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[30421] (習作)RED HOUND (BLACK CAT 二次オリ主)
Name: ダボハゼ◆8b9023a5 ID:c891fcb7
Date: 2011/11/16 20:27
これはBLACK CATの二次創作です。

イヴを見て思いました。これ絶対アダムいるよね、と。
それだけです。
恋愛が入るかとか、エログロ入るかとか、今はまだ未定です。多分エロもグロもないとは思います。恋愛はいれられるか微妙……

作品紹介は、こんな感じです



この作品は完全に漫画準拠であり、かつ作者はアニメを知りません。漫画はジャンプに連載してた時から読んでますが、アニメは一話たりとも見てません。ですから、これを読む場合、アニメの設定は無かったことにしてください。

感想とか、注意とか、よければお願いします。

ではどうぞ。



11/16
色々と足しました。




[30421] 生誕
Name: ダボハゼ◆8b9023a5 ID:b0927570
Date: 2011/11/15 20:59
 僕は今現在、非常に戸惑っている。
 目の前には太った悪人面の男と、白衣を着た金髪の女性がいて、こっちと視線を合わせている。男の方は感極まったように震え、女性の方は驚きに目を少し見開いていた。なんというカオス。

「おお、これが……これが最初の成功作か! 私を見ている、認識しているぞ! 素晴らしい、これぞ奇跡だ!」
「No.254ですね。意識はあるようですが、脳波、心拍、血圧、全て安定しています。極めて高いレベルでの成功と呼んでも差し支えないかと」

 ところで、羊水の中を憶えている人はいるだろうか?
 そこが安らぎと優しさに満ちた空間だと思っていた僕は、大きくその意見を変えることとなった。
 母胎を模したカプセルに、羊水を模した液体をなみなみと注ぎ、中に検体を放り込んでチューブを繋げば完成です。安らぎも優しさもあったもんじゃない。
 今の僕の環境をざっと見れば、こんな感じだった。

「これは、いつ外に出せる?」
「精密検査の結果次第では、すぐにでも。ですが、生まれたばかりですから慎重に取り扱わなければ」
「そこは専門家に任せるとしよう。それにしても、流石はティアーユ博士。まさか、たったの2年でここまでの成果を出すとは」
「いえ、私は……」
「謙遜することはない。研究費も報酬も、今まで以上に払わせてもらおう。――それにしても、人間をカプセルの中で作る日が来るとは思わなかった」

 うーん、まったく、なにがなんだかどうなってんだか、よく分からないというかさっぱり分からないけど、会話から察するに、僕はこうしてカプセルの中で……培養……? 飼育……? ……まあ、そんな感じのことをされているらしい。で、僕を作ったのは、この金髪の女性。
 しかもなお気持ち悪いことに、僕はさっき生まれたばかりらしい。それなのに、既に膨大な量の情報が頭の中にあって、しかもそれがきっちりと整理されている。
通貨の単位はイェンであることから、『海賊王に、俺はなる!』とか言ってる漫画の一場面までいとも簡単に思い出せる。というより知っている。
 そして、それが明らかにおかしい状態だということを理解できている。
 自分の頭が良すぎることに気づく胎児はそういない。はず。

(取りあえず、ここはどこだろう……………………トルネオ・ルドマンの地下研究所。サピドア共和国所在。――あれ?)

 いま、ここはどこかを考えた瞬間に解答が用意された。一瞬で情報が用意された。
 これは、どういうことだ?

(肉体に統合しきれていない分のナノマシンが、バイタルを計測する機材を介してネットワーク、データベースに侵入、情報を奪取……………………成程ね)

 つまり、僕の思考に反応したナノマシンが必要なデータを自動で入手してきたらしい。気が利くにも程がある。
 ……ナノマシンって、なんですか?

(0.1~100nmサイズの機械装置。主に医療行為を目的として作成されるが――)

 こうして、周りの会話を聞く余裕もなく、しばらく一人質問会は続いた。ある意味、究極の独り芝居……。

 そうやって分かった主な情報は、

・目の前の二人は男の方をトルネオ・ルドマン、女性の方をティアーユ・ルナティークという。
・自分は成長する生体兵器として受精卵から培養され、ナノマシンによる変身能力を持つ。
・現在、自分は胎児と同じ状態であると考えられており、これからゆっくりと教育される。
・順調に成長した暁には、稼働実験として戦地への投入が予定されている。
・試作品であるため、様々な投薬実験や兵装実験も予定。

 こんなところだ。
 それから、僕を作るように依頼した目の前の男、トルネオはかなり政府から警戒されているらしい。彼は闇の武器商人。その真価は泥沼の紛争地帯でよく発揮されているらしく、少なく見積もっても100万人以上がトルネオの売った武器で死んでいる。

 対照的に、ティアーユは世界的なナノテクノロジーの権威。十四歳で世界最高峰の理系大学であるアシュフォード大学を首席卒業、その後は順調に研究者としての花道を突き進んできていた。しかし、ナノテクノロジーの研究は未知の分野であるために金食い虫。段々と資金の調達も難しくなってきていたらしい。

 つまり、ナノマシンの技術者を必要としていたトルネオと、潤沢な資金を持つパトロンを必要としていたティアーユ。お互いの利害が一致したのだろう。

 そんな考察もしつつ。

(これからどうしよっかな……)

 とりあえず、僕がこうして精神的に成熟してしまっている以上、教育&洗脳のコンボはとっくに無効。
 ただ、このままだと人殺しをさせられることは確定らしい。
 僕には、なぜか感情や良心があるから……あるから……あるか?

 あれ?





 トルネオ・ルドマンは歓喜していた。
 闇の武器商人の中でも最大の勢力として名を馳せ、警察ですらうかつに手は出せない。懸賞金こそ4000万イェンだが、明らかになっていない余罪まで含めれば最低でも倍額まで跳ね上がるだろう。

 そんな彼の資金は国家と比しても遜色ない。
 しかし、80億イェンという巨額の出費が彼にとってなんでもないかというと、決してそうではない。
 その80億イェンを費やした研究――それが、ナノマシンを人間に適応させることで生体兵器を作り出す計画、プラン名『ジェネシス』である。
 半ば博打同然に大金を先行投資し、ナノマシン研究において不世出の天才と呼ばれたティアーユ博士を招き、2年の歳月をかけて、ようやく現れた一つの成果。

 それが今、目を開いて自分を見つめている。

「おお、これが……これが最初の成功作か! 私を見ている、認識しているぞ! 素晴らしい、これぞ奇跡だ!」
「No.254ですね。意識はあるようですが、脳波、心拍、血圧、全て安定しています。極めて高いレベルでの成功と呼んでも差し支えないかと」

 子供のようにはしゃぐトルネオを余所に、その隣に佇む女性――ティアーユ博士は冷静だった。
 しかし、今のトルネオにそんなことを気にかける余裕はない。

 なぜなら、たった今トルネオが到達したのは、武器商人の辿り着く一つの極致。
 世界中の食を堪能しつくした者が、いつしか自らで至高の料理を作りだすべく、包丁を握るように。
 武器を売り、兵器を知り尽くした男が次に目指したのは、自らが最強の兵器を作ること。
 自らが戦争を起こす一因となり、戦争を変えること。

「これは、いつ外に出せる?」

 トルネオは高揚を隠そうともせず、玩具を待ち切れない子供のような気持ちでティアーユに問いかける。

「精密検査の結果次第では、すぐにでも。ですが、生まれたばかりですから慎重に取り扱わなければ」

 対するティアーユは、最初に見せた動揺から既に立ち直っていた。流石の彼女も、検体が安定直後に目を開き、そればかりか目の前の存在を認識して注視するとは思ってもみなかったのか、驚きと少しの狼狽を見せていた。が、それも刹那の内に消え去り、いつもの冷静な声と瞳が、常のごとくトルネオに向けられる。

「そこは専門家に任せるとしよう。それにしても、流石は高名なティアーユ博士だ。まさか、たったの2年でここまでの成果を出すとは」
「いえ、私は……」
「謙遜することはない。研究費も報酬も、今まで以上に払わせてもらおう。――それにしても、人間をカプセルの中で作る日が来るとは思わなかった」

 そこまで言い、トルネオはさらに一歩、カプセルに近寄る。
 カプセルを満たす液体――トルネオは、羊水を模した特殊なものとしか聞いていない――の中に浮かんでいるのは、少年だった。
 太陽とは無縁に思える白い肌。
 水中で揺蕩う赤い髪は、燃え盛る炎のようにも見える。
 そして、瞼の中に仕舞われている紅蓮の瞳は、その髪よりもなお強い色を放っている。

 美しい。トルネオは、素直にそう思った。
 この赤は、かつて遺伝子研究部門のリーダーを務めていた人間のものだった。本人は既に病死していたが、より良い頭脳を持つ兵士を作成するために、死体のDNAを使用したのだ。
 神への冒涜である、道徳的に間違っている、そんなことは思わない。神も道徳も、トルネオと最も無縁な言葉の一つだった。

「なあ、ティアーユ博士。我々は、ついに生命を支配した。この検体はその証だ。ならば、数字で呼ぶのは少し趣に欠ける。そうは思わんか?」
「……」

 ティアーユは答えないが、トルネオは気にしない。この女性が自分の研究以外の話題に関して、ある種、冷厳なまでに興味を持たないと知っていたからだ。それに、トルネオの主義として、天才の行動に対しては許容範囲が広かった。

「この検体は、創世記で生まれた最初の人間、そして男だ。ならば、こう名付けるのが最も相応しいと思うのだよ。――アダム、と」
「アダム……」
「創世記(ジェネシス)で初めて生まれた始祖の男(アダム)。正に、この検体のことだ。新たな人類の先駆けであり、新たな世界に一歩を刻む者。No.254、お前の名はアダムだ!」

 彼は夢想する。教育と訓練を積んだこの天使のような美しさを持つ少年が、戦場で血の華を咲かせる様を。
 それはトルネオにとって、とても素晴らしく、また喜ばしいことだった。
 悦に入るトルネオは、笑みをより深くする。その眼には、既に眼前の検体しか映っていない。

 故に、ティアーユの顔に浮かぶ憂いには最後まで気づかなかった。



 久々に読み返した時のノリで書いた。後悔も反省も特にない。
 需要があれば続けたいです。続き見たいとか思ってくださった方は、感想お願いします。



[30421] 出産
Name: ダボハゼ◆8b9023a5 ID:c891fcb7
Date: 2011/11/16 20:41
 始まりはいつも突然だ。それは僕に関しても例外ではなく。





 僕が目覚めてから、時間にして79時間49分が経過したときのこと。珍しいことに、僕のカプセルがあるこの部屋には誰もいなかった。
 ティアーユはこの研究室で仕事をすることはあまりないし、トルネオだっていつもここにいられるほど暇じゃない。尤も、僕の体を隅から隅まで舐めまわすような目つきでじっくりねっとり見つめた後、下品な笑みを浮かべて去っていくことは何回かあったけど。
 ただ、常駐の研究員がいつもなら二人はいるはずなのに、それすらもいないというのはおかしな話だった。

 実を言うと、今から一時間ほど前に、常駐の研究員がなにやら騒ぎ立てたかと思うと、脱兎のごとく研究室を飛び出して行ってしまったのだ。僕も面白そ……もとい、何事かと思って情報を集めたけれど、それらしいものは影も形もなかった。どうやら、インターネットで探れる範囲の事情ではないようだ。
 十中八九、この屋敷内でさっき起こったばかりのことだろう。しかも、電子機器を使用するようなことではない。

 ……痴話喧嘩かな? ティアーユか、トルネオ絡みの。
 ひょっとすると、トルネオとティアーユが……? 常識的に考えるなら、想像するだけで吐き気がする類の組み合わせだとは思う。
 しかし、あの二人が誰と恋愛しようが別に個人の自由だし、あまりぼくには関係ないことでもある。

 まあ、それはそれとして。

(暇だなぁ……)

 僕の体を見て興奮する変態のデブでも、そもそも僕を空気かなにかのように扱う研究員でも、いないよりはマシだ。誰もいない空間で、身動きすら取れないまま置いていかれるというのは、退屈極まりない。
 研究員の単調な動きを見ていれば楽しかったのかというと、別にそういうわけではないのだけれど、完全な孤独というのは、やっぱり少し寂しいものもあった。





 というわけで、どうせ暇だからハッキングをしてみることにした。
 内容は至って簡単、ここのパソコンにかけられたファイヤーウォールを潜り抜け、ナノマシンで情報を奪うというミッションだ。

 前回は必要不可欠な情報しか集めていなかったから気にも留めなかったけど、ここのデータベースの中、分類で言うならプラン『ジェネシス』に分類される部分に、やけに厳重なロックがかけられた一角があった。ティアーユが使用中だったにも関わらず、そのロックは小揺るぎもしなかった、一角が。
 あれから三日ほど経過したわけだけど、その間にむくむくと好奇心が育っていたのだ。

 そもそも、ここのパソコンには厳重すぎるほどのロックが予め施されている。指紋認証、網膜スキャン、音紋照合、最後の砦にパスワード入力という周到さだ。
 その過剰なまでの守りの中、その一角にアクセスしようと思えば最初とは違う6ケタのパスワード入力と、もう一つの防御――おそらくは最後の砦だろう――を潜り抜けなければならない。その砦は文字通りデータベースの最奥に位置していたので、どんな防御を施しているのかは知ることができなかった。

 そして、プラン『ジェネシス』についてのデータは、ネットと繋がっていない。重要性から考えると当然の措置ではある。――要するに、ここのパソコンを介してしかアクセスできないようになっている。

 つまり、トルネオの私兵と監視カメラで固められたこの屋敷に忍び込み、データを抹消する暇すら与えずにこの地下研究所最深部まで潜り込み、指紋も網膜も音紋も誤魔化して、ティアーユとトルネオと他数人しか知らないであろうパスワードをどうにかして奪取し、さらに誰が知っているのかすら定かではないパスワードをまた入手して、最後の関門も突破するような人間がいる。しかもそいつはここの情報を狙っている可能性がある――そう、トルネオが考えているということだ。

 ……どこからどう見ても被害妄想だよねぇ。

 たとえば、僕が知り得た知識の中で最も危険度が高い組織といえば、世界の三分の一を支配する巨大秘密結社『クロノス』だ。そのクロノスだって、そこまでする理由がどこにもない。そもそもクロノスに狙われた時点で、こんな防御を何枚重ねようが無駄な足掻きにすぎないだろうし。

 しかし、その被害妄想は裏を返すまでもなく、それだけの情報があそこに眠っているということの証だ。それは、僕のことに関する情報である可能性が非常に高い。

 そんなわけで、意を決した僕はナノマシンをチューブ伝いに送り込む。

(アクセス、開始っと)

 この三日で学んだ、ナノマシンを最も有効に動かす術。
 それは、“祈り”、“願い”、“信じる”ことだ。
 僕の信仰が、信念が、信頼が強ければ強いほど、ナノマシンも強く作用する。
 勿論、それだけで決まるというわけではないけど。

(……うん、よし)

 ナノマシンによるアクセスを開始すると同時に、僕の脳内で新たな視点が浮かび上がる。白にも黒にも、はたまた無色にも見える混沌とした城塞。
 これが、このパソコンの中……いわば電脳世界だ。
 ジパングのアニメに『ポップマンエグゼ』というものがあるけど、それに出てくるのと同じようなものだ。あれは、人間が作った疑似人格を持つデータ達が、ネットやパソコンの中にある電脳世界で大活躍する少年向けアニメだった。
 ただし、こっちはあんなにファンシーでもファンタジーでもない。底の知れない、即死トラップや警報満載の迷宮を探索するようなものだ。下手をすると、アクセスに使ったナノマシンが破壊されるかもしれない。
 まあ、僕にとっては蚊が刺したほどにも感じないほど微小な損害だけど。

「とはいえ、まずは城門だよね」

 城門の前に立つ。この世界なら、声を出しているような錯覚を持てるし、両足でしっかりと立っているような気にもなれる。
 見るからに頑丈そうな城門。周りの城壁は首が痛くなるほどに高く、城門の正面以外には、赤外線センサーのような光が虫の一匹も通すまいという風情で張り巡らされている。こいつらは、不正アクセスを阻むファイヤーウォールだ。
 そして城門にはごつい南京錠が三つかかっている。これが、網膜、指紋、声紋の三つ子ロック。

「まあ、楽勝だよ、っと」

 今の僕は、いわばチートを使っているようなもの。だって、ナノマシンでマシンの内部から干渉しているから。
 だから、ステルスモードになってセンサーをすり抜けるくらい造作もないし、現実じゃ不可能なくらい高くジャンプして城壁を飛び越えることだって朝飯前だ。

 そうして僕の分身――いわばウィルスは、中庭に降り立った。あっという間に第一関門突破。
 まあ、網膜、指紋、声紋あたりなら誤魔化すのは楽だ。所詮は身体データを読み取って開くシステムだし、融通も利かない。逆に、パスワードなんかは単純ゆえに頑強で、難易度が跳ね上がる。
 これも三日前の侵入で意図せずに知ることができた。なにも知らずにアクセスしていたら、今頃は警報がビービーと鳴り響いていただろう。

(さて次は……あらら)

 次の関門、最初のパスワード入力は、鋼鉄で作られたドーム型防壁という形で現れた。
 ただ一つ存在する入口には、0から9までの数字がある入力装置。

(これはステルスじゃ無理かな……無理だな)

 おそらく、このドーム――ファイヤーウォールを破壊することは可能だろう。僕という異物が侵入した形跡を残しても構わないのなら。
 残念ながら、それは構う。
 
「1,6,9,1,1,2,8、と」

 しかし、僕はしっかりと記憶していた。三日前、ティアーユ博士が僕に関するレポートを更新するためにファイルを開くときに入力したパスワードを、はっきりと見ていた。
 1691年12月8日――検索結果は、ティアーユの古巣、名門アシュフォード大学の創立日。やっぱり、母校にはそれなりに思い入れがあったようだ。

 パスワードを入力し終わると、重々しい音を立ててドームが左右に開き、地下への階段が現れる。
 そこを下れば、ようやくプラン『ジェネシス』の領域内だ。僕は躊躇無く階段に地下に踏み入り、僕に関する様々なデータが眠る部屋を無視してひたすら階段を下り続ける。

 そして、階段の終わりにあったのは鉄の扉。
 ドアノブを掴んでみると、案の定動かない。施錠されている。
 そしてドアノブのすぐ上には、パソコンのキーボード。

 ここのパスワードは、0~9の数字とA~Zのアルファベットの組み合わせらしい。難易度が跳ね上がった。

 候補としては、僕の名前であるADAM、検体Noの254、それらを組み合わせてADAM254、アスフォード大学の記念日、ティアーユの卒業日、誕生日、家族の誕生日、年齢、スペル、足し算、組み合わせ……。

 しかし表示されたメッセージは、『パスワードが間違っています』だった。幾らなんでも、ノーヒントでのパスワード入力は無理だ。

(うーん……手がかりかなにか、ないかな……)

 そう思って、一時的に意識をウィルスから本体に戻し、部屋の中をカプセルから見る。
 殺風景な黒い壁。
 コードだらけの黒い床。
 なにもない。

(……そうだ、ティアーユの部屋を見ればいいじゃないか!)

 ティアーユの部屋は、実はここにある。こんな地下研究所に部屋を作るなんて、絶対に気が滅入ることなのに。天才だけど妙に変わっている。
 まあともかく、このタイミングで思いつくとはまさに天啓。こうなったら善は急げだ。
流石にここからだと見えないに決まっているので、部屋の中の監視カメラの支配権を奪って視界を共有したあと、めぼしい物はないか見回す。

 机の上とPCの周りこそ雑然とはしていたが、以外に片付いた部屋だった。
 しかしすぐには見つからない。というか、それっぽい物が多すぎて困る。 いつもはティアーユが使っているのだろう机の上には、雑多な走り書きや小難しい図が描かれた書類などが山積みになっているし、PCの中だって本人にしか見れないメモがあったりするかもしれない。

(まいったな……んん?)

 ほとほと困り果てた僕の目に、ある物が飛び込んできた。
 その書類の一角、革張りの日記帳が何故か開いていて中の文章が丸見えだった。おそらく、ティアーユの筆跡だ。
 カメラを最大までズーム。カメラの性能が悪いこともあり、字は若干ぼやけていて解読が難しかったけど、じっと見つめているとなんとなく書いている単語は分かった。

(ADAM、EVE、第二段階、虚弱、交配、量産、転化……)

 段々と嫌な単語が増えてくる。――あの人、実はマッドだったのか。
 しかし、EVE……ADAMにかけたのかは知らないけど、もしかしてあの人、僕の成長経過を見ない内に二体目を作るつもりなのかな? 随分とまあ無茶をするもんだ。

 そんなことを思いながら意識をウィルスに戻し、EVEと打ち込む。
 打ち込んだ瞬間、ガチャリと鍵の開くような音が響く。半信半疑ながらもドアノブを掴み、力を込めると、今まで固く閉ざされていたのが嘘だったかのように、ドアノブはあっさりと回った。

 そして、その先にはまた階段が。
 これも随分と奥まで続いていそうな雰囲気があるけど、明かりがないのではっきりとは分からない。どんなシステムなのかを外部から調査できないように対策が講じられているようだ。
 完全な暗闇の空間というのは、なんとなく入るのを躊躇うものがあった。

(……まあ、このウィルス体がやられても本体に支障ないし……)

 そう自分に言い聞かせ、仕方なく、暗闇を手探りで進んでいく。
 そのとき。

 キィーー…………ン、と。
 空気を切り裂くような鈴の音が聞こえた。
 同時に、ウィルス体の肌が泡立つような感覚を覚える。

(……なにか、来る)

 どうすればいいのか分からず、咄嗟に身がまえた瞬間、風が吹く。

 そして、僕の視界は本体へと戻った。

(え……今……)

 思わず茫然自失としつつ、なにが起こったのかは分かっていた。一瞬で、ウィルス体が破壊されたんだ。
 しかも、こっちにはその正体を掴ませないほどの早業で。

(警報に触れてもいないのに迎撃された……。それに、本体にも異常が?)

 意識を本体に戻して初めて気づいた異変。それは、ナノマシンに伝わる微弱な信号だった。
 とっくに分かっていることだけど、僕の体には数限りないチューブやらコードやらがつながっている。バイタルデータを計測するための機材だけでなく、体内のナノマシンを調整するための点滴だったり、あるいは臨床実験をするためのものだったり、色々だ。

 で、その内の一本、僕の体とナノマシンの仲介……ぶっちゃけるなら、拒絶反応が起こって僕が死んだり、変身能力が暴走したりないようにチェック、いざとなったら干渉するための機械から、いつもとは違う信号が送られてきた。

 この機械は僕のナノマシンに直接の指令を下すことができるから、僕に信号、つまり指令の中身はわからない。指揮系統でいうなら、こっちは少尉で向こうは准将くらいだから、完全に向こうの方が上だ。だから、僕より上位からの命令をナノマシンは教えてくれない。――少なくとも、今は。
 ちなみに最上位は、ティアーユ博士が作成、僕の体に打ち込んだ基礎プログラムだったりする。

 さて、しかし、僕の体に起きた変化は幾らなんでも分かる。だから、ナノマシンに送られてきたデータを読み取ることならできる。そのデータを使ってどう変化するように指示されたのかは分からなくても、だ。
送られてきたデータは二つ。

(外気と重力についての詳細なデータ……それに、急激な環境の変化に伴う肉体とナノマシンの剥離、自壊、拒絶反応に関する統計と対策……?)
 
さて、それらが意味するところとは? 残念ながら、それを考える暇は与えられなかった。

(なっ……!?)

 唐突に、前触れなく、カプセルから排水が始まった。
 無数に纏わりついていたチューブは抜け、コードは落ち、甲高い警告音が部屋中に鳴り響く。

(逆探知!? そんな馬鹿な!)

 不可能なはずの逆探知。それが、尻尾切りしたはずのナノマシンを媒介に行われたことで、僕の精神状態は混乱の極みとなった。
 今の二つのデータは、排水が始まると同時に僕のナノマシンに送信される仕組みとなっていたらしいけれど、それも誰かの立ち合いがあると想定されての話だ。

(今は誰も、誰もいないのに! このままじゃ……)

 ティアーユ博士も、トルネオも、その他の研究員も、誰もいない。こんなときに、この体で放り出されたらまずい。
 そもそも、誰の立ち合いもなく自動的に排水されている時点でおかしい。明らかに、あのプログラムによる迎撃だ。おそらく、僕がこんな藪蛇を引き起こすなんて誰も予想していないに違いない。だから助けも来ないだろう。

 僕がカプセルでずっと育てられていたのは、決して僕の体が安定しきっていないからだ。人間の体にナノマシンを組み込むというのは、それだけの暴挙でもあった。だからこそ、ある程度まではカプセルで育てるというプランになっていた。“教育”は幼少期からした方が良いのだろうけど、それで僕が死ねば本末転倒。背に腹は代えられなかったらしい。

 しかし今、僕の周りにはだれもおらず、僕は残酷にも冷たい外気と重たい気圧に晒されつつある。

「……ぁ……ぅ……! ぁ……ぇ……!」

 声を出そうとしても、急には出せるはずがない。生まれてから一度も使われたことがない声帯に、誰かが気づくだけの叫び声を上げさせるのは、あまりにも無茶な話だった。
 そうこうしている間に排水は完了し、僕の体は冷たい容器の底に倒れる。
 恐ろしく寒い。歯の根が合わない。
 目もよく見えない。どこか霞んで、なにもかもぼやけて見える。
 浮力を失った体は鉛のように――鉛を持ったことがないのでなんとも言えないけど――重い。指一本を僅かに動かすのに、途方もない努力と意思が必要だった。

 明確な死の予感が、このままここに取り残されて朽ちるという予想が、次第に実体を帯びてくる。

(死ぬ……死ぬ。このままじゃ、絶対、死ぬ……)

 僕に感情らしい感情はない。良心もない。それを育ててくれるのは、両親の愛だ。ということらしい。ネットによると。
 でもやっぱり、そんな僕でも一応は生き物だから、

(死にたく、ないなぁ……)

 そんなことを、ちゃっかりと思ってしまうらしかった。

 瞼すらも重たくなり、僕が目を閉じる寸前。
 さらにぼやけた視界に、金色が映った。



[30421] 起床
Name: ダボハゼ◆8b9023a5 ID:c891fcb7
Date: 2011/12/09 19:07
 上を見ると白。
 下を見ても白。
 三百六十度上下左右、全てが純白の世界。えらく殺風景で、生命の気配なんてものは到底感じられない。
 そこで、僕はぼんやりと佇んでいた。

(……なにしてたんだっけ)

 ここに来る前はなにをしていたのか、思い出せない。
 ジパングの学校で学友と机を並べていたような気もする。
 北方の“血塗られた国境線”で孤独に銃を構えていたような気もする。
 カプセルの中で無味乾燥な部屋を眺めていたような気もする。
 一体どれが本物でどれが偽物なのか、それも分からない。僕はなぜここにいるのだろう。
 ぼやけた光景が脳裡に浮かんでは消え、取り留めのない考えが浮かんでは消える。
 全てはきっと夢だったんだろう。

 そうやって消えていくものの中に、なにか、とても大事なものがあって、それなのに忘れてしまった、そんな気がした。
 それがなんなのか、いくら考えても思い出せない。
 とても大切だったのに。
 決して失くすまい、そう思っていたはずなのに。
 いや、僕は本当にそう思っていたのだろうか。これも夢でしかなかったんじゃないか。

(……まあ、いいや)

 そう思った僕は、なんとなく歩き出したような気がする。
 いや、走っているのか?
 それともやはり、歩いているのか?
 座っているのか?
 佇んでいるのか?

 なにもかもしっちゃかめっちゃかの無茶苦茶な騒ぎと静寂。
 そして単一の混沌。
 きっとここでは全てが非常識で、全てが常識なんだ。
 定まったものはない、ということが定まった空間。
 何故、僕はこんなところにいるんだろう……。





――さん――





「え……」

 声が聞こえたような、気がした。
 感覚どころか世界もあやふやなここで、声が聞こえたというのはおかしな話だけど。

声を探して意識を周りに飛ばしていると、唐突に強い光が迸った。
混沌の純白がかき消され、正常な世界が戻ってくる。清浄な世界に帰ってきた。
 そして、僕は再び耳にする。

 ――どうしたの?――

 天使の鐘の音もかくや、と思う美しい声を。
 誘蛾灯に寄せられる虫のように、声の方に、光の方に視線をやる。
そして、僕は目にする。

 輝くような金髪と、紫色の瞳を。

(……ああ、綺麗だなぁ)

 そう思うことになんの不自然もない。それほどの美しさを持つ、宝石のような少女。
 光を背にしていて顔が見えないことが、なによりも苦しかった。
 いったいどこに、こんな気持ちが眠っていたのか……それほどまでに愛おしい。
 きっと、まだ会ったことはない。それでも、僕は彼女を知っていた。
 矛盾している。
 それでも、これは真実で、矛盾していない。

 僕は彼女の顔を見たい一心で近づこうとして、天地すらも定かではない空間を進む。
 進んでいるのか、下がっているのか分からない。ただ、少女には着実に近づいていた。
 そして、ようやく彼女の顔が見える距離まで来たとき。

 ――キミハ、オモシロイネ――

 彼女は、別人に変わっていた。
 この世の全てを呑みこむような、濁った瞳の男が立っていた。

 僕は半狂乱で悲鳴を上げ――





「ッ!」

 次の瞬間、知らない天井が見えた。
 白い蛍光灯が無機質な光を放ち、その周りを小さな羽虫が飛び交っている。
 取り付けられた通風口からは、空気の流れる音が聞こえる。
 僕はといえば、心身ともに動揺しきっていた。息は荒いし汗はだらだら流れるし、おまけに心臓が早鐘のように鼓動をしている。
多分、今さっき見た夢のせいだろう。はっきりと一部始終を思い出せるほど、鮮明で、印象的な夢だった。
 ……夢、だったのか? あの少女も、最後に見たあの男も、全て。

「はっ……はっ……は……」

 取りあえず大きく深呼吸をしたものの、未だに嫌な汗が全身を伝い、肩で息をしている。総身の震えが止まらない。まるで、極限まで体を酷使した後のようだった。酷使したことないけど。
 精神的には、天国と地獄を一気に見てきたような気分。
 落ち着こうとはしても、暫くの間、瞼の裏にあの濁った瞳が焼き付いて離れなかった。

 それでも、呼吸が落ち着けば気持も落ち着いてくる。二、三分もする頃には、僕は普段の平静さを取り戻していた。
 ある程度落ち着いたところで状況を確認してみる。

 最初に分かったことは、三つ。

 1、僕の手足は拘束されている。
 2、体に繋がっているのは、排泄用のチューブ二本と、点滴だけだ。
 3、僕は裸である。

 手足が固定されていて動かないことについては、色々と考えられる。精神病患者や発作を起こす病人のための、自傷行為を防ぐものか。はたまた、僕自身を警戒して動きを封じているのか……。しかし、今ここで悩んでも分かることじゃない。
 手首と足首に付いている拘束具以外に僕の自由を制限するものはなかった。尤も、今の僕は強化ガラスかアクリル板らしき物でできた、透明の繭のような物に覆われている。もし手足が自由だったとしても、この膜から外に出ることは難しそうだ。
 結論すると、ここはカプセルの中だった。

 ここの人たちは、とりあえず僕をここに入れておくつもりでいるらしい。排泄物を除去するためのチューブが二本、それぞれの部位に繋がっているし、裸なのに寒くないから空調まで作動しているのかもしれない。

 おそらく、あの後……意識を失う直前に見たあの金髪は、ティアーユのものだったんだろう。僕という重要な研究対象を、なんの備えもせず放置しておくわけがない。なにかしらの異常が起きれば反応する警報器なんかを設置していてもおかしくはない。少し考えれば分かることだ。

 ひょっとすると、あの濁った瞳をした男の髪だったのかもしれない――その考えは敢えて無視する。

 自分で思いついてしまった恐ろしい可能性から視線を逸らし、右を見ると――僕の隣には同じカプセル。
 注視するまでもなく中は見えた。中には人間が眠るように横たわっていた。
 中で眠っているのは――化粧を施すように体表を凍結させられた少女だった。
 青い目、短い金髪、すらりと伸びた肢体、どこを見てもとても美しい。夢で見たあの子ほどではないけど、それでも見惚れるような美しさだ。
 そんな少女は、今現在、僕と同型のカプセル内で冷凍されている。

 そのまま左を見ると、今度は白髪の少年が同じく凍らされていた。
 ただしまともな体を保ってはおらず、手足はガリガリ、顔はげっそりと痩せ、肋骨が浮き出ていた。

 これではとてもじゃないけど、このカプセルは治療用だ、とは言い切れない。
むしろ、悪い意味での保管用のような。

「……」

 じっとしていたら氷漬けになってしまうような恐怖に襲われ、無駄と分かっているのに思わず身じろぎする。当然、拘束具は外れなかった。
とりあえず、ここから出よう。今すぐに。

 まずは、ナノマシンによる不正アクセスでカプセルを開けられないか、と思ってアクセスを試みる。しかし、ナノマシンの反応がやけに鈍い。僕の意思に従おうとしているのは感じ取れたができるものの、指令を送っても反応がない。どうやら、ナノマシンがスリープモードに入っているらしかった。
 スリープはナノマシンの情報処理能力を超える、あるいは阻害するような余程の負担がかかったとき、肉体の構成を維持するために自動で作動する機能だ。原因はあの不正アクセスのときに遭遇した謎のプログラムか、それとも外に放出されたときの環境の変化か、はたまた全く関係ない別の要因からか……。

 それを知るためもあって少し詳細に検索すると、

 ――情報を収集しています。暫くお待ちください――

 こんな文章が、自然と頭の中に浮かび上がってきた。
 いや、正確には文章ですらない。ただそういうことをナノマシンが通達してきている、と分かる。末端のナノマシンが保有するデータを僕の脳内のどこかにある制御部分で統合し、閲覧しているんだ。

 ――情報の収集が完了しました。情報を確認しますか? Y/N――

 勿論Yesを選ぶ。その瞬間、膨大な量の情報が流れ込んできた。





 ――14:34体表組織にエラーが発生しました。ナノマシンの拒絶反応、及び剥離が発生しました。情報収集を開始します――

 ――14:38肺部にエラーが発生しました。情報収集を開始します――

 ――14:38複数の区域におけるエラーの発生を確認しました。第四級緊急事態と認識、緊急修復プログラムを起動します――

 ――14:38重要区域の至近におけるエラーの発生を確認しました。第二級緊急事態と認識、医療ナノマシンの生成と稼働を開始します――

 ――14:40声帯部にエラーが発生しました。情報収集を開始します――

 ――14:40体表組織のエラーに関する情報収集が完了しました。修復しています――

 ――14:41体表組織の修復が完了しました。問題の情報を管理者に自動送信します。送信後、このプログラムは自動終了します――

 ――14:42終了しました――

 ――14:43脳組織のエラーに関する情報収集が完了しました。修復しています――

 ――14:44声帯部のエラーに関する情報収集が完了しました。修復しています――

 ――14:47肺部の修復が完了しました。問題の情報を管理者に自動送信します。送信後、このプログラムは自動終了します――

 ――14:50声帯部は現状では修復できません。当該区域のナノマシン・リンク・システムを緊急停止しました。初期化しています――

 ――14:52声帯部の初期化が完了しました。基礎プログラムを再送信します――
 
 ――14:57ナノマシン生成機関にエラーが発生しました。第一級緊急事態と認識、全ての防衛プログラム、及び手段が解禁されます。予備機関を緊急稼働します――
 
 ――15:22外部信号を発見しました。管理者権限による指令の付随を確認しました。信号を受信しています――
 
 ――15:24受信が完了しました。指令の実行を開始します――

 ――15:26指令の実行が完了しました。生成機関の修復が完了しました。この問題の情報を管理者に自動送信しています。送信後、このプログラムは自動終了します――

 ――15:30声帯部にエラーが発生しました。システムの応答はありません――

 ――15:40全ての情報の送信が完了しました。終了します――

 ――15:47外部信号を発見しました。管理者権限による指令の付随を確認しました。信号を受信しています――

 ――15:50指令に従い、声帯部分のシステムをシャットダウンします。開始――

 ――シャットダウンが完了しました。引き続き、声帯プログラムの削除に移ります。削除しています――

 ――声帯プログラムの削除が完了しました。この問題の情報を管理者に自動送信しています。送信後、このプログラムは自動終了します――

 ――全ての情報の送信が完了しました。終了します――

 ――緊急事態は回避されました。全ての緊急修復プログラムを終了します。終了後、全てのナノマシンはスリープモードに入ります――

 ――全ての緊急修復プログラムを終了しました。スリープしています――

 ――スリープしました――

 ――17:25現在、脳幹部とナノマシンのリンク率は32%です――





 唖然とした。まさか、ここまで深刻に死にかけていたとは夢にも思わなかった。
 しかし、そうか。それで声が出ない上に、なんだか喉に違和感があったのか。まだ喉を使い慣れてない所為かな、とか思ったけど、そもそも声帯が無くなってしまったなら、そりゃあ喋れないだろう。

 外部からの処置もあって最悪の状態を免れたのは、不幸中の幸いと言うべきか。

 さて、ナノマシンのスリープが終了するのを自然に待つなら――あと十三時間。それまで待つか、それともどうにかしてここから出るか……。正直いうと出たいところだけど、なにかしら行動を起こそうと思うのなら、まずはその方法を見つけないといけない。手足は動かない、ナノマシンも使えない現状では、このカプセルを破るのは不可能だ。
 とりあえず今は、生成機関をフルに使って新たなナノマシンを生成する一方で、使用可能なコンディションにあるナノマシンのスリープモードを手動で解除しつつ、その二つを使ってエラーを起こしたナノマシンを着実に排出している。主に汗とか、垢に混ぜて。このペースでいけば、あと二時間くらいで活動可能になるだろう。そうすれば、ナノマシンで――

 あ、無理だ。
 今の僕には電子機器が接続されていない。ナノマシンを外に送り込む経路が存在しないなら手も足も出ない。

 しかし、ナノマシンの制御はできなくなっているのに、ナノマシンの状態を認識する能力が跳ね上がっている。寝てる間に受信したプログラムのおかげかな。多分。
 例えるなら、こっちの声を伝えるのも相手の声を聞き取るのもやりやすくなったのに、肝心の相手が寝てしまっている、っていう感じだ。

(……あ)

 そこでふと、脳裏に閃くものがあった。
 今までの僕ではできなかったこと、そして今の僕ならできるかもしれないことだ。
 電子戦ができなくなったなら――物理的に突破すればいいだけのこと。

(初挑戦するときかな……変身(トランス)能力に)

 僕の僅かな意思を受けて、指先が仄かに光った。


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