2011/12/12

東北行ってきました。  今鉄

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東北自動車道をE5系【はやぶさ】が行きます。

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平泉〜前沢 9075レ バックの丘は中尊寺の森です。

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前沢〜平泉 528M

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平泉〜前沢 単9535レ (帰路の牽引機は先に送り込まれます)

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平泉〜前沢 3081レ

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平泉〜前沢 試9533レ

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残念ながら晴れることなく「時間」になってしまいました。

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試運転、平日だというのに大勢の「鉄」が出撃しています。

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陸中折居〜水沢 二回目 曇りです。

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金ヶ崎〜六原で三回目を狙います。 日が差すかもしれません。

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晴れました! 良かった!

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地元の方が多い感じです。

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金ヶ崎〜六原中間の撮影地点から僅かに金ヶ崎方向へ国道4号を戻ったところの

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「まるみドライブイン」で昼食です。

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この雰囲気・・・此処は黒竜江省か?と・・・

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トイレに行こうとするとそちらには「ジンギスカンコーナー」の文字が。

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ジンギスカンコーナーの中です。

団体様OKですね。

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「ジンギスカンコーナー」ではなかったのですがジンギスカンを堪能しました。

「ラム」「生ラム」「特撰生ラム」の3種類を食べ比べました。

値段なりの差がありますが、中では生ラムがお奨めです。

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いっぱいだった座敷もすっかり空きました。

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「返し」の撮影地物色中にいきなりやってきたEH500のタンカー列車9072レ

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その後を追って突然ジョイフルトレイン〔ふるさと〕が現われました。

http://www.jreast.co.jp/train/joyful/furusato.html

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おばあさんも見に来ています。

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金ヶ崎〜水沢 試9540レ

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C6120のサイドビュー

いずれ復活C6120も模型にしなくてはいけませんが、それとは別に仙台時代(昭和40年代初頭)のC6120を残された僅かなパーツで少量製品化致します。


水沢IC→一ノ関IC→国道342号→国道348号で南三陸町へ向かいます。

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国道も所々が崩れたままで片側交互通行になっています。

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ここもです。

それでも大分修復されたようです。

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素晴しい田園地帯に日が沈みます。

松原公園に保存されて居たC5816の消息を確かめたくて南三陸へ急ぎます。

松原公園

http://www.m-kankou.jp/kanko/index3.php?id=16

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有りました。

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しかし被災直後↓とも様子が大きく変わってしまっています。

http://train.ap.teacup.com/yoshihiro/467.html

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近くで観察すると本当に酷い被災の仕方です。

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重機がもくもくとがれきの片付けを行って居ます。

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「復興の象徴」として復原する事に僅かな望みを持っていましたが、周囲ががれき置き場になっている現状を見ると残念ながら希望は無さそうです。

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南三陸町防災対策庁舎

この屋上から撮影した写真がこちらにあります↓

http://www.town.minamisanriku.miyagi.jp/modules/gyousei/index.php?content_id=262

この建物2階で防災放送担当の遠藤未希さん(24)が迫り来る津波に我が身にかまわず避難勧告の放送を続け亡くなりました。

http://photo.sankei.jp.msn.com/panorama/data/2011/0401minamisanriku-bousai/

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慰霊の祭壇が設けられており手を合わせてきました。

感動的な話としては多くの人が知るべき話ですが、2階で放送していた遠藤未希さんは「6mの津波が来ます」と放送しているところが気になります。

当初気象庁は6mと発表していましたが実際にはこの屋上も水没しているわけで当初の「甘さ」と「津波が来るぞ」という長年の狼男刷り込みがこの悲劇に繋がったと思います。

現実に防災センターに居た誰もがこれ程の大津波が来ると想像していなかったと思います。



また「津波は直ぐ来る」「早い」という誤った情報が平気で蔓延しているのも深く憂慮しております。

今回津波襲来は約40分後で、ごく直前まで前兆が無かったのです。

明治三陸津波が2万人以上の犠牲を出した原因は寒い季節で急いで避難し、津波が来ない時間が長く、寒さに耐えかねて自宅に戻ったところに津波襲来して犠牲になっています。

今回も平野の奥地では地震の1時間半後に高層建物から降りてきたところへ第一波襲来の例があります。

「早く」ではなく津波からの避難は絶対「長時間を想定して」を優先して行わなくてはいけないのです。

津波予報も「狼男」(念には念を入れて避難すべき)という考えは「本番」で命を奪う最悪の発想です。

大事なのは「正確」であり、生活を阻害させる警報は普段から厳に慎まなくてはなりません。




南三陸町中心部はいまだ道路に信号機はなく、建物も無く、がれき撤去の作業者が働いて居るだけです。

その中でガソリンスタンドだけは再開されていました。

時間が遅かったので真っ暗になってしまい見られたモノは僅かだったのは残念です。

三陸自動車道は、朝は仙台→被災地、夕は被災地→仙台&被災地→東北自動車道の大渋滞です。
東北地方全体が大きな打撃を受けた事は間違いないですが、その中でも特に悲惨な状況に置かれた人も居り、「焼け太り」の人も居るようです。

政府は東北地方の高速道路を無料化するなどして「やっていますよ」のポーズと「いい顔」する事に夢中ですが被災者支援になっているでしょうか?

被災者支援ならば高速料金全額を即全額被災自治体に分配する仕組みを作るなり鉄道料金も無料(政府支援)にするなりしないとまた馬鹿な不当競争で社会が歪められてしまいます。


渋滞路を仙台に帰り着き、新幹線で帰京です。

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仙台駅に進入する下り【やまびこ】200系です。






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