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QE3誘う米雇用統計 万策尽きてドル札刷る

2011/7/10 7:05
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

 月初、毎度お騒がせの米雇用統計ではあるがこれほどまでに下振れするのも珍しい。“前座”のADPが華々しく良い数字であったので、アナリストたちは非農業部門新規雇用者予測を12万5000―17万5000人に急きょ上方修正。しかしそれをあざ笑うかのように蓋を開けてみればわずか1万8000人増。失業率も9.2%と高止まり。しかもその内訳をみるにかなり構造的要因の色合いが強い。政府部門が3万9000人減少。民間部門は5万7000人増加。

 象徴的なことは同日最後のスペースシャトル“アトランティス”が打ち上げられたことだ。NASA職員1人に関連会社社員2人雇用と言われ、フロリダ州だけで宇宙関連就業人口は4万人に達する。7月20日にアトランティスが地球に戻った後、NASAは8000人程度までリストラされる予定だ。地場産業への影響も大きく、若者は去り55歳以上の資金的蓄えを持つ層だけが残る。今後は宇宙船までの往復はロシアのソユーズに1人運賃6000万ドルを払って同乗させてもらうことになる。宇宙関連の頭脳流出も危惧されている。

 ところ変わってミネソタ州では地方財政が破綻寸前。州職員リストラのあおりで公園、キャンプ場は閉鎖。自動車免許も取得できず、宝くじ販売もストップ。深刻なのは公営病院の医療サービス低下だ。他の州も他人事ではない。

 失業が長引く傾向も顕著だ。27週以上が630万人という高水準が続き、失業者全体の44.4%を占める。正社員希望あるいは労働時間を削減されたパートタイマー数も860万人に達する。さらに過去12カ月に就職活動したが失業中の就業希望者が270万人いるのだが、“失業者”の定義が過去4週間に就職活動した者なので雇用統計にはカウントされない。“就職活動を諦めた者”も100万人近い。

 マクロ的には“労働参加率”が64.1%と低迷している。15歳以上の総人口の中の労働人口比率なのだが25年ぶりの水準に低迷している。リーマンショック前は67%前後であった。

 かくして構造的な失業問題ゆえFRBの金融政策による対応に限界があるのは明らか。マーケットには当然のようにQE3を催促する声が高まるが、“流動性の罠”(いくら通貨を供給してもマネーの生きた働きができず景況感が良くならない状態)に陥った状況ではマネーじゃぶじゃぶの合併症=通貨価値の希薄化のリスクばかりが高まる。

 それでもQE3の可能性が消えないのはオバマが“万策尽きた”からであろう。刷れるだけドル札は刷り続け、財政出動も連邦債務上限ギリギリまで使い果たした。石油備蓄協調放出もオバマの周到な根回しによる奇策であった。石油価格下落は車社会の米国において減税と同様の経済効果があるからだ。その効果も一過性となると残る“弾薬”はやはり刷れるドル札という発想が出てきても不思議とは言えない。

 ドル札は無制限に刷れるが金は刷れない。ということで金価格は雇用統計発表と同時に1525ドルから当面の上値抵抗線1530ドルをあっさり突破。1545ドルまで20ドルの急騰を演じた。金価格高騰は金融政策に対するマーケットの不信感を映す。“金価格は中央銀行にとって通信簿のようなもの”と某国の通貨当局幹部が金の国際会議で語ったこともある。

 なお、1週間前の金曜日には商品市場からリーマンショック以来の規模で記録的にマネーが流出。その影響で金価格も一時1480ドルを割り込んだが、下値ではすかさずチャイナマネーが集中的に買いを入れて支えた。NY先物が売ったところを中国が現物で買うという金市場ではおきまりのパターンである。

 株式市場は楽観論で育ち、債券市場は悲観論で育つ。金市場はといえば先進国悲観論と新興国楽観論で育つ。なお貴金属市場の中では雇用統計悪化で景気敏感メタルであるプラチナ、パラジウムは売られ、通貨との二面性を持つ金とは対照的な値動きを見せている。

豊島逸夫(としま・いつお)
 ワールド ゴールド カウンシル(WGC)日本代表。1948年東京生まれ。一橋大学経済学部卒。三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて貴金属ディーラーとなる。同行で南アフリカやロシアなどから金を買い、アジアや中近東の実需家に金を売る仲介業務に従事。さらにニューヨーク金市場にフロアトレーダーとして派遣され、金取引の現場経験を積む。その後東京金市場の創設期に参画。ディーラー引退後、WGCに移り、非営利法人の立場から金の調査研究、啓蒙活動に従事。金の第一人者であり、素人にもわかりやすく金相場の話を説く。

日経BP社から6月21日、ムック本『豊島逸夫が読み解く金&世界経済』が発売されました。

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