阪神大震災発生当時の神戸市長だった笹山幸俊(ささやま・かずとし)さんが10日、消化管出血のため死去した。87歳だった。葬儀は近親者のみで営む。喪主は妻翠(みどり)さん。
46年神戸市役所に入庁。主に都市計画畑を歩み、都市計画局長や助役などを経て89年、神戸市長に初当選。01年までの3期12年にわたり、市のかじ取り役を担った。バブル崩壊で従来型の開発行政が行き詰まる中、神戸空港建設や市営地下鉄海岸線の開業などを進めた。2期目に発生した阪神大震災では、復興の陣頭指揮を執った。01年11月に市長を退任した後は、市外郭団体「神戸国際協力交流センター」理事長や顧問などを務めていた。
毎日新聞 2011年12月10日 22時23分(最終更新 12月10日 23時05分)
ウェブサイトが15分で簡単作成、しかも無料で
クルマの最先端が集結
学生は社会で必要とされる力を身につける