驚くべきことに東京電力が厚かましくも、2015年度に削減中の社員賞与の水準を元に戻す意向を政府に伝えた。
■asahi.com(朝日新聞社):東電、値上げ期間は3年間を想定 賞与半減終了も同時
福島では原発事故のせいで家も職も失った人が沢山いる。
更に放射能汚染で絶望した農家の自殺者までいるのだ!
■asahi.com(朝日新聞社):福島の野菜農家が自殺 摂取制限指示に「もうだめだ」
セシウム137、ストロンチウム90の半減期(半分に減るまでの期間)は約30年、つまり数十年から百年以上、部分的な除染はできても福島は元の大地に戻らない。
更に失われた命は二度と戻らない。
しかし、東電社員の賞与は僅か3年で元に戻る!
今までは、経営責任のない東電の末端社員に配慮して控えてきたが、このような企業の不正な利益を享受すること自体が共犯関係と言え、もはや犯罪者集団と認定することにした。
過去記事「福島の真の復興と日本の未来のために」でも述べた通り、東電は法的破綻処理が必要だ。
勘違いしている人が未だにいるが、破綻といっても電気の供給が止まったり、東電の社員が一斉に失業して途方に暮れるわけではないことは、JALのケースを見れば明らかで、東電にとっては帳簿上の話である。
無論、経営陣は引責で総退陣となり、一部社員のリストラは法的破綻処理の有無に関わらず不可避だろう。
むしろ東電社員にとっても、禊を済ませて新しく生まれ変わった東電の方が自信をもって働けるはずだ。
法的破綻処理の正当性としては、それが資本主義市場の市場規律であること(株主責任、債権者責任)、数十兆から数百兆円とも言われる放射能汚染水の海洋投棄による環太平洋諸国からの国際賠償請求で国家の財政破綻を回避すること、電力会社の産業構造の適正化(総括原価方式の撤廃、発送電分離と自由化、脱原発)の三つが挙げられる。
前者二つや発送電分離は、古賀茂明氏や河野太郎氏の提言や著作を読んで頂くとして、ここでは脱原発に何故、繋がるのかを改めて指摘したい。
まず、はっきり言ってしまうと脱原発デモはほとんど効果がないと思う。
なぜ、宮崎駿監督は大きな反原発デモに参加せず4人と犬1匹のデモを行ったのか。
なぜ、スタジオジブリ屋上の横断幕に反原発ではなく「原発ぬき」と書いたのか。
宮崎駿監督が東映動画時代に労働組合の書記長になり、激しい労働運動をしていたことは有名だが、そうした左翼的イデオロギーのデモは敗北することを身をもって知っているからだろう。
もっと具体的な話をすると、例えば「親の死」と「子供の死」はどちらが辛いか考えてみよう。
もちろん、どちらも大抵の人には辛いことだが、自分より年上の親の死は誰しも覚悟している。
子供の死はどうだろうか。
10歳の娘が突然、治療法のない難病で命を落としたら、その親は何年経っても、その娘と同じくらいの女子、中学生や高校生、OL、子連れの新婚夫婦を街中で見かける度に「あの子が生きていたら今頃は...」と思ってしまうだろう。
親の死で、自分が親より年上になってしまったとしみじみ思うことはあるが、80歳で亡くなった親が100歳になった姿を想像することはない。
また、もっと親孝行しておけばと悔いが残ることはあっても、悲しみはやがて思い出となる。
対して子供の死は、どんなに前向きに考えようとしても、一生悲しみは消えることがない。
ところが、こうした個人にとって人生で最も重大な出来事と言える死の問題は、政府省庁からすれば、こんな作文になるだろうか。
「100mSvの被曝をしても1000人に5人が癌で死ぬだけです。
日本人の死因の約30%が癌ですので1000人中300人が、1000人中305人になるだけです。
この程度は受動喫煙や野菜不足と同じレベルですので過度に心配することはありません。
実際の線量は100mSvより低いため、これはもう誤差の範囲ですので、もし癌になっても他の原因と考えて良いでしょう。
それより、放射能を心配し過ぎてPTSDになったり、ストレスで免疫力が低下し、重い病気に罹る方がもっと心配です。」
こういう一見良心的で微妙に嘘ではないが欺瞞に満ちた作文をしてみると、自分は官僚でなくて良かったと思うが、冗談はさておき、先述の子供1人の死と、後述の名無し5人の死への捉え方に、果てしない差があるわけだが、これは政府省庁にとって、国民の命は単なる統計上の数字に過ぎないからである。
彼らに対し「人間の心がない」と罵っても、彼らにしてみれば、国家運営のための仕事を真面目に遂行しているだけなのだ。
同じことが東電にも言える。
彼らが事実を隠蔽して、自社に不利にならないか検討、対策してから小出しに情報を発表するのも、被災者への賠償を極力ケチり、賠償範囲を少しでも減らそうとするのも、営利企業として利益を追求し、株主価値を最大化することが東電経営陣の役目だからだ。
良し悪しは別として、これが資本主義の原則であり、日本は資本主義国家なのである。
東電の行いは、人間としては最低だが、上場企業としては正しい。
東電幹部は、深層心理では悪いと感じても、それが表層意識に昇る瞬間、自己防衛的な盲目になる思考様式を身につけており、彼らは自社の設備が起こした事故によって福島県民が自殺しようが表向きは謝罪しても悪いことをした自覚は全くないため、冒頭のような発想が沸くのだ。
また、こういう思考の出来る人でないと腐敗した大企業の役員は務まらない。
原子力は悪魔の技術だ、放射能は邪悪な物質だと、ヒステリックな反原発イデオロギーを叫ぶことは、とんちんかんで(地球の生命に不可欠な太陽は核融合しており、放射性物質はがん治療にも使われ、原子核に邪悪もクソもなく人間の主観的な解釈に過ぎない)、そもそも話の土台となる価値観が異なっており、話が噛み合わず、何の解決にもならない。
お互いが別の土俵に上がっていては戦いはできないのだ。
エネルギーに限らず、今日の世界の諸問題はイデオロギーではなく、根底はカネの流れ、つまり経済問題である。
必要なことは、相互理解であり、敵を知り己を知れば百戦危うからずというように、突破口は見つかる。
その突破口こそ、東電の株主責任を問い、JAL同様に100%減資することなのだ。
100%減資にすれば、もはや東電は株主を気にしながら、事故収束コストと賠償コストを最小化するモチベーションは大幅に低下する。
また、そうなれば他の原発を抱える電力会社も、原発事故による破綻リスクを常に抱えていることになり、株主はいつ株式が無価値になるか分からないリスクを忌避し、株主から脱原発の要請が高まる。
株式会社の経営陣にとって、民衆デモはうるさいハエに過ぎないが、株主が離れて株価が下がれば他の株主から経営責任を問われるため、株主の言うことは無視することができない。
また、100%減資により現在の東電株主たちの、東電救済へのモチベーションも失われ、政治家への圧力も後退し、民意が反映され易くなる。
つまり、市場規律に則った適正な東電の法的破綻処理をするだけで、脱原発へ自ずと舵を切れるのだ。
もっとも100%減資までの道のりは甘くはない。
東電をはじめ電力会社は他業種、しかも電力事業と関係ない業界まで、広く隈なく取り込んでいる。
例えば、地域独占で消費者に選択肢はなく(都民なら東電しか選べない)、競争が全くないにも関わらず、でんこちゃんのテレビCMを流しまくっていたように巨額の広告宣伝費でマスコミを買収している。
総括原価方式という、コストに一定の利益率をかけて利益を決める、つまり他の企業とは逆にコストをかけた方が利益が出てしまう究極のモラルハザードでボロ儲けした利益を元に、取引先企業にとってはいつも高値で買ってくれる、金融機関にとっては絶対利益が出るから潰れない、最優良顧客となっている。
電力事業の管轄ではない省庁(例えば警察など)からも万遍なく天下りを受け入れており、あらゆるトラブルの便宜を図ってもらえる。
自民党は電事連からの献金で、民主党は支持団体の電力総連(電力系労組)の票で、どちらに政権交代しようが与野党に影響力を持てる。
他にも政財界の有力者を接待で人心掌握し、その子息をコネ採用して人質にして、日本中に根を張り巡らせた東電ステークホルダーからの影響力も合わせれば、もはや政治は完全に東電の手中にある。
私が悪人なら惚れ惚れするくらい完璧な支配であり、ナチスもスターリンのソ連も足元にも及ばない、巧妙なエネルギーファシズムだ。
枝野経産大臣は東電の債権者と株主に“支援がなかった場合に生じたであろう負担については、当然負担していただく"と語っているが、具体的な中身に言及しておらず、これまでの枝野節を考えると、言葉の逃げ道で債権の一部をカットする程度で終わる懸念が依然としてある。
つまり、債権放棄は株主保護の目くらましの可能性もまだ否定しきれない。
■原発賠償支援スキーム、税金での支援目的に債権者・株主保護は含まれず=枝野経産相 | Reuters
ちなみに、東電を100%減資し、金融機関の債権放棄となれば、日本で金融危機が起こるという脅しがあるが、金融庁が金融機関に公的資金を注入すべきで、ただの民間企業に過ぎない東電に株主責任も債権者責任も問わぬまま税金投入するよりは、遥かに市場規律に則っている。
厚い鉄壁を突破して東電100%減資を政府に実行させるには、大多数の心ある一般国民による圧力を政府に加えるしかない。
国民は経済を勉強し、この争点を自分の選挙区の国会議員事務所に訪問・電話・FAX・メールで意見を伝えること、市民団体は経産省や国会議員事務所に東電の法的破綻処理を要求する署名を集め提出すべきだ。