チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[30071] 【ネタ】六畳一間のハーレムって…【なのは】
Name: 匿名◆78b87360 ID:2e1355aa
Date: 2011/11/30 00:23
電波が飛んできました。
この作品は2011年12月22日発売予定のPSPゲーム『GEARS OF DESTINY』をネタとして使用しています。
そのため、一部キャラには独自の解釈が加えられていますので、注意をお願いします。



[30071] 第一話
Name: 匿名◆78b87360 ID:2e1355aa
Date: 2011/10/09 22:24
「ああ……疲れた……」
 無限書庫での作業を終え、本局内に用意された個室へ戻る帰り道。ユーノ・スクライアはふとそんな事を口にした。労働時間は本局の定めるところの九時五時制だが、いかんせん書庫での作業は検索業務が多く、肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方が多い。
 それでなくても、長年放置されてきた書庫の整理もしなくてはいけない。あの闇の書事件以来、ユーノは司書として無限書庫に勤務してすでに三ヶ月が経過しているが、膨大な未整理区画が残されている現状には頭を抱えたくなる。
 クロノからは司書としての権限で人を使って指示をしろと言われているものの、たまにヘルパーで来る遺失物管理班の局員にそこまでしてもらうわけにもいかない。結局、日がな一日を無限書庫の中でひたすら整理をして過ごしているユーノであった。
 この後部屋に帰って食事を摂り、一眠りしたら書庫勤務。未だ9歳という年齢でありながら、ユーノは中年サラリーマンの悲哀がよく似合う少年になっていたのだった。
「ただいま……」
 俯き加減で重い足を引きずるようにして自室の扉を開き、誰もいないのに声をかける。今にして思えば、この時彼は運命の扉を開いてしまったのだろう。
「あ、お帰りなさいませ。お疲れ様でした」
「はい……ただいま……」
 予期せぬ声に、半ば呆然としながら言葉を返すユーノ。見上げると、そこには見慣れない女性の姿があった。
 足をぴっちりとしたタイツの様なもので包み、裾の丈が長い前開きのジャケットの胸元は大きく開けられて谷間が露出して、帽子をかぶったはちみつ色のショートヘアで人懐っこい柔和そうな微笑みを浮かべている。
「すみません。どちらさまでしょうか……?」
 至極まっとうなユーノの質問に、女性はうっかりしていましたと言わんばかりに表情を変える。
「これは自己紹介が遅れました。私はプレシア・テスタロッサの使い魔で、フェイトの教育係を務めていたリニスです」
「リニス……?」
 その名前はフェイトの公判のときにも何回か耳にした記憶がある。しかし、その話によるとリニスはもうすでに消滅しているはずだ。だとすると、今ユーノの目の前にいるリニスは何者なのか。ユーノがそれを問いただそうとした時だった。
「おかえり~、ユーノ~っ!」
「へぶっ!」
 突然奥のリビングから飛び出してきた青い影が勢いよく飛びついて来たが、ユーノは玄関に倒れ込むような形でなんとかその体を受け止める。
「痛た……。君は確か雷刃の……」
「うん、雷刃の襲撃者。でも、今はレヴィ・ザ・スラッシャーだよっ!」
 ほとんど騎上位とも取れる体制でユーノの上に跨ったまま、フェイトにそっくりな青髪の少女がニコニコと微笑んでいる。
「レヴィ、ユーノに失礼ですよ」
 冷静な声に顔をあげると、なのはによく似たショートヘアの少女が、ユーノに抱きついて甘えている様子のレヴィを冷ややかに見つめていた。
「え~と、君は確か星光の……」
「はい、星光の殲滅者です。ですが、今はシュテル・ザ・デストラクターです」
「そして、我こそが闇統べる王、ロード・ディアーチェだ……って、どこにいくのだ? ユーノ。我は無視か? お~い……」
 まだ何事かいっているはやてにそっくりな少女の脇を、レヴィをまとわりつかせながら通り抜けたユーノは、開け放ったリビングの扉の向こうに信じられない光景を見た。
「あら、お帰り」
「お帰りなさい」
「お帰りなさい、ユーノさん」
「お帰りなさいませ」
「お帰り」
「お帰りなさい」
「お帰り~」
「お帰りなさい」
 部屋の一番奥にあるバルコニーに面した六畳のリビングでは、年齢もまちまちな七人の女性と一人の少年がテーブルを囲んでいた。
「な……なんなんだ? 君達はっ! ここは僕の部屋だぞっ!」
「まあまあ、落ち着いて。今から事情を説明するから」
 ぱっと見た目はクールな印象を与えるものの、どこか脱力するような感じの声をしたピンク色の髪の少女が口を開く。
「その前に自己紹介をするべきでは? 私は運命の守護者アミティエ・フローリアンです」
「それもそうね。わたしは時の操手キリエ・フローリアンよ」
「プレシア・テスタロッサよ」
「改めまして、プレシアの使い魔リニスです」
「夜天の魔導書管制人格のリインフォース」
「我こそは闇統べる王、ロード・ディアーチェだ」
「星光の殲滅者、シュテル・ザ・デストラクターです」
「僕は雷刃の襲撃者、レヴィ・ザ・スラッシャーさ」
「はじめまして、高町ヴィヴィオです。ミッド式のストライクアーツをやっています。こっちはわたしのデバイスでクリスです」
「覇王流カイザーアーツ、ハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルトです。こちらは私のデバイスでティオと言います。よろしくお願いします」
「エクリプス・ウィルス感染者、トーマ・アヴェニールです」
「リアクトプラグのリリィ・シュトロゼックです」
「え~と、無限書庫司書のユーノ・スクライアです」
 ヴィヴィオのそばでふよふよと浮かぶ白いウサギのぬいぐるみと、アインハルトの膝の上でじゃれているトラネコのぬいぐるみの姿にめまいをするものを感じつつ、自己紹介を終えたユーノはなんとか本題に入ろうとした。
「それで、君達はどうしてここに?」
「だって、もうすぐ劇場版の第二弾が公開されるっていうじゃない」とプレシア。
「対戦型格闘ゲーム第二弾の発売も間近に迫ってきていますし」とリニス。
「……ゲームの時間軸では、まだ私は消えていないらしくてな」とリインフォース。
「それにあわせて我らも無事に復活し」とディアーチェ。
「ゲームに参戦も決定した事ですし」とシュテル。
「王様が復活して、僕らが復活しない道理はないよね?」とレヴィ。
「これまでに鍛え磨き抜いた自分の技を試すいい機会ですし」とヴィヴィオ。
「ヴィヴィオさんが参戦するというので」とアインハルト。
「僕にはちょっと事情がのみこめないんですが……」とトーマ。
「はい。わたしもちょっと……」とリリィ。
「そんなわけで、みんな連れてきちゃいました~」とキリエ。
「すいません、ピンクで不肖の妹がご迷惑を……。本当にすいません」とユーノに向かってぺこぺこと頭を下げるアミティエ。
 当のユーノにしてみれば、迷惑な話であった。

「それにしても、いいんですか? プレシアさん」
「なにが?」
「この時代に来たっていう事は、フェイトにも会わなくちゃいけないっていう事ですよ? ジュエルシードの事件からそれほど時間も……って、プレシアさん?」
 ユーノの言葉を受けたプレシアは、なぜか頭を抱えて部屋の隅にしゃがみ込んでしまった。
「わ……わかってるわよ、それくらい……」
「わかってるなら……」
「どんな顔してフェイトに会えばいいっていうのよ? あんなにひどい事してきたのに、今更あわせる顔なんてないわっ!」
「ああ……」
 確かにフェイトの体には親から受けたと思しき虐待の後があり、アルフの証言からもそれは証明されている。お腹を痛めて産んだ子ではないが、そんな虐待を娘に加えておいて、いまさらおめおめと顔を出せたものではない。
「リインフォースは? はやてのところに行かなくていいの?」
「私の身勝手で主に別れを告げたというのに、いまさらおめおめと顔を出せるものか……」
 そう言ってリインフォースもプレシアと同じく、部屋の隅で頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。そこでさっとあたりを見回してみると、マテリアルの三人娘は言うに及ばず、なのはの娘を自称するヴィヴィオやその友達のアインハルトはもちろん、さらにその先の未来からやってきたというトーマとリリィも、その存在を公にするわけにはいかない。そもそもエクリプス・ウィルスってなんだ、という状況だ。
 アミティエとキリエもこの時代の人間ではなさそうだし、ユーノは全員揃ってここに匿うのが無難な様な気がしてきた。

「まあ、プレシアさんはフェイトさんのお母様なのですか?」
「そういう事になるわね……」
「それでは、プレシアさんはヴィヴィオさんのお婆様なのですね……」
 多少天然の入ったアインハルトの一言にプレシアが固まる。
「どういう意味かしら?」
「ヴィヴィオさんは、なのはさんとフェイトさんのお二人がお母様なんですよ。ですから、そのお母様でいらっしゃるプレシアさんは、ヴィヴィオさんのお婆様です」
「にゃあ」
 同意するように、アインハルトの膝の上でティオが鳴く。それ以前に女同士でどうやって子供を作ったのか疑問に思うユーノであったが、ヴィヴィオが養女という事で少しだけ安心するのだった。
「良かったですね、プレシア。こんな形で孫の顔を見る事が出来て」
 キッチンから響いて来た多少いじわるっぽいリニスの言葉に、僅かに頬を染めて顔をそむけるプレシアであった。
「こっちのヴィヴィオと僕はまだ出会っていないのかな?」
「どうでしょうか。聞いた話だとわたしにとってここは14年前の世界みたいなので」
「僕にとってここは16年前の世界だしね……」
 トーマとヴィヴィオの会話に、すぐそばでリリィが微笑みながら耳を済ませている。
「ここは……こうすればいいのか……? リニス」
「そうですよ。流石ですねリインフォース」
 キッチンではリニスとリインフォースが仲良く食事の支度をしている。
「なるほど、あの管制人格……リインフォースと子鴉めが一緒にいるところに我が現れる。そこにキリエが乱入するという手はずだな?」
「そうそ、そこでわたしが王様に話しかけるから。この時代、この世界じゃないと出来ない事があるのよね」
「とりあえず、僕はフェイトを挑発して夜の街中を飛べばいいんだね?」
「これでどちらが強いか、やっと決着がつけられそうです」
「そして、私が高町なのはと相対すると……。この時代、この世界の人達に迷惑をかけたくはないけど……」
 そして、夕食が出来るまでの間、ああでもないこうでもないとマテリアル達とフローリアン姉妹が仲良く話しているのを見て、ユーノも幸せだなあと……。
「思うかあっ!」
 突然大声を出したユーノに、その場にいた一同は何事かと顔をあげる。
「どうして僕のところなの? なんでみんなが僕の部屋にいるの? どうして誰もこの状況をおかしいって思わないんだよっ!」
「まあまあ、落ち着いて。同じゲームに登場する仲間じゃない」
「これが落ち着いて……って、なに? ゲーム?」
「そうです。ユーノさんも今回のゲームには参戦が決定していますよ?」
「いやいやいや、ちょっと待ってよ」
 キリエとアミティエはそう言ってなだめようとするが、ユーノにとってはいきなりすぎて寝耳に水もいいところだった。
「僕は結界魔導師だよ? 攻撃魔法なんて使えないし、そんな僕が対戦格闘だなんて……」
「自信がないなら……」
 そう言って、プレシアがゆらりと立ち上がる。手には愛用のデバイスを杖からムチに変化させたものを持っていた。
「今から特訓ね。頼んだわよ、リニス」
「はい、プレシア」
「あの……お手柔らかに……」
 その圧倒的なまでの迫力に、消え入りそうな声で身を震わすユーノであった。

 かくして、ゲーム発売日に向けたユーノの特訓と、この奇妙な同居生活がはじまりを告げたのだった。



[30071] 第二話
Name: 匿名◆78b87360 ID:2e1355aa
Date: 2011/10/13 20:46
「はい、いいですか。ユーノさん」
 翌朝から早速リニスの特訓がはじまった。朝食までの二時間と業務終了後の一時間程度が、ユーノの使える練習時間だ。
「今更ユーノさんに魔法の基礎やら応用やらを教えるのは釈迦に説法なので、この際ですから一切まとめてすっ飛ばします」
「随分大雑把ですね……」
「時間がありませんから」
 キリエの言うゲーム開始までもうあまり時間もない事から、とにかく実戦で使える技を中心に叩きこんでいくしかない。
「はじめに聞きますが、ユーノさんは攻撃魔法を使えないんでしたね?」
「結界魔導師ですからね。だから必要がなかったというか……習得できなかったと言いますか……」
 最後の方はごにょごにょと消え入りそうな声だったのでよく聞こえなかったが、リニスは特に気にした様子もなく話を続ける。
「ですが、単独で広域結界を展開できる魔力。緻密で脱出しにくいバインドの構成。そう簡単には突破できないシールドを構築するなど、ユーノさんには数多くの美点があります」
「ありますけど、それがどうしたんですか? そんなの出来たって戦いの役には立たないんじゃ……」
「ええ、普通の戦いでしたら」
 しかし、リニスは不敵な微笑みを崩さない。
「幸いにして、今度の戦いは実戦とは異なるゲームです。実戦ならかなりの無理が必要となりますが、ライフポイント制のゲームであればいくらでも通用する手段があります」
 どういう仕組みかはわからないが、今度の戦いはDSAAルールによく似たポイント制で行われる。肉体的なダメージはもちろん、魔力も全てポイントによって管理されるため、公平で公正な勝負ができるようになるのだ。
 肉体的なダメージを受けるとライフポイントが減少し、それがゼロになったら負けと判断される。魔力ポイントを使いきってしまうとしばらくの間魔法が使えなくなってしまうため、純粋な力をぶつけあうよりかはポイント管理などの駆け引きが重要視される。
 そして、肉体的なダメージはクラッシュエミュレートによって疑似再現されるため、怪我をする心配も怪我をさせてしまう心配も無用だった。
 DSAA本来のルールであれば、意識喪失時のバリアジャケット管理としてクラス3以上の能力を持ったデバイスの携行が義務付けられているが、今回のゲームで意識喪失はエミュレートされないため、特にデバイスを携行する必要はない。つまり、デバイスを持たないユーノでも十分に戦えるのだ。
「つまり、別に強力な攻撃魔法が使えなくても、ただ殴る蹴るの暴行を加えるだけでもライフは減少していきます」
「随分物騒な話ですね……」
「それと、ユーノさんには他の誰にも負けない優れた能力があるじゃないですか」
「そんな能力ありましたっけ?」
「魔導を超高速で並列運用できる能力ですよ。タイプとしては学者型なので、戦闘魔導師には不向きですね。もし仮に戦闘魔導師になるとしても、中後衛か支援専門の後衛になるしかありませんが」
「大した事無いじゃないですか」
「ヴォルケンリッターを相手に高速空中戦をしながらトランスポーターを起動させて、そのうえで相手の攻撃をシールド片手で受け止めるのが大した事無いと?」
「随分詳しいですね……」
「A‘sはDVDも好評発売中ですし、2011年10月現在東京MX系でも放送中ですよ?」
「また、メタな発言を……」
 今にして思えば、あの頃が僕の全盛期だったんじゃないだろうか。そんな嫌な思いが、彼の中をよぎる。日がな一日を薄暗い書庫の中でひたすら整理と検索業務に没頭し、責任ある立場とそれに応じた給与が支給されるようになった現在の生活も悪くはないのだが、やはり自分の力でどこまで出来るのかを試してみたいという思いが彼にもある。そのうえで戦闘に向かないとわかるのなら、あきらめもつくというものだ。
 それはともかくとして、先程のリニスの発言はユーノにしてみれば出来て当たり前の事だ。しかし、同時に複数の魔導を行使できるというのは、彼にとっては数少ないメリットなのではないだろうか。
「魔導師にも様々なタイプがあります。多彩な攻撃魔法を駆使して派手な勝利を得るファイターもあれば、防御魔法を主体とするので地味ではあるものの、確実な勝利を得る事が出来るディフェンダーもあります」
「僕がその、ディフェンダータイプだと……?」
「ユーノさんでしたら……そうですね、防御魔法を展開しながら移動するという、通常の魔導師なら不可能な事も出来るんじゃないでしょうか? それを確かめるためにも……」
 そこでリニスは四本の棒を取り出し、鳥居の様に組み立てた。
「今から特訓です。さあ、どこからでもかかってきなさいっ!」
「よしっ! やるぞっ!」
 意外とノリやすいユーノであった。

「ふぅむ。一時はどうなる事かと思ったが、どうにかなりそうではないか」
 リニスの構えた組み木を相手にカンコンカンコン組み手を行うユーノを見つつ、ディアーチェは軽く腕組みをして口元に静かな微笑みを浮かべる。
「その微笑みは邪悪ですよ、王様」
 ディアーチェの隣で呆れつつ、シュテルもユーノが特訓している様子をじっと見つめている。その手にはタオルとスポーツドリンクが握られているので、ユーノが休憩に入ったらすかさず渡すつもりなのであろう。
「王様~っ! シュテル~っ! どこーっ?」
「……まったく、あの子は」
「我らの存在はまだ秘密なのだがな……」
 突如として響いたレヴィの大きな声に、ディアーチェとシュテルは顔を見合わせて苦笑してしまう。
 ユーノの部屋がある本局から海鳴市の公園に場所を移して秘密特訓をしている事を、なるべくならなのはやフェイト達に知られない方がいい。その方が登場時のインパクトも大きくなるし、なにより展開として面白いというのがキリエの談だ。
 そういう他人の思惑に乗るのはディアーチェとしても癪であるが、あの子鴉めの驚いた顔が見られるかと思うと、とりあえずこの場はキリエに合わせておくかと考えてしまうのだった。
「あ~っ! こんなところにいたっ!」
 そうこうしているうちに、がさがさと茂みをかきわけてレヴィがひょっこりと顔を出す。
「何事だ、騒々しい」
「リインフォースが帰って来たよ」
 レヴィに続いてリインフォースががさがさと茂みをかきわけて姿を現す。
「おお、リインフォースか。待っておったぞ。して、首尾はどうであったか?」
「その聞き方は三流の悪役っぽいですよ、王様」
 呆れた感じのシュテルの冷ややかな視線もなんのその。ディアーチェは話の先を促した。
「どうにも、理解できない……」
 久方ぶりに主と再会した割には、浮かない様子でリインフォースは呟く。
「あの日確かに私は主に別れを告げ、雪の空に消えていったはずだ。何の因果かこうして復活を遂げて主との再会を果たしたのだが、その割には主の対応がおかしいのだ」
「なにがあった? 申してみよ」
「まるで私がもう何ヶ月も主と共に暮らし、家族として過ごしていたかのような対応なのだ。おまけにここ最近の私は本局での用事があり、あまり八神家の方には帰っていないらしい」
「どういう事ですか?」
 異常な事態にシュテルも眉をひそめる。実際は彼女達の存在そのものが異常事態なのだが、それに比べたら現在の事象そのものが異常過ぎるのだ。
「それは私にもよくわからない。これが主だけならまだわかるのだが、騎士達も口を揃えているのではな……」
 はやて一人であれば勘違いと言う事もあるし、何者かによって記憶の改竄を受けたとも考えられる。しかし、それが騎士達をはじめとした知人一同に及んでいるとなると、一体どこまで影響を及ぼしているのか見当もつかない。
「一体、この世界になにが起きているのか……。こうなると、キリエ達の話していたゲーム時間軸という言葉が、どうにも気になって仕方がない……」
 ゲーム時間軸とは、リインフォースがあの冬の日に消滅しなかった場合において存在するという、選択肢によって無限に起こりうる可能性を持つIFの世界の事だ。言いかえると、リインフォースとマテリアル三人娘の存在はその時間軸に由来する。
 ミッドチルダで並行世界という言葉は、次元の海に浮かんだ時間軸を同じくする無数の次元世界を指す。つまり、一つの世界内に無数に存在する選択肢によって無限に起こりうる、俗にパラレルワールドと呼ばれる可能性の世界の事ではない。しかし、この場合のゲーム時間軸とは、一つの世界内に可能性として存在するパラレルワールドなのだった。
 言うなれば、この二つの世界には、リインフォースが存在するかしないかというだけの差しかない。些細な差だが、そこには重要な意味が秘められていると考えられた。
「うぅ~む、さっぱりわからんな……」
 そう言ってディアーチェは、腕組みをしたまま考え込んでしまう。
 三人寄らば文殊の知恵とはいうものの、どうやらこの場合は寄せる三人に問題があるようだった。少なくとも、ディアーチェ、シュテル、リインフォースの持つ知識やこれまでの経験からでは、現在起きている事象そのものがまったく理解できなかったのである。
「難しく考える必要はないわ。非常に似通った隣接する二つの世界がなんらかの要因で融合し、世界の修正力によってそこに暮らす人達にピンポイントで記憶の改竄が行われた。ただそれだけの事よ」
 突然現れたプレシアがそう解説してくれるが、結局のところディアーチェ達の理解を超えているので、相変わらずさっぱりわからない。
「……相変わらずさっぱりな状態が続いていますが……。それはつまり、リインフォースを知る者は彼女があの冬の日に消えてしまったのはなく、これまでも普通に存在してきた、という記憶に置き換わっている。そういう事ですか? プレシア」
「単純に言うと、そういう事ね」
 人、それをご都合主義と言う。シュテルの疑問にプレシアは簡潔に応えた。
「ただ、問題はここから先よ。今は二つの世界が融合した状態だけど、この先はどうなるかわからないわ。この融合は二つの世界に歪みを生じさせるものである以上、いずれ崩壊する危険性を秘めたものとなるわ」
「なんだかよくわからんが、それは大変な事なのではないか?」
 世界の歪みとか難しい単語ばかりなので、実のところディアーチェの理解の範疇を超えていた。それでも尊大な態度を取り続けていられるのは流石と言える。
「要するに、私達はキリエの仕掛けた策に乗るしかない。という事か……」
「わたし達の軽率な行動が、世界を崩壊させるトリガーにもなりかねない状況よ。今は黙って、運命の歯車役に徹するしかないわ」
 未だ釈然としないリインフォースの呟きに、プレシアの嘆息が重なる。そんな中で、シュテルは小さく拳を握りしめていた。
「許せませんね……まるで無理やり、時を動かされているみたいで……」
 それがわかっていても、迂闊に手出しが出来ないのが現状だ。今の段階でアミティエがキリエを止められずにいるのは、そうした要因からだった。
「ところで、プレシアはどうしてここに?」
「ああ、それは……」
 その時、がさがさと茂みをかき分けてリリィが姿を現した。
「ああ、皆さんここにいたんですね。朝食の支度が出来たので呼びに来ました」
「そういう事よ」
 タイミング良くリニスの訓練も終わったようなので、シュテルは用意していたタオルとスポーツドリンクを差し出してユーノを労おうとしたのだが、どこにいってしまったのか影も形も見えない。
「はい、ユーノ」
「ああ、ありがとうレヴィ」
 よく見ると、訓練を終えたユーノにレヴィが満面の笑顔で差し出していた。ディアーチェ達が顔を合わせてなにやら難しい話をしている事に退屈したので、レヴィはずっとユーノが訓練している様子を眺めていたのだ。
「ふぅ~……生き返ったよ。これはレヴィが?」
「ううん。シュテルが用意してたんだけど、なんだか難しい話をしてたから持ってきちゃった」
「そうか、ありがとうシュテル」
「あ、いえ……その……」
 そのさわやかな笑顔に、思わず頬を染めてしまうシュテルであった。

 その頃、本局内部のユーノの部屋では、トーマとヴィヴィオが全員分の朝食を用意していた。ちなみにアインハルトは低血圧なのか、ぽ~、とした表情のままクリスとティオに手伝ってもらってお皿を並べている。
「よし、こんなもんだろう」
 トーストとハムエッグを主体とした朝食は、全てトーマの手によるものだ。一人で旅をしていた事があるせいか、その手際は見事の一言に尽きた。
「ヴィヴィオもごめんね。手伝ってもらっちゃって」
「いえいえ~、いいんですよ」
 とはいえ、この人数分を一人で準備するのは流石に辛い。屈託のないヴィヴィオの笑顔には、終始助けられっぱなしのトーマであった。
「それにしてもいいのかい? ヴィヴィオ」
「はい。なにがですか?」
「ユーノさんに、はじめまして、って挨拶しちゃって」
「ああ……」
 司書資格を持つヴィヴィオにとって、ユーノは将来の上司と言うべき存在だ。確かにこの時代でユーノに会うのは初めてなのでその挨拶でもいいのだが、妙に他人行儀な気がしてしまうのだ。
 とはいえ、今のユーノは9歳なので今のヴィヴィオよりも年下である。また、この世界にはまだヴィヴィオもトーマも存在していないので、そう挨拶せざるをえないのだった。
「それはそうなんですけど、出来ればユーノさんにはあまり未来の事を話さない方がいいと思うんです」
「どういう事だい?」
「3期シリーズにはゲスト出演もしてたんですけど、4期シリーズになってからのユーノさんの扱いは……」
「ああ……」
 そこでトーマはヴィヴィオの態度の意味を知った。自分達が主役を務める最新のシリーズでは、今のところユーノはおろか無限書庫の名前すら出てこない。それはまるではじめから存在していないかのような徹底ぶりだからだ。
 流石にそんな未来をユーノに伝えるわけにはいかない。その意味で、トーマとヴィヴィオの見解は一致したのだった。
「絶対に、ユーノさんに知られないようにしないとな」
「そうですね、わたしもアインハルトさんとしっかりお話して、それだけは徹底してもらいますから」
 アインハルトもしっかりしているようで、意外とうっかりさんだから気をつけないといけない。まだ、ぽ~、としたままのアインハルトの姿を眺めつつ、ヴィヴィオはそう心に誓うのだった。



[30071] 第三話
Name: 匿名◆78b87360 ID:2e1355aa
Date: 2011/10/18 22:24
 ひょんな事から始まったユーノの奇妙な共同生活は、日を追うごとに混迷の様相を呈してきた。
 なにしろ、ユーノに割り当てられた独身寮の六畳一間には、プレシア、リニス、リインフォース、トーマ、リリィ、アインハルトの大人組と、ヴィヴィオ、ユーノ、ディアーチェ、シュテル、レヴィの子供組に加え、不定期的にアミティエとキリエの二人が顔を出す。
 部屋のつくりは文字通りのウナギの寝床で、玄関から伸びる長い廊下の左手にバス、脱衣所つきの洗面台、トイレ、キッチンと順番に続いて奥のリビングへと至る。壁面には収納式の棚や埋め込み式のテレビなどが設置されているので、スペースを有効に使う造りではあるものの、居住空間そのものは一人用なので合計十三人の男女が出入りするともなると、その部屋の狭さゆえにプライベートもプライバシーもなくなってしまうせいか、少なからずのトラブルに直面する事もあった。
 ユーノやヴィヴィオ、アインハルトを除いては、ほとんどのメンバーが使い魔や魔導生命体であるが、結局のところその肉体を維持するエネルギーを得るには食事を摂るのが一番なのは言うまでもない。そして、食べるものを食べれば、出すものを出すのは道理である。
 特に女性が多いだけに、朝のトイレは順番待ちの行列が日常の光景となった。
「王様~、まだ~?」
 コンコンコン、とリズミカルにノックを響かせ、タンタンタンと軽く足踏みするレヴィ。その一連のアクションからは、かなり切羽詰まっている様子がうかがえる。
「うるさいぞ、今入ったばかりで急かすでないわっ!」
「早く、早く~……」
 こんな感じのやりとりは、実のところまだ可愛い方だ。
 ユーノがトイレの順番待ちで、うっかりシュテルとはち合わせるとえらい騒ぎになる。
「……入ってはいけません」
「いやいやいや、そんなこと言われても……」
「レディがトイレに入った後、殿方は一時間後に入るのがエチケットですよ? あなたにはデリカシーと言うものがないんですか?」
 普段あまり表情を変えないシュテルが、この時ばかりは形の良い眉を吊り上げて怒りの表情をあらわにする。自分とあまり年の変わらない、なのはそっくりな少女にそう言われてしまうと、ユーノとしてもどうしたらよいものか。
 どうして、シュテルはあんなに怒っているんだろうか。さっぱりわけがわからないと、ユーノがトイレの扉の前で立ち尽くしていた時だった。
「……あの」
 不意に背後から、おずおずとした声がかけられる。
「入らないのでしたら、先に入ってもよろしいでしょうか……?」
 そこには、顔を真っ赤にしてもじもじとした様子のアインハルトが立っていた。このとき、ユーノの待機時間の延長が決定した。
 後日ユーノの部屋のトイレには、フローラルな芳香剤が大量に置かれる事となる。
 こんな感じでユーノの部屋は次第にいい匂いに包まれるようになり、これまで固形栄養食とミネラルウォーターしか入っていなかった部屋に作りつけの冷蔵庫には、常に大量の食材がストックされる事となった。ハウスキーパーとしても優秀なリニスによってしっかり栄養管理はされているし、部屋は常に清潔な状態が保たれるようになった。そういう意味で、ユーノの生活環境は劇的な変化を遂げた。
 このように考えるといい事ばかりの様な気のする同居生活であるのに、なぜか釈然としないものを感じるユーノであった。

「仕事?」
「はい」
 大人も子供も一緒になって同じテーブルを囲み、みんなでワイワイと朝食に舌鼓を打つ光景に、なんだかスクライアのキャンプみたいだな、とユーノが現実から目をそむけていた時、突然リニスがそんな話を切り出してきた。
 確かに現在この人数の衣食住は、今のところユーノの収入に依存している。しかし、9歳と言う年齢に加えてまだ三ヵ月程度しか勤務していない状況では、それほど金銭的に余裕があるというわけでもない。
 とはいえ、年頃の女の子を着たきりすずめにしておくわけにもいかない。トイレットペーパーなど生活必需品の消費も増えているし、食費の方はレヴィがあの細い体のどこに入るのかわからないくらいの健啖ぶりを発揮しているので、いずれ財政を圧迫していくであろう事が予測されている。
 この状況を打開するには働いて収入を得るのが一番なのだが、未来からの渡航者や死んでいるはずの者が働ける場所などあるはずがない。
 いくら時空管理局が局の業務に対して前向きであれば、出自も過去の履歴も問わないというスタンスであったとしても、物事には限度と言うものがあるのだ。
「そう言われても……」
「なんでもいいんですよ。家庭教師でもレジ打ちのパートでも……」
 リニスはそういうが、生憎とユーノにそういったコネはない。困った事に現在の無限書庫勤務も、どちらかと言えば成り行きに流された結果ともいえるからだ。
 確かにプレシアが維持するのも大変というくらい優秀な使い魔であるリニスであれば、家庭教師としても引く手あまたであろう。しかし、ここが本局と言うところに問題があった。
 時空管理局の本局は次元の海に浮かぶコロニーであり、多くの局員がここを生活の場とするのだが、一般人の居住者はそれほど多くない。その理由は、完全閉鎖空間となる本局では、通常の電気や水道の料金に加えて空気の税金まで徴収される事にある。
 管理局員などの公務員であればそうした税制面での優遇措置が受けられるが、一般人では税制面での負担が大きくなりすぎて生活が大変になる。それならどこかの次元世界に居を構えた方が、税制面での負担が少なくなる場合もあるからだ。また、次元世界に住んでいても転送機を使えば、移動する手間も時間もそれほどかからないのでわざわざ本局に住むメリットがない。
 そんなわけで本局にはリニスが教えられるような子供が少なく、家庭教師をつけるよりはどこかの次元世界で普通に学校に通わせた方いい。欲しいものがあるときは本局の通販サイトに注文すれば部屋に転送してくれるので、わざわざ店に行く必要もない。少なくとも本局では、まったく需要がない職業なのだ。
 ユーノの口からプレシアに働けと言うわけにもいかないし、リインフォースもトーマもリリィも色々と問題がある。ディアーチェ達の実力ならすぐにでも武装局員になれそうだが、彼女達の存在は極秘事項であるし、アインハルトとヴィヴィオは学生の身だ。さて、どうしようかとユーノが思いはじめたその時だった。
「話は聞きました」
「あたし達にお任せにゃーっ!」
 リビングの扉を開け放ち、ばばーんと言う効果音と同時に飛び込んできた二人がびしっとポーズを決める。
「……なにしてるんですか? リーゼアリアさんにリーゼロッテさん……」
 それ以前にどうしてここに、というのがユーノ最大の疑問であるが。
「ふっふっふー、それはだね……」
「今度のゲームに参加が決まったから連れてきたのよ」
 リーゼロッテの言葉を途中で遮ったのは、いつの間にか帰ってきていたキリエだった。よく見るとみんなと一緒になって朝食を食べている。
「すいません。ピンクで不肖の妹が本当にすいません」
 ぺこぺこと頭を下げるアミティエの手にも、しっかり朝食のトーストが握られていた。こういう突然の来客にも、しっかり対応できるトーマの能力には驚かされる。
「それで、リーゼさん達はここへなにしに?」
 彼女達のマスターであるグレアム提督はすでに引退し、故郷で静かに余生を送っている。
「あたし達はまだ新人教育や教導予約が残ってるしね」
「それにユノスケもこのゲームに参加するって言うじゃないか」
 リーゼアリアは黙々と、リーゼロッテはもりもりとトーストを食べながらそういう。
「あれ? でもリーゼアリアさんは魔法専門で、リーゼロッテさんは近接格闘専門じゃありませんでしたか?」
「うん、だから~……」
 リーゼロッテはなにか面白いおもちゃでも見つけたような猫の目をしたまま、すすっとユーノにすり寄っていく。
「あたし達は二人一組で参加するのよ」
「あ~ん、アリアってば。あたしがユノスケにそう言おうとしてたのに~」
「二人一組で?」
 一瞬ユーノはそれでいいのかと思ったが、よくよく考えてみればトーマもリリィとユニゾンして戦うのだから二人一組と言えなくもない。確かに闇の書事件では仮面をかぶって暗躍していたくらいだから、彼女達が結構な実力者である事をユーノは知っている。
「まあ、それは口実としてもクロノがどこまで強くなったのか知りたいしね」
「元師匠としては、教え子の実力を知りたいのさ」
 この時ユーノは、それは口実で単に二人は面白そうだから参加するんじゃないかと思った。
「事情はわかりました。ところで、リーゼさん達にお任せって……?」
「ユノスケは、そこの子達の働き口を探してるんでしょ?」
「ええ、まあ……」
「あたし達のコネなら、いいとこ紹介してあげられるんだけど」
「そうそ、いい方法があるのよ」
「いい方法ですか……?」
「ヒントをあげるわ。あたし達の父様は誰かって事」

『ユーノ、先日依頼した暫定ロストロギア鑑定用資料の進捗状況は?』
「それならもう上がってるよ。今から送るから」
『ふぅ~む……』
 送られてきた資料に一通り目を通したクロノは、彼にしては珍しく感心したように深く頷いた。
『どうした? 期日まではまだ三日以上あるし、いつもなら書庫の整理でいっぱいいっぱいだと怒鳴り返してるところじゃないか』
「まあね。この前依頼された裁判記録のデータも近いうちになんとかなりそうだよ」
『そうか……』
 最近は声変わりが辛いのか、多少かすれたような声が痛々しい。そのせいか、いつものからかい口調がない。自分もいずれああなるのかと思うと、大人になるのも考えものだと思ってしまうユーノであった。
『やっぱりあれかい? 新しく入った司書達のおかげか?』
「それはまあね。クロノも知ってたんだ」
『一応ね。グレアム元提督の紹介状とリーゼ達の推薦状があれば、レティ提督だって文句は言わないさ。それに君が面接をした相手なら安心だ』
 今の無限書庫は情報の墓場にすぎないが、本来の機能を取り戻せば時空管理局では最大のデータベースとなるはずだ。それなのに、そこに勤務する人材の選抜がそんなにアバウトでいいのだろうか。ユーノにはそこが不安だった。
『それにしても、どこでそんな優秀な人材を見つけてきたんだ? レティ提督も君がどんな魔法を使ったのかって不思議に思っていたぞ』
「あ~……そこのところは、企業秘密と言う事で。それにほら、スクライアは発掘が得意な民族だからね」
『ふむ、それならいいか。そういう部分も含めて君には期待しているんだ。じゃあ、早速ですまないが先日新しいロストロギアが発見されたんだ。それでその鑑定用資料を……』
「わかったから一覧をくれ。そうしたら捜索ヒット率の一覧を送るから、優先順位を決めたうえで送り返してくれ」
『了解』
 心配して損した。相変わらずなクロノの様子に、ユーノは心の底からそう思った。
「ユーノ~、通信終わったのか~?」
 するとそこへ、レヴィがひょっこりと現れた。
「ああ、今終わったところだけど。もしかして、もう本を届けてくれたの?」
「僕のスピードがあれば簡単さ。さあ、次はなにを持っていけばいいんだい?」
 レヴィはフェイト並みのスピードがあるし、なにより結構力が強いので専ら本の移動と片付けを頼んでいる。
「とりあえず、今はいいや。用事があったら念話で呼ぶから、それまではディアーチェとシュテルの作業を手伝ってあげて」
「わかった~」
 言うが早いか、レヴィはぴゅーと書庫の奥へと飛んでいく。
「ユーノ、ちょっといいか?」
 レヴィの後ろ姿を見送っていると、今度はリインフォースが話しかけてきた。
「とりあえず、書庫に納入されてきた新刊目録を年度別にまとめておいた。確認をお願いする」
「ありがとう。後で確認しておくよ」
 長年放置されてきて整理もままならない有り様なのに、無限書庫には各次元世界で発行された新刊が毎月納入されてくる。そんなわけで、おそらくは最初に無限書庫に搬入されたであろう新刊の日付に、ユーノはめまいがするような思いをしたものだ。
 リインフォースはそうした書籍の整理から、すでに搬入されている書籍の確認を担当してもらった。流石に夜天の魔導書の管制人格だけあって、こうした作業はお手の物のようだ。また、意外な事にディアーチェとシュテルもこうした作業を得意としており、彼女達には本棚の整理をお願いしている。
 未来から来たヴィヴィオは司書資格を持っているので、アインハルトと一緒に率先して書庫の整理を手伝ってくれているし、プレシアとリニスも流石の領域で活躍している。トーマは本の移動など力仕事が専門だが、リリィの事務処理能力は流石の領域で、彼女には受付などの対外折衝を担当してもらっている。
 そういう意味では、恐ろしく優秀なスタッフが無限書庫に集っていた。
 たった一人の司書として無限書庫に配属された当時はどうなる事かと思ったが、気づけばこんなに大勢の人達がユーノを助けてくれている。それに感謝しながら、検索業務と書庫の整理の合間に新人司書のための育成マニュアルを作成するユーノであった。



[30071] 第四話
Name: 匿名◆78b87360 ID:2e1355aa
Date: 2011/10/29 20:58
「はい、いいですか? ユーノさん」
 今日もリニスの特訓は続く。無限書庫勤務を終えた後は少々だるいが、これも強くなるためだ。
「ユーノさんは格闘技に必要なものは、なにかわかりますか?」
「なにって……。やっぱりパワーとかスピードとかですか?」
「そうですね。確かにパワーもスピードも必要ですが、私がユーノさんに求めるのはパワーでもスピードでもありません」
「と、いいますと?」
「必要なのはただ一つ。テクニックです」
 なんだかよくわからないが、ユーノはとんでもなく難易度の高い要求をされたような気がした。
「テクニックですか……?」
 不敵な微笑みを崩さないリニスとは対照的に、ユーノの表情は懐疑的だ。そもそも格闘技なんてやった事もないのに、いきなりテクニックとか言われても反応に困る。
「リニスさん。用意できました」
(これでよろしいですか?)
 そこに現れたのは、ディバイダー996シュトロゼック・リアクテッドして黒騎士モードとなったトーマであった。全身にエクリプス・ウィルス感染者である事を示すタトゥーがはいったその姿は、正義の味方と言うよりは悪役であるようにしか見えない。
「では、今日の訓練に入る前に……はっ!」
 不意打ち気味のリニスのジェットスマッシャーがトーマに炸裂する。
 凄まじい衝撃音が鳴り響き、たちまちのうちに白い煙がたちこめる。事前にユーノが申請して外部と遮断する封時結界を構築しておかなければ、たちどころに管理局員が駆けつけてくるであろうレベルの攻撃だ。
「い……いきなりなんですか……?」
 かなりの魔力が炸裂したにもかかわらず、トーマは防御姿勢のままでちょっとびっくりしたような感じで佇んでいる。
「このようにトーマさんにはどういう理屈かはわかりませんが、魔力攻撃の一切が通じません。ですが、今回はポイント制のゲームですので、使用した魔力に応じてダメージがポイントされていきます」
 それなら、単純な魔力攻撃をするだけでも勝機はあるという事だ。
「この魔法無効化と言う能力は一見無敵のように思えますが、よく覚えておいてくださいね。実戦において、これさえあれば絶対無敵というセオリーは、実のところほとんどありません。どんなに完璧に見えても、意外なところに思わぬ落とし穴があるものです。例えば……」
 今度は軽いステップでトーマに近付くと、リニスは右拳を軽くトーマの顎先にヒットさせた。
「あぐっ」
 すると、いきなりトーマの体がぐらりと傾き、がっくりと膝をついて地面に倒れ伏した。実のところトーマはシューティングアーツをやっているギンガとスバル、ストライクアーツのインストラクターライセンスを持つノーヴェという具合に、義姉達が本格的な格闘技を習得しているので少しは心得があった。
 ところが、リニスはそんなトーマを一撃でダウンさせている。
「あの……今のはなにを……」
 一見無敵の様であったトーマが、女の細腕であっさりと意識を刈り取られた。目の前の現実に、ユーノの思考が追いつけずにいる。
「いくらエクリプス感染者に魔法が通じなくても、体の構造は普通の人間とあまり変わるところはありません。ですのでエクリプス感染者も、人間の持つ体の構造上どうする事も出来ない弱点を内包しています。ちなみに、今のはてこの原理で顎先を急激に動かす事で脳を揺さぶり、脳震盪を起こさせました」
 リニスはこともなげにそういうが、そのテクニックの前にユーノは戦慄の念を禁じ得ない。確かにこの方法であるなら、パワーもスピードも関係ない。相手の急所に的確な一打をくわえる。ただそれだけのテクニックがありさえすればいい。
「肉体の方はいくらでも鍛える事が出来ますが、体の中身までは鍛えようがありません。それに魔法が通じないからと言って、痛覚までなくなるわけじゃありませんよ」
「僕に……出来るでしょうか……?」
「出来るか出来ないかは、やってみなければわかりません。それに出来たところで、今度のバトルではあまり意味がないですし……」
 ライフポイント制のゲームでは上手くポイントを管理して、いかに相手の隙を引きだすかの駆け引きの方が重要だろう。実戦であるならそういうテクニックも必要になるかもしれないが、先程リニスが披露したテクニックはゲームだとあまり関係がなさそうだ。
「どんな凄い能力の持ち主でも、体を使う事は訓練が必要です。基本的な体の動きをマスターするには、実戦で学ぶのが一番手っ取り早い方法でもあります。それを知るためにもユーノさん。どこからでもかかってきなさいっ!」
「よしっ! やるぞっ!」
 意外とノリやすいユーノは、リニスに向かって拳を突きだした。リニスは突き出された拳を軽く身をひねってかわすと、そのまま小脇にかかえるようにして関節を極める。
「うああああああああっ!」
「これがアームロックですよ、ユーノさん」
 ユーノの叫びは肘の関節を極められた事によるものか。それとも、密着したリニスの意外と豊かなバストのせいか。たまらず膝をついたユーノの背中に跨るようにして、リニスはもう片方の腕も極める。
「これがチキンウイングロックです」
 両腕を極められた痛みもよりも、ユーノの体に密着するリニスの太腿の感触がすさまじい。それからもリニスは次々と関節技を極めていき、そのたびにユーノは苦痛と快楽を同時に味わう事となる。
 こうして少年は大人の階段を一歩上っていき、その間中トーマはリリィの膝枕でいちゃいちゃしていた。

 勤務明けの訓練が終わると夕食の時間となる。作るのはリニスとリインフォース、それとトーマが日替わりで担当し、成長期の子供の健全な育成を妨げないように配慮しつつ、技術と根性が身につくように考えられたメニューが食卓を飾る。
 一人だったころは適当に済ませていた食事も、大勢でわいわい食べるようになるとなにかが違う。単純な味だけではないなにかがあるようにユーノは感じた。
 食事が終わると入浴タイム。人数の増えたユーノの部屋では、お風呂に入るのも一苦労だ。特に女性が多いので、とにかく時間がかかってしまう。
 そんなわけで一人ずつ入っていくと、いつになったら入り終わるのかがわからないし、一人暮らしの部屋に設置されたさほど大きくない浴槽では大人数が一度に入るというわけにもいかない。そこでユーノ、トーマ、プレシアの三人は一人で入る事にして、残りのメンバーは髪の短い子が髪の長い子が洗うのを手伝うという形で、リニス×レヴィ、リインフォース×ディアーチェ、シュテル×アインハルト、ヴィヴィオ×リリィの二人一組と言う形になった。当初はヴィヴィオ×アインハルトと言う組み合わせだったのだが、それはちょっと、と言うアインハルトの申し出によってパートナー変更となったのである。
「あ~……やっぱり生き返るな……」
 たっぷりお湯の張られた浴槽の中で、ユーノは大きく伸びをする。大人用と考えると少々小さめの浴槽であるが、ユーノには思いっきり手足が伸ばせる大きさだ。
 一人だったころは適当にシャワーで済ませていたが、こうしてたっぷりのお湯につかるのは実に気持ちがいい。いきなり大人数がやってきた時はどうなる事かと思ったが、家に帰るとお帰りなさいと声がして、食事とお風呂の支度ができている。そんななんでもない事なのに、なぜか幸せを感じてしまうユーノであった。
「う~ん……」
 ユーノはふと自分の腕を見てみた。相変わらずの細くて白い腕で、ちょっとは筋肉がついて来たかなと思う程度でまったく変化しているようには見えない。
 今までは後方支援が専門で直接戦闘はほとんどした事はなかったが、ここ最近はリニスの訓練を受けて本格的な実戦稽古をするようになった。リニスは筋がいいとほめてくれるのだが、どちらかと言うと地味な訓練ばかりなので、実のところ本当に強くなっているのか実感はわかなかった。
 まあ、強くはなっているんだろうけど、とユーノはリニスを信じる事にした。よくよく考えてみればリニスはフェイトの魔法の師匠で、ヴィヴィオ達の面倒もしっかり見てくれている優秀な使い魔なのだから。
 だいぶ体も温まってきたし、そろそろ上がろうかとユーノが思ったその時だった。
「ユーノーっ! 一緒にはいろーっ!」
 バーンと入口の折戸を開け、凄い勢いでレヴィが浴室に入ってきた。普段ツーテールにまとめている髪を下ろし、タオルも巻かずに仁王立ちしているレヴィの堂々とした姿に、一瞬ユーノはなにが起きたのか理解できずにいた。
「うあああああああっ!」
 あまりのインパクトに足を滑らせたユーノは、そのまま湯船に沈んでしまう。これがテレビで放送されているなら湯気で隠すとかの演出もあるのだが、生憎とそんな気のきいたものはここにはなく、レヴィの透き通るように真っ白な素肌はもちろん、膨らみかけた胸の頂にあるピンク色の突起や、産毛すら生えていないお臍の下まではっきりと見えていた。
「もう、ダメですよレヴィ。ちゃんとタオルを巻かないと」
 その後ろから現れたリニスが、レヴィの体にタオルをきゅっと巻きつける。そのおかげでようやくユーノの騒ぎが静まった。
「なんでレヴィがここに?」
「11歳以下なら一緒にお風呂に入っていいって聞いたぞ」
 どこの情報だ、と突っ込みたくなるユーノであったが、下手に突っ込むと藪蛇になりそうだったのでやめた。
「すみません、私も止めたんですが……」
 頭の猫耳を下げ、リニスもすまなそうに謝罪する。レヴィがこの調子なので、心配になってついてきてくれたのだろう。本当に優秀な使い魔だ。しかし、いくらタオルが巻いてあるとはいえ、その豊かな胸の膨らみやスタイルの良さまでは隠せるわけもなく、とにかくユーノは目のやり場に困ってしまう。
「いや……あのね、レヴィ……」
「袖すりあうも……多少のなんとかで、一宿一飯の恩義が……なんだっけ? とにかく僕はユーノに感謝してるから、背中を流しに来たっ!」
 そのあまりにも堂々とした宣言に、ユーノはただ唖然とするしかなかった。

「どうだ? ユーノ気持ちいいか?」
「あ、うん。上手だよレヴィ」
「そうかー。嬉しいぞ」
 たっぷり泡を含ませたスポンジで一生懸命に背中をこするレヴィの力加減が絶妙であるせいか、実に背中が気持ちいい。一人のときは適当にすませていたが、こうして誰かに洗ってもらうというのも格別だ。
「よし、これでおしまいっ!」
 高らかに宣言して勢いよく背中の泡を流したレヴィは流れてきた泡で足を滑らせてしまい、大きくバランスを崩してしまう。
「わわっ!」
「えっ?」
 レヴィはユーノの背中にしがみつくように倒れ込み、そのはずみでレヴィのおでことユーノの後頭部が激しくぶつかり、鈍い音が浴室内に響き渡った。
「痛たたた……。大丈夫? レヴィ」
「うん、なんとか……」
 バスタオルを一枚挟んでいるとはいえ、レヴィの柔らかな感触がユーノの背中に伝わってくる。そればかりか小さな突起が背中に二つ押し付けられているような感触もあった。
「それじゃ、交代だ。今度は僕がレヴィの背中を流してあげるよ」
「……うん」
 長い髪を真ん中から二つにわけたレヴィの白い背中がユーノの目の前に広がる。フェイトもそうだが、レヴィもこんな細い体であんな大きなデバイスを振り回しているのかと思うと、改めてすごいと思う。
「それじゃ、いくよ」
「うん……」
 さっきまでは元気いっぱいだったのに、なぜか今は妙に小さく縮こまっているように見える。それを不審に思いつつ、ユーノはレヴィの背中をスポンジでこすりはじめた。
「あ……」
「どうしたの?」
「大丈夫、ちょっとくすぐったかっただけ……。もう少し強くても…」
「そう?」
 今度は少し強めにこすってみると、レヴィがピクリと背中を震わせる。
「ごめん、強かったかな?」
「大丈夫……」
 レヴィはそういうが、こすった部分が赤くなってしまっている。予想以上のデリケートさにユーノは力加減の難しさを痛感した。まるで取扱注意のロストロギアを扱っているような緊張感がユーノを支配する。
「よし、おしまい」
 洗い終えたユーノは勢いよくお湯を浴びせて泡をとるが、レヴィの背中はところどころに赤くこすれた後がのこる痛々しい姿になっていた。無論この程度であればすぐにでも治るかもしれないが、それでもこの傷をつけたのは自分なんだとユーノは激しく後悔した。
「はい、ユーノさんはそこまでで結構ですよ。後は私がやりますから」
 二人が背中を洗いあっている間、リニスは湯船につかりながら微笑ましくその様子を見守っていた。がっくりと肩を落とした様子のユーノが浴室から出ていくのを見て湯船から出ると、リニスはレヴィの背中にまわった。
「さて、髪を洗いましょうか……。どうかしましたか? レヴィ」
 動かないレヴィを不審に思ったリニスが顔を覗き込んで見ると、レヴィは顔を真っ赤にしたまま固まっていた。
「……ねえ、リニス」
「なんですか?」
「もしかして僕って……ユーノととんでもなく恥ずかしい事をしてたんじゃ……」
 ようやくその事に気がついたレヴィであったが、時すでに遅かったようだ。

 その後風呂から出たユーノは、ばったりとシュテルと出会った。
 レヴィ達が入っているはずなのに、どうしてユーノがお風呂から出てくるのかと問い詰めるシュテル。それに対してユーノが返答に困っていると、さっぱりとした笑顔でお風呂から出てきたレヴィがきっぱりと言った。
 お風呂でユーノを気持ちよくしてあげたら、ユーノも僕を気持ちよくしてくれた。ちょっと痛かったけど我慢した。と。
 そして、顔を真っ赤にしたシュテルによって、ユーノの部屋は真・ルシフェリオンブレイカーの紅い光に包まれた。



[30071] 第五話
Name: 匿名◆78b87360 ID:2e1355aa
Date: 2011/11/08 16:57
 シュテルの放った真・ルシフェリオンブレイカーはトーマのディバイドで分断され、なんとか被害を最小限にする事が出来た。ただ、異常な魔力の高まりを感知した本局の局員に対する説明はユーノの想像以上に困難を極め、全てが終わった時にはかなり遅い時間となっていた。
「それでは、ユーノさん。おやすみなさい」
「ああ、おやすみシュテル」
「わかっているでしょうが、夜中にこの敷居を一歩でもまたいだら……」
「真・ルシフェリオンブレイカーですね。わかっていますとも」
 ユーノの返事に満足したのか、軽く頷いてシュテルはリビングと廊下を仕切る引き戸を閉めた。それを見送って軽く息を吐いたユーノは、同じく廊下で寝るトーマに声をかけた。
「それじゃ、僕達も寝ましょうか」
「そうだね」
 みんながここに来た当初は、フェレットモードで寝る事にして寝場所の確保をしようと思っていたユーノであったが、とある事情によってそれは断念せざるをえなくなっていた。
 それはレヴィ、シュテル、ヴィヴィオら年少組が、フェレットモードのユーノと一緒に寝る権利をかけて一触即発の状態になってしまった事もある。だが、ユーノにとってそれ以上に切実な問題となったのが、アインハルトのデバイスであるティオの存在だった。
 ティオの正式名称は、アスティオン。シュトゥラの伝説にある、勇気を胸に諦めずに進む小さな英雄の名前がその由来となっている。
 古代ベルカの覇王流を継承するアインハルトは、一般的に真正古代ベルカ式のインテリジェントデバイスは作りにくいとされている事もあって、長らく自分専用のデバイスを所有していなかった。近代ベルカ式であるならミッド語でエミュレートしたシステムを組めばいいのだが、真正古代ベルカ式は現在では失われた古代ベルカ語でシステムを組む必要があるため、そうした作業ができる技術者がほとんどいないのがその理由となっている。
 そこでティオの製造には、真正古代ベルカの大家族である八神家一同が全面的に協力していた。ユニットベースをリインフォース・ツヴァイが組み、AIシステムの仕上げと調整を担当したのが八神はやて。そして、シュトゥラの雪原豹をモチーフに、ぬいぐるみ外装をアギトが手作りしたのである。
 そういう意味では真正古代ベルカの特別仕様機とも言えるティオなのであるが、その外見はどこからどう見てもネコそのものであり、その性格もネコそのものである。愛嬌たっぷりの仕草と感情たっぷりに鳴く彼は、何気にゲームでもフルボイスだったりするのだ。
 喧々諤々と議論をする少女達の足元で、嫌な視線を感じたユーノは恐る恐る振り返った。
「にゃあ」
 そこには、新しいおもちゃを見つけたかのように瞳を輝かし、しっぽをぶんぶんと振りまわすティオの姿があった。その途端、ユーノの脳裏にかつてすずかに招かれたお茶会での出来事がよみがえる。
「きゅ~っ!」
「にゃにゃにゃ」
 ユーノが逃げるのを見たティオがその後を追う。いくら相手がぬいぐるみ外装のデバイスであっても、フェレットモードのユーノから見れば巨大なネコに追いかけまわされるのとあまり変わらない。とにかく必死になって逃げるユーノ。
「きゅきゅ~っ!」
「にゃにゃにゃ」
 ティオに追いかけまわされて狭い部屋を縦横無尽に走り回るユーノの姿に口論をしていた少女達が唖然とする中、それを見ていたリニスはなぜか内側から湧き上がってくる衝動を抑えるのに必死になっていた。
(いけません、そんな……)
 逃げ回るユーノを見ていると、服の下に隠されたしっぽがうずうずと動く。それはリニスの素体となっているヤマネコの本能がそうさせるのだが、リニス本人は強靭な理性でそれをおさえこもうとしていた。
(だめです……。私は誇り高きプレシアの使い魔……。ああ……だけど……)
 帽子の下の耳はぴくぴく、服の下の尻尾はぴこぴこ。背筋には理性では抑えきれそうにもない衝動がぞくぞくと駆け上がってくる。
 やがて部屋の隅に追い詰められてしまうユーノ。今まさに飛びかからんと身構えるティオ。その時、クリスが振り回した猫じゃらしに反応して、ティオの気がユーノから逸れた隙に素早くアインハルトが確保。そして、ユーノが人間に戻った事でこの騒動は終わりを告げる。
(……ネコなんて嫌いだ)
 この一件でユーノは、もうこの部屋でフェレットになれないと悟るのだった。
 ちなみに、この時以来リニスはユーノを見る目が変わり、後の訓練で関節技を極めた時につい熱が入ってしまったのはまったくの余談である。

 その後リビングは女の子が寝るスペースとなり、男の子であるユーノとトーマは廊下の壁面に設けられたクロゼットを開き、そこに布団を敷いて寝る事となった。なのは達の住む第97管理外世界では季節が冬から春へ移り変わろうかという時期であり、廊下で寝ると寒いのではないかと心配する諸兄もいるかもしれないが、次元空間に浮かぶコロニーである時空管理局の本局は内部の空調が管理されており、どの場所でも常に一定の温度が保たれている。例えミッドチルダの夏が灼熱地獄であろうとも、冬が極寒地獄であろうとも本局には関係なく、部屋で寝ても廊下で寝ても気温に差はないのだ。
 女性陣はリビングに布団を敷き、ある者は一人で、またある者は適当にペアになって雑魚寝となっている。人間の住むスペースは、立って半畳寝て一畳あればいいという。こういう雰囲気をヴィヴィオはお泊まり会みたいだと評したが、どうにもディアーチェ達にはなじみが薄い。しかし、こうしてみんなで和気あいあいと寝転がり、眠りにつくまでの間まで取りとめのないトークに花を咲かせるのも悪くはないと思いはじめていた。
 特にレヴィには寝ている間に誰かれ構わず抱きつく癖があり、夜が開けた時にプレシアに抱きついて寝ていたときなど、その恐れを知らぬ豪胆さに誰もが目を見張ったという。
 そして、この夜。トイレに起きたレヴィは部屋に帰るのが面倒になったのか、そのまま廊下で寝ていたユーノの布団にもぐりこんだ。
 夜中に部屋を出て行ったきり戻ってこないレヴィを不審に思い、廊下に出てきたシュテルは驚きに目を見張る。
「……この手がありましたか」
 確かにシュテルはユーノに夜中この敷居をまたぐなと言ったが、レヴィの方からユーノのところに行くのではその限りではない。
 流石は力のマテリアル。その行動力には目を見張るものがある。シュテルはあたりを見回すと、そのままレヴィが寝ている反対側にもぐりこんだ。
 ユーノはなんだかいい匂いと心地良い暖かさに包まれている一方で、磔にでもされているかのようにまったく身動きが取れない寝苦しさを感じていた。まるで両側からなにか柔らかいものに挟み込まれているような違和感で目を覚ました翌日の朝、うすらぼんやりとした視界の向こうでなぜかディアーチェが冷ややかな視線で見下ろしているのに気がついた。
「女性に夜這いをかけるならまだしも、まさか自らの寝所に引っ張り込むとはな……」
 そこでようやくユーノは事態に気がついた。お互いにユーノの腕を枕として足をからめ、右にレヴィ、左にシュテルが挟み込むようにして抱きついて寝ていたのだ。これでは寝返りも満足に出来ないのも道理である。
「な、な、なんで君達がここで寝ているんだーっ!」
「あ……おはよう、ユーノ……」
「おはようございます」
 まだ半分寝ぼけているようなレヴィの笑顔と、なにか意味深な微笑みを浮かべているシュテルを見ているうちに、ユーノはある事実に気がついた。レヴィは半分寝ぼけてもぐりこんできたのだろうけど、シュテルは完全に確信犯でここにいるのだと。
 まるでさげすむかのようなディアーチェの視線を浴びながら、ユーノの朝はいつもの騒動と共にはじまりを告げるのだった。

「なるほど……そういう事ね」
 この日無限書庫で検索業務と整理を行っていたプレシアは、作業の片手間にやっていた検索結果を見て満足そうにうなずいた。
「あのヴィヴィオって子、私の孫とか言う話だったけど……。まさかこういう裏があったなんてね……」
 聖王の身体資質を持つヴィヴィオは覇王の身体資質を継承しているアインハルトとは違い、聖王教会に保管されている聖骸布より得られた遺伝子情報によって構成されたクローン体である。ヴィヴィオにはかつてプレシアがアリシアを復活させる一環として研究していたプロジェクトFによる人造魔導師開発の技術が流用されているので、それにより開発されたフェイトが娘ならヴィヴィオは孫と言っても過言ではない。
 遺伝子情報は肉体の姿形を決定するものであり、複製母体となった者の記憶や蓄積された経験まで継承するものではない。そのため、アリシアと同じ遺伝子を使用したフェイトは全く同じ容姿を持つが、アリシアの記憶や経験までは持ち合わせていない。そこでプロジェクトFではそうした記憶を継承したクローンの製造を目的としていたが、それにより生み出されたフェイトは結果としてアリシアの記憶を持つ別人となってしまった。
 アリシアのクローンを作成する。優れた人造魔導師を創造する。記憶の継承を行うという点では成功したが、結局のところアリシアが復活したわけではないため、プレシアにとってフェイトは失敗作となってしまったのである。
「ヴィヴィオはその技術が使われて生み出されているみたいだけど……。なるほどね。あの男が考えそうな事だわ……」
 自らの目的のためなら生命すらその手段とする。プレシアは無限の欲望とも言われるあの男の、ある意味狂気とも取れる笑顔を思い出してしまった。
 単純にゆりかごの駆動キーとして用いるためなら聖王の身体資質が継承されていればよく、聖王としての記憶や経験は必要ない。ある意味でヴィヴィオはそういう割り切った理念のもとに製造されているらしかった。
 そして、ヴィヴィオの存在以上にプレシアの興味を引いているのが、現在のこの状況である。
「はじまりの少年ユーノ・スクライアを筆頭に、闇の書事件に関わった全てのメンバー。マテリアルの少女達。私とリニス。聖王の身体資質を持つヴィヴィオ。覇王の身体資質を持つアインハルト。それに銀十字の書のゼロ因子保有者であるトーマ……。よくもまあ、これだけのメンバーを集めたものだわ……」
 そう言ってプレシアは自嘲気味の笑みを浮かべる。はるかな未来の時間軸にあるエルトリアからの来訪者であるフローリアン姉妹。16年後の世界からの来訪者であるトーマ。14年後の世界からの来訪者であるヴィヴィオとアインハルト。未来からの来訪者である彼らは元の時間軸の歪みを引きずった特異点となっており、その存在そのものがこの世界に歪みを与えている要因となった結果、本来接するはずのない並行世界のゲーム時間軸との融合をもたらした。
 異なる二つの世界が融合しているという複雑な状態である以上、迂闊なアクションはこの世界そのものの崩壊を誘発しかねない。未来に起きるであろう事がわかっていてもどうする事も出来ないという意味では、実に巧妙な仕掛けをキリエはしたものだ。
「実に大したものね、キリエ」
「あら、バレちゃってた?」
 いつの間にかプレシアの背後に回り込んでいたキリエは、気付かれているにかかわらずシニカルな微笑みを浮かべている。
「でも、さすがプレシアだわ。まさかこんなに早く気付かれちゃうなんてね」
「気付いたところでなにも出来ないわ」
 そう言ってプレシアはある情報をウィンドウに表示した。
「あなたがこの時代、海鳴市という場所で必要とするものは……。おそらくは完全稼働状態にある夜天の魔導書ね」
「どうしてそう思うのかしら?」
「管制人格プログラムであるリインフォース。防衛プログラムの構成体であるマテリアル三人娘。闇の書の闇を破壊した際に欠けてしまった夜天の魔導書を構成するピースが、今のこの時代には揃っている。そして、それを端的に示すのが、私とリニスの存在よ」
 自分がなぜこの世界に存在しているのか、意識がはっきりしてきたあたりからプレシアは疑問に思っていた。本来であれば肺病に侵された体は余命いくばくもないはずなのに、なぜか今は全くそんな様子が見られない。
 ほんの三ヵ月前に起きた闇の書の闇の欠片の残滓事件では、夜天の守護騎士やリンカーコアを蒐集されたメンバーが闇の書の欠片によって再生され、各所に結界を張って闇の書の闇を復活させようとしていた。しかし、この事件の対処に当たった管理局執務官クロノ・ハラオウンは、闇の書にリンカーコアを蒐集されていないにもかかわらず、再生された自らの思念体と交戦した記録が残っている。
 それはクロノの心の内側に存在する表に出す事のない負の感情が顕在したものと言え、そういう強い想いが闇の欠片を使って再生されたものと推測された。ある意味においては、なんらかの強い想いを抱いてさえいれば、闇の欠片の再生能力によって顕在化しうる事を示したと言える。
 プレシアやリニスは闇の書との直接的な関係があるわけではないが、闇の書に取り込まれたフェイトの記憶から再生された事がある。それは闇の書がフェイトに見せたなによりも幸せで、なによりも残酷な夢だったのかもしれない。つまり、プレシアとリニスが再生されているこの状態こそが、夜天の魔導書が完全稼働状態にある事の証左とも言えるのだ。
 それは確かに厳密な意味での復活とは違うのかもしれないし、所詮は闇の書の欠片がもたらす一時の夢なのかもしれない。しかし、ある意味でそれはもうすでに失われてしまった人との邂逅を果たす、唯一の手段なのかもしれなかった。
「仮にキリエの目的がそれだとしても、現状で私に取りうる手段はなにもなし。ちゃんと運命の歯車役として、台本通りに演じてあげるわ」
 それを聞いて、キリエの表情に安堵の色が灯る。
「結局のところ、これだけははっきりと言えるわね。これほど大掛かりな仕掛けを用意しているのに、やっている事はただの姉妹ゲンカなんだから」
「それは言わないで……」
 出来れば、それにだけは触れてほしくなかった。
 そんな人々の思いと裏腹に、運命の歯車は回り続ける。物語がはじまり、終わりに至るその時まで。



[30071] 第六話
Name: 匿名◆78b87360 ID:2e1355aa
Date: 2011/11/30 00:31
 この日ユーノは、不思議な寝苦しさで目を覚ました。まるでなにか柔らかいものに包みこまれてでもいる様な、そんな不思議な感触がすぐそばにある様な。
 多分きっと、またレヴィかシュテルが布団にもぐりこんできたのだろう。そう思ったユーノは騒ぎになる前に起きようと思い、静かに目を開けた。
「くー」
 ユーノの視界に飛び込んできたのは、まるで見覚えのない少女だった。自分と似たような感じの金色の髪で、フェイトみたいな感じのインテークを前髪で頭に作っている。背中の方ではふわふわとした巻き毛が、無秩序に跳ねまわっているようなのが特徴的だ。
「え?」
 その声に気がついたのか、少女はぱちりと目を開け、ぽーっとした表情でユーノを見た。
「きゃああああああああああっ!」
 突然起こった悲鳴に、何事かとシュテル達が部屋から飛び出してきた。そこで彼女達が見たものは、廊下の隅で口をパクパクさせながらがくがく震えているユーノと、ユーノの布団で安らかな寝息を立てている見知らぬ少女の姿だった。
「おお、そなたは……」
 この少女に見覚えがあるのか、ディアーチェがさっとユーノの布団に駆け寄る。
「し、し、し、知ってるの? ディアーチェ」
「うむ。彼女こそが我らが復活を目指していた。砕け得ぬ闇、アンブレイカブル・ダークそのものだ」
「……随分長い名前だね」
 なんとなく大変な事態の様な気もするが、ユーノの布団にくるまったままむにゃむにゃと寝ている砕け得ぬ闇を見ていると、とてもじゃないがそんな気にはなれない。
「あら~、どうやら無事に復活できたみたいね」
「……もしかして、彼女の復活にはキリエが関わってるの?」
「うん。やっぱラスボスも必要かなって思って」
 また随分と余計な事を、と思い、ユーノは深いため息をついた。
「なぜだろう……。なんだかもう引き返せないようなところまで来てしまったような気がする……」
「すいません。ピンクで不肖の妹が、本当にすいません」
 ユーノの呟きに、アミティエがぺこぺこと頭を下げる、そんないつもの光景。おまけになのは達にはゲーム開始まで秘密と言われているから、なんとなく顔を合わせにくい状況が続いている。
「それにしてもだな……」
 砕け得ぬ闇が復活して嬉しい気持ちはあるものの、ユーノの布団で寝ているのは我慢が出来ないディアーチェ。そこには、自分だってまだユーノと一緒に寝た事が無いのに、と言う思いが渦巻いていた。
「ええ~い、なにをいつまで寝ておるか。とっとと起きんかこの痴れ者めっ!」
「ダメ……」
 ディアーチェが引き剥がそうとする毛布を、砕け得ぬ闇は必死につかんで抵抗する。
「私を起こしたら、いけない……」
「なにを呑気な事を言っておるかっ! まだゲームははじまっておらぬぞっ!」
「む~……」
 渋々と言う感じで砕け得ぬ闇は、眠い目をこすりつつ身を起こした。
「おふぁようごじゃいまふ……」
 そう言って砕け得ぬ闇はお辞儀をするのだが、お辞儀と言うよりは頭そのものがガクンガクンと揺れている感じだ。
「まったくこ奴ときたら……。いつまでも寝ぼけておるでないわ。顔でも洗ってとっとと目を覚ましてこい」
「む~」
 まだ寝ているのか、布団から出た砕け得ぬ闇はふらふらと洗面所に向かって歩いていく。危なっかしい足取りで見ている方はハラハラするのだが、彼女自身は慣れているのか、器用に障害物を避けて歩いているようだ。
「まったく、相変わらずですね。あの子は……」
 それを見たシュテルが、呆れたように呟く。
「え~と、知ってるのかな? 君達は……」
「当然です。だって私達は、ずっとあの子達と一緒に闇の中にいたのですから」
 その頃は今の様な姿があるわけではなかったが、それでもお互いの存在を感じ取る事は出来た。まさか闇の書に取り込んだリンカーコアから、このような姿になるとは思ってもみなかったシュテルではあったが。
 このような騒動で、ユーノの部屋に新たなる同居人が増える事となる。ちなみに、砕け得ぬ闇アンブレイカブル・ダークでは呼び方が長いので、彼女の略称であるU‐Dにちなんで、このSSではユーディと呼称する事にする。まるでどこかの錬金術師のようだが、まだゲームが発売されていないのだから仕方がない。
 そして、まったくの余談ながら、この騒ぎの間中ずっと寝こけていたレヴィであった。

 そんなこんなで砕け得ぬ闇も復活し、後はゲームの開始を待つまでとなったそんなある日の事であった。
「ね~、ね~、リニス~」
「はい。なんですか? レヴィ」
 パタパタと駆け寄ってきたレヴィに、洗い物を終えたリニスはにこやかに対応した。
「なにかお手伝いする事無い?」
「はい?」
 突然の出来事に、リニスの目は点となる。それはレヴィが自分からお手伝いがしたいと申し出てきたからであったが。
「一体どういう風の吹きまわしですか?」
「うん、あのね……」
 この日ユーノはアミティエとキリエ、ヴィヴィオとアインハルト、トーマとリリィと一緒に第九十七管理外世界のオキナワと言うところに出かけていた。
 季節は冬から春へ移り変わろうとする時期でまだまだ肌寒い日が続いているが、オキナワと言うところではもうすでに海水浴が出来るところもあるらしく、そこでGODBOX購入者特典用の撮影が行われる事となった。なんでもこの日のためにアミティエとキリエは水着を新調したらしく、一体何のためにここへ来たのやらと言った感じだ。ついでに予約特典のPRカードの撮影もしておこうと、ヴィヴィオ達も同行しているのだ。
 この撮影でカメラマンを担当するのがユーノで、キリエの話によるとユーノの前だと彼女達は実に生き生きとした表情になるのだそうだ。ちなみに、まだ温泉での集合写真は撮っていないので、それを知った時のユーノの反応が今から楽しみなキリエなのであった。
 と、いうわけでプレシアとリインフォースはユーノの代わりに無限書庫で検索業務と書庫整理をしており、リニスはその能力を活かしてヴィヴィオやディアーチェ達の家庭教師兼ハウスキーパーをしていた。
 レヴィが言うには、ディアーチェとシュテルはミッドチルダで人気の漢流ドラマに夢中で、ユーディはお昼寝中。そんなわけでなにもする事がなくて退屈だったレヴィが、暇でしょうがないからなにか手伝う事はないかと聞いてきたのだった。
「う~ん、そうですね……」
 リニスは可愛らしく口元に指を一本当てて、こくんと首を傾げて考えた。レヴィの申し出は嬉しいが、あまり彼女に複雑な事をさせるわけにもいかない。しかし、レヴィの意向を尊重するうえでは、なにか用事を言いつけた方がいいだろう。
「それでは、レヴィ。今から買い物に行きますので、お手伝いしてくれますか?」
「うんっ!」

 二人仲良く手をつなぎ、海鳴市のスーパーへ買い物にやってきた。なにが嬉しいのかよくわからないが、妙にハイテンションではしゃいでいるレヴィを見ていると、ついついつられてリニスも笑顔になってしまう。
「それでは、レヴィ。私は買い物を済ませてきますから、あなたは……そうですね、好きなお菓子を一つ選んできていいですよ」
「わかったーっ!」
 元気よくお菓子コーナーに向かうレヴィを笑顔で見送り、リニスは精肉コーナーへと向かう。今日はひき肉が安いようなので、ハンバーグとかロールキャベツにしてみると面白いかと思う。とにかく家族が多いので、みんなでお腹いっぱい食べられるようなメニューを考えないといけないから大変だ。
 おまけに成長期の子供が多いので、栄養のバランスまで考えないといけない。今夜のメニューを考えつつ、リニスが野菜コーナーへ移動した時だった。
「リニスーっ!」
 パタパタと駆け寄ってきたレヴィが、リニスの買い物かごにかかえていたお菓子をドサドサと落とす。
「もう、レヴィ? お菓子は一つと言ったはずですよ?」
「うん。だからね、これが僕でこれが王様でこれがシュテル……」
 さっさっさとお菓子を出してレヴィは一個ずつ解説をはじめた。ちなみにシュテルのお菓子がおせんべいなのは、これが最近の彼女のひそかなマイブームらしいからだった。
「これがヴィヴィオで、これがアインハルト。こっちがトーマで、こっちがリリィ……」
 どうやらレヴィは、一緒に暮らしている全員に一個ずつお菓子を選んだようだった。
「だって一人でお菓子食べてもすぐになくなっちゃうし、みんなで食べたほうが色々なのをいっぱい食べられるじゃないか」
 そのレヴィの言葉に、なぜか深く納得するもの感じるリニスであった。

「……それで買ってきちゃったの?」
「う……」
「リニスは少しレヴィに甘いんじゃないかしら?」
 そういうプレシアも、なぜかレヴィには甘い。かつてフェイトに辛く当っていた記憶がそうさせるのかもしれないが、ゲームで会ったときにどう接すればいいのか悩んでいると、よく似た容姿のレヴィが持つ天性の資質であろう天真爛漫さに癒されてしまう事もあるからだ。
 こういうところは改善するべきかもしれませんね、と小さく呟いて、リニスは夕食の支度に入る。丁度その頃、リビングでもちょっとした騒動が起きつつあった。
「……随分とたくさんのお菓子だね」
「ユーノも食べる? ポッキー」
「あ、うん。いただこうかな」
 いくら転送機があると言っても、本局と地球を往復するのは辛い。そのせいか、体が妙に甘いものを欲しているようだ。レヴィの差し出したポッキーにユーノが手を伸ばそうとした時、なにを思ったか彼女はポッキーを口にくわえてユーノに差し出した。
「ん」
「いや……レヴィ。それは……」
 このまま二人で両端から食べていけば、その途中でエンゲージする事となる。
「ん?」
 ポッキーをくわえたまま、可愛らしく小首を傾げるレヴィの仕草には妙に胸が高鳴るのを感じるユーノであるが、果たしてこのまま流されていっていいものかどうか。
「なにをしてますか、あなたはっ!」
 しばらく二人で見つめ合ったまま固まっていると、シュテルが背後からレヴィの頭をひっぱたいた。
「痛いな~、なにするんだよシュテル」
「そういうあなたこそ、なにをしてるんですか?」
「なにって……男の子と女の子が一緒にお菓子を食べるときはこうするんでしょ?」
「そんな事は、しないさせないやらせないっ!」
 ものすごい三段論法だった。それ以前に、シュテルはレヴィがどこでそんな知識を仕入れたのかが気になる。
「なんだよ、もう……。文句があるならシュテルもやればいいじゃないか」
「私が……ユーノと……ポッキーを……」
 短い逡巡の後、シュテルはレヴィからポッキーを受け取ると口にくわえ、僅かに頬を赤く染め、静かに目を閉じてユーノに差し出した。
「ん」
「ん」
 ミイラ取りがミイラになる。不意にそんな諺がユーノの脳裏に閃いた。こういうときに男であれば、二人いっぺんに抱きしめて二本同時に食べるだろう。しかし、それが出来ないのがユーノ・スクライアと言う少年だった。
「え~い、うぬらはなにをしておるかっ!」
「王様もやろうよ」
「なに……? 我もか……」
 レヴィの提案に、ディアーチェは少し考えた後にポッキーに手を伸ばす。
「ん」
 そして、口にくわえると熟れたトマトよりも真っ赤な顔でユーノに差し出すのだった。
 タイプの異なる三人の少女からの魅力的な提案であるのだが、そのうちの誰か一人を選んでも、三人同時に食べても角が立つ状況だ。そんなとき、ユーノの袖を誰かがクイクイと小さく引っ張った。
「ん」
 そこにはポッキーを口にくわえて差し出したユーディが、相変わらず眠そうな感じのトロンとした目でじっとユーノを見ていた。
「ん」
「ん」
 さらにそこへ、ヴィヴィオとアインハルトがポッキーを口にくわえて差し出してくる。目元が笑っているヴィヴィオは完全に悪ふざけのようだったが、それに付き合うアインハルトもアインハルトだった。
 そして、よく見るとクリスとティオの口にもポッキーがくわえられている。
(どうしろと言うんだ……?)
 たまらずユーノは一歩後ずさる。すると、少女達もそれに合わせて距離を詰めてくる。そんな事を繰り返しているうちに、ユーノの背中が壁についてしまう。そのまま壁伝いに移動して脱出を試みるユーノであったが、逃げる方向を間違えたのかついには部屋の隅に追い詰められてしまった。
 静かに迫るポッキーの砲列に、もはや絶体絶命となったまさにその時。
「ごはんですよ~」
「はぁ~い」
 リニスの一言で、窮地を救われるユーノであった。

 そんな騒動が繰り広げられていたその陰では。
「はい、トーマ。ん」
「よせって」
 イチャラブするバカップルの姿があったそうな。



[30071] 第七話
Name: 匿名◆78b87360 ID:2e1355aa
Date: 2011/12/10 00:22
「ふう……」
 自宅にいるのに、なんでこんなに疲れるんだろう。夕食を終えた後、ユーノはふとそんな事を考えた。
 シュテルやプレシア達との奇妙な同居生活がはじまってから、少なくとも食生活は豊かになり、いつもにぎやかで楽しい日々を送っている。レヴィにシュテル、ディアーチェにユーディの闇の書組を筆頭に、大人の魅力のプレシアに家庭的なリニス、いつも元気なヴィヴィオにもの静かなアインハルト、二人の世界に入っていくトーマとリリィに公私にわたってサポートしてくれるリインフォース。そして、今回の仕掛け人であるアミティエとキリエのフローリアン姉妹。
 いずれも負けず劣らずの美女や美少女に囲まれた生活と言う、ある意味ではものすごくうらやましい生活を送っているのだが、当のユーノにしてみればなぜか不思議と居心地が悪い。
 レヴィがユーノに幼くも積極的なアプローチをかけているのを見て、やきもちを妬いたシュテルが対抗意識からアプローチをかけてくる。その板挟みになるだけでも大変なのに、ディアーチェが呆れと羨望の入り混じった視線を向けてくるので気分としては針のむしろだった。
 おまけに最近では新たに加わったユーディが、レヴィの真似をしてユーノにアプローチしてくる。おそらくはマテリアル娘達のオリジナルであるなのは達の持つなんらかの感情が、彼女達に影響を及ぼしているのだろう。
 なのは達ではごく控えめであるその感情が、シュテル達では積極的になっているのだと考えられた。
 そんなわけで、先程の夕食の時間もユーノには大変な時間となっていた。

 この日のメニューはハンバーグにロールキャベツで、後は付け合わせの温野菜がお皿を彩っている。基本的にユーノの収入に依存している家計では、あまり食費に割くと言うわけにもいかない。おまけに人数が多いので毎日が大変なのであるが、それでも家族みんながお腹いっぱいになるようメニューを考えてくれるリニスには本当に頭が上がらない。
「それでは、みなさん。いただきましょう」
「いただきます」
 全員の声が唱和し、今日の夕食がはじまった。
「へえ、このデミグラスソース。いい味出てますね、リニスさん」
「あの……それは……」
 これだけのデミグラスソースを作るなら、かなり長い時間煮込む必要があるはずだ。それなのに、短時間で作ってしまうリニスの手腕にトーマは感心しているようだった。しかし、当のリニスはトーマの賛辞に、恥ずかしそうに俯くのみだ。
「実は……レトルトなんですよ、それ……」
 リニスの話によると、これは普通のハヤシライスのレトルトを水で薄めてロールキャベツをコトコトと煮込み、即席のデミグラスソースとしたものなのだそうだ。
「そうなんですか……」
 レトルトでこの味が出せるとは、第九十七管理外世界の食文化はどうなっているんだろうか。自分でも料理をするだけに、トーマはそういう事に興味があった。こういうレトルト食品があれば、旅の途中でもリリィと出会った後の逃避行でも便利だったのではないかと。
 そんな感じでリニスとトーマがレシピ交換をしている間に、ユーノは少し困った事態に陥っていた。
「はい、ユーノ。あ~ん」
 この日ユーノの右隣に座ったレヴィが、いつもの様にすごいいい笑顔でユーノにハンバーグを差し出してきた。
「え……え~と、レヴィ?」
「ん?」
 こうまであからさまに好意を示されるのは、ユーノとしても悪い気はしない。それもレヴィの様なとびっきりの美少女ならなおさらだ。
 このままレヴィの好意を、素直に受け入れておくべきか。そうユーノが少しだけ悩んだその時だった。ユーノの左隣に座ったシュテルの方から、パキン、という乾いた音が響く。
「……あら、いけない。お箸が」
 恐る恐るユーノが隣を見ると、とてつもなくいい笑顔をしたシュテルの左手に、真っ二つに折れたお箸が握られていた。その背後からは嫉妬の炎がメラメラと立ち上っているかの様な雰囲気があり、とてもじゃないがユーノは生きた心地がしない。
 あらあらとリニスが立ち上がり、キッチンから代わりのお箸を持ってきて食事が再開となる。
「はい、ユーノ。あ~ん」
「いや、だからねレヴィ……」
 すると、再びシュテルの方から、パキン、と言う乾いた音が響く。そんな事を繰り返していたせいか、この日は夕食の味が全くしなかったユーノであった。

「はい、トーマ。あ~ん」
「だからリリィ、よせってば」
 ユーノがレヴィやシュテルと微妙な空気を演出している中、レヴィの真似をしたのかリリィもトーマにハンバーグを差し出してくる。だが、こうまで大勢いる中では、流石にトーマも恥ずかしい。こういうときにアイシスがいればなんだかんだでストッパーとなってくれるのだが、現状ではそれは望めない。
 そんなわけで、なんとなくアイシスに会いたくなるトーマであった。
「む~……はんばぐ、美味しい……」
「え~い、眠りながら食べるでないわっ! しかも貴様、ソースをこぼしておるではないかっ!」
 なんだかんだで面倒見のいいディアーチェが、半分眠っているようなユーディの世話を甲斐甲斐しくしているのだが、その視線は時折ちらちらとユーノ達の方に向けられている。レヴィの様に積極的になる事も出来ず、シュテルの様に可愛い嫉妬が出来るというわけでもない。なんとなくみんなよりも出遅れているような気がする。それが目下最大のディアーチェの悩みだった。
「はあ……」
 そんなユーノ達のやりとりを見つつ、ヴィヴィオは物憂げなため息をついてしまった。そんなヴィヴィオの様子を不審に思ったのか、アインハルトが遠慮がちに声をかけた。
「どうかしましたか? ヴィヴィオさん」
「いえ、あの……」
 ユーノ達の方を気にしつつ、ヴィヴィオは言いにくそうに口を開いた。
「あの半分でもいいですから、ママ達もユーノさんに対して積極的だったらと……」
 今頃はパパと呼べていたかもしれなかった。そうは思うのだが、今この場でなんとかしようとしても意味がない。今ここで未来の改変を行おうとしても、自分達が本来所属している未来の時間軸とは異なる未来の時間軸になるだけだからだ。
 結局のところ黙って見ているしかないので、なんとも歯がゆい思いをしているヴィヴィオであった。

 そんな事を考えつつ、一日の疲れを癒そうとユーノが脱衣所の扉を開いた時だった。中で衣服を脱いでいた人物と目があってしまう。
「きゃあああああああああっ!」
「……それはこっちのセリフよ」
 大きな悲鳴を上げたユーノを、呆れたような視線でプレシアが見ていた。よくよく考えてみれば、脱衣所には明かりがついていたのだから、中に誰かがいることは明白である。まさかプレシアが入っているとは、考えてもいなかったユーノではあるが。
「すみません。すぐに出ますから」
「待ちなさい」
 いそいそと脱衣所から出ていこうとするユーノをプレシアは止めた。
「今から私が出るのを待っていたら時間がかかるわ。せっかくだから一緒に入ってしまいましょう」
「いやいやいや、それはなにかと問題がありますから」
「なに言ってるのよ。ちょっと歳が離れていれば問題ないわ」
 ユーノの見ている前でプレシアは黒いレースのブラを外し、ユーノとトーマは絶対に中を見てはいけないと厳命されている蓋付きの籠に入れてから、魅惑的な微笑みを浮かべる。確かに世間一般では問題がないのかもしれないが、母親と一緒に入浴した記憶もないユーノにとってはとにかく恥ずかしい。
「リニスとは一緒に入ったんでしょ? だったら恥ずかしがる必要もないじゃない」
「いやいやいや、そういう問題じゃなくてですね……。ちょっと、プレシアさん。服を脱がさないでくださいってばっ!」
「なんの騒ぎですか?」
 中の騒ぎに気がついたのか、脱衣所の扉を開けてシュテルがひょっこりと顔をのぞかせた。
「え? え~と……」
 シュテルが見たのは、パンツ一枚だけと言うあられもない姿でユーノの服を脱がそうとしているプレシアの姿だった。
 これがレヴィ達やリニス達なら『この破廉恥小僧め、呪うぞっ!』とか言うところであるが、相手がプレシアであるとシュテルとしてもどうリアクションをしていいものか。どうしてそういう事になったのかまるで状況を把握できず、シュテルは点になった目のままでなんとか現状を理解しようとしていた。
「誤解しないでくれ、シュテル。僕がたまたまここに来たら……」
「一緒にお風呂に入ろうという事になったのよね」
「なってませんから」
「なにをぼやぼやしているの? ついでだから、あなたも一緒に入っちゃいなさい」
「わ……私もですか?」
「……しっかり着替えまで用意しておいて言うセリフじゃないわね」
 実はユーノと一緒に入る気満々だったシュテル。しかし、プレシアにはすべてお見通しだったようであった。

「……どうしてこうなったんだろう」
「あまりこちらを見ないでくださいね……」
「……流石に三人は狭いわね」
 恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして、互いに相手を見る事も出来ないユーノとシュテルと違い、プレシアは落ち着いている様子だ。
「とりあえず、私は湯船につかるから、シュテルがユーノの背中を流してあげるといいわ」
 そう言ってプレシアは体に巻いていたタオルを外すと湯の中に身を沈める。緑色の入浴剤が入っているので全てが見えるというわけではないが、なぜかユーノとシュテルの視線はそのある一点に集中してしまう。
(浮いてる……)
(浮いていますね……)
 都市伝説で聞いた事はあるが、実際に目の当たりにするのはこれが初めてだった。
(そういえば、さっきプレシアさんは僕とはちょっと歳が離れているだけだって言ってたけど、プレシアさんって一体いくつなんだっけか……)
 ゆったりと湯につかるプレシアの姿をちらちらと見ながら、ユーノはふとそんな事を考えた。目尻のあたりには年齢相応の小皺が刻み込まれているものの、こうしてみる限りでは肌の色艶は良く、十分張りがあるように思えた。
(え~と、確かプレシアさんは28歳で結婚して31歳でアリシアちゃんを産んでいるんだよね……。それから旦那と別れて、アリシアちゃんが5歳の時に起きたヒュードラの暴走事故が26年前だから……)
 無限書庫にあったプレシアのパーソナルデータからそこまで考えて、ユーノはある事実に気がついた。
(なんてこった……。ちょっと歳が離れているどころか、孫とおばあちゃんほども離れているじゃないか)
 それであの容姿なのだから、ミッドチルダの女性は化け物か、と思わなくもない。結局、怖い考えになってしまったユーノであった。
(ユーノってば、さっきからちらちらとプレシアの方ばかり見て……)
 確かに湯に浮かぶプレシアの豊かなバストを見ていると、シュテルは女としての格の違いを見せつけられたような気がする。
(やっぱり胸ですか? ユーノもやっぱりおっぱい星人なんですか?)
 シュテルはふと、自分の胸を見てみる。年相応と言えば年相応に慎ましい胸で、膨らみ加減と言う点では細身のレヴィの方が勝っているが、ディアーチェよりは大きいはずだと思うのが密かな自慢だ。
 これで普通の人間であるならば将来に期待するところであるが、マテリアルであるこの身が成長するかはわからない。もしも、ユーノがおっぱい星人であるなら、いずれはヴィヴィオやアインハルトと同じく身体強化系の変身魔法で大人モードになるしかないのではないかとも考えてしまう。
 せっかくユーノの背中を流しているというのに、当のユーノがプレシアの方ばかり気にしているのではまるで意味がない。
 そんなわけで、シュテルのうれし恥ずかしお風呂イベントは、こういうグダグダで終わってしまった。

 この夜、ディアーチェは密かな野望を抱いていた。それは、ユーノの寝床にこっそり忍び込もうという計画であった。
 最大の障害となると思しきシュテルは、なにやら疲れた様子で早々に寝付いてしまったので、計画を実行に移すには今夜が最適である。
 しかし、思わぬ障害が、ディアーチェの前に立ちふさがった。
「むにゃむにゃ……。王様、大好き~」
「うみゅう……。王様、あったかい」
「ええ~い、貴様等離れぬかっ!」
 レヴィとユーディに左右からはさみこまれるように抱きつかれ、ディアーチェはまったく身動きが取れなくなってしまっていた。

 そして、翌朝。トーマの布団でリリィが一緒に寝ているところが発見され、大変な騒ぎになった事は言うまでもない。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.175398111343 / キャッシュ効いてます^^