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変見自在 スーチー女史は善人か
高山正之

これが真っ先に読みたくて「週刊新潮」を買う! そんな熱狂的な支持を集める超辛口名物コラム「変見自在」。大好評の前作『サダム・フセインは偉かった』に続く傑作選、待望の第二弾。朝日新聞の奥深い“一流紙”ぶりから、大国の偽善にまみれた腹黒さまで、今回も巷に溢れる大ウソを一刀両断。世の中を見る目が変わります。

ISBN:978-4-10-305872-4 発売日:2008/02/29

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変見自在 スーチー女史は善人か



 はじめに ――嘘を重ねる――

 昭和四十一年二月四日、札幌から東京に向かった満席のジェット旅客機が羽田に着く直前に暗夜の東京湾で消息を絶った。乗員乗客百三十三人全員が死亡した全日空ボーイング727型機の東京湾事故である。
 運輸省を中心に事故調査が始まる。
 事故機が提出したフライトプランでは千歳からまっすぐジェットルート11Lを南下し霞ヶ浦を経て、さらに東京湾口まで下ってから金谷辺りでUターンして今度は木更津に上がって東京湾を横切って羽田に入ることになっていた。
 なぜ羽田直前で回り道をするかというと羽田の西側は今もそうだが、米軍横田基地が航空管制権をもっていて日本の飛行機が勝手に立ち入れない。境は多摩川に沿って敷かれる「ブルー14」だ。
 平たく言えば羽田の向こう側に壁が立っている。そういう状態で離着陸するから、こういう大回りを強いられる。
 ちなみになぜ東京のすぐ後ろに米軍基地があって空を占領しているかというと、白人国家にとって世界で一番怖い国が依然として日本であって、その首根っこを押さえておく必要がある。空を握っているのは日本が制御できなくなった瞬間、東京を制圧する海兵隊員を沖縄から空輸するためだ。
 東京湾事故に戻る。千葉まで来て東京湾口に下るまだるっこしいルートは、その当時の操縦士のだれもが好まなかった。空がすいていれば霞ヶ浦の手前で管制官の指示に従う計器飛行(IFR)をキャンセルし、有視界飛行で木更津に直行する近道を取る。
 実は事故機もそれをやった。有視界飛行に切り替えて木更津上空には午後七時ごろに達している。同機はそれまでの十分間で八千メートル近く降下し、地上六百メートルまで降りていた。
 これほどの降下は高性能の727型機にして初めて可能だった。尾部に三基のエンジンを積んだこの機は離陸上昇も戦闘機並みで鋭角に雲に突っ込んでいく。降下も乗客に微塵も不安を感じさせずに一分間に二千メートルも降りられる。この数字は操縦席の計器の針がそこで振り切れるためだが、それより大きい数字、つまりもっと深い降下もやってのけているといわれる。
 事故機の最後の交信は同機が木更津を過ぎて間もなくの午後七時〇分二十秒。管制官から同じルートを飛ぶ日航機が見えるかという問いに「視認できない」と答えた。
 その三十秒後の同分五十一秒、管制官が「着陸灯を点灯せよ」と伝えたが返事はなかった。同機はその間に東京湾に落ちていた。
 事故調査では関係者のだれもが727型機のずば抜けた降下能力を注視した。実際、米国では同じ727型機がミシガン湖、ソールトレーク、シンシナチで落ちていた。
 いずれも降下率の読み違いで、思った以上に降下していて気がついたらもう地面がそこにあったという状況だった。東京湾事故も暗夜、有視界で飛んでいた機長がこの降下性能を御しきれなかった可能性は高かった。
 当時、日本最長の飛行時間をもっていた故森和人・全日空機長は初めてこの機と出会ったときの印象を「それまで飛ばしたプロペラ機やターボプロップとはまったく違う化け物だった」と印象を語っていた。「癖を覚えてあやして乗りこなすといった職人技では通用しない。いつもが機との真剣勝負だった」と。
 ところが、大方の見方に対して異論が出た。機体欠陥説だ。根拠は第三エンジンが墜落地点から遠くに落ちていた、客室ドアのノブが「開」になっていた、乗客の一人が普段はしないロザリオを首にかけていた、などの「事実」だ。
 それを追究すると事故機はあの三十秒間にまず第三エンジンのボルトが折れ、火を噴き、乗員も乗客も墜落を予感した。それで乗員がドアを開けようとし、乗客はポケットからロザリオを出して神に祈ったというのだ。
 昔、イラン軍のバスラ攻略戦に付き合い二時間近くイラク軍の攻撃に晒された。迫撃砲は六十発まで数えた。重砲で近くの家が一瞬で吹っ飛んだ。それを写真に撮りまくった。三十六枚撮りだったが、あとで現像したら三枚しか写ってなかった。あの二時間、本当は頭が真っ白になって、シャッターを押したつもりでも体が動いていなかったのだ。
 全日空ではこの事故の五年後に雫石事故が起きる。自衛隊機が接触、尾翼がもげて高度一万メートルから墜落した。落ちるまでの一分弱の間に航空機関士のカーペンターが「操縦不能」を伝えたが、二人の操縦士は一言も発していない。パニックとはそういうものだ。
 最大で三十秒だ。何かが起きて乗員や乗客がドアを開けるとか、ロザリオを出すとか意味のある行動を取ると考える方が非常識だ。仮にスチュワーデスや乗客がそういう意味ある行動を取ったとして、なぜ二人の操縦士は黙っていたのか。道理が通らない。
 しかし、それを東大航空研関係者が言い出すと朝日新聞がそれに乗り、常識ある人の常識だった高度取り違え説を潰しにかかった。とくにその常識を示した事故調査委に木村秀政・日大教授がいたことを朝日は執拗に衝いた。「彼は全日空に727型機を推薦した機種選定委員会のメンバーだった」という下衆の勘繰りだ。そして信じられないことに事故は東大航空研と朝日新聞が推す「ボーイング社の設計と製造の杜撰さに起因する機体欠陥」を強く仄めかした「原因不明」という結論を出した。
 日本の新聞と学者が出した欠陥説を嘲うように727型機はその後も高性能機として売れ続け、二十年間の総生産機数は千八百三十二機。ジャンボですら未だに追いつけないベストセラー機になった。その間、機体欠陥や製造ミスを窺わせる事故は一件もなかった。
 事故から十余年。森機長のラストフライトに因んだ書き物で、この異様な機体欠陥説についての森機長の正直な感想に触れた。
 そうしたら朝日の記者が取材にやってきた。馬鹿にも分かるように説明したが、それでも総合面のトップ記事で機体欠陥という朝日の主張に逆らう暴論として森機長の意見を徹底的に批判した。
 そして驚いたことに全日空はこの報道を受けて森機長を懲戒処分としたのだ。
 朝日新聞の権威に逆らう者に朝日は容赦しない。紙面を使って糾弾し、世間もそれにひれ伏させ、朝日を怒らせた者の処罰を強いる。朝日は神の如く無謬というわけだ。
『ビルマの竪琴』を書いた竹山道雄氏がある時点で消えた。原子力空母エンタプライズが寄港するとき、朝日新聞の取材に氏は別に寄港反対を言わなかった。これも常識人のもつ常識だが、それが気に食わなかった。
 朝日は紙面で執拗に因縁をつけ続けてとうとう社会的に抹殺したと身内の平川祐弘・東大教授が書いていた。
 南京大虐殺も従軍慰安婦も沖縄集団自決も同じ。朝日が決め、毎日新聞や中日新聞が追随し、それを否定するものには耳も貸さないどころか、封殺する。
 結局、そういう嘘が堆積していって紙面では朝鮮人も中国人もスーチー女史もみんな良い人になってしまい、身動きが取れない状態に陥っている。
 日本人はまだ白人国家の脅威だと書いた。それは本当で、日本人の考え方も能力もそして何より人間としての品位もそれに敵う国はない。だからこわがっている。
 日本人がもつそういう力を発揮できないのは嘘っぱち情報しか並べない新聞に責任の一端がある。
 本当はだれがヘンなのか。新聞が何を隠しているのか。それを見極める一助になれば幸せである。

 二〇〇八年冬
髙山正之

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