかく、町中ですれ違った人が思わず振り返って自分の目を疑う確率に関して言うならば、キヨちゃんが確実に他二名を上回ることは間違いない。

『君もそう思うかね!? ドクター真木ッ!』

通信相手は、お馴染みの暑苦しい会長こと、鴻上光生氏である。
そして、人形を左腕の上に載せた青年の名は、真木清人。
鴻上財団の誇るメダルシステムの開発主任にして、稀代の天才と呼ばれなかった男だ。
もちろん、メダルシステムの汎用性と知名度的な面から考えれば、彼の名前が広まらなかったのも無理は無いのだが。

「『完成された人間』の一つの形とさえ言えるでしょう。使ってもかまいませんか?」
『普段から言っている! 好きにしたまえッ!』

人間は、その生涯を終えて初めて『完成』する。
それが、真木清人博士の行動原理にして、目的。
そして、彼女たちは一つの意味においては『完成』している存在だ。
人間の、ヒトとしての生を終えて魔法少女という生命体になったという意味においては。

「さて、誰を使いましょうか」

真木は、『使う』という言葉を、文字どおりの意味で用いていた。
すなわち、彼にとって魔法少女とは、使い捨てにするには調達の難しい実験動物という程度の存在なのだ。

鴻上会長との通信を切り、画面はいくつもの動画ファイルを分割したものへと切り替わる。
ただでさえ、この頃は開発日程を急かされて寝不足気味だったというのに、これ以上あの会長のテンションには付き合っていられないのだ。
もし今以上に疲れたら、世界を良き終わりへと導く前に真木自身が病院へと導かれてしまう。
心なしか、癒しの源泉であるキヨちゃんの目の下にもクマが出来ているような気がするのだから、不思議なものである。
近いうちに、ショッカー洗剤を使ってじっくり汚れを落とした方が良いのかもしれない。

そんな思考をそこそこに打ち切り、真木博士はパソコンの画面に目を落とす。
4分割されたディスプレイに映るそれぞれの魔法少女たちは、それぞれが人間では有り得ない能力を有しているが……捕獲するとしたら誰が適当か?
戦闘能力だけを見るならば、3号の蝙蝠女を捕まえるのが最も手間がかからない。
だがしかし、奴は本当に魔法少女なのだろうか?
バッタカンドロイドによる情報収集によれば、彼女は猫科グリードによってその正体をヤミーだと看破されている。
魔法少女の検体としては相応しく無い可能性が非常に高いだろう。

加えて、鴻上会長との契約の穴を突いてオーズ組のセルメダルを一手に預かるトーリは他のメンバーと会う頻度も高いため、拉致すると簡単にその事実が発覚する。
オーズ達がトーリの救出に動くとなれば、実験の時間的制約が大きくなりそうだ。
彼らに悪感情を抱かれるのはあまり問題ではないが、実験の邪魔をされるのはいただけない。

「『彼女』に……完成してもらうのが良いかもしれません。『魔法少女』としても」

真木伸一郎博士の視線の先に居るのは……相変わらず、人形のキヨちゃんである。
そして、彼が検体として選んだその魔法少女とは……



『言い忘れていたよッ! ドクター真ァ木ィッ!』

流石に、シリアスモードに入っている時に邪魔に入られると、軽く『イラッ☆』と来ることだって、あるのだ。
マッドサイエンティストといえど、人間だもの。
勝手に研究用モニタへとアクセスするのは止めて頂きたいものである。
まぁ、流石の真木といえども多少出資者の機嫌を取る気が無いとは言えないが。

『君の働きに感謝を込めて、プレゼントと新作のケーキを鋭意準備中だよッ! ハッピー……』

ブツン、と何かが切れた音が、薄暗い研究室に響き渡った。
もちろん、真木博士がディスプレイのコードを抜いて強制終了させた、音である。
おそらく、彼の堪忍袋の緒や米神付近の静脈が切れた音では……無い、はずだ。




「……くしゅん」
「暁美さん、風邪ですか?」
「うーん……『風邪が噴く町、見滝原』! 何か、良いキャッチフレーズな気がしない?」
「さやかちゃんの言ってる事、全く理解できないよ……」

くしゃみを漏らしてしまった暁美ほむらさんに最初に心配そうな声をかけたのが、何故か一番縁の遠そうな志筑仁美だったりする。
まぁ、他の二人とて心配してはいるはずだが。
さやかは兎も角として、まどかは絶対に心配しているはずだ、と暁美ほむらは確信している。

「まぁ、転校生の噂をしてるオトコなんて、いくらでも居るさ」
「ほむらちゃん、美人さんだもんねぇ」

美樹さやかに言われればまるで流水の如き戦士のように受け流せるのに、まどかから言われると凄まじき戦士のように自信が湧いてくるものだから、現金なものである。
いつものファミレスに居座って適当な間食を取りながらの『休憩中』の一時がほむらに与える癒しの効果を、実感する瞬間でもあった。
あのパンツマンには、蝙蝠女の処理を邪魔されたことこそあっても、少しだけは感謝しても良いような気がしてくる。
こんなどうでも良い日常こそが……暁美ほむらが求めていたものなのかも、しれない。
ファミレスに居座って、世間話をして、色恋話をからかって、新商品の不味いドリンクに皆で顔をしかめて……

「なんたって、『オカズにしてる女子ランキング』の学年トップを仁美と争う女だし!」
「「ぶふぅっ!?」」
「ど、どうしたの!? 二人とも!?」

不意打ち過ぎた。
おかげで、新商品の不味いドリンクが食道を超えて大洪水を起こしてしまった。
というか、そんなセクハラ紛いのランク付けが、公然の秘密として為されていたというのか。
気管に飲料を詰まらせて涙目になっている二人にハンカチや備え付けのお絞りを渡している鹿目まどかの順位は、一体どの辺りなのだろうか?
あと、噎せ込んでいる二人の姿に携帯電話のカメラを向けている美樹さやかは、そろそろその命を神に返しなさい。

ドリンクバーの端で汲んで来たお冷を飲ませて、二人の沸点の鎮静化を甲斐甲斐しく図っているまどかが、

「ところで、さやかちゃん。オカズってどういう意味?」
「「ふごっ!?」」

駐車場爆破事件並みの水爆弾を、追い打ちで投下した。
主に、暁美ほむらと志筑仁美の鼻腔内部に。
変に堪えてしまったために、二人とも鼻からお冷を噴出しているというクリティカルヒットである。

「えっ? 私、変なコト聞いた……?」
「ひっひっふー!! まどかはお子様だなぁ!」

きょろきょろと周囲の様子を窺って、自分が何か失言を吐いたということをまどかは何となく理解し始めた様子。
そして、鼻から水を垂らしている二人と困っているまどかを余所に、腹を抱えて笑っている美樹さやか。
その顔に上条恭介のバイオリンによるメタルブランディングをかましてやりたいと思った仁美とほむらは、きっと自分の罪を数える必要はない筈だ。

「キミに、とっておきの最新情報を公開しよぉう! 男っていう生き物は定期的に謎の白い液体を生産するんだけど、その時に」
「まどかああああっ! そいつの言葉に耳を貸しちゃらめええええっ!!!」

ニヤリ顔で神秘の滴の話を始めようとしたさやかに仁美が無言で全力の腹パンを加え、ほむらは曲げられるタイプのストローを掌でさやかの両鼻孔にぶち込んでいた。
身体をくの字に折り曲げた直後に、頭の運動と逆方向ベクトルのカウンターが見事に決まったのだ。
アイコンタクトも無しに行われた鮮やか過ぎるコンビネーション攻撃に、まどかは思わず背筋が寒くなる。

「くぁwせdrftぎゅひjこlp;@:!!?」

声にならない絶叫を上げてファミレスの床を転げ回る美樹さやかを見下ろす二人の目は、古代民族がリントに向けるものによく似ていた、ような。
最高のパートナーに出会って奇跡を起こしたような顔をしながら握手をしている二人が、まどかからはどこか遠い人のように思えたのだった。

「もしかして、私が変なコト聞いたから……?」
「鹿目さんは優し過ぎますわ」
「もし貴女を責める人が居たら、私が許さない」

この扱いの差である。
地を這いつくばるさやかに向けた顔と同じ人間とは思えないトモダチな表情を一瞬で作って向けてくる二人に、鹿目まどかはただ戦慄するばかりだ。

「まどかぁ……アンタは良いよなぁ……あたしなんてどうせ……」

もしかして自分は嫌われているんじゃないか、という考えはいけない事項を脳内に保留にしつつ、さやかは鼻からストローを抜いて溢れ出る鼻血への対処を考え始めたのだった……



最近会えないんだよなぁ、なんてボヤキながら病院の方へと一人で向かったさやかを始めとして、残された3人もそれぞれの帰路に分かれる。
お互いの姿も見えなくなって、『休憩中』な自分はこれから何をしようかと暁美ほむらは考えを巡らせる。
一人で歩いていると少しだけ寂しさを感じる反面、どこか羽を伸ばせる気楽さがあるのだから、不思議なものである。
そんな、時だった。

「……!」

猫科を思わせるタテガミを持った、機械仕掛けの獣がほむらに襲い掛かって来たのは。
ほむらがほんのコンマ数秒前まで歩いていた場所に、『そいつ』は飛び込んできたのだ。
今回は誰かに庇われることも無く自らの身を危険の第一波から守ることに成功した暁美ほむらだったが、行動方針が定まらない。
というか、相手の正体が分からないのだ。

黄色を基本として白と黒に彩られたそのロボットには、前部の脚の代わりに円筒のような形の車輪が付いており、申し訳程度に前輪から前足らしきものが生えている。
後部も一見すると円筒が付いているようだが、よく見ると独立した3つの車輪が並列に配置されているのが分かった。
全長は2メートル半といったところで、タテガミの後ろに操縦席らしきものが見えるくせに、搭乗者は居ないという不思議な兵器である。
身体の所々から放たれる冷却用水の慣れ果てと思しき水蒸気が、その獣が天然のものでないことをアピールしていた。

咆哮を上げて威嚇してくるトラロボットを……とりあえずほむらは破壊することにした。
事情はよく分からないが、どう考えてもコイツは危険である。
こっそりと盾を取り出し、内蔵された砂時計を傾けて時間を止める。
手早くマシンガンの弾丸を適当に撒き、再度時間の運航を自然に任せた。
かなりの体重を持っているであろうロボットが、まるでワイヤーアクションのように後方へと吹き飛び、近くにあったブロック塀を砕いてその瓦礫に埋まる。

だがしかし、これで終わる筈が無かった。


「……っ!?」

トラロボットの正体を見極めるために近づこうとした暁美ほむらは……盛大にずっこけた。
踏み出そうとした足が、ほむらの意に反して、動かなかったからだ。
異常を感じて視線を落とすと、青を基調としたタコのような軟体ロボットが何体もほむらの両足にいつの間にか絡み付いて動きを封じているという、意味不明な光景が。
一匹ずつのサイズはそれほど大きく無いが、そこは数で補う方針らしい。
これだけ密着されていては、時間停止も使えない。

そして、何処に隠れていたのか、足が止まったほむらの全身に数えきれないほどのヘビのロボットが巻き付き、その身の自由を封じる。
一体辺りの大きさはやはり人の腕程度なのだが、見る者に恐怖を与えるには充分過ぎた。
水棲生物特有の湿り気こそ放っていないものの、ほむらを拘束するしなやかな動きは、どこか嫌悪感を与えてくる。

「くっ、このっ……!」

必死でもがく暁美ほむらの抵抗に対して返って来た答えは……

「がっ……?」

身体中に巻き付いた蛇から発せられる、電流攻撃だった。
どうやら、ナガモノのモチーフは蛇ではなく電気ウナギだったらしい。
そんなどうでも良い新情報を薄れ行く意識の中で確認しながら、暁美ほむらの視界に最後に入ったものは、

「そん、な……」

瓦礫の山の中から這い出てくる、機能を全く失っているように見えない、巨大トラロボットの姿だった……



・今回のNG大賞
「なんたって、『オカズにしてる女子ランキング』の学年一位を仁美と争う女だし!」
「さぁ、美樹さんの得票数を数えてください」
「仁美ちゃん、そんなコト聞くなんてあんまりだよ!? そんなの絶対……ウィヒヒww」

「あんたの反応の方があんまりだよっ!! ちくしょぉ……あたしより沢山票貰ってるからっていい気になっちゃってさぁ……」
「美樹さやか……! 鹿目まどかに投票した人間を教えなさい……っ!」
「ほむらちゃんもそれを聞いてどうするつもりなの!?」

ザ☆ガールズトーク。


・公開プロットシリーズNo.34
→魔法少女まどか☆真木か! 始まります!

・人物図鑑
 マキキヨト
 財団の会長の手下。その役割は発明。世界の終焉を望み、物事が終わりを迎えるという事に対し至上の喜びを覚える。生誕と再生を祝福する会長の部下である手前、発明は続けるが、その目的はただ相反するのみ。人形は本体では無いので、そこを突いても直接彼を倒すことには繋がらない。



[29586] 第三十五話:Individual-System――悪意
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/02 02:18
暁美ほむらが可愛いカンドロイドたちとの触れ合いを楽しんでいる、ちょうどその頃。

上条恭介に会うために病院へと足を運んださやかだったが……

「なにコレ……」

門前払い以前の段階で病院に入れないという、この世の不条理に直面していた。
病院前に謎の人だかりが出来ており、入口まで辿り着くことが出来ないのだ。
付近にスタンバイしていたマスコミの話を盗み聞きしたところ、どうやら、この病院に勤務する女医さんが難易度ザギバスな手術を成功させたために、報道関係者とヤジ馬と入院希望者で溢れかえっているということらしい。

「ふっ……恋する乙女のパワーを甘く見るなっ!」

恋する乙女もとい魔法少女の身体強化能力をこれ以上無いぐらい私用しながら、人込みをかき分けて、砕氷船さやか号は前進に命を賭ける。
マミさんに見つかったらどうしようだとか、そんな細かいことは考えないのが美樹さやかの良いところである。
しかし、

「再診の方のみお入り頂けます」

門まで行ったら行ったで、門前払いだったりして。
これだけ混雑していたら仕方が無いことなのだが。
がっくりと肩を落として溜め息を吐くさやかは、まるでブランコが人生の相棒な未定年退職者のような顔をしていた、ような。

だが、この世の終わりのような落ち込み方をしているさやかを……神は見捨てなかった。
見覚えのある知り合いが病院の人込みの外で息を切らしているのを、目ざとく発見したのだから。

「奇跡も魔法も、あるんだよッ!」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十五話:Individual-System――悪意

Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
クワガタ×1
バッタ×1
トラ×1
サイ×3
ゴリラ×2
ゾウ×2



「おい、まどか」
「アンクちゃん。どうしたの?」

友人三人と分かれた、直後だった。
鹿目まどかのカバンの底に潜む掌怪人が、声をかけて来たのは。

「仁美ちゃん達の前では静かにしててくれたんだね! えらいぞぉー!」
「……騒がれたら面倒だからな」

掌だけになっているアンクの手の甲とでも呼ぶべき部分を撫でて、まるで飼い主のような言い方をするまどかに、アンクは心底呆れた声で答える。
おそらく映司にやられたら怒り狂うだろうが、この能天気そうな子供にやられると、どうでも良いと思ってしまう辺りが不思議だ。

「ヤミーが居る」
「えっ!?」

思わずアンクを握りしめながら、まどかは思わずきょろきょろと周囲を見回してしまう。
ヤミーというのは人の欲望を元に生まれた怪人である、という情報を、まどかはアンクから聞いたことがあった。
そして、しばしば人間を襲ってその目的を達成するという事も。

「どうしよう、アンクちゃん……」
「青いガキに倒させれば良いだろ」

アンクとしては、正直に言ってその一択である。
欲を言えば、ヤミーと戦い過ぎて死ぬか魔女化して頂きたいとさえ思って居たりして。
その後に安心して地面に散らばったセルメダルを独り占め出来れば、完璧すぎる。
そうすれば、また映司と手を組んで戦うための不安要素も無くなるという理由も、あったりする。

「でも、ヤミーが居るのをどうやって調べたの? って聞かれたら困っちゃうよ」
「とりあえず、発見するだけして来い。その後で青いガキに教えて、偶然見つけたって言い張れ」

さやかがアンクを殺そうとしたことを、アンクはまどかに伝えていない。
何だか、さやかと話し合う事を求められそうだったからである。

……まったく、放っておけばいいのによ。

アンクは、思う。
メダルが欲しいアンクの事情はともかく、鹿目まどかや火野映司はヤミーを倒しても物的な得をすることは無いのだ。
ヤミーを倒してその周りの人間を助けても、所詮は他人事なんじゃないか、と。
だが、そんな人間も居ても良いんじゃないか、とも思い始めてしまっている……のかもしれない。



「神様仏様まどか様ァッ! あたしにお情けをかけてくださいっ!」

そして、アンクの指示通りの場所に来てみれば、KONOZAMAである。
先ほど分かれた筈の友人に詰め寄られ、あろうことか土下座された。

「さやかちゃん!? 頭を上げてよ!? 衆目の下で何やってるの!?」

訳が分からない。
まどかとしては、さやかが少しだけおバカな部分を持っていることは認知していたが、何だか最近拍車がかかっているような気がしないでもない。
まさか、先程の腹パンと鼻ストローが原因だろうか?
もし頭の治療のためにこの病院へ来ているのならば、友達として全力を尽くしてやらなければなるまい。

「病院が混雑しちゃって、再診の患者しか入れないのよ」
「た、大変だね……」

おもむろに立ち上がった美樹さやかの真摯な表情に、まどかは得体の知れない恐怖感を抱いていた。
尚、アンクはどこかに隠れてしまったらしく、役に立たない。
それで、さやかは鹿目まどかに対して一体何を期待しているというのか?

「まどか。あんた、ここに入院したことあったよね?」

確かに、ほむらを庇って頭にジュースの缶が直撃した時に、この病院にお世話になったことはある。
そして、まどかの両肩をがっちりと掴んでホールドしている美樹さやかから逃げるのは……多分無理だろう。
諦めの境地に達したまどかは、為されるがままに美樹さやかにエスコートされ、病院という舞台へと足を踏み入れた。
踏み入れて、しまった。



一方、同じ発想から病院に潜入したグループが、もう一組居たりして。

「浮かない顔をしているな」
「そうかも、しれません」

包帯男になって車椅子に座っている男、後藤慎太郎。
そして、車椅子を押して付添人のフリをしているもう一人……火野映司だった。

「あのグリードのことか?」

後藤は、魔法少女を見張っていた部下から、事の経緯を聞いている。
その日の後藤の監視担当はB3号ことトーリだったために直接現場を見た訳ではないものの、美樹さやかと巴マミがアンクを倒したという事だけは知っているのだ。
オーズである火野映司がヤミーの発生を感知できないとなれば、セルメダルが欲しい鴻上財団としては一大事である。
従って、財団の配下の者が派遣されるのは必然と言えた。

「アンクは、出来ることなら助けたかった……ですかね」

火野映司は、どんな顔をしているのか。
包帯が邪魔をして首の回らない後藤からは、その表情は読めない。

「あんな悪人、何故庇う?」

後藤は、アンクをただの怪人だとしか思っていなかった。
正直に言って、アンクが消えたお陰でオーズとしてコアメダルを使い放題になった今の映司の状態は、奴の理想形であるとさえ思えるのだ。
それなのに、この男は……何故、こんなにも湿った声を出しているのか。

「確かに、悪人だと思ったら倒すのは仕方ないかもしれないです。でも俺は、アンクは倒さなくても何とか一緒に生きていけるぐらいの奴だと思ってたんです」
「……グリードを倒しても悲しむ奴が居るって言うなら、お前はどうして平気でグリードやヤミーと戦えるんだ?」

車椅子を押す手の力がほんの少しだけ強まった。
それなのに、車輪が回る速度は、落ちたような。

「平気じゃ、ないですよ」

そんな、気がした。

「この間もガメルっていうグリードを倒したけど、青いグリードはそのことを悲しんでて、何となくそれが分かって……平気なわけ、ないです」

他人の思いを踏み躙るのは辛いし、恨まれるのも同じだ。
……だが、そう思えるからこそ、この男は自身の手を伸ばそうと身を張るのだろう。
後藤は何となく、この男の事が分かって来たように思えた。
そして、自分自身の事も。

「火野、俺はお前の事を、いい加減でオーズに相応しく無い奴だと思っていた」

その失礼な告白は、しかし過去形だった。

「俺の夢は世界を守ることだ。だから、目先のモノしか見ないお前を取るに足らない奴だと思って、出来ることなら俺が代わりにオーズになってやりたい、ってな」
「俺は、良いですよ。後藤さんがオーズでも」

自分には無い力を持つ映司を妬み、自分がオーズに成り代わる夢を見たのも一度や二度ではない。
今だって、その気持ちは続いている。
……それでも。

「……だが、最近少し考えが変わってな。一見仕様も無い奴ほど、そいつを心配している人間は心根が優しかったりするんだ」
「俺は、優しいわけじゃ……」
「お前じゃない」
「……ハイ」

――何だかそれって、凄く格好良いな、って思って……

傍から見ればストーカーでしかないはずの後藤を、信じてくれた子供が居た。
そして、生意気で目先の事しか見えない未確認生命体を、その子は心の底から心配している。

「そう考え始めると、俺の守ろうとしている世界よりも、お前が手を伸ばそうとしている世界の方が……多分、広いんだ」
「……買い被り過ぎですよ。俺の手は結局、アンクにさえ届かなかったんですから」

それでもまた、手を伸ばすんだろう?
そう、後藤は口に出して聞くことをしなかった。
火野映司という男を後藤がよく知っているというより、肯定の返事が返ってくるに決まっているという後藤自身の願望が、そこにはあったのかもしれない。

「だから、今決めた。もし俺がオーズになるとしたら、それはお前が手も足も伸ばせなくなった時だけだ……ってな」
「責任重大、ですね」

早く死ねってことですか、などと彼らしくも無い冗談をかます火野映司は……それでもなんだか少しだけ明るくなったように、思われた。
後藤は、悲しんでいる火野映司に自分が同情しているだけなのかもしれない、とも考える。
だがしかし、それで良いのだという気もしてくるのだ。

自分が守る世界より、きっとこの男が守る世界の方が、笑っている人間の数は多いだろうから。


二人の会話が一段落ついた頃合いを見計らっていた訳ではないだろうが、後藤が放っておいたカンドロイドが、手元へと戻ってくる。
先日完成した代物で、敵を拘束する用途に使えるほか、範囲は然程広くないがヤミーを感知する能力を備えている優れものの『ウナギカンドロイド』が。

「うおおおっ!? ヘビ!? 俺、ヘビ苦手なんです!」

新しいカンドロイドに驚いて仰け反り、後藤の車椅子をひっくり返してしまう映司。
その車椅子に座っていた後藤がどうなったかは……押して測るべし。

「こんなオーズで大丈夫か……」

大丈夫だ、問題無い。
というか、仮面ライダーやプリキュアの放映時間中にあのゲームのCMが流れていたという事は、視聴層とそのゲームの購買層が一致していると思われているのだろうか?
謎は、深まるばかりである。

そして、口では聞こえの良いことを言いながらも未練たらたらなぐらいが、むしろ後藤慎太郎らしいのかもしれない……



映司が駆けつけた時、まさに事は起ころうとしていた。
天才女医として一躍話題となっている田村医師が、院長と思しき恰幅の良い初老の男性の手術を始めようとしていたのだ。
ただし、場所は手術室ではなく病院の廊下であり、手術の目的は院長の排除であるとしか思えなかったが。

更に異常な要素は、その女医の用いている獲物である。
指の先から、メスらしき刃物が指と同じ数だけ爪のように生えているのだ。
これを異常事態と呼ばずに何を異常事態と呼ぶのか。
尚、後藤は患者への偽装のための脚部ギプスが災いして、現場に駆け付けることが出来なかった。

「カザリのヤミーか……? 変身っ!」
『クワガタ トラ バッタ』

素早くベルトに三枚のメダルを差し込み、田村医師に組みついて誘導する映司。
ヤミーを倒すことも重要だが、病院内で戦うとは世界一迷惑な奴なのだ!
従って、映司は女医を病院の外まで引きずり出し、そこで倒すことにしたのは当然の判断と言えただろう。
病院の裏口側には殆ど人間が居なかったため、大騒ぎにはならずに済みそうなのは、幸運だったと言うべきか。


「ニ゛ャアアアアッ!」
「おっと!」

成体へと移行したヤミーの姿は、映司の見立て通り、ネコ型であった。
猫科のグリードであるカザリのヤミーは、『親』を操って欲望を達成させるという特性を持っており、目の前のそいつはおそらくシャムネコだろう。
この手のヤミーは、まず宿主と分離させるのが意外に面倒臭いために、映司としては出来れば会いたくないタイプのヤミーだったりする。

もっとも、会いたいヤミーなど居る筈も無いのだが。
……蝙蝠のヤミーなんて、火野映司の知り合いには居ないのだ。

それはともかく。
チーターレッグによる連続キックがあれば楽に倒せるのだが、生憎チーターのコアは現在のところ3枚全てをカザリが所有している。
案の定、適当にダメージを与えることは出来たものの、シャムネコのヤミーは早々に撤退に移ってしまった。
そして、それを追いかけていたはずの映司は……

「あれ? ここどこだっけ?」

いつの間にか、『魔女の結界』の中に足を踏み入れてしまっていた。
クリームや注射器といった、お菓子と医療用具をモチーフにしたと思しきインテリアの目立つ、奇妙な空間が何時の間にか映司を包んでいたのだ。

おかしい。
映司はシャムネコヤミーを追っていたはずではなかったのか。
とはいえ、魔女を放置することも出来そうにない。

「……もしかして」
『ライオン トラ バッタ』

オーズが、頭を構成する部位を、ライオンへと代える。
このメダルの最大の特徴は強烈な光を放つことによる目潰し攻撃なのだが……それ以外にも便利な機能が付いているのだ。

『シャアアッ!』

それは、超越聴覚である。
空間的に分断されている関係上、結界の外の音は聞こえないが、結界内部の閉鎖された空間ならば音の反響も影響して、より高い効用を得ることが出来る。
人間を遥かに超える感知能力を持つオーズの頭部機能の中でも最も優れた聴覚を持つライオンの耳が……結界の奥で何者かと戦うシャムネコヤミーの声を、聞きつけた。

「ヤミーが逃げ込んだ先に、『たまたま』魔女の結界があった……の、かなぁ?」

自分でそう呟きながらも、何かが変だと映司は感じ取っていた。
ひょっとすると、映司の知らないところでメダルと魔法は呼び合う因果でもあるのかもしれない。
だが、何となく映司は、気味の悪い感覚を抱いている。
まるで、自分の行動を見透かした何者かが、悪意を以って罠を仕掛けていたかのようだ、と。

後ろを振り返ってみるものの、そこに人影は無い。


道は、先にしか存在しない……



・今回のNG大賞
「恭介ー! リハビリ頑張っ……お取り込み中!?」

なんと、上条恭介は汗を吸った病院着を換えている最中だった!

「さやか……そんなに鼻血を出して、どうしたんだい?」
「い、いやぁ、友達にストロー突っ込まれた傷が開いちゃってさぁ……」
「さやかが本当の事を言ってるって、思えないよ……」

奇跡も魔法も、あるらしい。


・公開プロットシリーズNo.35
→気付いたら後藤さんがイケメンになっていた。嫌いじゃないわっ!



[29586] 第三十六話:戦略的敗走
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/02 09:02
看護師さんから上条恭介への面会の許可を貰い、病室の扉を開ける……直前だった。

「あれ? さやかちゃんの指輪、光ってる?」
「え、えええ……何でこんな時に……」

扉を開けようとしたさやかの手に光る指輪の存在に、まどかが気付いて突っ込みを入れてしまったのだ。
かなり短い間隔で輝くそれは……魔女が付近に居ることを感知しているサインに他ならない。

「道理で何だか事が上手く運び過ぎてると思ってたよ……!」

やっぱり神も仏も居ないんだ。
ましてや、パーフェクトやハーモニーなんて、絶対あるわけないっ!
というか、美樹さやかに都合のよい運命の悪戯など、そうそう起こるものではない。

「ちょっとトイレ行ってくる! 長めの奴!」

その言い訳は、女の子が廊下で叫ぶのに使うモノとしては、どうなんだろうか。
滝のように涙を流しながら前世紀の少女漫画のような顔をして走り去るさやかを、まどかはリアクションに困りつつ見送ったのだった。


「それで、アンクちゃん。ヤミーは?」

邪魔な(失敬)美樹さやかが居なければ、まどかも安心してカバンの中のアンクと会話が出来るというものである。
もちろん、鹿目まどかが美樹さやかのことを友人であると思っているのも事実ではあるのだが。

「見失った……というか、何か遮蔽空間に入った感じだ。例えば魔女の結界とか、な」

切り替えの早い奴だと心の中で呟きながらも、アンクは自身の感じ取っている情報を的確に表現してみる。
先ほどまで捕捉していたはずのヤミーの気配がぱったりと途切れてしまった件に関して考えてみた結果、ありそうな推測がそれだったのだ。
普通はあまり有り得無い状況だが、美樹さやかが魔女を感知しているらしい現状から推し測れば、むしろ第一候補でさえあるだろう。

「それって……もしかして、さやかちゃんが2対1で戦うことになるかもしれないってこと!?」
「いや、それは無いだろうなァ」

友達思いなのは結構なことだが、アンクにはヤミーと魔女が共闘している絵面を想像することが出来なかった。
実はアンクは魔女というものを一度も見たことが無かったりするわけだが、先日出会ったヒゲタマゴと同じようなものだろうと想像している。
会ってみた感触としては、知能はヤミーと大差が無いように思われたのだ。
つまり、

「ヤミーってのは一部を除いてオツムは飾りだ。創生者であるグリード以外と協力することなんて、まず無い」

良くて無視、場合に依っちゃあ魔女と殺し合うだろうな、とアンクは冷静な見解を打ち出す。
正直に言って、魔女というイレギュラーが出張って来た時点で不確定要素としては強力すぎる。
そのため、セルメダルを得られる可能性が目算できないということを悟ってしまったが故の、冷めた見方だった。
ちなみに、頭が飾りで無いヤミーは、主にウヴァさんの虫系個体である。

尚、むしろウヴァさん本体の頭の方が飾りだなどというフザけた事を一瞬でも考えた不届き者は、ウヴァさんに虫けら呼ばわりされてしまえ。

「ええと……ごめん、どういうこと?」

鹿目まどかは、持っている情報の整理が追い付かないらしく、アンクの言った事から導き出される結論に辿り着けていないようだ。

「つまり、人並みの頭を持ってる奴なら、下手にヤミーや魔女を刺激しないで、そいつらが共倒れになるまで待つ選択肢を取れるってことだ」

つまり、踏み込んで行った魔法少女の身に降りかかる危険は限りなく少ない。
そう、アンクは言ったつもりだった。

「っていう事は……さやかちゃんが危ないっ!」

美樹さやかの人物評価が、非常に良く分かる反応である。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十六話:戦略的敗走

Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
クワガタ×1
バッタ×1
ライオン×1
トラ×1
サイ×3
ゴリラ×2
ゾウ×2



「ニャアアアッ!」

……えっ?
映司は、目の前で繰り広げられる予想外の展開に、思わず目をこすっていた。
当然変身後なので、かなりシュールな仕草である。
トラクローがライオンヘッドのたてがみに擦れて、えらく鬱陶しい。

「ヤミーと、魔女……?」

可愛らしい縫い包みのような外見の魔女が……シャムネコヤミーに、襲われていた。
場所は結界の最奥部と思しき場所であるため、シャムネコヤミーが戦っている相手は魔女だろう、と映司は推測している。
というのも、映司も魔女という存在を見たことが無かったため、断定することが出来ないのだ。

まるで、縫い包みをボロボロに弄り倒す家猫を思わせる動作で、ヤミーが魔女を八つ裂きにしていた。
というか、あの魔女は無抵抗のようだが、ひょっとして無害なタイプなんじゃなかろうか?
そんな魔女が居るかどうかは映司は知らないが、居ても不思議ではない、とは思う。

「おーい……? その辺でやめとけって」
「ッシャアアアア!!」

注意したら、引っかかれた。
理不尽にも程がある。
そして、ボロボロのまま倒れて動かない魔女は……死んでしまったのだろうか?

ケーキで出来た床の上でシャムネコヤミーと追いかけっこをしながら、そんなことを映司は考える。
それとは別に、どうやってネコ型ヤミーに内蔵された人間を引き剥がすか思案を巡らせている辺り、案外ドライな奴なのかもしれないが。
そんな時だった。

シャムネコヤミーの背後に突如として現れた『そいつ』の存在に気付いたのは。

「ちょっ、ねぇっ、後ろ! 後ろっ!」

映司が焦りながらヤミーの後ろ側を指差し、ヤミーは思わずその方向へと振り返ってしまう。
そこに居たのは、全く新しい異形だった。
黒い身体と白い顔を持った、コイノボリのような形状の不思議な生き物が浮かび上がり……シャムネコヤミーを頭から丸齧りにしようとしていたのだ。

「ニ゛ャッ……!」
「危ないっ!」

回避が間に合わないと感じて身構えたヤミーを……オーズが、押し倒してその身を救う。
正確には、ヤミーを助けたというよりはヤミーの中に囚われた親の命を救ったのだが、それはさておき。

ケーキの床に顔を突っ込んで、池の藻に群がる小魚のように胴体をくねくねとうねらせたそいつは……よく見れば、尾部に先ほどの魔女らしきモノが張り付いている。
もっとも、その体躯は小魚などという可愛らしいものではなく、クジラに匹敵するほどなのだから色々とトンデモだった。
もしオーズの動きが少しでも遅ければ、シャムネコヤミーは中の人間ごと頭を噛みちぎられていたかもしれない。
オーズの足メダルが瞬発力に優れたバッタでなければ、危なかったはずだ。

「魔女が、変わった……? うおっ!?」

押し倒されていたシャムネコヤミーから引っ掻き攻撃を食らい、ケーキの舞台をゴロゴロと転がってしまうオーズ。
どうやら、オーズと協力して先に厄介な魔女を倒そうという発想は、このヤミーには無いらしい。

「三つ巴だけど……俺だけ勝利条件厳しすぎでしょ」

オーズの他の二者の勝利条件は、他の参加者を絶命させることに尽きるのだろう。
だが、映司としてはシャムネコヤミーの中に囚われた女医を生還させたいのだ。
つまり、シャムネコヤミーが魔女に食われるなど、もってのほかである。

自身の持つ7種類のコアメダルを考え、作戦を立てる。
選んだ結論は……

『ライオン ゴリラ バッタ』

腕部分を担当するメダルを、トラからゴリラへと手早く代え、スキャナーに読み込ませた。
映司の持つ腕部メダルはその二種類しか無いため、その中でパワー重視のゴリラを選択したのだ。

そして、襲い来る海苔巻きのような魔女に向かい合い、

『スキャニングチャージ』

再びベルトの3枚のメダルをスキャナーに通し、各部位の特殊能力を強化させるコマンドとして使用する。

「おおおっ!」

ライオンヘッドから発せられる眩い光が一瞬だけ魔女の目を眩ませ、噛みつき攻撃の狙いを甘くさせた。
その隙を突いてバッタレッグの脚力を全開まで引き出しつつ、接近した魔女の頭部の下、顎部を真下からカチあげる。

「ハァッ!」

踏み込み足が膝までケーキの床に埋まるほどの威力を以て打ち上げられた魔女に、映司は迷わずに狙いを定めた。
そして、空中で姿勢を崩している魔女に狙いを定め、ゴリラアームの両腕に装備されている巨腕型装甲を……2発同時に発射する。
いわゆるロケットパンチと呼ばれる伝統的な戦法である。

「セイヤァッ!」

ゴリラの剛腕が魔女の黒い身体を撃ち砕き、胴体から真っ二つになった魔女は、今度こそ絶命した……かに、見えた。

「これは、反則でしょ……」

胴から離れた頭部の口から、魔女が新たな胴体と頭を吐きだして、脱皮のようにその身体を一新させるまでは。
雄たけびを上げる魔女に爪攻撃を仕掛けているシャムネコヤミーの行動にも、成果があるようには見えない。
両腕に復活する巨腕手甲を確認しつつ、必死に思考を巡らせる。

『サイ ゴリラ バッタ』

上方からの噛みつき攻撃を警戒して頭部メダルを防御力の高いサイに代えている映司は、実はまだ手詰まりという訳ではない。
メダジャリバーによる空間斬撃という奥の手は、シャムネコヤミーの中の女医の安全を確保した後なら魔女に対して試してみる価値はある。
射線上に不意に飛び込んで来られると困るので、女医を救出するまでは使いたくないが。

さらに映司の頭の中には、更にもう一つの手段が思い浮かんでいるのだが……それを使う決心は、今一つ付けられなかった。
おそらく、灰色のメダル三枚でコンボを成立させれば、歩行者天国のガタキリバや灼熱地獄のラトラーターのようなとんでもない能力を発揮できるに違いない。
コンボは恐ろしく体力を削るので使用には慎重にならざるを得ないが、もしこの場に居る人間が映司一人だったならば、躊躇い無く灰色のコンボを使っていたはずである。

だがしかし、この場にはもう一人、ヤミーの内部に囚われた人間が存在するのだ。
再生能力の穴を見せていない魔女をよしんば倒すことが出来たとしても、その後にも問題は続く。
新たなコンボは、その女医を死なせずに助けられるような、器用で手加減の効く能力を持っているのだろうか?
そのコンボを使った後で亜種形態に戻ったとして、ヤミーの親を救出するだけの体力が残るのか?

ここに、現時点における火野映司という人間の限界が、現れていた。
状況に合わせたメダル選択の経験が圧倒的に足りないオーズの、単騎戦力としての限界が、最悪の形で露呈することとなったのだ。
映司は、迷う。
自身以外の命が掛ってるが、故に。


だからこそ、気付かなかった。
その場を訪れた……四番目の役者の、存在に。
変化は、突然に現れる。

嵐のような熱線が吹き荒れ、魔女もヤミーもオーズも平等に、薙ぎ払ったのだ。

「こういうゴチャゴチャした戦いは嫌いなんだよね」

灼熱の嵐を生みだし終えた腕を頭の後ろに組んで、倒れる三人を見下すように眺めているグリードの姿が、そこには確かにあった。
黄色のメダルのグリード、カザリ……その人である。
そして、オーズの変身が解けて散らばってしまった『サイ』『ゴリラ』『バッタ』のメダルを拾い上げながら、カザリが向き合った相手は……魔女だった。

グリードの天敵であるオーズの変身者でもなく、グリードの手下であるヤミーでもなく、魔女に。

「何を……?」
「気になってたんだ。魔女ってヤツは、素晴らしいヤミーの親になれるんじゃないか、ってさ」

カザリに食いかかろうと襲い来る黒い魔女を、カザリはまるで殺虫スプレーでも噴射するように熱線であしらう。
もちろん、正面から熱線を喰らわせるだけでは細長い魔女の顔にしかダメージが入らない。
そのため、俊敏に足を動かして微妙に角度を変えて逸らすという謎の技術を使ったりしているので、魔女がカザリに決定打を与える時は来ないだろうと、映司には思えた。

「その欲望……解放しろ」

魔女の額にメダルの投入口を出現させたカザリが、セルメダルを投げ込む。
瞬間、

「何も、起こらない……?」

魔女は何食わぬ顔で突進攻撃を敢行して来た。
カザリが思わず呟いてしまった言葉通り、まさに『何も変化が無かった』ようにしか見えない。
おかしいなぁ、と呟きながら二枚三枚とセルメダルを投入してみるカザリだが……やがて、無駄を悟ったらしい。

「仕方ない。今日は引き上げよう。折角育てたヤミーを魔女なんかに喰われてもつまらないし、ね」

この魔女が病院に棲み付いているならば、いつまたシャムネコヤミーが結界に迷い込むか分かったものではない。
手招きをするカザリの元へとシャムネコのヤミーが駆け寄り、その脚元でセルメダルの山となって姿を消す。
その親となった女医も気を失ったまま倒れているが、カザリは見向きもしない。
そして、セルメダルを吸収したカザリは……グリードの中で最速の脚を使い、颯爽と魔女の結界から去って行ったのだった。

空間の中に残されたのは、居なくなった敵の姿を求めて右へ左へと視線を走らせる魔女と、二人の人間だけ。
映司としては、この状況は願ったり叶ったりである。
魔女がカザリを探している間に、お菓子で出来た舞台の端まで女医を担ぎ込んで一応の安全を得ながら、隠れて状況を窺う。
何度も繰り返された上方からの噛み付き攻撃によって無数の穴が生まれていたことが、身を隠す者への幸運となった。

やはりコンボを使おうかという発想は残っていたが……それで倒し切れなかった場合の事を考えれば、まずは女医を担いで結界を脱出した方が良いかもしれない。
もし相手がヤミーだったなら、最悪でも女医から敵を引き離しつつ戦う事は出来るだろうから、コンボを試してみるのもアリだっただろう。
だがしかし、魔女の結界というアウェーのコロシアムから魔女を引き剥がすことが出来るとは思えない。

「変身」
『クワガタ トラ ゾウ』

メダジャリバーを使ってみるという手もやはり考えられたが、魔女がこちらの居場所を見失っているという状況を活かして、まずは女医の安全を確保してから考えた方が良さそうである。
思い立った映司は、クワガタの視野で周囲を警戒しつつ2本の角に女医の服の端を引っ掛け、トラの爪で素早く壁をよじ登り、地面の振動に敏感なゾウの脚を動かして、結界を後にしたのだった……



・今回のNG大賞
「ヤミーってのは一部を除いてオツムはカザリだ」

The・誤変換。
そんな仮面ライダーオーズは絶対に一年間じゃ終わらない(断言)

・公開プロットシリーズNo.36
→結果論的にはサゴーゾインパクトを打ち込めれば勝てた気はするけど、床がケーキな空間でそもそもあの技が使えるのかどうかが謎。



[29586] 第三十七話:颯爽退場洋菓子城
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/05 12:15
『もしもし、こちらマギブルー! 魔女が出たから病院まで来てください!』

貴女は戦隊の二番手か何かなの?
夕方の魔女探索までの時間を学業の復習に使っていた巴マミに、突然かかって来た念話の内容が、それだった。
当然、この町を守る魔法少女である巴マミとしては、行かないという選択肢は存在しないのだが……何だか物寂しさを感じるのもまた確かなわけで。

「トーリさんは……何処に居るのかしら」

呟いてみるものの、やはりそこには臆病な後輩の姿は無い。
マミがアンクを殺したことが発覚した日から、あの頼りない魔法少女はクスクシエの屋根裏部屋を訪れていないのだ。

「また、怖がらせちゃった、みたいね」

――マミさんっ! 嘘ですよね? 嘘だって言って下さいよ、ねえ!

魔法少女を続けている以上、必ず何処かで会うことになるだろうが、巴マミはその時に一体どんな顔を彼女に見せれば良いのだろう。
そんな思考を先送りにしつつ、脚は動かし、民家の屋根を飛ぶように跳ねて病院まで一直線に駆ける。
幸いにして大して遠くも無い病院には、巴マミが思考のドツボに嵌る前に辿り着けるだろう……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十七話:颯爽退場洋菓子城



魔女の迷路というものは、一本道では無いことがある。
そのため、進行する者と撤退する者が出会わずにすれ違ってしまうことは珍しいことではない。
だがしかし……結界に入る前の段階においては、そうはいかないのだ。

特に、結界の入り口にまさに侵入しようとしている一般人の後ろ姿を見れば、巴マミが引き止めないはずも無かった。

「待って。その中は危険よ?」

後ろから声を掛けられた女の子の背中が、まるで死神か悪魔にでも出会ったかのように、上下に揺れる。
それこそ『ビクッ!』とか『ビクン!』とか聞こえてきそうなぐらいに。

「貴女は……」
「ひっ!?」

そして、恐る恐る振り返って巴マミの方にゆっくりと視線を向けた女の子の顔に、マミは見覚えがあった。
確か、マミがアンクを殺すのを、邪魔しようとした子だったはずだ。
見たところ、魔女の口づけを受けている様子では無いのだが、彼女は何故魔女の結界に脚を踏み入れようとしていたのだろうか?
魔法の力を持っているのなら、アンクを助ける時に使っていたはずだ。

「あ……えっと……」

その脚は震えていて、巴マミが怯えられているというのが、一目のもとに把握できる。
何故この子と再び会ってしまったのかと一瞬だけ考えたマミだが、よく考えれば前回もこの病院で会っている。
つまり、何かしらの理由で病院に通っている子なのだろう。

「ごめんなさい、ね。怖がらせるつもりは無かったのだけれど」

壁を背にじりじりと後退している背の低い女の子は、今にも泣きだしそうなほど、瞳が揺れていた。
アンクと一緒にマスケットを向けられた恐怖を考えれば、すぐには悪印象を消し去るのは難しいかもしれない。

「でも、その中はもっと怖いもので一杯なの。絶対に足を踏み入れちゃダメよ」

女の子に一通りの注意を促し、巴マミは結界の中へと姿を消していったのだった。


「……どうしよう?」
「あの黄色いガキが居るなら、大丈夫だろ」

アンクとて、自分の命は惜しい。
巴マミに再殺される危険を冒してまで、魔女の結界の中のセルメダルを拾いに行くことは出来ない。
それは、火中の栗などという表現が生温いと思えるほど、危険過ぎる行為だからだ。
ライジングでアルティメットな拳を生身で受けるという愚行に並ぶぐらい危険かもしれない。


「うーん……それもそう、かも」

もう全部あいつ一人で良いんじゃないかな。
……とまでは思っていないだろうが、美樹さやかが一人でヤミーと魔女を相手取る状況に比べれば、遥かにマシであることは疑う余地が無い。
それに、なんと言うべきか、賢い人間特有のオーラというか余裕というか、そんなものが巴マミには見られるように思えたのだ。
美樹さやかとは比べるのも失礼なその素質は、さやかの援軍のためのものとしては十分すぎる能力であることは疑う余地が無い。

「とりあえず、上条君の面会時間を確保しておこうかな」

鹿目まどかが立ち去って少しののち、猫科のグリードが結界から脱出し、更にその十数分後に女医を担いだ仮面ライダーが姿を現したのだが……どうやら彼らは、遅れて入って行った魔法少女たちと会わずに出て来てしまったらしい。
そして、映司が女医を近くの窓を探して病室のベッドへと放りこんだ矢先に……魔女の結界が歪み、その中から二人の魔法少女が姿を現す。

「以外にあっけなかったわね」
「やっぱりマミさんは一流だなぁ!」

結界の入り口が消滅し、二人の魔法少女が魔女をあっさりと倒してしまった事が、会話からは窺えた。
おそらく、結界が失われたことによって復路の時間が短縮されたために、出てくるのがこんなにも早かったのだろう。
少しの間だけ物陰から彼女たちの様子を窺っていた映司だったが……結局、魔法少女たちに声をかけることも無く、静かに姿を消したのだった。

尚、包帯男のまま病院に放置された後藤さんがベンダー隊の部下に助けてもらったことは、全くの余談である……




映司が寝床にしている夢見公園に辿り着いたとき、日は既に傾いていた。
そして、その場所で映司を待ち受ける、メダルの怪人が一匹。
つい何日か前まで腕怪人が居た場所にいつの間にか居座っている、蝙蝠のヤミーが映司を出迎えてくれた。

「映司さん、遅かったですね」
「うん、色々あってね」

映司の返事に、キレが無い。
トーリは何となく、そんな気がした。

「ヤミーが魔女の結界に迷い込んじゃってさ。だいぶ苦労したよ。あれってよくあることなのかな?」
「ワタシは見たこと無いです」

自分自身がヤミーです、などとは口が裂けても言えない。

「トーリちゃん。ずっと聞こうと思ってたんだけど、魔女って何なの?」
「……質問の意味がよく分からないです」

魔法少女が希望を振り撒いて、魔女が絶望を振り撒く。
巴マミは確か、そう説明した筈だ。
だが、そんな概念的な説明では、実際に対処する側にはあまり役に立たないというのも確かではある。

「魔女はどうやって生まれるのか。もっと言うと、誰かが任意の場所に魔女を出現させることは可能か、ってこと」

映司は、今日の出来事に気味の悪さを感じ取っていた。
偶然にしては出来過ぎている、と思ってしまうのだ。
あの魔女の再生脱皮の能力にしても、一歩間違えば頭を丸齧りにされるという初見殺し専門のような印象を映司に与えていた。
まるで、ネズミを追っていたネコを、纏めてネズミ捕りで始末してしまうような悪辣な意思を思わせるシステムである。
むしろ今回は、追われている側もネコだったのだが。

「誰かが、ヤミーが居る場所を狙って魔女を出現させた……ってことですか?」
「うん。カザリっていうグリードは魔女が出てきた事が想定外だったみたいだから、逆は無いと思うんだ」

魔女にセルメダルを投入してヤミーを作ろうと試みていたのも気になるが、それならば焦ってシャムネコヤミーを回収するのも奇妙な気はする。
おそらく、カザリもあの場に魔女が出現することなど想像出来ていなかったのだろう。

「とにかく、ヤミーと戦っていたと思ったら魔女の結界の中に居た……みたいなことが、今後起こってくるかもしれない」
「それは……ワタシなんか、絶対単独行動しちゃダメですね」

ヤミー一匹でさえまともに倒せないというのに、魔女とヤミーを相手取ってしまった時のことなど、考えたくも無い。
しかも、今回はグリードまで駆け付けてくれたそうなので、最悪も最悪である。

「ところで、トーリちゃんはこの先ずっとこの公園に住むわけじゃないでしょ? マミちゃんも寂しがってるだろうし、クスクシエに帰ってあげなよ」
「なんだかマミさんを悪者扱いしちゃったみたいで、帰り辛いんです」

――何で私が悪者みたいに言われなくちゃいけないのよ!

何となく、どんな顔をして巴マミに会ったら良いのか分からない。
さらに言うと、ウヴァさんの復活の見込みが立たない現状において、積極的にヤミーや魔女を倒すだけの動機がトーリには欠けていたりする。

「会いたくないなら無理にとは言わないよ。でも、気が付いたら手が届かなくて後悔した……なんてことにはならないように、ね」
「アンクさんの事はワタシも残念だと思って……」

……と、そこまで口に出して、気付いてしまった。
ウヴァを復活させる手段を知る唯一の存在であったアンクが死んだのだという事を思い直したところ、トーリの頭には次の策が浮かび上がって来たのだ。
グリードを復活させる方法があるという事は、アンクを復活させる方法もあるということである。
もっとも、ウヴァの復活の手段を知った時点でトーリがアンクを復活させる理由は無くなってしまうが……アンクを生き返らせることを望む人間が、居るかもしれない。

「……そういえば、グリードは復活する方法があるって、アンクさんが言っていたような?」
「え、それ、本当?」

映司の目の色が変わった……ような、気がした。
まさに、トーリの狙い通りである。

「はい。確か、必須条件として同色のコアが3種5枚だったはずです」
「今所在が分かってるのは……タカが2枚、だけか」

尚、映司はタカメダル2枚を握り込んでいるのは巴マミだと誤解しているため、実は一枚分しか現在の状況を把握できていなかったりするのだが。

「それだけでは復活しないはずですが、もしアンクさんを生き返らせる方法が見つかったらワタシにも教えてほしいです。もちろんワタシも調べますよ」

メダルがただ集まっているだけではグリードは復活しない。
それが出来るのなら、映司の現在所持している5枚の灰色コアからガメルが復活してくるはずだからである。
……その程度の事は、映司とて説明されなくとも分かっている。

「そういえば、行方不明のコアって何処にあるんでしょうか?」

アンクのコアが2枚しか見つかっていないという発言を聞いて、思い出した疑問を率直に吐き出すトーリ。
ウヴァのコアも何枚か行方不明のはずなので、むしろそちらが本命なのだが。
そして、トーリに加えて映司もグリード蘇生術を探してくれるのならば、有難い事この上無い。

「心当たりはあるよ」

アンクさんも、大体の目星はついているって言っていたような?
ひょっとして同じ目的語を取っているんでしょうか。

「ちょっと鴻上さんの所に行ってみる。付いて来る?」

鴻上さんというと、メダルシステムを提供する代わりに映司の獲得するセルメダルの40%を要求してくる会長さんである。
……もしかして、効率的なメダル収集のためにトーリ銀行が襲撃される危険があるのだろうか?
その鴻上財団の本拠地に乗り込むとなれば、トーリの身が危険に晒される可能性が無いとは言えない。

「その鴻上さんって、危ない人じゃないですよね?」
「よく分からない人だけど、大丈夫でしょ。いざとなったら俺が守るよ?」

映司の言葉は……信用できるかもしれない。
それでも、不安はやはり残る。

トーリの下した決断は……

「映司さんが守ってくれるなら……会ってみたいです」



・今回のNG大賞

「それでね、さやかちゃんったら『男っていう生き物は定期的に謎の白い液体を生産するんだ』なんて、突然言い出すんだよ」
「さやかェ……いや、さやからしい、のかなぁ?」

とりあえず上条君の病室に先にお邪魔した鹿目まどか。

「流石に私だって、そのぐらいウソだって分かるのに」
「えっ……もしかして、理解できてないの?」

驚いて見せる上条恭介の様子から、まどかは先ほどのさやかの言葉が妄言で無かったことを悟る!

「……ひょっとして、『謎の白い液体』って何か意味があるの? ねぇ、教えて! お願い!」
「そ、それは……」

もしかしてさやかは僕を虐めているのかい!?
それを思春期男子から女子に対して説明させるなんて、あんまりだよ!
美樹さやかから間接的なセクハラを受けているんじゃないかと、上条恭介は割と本気で疑いたくなったらしい。

・公開プロットシリーズNo.37
→ここからオリ主の逆転劇が……始まるとは思えない(何



[29586] 第三十八話:口は万災のモト
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/05 12:22
「鴻上さん、赤いコアメダルって持ってませんか?」
「まさか君がコアを求めるとはね! 新しい火野映司君の誕生だよ! ハッピーバースデイッ!」

初対面のトーリをそっちのけに、コレである。
何時の日か巴マミの元住居でディスプレイ越しに会ったような気もするが。

「あいつが居ないと俺もメダルに関する情報不足で辛いので、出来れば復活させたいんです」
「残念だが、現在渡せる赤いコアは無いんだよ! ドクター真木の要請に応えて送ってしまったばかりだッ!」

ドクター真木?
聞き覚えの無い名前に、顔を見合わせる映司とトーリ。
そんな二人を前に、鴻上会長はケーキを作り続ける。

「メダルシステムの開発者だ! 実験のためのコアは惜しむべきではないと思ってねッ!」
「へぇ、カンドロイドやライドベンダーを作った人ですか」

トーリにぶら下がって空の旅を楽しんで来た映司だが、もしトーリが居なければライドベンダーで走って来ていたはずだ。
そして、メダルシステムの恩恵を思い出しつつ期待に胸を躍らせる映司をよそに、トーリが気付いたのは別の事だった。

「セルメダルを消費するシステムの実験に、コアメダルが必要なんですか……?」
「トーリ君と言ったねッ! 君の『知りたい』という欲望……実に素晴らしいッ!」

ケーキに盛り付けるクリームの泡を飛び散らせながら、トーリを指差す鴻上会長。
この人は、常時このテンションを保っていて、疲れないのだろうか。

「カンドロイドのモチーフを思い出してみたまえ!」
「バッタとタカですね」
「タコも居るし、あと最近ウナギが出来たんでしたっけ」

それぞれ、色とりどりのカンドロイドを思い浮かべてみる二人。
トラカンドロイドは、まだこの二人の面前に現れたことが無いだけだ!
決して、作者がトラを貶めているなどという言いがかりはやめて欲しいものである。

「メダルシステムは、コアメダルの仕組みを解析して作られている! おそらく、ドクター真木の元に送ったメダルと同じクジャクのカンドロイドが生まれるはずだよッ!」

尚、公式設定において、トラカンは『トラ』ではなく『ライオン』のメダルを解析して作られたものである。
……作者に悪意なんて、あるわけない。
あるとしたらそれは、テレ朝公式サイトの管理スタッフの中に、作者とそっくりな奴が居るだけさ!(キリッ)

「……ということは、タカやバッタのコアを会長さんは持っているんですか?」

トーリ的に、タカは別にどうでも良い。
重要なのは、ウヴァさんのバッタである。
オーズにタカメダルを使われたら即死だという意味では、タカを確保しておいても損では無いかもしれないが。

「我々がそのデータを収集したのは、グリードが復活する前だ。それらは、復活したグリードの一部となってしまったよ!」

……本当だろうか?
今までクジャクのメダルを隠し持っていたと明言している人物の発言としては、疑わし過ぎる。
だがしかし、鴻上会長の口を割らせる手段も思いつかない。

「クジャクのコアが欲しければ、ドクター真木を説得してみたまえ!」

そう言いながら、完成したケーキを映司とトーリに見せつける鴻上会長。
その上には、チョコレートによるデコレーションで、真木博士の研究所への簡易地図が描かれていた……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十八話:口は万災のモト



既に日は沈んでいたが……ケーキの寿命があまり長く無いだろうと判断した二人は、歩を進めることにした。
もちろん足を使った表現は飽く迄比喩であり、トーリが映司をぶら下げて飛びましたとさ。
なんせ、冷蔵庫という文明の利器を持たない二人にとって、ケーキとは割と足の速い食べ物なのであるからして

「博士さんって、どんな人なんでしょうかね?」

何気なく、トーリが疑問を投げかける。
その口ぶりは、不思議と先ほどよりも少しだけ軽くなっていた。
ただし、鴻上会長から真木博士へのプレゼントと称されるものをケーキとは別に持たされたので、実重量としてはむしろ重くなっているのだが。
この中身が一体何なのかと、トーリは気になって仕方が無かったりする。

「遊び心満載な人でしょ。動物が大好きなんじゃないかな」

トーリが真面目な人物考察を映司に求めているので無いことぐらい、映司には分かっていた。
なので、カンドロイドの開発者という者に対するイメージを捻らずに口に出して、トーリに返してみる。

「トーリちゃんはどう思う?」
「魔法少女を使った人体実験を考える危険人物で無ければ、嬉しいですねぇ」

現在進行形でカザリから『器』の実験体として扱われているトーリとしては、身体を調べられるのは一発死亡ルート確定である。
もちろん、器の件が無くても身体がセルメダルで構築されている時点で、調べられてはいけないのだが。
そう考えると、巴マミの持っているタカメダルも、何かの間違いで火野映司に渡るぐらいならトーリが握り込んでおいた方が安心かもしれない。
というか、手段があるのならばいっそのこと割ってしまうのも手だろうか。

「あと、メダジャリバーのモチーフになったコアって何なんだろう?」
「そういえば、思い当たりませんね」

踏破済みの場所に該当する部分のケーキを口に運びながら、映司も素朴な疑問を口に出してみる。
歩きながら食べるのがマナー違反なら、飛びながら食べるのってアリなのかな? なんてどうでも良いことを考えながら。

「それを言ったらライドベンダーもですよね。それと、私もケーキ欲しいです」
「その辺りも真木博士に聞いてみようか。はい、あーん」
「んぐ」

何だか男女間で行われると特別な意味がありそうな動作だが……特に気にする様子も無く、映司から差し出されたケーキのピースを頬張るトーリ。
別に映司も恋愛沙汰的な意図を以って行ったわけではなく、トーリもその辺りの観念にはやや疎い所があるのかもしれない。
強いて言うなら、仲の良い兄妹という珍しい人種が、今のトーリと映司の間を流れて行く空気に近いものを持っているのだろう。

頭の中を打算的な考えで一杯にしつつ、今回は特に妨害も無く、二人は無事に真木博士の研究所へと辿り着くことが出来たのだった。



「火野映司君にトーリ君ですね。話は会長から聞いています」
「「初めまして」」

二人が夜分遅くに尋ねてきたにもかかわらず、嫌な顔一つせずに出迎えてくれるドクター真木。
もっとも、その顔はトーリと映司にではなく、真木博士の左肩に載せられた不気味な人形へと向けられているのだが。
真木博士の目の下の黒くて輝きの無い部分が……彼の睡眠時間が足りていないことを読み取らせる。

「まさか、あの人形が本体だったりするんじゃないですか……?」
「流石にそれは無い、でしょ……?」

鴻上財団のメダルシステム開発主任がメダルの怪人だなんて、まさかそんな事が……案外ありそうだから困る。
あの会長なら、素晴らしいッ! の一言だけであっさり採用してしまいそうだ。
初っ端から『キヨちゃん』の初見殺しの魅力に捕らわれた二人であった。

「博士さん。これは、会長さんからのプレゼントだそうですよ」

トーリが足元に置いていた段ボール箱に目を落としながら、トーリが会長から承った任務を遂行しようとしていたりして。
両腕でようやく抱えられるサイズのその段ボール箱は、何やらずっしりとした重みを感じさせるものであった。

「そういえば……そんなものもありましたね」

今思い返せば、昼間に会長が、ケーキとプレゼントを送ると言っていたはずだ。
あの会長がケーキをこのような無骨な箱に入れることは考え辛いので、おそらくプレゼントの方だろう。
しかし、ケーキの方は何処に行ったのだろう……と考え始めて、直ぐに気付いた。
真木清人の頭脳を以てすれば、容易に推測は立つ。
おそらく、会長がケーキの存在理由を言わなかったために、この二人が食べてしまったのだろう。
まぁ、真木としては物事の生誕には大して興味が無いので別に構わないが。

そして、トーリがちらちらと段ボール箱に視線を向けていることにも、当然気付いている。

「中身が気になるのなら……開けてみても構いませんよ」
「……それでは、遠慮なく」

これだけ重いのだからメダルが入っていてもおかしくない、という期待に胸を膨らませて、トーリはその封を切ってみる。
真木博士への贈り物なのだから横領は出来ないと思いつつも、中に緑のメダルがあったらどうしよう、ぐらいには思っているのだ。

満を持して段ボール箱の中から姿を現したものは……

「……瓶?」

黒くて半透明な、瓶だった。
高さ20センチメートル程度の瓶が、大量に収められていたのだ。
缶ではなく、瓶である。
ガラスで出来た容器に水分が保管されていれば、それが重いのは納得ではあるが……トーリとしては残念な感は否めなかった。

「これは……」

そして、その内容物に真っ先に反応した人物は……今まで傍観していた火野映司だったりして。
黄色いラベルの張られた黒い瓶をおもむろに一本取り出して、しげしげと眺めている火野映司の様子を見れば、トーリの期待も若干盛り返してくるというものである。

「映司さん、それが何だか知ってるんですか?」
「ああ……昔放映してたヒーロー番組に出てたな、って思い出して、懐かしくなってね」

それは、親子で宣言キャンペーン、と謳われていた例の栄養ドリンクに違いない。
何処かの仮面ライダーはその栄養ドリンクの万引きを疑われ、また別の仮面ライダーはそれに良く似た『変身一発』という飲み物を飲んで戦ったことで知られる、『例のアレ』である。


ここで、とある平衡世界の話をしよう。
某日本の秋田県に住んでいた渡部秀という青年は、日曜の朝に放映されている一連の番組をこよなく愛していた。
だが、この青年の恐ろしいところは……自身もヒーローの一員にならんと試みて身一つで上京し、無事にオーディションに受かってしまったという点だ。
そしてその青年は、オーディションに受かって一月以内には、絶対に次のような期待を持っていたはずである。
自分も先輩たちに倣ってあの栄養ドリンクを作品中で扱うなら、どんな形になるんだろう、と。

だがしかし……現実は非常だった。
大塚製薬が、彼が主演を務める番組に関して例年ほどの積極性を見せなかったのである。
結局、映像媒体でのタイアップは夢のままで終わってしまったのだった。


……つまりッ!
この火野映司の爽やかな笑顔ッ!
さり気なくラベルを見せる洗練された動きッ!
発明に疲れた真木博士に瓶を手渡す計算し尽くされたタイミングッ!
そのシーンの全てを、役者であり一人のライダーオタである渡部秀氏へ捧ぐッ!

これは即ちッ!
仮面ライダーオーズへのッ!
歴代の仮面ライダー達へのッ!
『尊敬』ッ!
『賞賛』ッ!
『敬意』ッ!
『感服』ッ!

圧倒的ッ!
圧倒的ッ、『オロナミンC』ィィッ!!



……という電波を、ガイアメモリとそっくりな音声で受信したトーリだったが、さらっと受け流しておいた。
そんなことはともかく。
映司から受け取った栄養ドリンクを飲んで少しばかり顔色が明るくなった真木博士は、ようやく本題に入ることが出来そうである。

「クジャクのメダルなら……もうすぐ『データ収集』も終わります。そうなれば特に用途も無いので、火野君に譲ることも吝かではありません」
「ありがとうございます」

真木博士の予想外にあっさりした答えに、素直に謝礼を述べる映司。
まぁ、この後に何か条件を付けられるのだろう、とは思っているが。

「その代わりに、新しいカンドロイドのテストをして頂けませんか?」
「はい。俺なんかで良ければ」

今度は何の動物をモチーフにしているのだろう、という火野映司の期待を背負い、出て来たカンドロイドは……黄色い身体をしていた。
真木博士が付近に備えてあったライドベンダーをバイク形態へと移行させ、どういう原理か幅1メートル程の大きさに巨大化した黄色いカンドロイドが、バイクの前輪を押しのけてその位置に収まる。
押しのけられた前輪は二つに分かれて後輪と並列に並び、一つの円筒の形状へと変化を遂げた。

これぞ、トラのカンドロイドとライドベンダーの融合体……トライドベンダーである。
まるで暴れるように跳ね回り始めたその様子は、何処か野性味を感じさせる。

「火野君、変身を」
『クワガタ トラ ゾウ』
「変身!」

即座に変身し、気ままに跳びまわるトライドベンダーに飛び乗る映司だが、

「うわっ、こいつ、全然言う事聞かない……っ!」

どうやら、かなりの暴れ馬らしい。
扱い方を覚えるには……大分時間がかかりそうだ。

「トライドベンダーは、ラトラーターのコンボを使えば制御が効くという機体コンセプトなのですが……やはりコンボ無しでは無理のようですね」

相変わらず腕元の人形に視線を注ぎながら、真木博士は時折顔を動かしてオーズとトライドベンダーを観察する。
そして、段々暇になって来た感のあるトーリ。

「博士さん。メダルシステムって、コアメダルの情報をもとに作られてるんですよね?」
「会長から聞きましたか。その通りです」

暇つぶしに真木博士に話題を振ってみるトーリは……一応、メダル関連の知識は持っておいて損では無いぐらいには思っているのだろう。

その頃、トライドベンダーから振り落とされたオーズは、冗談抜きで食い殺されそうになっていたりする。
トラクローとメダジャリバーをつっかえ棒にして何とか噛み付き攻撃を防ぐものの、相手の顎の力に執念染みた何かを感じるのは、何故だろう?

「メダジャリバーって、何のコアを元にしてるんですか?」
「過去にも一度クジャクを少々参考にしましたが……主に紫のメダルです」

目の前で繰り広げられる性能テストの様子から、ライドベンダーは黄色のメダルを元にしているのだろうと予測が付いてしまったトーリがぶつけてみた質問が、それだった。
そして、帰って来た答えは、予想の遥か外を行っている。
トーリが今までに聞いたことのあるメダルは『赤』『黄』『緑』『灰』『青』の5種だけであり、『紫』とは初耳である。

「紫の、コア……ですか?」
「ええ。完全な状態、10枚の形で残っているコアメダルが発見されましてね。現地から送られて来たデータは、効率的にセルメダルをエネルギーに変換するシステムの良い参考になりましたよ」

それは先日ヨーロッパで発見されたもので、近日中に会長が直々に日本まで移送する予定である、ということらしい。
そして、真木博士の台詞に、トーリはいつもの発想の転換を見せる。

「同種のコアが10枚って、危険じゃないんですか? グリードが復活しそうですけど」

ここで、真木博士がポロりとグリード復活の手段を口にしてくれれば、儲けものである。

一方のオーズは、跳びかかってくる機械の獣に対して、腰を落として相撲のような構えを取っていた。
そして、その頭をまるで礼司のように下げ……次の瞬間にはその強靭な角を使ってトライドベンダーを真下から投げ飛ばすという荒業を披露していたして。
その様子は……何処か、理不尽な人造昆虫アニメを思い出させる。

「10枚揃っている限りは、グリードは生まれません。そこから何枚かメダルを取り除いた時、その欠損を埋めたいという欲望が生まれ、グリードはその形を為すでしょう」
「ということは、映司さんが持っている灰色のメダル7枚から何枚か取り除いたら、ガメルさんは復活するんですか?」

実際には、現在の映司が持っている灰色のコアは5枚である。
トーリが、昼間にケーキの魔女の結界内部で起こったメダルの移動を知らないだけで。

「10枚の状態から取り除いた時の記述は古代の遺跡から発見されていますが、それ以外の復活方法は私は知りません」
「ですよねぇ……」

予想外の情報のデフレに、若干の期待を抱いたトーリだったが……ダメだったらしい。
一応、コアを10枚集めてそこから1枚ずつ除いて行けば復活出来るとは分かった。
だが、それはアンクが言っていた最低条件の5枚という数字と何か関係があるのだろうか?
……まさか、10枚集めてから5枚になるまで取り除くと復活するとか。
真木から得た情報は持っておくに越したことは無いが、正直に言って役に立つのかどうか判断に余る知識でもある。

そして、ようやくトーリと真木博士の会話が一段落着いた頃。
二人の視線の先には、ゾウレッグの激しい踏み鳴らしによって地割れを起こし、そこにトライドベンダーを突き落としてやっと息を吐いているオーズの姿があった……
サメヤミー編で活躍できなかっただとか、そもそもオーズに黄色コンボが揃っていないだとか、彼も彼で色々と物申したいことがあったのだろう……

真木博士はこの時、『獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす』という言葉を思い出したという。


「……そろそろ、ですね」
「何か言いました?」

博士の、何気ない一言。
その内容が分からずに聞き返したトーリの足元が……揺らいだ。
建物全体を震わせる、拡散する衝撃が走り抜ける。
堅くて重いモノが崩れる音が響き渡り、足元の振動に加えられた。

「今の音は爆弾……おわっ!?」

思いがけない音に気を取られた映司は、乗り直したトライドベンダーからまた放り出されていたりして。
だが、そんな物騒な音を聞いておきながら、火野映司という男が駆け出さない筈も無かった。

音が発せられた場所が研究所の裏手であることを瞬時に察知した映司は……走る。
トーリを引き連れた映司が、爆音の発信源に辿り着いた時に、見た物。
それは、焼けただれた分厚いコンクリートの壁を、火薬と砲弾を用いて破壊した痕跡だった。
その場所にあったと思しき研究機材の中には、再利用が可能と考えられるものは見当たらない。

二人は、気付かない。

真木清人が、いつの間にか姿を消していた事に。

「まさか、俺の起こした地割れのせい……じゃないよね?」



・今回のNG大賞
チョコで書かれた地図を頼りに進む二人だが、

「地図が気温で溶けてるっ!?」
「古典的過ぎですよ!?」

バッタカンドロイドで里中さんに連絡を入れましたとさ。


・公開プロットシリーズNo.38
→某海賊戦隊の「ハカセさん」っていう呼称の違和感が、凄く気にいっただけなんだ。



[29586] 第三十九話:彼女の名前は
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/08 10:33
……熱い。

夜の冷たい風を切って、走る。
あの牢獄から逃れるために。

奇妙な機械達に連れられて辿り着いたあの場所は、一体何だったのだろうか。
血液の採取に始まり、耐熱耐電耐水耐圧……あらゆる性能のデータを取られてしまった。

……熱い。

幸い、実験の合い間に拘束具が外された時間があったので、時間停止と火器や爆弾を使って脱出を敢行することは出来た。
実験の器具や計器の扱いは全てロボット達によって行われ、全く人の気配がしなかったあの研究所は、一体何なのだろう?

左手に装備された無骨な腕時計は、客観的かつ冷静に、今の時間が拉致された当日の深夜であることを教えてくれる。
他の魔法少女たちはこの物体を盾だと思う事が多いらしいが、これは中に時の砂を詰めた腕時計でもあるのだ。

……熱い。

今回の時空では、今までのループ世界で見たことが無い事象が多発している。
緑色の勧誘魔法少女に始まって、自分を庇って親友が倒れたことも大事件だ。
細かいところでは、よく分からない揚げ饅頭男が新たな知り合いとして出て来た所なども。

それでも、今回のように拉致されて調べられるなどというイベントが想定できたはずが無かった。
あの機械達は魔女や魔法に関連するオブジェクトなのだろうか?

「それにしても……」

……体が、熱い。

まるで、身体を内側からじりじりと焼き焦がすような、扱いに困る熱。
時折思考をぼやかして足を止めさせるやり場の無い火照りが、身体から消えない。

長い髪の片側をすき上げて外の空気を入れると少しだけ楽になるが、全く根本的な解決になっていない。
そして目前には、解決すべきとしか思えない新たな問題が、更にもう一つ佇んでいた。

「見せてもらいましょう。貴女が魔法少女として『完成』するのかどうか、を」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十九話:彼女の名前は



突如として現れた『そいつ』は、奇妙としか言い様の無い出で立ちを見せつけていた。
黒いアンダースーツのような下地に、銀の鎧を被り、身体の所々に走っている緑の淵が視線を誘う。
頭部の外部確認用と思しきゴーグルはまるでUの字のように歪曲しており、その生命を感じさせない赤味が、何処となく契約中毒の地球外生命体を連想させた。

「私が使う予定は無かったのですが……仕方がありません」

更に、一番不気味なのが、喋るときに小脇に抱えた人形の方を向いて発声するという訳の分からない動作である。
白目を剥いた人形自体の容姿も言いようの無い気味の悪さを感じさせ、正直に言って『アレ』を親愛なるクラスメイトの部屋に集められている物体と同じ『人形』という言葉で表現したくない。
そう、見る者に思わせてくれる。

『ブレスト キャノン』

強化スーツを纏ったそいつが、腰部に装備された装飾品に銀色の貨幣らしいものを投入して何やら操作をした結果……それは、現れた。
そいつの胸部に、無骨な砲身がどういう原理か突如として出現したのだ。
そしてその矛先は……当然、この場に居るもう一人の人間に向けられている。

「……っ!」

咄嗟に、腕元の盾を傾け、時間を停止させる。
目の前のそいつが何を狙っているのかは分からないが、先ほどあのロボット達を使って誘拐を働いた存在の関係者である可能性は極めて高い。
ならば、為すべきことは一つしか無い。

盾から愛用のマシンガンを取り出しながら、思考を纏める。
この追手を適当に痛めつけて、どういうつもりなのか吐いてもらえば良いのだ、と。


……だからこそ、その時起こったことが、全く理解できなかった。

何故、手元にあった筈の黒光りする凶器が、拉げて宙を舞っているのか。
どうして、自分の周囲の光景が、回転しているのか。
熱を帯びた身体の中で、自らの肩口が血を吹き上げているのは何故なのか。
足が地面についていないなんて、おかしい。

訳が、分からない。
冷たい地面の温度が身体全体にぶつかって初めて、ようやく起こった出来事を理解し始める。
自分は錐揉み回転しながらぶっ飛んでいたのだ、ということを。

現実を受け入れた頭を次に襲ったのは、『どうやって』という疑問だった。
『誰が』という疑問は、浮かんでこなかった。
砲身から煙を上げながらこちらを観察している存在以外に、今の状態を作り出した要素が居るとは思えない。

『クレーン アーム』

再びベルトに操作を加えた襲撃者が……更に別の装備品を呼び出していた。
右腕部に新たに現れた巨大な強化部品が、見る者に恐怖を与える。
そして、具現化されたばかりの追加パーツの先端が……発射された。
その標的は、やはり言うまでも無い。

無理やり起こした小さな身体に、多大な重量を持った飛び道具による打撃が加えられる。
発射された部品は、よく見るとワイヤーで襲撃者本体と繋がっているらしく、空中で方向転換を繰り返して幾度も襲い来る。
思考を刈り取られるギリギリの打撃を回避し、時に受けながら、腕元の砂時計を確認するも……中の砂は停止し、周囲の時間が『正常に停止している』ことを示していた。

分からない。
目の前の機械機械しい襲撃者は、何故時間停止の魔術の効果を受け付けないのか。
魔力の無駄遣いでしか無かった術を停止させることによって再び世界が動き出すものの、この場に居る二人の関係性は全く変化しない。

「どうしましたか? 折角手に入れた新しい力を使う気が無いように見受けられますよ」

そのまま『完成』してしまうのも、喜ぶべきことですが。
そう付け加えながらも、嵐のような暴行は続く。
盾でガードしたかと思いきやワイヤーの拘束によって身体の自由を奪われ、人間のものとは思えない腕力によってアスファルトへ叩きつけられる。
身体が持ち続けている熱は、未だに収まる気配を見せない。

「新しい、力……?」

ダメだ。
まるで、勝ち目が無い。
反撃のために幾つかの銃弾を放ってみるも、敵対者の持つ頑丈な装甲の前には手も足も出ない。
虎の子の時間停止が効くならば複数の銃弾を同時に当てて倒せるだろうが、それが通じないのでは嬲り殺しも良いところである。
ミサイルのような大質量の兵器は、近距離で使えば自身も炭となってしまう上に発射に手間がかかり過ぎて使わせてもらえるとも思えない。

『カッター ウィング』

背中に現れたブーメランのような形状の物体を、腕に握って刃物として構えながら、ゆっくりと襲撃者は歩み寄る。
中に人間が入っているだろうという核心とは裏腹に、機械のような正確さを感じさせる冷たい足音が、耳へ響いて仕方がなかった。

「残念です。魔法少女は、世界が終わりを迎えるための糧とはならないようですね」

月の光を背後に背負って黒い影となったそいつの目元の赤い光はやはり無機的で、振りあげられた刃の円弧だけが美しい銀色の存在を主張していて。
襲撃者の暴行によって蓄積したダメージは、溜まった熱とも相まって、もはや身体を動かすことをも許さない。

「――貴女に、良き終末が訪れん事を」

……嫌だ。
死にたくない。
重病を患って病院に居た時だって何度も思った、懐かしい感想だった。
必死に自らの記憶を漁り、活路を導く鍵を掴み取らんと思考を巡らせる。
動かない身体とは裏腹に頭の中は高速化され、幾つもの映像を普段には無いぐらいに回して処理する作業が進む。
ひょっとすると、死ぬ間際に『走馬灯を見るようだ』という表現が使われる時は、こんな気分になるのかもしれない。


――赤いお守りは、持っている人は死なないらしいですわ。

貴女がくれたお守り、緑じゃなくて赤を貰っておけば良かったわ。

――『この町は宇宙人に狙われている』とか、ビシッと言ってやってくれ!

貴女は、宇宙人と同じぐらい警戒すべき存在が居ることを、知る日が来るのかしら。

――後悔したくないから、手を伸ばすんだよ。

貴方の後悔と私の後悔は……もしかすると、似ているのかもしれないわね。

――助けてくださいっ! ワタシこのままだと死んじゃいますよ!

貴女を殺そうとした私を、貴女は恨んでいる?


……映像は、以前のループ世界へと移る。


――君なら、こんな結末を変えられるかもしれない。

貴方は、結末を変えるのにとんでもない対価を求めるじゃない。

――全部、自分のせいにしちまえば良いのさ。

貴女はそう言いながら、自分の力の限界を嘆いているでしょうに。

――凄い能力だけれど、使い方が問題よねぇ。

貴女が凄いって言ってくれた力なのに、爆弾のヒントも貰ったのに、銃の使い方だって教えてもらったのに……『あいつ』には通じませんでした。

――私は格好良いと思うなぁ。燃え上がれぇっ! って感じで。

貴女はそう言ってくれたけれど、完全に名前負けしているとしか思えない。

――格好良くなっちゃえば良いんだよ!

貴女がそう思ってくれる存在に、なりたかった。


……身体が、熱い。
結局、守られる存在は、守る存在には成れないのか。
内に刻んだ大切なヒトの言葉を意識に登らせた瞬間……世界が変わった。
そんな、気がした。


熱い。
胸の奥が、燃え上がるように……熱い!

「私は、私は……っ!」

名前は、その個体に関するイメージを固めるための要素として最も重要に成り得る。
大切な人が、格好良いと言ってくれる、自分。

――彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい。

炎の揺らぎを、見た。
内から湧き上がる激しい衝動が具現化されたような、周囲の光を捻じ曲げる灼熱。
飛び散る火の粉が足元の地面を焦がし、鼻を突く臭いを発する。

身体は、熱い。
それなのに、炎に包まれている筈の身体は、焼け焦げてはいない。
そして、先ほどまであれほど鬱陶しかった筈の火照りが、今は何故か心地良い。

チカラの使い方が、解る。
左手の丈夫な盾の中に力を溜める。
壊れそうなぐらいにガタガタと震える盾を右手で支え、照準を合わせる。

そして……襲撃者に向けて、一気に放出した。
弾きだされたのは、身の丈ほどもある炎熱の塊。
燃えているのは、モノではなく魔力。


至近距離から高熱の塊をまともに食らった襲撃者は、10メートルほども吹き飛ばされてしまう。
……が、身体全体から焦げ臭い煙を発しながらも、倒れることなく踏み止まった。

「実験は失敗かと思いましたが、成功の目が残っていたようですね」

相手は、未だ健在だ。
だが、それがどうしたというのだ。
盾の中にあれだけの熱量を注入した後にもかかわらず、胸の中の熱は未だに目減りする気配を見せない。

「この装甲の耐久力にも再考の余地……が……」

変化は、突然に訪れた。
襲撃者が小脇に抱えた人形に視線を落とし、かの高名な『中の人』に匹敵するのではないかという華麗な二度見を披露していたのだ。

……その人形の頭部には黒い焦げ目が付いている。
人形自体は先ほどの炎熱攻撃の直撃を受けた訳ではないようだが、余熱で傷ついたのだろう。
傍から見ている限りでは、戦闘の続行に差障りがあるようでは無い。
そのはず、だったが。

「ひっ、はあっ、ひひゃああああっ!!?」

男の、錯乱する声。

『キャタピラ レッグ』

震える指でベルトに新たな操作を加えて、襲撃者が取り出した新たな装備は、脚部に追加する形の巨大なキャタピラだった。
あの脚から蹴りを繰り出せば、女子中学生の身体など、量産型宇宙人を捻るのと同じぐらいに容易く捻り潰せるだろう。

それでも、当たり前のように全く脅威に感じなかった。
身に纏わりつくこの熱さがある限り、誰にも負ける気なんてしない筈だ。

そんな熱に浮かれた思考を知ってか知らずか、キャタピラの車輪を高速で回しながら襲撃者がとった行動は……逃亡だった。
車輪は前方ではなく後方へと回り、先ほどまで攻勢だったはずの姿は何処に行ったのかという勢いで逃げて行く。

「待っ……!」

闇夜に姿を暗ませるそいつに伸ばされた手は、空を切る。
心は燃えていても身体は既に限界を迎えていたのだという事を、ようやく思い出して歯噛みするものの、既に周囲には何者の姿も無い。
あいつには、聞きたいことは山積みだったのに。

何のために自分を拉致したのか。
自分に新しく目覚めたこの力は、何なのか。
あの強化スーツらしき存在の正体は。
そして……自分の単騎戦力としての絶対的優位を約束していた時間停止が、何故破られたのか。


疑問は尽きないし、不確定要素はあまりにも多い。
それでも、不思議と不安は少なかった。

新しい能力を手にしたからかもしれない。
恐ろしい敵対者を撃退できたからかもしれない。

「やっぱり、『貴女』には敵わない、よ」

遠い昔に失った親友の言葉を、体現できたからかもしれない。
自分の頬が何だか少しだけ緩んでいるような自覚はあるが、観客も居ないので正す気にもならない。

身体を休めるために仰向けになって拝む星空は、いつもより少しだけ綺麗に思えた。
そういえばここ暫く、空を見上げたことがなかったのかもしれない。
一面の夜空には、明るい街の中では見える筈の無い星の海が広がっていて、その中に優しい輝きを見つけた様な気が、した。

ぽつりと呟かれた大切な名前は、夜の闇の中に溶け込んでいった……



・今回のNG大賞

「ふっふっふ……ここで会ったが百年目ですよ!」

地面に寝転びながら休んでいるところに、こっそり現れたのは……いつかの蝙蝠女だった。
返り討ちにして適当に炎で丸焼きにしたのは、言うまでも無い。

・公開プロットシリーズNo.39
→一度、人称固有名詞を使わないでSSを書いてみたかった。



[29586] 第四十話:Sun goes up――夜明けを待つ休日
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/08 10:45
「真木さん、探してましたよ! 無事だったんですね」

破壊の爪痕を調べていた映司とトーリの元へ遅れて現れたのは、お馴染みの人形ことキヨちゃんであった。
……もちろん、その下にはいつも通りに真木博士を従えているのは当然である。

「大切なクジャクのコアを保管してある場所に確認をいれていましてね。失礼しました」

相変わらず人形の方に視線を向けながら、真木博士は淡々と言葉を連ねる。
その肩に乗せられた人形の頭に少しだけ見受けられる焦げ目らしき部分を……隠しながら。

真木博士の話によると、この建物は危険な実験材料を扱うための隔離施設であり、人間の職員は一切居なかったという事らしい。
また、真木博士のメインラボは別の場所に建っており、データは全てそちらに保管されているので非物的損害は皆無だそうだ。
それを聞いて、安堵の息を漏らす火野映司。
だがしかし……悪い知らせというものは、油断した時に来るからこそ性質が悪いのである。

「しかし、肝心のクジャクのコアは持ち去られてしまったようです」
「ええっ!? まさかグリードが……?」

疑惑のベクトルを無実のカザリとメズールに向ける映司に、真木博士は無言のままPCの画面を見せる。
監視カメラから引き出したと思われる画像に映し出された下手人の姿を、映司たちに見せつけるために。
画面の中で爆弾のピンを口に咥えてまさに爆破活動を行おうとしているその人物が、研究所を破壊した犯人であることは、疑う余地が無い。
そこに映っていたのは、

「ほむらちゃん……?」
「ほむらさん、ですよねぇ……?」

先日トーリを始末しようとしていた、物騒な魔法少女の姿だった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十話:Sun goes up――夜明けを待つ休日



翌日の昼間、自らの住居に隠しておいたグリーフシードによって回復を終えた暁美ほむらは、自身が拉致されていた建物の跡地を捜索していた。
またあの強化スーツを纏った敵対者が現れるかもしれないが、その時は新たに手に入れた能力で返り討ちにしてやれば良い。
あの能力は、威力こそ『ティロ・フィナーレ』には劣るものの、消費魔力から換算した燃費は恐るべきものだった。
おそらく、全快の状態からならば、先日の巨大な炎弾を十数発放ってもまだ余裕があるはずだ。

ひょっとすると、名前を付ける事によっても、威力が変わるかもしれない。
炎の能力を身につける時に自身に起こった変化の原因は、燃え上がるというイメージを強く抱いたからではないか、と暁美ほむらは推測しているからだ。
巴マミとの仲が険悪で無ければ、是非一緒に技名を考えて欲しかったところである。
過去にも『ティロ・フィナーレ』や『ロッソ・ファンタズマ』などのズバ抜けたネーミングセンスを輝かせていた彼女ならば、きっと素晴らしい技名を考え出してくれたに違いない。

「巴、さん……」

いつもの冷血女の仮面を被った暁美ほむらなら、絶対にそんな呼び方をする訳が無い。
呼ばれた本人が居ないのは当然のこととして、誰も視線を注ぐ者が居ない瓦礫の山の中だからこそ、漏れてしまった一言だった。

だからだろうか。
瓦礫の山の中の、つまらない一つの物体に目がとまってしまったのは。

……ダテ眼鏡、だった。

度が入っていないそれは一介の装飾品に過ぎず、襲撃者たちの手掛かりとして有用とも思えない。
それでも気になってしまったのは……やはり、かつての自分を思い出すことが多かった最近の思考の傾向のせいだろうか。
丁寧な動作でダテ眼鏡にかかった埃を払ったほむらは、四次元ポケットもとい円盾に、たった一つの戦利品を収納したのだった。
次に訪れるべき場所の事を、考えながら。

実は、暁美ほむらはトーリを抹殺しようとした日の夕方に、巴マミの住んでいたマンションを訪れているのだ。
もちろん、彼女が『協力者』を使っている理由を聞き出すためである。
ところが、そこに残されていたのはガス爆発でも起こったのかと思うような破壊の残り香だけであった。
その中には明らかに銃弾によるものと思しき痕も残されており、あの場所で巴マミが何者かと戦闘を行ったということは間違い無い。

だがしかし、ほむらがループを重ねてきた世界において、一度たりともあのマンションが戦火に晒された事など無かったはずなのだ。
魔女は能動的に魔法少女を襲うことは無いのだが、だとすると一体誰が?
巴マミが一般人の『協力者』を必要とした理由も、そこにあるのかもしれない。
原因の心当たりとしては、やはり昨晩のロボットやパワースーツを所持している者だが、断定は未だ早いと暁美ほむらは思っている。

何処に行けば、巴マミに会えるのだろう?
中学校に登録された書類上の記載は未だに壊れたマンションのままになっており、新住所を突きとめるのも一苦労だ。
そもそも今日は登校日では無いし、仮に校内で会おうにも人に聞かれている状況では込み入った話も出来ない。

……分からなかったら、人に聞けばいいのだ。

『もしもし、美樹さやか?』
『もしもしー? 転校生ってあたしの携帯の番号知ってたっけ?』

コイツなら、間違い無く巴マミの連絡先を知っているはずだ。
尚、今は珍しくなった公衆電話から通話している……などということは無く、普通に自分の携帯電話からである。
さやかの電話番号を知っていたのは、ループ知識の有効活用ということにしておこう。

『巴マミに伝言を頼みたい』
『直接本人に、じゃダメなの?』

第一声として返ってきたのは、当然の疑問だった。
別に、相手がそう答えるのは、不自然なことでは無い。
美樹さやかだって、常識的な受け答えをすることぐらいあるに決まっている。

『私は巴マミの連絡先も住所も知らない』

ほむらは携帯電話の連絡先も知っていたはずなのだが……何故か繋がらなかったのだ。
誤って端末を水没でもさせたのだろうか?
登場人物が特に理由もなく携帯電話を不所持だったりするのは、特撮の世界ではよくあることなので、気にしてはいけないのかもしれないが。

『そういうことなら、お姉さんにどんと任せちゃいなさい!』
『「今夜、事故の場所で待っている」と伝えて欲しいわ』

事故。
他の人ならいざ知らず、巴マミという魔法少女に関連している事例において、その単語が指し示す出来事はたった一つしか存在しない。
彼女が生まれる世界を間違えていれば、間違いなく短命な灰色の怪人として覚醒していただろうと密かに囁かれる、例の交通事故である。

『オーケー牧場っ!』

貴女は一体いつの時代の人間なの?
そう思わずには居られないほむらだが、時間を巻き戻している自身もある意味他人の事を言えないのかもしれない。

『美樹さやか』
『うん? まだ何かあった?』

何となく、追加して言葉にしないといけない気がした。
快く自分の頼みを引き受けてくれた「友人」に対して。

『……「ありがとう」』
『良いって良いって。何か言えない事情があんでしょ? まぁガンバレ』

暁美ほむらが何か口外できない事情を持っている事を慮って、尚且つそれを聞かないでおいてくれているらしい。
……おかしい。
流石に、あの美樹さやかがこんなに空気を読める筈が無い。

『……貴女、本当に美樹さやか?』

通話は、既に切られていた……



一方、転校生からの意外な依頼を受けた美樹さやかはと言うと……

「気になる……!」

――まぁ、本人が直接言ってくれるのを待つのも、『友達』ってやつでしょ。

どうして自分はあの時、あんなことを言ってしまったのか。
何というべきか、戦闘後のハイテンション的な何かが台詞の補正として掛ってしまったとしか思えない。

「まさか、あの転校生の過去にマミさんが関わってたなんて……」

意外な人選にも程がある。
転校生がマミさんの事を知っていたのは把握しているが、この二人の間には何があるのだろうか?
そして、今更気になり始めた事は、転校生が待ち合わせの時間の指定を抜かしていたことである。
ただ単に転校生が伝え忘れただけかもしれないが、『事故』という二文字だけで通じあう何かがあったのかもしれない。
既に日も沈み始めているため、『今夜』という言葉が『この後すぐ』という意味で用いられているかもしれないが。

……好奇心は、猫をも殺す。
目覚めて走り出した好奇心は、未来を描いて進み続けるしかない。

『もしもし、マミさん?』
『あら、美樹さん。こんばんは』

転校生からの要件を手早く伝え……とりあえず、聞きたいことは聞いてみることにした。
連絡手段は、もちろん念話である。

『それで、「事故」って何の事なんですか?』

そして、聞いてみて、少しだけ後悔した。
巴マミは交通事故で両親と3人揃って致命傷を負い、その時たまたま通りかかったキュゥべえと契約することで巴マミ1人だけが生き残った……ということらしい。
とても、同行を求めるための質問を巴マミに投げかける気には、なれなかった。

……でも、気になる。

悪いと思いつつ、既に暗くなった街を魔法少女の健脚で駆けることにしたのだった。
事故の場所をさやかは知らなかったが、同居人のキュゥべえに聞いたらあっさり教えてくれたので、こっそりと様子を見に行くことに決めたのだ。
盗み聞きがバレても射殺されるとまでは思わないが、やはり罪悪感は拭えないので。

『……射殺されないよね? されるわけ無いよね?』
『友達を撃ち殺すなんて、どうかしてるよ』

さり気無くキュゥべえさんに助言を求めてみたが……彼がそう言うならそうなのだろう。多分。
微妙に射殺される可能性が否定されていないような気もするものの、そこは持ち前の建設的思考で振り切る。
気分は、古代民族の密会を盗み聞きする、理不尽なまでに身体が頑丈だと評判の刑事さんである。


そして辿り着いた先は……とある高速道路の、高架線下だった。
おそらく当の事故自体は地上数メートルの高さにある道路上で起こったのだろうが、流石に自動車道に徒歩で入りこむのは迷惑だという配慮は働いているようだ。
さやかが辿り着いた時、ちょうど巴マミが、暁美ほむらの待つ場所に近づいて行くのが見えた。
言いようの無い緊張を感じているさやかを余所に、ほむらとマミの合流は特に問題も無く為されたらしい。


「意外……狙撃の一発ぐらいされると思っていたわ」
「この場所ではそういう気分になれそうじゃないの」

いきなり物騒な挨拶を始める二人に、さやかは思わず肝を冷やさざるを得ない。
確か、暁美ほむらの話では巴マミは危険人物だったはずだが……マミの返事を聞くと、若干空恐ろしいものがある。
人間相手に『そういう気分』の時があるのだという意味にも受け取れる台詞だったのだから。

「それに、貴女がキュゥべえを恨む気持ち、少しだけ分かっちゃったから……かな」

……えっ?
転校生がキュゥべえを恨んでいる、というよりもまず知り合いだったという段階から驚きである。
そして、マミさんも転校生もキュゥべえを恨んでいる?
キュゥべえを狙ってる存在が居るっていうのは聞いてたけど……まさか、この二人が?

「……今の貴女は、魂の在り処を知ってしまっているの?」

何それ。
長野の遺跡に古代の究極の闇の魂でも封印されてるの?
もしくは、お前の優しさはどうした的な大軍を従えた邪神とか?

「それを理由にキュゥべえを殺して良いとまでは言いたくないけれど、文句の一つぐらいは、ね」

さやかには、話が呑みこめない。
RPGのラスボス的な存在に勝てないと魔法少女は全滅してしまうとか、そういうノリ?

「それで、今晩は何の用かしら? 私の過去を知っているようだけれど、何か不審な点でも見つけた?」

『過去』という言葉はおそらく、この場所で起こった事件を含んでいるのだろう。
巴マミがこの場所で魔法少女の契約を結んだ、ということを。
そして、マミさんの口ぶりから判断するに、転校性はマミさんから直接そのことを聞いたわけでは無さそうだ。

「貴女の『協力者』に会ったわ。確か、火野という人」
「……っ」

かなり離れた距離から見ている筈のさやかにも、容易に分かった。
巴マミの表情が、険しくなったことが。
でも、マミさんがパンツマンの話題を振られて困ることって何だろう? とも思ってしまう。
確か、マミさんはパンツマンとは暫く別行動をとるって言ってた気もするけど、あいつが何かやらかしたのかな?

「魔法少女の候補生ならまだ分かるとしても、魔法に無関係な協力者を貴女ほどの魔法少女が必要とする事態が……私には想像できない」
「随分と、私を過大評価しているのね」

暁美ほむらとしては、マミと映司の仲は、ひょっとすると男女のアレコレなんじゃないかという仮説も抱いているのだが……一応保留ということにしてある。
現状、一番の候補は、ほむらが『ワルプルギスの夜』の到来を示唆したことが原因となった可能性だが、それでも一般人の協力者が役に立つとは思えない。
そして、暁美ほむらは『火野映司』という人間の事は知っていても『仮面ライダーオーズ』の事は知らないのだ、とさやかとマミには理解できた。

……美樹さやかだって、それぐらいの理解力を発揮することはあるのだ。
この世界の美樹さやかにはおバカな補正がやや強めに掛かっているために、今一つ説得力に欠けるかもしれないが。
何だかんだで、ウヴァさん並みの知能は持っているのである。

「私は、誰よりも貴女の強さを知っているもの。貴方と戦うのを怖いと思う程度には」

正確に言うと、強さというよりは相性の問題で、暁美ほむらは拘束技が苦手なのである。
もっとも、戦闘能力云々以上に、色々な意味で師匠である巴マミとは心情的にも殺し合いたくないという思いも大きかったりするのだが。
……それはさておき。

「私、最近知ったんだけれど……他の人から怖がられるのって、結構辛いのよ」
「それは私も、よく分かる」

『キュゥべえ、あたしも時々、自分の魅力が怖くなることがあるんだ……』
『人間が言う冗談というヤツは、やっぱりボクにはさっぱり理解できないよ』

なんだか微妙に、キュゥべえにバカにされた気がした!
……後で雑巾みたいに絞り取ってやる!

「貴女の住んでいたマンションが壊れていたみたいだけど、あれも『協力者』に関係があるの?」
「待って。今すぐ敵対するつもりは無いとは言っても、貴女の事を全面的に信用したわけじゃないのよ」

どうやら、巴マミは暁美ほむらに対して情報開示を躊躇っているらしい。
具体的には、メダル関連の話をするのかどうか、若しくは何処まで情報を与えるのか、といった辺りが悩みどころなのだろう。

そして、美樹さやかはどうするべきなのだろうか。
転校生の事は友達だと思っているし、マミさんの事は魔法少女仲間兼先輩だと思っている。
というか、話の流れ的には転校生様も魔法少女な気がしてならない。
出来ればこの二人が仲良くしてくれると良いが……そのための考えが、全く思いつかないのだ。

『何か無いの? キュべえもん?』
『ワケが解らないよ』

同じ猫型のくせに、役に立たない奴である。
そんなどうでも良い事を考えていた時だった。

その音が、聞こえたのは。
さやかには聞き覚えのある、クラシック曲を軽快にアレンジしたメロディー。

「しまっ……」

美樹さやかの、携帯電話だった。
咄嗟に身体の向きを反転させて走り出しながら、ポケットの中に手を伸ばす。
取り出して電源を切ろうとした次の瞬間に聞こえた新たな音は……手の中の機械が、バラバラに砕け散るハーモニーだった。
人間を凌駕する美樹さやかの動体視力が捉えていたものは、一瞬だけ視界に映った円錐と円筒を足して2で割ったような形状の物体。
……それは、世間一般の人々からは銃弾と呼ばれる代物に違いない。

次の瞬間には、その脚と身体を赤いリボンが絡め取り、動きを封じる。
そして、頭の後ろにあてられた、温かみの無い金属の筒。

「盗み聞きとは……良い趣味じゃない?」

気付かれても逃げ出せるはずだと美樹さやかが判断していたはずの距離は、瞬間的に詰められてしまっていて。
背後からかけられる声は……何処か冷たく、恐ろしかった。

結局、盗み聞きを働いていた人物が美樹さやかであると判明した段階で、巴マミによる拘束は終わりを迎えた。
……だが、その時の何とも言えない感覚は、嫌にさやかの記憶へと残ることとなる。

束の間の体験の中で、さやかは自身らに殺されたグリードの気持ちが少しだけ分かったように、思えたのだった……



・今回のNG大賞
研究所の廃墟にて。

「何か、メダルの資料とか残ってると嬉しいんですけどねぇ……」
「また、会ったわね」

「…………えっ?」

ピチューンッ!
火事場泥棒を試みていたオリ主が一匹、その命を神に返したようです。

・公開プロットシリーズNo.40
→みんな、盗み聞きは止めようね! 一条刑事との約束だ!



[29586] 第四十一話:変異
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/12 03:49
とある休日の昼下がり、夢見公園に珍しい客が顔を見せて、蝙蝠のヤミーを驚かせていたりして。

「やぁ、調子はどう?」
「特に変化は無いですねぇ」

銀髪に黄色を基調とした服を着た、どこか軽い雰囲気を纏った青年が、近頃この公園に住み付いている魔法少女ヤミーの様子を見に来たのだ。
この青年の正体は……お察しの通り、猫怪人カザリさんである。
突然のカザリの訪問に、思わず周囲を見回して映司の影を探してしまうトーリ。
グリードと仲良く話している姿を見られたら、トーリ自身まで怪しまれてしまうからである。

「オーズなら、僕が人間に化けた姿は知らないはずだから大丈夫だよ」

もっとも今はここには居ないみたいだけど、と付け足しながら、頭の後ろに腕を組む恒例のポーズをとって見せる。
確かに、トーリが確認した限りでも映司の姿は見当たらない。
人間に聞かれるとマズい話題を抱えている二人は、人気の無い場所を目指して移動を行い、ようやく一息吐くこととなるのだった。
この行動には、トーリに付いている財団の監視を引き離す意味もあったりする。

「それで、変化が無いって言ってたけど、もしかしてオーズが持ってた緑のコアって取り込んで無いの?」

てっきり取り込んでるんだと思ってたけど、とカザリ。

「取り込みましたよ? 今、合計で4枚ありますけど……特に身体に変わったところも無いですね」

カザリとしては、コアを急激に取り込むことによる危険が存在するかもしれないと考えての実験のつもりだったので、暴走が起こる予兆が無いのは嬉しい。
だがしかし、パワーアップが見込めないのでは実験の意義自体が問われる。
そこで、思いついたのだ。
……とにかくコアの数を増やしてみよう、と。

「まず、『コレ』を取り込んでみなよ」

そして、物事には順序というものがある。
始めにカザリが取り出したのは……バッタのコアだった。
先日映司から奪ったものである。
そして、あまり勢いを伴わずに投げられたコアは、そのままトーリの身体の中へと入り込む。
……入りこむ、だけだった。

「やっぱり何ともないです」
「ちょっと試しに、前に取り込んだコアを一枚出してみてよ」

クワガタ一枚を取り出させるカザリの真意を、トーリは読むことが出来ない。
だがしかし……今回は、不思議な違和感を抱いた。
その感覚を、どう表現すべきか……

「ある筈のものが無くて物足りない……そんな感じ、しない?」
「まさに、そんな感じです」

トーリの反応を聞いて満足した様子のカザリが、クワガタのコアをトーリの中に戻してみる。
すると、何とも言えない寂しい感覚が、少しだけ和らいだように思われた。
それでも、完全にその感覚が消えたわけではない。

「どう? トーリ。そのコアを抜く前とは、何かが違うんじゃない?」
「うーん……確かに、何か変な感じです。でも、何でですか?」

トーリの抱く言いようの無い違和感の正体に、カザリは心当たりがあるのだろう。
カザリの口ぶりからは、確かにそう感じられた。

「何となく、僕らが欠けたコアを取り戻したいっていう感覚と同じなんじゃないかと思ったんだ。理由はそれだけだよ」

トーリは、気付かない。
その欲望を抱くということが、どういう意味を持っているのか……を。

「そうだ、今の君なら普通のヤミーは無理でも、屑ヤミーぐらい作れるんじゃないの?」
「くずやみー……?」
「弱いけど、便利に使える手下みたいな感じかなぁ」

セルメダルを真っ二つに割る真似をしてみて、その作り方を教えてやるカザリ。
もちろん、自分のメダルが勿体無いので、自身では実演しないが。
そして、なるほどと頷いてセルメダルを割ってみるトーリの足元から……身体の半分程度を白い包帯に包んだ、黒い肌の生物がゆっくりと起き上がって来た。
申し訳程度に人間のような五体を持っているものの、関節が奇妙な方向に曲がっていたり奇妙なうめき声をあげたりと、この上なく不気味である。

「この人達に空き缶を集めさせれば、結構なお金になりそうですよね」
「何で発想がホームレスなのさ? もっと良い方法はいくらでもあると思うよ……?」

公園に入り浸っているうちに、公園の住民たちの思考に段々と毒されている気のあるトーリ。
元来、このオリ主は流されやすい性格をしているのかもしれない。
屑ヤミー金融で稼ごうとしたウヴァさんの娘らしい発想とも言えるかもしれないが。

元気に動き回る屑ヤミーを観察するトーリに、カザリが向ける眼差しは……どこか、冷めていた。
当然、そんなことに敏感に気付くトーリではない。

「それで、本題なんだけど、こっちのメダルも取り込んでみてよ」

カザリが話を本題に戻し、更なるコアメダルを懐から取り出す。
そのコアの色は……灰色だった。
数は2枚であり、種類はサイとゴリラである。
何の警戒も無く、トーリはカザリから放られた灰色の2枚を受け止め、取り込んでみた。

……取り込んで、しまった。
さきほどの5枚目と、同じように。
何の疑いも、しないで。

「アレ……?」

身体に、電流でも走ったような感覚。
それと同時に襲い来る、不気味な異物感。
自分という存在が変質しているという実感以外の何もがはっきりとしない、気持ち悪さを伴った浮遊感に囚われる。
身体の中で異なる力同士がぶつかり合い、互いを食らおうとしている余波が、身体を内部から傷つけている、ような。
自身の内部に力が入ることによって満たされる快楽と、力が相反して傷つけられる不快感が共存している、不可解な拮抗がそこに生まれていた。

「どう?」
「なんらか、あたまが、ぼーっと、ひまふ……?」

呂律が回らなくなったトーリは、いつの間にか足元も覚束なくなっている。
焦点が合っていない瞳や少しだけ朱のさした顔は、いつも以上の頼り無さを醸し出していて。

「う、うん……?」
「既存のメダルが5枚の時に2枚を取り込むのは少し危険、か。既に取り込んでるメダルの5割以上を一度に入れると、割とマズそうだね?」

次は四枚同時に投入してみよう、と密かに決意するカザリさんをよそに、トーリはそのまま地に伏してしまう。
結局、目を回して倒れてしまったトーリを脇に抱えて、カザリは夢見公園へと引き返したのだった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十一話:変異



そして、休日に外出するのは、何も魔法少女と怪人だけではない。

「うわぁ……何コレ……」

野原の中に散りばめられた銃痕と、焼け焦げた土。
それが、言葉の主を取り囲む風景だった。

「やっぱり、か」

そして、人陰は一つしか存在しないはずなのに発せられる二つ目の声が、それに応えた。
普通の女子中学生の鹿目まどかと、腕怪人から掌怪人にランクダウンしたアンクである。

「これが、誰かがアンクちゃんのメダルを使った痕なの?」
「ああ、あの感じは、確かに俺のメダルだった……」

アンクの話によると、昨晩何者かがこの焼け野原で赤のメダルを使用したのを、アンクは感じ取ったのだということらしい。
確かに、そこかしこに散らばる空薬莢や抉り取られた地面を見れば、何者かがそこで戦っていたということは容易に推測できる。

「アンクちゃんのメダルって、巴マミさんに一枚取られてたよね? それの事?」

……アンクがバラバラにされるところだった状況で、飛び散ったメダルの色を覚えている鹿目まどかがやや不自然ではある。
その状況が衝撃的過ぎて記憶に鮮やかに残ってしまっているのだろうか。
それは、ともかく。

「いや、タカのメダルには炎を扱う能力は無い。別のだな」

アンクは、そのメダルの種類に目星をつけていた。
自分のメダルなのだから間違えるワケが無い。
オーズの腕パーツを構築するコアにして、アンクの炎の能力を司る中枢機能を果たす部位でもある、クジャクメダルだ。

「オーズっていう人が、何処かからアンクちゃんのメダルを見つけ出して使ってたとか?」
「それが……最有力候補だなァ」

正直に言って、それ以外の候補を思いつくわけでもない。
尚、アンクはオーズの概要をまどかに話しては居るものの、その正体が火野映司である事は伝えていない。
もしそれを知られたら、映司に保護してもらえ、と言われそうだからである。
アンクとしては、向こうが勝手に助力してくるのは構わないが、自分から頼むのはゴメンだ。
その時は、頼むのではなくて命令か取引で無ければならない。

「ここでオーズとグリードが戦って、後藤辺りが補佐で銃を使った……これが、一番ありそうな線か」

オーズが普通にメダルを使う限りでは、アンクが遠方から気配を感じられるほど力が漏れ出すことはない筈なのだが……
ひょっとすると、アンクの予想もしないような無茶を、オーズがやらかしたのかもしれない。
火野映司という男ならばそれぐらいの危険は冒しても不思議では無い、とアンクは思う。

「後藤って、鴻上財団の後藤さん?」

何故こいつが後藤を知っているのか。
……と、一瞬疑問に思ったアンクだが、以前まどかの記憶を覗いて見た時の事を思い出して疑問を氷解させた。

「そうだが……お前の財団関連の勘違いには色々無理があんだろ。まず、鴻上の娘があの黒いガキっていうのが一番有り得ないだろうが」
「えー……そうかなぁ? その時はありそうだと思ってたんだけど……」

何となく、まどかの言葉を聞いたアンクは、暁美ほむらの抱いていた懸念が理解できた気がした。
確かに、こいつならキュゥべえとやらにあっさり騙されそうだ、と。
その時……アンクは、そう確信を持ったという。

既に日は傾き始め、現場から撤収しながらぽつぽつと話を続けるまどかとアンク。
人通りが多くなるに従って人目も増え、会話も交わし辛くなってしまうが、二人の間には特に気まずさは無かった。
というか、アンクはカバンの中に沈んでいる時には、まどかは基本的にアンクの存在を意識しないのだ。


そんな、時だった。
ふらふらとした足取りで歩く、友人の姿を目撃したのは。
何処かハイソサイエティとでも言うべき雰囲気を振り撒いている筈の、おっとりした女の子。
それが、鹿目まどかの目の前を通り掛かったのだ。

「仁美……ちゃん?」
「あら。鹿目さん、ごきげんよう」

まどかの方を振り向いて丁寧に挨拶を返してくれる志筑仁美の様子を見て、鹿目まどかは少しだけ何かが違うという思いを抱いていた。
何気ない視線の動きというか、会話のテンポというか、気にしなければ流してしまえる程度の違和感。
もし、鹿目まどかが巴マミに連れられて魔女退治体験コースに同行するような経験を持っていたなら、気付けただろう。
志筑仁美の首筋に植え付けられた、魔女の口づけの存在に。

「これからまた習い事?」
「いいえ、ここよりもずっと良いところですのよ。鹿目さんも是非ご一緒に……」

だがしかし、この時間の鹿目まどかは、魔女を見たことも無い。
暁美ほむらの説明によって言葉だけは知っているのだが、実感が伴っていないのだ。
だからこそ、『友達』の誘いに、ほいほいと付いて行ってしまう。

道行く人が仁美と同じ方向に向かって歩いていることにも、気付かない。
鹿目まどかが周囲の様子に明確な不信感を抱いたのは……町はずれの工場の中に入ってからだった。
操業を停止している廃工場の中に、日も沈んだ時間に十数名もの人間が居るという不審な空間が成り立っていれば、流石におかしいと思うのも無理はない。
そして、あろうことか……周囲の人々はバケツを用意して、その中に複数種類の洗剤を流し込む準備を始めたのだ。

「それはダメッ! 皆死んじゃうよ!?」

その行為が意味する未来が毒ガスによる心中であるというぐらいの事が分からない鹿目まどかではない。
仁美の制止を振り切ってバケツと洗剤を纏めて窓から投げ捨てるまどかだが……状況は悪いままである。

「後悔しますわよ……神聖な儀式を邪魔したことを……!」

目の光を失った人々がまどかに詰め寄り、言いようの無い圧迫感を与え始めたのだ。
歩いて近寄ってくる人々から走って逃げ回るまどかだが……数の利を生かされ、簡単に部屋の隅まで追いつめられてしまう。
人間の森を抜ければ、その先には扉が見えるが……そこまで辿り着いたとして、その扉は通行可能なのだろうか?
もちろんドアを施錠せずに放置しているという相手の迂闊さを期待するのは危険だが、それ以外に方法は無いのかもしれない。
強いて言うならば、洗剤とバケツを放り捨てる時に使った窓だが、地上3メートル近い場所に設置されたそれに跳び移れるとも思えない。
一応、枠を隔てて下方にも窓ガラスは伸びているため、そこをぶち破って脱出するのも不可能ではないが。

「そうだ……さやかちゃん達を呼べば……!」

文明の利器に頼って増援を求めるも、1コール後から電波が繋がらなくなり、電源の届かないところに云々というメッセージが流れるだけの状況になってしまう。
……慌てて携帯電話を取ろうとして、落として破壊でもしたのだろうか?

まさか、鹿目まどかには想像も出来ない。
美樹さやかの携帯電話が、危険な魔法少女の放つ銃弾によって粉砕されたなどということは。
そして、携帯電話をマナーモードに設定する程度の常識を持ち合わせているほむらさんも、当然着信に気付く筈は無い。

「アンクちゃん……何か良い手って無い?」
「そうだなァ。よく考えたら俺はあの窓から抜け出せば良いか」

とは言え、もちろん人間の協力者を失うのは惜しいのだが。

「そんな酷い事言わないで、私達が助かる方法を、一緒に考えてよ……!」

私達、という言葉の響きが、引っ掛かった。
アンクは別にピンチでは無いというのに……そこまで考えて、ようやく、アンクは気付く。
その複数形に含まれているのは、この工場に居る全ての人間なのだということに。

……他人の心配してる場合か、お前は。

「この間の意識を空っぽにするヤツ、今出来るか?」
「分かんないけど、やってみる!」

アンクに作戦があるのだと信頼するのは構わないが、その作戦の内容ぐらい聞いた方が良いだろうに。
そう、アンクは思う。
まどかの意識が向いていない間にアンクが窓から逃げるということは、考えないのか?
前回まどかに同じことをさせた時も抱いた疑問だったが……今回はあまり考えている時間は無いようだ。

アンクが飛びまわって適当に人間達を躓かせたり突き飛ばしている間に、まどかは呼吸を整え……そこに、アンクが飛び込む。
意識の錯綜は、ほんの一瞬だけのことだった。

「……全く、面倒なガキだ」

突然目付きが粗暴になり、言葉遣いも乱暴なものになった鹿目まどかを目の当たりにして、一瞬だけ様子を見ようと立ち止まってしまった人間達。
そしてその隙を、タカの目は見逃さなかった。
普段の鹿目まどかからは考えられない速度で駆け、邪魔になる人間を殴り飛ばすという凶暴性を見せつけながら、一直線に目的の場所まで進む。
人間を殴った柔らかい左手がじんじんと痛みを主張するが、意識の外に放り出した。

目指すは、洗剤を投げ捨てる時に使った、窓。
普段の鹿目まどかならば触れることさえ絶対に出来ない高さにある、夜の光の差し込む出口。

大丈夫だ。
泉信吾刑事の身体を使っていた時は、この程度の廃工場なら屋上まで一気に飛び乗るほどの脚力があったはず。
例え今のアンクのセルメダルが10枚しか無くて、身体が貧弱な泣き虫だったとしても、これぐらいの距離も飛べなくて何が鳥類の王か。

かつて自由に大空を駆けた時代を夢想しつつ、子供の身体を借りた王は……飛び上がった。

「おおおおっ!!」

かくして伸ばされた小さな手は……辛うじて窓の枠を掴むことに成功する。
そのままの勢いで窓をよじ登り、鹿目まどかの身体の小ささを活かして窓の外に無理矢理抜け切る。
服や無駄に長い靴下にガラスの欠片が引っ掛かって幾つか切り傷が付いてしまったが、このガキだって命あっての物種だと思ってくれるはずだ。
脱出後の着地に失敗して顔や体を泥だらけにしてしまったが、それも過ぎた事である。

「ぜぇ、ぜぇ……この、身体、弱すぎ、だろ……」

たったこれだけの運動で息が上がってしまっている鹿目まどかの体力を確認して、改めてその貧弱さを思い知るアンク。
仮にも現役の警察官である泉信吾と比べてはいけないのだろうが、そんな事はアンクの知るところでは無い。

口の中に入った泥を道端に吐きながら、アンクは少しずつ鹿目まどかの脚を動かして、歩き始める。
あまり身体に残っている体力は多く無いというのに、アンクは不思議と足取りの重さは感じなかった。
本人も気づかないうちに、その頬が少しだけ緩む。

通りすがりの誰かがその子供を見れば、きっとこう言っただろう。
何かをやり遂げた顔をしている、と……



・今回のNG大賞
「ところで、キミの持ってるセルメダルって何枚ぐらい?」
「な、なんでそんな事を聞くんですか……?」
「別に、奪おうって言うんじゃないよ」
「占めて、3000枚ぐらいです」
「ころしてでも うばいとる!」

グリードとは、名の通り強欲の体現なのかもしれない。
尚、3000枚の内訳は、大体はウヴァとガメルを倒した時の分。
グリード2体も爆殺してるんだから、これぐらい無いとおかしいような気がして。

・公開プロットシリーズNo.41
→怪人に操られちゃうのも、ヒロインの宿命の一つ。



[29586] 第四十二話:恐怖心 俺の心に 恐怖心
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/12 02:39
「……っと、そういえば、『私達』とか言ってたか」

まどか一人分の身体だけを引きずって帰ろうとしたアンクだったが、それなりに重要な言葉を思い出してしまっていた。
アンクには、廃工場の中の人間を助ける理由など無い。
だがそれは……鹿目まどかを助ける時にだって、言えたことではないのか?
自然と足が止まり、行動方針を決定するために頭を動かし始めた。


そして、その一瞬のタイムロスが更なる危機を引きずり込む。
駆け出す間もなく、不気味な笑いを張り付けた天使モドキが周囲に現れたのだ。
戦闘は無理なのだから、アンクの取れる選択肢は二つだけ。

アンクは……無意識のうちに、天使モドキの手の内を探るための様子見を選んでしまった。
自身でも気付かないうちに、アンクの精神面は変化していたのだろう。
結果的には、脇目も振らずに天使から逃げ出すのが最善策だったのだ。
手を貸してくれる子供を傷つける可能性を減らす方向へと、思考が流れてしまっていたのかもしれない。

ふらふらと近寄ってくる天使モドキを全力で殴って遠ざけ続けながら、必死に活路を見出そうと周囲を見渡す。
使い魔の戦闘能力があまり高そうに見えないのが、不幸中の幸いと言えるのかもしれない。
だがしかし、気味の悪い浮遊感を伴ったホールが視界に飛び込み、その身を囲む空間が既に魔女の結界そのものであることを教えてくれた。


「くそっ……!」

舌打ちと悪態を吐きながら、アンクは考える。
魔女の結界を抜け出す方法が、存在するのかどうかを。
結界の主を撃破すれば結界が無くなるのは知っているが、それが出来るとは思えなかった。


瞬間、

「が……ッ」

腹部に発生した熱い何かを感じ取り、視線を落とすと……
溢れ出る凶暴性を惜しむことなく発している強靭な爪が、腹部から生えるように突き立てられていた。

「これ、は……?」

アンクは、その凶器に見覚えがある。

忘れるはずもない。
目覚めの日にアンクが持ち去った4種のメダルの内の一つを使った時に、発現する能力。
そして、使用者はグリードを封印する能力を持った者しか有り得ない。

「映、司……?」

痛む腹部に構わず、アンクはその身体の首を回して背後に視線を向ける。
そこには……緑色の目が、あった。
おおよそ感情というものが感じられない無機質なタカの目が、子供の顔を借りたアンクを観察していたのだ。

違う。
映司は、こんな目はしない。
無表情な筈の仮面を被っている人間からその内面を読み取るというのも奇妙な話ではあるが、アンクにははっきりとそう感じられた。

これは、まるで……
アンクには、この状況が覚えのあるもののように思えた。
そして、すぐに思い出した。

悪魔と化したオーズに背後から切り裂かれる、悪夢を。
800年の眠りへと道連れにされる、忌わしき記憶を。

「ぐっ、あああああああっ!?」

咄嗟に腕を回して強欲な王を振り切ろうとするが、彼の暴君は煙のように消えていて。
身体の方に視線を回すが、鹿目まどかの身体にも穴は開いていない。

わけが、わからない。

間髪置かずに、アンクの頭の中に、次々と記憶が溢れかえってくる。

かつて、古代の王と共に世界を手にしようと、夜な夜な語り合った事。
……その王に、裏切られて眠りに就いたことも。

「うるさい」

目覚めてから浮浪者や魔法少女と出会い、不満を垂らしながらメダルを集めた事。
……そして、同じように始末されそうになったことも。

「うるさい……っ!」

アンクには、分からない。
それらの記憶を思い出して、何故こんなにも胸の奥が痛むのか。
思わず抑えてしまった胸部は、何の反発力も見せない。

いつの間にか、自分の前にはテレビによく似た箱があって。
アンクを抹殺しようとした面々が順に並ぶ最後に映し出されたのは……『使える馬鹿』の二人だった。

なんだ。
何が言いたい?

「その二人も……俺を消す、ってか?」

錯乱していた頭が、急に冷えた。
全てを、理解した気がする。
今までの記憶の乱流は、目の前のコイツが仕掛けたことだ、と。
そして、アンクを精神的に追いこんで何かをしようとしていたのだ、とも。

「ふざけんな」

ディスプレイの表面の透明な素材が、粉々に砕け散った。
そこに映っていた忌まわしい記憶達が、欠片となって消えていく。
少女の手を借りたアンクの、全力の右ストレートによって。

アンクはまだ、理解していない。
何故、こんなにも目の前の存在を潰してやりたいと思ってしまったのか。
どうして……こんなにも自身が腹を立てているのか、を。

殴りつけられて、加えられた運動ベクトルに従って、テレビのような箱は移動していく。
まるで、重力の影響を受けていないかのように。
……距離が、開いてしまった。

重力を感じないこの空間における移動は、困難を極める。
アンクにかつてのような翼があれば大分戦況は変わっていただろうが、無いものは無いのだ。

その尖った目に映った光景は、翼を持った天使モドキがゆっくりと群がってくる図だった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十二話:恐怖心 俺の心に 恐怖心



天使モドキを殴り続けて、どれぐらい時間が経っただろうか。
そんな時だった。
『そいつ』が、現れたのは。

「ボクと契約して魔法少女になってよ!」
「お前……やっぱり生きてやがったか」

無機質な赤い瞳を輝かせる白い獣の姿が、確かにそこには存在した。
そして、意外な来訪者に驚きながらも、天使モドキを遠ざけるための手は休めないアンク。
やはりアンクの読み通り、キュゥべえは生きていた。
加えて……間違い無く、暁美ほむらはキュゥべえが生きていると知っていたはずだ。
そう、アンクは確信していた。

「君がグリードのアンクだね。鹿目まどかを守るのは良いけど、むしろ君は彼女を傷つけているんじゃないかな」

その言葉に、アンクは思わず、間借りしている身体を見回してしまう。
服には所々破れたり泥が付着したりといった損傷が無数に見られ、特に天使モドキを殴り続けた拳は、爪が割れて手の中が真紅に染まってしまっていた。
アンクの怪人態が具現化している右手はまだしも、左手は酷いものである。

「鹿目まどかを守るのが君の願いなら、むしろ彼女をボクと契約させてこの場を切り抜けるべきだ。それが最善策だろう?」
「俺に命令すんな」

キュゥべえの問いに、アンクは頷かなかった。
命令するつもりは無いんだけど、と首を横に振りながら補足するキュゥべえの動きは……何処か機械染みている。

「ボクから強制は出来ないけど、だったら君はどうするんだい? このままだと君達は二人とも魔女に食べられてしまうだろう?」
「断る。お前は、前に俺を引っ掻いた猫と似てる!」

確かに、キュゥべえさんも猫によく似た生き物ではある。
しかも、口調は活字にすれば全く同じと言っても過言ではないほどに、アンクの知り合いの『猫』にそっくりだったりして。
主に一人称と二人称の『僕』『君』に加えて、語尾の『だよ』『てよ』が原因だと思われる。

「というか、キミが同意しても仕方ないんだよ。鹿目まどかの魂が同意しないと」

……それは、アンクとて考えなかったわけではない。
鹿目まどかを操って契約させ、完全態以上の身体を手に入れることを夢見たことだって、ある。
だが、それは無理だったらしい。

アンクは、ようやく自身の内面の変化に、気付きかけていた。
そのキュゥべえの言葉に、落胆するよりも安心している自身の感情を認識したことによって。

……感情?
そこまで考えて、アンクは今更の考えを抱く。
先ほどのテレビのような箱は、おそらくアンクの感情を揺さぶるために、アンクの過去の記憶を映像に出力していたのだろう。
つまり?

鹿目まどかの顔が、意地が悪そうに歪む。
ニヤリという言葉がぴったりの、本物の鹿目まどかなら絶対に見せない筈の、表情だった。
もしキュゥべえが感情というものを深く理解していたなら……その表情を見た時点で、何かに気付いていたかもしれない。
現実は、そうでは無かったが。

……ある。
現状を打開する方法が、あるかもしれない。

「俺達を見張ってうっかり結界に取り込まれるような間抜けに、用なんかあるか」
「失礼だなぁ。君達を追って後から入ったんだよ」

この質問が、第一の関門だった。
その答えは……最良のモノだ。

「ほう。何処から入って来た?」
「教えるワケ無いじゃないか。折角契約のチャンスなのに。その出口から逃げる気だろう?」

欲を言えば、この質問で全てが終われば良かったのだが……キュゥべえとてそこまでバカでは無いらしい。
だがしかし、既に下準備は終わっている。

「いや、充分だ。お前がそれを知られるのを、『恐れている』ならな」
「ワケが解らないよ?」

ふん……とだけ鼻を鳴らして見せながら、アンクはそれ以上の会話を続けようとしなかった。
代わりに出たのは、赤い腕で。
乱暴にキュゥべえの尾を掴み取り、適当に振り回して天使モドキ達を牽制しつつ、お目当てのモノに意識を向ける。
ボクを武器にするなんて酷いじゃないか、などという声が手元から聞こえてくるものの、ガン無視である。

細められた目は、既にキュゥべえの方には向いていない。
その視線が捉えているのは……テレビのような箱だった。

アンク達からは手の届かないほど離れているテレビのような箱……その正体こそ結界の主、魔女本体である。
そして、その画面に映っている光景は……

「あれは、まさか!?」
「そういうことだ!」

壁の一角の、何の変哲も無い面の中の一点。
そこから、キュゥべえが結界内部に侵入してくる映像が、確かに映っていた。

アンクは、仮説を立てていたのだ。
箱の魔女が、内部の人間の恐怖やトラウマを駆り立てることを目指して、獲物の記憶を元に映像と幻を作り上げている、と。

キュゥべえが魔女の興味の対象に含まれるのか。
そもそも魔女の能力はそれで正解なのか。
……不安要素は多々存在したが、結果としてアンクは賭けに勝利することとなる。

手近な天使モドキの胴体を渾身の力で蹴り、更にキュゥべえを全力で投擲することで、反作用を利用して一気に出口の隠された壁へと飛び込む。
無重力の空間が仇となり、一度速度の付いた鹿目まどかに、天使モドキ達は追い付くことが出来ない。

「精々お前らは、その白饅頭でも食ってなァ!」
「無意味に潰されるのは困るんだけどなぁ」

立体映像のような可視の幻によって偽装された扉を潜り抜けることは、予想外に簡単で。
アンクは漸く、結界の外へと脱出することに成功したのだった……


最寄りのライドベンダーを見つけ出し、タカのカンドロイドを飛ばしながら、アンクは考える。
というか、結界の中に居た時からずっと、考えていた事だった。
キュゥべえを罠にかけた時には意識しないようにしていたが……

「俺が、恐れてるってのか? 『こいつら』に裏切られる事を」

アンクがヤミーを作り始めたら、きっと火野映司はアンクを倒しに来るだろう。
それをアンクも返り討ちにする。

……アンクと映司は、そういう関係だったはずだ。

「はっ、バカが……」

アンクはその言葉を、まだ追いついて来ない箱の魔女に対して言い放った、つもりだった。
決して、不愉快な想像を起こしてしまった自分自身に対してでは、無い筈だ。

「裏切らないから、『使えるバカ』なんだよ……!」

少なくともアンクが裏切るまでは、奴らはアンクを倒すことは無いだろう。
奴らが欲する手段としてアンクが必要無くなったとしても、関係が薄くなるだけであって、アンクが殺される事は無いに違いない。

よろり、と足元が揺れる。
身体のコントロールが段々と効き辛くなっているのが、アンクには感じ取れた。

「全く、余計な事にメダル使わせやがって……」

元々10枚しか手元に存在しないセルメダルのうち、1枚をタカカンのために使ってしまったのだ。
それに加えて、身体の方もかなりガタが来ているらしい。
アンクの体力も、まどかの体力も、既に尽きかけている。

まだ、カンドロイドを吐きだしたライドベンダーが視界の外にも出ても居ないのに、次の脚を踏み出すことが既に出来なくなってしまっていて。
おそらく、そう時間が経たないうちに、魔女には再発見されてしまうだろう。

「まぁ、何とかなるだろ」

アンクにしては珍しい、楽観的な声だった。
だがしかし、同時にそれは確たる信頼に因る判断でもある。


鉄の馬を駆る音が紅の使いに導かれて廃工場に入って行ったのは、それから僅か数分の後の事であった……



・今回のNG大賞
ライドベンダーをバイク形態へと移行して足を得ようとするアンクだが……

「足が届かない、だと……orz」

バイクの運転には、身体のサイズが足りなかったらしい……


・公開プロットシリーズNo.42
→アンクの変化が速いのは、多分本編より逆境の到来が若干早いせい。



[29586] 第四十三話:かの人のみぞ知る真価
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/15 09:24
その日に後藤慎太郎が非番だったのは、まったくの偶然だった。
もちろん、世界を守るという夢を背負った後藤青年としては、休日とてトレーニングは欠かさないのだが……この日は少々、趣が異なっていたのだ。
何故なら、後藤の目前に現れたバッタのカンドロイドが、告げたからである。

『後藤さん。ちょっと特訓に付きあってもらえませんか?』

最近少しだけ株を上げた、それでもまだ頼り無い『仮面ライダー』からの、相談だった。
結局その日は、オーズの持つメダルの性能についての確認に付き合うこととなる。
自身のトレーニングの時間が減ったのも事実だが、世界を守るという後藤の目的から考えれば、悪いことではない。

今日は、何だか少しだけ有意義な休日を送ることが出来た。

……そう、思えたのだった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十三話:かの人のみぞ知る真価



Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
クワガタ×1
ライオン×1
トラ×1
サイ×2
ゴリラ×1
ゾウ×2



一日の確認作業を終え、帰路を辿る火野映司の視界に、その『朱』は飛び込んできた。
既に見なれたオブジェクトと化した、タカのカンドロイドである。
そして、それが映司を導こうとしているという意味は……考えるまでも無い。
数に限りのあるセルメダルを使用してまで映司を導こうとしている人物が居るなら、よほどの緊急事態なのだろう。

即決即断を体現した映司の行動は、迅速を極める。
すぐさまバイク形態のライドベンダーを足に、火野映司は現場に急行したのだった。

飛ぶようにバイクを走らせ、ものの数分で目的地と思しき廃工場に駆け込んだ映司が見た光景は……何者かに殴り倒されたと思しき十数名が、伸びて地面に伏している様だった。

「大丈夫ですか!?」

映司は慌てて駆け寄るが、どうやら全員、気絶しているだけで生命に別条は無かったらしい。
だがしかし、ほっと胸を撫で下ろす映司を……運命は、放っておかない。

背中に羽を生やした、不気味な笑顔を伴った天使が、火野映司の周囲を囲んでいたのだから。
咄嗟に天使の伸ばしてきた手を振り払った映司が状況を認識する間もなく、周囲の風景が変化を遂げる。
立体感覚の不明瞭な、ドーム状の結界へと、瞬く間に空間は変異していく。
憧憬と絶望を見せる事によって人間を恐怖へと導く、箱の魔女の住処へと。

確証と呼べるものがあったわけではないが、先日も魔女の結界というものを目にしたばかりの映司は、現在地がそれと同質のものであると自然に認識していた。
当然、無重力の空間の中央に浮かびながら、天使モドキを迎え撃つ決意を固める。

「変身」
『クワガタ トラ ゾウ』

ベルトにセットした3枚のメダルを速やかに読み込ませ、異形の戦士『オーズ』へとその身を変える。
……天使モドキ達は、急変した映司の様子を見て、態度を決めかねているらしい。
彼我の距離は正確には分からないが、少なくとも手が届く範囲では無い。

トラクローも当然届かない距離だが……映司は、自らの攻撃手段に心当たりがあった。
昼間に後藤と共にオーズの性能を調べていた時に発見した、新機能が。
即座に身体に力を溜めた映司は、気合いの一喝と共に、

「ハァッ!」

頭部より伸びた二本の角から、電撃を放った。
映司達がこの能力に気付いた切っ掛けは……ライオンヘッドの機能であった。
ライオンには超越聴覚と光攻撃という二つの機能があるのだから、他の頭にも二つ以上の機能があっても不思議では無いと考え、二人で頭を捻りながら考えた結果である。
というか、最終的には映司が気合いを入れたらあっさり出来てしまったのだが。

緑の瞬きを伴った電流が、二本の角から発され、次々と天使モドキの下へ向かって行く。
だがしかし。

「……あれ?」

その電撃は、一発たりとも天使モドキ達へ命中すること無く、逸れて背後の壁へとぶち当たってしまった。
これには映司も、首を傾げざるを得ない。
この能力の実戦投入が初めてとはいえ、一応後藤と共に特訓を行ってきたばかりなのだ。
オーメダルの種類を超える数の天使モドキ達に一つも当らないことなど、あるとは思えない。

そして、オーズを脅威に感じなくなったのか、天使モドキ達が次々に掴みかかってくる。
当然、映司はそれを迎え撃つ選択肢を取るに決まっている。
だが、迫る天使モドキ達をトラクローで撃退する作業を繰り返す映司は、言いようの無い違和感に囚われていた。
トラクローの威力が足りない筈はないのに、ブッ飛ばされた天使モドキは、あまりダメージを負っているようには見えないのだ。
……敢えてもう一度言おう。トラクローの威力が足りない筈なんて、無い!

上手く相手を突き飛ばすタイミングを合わせ、一瞬だけ手が空く時間を作りながら、空間の内部を事細かに見渡してみる映司。
クワガタヘッドの超越視界があれば、首を回すという人間の動作を行わずとも、空間の内部をくまなく見回すことが可能なのである。

「うぷっ……?」

その結果、魔女の空間内部に仕掛けらしい仕掛けは見つけられず、代わりに映司の内部に込み上げてきたのは……吐き気だった。
何故、こんなに気分が悪くなっているのか、映司自身にも分からない。
まるで、乗り物酔いにでも遭っている気分だ……と、そこまで考えて、ようやく気付いた。
この空間の与える奇妙な感覚の、正体に。
慣れた手つきでドライバのメダルを換装した映司が、選んだメダルは……

『サイ トラ ゾウ』

クワガタの攻撃的なそれよりもやや守りに重点を置いた、灰色の一本角。
サイの視力の低さを、感覚器官そのものを大きくすることで克服した、真っ赤な目。
そして、映司が選んだこのサイヘッドには……この状況を打開するための、とある特殊能力が備わっている。

「セイヤァッ!」

何度目か数えるのも億劫なほどの数だけ振られたトラクローが……的確に、天使モドキの胴体を切断していた。
それを皮切りに、突き飛ばされるだけだった天使モドキが、次々と切り裂かれていく。

映司が疑った魔女の能力……それは、結界内部の空間を歪めて映司の距離感覚を狂わせているというものだった。
そして、他の頭部メダルが超越聴覚や超越視界を持っているように、サイヘッドにもまた、感知に秀でた能力が存在する。

それは……『超越平衡感覚』である。
いかなる重力異常をも見逃さず、歪められた光や音を正確に把握することが出来る、サイヘッドの固有能力。
その力が、惜しみなく発揮されていた。

重力とは、空間を歪める力の事である。
ならば、超越平衡感覚を持ったサイヘッドを惑わすなど、出来るわけも無い。
他の頭部メダルほどの感知範囲は無くとも、視界の歪みに酔いを催すことも距離を測り違える事も、起こらない。

瞬く間に天使モドキ達は引き裂かれ、その背後に潜んでいた箱の魔女の姿が、ようやく現れてくる。
彼我の距離は10メートルにも満たないことを超越平衡感覚は教えてくれるが、無重力空間を進んで魔女の下まで辿り着く方法は、今のオーズには無い。

……が、

『サイ ゴリラ ゾウ』

場を無重力状態から変化させる手段なら、ある。
中央のメダルを換え、灰一色となったオーズの『サゴーゾコンボ』の力ならば、それが出来るのだ。

「ハアアアッ!」

雄たけびの一声と共に、ゴリラのドラミングと呼ばれる行動を模しながら、胸部のリングを叩く。
それに呼応して空間に灰色の力が漏れ出し……オーズの周囲に、力場が引き起こされる。

否、それは元々地球の発していたはずの重力を、魔女の空間特性を打ち消して正常化させたと言った方がより正確な動作だった。
ドーム状の空間の、壁だったはずの場所に両足を付き、同じく地面に落下している箱の魔女に向き直る。

『スキャニングチャージ』

敵を見据えたオーズの行動は、迅速だった。
素早く手元のスキャナに灰色の三枚のメダルを読み込ませ、特殊技の発動を試みる。

箱の魔女の周囲に発生した灰色の3本の環が実体化し、魔女を捕縛するとともに、オーズの立つ地点へと導く。
そして、その先で待つオーズは……身体中に力を溜め、必殺の拳撃を打ち込む準備を済ませている。

……その時だった。
映司が、箱の魔女の前面に映し出された映像に、気付いたのは。

「あれは……」

かつて、世界中の貧困に苦しむ人々のための事業を立ち上げる夢を、がむしゃらに追っていた頃の自分。
たまたま立ち寄った国は、内戦のまっただ中で。
そんな中でも、自分にも出来ることがある筈だと疑わなかった、日々。
村が戦火に晒されて、映司には子供一人を守る力さえ無くて。
そして、自分だけがおめおめと生きて帰って来た時の、虚無感。

まるで整理されていない映像ドキュメントのように次々と映し出されているそれは、憧憬を司る箱の魔女の最後のあがきだった。
縛られて近づいて来る箱の魔女と、そこに映ったモノから、映司は視線を離さない。
沈黙を続ける映司がようやく口を開いたのは……手の届く距離まで、魔女がやって来た時だった。


「98回……それが、俺が『その夢』を見ても泣かなくなった時までの、回数だ」

それが、箱の魔女への手向けの言葉となる。
ゾウの脚による踏ん張りに加え、強靭な腕力と角の硬度を活かした拳とヘッドバッドの3点同時攻撃が、角ばった魔女の身体を捻じ曲げる。
まるで、怪獣がミニチュアのビルを粉砕するかのように。
縛られたせいで逃げ場も無く、その直撃を正面から受けてしまった魔女が爆散したのは……自明のことであったに、違いない。

何時もの映司の軽快な掛け声は……聞こえては、来なかった。


「あいつ……随分、『オーズ』らしくなったなァ」

グリーフシードを片手にサゴーゾコンボの姿で結界から脱出した映司を視界に収めながら、ぽつりとアンクが呟く。
映司の出てきた場所は廃工場の中で、当人はきょろきょろと周囲を見回して、倒れている人々の安否を確認しているようだった。
アンクは建物の外に浮きながら遠目で眺めているため、おそらく映司がアンクの存在に気付くことは無いだろう。

コンボの疲労を感じさせる映司の姿を見送りつつ、こっそりと廃工場を後にしたアンクは、工場の外で倒れている鹿目まどかの学生カバンの中に潜り込んだのだった……



 
鹿目まどかが目を覚ましたのは……身体に染みついた、いつもの起床時間であった。
ぼんやりと霞がかかったように鈍い頭は、暫くの間、状況を認識することが出来ずに居た。
昨日は確か、親友の志筑仁美に偶然出くわして、何故か仁美が集団自殺に加わって……

「……そうだっ! 仁美ちゃんたちは……!」

布団を跳ね飛ばす時に特有の、空気を押し退ける音を侍らせながら、急に上がった血圧のせいで痛む頭を抑える。
あの後は、自殺志願者たちが襲い掛かって来て、アンクにその場を丸投げしたのだ。
そこまでは、思い出せた。
しかし、なぜ自分はいつものように鹿目家の自室でベッドの中に入っているのだろうか。

「ふん。ようやく起きたか」

まどかが部屋の中を見渡せば、縫い包みの棚の中に無理矢理スペースを作って居座る掌怪人の姿が見受けられた。
……縫い包みの中に一体だけ呪いのかかったモノが混じったのではないか、と一瞬だけ思ってしまったのは、内緒である。
心なしか、少しだけその声が不機嫌に思えるのは、何故だろう。

「あの後……どうなったの?」
「オーズを呼んで、人間を操ってた魔女を倒させた。それだけだ」

仁美達の身の安全を聞いて、まどかはほっと胸を撫で下ろす。
と、同時に、自分の手に応急処置の跡と思しき布が巻きつけてある事に気付いた。
意識に入れ始めると、布が巻かれた左手は、じわじわと痛みを浸み渡らせてくる。

なるべく意識しないようにしようと思い立ち、ベッドから起き上がろうとしたまどかは、

「いたたたたた!? なにこれぇ!?」

盛大にベッドから転がり落ちた。
しかも、身体全体が異様に痛む。
ベッドから落ちた打ち身だけのせいでは、決して無い。
むしろ、痛みに気を取られてベッドから落ちたのだ。

「筋肉痛だろうな。人間の弱い身体なんて、そんなもんだ」

しれっと他人事のように口にするアンクに対して腹を立てている余裕さえ、今の鹿目まどかには無い。
一応アンクとてまどかを助けるために無茶をしたのだから、責められるのも理不尽な話ではあるが。

全身が固まっているという未だかつて体験した事の無い異常事態に、鹿目まどかは、

「アンクちゃん、私の身体、動かせない?」
「ふざけんな」

アンクに頼ってみたが、あっさり切り捨てられた。

「そんな貧弱な身体なんて、願い下げだ」
「……アンクちゃん的には、巴マミさんとかの方が、良いの?」

拘束からのハメ技コンボを使ってトドメを刺しに来る巴マミの図を思い浮かべて身震いしながら、まどかはアンクに尋ねてみた。
何となく、巴マミの『カラダ』は色々と凄いような気がしたので。

「仕返しなら喜んでするところだが、別にアイツ自体は要らねえなァ……」
「もしかして、オトコの人の方が好きだったり?」

どきどきわくわく……そんな擬音が聞こえてきそうなぐらいに興味津々な顔をしているまどかの様子が、アンクには若干不思議ではある。

「論点が変わってんだろ。とにかく、自力で動け! 俺は『手』を貸す気は無い!」

手を使った慣用句に定評のある掌怪人のツンぶりは、今日も健在らしい。
いそいそと学生カバンに潜り込むその様子を見ていると、グリードが人類の敵だなんて、やっぱり鹿目まどかには信じられない。

「アンクちゃん」
「あァ?」

だって、

「ありがとう」
「……手なら貸さないって言ってんだろうが?」

アンクは、鹿目まどかを助けてくれたのだから。
彼自身がどう思っているのかはともかく、まどかはそう思っている。
口も悪くぶっきら棒で、見た目は怖い上に不気味だが、それでも。
まどかや工場に集まった人達が助かったなら、きっとそれ以上のハッピーエンドなんて、あるわけない。
その立役者であるアンクを誰よりも評価している人物が自分なのが、少しだけ、誇らしく思えたのだった……


ギシギシと不快な音を立てる身体を無理やり動かし、何とか家族の待つリビングへと辿り着く、まどか。

そこには、いつものように朝食を作っている父親が待っていて。
筋肉痛を堪えて布団を剥ぎとったベッドの中には、いつものように母親が居て。
弟はいつものように、口の周りを盛大に汚して。

怪奇の無い日常が、かけがえの無い大切なものだと、そう思えた。
その日の朝食は、いつもより少しだけ、美味しかった。



鹿目まどかは、まだ知らない。
自身の目の外で、魔法少女たちの関係が少しずつ変化して居る事を。

運命を隔てる長い休日は、ようやく明けた。
物語はようやく……一つの節目を、迎えようとしている。

良き終末は良き開闢のためにあるのか。
もしくは世界は永劫に続く円環なのか。

暁美ほむらが巻き戻せる時間は、1か月。
既にその半分が過ぎようとしていた……



・今回のNG大賞

鹿目まどかの右手に包帯代わりに巻かれている布には、見覚えのある模様が描かれている。
それを手から外してみると……

「パンツ……?」

なんと、いつの日か通りすがりの青年が持っていた男性用下着だったのだッ!
こういう時って、どうしたら良いんだろう……?

・公開プロットシリーズNo.43
→サイの見せ場を作ろうと思ったら、エリーさん以外に相手が思いつかなかったんだ……



[29586] 第四十四話:地雷付迂回路
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/15 09:52
父親らの話によると、昨日の深夜に、見知らぬ青年がまどかを背負って鹿目家まで来たのだという。
その青年は、まどかの携帯端末の中を勝手に見て住所を把握したらしいので、謝辞を伝えて欲しいと言われたことも聞かされた。


尚、昨晩起こった出来事について聞かれたまどかは、廃工場に人が集まるのを見て付いて行ったがその後の事は全く覚えていない、という言い訳をしてみた。
ほとんど嘘は言っていないとはいえ、その説明で家族が納得すれば、そちらの方が逆に違和感があるというものだ。
何とか家族の追及を誤魔化しつつ、まどかは実家を後に学校へと向かったのだった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十四話:地雷付迂回路



その日の美樹さやかは、授業の内容など一欠けらたりとも覚えていなかった。
前日に盗み聞きに失敗した、魔法少女の集いの内容を頭の中で何度も回しながら、なんとか整理をつけようとしていたのだ。

結局、携帯電話を破壊された後のさやかは、撃ち殺されることも無かった。
そもそも、マミさんが銃を向けてきたのは盗み聞きをしていた人物の後ろ姿がさやかのモノであると気付かなかったからこそだったのだ。
マミさんがキュゥべえと契約した切っ掛けを教えてもらった辺りからは、既に自分が殺されるなどというネタ話は完全に忘れ去られていたりして。

だが、美樹さやかが気掛かりは、既に別の事に移っていた。

――貴女がキュゥべえを恨む気持ち、少しだけ分かっちゃったから。

転校生こと暁美ほむらが魔法少女で、キュゥべえを恨んでいるというのも驚愕の事実だ。
そしてそれ以上に、巴マミがそこに共感しているという状況がさやかの頭を混乱させていた。
しかも、そのことについてさやかが質問しても、マミさんは現時点では教えるつもり無いと言いだしたのだ。
転校生も、巴マミがそう言うなら彼女に任せるわ、とかなんとか言って、結局教えてくれない。

「二人でアイコンタクトまでしちゃってさぁ……」

転校生もマミさんも美樹さやかに近しい人間の筈なのに、この三人がそろった時の美樹さやかのアウェー感は異常だった。
まるで、仮面ライダーがお侍さんと並び立つ絵面ぐらいの、バリバリの違和感である。
東映や大友剣友会という組織の概要を思えば、間違っていないような気もするが。

「……さやかさん、どうしたんですの?」

心配そうに声をかけてくる友人の声を聞いて我に帰ると……そこは、いつものファミレスだった。

「あれ? 学校って終わったんだっけ?」

どうやら、考え事をしている間に放課後になって、しかもいつものようのファミレスに連れ込まれたらしい。
さやかは、そこまで移動してきた経緯を全く覚えていないのだが……
おそらく、いつの間にか戦場を味の素スタジ○ムへ変更出来るヒーロー達の補正が、魔法少女の世界観を侵食しているからだろう。

「そのボケ、生まれて初めて聞いたよ……」
「でも、この先の美樹さやかにはありがちな事になっていくでしょうね」

習慣とは、恐ろしいものである。
そして、突っ込みの内容が微妙に笑えないのは、何故だろうか。
まるで未来を知っているかのような物言いが、妙な現実感を伴って囁かれたような気がする。

「えーと……先生に新しい彼氏が出来たんだっけ?」
「それは正解なんですけれど、適当に言ったら当たってしまったって顔をしてますわ……」
「……今度の小テストは赤点の予定のようね」

……っていうか、まどかと仁美は心配してくれてんのに、何で転校生だけいつものすまし顔なのよ?

「いやぁ、ホムラーマン社長が例の隠し事の内容を教えてくれれば、サヤカイザー的にはハッピーなんだけど」
「ネーミングのセンスが壊滅的ね。巴マミに弟子入りしてきなさい」

合言葉は『ティロ☆フィナーレ』である。
そして、暁美ほむらが巴さんのセンスを本気で格好良いと思っているかどうか……それは、ほむらさんの良心を信じるという事にしておこう。

「隠し事って、なんのことですの?」
「……」

志筑仁美は……心当たりが無いらしく、興味津々という顔で続きを促してくれている。
その隣で、鹿目まどかは心当たりがあり過ぎて続きを聞くのが怖いという顔をしていたりして。
もっとも、その内心を読み取れたのは暁美ほむらだけだろうが。

「巴マミがそれを知って欲しく無いなら、私はそれに従うわ。射殺されたくないもの」
「巴マミさんって……色々と危険な噂を耳にする、3年の先輩の方でしたっけ?」

転校生様がそんなに簡単に口を割るとは、美樹さやかは全く期待していない。
そもそも、この場には魔法に全く関係が無い鹿目まどかや志筑仁美が居るのだから、その話を掘り下げることなど出来るはずも無いのだ。
さやかとしては、秘密主義者のほむらさんに対するささやかな意趣返し程度のつもりでしか無い。

「私、さやかちゃんが射殺されるなんて、嫌だよ……」
「そこが問題なんだよなぁ……。あたしも最近ちょっと、あの人が怖いかなって思い始めたところがあって、聞き辛いんだよね」

昨晩の事を思い出して背筋を寒くしながら、さやかは自分が何に困っているのか整理を始めていた。
キュゥべえは、誰かから命を狙われていると言っていたはずだ。
そして、暁美ほむらはキュゥべえに恨みを持っており、巴マミもその気持ちに同感している。

……よく考えたら、転校生がキュゥべえを恨んでるとは言っても、殺そうとしている奴と同一人物とは限らないよね?

そんな都合の良い思考を起こしながら、転校生の仏頂面を横目で見て、思う。
キュゥべえとほむらの仲が悪く無ければ、それが一番良いに違いない、と。

「みんなはさ、『もしも』の話だけど……誰かを殺したいと思ったことって、ある?」

何となく、暁美ほむらだけに対象を絞って聞くことが、出来なかった。
腰が引けてしまったというか、答えを聞くのが怖いというか。

「私は無い、かなぁ」
「私も……そこまで深い恨みは、無いですわ」

鹿目まどかならそう言うだろう、と美樹さやかには予測が付いていた。
志筑仁美の返答も、まぁそうだろうな、ぐらいに思えた。

「数えるのを諦めるぐらいには、あるわ」

そして、コイツのこの答えは……出来れば、聞きたくなかった。
でも、この先を聞かないと、恩人であるキュゥべえを失う事になるかもしれない。
だからこそ、ここで引くわけにはいかない。

『それって、キュゥべえのことだよね。実際に殺そうとしたことって、ある?』
『……あるわ』

他の二人には聞かせたくない事なので念話で聞いてみたが、その選択は正しかったらしい。

「でも理由は、やっぱり教えてくれないんでしょ」
「どうしても聞きたければ、射殺される覚悟をしたうえで巴マミに聞きなさい」

実際には、巴マミが美樹さやかを射殺することなど無いのだ、と暁美ほむらは知っている。
魔法少女が魔女になるしかない時ならともかく、現状ではその可能性は限りなく低い。
問い詰められれば、巴マミは言えないと突っぱねるか口を割るかの二択しか選ばないはずだ。
むしろ、ほむらがそれを口に出したのは、巴マミに対する悪印象を鹿目まどかに植え付けるためという意味合いが強い。
一応、鹿目まどかを魔法少女にさせないための作戦も継続中なのである。

「なんだか……そこまで言われる巴マミというお方に、一度お会いしたいものですね」
「仁美ちゃん、もしかしてまだ自殺願望が……?」
「勇気と無謀は違うわ」
「……まぁ、止めといた方が良いと思うよ」

志筑仁美は、自分の知らない人物の噂話に興味が膨らんだらしい。
そして、それぞれのテンションでそれを引きとめる三人。

さやかは、迷う。
やっぱり暁美ほむらが悪いとは、考えたくなかった。
無表情ながらも仁美の身を案じる声をかけている姿を見れば、尚更そう思ってしまう。

やっぱりマミさんに聞きに行こう。
ついにそう思い立つに至ったのであった。
だがしかし……先日携帯電話を破壊された時に巴マミに感じた恐怖が、頭の隅にくすぶっていた。
接近戦ならどうにか出来るなどという次元の戦力差では無いし、暁美ほむらは射殺を覚悟しろと助言してくれた。

……一言で言うと、物凄く心細いのだ。
誰かに同行を頼もうにも、転校生はマミさんの方針に従うと言っているし、他に魔法関連の知り合いなんて……

「あたし、ちょっとこの後用事があるんで、お先に!」

もう一人の魔法少女が、居たような。
奴を引き連れて、マミさんの下に頼みこみに行けばどうだろう?
具体的な効果は不明だが、あんな頼り無い奴でも、居ないよりはマシだろう。
まだ日も傾き切っていない時間であったため、さやかは友人たちとの語らいの時間を切り上げて、夢見公園へと向かう事にしたのだった。



「トーリ! 遊びに来たぞぉー!」
「さやかさん? こんにちは」

というわけでやってきた、夢見公園。
トーリと一緒に居たパンツマンは、俺は邪魔かな、などと言って何処かへ姿を消してしまった。
今日はやけに奴は空気が読めるなぁ、ぐらいの印象しか、さやかは抱かなかった。

美樹さやかは、聞かされていないのだ。
火野映司が、アンクの死を悲しんでいるという事を。
その実行犯である巴マミと美樹さやかを、映司が避けているということも。
ただ、巴マミと火野映司がしばらく別行動をとるという事を、マミさんから伝えられただけなのである。

「私に用なんて、珍しいですね」

そして、目的の人物であるトーリは、さやかの用事の内容に見当がつかないらしい。
ヤミーでも倒してセルメダルを預けに来たんですか、などと聞き返してくる辺り、あまり勘は鋭くないのだろう。

「トーリはさ、暁美ほむらって子のこと、覚えてる? 髪が長くて美人系な、むっつりさんなんだけど」
「覚えてますよ」

忘れるはずもない。
暁美ほむらに殺されかかったことは、トーリの一生もののトラウマである。
誕生日プレゼントに魔力弾を大量に贈呈されたことは、鴻上財団の世界観に喧嘩を売っているとしか思えない凶行であった。

「その子がさ、キュゥべえを凄く恨んでるみたいなんだ」
「……!」

トーリは、とある開発中のビルの中で目撃した光景を、頭の中に思い起こしていた。
暁美ほむらによって惨殺されたキュゥべえと、下手人であるほむらに言及する巴マミの姿は、確かに記憶の中に収まっている。
これは……チャンスではないのか?
魔法少女達がキュゥべえを疑うことは無いだろうし、暁美ほむらに不信感を抱く魔法少女を総動員して奴を始末できる絶好の機会に違いない。
特に、キュゥべえ殺害の現場を目撃した巴マミなら、是も非も無く協力してくれるはずだ。

トーリの期待に満ちた視線に気付いた様子も無く、さやかは話の続きを継ぐ。

「しかも、マミさんもキュゥべえを恨む気持ちは分かるって言いだしたんだよ」
「……アレ?」

トーリの目算が、綺麗に外れた瞬間であった。
おかしい。
こんなの絶対おかしい。
巴マミだけは、暁美ほむらと和解することは有り得ないと思っていたのに。
そんなことがあり得るぐらいなら、アンクとウヴァさんがもう少し仲良しでも良さそうなものである。

「さらに困ったことが、マミさんがその理由を教えてくれないってコト」
「うーん……」

暁美ほむらと巴マミが手を組んで、トーリがその二人から狙われるようになれば、最悪も最悪である。
巴マミがキュゥべえへの恨みに同感している以上、二人が共にトーリの味方になってくれるという考えは楽観的すぎる。
つまりトーリとしては、その二人の同盟は何としてでも阻止せねばならない。

「トーリは、その理由に心当たりって無い?」
「すぐには思いつきませんねぇ」

魂が云々、代償が云々という話は聞いたことがあるが、巴マミがそれを隠さなければならない理由には、トーリも心当たりが無い。
そしてその前に、トーリとしては確認しておかなければならないことがある。

「もしキュゥべえさんとほむらさん達が敵対していたら……さやかさんはどうしますか?」

現在のトーリが想定する最悪の事態とは、魔法少女3名の全てから命を狙われる状況である。
それを回避するために、美樹さやかがキュゥべえを含むトーリ達の味方かどうかを確かめなければならない。

「それがよく分からないから困ってんの」

そんなことを言われたって、トーリも困るばかりだ。

「トーリ、あんたはさ、転校生やマミさんがキュゥべえを恨む理由って、知りたいと思わない?」
「是非知っておきたいです」

暁美ほむらが魔法少女を増やしたくない理由は過去に聞いたことがあるものの、それがキュゥべえへの怨念の理由と同じかどうかは分からない。
そして、巴マミがキュゥべえへの恨みに同感する理由もまた、同じとは限らないのだ。
だからこそ、その理由を知っておくことに損は無い筈である。

「じゃあ、今からあたしと一緒に、マミさんの所に聞きに行こう!」
「でも、マミさんは言いたくないんでしょう?」
「前はあたし一人だったけど、二人がかりで頼めば頷くかもしれないでしょ?」
「なるほど」

トーリとしては、映司がクスクシエを後にして以来一度も巴マミと会っていないので少しだけ気が引けたものの、身の安全を確かなものにするためと割り切って美樹さやかに同行することにしたのだった。



「……というわけで、トーリにぶら下がって空の旅を楽しんださやかちゃんでした」

……最近、便利な『足』として使われている感が否めないです。
そんなことは、トーリは口にしないが。

「窓から入っちゃいます? それとも、一応入口を通りましょうか?」

ちなみに、トーリが屋根裏部屋に居候していた時には、横着をして窓から直接出入りをしていた気がする。

「どっちもだ!」

……さいですか。
一瞬だけさやかの言葉の意味を測り兼ねたトーリだが、二手に分かれようという提案だという事をきちんと把握できた。
さやかを地面に下ろして、自身は再び地上二階の高さまで飛び上がる。
そして、古びた軋む音を上げる窓を開け、窓からお邪魔して、

「こんにちは、マミさん」
「……あら、ひさしぶりね」

何だか微妙に、気まずかった。
少しだけ驚いた様子のマミさんはトーリの出方を窺っているように、見えた。
かといって、トーリも出来ることならさやかが来てから本題に移りたいと思っているわけで。
まぁ、一階の多国籍料理店の入り口に回ったり店長に挨拶をしたりしているさやかが到着に時間がかかるのは、当たり前である。

……もしかして、自分が気まずい思いをしたくないから、先に特攻させた?

トーリからさやかへの人物評価は、破壊者様の旅の方向性のように迷走を続けるばかりである。

「私の事……怖い?」
「……マミさんと戦うのは、怖いですよ」

ぎこちないトーリの様子に何を思ったのか、巴マミが口火を切ってくれた。
ところが、トーリには今まで見えなかった何かが見え始めているような、そんな気がしていた。
巴マミの言葉とは裏腹に、むしろマミ自身が何かを恐れているのだ、という確証の無い感覚的なものをトーリは感じ取っていたのだ。

「この間の、化物がどうとかっていう話の、続きですか……?」
「そういうつもりでは無かったのだけれど……そうとも言えるわ」

何と言うべきか、巴マミが望むものがぼんやりと掴めるような、そんな気がしている。
巴マミは、その身に巣食う恐怖から解放されることを心から願っている……トーリには、そう思えた。
その詳細な内容が解らないので、解決策も見えてこないが。

「誰かが化物になってしまうような言い方に聞こえましたよ。何をそんなに不安がっているんですか?」

『トーリ』が『既に化物である』という含みを持たせないために選んだ言い回しが、それだった。
巴マミが未だトーリの正体について確信を持つに至っていないのは理解しているが、危険は出来るだけ犯したくない。

「今の私は……そんなに、余裕が無いように見えるのね」

トーリの読み取った不安の元が視覚的な情報かと言われると、トーリは首を縦に振るのを躊躇ってしまう。
もっと総合的なというか第六感的なというか、とにかく視覚だけではない感覚で、トーリは感じ取っていたのだ。

「さやかさんから聞きましたよ。キュゥべえに恨みを持つ魔法少女に会ったって。その人のせいですか?」
「そういう訳でも、無いのだけれど……」

巴マミは、魔法少女が死体であるという事実を共有することを、少しずつ考え始めていた。
だがしかし、トーリにそれを教えてしまって、本当に良いのか?
魔法少女の魂の変質をマミやさやかよりも先に不安がっていたトーリに、その事実を教えてしまったとして、トーリはどうなるのだろう。
聞くところによると、トーリにはおよそ最近二週間より前の記憶が存在しないらしい。

……本当に不安なのはトーリさんの方なんじゃないかしら。
そう、巴マミは考えてしまう。
そして、彼女を不安がらせているのは巴マミ自身なのだ、とも。
仮面ライダーと魔法少女の共同戦線を崩す切っ掛けを作ってしまったのは、ほかならぬ巴マミなのだから。

「その人って……多分、キュゥべえさんを殺した人ですよね。仇を討とうとは思わないんですか?」
「ちょっと前まではそれも思っていたんだけれど……今は、無いわね」

マミの中では、キュゥべえを恨む気持ちはさほど大きく無い。
死体がどうの、という話を聞いても、かつての交通事故の際に死んでいたはずの身としては破格の待遇だ。
だがしかし、トーリやさやかはそうではない。
特にトーリは、自分が願いを叶えてもらった記憶も無いのに魔法少女であるという理不尽極まりない状況だと聞いている。
そして、あの暁美ほむらにもそれに匹敵する事情があるのかもしれないと思うと、彼女を恨むに恨めないという気もしてしまうのだ。

「暁美さんとは、お互いにまだ聞きたいことを聞き終えていないから、近いうちにまた会う予定よ。トーリさんも色々と聞きたいことがあるだろうけれど、それまで暫く待ってくれないかしら?」

疑問の体を為して告げられたその言葉は、疑問の意味を以って使われたわけではない。
トーリとて、そんなことぐらい分かっている。

「……分かりました」

結局、収穫は何も無かった。
仮面ライダーと魔法少女の共同戦線を再建するでもなく、巴マミと暁美ほむらを敵対させるでも無く。
一応質問の形で思考を誘導しようとしてみたものの、結果は芳しく無いようだ。

ワタシ何しに来たんでしょう……そう、トーリが思ってしまったのも、無理は無い。
トーリは不確実性を嫌って、暁美ほむらがトーリを始末しようとしたという事実を巴マミに伝えることが出来なかった。
むしろトーリの方に処分される理由があるのではないか、と勘繰られるのを恐れたためである。
そのことを理由に、暁美ほむらに抗戦することを提言すれば、巴マミは動いてくれたかもしれない。

トーリの選択は、間違いだったのか?
その答えが出る日は……案外、遠くは無いのかもしれない。



・今回のNG大賞
「それで、その恭介ってヤツが(以下略)」
「さやかちゃん……それ、絶対恋愛対象として見られてないよ!」
「ええええええっ!?」
「だってそれ、お兄ちゃんが私を見る目と一緒だよ? 経験者だから分かるの!」
「そんな……orz」

何故かクスクシエのアルバイターと恋愛談議に興じている美樹さやかの姿が、そこにはあったという……
トーリが巴マミに上手く言いくるめられたことを後から聞かされてもう一度項垂れることとなるのだが、それはもう少し先の話。



・公開プロットシリーズNo44
→後輩想い故にドツボに嵌るマミさん。だが、それが良い。



[29586] 第四十五話:LORD OF THE SPEED――卂き魔法少女、マギブラック!
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/18 22:37
「真木博士……一緒に警察に来てもらうぞ」

鴻上財団傘下の、研究室の一つ。
表向きには生体工学の実験を行っている事になっているその施設の最奥部を、一人の青年が訪れていた。
青年の名は、後藤慎太郎。
その研究施設の勤務者と同じく、財団の構成員である。

「未成年者である『暁美ほむら』の拉致監禁……完全に、犯罪だ」

この邂逅の二日程前に、真木博士の任されている施設の一つが謎の襲撃者に見舞われたという報告を、後藤は受けていた。
ところが、グリードに対抗するための装備を開発しているという真木博士に興味を抱いていた後藤が自主的に調べた結果……幾つもの不審な点が現れたのだ。

「何の事だか分かりませんね。彼女は魔法という未知の力を使ってコアメダルを奪いに来た掠奪者です」

報告では、そういう事になっている。
だがしかし、こう見えて後藤慎太郎という青年は、頭が切れる方なのだ。
警察に協力を求めた後藤が顔写真手配中のストーカー犯と間違えられたのは、きっと世界の方が間違っているに違いない。

「目撃者はあがってる。その日の昼間に、カンドロイドを使って暁美ほむらを拉致していた真木博士の姿を見たベンダー隊員が居た」

加えて、その襲撃に使われたと思しきライドベンダーの映像記録は、当の時間帯の分だけ見事に抜け落ちていた。
そんな隠蔽工作ができる人間が限られていることを考慮すれば、あとは消去法的に真木を疑うしかない。
状況証拠としても、その工作は後藤を捜査へと踏み切らせるのに充分過ぎたのである。

「私が居なくなれば、メダルシステムはどうなります? 魔法少女の助力も失っているオーズの戦いは、不利になる一方ですよ?」
「それに比べて、ここで貴方を見逃せば……俺は例の新しい装備を支給してもらえる、と?」

後藤の表情を、真木博士は見ていない。
真木博士が視線を送るのは……彼の左腕の上に乗せられた気味の悪い人形ただ一体のみ。
……だからこそ、博士は気付くことも無い。
後藤慎太郎がどんな心境で、その言葉を発したのか。

「察しが良いですね。もっと私と友好的に付き合っていただけるのなら……」

後藤慎太郎という青年は、世界を守るなどという真木博士とは決して相容れない欲望を持つ男だ。
だからこそ後藤は、“力”を与えてくれる可能性を持つ真木を排除できない。
……そう、真木は信じて疑わなかった。

「……断る」

従って、その答えは……真木清人を振り返らせるには、充分過ぎる驚きを彼に与えていた。
彼の与えられた驚愕は、ある日突然タコ焼きを作り始めたロリコンアンデットを目撃した知人達にも匹敵するだろう。
振り落とされそうになる人形を右手で抑えている真木博士に、後藤は言葉を継ぐ。

「確かに俺は、力が欲しい。だが、今の俺にとってそれは、『あいつ』の理想を助けるためのものに過ぎない」

新しい装備を手に入れれば、オーズと同等かそれ以上の力を得られる……と、後藤は聞いたことがあった。
その情報にはいくらか誇張という名のお約束が含まれている気はするものの、無いよりは遥かにマシであることは言うまでも無い。
もちろん、それは欲しい。
……それでも。

「それに魔法少女たちもみんな、悪い子じゃない。最後には『あいつ』と一緒に笑ってるに決まってる」

後藤は、魔法少女達を監視する任務を負い、何度か本人と直接接触する機会にも見舞われている。
部下から聞いたところによると、仲間内で殺し合いに発展する直前ぐらいまでの戦いが行われた事もあるらしいが……そこは、情緒不安な子供を導ける大人の不在が宜しく無いだけなのだ。

監視をしているうちに情が移った、と一言で言ってしまうのは簡単だ。
ただ、彼女たちには一緒に笑いあう友人が居て、何の変哲もない日常がある。
そのことを思うと、魔法少女が生意気だったり力不足だったりしても、最後には『あいつ』と分かりあえるのだろうという楽観視が出来る。
とある優しい子供から切っ掛けを貰った後藤が、自ら出した結論が……それだった。

「だから、俺は貴方を警察に突き出すことに躊躇はない! さあ、抵抗は無駄だ!」
「……仕方ありませんね」

銃に手をかける後藤を相手に罪を認めた真木博士は……抵抗を、見せなかった。
こうして、後藤を拍子抜けさせつつ、真木博士は素直にお縄につくこととなったのだった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十五話:LORD OF THE SPEED――卂き魔法少女、マギブラック!



「里中君! 伊達君の招集は順調かね!?」
「はい。本日中にでもこの本社ビルを訪れる予定です」

鴻上光生は、その言葉を発したまさにその時も、日課のケーキ作りに勤しんでいる真っ只中だった。
里中秘書の抑揚のない声が、相対的に会長の暑苦しさに拍車をかけているのかもしれない。
撮影中にケーキが溶けてしまうという制作陣の裏話も、きっと会長が暑苦しすぎるせいに違いない。

『伊達明』
その人物こそ、後藤慎太郎をバースの装着者に相応しい人材へと育成するブリーダーの名前であった。
少なくとも、鴻上光生は、そう期待している。
後藤慎太郎は今の段階でも欲望の発露を少しずつ覚え始めている程度の青年だが、それを完全に開放した時には世界を救う存在になるのだと、鴻上光生は見込んでいるのだ。

「彼に渡すための品々は準備できているかね?」
「はい。バースの操作マニュアルと装備一式、まとめておきました。これを伊達さんに渡せば完璧です」

分厚い冊子を団扇のように撓ませながら、やはり里中エリカは静かに応答を済ませる。
その数秒後には腕時計を確認して次の作業に入っている辺り、有能には違いないのだが。
しかし、腕時計をつけているその手が目前のケーキの解体を続行している辺りは、やはり何処か締まらないものがあった……


「会長。ヨーロッパで遺跡の調査にあたっていたチームから、三日置きの定時連絡が途切れましたが、どうされますか?」

純白のクリームをトッピングする手を一瞬だけ淀める程度にはその報告に驚いたようだった会長だが、手元を狂わせる事が無い当たりは趣味人過ぎた。
それに比べて報告書を読み上げた里中は、一応ケーキを解体する手を休めている辺り、申し訳程度にはお仕事モードらしい。

「何かあったに違いない! 捜索隊を結成するッ! 『アレ』は失われてはいけないモノだからねッ!」
「会長自ら、ですか? 分かりました。会長の現地訪問を、予定より一か月繰り上げることにしましょう」

ヨーロッパのとある遺跡……そこが、『オーズ』の物語の起源だった。
800年の昔に生きた、一人の強欲な王。
彼は当時の最先端の技術者であった錬金術師たちを集め、人間に更なる進化を促すために、様々な生物を贄に新たな物質を作らせた。
それが……コアメダル、である。

正しい歴史の中ならば、アンクの赤いメダル6枚と未知の紫のメダル10枚が眠っていたはずの、その遺跡。
そこに待ち構えているものは、蛇か鬼か。

とりあえず、

「おっかしいなぁ……誰も居ねえぞ……?」

その日の夕方に会長室を訪れた『伊達明』を待ち構えていたモノは、机の上に投げ出されたマニュアル本といくつかの備品だけだったらしい……



ちょうどその頃、大人気のマスコットことキュゥべえさんはと言えば……

「どうしたの? 契約しないのかしら?」
「いくらボクにでも、出来る事と出来ない事があるんだよ?」

通りすがりの婦女子に詰め寄られていたりする。
少女の可憐な容姿とキュゥべえの可愛らしい外見が揃っているこの状況は、いわゆる“絵になる場面”の条件を満たしていると言えただろう。
……彼女たちの現在地が薄暗い路地裏であったり、キュゥべえの四肢が逃亡防止のために潰されていたりしなければ、の話だが。
最初から暗いマックスにも限度というものがあるはずだ。

「無意味に潰されるのは困るんだけどなぁ」

誠実がモットーのキュゥべえさんが何故このような状況に陥っているのかといえば……別に、回想に入るほどの経緯も無かったりする。
ただいつものように鹿目まどかの周囲で契約の機会を窺っていたところ、突然路地裏に連れ込まれてKONOZAMAである。

「貴方と契約すれば、願いが叶うんでしょう? 正直、あまり期待はしてないけれど」

どうやら、目の前の少女の目的は、そういうことらしい。
正直に本音を言ってくれるあたりはキュゥべえさんと反りが合いそうではあるが、その手段が破壊的過ぎた。
というか、期待していないのなら最初から個体を潰さないでほしい。
勿体ないじゃないか。

「無理だよ。さっきも言ったじゃないか」
「どうして? 説明しなさい」

期待していなかったと前置きをしていた割に食い下がってくる、少女。
ひょっとすると、対価を考えれば期待値的には美味しい話だと思われているのかもしれない。
もっとも、対価というものを正しく理解しているかどうかは不明だが。

「君が、魔法少女になるための条件を満たしていないからさ」
「勿体ぶらずにさっさと続きを言いなさい。残りも潰されたくなければ、ね」

そう言って、キュゥべえさんに残されたチャームポイントである耳に少女は手を伸ばす。
それを潰されると契約機能が無くなるため、既に皆無に近いこの個体が本格的に用済みとなってしまう。
やれやれと首を振りながらもキュゥべえは、相手が望んでいると思しき方向へと話を進めることにしたのだった。

「大原則として、人間でなければ魔法少女にはなれない。君は『違う』だろう?」
「あら、とぼけた顔して意外と鋭いのね。私たちの擬態って、同類同士でも分からない時があるのに」

心底意外だという表情を一瞬だけ見せた少女だったが……次の瞬間にはその姿は著しい変化を迎えていた。
体を包む肌には軟体類の吸盤が露出し、背中からは細長い魚類の尾が何本にも分かれて生えており、頭部は魚類を思わせる攻撃的な鋭角を現す。
言うまでもなく、グリードのお色気担当ことメズール様、その人に間違いなかった。
人間の姿は、この世界の中を歩き回るための仮初のものに過ぎないのだ。

「大方、貴方達が人間を加工するためには、一定以上の大きな欲望が必要なんでしょう? だったら無限の欲望を持つグリードは適任じゃないかしら」
「欲望の大きさは必要だけど、それと同じぐらいにその人間の持つ希望と絶望の落差の大きさが必要なんだよ」

だいたい、魔法少女と呼ぶには君は年を取りすぎていないかい?
……などという空気の読めない発言をするキュゥべえさんではない。
もしそんなことを言ってしまえば、初代の大御所を貶された後輩プリキ○ア達が総出でキュゥべえさんを抹殺にかかっていただろう。

「そもそも、君たちグリードには、ソウルジェムへ造り替えるための『魂』が存在しないじゃないか。こればかりはボクにもどうしようもない」
「そう言われればそうねぇ」

グリードがキュゥべえを目視できるのは、おそらくその身に集まる因果の糸のせいだろう。
コアメダルという超常の物質ならば、その程度の因果は背負っていても不思議ではない。
だがしかし、魂が存在しないのでは、契約のしようがない。

仕方がないわね、と諦めを口に出しながら、メズールはダルマとなった白い生き物の耳を掴んで持ち上げる。
その生物の顔に……苦悶の表情は、無い。
あるのは、ただグリードを観察する、無機質な赤い球体のみ。

魂の無い、モノ。
グリードと、同じ。

「持って帰ったらガメルが喜……」

そう口にしながら手元の白い物体に目を落としたメズールだったが、次にはその動きを一瞬だけ止めていた。
何かに気付いたのだろう、ぐらいにはキュゥべえからも予想できた。
その顔に映っていた表情は……何だったのだろうか。
感情のないキュゥべえにそれを理解する術は、無い。

ただ、水棲グリードである彼女から感じる塩水の匂いが少しだけ強くなったのを、『観測』出来ただけだった。

結局、路地裏には、四肢をもがれて間もなく機能を停止する個体がただ一つだけ、残されることとなる。
思考能力が途切れるまでのわずかな時間にその個体が考えたことは……ほんの些細でどうでも良い疑問で、愚問だった。

『彼女は、ボクに何を願う気だったんだろうね?』

もしキュゥべえに感情というものがあったなら……メズールの『欲望』を理解することが、出来ただろうか?

ウヴァやカザリなら、おそらくそんな事は疑問に思いさえしないだろう。
もし疑問に思ったとしても『メダルを集めて完全態になるために決まってる』と迷わずに答えるはずだ。
火野映司や鹿目まどかなら、そしてアンクなら、別の答えを用意できるのだろうか……



そして、当の火野映司はと言えば、

「キミが『オーズ』で、合ってるよね?」

何故か、見滝原中学の制服を着た女子に絡まれていたりして。
しかも、仲良く会話をしたり、サインを求められたりという雰囲気ではなかった。
おまけに、年がそれなりに離れているにもかかわらず、『キミ』呼ばわりである。

ショートカットの黒髪に、どこか生気の抜け落ちた目。
何処にでもいるようで、何処にもいない。
そんな異様な存在感を放つ一人の少女が、火野映司の前にただ立っていた。
一瞬のうちに自身の記憶を洗ってみる映司だが、やはりこの女子中学生とは初対面である。

「俺をオーズと見込んでの『相談事』?」

どれぐらい本気で映司がその言葉を発したかと聞かれれば、おそらく全てのコンボの中に位置するタトバの重要性に匹敵するだろう。
一歩間違えれば怪物である『オーズ』に頼みごとをしなければならない人間は、目の前の少女のように嗤ったりしない。
興味本位で『オーズ』に近付いて来たにしても、もう少し警戒心が強くても良さそうなものである。
つまり……映司の人柄を知る何者かの紹介によってこの少女は映司のもとを訪れたのだろう。

「魔法少女の誰か紹介で俺のところに来たんでしょ? 力になれるかどうか分からないけど、とりあえず聞かせてよ」

実際には泉比奈や泉信吾の伝手である可能性も残っていたのだが、見滝原中学の制服から考えての判断であった。

「おや、大正解だよ! 私はそんなに分かり易いのかな? もっと自分を『変』えないといけないかもね」

まるで独り言か旧い芝居のように、映司に言っているのかどうか分からないような口調で、少女は続ける。

「でも、『オーズ』にしてもらうことは何もないのさ。ただ、『プレゼント』を受け取ってくれれば、それで良い」

そう言いながら少女が取り出した代物は……石版だった。
円盤の形をしたそれは中央にもう一つ円環状の彫細工が施してあり、その古びた容貌から、何処かの遺跡から出てきた銅鏡のようなものだろうと映司は予想を付けてみる。

そして、二重構造になっていた円盤の蓋を取り除いて、少女がその中身を露わにすると……

「コア、メダル……?」
「へぇ、目の色が変わったね。いや、ひょっとするとそっちが素なのかな」

まぁどうでも良いけど、と続けながら、少女はどこか他人事のような態度を崩さない。

その円盤の内部に収められていたものは……10枚の、紫色のコアメダルだった。
中央の一枚を取り囲むように他の九枚が周状に配置されており、何故か少しだけ冷たい感じのする、他のコアとは何かが違うような奇妙な感覚。
まるで……そのメダルに導かれたかのような、未体験の錯覚が、火野映司の頭の中を駆け巡っていた。

「知ってるかい? 人とメダルは惹かれあう……らしいよ?」

相変わらず軽い調子で言葉を紡ぎながら、少女が起こした行動は、

「がっしゃーん」
「!?」

その石板を、地面に叩きつけて砕く事だった。
驚いて目を見開く映司を、さらなる超常の現象が、襲う。
封印を解かれた10枚のうち半数……5枚が、火野映司の身体の中に飛び込んできたのだ。
突然のことに身構える余裕もなくその異物を取り込んでしまった映司は……先程から抱いていた奇妙な感覚がさらに強くなるのを、感じていた。
冷たくて不快なはずの異物なのにずっとそれを探し求めていたかのような、喜びと言ってしまえば半分ぐらいは正解のような、そんな曖昧な感覚が確かに火野映司の中には存在したのだ。

薄れ行く意識の中で最後に映司が見た光景は……

「悪いね。とりあえず『コンボ』だけは潰しておけって事らしくてさ」

映司の持っていたはずの『ゴリラ』のコアメダルをいつの間にか手中に収めて尚嗤う、少女の姿だった。

「あと、代わりと言っては何だけれど、『コレ』が新しい出会いを呼んでくれるらしい」

いつの間にか黒衣の戦闘装束を身に纏っていたその少女が、映司の手のひらに、ずっしりと重みを持った一枚のメダルを新たに乗せてくれる。
そのメダルの柄を確認することも叶わないうちに、火野映司の意識は暗転を迎えたのだった……


火野映司は、未だ知らない。
ヨーロッパのとある遺跡から失われたモノのことを。
それが、自身の身体の中に投入されたことも。
そして……そのことによって引き起こされる変化など、知るわけも無い。



「さて、残りはどこに届けるんだったかな」



・今回のNG大賞
「契約しないのかしら?」
「出来るよ」
「魔法少女ゆかな☆メズル 始まるわよぉ!」

声の人は7年ぐらい前に魔法少女だった気がしないでもない。

・公開プロットシリーズNo45
→お届け物で新兵器が手に入るのは、ライダーにはよくあること。



[29586] 第四十六話:円環の折り返し
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/18 22:34
「それで、あっさり捕まっちゃったんだ?」
「脱獄など、セルメダルを割るよりも容易いことです。私にとっては、ね」

昨日に一人の囚人が閉じ込められた、とある留置所の一室にて、ちょうど日付が変わろうとした頃。
人間が外から話しかけることなど想定されていない高さの窓から、声がかけられた。
だが、驚くことなど何もない。

外から話しかけている存在は……人間では、無いのだから。
人間が一万発の正拳を打ち込もうとも決して壊れるはずのない切り立った壁に爪を立ててぶら下がる、猫が一匹。
ただしその猫の大きさは小動物のそれではなく、その身体を構成する物質も酸素や炭素ではない。

メダルの怪人グリード、その一人である傲慢の化身、カザリ。
それが、彼の名前だった。

「それで、例の魔法少女は、メダルの器としてどうなの?」
「申し分ありません。少なくとも、現状安定しているオーズよりは遥かにマシでしょう」

この二人は、実は水面下で共同戦線を張って話し合いを進めていたりする。
カザリは、完全態を超える究極の存在へと自身を昇華させるために。
そして、真木博士はメダルの力を利用して世界を『良き終末』へと導くために。

「へぇ? その子、暴走しそうなんだ?」
「ええ。クジャク一枚を取り込ませただけで、『バース』に一矢報いる程度の力が出せるのですから。ですが、最大許容量はそう多くないだろうと睨んでいます」

真木清人は……猫型グリードの方を、見ていない。
彼が視線を向けるのは、ただ彼の肩に乗っている不気味な人形のみである。

そして、暴走する気など更々無いカザリとしても、暁美ほむらはそこまで興味をそそる対象では無い。
むしろ、カザリが真木博士に隠してこっそりと実験しているトーリの方が、彼の本命である。
とはいえ、暁美ほむらに対する興味も無いという訳では無い。

「その『バース』っていうのが予想外に弱かったんじゃないの?」
「……何でしたら、貴方自身が戦ってみますか?」

そもそもバースという名前自体が気に入らないですが……などと愚痴を零しながら、真木博士は時折カザリの方にも意識を向ける。
とはいえ、人間である真木の視覚能力では、月を背後に監獄の小さい窓から覗き込むカザリの姿を見ることはほとんど不可能だったりするのだが。

「それだったら、魔法少女の方に直接当たってみるよ。なんだっけ、炎上的な名前だったよね?」

近頃ネカフェに入ることが多くなったせいで、段々とその手の『用語』が定着し始めている気のあるカザリさん……
彼の明日はどっちなのだろうか。
間違っても、魔法少女モノの同人誌を買うために電気街の行列に並ぶことはないだろう。
グリードなら、欲しいものは迷わずその手で奪い取るはずなのだから。

「それは止めておいた方が良いでしょう。彼女の能力を十全に発揮されたのでは、たとえグリードの君であっても、勝ち目はありません」

あくまで平坦に、協力者が居なくなっては困るという程度の重要性を態度で示しながら、真木は緩やかにカザリを静止してみるが、

「わざわざそんな言い方をするぐらいだから、『十全に発揮され』ない方法ぐらい知ってるんでしょ? 教えてよ。潰さないからさ」

カザリからしてみれば、当然の推測だった。
真木博士自身が炎上的な魔法少女に始末されずにこの場に生き残っていることが、その証拠なのだから。
……真木博士は、その魔法少女の恐るべき能力を封じる方法を、既に編み出している。
カザリの抱くそれは最早、推測というよりも確信と呼ぶべき代物であった。

しばしの睨み合いの末に、真木博士が出した答えは、

「良いでしょう。ただし、背信は許しません」

その『魔法少女』にどのような運命をもたらすのだろうか……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十六話:円環の折り返し



Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
コンドル×1
クワガタ×1
ライオン×1
トラ×1
サイ×2
ゾウ×2
???×2
????×1
????×2



そしてちょうど同じ頃、クスクシエにも初見さんの来客があったりする。
時間も遅いため、店長である白石千世子はすでに帰ってしまっているが……この多国籍料理店の屋根裏部屋に間借りしている女子中学生が、その客のお目当てだった。

一階に備えられた重たい木材の扉をゆっくりと開け、上階へと上がるための階段の位置を確かめて。
きょろきょろと初めて訪れる場所に視線を回しながら、飽く迄慎重に、来訪者は歩を進める。

彼女にとって、『未知の場所』を歩くという行為は、体感時間にして数年ぶりの所業だった。
そのために、見の姿勢を強くとってしまったことは……無意識のうちの必然だったのかもしれない。

「ずいぶん警戒しているのね。ここは魔女の結界じゃないのよ?」

だがしかし、客の存在をどうやって察知したのか、目的の人物は自らの足で階下へと姿を現してくれた。
この料理店に仮住まいを持つ魔法少女、巴マミが。

「似たようなものよ」

マミの皮肉めいた問いかけに、むすっとした不機嫌そうな表情を崩さずに答える、客。
来訪者の名前は……暁美ほむらといった。
何故ほむらがクスクシエを訪れたのかといえば、昨日巴マミと別れた際に、日時を指定されたからである。

「昨日は後輩が、ごめんなさい。今日はしっかり釘を刺しておいたから大丈夫よ」

暁美ほむらとしては、別に美樹さやかが居ようと居まいと、特に問題は無かったりする。
その会話を聞かれたくないと思っているのはむしろ巴マミの方であるのだが……彼女の言い回しには、それらしい響きは無い。
意識的に使われているのか、はたまた無意識なのか……暁美ほむらには、判断がつかなかった。

クスクシエの設備を使って勝手にお湯を沸かし、紅茶を淹れてくれる……魔法少女の、先輩。
その姿はどこか懐かしくもあり、その紅茶の暖かさは……どこか、哀しくも、あり。
遥か昔に口にしたそれと一見同じようだったが、口に含んでみると何かが違っているという確信を暁美ほむらに与えていた。
その原因は……ひょっとすると、ソウルジェムの正体の半分を彼女が知ってしまったからかもしれない、と暁美ほむらは思う。

「本題に入るけれど、貴女が『協力者』を必要とする理由を聞きたい」
「……別に、必要だったわけじゃないわ」

巴マミの表情は……特に何も、変わらないかった。
昨日も聞かされた質問だったため、それに対する応答を考える時間があったからだろう。
ただ、暁美ほむらを迎えたときと同じようにどこか覇気が無く、隙だらけに見える。

「火野さんが勝手に首を突っ込んできて、成り行きで少しだけ一緒に行動して、お互いに勝手だったから離れていった……それだけよ」

今後彼が魔法の世界に介入を試みたとしても、私の知るところではないわ。
そう、巴マミは続けた。

……そう思い込もうとしているだけなんじゃないですか?

暁美ほむらは、心の中に浮かび上がった言葉を、口には出さず紅茶と共に飲み干した。
それを言ってどうなる、とも思えなかったからだ。
あちらの詳しい事情が見えていない状況で抱いた自らの『勘』に、信頼を置くことも出来そうになかったという理由もある。

「……そう」

ここで食い下がろうにも、手持ちの札の中に切れそうなものが一枚も思い当たらない。
……ならば、別の疑問を解消する方向に動くしかない。

「それと、巴マミ。あなたは『コレ』が何だか、分かる?」

暁美ほむらは、学生鞄の底から……疑問の種を引き出した。
2週間ほど前に、魔法少女の勧誘を試みていたトーリを襲った際に、彼女から零れ落ちたモノ。
……そして、サメのヤミーをほむらが倒した時にも同じものが落ちたことを、ほむらは覚えていた。

鈍色の輝きを放つ、見た目以上の重さを持つ古代の金属器。
セルメダル、だった。

「……話せば、長くなるわ」

特に迷った素振りも見せなかった巴マミは、話してくれるつもりらしい。
やはり、先日にも『協力者』について言及されたために、話すべき情報をある程度決めていたからだろう。
そしてその内容は……キュゥべえというナマモノの生態よりも荒唐無稽なものだった。

13世紀の科学者によって作られたコアメダルと、それを核として生まれた人造人間、グリード。
800年の眠りから現代に目覚めた彼らは、人間を親としてヤミーという配下を生み出すことが出来る。
ヤミーは親の『欲望』を満たすことでメダルを増やすとともに力を増し、最終的にその力をグリードへと還元するための存在である。

……ということらしい。
その気になれば、意外にグリードの概要も3行で説明できてしまうものだ。

「メダルの怪物たちが復活した切っ掛けは、何?」

巴マミからの情報を数分で整理し終えた暁美ほむらは、半信半疑ながらも、とりあえずそういうことにしようと思ったらしい。
というか、メダルで出来た生き物をその目で見てしまっているのだから、否定することなどできないのだ。

そして、ほむらが導き出した新たな疑問は……彼女が『暁美ほむら』であったからこそのものだったと言えるだろう。
条件付きとは言え時間を巻き戻せる暁美ほむらにとって、何がどんな形で役立つか分からない事象を再現するための手段を知っておくのは、当然と言えた。
魔法とは趣の異なる怪物たちの存在が、何かの因果で円環世界を終わらせるためのカギとなるかもしれないのだから。

「それは、聞いてないわね」

だがしかし、巴マミはそれを知らないのだと言う。

「今の話も、誰かから『聞いた』ものだったということよね? 誰から聞いたのかしら?」

その質問に対してどう答えるべきか……巴マミは、思案を巡らせる。

お察しの通り、マミが暁美ほむらに伝えた話は、大筋としては巴マミがアンクと映司から聞いた内容のままであった。
しかし、一つ違うとすれば、『オーズ』に関する情報を省いたことである。
そもそも、対価を求めずに巴マミが情報提供を行ったのは、グリードがマミにとって滅ぶべき存在だからだ。
暁美ほむらがグリードと出会った際に戦ってくれれば、マミとしては願ったり叶ったりである。
だがしかしマミには、暁美ほむらに『オーズ』の情報を提供することによる利益が無いのだ。

もし火野映司が、巴マミが余計なことを言ったせいで災難に見舞われたのなら……
それだけは嫌だと、巴マミははっきりと思えた。
袂を分かった仲といえど、マミは映司を嫌っているわけではないのだ。
むしろ高く評価しているからこそ、暁美ほむらが火野映司にとっての災難となることを危惧してしまったのである。

「捕獲した、赤いグリードから聞いたわ。もうこの世に居ないけれどね」

暁美ほむらは、巴マミの言葉に何か含まれているものがあることを感じ取っていた。
だが、その正体に見当がつかないために突っ込みを入れることもかなわない。

「もう一つ、聞きたいことが出来た」
「まだあるの?」

グリードとヤミーという生命体の存在を聞いても、ほむらとしてはどうということは無い。
不意打ちで襲われない限りは、時間停止と連続攻撃のコンボを持つ暁美ほむらの単騎戦における絶対的優位は覆らないのだから。
ほむらが例の研究所から逃げ出したときに出会った襲撃者の存在があるため、その優位も若干の揺らぎを見せているわけだが。

「あのトーリという子は、何者?」
「私を頼ってくれる魔法少女よ。流石に、可愛い後輩の情報はそう易々と教えられないわ」

巴マミの中において、トーリは頼りない弱小の魔法少女である。
一歩間違えれば足手まといとも成ってしまう彼女を、しかして巴マミは失いたくないとも思ってしまっていた。

それは……寂しさを、紛らわすためだったのかもしれない。
決して、巴マミに友人と言える存在が居なかったわけではなかった。
だがしかし、魔法や戦いの恐怖まで共有できる存在を、心のどこかで求めていたのだろう。
従って、火野映司のケース以上に、トーリの情報を暁美ほむらに渡す気は起らなかったのだ。

「質問を変えるわ。貴方は……あの子がメダルで出来た生物だと知っていて傍に置いているの?」

……だからこそ、次に暁美ほむらの口から飛び出した言葉の意味が、ひと時の間理解できなかった。
大真面目な暁美ほむらの顔を見れば、それが世迷い事として伝えられているので無いことぐらい、察することが出来る。
それでも、そう思わずには居られなかった。

「……それは、何の冗談かしら?」
「言葉通りよ。あの子の身体はこのセルメダルによって構築されている。先ほどの貴女の言葉を借りるなら、『グリード』か『ヤミー』だということよ」

紅茶の水面に波紋が広がった……ような、気がした。
目の前の怪しい魔法少女は、一体何を言い出すのか。
自らに走る衝動をなんとか抑え……その正体に、気付く。

『怒り』だ。

臆病だが自分を頼ってくる可愛い後輩が、侮辱されている。
たったそれだけのことが、酷く腹立たしく、思えた。
茹った思考を抑え、紅茶に口をつけて頭を落ち着かせながら、相手の言葉の確認は怠らない。

「貴女は、どうやってその情報を知ったのかしら?」

――何をそんなに不安がっているんですか?
先程自分を訪ねて来たときだって、不安定なマミの事を心配してくれた、彼女。
それが、ヤミーを作ったり美樹さやかを追い詰めたりしたグリードの仲間の筈がない。
そもそも、さやかと一緒にトーリだって捕まっていたはずではないのか。

「襲撃したのよ」

衝動は、おさまるどころか増すばかりだった。
今すぐにでも、この女のすまし顔に風穴を通してやりたい。
場所がクスクシエでなかったら、今すぐにでもハチの巣にしてやりたい。
そんな欲望が、腹の中を駆け巡る。

「そんなことを実行する人間の言うことを、信じるわけがないでしょう?」

こいつは、マミ達の仲間割れでも狙っているに違いない。
きっと……そうに決まっている。

「貴女の前で『証拠』を実演すれば、信じる気になるわ」

……そこが、我慢の限界だった。
甲高い音がクスクシエの一階にまで響き渡り、水の滴る音が、それに続く。

きょとんとした目でこちらを見ている、不躾な客の顔には……二色の液体がこびり付いていた。
紅いお茶の色に、さらに赤い生物特有の色が少量。
交じり合っているそれは……巴マミのとった行動の結果に違いなかった。

投げつけたのだ。
ティーカップを。

「帰ってもらえるかしら? 私の堪忍袋は無限ではないのよ?」

はっと我に返ったらしい魔法少女は……次の瞬間には、まるでコマ落ちした映画の登場人物のように、忽然とその姿を消してしまっていて。
いつの間にか荒くなっている自身の息にようやく巴マミが気付いた時、既に紅茶は冷めてしまっていた。

詰まるところ、実力行使で何かを聞き出すという選択肢を取れるほど、暁美ほむらは情というものを捨て切れてもいない。
仮にも師匠であり先輩でもある巴マミを相手に、銃弾を用いて語り合うことなど考えたくなかった。

……この場を夕方に訪れたトーリと同様に、暁美ほむらは判断を誤っていたのだ。
トーリが暁美ほむらに襲われたことを打ち明けて助けを求めれば、巴マミは是が非でもトーリの力になってくれていただろう。
巴マミという魔法少女は、その程度には後輩想いなのだから。
その点において、そもそもトーリを人間としてすら見ていない暁美ほむらと巴マミの間の認識の差異も、計り知れないものであったのだ。
暁美ほむらの発言は、『もう何も怖くない』状態の巴マミに対して『鹿目まどかって奴は実は魔女の回し者なのよ』と囁いたようなものなのだから。


しばしの別れを告げることとなった魔法少女たちは、まだ世界の真実を把握し切れていない。
だがしかし、取っ掛かりは、共に既に掴んでいた。

巴マミは契約の正体を知り、暁美ほむらはグリードという情報源が存在することを知っている。
物語は既に……ターニングポイントを、回ってしまっているのかもしれない……



そして、世界の観測者たちは、当然把握している。
もう一人、魔法少女が動かなければ、物語は後半戦になど入れないのだということを。

「見滝原……懐かしいじゃねーか」

袋に詰まったリンゴを手に取って丸かじりにしながら、

「しかし、本当なんだろうな?」

風の肌寒さに曝された鉄塔の上層部に腰掛けながら、

「『ソウルジェムを濁らせずに魔法を使えるヤツが居る』なんて、さ」

人当たりの良い笑顔を張り付けた『マスコット』に話しかける、一人の女の子。

「……物足りない風だな。相変わらず、この町はよ。なぁ……って、アレ?」

だが、少し目を離した隙に小動物は姿を消してしまっていて。

しばしの間周囲を見渡していた女の子だったが、ヤツが神出鬼没なのはいつもの事だ、と思い直し、次の瞬間には自身も姿をくらませていた。
長く伸ばされた赤毛を揺らして鉄塔から音も無く飛び降りた少女は、瞬く間に溶け込んで行く。
舞台装置の魔女に命運を握られた、哀れな箱庭の住人たちの中へと……



・今回のNG大賞
「ふふふ……これで、見滝原に『赤』『青』『黄』『緑』『黒』の魔法少女が揃ったわ!」
「オリンピックでも開くんですか……?」
「そういえば、トーリの色って緑なんだっけ? 戦隊の緑って二年に一度しか出られないぐらい不人気だって聞いた気が……」
「言っとくけど、あたしはマッハ全開なんて柄じゃねーぞ」


「友よ、貴女達は何故、QBに魂を売ってしまったの?」

友よどうしてライブ○ン……


・公開プロットシリーズNo.46
→全面的に、オリ主のせい。



[29586] 第四十七話:役者は揃わなかった
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/23 01:33
トーリがその感覚に陥ったのは、路肩で倒れている火野映司を公園のテントに寝かせた晩が明けた後の、昼下がりであった。
金属同士が擦れ合うような、高いところから小銭を落としたような、そんな音のような気配。
……ヤミーの発生もしくは成長を、察知したのだ。

「どうしましょうか、ねぇ……」

そもそも何故そのような感知能力が芽生えているのかという疑問も解消されていないが、考えても分からないので保留にしてあったりする。
そんなことよりも、これからトーリがどう行動するかの方がはるかに重要なのだ。

トーリが視線を回すと……テントの中で未だに目を覚まさない火野映司の苦しそうなうわ言が、時々聞こえてくる。
だがしかし、揺すってみても、火野映司はおはようの『お』の字も口にする気配は無い。
しかも、映司を起こしてヤミー退治に誘おうにも、どうしてヤミーを察知できるのかと聞かれたら困ってしまう。

ソロ狩りに関しては……そもそも、検討する価値さえ存在しない。
空を飛ぶしか能のないトーリがヤミーを倒せないことは、サメの時に実証済みなのだ。
それに、ヤミーを追っていたら魔女の結界の中に捕らわれていたという映司の体験談もあるため、やはり単独行動はすべきでない。

「誘うとしたらさやかさんですけど……まぁ、放っておきますか」

見なかったことにしよう!
一瞬だけ、後藤の顔も頭の中に思い浮かんだトーリだったが……あまり頼りになりそうでなかった。
マミさんに会うのも何だか気まずかったので、結局放置を決め込むこととなったのだった。
だって、前回さやかさんと一緒に行動して、結局メズールさんにボロ負けしてますし……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十七話:役者は揃わなかった



そして……初登場からすでに不運の予感を醸し出している男、『伊達明』はというと、

「タマゴ追加! あと、ハンペンも!」

屋台で、熱々のおでんを頬張っていたりする。
そもそも、何故伊達明がこの町にいるのかといえば、鴻上会長からの招集があったからである。
なんでも、後藤慎太郎という青年を『バース』に相応しい人材へと育成することが、依頼内容ということらしい。
もっとも、伊達が呼び出されたはずの日時に会長室を訪れたところ、蛻の空となっていたわけだが。
従って、伊達の現在の持ち物は……少量の金銭と、会長室の中に置いてあった『カンドロイド』と『無骨なベルト』、そして『分厚いマニュアル本』のみであった。

「あの会長なら、素晴らしいッ! とか言って約束も何も放ったらかしちまいそうだよなぁ」

大当たり……ではなかったりする。
会長は、ヨーロッパの遺跡を調査していたチームが消失したと聞いて、自ら捜索隊を結成して乗り込んだのだ。

「おっちゃん! アタシにも同じの! それと、コンニャクとガンモも!」

いつの間にか隣に居座った女の子の元気の良い声が、仕事の事を考えている伊達の耳に飛び込んでくる。
赤みのかかった長い髪を後頭部付近でまとめた、ヘソ出しルックスのラフな格好をした、中学生程度と思しき子供だった。
学校の帰りに買い食いか、と大人として思わないでもないものの、自身もあまり人様の事を言えた中学生時代を送っていた訳では無いので、注意する気にもならない。

「こんな分厚いマニュアルなんて誰が読むんだって話だし……」

オーズの正史を知る人間ならばお察しの通りだが、伊達明という男は、マニュアルを読むなどという細々とした作業を壊滅的に嫌う男である。
つまり……巻末に付け足された『後藤育成マニュアル』になど、目を通しているはずもない。
急遽財団を空けることとなった鴻上会長が僅かな時間で里中秘書に追加させた付録なのだが、完全に死に仕様である。
最初の十数ページをパラパラと眺めたことは、むしろ読者が伊達明であることを想定すれば、頑張った方なのだ。
報酬が1億円という膨大な額であることが彼のモチベーションを上げた結果、そこまで読むことが出来たのだとさえいうことが出来る。

「大根と昆布と揚げ物2個ずつ追加!」

隣から聞こえてくる活気に少しだけ眩しさを感じながらも、頭は鴻上会長の意味不明な思考回路を推測するために働かせる。
とは言うものの、やはりあの会長の考えることなど分かるはずもないのだが。

「あと、持ってきちまったけど、コレって何なんだろ?」

そして、会長室から借りてきた灰色のカンドロイドは、全裸待機……もとい、おでんを食す伊達をただ見つめるばかりだった。
真木博士が最後に作っていった新作のカンドロイドであり、バースの補佐を行うための存在なのだが、それを説明するはずだった会長と秘書が居ないのでは伊達が理解できるはずもない。

「締めにうどん! え? 無い? じゃあ、とりあえずシラタキで!」
「お嬢ちゃん、おでんにうどんを求めるとは、中々分かってるじゃねえか」
「んぐ?」

熱いおでんを頬張りながら、熱い息を吐き出していた女の子に、気分転換がてら話しかけてみた。
飲み込んでからでいいよ、と言葉を追加しながら。

「やっぱ、締めは炭水化物だろ。家で食う時って最後に煮汁を何かに使うじゃん?」

その口ぶりから察するに、おそらく締めは雑炊でもイケる口なのだろう。
伊達とは一回り以上も年が離れているように見えるが、当たり前のようにフランクに話す、赤毛の女の子。
既にかなりの量を食べている筈なのにメニューに目を通し直している辺り、まだまだ余裕があるようだ。
ごくごくと喉を鳴らして、さぞかし上手そうに皿に残っていた汁まで飲み干し終え、それでも追加の注文を考えているらしい。
締めに頼む炭水化物をメニューの中から探しているのだろう。

「そうかい、良い『家族』持ったな」

とりあえず家出少女では無さそうだ、と伊達は思う。
巾着袋の中に炭水化物の餅が入っていることを教えてやろうとした伊達だったが、

「……やっぱ良いや。今日はこれでやめとく。ゴチソウサマ」

女の子は、気が変わってしまったらしい。
伊達は自分が何か気に障るようなことを言ったとは思っていないので、この子の気分が転げたのだろうというぐらいに考えて、思考を打ち切る。
箸が転げても笑うお年頃の女の子なら、野良猫のように気まぐれでも不自然ではないだろうから。

そんな、時だった。

「ウホッ!」

動物型のカンドロイドが、鳴き声をあげながら両手を回転させ始めたのは。
その時になって初めて、伊達明は気付く。
そのカンドロイドのモチーフがゴリラであったのだ、と。
……そんなことは、どうでも良いのだ。

「……そっちの方に何かある、ってか?」

伊達は、導かれた。
自身が何に向かっているのかも知らず、しかし、確実に。
ともかくおでんの料金を精算して屋台を後に、

「お客さん! お代足りないよ!」
「これで間違いないはずなんだが……」

出来なかった。
店主に引き留められてしまったのだ。

「さっきの中学生、お客さんの連れじゃないの?」
「……え゛?」

伊達が座っていた席の周囲を見渡すも、そこには女の子どころか人っ子一人見当たらない。

「日本ってこんなに治安悪かったっけか……」

うどんが無いとはいえ、中々のおでんを作ってくれるこの屋台が損失を被るのは忍びない。
結局、伊達が食い逃げ中学生の飲食費を建て替えることとなるのだった……
心の広いゴリラカンさんは、その間ずっと待っていてくれたそうな。



一方、最近女子中学生のカバンの底が定位置と化している掌怪人はというと、

「さっさと気づきやがれ、クソガキ……」

カバンの中から、何とか持ち主に異変を伝えようと頑張っていたりする。
具体的には、ヤミーの発生を感知したために、それを一刻も早く奪いに行きたいのだ。
彼には、ゴリラカンドロイドのような心のゆとりは無かったらしい。
だがしかし、そう思うようにもいかない。
なぜなら……持ち主である鹿目まどかが、美樹さやかを含む友人グループとともに下校及び寄り道を行っているためである。
さやか達に一度強襲されている身としては、姿を見られても大丈夫などという楽観は出来るはずもなかった。

従って、アンクに出来る事は、カバンの中で小刻みに体を揺らして持ち主にだけ分かる程度の信号を送ることだったが……これが中々、上手くいかない。
でも、メダルは欲しいというジレンマ。

「何か良い手は……」

鹿目まどかにさえ事情を伝えられれば、あとは美樹さやかを偶然を装ってヤミーの元まで誘導すれば良いのだ。
だが、それが難しい。

何か無いものかと……アンクは、カバンの中のモノを漁ってみる。
体積的には教科書の類が大半を占めているものの、ハンカチやお守りなどの日用品も入っおり……その中に、見つけた。
文明の利器を。
火野映司を演じる渡部秀氏がかつて死ぬほど変身ポーズを繰り返したと言われる、ハイテクの結晶である通信機器だ。

「確か……『携帯電話』ってモノだったなァ」

この端末を使って音をならせば、ミッションコンプリートである。
だがしかし……携帯電話が一台しかないため、電話はかけられない。
とすれば、同一端末上でメールの送受信を行えば良いのだが……

「見られたら……面倒だ」

ヤミーの発生を示す文面を直接打ち込んだ場合、鹿目まどかがメールを開いた段階で横から端末を覗きこまれたら試合終了である。
空メールならばその点は安心だが、まどかへのメッセージという点では不合格も甚だしい。

携帯端末を取るためにカバンの中にまどかの手が入ってくるのだから、それを掴めば良いのだろうか?
それも、まどかが予期せぬリアクションを取ってしまったら大惨事スーパー強欲対戦である。

「ヤミーなんて単語は使えないだろうなァ。適当に略すか」

巴マミと通じている美樹さやかは「ヤミー」という単語を知っているはずなので、その辺りは当然だ。
だが、これだけでは心もとない。
グロンギ語やオンドゥル語のような暗号が使えれば良いのだが、どの道まどかには通じそうも無い。
思考に詰まったアンクだが、それもまだ手は用意できる。
自分で分からないなら、調べるしか無いじゃない!
便利なことに、最近の携帯端末というものはほぼ必ずインターネットのブラウザ機能が付いているのだから、それを使って調べればいいのだ。

Q:使用料は誰が払うと思ってるの!?
A:そんなこと気にしててグリードやってられるか!

ざっと調べた感触として、メールで簡単に実践できて、なおかつ鹿目まどかでも気づきそうな暗号は……

「今はこの手しかないッ!」


ジェネレーションギャップという言葉を存在から否定するようなメロディーが……店内に、流れた。
具体的にいうと、演歌が携帯の着メロ用にアレンジされているような、一体どんな年齢層を対象に作られたのか問いかけたくなる音声が。
まるで、子供番組を見ていたと思ったら素晴らしい尻を見ていた時の視聴者の気分である。

「まどか……その着メロ、微妙に恥ずいような……」
「そんなこと無いよ! あの有名な布施さんが紅白で歌った歌なのに!?」

友人Sからの微妙に手厳しい評価を受けつつ他の二人の表情を窺ってみるものの、

「……まぁ、人の趣味はそれぞれですよね」
「……貴女は、鹿目まどかのままでいれば良い」

あまり手応えは宜しくなかった。
一応まどかの好みを肯定してくれているようにも見えなくはないが、二人とも返事までに少し間が開いた上に棒読みである。
いかにも社交辞令だと言わんばかりの態度を見れば、哀しくもなるというものだ。

「むぅ……」

少しだけ頬を膨らませて見せながらも、とりあえず携帯の着信を調べる鹿目まどか。
彼女が見たものは……

「何コレ? スパム?」
「さやかさん……人のメールを勝手に覗き見するのはどうかと思いますよ?」

3通の、無題のメールだった。
着信時間もほぼ同時で、メールの下書きをあらかじめ作っておいて連続で送信したのだろう。
そして、アンクの懸念通り、メールの文面はまどかの横に座るさやかから覗き見されたらしい。

『Yの喜劇/暴走族専用ライダー』
『出落ち専用と呼ばれたギミック』
『現在の貴女の持つ所持金は!』

別に、未来から送られてきたメールだとか世界線が移動したとか、そんなことは全く無い。
……アンクとしては、鹿目まどかが理解できるギリギリのラインを狙ったつもりなのだ。
PCブラウザから見れば一目瞭然だが……縦読みで『Y出現』と読める文章である。

他の三人の目には、それらがスパムとしか映らなかったらしい。
だがしかし……

「……!」

鹿目まどかにだけは、通じたようだ。
正直に言って、ここまで上手く事が運ぶとは思っていなかったアンクとしては、御の字である。
これが主人公補正というヤツなのだろうか。

「みんな、ゴメンね。用事を思い出しちゃったから、今日はこれで。また明日!」

鹿目まどかは学生鞄をひっさげ、いつものファストフードの店を後にしたのだった……



「便所にでも立てば良いだろうが……」
「カバン持って行ったら怪しいと思うよ?」

結局、ヤミーの存在をまどかに伝えることは出来たアンクだったが……別の意味で状況が悪くなった気がしないでもない。
アンクの予定としては、まどかがヤミーの居る地点までさやかを誘導してくれるはずだったのだ。
もちろん、偶然を装ってである。
ところが、まどかがあの一団から離れてしまったため、その手が使い辛い。
まぁ、まどかが発見した後で改めて魔法少女を呼べば良いのだが。

「とりあえず、そのヤミーの場所ってどっち? 早く近くの人を避難させなくちゃ……」
「俺はメダルが欲しいんだよォ! 人間なんて知ったことか!」

飽く迄、アンクはセルメダルを奪うためにヤミーを欲しているのであって、人間を救うためではない。

――人の命より、メダルを優先させるな!

そういってくれる何も欲しくなさそうな男は……この場には、居ない。

「お願い! 近くの人をみんな避難させたらすぐに、さやかちゃん達を呼ぶから!」

まどかにここまで言わせれば、既にアンクの勝ちではある。
だがしかし……アンクは、ここで一つ欲を出してみた。

「それが終わったら、少しその身体を貸せ。久しぶりに食いたいモノがあるからなァ」
「まぁ、太らない程度なら……っていうか、アンクちゃんってそのままだと食べ物食べられないの?」
「人間の身体じゃなきゃ、味覚が無いんだよ」
「そういうことなら」

アンクは、なんとなくこの少女との距離の測り方を心得てきたと思えるようになった。
今の追加注文は、もし映司が相手だったら通らない可能性が高い。
つまりこの鹿目まどかという少女は……押しに弱いということである。



その先に待ち受けているのは……新たな、出会い。
互いに運命を歪め合う、奇運の交差点。
そしてその先に待ち受ける者は……未だ、彼らの前に顔も見せない。



・今回のNG大賞
「それにしても、よくメールの意味が分かったなァ」
「分からなかったよ?」
「なら、どうして俺からのメッセージだと分かった!?」

「だって、差出人のアドレスが自分なんて変だもん」
「なん……だと……」

空メールでも、特に問題はなかったらしい……


・公開プロットシリーズNo.47
→伊達さん、食い逃げされるの巻。

・人物図鑑
 ダテアキラ
 流離の医者。性質は鳥瞰。死を間近に感じ続ける男は、いつしか周囲との隔たりを生む。彼の見る世界を知りたければ、その身を光と闇の狭間に置かなければならない。



[29586] 第四十八話:ヤミーの身体はボロボロだァ!
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/23 01:32
灰色のカンドロイドが導く方向へと向かった伊達明が見たモノ。
それは、

「アレが噂のヤミーってやつか?」

二本の角が特徴的な、生物的に甲殻を煌めかせた怪物だった。
その体躯は成人男性にやや勝っているという程度であったが、禍々しいその姿は、見る者に恐怖を与えるには十分すぎる。
怪物が人間を襲っている場所がとある剣道場だったことは、せめてもの救いと言えたのかもしれない。
武術の心得のある人間の多いその場所では、たとえ圧倒的な腕力を持つ怪物に襲われたとしても、発生する怪我人の数は最小限に抑えられるのだから。

もしそのヤミーを発見した人物が火野映司なら、間違いなくこう言っていただろう。
昆虫のグリードは倒したはずなのに……と。
そんなことは、伊達の知るところではないが。
ウヴァさんの雄姿を見たことが無いという伊達明(30)は、人生の95割を損していると言っても過言ではない。

その剣道場の師範と思しき人物が、木刀を構えて怪物を足止めしているのが、遠目からも伊達明の目には映った。
おそらく、門下生たちを逃がすために残ったのだろう。

「鴻上財団のモンだ! あんたも早く逃げろ!」
「済まない!」

何とか持ちこたえていたといえど、やはり恐怖心はあったらしい。
任せろと言い放つ伊達の声にコンマ数秒のラグののちに返答を見せた師範は、さっさと逃げて行ってしまった。
……それでも、門下生がすべて逃げ終えるまでは粘っていたのだから、大した男である。

「っし! じゃあ、俺の番だ!」

突然現れた伊達に警戒を寄せているのか、二本角の怪人は襲ってくることは無い。
それならば好都合とばかりに、伊達は……ベルトを、巻き終えた。
伊達会長の部屋から持ち出した一品であり、『バース』へと変身するための重要なアイテムである、『バースドライバー』を。
あとは、ベルトの端部にある投入口に『セルメダル』を投入してレバーを回せば、変身完了で……

「……セルメダル?」

嫌な予感としか表現できない虫の知らせのような違和感が、伊達明の脳裏を駆け巡った。
別に、ウヴァさんが超常的なメッセージを発したわけでは無い。

……セルメダルって、なんだっけ?

とっさにバース操作マニュアルを取り出し、巻頭の目次から該当項目を探し出すと、『ヤミーとグリードの身体を構成する物質』という簡潔かつ意味の明瞭な一文を発見することが出来た。
そして、バースという強化スーツは、セルメダルを集めるための装備だったはずだ。
つまり……

「んん……? 変身にはセルメダルが必要で、ヤミーを倒してセルメダルを手に入れるには変身する必要がある……? どういうこった?」

鶏が先か卵が先か?
正解はもちろん、初回起動用のセルメダルを鴻上財団から貰うことなのだが。
伊達を呼び出しておいて姿を消した会長にも、この件に関しては若干の非があると言えるだろう。
もちろん、マニュアルを読み込まなかった伊達も悪いには違いないが。

「そこの角が素敵なお方、どう思う?」
「ヒトをおちょくってるとブっ飛ばすゾォッ!!」
「おたく、人じゃないだろうがああああっ!?」

むしろ、今まで静観していてくれただけでも、物凄くお人好しである。
そして……このヤミーのモチーフは、クワガタムシらしい。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十八話:ヤミーの身体はボロボロだァ!



Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
コンドル×1
クワガタ×1
ライオン×1
トラ×1
サイ×2
ゾウ×2
???×2
????×1
????×2



アンクの導きによって鹿目まどかが辿り着いた場所は……普段は門下生たちの活気に溢れているはずの、剣道場だった。
通常営業時と少し違うことといえば、

「ぎゃっふん!?」

ガタイの良い男が剣道場の壁をぶち抜いて吹き飛ばされてきたことぐらいだろうか。

「きゃっ!?」

しかも、お約束のように鹿目まどかがその進路上にいたのだから、目も当てられない。
もし互いの立場が逆だったのなら、たとえ鹿目まどかが二人居たとしても、伊達のマッスル補正があれば抱きとめることが可能だっただろう。
だがしかし、運動ベクトルを加えられてキリモミ回転しながら飛んでくる伊達を受け止めるためには、おそらく鹿目まどかが五人居ても何の役にも立たないに違いない。
それは、緑で金色なボウガンの的としてマイルドなG3を並べるのに匹敵する愚行であると言えるはずだ。

その鹿目まどかが、なんと一人しか居ないのだ。
いや、世界の破壊者様でも呼んでこない限り、絶対に一人しか居ない筈なのだが。

特に、ラッキースケベ的なイベントが起こったわけでは無かった。

「痛っぁ……こりゃぁ想像以上だ……」
「お、重い……」

伊達明も鹿目まどかも仰向けに倒れ、伊達の体躯の放つ重みによってまどかは身動きを封じられているというだけである。
若干、衝突の衝撃もあったが、特に大きな怪我をした人間が居たわけでもない。
ただ、一つ強いて何かが起こったと言うならば、

(ぐああああっ!? 中身がっ!? セルメダルが漏れちまうぅぅっ!!?)

鹿目まどかの学生鞄の中に潜む掌怪人が声を殺しながら、二人分の体重によって生み出される地獄を楽しんでいたことぐらいだろうか。

「悪いな、お嬢ちゃん。立てるかい?」
「何とか……」

強かに打った腰をさすりながら鹿目まどかが涙目で答えるのと、『そいつ』が剣道場から姿を現したのは、ほぼ同時だった。
二本の角を持つ昆虫の異形……クワガタのヤミーである。

そして、ヤミーがその腰部に備え付けられているモノを抜き放って二人に向けたとき……鹿目まどかは、状況の判断がワンテンポ遅れてしまっていた。
周囲に逃げ遅れた人間が居ないかと思って、注意を怪人から逸らしてしまっていたのだ。
彼我の距離が10メートル近く離れていたことや頼りになりそうな大人が近くに居たことも、まどかの警戒心を緩める原因となっていたのだろう。

「危ねぇっ!」
「えっ!?」

引き締まった胸筋の元へと抱き上げられ、そのまま横っ飛びに付近の自販機の陰へと引きずり込まれる。
例の、妙に頑丈だと評判のイロモノ自販機である。
直後……鉱石同士をぶつけ合う音が、周囲に木霊した。
それも、単発ではなく重なり合うように。

「アレってもしかして、銃ですか……?」

一息遅れて状況判断を完了したまどかが伊達に尋ねてみるが、

「下手したらそれ以上だ」

自販機の近くのコンクリートが捲れている光景を視界の端に捉えた伊達の返事は、最悪以下だった。
そして、嵐のような斉射は止む気配を見せない。

「何か、手は無いんですか?」

さやかとほむらに剣道場で化け物を見たという内容のメールを送信しながら、二人が駆け付けるまで自分たちが生きていられるのかという率直な疑問をぶつけてみた。
盾として使っている自販機の耐久力が心もとない……というより、自販機に頑丈さを求めている状況自体が異常なのである。

「セルメダルの一枚さえありゃ、何とかなりそうなんだがな……」

伊達明の巻いているベルトは、いわゆる変身アイテムというカテゴリーに属する装飾品である。
そこにセルメダルを一枚投入することさえできれば、変身することが可能となるわけだが……
伊達がセルメダルというものを一枚も持っていないのだから、役立たずも良いところである。

だがしかし、それを聞いた鹿目まどかの目の色が……変わった。
別にライダー的な意味ではなく、慣用句的に。

「セルメダルがあれば、良いんですね?」
「そうだけどよ……どうした?」

セルメダルが何だか知ってるのか?
という些細な疑問を抱いたものの、無駄口を叩く余裕は伊達にも無い。
クワガタのヤミーの隙を窺いながら、まどかの方に視線を向ける余裕さえ無い伊達明を尻目に、まどかは小声で『そいつ』に問いかけてみた。

(アンクちゃんって、確かメダルで出来てるんだよね?)
(……何、考えてやがる?)

巴マミから逃げ延びる際に、アンクは確か、体をメダルに分解していたはずだ。

(……ちょっとだけ、ちょうだい?)
(ふざけんなアアッ!? メダルは俺の命だぞ!? お前の指の数より少ないんだぞ!? 分かってんのかこのクソガキッ!?)

物凄い拒否ぶりだった。

「んん? お嬢ちゃん、何か言ったか?」
「いいえ、ナニモ!」

弾丸の雨の中でも、伊達の耳に若干飛び込んでくる程度には。

(ええと、じゃあ、貸して? このままだと三人一緒にやられちゃうよ?)
(返す当てあんのか? まぁ、仕方ないかァ……)

掌状のアンクを構成するセルメダルは……驚くことに、たった9枚しか無かったりする。
まぁ、グリードの強さを決定づける要素としてはセルメダルよりもコアメダルの枚数の方が重要なので、現在のアンクがセルメダルを得ても重くなるだけだったりするのだが。
尚、そのコアメダルですら、現状アンクはタカ一枚しか持っていない。

泣く泣く1枚のセルメダルを吐き出したアンクからは……どこか、哀愁が漂っていた。

「おじさん! コレ、使ってください!」
「おおお!? お嬢ちゃん、ナニモン!? 何はともあれ、有難く頂戴するとしますか!」

アンクから徴収……もとい借りつけたセルメダルを、伊達の手に握らせる鹿目まどか。
その伊達の手を、まどかは握ったまま離そうとしなかった。
包帯を巻かれた小さな手から発せられる握力は伊達とは比べるべくも無いが、それでも無視する気にもならない。
掌に返ってくる感覚に疑問を抱いた伊達がまどかの方を振り返ると、そこには、まっすぐな視線が伊達に向けられていた。

「あげませんよ? 三倍にして返してください」

これぐらいしないと、アンクが泣きそうな気がしたので。

(おいッ!? 元が1枚なんだからそこはせめて10枚とか言え! 2枚しか増えてないだろうが!?)

アンクだって、いろいろと必死なのである。

「この状況で、まさかそう来るとは……」
「女は3倍返しを要求するぐらい自信を持ってなくちゃいけない。そう、ママが言……いそうだな、って」

その言葉を鹿目家の母親から聞いた覚えは無いのだが、何となく、あの人なら言ってもおかしく無さそうである。
一瞬、言葉を失った伊達が呆けて見せるものの、自販機が軋む音を聞いてすぐに我に返る。

「くっはっは! お嬢ちゃん……将来、大物になるかもなぁ!」

俺があと20若かったら惚れてたところだ……そんな、たらればのどうでも良い言葉を残しながら。

「そんじゃあ……稼ぎますか!」

左手に握ったセルメダルを確認し、次の瞬間にはそれをベルトの差込口に投入し終え。
右手は、ベルト傍部に設置されたレバーへかけ、限界までそれを回して引き絞る。

「変身っ!」

腕部、肩部、脚部、腰部にそれぞれ二つずつ。
さらに、胸部と背部に各一つの計10個のオーブがベルトの質量を無視して飛び出し、定位置へ収まる。
内部情報が質量へと変換され、次第にその身体を包み込む。

瞬く間に全身がくまなく覆われ、その頭部には磁石を思わせる湾曲したゴーグルが配置されていた。

『仮面ライダーバース』

それがシステムの名前であり、また、その存在に掛けられた欲望の本質でもあった。
物事の誕生をこよなく愛し、日々バースデイケーキを作り続ける会長は、こんな言葉を常々口にしていた。
欲望による世界の再生が目的だ、と。


変身を済ませた後のバースの動きは、迅速だった。
転がるように自販機の陰を飛び出て、物陰から物陰へと姿を隠しながら、段々とクワガタの怪人へと迫っていく。

そしてついに、隠れる場所を捨て、クワガタヤミーへと組みつく。
放たれた弾丸が装甲を掠めて火花を散らすも、その歩みを決定的に止めるには足りなかった。
自身に向けられた銃口に臆することなく、その右腕を掴み、

「どらぁっ!」

振り払おうとするクワガタヤミーを……そのまま、背負って地面に叩きつけた。
思わず『一本!』という掛け声が脳裏をよぎった鹿目まどかだったが、空気を読んで自重することに成功していたりして。
一応物陰に身を隠しているので、クワガタヤミーさんに目をつけられるのは怖いのだ。

背中から地面に叩きつけられたせいで動きを止めてしまったヤミーに、バースは更なる攻撃を仕掛ける。
体重を乗せた肘打ちを、自身の身体を落下させる速度を加えて、ダウンしているヤミーの胴体に打ち込んだのだ。
これには流石のヤミーも堪り兼ねず、セルメダルを少しだけまき散らしてしまう。

(メダルだァァッ! 全部ッ! 俺のモンだァァァッ!!)
(ダメだよアンクちゃんっ!? さっき呼んださやかちゃん達がもうすぐ来ちゃうよ!?)

死にもの狂いでメダルを拾いに行こうとするアンクと、その身を案じてアンクを掴む鹿目まどかの死闘も、とある物陰で繰り広げられていたりして。

(うるさいッ! お前の掴む手は俺じゃないんだよォォッ!!)
(ダメったらダメ!!)

何かが色々と台無しだった。
主に、原作における名台詞や感動が。
アンクのテンションが色々と崩壊している感があるのは、近頃あまりアイスを食べていなかったせいだろう。
ストレスとはこうも人を変えてしまうものなのか。


「かったいなぁ、オイ!」

銃を握ったままのヤミーの右腕を捻りあげて相手の背部に固定し、そのまま相手を俯せにして関節を極める。
硬度の高い相手には……このプロレススタイルは、意外に有効だったりするのだ。
尚、オーズTV本編のバースが中盤以降になってようやく絞め技メインの戦い方を始めたのは……販促上の都合らしい。
大人の事情も、アンクの欲望並みに大変なのだろう。


(さっきのメールを取り消せッ! 黒いのはともかく、あのバカそうな青いガキなら幾らでも何とかなんだろ!?)
(いくらさやかちゃんでも、流石にそれはもう無理な、ような……)

尚、今からさやかへのメールを取り消しにかかっても、元の世界線に戻ることは不可能だろう。
バースとヤミーが派手に音を立てながら戦っているのだから、既に近くまで来ているであろう人物が美樹さやかであることを考慮に入れても、誤魔化すのは並大抵のことではないはずだ。
もっとも、この両名の知らぬところでさやかの携帯端末は巴マミによって破壊されてしまっているため、そのメールは届いていなかったりするのだが。


「さあて、止めは……」

一方のバースは、ヤミーの腕を捻って地面に縫い付けながら、巻き散っていたセルメダルの一枚を、再びベルトに装填していたりする。
その目的はもちろん、バースに付与された追加武装を使用することである。

『ドリル アーム』

レバーを再度回すと同時に、レバーを回していた右手には現れた物は……巨大な、ドリルだった。
ドリルはロマンなのである。
バースを作った科学者は、さぞかし由緒正しいマッドサイエンティストの系譜に属する人物なのだろう。
きっと、自身の研究所や作品には、ことごとく自爆装置がセットされているに違いない。
だがしかし、クワガタヤミーとて、タダでやられることを良しとする筈もない。

腕に現れたドリルに目で確認を入れたバースの一瞬の隙を突いて、ヤミーは締め上げられた右腕に握られていた銃を……少しの運動ベクトルを加えつつ、放った。
そしてその落下の先には……自由な左手が、残っている。

「降りロォッ!」
「どわっ!?」

胸部に至近距離からの連射を受けたバースは思わず仰け反ってしまい、そのアーマーからは鮮やかな火花が散る。
……ヤミーはその間を見逃さず、拘束から脱することに成功した。
そして、よろめくバースに一瞥を向けたヤミーのとった行動は……追撃ではなく、逃亡だった。

「待……深追いは禁物、か」

追いかけようかとした伊達だったが、突然のヤミーの方針転換に着いていけず、ヤミーを逃してしまったのだった……。



これが、鴻上財団の公式記録に残ることとなる、『バース』の初陣である。
その初陣以前に用いられた事実を、この時に知るのは、わずか二名に過ぎなかった。
世界を繰り返す女と、世界を終わらせる男。
生誕の戦士が彼らと交わる日は……大して、遠くは無い。



・今回のNG大賞

「この男食ってモ良いかナ?」
「もしかしてお前、それは性的な意味でか……?」
「そんなの絶対、XXX板送りだよ!!」

嫌いじゃないわッ!


・公開プロットシリーズNo.48
→クワガタのヤミーさんの登場過程や能力が本編と少し違う理由は、もちろんその出生にあります。それも後々に。



[29586] 第四十九話:もう誰も頼りない
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/25 18:46
「大丈夫ですか? なんか、体から凄く煙出てますけど……」
「ああ、平気平気。表面が焦げてるだけだから」

特撮で使う爆竹は、意外と煙の量がまちまちだそうな。
撮影時の気温や湿度によって爆発の規模が変わってしまうため、少ないよりはマシだという発想なのだろう。
それは時に、一般人が見れば十分に危険だと思える程度の代物なのである。
……そんなメタな事情は、どうでも良いのだ。

「サンキューな! これはお礼の三倍返し! きっちり納品しましたぜ、姉御!」

バースの大きな掌から3枚のセルメダルが手渡され、鹿目まどかの元へと帰ってくる。

「鹿目銀行、契約の履行を確認しました!」

尚、この後セルメダルはアンク金庫に預金される予定だ。
ちなみにこのアンク金庫、利子は死んでも渡さないどころか元本すら戻ってこない、超悪徳業者である。
このまま隠れていれば鴻上財団への40%の納付もサボれるとナチュラルに思っている辺り、色々と考えることが悪徳過ぎた。

「さあて、何か、この散らばったメダルを集める機能があったような……」

変身を解かずに、バース操作マニュアルと書かれた分厚い本の斜め読みを始める伊達明。
再変身にセルメダルが必要になるため、勿体ないと思っているのだろう。
フルフェイスヘルメットの頭部に手を当てて、頭を搔くような動作をしている『バース』の仕草はどこかコメディチックで……くすり、とまどかは笑みを零してしまった。
だがしかし……案の定というべきか、やはりその行為は長くは続かなない。
伊達明とは、そういう男なのだ。

「だあああっ! やっぱりマニュアルって奴は嫌いだ! お嬢ちゃん! 散らばったセルメダル集める方法調べといてくれ! たぶん武装の項目にある気がするから」
「ええええっ!?」

そのバース操作マニュアルと書かれている分厚い本は、部外者に見せても良いものなのだろうか?
……その『ある気がするから』という言い回しが、既にこの本を読んだことがあるために出てきたものなのだと、信じたいところである。

渋々と分厚いマニュアル本のページをめくる女子中学生と、中腰になってメダルを集める仮面ライダー。
その絵面は、どこか言葉に出来ない滑稽さを醸し出していた……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十九話:もう誰も頼りない



暁美ほむらは、全速を以て走っていた。
魔力を無駄遣い出来ないと思いつつも、時折時間停止を織り交ぜて、道を急ぐ。
剣道場という自身のバトルスタイルとは縁も所縁も無い施設を指定されたために、場所を調べるまでにかかってしまった時間のロスが、この上なく痛かった。
一応、剣道場の場所を聞き出すためにメール受信の直後にコールを試みたものの、電話に出られないほど状況は切迫しているらしい。

そして、ようやく剣道場を目前にしたとき……暁美ほむらは、見た。
まだ生きている鹿目まどかの姿を。

彼女にゆっくりと歩み寄る、大量のメダルを両腕で抱えた怪人の横顔も、同時に。
人間の肌を思わせない黒い合成繊維と鈍色に光る装甲を、暁美ほむらは以前にも一度、目にしたことがある。
磁石のようにU字に歪曲した特徴的なバイザーなど、一度見たら忘れるわけがない。

暁美ほむらが拉致された日に、逃げ出したほむらを追ってきた襲撃者に、間違いなかった。
その怪人が、今まさに、鹿目まどかに近寄っている。
しかも、昨晩にはメダルという物に関する悪印象を巴マミから吹き込まれたばかりだ。
この状況を判断した瞬間、暁美ほむらの頭の中に、もはや手加減という言葉は存在していなかった。

「まどかから……離れろおおおっ!!」

腕に具現化した円盾に焼け付きそうな力を一瞬でため込み、次の瞬間には怪人に向けて打ち出す。
怪人に駆け寄りながら、炎弾を発射する左手は決して休めない。

「うおっ!? あち、わたぁっ!? なんじゃこりゃあっ!?」
「えっ? ええっ!?」

情けない声をあげながら少しずつ後退していく怪人と、状況が分からずに右往左往している鹿目まどか。
怪人のそばに居るまどかには当たらないように正確に狙撃しながら、そいつを鹿目まどかから引き離すことに、ほむらは努める。
いつの間にか、ほむらの猛烈な連撃によって……両者の距離は、10メートル程も開いてしまっていた。
そして、混乱の境地に居る鹿目まどかを庇うようにその前方に立ち、怪人と向き合って睨みを利かせてみせる。

「単刀直入に聞くわ。貴方の目的は何?」

女子中学生から嫌悪感特盛で睨みつけられるという、何処かの業界の人々がご褒美だと騒ぎそうな状況に置かれながら、伊達明は思考を巡らせる。
バースの状況を示すバイザーの表示データは、あの炎弾がクリーンヒットを続ければ、バースの装甲はそう長くは持たないことを示唆していた。
ほむらが回答を待っている間は攻撃の手を休めてくれているのが、唯一の救いかもしれない。

そして、最も困ったことに、伊達明は目の前の女子中学生に全く見覚えが無いのだ。
よって、この子がどんな答えを期待しているのかまるで分からない。

「その前に俺からもいくつか聞いても……」
「聞いてるのはこっちよ。質問も時間稼ぎも認めない」

と、いうことらしい。
問答無用というやつである。
伊達としては、一番気になるのはやはり先ほどこの子が炎を出したことなのだが、素直に質問しても答えてくれるとは思えない。

ならば、どうするか?
……魔法というものの存在をたった今初めて目撃した伊達に、そんなことが分かるはずも無かった。
バースの一挙一動を逃さずに見極めようと目に力を張っているほむらの視覚が、バースが右手の人差し指だけを天を指すようにゆっくりと伸ばして見せたのを、感知した。

「一億稼ぐことだ。そのためのお仕事さ」

考えても分からないのだから、策を弄さずに本音を言ってしまおう。
それが、伊達の下した判断だった。

「じゃあ今度はこっちの番……」
「雇い主は誰?」

伊達に質問を許す気は、一切無いらしい。
まぁ、相手が子供ということもあるので、その程度で腹を立てたりはしないのだが。

「鴻上財団だ。これで満足かい?」
「鴻上財団の目的は?」

財団の目的ということは、すなわちいつも会長室でケーキを作っているあのオッサンの目的ということだが……

「世界の再生とか聞いた気がするが、詳しいことは俺もよく分からん。まだ何かあるか?」
「……どうやって、私の魔法に対抗しているの?」

正直に言って、ほむらのこの質問は、相手が正直に答えてくれると期待して口から出たものではない。
相手が言葉の端からボロを出してくれれば御の字だと思っては居るものの、あくまで期待しすぎないスタンスであった。
暁美ほむらにとって、時間停止が効かないということが意味するアドバンテージの喪失は計り知れないものであるため、どんな些細な情報も逃したくないという思考の結果である。

「何を言われてるのかさっぱりだ」

だから、相手がとぼけることぐらい、想定済みである。
もちろん、伊達自身は魔法のマの字も知らないのだから、全力で理解不可能だったりするのだが、疑念とは恐ろしいものだ。

「次の質問。……どうして、『彼女』に近付いたの?」

その『彼女』というのが、混乱しながら暁美ほむらとバースを交互に見ている鹿目まどかだということは、伊達は一目でわかった。
だが、やはり質問の意味が分からない。
伊達にとって鹿目まどかという人物は、たまたまヤミーの発生現場に居た子供でしか無いのだから。
セルメダルを持っていたことが気になると言えば気になるものの、その程度である。

「悪いが、それも意味が分からん。俺が『たまたま』その子と会ったら、何かまずいことでもあるってのか?」

暁美ほむらは、そんな『偶然』など、信じる気にはならなかった。
この町に自身の知らない異変が起きていて、しかもその渦にもっとも近い場所に鹿目まどかが位置していると分かれば、尚更だ。
むしろ、鹿目まどかに秘められた並ならぬ魔法の素質が災厄の中心となっているとしか、思えなかった。
そして、鹿目まどかを守る存在になりたいと切に願う暁美ほむらにとってそれは、忌々しき事態以外の何物でもない。
加えて、相手が情報を吐く気配も無く、鹿目まどかに手を出そうとしたのなら……暁美ほむらに、選択の余地などあるはずも無い。

尚、神の視点から答えるならば、ここで鹿目まどかと伊達明が出会ったのは、確実にアンクとゴリラカンドロイドのせいである。

「最後に……貴方が雇われの身であるとして、その仕事から降りる気は?」
「それは無理だ」

伊達の即答を聞いて、若干考え込むような素振りを見せるほむら。
ひょっとすると、何かを躊躇っているのかもしれない。
だがしかし、伊達が痺れを切らす前には整理をつけたらしく、再び言葉を紡ぐ。

「とにかく、分かったわ」

この女子中学生は人の話を聞いているのか聞いていないのか、イマイチ判断に余るヤツだ。
だがしかし、この時点で既に、なんとなく嫌な予感が伊達明の中には渦巻いていた。

「貴方を迅速に始末するべきだ、ということが」
「……何だかよくわからんけど、火遊びは程ほどにしとけよ? 『お七』ちゃん?」

暁美ほむらは、思いもしなかった。
先日の襲撃の際とはバースの中の人間が違うこと、など。
一方の伊達も、言語によるコミュニケーションが若干難しいということを、悟り始めたらしい。

傍観者にすぎない鹿目まどかには、状況が何も分からない。
魔法の知識もメダルの知識も中途半端で、暁美ほむらの質問の意味も伊達のバース操作マニュアルの意味も、半分も理解できていない。
だがそれでも、一つだけ分かることがある。
それは……

「ほむらちゃん、待って! そんなの変だよ!」

この二人に戦ってほしくない、ということだった。
その言葉を聞いたほむらの身体が一瞬だけ固くなったように、思えた。
ほむらを背後から見ている鹿目まどかからは詳細は分からないが、なんとなく雰囲気のようなものを察したのだ。

「その人は悪い人じゃないんだよ! さっきだって私の事を助けてくれて……」
「私は、そう言って結局裏切られた『子』を、数えるのを諦めるぐらい見ているわ」

数えるのを諦めるほどにという割に、その『子』という響きはまるで単数の対象を示しているような印象を与える。
ちぐはぐで、曖昧で、言葉足らずで、しかし聞く者に不安を与える、そんな冷たさが振り撒かれていた。

「私、嫌だ……ほむらちゃんに、その人と戦ってほしくない……お願いだよ……」

その表情を正面から見ている伊達は……何を感じ取っているのだろうか。
鹿目まどかには、背後を振り返らない暁美ほむらの表情も、覆われた伊達の顔色も、読むことは出来ない。

「中坊と殴り合いなんて真っ平だし、殺されるはもっとゴメンだけどよ、俺が今からする質問の答え次第ではその喧嘩を買ってやってもいい」
「……」

鹿目まどかは『怖い』と、心の中ではっきりと思った。
ほむらちゃんは転校してきたばかりだけど、大切な友達で。
名前も分からない仮面ライダーさんも、命がけでまどかを助けてくれたヒーローで。

だから、伊達明にだけは、『戦わない』と断言して欲しかった。
少なくともそれが、鹿目まどかがこの短時間で確立した、欲望だった。

頭の中がぐちゃぐちゃに混んがらがって、自分が何をしたらいいのか分からなくなる。
鼻の奥が熱くて、心臓が壊れたみたいに煩くて、手を伸ばせば届くはずのほむらの後ろ姿がとてつもなく遠く思えた。
そんなまどかの考えを知ってか知らずか、伊達は初めて許された質問を、ゆっくりと吐き出していた。
お前さんはその後ろの子の事が大事みたいだが、と前置きをして。

「俺を倒すってのは、その子がそのまま泣き出したとしてもやり遂げなくちゃいけない程の、大仕事なのか?」

暁美ほむらは、一瞬言葉に詰まった。
理性としては、答えは決まりきっているはずだった。
たとえ一回泣かせる回数を増やしたとしても、まどか自身に嫌われたとしても、最終的に滅びの運命から鹿目まどかを救い出すことが暁美ほむらの目的である。
従って、そこは『YES』と答えなければならないところである、はずなのだ。

「今のお前さん、後ろの子が泣き出したら釣られて自分も泣き出しちまいそうな顔してるぞ?」

理性でない、もっと本能に近い部分が、その質問に肯定の返事を出すことを躊躇わせる。
左腕の円盾に炎の力を貯めようと思っても、その鉄版は冷え切ったままだった。
まったく、心が燃える気が、しない。


そして、冷え切った頭は、冷酷に告げていた。
時間停止が効かず、炎も使えないのならば、この場において目の前の怪人を倒すことは出来ないという、客観的な事実を。


「もう二度と、私たちに関わらないで……!」
「そんな顔してる子供を放っとくほど冷血漢じゃないつもりなんだが……」


いつの間にかセルメダルを集めなおした伊達は、やや納得がいかないという感情を少しだけ表に出しながらも……二人に、背を向けて歩き出した。

「お嬢ちゃん、後は任せたぜ」

……お前なら、その子を説得できる。

去っていくバースの後ろ姿を見ながら鹿目まどかは、そう言われたと、確かに感じ取った。
だがしかし、音もなく姿を消してしまった暁美ほむらにも取り残され、その場に残された人物は瞬く間に鹿目まどか一人となってしまうのだった……

暁美ほむらと伊達明の戦いは、回避されることとなる。
だがしかし、因果は未だ、途切れては居ない。
捻じれ合った運命の糸は……別れが一時であることを、ただ暗示するのみ。



「あの力は、俺の……。だが、どうしてオーズでも無い奴が……」

そして、掌怪人がアップを始めたようです。


・今回のNG大賞

「お七ちゃん……お前さんの語尾は『のだーっ!』じゃなかったかい?」
「貴方こそ、魔法少女の世界にまで来るなんて……また『ドレス』を着たくなったのかしら?」

中の人ネタ@岩永洋昭さん&斉藤千和さん。
レスキューフォ○スからの長い付き合いだからなッ!


・公開プロットシリーズNo.49
→最近、交通整理の蛍光服がファイズに見えて仕方が無い。



[29586] 第五十話:Break the Chain――蝙蝠の意地
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/25 18:46
一方、ほむらと同様に怪人発生のメールを送信されたはずの美樹さやかは……メールの受信自体が不可能だったりする。
理由は、単純明快である。
さやかの携帯端末は、先日巴マミに盗み聞きを働いた際に粉々に砕け散ってしまったためだ。
非常に特撮的理由を思わせる経緯で端末を失っている辺り、さやかにも着実にライダーによる浸食が進んでいるのだろう。

だが、もしさやかの携帯電話が無事だったとしても、メールの着信には、気付いていなかったかもしれない。
理由は……志筑仁美である。

鹿目まどかが一人でファストフードの店を立ち去った後、志筑仁美が美樹さやかに対して言い放ったのだ。
明日に上条恭介へ愛の告白を行うので、それが嫌なら事前に掻っ攫って見せろ、と。
丁寧な口調と言い回しを用いていたような気がするが、大まかに要約すればそんなところである。

仁美はそのあと直ぐに店を後にしてしまうし、無表情電波女さんは忽然と姿を消していて。
誰かに相談しようにも、同級生には絶対に知られたくないネタである。
親にも話し辛いし、こういうことは蚊帳の外な感がある人間に対しての方が話し易いかもしれない。
結局、身近な人に話せば、そこから自分の周囲全般へと広まってしまいそうなので。

そして、その候補は……

「マミさん、キュゥべえ、トーリ……ぐらいかなぁ。あと、パンツマンもオマケしといてやるか」

火野映司は正直に言って蛇足の感が否めないものの、ほか三人はさやかとあまり生活圏を共有しない人間なので、噂が広まる心配も少ないだろう。
碌な人選じゃねぇ! などという突っ込みをしてはいけない。
そんなことをすれば、貴方の明日は地上200メートルから落とされた直後にティロフィナーレされた挙句、契約を結ばれてセイヤーされるだろう。
一見、夢見公園を訪れれば候補のうち二人が同時に捕まえられるためにお得な気もするのだが、

「忘れてたけど、クスクシエの人たちの方が、そういうの詳しそうかも……?」

こういう時は、やはり年上の女性が一番頼りになりそうではある。
店長の白石千世子さんに、アルバイターの泉比奈さん、魔法少女の先輩の巴マミさん。
よく考えなくとも、強大な戦力になるラインナップに見える。

「ってか、最初の4人って一人も携帯持ってないんだよね……」

あまり連絡の自由度が高すぎると作者が扱いに困るためだ……などという本音は、そんなの絶対あるわけない!
そんなものは、マミさんが中二病だとかほむらさんがストーカーだとかいう噂と同レベルの言い掛かりである。

まぁ、魔法少女には、念話という素晴らしい通信方法があるのだが。
相手の場所が分からないと使えないというオリ設定の縛りも付けられているが、いつもの夢見公園やクスクシエに居るであろうトーリやマミさんにならば、何の問題も無く繋がるはずだ。
だがしかし、ようやく進路を決めた美樹さやかの耳に、その足を引き留める声が聞こえた。

『誰かっ! 誰か、今すぐ助けに来てくださいっ!』

どうやら、貧弱な同輩は、こんな時に限ってお取込み中らしい。
トーリ自身も弱小とはいえ魔法少女であり、しかも仮面ライダーである『オーズ』まで一緒に居るはずなのにピンチとは、いったいどういう状況なのだろうか?



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十話:Break the Chain――蝙蝠の意地



Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
コンドル×1
クワガタ×1
ライオン×1
トラ×1
サイ×2
ゾウ×2
???×2
????×1
????×2



「僕は……ドコ……?」
「貴方の現在地は、見滝原市夢見町の夢見公園ですよ……?」

トーリ達の住まう公園に訪れた人物は……『人』物では、無かった。
真っ赤な体に羽のような飾りを生やした異形の怪物が、空から飛び降りて来たのだ。
奇妙なことに、その怪人の顔は右半分が、まるで何処かの妖怪にでも剥がされたかのようにのっぺりとした平面を晒していた。
さらに、右腕もまるでゴム手袋のように生物的な質感がまるで無いという不気味な特徴を備えている。

「僕のメダル……返して……」

聞き取りづらい間を置きながらゆっくりと言葉を継ぐ赤い怪人の様子を警戒しつつ、トーリはこっそり映司の懐に手を入れてみる。
本来矢面に出なければならない筈のこの男は、昨夜に気絶している状態で発見されてから、いまだに目を覚まさないのだ。
ゆったりとした服の中には、映司の明日のパンツに包まれた、オーズの変身ベルトと8枚のコアメダルが存在していた。
コアの内訳は、赤1枚・緑1枚・黄2枚・灰4枚である。

おそらく、この赤く見える怪人は、グリードなのだろうが……
赤いコアは、腕怪人が既にその椅子に座っていたため、違うはずだ。
この赤い怪人の左手の意匠が右手怪人だったアンクに似ているような気もするが、自分の事を僕などと呼ぶアンクを想像することは出来なかった。
緑色と灰色のグリードは倒したはずだし、黄色はカザリで、この場には無いが青はメズールである。
真木博士から『紫』のコアメダルの存在を聞いたことがあるが、まさかそのお方だろうか?

『ギル』なんて名前は、無かったんだ!
……いや、なんでもない。

「ぱっと見たところだと、貴方の色のメダルは無いみたいですよ?」
「……返して」

コイツは人の話を聞いているんだろうか、とトーリは若干不安に思い始める。
もし問答無用でメダルを奪取に来られたら、降伏するか逃亡するかの二択が賢明な判断に違いない。
映司は、先ほどから静かに揺さぶられているにもかかわらず、全く目を覚ます気配が無いのだから。

そんな逃げ腰な思考を持っているトーリだからこそ、だろう。

「返して!」
「ひゃああっ!?」

赤い怪人が何の前触れもなく打ち出した炎弾に、対応することが出来たのは。
とっさに映司を掴んで自分の傍に引き寄せ、漆黒の翼を体の前面に回して、炎弾を防御する。
ガメルを爆殺した分のセルメダルブーストが効いているためか、その攻撃がトーリに与えたダメージは、無視できるレベルである。
『オーズ』原作において緑のグリードこと僕らのウヴァさんが自信満々に誇っていた戦法だ。
やはり、ウヴァを父と慕うこの娘は、どこかウヴァさんと思考回路が似ているのかもしれない。

「話も聞かずに攻撃してくるなんて、どうかしてますよ!」

相手がそんなクレームを受け付けてくれるはずもないことは、トーリとて承知済みなのだが、愚痴の一つでも言わずにはいられない。
これが、トーリがウヴァさんから受け継いだ最も大きな財産である、小物臭というやつなのかもしれない。
もちろん、本家ウヴァさんの圧倒的な貫禄には及ぶべくもないが。
いつの時代も、父親越えというものは簡単ではないのだ。

さて、そんな父親に追い付け追い越せと日々精進している(?)トーリの思考にまず最初に挙がった方針は……

「私だけなら何とか逃げられそうですね……」

まず、自分が生き延びる事だった。
炎弾を何とか避けつつ、身の振り方についての考えを巡らせる。
この赤い怪人は背中から翼を生やしており、この場所を訪れるまでに飛行してきたところをトーリは目撃している。
その速度は、トーリよりも若干高いのではないか、と見た方が良いものだった。

……つまり、気を失って未だに意識を取り戻す気配のない映司を囮にすれば十分に逃げ切れる相手でもあるということだ。
正直に言って、グリードの蘇生方法を一緒に探してくれる映司が居なくなるのは、大きな痛手ではある。
だが、トーリ自身が居なくなった時に、ウヴァを復活させることを望む人材が居るだろうかと尋ねられれば、トーリは首を捻らざるを得ない。

……そのはず、なのに。
逃げるしかないような気はしていて、それでもまだ、トーリは無意識に見殺しルートを避ける思考を生み始めていた。

正面から戦えば、おそらくトーリはあっという間にセルメダルの山になってしまうだろう。
せめて、映司をオーズに変身させることが出来れば……と、そこまで考えて。

「!」


こ れ し か な い !


トーリに、電流走る。
これ以上ないというぐらいの名案が、トーリの頭の中に突如として閃いたのだ。
どうしてこんなに簡単なことに今まで気づかなかったんだろう、というレベルの簡単なアイデアだったが、思いついてしまったからにはこちらのものである。

即座に変身ベルトこと『オーズドライバー』を拾い上げ、映司のパンツに包まれたコアメダル群の中から、緑と黄と赤のものを一枚ずつ選び出す。
確か、映司は信号機な配色のその組み合わせをよく使っていたはずだ、と思い出しながら。

そして、オーズドライバーを腰部に当て……装着した。
映司にではなく、自分自身に。
必死に炎弾を掻い潜りつつ、三枚のメダルを信号機の順番にベルトの溝へとセットし、イメージを固める。
緑の複眼を輝かせた赤い頭部を、黄色い獰猛な爪を、強靭な脚力を誇る脚部を、そして三色に分かれた胸部のオーラングサークルと呼ばれる円環状の外部表出機を。
そんな思考が必要だとも特に思わずとも、無意識のうちに働いてしまった、イメージだった。
地上を横っ飛びに転がりつつ、焦げ目の付き始めた自身の羽の匂いに顔をしかめながらも、その右腕は……確実に、ベルトの右腰に備わってるオースキャナーを、掴んでいた。

迷わずにベルトの前部を左方向に傾け……ひと思いにスキャナを宛がい、一気にスライドさせる。

「変身っ!!」

歌は、聞こえなかった。
映司が赤黄緑の三色のメダルのコンボを使った時に流れるはずの、例の歌である。
これは単なるトーリの勘違いが生み出した事象であって、大した問題ではなかった。
正しいタトバコンボが『タカ』『トラ』『バッタ』の三枚から生まれるのに対して、トーリがセットしたメダルが『クワガタ』『トラ』『コンドル』であったというだけの話なのだから。
何処かの町の半熟探偵が、師匠の決めポーズを左右逆に覚えているようなものである。

もっと大きな問題は……別にあった。

「……アレ?」
「?」

それは……オースキャナーのメダル読み取り音声が聞こえなかったことである。
すなわちそれは、スキャナがメダルを認識しなかったということでもあり。
つまり、

「変身、できない……!?」

トーリは、知らなかった。
オーズに変身できる人間は、800年の封印からオーズドライバーを解き放った『火野映司』ただ一人しか居ないということを。
別の時間軸上で、アンクが火野映司と後藤慎太郎に対して説明した、大前提の一つだったのだが……特に時間を遡れるわけでもないトーリが知っている筈も無かった。

そして、トーリの動作に見覚えがあったらしく、手を止めてしまっていた赤い怪人と、目が合ってしまって。

「……オー、ズ?」

その怪人が何を認識したのか……トーリにはなんとなく、分かってしまった。

「ち、違うんです! ワタシはオーズじゃなくてですね、そっちに寝てる人が……!」
「僕を……返してよぉぉっ!!」
「ワケが解らないですよぉっ!?」

赤い怪人……『ロストアンク』には、800年前に封印された時の記憶が、ほとんど残っていない。
だがしかし、自身の一部を削がれる恐怖と共に本能の底に刻み付けられたものも、ほんの少しだけ存在していた。
その一つが、『オーズ』だ。
強欲な王がグリードから抜き出したメダルの力を吸収するために作り上げた兵器であり、グリードの憎むべき天敵。

遠距離攻撃では埒が明かないと踏んだらしいロストが、ほぼ地上0メートルすれすれを飛行し、一直線にトーリのもとへと飛び寄る。
その伸ばされた左手を、トーリはとっさに身体の前面に回した強靭な羽で防御しようとして、

「っ!?」

捕まれた右羽の先が、『焼き千切られ』た。
金属を焦がすとき特有の鼻を突く匂いが、一瞬だけ頭を支配する。
次にトーリが感じたものは地面に散らばるセルメダルの音で。
不思議と、あまり痛みと呼べるものは感じなかった。
むしろ、羽の先の部分だけだったから失ったセルメダルは50枚ぐらいで済んだかな、などと何処か冷静に考えられている自分自身が、不思議だった。

「このぉっ!」

相手が突進してきた勢いが死に切らないうちに、考えるよりも早くカウンター気味の蹴りが飛び出し、何とかロストを引き離すことには成功する。
だが、

「僕の……」

トーリが襲われた時のようなセルメダルの落下音が全く聞こえないことが、彼我の力の差をこれ以上ないぐらい雄弁に語っていた。
こちらはロストの攻撃を防御することも叶わず、ロストはカウンターを合わせられても傷一つ負わない。
これが、現実だった。
トーリの戦闘技術が足りないという理由もあるのだが、圧倒的な攻防力の差が、越えられない壁として目前に存在している。

そして、さらに悪いことに、翼が一部欠けてしまったという予想外の事態が発生していた。ヤミーなのだから数分もあれば身体の他の部位からセルメダルを回して欠損を補うのも不可能ではないが、その数分をロストが許してくれるはずもない。
つまり……飛行して逃げることが、出来ない。
飛ぶこと自体が不可能なわけでは無いが、おそらく目の前の翼人から逃れられるほどの速度は出ないだろう。

『誰か、誰か助けてくださいっ! 夢見公園です!』

とりあえず見滝原中学とクスクシエ方面に念話を飛ばし、その後はひたすら無差別放出である。
危険な暁美ほむらや一般人の鹿目まどかに繋がる可能性もあったが、やはり一番可愛いのは自分の身なのであって。
一人でも増援が来てくれれば、その人を囮にして逃げ……ではなく、協力してロストを撃退できるかもしれない。

しかし問題は、

「返してよぉぉぉっ!!」

この翼人が、先ほどから映司に見向きもせずにトーリのみを集中的に攻撃しているということである。
そして、壊滅的にコミュニケーションが成立しない。
壊れたレコードのように同じことしか言わないロストとのやり取りは、まるで『会話のピッチングマシン』とでも呼ぶべき代物だ。
ただし、そのピッチングマシンから発射される弾は、全弾が時速100マイルのボークである。
強くて頼りになる銃使いの先輩なら、きっとそんな弾でも素手でキャッチしたうえで、表面に書かれた数字を読み取れるはずだが。

必死に打開策を考えるトーリだが、なかなかに上手くいかない。
なんとなく敵の雰囲気がグリードっぽいとは思っているため、グリードとの対戦記憶を洗ってみているのだが、これも芳しくないのだ。
とりあえず初戦でアンク&マミから逃げ出したのはカウント外としても、カザリにあっという間に組み伏せられ、メズールには速攻の緊縛プレイである。
というか、目の前の翼人はグリードとしてどの程度の強さを持っているのだろう?

「っ……!」

得意でもない近接戦闘を強いられ、ロストの焼き籠手によってじりじりとセルメダルが削られている。
トーリ自身、セルメダルが増えるたびに耐久力が上がっているような気がしてはいたものの、これは逆説的に今後のピンチを示してもいた。
セルメダルが削られ続ければ防御能力が下がり、さらにセルメダルを削られやすくなるという負のスパイラルに陥りかねないのだ。

そもそも、目の前の翼人のコアは何枚ほどなのだろうか?
クズヤミーを瞬時に生み出して盾にしながら、トーリは思考を必死に回す。
人は盾、人は石垣、というヤツである。
もっとも、雑魚戦闘員に見えて意外と打撃耐久力には定評のあるクズヤミーさんたちなので、3~4発ぐらいの攻撃は耐えてくれる根性があったりするのだ。
結局セルメダルを消費しているには違いないが、割られたセル1枚から2体も生まれてくるクズヤミーさん達のお得感は、なかなか馬鹿に出来ないものがある。

話を戻すと、どうもロストの出力は、カザリやメズールよりも高いような気がするのだ。
カザリとメズールの二人がどれだけのコアを持っていたかは分からないが、ガメルが倒されたときに7枚であったことを踏まえると、その数値の前後だろう。
それに対して目の前のロストは、思考能力に制限があるのか攻撃が単調であるために何とかクズヤミーの盾で凌ぐことが出来ているのだが、おそらく7枚よりもコアが多いのではないかと思えた。

実はトーリのこの目算は間違いであって、この時にロストの持っているコアは、5枚しか無かったりするのだが。
それだけロストの出力が規格外だということでもあるのだが、今はそれどころではない。

一方、トーリの現在取り込んでいるコアは、緑5枚と灰2枚の計7枚である。
コアを取り込んでいようとも、そもそも王として生まれた者と手下として生まれた者の、歴然たる差がこの状況だった。
虎は何故強いのか、というやつである。
……オーズの世界における『トラ』の強さは気にするな!

トーリは、考えてみた。
映司の持つ8枚のコアを全て自分が取り込んでみたときの、勝率を。
トーリをメダルの器として使いたいカザリさんなら、炬燵から飛び出て来て真木博士と肩を組みながらコサックダンスを始めるぐらいに喜ぶかもしれない。
だがしかし、コアの吸収には暴走の危険が常に付きまわる。
それは、前回灰色を二枚取り込んだだけで目を回してしまった経験からも、明らかだ。

……そもそも、ワタシが暴走したとして、この人に勝てるんでしょうか?

炎を使えばクズヤミーを簡単に壊せるということに気付いたらしいロストが、口から火を吐いてクズヤミーを燃やし始める。
綺麗な白が目に痛い包帯男の見た目通り、クズヤミーは可燃物だったらしい。
クズヤミーを時に自身の羽で庇うという本末転倒のような作業をしながら、思考の起点になりそうな手掛かりに、ようやく思い当たる。

おそらく、現在のトーリが暴走せずに取り込めるメダルは3枚、多めに見積もっても4枚といったところである。

「そもそも、自色のコアが10枚揃っていても、一度に5枚までしか取り込めないんじゃ……」

そう考えると、コアブーストは緊急時に頼るべき手段ではないのかもしれない。
そして、先ほどから打撃と炎弾を使い分けて攻撃を始めたロストさんに知性らしいものが見えるのだが、これは一体どうしたことだろう。
この短期間で知性が急成長を遂げるという意味不明な頭脳インフレでも発動しているというのだろうか?

トーリとしてはそんなことは考えたくないのだが、急ぐに越したことは無さそうである。
しかし、暴走しても勝ち目がなくなるどころか、下手をすればこちらの理性が飛んで選べる手札が一気に消える可能性だってあるうえに、そもそも元に戻れるのだろうか?
カザリの慎重な態度を見ていると、その辺りの不安は尽きない。

この場でトーリが使えるものは、『4色8種15枚のコアメダル』、『オーズドライバー』、『2000枚強のセルメダル』、そして『気絶している火野映司』。
この状況から導き出される解は?


「それなら、いっそのこと……!」

……追い詰められたオリ主が、何かを思いついたようです。



・今回のNG大賞

「僕のメダル……返して……」
「このコンドルコアですよね。どうぞ!」

こうしていれば、たぶんロストさんは大人しく帰ってくれたはず。
でも、そんなに勘が鋭いオリ主なんて、トーリじゃない。

・公開プロットシリーズNo.50
→クズヤミーさん達を燃やしてみたかったんだ☆



[29586] 第五十一話:Kの誤算/それはとっても中ボスかなって
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/29 19:52
「それなら、いっそのこと……!」

今までの思考を総括すべく一つの作戦を思いついたトーリの行動は、迅速だった。
セルメダルを5枚ほど一気に手元に呼び出し、それを全て一度にクズヤミーに変化させる。
肩を組み合って、壁を作るように陣形を作らせて。

「……?」

オーズ最終話にて初披露が為された、クズヤミーの有志たちによる例の謎ポーズである。
その光景を不思議に思ったらしいロストだが、次の瞬間にはクズヤミータワーを燃やしにかかる。
だがしかし、その一瞬があれば、十分なのだ。

「やあああっ!」

トーリは……跳び上がった。
『飛んだ』のではなく、『跳んだ』のである。
自身の前面であと1秒以内に完全に灰になってしまうであろうクズヤミーさんの頭を足場にハイジャンプを行い……ロストの上空を取ったというわけだ。

咄嗟に炎を纏った拳を突きだしたロストのカウンターは、トーリがどんな攻撃を繰り出すより速い。
……はずだった。

だが、トーリはロストの上空からさらにもう一体のクズヤミーを生み出して、盾にすることでロストの攻撃を防ぐ。
先ほどの大量生産の際に、セルメダルのかけらを一つだけ温存しておいたのだ。

そして、唐突にロストの視界が……封じられた。
未だ知性の育ち切っていないロストには、分からない。
自身の視界を覆っている、黒い靄の正体が。
それは……クズヤミーの灰だった。
トーリがわざと通常より弱めに作ったクズヤミーがロストの炎によって瞬間的に灰となり、ロストの頭上から直撃で降り注いだのである。

「……ドコ?」

そして、トーリが着地した場所は……ロストの、右手側の下方。
空中から投擲したクズヤミーさんを踏み台にしたうえで羽を併用し、空中で素早い方向転換を行ったのだ。
何故右下方かというと、何となく肌が丸見えの右手側の方が防御力が低そうだったからである。

「これなら……どうですかっ!」

灰を翼から出した熱風によって払おうとしたロストの脇腹から、トーリの拳が、ロストに突き当てられた。

「……?」

それは、攻撃としてはあまりにも貧相で。
ロストは、むしろそれが攻撃なのだと認識できなかったほどである。

……だからこそ、気付くのが遅れた。

「お望み通り、『コアメダル』ですよ……!」

トーリの手に、コアメダルが握りこまれていたことに。
その拳は最初から物理ダメージなど期待せずに、相手に到達させることだけを念頭に置かれて放たれたものであった。
ロストの体内からトーリが抉り出すのではなく、トーリの持っていたメダルを、拳の中に隠してロストにぶち当てたのだ。

「コア……僕の……」

メダルを求めて彷徨っていた身体に、それは沁み渡った。
身体の中に、力が満たされていく感覚。
……そして、それが体内で暴れまわる、気味の悪い嘔吐感。

「……じゃない!?」

体内にぶち込まれた、巨大な力を持った異物。
ロストを内側から支配しようとする、指向性の定まらない無秩序な、力。

「貴方のコアが何枚だかは分からないですけど」

それは……映司の持っていたメダルの殆どとトーリの体内から取り出した灰色のメダルの全てだった。
先ほどオーズドライバーにセットしていた3枚は、取り出す手間をかけている間に殺されそうだったので使えなかったが、その数は膨大である。
6枚の灰色コアに、1枚の黄色コア。
カザリから託された灰色のメダルが混ざっているので背信行為な気がしないでもないが、そんなことを言っている余裕も無い。

「……流石に、その倍の『14枚』は無いでしょう?」

トーリの最後の作戦……それは、相手のコアの半分以上の枚数を、相手の身体に投入すること。
すなわち。

「違う……コレじゃないィ! 僕を、僕をっ! 返してよおおおおおっ!!?」

悲痛な叫び声が、真昼の夢見公園に木霊する。
自身の意思の入ったコアを奪われ、800年間それを取り返すことを夢見て眠り続けた、亡霊の声が。
暴走する。

「僕は、僕だよ、僕ガ、僕じゃ、ナいいイっ!!!」

ロストの形態が、瞬く間に変化していく。
肌が波打ち、肉が沸騰したような音を立て、血が断ち切られたような異臭を発しながら。
周囲に熱を伴った突風をまき散らし、爆音とも呻き声ともつかない何かを口から発して。

その『怪物』は、生まれた。

紅色の、鷹を思わせる上半身からは所々から炎が噴き出し。
灰色の、馬を思わせる下半身と蹄はその重々しさを以てコンクリートの地面を踏み砕いた。
黄色の、獅子を思わせる尾が身体の後ろからは伸びており、時折眩い光と突風を漏らす。

背丈は5メートルにも及び、雄叫びは街全体を震わせる。
その有り得ない生物を古代の人々が見たら、きっとこう呼んだはずだ。

礼獣……『ヒポグリフ』と。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十一話:Kの誤算/それはとっても中ボスかなって



タカ×1
コンドル×1
クワガタ×1
トラ×1
???×2
????×1
????×2



「これが暴走、ですか……」

トーリは、見滝原の遥か上空を飛びながら、その異形の姿を冷静に観察していた。
ありったけのコアメダルをロストに突っ込んだトーリは、脇目もふらずに飛び上がり、逃げ出したのである。
強いて一つ、食った道草を挙げるとすれば、

「まぁ、ここで映司さんを失うよりはマシ、だったんでしょうかねぇ」

その手に、火野映司という男を抱えていることぐらいだろうか。
自分の腰部に着けっぱなしだったオーズドライバーを映司の懐に戻してやりながら、トーリは考える。
自分達が逃げるのに成功したのは良いが、あの怪物を倒す方法はあるのか、と。

この町であの暴走体と戦える人材は、精々巴マミと美樹さやかぐらいのものだろう。
後藤慎太郎たちライドベンダー部隊は……保留である。
最大戦力である火野映司が目を覚まさないのが、やはり一番のネックと言える。
というか、逃げ出す隙を作るために、オーズの戦力の要であるコアメダルを7枚も犠牲にしてしまったのだが……逃亡に失敗するよりは、遥かにマシの筈だ。


「……あれ? 見覚えのない人が居るような?」

目を凝らして遥か下方の地表に目を落とすトーリの視界には……長物を振りかざす、会ったことも無い魔法少女が、暴走体の前に立ちはだかっていた。



佐倉杏子がこの見滝原市を久々に訪れたのは、偶然の出来事ではなかった。
事の発端は、キュゥべえが杏子に対して情報を提供したことにある。
ソウルジェムを濁らせずに魔法を使える魔法少女が居るから、そいつを調べてほしい、と。

キュゥべえとの契約によって生活が大きく変わってしまった過去を持つ杏子としては、キュゥべえの言葉を鵜呑みにするのは危険だということが痛いほどに分かっている。
だがしかし……その能力は、魅力的過ぎた。
ソウルジェムを濁らせずに魔法が使えるということは、すなわち魔力が無限であるということに等しい。
特に、生活の殆どを魔法に頼って暮らす佐倉杏子にとって、その技能を習得することが行動指針となることは当然と言えただろう。

ところが、いざ見滝原市に来てみると、碌なことが起こらない。
魔力チート様の居場所を知っているのではないかと見当をつけて巴マミのマンションを訪れたら、見るも無残に破壊されていて。
昼食に美味そうな屋台を見つければ、家族なんてモノを思い出させられて食欲は失せてしまって。
終いには、助けを呼ぶ念話に釣られて公園なんかにやってきてしまい……見たことも無い怪物と、相対している。

銀色の貨幣のような物体が公園の地面に散らばり、光の乱反射を起こして、化物に光のスポットライトを着飾らせていた。

「神様って奴はやっぱ、アタシのことが嫌いなのか? まぁ、どっちでも良いけどさ……」

相手は……何処かの古いおとぎ話に出てくる生物に似ていた。

……ええと、グリフォンじゃなくて、何て言ったっけ?

「とりあえず、アレだ。お前とは焼き鳥屋か九州料理の店で会えば良い友達になれたかもな!」

それにしても、杏子は助けを求める念話を聞いてこの場に駆け付けた筈なのだが、その当人の姿が見えないのは一体どういうわけだろう。
まさか、一足先に食われてしまったのだろうか……などという雑念を持っている場合では無いようだ。

鋭い爪を振り下ろしながら迫ってくる化け物の一撃を寸でのところで回避し、馬のような胴体の下方へと潜り込む。
この手のデカブツは、死角に潜り込んで一突きにするのが効率的だ。
鷹を模していると思しき上半身の目からは、胴体のヘソ付近まで忍び込めば逃れられるはずだ。
そう、歴戦の勘に従うままに、飛び込む。

「イキモノってのは大抵『穴』が弱点って、相場は決まってんだよ!」

そのまま、馬の脚に蹴られるよりも速く。
思い描いた通りの精密な動作を以てして、ただ、突く。
胴の真最中に位置する、哺乳類特有の穴の一点に狙いを定め、そこを正確に攻撃したのだ。

ここまで熟練された動きを実践できる魔法少女が、他に居るだろうか。
きっと彼女を知る暁美ほむらや巴マミならば、存在しないと即答するに違いない。
だからこそ、その攻撃が生み出した結果を鑑みても……彼女の落ち度とすることは、出来ない筈だ。

「なん……だと……!」

掌に返ってきた感触は、自身の突きの威力と全く同等で。
迂闊にも痺れさせてしまった右腕から左腕へと咄嗟に武器を持ちかえながら、佐倉杏子は目の前で起こった事象を正確に判断しようと努めていた。

……渾身の一撃が全く効果をもたらさなかったという、事実を。

「それなら、目か口を……」

そう、方針を改めた……瞬間だった。
佐倉杏子の身体が、彼女の意に反して、その動きを止めたのは。

「っ……!?」

軽快であったはずの足取りにその面影はなく、地面に張り付けられて、そのまま動く事さえ叶わない。
この時になって初めて、佐倉杏子は、自身が陥っている状態を把握した。

……重力だ。

内臓を押し潰し、手足を地面に埋める、普通の人間が足を踏み入れればあっという間に体積が無くなってしまうほどの、強烈な重力。
それが、佐倉杏子を縛っているものの正体だった。

そして、次に杏子の目に飛び込んできたものは……上下が逆さまになった、鷹の頭だった、
顔の右半分が欠けた不気味なその形相は見る者に生理的嫌悪感を与え、彼女とてその例外ではない。
馬の脚の股下から覗き込むように、合成獣が上半身を折り曲げて、佐倉杏子を観察していたのだ。

……分からない。
杏子は、自身に視線を注いでいるこの怪物の正体に、まるで心当たりがなかった。
魔女というヤツらは総じて結界の奥に潜む引き籠りだし、こんな強さの使い魔が居ては堪ったものではない。

均衡は、一瞬にして破られる。
鳥頭がおもむろに嘴を開き……息を吐くように、高熱の炎を吐き掛けたのだ。

「ぐっ……ああっ……!」

……まずい。
突破力と動作の精密性に優れる佐倉杏子という魔法少女の弱点が、晒されていた。
つまり、有体に言うならば、打たれ弱いのである。
鎖を模した結界を張って凌ぐものの、数秒で破られ、それを張りなおすというサイクルを繰り返す。
それでも徐々に魔力は減り、身体は炎熱によって焦がされていく。
グリーフシードのストックもあるにはあるが、動きを封じられているのでは打つ手がない。
特大の槍を召喚すれば何とかなるかもしれないが、隙が大きすぎて用意している間に丸焼きにされてしまうだろう。


……そんな、時だった。
怪物の尾の方から、金属同士のぶち当たる、甲高い音が聞こえたのは。
誰か別の人間が外から怪物に攻撃を加えたのだということが、杏子には直感的に理解できた。
それと同時に、今までの鈍重さが嘘のように、身体が軽くなる。
決死の思いで馬の足を掻い潜り、転がるように重力波の圏内から逃げ出す。


「うわっ!? あちちっ!?」

そして、杏子の駆け出した方向に示し合わせたようにぶっ飛ばされてくる、マントを羽織った一人の魔法少女。
怪物に跳びかかっていたその魔法少女が、怪物の腕の一払いによって吹き飛ばされて来たのだろう。
そいつが、たった今杏子を救出してくれた、恩人に違いない。
槍を多節棍に変化させて、そいつを縛って受け止めようとして……踏ん張りが利かずに、そのまま重なるように倒れてしまう。
杏子は、自分で思っている以上に身体に損傷を貯めていたらしい。

「ありがと……って、あんた大丈夫!? 消し炭みたいになってるよ!?」

杏子の惨状を目の当たりにしたそいつは、面白いぐらいに動揺していて。
でも、そいつの後ろから迫っている怪物の形相は、全く面白く無くて。
それなのに呑気に治癒魔法なんて使い始めるそいつの度胸が、信じられなくて。

「馬鹿野郎! お前もさっさと逃げろ! じゃないと……っ!」
「大丈夫だよ」

思わず、耳を疑った。
だけど、次に聞こえてきた声を聴いたら、ようやくそいつの自信の根拠が理解できた。
……そりゃあ、アンタが居りゃ、百人力さ。


「ティロ・フィナーレッ!!」

横殴りの砲弾を受けてその巨体を浮かせる、怪物。
そして、巨大な砲台を構えた、強大な魔法少女の姿。
この見滝原一帯をたった一人で魔女の手から守ってきた、数々の魔法少女の師匠。


「久しぶりね。佐倉さん」
「全く、アンタ……どうしてこうも都合よく、他人のピンチに駆け付けられるのさ?」

そして、佐倉杏子もまた、その元で師事を受けた一人……『だった』。

「……巴マミさん、よぉ」



・今回のNG大賞
「何アレ? グリフォン?」
「それは違うわ。鷹と獅子の合成獣がグリフォンで、グリフォンと馬の合成獣がヒポグリフなのよ。ヒポグリフとして描かれるときは、獅子の要素は排除されることが多いわ。そもそもグリフォンが馬を好んで捕食するという伝承から、ヒポグリフは想像上のそれの中でも特に『有り得ない生物』の象徴とされて(以下略)」
「しまった……そういえばコイツ、かなり重い『はしか』にかかってたなぁ……」

何故か、マミさんってこういうのが好きそうなイメージがあるのは、なんでだろうね?

「さすが! マミさんは最高です!」
「お ま え も か」

そして、さやかがこういうのを感心しながら聞きそうなイメージがあるのは(ry
さらに言うと、二次で杏子だけ酷い怪我を負うことが多いイメー(ry

・公開プロットシリーズNo.51
→他人のピンチに都合よく駆け付けるのがマミさんクオリティ。原作1話ではまどかとさやかとキュゥべえに。10話ではほむらに。ドラマCDでは杏子に。……主要人物コンプリートしてたりして。



[29586] 第五十二話:Kの誤算/切掛
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/29 19:45
建物の屋上というものは、総じて電波機器を扱う際の利便性に優れた場所である。
であるからして、見滝原中学の屋上において携帯電話を耳に当てているその生徒の姿は、不自然さなど一つも纏っていなかった。
その生徒が自殺防止用フェンスの遥か向こう側に眺めている公園で、鷹の上半身に馬の下半身と獅子の尾を持つ巨大な化け物が轟音を放っていたとしても、生徒自身に不審な点は無い。
女性としては短めとはいえ、携帯電話を使用するには多少の差支えとなる黒髪を空いている指で固定しながらも、その視線は怪物から離れない。

「もしもし? 予知では、あの鳥人間に襲われて、「オーズ」は紫のメダルを使わざるを得なくなる……って話じゃなかったっけ?」
『確かにそう言ったわ。でも、「無」を司る紫のメダルの周囲の未来は上手く見えないことの方が多いのよ。「無力」の魔女と同じように、ね。今、どうなっているかしら?』

電話越しの相手の声は、全く動揺を見せない。
そのことが、相手に絶対の信頼を寄せる女子生徒の不安を掻き消してくれた。
もっとも、相手が動揺しているところなど、この女子生徒は見たことも無いが。

「例の蝙蝠が、オーズの持ってたコアを大量に鳥人間に突っ込んだみたいだよ。そしたらびっくり、鳥人間が巨大化したんだ」

やっぱり蝙蝠のヤミーを早めに始末しておいた方が良かったのではないか、と女子生徒は思わないでもない。
これでは、せっかく遠出して拾い物をしてきた甲斐が無いというものだ。
初めての異国の地に心が躍るのを抑えて、目的を遂行して速やかに返ってきたというのに。

『むしろ僥倖ね。相手が強い分だけ「彼」の成長も速くなると期待しましょう。ワルプルギスの夜が来るまでにあと2週間しか無いのだから、急ぐに越したことはないわ』
「疑うわけじゃないけどさ、紫のメダルを使ったオーズってのがどれだけ規格外なのか、気になって仕方ないね」

女子生徒の魔力によって強化された視力は……その先で繰り広げられる激戦を、捉えていた。
風見野という見滝原の隣町をたった一人で守ってきた、百人力の近接戦闘能力を誇る赤い魔法少女が、為す術もなく殺されようとしている様を。

「まさかとは思うけど、ワルプルギスの夜が来る前にこの世界が終っちゃったり、ってことは無いよね?」

返事は……無かった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十二話:Kの誤算/切掛



「でも、過度な期待は禁物よ」

魔法少女たちの頼れる先輩の……その表情に余裕と呼べるものが見えないことが、佐倉杏子の油断を最小限に留めた。
そして、今時珍しい電話ボックスと呼ばれる公営物を踏みつぶす音が、全てを物語っていた。

「おいおい……ティロフィナーレって『必殺技』だろうが」

少なくとも佐倉杏子の知る限りにおいて、『ティロ・フィナーレ』は敵を例外なく滅ぼすという意味で必殺の技であった。
今日、まさにこの時までは。

「えっ、アレで倒せて無いの……?」
「……みたい、ね。自信無くしちゃうわ」

ガラスの破片に塗れ、土埃を払いのけて姿を現すその巨体には……傷一つ、見られない。
唸り声をあげ、その巨躯を一歩進めるたびに地面を震わせ。
そこに『居る』というだけで、動作と言えるような行為を取らずとも発生する規格外の存在感が、全てを物語っていた。

「で、でも、今のは抜き打ちだったから威力が低かったとかじゃ……」
「……むしろ、美樹さんに気を引いて貰っている間に、魔力を貯めていたわよ?」

馬脚から生み出される加速力が、その肉体を一撃必殺の弾丸へと昇華させる。
大きさの面から言えば魔法少女たちはその腰部に相当する身長さえ持っていないので、実質的には、その攻撃は『タックル』というより『キック』の一種と呼んだ方が良いのかもしれない。

人の恋路を邪魔するさやかに、天罰が下ろうとしているとでもいうのだろうか。
……むしろさやかとしては、自分の恋路を邪魔されているという認識の方が強いわけだが。

「ってか、コイツ何なの? あんた、馬刺に焼き鳥でも乗せて食べたわけ?」

どうやら美樹さやかと佐倉杏子は、思考のレベルが大して違わないらしい。

「生臭満載のおでんなんて、そんなのアタシが許さない!」

散発的に銃弾を放ちながら一人で暴走体を引き付けている巴マミの演武を背中越しに聞きながら、さやかは怪我をしていた魔法少女の治療に専念する。
さやか自身は初めて会う魔法少女であり、相手の名前も分からないが、どうやらマミさんの知り合いであることは間違いなさそうだ。
消し炭のようになっていた四肢を元の状態に戻すのは、治癒能力をキュゥべえにもらったさやかと言えど、分単位の時間を要してしまうだろう。
それでも、治癒魔法を齧った程度の巴マミや佐倉杏子と比べれば段違いの速さと魔力効率を誇っているのだから、治癒を魔法に頼るのが元来どれだけ無茶な行為であるのかが窺えるというものだ。

「冗談言ってる場合じゃないぞ? マミのヤツの攻撃が通らないんじゃ、手詰まりじゃんか……」

だがしかし、あの怪物を相手取るのは、治癒以上の無茶だ。
正直に言って、逃げ出した方が賢明な判断だ、としか杏子には思えなかった。

「うーん……この公園にいつも居るはずの奴らなら、何とかしてくれる気もするんだけど……」
「公園にいつも居るって時点で不安要素満々だな……まぁ、アタシが言えた事じゃないか」

怪物を引き付けている巴マミの戦いは、その行為の危険度とは裏腹に、非常に単調なものだった。
マミのとっている行動は、牽制と回避のみ。
魔法少女の肉体がいくら頑丈とはいっても、あの巨体から繰り出される攻撃を防御するのは流石に選択肢の内には入らない。
そして、佐倉杏子を大きく超える接近戦を演じることが難しいと分かっているため、距離を取らざるを得ない。
眼や嘴の中を狙ったりリボンによる拘束を試みたりと、色々策を講じてみているようだが、どれも怪物の圧倒的な攻防力を前には意味を為していない。
しかも、そうしたジリ貧の戦況を維持することは出来ても、その周囲の街並みを維持することは事実上不可能であった。

「そういえば、アタシは誰かがこの公園から飛ばしたテレパシーを辿って来たわけだけど、そいつは何処に行ったんだろ?」
「地面に散らばってるメダルが、多分あいつらがあの化け物と戦った跡だと思う。姿が見えないのは……もう殺られちゃったわけじゃない、と思いたいけど」

どうやら、その公園に住んでいる魔法少女が、念話の主だったらしい。
そして、地面に散らばっている貨幣の存在は杏子も気になっては居たが、どうやら回復系の魔法少女はその正体を知っているようだ。
杏子がそれを突っ込んでみたところ、あの化物はメダルで出来た魔女とは異なる謎の生命体なのだ、という眉唾モノの話を聞き出すことが出来た。

「アタシの治療はもう良い、逃げるには十分だ。アンタも巴マミと一緒に、早く何処かに逃げた方が良い」

世話になったな、と口にしながら何処からともなくグリーフシードを取り出した魔法少女は、それをさやかの手へ押し付ける。
その身体には未だにいくつもの焦げ目が残っていたが……最低限の治療しか受け取らないところが、彼女なりの意地なのかもしれない。

「逃げるって……あの怪物はどうすんのよ?」
「戦いたきゃ戦え。アタシは、あの怪物とこれ以上やり合うのはゴメンだね。さっきは八つ当たりで手を出しちまっただけで、そもそもアタシは魔法は自分のためにしか使わない主義なのさ」

あの怪物が魔女で無いのならば、魔力を消費して戦う理由もないというものだ。

「……魔法少女って、正義の味方じゃないの?」
「そういう奴も居る。でもアタシは違うよ」

一瞬、何かを喉まで登らせた美樹さやかだったが……ここで押し問答をしている間に町が破壊されては本末転倒であることは理解しているらしい。
結局、少しだけ火傷を残した杏子は、その背中を見送ったのだった。

「あーあ……何時からアタシは、こうなっちまったんだっけなぁ……」

美樹さやかの後ろ姿が遠くなった頃にぽつりと零れ落ちた、一言だった。
口にしてしまった後に、そんなバカな、と思い直す。
切掛けなんて、忘れたくても忘れるはずがないのに。

佐倉杏子は……無意識のうちに、糾弾していたのかもしれない。
分岐点を生み出してしまった男の、行動を。
その事件さえ無ければ、自分は今でも巴マミや先ほどの新人と肩を並べて、胸を張って戦えていただろうか。

杏子がこの見滝原を久々に訪れたのは、ジェムの濁りを気にせずに魔法を使う方法を探すためだったはずだ。
巴マミを探していたのは、マミならその魔法少女ことを知っているのだろうと見込んだからであって、共に怪物と戦うためではない。
でも、巴マミたちがあの怪物にやられたら、手掛かりが無くなって……

「……って、何でアタシは、あいつらの所に行くための『言い訳』を考えてんだよ……」

まるで男の子のように髪を掻き毟りながら、頭の中を占める言い様のない不快感を、振り払う。
自分にはマミ達と共に戦いたいという気持ちが燻っているのかもしれない、という自己分析とは裏腹に、その足は動かない。
気分の悪さはあるものの、決め手に欠けるとでも言うべきか。

「仕様が無ぇな、ホントに」

その言葉は、誰を指して使われたのか。
それを指摘してくれる者は、誰も居ない。

『オイ、新人。先輩として一つだけアドバイスしといてやる。あの怪物とマトモに戦いたきゃ、見滝原に居るらしい「無限の魔力を持つ魔法少女」って奴に手を貸してもらえ。じゃあな』
『なんか良く分かんないけど、マミさんに伝えとくよ。ありがと!』

豆粒のようになった背中に向けて最後のテレパシーを伝え終え、佐倉杏子は、戦場を後にしたのだった。
美樹さやかへと、『鍵』を残して……




『マミさん、大丈夫ですか?』
『トーリさんこそ、無事だったのね』

何度目になるか分からない闘牛士の真似事を演じていた巴マミの耳に届いたのは……頼りない後輩からの、念話だった。
マミとしては、トーリが念話で助けを求めていたことと、怪物の周囲にトーリの姿が見当たらなかったことから、最悪の想定をしていた。
具体的に言うと、トーリと映司が既に始末されてしまっているのではないか、と。

だからこそ、その念話の存在だけで、どれだけ胸が軽くなったか分からないほどだった。

『火野さんは呼べるかしら?』
『それが……昨夜目を離したときから、揺すっても声をかけても反応しないんです。とりあえず今、クスクシエに安置しました』

火野映司と巴マミは袂を分かったはずだが、そんなことは言っていられない。
……そう判断しての質問だったのだが、返答は最悪の一歩手前といったところである。
そして、姿が見えないと思っていたが、どうやら安全地帯に一度立ち寄っていたためらしい。
マミが夢見公園跡地で戦っていることを知っているところを見ると、マミが駆け付ける直前まで付近の上空に居たのかもしれない。

『それで、これからどうしましょう? 正直、ワタシが現地に行っても足手纏いにしかならない気がしますけど……』
『自分の事をそんなふうに言うのは良くないわ。人間には適材適所というものがあるもの。火野さんの身柄を確保しただけでも今回はお手柄よ』

まさかトーリのせいでロストの状態が悪化したなどとは思っていないからの、発言であった。
それを知っていたとしても、火野映司の命を救ったことを考慮に入れれば差引の評価はゼロぐらいなのかもしれないが。
ただし、周辺の民家に甚大な被害をもたらしていることもまた、事実なわけで。

尚、トーリとしては、あの怪物の前に立つのは絶対にゴメンだという思考が非常に強い。
ロスト一体を相手にしても傷一つ負わせることが出来なかったのに、それ以上の出力を誇る暴走体を前に、何をしろというのだ。
そんなことをする位ならば、まだタトバ状態の映司を太陽の子にでも挑ませた方が高い勝率を見込めるというものである。

そして、状況を聞いた巴マミの判断は、迅速だった。

『火野さんの治療に美樹さんを当たらせるから、夢見公園の近くまで戻って来てくれるかしら?』
『さやかさんと落ち合ってクスクシエまで運搬するんですよね?』
『火野さんをもう一度こっちに運んで来た方が早いわよ』

……何気なく巴マミにも余裕が無いので、動ける人材にはなるべく早く動いて貰わないと夢見町が地図から消えてしまうのだ。
現在は、壊滅した夢見公園近辺を環状に怪物を誘導することで、現状以上の被害の拡大を辛うじて防いでいる状態なのだ。

だがしかし、マミの魔力が切れたらどうなるかと考え始めると、酷いものである。
魔女だけではなく使い魔も倒し、最近ではメダルの怪人を相手にすることもある巴マミの手元には、グリーフシードは貯まっていないのだ。
当然、戦闘時の魔力的なスタミナは期待できない。
先日ケーキの魔女を倒したときに一つストックすることが出来たが、貯蓄はそれだけである。

もちろん、オーズを呼べばそれだけでこの巨獣が倒せるなどという楽観は、抱いていない。
だが、未だ人伝にしか存在を知らない『コンボ』というオーズの切り札を使ってもらえば何とかなるのではないか、とも考えていた。
最低ラインとして、マミの『ティロ・フィナーレ』とオーズの『コンボ』を同時に使用すれば勝てる、ということだけは疑えなかった。

この時の巴マミの誤算は、二つ。
一つは、昨晩に火野映司の元を訪れた魔法少女によって、唯一使用可能であった『サゴーゾコンボ』さえ使用不可能の状態が作り出されていたこと。
もう一つは……トーリが映司と自分自身を逃がすために、コアメダルの殆どを犠牲にしてしまったことだった。

『美樹さん。この近くに飛んでくるトーリさんと合流して、一緒に居る火野さんの治療をしてちょうだい!』
『サー! イエッサー!!』

佐倉杏子の治療が終わってマミの加勢に入ろうとしていた美樹さやかに指示を下し、ひたすら円環状の走路を維持し続ける。
尚、会話の相手が女性である場合には「サー」では無く「マム」が使われるべきであって、巴マミもそれを理解しているのだが……華麗にスルーした。
どこか、美樹さんなら仕方ない、という思考回路が生まれているのかもしれない。
マミは、美樹さやかを相手取ることにおいても頂点に立つ魔法少女なのだ。

『あと、さっきの子からの伝言なんですけど、「無限の魔力を持つ魔法少女」の手を借りろ、とか何とか……』

一瞬、美樹さやかと佐倉杏子が何を言わんとしているのか、測りかねた。
魔力が有限なのは魔法少女の大前提であり、それどころか魔女でさえ、人間を食わなければ力の補給が出来ないのだ。
むしろ、巴マミと比べれば、グリーフシードを幾つも保持している佐倉杏子の魔力の方が事実上無限だというのに。

魔力が無限などというチートスキルがあれば、ソウルジェムの濁りを気にせずに戦えるだろうが……と、そこまで考えてから、気付いた。

『それってもしかして……トーリさんのことかしら?』
『そういえば確かに、トーリはグリーフシード使わないって聞いたような……?』

そもそもソウルジェムを持っていないのに魔法が使える、よく分からない後輩が居るじゃないの、と。
キュゥべえから佐倉杏子へ、佐倉杏子から美樹さやかへ、そして美樹さやかから巴マミへ。
その『鍵』が経由すべき道は、ようやく一区切りを迎えようとしていた。
伝言ゲームを行った誰もが、予期しなかった終着点を目指して。

『でも、トーリさんの手を借りても空中からの狙撃ぐらいしか出来そうに無いわよね?』

確かに、ソウルジェムが濁らなければ、事実上魔力は無限ということと同値なのかもしれない。
だがしかし、トーリの戦闘能力は、無限の魔力という言葉のプラスイメージを拭い去ってしまう程度のものである。
というかそもそも、トーリは本当に魔法少女なのだろうか?

――あの子の身体はセルメダルによって構築されている。

思い出したくもない記憶が、頭の中に浮かび上がってくる。
そんなものは嘘だ、と思いつつも、なかなか沈め直すことも出来ない。
考え始めると、キリが無いものだ。

……例えば、マミ達がこの公園に駆け付けた時に地面に散らばっていたセルメダル。
最初、マミはそれが怪物から零れ落ちたものだと思っていた。
だがしかし、ティロ・フィナーレを食らっても傷一つ負わなかった相手に、弱小魔法少女のトーリが一矢報いることなど、出来るのだろうか?
火野映司は昨晩から意識が戻らないらしいので、それを為した人物ではない。

「火野さんから預かっていたものを零してしまっただけ……よね?」

ぽつりと呟いてみるも、それを聞いている相手は、ひたすらに突進攻撃を繰り返す幻獣のみ。
そもそも、返事など期待できるはずもなかった。

空白地帯となっている夢見公園中央部で落ち合う魔法少女たちの姿を視界の端に収めながら、巴マミは祈る。
暁美ほむらが嘘吐きであれば良い、と……



・今回のNG大賞

「ところで、前回と今回のタイトルのKって何だったの? コア?」
「……さやか いず ふーりっしゅ!」

※コア=CORE

・公開プロットシリーズNo.52
→初期杏子のサジ加減が意外に難しい。いざ自分で書いてみると、いい子過ぎる気がする反面、薄情過ぎる気もするという不思議。



[29586] 第五十三話:逆転の似合う女
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/01 20:21
美樹さやかと火野映司を抱えて再び上空へと舞い上がるトーリの姿を確認しながら、巴マミの違和感を拭いきれずに居た。
正直に言って、魔力が無限などという反則的技能を持っている人物像は、やはりトーリとは一致しない。
理屈としてトーリの魔力が無限だということは理解しているが、実感が伴わないのだ。

『マミさん! 問題発生です!』

そして、こちらの後輩が使えないと思ったのは、初めてかもしれない。
いやいや、優しくて格好良い魔法少女の先輩である巴マミさんが、その程度で後輩に腹を立てるわけがないじゃない!
痛む頭を押さえながら、美樹さやかに続きを促す。

『……というより、怪我らしいものが何も無くて。一応消耗してた体力は戻したはずなんですけど、パンツマンは目覚める気配も無いんです』

美樹さやかの治癒能力が万能でないことは巴マミも知っていたが、昨晩に火野映司という男の身に何かとんでもないトラブルでも降り注いだのだろうか?
最早回数を覚えている気にもならないほど繰り返した動作で、怪物の側面に回っての回避を行おうとして、

「……っ!?」

その身体が、宙に放り出された。
突然のことに頭が追い付かなかった巴マミだが、体中から伸ばしたリボンをパラシュートのように組んで空中姿勢を立て直しつつ、状況を見極める。
自身の魔法少女装束に刻み付けられていたものは……焼け焦げた黒さを主張する、『爪痕』だった。

怪物の方を観察してみれば、その左手の鋭利な爪に、マミのお気に入りだった帽子の燃え滓が引っ付いている。
そして、先ほどまで突進するしか能のなかった獣が……足を、止めていた。
巴マミを引っかけて少し足を進めた辺りの場所に立ち、その上半身を捻って巴マミの方へ頭部を向けて。

その視線が捉えているものは、巴マミ以外にありえない。

「知恵が、ついてる……?」

巴マミは根拠も無く、感じていた。
相手が巴マミを『観察』し始めたのだ、と……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十三話:逆転の似合う女



「どうします? さやかさんは前線に行きますか?」
「そのつもりではあったんだけど……どうしよう?」

トーリの遠慮気味な質問に、自身も質問で返す美樹さやか。
さやかが巴マミとほぼ同時に夢見公園へ辿り着いた時点までは、戦う気満々だったはずなのだ。
ところが、巴マミの技量を以てしても時間稼ぎが精一杯の相手に、自身が何を出来るというのだろう。
自分の事を近接タイプだと思っていた美樹さやかだが、正直に言って近接戦でも巴マミ以上の立ち回りを演じられるなどと思い上がることは出来なかった。

『トーリさん、美樹さん。佐倉さんがトーリさんの手を借りろって言っていた意味、分かるかしら?』
『全くワケが解らないです』

焦りと切迫を感じさせる声が、トーリ達の遥か下方の地表から届いた。
そして、目を凝らして見ると……その理由が何となく、分かった。
先程まで綺麗な円環状の獣道を描いていた筈の巴マミと暴走体の動きが、いつのまにか不規則なものとなっていたのだ。
おまけに、突進しか能の無かったはずの怪物が、炎弾を用いた中距離戦にも対応し始めている。

先程の翼人と一緒だ、とトーリは密かに思う。

最初にトーリが翼人と出会った時、彼には知性と呼べるものはほとんど見られなかった。
語彙も少なく、自分を返してくれとしか発言できなかったはずだ。
それが、いつの間にかクズヤミーの弱点を見抜き、炎と近接攻撃を使い分ける知恵を発達させていった……ように、トーリには思えた。

「とりあえず剣でも投げて、援護しとこう。たぶんこっちには攻撃来ないだろうしね」

先程から黙っていた美樹さやかが、口を開いて戦況を変えることを促してくれた。
トーリとしては、オーズの危機を招く火種を倒す意義は大いにあると思っているので、それは大歓迎である。
だがしかし、さやかの発言内容はやや楽観的思考を含み過ぎているように、思われた。
現在は巴マミによって地表に引き付けられている怪物だが……タカのような上半身には、飛行用の翼が折り畳まれているのではないか。
もし現状でそれを使えなかったとしても、知恵の発達速度が壊れているあの怪物ならば、戦闘中にそこまで進歩しても不思議ではない。
そもそも暴走前には巨大な翼を持っていたのだから、有り得そうな話である。

そんな思考に嵌っていたトーリは……

「はわわっ!?」

肩が、外れそうになった。
咄嗟に身体に力を込めて体勢を立て直そうとするが、ワケが解らないにも程というものがある。
トーリのその腕の先に居るのは……やっぱり美樹さやか、だった。

「あれ……? コレってこの間の……?」

そして美樹さやかの手から垂れているモノ、それが問題だ。
女子中学生の身の丈を超える巨大な剣が、召喚されていたのだから。
トーリはその大剣を見たことも無いが、さやかは見覚えがあったらしい。
実は、薔薇の魔女に止めを刺した武器だったりするのだが、その時にはトーリは呑気に気を失っていたのだ。

「さやかさんっ! お、重いです! 早くそれ、捨てるか投げるかしてくださいっ!」
「ちょっ……ふらふらしないでよ!? 狙いがっ……!」

それよりも問題は、その剣は重量も膨大であったということである。
美樹さやかと火野映司の両名を抱えているだけでも精一杯であったトーリが支えきれる重量では、当然無かった。
ただ、さやかとしては捨てるのも癪である。
薔薇の魔女と戦った時に一回作ったきり、それ以降一度も成功していなかった大剣作成スキルが、久々に日の目を見たのだから。

「大体、コレそんなに重くないでしょ!? 精々普通の剣の二倍ぐらいだよ!?」
「さやかさんの馬鹿力っ! どう考えても10倍以上に重いですよ!!」

確かに美樹さやかはトーリに比べれば遥かにパワータイプだが、いくらなんでも大げさ過ぎでは無かろうか。
だがしかし、揺れる視界の中で無理やり狙いを定めようとしていたさやかは……ようやく事態を飲み込み始めた。
高度が、さやかにも分かるぐらいの速さで落ちているのだ。

「踏ん張れっ! どうしてそこで諦めるのっ! 絶対できるって! もっと熱くなってよっ!?」

必死にトーリに声援を送るさやかだが、そんなことをする暇があるのなら、早くその剣を手放してほしいものである。
暑苦しく大音量で叫ばれても、無理なものは無理だとしか言い様が無い。
本人様はなんとしても投げつける気満々らしいが、トーリは既に言葉を発する余裕も残さない程度には全力で羽ばたいているのだ。
それでもなお、高度は下がり続ける。

「……うん?」

その時、だった。
美樹さやかが想定しなかった返事が、聞こえたのは。

「……おお! 俺、空を飛んでる夢を見てる!」
「映司さんっ! ようやく目が覚めたんですね……っ!」

飛んでいるではなく落ちているの間違いでは無かろうか。
そんなことはともかく。
さやかの大音量の叫び声を耳元で聞いたせいで、無理やり意識を覚醒させられた男が、一人。

……火野映司、復活。

そして、何の根拠もないのに、トーリは自然と安堵を覚えていた。
コンボも使えないオーズがあの怪物に勝てる保証は、何処にも無い。
そのはずなのに、何故だか肩の重荷が下りたような気がして、身体が軽い。

……こんな気持ちで飛ぶのなんて初めて! もう何も重くない!

気持ちだけではなく、実際に高度が戻り始めたのが、不思議なところではある。

「ところで、トーリちゃん」

周囲を見渡して状況を確認した火野映司は、トーリに聞きたいことが山積みなのだろう。

「俺、さやかちゃんの声で目が覚めた気がしたんだけど……本人は何処に行ったの?」
「……えっ?」

美樹さやかを抱えていたはずの腕には、何も引っかかっては居なかった。
地表の方向に目を向けると……そこには、

「トーリのアホおおおおおおおっ!!?」

身一つで縄無しバンジージャンプを実演している、美樹さやかの愉快な姿が見えた。
声が段々と低くなっているように聞こえるのは、いわゆるドップラー効果というヤツなのだろうか。
どうやら肩の重荷は、下りたのではなく落としてしまっていたらしい……



「……すみません。コアメダル、大分失くしちゃいました」
「それでトーリちゃんが助かったなら、仕方ないでしょ」

自身の懐のオーズドライバーとコアメダルを確認しながら疑問顔をしている映司に、素直に謝ってみた。
映司の手元に残されたコアメダルは……緑・黄・赤が、それぞれ一枚ずつのみ。
足パーツの赤メダルは、映司の記憶にはうっすらとしか残っていないが、昨晩映司の元を訪れた女子中学生が灰色の一枚と引き換えに置いて行ったような気がする。

トーリが通りすがりのグリードにコアメダルを奪われてしまったと聞かされても……映司は特に、怒り出すような素振りも見せなかった。
どちらかと言うと、アンク復活のための赤メダルが増えたことの方が嬉しいのかもしれない。

「それで、下でマミさんがワケの解らない怪物と戦っているんですが、加勢しますか?」
「するよ」

巴マミには拒絶を言い渡したくせに……こういう時はしっかり助けてくれる、らしい。
トーリとしては断られるという目も若干予想していたのだが、この返事が一なのか八なのかは分からない。
だがしかし、巴マミが戦う度にセルメダルが増えるトーリとしては、巴マミには死んでほしくないという打算的な思考もあったりする。
アンクが死んでしまっている現状では、オーズも魔法少女も、トーリにとって得となる存在なのだ。

……損得計算の上では、そのはずだ。
火野映司が巴マミを救い出して両者が生き残ってくれればそれが最善であり、どちらにも死んでもらっては困る。

なのに、

――悪いけど、もう俺には話しかけないでくれ。

アンクが消えた時の火野映司の言葉が、頭から離れなかった。
ひょっとすると、火野映司は巴マミが開き直るまではアンクの安否に確信を持っていなかったのではないか、と今更ながら思う。
泉比奈という人から泉刑事の復帰を聞いた後でもまだ、マミの口から直接聞くまではアンクの生存の目を信じていたのではないか、と。
だからこそ、あの時の火野映司の声は、少しだけ湿っぽかったのかもしれない。

「辛く、ないんですか?」
「……確かに、嫌なことを思い出すかもしれない」

火野映司が思い出したくない事。
それが巴マミによるアンク殺害の件であるとしか、トーリには思えなかった。

「それでも、後悔したくないんだ。俺の手が伸ばせる限り、ね」
「……分かりました」

トーリにとって最善の結果が導かれようとしているのに、胸の奥には泥のような気持ち悪さが身を潜めている。
決して、巴マミに一人で戦って死んで欲しいなどということは、思っていない。
それなのに、火野映司をこのまま行かせて良いのかという答えの分かり切った問いが、トーリの中からは消えなかった。

「下ろしますね?」
「安全運転で頼むよ」

流石に垂直落下は、ゴメンらしい。




一方、見る前に飛べ、なんて次元ではない速さで落下していた魔法少女はと言うと。

「お、落ち着くのよ、あたしっ! まだ慌てるような時間じゃないっ!」

落下の勢いを使って大剣を怪物に突き立てるという、ロケットライダーも真っ青なポジティブ戦法を敢行していたりして。
マントを時々広げたり、時にもう一本の剣を生み出して重心を操作しながら、落下地点を調整してのける。

……大剣を捨ててマントを全開で広げ続ければ安全に滑空出来るとは気付かないところこそが、彼女が『安定のさやか』たる所以であることは、説明するまでも無い。

「ウェエエエエエイイッ!」

まるで、どこぞの剣を主武装として使う力任せな後輩のような奇声を、あげながら。

大気を、震わせた。


はじめ、怪物と対峙していたはずの巴マミは、何が起こったのか理解できなかった。
まず感じたものは、突如として怪物の方角から放たれた地響きで。
それに続いて聞こえたものが、風を切り裂く音と、甲高い叫び声だった。

そして……咆哮。

鷹の嘴から放たれた振動の暴力が、巴マミの聴覚を蹂躙する。

「っ……!」

思わず耳を押さえながら、必死に巴マミはリボンで風車を編み出して土煙を払い、何とか状況を把握しようと努める。
このどさくさに紛れて殺られるなど、戦いの神と呼ばれた某仮面ライダーの事を笑えない大惨事である。

わずか一秒足らずの間に視界を改善し、巴マミの視力は、ようやく事態の渦中に居るモノを捉えた。


・白馬に乗った、王子様だった。


「えっ……」

思わず目を擦ってしまった。
自身には女の子らしい願望が人並み以上に内包されているという自覚のある巴マミだが、流石にこれは我が目を疑ってしまう。


「だああああっ!? 大人しくしろっ!!」

違った。
地面から生えている足は馬に近いものではあるが、その上半身はやっぱり鷹のモノで。
その背中には大剣が突き立てられ、その柄を握っているのは……美樹さやかだった。
荒れ狂う幻獣の叫び声が町に木霊し、一級品の暴れ馬と言えるその背の上では、剣を掴んだままのさやかが、振り回されていた。

誰かが助けに来てくれれば良い、と思っていたマミの願望が、土煙の中に居るヒポグリフとお転婆娘を色々な意味で誤認させたらしい。

……私の頭は美樹さんみたいなお花畑じゃないのに。
そう思う反面、ベテランの魔法少女としての眼は、見逃してはならないものをきっちりと捕捉していた。

「目がっ! 目が回るううぅっ!?」

美樹さやかの愉快な叫び声と幻獣の雄叫びをBGMに聞きながら……巴マミの判断は、迅速だった。

『美樹さんっ! その剣から手を放して!』

先程まで傷一つ付かなかったその身体に、剣が突き刺さっているのだ。
さやかがそんな武器を使えたというのも驚きだが、それどころではない。
千載一遇の機会であることは、間違いないのだから。

『その傷を起点に、ティロフィナーレで一気に決めるわ!』

空中を振り回される美樹さやかの頭では、その意味を理解するのに、数秒の時間を要した。
だがしかし、ようやくその意味を噛み砕く。

『もしかして、この剣の柄を狙撃して中までぶち込むんですか?』
『ご明察!』

そして、その作戦が本当に実行可能なものなのかどうか、という当然の疑問も浮上する。
具体的に言うと、

『このじゃじゃ馬の背中の「一点」を、打ち抜くんですかっ?』

命中率である。
相手が普通の魔女や使い魔ならば、巴マミが必殺技を外すところなど、想像することも出来ない。
……野良猫相手にティロフィナーレを打ち込んで盛大にスカしたドラマCDなど、無かったのだ。
あれは、平成ライダーにしばしば見られた夏のギャグ回のようなものである。

ともかく、巴マミの腕は認めつつも、美樹さやかにはそれが実行可能に思えない。
激しく動き回る猛獣の背中の一点を。
しかも、棒の先端という振れ幅の大きい一点を、刺さっている剣と平行な弾道で打ち抜く?
それがどれほど困難なことなのか、美樹さやかには想像もできない。
それでも。

美樹さやかは、見てしまった。
不良品のメリーゴーランドに揺られながら、巴マミの眼を、覗き込んでしまった。
自身が失敗することなどまるで想定していない、自信に満ちた、眼を。

「あたしがライダーなんて柄じゃないことぐらい、分かってましたよっと!」

暴れ回る猛獣に一瞥をくれてやり、美樹さやかはようやく、その背から飛び降りた。
というか、剣の柄から手を放しただけなのだが。
両手足を全て使って何とか着地を成功させつつ、その意識は少しだけ楽になっていた。

あとは、信じるのみ。
ベテランの、先輩の、巴マミの、腕を。


円環状に作り出された獣道の直径を描くように、その対極に位置する、美女と野獣。

そして、その睨み合いは……瞬く間に破られる。

幻獣ヒポグリフの、突進という形で。

その体躯から漏れ出す地響きも、炎熱も、何もかもが、巴マミとは対照的で。

だからこそ、美樹さやかは、

「凄……っ」

思わず、声を漏らしていた。

その巨体が身じろぎ一つ出来ない光景に対して、感嘆の声を上げるしかなかった。

「私が……何も考えずに逃げ回っていたと、思う?」

周状に壊滅した地面のあらゆる点から、黄金の帯が伸びていて。

無数に絡み合ったそれが……夢見公園跡の中央地点に集まって、獣の動きを封じていた。

10本程度なら今まで通りに力任せに引き千切られてしまっていたはずの緒が、環状路に潜んでいた膨大な数の銃創から、一斉に飛び出したのだ。

この一瞬のために仕込まれた、気の遠くなるような下準備の、結果。

そして……巴マミの手元に現れている巨大な筒は、彼女自身が絶対の信頼を置く『必殺技』を放つ準備を、終えている。



「ティロ……フィナーレッ!!」




・今回のNG大賞

「我が魂はソウルジェムと共に在りィィッ!」
「微妙に間違ってないのが嫌なところですね」

いわゆる一つの落ち者系ヒロイン?
それにしてもこの美樹さやか……役にハマり過ぎである。

・公開プロットシリーズNo.53
→それにしても、ヒポグリフ編がやたらと長かった気がしてならない。



[29586] 第五十四話:さらば戦友よ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/01 20:31
拘束の帯が、光の泡となって消えていく。
その光景は、この世のものとは思えないぐらい、幻想的で。

それなのに美樹さやかは、それを直視することが、出来なかった。
何故なら、その緒に縛られたモノを打ち砕く逆転の一閃が、

「マミ……さん……?」

放たれなかったのだから。
大口径のマスケットがリボンへと戻り、虚空へと消えていく最中、巴マミは身動ぎ一つ見せなかった。

そして、何が起こったのかは分からずとも、その現象の原因については、美樹さやかには『見えて』いた。
とんでもない速さで巴マミに迫った黒い魔法少女が、マミの頭部に備わっていたソウルジェムを強奪したのを、美樹さやかは視認していたのだ。

「やあやあ。流石現役最強の一角だね。あのまま撃っていれば、おそらく倒せただろう。誇ると良いよ」

まるで、一人芝居のように。
演技のかかった大げさな振る舞いで、黒い魔法少女は言葉を紡ぐ。
その右目に張り付いた眼帯のせいで表情が読み辛くなっている筈なのに、美樹さやかにははっきりと分かった。

……コイツはこの状況を楽しんでいる、と。

そして、警戒を強めようとしたさやかの視界の端に移った光景が、さらにさやかを困惑させる。
巴マミが……その身体を地に着けていたのだ。
まるで、糸が切れた操り人形のようにぐったりと倒れ、起き上がる気配も見せない。

「マミさんっ!?」

無我夢中で巴マミの元まで駆け付け、その身を抱き起す。
その手で治癒魔法を使おうとして……見て、しまった。
巴マミの、眼を。

それは、つい先程まで絶対に自信に溢れていて、説明しなくてもさやかを撤退させる光があって、どんな怪物だって射抜く未来を見ていて……
それ、なのに。

「死ん……でる……?」

治癒魔法で身体の傷を治しても、揺さぶって声をかけても。
巴マミの眼は見開かれているのに、そこには美樹さやかの姿が映っていない。

瞳孔が、開いていた。


「お前……っ」

そして、さやかの感情のはけ口となるべき人物は、この場に一人しか存在しない。

「何で……どうしてマミさんを殺したんだよぉぉっ!!」

無意識のうちにサーベルを取り出し、それを片手に眼帯の魔法少女へと肉薄する。
腹の底が沸き立って、頭がガンガンと痛んで、目の前の相手しか、見えない。
魔女狩りの時の興奮と似ているようで、まるで血のざわめきの違う、感情。
美樹さやかの、生まれて初めて人間に対して抱く『殺意』だった。

「おっと、凄い凄い! キミ、実は結構な才能あるんじゃないか? 巴マミの後釜が務まるかもね!」
「だ、ま、れええええええっ!!!」

二本のサーベルを本能の向くままに動かし、これまでに無い速さを以て腕を振るう。
今の自分が勝てない筈がない、としか思えなかった。
だから、目の前の現実の方が、おかしいんだ。

……自分の攻撃が、一筋たりとも掠らないのは。

「あと、巴マミなら、私は殺したわけじゃないよ」

何処からともなく長く鋭い爪を生やしながら、眼帯の魔法少女は、告げる。
さも、当たり前の事と言わんばかりに。

「本体であるソウルジェムと肉体の接続を切り離してやっただけ、さ」
「何言って……うぇっ!?」

相手の取り出した鋭利な爪に意識を向けてしまったさやかが、その腹部を足蹴にされて突き飛ばされる。
そして、再び距離を詰めることを急かす身体とは裏腹に、頭の中ではそいつの言葉がぐるぐると渦巻いていた。

ぷらぷらと巴マミのソウルジェムを爪の間に挟んで弄んでいる、眼帯の魔法少女。
そいつの嗜虐的な笑顔が……ひどく、不愉快だった。

「私達の身体は死体に過ぎないってこと。ソウルジェムがヤられない限り、魂は滅びないのさ」
「死……体……!?」

理解が、追い付かない。
コイツは……何を、言っている?
……だって、あたしは、美樹さやかは、動いて、生きてる、じゃない?
だがしかし、さやかの脳裏をよぎったのは、何も映していない巴マミの瞳で。

「さて、私としてはキミで暇を潰すのも悪くは無いけれど、キミにはそんな余裕は無いだろう?」
「待……っ」

さやかがその声を聞いた次の瞬間には、地響きが再び辺りを支配していた。
残像を置き去るほどの速さで消えた黒い魔法少女が先程まで立っていた地点が、踏み鳴らされて瓦礫へと変わる。
巨獣が再び、その猛威を振るい始めたのだ。

そして、その標的は、

「ひっ……!」

新米の魔法少女、ただ一人のみ。

そいつの、失われた右腕が。
そいつの、鋭く貫く眼光が。
そいつの、赤く暗い面影が。

どうしようもなく、連想させてしまっていた。

「う……ああああああっ!!?」

かつて自分自身が『死』に追いやった一体の怪人の、存在を……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十四話:さらば戦友よ



「トーリちゃん! やっぱりここで降りるよ! 生きてたら、また!」

ゆっくりと降下していたトーリに突然告げられた、言葉。
その手を振り払い、彼は降りて行く。
自身の『手』を伸ばす、ために。

「変身っ!」
『クワガタ トラ コンドル』

昆虫を思わせる緑色の二本角に、獰猛な肉食獣のみに許された鋭い鉤爪が風を切る。
その脚部には……火野映司自身も見たことの無い、何処か熱を感じさせる鳥類の力強さが、確かに在った。

現在のオーズには、空中姿勢を取ることを可能とするパーツが、足りていない。
頭部を地表の方面へとかざしながら落下していくその体勢は、一般人と何ら変わりが無いとしか言い様が無かった。
視野の開けているクワガタのメダルがあるために状況の把握こそ出来ているものの、やはり動体視力と距離認知に長けたタカが欲しいところである。

そう思っていた、矢先だった。
足パーツの周囲の空気の流れに、異変を感じたのは。

「これは……新しいメダルの、力?」

足を動かすたびに、滑空出来るほどではないものの、姿勢を変えることが出来るのが窺えた。
もちろん、コンドルの特性を理解出来なかったとしても、変身のために一度通したオースキャナーは休めることなく続けて使用する羽目になるのだが。

『スキャニングチャージ』

眼下で繰り広げられる蹂躙劇に、終止符を打つために。

その狙いは……奇しくも、巴マミのそれと同じだった。
そして、狂っていても自身の危機を敏感に察知した巨獣は……その頭上を、見上げている。
一度、上空から美樹さやかによる襲撃を受けたからこその、反応だった。

「セイ……」

頭上から近づくオーズに炎弾攻撃を仕掛ける、巨躯の怪物。
その弾幕をオーズは……ひたすらに切り裂く。
両腕の爪の力を最大限に振るい、時に体自体が回転し、上下が逆転し……それでも狙いは、逃さない。
いよいよオーズが肉薄しようという時になって振るわれた怪物の腕を、身体を捻ってすかし、

「……ヤァッ!!」

汚い横回転の加わった身体を強引に縦方向へとシフトさせ、無理やりにその踵を、『一点』へと叩き込む。
深紅の残像を置き去りながら放たれる、オーズの基本色の中で最大の威力を誇るコンドルレッグの一撃を。
怪物の足が地に沈み、その呻き声が廃墟と化した公園に木霊する。

灰色の背部へと突き刺さっていた大剣が、オーズの渾身の一撃によって、その形状を失う。
物質の構成が解かれ、拘束を失った魔力は宙へと散って行く。
だがしかし、その役目は果たされていた。

「よっ!」

馬の側部を蹴って怪物との距離を取りながら、オーズは冷静に、状況を観察していた。
気を失っていると思しき美樹さやかと巴マミは、先ほどの衝撃によって円環路の淵の付近まで吹き飛ばされている。
彼女達の現在地ならば安全とも言い切れないが、運はさして悪くは無いようだ。

「トーリちゃん! 二人を安全なところに!」

映司の後を追って降りてきた魔法少女に任せれば、何とかなるだろう。

「了解です!」

そして何よりも僥倖なのが……暴走体の、現状だった。
馬の背部から腹部にかけて、右側部の外皮が剥がれ落ち、内部のセルメダルが露出していたのだ。
さやかの大剣をオーズの特殊技によってさらに抉り込んだ結果である。

惜しむべきは、やはりオーズがコンボを成立出来なかったという一点だろう。
巴マミの全開のティロ・フィナーレならば、足りていたはずだった。
暴走体の胴体を上下二つに割るだけの、威力が。
だがしかし、亜種形態でしか無いオーズには……その力さえ、無かったのだ。

それでも……手を伸ばせる限り伸ばす。
『火野映司』という男の立ち位置は、変わらないのだ。

猛獣の雄叫びをも軽々と聞き流しながら、オーズは『メダル』を、取り出した。
火野映司が少しだけ使ってみた感覚としては、コンドルレッグは脚力こそあるものの、回避性能は瞬発型のバッタやチーター程ではない。
……つまり、怪物の体当たりを回避し切るには、心もとない。

よって、オーズが選択した行動は……酷く、合理的なものだった。

『トリプル スキャニングチャージ』

……要は、近付かせなければ良いのだ。

「ハァッ!」

空間斬撃『オーズバッシュ』による遠距離からの堅実な攻撃。
それが、オーズの選んだ答えだった。
巴マミのティロフィナーレと異なり、『点』ではなく『面』を用いた斬撃が、怪物の急所を確実に捉えていた。

……それでもなお、怪物はその雄叫びを収める気配を、見せない。
実は、空間斬撃を行うオーズバッシュに対して、重力で空間を歪める能力を持っている怪物は若干の抵抗力を持っていたりするのだ。
ガメルだけでは出力が足りなかったはずの防御能力を、ロストの膨大なパワーで補っているという構造が生まれているというわけである。
それを差し置いても、万全ならばティロフィナーレさえ弾き返すその頑強さは目を見張るものがあるのだが。
怪物は、破られた腹部からボロボロとセルメダルを零しながら、そんなことはお構いなしに身体を起こしてオーズへと向かってこようとしていた。

だからこそ、火野映司は……躊躇わない。

『トリプル スキャニングチャージ』

怪物が加速を得る前に、オーズは装填と読み込みを、終えていた。
刀身のスロットにセルメダルを投入する作業を、慣れた手つきで済ませたのだ。

「セイヤァッ!」

二度に渡る常軌を逸した攻撃は、着実に怪物のセルメダルを削り取っていた。
だが、それでも……充分では、有り得ない。
従って、火野映司のとる行動にもまた、手加減は有り得ない。

『トリプル スキャニングチャージ』

右手のスキャナを機械のように正確に動かし。

『トリプル スキャニングチャージ』

左手の剣を寸分たがわずに振るい。

『トリプル スキャニングチャージ』

時々飛んでくる炎弾を、回し蹴りで弾き返しながら。

『トリプル スキャニングチャージ』

回転する視界のなかでも、敵の姿を見失わずに。

『トリプル スキャニングチャージ』

ただ冷徹に、無比の暴力を叩きつける。


『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』
『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』
『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』
『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』
『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』
『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』


「ハァッ!!」

火野映司は、緩やかに降下している最中に、トーリから聞いていたのだ。
眼前の猛獣がいかに強大であるか、という事を。
だからこそ、映司はトーリから、受け取っていたのだ。

オーズバッシュ20回分……すなわち、60枚ものセルメダルを所持していたのである。
何処に持っていたのだなどという野暮な突っ込みをしてはいけない。
きっと、メダジャリバーを何処からともなく取り出す時のような特撮ヒーローのお約束が発動しているに違いない。

かくして、オーズの猛攻は、ようやくひと段落を見せようとしていた。

『トリ ル スキャニングチャージ』

鬼か悪魔か、悪鬼か魔か。
嵐のような連撃の最後を飾る、フィニッシュの一撃。
怪物の巨体が揺れ、その膝が地へ落ちる。
巨体とはいえ既にその体長は4メートルを切り、周囲に散らばったセルメダルを再吸収することも忘れて、怪物はただ敵意を払い続けていた。

800年の昔からの強欲の王の天敵にして、自身も王。

『オーズ』……その、存在に。


一方の映司はといえば……先ほど嗅ぎ取った僅かな違和感の正体に、少しばかりの注意を払っていた。
オースキャナーの読み込み音声が、若干不自然だった気がするのだ。
だが、右手に握ったオースキャナーを観察してみても、不審な点は見当たらない。
一度にこんな回数のスキャンを行うのは初めてだったので、誤作動でも起こしたのかもしれない、とは思っているが。

そして……一瞬の隙が、死を誘う。

「うわっ……!」

先刻と変わらない速さを以て繰り出された体当たり攻撃が……オーズを的確に、捉えていた。
おそらく、身体の出力自体は落ちているのだろうが、その分体重も減ったために踏み込みの速度はあまり落ちなかったのだろう。
円環状に留まっていた被害地が直線状に拡大し、地響きと轟音を以て街並みを破壊する。
身体を掴まれ、背部を幾度も幾度も民家の壁をぶち抜く攻城槍に使われながら……オーズはとっさに、

「……このっ!」

左手に握ったメダジャリバーの先端を、怪物の傷口に突き立てた。
それでも尚、猛獣は立ち止まる気配を見せない。
背中をこれ以上無いほど叩きつけられ、身体が上下3つにバラバラになった自身の姿を脳裏に浮かべて身震いをしつつ……映司は、気付いてしまった。
先程の違和感の正体に。

「まさか……!」

ヒビが、入っていた。
メダジャリバーの刀身からメダル投入口にまで、致命的とも思える破損が、確かに走っていたのだ。
勘違いを、していた。
大量スキャンが初めてなのは、オースキャナーだけではない。
むしろ、現代の技術によって作られたメダジャリバーの方が、先に音をあげてしまっていたのである。

だがしかし……現在のオーズのとれる選択肢は、あまりにも限られ過ぎていた。
亜種形態の特殊技を使おうにも、馬腹の側部にまでは手も足も届かない。
オーズバッシュの余波を見る限りでは、鳥の上半身の部分だけが低い耐久力を持っているという事も無いらしい。
つまり……敵の傷口に届いているメダジャリバーを使うしか、無い。

映司は、何度も繰り返した動作と同じように、メダルをジャリバーへと注ぎ込む。
ただし、メダジャリバーが今まで一度たりとも経験したことの無い特上のメダル、を。

「メダジャリバーっ! 最後の奇跡を……見せてくれっ!!」
『クワガタ トラ コンドル トリ ル スキャニ グチャ ジ』

現代に『オーズ』が誕生した日、それは送られた。
人間の鴻上光生から、火野映司の手へと。


……その音は、あまりにあっけなかった。
突き立てられたままの大剣から発せられた強大な斬撃により、怪物の胴体が真っ二つに割れる、音は。
金属が擦れ合うときのものによく似た、耳障りなそれだった。

そして、それ以上に火野映司の耳には、よく聞こえていた。
まるでガラスを砕くような、高く繊細な、その音が。

「ごめん……っ」

大剣メダジャリバーがその腹の部分から破壊の爪痕に侵され、剣としての形状を失ってしまった、音だった。
その剣がオーズと共に超えてきた戦場の数は、多いようで少ない。
それでも映司はきっと、言うのだろう。
長い付き合いだった、と。




メダルの山へと変わった怪物の慣れ果てに一瞬だけ目を向けながら、映司は割れたジャリバーから零れ落ちたコアメダルを拾い上げた。

拾い上げようと、した。

その映司の腕を掴む『メダルで出来た左腕』の存在に気付く、までは。

「なっ……!?」

その左腕は……怪物だったはずのメダル山から、伸びていて。
セルメダルで構築されているそれが次第に色を取り戻し、生物としての形を成す。

赤く、翼の生えた奇妙な、左腕。
そして、鳥類を思わせる嘴に、どこか陰湿さを印象付ける剥き出しの眼。

「アンク……?」

口に出してから、絶対に違うと思い直す。
アンクは右腕の怪人だったはずだが、目の前のコイツの腕は、左のものだ。
だが、同時に気付いてしまった。
完全に姿を現したそいつの右腕が、欠けていることに。


もし、そいつの持っているメダルの数を圧倒的に上回る量のメダルを投入できていれば。
あるいはガメルやメズールのように互いに引き合うグリード同士だったならば。
深く交じり合い、その個としての意思は、簡単には再生しないはずだった。


だが、不完全に色の分かれてしまった暴走体という不自然な状態が、半端にそいつの意識を保つことを許してしまった。
そしてそれを切り離したことによって、彼は……『発生』した。

「僕のメダル……返してよぉぉっ!!」


ロスト……再誕。



・今回のNG大賞

『一番良いメダルを頼む』
「そんなメダルで大丈夫か?」
『大丈夫だ。問題ない』
『クワガタ トラ コンドル トリプル スキャニングチャージ』

パリーンッ!

神は言っています……メダジャリバーはここで良き終末を迎える定めだと……

・公開プロットシリーズNo.54
→「なんでジャリバー使わないの?」って言わせたら負けだと思った。



[29586] 第五十五話:Time judged all――運命を奪い取れ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/06 03:29
前回までの三つの出来事は!

一つ!
「知ってるか? ソウルジェムは投げ捨てるものさ」
巴マミのソウルジェムが、不審な魔法少女に持ち去られてしまった!

二つ!
「折れたッ!?」
メダジャリバーが、ついにその耐久限度を超えてしまった!

三つ!
「強欲人魔跋扈するこの人間道、ロストアンクはここに居るッ! グリード爆現ッ!」
ロストアンクが奇跡の復活を遂げる!



映司の腕を掴んだ異形の左腕が……深紅に輝く。
それは、陽炎と焦臭を発する、灼熱の焼き籠手で。

「……っ!?」

思わず開いてしまったオーズの手からは、メダルが零れ落ちる。
先程ジャリバーに投入し、つい今しがたになって漸く拾い直したばかりの三色のメダルが。
その中の一枚を……ロストは、迷わずに掴み取る。
コンドルの意匠が凝らされた、オーズの足パーツを構成する役割を持つ一枚を、手中に収めていたのだ。

「僕の、メダルッ!」
「待っ……」

映司の言葉に返ってきたのは……至近距離からの、火炎弾だった。
直前までロストに捕まれていたオーズは、為す術も無くその連弾の全てを防御する間も無く受け、変身を解除させられてしまう。
いつもと変わらずに変身して戦っていたように見える映司だが……何気なく、数分前までは意識不明の病人だったのである。
その身体は、本調子であるはずもない。

「お前は……アンク、なのか?」
「アン、ク……?」

不思議そうに聞き返す翼人の反応を否定だと解する映司だが、それでは一体コイツの正体は何だというのだろうか?
右腕だけのグリードと右腕の無い怪人の関係性を見逃すほど、火野映司という男の勘は鈍くは無い。
しかも、翼人の左手の形状は、右腕だけだったアンクと瓜二つなのだ。

……一応、オリ主も少しだけ疑問に思うぐらいの反応は示した、という事にしておこう。
それはさておき。

「早く……『僕』を見つけなきゃ……」

一方の翼人は……映司に興味を失ったわけでも無いが、新たな標的の待つ方角を探っているようだった。
そして火野映司は、持ち前の勘の鋭さを見せ、その翼人の目的地となるべきものに目星をつけていた。
赤いコアメダルがアンクのものであるはずだという話はともかくとして、この翼人は、先ほど映司が使っていたコンドルを自分のコアだと言ったのである。
つまりこの翼人は赤いメダルを求めているわけだ。

映司が思い至った結論は……最悪、だった。
現在の火野映司が把握している赤いコアの所在は、二か所である。
一か所は、真木博士の研究所からクジャクのコアを持ち出したという、暁美ほむら。
そしてもう一枚は……トーリに運んでもらっている巴マミがタカメダルを所持しているはずなのだ。

この翼人がどちらへ行くにせよ、ここで手を伸ばさない選択肢など……火野映司には、有り得ない。


「行かせるわけには、いかない」

腹から真二つに折れてしまった剣を握る手に、力を込め直し。
先程爆散した暴走体が撒き散らしたセルメダルの一枚を拾い、その刀背から投入する。
幸いにして折断部の金属パーツが拉げていたため、セルメダルが零れ落ちることも無かった。

『シングル スキャニングチャージ』

焦げ目やヒビが特盛のフレームは……以前ほど滑らかに、オースキャナーを通してはくれない。
先程まで空間を切り裂く一撃を放っていたその大剣は、既に限界など大きく超えてしまっている。

それ、でも。

「セイ……ヤァァッ!!」

その手を伸ばす、ために。
死に体のメダジャリバーに鞭打って、セルメダル一枚だけのスキャンを行い、申し訳程度に威力を上げて。
映司の行った行動は……投擲だった。

歪みと欠損の激しいその大剣は、当然綺麗な軌道など描かないが、それでも尚ロストへと到達する。
そして、その刀片を焼き払うロストを尻目に映司が走り込んだ場所は、

「せめて変身できれば……っ!」

先程暴走体が爆散した時に散らばったコアの中の、一枚。
銀色のセルの中に混ざって存在を薄められている、灰色のメダルだった。

火野映司の手が、伸びる。
そこに散らばる欲望の結晶を、掴むために。

だがしかし、運命の悪戯は……起こって、しまった。
もし、ロストの知能がさほど発達していなければ。
対峙している敵本体から目を離してはいけないということを、トーリから学んでいなければ。
メダジャリバーの残骸を左手で握り潰したロストが背面の翼から放った炎は、間に合わなかったはずだった。

そして……『無』の力が目覚めることも、無かったのかもしれない。
火野映司が夢見公園跡地において最後に見た光景。

それは、自らの身体の中から飛び出した『紫』が、映司を襲った炎弾を掻き消す姿だった。

火野映司の意識は……そこで、暗転する。


『プテラ トリケラ ティラノ』



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十五話:Time judged all――運命を奪い取れ



Count the medals現在オーズが使えるメダルは……
タカ×1
クワガタ×1
トラ×1
プテラ×2
トリケラ×1
ティラノ×2



蝙蝠ヤミーは、目的地を決めかねていた。
意識が途切れて変身が解けてしまっている巴マミと美樹さやかを両腕に抱えて、ゆっくりと風を切りながら。
クスクシエに戻ろうかとまず思ったが、いつ意識が戻るかも分からない二人を放置するのも考えものである。
白石千世子店長に二人の様子を知られたら、大騒ぎになってしまうかもしれない。
病院という線も考えてみたものの、魔法少女を一般の医師に診せても大丈夫なのだろうか?

「いっそのこと、鴻上財団に丸投げもアリなんじゃ……?」

某電話会社のビルにそっくりな鴻上財団本社の建物が、視界の隅に入ってくる。
確かに、財団ならばある程度魔法少女の事情は察してくれるかもしれない。

ところが……今日のこの日に限って、その財団は頼りになりそうに無かった。
どうしてトーリがそう思うのかと言えば、財団本社ビルの周りに見える赤いオブジェクトが原因に違いない。
別に、先程の赤い翼人様とは関係が無さそうではあるが。

「アレは……救急車と消防車、でしたっけ?」

災害時にしか出動を許されないはずの特殊車両が、ビルの周りを取り囲んでいたのだ。
財団を挙げての避難訓練だったら良いのだが、そんな楽観視を抱えていられるほど、トーリの可乗重量は大きく無い。
その現場の見物に行こうかという野次馬根性に若干駆られたトーリだったが、映司から二人のことを任された経緯もあるので、危険に手を出さないに越したことはない。

結局トーリは、最も誤魔化しが利きそうなクスクシエの屋根裏部屋へと向かうことのしたのだった。
千世子さんに見つかった時のための言い訳を、考えながら。

トーリは、気付かなかった。
自身が撤退してしばらくの後に夢見公園跡地を飛び立つ二つの影があった、事に……




そいつらは、『空』から降ってきた。
唐突に、説明も無く、晴天の霹靂という言葉を体現するかのように。

アンクが、町中からヤミーと親の気配を感じるという意味不明な現象に再遭遇した、直後だった。
そのせいでクワガタのヤミーを追えなくなって機嫌を悪くしているところを、鹿目まどかに慰められていた、矢先。

『赤いグリード』が、降り立ったのだ。
鹿目まどかとアンクの、眼前に。

「……えっ?」

状況を把握できていない鹿目まどかの様子は特筆すべきことも無い。
だが、その腕に抱かれるアンクが与えられた混乱は……それ以上、だったのかもしれない。

「俺……だと……!?」

過去に、自分以外の誰かが赤いメダルの力を使っている気配を感じたことは、あった。
前回の日曜日に訪れた野原には、アンクのメダルを使ったとしか思えないほど強烈に焼き焦がされた痕跡があったのだ。
それに、先程バースに襲いかかった暁美ほむらからも、アンクは自身のメダルの気配を感じ取っている。

そんなアンクでさえも、完全に想定外の出来事としか思うことが出来なかった。
欠けた右腕と顔面の半分。
その差異さえ無ければ……目の前の存在は完全に、在りし日の『アンク』自身の姿に他ならなかったのだ。

「見つけたっ! 僕だあああっ!!」

そして、アンクは想定も出来なかった。
左手を伸ばしてこちらに向かってくる目の前のコイツが、アンク達を襲いに来たのではなく、

「――ッ!!」

本能的な直感に従ってアンクの元へと『逃げて』来たこと、など。
思い至ったはずも、無かった。
グリードの中でも最強を誇るアンクの姿をしたそいつが、追い詰められていることにも。

ロストの背後から突き立てられた鋭利な爪が、ロストの歩みを止めさせるとともに、セルメダルを撒き散らす。
その光景はまさしく、絶対的強者による捕食の一景だった。
捕食『劇』などと呼ぶにはまるで華の足りない、原初の蹂躙にして圧倒的に儀礼を欠いた、破壊行動。

「僕がっ、あるのに……っ!」

必死に翼人が伸ばそうとした腕が……横槍によって、貫かれる。
捕食者の肩から伸びる、角とも爪ともつかない光沢を持った槍が、それを為していたのだ。
翼人の炎を纏った腕がまどか達に届いていれば二人はただでは済まなかったはずだ。
つまり翼人は鹿目まどか等にとっての脅威で、その敵対者は彼女達を救ってくれたということである。
そんなことは分かっている。

そのはず、なのに。
鹿目まどかの視線は……捕食者の方へ釘付けだった。

「やっと、見つけた……のにぃっ!」

まどかへと焼き籠手を差し向ける翼人の泣き叫ぶ声が、どうしようもなく心を揺さぶって。
それなのに、足は震えて、頭の奥で除夜の鐘を早回しにしたような音がガンガンと鳴り響いていて。
あの絶対者の近くに居てはいけないということが、思考などという高尚なものをすっ飛ばして分かってしまう。

「何、なの……これ」

鹿目まどかが出来る事は、膝を地面につけて、ただ眺めることだけだった。
そうしなければ自分の足は今にも逃げ出してしまいそうだ、と思ったから。
自分自身にも、分からなかった。

何故、逃げ出してしまわないのか。
何故、背筋がこんなに寒いのに頭の奥が沸騰しそうなのか。
そして何故、脅威と分かっている筈の恐獣に……こんなにも、惹かれるのか。

「映、司……?」

鹿目まどかの声に応えたわけでは、なかった。
ただ、目の前の捕食者の胸に輝く印象的な円環に目を引かれ、そこから気付いてしまったのだ。
忘れるはずもない、グリードの天敵の持つ黒と水色の装飾品を、そいつが身に着けていることに。
その三つの溝に収まっている紫のメダルにこそ見覚えが無いものの、800年も昔からの長い付き合いであるそれをアンクが見間違うはずもない。

「映司って、火野さんのコト……? なんで、何が起こってるの、どういうことなの!?」

まどかが問いかける間にも、800年という時を無念のままに過ごした亡霊の伸ばした手が、無残に打ち払われる。
必死に振りかぶった生物感の無い右腕は、瞬き一つをする間に掴み取られ。
次の瞬間には捕食者の背部から伸びた尾によって、赤い二の腕の先にはセルメダルが飛び散っていて。
亡者の呻き声が、恐獣の雄叫びに塗り潰されて、見滝原の町の中へと消えて行く。

「前に、『オーズ』について話したろ。覚えてるか」

800年前に生まれたメダルの怪人がグリードで、その天敵がオーズ。
そんな簡単な説明を、退院後のまどかは受けたことがあった。
そして、メダルを撒き散らしながら悲鳴をあげている翼人は、おそらくグリードなのだろう。

「オーズの資格者が、映司だった。そういうことだ」

衝撃、だった。
少なくとも、鹿目まどかただ一人にとっては。

火野映司という青年は……『優しい』存在だった。
そう、鹿目まどかは思っていた。
だが、眼前の怪獣の様子は、その像とはまるで一致しない。
その姿はどこまでも凶暴で、攻撃的で、残忍で、恐ろしくて。

「とにかく……助けなきゃ」
「あの抜け殻を、か?」

このガキの思考にも慣れ始めたアンクだが、それよりも気になることがある。
目の前の、赤いメダルのグリードにしか見えない存在の事である。
直感的に、アンクが封印された時にあぶれたパーツが使用されていることは間違いないと思えるのだが、一体コイツは何故動いているのか。

「アンクちゃん、あの赤い人が誰だか知ってるの?」

おそらく出力的には他のグリードの1.3倍程度だろうが、敵対した時の体感としては3倍近くに感じられるかもしれない。
もっとも、鹿目まどかは他のグリードなど、アンクしか見たことが無いのだが。

「ああ、800年前に行方不明になった、俺の身体だ。多分なァ」

そして、もう一つ、気になることがある。
映司が、アンクを視界に入れても無反応であることだ。
突発的な遭遇だったために隠れる動作が遅れてしまったアンクは、映司に見つかってしまっているはずなのである。
そのはずなのに……まるで、目の前の獲物しか目に入っていないとしか思えない挙動を、オーズは繰り返している。

「それなら、尚更助けなきゃ……」

アンクとしては、得体の知れないそいつをまずはオーズに解体させて、その後でじっくりとメダルを回収したいところである。
だがしかし、それをどう鹿目まどかに説明したら良いものか。

アンクがそんなことを考えていた、ちょうどその時だった。
ロストが、既に何度目になるか分からないダウンを、迎えたのは。
そして、何処から取り出したのか……何時の間にか巨大な斧を右手に握って、それをロストへ振り下ろそうとしているオーズ。

決まった、とアンクは思った。
……その時。
一瞬でも、思考を……止めてしまったのだ。


「だめええええっ!!」

必然的に、アンクの反応は遅れることとなる。
両者の間に強引に割り込む鹿目まどかを、アンクは引き留め損なったのだ。
アンクが気付いた時には既に、まどかはその小さな両腕を広げてオーズと相対していて。

「……っ!」

だからこそ、その光景は、予想外だった。
オーズが、その戦斧を……寸の所で、止めていたのだから。
4人のうち誰のモノかも分からない息を飲む音が聞こえた……ように、思えた。

鹿目まどかのその姿は、忘我状態であった火野映司の深層心理を揺さぶるのに、十分すぎる力を持っていたのだ。
嘗て映司が某国の内戦に巻き込まれた際に、そこで死を看取った子供の影を、思い出させることによって。

だが……そこで終わる筈が、無かった。

ぐちゃりという、水分を多く含んだものが潰れる音。
紅く染めあげられた、赤い左腕。
それが……オーズドライバーに手をかけ、捥ぎ取ろうとしていた。
そのこと自体は、ロストに800年前の記憶が微細ながらも残っていたのだと考えれば、大して不思議なことでは無い。

アンクが意識を向けたのは……そんなことでは、なかった。

「あ……れ……?」

不思議そうに口を開いた鹿目まどかの声は、ほとんど音になっていなくて。
オーズが咄嗟の判断でロストを左腕の肩口から脇腹にかけて切り落とした鈍い響きに、掻き消されてしまっていた。

失ったものの大きさを主張するロストの絶叫が、それをさらに上書きする。
そして、熱を纏った翼による羽音が、彼が背面を起点とした火炎の攻撃の準備を始めていることを何よりも雄弁に語っていた。
一方、操り糸か精神の糸でも切れたようにオーズの姿が人間のそれに戻り、その身に纏っていた狂気は霧散していて。
映司に対して距離を取ったロストに追い打ちをかけることも、出来なかったのだ。

膝から崩れ落ちながらも、その『手』を伸ばそうと試みていたようだったが……映司自身の体力も尽きていたらしい。
倒れ込んだまま、それでも手を伸ばそうとする映司のその目は……既に、焦点が合っていなかった。

その手の先にあったものは……血溜まり、だった。
オーズが千切った赤い腕が突き出されていた直線状には、鹿目まどかの身体があって。
ロストにとってその子供が重要ではなかった。
それだけの、ことだったのだ。

左腕の形を成していたものが形状を失ってメダルへと崩れる。
それとともに、『栓』を失った水風船からは、水が溢れ出す。

その水風船は……鹿目まどかの、心臓だった。



・今回のNG大賞

「オイ! あいつを止めるための力、半分だけ貸せよ! 『俺』!」
「行くよ、『僕』!」

「「俺(僕)たちは、二人で一人のグリードだ(さ)ッ!」」

メダル一枚になっても喰らい尽くその心そのものがグリードなんだッ!

「過去と今のアンクちゃんが一つに!?」

それも微妙に間違っていない気もする不思議。


・公開プロットシリーズNo.55
→まどかさんマジヒロイン。



[29586] 第五十六話:愛しのグリード
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/06 03:34
アンクがその行動を瞬時に起こせたのは……彼が以前にとある刑事の身体に憑りついていた経験の、賜物だった。
意識の弱まっているであろう鹿目まどかの身体に飛び込むとともに、周囲に散らばるメダルをありったけ吸収し、それを人間の体組織に擬態させることによって傷を塞ぐ。
瀕死の泉信吾を生かしていた時に繰り返し行っていた動作が……こんな時になって、役に立つこととなったのだ。

現在の状況は、お世辞にも良いとは言い難かった。
火野映司は既に体力が尽きかけているし、鹿目まどかの身体で戦うのも論外だ。
身体の赤い色が薄まっている辺り、ロストも限界に近いように見えるが、翼に力を貯めて最後の攻撃を行おうとしているその姿は絶望の象徴でしか無い。

「良かっ……た。早、く……逃げ、て」

目の焦点が合っているように感じられない火野映司の視界には、おそらく小さな掌怪人だったアンクの姿は見えていなかったのだろう。
ただ、彼の目の前で重傷を負ったように見えた子供が実は大した怪我を追っていなかったということが、酷く嬉しい。

「……とか、思ってんだろ。お前は、よ」

如何にも、火野映司が考えそうなことだった。
思えばこの男は、いつだってそうだ。
自分の身を切り詰めて、一日も付き合いの無いアンクや泉信吾を助けようとして。

こんな絶望的な状況に置かれても、自分が助かるよりも他人なんか、気にかけやがって。

……だが、鷹の目は確かに、希望を見ていた。
生きることに誰よりも執着するアンクが、見落とすわけが、無い。
先程オーズに切り落とされ、崩れて散らばった欲望の結晶の中に輝く、深紅に濡れた奇石。
必然か、はたまた偶然か。

その枚数は……『三』ッ!

そのうえでアンクは……その三枚の組み合わせに、奇跡とも魔法とも呼ぶべき選択を、確かに感じ取っていた。
まるで運命に導かれたように揃ったメダルたちを前にすれば、アンクだって少しだけ神サマとやらを信じてみたくもなるというものだ。

倒れていた映司の上体を鹿目まどかの短い腕で何とか起こし、紫のメダルが忽然と姿を消したために空になっているオーズドライバーへと、手早くそれを差し込む。
そして、ベルトの平衡を崩し、映司の右手側に具現しているスキャナを掴んで……一気に、滑らせた。

「お前も『使えるバカ』なら……このぐらい、生き延びて見せろッ!」


『タカ クジャク コンドル』



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十六話:愛しのグリード

タカ×2
クジャク×1
コンドル×1
クワガタ×1
トラ×1
プテラ×2
トリケラ×1
ティラノ×2



『熾天使』という生物は、空想上の物語においてしばしば登場し、御話の美味しい処を掻っ攫っていくのだとか。
噂のそのヒトは、全九階級の天使の最上にして、最も神に近い座に就いている者らしい。

なんということは、ない。
ただ……その人気者は、『三対六枚の羽』を持っている。
そういう、ウワサがあるというだけの、話。



煉獄と聖火。
一言で表すとすれば、そんなところだった。
翼を持つ両者が、そこを起点に炎の塊を吐き出し合う、演武。
それが、人間の観客が居なくなった舞台で、繰り広げられる。

「ぐっ……はぁっ……!」

だが……その身体を直接焦がされこそしていないものの、既に『王』の息は途切れようとしていた。
そもそも彼は、つい先刻まで倒れ伏して意識を戻さない病人だったのである。
それが、幻獣と戦い、翼人に襲われ、終いには自身さえも恐獣へと姿を変えて。
その体力に余裕があったのなら、それこそ理不尽の権化と呼べるだろう。

「僕の、メダル……ッ」

そして、『悪魔』も……その身を、保つことを諦め始めていた。
その傷口からはぼろぼろと銀色のメダルが零れ落ち、身体の再生よりも攻撃を優先していることが読み取れる。
こちらも800年の眠りから覚めた後ではあるものの、やはりグリードの中でも鳥類メダルの力は格が違うと言うべきか。
彼もまた、連戦続きには違いないというのに、未だに王を圧倒し続けていた。

膝を起こすことが出来ないオーズと、両腕が不能なロスト。
生命を削って最後の力を振るい合う二人は……だがしかし、互角では無かった。
オーズは、人間の皮を被った怪人に支えられることで、辛うじて上半身を起こして居られるのだから。

その翼から放たれる炎弾の狙いがやや甘く見えるのは、おそらく『タジャドルコンボ』の能力に慣れていないということだけが原因では、無いのだろう。
距離による威力のほんの少しの減退を利用して、身体の近くまで来た炎弾を相殺し続けているというのが、現実だった。
視界がぼやけてしまっているのではないか、とアンクは思う。
でなければ、明らかに致命傷を負っていたはずなのに復活した鹿目まどかを、もう少し不思議がっても良いはずだ。
無意識のうちに鹿目まどかの小さな身体を抱き寄せているその腕にも、殆ど力が入っていないようだった。
本当に手がかかる奴だと、そう思わずには居られない。

「……?」

オーズの左手に添えられた、小さな手。
その違和感に、首を向けるオーズだが……その真赤な目は、やはり焦点が合っていないように思われた。
タジャドルの頭部には視覚の強化機能も付いているはずだが、そんな所に力を回す余裕さえ、今の映司には無いらしい。

「俺の手は気にするな。お前は……炎の迎撃に集中しろ」

映司の体力を電池にしてしまうスキャニングチャージは、使えない。
コアメダルはある程度その中に力を貯めることが出来るものの、オーズのスキャニングチャージはコアの充電に加えて人間の体力を併用することで大出力を可能にしているためである。
だが、タジャドルコンボの左腕に出現するその『盾』だけは、800年前から変わらずセルメダルを動力に使える唯一の武装なのだ。

オーズの左手を、小さな左手によって下から支え上げ。
先程から拝借していたスキャナを……宛がう。

『ギン ギン ギン ギン ギン ギン』
「まったく、」

アンクは、思う。
火野映司や鹿目まどかは『使えるバカ』だが、オーズと相対している翼人は、救えないバカだ、と。
自分と同じ赤いグリードながら、アンクはその評価を覆す気は、全く起こらなかった。

「このガキがオーズを止めた時点で、お前はとっとと逃げ出せば良かったんだ」

タジャドルコンボの左手に現れている『盾』に備え付けられた砲口を整え、

『ギガ スキャン!』

盾の中に巻き起こっていた炎の奔流を……一気に、打ち出す。
その燃料となったものは……皮肉にも、ロストから撒き散らされたセルメダルだった。

拡散を拒み続ける炎渦は、ただ回転のみを維持しながら、突き進む。
ロストの炎を打消し、それでも勢いを失うことなく。

汚い、音が聞こえた。
着弾と同時に拡散した熱が、周囲の地面に含まれた水分をまとめて消し去った、響きが。
そして、聞き覚えのあるメロディーもまた、アンクの耳へと入ってくる。
メダルが地面へと散らばるときの、太古から変わらない音色もまた、木霊していた。
立ち上る煙が晴れたとき、その場所にもその上空にも、翼人の姿は無くなっていて。
ただ、銀色のメダルの山の中に紛れて、赤い輝きを放つそれが存在を主張しているのみだった。


ここにようやく、ロストを巡る一連の物語は、終焉を迎える事となる。

「800年は、やっぱり長かったか? なァ、『俺』……」

変身が解けて意識を失っている映司を地面に落としながら。
人間の子供の口を借りて紡がれた一言は……既に日の傾きかけた茜色の空へ、消えた。



全てのメダルを拾い終えてやっと一息吐くことが出来たアンクだったが、問題は山積みである。
一応ロストは倒したものの、その意識が完全に消えたわけではないらしい。
そのため、今までロストを構成していた赤メダルたちを完全に取り込むには……それなりに時間がかかりそうだという結論に達したのだった。

だが、それらを取り込み終えれば、その時にはロストの記憶を手に入れることも出来るだろう。
従って、ロストの出生の謎については後回しで良さそうである。

「そういやァ、あの『紫』は何だったんだ?」

ぽつりと呟いてみるものの、それに返事を与えてくれる人間は、この場には一人も居ない。
火野映司は疲労から目を覚ます気配が無く、心臓をぶち抜かれるという致命傷を負っている鹿目まどかが言葉を返してくれるはずも無い。

仕方なく、火野映司の持ち物を引っぺがして見たが、その中には『紫』など影も形も無かった。
あったのは、理解不能な柄のパンツと少しの小銭と、『クワガタ』『トラ』のコアが一枚ずつのみ。

……傍から見れば、女子中学生がホームレスを裸に引ん剥いているという意味不明な絵が出来上がってしまっていたりして。
更に言うと、見滝原中学の制服はロストに心臓の辺りを穿たれたせいもあり、それなりに際どい姿になっているのだが……色々と『見えない』のは、お約束である。
もちろん、映司が身包みを剥がされても現在装備しているパンツだけは失わないのも、お約束の一言で済ませてしまって良い問題なのだ。
泉刑事に憑りついていたアンクは、日本には猥褻物陳列罪という言葉があることを知っているという事を補足しておく。

某暁美ほむらさんがこの絵面を目撃したなら、きっと錯乱して駅のホームからタイムマシンを探し始めるだろう。

尚、アンクが映司の最後の一枚の内部にまで追求の目を向けたかどうかは……一応、不明という事にしておこう。
別に何処かの使えるバカ達がお嫁やお婿に行けなくなっても、そんな些事はアンクの知ったことでは無いのだ、と述べるだけに留めておく。

ぺたぺたと鹿目まどかの小さな手で映司の肉体を調べてみるものの、疲労が見られるだけで、主だった変化は感じられない。
頼りない小首を傾げて考えてみても、当の紫のメダルが出てこないのでは、どうしようもなかった。


「それと……こいつら、どうするか……」

火野映司は、寝かせておけば何とか回復するだろう。
だがしかし、鹿目まどかの傷はそんな生半可な代物ではない。
どう考えても、泉信吾刑事の例よりも重傷である。
むしろ、アンクがまどかの身体に飛び込むのがコンマ何秒遅れたら危なかった、というレベルだ。
当然、泉刑事の時のようにアンクが離れて動き回る余裕など、無さそうだった。

一応、美樹さやかの魔法を使わせれば治せるだろうという気はするものの、鹿目まどかをさやかの元へと引き渡すためには、直前までアンクが延命措置を行わなければならない。
……つまり、さやかに会わなければならないのだ。

「どのみち、俺のメダルをある程度取り込んだ後だなァ、それは……」

最悪の場合に備え、自衛の手段は必要である。

アンクは、考えようとしなかった。
怪人態を取り戻せれば、その時点で人間の協力者が必要ではなくなる、ということを。
他のグリードのように自らの力で全身の擬態を行えば良いというだけの話なのだ。
そんな発想を無意識のうちに、思考から外していた。

考えるべきことはまだ残っているし、するべきことも明確に定まっているとは言い難い。
使えるバカは二人とも大好調グロッキー中で、せっかく取り戻した赤いメダルも、いつになったら取り込めるのか見当もつかない。

今は、とりあえず。

「……アイス食って、寝るか」

久々の味覚を楽しんでおこう、という結論に落ち着いた辺りが、結局アンクらしいのかもしれない……




……そして、誰も生きた人間の居なくなった、夢見公園跡地には。

「成功だよ。オーズは『紫』の力を使って飛んで行った」
『飛んで行ったっていう事は……貴女は追っていないのかしら?』

携帯電話を片手に、見滝原中学の制服を着こんだ女生徒が、足を踏み入れていた。
というか、正確には戻ってきたと言うべきなのだが。
つい先程、亜種『ガタトラドル』の状態のオーズが落ちてくる直前まで、この女子生徒はこの公園に居たのだから。
黒を基調とした衣装と眼帯は既に解除されており、その姿は普通の一学生そのものである。

「追った方が良かったなら、今からでも追うよ?」
『それは止めておきましょう。それより、その場にあるモノを有効に使うべきだわ』

相変わらず携帯電話の向こうから聞こえてくる、冷静そのものの声。
もちろん、女生徒はその声の主を知っているし、顔を見間違えることなど有り得ないぐらいには知り尽くしている。
だからこそ……電話口の相手の考えていることも、手に取るように分かっていた。

そこにあるモノ、という言葉の意味も、当然。
オーズとロストの戦いに取り残され、そこかしこで輝きを放っている無数のメダルだ。
その大部分は円環状に描かれた獣道の中にあるものの、幻獣がオーズを引きずって走った道にも、それは散りばめられていた。

「そうだね……私は『彼』に愛を向けようとは思わないけれど、たった一人に全てを向ける『彼』の姿勢には学ぶべきものがあると思っていたところだ」
『愛は無限に有限、って貴女はよく言っているものね』

人間の感情という概念的な考えに終始するならば、愛というものは量として計ること自体が冒涜である、そう女生徒は考えている。
だがしかし、現実には一人の人間の愛することが出来る範囲は限られてしまっている。
だからこそ、たった一人にその全てを捧げることにこそ、意義がある。
……それが、この女生徒の持論である。

そんな言葉を交わしながら、その手は既に作業を始めていた。
それでも携帯電話を離さず、片腕だけを使いながら。
多少時間がかかっても、周囲の民間人は非難を終えているだろうから、目撃者を気にする必要は無いのだ。

かくして、それは集められた。
砂の城のように一山になった、銀色の塊。

「さて、私がこれから何を口にするか、分かっているよね」
『当然よ』

特盛のメダルから一枚の灰色を抜き取りながら、宣言する。
彼女の共感する、一体のグリードの名前を。

「久々に娑婆の空気を吸ってくると良い……『ガメル』。力持ちの王様、よ」

再度、女生徒が抜き取ったコアをメダルの山へと、無造作に投げ込んでやって。
投擲されたメダルが辿り着いた先にあったものは……既に、三角形を為しては居なかった。
まるで人間の四肢のような曖昧な形状を、取っていたのだ。
そして、投げ込まれたメダルを取り込むことで、その人影はようやく固定化を見せ始める。
その姿は、上半身こそ色を失ったセルメンと呼ばれる状態であるものの、足には犀を思わせる力強さと地面を掴む堅牢な爪が存在を主張していて。
顔正面から伸びた長い鼻は陸上の超重量の生物を思わせ、頭から天に伸びた角はどんな動物相手だろうと一突きで屠ってしまうだろう。

「精々、オーズの糧になってくれよ」

座り込んでこちらに視線を送っているグリードの姿に、女生徒は満足そうな視線を返してやった。
そして、復活したグリードの第一声は、

「めずーる、じゃ、ない……」

その場の誰にとっても、不本意なものだったに違いない……



・今回のNG大賞
「さて、私がこれから何を口にするか分かっているよね?」
『まさか、食べるつもりなの!?』
「そういう意味で言ったんじゃないんだけど……それがお望みなら喜んで!」

それもそれで面白かった気がしないでもない。

・公開プロットシリーズNo.56
→降臨。満を持して。



[29586] 第五十七話:疑心伝心
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/09 01:00
「なんじゃこりゃぁ……」

一言で言うならば、そんなところである。
鴻上会長に会えなかった伊達明が翌日に財団本社で見たものを言い表すのに、最も的確な表現がそれだった。

ビルが半壊し、戦火に曝されたとしか思えない傷跡が残されていたのだ。
もっとも、建物の壁面はブルーシートで覆われ、人間の跡も血痕が現場に残るのみに留まっていたが、その匂いに気付かない伊達ではない。
いっそ、装甲車が円谷的な怪獣を乗せて特攻したと説明された方がまだ信じられるような惨状である。

何はともあれ、会長が居るのかどうかだけでも聞かなければ、伊達としても困るのだ。
従って、伊達が財団本社に入らなければなるまい。
この場所で何が起こったのかも気になるが、それは二の次である。

「関係者以外の立ち入りは禁止です」

……と思ったら、現場の点検をしていた社員に引き留められた件について。
もちろん、伊達とてそんなことで引き下がる男ではないのだが。

「実は、会長から個人的に依頼を受けてるモンなんだけど、『コレ』じゃ証拠になんねぇかな?」

スッと胸の高さまで伊達が持ち上げて見せたものは……お察しの通り、『バースドライバー』だった。
伊達が会長から勝手に預かっているものであり、仮面ライダーバースに変身するためのベルトでもある。
一応、財団の社員の全員がメダル関連の知識を持っているわけではないだろう、とは伊達も思っていた。
だがしかし……幸運にも、バースドライバーを見て目の色を変えたこの若者は、それが何であるか知っているらしい。

「……どんな用件ですか?」
「会長と、契約内容を煮詰めなきゃならんのよ。まだ本決まりじゃないからなぁ」

当然、伊達の用件は『後藤慎太郎育成計画』に関する詳細を鴻上会長から聞き出すことである。
もっとも、とある個人的な事情で1億円という大金が必要な伊達としては、余程の悪条件が揃わない限りは承諾するつもりなのだが。

「残念ながら、会長は所用でドイツへ向かいましたよ。帰国の日時は不明です」

どんな返事が来ても驚かないと思っていた伊達だが、これには流石にげんなりせざるを得ない。
あの会長の行動が伊達の思考を跳び越えることは仕方ないとしても、国境まで飛び越えられたのでは連絡するのも一苦労である。
流石に、いつ戻るかも分からない人間を大人しく待っているほど、伊達の気は長くなかった。

「……国際電話、繋いでもらえねぇかな?」

そしてそれ以上に……伊達の大事なモノの方も、決して長くは無いのだ。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十七話:疑心伝心



その日、見滝原中学校の某クラスには……どことなく、重苦しさが漂っていた。
圧迫感とでも言うべきか、息苦しさが充満しているような、誰かの恨みつらみを延々と聞かされ続けているような気まずい空気が教室を支配していたのだ。

空気を読まずに新しい彼氏との惚け話を続ける早乙女和子教員が原因という訳では、無い。
もちろん、常日頃ならば彼女の長話は聞く者を辟易させるはずだった。
ところが現状では、彼氏から『お前の事は俺が守る』なんてテンプレな台詞を聞かされて浮かれているその姿が、何故だかいつも以上にピエロに見えて仕方が無い始末だ。
その明るさが清涼剤にさえ感じられるほどの居心地の悪さが、何処からともなく撒き散らされているのである。

「……先生」

だからこそ、その発信源である女子生徒が音も無くその手を挙げた時、生徒たちの感じ取った『ざわめき』は想像を絶するものだった。
クラスメイト達の共有した感覚は……コロシアムの中央で怪人と人間が戦っていたと思ったら両方怪人だった時の観客一万人のそれにさえ、匹敵するかもしれない。

「体調が悪いので、保健室に行ってきます」

であるからして、如何にもな不機嫌オーラを噴出していた彼女の言葉が至極マトモであったことに、生徒たちは安堵の念を隠しきれなかった。

「では、保健委員の人、一緒に……」

不機嫌少女の苛立ちが若干増した、ような。
そのことに気付いていないのは、早く彼氏の話題を再開したいと考えている早乙女教諭ただ一名のみである。

「せ、先生っ! 鹿目さんは今日は欠席です!」

……とある男子生徒が、耐えかねて声をあげた。
座席がもっとも教壇に近いというだけの理由で、早乙女先生の理不尽な質問を一身に受けてきた英雄が。
彼の名は、中沢。
このクラスの影の功労者、というか苦労人である……

「じゃぁ、学級委……」
「美樹さんも欠席です!」

早乙女先生の言葉を先読みし始めた辺り、実は彼は相当に優秀なのではなかろうか。
将来の就職先はきっと、スマートブレイン社か人類基盤史研究所辺りだろう。
彼の未来は、きっと明るい。

「一人で大丈夫です」

一方、既に足を進めていた台風の目は、教室の扉を開くとともにそう言い残し、病人とは思えない機敏さを見せながら姿を消したのであった。
そんな嵐の転校生の後ろ姿を見送りつつ惚け話を再開した早乙女先生の能天気さを目の当たりにしながら、クラスの面々は一斉に溜息を吐いた……らしい。


暁美ほむらは、今までに無いほど敏感に、異変を感じ取っていた。
まず、鹿目まどかが学校を欠席しているだけでも暁美ほむらにとって一大事には違いないのだが、事態はそれだけにはとどまらない。
美樹さやかの姿も見えないうえに、念話を飛ばして調べてみたところ、巴マミも学校には居ない様子なのである。
昨日鹿目まどかが鎧を着た不審者に迫られている現場を目撃したほむらとしては、まどかの警護をしていた方が良かったと思わずには居られない。

鹿目家に電話を入れてみても留守番サービスの音声が返ってくるばかりであり、風邪で寝込んでいるという訳でも無さそうである。
そして……異常事態は、それだけには留まらなかった。
暁美ほむらがそのことに気付いたのは……学校の敷地から足を踏み出した、まさにその時だった。
校門から程なく離れた場所に設置してあるベンチに座っている、『魔法少女』の姿を目撃したのだ。
そして、驚きに目を見開くほむらの様子は、既にあちら側にも気付かれている。

「……アタシの顔に、何かの食べカスでも付いてるかい?」

見間違う、筈も無い。
他の三人の魔法少女と比べれば暁美ほむらとの縁は薄いものの、それでも長い付き合いには違いは無いのだから。
ガムの包み紙を開けて口に入れているその動作も、既に見慣れたものだ。

『佐倉杏子』

精密動作に優れ、攻撃に特化した戦闘能力を持った魔法少女。
かつて巴マミと道を違え、隣町である風見野を縄張りに活動している筈の人物だ。
そして、魔女の真実を知っても壊れることの無い、希少な人種でもある。

それが何故、この町に居るのだろうか?
そもそも、佐倉杏子が見滝原に現れるパターンは、限られている。
基本的には、見滝原組が隣町にまで手を広げた時と、杏子がマミの死を聞いて駆けつけてきた時だけの筈なのだ。
稀に、逃走中の魔女を深追いして見滝原まで足を踏み入れるというレアケースも無いわけではないものの、基本的には何かしらの理由があると見た方が良い。

だがしかし、暁美ほむらには、その理由に心当たりが無かった。
メダルに関する一連の事件こそ物珍しくはあるものの、それらの中に佐倉杏子の興味を引きそうな要素が見当たらないのだ。
藁をも掴む思いでハッピーエンドのための材料を探している暁美ほむらでも無い限り、メダル絡みの出来事は面倒事以外の何物だとも思わない筈である。


乾いた響きが、暁美ほむらの鼓膜を震わせた。
ぷくっと膨らんだ風船ガムが割れる音が、考え込んでいたほむらの意識を現実へと引き戻す。

「もしかして、アタシとどっかで会ってる? 全然覚えてないけど」

ほむらの沈黙を訝しんだ杏子の仕草には、若干の警戒心が垣間見えた。
身に覚えのない人物に自身の事を知られていれば、不気味に思うのは仕方ない、とほむらは思う。
だがしかし、どの道ワルプルギスの夜が来る前には戦力として引き込んでおきたい人材であることも、確かではある。
ならば、何とかこの接触をチャンスに変えたいと考えるのは、当然と言えた。

「以前、貴女がこの町で魔女と戦う姿を見たことがあるわ」
「……アンタも、魔法少女か?」

杏子からの視線に込められた警戒が若干強くなった、ような。
もし、暁美ほむらと相対している相手が杏子では無くさやか辺りだったならば、逆に警戒心を緩めてくれたかもしれないのだが。
とは言え、嘘を吐く意味も無いので肯定の返事を適当に出して、杏子を引き込むための方法を思索する。
すると、意外なことに、向こう側からの声が続く。

「ちょうど良かった。ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「……?」

話し相手が魔法少女であると解ったからこその質問が、あるらしい。
だとすると、見滝原中学の門の前で待っていたのは、ひょっとすると巴マミに用事があったからかもしれない。
確か、佐倉杏子は現在から一年ほど前に魔法少女となり、その際に巴マミから教えを受けたという経歴を持っている筈だ。
佐倉家の人間が心中を図って以来疎遠になったのだと、暁美ほむらはループ世界の中で巴マミから聞いたことがあった。

「ソウルジェムが濁らない魔法少女ってのが居るらしいんだけど、知ってるかい?」

……聞いたことも無い話、である。

「それはつまり、魔力が無限ということかしら?」
「おお、中々勘が良いじゃねーか。もしかして、アンタのことだったりして?」

一瞬のうちに、さぞかし強力でチートな魔法少女なのだろう、という人物像が杏子とほむらの間には共有されていた。
それは巴マミと美樹さやかが共有するトーリのイメージには見事に逆行するものであったが、訂正する者が居ない状況なのだから仕方が無い。
きっと『最強の仮面ライダー』や『戦いの神』といった呼称も、こうした伝言ゲームの犠牲者だったのだろう……
杏子の視点としては、きっとトーリがその系譜のヘタレになっていくに違いない。

「残念ながら、私の魔力は有限だし、心当たりも無いわ。そもそも、その魔法少女はどういう原理で魔力が無限なの……?」
「それが分からないから探してるんだよ」

なるほどと納得した部分があるのと同時に、新たに疑問として沸き起こった部分もあった。
おそらく、佐倉杏子が見滝原中学の校門前に張り込んでいたのは、巴マミに会うためだったのだろう。
彼女ならばこの町の魔法少女を知っているはずだと踏んで、遥々と旧知の先輩に会いに来たという訳だ。
もっとも、その巴マミも本日は学校を欠席しているのだから、無駄足もいいところである。

「その話は、一体誰から?」
「キュゥべえからだよ。あいつの情報って、基本的に信憑性は高いからな」

ほむらとしては、ワルプルギスの夜を一緒に倒させる成功報酬として情報を提供する、という嘘の契約を考えなかったわけではない。
だが、魔力が無限な当人に協力を求めれば良いはずだという至極真っ当な突っ込みが返ってきそうだったので、没にしたのだった。
目の前の相手を、ほんとバカなお方と一緒にしてはいけないのだ。

別の時間軸では、見滝原という巨大な縄張りを餌に彼女を釣ることも出来たが、それは飽く迄巴マミが居なくなった後の話である。
現状で暁美ほむらが差し出せる交渉材料はグリーフシードの現物ぐらいだが、そちらもあまり数は多くない。

「キュゥべえは、その魔法少女について、他に何か言っていた?」
「それが、詳しい話を聞く前にどっか行っちゃってさ。それっきりなんだよ」

インキュベーターという生物は、基本的に『嘘』を吐くという行為を行わない。
それが人間との間の決定的な亀裂を生むから……かどうかは分からないが、都合の悪いことを聞かれたら、彼らは話題の転換という奥義を発動するだけなのである。
ということは、何らかの裏があるにせよ、彼らが無限の魔力の可能性について何かを見出していることは間違いが無さそうだ。
そして、そんな存在が本当にいるならば、いくら鹿目まどかしか眼中に無いほむらさんでも、気にならない訳が無い。
インキュベーターの目的がエネルギー問題の解決である以上、そいつの存在は人間とインキュベーターの関係を根本から変える可能性さえあるのだから。

「知らないなら仕方ないね。アタシはここで、知り合いを待って話を聞くことにするさ」

知り合いというのは、間違いなく巴マミの事だ。
わざわざ学校まで来たのは……マミの住んでいたマンションの一室が破壊されていたからに違いない。
マミの新住居が分からなかったために仕方なく学校前で張り込んでいるだろう、と暁美ほむらは確信していた。
杏子が珍しくガムを噛んでいるのは、マミの下校時刻が分からないのでお菓子の補給が出来なくても持久戦が出来るという理由でのチョイスなのだろう。

「巴マミなら、今日は学校には来ていないわ」
「……『知り合い』の名前、アンタに教えたっけ?」
「私が頼るなら彼女だ、と思っただけ」

……流石に、鋭い。
だが、この町の魔法少女の中で最も頼り甲斐のある人物が巴マミであることも理解してくれているらしい。
杏子の抱いたそれは、疑惑ではなく疑問という段階に押し留まったようである。

「巴マミの新住居を教える代わりに、魔力が減らない魔法少女の情報が入ったら私にも教えてもらえないかしら?」
「何だか察しが良すぎるのが気になるけど……まぁ、良いか。乗ってやるよ」

いきなり巴マミの『新』住居という言葉が出てくる辺り、杏子は自身の行動が見透かされていることを的確に読み取っていた。
知り合いという言葉だけから巴マミが連想されたのも、若干気になるところではあるのだ。
だが……そのどれもが、決定的と呼ぶには物足りない。
何かが釈然としないという気味の悪い感覚を抱きつつも、結局多国籍料理店クスクシエの場所を吹き込まれ、佐倉杏子は見滝原中学校を後にしたのだった……


そして、暁美ほむらはようやく元の用事について考え始めていた。
鹿目まどかの現在地に関する情報は、明らかに足りていない。
杏子と別れた後に、無人だった鹿目家のまどかの個室を物色して何の手掛かりも得られなかった辺りから、ほむらのその認識はより強まる。
暁美ほむらは、まどかが掌怪人を飼っていたことなど知らないのだから、当然である。

手掛かりと言えば、昨日再開したパワードスーツを纏った男の存在ぐらいのものだ。
つまり、奴が鹿目まどかに何か悪さを働いたに決まっている。
まどかの縋りつくような視線に耐えかねてあの場を去ってしまったほむらだったが、その判断は間違いだったらしい。

もし暁美ほむらに伝説の黒い仮面ライダー張りの超直感能力があったのなら、グリードの仕業だ! と即断していたことだろう。
だがしかし、現在のほむらは、グリードと鹿目まどかを繋ぐ線の存在など微塵も知らないのだ。
従って、ほむらの持っている情報の中で最も怪しいと考えられるのが『バース』になってしまうのは、極めて自然な発想と言えた。
次点にキュゥべえさんが位置しているのは……敏腕営業のキュゥべえさんの、人徳というヤツなのだろう。
というか、このタイミングでなければ間違いなく一位に輝いていた筈だ。

暁美ほむらは、心のどこかで信じたかったのかもしれない。
鹿目まどかが庇う人物が、悪者でなければ良い、と。
ほむらを実験動物のように扱ったのも何かの間違いで、自身の知らない都合があったのかもしれない、という夢物語のような事情の存在を、信じてみたかったのだ。
だがしかし、鹿目まどかが失踪しているという現実は、そんな幻想を粉々に打ち砕いてしまっていた。

鎧男の残した情報を頼りに、暁美ほむらが辿り着いた、道しるべとは……



・今回のNG大賞
昨日の『事件』によって壊滅的な被害を受けた財団本社ビルの跡片付けをしていた後藤さん。
そして、彼の前に現れたイイ男が持っていたものは……何と、銀色に光るベルトだった!

「『コレ』じゃ証拠になんねぇかな?」
「いい性能だな。貴様の作戦目的とIDは!?」

こんな欲望丸出しの後藤さんだったら、きっと鴻上会長は伊達さんを雇おうなんて思わなかっただろう……


・公開プロットシリーズNo.57
→ロスト編の裏で後藤さん奮闘記があったりするんですが……数話に渡って少しずつ情報を出すぐらいで終わりそうです。だって、地味だし(ry



[29586] 第五十八話:第一発見者を疑え
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/12 18:48
火野映司が眠っている場所は……河原だった。
ホームレス御用達の場所であり、その水辺には映司も何度かお世話になったものである。
もっとも、そのチョイスは彼自身のものではなかった。
なぜなら、映司は昨日赤いメダルのコンボを使用して以来、一度も目を覚ましていないのだから。

河原を選んだのは……彼と共に在る、一体の怪人の判断である。

「まったく、面倒くさいことばかりだ……」

とある大きな石橋の下に出来た陰に潜む、小柄な姿の子供の口から、その言葉は漏れた。
溜息と苛立ちを少しずつ含んで、川の流れに向かって、負けたヒーローを放り捨てるように。
もちろん飽く迄比喩であって、実際に映司を投げ込むことなど実行しないが。

自身と映司らの身を隠しながら今後の事を思案する、鳥類の王、アンク。
それが、鹿目まどかという少女の身体を借りたグリードの、名前だった。

何故アンクが映司の傍を離れないのかと言えば、全てロストが悪いのだと答える他無い。
昨日の戦闘後にアンクがロストの意識コアを取り込もうとしたところ……それは起こったのだ。
何と、自我も確立していない分際で、ロストは他の赤メダルの力を借りてアンクを吸収し返そうとしてきたのである。
爆殺される直前に意識コアへと周辺のセルメダルからの力を蓄えたのだろうが……コイツは何所まで執念深いんだと思わずには居られない。
そのことに少しだけ肝を冷やしたアンクが利用することを思いついたのは、やはりと言うべきか案の定と言うべきか、結局オーズだったのである。

アンクは、800年前にオーズドライバーを使っていた王から、そのベルトの幾つかの機能を聞いたことがあった。
そして、その中に現在のアンクのために役立ちそうな機能があることを、アンクは覚えていたのだ。

その機関の名前は……『オーメダルネスト』である。
ベルトの、オーズから見て左手側に装備された、メダルを収納するための円筒がそれに該当する。
現在、気絶しながらもベルトを装備している映司の腰部には、確かにその部品が実体化していた。
実は、原作においては使われる気配さえ見せなかったこの箱にも、存在する意味があるのだ。

アンクが昨日からしきりに視線を向けたり離したりを繰り返しているその箱には……現在、アンクとロストの意識コア以外の5枚の赤メダルが収められている。
そして、その箱の機能とは……メダル同士の共鳴を防ぐことである。
もともとは、メダルの器としてあまり出来が宜しくなかった800年前の王が欲して付けさせた装備だったのだろう。
メダルの使い過ぎによる暴走に殆ど縁の無い映司は、この機能を全く必要としなかったのだが……それが今、アンクのために役に立つこととなったのだ。

アンクがロストのコアを1対1でじっくりと吸収している間、他の赤いコアを遠距離に隔離して放置するのは紛失の危険が高い。
かと言って、ロストが他の赤メダルの力を借りようものならば、アンク自身の身が危ない。
それならば、気絶しているオーズにとりあえず持たせて近くに置いておくことは、最も安全性を重視した作戦だと言えた。

アンクのその判断によって困っている人間は、おそらくまどかの捜索願を出している鹿目家の住人と、暁美ほむらさんぐらいのものだろう……。

「こいつが目を覚ましたら、どうするんだろうなァ、俺は……」

呟きもやはり、川の流れに消えて行った。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十八話:第一発見者を疑え



佐倉杏子が足を運んだ先は……お察しの通り、多国籍料理店の屋根裏に位置する、小部屋だった。
目的はもちろん、巴マミに会って、魔力が無限な魔法少女様の情報を聞き出すことである。
あっという間に一階の料理店を抜けて階段を上り、一応の礼儀としてノックを行ったところ、扉を開けて顔を見せたのは……

「こんにちは……どちら様でしょうか?」

見覚えの無い、女の子だった。
魔法少女という生物には何処か『自信』とでも呼ぶべきものが溢れている、と佐倉杏子は思っているのだが、目の前のコイツにはそれらしいものを感じない。
杏子たちと同い年ぐらいの普通の子供だ、としか思えないのだ。

「アタシは佐倉杏子ってんだ。知り合いを訪ねて来たんだけど、巴マミって、ここに住んで無いのか?」

これはガセネタを掴まされたか、という気配が、既に強く匂い始めていた。
だが、あの黒い長髪の魔法少女も無限の魔力の謎に興味を示していたのだから、意図的に嘘を伝えるとも考え辛い。
思考のドツボに陥りかけていた杏子だが、とりあえず目の前のコイツの返事を聞いてから考えようと思い直せる辺り、頭は柔らかいと見える。

「今、眠ってるんですけど、起こしましょうか?」

……ハズレでは、無かったらしい。
よく見れば、屋根裏部屋の奥の角に設置してあるベッドから、見覚えのある巻き髪がはみ出しているのが分かった。
間違いなく、お目当ての人物のものである。

「ああ、頼む」

そして……この時点で既に、別の嫌な予感が杏子の胸の中には生まれていた。
今現在は、中学生は中学校に居るはずの時間であり、所謂『良い子ちゃん』な巴マミが寝坊しているなどということは、杏子としては考え辛い。
小間使いの見知らぬ女の子の態度から暗さを感じないのが唯一の救いだが、それでも沁み出してくる不安らしき影が、胸の中には確かに巣食っていて。

「マミさん? 起きてください。お客さんですよー?」

揺さぶられても全く起きる気配を見せない巴マミの様子を目の当たりにして、その予感はさらに強くなる。
段々と揺さぶる力を強くしてみるトーリだが……一向に、巴マミが目を覚ます気配は、無い。
ぺしぺしとマミの頬を軽く叩いてみたり、耳に息を吹き込んだりしている能天気なそいつは、まるで異変を感じていないらしいが。
そして……事は、起こる。

どすん、という鈍い音が、杏子の意識を現実へと引き戻したのだ。

「……あ、れ?」

落ちた『もの』は……巴マミ、だった。
ベッドから転げ落ちても身じろぎ一つ見せない巴マミの様子に、トーリも若干の違和感を嗅ぎ取り始めたらしい。

「入るぞ!」

答えは、聞いていない。
トーリが何か言葉を返したか、そんなことは完全に佐倉杏子の意識の外に出てしまっていた。
見えざる手に押されるように部屋の中に踏み込んだ佐倉杏子が最初に手を触れた、もの。

それは、貨幣のように冷たくて。
でも、佐倉杏子にとっては懐かしい、絶対に思い出したくない感触で。
その温度と対になるように、胃の中からは熱い何かが喉まで登って来てしまっていて。
先程まで口にしていたものが、腹の中に溜まらないガムで本当に良かった、なんて場違いなことを考えてしまって。

すぐには、現実を受け入れることが出来ずに居た。

「こいつ……死んでるじゃねーか……っ」

握られた巴マミの手の感触は。
かつての佐倉家の面々のそれと、同じだった……




一方、佐倉杏子と別れた暁美ほむらさんはと言うと……

「……ここ、ね」

無事に『目的地』へと辿り着いていたりする。
その場所に鹿目まどかが居るとも思わないが、情報を得るための通過点としては、充分に期待できるはずだ。
その施設とは、

――鴻上財団だ。これで満足かい?

鴻上財団の本拠地ビルだった。
先日の鎧男が口にした情報として有用そうなものが、それしか無かったためである。

だがしかし、その建物に足を踏み入れる前から、既にほむらはその場所の放つ異様な空気に呑まれていたりする。
具体的には、映像の合成用素材を撮るために使われそうなブルーシートや漂う焦げ臭さが、暁美ほむらに圧迫感を与えていたのだ。

そして、都合の良いことに……ちょうど、建物の入り口付近で二人の男が会話を交わしているのを、盗み聞きすることが出来た。
一人は20代前半程度の若い青年で、もう一人は30歳前後と思しきガタイの良い中年男である。
青年が言うには、昨日この建物は、メダルの怪人であるグリードによる襲撃を受けたのだという。
そのグリードたちは、失われた彼らのコアメダルが鴻上財団に隠されていると見込んで襲ってきたのだということらしい。

もっとも、グリード達は結局、何の収穫も得られずに帰って行ったのだが。

「……で実際、そのコアメダルってのは、財団にあるわけ?」
「俺は見たことがありません。でも、会長なら見つからない場所に隠しているか、出張先まで持って行っても不思議では無いですね」

実は鴻上財団本社ビルの地下には、大量のメダルが眠る隠し部屋があったりするのだが……そんなことは、この場の誰一人として知る由も無い。
若い男から電話の端末を受け取って誰かとの通話を始めた中年男の様子から少しだけ思考を外して、ほむらは今後の事を考えていた。

普通の強面の自営業の方々の施設に潜り込むならば、時間を止めてしまえば良いのだ。
しかし、この鴻上財団は明らかに普通ではない。
メダルという超常の物質を扱っているのも気になるが、それ以上に、鴻上財団の配下には時間停止を無効化出来る鎧男が居るのだ。
よって、この場で時間を止める行為は、むしろ敵にほむらの潜入を教えるようなものである。

だが……よくよく考えてみれば、時間停止によって実行できる諜報活動は、紙を用いた書類上のものに限られているのだ。
一応、データチップやUSBメモリの形になっているならば持ち出す意味はあるものの、PCの内部に隠されたデータを持ち出すことは基本的に不可能なのである。
従って、むしろ鎧男を直々に呼び出して、炎で適当に痛めつけて情報を得た方が早くて確実なのではないか?
そもそもあちらには暁美ほむらの面が割れているのだから、ほむらが隠密行動をする理由も限られるというものだ。

思い立って直後に円盾を具現化し、その中を移動する時の砂の流れを止めることによって、時間を静止させた。
そして……意外にも、目的の人物はほむらのすぐ近くに居たらしい。
何もかもが動きを止めた世界の中でそいつを見つけるのは、あまりにも簡単だった。
何も音を発しなくなった通話機の送信部を連続で叩いたり壁にぶつけてみたりという不審な行動を見せている中年の男の姿が、暁美ほむらの視界に入ったのだから。

盾から漆黒に輝く凶器を取り出し、ほむらは覚悟を決める。
奴から情報を聞き出すためには、とりあえず適当に痛めつける必要がある、と。
であるからして、暁美ほむらは狙撃用の銃を取り出し、中年男の脚部に狙いを定め、とりあえず移動を封じるための銃撃を試みた。

……のだが。

「のわっ!!?」

あと一歩の所で暁美ほむらの方に振り返ってしまった中年男は、ほむらを視認してしまったらしい。
これは殺気や直感という超絶スキルの賜物ではなく、静まり返っている停止時空の中では銃の安全装置を外す程度の音でも響いてしまうからだったりするのだが、それはさておき。

咄嗟に飛びのいた伊達明が見たものは……自身が立っていた場所に着弾する、物騒な金属片だった。
そして下手人の姿も、既に確認している。

「言ったよな、お嬢ちゃん? 火遊びは程ほどにしとけ、ってよ」

いくら伊達明といえど、こればかりは肝を冷やさざるを得ない。
前振れがあったとはいえ、人間の命を簡単に奪ってしまう凶器による発砲を受けたのだから、当然である。
どう考えても、女子中学生の悪戯として笑って済ませられるレベルは超えてしまっている。

未だ変身こそしていないものの、既にその腰にはバースドライバーを巻き終えて戦闘の準備を整えていた。
だがしかし、その直後にも伊達の予期しなかった光景が、目に飛び込んでくる。
小さな背中を見せながら……魔法少女は、逃亡という意外な行動をとり始めたのだ。
そして、彼女を追って町中を走りながら、世界に起こっている異変をようやく理解し始める。

音が、無いのだ。
人間の口から洩れる吐息も、風が吹き抜ける唸り声も、上空の飛行機のソニックブームも、野良猫の足音さえも。
伊達に通話機を用意してくれた青年もその動きを停止し、物騒な女子中学生と伊達以外に動いているものが存在しないのである。
この時空間の中ならば、軌道エレベーターを駆け上って宇宙まで行くことだって出来そうだ。
尚、その場合は体感時間で一か月以上かかるはずなのだが……気にしたら負けなのだろう。おそらく。

「どうなってんだ、こりゃぁ……」

そして、ひょこひょこと揺れる女の子の長い後ろ髪を追いながら、伊達は更なる違和感に気付いていた。
いくら女子中学生と成人男性の身体能力差があるとはいえ、見滝原という都市に土地勘の乏しい伊達を振り切れないのも奇妙な話だ、と。
というか、緩急を付けて走っているところを見ると、まだ全速力を出しては居ないのかもしれない。

伊達としては、この凍りついた世界に放置されることだけは何としても阻止しなければならないので、結局暁美ほむらを追うことに変わりは無いのだが……
それが罠だと確信したのは……伊達が彼女を追って足を踏み入れた草原の奥に待ち構えている、暁美ほむらの姿を確認した、その時だった。
そして、暁美ほむらに釣られて伊達が立ち止まると同時に、周囲の世界が再び喧騒に包まれる。
付近に人間が殆ど存在しない平原の真っ只中でもはっきりと分かるほどの、都市で生活する普通の人間の気配だった。

一瞬、周囲に待ち伏せをしている人間たちが居たのではないかという錯覚に陥った伊達だったが、辺りを見回してもそれらしい影は見当たらない。
おそらく、音の無い世界から解放された反動で、はるか遠くに生きる人々の生活音を拾ってしまったのだろう。
だがしかし、相手が罠を張っていたのだという予感は、やはり消えない。

「こんな素敵な場所に招待して、俺に何か用かよ? 聞きたいことは昨日全部聞いただろう?」

ここより素敵な場所は本当の地獄しかあるまい!
……とまで思っているわけではないものの、付近に散らばる空薬莢や焦げた土は、過去にもこの場所で戦闘があったことを匂わせている。
伊達は、知らない。
まさにこの場所が、暁美ほむらと『バース』が初めて相対した場所であることを。

「…………そうね。私たちにとってここは、『素敵な場所』かもしれないわね」

人と人との出会いは新たな何かが誕生する前触れでもあるッ!
……などとはこちらも思っていないのだが、この場所で起こったことを思えば、暁美ほむらも彼女らしくない皮肉の一つでも返してみたくなるというものだ。

その時の記憶は、忘れるはずもない
逃げ延びようとするほむらを、バースが追ってきて。
久方ぶりに、『死』を意識させられて、全ては起こったのだ。
心の底から燃えがるような昂ぶりと、それを具現化する新たな能力。
先日は縋りつくまどかの声によって冷めていた熱も、今は十分に溜まっている。

「何なんだ、一体? 俺がお前に何かしたってのか? 話してくれねえと、さっぱり伝わらんぞ!?」

何を白々しい事を、と暁美ほむらは思ってしまう。
昨日は魔法について聞かれても知らぬ存ぜぬと言い張ったくせに、今日は確りと時間停止を掻い潜っているじゃないの、と。
目の前の中年男が大法螺吹きであることは、もはや揺るがない確信となりつつあった。

「それなら、あの後彼女がどうなったのか、教えなさい。素直に言えば、今は退くわ」
「彼女って昨日のカナメちゃんの事か? 『どう』も何も、あれっきり会ってないが……」

まさか、疑うことも出来なかった。
伊達明という男の口から出た言葉が全て本音だったなどという事は、頭の片隅にほんの少しだけ残っているというレベルでしか無くて。
かつての真木清人博士が現在の伊達の持ち物の一つへと施した『とある仕掛け』によって、時間停止への抵抗力は生み出されているのだという事に気付くには、あまりに情報が不足し過ぎていた。
そして、伊達自身さえもその恩恵に気付いていないなどということは、夢にも思わなかったのだ。

「……どうして、貴方には私の魔法が効かないの?」

それでも、昨日と同じ問いを繰り返してしまったのは。
やっぱり心の何処かで、鹿目まどかの庇った人の事を信じたいと思って、しまったからだった。
だがしかし、ほむらの言う魔法というのが先程のヘンテコな空間だと理解した伊達でも、知らないものは答えられないのだ。

「心当たりが無い。ひょっとすると、体質の問題とかで効かないんじゃ……って、見るからに納得してねぇな」

時間停止などという常識外れの魔法を体質の一言で片づけられては、ほむらさんの立つ瀬が無いという物である。
ここは、デンライナーやキングストーンが存在する世界では無いのだから。

「貴方の言葉は、信用できない」

暁美ほむらは、思考をただ一つに絞るために、雑念を振り払う。
考えるべきは、この相手を死ぬよりも辛い目に遭わせて、鹿目まどかの行方を吐かせることだけだ。
古めかしい言い方をするならば、トサカに来ている、というヤツである。
別に、赤メダルを取り込んだことによってほむらさんが鳥頭になっているだとか、そんな話ではない。

「……仕方ねぇ。お尻100叩きぐらいで勘弁してやるぜ、お七ちゃん!」

そして……伊達も、こんなところで死ぬわけにはいかないのである。
職業柄、生命の奇跡というものに立ち会うこともある伊達は、だからこそ誰よりもその重みを知っている。
その中でも何より自分の命が大切だと言いきってしまえる伊達に……目の前の中学生に殺られるという選択肢など、あるはずも無かった。


「変身っ!」

伊達がメダルをベルトに投入して再度レバーを回した、次の瞬間。
燃え盛る炎の壁が……『仮面ライダーバース』の前に立ちはだかっていた。



・今回のNG大賞
時間停止によって国際電話を邪魔された伊達さん。
受話器で壁を連打してみたり、叩きつけてみたりするものの、機械はウンともスンとも言わない。

「ありゃ、電話切れちまったか?」
「それよりも、時間が戻った時に電話相手の鼓膜が大変なことになるわよ……?」

まぁ、あの会長なら平気だろう。多分。


・公開プロットシリーズNo.58
→なんだか最近、敏鬼先生が夢枕に立ってるような気がするんだ……



[29586] 第五十九話:伊達姿鎧男
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/16 00:20
「……というわけなんです」
「お前……なんていうか、使えない奴だな……」

流石にその反応は酷いです、としか言い返せなかった。
昨日のヒポグリフ戦についてトーリが見た情報を杏子に伝えた結果が、それだったのである。
とは言っても、公園とクスクシエの間を往復していたため、移動時間中に見逃したシーンの方が重要だったりするのだが。
見逃した内容を具体的に言えば、眼帯の魔法少女がマミのソウルジェムを持ち去ったことや、オーズがプトティラのコンボを使ったことなどである。
オーズ関連の知識も洗いざらい話してしまった辺り、何気なく口が軽いヤミーではあるものの、睨みを利かせる杏子に怯えてあっさりと吐いてしまったのだ。
このヤミーは嘘を吐くことも多いが、何を差し置いても自分の身が可愛いという正直さだけはウヴァさんから受け継いでいるのである。

尚、マミと一緒にベッドに寝かされている美樹さやかの脈拍と呼吸は、一応杏子が確認してみたということを補足しておこう。
何やら魘されているようだが、命に別状は無さそうなので寝かせておこう、とトーリは思っている。

「よし、そういうわけだから……」

杏子もおそらく同じことを思っているのだろう。
さやかが寝かされているベッドにゆっくりと手をかけ、

「よいせーっ!!」
「何してるんですか!?」

引っくり返した。
二人が同じことを考えていると思ったのは、全面的にトーリの気のせいだったらしい。
宙に放り出されたマミとさやかの姿を見て、トーリが咄嗟にマミの方を受け止めてしまったのは……きっと、人望の問題である。
杏子によって一通りの処置が施されているために、その死体が大した硬さを持っていないのが唯一の救いだった。

「ぐえっ!!?」

一方のさやかは、潰れたカエルのような声をあげながら、クスクシエの木製の床へと真っ逆さまに落下した。
屋根裏部屋の床にさやかの身体全体を打ち付けることによって意識の覚醒を促したのは色々と流石だったが、もう少し他に方法は無かったのだろうか。

「何してるも何も、お前の情報が役に立たないからコイツに聞くしかないんだろうがよ」
「う、ううん……?」
「ワタシのせい!? さやかさん! 大丈夫ですか!?」

この時、まだ意識のはっきりとしない美樹さやかは、トーリの掛け声が物凄く胸に沁みた……らしい。
ひょっとすると、色々と悲惨な目に遭っている平行世界の美樹さやか達が、他人からの優しさに飢えていたからかもしれない。
その相手がクロス作品のオリ主様でしかも怪人という特大地雷女な辺り、色々と救われないのかもしれないが。

「ここは……」
「クスクシエですよ」

頭がぼんやりしているらしく、焦点の合っていない目で二人を見つめる美樹さやか。
トーリの見た限りではさやかは戦闘後に一度も目を覚ましていないはずなので、頭が混乱しているのはそのせいだろう。

「寝坊助。ガムでも食うかい?」
「ん。ありがと」

寝癖の付いた頭をさすりながら、さやかは差し出された固形物を素直に受け取る。
ハッカはそんなに好きじゃないから良いんだよ、なんて呟いているその人物が誰だか把握できていないらしい。
鼻を通り抜けるような香りが、少しずつ意識の覚醒を促してくれた。

「……っ! そうだっ! マミさんは……!」

ようやく頭が回り始めたらしいさやかが、目の前のトーリへと唐突に問いかけた。
おそらく、自身の記憶が途切れた辺りまでの情報を思い出したのだろう。

「マミさんなら、居るには居るんですけど、何と言ったら良いのやら……」

直後、歯切れの悪いトーリの言葉を聞いて、部屋の中を見回したさやかは……すぐに、見つけた。
育ちが良さそうな巻き髪、それ以上に育っている羨ましい胸部……そして、眠ったように死んでいる、表情の無い顔。

「あ、ああ……っ」

急激に、頭に血が駆け上る。
……目の前の先輩は、死んだように眠っているんじゃなくて、眠ったように死んでいるんだ。
そのことが、受け入れ難い事実としてさやかの頭を駆け巡る。
赤毛の魔法少女を助けて、幻獣に挑んで、一度は勝利を確信して。
……なのに。

いっそ、昨日の戦いが全部、夢だったら良かったんだ。
マミさんがソウルジェムを奪われたのも、魔法少女が死体なのも、眼帯の魔法少女に手も足も出せなかったのも、みんな、全部。

「お、おい! しっかりしろっ!」
「う、ああああああっ!!」

だから、この赤毛の魔法少女が居るのも、おかしいんだ。
……こいつが居るのは、絶対におかしいっ!

支離滅裂な思考と共に、型も何もない拳を、突き出してしまう。
悪夢の住人を葬り去るという錯乱と現実逃避を抑えることさえ、出来ずに。

「何しやがるボケっ!」

さやかがやっと覚醒した目で見たものは、綺麗にクロスカウンターを合わせている目つきの悪い女の子の姿で。
脳を揺さぶられる感覚と共に、頭に登った血が、一気に下ったように思えた。
ただ一つ問題があるとすれば、

「あたしってホント、こんなのばっか……」

カウンターの威力が強すぎて、さやかの意識が再びブラックアウトしたことぐらいだろうか……

「杏子さん!? 貴女、一体ここに何をしに来たんですか!?」
「う、うるせーっ! 手が出ちまったモンは仕方ねーだろ!?」

女が三人集まると書いて姦しいと読む、らしい。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十九話:伊達姿鎧男



特大の炎弾が敵へと直進し、爆炎と共に敵の姿を覆い隠す。
だが、敵の姿こそ一瞬だけ見失ってしまったものの、そこに油断を挟む暁美ほむらではない。
何処かのホントバカな彼女ならば『やったか!?』の一言でも挟みそうな状況だが、こと戦闘中のほむらさんには、基本的にギャグ補正は働かないのである。
案の定、

「よっ!」

巨大化した左腕を振り回すバースの姿が、散らされた爆炎の中から現れた。
着弾音に掻き消された電子音声は、きちんと告げていたのだ。

『ショベル アーム』

バースの装備の中で数少ない、防御の用途にも使用可能な左腕の顕現を。
巨大なスパナを思わせる、先が二つに分かれた頑丈なその爪は、バースの数多のユニットの中でも最大の出力を誇っているのだ。

「……っ!」

ほむらが小出しに炎弾を打ち出してみるも、バースは左手を盾にして全速力で迫る。
自らのショベルの重さと正面から当たる炎弾の威力によって速度を削がれているとはいえ、その体当たりを喰らってはまずいことなど、考えずとも分かることだった。
とっさに横っ飛びに直線状から外れて事なきを得たものの、相手の純粋な攻防力にはうすら寒いものを感じてしまう。

……だからこそ、暁美ほむらは相手を決して侮ったりしない。
そのとき、伊達明は確かに、視認した。
距離をとりながら暁美ほむらが……両耳を、覆う姿を。
そして次の瞬間には、自身の両足が地面から離れてしまったことも。

ほむらが居た場所に置いていった爆弾が、時間差を以て起爆したのだ。
一瞬、バースの集音機関が防御機構を働かせ、スーツに入ってくる音が消える。
伊達が自身の滞空状態を把握できたのは、ディスプレイ内に備えられていた高度の項目であった。
カッターウィングの存在意義を知らない伊達には、そもそもその表示が何のために用意されているのか全く分からないが。

そして、当然のごとく空中姿勢を整えられず、バースは汚い縦回転を維持したまま宙を舞っている。
更に、地上では非常に好ましくないことが、起こっていた。
バースの落下地点の付近まで回り込んだ暁美ほむらが、左腕の盾に力を貯めて何かの行動を起こそうとしているのだ。
その内容は伊達には『何か』としか分からないが、周囲の空気が歪むほどの熱を漏らしているその円盾は、伊達に本能的な危険を喚起していた。

ほむらとしては、これだけ貯めた炎を一度に喰らわせれば、相手が死んでしまうかもしれないという思考は、存在する。
もちろん、相手を尋問して鹿目まどかの行方を聞き出すという目的はあるのだが……
現時点で、この鎧男の仲間に鹿目まどかを人質として使わせないために、こいつを戦力と孤立させることにはすでに成功している。
加えて、最悪でも自分の命があればまたやり直せるという発想が存在するのもまた、事実なわけで。
自分や鹿目まどかに悪さを働いた目の前の鎧男に対する同情など、ほむらの頭には一欠けらも残されていなかった。


まずい。

「このままだと、一億稼ぐ前に葬式代がかかっちまうなぁ……」

いや、それはまだ良い方だ。
最悪、灰も残らずに焼き消されて、死んだことを誰にも気付いて貰えないかもしれない。

正直に言って、伊達はこの戦闘に関しては全く乗り気では無かった。
最初にショベルアームを選択したのも、ほむらの左腕ごと盾を掴み、そのまま絞め技に持ち込んで征するという目算を持っていたからであったのだ。
だがしかし、相手はそんな甘い考えの通じる相手では無かったらしい。

ショベルアームの重量を利用して何とか身体の回転を抑えつつ、ようやく伊達は身体が上昇を終えているのを感じ取っていた。
相手を傷つけずに征するのは無理だ、と判断しながら。

「仕様がねぇ!」
『ブレスト キャノン』

速やかに取り出したセルメダルを一枚だけ使用し、胸部へと現れた物は、巨大な砲台。
そして、それを過去に見たことがある暁美ほむらは、今更そんなものを見せつけられても怯むことなど有り得ない。
そこに連続でメダルを投入することで出力を増強することも出来るのだが、今回はそんな時間は無さそうである。
従って、伊達のとるべき行動は、

「即断あるのみ、だ!」

抜き射ち以外に有り得なかった。

そして吐き出される、一閃。
威力よりも早さを求めて描かれる、一本の直線軌道。
それが、暁美ほむらに襲い掛かった光帯の性質だった。

もしも暁美ほむらがその武器を初見だったなら、喰らってしまっていたに違いない。
というか実際に、時間停止という心の隙があったとはいえ、真木博士にそれを見せられた時には肩口に良い一撃を貰ってしまっているのだ。
咄嗟に飛び退いたほむらには、その砲撃は命中しなかったが。

だがしかし、バースの着地地点を予想して待ち構えていた暁美ほむらにとって、砲撃の反動を受けたバースと後退した自身の距離は、詰めるのが困難なものとなってしまっていた。
みすみす着地を許してしまった相手の姿に歯噛みしながらも、ほむらは次の一手を打ち続ける。
咄嗟に愛用のマシンガンを取り出し、炎の力を温存したままの攻撃を試みるが、

『ドリル アーム』

案の定、牽制程度の意味しか発揮されず、装甲に火花を散らせながらバースは突撃を敢行して来る。
その右腕に出現した獲物は攻撃専門らしく、銃弾の防御に使おうという発想は無いらしい。
そして、それはほむらの思うツボでもあった。
炎弾も遠距離攻撃である以上、距離による威力の減退が無いわけではない。
従って、近距離から強大な炎弾を打ち込むことによって敵を確実に消し去るという戦法は、充分に有り得るものだ。

直線的に刺突攻撃として繰り出されるであろうドリルの軌道を予測し、それに合わせて左腕からの劫火で一気に勝負を決めれば良い。
そんなほむらの思考を知ってか知らずか、鎧男は腕を構えて、不揺の直進を見せている。

鎧男と自身の距離が詰まりつつある、そんな時。
ほむら選んだ手段は……自分から前に走り出して敵の攻撃のタイミングを外し、さらに早い一撃をぶち込むことだった。
足に力を込め、ほむらが前進しはじめたのと……それは同時だった。

「とうっ!」
「!?」

走り込んでいたバースが、上方に向かって跳び上がったのは。
ご丁寧に空中で前方向に一回転まで行って、突き出されたほむらの一撃を綺麗にかわし切っていたのだ。
渾身の一撃を外し、前のめりに転びそうになってしまったほむらは、驚愕に染まる思考を何とか再起動しようと必死に自身を急かしていた。
自身の背後に着地したバースがその右腕を振りぬけば、ほむらはあっという間にミンチになってしまうのだから。
ハチの巣になったキュゥべえという気味の悪い図が、ほむらの脳裏を過る。
暁美ほむらは、まだ死ぬわけにはいかないのだ。

円盾を身体の前面に翳したまま振り返るという防御の選択肢を取ったほむらは、決死の覚悟でその小さな身体を反転させる。
その瞳に映ったものは……

「何処に……?」

誰でも、無かった。
先程までほむらと戦っていた鎧男の姿は何所にも見当たらず、ほむらの身が貫かれるというスプラッタなイベントも起こっていない。
奇襲を恐れたほむらが周囲に注意を回し続けるものの、やはりその一帯には何物の姿も見られない。

訳が、分からない。
だが、何が起こっても不思議では無い、と暁美ほむらは思う。
あのベルトにメダルを入れて使っていたのだからメダル絡みの技術なのだろうが、あれはどう考えても魔法に匹敵するオーバーテクノロジーの結晶である。
ならば、光学迷彩やそんなチャチなもんじゃない何かを搭載していることだって十分にあり得る。

身を低く構えて周囲を見回し続けるほむらが敵の逃亡を確信したのは……それから数分の後のことであった。
暁美ほむらには、分からない。
あの鎧男の意図が、全く読めないのだ。
初めて出会った時は、『俺は一回撃たれたら負けを認めるぞォッ!』なノリで。
二回目は、まどかに手をかけようとしていて、なのにその鹿目まどかに庇われて。
そして今は、ほむらが完全に相手を見失っているというのに、狙撃もせずに帰って行った。

暁美ほむらは、困惑するばかりである……


ほむらは、気付かなかった。
バースの砲撃によって地面に空けられた穴が、少しだけ大きくなっていたことに。
そして、その奥に繋がる道が掘られていたことにも。
常識的に『ドリル』という装備の用途を考えれば、思いついても不思議では無い。
ただ、バースがドリルを取り出した理由が攻撃のためだという思考の固着が、発想の自由度を下げてしまったのだ。

削岩を目的とするその工具を使って地中を突き進むバースを、結局暁美ほむらは見逃してしまったのだった……



「まったく、中坊との喧嘩なんて仕事、受けた覚えは無いんだが……」

その呟きに応えるものは……誰も、居ない。

・今回のNG大賞

「寝坊助。ガムでも食うかい?」
「味の無いガムを噛んでる、みたいな……」

寝起きに唾液の出辛い人間が起き掛けにガムを口にすると、全くガムが柔らかくならない。
そのため、原作終盤の火野映司の状況を追体験できるのだ……という作者の失敗談を追記しておこう。

・公開プロットシリーズNo.59
→もし自分の死が目前に迫ったら、伊達さんは中学生相手でも本気で戦うだろうけれども……



[29586] 第六十話:EGO 〜eyes glazing over――勝手なヒト
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/19 23:02
「……というわけよ」
「なるほどな。そっちの奴よりは遥かに役に立つじゃねーか」

落ち着かせたさやかから引き出した情報を纏めた杏子が言い放った一言に、トーリはぐうの音も出なかった。
一応、トーリはメダルやオーズの説明も行ったはずなのから、情報量としてはトーリから聞き出したものの方が多かったはずなのだが……
おそらく、巴マミに関する情報の方が、杏子にとって重要だったのだろう。
そう、トーリは感じ取った。
……別に、自分が嫌われていたり怪しまれたりしている訳では、無い筈だ。

「ソウルジェムにそんな秘密があったんですか……」
「まぁ、納得と言えば納得だけど……」

そして、さやかにはこの二人の反応が若干不思議に思えた。
自身こそその情報を信じているものの、それは巴マミがソウルジェムを奪われる瞬間を目撃したからである。
対して、それを初めて聞くはずのトーリと杏子がそれをすぐに納得してしまうのも、奇妙な話なのだ。
この世界にはまだ、『なんだって!? それは本当かい?』で全てを済ませられる程、ライダーによる浸食は進んでいないはずである。

「あんた達、あたしが言うのもなんだけど、どうしてこんな話をあっさり受け入れられるのよ……?」
「マミの奴がやられてるぐらいだから、それぐらいの反則技が使われてた方が、むしろしっくり来るだろ」

佐倉杏子の知る巴マミという魔法少女は、間違いなく現役最強を誇っていた。
近接戦という限られた分野でこそ自信を持っている杏子だが、やはり総合的な戦闘能力では巴マミには一目置いていたのだ。
その巴マミがやられたのならば、ソウルジェム強奪という一撃必殺技の存在は、あっても不思議では無い。

……まぁ、あたしもそっちの使えない奴が納得してる理由は気になるけどな。
そう付け加えて来る辺り、完璧に納得しているという訳でも無いようだが。

「ワタシは、以前から聞いてたんです。契約すると魂が変質して、肉体は入れ物に過ぎなくなる、って」

……美樹さやかの時間が止まった、ような。
心なしか、瞳のバックライトが消えたというか、焦点がズレたというか。
そんな錯覚を感じて傾げようとしたトーリの首が、

「何でっ!!」
「ぐえっ!?」

次の瞬間には人間を超えた握力で掴まれ、そのまま床になぎ倒される。
クスクシエの木造の床が激しく軋み、その振動に思わず杏子は足を踏み直してしまう。
一方、背中を強かに打ち付けられたトーリは、その身体に収納してある羽の防御能力に少しだけ感謝しながら、状況の把握に努める。

「どうしてそんな大事なこと、黙ってたのよ!!」

トーリの首を掴んで押し倒したさやかが発した第一声が、それだった。
本音を言ってしまえば、トーリにとってそれが大した問題では無かったからである。
巴マミを揺さぶるためにそれを仄めかしてみた事はあるが、魔法少女が人間かどうかなど、トーリにとってあまり重要では無いのだ。
ただ、それが魔法少女たちにとって宜しくない意味を持つという事は重々承知である。

「マミさんから聞かなかったんですか? よくマミさんは、自分が化物だったら、って話をしていたじゃないですか」

もっとも、トーリはその言葉の意味をヤミー的に捉えていたため、マミの本心を理解したのはつい先程の話だったりするのだが。
だがしかし、まさか思ってもみなかった。
トーリにさえ回されている情報に、戦力的には遥かに頼られている筈のさやかがノータッチであったことなど。

「えっ……」

……何、それ。
さやかは、聞かされたことが無い。
魔法少女の正体も、化け物に関するくだりも。
巴マミの方に視線を向けてみるも、その寝顔はやはり何も語ってはくれない。

彼女の身体は冷たく、動くことなど有り得ない。
そのはずなのに、そのヒトが少しだけ遠くなったように、思えたのだった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十話:EGO 〜eyes glazing over――勝手なヒト



ロストを慎重に吸収しながら、アンクが河川の流れを眺めていた……その時だった。

「どういうことだ……」

どんぶらこ、どんぶらこと流れてくる『仮面ライダー』の姿が視界に入ったのは。
鹿目まどかの目がおかしくなったのかと思って右手で擦ってみるものの、やはり現実は変わらない。
別に、平成ライダーの世界においてはさして珍しい光景でも無いのだが、やはり奇妙な絵面には違いないのだ。
そして、当人は別に気絶しているということも無いらしく、しかも視線を送るアンクの様子に気づいた模様だった。
こちらに手を振って、水を掻き分けながら岸まで泳いで、近寄って来る。

「よっと!」

ざばっ、という如何にもありがちな音を立てながら河から上がってくる、バース。
その身に奇異のものを見る眼差しが向けられていることは、把握しているのだろう。

「いやぁ、地面の中を掘り進んでたら、川底に出ちまってよ」
「知るか」

右腕のドリルを胸の高さまで持ち上げて見せながら、聞かれても居ない話を始める伊達明。
確かに、河川の底という物は当然周囲の地表より低い場所にあるのだから、地中を移動していればそこに突き当たってしまうという説明は、尤もらしい。
だが、それ以上の突っ込みどころとして、何が悲しくて地中を探検せねばならないのか。
正直、アンクにとってはどうでも良いことだが。

「お嬢ちゃん、たしか『カナメ』ちゃんだっけ? 何か雰囲気変わったか?」

変身を解除しながら、伊達は女の子の昨日の発言を思い出して名前を読んでみた。
確かカナメ銀行とか言ってたはずだから、それが本名なのだろう、と当たりを付けて。
ちなみに、河を流れている最中に変身を解かなかったのは、服を濡らしたくなかったからである。

「うるさい。人違いだ」

合体憑依的な意味で中の人が違うのだが、この世界の人間には外見的な差異は殆ど分からない。
もっとも、アンクは正直に言ってあまりコイツとは関わりたくないので、白を切る方針を貫くつもりである。

そして、その言葉を聞いた伊達は、少女の姿をもう一度よく見て、確認していた。
もちろん、そこには性的な意味など一切無かったということを補足しておこう。
男物の上着を羽織っているその端からは、見滝原中学のものと思しき制服の一片が見えている。
目つきが少しだけ悪く見えるものの、顔だちも身長も、昨日の少女と一致している。
極めつけは……左手に巻かれた、包帯だった。
その包帯の存在を覚えていたのは、伊達の職業病とも言うべき性質なのだが……それはともかく、見間違える筈も無かった。

間違いなく昨日に会った少女本人だと、伊達は確信していた。
上半身裸で寝ている若い男が近くに居るのも、気になる。
鹿目まどかが上半身に来ている服は、おそらく青年のものなのだろう。

「最近の女の子ってのは色々な顔を持ってるもんだなぁ……オジサン、びっくりだ」
「違うって言ってんだろうが」

アンクとしては、下手なことを口にして伊達に興味を持たれたくは無い。
伊達が鴻上財団に雇われている身ならば、尚更である。
せっかく手に入れたメダルを、4割も取られて堪るものか。

「ああ、そうだ。昨日のお七ちゃんの事なんだけどよ」

どうやら、伊達は完璧にアンクの事を鹿目まどかだと思い込んでいるらしい。
それだけならば知らぬ存ぜぬを突き通せば良いのだが、伊達がアンクの興味を引く話を始めたのだから、性質が悪い。
暁美ほむらといえば、アンクのクジャクメダルを無断で使っている腹立たしい存在なのだから、その情報は欲しいに決まっている。

「カナメちゃんのこと、探してるみたいでさ。何か、俺がさらったと思ってるみたいなんだよね、これが。あとさ……」

そして、ほむらに関する話題に興味を隠せていないまどかの様子を、伊達は何となく察していた。
伊達としては、エノコログサに興味の無い振りをしている子猫を釣り上げているような気分である。

「もしかしてお七ちゃんって、『バース』を見た事あるんじゃねぇか? 何か、聞いてない?」

伊達は……先ほどの戦いの中で、小さな違和感を抱いていたのだ。
それが芽生えたのは、ブレストキャノンと呼ばれる武装を使った時である。
全くチャージを伴わずに抜き打ちで放たれたそれを、ほむらは驚く間も無く回避したのだ。
単に反射神経に優れているのかもしれないが、伊達にはその動きが、ブレストキャノンを『見たことがある』者のそれに思えたのである。

「知っていても不思議じゃないが、聞かされても居ない。これで満足か?」

白を切ることを諦め始めたアンク。
だがしかし、伊達から出てきた情報は、さして有用なものにも思えない。

「とにかく、お七ちゃんに早めに会ってやって、俺がバースになったのは昨日が初めてだって伝えてくれ! 俺から言っても信じてくれそうにないんで、ヨロシク!」

俺に命令すんな、とアンクがぼやく間も待たずに、伊達は颯爽と去ってしまう。
後に残されたのは、女の子の身体を借りた鳥類の王と、未だに意識を戻さないホームレスのみ。

「何にしても、早く『コイツ』を取り込まないとなァ……」

一応隠れているとはいえ、今の状態で他のグリードや魔女に見つかれば、あっという間にお陀仏である。
今回は発見者が伊達であっただけまだ運が良い方だが、最悪の事態というものは常に想定しておかなければならない。
アンクの静かな戦いは……もうしばらく、続きそうだった。



そして、昨日に鴻上財団本社を襲撃したと噂のカザリとメズールはと言えば……

「何も、起こらないわね……」
「見当違いだったのかなぁ……」

人間を装った形態で、鴻上財団本社付近で時間を潰していたりする。
何故そのようなことになったのかと言えば、カザリが真木博士から気になる情報を得たからである。
真木博士が、財団にあったクジャクのメダルを実験に使ったという何気ない一言を漏らしたのだが、それはカザリに期待を持たせるのには十分すぎたのだ。
すなわち、黄色や青色のメダルも鴻上財団にあるのではないかと疑い、メズールを誘って財団を強襲したのである。
カザリの視点では、現在の手元の黄色コアは7枚で、オーズの手持ちに1枚という状態なのだから、行方不明の1枚を探すのは至極当然の発想と言えた。

……ところが、建物の中を調べても、半殺しにした隊員の記憶を覗いてみても、一向にコアメダルの情報は出てこなかったのだ。
これには流石のカザリも、勘違いだったかという気配を嗅ぎ取り始めていた。
だがそれでも、たまたまカザリが会った隊員が知らされて居なかったのかもしれない。
そこに一縷の望みをかけて、襲撃を受けた後に運び出される物資の中にコアメダルが含まれていることを期待して、張り込みを行っているというわけだ。

しかし、これも芳しくない。
財団の配下が現場検証やら情報交換やらを行っているものの、コアメダルがやり取りされている様子は無いのだ。
奇妙な出来事といえば、やたらとガタイの良い中年男が電話を借りに行ったことぐらいで、期待は持てそうに無かった。

……ヒマだ。
暇なのである。
カザリが何回身体を伸ばしたのか、メズールは最早覚えていない。
人間ならばガムでも噛んで気を紛らわしただろうが、味覚の無いグリードにはそんな真似は出来なかった。
そんな、時だった。

「……あれは」

カザリの視界に、予期せぬ人物が飛び込んで来たのは。
カザリが覗いた隊員の記憶の中に顔のあった、未確認生命体B1号である。
すなわち、暁美ほむら、その人だ。
瞬く間に姿を消してしまった少女の様子を窺いながら、カザリは撤退を考え始めていた。
真木博士から聞いた時から強力だとは感じていたが、改めてその危険性を確認させられたのだ。

「メズール。やっぱりここに居るのはマズいかもしれない」
「今消えた子ってやっぱり……例の、時間を止められる魔法少女よねぇ。確かにアレは危険ね」

時間停止。
それが、真木博士から聞き出した、暁美ほむらの能力の正体だ。
あの能力を使われたのでは、グリードが完全態であっても勝機は薄いだろう。
そして当然、それに対する抵抗力を得る方法も聞き出しては居たが……策を実践するためには、まだステップが足りない。

「大丈夫。いわゆる秘密兵器ってヤツを用意してるから、明日には行動を起こせるよ」
「……それは、最近貴方が足を運んでいた『ねかふぇ』っていう場所と何か関係があるのかしら?」

……カザリさんも微妙に迷走している感が、無いわけではないのかもしれない。
それはともかくとして、暁美ほむらが足を運ぶ可能性のある鴻上財団の付近は、居るだけで危険が伴うのは間違いない。

「じゃぁ、私は昨日作ったヤミーを回収しに行くわ」
「そういえば、作ってたね。何のヤミーだっけ?」

実はメズールとカザリは、鴻上財団を襲撃する際、オーズを釣るための囮としてヤミーを一体放っていたのだ。
確か、何処かの剣道場の近くの女子トイレだったはずである。
人間の雄体を模っているカザリは常識的に考えてその場所に侵入できなかったのだが、メズールがそこで親に相応しい人材を見つけたということらしい。
ウヴァさんぐらいのカリスマがあれば、女子トイレに侵入してもきっと許されるのだろうが。

「ウヴァのコアを使って作った『カブトムシ』よ」

そして、他人のコアの取り込みは順調らしい。
カザリとメズールで一枚ずつの昆虫系コアを取り込むという提案を、カザリは過去に行っていたのだ。
メズールだけにやらせると不信感を抱かれそうだったために自分もその計画に含めたのである。
もっとも、そう言いながら実際にはメズールの様子を見るまで緑コアを取り込まなかった辺りが、カザリさんらしいところなのだろう。

流石カザリ、汚い。
この世界の猫っぽい生物は、絶対に信用してはいけないのだ。

「貴方はどうするの?」
「とりあえず、蝙蝠のヤミーの様子でも見てこようかな」

例の、魔法少女騙りを継続中の彼女である。
巴マミが休憩中なせいで、さやかと杏子への突っ込み役をひとえに引き受けている、流されやすいヤミーの事だ。
今回は手土産のコアメダルは無いが、彼女がどれだけ能力を向上させているのか、非常に気になるところである。
真木博士と手を結んでいることになっているものの、慎重派のカザリとしては、暴走の危機が薄いトーリが一番の注目株と言っても過言ではない。

……もちろん、カザリさんがこの先に訪れる予定の夢見公園が廃墟となっていることは、説明するまでも無かった。




そんなカザリとメズールは、気付く筈も無かった。

「めずうる、どこ……?」

彼らが不在の間に、アジトを訪れていた灰色のグリードの存在に……。


・今回のNG大賞
「ところで、あの暁美ほむらって子、猫耳が似合いそうだと思わない?」
「カザリ……貴方は人間に近付きすぎたようね……」

こんなカザリ君には、早く良き終わりが訪れんことを……

・公開プロットシリーズNo.60
→カザリが暗躍すればするほど、あっさり消える気しかしないのは何故だろう……



[29586] 第六十一話:困った時に他人に頼れる奴は手強い
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/22 22:16
付き合ってらんねぇ。
そう、口に出しそうになった。
取り乱した頭の悪そうな魔法少女が、弱そうな奴に掴みかかった時、すぐさま思ったことがそれだったのだ。
でも、それを口に出さなかったのは……

「……こりゃぁ、アンタの人徳ってヤツなのかい」

巴マミの物言わぬ亡骸が、杏子の歩みを鈍くさせたからだった。
そんなことは有り得ないのに、足元にマミのリボンが絡まってしまったような気がして。
杏子の呟きは、弱そうな方にしか届いていなかったらしい。
呆然としたまま馬乗りの態勢を維持しているヤツの耳にはおそらく入っていないだろう。
ただ、弱そうな方も反応に困っているようだが。

「おい、お前……確かさやかって言ったっけ」
「……何、よ」

目に入るものを全て恨み始めそうな目だ。
それに怯える事こそ無いものの、杏子とて居心地の悪さを感じないほどの無神経でも無いつもりである。

「『何よ』じゃねーよ。タコ。そんな暇があったら、とっととマミの奴のソウルジェムを奪い返しに行きゃー良いだろうが」

こいつは使えるかと思っていたが、前言を撤回した方が良さそうだ。
むしろ、弱そうな後輩の方が、精神面では遥かに強そうである。
ひょっとすると、巴マミはこの二人の精神的な強さを的確に評価したうえで、片方にだけ魔法少女の真実を伝えようとしていたのかもしれない。

……まったく、大した先輩様だよ。

真実は全く逆なのだが……それを為せるのが、巴マミのカリスマというヤツなのだろう。多分。

「……行かない」
「えっ……?」
「あぁ?」

そんなふうに巴マミの人物評を高めていた、矢先だった。
そのマミの弟子が、思いもよらぬ返答を口にしたのは。
思わず拳を握りしめてしまった杏子だが……その力は、瞬き一つの内に解かれる。
偉そうに説教をするような柄では無い、と思ってしまったからだ。

「何だ? 一回負けたぐらいで怖気づいちまったのか?」

安い挑発だ、と言っている本人さえ思うほどの、使い古された常套句だった。
案の定さやかの様子には、特に腹を立てている気配が感じられない。

「そんな大事な事隠されてて、危険なヤツが待ってるって分かってて、それでもマミさんのこと助けようなんて、思えない! 思えるわけないよっ!!」
「……そうかい。そっちのアンタはどうする?」

さやかの絞り出すような声に、一瞬だけ顔を顰めた様子の杏子だったが、唐突に話し相手を切り替えた。
さやかから、トーリへと。
そして、突然話題を振られたトーリは若干視線を泳がせながら、今後の身の振り方について考えてみた。

巴マミを見捨てた時のメリットは、トーリがグリード側に戻った時に、人間勢の戦力が減っていることである。
これは、巴マミがベテランの魔法少女であることを鑑みれば、かなり大きい。
逆に、デメリットは……魔法少女が減ると、トーリが得られるセルメダルが少なくなることだろうか。
折角アンクが不在なのだから、間違いなく稼ぎ時は継続中である。

……つまり、巴マミの救出に失敗したとしても、他の誰かの戦闘に同伴するだけで丸儲けではないのか。
聞くところによると相手は魔法少女らしいので、ロストと戦った時の消費分を少しでも補うために、セルメダルだけでも貰っておくのは損では無い。
さやかが行かないと言い出したときにはどうなるかと思ったが、この場にはもう一人魔法少女が居るではないか。
もちろん、もし救出を主な目的とする場合ならば、現在行方不明の火野映司を連れて行きたいというのがこのヤミーの本音なのだろうが。

「貴女も一緒なら……行きたいです」

その言葉が少しだけ意外だったのか、瞬きを見せる杏子。

「……全く、アンタもアンタで情けねー奴だな」

何故、だろう。
面倒事を持ちかけられている筈なのに、何となく、佐倉杏子が『嬉しそう』だと感じるのは。
トーリも大分人間に染まっているような自覚はあるのだが、時々今回のように人間の思考が分からなくなることも、あるのだ。
巴マミが化物という言葉を使っていた意味を理解していなかったのと、同じように。

出来ればさやかさんも一緒が良いですけれど、と付け足すトーリの言葉に応える声は、何処からも発せられず。
結局、トーリを引き連れた杏子は、クスクシエを後にしたのだった。
物言えぬ巴マミと、物言わぬ美樹さやかを、残して……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十一話:困った時に他人に頼れる奴は手強い



佐倉杏子は、正直に言って巴マミの救出にはあまり積極的に動こうと思えずに居たはずだった。
自身が恐るべき幻獣を巴マミに押し付けたとはいえ、直接の原因は眼帯の魔法少女にあるのだ。
過去に巴マミの世話になったこともあるものの、マミの弟子がどちらも救助に向かわなかったら、きっと杏子も動かなかっただろう。
そう、杏子は自身の思考を鑑みる。

「へー。空の旅ってのも良いもんだなー」

風を切る感覚が、何処か心地良い。
トーリに関しては戦闘能力に乏しい魔法少女だと聞いたが、飛行という特異な能力を持っているなら、それも納得かもしれない。
意外な精神力を見せてくれた後輩にぶら下がって、街を俯瞰しながらの感想が、それだった。

「喜んでくれて嬉しいです」

コイツは一見弱くて使えない魔法少女だが……佐倉杏子は、少しだけその評価情報に修正を加えていた。
どうするかと問いかけた時、杏子の期待した返事はYESかNOの二択だけのはずだったのだ。
そして、そいつらがマミの救出を決断した後の杏子自身の身の振り方は、無意識のうちに思考から外していたのである。
ところが、一緒に行きたいと率先して言い出したトーリの言葉を聞いて、杏子はその内に秘めていた思考を自覚するに至っていた。
やっぱり杏子はマミの救出に行きたかったのだ、と。

「それで、最初は何処に行きましょうか?」
「とりあえず、昨日の公園だな。犯人は現場に戻るって言うし」

杏子としては何となく気恥ずかしい気がするので、絶対に口には出さないが。
トーリ一人を向かわせる選択肢も取れないことは無かったが、あの美樹さやかに簡単に組み伏せられてしまうトーリの戦闘能力が不足しているのは、明らかである。
口に出さずともそれが行動の理由になってしまう辺り、やはり杏子も人情というモノを捨て切れては居ないようだ。

「それにしてもアンタ、随分あっさりしてるじゃん? あのさやかって奴の尻を叩いてやったりしないのかよ?」

それに、巴マミが死んだと知った時も、よく考えればコイツはそこまで取り乱しては居なかったような気がする。
もちろん反応は取っていた気がするが、あの美樹さやかの様子と比べれば、違和感も際立つというものだ。
その質問は、ひょっとすると、巴マミの死を目にして尚思考が茹ってしまわない自分自身への不安の、発露だったのかもしれない。
魔法は自分のためにしか使わないと豪語する杏子でも、恩師の死を見せつけられたらもう少し動揺しても良さそうだ、と自分で思ってしまっているのだ。

「上手く言えませんけど……『大切な人』が死んだ後の人間って、何だか話しかけ辛いんです」

――悪いけど、もう俺には話しかけないでくれ

アンクが死んだ時の火野映司からも感じた、不思議な雰囲気。
それが、美樹さやかからは隠す気配も無く放たれていたのだ、とトーリは思う。
トーリが何を言っても届く気がしなくて、彼らの言葉を聞いても何も出来なくて。

「今のアタシにも……話しかけ辛い感じがするかい?」

杏子の胴を両手で抱えて飛んでいるトーリからは、杏子の顔は、見えない。
その長い赤味が目立つ長髪に隠された表情を、トーリは窺うことが出来なかった。
それ、でも。

「さやかさん程じゃないですけど、少し」
「……そ、っか」

トーリの返事を聞いた杏子が、少しだけ笑った。
そんな、気がした。
トーリにはやはり、杏子の考えが良く分からない。
思考の相性が悪いのだろうか。

「杏子さんこそ、さやかさんが『行かない』って言った時、また殴りたそうな顔してましたよ?」
「……まったく、アンタは勘が良いのか悪いのか、本当に分かんないヤツだな」

あきれ返ったような杏子の溜息が、上空の風に紛れて流されていく。
けれど、何故だかその吐息にはまるで湿り気が含まれていないような気がして。

「あんなに『殴ってほしそうな顔』をしてる奴を殴ってやるほど、アタシは良い人じゃねーんだよ」

巴マミと違って、な。
そう付け加える杏子の返答が、何だか答えになっていないように、トーリには思える。
トーリの質問は、杏子がさやかを殴りたかったのだろうという物だったのだが、微妙に話を逸らされた気がするのだ。
一発殴ってませんでしたか、という突っ込みを入れるのも何か違うように思えた。

最近何処かで、この感触を味わった気がする。
そう考えて、直ぐに思い当たった。

「ああ! 分かりました!」
「何がだよ?」

巴マミ、である。
マミと共に『化物』に関する話題を共有した時に感じたものに、少し似ている気がするのだ。
相手が何を考えているのか良く解らないのに、突っ込むことが憚られるという独特の感覚である。
マミと違うと言われた後で言い返すのも何だが。

「杏子さんって、何だかマミさんに似てますよね!」
「げほっ!? ぐぐっ……っは! へ、変な事言うんじゃねーよ! お菓子が勿体ないだろうがっ!」

何時の間にか懐から出していたお菓子を喉に詰まらせた杏子からのクレームが、トーリの軌道を揺らす。
何処に食料を持っていたのかという疑問も尽きないのだが、マミやさやかも何処からともなく物を取り出していた気もするので、そういうものなのだろう。
もっとも、こればかりはライダーによる世界の侵食では無く、もともとのまどかの世界にもあることなので、ディケイドさんの完全な濡れ衣である。
きっと、ゴルゴムか乾巧が善良な破壊者様を貶めようとしているのだろう。

「すみません。それと、私もお菓子欲しいです」
「本当に、お前は読めないヤツだよ……」

それはこっちの台詞です、という言葉を、杏子から差し出されたスナック菓子と共に噛み砕くトーリ。
そして、同じく杏子も最後に一つだけ、言葉を飲み込んでいた。

何で巴マミの弟子はこうも変わり種ばっかりなのかね、と……



そして、最近の新キャラのラッシュに出番を食われがちな後藤慎太郎はと言えば、

「助けてください! 昨日から虫の化物に襲われてるんです!」

元は剣道場の胴着であったと思しきボロボロの服を纏った、一人の青年を相手にしていたりする。
この青年の名前は、橋本勝というらしい。
近未来化が進む見滝原市の中で、今なお古風な剣道場を営んでいる、奇特な人物だ。
昨日に橋本を助けてくれたやたらとガタイの良い男が鴻上財団の名を出したため、それを頼りに本社まで足を運んだのだということらしい。
昆虫グリードであるウヴァはオーズが倒したはずなのだが、これは一体どうしたことだろうか?

そして、話を聞いた後藤の身には、既に嫌な予感としか言い表せない感覚が居座っていた。
だからこそ、即座に最寄りのライドベンダーから一体のカンドロイドを購入したことは、英断だったと言えるだろう。
直後、鳴き声を上げる青いカンドロイドが、ヤミーの接近を教えてくれる。
ゴリラカンの感知範囲には遠く及ばないものの、ヤミーの感知能力を一応持っている、ウナギのカンドロイドが。
更に次の瞬間にウナギカンドロイドの長い身体を掴み取った後藤は、周囲を油断無く見渡していた。

光、音、匂い、空気の流れ……その全てを逃さないように収集し、

「そいつノ身体は俺の物ダァーッ!!」
「シュートッ!!」

茂みから飛び出してきた緑色の怪人に、ウナギのカンドロイドを的確に投げつけた。
その意図は、ウナギカンドロイドに想定された、もう一つの機能を生かしたものだ。
すなわち、拘束である。
もちろん、ウナギカン一匹だけではヤミーを長時間拘束しておくことなど出来ないのは、後藤とて把握している。
従って、後藤がベンダーへ更なるセルメダルを投入したのは、当然の判断と言えた。
後藤が選んだギミックは……

「今だ! 後ろに乗れ!」

高橋師範を乗せて逃げるために、ベンダーをバイクモードに変形させることだった。
バイクを駆りながら、後藤は無線通信を使ってベンダー隊に連絡を付けようとするが、非常回線の電子メッセージへと繋がるばかりで、一向に連絡は取れそうにない。
先日グリードによってベンダー隊員の一部が記憶を読み取られたために、敵に知られた可能性のある回線を全て閉鎖したのが、完全に裏目に出てしまったのだ。

バースドライバーを持っていた伊達という男は忽然と姿を消してしまっており、頼ろうにも居場所が分からない。
加えて、ライドベンダー隊も壊滅的な被害を既に受けている。
つまり、鴻上財団には頼れないという事だ。
そして、世界を守りたいという欲望を抱く後藤としては、ヤミーを放置するつもりも無いが、自身の力ではヤミーに歯が立たないという事も良く分かっていた。
仮にもオーズの能力確認に付き合った後藤は、彼らの能力がどれだけ人間離れしているか、誰よりも知っているのだから。

だがしかし、彼がこの程度で諦める男ならば、彼が5103という愛称まで作られることなど有り得ないのだ。
最近改めて世界を救う決意を固めた後藤の「絶対に諦めない」スピリットは、30分前の番組の天使達にさえ匹敵するだろう。
火力が足りないなら、補えば良い。
……オーズか魔法少女の力を、借りて。

後藤は、知らない。
夢見公園もまたグリードの襲撃を受け、壊滅していたことを。
そして、その爪痕の深さなど……知る由も、無かった。



・今回のNG大賞
「あたし達の魂は、この石っころの中に入ってんのよ……っ!」
「ソウルジェムにサイダーを飲ませれば、ゲップと一緒に出て来るさ!」

File. もしもシリーズ構成が浦沢義雄だったらpart1

・公開プロットシリーズNo.61
→後藤さんの覚醒は大して遠くない。さやかも別の意味で覚醒しかけているけど……



[29586] 第六十二話:捻くれ女
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/26 21:33
蝙蝠女を駆って佐倉杏子が足を踏み入れた場所は……戦場となった、公園だった。
もっとも、その場所には公園の面影など、セルメダル一枚ほども残されては居なかったが。
従って、拉げた鉄管が公園の柵であったことなど、元の風景を知る人間でなければ分かるはずも無い。
円環状に抉れた獣道に囲まれたその土地は、オロチでも発生したのかと疑わせるほどに壊滅的な被害を受けていたのだ。
世間にはガス爆発が起こったとされているらしいその場所には、事件から丸一日が経過した現在でも尚、人間は寄り付いては居なかった。
警察でさえも、メダル関連の事件に手を出してはいけない事を事前に鴻上財団から通達されているために、殆ど足を踏み入れない始末である。

「手掛かりは……」
「……あれ?」

そして、トーリは地面に散らばっているはずのセルメダルが無いことに首を傾げていたりする。
空間斬撃であるオーズバッシュを20回は使える分のセルメダルを渡したのだから、その後すぐに戦場を変えたにしても、暴走グリードから零れ落ちた分が落ちていても良さそうなものである。
まさか、為す術も無くオーズが倒されてしまったなどとは、思いたくないところだ。
ただ、臨機応変なメダル換装というオーズの長所を殺してしまったトーリとしては、若干嫌な予感はしないでも無い。

「それで、どうやって『黒い魔法少女』さんを探すんですか?」
「マミの奴の魔力の波長を探知する。要は、魔女探しと一緒さ」

その手に真赤なソウルジェムを見せながら、何処か面倒くさそうに、佐倉杏子は答えてくれた。
どうやら、杏子はマミの魔力の波長を覚えていたらしい。
そして、何処からともなく取り出したアイスバーを舐めている杏子が一体どうやってそれを保管していたのか、若干気になっているトーリ。
腕怪人が復活した時にその情報を教えてやれば、グリードの復活方法を教えてくれる……とまでは、思っていないが。
それはともかく、他に聞いておいた方が良さそうなことがあるので、優先順位は間違えなかった。

「それって、マミさんのソウルジェムが砕かれていても探知できるんですか?」
「人が思ってても言わなかったことを……」

無理らしい。
しかも、微妙に機嫌を損ねたような気配が漂い始めている。
気を遣ってくれたのに、それをあっさり棒に振ったからだろう。
アイスの保存方法を聞くのはお預けにした方が良さそうだ。

「どの道、ワタシはマミさんの波長は分からないので、杏子さん頼みです」
「そのぐらい把握しとけよ……」
「すみません……」

そう言われても、トーリはソウルジェムを持っていないので、魔力の探知など不可能なのだ。
魔女の探知さえ出来ない始末で、唯一トーリが出会ったバラの魔女でさえも、偶然遭遇したという具合である。
ただし、タカメダルのせいで死にそうになったという前科もあるので、あまり積極的に他人に教えようとも思っていないが。
佐倉杏子も、まさか気付く筈も無かった。
ソウルジェムを濁らせずに力を使える魔法少女様が、自身の目の前に居る事など。

それぞれの思惑が微妙に食い違い、マミの捜索という遠回りな道へと進んでしまう。
そんな、時だった。
唸るエンジンの音が、飛び立とうとしていた二人の耳へと届いたのは。
音源の方へと振り返ってみれば、そこに迫っていたのは二人の方へと向かってくるバイクの姿だった。

「後藤さんでしたっけ。お久しぶりです」

この場所が荒地でなければ確実に人身事故が起こっているであろうスピードを出しながら、当然のようにヘルメットを欠いている辺りが色々と流石過ぎた。
道交法なんて無かった、というレベルの違反を当然のようにやってのける男の名は……後藤慎太郎と言った。
もちろん、それは現在が緊急時だからであって、普段の後藤はヘルメットを着用しつつ制限速度も守る人間だという事を補足しておこう。
そして、バイクを駆って颯爽と現れた人物に、平然と挨拶を行うトーリ。

色々と突っ込みどころが有りそうな気がして仕方が無い杏子だが、ここはぐっと堪えてみた。
突っ込み役に甘んじていた師匠の無念を晴らすために超五感的な感知能力に目覚めた……訳では、無いだろうが。

「トーリか。いきなりだが、火野か魔法少女の誰かに連絡を取れないか?」
「こちらの佐倉杏子さんなら、今すぐにでも」
「何勝手に、人のプロフィール公開してんだよ……?」

他に連絡がつきそうなのはさやかさんぐらいです、と事務的に補足しているトーリと、既に今後の判断を考え始めている後藤。
この二人は、佐倉杏子の呟きなんぞ、聞いても居なかった……

「とにかく、こっちの橋本師範を抱えて飛んでいてくれ」
「了解です」
「ん? アタシ何か聞き逃した? 話に付いていけねーんだけど……」

別に、杏子は何も聞き逃しては居ない。
他の二人が念話で密談を交わしていたわけでもなければ、橋本師範が杏子の後ろでカンペを翳していた訳でも無い。
もしカンペがあったとしても、それにはおそらく『Good job』ぐらいしか書いていないだろうが。
ただ単純に、後藤の指示に対して質問無しにトーリが了解しただけである。
瞬く間に空中で豆粒のような大きさになってしまったトーリの行動の早さに、杏子は呆れ返った視線を送っていたりして。

「あいつ、要領が良いのか悪いのか、はっきりしろよ……」
「余所見するな! 『来る』ぞ!」
「えっ? 来るって何が……」

後藤の真面目そうな顔は、まるで、それだけで通じるのが当たり前だと言わんばかりで。
理解できていない自分の方がおかしいのか、と一瞬でも疑ってしまった佐倉杏子は、実はこの場で最も常識的な人間なのかもしれない。
ただ、周囲に魔女や使い魔の作り出す独特の空間が存在しないことが、彼女の警戒心を緩めていたのは間違いない。

「師範ッ! 君の事を愛してイたッ!!」

意味の明瞭な叫び声を上げながら飛び出してきたそいつを見た瞬間の驚愕は……アイスバーの芯を噛み砕いてしまう程度の物だったのだ。
それは、アレか?
嫌いじゃないわッ! 的な意味なのか?
この公園にはもう、ベンチも公衆トイレも無いんだよ!?

……などというノリの良い驚き方ではなく、純粋に怪物の外見と、そいつが結界無しに動き回っていることに驚愕したのだ。
攻撃的な印象を与える二本の角に、身体を覆う生物的な煌めきが、そいつの不気味さを最大限に演出していたのだから。

「おおお!?」

だがしかし、例え驚いていたとしても、経験は身を救ってくれるものなのである。
考えるよりも早く、相手よりも速く。
指輪状に収まっているソウルジェムから、痴漢撃退用の針が飛び出す護身具を使うように、愛用の獲物を繰り出していたのだ。

キン、という甲高い音が杏子の耳に届いた時になってようやく、杏子は警戒心を高めることが出来ていた。
その音は、杏子が全く歯が立たなかった昨日の幻獣から聞いた音色と似通っていたからだ。
もっとも、警戒心は最大という程までは高まらない。
何故なら……

「昨日の奴は、もっと重かったぜ?」

腕に返ってくる反動が、ヒポグリフ戦のそれに比べて、遥かに少なかったからである。
そして視覚では、杏子からカウンターの一突きを浴びせられた直後のクワガタ怪人が、別の理由による火花を身体から散らしているのを捉えている。

「魔法少女なんだから、これぐらいじゃ殺られないっての」
「それは、頼もしい限りだ」

杏子の後ろで火薬の匂いが発せられ、振り返らずとも、後藤が火器の類を使って杏子を守ろうとしたことが窺えた。
後藤が目にしてきた魔法少女の半分程度は、不意打ちを受ければあっさり死んでしまいそうだという印象を後藤に与えていたのだが……この子はそのカテゴリには含まれなかったらしい。
その『半分』というのが具体的に誰と誰の事かは、後藤は口にしないが。
杏子は愛用の槍を肩に担ぐように首の後ろに向かって立てかけ、その身を覆う装束は、いつの間にか深紅のそれへと変化していて。

成り行きで戦うのも癪だけど、なんて前振りをかましながら、

「何にしても、売られた喧嘩は買わねーと、な!」

口の中に散らばった木片と一緒に、佐倉杏子は戦意を吐き散らした。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十二話:捻くれ女



美樹さやかは、最悪だった。
巴マミの静かな存在感に耐え兼ねていたところで、昨日の志筑仁美の言葉を思い出して学校へ走ったら、ちょうど最悪の光景が広がっていて。
初々しい二人の姿を見ていたら、そこに割って入りたいと思っている最悪の自分が居て。
でも、簡単に『巴マミのように』なってしまう自分の最悪な身体の事を思うと、愛してくれなんて言えなくて。
何もかもぶち壊してやりたい最悪の衝動に駆られて、二人の姿を見ていられなかった。
腹の中からどす黒い最悪の何かが噴き出しそうになっているのに、その捌け口が思いつかない。
そんな、何もかもが最悪ずくめの思考は……負のスパイラルへと突入し始めていた。

何だか、今まで親しく思っていた筈の誰もが、遠いように思えてくる。

さやかにソウルジェムの真実を教えてくれなかった、マミさん。
そのことを一緒に隠していた、トーリ。
すまし顔をして、結局さやかには何も教えてくれなかった、転校生。
どうでも良い時だけ空気を読むくせに、今は何処に行ったかも不明の、パンツマン。
恐らく既にさやかの部屋を抜け出しているであろう、キュゥべえ。

そして……志筑仁美と共に笑い合う、上条恭介。

昨日の段階では、まさかこんな事になるなんて、思いもしなかった。
でも、あの黒い魔法少女を恨む気持ちはあっても、不思議と復讐に行く気にもならない。
それよりも、転校生やマミさんがキュゥべえを恨んだという意味が、ようやくさやかにも圧し掛かってくる。

既に下校時刻を過ぎ、人も疎らになっている登校路が、えらく長いものに見えた。
その数少ない人影の中にさやか達のクラス主任である早乙女和子教諭の姿を認めたさやかは、緩慢な動きで身を隠し始める。
一応、無断欠席をしたという自覚は持っているためである。

……そういえば、早乙女先生って、新しい彼氏が出来たんだっけ?
思い出し始めると、その嬉しそうな顔がとてつもなく憎らしく思えてくるのだから、人間の嫉妬とは恐ろしいものだ。

「アレは……」

そんな思考を回していたさやかだからこそ、『その存在』に気付いたのだろう。
さやか以上に早乙女先生を射殺さんと欲する願望を撒き散らす、一人の女子高生の姿が、目に入ったのだ。
一目見て、分かった。
自分と同じだ、と。
誰かを恨まずには居られなくて、後悔ばかりが骨に沁み込んでいる、負け犬。
今の自分は、彼女のような姿を晒しているのだ、と訳も無く納得できた。

「駄目さならあたしといい勝負ぐらいだよ、ホントに」

さやかには魔法少女の身体という重いハンデがあるものの、向こうは如何にもダメ人間なアラサーに恋人を奪われているようなので、意外といい勝負なのかもしれない。
仁美なら兎も角として、あんなMs.ダメダメ女に負けたのでは、納得しろという方が無理だろう。
大体、志筑仁美のようなお嬢様に惚れる男が居るのは分かるが、あの先生に惚れる男なんて、どれだけ人間を見る目が無いんだと思ってしまう。
アレか? 怖いもの見たさって奴か?
先生と結婚する男というヤツはきっと、果てなき冒険スピリッツに溢れた、生まれながらの冒険者なのだろう。
きっと、目玉焼きに間違えてコーヒーをかけてしまったとしても、ちょっとした冒険だな! とか言って完食してしまうに違いない。
……それはともかく、さやかはその女子高生に、勝手に共感していたのだ。

だからこそ、さやかは次に見た光景に対して、踏み込むのを躊躇ってしまっていた。

「憎イ……ッ!」

それは、負け犬仲間の口から発せられた言葉では無くて。
いつの間にか対象者の背後に忍び寄った一本角の怪人が、まさに早乙女教員へと、襲い掛かろうとしていたのだ。
全身に緑色が目立ち、昆虫を思わせるそのフォルムは、ウヴァのヤミーの持つ特徴である。
こそこそするのが意外に得意な辺りは……別に、ウヴァさんに似たわけではないのだろうが。

もちろん、助けるべきだという思考は、さやかの頭の中で第一に働いていた。
だが、助けに行こうとする第一反射とは別に、その足を地面に縫い付ける声が、さやかの心の中から響いていた。
ここで早乙女先生を見捨てれば、救われる人間が居るはずだ、と。
自分と同じ負け犬が一人、確実に。

従って、次に繰り広げられた状況に最も面食らったのもまた、美樹さやか自身であった。

「それは、ダメ……っ」

負け犬仲間が、最も早乙女先生を憎んでいる筈の本人が……一本角の怪人の前に、立ちはだかったのだから。
剣道用の竹刀を構えたその立ち姿からは、ヤミーを圧倒出来るほどの気迫など感じられなかったが、それでもカブトヤミーは彼女を払いのける事を躊躇っているらしい。
ヤミーは基本的には作成された当初の親の欲望に従って活動するはずだが、例外という物は常に存在するのだ。
特に、親にその行動を直接邪魔されれば、躊躇ってしまっても無理はない。
もっとも、そんな理由など、さやかは知る由も無いが。

そして、カブトヤミーが意を決して剣道少女を押し退けようとした時……さやかはようやく、動き出していた。
魔法少女の健脚を活かして怪人にタックルをかまし、近くの藪の中へと押し込んだのである。

不審な物音に一瞬だけ立ち止まったものの、早乙女教員は結局背後で繰り広げられた諍いに気付くことなく、帰路を辿って去って行ってしまって。
正直に言ってさやかは、今まで起こった出来事に、頭の中で整理が追い付いていなかった。剣道女子高生が早乙女先生を恨んでいると感じたのが、そもそも間違っていたのだろうか?
そうではない、と美樹さやかの感性は訴えていたが、他に解が見つかった訳でも無い。

「ねぇ!」

そして、分からなかったら……聞いてみれば良いのだ。
幸いにして、ある程度のシンパシーを共有できるだろうという根拠のない確信を持てていたために、相手に対する恐怖心は皆無である。
その根拠のない自信を極めれば、全く理解できていない相手に対して笑顔で近付くという昆虫グリードのような勇気を持つに至るのだろうが、流石にさやかはその域には遠く及ばない。

「どうして、あの先生を庇ったの!?」

相手の方が年上には違いないが、気を遣うような気力も無い。
もっとも、話し相手にも多少の負け犬シンパシーが伝わっているようなので、心配には及ばないようだ。
大声で話しながら、さりげなく変身も終えて、剣を抜き放つ。
さやかの事を敵と見定めて襲い掛かってくるカブトヤミーの攻撃を、防ぐことに徹しながら。

「あたしも似たようなもんだから、分かるんだ。あの先生のこと、恨んでるんじゃないの!?」

その指摘は、色々な過程を無視して直感的に悟った情報を多分に含んでいたが……相手にそれが理解されたのは、やはり二人が同族だからなのだろう。

「どうして、って言われても……」
「この怪物がやることは、あたし達のせいじゃないでしょ?」

すると、剣道少女は、このカブトムシの怪物が彼女自身の欲望から作られたのだということを、渋々と教えてくれた。
もちろん、剣道少女はヤミーやグリードという単語は知らないのだが、その辺りの知識を持っているさやかには大体の事情が伝わって。
鋭い爪による攻撃をサーベルの刀身で受けながら、ようやく事態の概要が把握できた。
おそらく、恋敵の抹殺が剣道少女の欲望の内容だったのだろう。
だがしかし、それだけで納得するさやかではない。

「それも、コイツを作った奴が悪いんだ。恋敵を助ける理由なんて、何処にも無いよ!」

もし、魔女が志筑仁美を襲っていたら。
今の美樹さやかは、それを助けようと、思えるだろうか?
見た目通りの硬さを誇るカブトヤミーから半ば逃げ回りつつ、さやかは剣道少女の心を、問う。

「それは……」

言葉に詰まっているらしい剣道少女は、どうやら答えが見つからないようだ。
そして、爪を振るって襲い来るカブトヤミーに、さやかは、

「どっせいっ!!」

太刀筋も何もない全力のフルスイングを、叩き込んでやった。
当然、その打撃は硬い装甲によって阻まれてしまうが……相手の重量が足りなかったらしく、その身体は宙に浮いて後方へと流されていく。
そして、距離を空けた敵に対してさやかは……追撃を、行わなかった。

一方のヤミーも、その目的はさやかを襲うことでは無いため、相手が離れたのを良い事に撤退を図る。
その背中をさやかは……結局、追う事は無かったのだった。


負け犬仲間への同情は、カブトヤミーと戦う動機には、ならなかったのだ。
むしろ、その思いを遂げさせてやりたいと、さやかに思わせてしまって。
自身の恋の行方にも整理を付けられないままに、他人の恋路に手を出してしまっていたのだ。

駆け寄って来た剣道少女の視線の先にあるさやかの腕には、先程の渾身の一撃の際に受けたと思しき傷が大量の流血を伴っていて。
それなのに不思議と、その傷の発する痛みは、切り口の大きさに反して小さくて。
カウンターを決め切れるほどの実力差が無かったのだからそれ位は当然だ、と思ってしまっている自分に気づいてしまっていた。

魔法を使って『直』したその傷は……最後まで、痛むことは無かったのだった。



・今回のNG大賞
「二股が罪なら、僕が背負ってやる!」
「良い台詞ですわ、感動的(ry」
「こんな奴に惚れてたなんて、後悔しかない……!」

むしろ、こうなっていた方が話は単純だった、ような。

・公開プロットシリーズ
→自分の幸せを捨てても他人のために戦う、それが仮面ライダーの真の強さ、らしい。……が、子供に同じものを求めるのは酷でもある。



[29586] 第六十三話:ヤミーがこうなったのは私の責任だ……だが私は謝らない
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/29 20:54
「お嬢ちゃんたち、この辺りで怪物見なかった?」

見滝原という町の名前をそのまにま冠した中学校の付近で、何処か気まずいままに居た女学生二人に掛けられた質問が、それだった。
問いの主の名は、伊達明。
ゴリラのカンドロイドに急かされるままに、ヤミーの姿を求めてこの場所までやってきたのだが……周囲にそれらしき影が無かったために、通行人に聞いたというわけだ。
既に日が傾きかかった下校路には、既に人の影も少なかったため、他に声をかけるべき人間が見つからなかったのである。
だがしかし、人がまばらという事は、異形の怪物が居ればすぐに目につく環境だという事でもある訳で……

「それなら、」

案の定、女学生二人組のうちの小さい方が、期待させてくれる声を出してくれた。
その身を包んでいる制服は見滝原中学のものでは無く、何処かの高校だったはずだ、と伊達はおぼろげに思う。
特段に制服に詳しいわけでも無いが、同じ見滝原という町に居れば、嫌でも目に入ってくる景色の一部なのである。

「ちょっと待った」

だが、大きい方の子が、その言葉に歯止めをかけた。
こちらは見滝原中学の制服を纏っていて、紛うこと無く見滝原中学校の生徒なのだろう。
重ねて言うが、伊達さんは別にその手のマニアでは無い。
例え、見滝原中学校のそれにそっくりな制服が出てくる恋愛ゲームがこのクロス世界に存在していたとして、そんなことは伊達の知るところでは無いのだ。

「その怪物、見つけてどうすんの?」
「倒すんだよ。人間を傷つけてるし、な」

実は、伊達の思い描く怪人と、先程この場を訪れたヤミーは別個体だったりするのだが、そんなことはお互いに知る由も無い。
しかし、何故そんなことを聞かれるんだろう、と伊達としては思わないでもない。
伊達の身を心配してくれているのだ、などというポジティブな考えで事を済ませられる程、伊達の頭の中はお花畑ではないのだ。
もちろん、そうだったら嬉しい、ぐらいにはその考えを捨て切れても居ないが。

「教えること無いよ、梨恵さん!」
「でも……」

どうやら、小さい方の子は、梨恵という名前らしい。
敬称から察するに、やはり小柄な子の方が年上のようだ。
梨恵という子は大きい子の言葉に戸惑っているようだが、つまりそれは、怪人の情報を教えたくないという気持ちもあるということだろう。
流石に、力ずくで聞き出すという選択肢は取りたくないところである。

「全部、あいつがぶち壊してくれるのを待てば良い。あたし達には、義務も責任も無いんだよ!」

大きい方の子は……伊達と、目を合わせる気配を見せない。
困ったように伊達とその子に交互に視線を向けている梨恵も、素直に情報を吐き出してくれるとは思い難くなっていた。
そしてこの状況だけでは、伊達は何かを判断することなど、出来るはずも無い。
だからこそ伊達は……心からの言葉を贈ることでしか、コミュニケーションを始める事が出来なかった。

「良いんじゃない? 壊したけりゃ、壊せば」

その言葉に驚いたのか、ようやく伊達の方に、二人の女学生が向き合ってくれる。
梨恵の手を引いて歩き出そうとしていた中坊の方も、足を止めてしまっていて。
そんな二人に、伊達は言葉を継ぐ。

「ただし、自分の手でだ」

一億円を稼ごうとしている伊達自身もどろどろの欲望塗れだ、そう、伊達は続ける。
でも、と己の信念を乗せて。

「二つ、決めてることがある。それを稼ぐのに、他人の手は借りない。あともう一つは、絶対に自分を泣かせることはしない」

伊達には、この少女たちの抱える問題など、全くと言って良いほど分かっていない。
それでも。
伊達は、信じてみたいと思っていた。
梨恵の疎んでいる何かを怪物が壊してくれると分かっていて、尚、梨恵は伊達に問いかけられた時に素直には答えようとしてくれたのだから。
虫が良すぎると思いつつも、そちらが梨恵の泣かない方の道だったらお互いに幸せだ、と。

「他の誰でも無い、自分だ。それだけ言っとこうと思ってな」
「……ごめん、さやかちゃん」

一瞬、その言葉を聞いたさやかは、その意味を理解しかねた。
梨恵の手を掴んでいたさやかの手が振り切られたその時になって、ようやく、梨恵の言葉の意味に頭が追い付く。
その時には既に、梨恵の足は回り出していて。
さやかが咄嗟に差し出したもう片方の手は……走り出した梨恵の背中には、届かなかった。

「……なんで」
「行かせてやれって。自分を助けに行ったんだろ。多分な」

負け犬仲間だと、思っていたのに。
少なくとも、ただ通り掛かっただけの中年男よりは、遥かに白鳥梨恵という人間の考えを理解していると、さやかは今でも信じて疑わないのに。
それなのに、梨恵の足を動かしたのは、目の前の男の言葉で。
釈然としない、納得できない、そんな気持ちがさやかの中に渦巻いていた。

「それと、よ」

そんなさやかの心情を理解しているとも思えない伊達の態度が、さやかには何処か偉そうに見えて癪に障ってしまう。

「お前さんも、自分を泣かせるタイプに見えるぞ?」

それじゃあな、と最後に一言残して、梨恵の後を追う伊達。
その背中をも、結局さやかは見送るだけとなったのだった……。

――良いんじゃない? 壊したけりゃ、壊せば。ただし、自分の手でだ

どこかムカつく筈の相手の言葉なのに……その響きが、何時までも頭の中に残ってしまって。
さやかは、いつの間にか足を向けていた。
先程上条恭介と志筑仁美が語らい合っていた場所へ、と……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十三話:ヤミーがこうなったのは私の責任だ……だが私は謝らない



佐倉杏子は……これ以上無いぐらいに勢い付いていた。
銃弾を放つクワガタ怪人の攻撃をしゃがんでかわして、次の瞬間にはその胴にカウンターの突きをぶち込んでやって。

「どうした? それでお終いか!」

敵が角を使おうとすれば、槍の石突を伸ばして宙に上がって、頭上からの振り下ろし攻撃を叩き込む。
殴りかかってくるものなら、槍を半ばから節昆へと変化させて、その身を捉えて投げ飛ばして。

「これは……本当に、俺の手助けは要らないかもしれないな」

もう、あいつ一人で良いんじゃないかな。
後藤は、そう思わずには居られなかった。
むしろ、下手に援護射撃をしようものならば逆効果になってしまうかもしれない、というレベルである。
接近戦に限っては、オーズを相手取っても善戦できるのではないかと思えるほどの猛攻を見せつけられれば、そう思ってしまうのも仕方が無いのかもしれない。

だがしかし、そこで終わる筈も、無かった。
フラグ過ぎる台詞を吐いた杏子がそのまま勝利するなんて、そんなの絶対お約束が許さない!

案の定……それは、起こることとなる訳だが。

「わっ? げぶっ!!?」

突然身体のバランスを崩した杏子が、まるで吸い込まれるかのようにヤミーの元へと突っ込み、カウンターのヘッドバッドを貰ったのだ。
強靭な角から繰り出される頭突きは、傍から見ている後藤でさえも痛いと思ってしまう程の、強烈な一撃だった。

「貴様だけハ生かしてハおかなイ……ッ!」

赤くなってヒリヒリと痛む額をさすりながら、涙目のままに異変の原因を探る杏子の視界は、ようやくその理由を捉えていた。
杏子の足に、絡まっていたのだ。
緑色の、海藻と思しき縄が。

そして、その縄の出所を探って、直ぐに気付いた。
怪人の背中から生えた3対6本の海藻が……まさに、杏子に絡みつこうとしていたのだから。

「どういうことだ、オイ!?」

……どう考えても、アタシは触手受けヒロインなんて柄じゃない!
そう、思わずには居られない。
だが、現実問題として命と貞操の危機が目前に迫っているのは間違いない訳で……

乾いた音が、杏子の意識を現実へと引き戻す。
連続する発砲音が、佐倉杏子の後方から発せられていたのだ。
放たれた弾丸を、怪人は背後から伸びた海藻で防御するが……その隙を突いて、足に絡まった一本を断ち切った杏子は、転がるように撤退する。

「大丈夫か?」
「アタシ一人でも逃げられたっての」

銃弾を防ぎ続けるそいつの姿を、離れた場所からもう一度観察してみる杏子。
クワガタムシを思わせる本体は、やはり先ほどから変化していないが……
やはり特筆すべきは、その背後から伸びた6本の海藻だろう。

それは、偶然の産物だった。
昆虫系の緑コアを取り込んだメズールがカブトムシのヤミーを作ったのちに、それは起こったのだ。
恋敵の排除という表面的な「欲望」と直接的に相手を求める「欲望」による二重構造が……カブトムシのヤミーから、クワガタの個体を分裂態として誕生させたのだ。
そして、慣れない緑の力に微量の青が混ざり合ったことによって生まれてしまった存在こそ、この世界における初めての合成ヤミーという訳である。
名を……クワガタモズクヤミーと言った。

もっとも、その名はこの世界で呼ばれるためでは無く、便宜上のものにすぎないが。

「戦えル……ッ! こノ全身を貫く喜びビが力にナって俺ノ体にみなぎルンだァ!!

……別にクライマックスでも無いのに、確変が起こるという理不尽な現象が起こっていた。
もっとも、もしメズールの手元に赤メダルがあったのなら、おそらく世界の修正力によってクワガタクジャクヤミーが誕生していたのだろう。
だが、クジャクを混ぜると何故か逆に弱くなるようにも思われるので、これで良かったのではないだろうか?
そんなことは、さておき。

後藤の撒いている銃弾は、一時的にモズクを千切ることこそ出来ているものの、次から次へと延びてくるモズクの前には、足止め程度の意味しか持つことが出来ていなかった。
そして、忘れてはならないのが、後藤の銃弾は触手しか止めることが出来ていないという点である。
当然、クワガタであるヤミー本体は動けるのだ。
従って、当然杏子がそれに対処しなければならない。

「何だコイツ!? 急に強くなりやがって!?」
「俺ハ、花火のようニ生きたいッ!」

接近戦を仕掛けてきたかと思いきや、腰に備えた銃を抜き放ち、かと思えば角を使ってこちらの攻撃をガードして。
先程とは同じヤミーとは思えない行動力を、見せ始めていた。
これは、実際には、杏子の動きが少しだけ鈍っているという事情もあったりする。
ヤミーのモズク攻撃を払いのけるための銃弾が飛び交っているため、機動力を活かして派手に動き回ることを、どうしても躊躇ってしまっているのだ。
もちろん、触手を思う存分に使われたらあっという間に負けてしまうのだから、後藤の援護はあるに越したことは無いのだが……やはり、銃声というものは人間に恐怖を与えるのである。

「何か手はねーのか!?」

そう叫びながら、杏子は思い始めていた。
何でコイツと戦ってんだっけ、と。
思い返してみれば、昨日はメダルの怪物から撤退した身の上だったはずだ。
それが何故、退かずに怪物と戦い続けているのか。

……その思考の全てを、ヤミーの放つ弾丸と共に、切り捨てる。
巴マミの身体を触った時の不快な感触を、思い出してしまったのだから。

そして、後藤はライドベンダーの収納物の中に現状打破の手段が無いかと、必死に頭を回転させていた。
タカやバッタのカンドロイドは、死角からの囮に一回ぐらいは使えそうだが、直接的な攻撃力は皆無だ。
事実上制御不可能なトラに頼るのは運の要素が強すぎるので、却下。
残るは、ウナギとタコだが……どちらも足止め用という感は否めない。
と、そこまで考えてから、気付いた。
あのヤミーを突破するための手段に。

ベンダーを自販機モードへ移行し、後藤は即座に幾つものカンドロイドを購入し始める。
幸いにして、杏子が善戦していた際に撒き散らされたセルメダルを回収できていたため、回数制限など無いも同然である。
そして、後藤が取った行動は……

「佐倉! 選手交代だ!」
「なっ……!?」

前線に出る、事だった。
只管に銃弾を撃ちながら敵に突っ込み、佐倉杏子を引かせるとともに、自身が前衛になることを選んだのだ。
そして当然、6本のモズクに加えて本体の繰り出す打撃を捌き切ることは、出来るはずも無い。
あっという間にその手足にはモズクが絡み付き、引き付けられたその身体に……ヤミーの強靭な拳が、突き立てられる。

「……かかったな!」

……が、人間にならば簡単に致命傷を負わせる筈の拳は、而して後藤を斃すことは無かった。
甲高い金属音が、打撃の瞬間に響き渡ったのである。
ヤミーの爪が人肉を引き裂く時のものとは思えない、硬金属が互いを削り合う時に特有の、音が。
そして、破れた後藤の服の間から姿を現した青い物体が、カブトヤミーにその理由を教えてくれた。
後藤は、服の中に、変形済みのウナギとタコのカンドロイドを大量に巻いていたのだ。
それによって防御力を上げ、ヤミーの腕が身体に刺さるのを防いだという訳である。
もっとも、衝撃を完全に殺せるわけでは無いはずなのだが、その程度にはライドベンダー小隊の隊長様の腹筋が優れているのだという事にさせて欲しい。

そして、青系カンドロイドの足を伸ばして、後藤が目標と見定めたモノは……クワガタヤミーの持つ、銃だった。
それを奪い取り、狙いが逸れないように相手へ密着したまま、クワガタのヤミーに向けて構える。
いわゆる、『この距離ならバリアは張れないな!』戦法と呼ばれる伝統的な戦い方である。
……次の瞬間にはセルメダルが飛び散る音が、木霊した。

「なにっ!?」

だが、その驚愕の声も……後藤慎太郎の口から飛び出たもので。
セルメダルが零れ落ちた元も、クワガタのヤミーからでは無かった。
先程の音は、後藤の操るカンドロイドの先に握られていた巨大な銃器が、ヤミー本体から離れたことによって形を失ったことによるモノだったのだ。
これは後藤にとって予想外の事態だったが、それを見たクワガタのヤミーの反応は、ごく自然なものだったに違いない。

「薄汚ネぇ野郎だッ!!」

直後、後藤の作戦失敗を見て取ったらしいクワガタヤミーが、四肢を絡め取られて動けない後藤に対して、追撃を始めようとしていた。
しかも、ウナギカンの巻かれていない頭部への打撃という、致命傷になりかねない攻撃を試みていたのだ。
それを防ぐ手段は、後藤には残されていない。

……そう、『後藤に』は。

後藤の目には、確りとその光景が、見えていた。
佐倉杏子が、槍の石突から伸びた鎖によって自販機モードのライドベンダーを釣り上げている、姿が。
杏子に作戦を求められた時から、既に考えていたことだったのだ。
火力の無い後藤に出来る仕事はオトリが関の山であり、トリは魔法少女である杏子に託すべきだ、と。
そのための作戦は……後藤がベンダーの傍らに残したバッタのカンドロイドの録音機能によって、遅れて佐倉杏子へと伝わっていたのである。

複数の槍と鎖を用いて地面へと自身の身体を固定して、足りない体重分の踏ん張りを補いながら。
縛り上げたライドベンダーを棒の先に釣ってブン回すという、人間離れした行為をやってのけた杏子は、

「よいせっ!」

そのまま力任せに、ライドベンダーを……投げつけた。

「ウワアアアアアッ!!」

クワガタのヤミーへ向けて、一直線に。
その音は、酷いものだった。
小銭が零れ落ちるようなメロディも響いたが、それよりも先に、人身事故の時のそれに近い響きが夢見公園跡を占拠したのだ。
大質量のモノが軽いモノを跳ねる、そんな理不尽な低音である。

ライドベンダーの下敷きになったヤミーだが、すぐさま復帰しようとそれを力任せに持ち上げようとしていた。
人間離れした筋力を持つヤミーならば、然程苦労せずともその程度は可能なのだ。
だが、どさくさに紛れてヤミーの拘束モズクから逃れた後藤は……とあるリモコンを、懐から取り出していた。
かつて後藤がライドベンダーの遠隔操作に使ったことのある、例の優れモノである。

「望み通り、花火のように逝け!」

そして当然、後藤のとるべき行動は、追撃以外に有り得なかった。
リモコンのボタンの一つを、後藤は躊躇なくぶっ放す。
ライドベンダーの直撃という強烈なダメージを貰っているヤミーならば倒せるだろうと見込める、一撃を。
直後、眩い光が、佐倉杏子の視界を覆い尽くした。

「……自爆はロマン、ってか?」

荒れ狂う爆風とセルメダルが四散し……その爆心地に居たヤミーの命運など、考えるべくも無かった。
後藤が推したスイッチは……ライドベンダーの自爆用の、それだったのである。
器用な触手を持つクワガタモズクヤミーに対抗するためには、圧倒的な火力で一気にカタを付けるしかない。
そう考えた結果の、機能の選択であった。

後藤としては、鴻上財団から請求書が来ないことを祈るばかりである。
最悪、この赤い魔法少女に口裏を合わせて貰って、ヤミーが破壊したことにすれば何の問題も無いはずだ。
そんな益体も無い考えを、杏子が鎖で編んでくれた網に受け止められながら、つらつらと流している後藤さん。
何気なく爆心地の近くに居たため、一瞬前までは吹き飛ばされて宙を舞っていたのである。

「無茶苦茶だな、アンタ……。アタシが受け止めなかったらどうするつもりだったんだよ?」

後藤がバッタカンを通して伝えた指示には……ライドベンダーを投げるところまでしか、示されていなかったのだ。
だがしかし、ベンダーを自爆させるという荒業を計画していたのなら、ヤミーの近くに居る筈の自身の危険は考えていて然りである。

「その時は、俺が救えた世界がその広さだったと思うだけだ」
「世界を救うって……そんな大それたこと、よく言えるもんだよ。アンタ、何か恥ずかしい奴だな……」

臆面も無く言い放つ後藤に対して呆れたように毒づいて見せる杏子だが……当の後藤は、特に怒る様子も無い。
何故なら後藤は、かつての彼自身よりも更に大きな世界を救おうとしている男の名前を、知っているのだから。
そいつは自身の手の届く範囲しか救えないと口では言いながら、出来ればグリードさえも救いたいと思ってしまっている大馬鹿野郎で、倒されてしまった彼らに対する後悔まで背負ってしまう始末なのだ。
だからこそ……子供が後藤如きの欲望を大き過ぎると呼んだとしても、腹など立つはずも無かった。

「いや、世界には俺なんかよりもっと大それた奴も居るぞ」
「……何か、アンタと話してると疲れる」

嫌味に対して真顔で返して来る後藤は……ひょっとすると、一番杏子の苦手なタイプなのかもしれない。



それはともかく。
こうして、色々な意味で亡霊だった感の否めないクワガタのヤミーさんは、漸くウヴァさんの元に旅立つことが出来たのだった。

「あのヤミー……ああいうのも、面白そうだね」

そして後藤達は、気付く筈も無かった。
合成ヤミーの存在を知ってしまった、一体の猫型グリードがこっそりと去って行った事に……


・今回のNG大賞
「加勢するよ、ヤミー君」
「俺ノ邪魔をするナラ例えグリードでもッ!」

カザリさんが空気を読まずに乱入していたら、多分こうなっていた筈。
ヤミーは基本的に創生者以外のいう事は聞かないので。

・公開プロットシリーズNo.63
→どこかで一度は、原作に居なかった植物のヤミーを出したいと思っては居たんです。だが……どうしてこうなった。



[29586] 第六十四話:戦いの後に
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/12/03 20:46
美樹さやかがその場所に戻った時、既に日は沈みかけていて。
それでも尚、『上条恭介』と『志筑仁美』が同じ場所に留まっていたのは……今日が、二人にとって特別な日だからだろう。
……それを今からさやかはぶち壊しに行く訳だが。
もっとも、その方法に関しては、さやか自身が上条恭介に告白する以上の事は考えていなかった。

「それで、僕がヘタレてた時、さやかはこう言ってくれたんだ。奇跡も魔法もあるんだよ、って」
「上条君、さっきから、さやかさんの話ばかりされてますわ。少し、妬けてしまいます」

だが、照れくさそうにさやかの事を口にする上条恭介の顔を遠目に見たら、その会話を少し盗み聞きしたくなってしまって。
物陰に隠れてしまったさやかは、下手をすると全盛期の上条君よりもヘタレなのかもしれない。
その決断が後悔を生むことになるなど……数秒後までは、思いもしなかったのだ。
手ごろな物陰に隠れて彼らの様子を覗うさやかに、その不幸は襲い掛かることとなる。

「……ごめん。何だか、さやかってあんまり女の子って感じがしなかったから、普通の親友のつもりで話してたよ。そういう意味で言ってたんじゃないんだ」
「いいえ、私もちょっと不安になっただけの事ですわ」

グサリ、と心に刺さった、一言だった。
思わず胸を押さえて、前かがみになってしまったさやかの精神的ダメージは、想像を絶するものだったのだろう。
働き口から支給された物資がマスカレイドのメモリだった時の従業員だって、ここまでの精神的苦痛は味わっていない筈だ。

「今思うと、とあるランキングの結果をさやかに教えたのも、マズかった気がする……」
「……何故さやかさんがそれを知っているのか、という点は、私も気になってましたけど」

それも、さやかを女の子として認識していなかったから、というエピソードなのだろう。
今すぐにでも泣き出してしまいそうな位に、胸の奥が痛む。
その痛みは、世界で初めて行われたという手術に匹敵するだろう。
瞑想を用いて痛みを消そうとしたという、例のアレである。麻酔無しでなぁっ!!

「僕が票を入れた子について、さやかが聞いて来てさ。教えたくないって突っぱねたら、何かガッツポーズをしてたんだけど、アレも何か意味があったのかな……」

さやかは、その時の自身の思考を思い出し、酷い吐き気と頭痛に襲われた。
確か、恭介がさやかに投票した事を恥ずかしがって内緒にしたのだ、と思っていた筈だ。
頬を、生暖かい何かが伝わって落ちて行く。
胸の痛みは、既にクライマックスにも程というものがあった。
まるで、胸に刺されたものの正体を確認したらリボルケインだった時の怪人の気分である。

「そこまで行くと、何だかもう、いっそさやかさんが不憫ですわ……」

死にたい。
脳改造されたいとか使徒再生されたいとか、そんなレベルじゃ無く、死にたい。
よりによって、恋敵にさえ同情されている。
しかも、同情されても仕方ないと自分自身でさえ納得できてしまえる辺りに、救いが無さ過ぎた。

既に、さやかの両瞼からは、ぼろぼろと心の汗が流れ出ていた。
もちろん、心もモズク風呂程度では治らないぐらいには、ボロボロである。
ここに来て美樹さやかは、悟っていた。
この戦は、戦う前から既に、完膚なきまでにボロ負けしている、と。

……ここまで来ると既に、色々なものが振り切れ始めていた。
いわゆる、『もう何も怖くない』状態である。
ただし、悪い意味での。

「恭介っ!」

二人の目前に突然飛び出して、まずはそのふざけた現実を少しだけぶち壊してやった。
その思考回路が怪人のものであるのは、もはや説明するまでも無い。

「さやかさんっ!?」
「さやか!?」

恭介と仁美の見開かれた目を見たら、ほんの少しだけ、鬱憤が晴れたような気がして。
その発想が既に負け犬だと気付いていても、どうにも止まらない。
涙も、思考も、行動も。

「恭介がどう思ってても、あたしは、恭介の事を愛してるよっ!!」

上条恭介は、開いた口を塞ぐことが出来ずに居て。
だが、一方の志筑仁美は、大体の事情を察していたりする。
さやかが告白の前から既に大泣きしているのは、上条君のあんまりな発言を聞いてしまったせいだろう、と。
仁美が告白する前に、と宣言しておいたはずだが、今日の何時に告白するとまでは指定していなかったため、今日中ならOKだとも思っていたという事情もある。

もちろん、上条の言葉を聞いた今となっては、さやかの戦力などクズヤミー一体分の脅威さえ志筑仁美には与えていないのだが。
参考までに補足しておくと、クズヤミーという存在は、未変身の人間でも時間を考えなければ割と簡単に素手で倒せる程度の戦闘員である。
変身したオーズのトラパンチが効かなかったという目撃情報も何処かの世界にあるようだが……それはきっと、目撃者が深夜32時のテンションで疲れていたのだろう。
それはさておき。

「アイ・ラブ・ユーッ!!」

反応が無い上条恭介に対し、追撃の一手を仕掛ける美樹さやか。
それを聞いた志筑仁美は、その姿に不覚にも涙を流しそうになった。
どう見ても、その姿は『ヤケクソ』という言葉がこの世で一番似合っているとしか思えないぐらいに痛々しかったのだから。
むしろ、そんな精神状態のさやかが正しい英語を使えたことは、さやかのオツムの出来を考慮すれば、どんな奇跡も魔法も超えた愛の力とさえ言うべき超常現象であった。
それを敢えてカタカナで表記した作者に悪意なんて、ある筈がない。

「ええと、それは……」
「上条君、さやかさんは冗談や罰ゲームで言っている訳ではありません。答えてあげてください」

何となく、上条君はさやかに対してだけは、物凄く鈍感な答えを出しそうだ……と、志筑仁美は思ってしまっていた。
なので、その言動は……これ以上に無いぐらいの、美樹さやかに対する優しさの表出であった。
上条君がその手の外し方を実演してしまったら、この親友はきっと立ち上がれなくなってしまうだろうから。

「さやか!」
「恭介ぇっ!」

そして、困惑しながら上条恭介が言い放った一言は、

「…………ごめん!」
「うわああああああんんんん!!」

さやかの最後に残った道しるべを、完膚なきまでに叩き潰していた。
泣き叫びながら夕日に向かって走り去って行く美樹さやかの背中を見送る志筑仁美の胸に、不思議と達成感は湧いて来なかった。
湧き上がってきたのはむしろ、戦いの神をハイパーフォームで叩き潰したような遣る瀬無さで。

「虚しい戦いでしたわ……」

何が起こったのか把握できずに、仁美の横顔とさやかの背中を交互に眺める上条は、只管置いてけぼりを喰らった……らしい。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十四話:戦いの後に



カブトムシのヤミーを追っていた伊達明と白鳥梨恵が目撃した、光景。
それは、一目には信じ難い、絵面だった。
ヤミーが……崩れ落ちて、セルメダルに変わったのだ。

「なんじゃありゃぁ……」

そして、ヤミーと向き合うように突っ立っていた女の子の行動もまた、奇妙そのものと言えた。
何と、セルメダルを身体に吸収し始めたのである。
その子供の外見は幼く、おそらく先程出会った美樹さやかと同年代か、それより下にさえ見えた。
……思えば、伊達はこの町に来てから延々と、その年代の女の子に煮え湯を飲まされ続けているような。
最初は食い逃げの赤毛ちゃんで、次が炎上女のお七ちゃん、そして極めつけは、ヤミーを吸収する妖怪メダルむしりである。

「見滝原の女子中学生は化物か……」
「あの子……私から、あの怪物を作った子です」

伊達の隣でその光景を眺めていた梨恵が、補足というか、物凄く大事な情報を提供してくれた。
それを早く言えよ、などという突っ込みは、思っていても決して口には出さないが。
そして、それと同じぐらいに重要な情報を、伊達は認識し始めていた。

「あら、坊や達……何か私に用かしら?」

端的に言うと……伊達たちは、隠れていないのだ。
むしろ、中学生がヤミーに襲われているのではないかと思って、飛び出す矢先だったのである。
当然……相手からは、伊達達の姿が認識されていた。

「単刀直入に言おう。そのメダル、俺に譲ってくれ!」
「!?」

坊や達、という呼称に若干首を傾げた伊達だったが……次の瞬間には自分の目的を思い出すあたり、欲望ドロドロという自称もあながち間違いでは無いのかもしれない。
そして、その真横に位置取る白鳥梨恵からさえ、コイツ何言ってんの!? という感想がひしひしと伝わってくる件について。

「冗談でも、面白く無いわね……!」

しかも、中坊からも危険人物認定を受けているらしい。
伊達としては、殺してでも奪い取るような強い信念を持って発言したわけでは無く、一応言ってみたという感覚が強かったりするのだが……相手はそうは捉えてくれなかったらしい。
案の定、伊達達の方向に手をかざした女子中学生によって、大量の水をぶっかけられる始末である。
一体どこからそんなものを出したのかと疑問で仕方ない伊達だが、ヤミーを作る程の超常能力を持っているのなら、それ位出来てもおかしくは無いのかもしれない。

「現代人の冷たさが身に沁みるなぁ……」
「冗談抜きで寒いんですけど……」

隣で一緒にびしょ濡れになっている女子高生の突っ込みもさておき。
その発言はきっと、伊達の言葉に対するコメントでは無く、水を被せられた件についてに決まっている。
そうに違いない。

それはさておき、伊達は考えてみた。
ヤミーを作り出す存在を、放置してよいのかどうかという点について。
伊達とて、目の前で人が襲われていれば助ける程度には、『良い人』である。
だがしかし、自分の命が一番大事だと豪語出来てしまう人間なのもまた、事実なのだ。
そして、自分の命を維持するためには会長から1億円を稼ぎ取る必要がある。
そのためには、後藤という青年を世界の救世主へと育て上げなければならない。
……つまり、世界の敵となるべき存在が、必要なのだ。

「お嬢ちゃん、お前さんみたいにヤミーを作れる奴っていうのは、何人ぐらい居るんだ?」
「今は、二人だけよ?」

どうしてそんな事を聞くのか、という疑問顔を向けてくる良く解らない何かの視線を尻目に、伊達は今後の方針を捻り出す。
2体しか残っていないグリードを倒してしまった場合、伊達が生き残る可能性は果てし無く低くなってしまうのではないか。
伊達がメダル集めを目的としているフリをした方が良いということは、事前に会長から聞かされていたのだが……

「いや、なんでもない。今日の所は引き上げる事にするさ。お嬢ちゃんも、悪さは程ほどにな」

……ここは、戦わない方が良さそうだ。
それが、伊達の導き出した結論だった。
その両者のやり取りの意味を理解できていない白鳥梨恵を引き連れ、伊達は結局、得る物も無く退散することとなる。
背中に突き刺さるグリードの視線を、最後まで、無視しながら……




そして、夢見公園跡のグループはと言えば……

「まったく、無駄に魔力使わせやがって……」

案の定、ヤミーを倒した途端に二手に分かれていたりする。
先程の戦闘は突発的なものに過ぎず、トーリと杏子の目的は巴マミのソウルジェムの捜索なのである。
トーリの目的が若干ズレている気配もあるものの、一応そういうことになっているのだ。
再び杏子を抱えて、トーリは風を切って空を進んでいた。

「その割に、結構ノリノリで戦ってませんでした?」
「んなワケ、あるかよ」

一方の後藤は、一応怪我人である師範を連れて病院へと向かっていったのだった。
もちろん、足であるライドベンダーが失われているため、徒歩による移動である。
一か月後に結婚する予定だから来てほしい、なんて口にする師範に、何かフラグが立っている気がした一同だったが……特に気にしないことにした。
多分そのフラグを解消するイベントが今回のヤミー騒動であったのだ、と信じる事しか出来なかったのだった……

「師範さん、嬉しそうでしたね」

尚、嬉しいのはトーリも同じである。
ヤミー一体分のセルメダルを、ほぼ完全に得たのだから。
ほぼ、というのは、後藤が今回の戦闘において消費した分を補充して行ったからだが……それも、微々たるものである。

「どうだか、なぁ……」

だが、杏子はどうやら、釈然としないものを感じているらしい。
その顔が何を思っているのか、やっぱりトーリには読み取れない。

「今のご時世、剣道場の師範なんて、食っていけんのかね?」

何処からか取り出した麩菓子を齧りながら、杏子がぼそりと口にする。
それも強請ってみようかと思ってしまうトーリだが、とりあえず保留である。

「男の条件として、経済力って大きいと思うんだよ、やっぱ」

女もそれに負んぶ抱っこじゃいけないけどさ、と付け加えながら、杏子はえらく世知辛い事を言いのけて見せた。
経済力という事はつまり、金の力である。
……トーリが自身の記憶を漁ってみたところ、金に縁のありそうな人物と言えば、鴻上会長ぐらいのものだった。
貨幣的な意味でも、メダル的な意味でも。

……でも、とトーリは思う。
体感としては、火野映司や後藤慎太郎といった金の匂いがしない男性でも、一緒に居て苦になることは無いような気がするのだ。
もちろん、トーリ自身があまり貨幣を必要とする生活を送っていないせいでもあるが。

「経済力が無くても素敵なヒトも、居るとは思いますよ」
「独り身なら良いけど、家族持ったら悲惨だろうが」
「……それは、確かにそうかもですね」

トーリには、繁殖という発想が欠けていたらしい。
特に生殖行動を必要とする訳でも無いヤミーだからこそなのだが、杏子はその辺り、何処か現実主義者というか、何と言うか。

……でも、ありがとよ。

「……? 何か言いました?」
「何でもねーよ。これでも食って黙って飛べっての」
「んぐ」

トーリの口に食べかけの麩菓子を突っ込んでくる佐倉杏子の思考は、やっぱりトーリにはよく解らない。
何となく、不快にさせてしまったような気配は無いのだが、黙れと言われるのも奇妙な話である。
一応お菓子も貰っているわけだし、いまひとつ相手の思考が追えないとでも言うべきか。


結局その日……巴マミのソウルジェムは、見つからなかった。



・今回のNG大賞
ヤミー兄弟成敗の後日。

「さやかちゃん……師範の婚約者って、あの先生じゃなかったみたい」
「えっ……それは、一体何があったんですか?」
「あの先生が師範から『お前は俺が守る!』とか、それっぽい事を言われて勘違いして、言いふらしてただけらしいよ」
「先生も鈍感男に振り回された被害者の一人だったのか……」

早乙女和子さん(3X歳)の理不尽な八つ当たりのせいで、英雄NAKAZAWAが反英霊へ落ちる日は、近いのかもしれない……

・公開プロットシリーズNo.64
→どうした? 告白しないのか?



[29586] 第六十五話:Love Wars――愛っていうのは呪いみたいなものなんだ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/12/06 22:29
一日ぶりの帰宅を果たした美樹さやかは、当然の如く保護者からの追及を受けたが……失恋したからだと説明したら、あっさり納得させる事が出来たのだった。
そんなんで良いのかよと思わないでもないが、先程の酷い負けっぷりを思い出してしまって涙が毀れたのが、きっと勝因だったのだろう。
涙は女の武器なのである。

「女の子だもん……っ」

どうせ、恭介からは女モドキとしか思われてなかったんだ……っ!
感情が揺り返されて、死にたい衝動に駆られるも、涙を滝のように流して思考を振り切る美樹さやか。
そして、部屋に戻った先には……

「おかえり、さやか!」
「!?」

驚きの白さを誇るマスコット、キュゥべえさんが鎮座していたりして。
その姿を目撃したさやかの行動は、迅速だった。
瞬く間にキュゥべえの目前まで迫って。
その尻尾と頭部を、さやかの二本の腕で掴み。
キュゥべえの純白のボディを軽々と持ち上げて。

「お前が泣かせた女の数を数えろおぉっ!!」
「きゅっぷい!!?」

力の限りに、捩じりあげてやった。
尚、キュゥべえさんを発見してからこの瞬間まで、文章一行につきコンマ1秒程度の時間しか経過していなかったのだというどうでも良いタイムラインを補足しておこう。

「ボクを雑巾にするなんて、酷いじゃないか」
「なんなら、本物のボロ雑巾にしてやるっ!!」
「どうかしてるよ……」

捩じりあげられて喉を空気が通っていない筈なのに、平然と発言してのけるキュゥべえさん。
そこに痺れたり憧れたりする前に、さやかはその口にパンツマンの明日を詰め込んでやりたい気分で一杯だった。
なんなら、代わりに志筑仁美のワカメのような髪の毛を頭部ごと食わせてやっても良い。

「あんた、あたし達を騙してたのね!?」
「嘘は吐いてないよ。聞かれなかったから答えなかっただけさ」

よくも抜け抜けとそんなことを、と憤るさやかに相対して……キュゥべえは、飽く迄冷静さを失う気配を見せない。
ネジレ次元もビックリなぐらいに捻じれている筈なのに、その声は平坦そのもので。
もちろん、その程度の怪異でさやかの気を静めることなど出来ないのだが。

「じゃぁ、知ってること全部吐けっ!」
「そんな事をしたら君の人生が終わってしまうよ。少しは質問の意図を絞って欲しいな」

流石に、さやかの人生が終わってしまうというくだりには誇張が幾分か含まれているという事ぐらい、さやかには理解できていた。
だが、同時に気付いてしまっても居た。
……聞きたい内容として、特に具体的事例が思い当たらないという事に。

マミさんを救いに行くほどの気力を取り戻した訳でも無く、かと言ってキュゥべえに恋愛相談などする気になる筈も無かった。
キュゥべえに相談するぐらいなら、まだ志筑仁美に直接聞いた方がマシである。
だがしかし、契約の更に奥に眠る真実の存在を認識している訳でも無いさやかには、そもそもそれを問いただす発想自体が無いのだ。
つまり、さやか自身も何をキュゥべえから聞き出したいのか分かっていないという事でもある。

「じゃぁ、あの眼帯の魔法少女の場所を教えてよ。とりあえずアイツ殴りたい」

何処まで捩じってもまるで千切れる気配の無いキュゥべえさんの柔らかな肌触りが段々と不気味になってきたさやかだが、恨みもあるので手は緩めない。
そんなさやかが出した今後の行動指針が……それだった。
別に、黒い魔法少女を恨んでいるという気持ちは然程強くも無いとさやかは思うのだが、直ぐに思いついた八つ当たりの矛先がそこだったのだろう。

「巴マミを助けに行くのかい? キミはマミの事を恨んでいなかったかな?」
「それはあの黒いのをボコボコにしてから考える。それとも、アンタはあいつとグルなわけ?」

泣きに泣いたせいで頭が少しだけ冷えた、とも言う。
昼間にはネガティブ一直線だった思考がようやく平常運転に戻り始めたものの、素直に巴マミを助け出そうというところまでは、まだ切り替えも済んでいないようだが。
美樹さやかが冷静なら、気付けたかもしれない。
クスクシエにおいてさやかが発言した内容を、さやかの部屋に居た筈のキュゥべえが知っているのも奇妙な話だ、と。

「とりあえず、巴マミのソウルジェムの場所は教えられるよ。行くかい?」
「えっ……? 教えてくれんの……?」
「キミが教えろって言ったんじゃないか。ワケが解らないよ?」

さやかとしては、キュゥべえの言葉を鵜呑みにする気にはならない。
しかし、一応キュゥべえが嘘を吐いていないというのも本当のことなので、期待も大きい。
少し考え込んださやかは、

「一人で行くのはちょっと……。誰か味方を見つけてから、かなぁ」

やはり、さやか自身が手も足も出なかった相手にタイマンを挑むのは心もとない。
ボコボコにするなどという勇ましい言葉を口にした割に、前回ボロ負けした経験は確りとその身に沁みついているらしい。
だとすればやはり、誰かを援軍に付けるのが妥当と言えるだろう。
トーリは……誘えば来るだろうし、移動には便利だが、戦力として数えてはいけない。
パンツマンも肝心な時に限って所在不明だし、後藤もトーリよりはマシというレベルだろう。
援軍としてはやはり、転校生様か昼間の槍女の手が欲しいところだ。

「……やっぱり、転校生かな」

何となく、槍女はいけ好かない。
むっつりな暁美ほむらさんも若干何を考えているのか分かり辛い所があったが……
ほむらが魔法少女の真実を教えてくれなかったのは、巴マミのせいであるということは理解しているため、大した嫌悪感は向いていないのである。
翌日への備えと、精神的な疲れを癒すために、結局さやかはその日、早めの就寝を迎えることとなるのだった……。


さやかは、気付く素振りさえ、見せない。
キュゥべえの、思惑に。
ワルプルギスの夜が到来する時までにこの町の戦力を逐次掃討しようとするキュゥべえの思考になど、思い至る筈も……無かった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十五話:Love Wars――愛っていうのは呪いみたいなものなんだ



みどりの黒髪をなびかせ、見滝原中学校のガラス張りの廊下を、一人の少女が潜り抜ける。
時刻は、昼。
生徒たちが思い思いに昼食を求め、また、親しい者たちと集い合う、一日の内で最も活気に満ちた時間帯である。

「……案外、見つからないものね」

少女の呟きとは裏腹に、もしその少女自身を探している者が居たのなら、その目的は簡単に果たされてしまっただろう。
なぜなら……喧騒に満ちた学園の中において、彼女の通り抜けた道のみが、静けさに包まれていたのだから。
彼女の通った後に残された若者たちは悉く振り返り、その容姿を目に焼き付けようと心を焦がしていて。
ある者はそばかす一つ無い白磁のような肌に注視し、またある者は下半身に視線を向けるという正直な反応を取り、同性からは誰しもから羨望の眼差しを欲しいままに集める。
身体つきには未完成な印象を残しつつも、同年代の少年少女の中に混じれば明らかに浮いてしまう、そんな絶世の美少女と呼べる存在が、見滝原中学校の内部を闊歩していたのだ。

「カザリったら……目的の教室ぐらい、調べておきなさいよ……」

この場に居ない仲間の名前をぼそりと口に出してしまったこの美少女の正体は……お察しの通りである。
水棲生物の王にしてグリード戦隊の紅一点であるメズール様、その人間態に違いなかった。

そもそも、なぜメズールが見滝原中学に潜入せねばならなかったのか?
その原因は……最近何処に向かっているか分からないと評判の、カザリさんにあった。
彼が密かに用意していたという秘密兵器が、今朝になってついに、メズールの目前に持ち込まれたのである。
はたして、その実態は……

「『こんなもの』を用意するより、遥かに簡単でしょうに、ねぇ……」

見滝原中学校の、制服だったのだ。
チェック柄のスカートが絶妙なエロスを醸し出すと評判の、アレである。
そして、周囲と条件が同じだからこそ……メズール様の容姿は、周囲の男子生徒の人生を狂わせまくっていた。
それはもう、恋愛コンボなんて目では無いぐらいには。
そんなことはさておき。

一体どうやってカザリさんがそれを入手したのかという疑問も若干残るものの、彼の立てた作戦は一応理に適っては居たので、メズールが反対する理由も無かったのだ。
制服の入手経路に関しては、カザリが最近文明の利器を使いこなし始めている辺りと何か関係があるのだろう。
メズールがその手の電子機器を弄ったら、身体から滲み出る湿り気のせいであっという間に電子回路の寿命を縮めてしまうだろうが。

そして、メズールが引き受けたミッションを遂行するためには、とある人物の居場所まで辿り着かなければならないのだが……これが、中々に難しい。
目的の人物の名前を出しての聞き込みも試しては見たものの、成果は芳しくなかった。
特に男子陣の中には、メズールの話を碌に聞かずに愛の告白を始める者まで居る始末で、グリードの能力で大量の水をぶっかけてやったメズール様はきっと悪くない筈だ。
もっとも、そんな冷や水でさえ恍惚の表情で身に受けた男子が意外に多かった辺り、この学校は色々と将来有望な生徒が多いのかもしれない。

「あら、アレは……」

だが……辟易していたメズールに、ようやくツキが回って来たらしい。
メズールが見つけた女子生徒は、目的の人物では無かったが、その知り合いの可能性が極めて高い人間には違いない。
何と言っても、その二人は魔法少女という希少人種なのだから。
見つけた手掛かりに即座に歩み寄ったメズールは、とある教室へと侵入し、そいつへと接触を試みて、

「お嬢ちゃん。『暁美ほむら』って子の居場所を知らないかしら?」

見た目が同年代の筈の相手を年下呼ばわりにしているという自身の奇行にも気付かず、用件を伝えきってしまった。
その相手とは……

「何? 転校生のファンクラブか何か? あいつなら、今日は来てないみたいだよ。あたしも探してるんだけどさ」

昨日に泣きながら住宅街を疾走したという目撃情報が出回っている、美樹さやかであった。
その目の淵には、まるでメモリを砕かれた犯罪者のような黒味が存在を主張しており、その噂の内容は概ね正しいのだろう。
もっとも、そんな噂などメズールの知るところでは無いのだが。
メズールとしては、美樹さやかの欲望からヤミーを作ってみたいという思いは健在なのだが、今は別の作戦を遂行している最中なので自重していたりする。

「なら、その子のよく使っている場所を教えてくれないかしら?」
「座席の事? それなら、教室の前の方で友達に愚痴ってる奴の、右隣りの机だよ」

暁美ほむらさんの左隣の生徒は、普段余程ストレスを溜める生活を送っているのだろうか。
むろん、そんな中沢君の存在など、メズール様の眼中にある筈も無い。

「そう。ありがとう、お嬢ちゃん」
「……ところで、あんた、あたしと何処かで会ったこと無い?」

ええ、貴女を縛って遊んであげた事があったわね。
……などと、正直に答えるメズール様では無いのだ。
美樹さやかが直感的にモノを言っているに過ぎないという事は察知できているので、はぐらかす一択である。

「その誘い文句はここに来るまでに何度か聞いたけれど……貴女、もしかして『坊や』だったのかしら?」
「……どうせっ、あたし、なんかッ……うわああああああああんん!!」

グサリ、と生傷をフォークで抉るような、一言だった。
しかも、水棲怪人によって傷口に大量の塩水を塗り込まれたような錯覚さえ発生している始末である。
先日、上条恭介に酷いフラれ方をした美樹さやかにとって、それは特大の地雷だったのだ。
枯れ果てた筈の涙と鼻水をその両眼両鼻孔から零した美樹さやかは、あまりに深い精神的外傷に耐え兼ね、疾風のように逃げ出した。
当然、無断早退であることは言うまでも無い。

「……まぁ、良いわ」

ともかく、ここまで来たからには、無事に作戦を遂行できそうである。
果たして、メズールが課されたミッションとは……?



そして、つい先日まで活躍に乏しかったと評判の後藤慎太郎はと言うと……

「これか……?」

鴻上財団傘下の研究所の最奥に位置する一室の中から、探し物を行っていた。
念のために補足しておくと、別に後藤が暇を持て余していたなどという事は無いのだ。

特に今週は、激務の連続であったはずなのである。
日曜日にはオーズの性能確認に付き合い、
月曜日には真木博士を警察に突き出して、
火曜日にはカザリとメズールによる財団本社襲撃戦を戦い抜き、
水曜日には通りすがりの赤い魔法少女と共にクワガタモズクヤミーを倒したはずなのだ。

財団防衛戦が全面的にカットされた事が、後藤の活躍の影を薄めている主な原因だと思われる。
ただその火曜日は、裏でロストアンクに関わる一連の事件の他にバースの初戦闘までもが起こった日でもあるのだ。
そのため、後藤の防衛戦はどうにも地味に見えてしまうという構成上の都合としてカットを余儀なくされたのだという、不幸な経緯があったりする。

それはともかくとして、現在の後藤の現在の探し物は、それなりに重要な物には違いなかった。
全体として漆黒の装甲に、透明なパーツによって上部を覆われた砲身が存在を主張している巨大な火器を、後藤は段ボール箱の山から、ついに発見したのだ。
その銃器の名前を……『バースバスター』といった。

そもそもの事の発端は、昨日に鴻上会長への国際電話を繋いだ時にまで遡る。
バースドライバーを持っていた中年男が、自分からそれを要求したくせに、忽然と姿を消してしまった後の事だった。
持ち手の居なくなった受話器を取ろうとした後藤が手を伸ばした矢先に、まるで後藤の動きを先読みしたかのように、

『ところで、後藤君ッ! 真木博士の研究所のどこかに眠っている『バースバスター』を捜索してくれたまえ!』

……という訳なのである。
会長は相変わらず訳が分からない人間だという後藤の再認識は兎も角として、その命に従わない訳にもいかない。
ついでに、施設のパソコンから財団のデータベースに繋げてバースバスターについて調べてみる辺り、後藤のバースへの興味の深さが窺えるというものである。
だがしかし。

「コレは……実用品、なのか?」

正直に言って、実戦に配備するにはやや疑問の残る兵器だというのが、データを閲覧した後藤の正直な感想であった。
何といってもまず、セルメダルの使用効率の悪さが目につくのだ。
特に、オーズがセルメダルをたった三枚使っただけで空間を切り裂く荒業を使えるのを目にしている後藤としては、それを気にせずには居られない。
セルメダル1枚を消費して弾丸を一発発射するという仕様ならば、バースバスターの威力はもう少し高くても良さそうなものなのだ。
なのに、その威力は海外製の大型銃器より少し強い程度で、三発撃ったとしてもヤミーを倒せる代物には見えない。
精々、仰け反らせるぐらいが限度だろう。
オーズの『スキャニングチャージ』が再現できなかったせいだろう、とは後藤も理解できているが。

「救いは、この『セルバースト』ぐらいだな」

唯一後藤の目を引いたのが、バースバスターの切り札として用意されたギミックだった。
充填したセルメダルを全て消費すれば、理論値としてはバース本体の腕力の20倍近い攻撃力を得られるという、いわゆる必殺技である。
しかし、それを頼ろうにも後藤が使おうものなら、反動がどうなるのかは考えるまでも無い。

このバースバスターだけでヤミーを相手にするのは、やはり辛いと言わざるを得ない。
ベンダー隊全員に一丁ずつ配布するぐらいの数があれば、ヤミーを倒すぐらいは出来るだろうが、セルメダルは赤字になっていくばかりだろう。
そもそも、そのライドベンダー隊自体が、また壊滅してしまったというのに。

……バースバスターがバースへの変身を前提に作られているという事は、後藤には分かり切っていた。
そのはず、なのに。

「……まぁ、あいつらが戦ってる横で支援するには、使えるか」

後藤は、タダではこの『力』を手放せない、とも思い始めてもいた。
少なくともバースに選ばれた伊達という男がどんな人物なのかを知るまでは、絶対に渡したくない、と。

――それは、『あいつ』の理想を助けるためのものに過ぎない。

昨日にクワガタモズクヤミーを倒した際に、後藤はトーリから、オーズが行方不明だと聞いていた。
そして、ならばと思ってしまうのだ。
もし火野映司という男が苦境に立たされているならば、後藤慎太郎はその役に立ちたかった。

後藤の判断がこの世界をどう変えるのか。
バースを作った真木博士は、バスターを探させた鴻上会長は、予見しているのだろうか……。
だが後藤は、信じたい。
バースバスターに運命を打ち抜く力が無くても、その糧となるぐらいの働きは出来るはずだ、と。



・今回のNG大賞
「カザリ、その制服はどうやって手に入れたのかしら?」
「それにそっくりな制服が出てくるゲームがあったから、それのコスプレ用衣装をネカフェから注文したのさ!」

鴻上会長が言っていた……
欲望は無限の進化を生み出す源だってな!

・公開プロットシリーズNo.65
→メズール様が制服を着たって良いじゃないの。



[29586] 第六十六話:平日の昼間に出歩いてる女子中学生って……
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/12/11 01:26
「うさ、ぎ……?」

メズールの姿を探して町を徘徊していたガメルの視界に入った、奇妙な生物。
それは、小さな白い身体に長い耳を持つ不思議な生物で。
その意味不明な出で立ちは……ガメルの好奇心を掻き立てるには、十分すぎるぐらいに珍妙なそれだったのだ。
ガメルの子供心に、そいつを捕まえてやりたいと思わせるには、格好の獲物だったのである。

従って、その後ろ姿を追ってガメルがのそのそと走り出したのは……当然の成り行きであった。
もちろん、人間形態は維持しているために周囲からは少し変な人という程度にしか見られていないということを、補足しておこう。

ところが、その白い生物が中々に素早いもので、一向に捕まえることが出来ない。
ちなみに、ここまでの経緯は、何処かの魔法少女の契約前の成り行きにそっくりだったりするのだが……
きっと、その魔法少女の知能は、ガメルと同レベルだったのだろう。
愛に生きるヒトな辺りも、何気なく似ているのかもしれない。

だがしかし、ガメルがその少女と違うところは……

「まてー」

当然、グリードであることだ。
無限に近い体力を持っているガメルは、その遊び心も相まって、一度目を付けた標的を地の果てまでも追い続ける気満々だったのだ。
とはいえ、飽きる時にはすっぱりと飽きてしまうものなので、飽く迄一時的な気概の話に過ぎない。
ガメルには……折角復活したのにメズールに会えない状況が続いたことによって、ストレスも溜まっていたのだろう。
ともかく、久々の面白そうな玩具に、このグリードはすっかり夢中になっていたのだ。

だがしかし、いたちごっこを続けていたガメルの頭に……ピンと名案が閃く。
確か、ウサギに対して強そうな動物が居たじゃないか、と。

思い立ったが吉日とばかりにガメルはセルメダルを取り出し、投げ込んだ。
自身の額に出現させた、投入口へと。
ガメルは他のグリードと異なり、自身の欲望からヤミーを作れるのだ。

かくして……そいつは、生まれた。
頑丈そうな甲羅に、その隙間から伸びる短い手足。
そして、腕には鎖付きの鉄球という、けん玉を思わせる意匠が見えるそのヤミーは……リクガメの怪人であった。

「いけー!」

ガメルは、人間の童話の中にそんな感じのものがあったと、おぼろげながら覚えていたのだ。
詳細は忘却の彼方だが、ガメルはこう確信していた。
カメはウサギに勝てる生き物なのだ、と。
何かが間違っている気がするだとか、そんな思考がガメルに発生している筈も無い。

鉄球を振り回しながら白兎を追いかけるリクガメヤミーの行進は……災害と言って良いレベルの破壊を、見滝原市にもたらしていた。
ガラス張りのビルは砕け、街路樹は根元から折れ、風車の首は外れてしまうという始末で。

超重量動物を司るガメルのヤミーが、まさにその特徴を活かし切って災厄を振り撒いていたのだ。
世界一迷惑なヤツも裸足で逃げ出すぐらいに、仕様も無い理由によって……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十六話:平日の昼間に出歩いてる女子中学生って……



学校から颯爽と早退した美樹さやかは……今後の予定について、考えを巡らせていた。
とは言っても、特に画期的な事を思いつく訳でも無いのだが。
なんせ、彼女はガメルにも匹敵すると噂される程の知能を持つ魔法少女なのだから。
きっと、不完全な契約のせいで頭脳がボロボロになっているに違いない。
そして、キュゥべえさんが謝らないのも、説明するまでも無いだろう。
彼らは、魔法少女システムに不備は無いと言いきれるタイプの珍獣なのだから。

「やっぱりアイツしか……」

やはり、槍女に頼るのは嫌だという思いは強かった。
奴に関する情報を整理してみると……
第一印象としては、ヘタレなのかなぁ、ぐらいの気持ちだったはずだ。
もっとも、後で暴走体と自分で戦ってみたら、逃げ出したくなる気持ちも分かってしまったのだが。
そして、二回目に会った時には殴られた。

……以上ッ!

「うん、やっぱりやめとこう!」

Q:どうしてそうなった。
A:お前は正しい! だが、気に食わん!
それに尽きるとしか、さやか自身でさえも説明できないのだろう。
ここで、『A:俺に質問をするな』とならない辺りが、さやかの人間臭さというヤツなのだろうが。

「でも、後は後藤ぐらいしか……」

後藤じゃぁ、流石になぁ……
そう思わずには、居られなかった。
さやかが相手にしようとしている魔法少女は、兎に角素早いのである。
素の人間の耐久力では、敵を認識する前に殺られてしまう可能性さえある始末だ。
動きが大ぶりな魔女が相手ならまだしも、今回ばかりは一緒に行くことは出来ないだろう。

だがしかし、その時奇跡が起こった!
何と、さやかの頭の中に、救世の名案が閃いたのである!
きっと、世界の何処かで太陽の子が不思議なことを起こしたことによる余波に、違いない。

「よく考えたら、後藤ならパンツマンの居場所を知ってるかも!」

別にそんなことは無いのだが……可能性としては、充分に有り得る話であった。
一昨日にグリードによって鴻上財団本社が壊滅的な被害を受けていなければ、の話だが。
ここ数日の間、新聞を読む余裕さえ無かったさやかは、そんな事は知らないのだ。
もっとも、普段の美樹さやかが新聞を読むような勤勉な人間である筈が無いというのは、言わぬが花というヤツである。
花という言葉がさやかに似合うものかどうかについても、同じく言わぬが花である。

そして、喜び勇んで鴻上財団本社に足を運んだ美樹さやかは……

「……美樹さやか。学校はどうしたのかしら?」
「アンタが言うなっ!」

何故か、ビルの周囲で油を売っている転校生様を発見していたりする。
もちろん、暁美ほむらさんは暇を持て余している訳では無く、バースに変身する男が来ないか見張っていたという訳である。
ほむらは、長い経験から知っているのだ。
行方不明の人間を簡単に見つけられる程、この見滝原という町は親切に出来ていないのだという事を。
ならば、この場所を訪れる可能性の高い犯人候補を待っていた方が、まだ期待できるというものである。

「ちょうど良かったわ。鹿目まどかの行方を知っている?」
「そういえば……今日学校に居なかったっけ。何かあったの?」

まどかなら失恋直後の美樹さやかを慰めてくれると思っていたのに。
登校したさやかの思考にそんな打算が存在したことは、否定できなかった。
だがしかし、目の前の暁美ほむらの真剣な様子は、美樹さやかの冗談を噤ませるのには充分すぎた。

「私は、誘拐されたと睨んでいるわ。ここの社員によって、ね」
「……えっ?」

何だって!? それは本当かい!?
……などと鵜呑みにするほど、さやかの持っている情報は、少なくはなかった。
具体的には、後藤の人望の賜物である。
どうにも、鴻上財団が悪の組織だと言われても、ピンと来ないのだ。

「犯人は、銀色の全身タイプのパワードスーツを纏った、怪しい男よ。名前も分からないけれど」
「パワードスーツ……? ちょっと、アタシが行って聞いてこようか?」
「……え?」

それでも、鹿目まどかが行方不明であるという事実がある以上、暁美ほむらの話もデタラメとは思えない。
何より、暁美ほむらも鹿目まどかも、さやかの『友達』なのだ。
財団の構成員は後藤だけでは無いのだから、後藤とほむらの両方を信じることだって出来るはずである。
従って、驚愕に目を見開くほむらの視線を背に、美樹さやかは財団の建物の中に入って行ったのだった……

そして、暁美ほむらさんが待つ事、十数分後。

「その人、『伊達明』って言うらしいよ? 鴻上ファウンデーションの、今は使われてない研究所に住んでるってさ」

どうやら、さやかは財団内に信頼できる知り合いが居て、受付嬢に頼んでその人に電話を繋いで貰ったという事らしい。
ほむらとしては、色々とビックリする事が多すぎて、何をどう突っ込んで良いのか分からくなっている始末である。

「初めて、貴女に感心したわ……」
「マギブルー・さやかちゃんの魔法美少女伝説はこんなもんじゃないよ!」

別の意味でさやかの伝説を色々と目にしている暁美ほむらとしては、ここまで光り輝いている美樹さやかになど、お目にかかったことが無い。
某動画サイトならば、『誰だお前』のコメントが弾幕となって流れてくるレベルである。
きっとそこには、(首が折れる音)だとかウワアアアアアアといったコメントも交じっているのだろうが。
これは最早、さやかが憑依系主人公に成り代わられているのだと説明された方が、ほむらとしてはまだ納得がいくレベルである。

「貴女、本当に美樹さやか……?」
「ある意味、違うのかもしれないけど」

そして、指に輝く指輪を見せてぶらぶらと振って見せる美樹さやかが何を知ってしまっているのか……ほむらは、察してしまっていた。
それにしては、まだ美樹さやかのメンタルがあまり崩れていないような気もするものの、逆行者だからこそ抱いているこの違和感をどう説明すれば良いものか。
というか、さやかのオツムの出来を考えるのならば、その説明は厳しいミッションになることは想像に難くない。
……したがって、ここでは突っ込みを控えるべきだという思考が、前面に出張って来た。

「……そう。巴マミから、聞いたのね」
「ううん。マミさんのソウルジェムを奪って逃げたヤツが居てさ、そいつをあたしは探してるってワケ」

ところが、当たり障りのない返し方を実践したと思っていたら、どうやら奇妙な方向へとズレていたらしい。
それもそれで、ほむらの気を引く展開である。
もちろん優先順位の一番上は揺るがないが、暁美ほむらの中で巴マミという師匠の存在は、どうでも良いと思えるほど小さくも無いのだ。

「それは、誰が?」
「黒い魔法少女だよ。眼帯してる奴なんだけど……」

……そんな特徴的な人物が、暁美ほむらの記憶野の中に二人も存在している筈は、無かった。
暁美ほむら自身がその魔法少女と共に過ごした時間は、驚くほど短いが……記憶に深く刻まれた印象は、何度世界を繰り返そうとも、早々に忘れられるものではない。

「心当たりがあるわ」
「おおおっ!? さっすが電波女様は格が違ったっ!」

もちろん、鹿目まどかの残した印象とは真逆の意味においてである。
ほむらが経験した時間軸の中で、今回に匹敵する程度にはイレギュラーが多かった、白と黒の二人組の魔法少女に翻弄された世界。
……そして、鹿目まどかが契約する事無くデッドエンドを迎える、最悪のシナリオが実演された悪夢のような時空間でもあった。

「『呉キリカ』……それが、眼帯の魔法少女の名前。見滝原中学の3年生よ」

――安心して、絶望できる。

忘れる筈も、無い。
ほむらの時間操作に匹敵する程の希少能力を持ち、二人で組めば暁美ほむらの時間停止からの攻撃でさえも防ぎ切れる、彼女達の連携を。
そして呉キリカの存在を思考に登らせた時点で、当然ながら暁美ほむらは、思い出しても居た。
ほむらの視点では久しく顔を合わせていない、未来を見つめる白い魔法少女の能力を……



その頃、マミの捜索に明け暮れていた杏子・トーリペアはと言えば……

「あの人、ですかね?」
「みたい、だなぁ」

昨日からの活動の甲斐もあり、ようやく目的の人物へと辿り着いていた。
杏子としては、こんなに早く見つかるとは思わなかった、というのが正直な感想である。
一応、効率的な魔女探査の方法は巴マミから伝授されているものの、それは飽く迄対魔女専用に過ぎないのだから。
事故や自殺の多い場所を探せば良いという訳でも無く闇雲に追及の手を広げたのに、こんなにも順調に探査が進んだのは……やはり、飛行能力を持つトーリの力があってこそだという事は理解できている。

だが、しかし。

「不意打ちで一気に殺っちゃいます?」

現在は対象を上空から観察している状態なのだが、杏子はその様子に違和感を抱いていた。
美樹さやかや巴マミと同じ見滝原中学の制服を着た、黒髪の目立たない女。
それが、杏子の観察出来た身体的特徴だった。
そしてそれ以上に気になるのが、

「あいつ……何でこんなところに居るんだろうな?」

その魔法少女の突っ立っている、場所である。
とある河川にかかった歩道兼自動車用の橋の隅で、その場所には何の変哲も無かった。
……だからこそ、杏子は気になるのだ。
まるでその魔法少女の様子は、網を張って獲物を待っている蜘蛛のようだ、と思ってしまうのである。

「アンタ、マミの奴のジェムを返してくださいって、言って来いよ?」
「流石に、それで返してくれるぐらいなら奪わない、ような……?」

おそらく、杏子も本気で言っている訳では無いのだろう。
どう判断すべきか迷ってしまったため、トーリに意見を求めているに違いない。
とは言えトーリには前線に立つという選択肢が基本的に存在しないのだから、打てる手は必然的に限られてくる。

「戦闘能力に乏しいワタシとしては、杏子さんの不意打ちの一撃で落としてほしいです」

昨日さやかから聞いたところによると、地上の魔法少女はサイコさんらしいので、きっとタイプ一致弱点の三倍ダメージを与えられる筈である。
一方、何だかトーリが失礼なことを考えているのではないかという唐突な疑心暗鬼に捕らわれた杏子だが……次の瞬間には、頭を切り替え直していた。
これでも、佐倉杏子は歴戦の強者なのだから。

「アタシは飽く迄手伝いのつもりだったんだけど……乗りかかった船だし、やっちゃうか」

杏子としては、マミの現在の弟子であるトーリに主体となって欲しいという願望もあったのだが……こればかりは、仕方ないと思ってしまっても居た。
先日、碌に動きを洗練もしていない美樹さやかに簡単に押し倒されてしまった辺りから、トーリの近接戦闘能力の低さを見積もっていたためである。
さやかに対して油断していたという点を差し引いても、おそらくトーリの能力は杏子や未だ名前も知らぬ敵の足元にも及ばないだろう。

「一回降ろしましょうか? それとも、狙撃出来ます?」
「そういえば、まだ相手から見つかってないんだったっけ。あんま得意じゃないけど、そっちもアリだな」

そんな姑息な手なんて思いつかなかったぜ!
……などとは、流石に杏子も思っては居ないだろうが。
そもそも、敵だって巴マミに不意打ちを喰らわせているのだから、御相子である。

手早く深紅のソウルジェムを輝かせ、杏子は身の丈程度の細身の槍を取り出す。
……取り出した、だけだった。

何故か杏子は投擲のモーションに入る気配も無いままに、ソウルジェムを確認したり槍を擦ってみたりという不思議な挙動を取っているのだ。
槍を生み出した際に杏子の身体がビクリと揺れたように、トーリには思えたのだが……それと何か関係があるのだろうか。

「どうかしましたか?」
「いや、アタシとしては、ポッキーサイズの吹き矢的な槍を作ったつもりだったんだけど、何でか何時ものヤツが出てきちゃってさ……」

左手の指を広げて、その予定のサイズをトーリにアピールしてくれる杏子。
だが、そんなことを言われても、トーリとて何を返せばいいのやらである。
今度そのポッキーというのも食べてみたいです、などとボケる空気で無い事ぐらいは分かるのだが。

「まぁ、良いか。あんまり揺らすなよ?」
「了解です」

そして、漸く振りかぶった態勢を取る杏子の姿を目に収めながら、トーリは……ふと小さな疑問に思い当たっていた。
敵は何故巴マミのソウルジェムを砕いてしまわないのか、ということに。
そんな物を持っているせいで、今だってまさに投槍の餌食になろうとしているのに、その危険を負ってまでジェムを保存しておく意味があるのか、と。

だがしかしその違和感は、トーリが杏子を静止するための決定的な懸念には成り得ず。
かくして槍は……離れてしまった。
杏子とトーリの、手から。


地表に佇む制服姿のままの魔法少女の口元が……ニヤリ、と歪んだ。



・今回のNG大賞
「串刺しにして河に突き落としてやるぜ!」
「それ、生存フラグですよね……?」

The・お約束。

・公開プロットシリーズNo.66
→灰色単色ヤミーがバイソンとリクガメの二種類しか存在しないという驚愕の事実に、最近気づいたんだぜ……まぁ、青単色も少ないけど。



[29586] 第六十七話:ダイナミック起床
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/12/14 02:56
杏子の投擲した槍が目標に到達しようとした、まさにその時だった。

「なっ……!?」

槍を回避した呉キリカの足元の石橋が……崩壊したのは。
綺麗に並んでいた石柱がまるでドミノ倒しのように次々と転倒し、絡み合った鉄筋が千切れて、河川の流れの中に消えて行く。
腹の底に響く独特の振動と砂埃が、その崩壊劇の規模の大きさを示してくれて。
上空まで響き渡る、石が砕けてぶつかり合う音は、杏子たちの目の当たりにした光景が見間違いでは無い事を教えてくれていた。

「杏子さん!? どれだけ腕力持て余してるんですか!?」
「馬鹿野郎!? どう見てもアタシのせいじゃねーだろうが!?」

素で杏子が脳筋系魔法少女なのかと疑ってしまったトーリは……色々と、勘が悪いのだろう。
身近にももう一人、あまりオツムの出来が宜しくない仲間が居たからかもしれない。
誰の事かは、読者の皆様のご想像にお任せするが。
それは、ともかく。

二人の目を引いたものは……もう一つ、あった。
石山の一片を砕いて、粉塵を纏いながら瓦礫の底から這い上がってきた、一匹の恐獣。
白い肌に、紫色の鎧のような外殻を身に纏い、その緑色の目は生物的な筈なのに、何処か無機的な冷たさも印象付けてくれる。

「何だ、アイツ……?」

ぽつりと零れ出た杏子の呟きは……恐獣の雄叫びに、塗り潰された。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十七話:ダイナミック起床



Count the medals現在オーズが使えるメダルは……
タカ×2
クジャク×2
コンドル×3
クワガタ×1
トラ×1
プテラ×2
トリケラ×1
ティラノ×2


杏子とトーリがとある巨橋の上空に差し掛かる、少しだけ前のことだった。

「ボクと契約して魔法少女になってよ!」
「うるさい! またお前かッ!」

ちょうど、その橋の下に隠れていたアンクの元へと、キュゥべえが姿を見せたのは。
アンクのとったそれは、まるで新聞配達の勧誘に来たセールスマンを相手にするかのような、対応だった。
グリードの中でも真っ先に現代へと対応したアンクだからこその、反応だったのだろう。
尚、呉キリカが屯していた橋の下に偶々アンク達が居た……などという奇運は、あるはずも無い。
当然、キリカはアンク達の監視に付いていたのである。

「早くまどかに契約して貰わないと、殺されてしまうよ!」
「ハッ、そいつは気の毒になァ」

正直なところ、アンクにとって、キュゥべえなどそこらの野良猫程度の存在価値しか持っていない。
むしろ、何処かグリードに似ているキュゥべえが死んでくれるなら、清々するぐらいである。
だが、事態はそれだけには収まらなかったらしい。

「君もだよ?」
「何を言って……」

そう聞き返そうとしたアンクの周囲に、楕円状の影が、出現したのだから。
アンクの借りている鹿目まどかの小さな身体をすっぽりと埋めるような、大きな影が、足元に現れたのである。
そしてアンクは、見た。
上空に映る、人間より一回り大きな体から短い手足を生やした、不恰好なヤミーの姿を。
……そいつが、腹を見せながら一直線にダイブしてくる、様を。

お察しの通り、キュゥべえを捕獲するためというこの世で最も下らない理由によって生み出された、リクガメのヤミーである。
周囲にガメルの姿が見えないのが若干気になるところだが……奴なら、ヤミーを作った当初の欲望に飽きて別の行動に移っていても全く不思議では無い。
予期せずにヤミーと逸れてしまったという線も捨てきれないが。
もちろん、そいつはキュゥべえさんを追ってこの場にやってきた訳なので、アンクは完全な巻き込まれ損である事は疑う余地が無い。
というか、キュゥべえも間違いなく、意図的にアンクを巻き込もうとしている筈だ。

「何だとッ!?」

そして、何とか子供の身体一つを操ってその真下から逃げ出したアンクは……しかし、それだけが限界だった。
先程からずっと、会話にも参加できずにただ意識を静め続けていた『使えるバカ』の救出など、出来なかったのだ。
だがしかし……アンクが、その青年の名前を口に出すよりも、早く。

『プテラ トリケラ ティラノ』

青年の身体の中から飛び出した紫色のメダルが、リクガメヤミーのボディプレス攻撃を……弾き返していたのである。
我が目を疑う事が最近頻発しているアンクの驚愕をよそに、映司の腰に巻きっぱなしだったドライバに飛び込んだ紫のメダルは、自動的にスキャナに読み込まれて。

……そいつは、再来した。
翼竜の羽と肉食竜の尾を持ち、肩からは強靭な草食竜の角を堅持する、暴虐の王の姿が顕現していたのだ。
見る者を凍え付かせる冷気を振り撒きながら、罅割れた地面の中に出現させた巨斧を、取り出して。
雄叫びをあげるその様子には、およそ理性と呼べるものが存在しないように思える。

リクガメヤミーの放つ鎖付きの鉄球を、斧の一振りにおいて弾き返し、軌道を逸れた鉄球は橋の石柱に蜘蛛の巣状の爪痕を残す。
それならばと接近戦にかかるヤミーだったが……それも、愚策の一つに過ぎなかった。
当然、カメの短い手足から繰り出される遅い打撃など、恐獣の本能による反応速度には敵う筈も無く。
最後の足掻きとばかりに跳躍して、回転しながらの体当たりを仕掛けてくるリクガメのヤミーは、一縷の望みを抱いていたのだろう。
純粋な力比べなら勝ち目がある、と。

だがしかし、現実は非常だった。
薙ぎ払うように振るわれた横方向の一閃が……リクガメのヤミーを、真っ向から打ち返していたのだから。
弾き返されて背後の石柱に直撃したヤミーは、既に耐久力の限界を迎えていたらしく、その身をセルメダルへと返してしまっていた。

その光景を目にしながら、アンクの頭の中には、既に嫌な予感が蔓延していた。
あの状態になったオーズには、おそらく理性と呼べるものはまともに機能していない。
先日は、鹿目まどかが身を挺して止める事は出来たものの、アンクとしては出来る事なら真似はしたくないのである。

……アンクがそう思っていた、矢先だった。
何かにヒビが入る時に特有の、ピシリという音が、アンクの耳に飛び込んできたのは。
厄介事というか、不幸な出来事というか、そんな何かに巻き込まれる気配を重々しく感じながらアンクがその音の方向へと振り返ると……

「まさか……ッ!」

石柱に刻まれた割れ目が、見る間に広がっていく様子が観察できた。
おそらく、鉄球やヤミー本体が叩きつけられた衝撃に加えて、オーズの身体から噴き出す冷気が素材自体の耐久性を低めてもいたのだろう。
当然、アンクが後ろも振り向かずに川へと飛び込んで逃亡を図ったのは、説明するまでも無かった。
アンクは、川を流れていればとりあえず助かるのだという世界の法則を理解する怪人なのだから。
かくして、リクガメヤミーとプトティラの戦いに巻き込まれた石橋は……崩壊の運命を辿ることとなったのである。


そして場面は、冒頭へと戻る。
雄叫びをあげた恐獣が、その足場の付近に刺さった一本の槍に視線を移すのを、杏子の視覚は捉えていた。
……直後に、そいつの緑色の目が、杏子たちの方へと向いたことも。

「何か、嫌な予感しねーか……?」
「……そうですか?」

両者の抱いた印象は、一致していなかったようだが……次の瞬間には、どちらの直感が優れているのか、審判が下されることとなった。
翼を広げた紫色の影が、瞬く間に二人へと肉薄したのだから。

杏子が咄嗟に具現化して突き出した槍も、瞬く間に根元から綺麗に切断されて、しまって。

「どういうことだ、オイ!? 見滝原はいつから人外魔境の地獄になっちまったんだよ!?」
「魔法少女がそれを言いますか!?」

この変な化けものは、まだ日本にいるのです。たぶん。
……というか、聞く相手が悪いとしか言い様が無い。
答えたそいつは、魔法少女で怪人でオリ主というゲテモノだというのに。
これを仮面ライダー的に例えるならば……アンデットがミラーワールドで鮫のライダーに変身しているようなものだろうか。
ただ、この作品のクロス先の世界の代表者も何気なくタカでトラでバッタというイロモノな辺りは……色々と、気にしたら負けなのだろう。おそらく。

強度を意識しながら新たな槍を生み出しつつ、巨大な斧を振り回しながら飛び寄る恐獣の一撃を受け流し、佐倉杏子は状況の把握に努めていた。
そもそも互いに空中に居るという事もあり、相手の攻撃力が高くても地面に叩きつけられない限りは簡単に致命打を負うことは無い、というところだろうか。

そして、ボケる余裕さえ持たずに逃げ回っているトーリは……色々と、必死だったりする。
まず、恐獣の特徴的なベルトと胸元の円環を確認した段階で、そいつがオーズである事は察したのだが……

「杏子さんっ! 何とか撃ち落せませんか!?」

オーズに討伐される理由に心当たりがあり過ぎて、映司が暴走しているという所まで思考が辿り着いて居なかったりする。
具体的に心当たりとは、そもそもトーリがヤミーだとか、コアメダルを隠し持っているとか、終いには勝手にセルメダルをクズヤミーに使ったこと、などである。

「お前こそ、振り切れよ!」
「そんなの、杏子さんが居なくても無理です!」

トーリは、杏子を囮にして一人で逃げるルートも考えてみたものの、オーズの狙いがトーリである可能性が怖いために実行できないのだ。
しかもオーズの方が速度は上なのだから、防御手段に乏しいトーリとしては、杏子を手放すと逆に死亡率が跳ね上がってしまいそうな始末である。
空中でクズヤミーさんを投擲しようものならば、相手に届く前に自重で落下していくであろうことは、想像に難くない。
ロストに対して実践した戦法は、相手が地上に居て、直後に隙が出来る見込みがあったからこそのものであって、この状況には似つかわしくないのだ。

「……あと、何だか寒くないですか?」
「やっぱりコレ、速度と高度のせいじゃ無さそうだよな……?」

加えて、杏子の槍先と腕にいつの間にかこびり付いた氷粒が……二人の心に新たな不安の種を蒔いていた。
高速で飛行を行えば体感気温がある程度下がるのは当然だが、おそらくそれは現状において然程意味を持っては居ないのだろう。
何故なら、強襲を繰り返すオーズの周囲から、きらきらと光る飛礫が常時落下しているのが確認できるのだから。
おそらく、あの迸る冷気が紫のオーズの特性であり、近接するごとに杏子は体温を奪われているという事である。
今は直に接敵している杏子の武器と腕回りだけで済んでいるが、トーリの翼を凍らされた日には、色々と詰んでしまうのは説明するまでも無い。

「何か手は無いんですか!?」

巨大な斧を振るって襲い来るオーズの、何度目になるかも分からない猛襲を弾き返している杏子の身体は、既に大分冷気に侵され始めているらしい。
腕の他にも、スカートや髪の端といった体温の届き辛い部分は既に白い粒子に覆われ、吐息にも白さが見受けられた。

「まぁ、実は心当たりはあるんだけどな」
「流石ベテランですっ!」

だがしかし、神はトーリを見捨てては居なかったらしい。
何と、先輩の魔法少女である杏子が、道を切り開いてくれそうなのである。

「ちょっと重くなりそうだけど、頑張って飛べよっ!」
「了解です!」

杏子が口にした心当たりという言葉の内容は……先程の不思議な現象のことであった。
小さい槍を作ろうとしたら、通常サイズのものが出てきてしまった件である。
……そして、その時に発生した、まるで身体の中に電流が走るような感覚の事も。

しかも、その感覚は……断続的に、現れていた。
槍を生み出すたびに、その違和感が身体の中を駆け巡るのである。
別に、先日戦ったヤミーが謎のモズクパワーアップを遂げた事とは、関係ない……筈だ。
しかし、現実問題として、槍の強度は杏子が想定しているより遥かに上等なものとなっていた。
更に、更に杏子の興味を引いたのが……それらの魔法を使った時に、なんと杏子は魔力を消費していないのである。

「モノは……試しだ!」
「えっ!? 確証無いんですか!?」

蝙蝠女の情けない声をよそに、杏子は仮説を立てていた。
それは……現在の杏子が、何故か魔力を使い放題でしかも魔法が強化されているという意味不明なモードに入っているという事である。
つまり、全力でいくらでも攻撃できるというチート状態にあるわけだ。
杏子としては何故そうなったのか理解不能ではあるものの、使えるものを使わずに死ぬ程の死にたがりでも無いつもりである。

宝石形態へと移行させたソウルジェムを掌に握って、杏子は、イメージする。
自身らを追ってくる獰猛な怪物を仕留める、必殺の武器を。

「重っ……!」

耳元から聞こえる弱音を無視しながら、杏子は自身が生み出したモノへの確認を行っていた。
……金色の柄に、その繋ぎ目から姿を主張する鎖。
赤い装飾の施された穂先は、まるで龍の口のように二股に割れて、向かい来る恐獣の姿を真っ向から捉えていて。
その太さは、中学生が両手を回しても抱えきれない程の力強さを主張しており、折れ曲がった胴体によって、二人を守るようにぐるりと蜷局を巻いていたのだ。
杏子の持ちうる最大の召喚槍の姿が、それだった。

「竜には龍ってな!」

次の瞬間には槍の頭が、紫の恐獣へと正面から跳びかかる。
巨体が空気を押し退ける音と共に鎖のしなる手応えが、杏子のソウルジェムへと返ってきて。
だがそれに反して、辺りを支配したのは……甲高い金属同士を擦り合わせた時のものによく似た、音だった。

「えええええっ!!?」

切り裂かれて、居た。
杏子の召喚した最大の槍が。
頭の先から、それを真っ二つに割りながら猛進してくるオーズの姿が、トーリの視界には映っていたのだ。

だからこそ、次に目にした光景に、トーリは驚きの声を出すことさえ適わなかった。
そのまま殺られてしまう自身の姿を想像してしまっていた思考に、その光景は何の遠慮も無く、割り込んで来ていて。
……オーズがその翼を失い、真っ逆さまに地面へと落ちて行くことなど、想像出来たはずも無い。
それを為したのは……

「アタシは……一筋縄でいく女じゃないってことだ」

切り裂かれていた筈の、二本の槍先だった。
半分ずつの太さになっていたそれらが向きを変え、背後からオーズを襲ったのである。

そして、石橋だった瓦礫の山に叩きつけられたオーズは、すぐさま立ち上がろうとする仕草を見せていたが……どうやらそこで体力が尽きたらしく、そのまま倒れ込んでしまっていた。
映司の状態が万全であったのなら、すぐさま翼を復元して襲い掛かっただろう。
だが、映司は一昨日の連戦の後に眠り続けて、ようやく体力を戻しかけていた人間なのである。
ひょっとすれば、人間を傷つけることを拒む映司の無意識が紫の力への歯止めになったのかもしれないが……杏子とトーリは、そんな事など知る由も無かったのだった。


そして、遠方にて人間の姿へと戻った映司を視界に収めながら、トーリは今後の予定について考えを巡らせていた。
映司にトーリの正体を気付かれていたのならば、もはや呑気にセルメダルを集めている場合では無いだろう。
体力が尽きて気を失っていると思しき映司に止めを刺さなければならない。
それが、ヤミーとして正しい行為である事は疑う余地が無かった。

そのはず、なのに。
トーリの頭の中には、映司を救うためと言っても過言では無い、都合の良すぎる仮説が生まれてしまっていて。
……映司がトーリを狩ろうとするのは仕方が無いとしても、初対面の筈の杏子にまで躊躇なく攻撃してくるのは、不自然だ。
だから、今日の映司の行動には、相手を認識出来ていないような理由があるのではないか、と。
そう、自分でも可能性が低いと思ってしまうようなご都合な展開があれば良いのに、と何処かで思ってしまっている。

「コイツ、どうしようか」

近寄ってみて、改めて映司が気絶しているのを確認しながら。
槍を握って警戒心を露わにしている杏子の声を聞いても、未だにトーリは意を決することが出来ずに居た。
映司が襲い掛かって来たのが何かの間違いで、また一緒にグリードの復活方法を探せたなら、という希望的な観測が頭から離れないのだ。
そんな思考が意味する事象を……トーリは未だ、自覚しては居ない。
そのアイデンティティの根本に位置するのは、やはり自身がヤミーであるという認識で。


そんなトーリが決めた行動とは、

「……とりあえず、メダルとベルトを没収しておきましょう。そうすれば変身できない筈ですから」

えらく優柔不断で中途半端な、それであった……



・今回のNG大賞
バイソンヤミー「この世界のヤミーの寿命の短さは異常……」
リクガメヤミー「まったくだ!」

クワガタヤミー「余裕で10話分以上生きてましたが、何か?」

……何故か、ヤミーの各色の間で著しい寿命の格差がある気がしないでもない。
まぁ、クワガタさんは、間にロスト編を挟んでしまったからな訳だけども。

・公開プロットシリーズNo.67
→前半で出てくる筈のヤミーを最終フォームで相手にしたら……こうなるのは仕方ない。


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