今週号の表紙も結構、喜んでくれる人が多いのでは…
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下版が終わりました。今週号の表紙も結構、喜んでくれる人が多いのではないでしょうか。2人です。1人は表紙はおなじみというか、いまどきの言葉を使えば「鉄板」。これが最大のヒント。とにかく、私は話題になってほしいのです。よくも悪くも。
昨日の「笑点」の大喜利にて。くだらないけど、私が大笑いしたのはこれ。お題「2度と行きたくない鍋料理のお店」。スッポン鍋を頼んだら、オヤジがスッポンポンで出てきた店…だって。しめはオジヤにしてくださいと言ったら、オヤジが出てきた店…だって。
文藝春秋から出ている「Number」最新号の表紙はペレとキング・カズ。ペレはサッカーの神様。プロレスでいえば、カール・ゴッチさんです。でも、この表紙を見ても、私はなんとも思わないし、ページをめくろうとも思わない。
だけど、新聞広告をパッと見たとき、小さな文字が目に入った。「日本が初めてペレに触れた日 1972年5・26の衝撃」。
つまり、これって、プロレスで言う来日第1戦、日本デビュー戦のことだよね? そのページを探した。6ページ。白黒の試合写真が2枚だけと、証言。もっと試合写真が見たい! と思った。最低、8ページはやってよ! 感動させてよ!
72年ということは昭和47年。新日本と全日本が旗揚げした年です。だから、来年でペレ来日40周年。
私は16歳。高校1年。まさにサッカー部に在籍していた。私、ペレの試合、サッカー部の友だちと見に行っているような気がするんだけどなあ。でも、確証はない。
2,3回、昭和の国立競技場に行っているはず。釜本引退とか杉山引退とか。サッカー部の友だちS君に連絡がつけば、彼は覚えているような気がする。「宍倉、覚えてないの? 2人で行ったじゃん」とか言われそう。
行ってれば、パンフレットは買っているけど、それもプロレスの資料すべてと同じ場所に置いてあったので、すべて燃えてしまった…。
ペレのこの6ページを見たとき、こういう企画、週プロでやりたいな、と思ったんです。ま、似たようなものをすでに週プロレ軍でやっているんですけどね。
来日第1戦の衝撃。ジン・キニスキーは馬場さんとの大阪球場が有名だけど、あれは初来日ではないんです。2度目。初来日は昭和39年の春、力道山が亡くなって、最初のワールドリーグ戦(第6回)。決勝は豊登がキニスキーを破った。これは覚えている。
じゃあ、この開幕戦はどんなカードだったのか? 興味がある。荒法師の衝撃。
私は白黒テレビでザ・マミーを見た記憶だけがある(冒頭の写真)。8歳。これはなんなんだ? と(微笑)。ザ・デストロイヤーの第1戦、ブルーノ・サンマルチノの第1戦。みんな、やりたい。
問題はこういうアプローチの仕方なんだよな。興味を持ってもらうには。