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[29218] 銀の槍のつらぬく道 (東方Project) 【ほのぼの系】
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/22 23:46
 このたびは当SSに興味を持っていただきありがとうございます。
 当SSは小説家になろうにも掲載されていますので、ご了承ください。

 また、注意点として以下のようなものが挙げられます。

 当SSは東方Projectの二次創作作品です。
 滅茶苦茶過去から始まります。
 主人公はかなり強いですが、濡れたトイレットペーパー装甲です。
 オリキャラがそれなりに出ます。
 なるべく原作の歴史に沿うつもりですが、ずれたりねじれたりするかもしれません。
 ほのぼの系だとは思いますが、途中シリアスだったりギャグだったり。
 
 以上の点に不快感を感じる方は、回れ右することをお勧めいたします。
 拙い文章ではあるかと思いますが、宜しくお願いいたします。



[29218] 銀の槍、大地に立つ
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/07 22:44
当然のことであるが、全てのものには長短こそあれ歴史が存在する。

 人であれば人の歴史。
 物であれば物の歴史。

 ものによっては気の遠くなるような、とてつもなく長い歴史を持つものもあるだろう。
 そのようなものは時として優れたものであったり、大切にされてきたものであったり、はたまた忘れ去られたものであったりする。
 もし、それらのものに意思があったとするならば、そのものはどんなものを抱えて存在しているのか?


 さて、これから話すのはとても優れたものであり、大切にされてきたにも関わらず、時代の流れと共に忘れ去られたものの話である。
 それが意思を持ち自由になった時、どんな歴史を刻んでゆくのだろうか?
 さあ、早速見てみようではないか。



 * * * * * * * * * *



 「う……ん?」

 暗い部屋の中で何者かが目を覚ます。
 声は少し高めの青年のもので、小豆色の胴着に紺の袴を履いている。
 髪は研ぎ澄まされた鋼のごとき銀色で眼は黒曜石の様な輝きを持つ黒、身長は175cm程度であった。
 やや童顔だが、年齢にして10代後半から20代前半と言ったところであろう。

 「……これは一体どういうことだ?」

 青年は自分の体を手で触っていく。
 青年は困惑しており、事態が飲み込めていない様であった。
 
 ……足りない。

 何故か唐突にそう思った青年は足元に転がっているものをおもむろに拾い上げた。

 そこにあったのは、一本の槍だった。

 槍の長さは3m位の直槍で、全体が銀色に輝くその槍は青年の手に驚くほど馴染むと同時に彼の喪失感を埋めていく。
 そして彼はそれが自分の一部、いや、自分自身であることを何となく悟った。

 青年が周りを見渡すと、そこはどうやら倉庫の様だった。
 その倉庫はもう長いこと忘れ去られていたらしく、様々な物がほこりを被っていた。

 「……」

 青年はおもむろに手にした槍を振るい始める。
 その槍は青年にとって見た目の割に軽く、彼はそれを手足の様に軽々と振りまわして見せる。
 辺りの物にぶつけることなく、一つの演舞の様な槍捌きだった。
 しばらく振りまわした後、青年はその場に座り込んだ。

 「……槍を振りまわしている場合ではないな……」

 全く状況が分かっていない青年はそのまま考え事を始めた。
 まず、ここはどこなのか?
 この先どうすればいいのか?
 そして何より自分は何故人の姿を手に入れられたのか?

 「……全く分からん……ん?」

 青年がそう呟いた瞬間、倉庫のドアが何やらカチャカチャと慌ただしい音をたてはじめた。
 その音に青年は咄嗟に槍を構える。
 しばらくするとガチャッと錠前が外れる音がしてドアが開く。
 突然光が入り、青年はそれに目が眩み思わず目を覆う。

 「力を感じて来てみれば……妙な存在がいたものね」

 そこには青と赤の2色で分けられた服を着た銀色の髪の女性が立っていた。
 青年は即座に槍を構えなおす。

 「あら、私と戦うつもりかしら?」

 女性は余裕の笑みを浮かべて青年に問いかける。

 「……それは貴様次第……ッ!?」

 そこまで言うと青年の頭の中には、どこか見覚えのある精悍な顔つきの男の顔が浮かんだ。

 ―――僕には女の子や子供に手を挙げる気は無いよ―――

 ―――女の子には優しくするのは当然だろう?―――

 その男の念がどんどん青年の心の中にしみ込んでくる。
 青年はそれを受けて、槍の線を殺した。

 「……いや、女子供に向ける刃は無い。失礼した」

 「そう……気配は妖怪だったから襲われるかと思ったけれど、意外と紳士的なのね、あなた」

 青年の言葉を聞いて女性は笑みを深くした。
 
 「訊いても良いかしら? あなたは何者?」

 「……分からない。気が付けばここにいたからな……分かることと言えば俺は多分この槍だったのだろうと言うことぐらいだ」

 女性の質問に青年は眼を閉じてゆっくりと首を横に振る。

 「つまり、自分がその槍だったということしかわからないのかしら?」

 「……ああ」

 青年がそう答えると、女性は青年の肩を叩いた。

 「それなら、私がわかる範囲で教えてあげるわ。あなたみたいな存在は始めてみるけど、大体のことなら想像は付くしね」

 「……良いのか?」

 「もちろん。私の名前は八意 永琳。あなたの名前は……って分からないわよね。困ったわ、なんて呼べばいいのかしら?」 

 困ったような表情を浮かべる永琳の質問に対して青年が考えようとした時、また頭の中にどこか懐かしい男の顔が浮かんできた。
 どうやら前にこの槍を扱っていた男の様だった。

 ―――この……槍が……たけ……まさし……―――

 途切れ途切れに聞こえてくる男の声。
 なんて言っているのかは分からないが、名乗るにはちょうど良さそうだと漠然と考える。

 「……槍ヶ岳 将志(やりがたけ まさし)。そう名乗ることにしよう」

 その言葉を聞いて永琳は満足そうに頷いた。

 「どうしてそんな名前が出てきたかは知らないけれど、良い名前ね。槍ヶ岳 将志、ね。それなら将志と呼ばせてもらうわ」

 「……ああ、宜しく頼む」

 「それじゃあとりあえずここを出ましょう。
 ここは話をするには空気が悪すぎるわ」

 「……了解した」

 永琳に連れられて将志は倉庫を出る。
 外は燦々と日光が降り注いでいて、青空が広がっている。
 将志は日の眩しさに目を細めながら永琳の後をついていく。
 遠くに見える建物はどれも背が高く、天を貫かんばかりの摩天楼群がそびえたっている。
 ここはそれらの建物から離れた場所らしい。
 そして永琳が自動ドアの建物の中に入っていったので後に続いて入ると、中は研究室だった。
 研究室内はたくさんのロボットが働いており、時折ロボット同士で何やら会話をしているようだった。

 「実験室が珍しいのかしら、将志?」

 将志が足を止めて研究室を窓の外から見学していると、永琳が将志に話しかけてきた。

 「……初めて見るからな」

 それに対し、将志は研究室から眼を離さずに上の空で永琳に応えた。

 「後で幾らでも見れるわよ。今はとりあえず話をしましょう?」

 「……ああ」

 将志をそう言うと再び永琳について歩き始めた。
 しばらく歩いて行くと、「八意 永琳」と書かれたネームプレートが付けられた一室に案内された。
 永琳は部屋に入ると緑茶を二人分淹れて出した。

 「……?」

 将志は出されたお茶が何なのか分からず首をかしげる。
 湯呑みを手に持ち、それをじっと眺めては再び首をかしげる。
 その様子が滑稽で、永琳は笑いをこらえるので必死になる。

 「大丈夫よ、別に薬とか入れているわけじゃないんだから飲んでも平気よ?」

 永琳はそう言いながら緑茶に口を付ける。
 それを見て将志はそれが飲み物だと判断して永琳の真似をして湯呑みに口を付ける。

 「……っっ!?」

 「きゃっ!?」

 その瞬間、将志はビクッと一瞬大きく震えて慌てて湯呑みを置く。
 永琳もそれにつられて驚き、思わず湯呑みを落としそうになる。
 
 「ど、どうかしたのかしら?」

 「…………………」

 何があったのか訊ねる永琳に将志はジッと視線を送る。
 そして、たっぷりと間を開けた後。

 「…………熱い」

 と真顔で言うのだった。

 「…………(ふるふるふる)」

 真顔で当たり前のことを言う良い歳した男がツボに入ったのか、永琳は腹を抱えてうずくまった。
 将志は訳が分からず首をかしげる。

 「……何事だ?」

 「……~~~っっっ、い、いえ、何でもないわ……それより、あなたのことについて分かることを話しましょう」

 永琳は眼の端に涙を浮かべながらそう言った。

 そして永琳の話が始まった。
 その内容を要約するとこのようなものだった。

 ・将志は長い年月を経た槍が妖怪化したものである。
 ・槍そのものは大昔にこの町の警備隊が扱っていたもので、理論的には壊れたりすることが絶対にない。
 ・将志自身は生まれたばかりの状態であり、人間で言うなれば赤ん坊と同じ状態である。
 ・妖怪と人間は相容れないものであり、本来であるならばすぐにでも抹殺されてしまう存在であること。

 将志は真剣にこれらの話を聞き、自分の中の知識として取り入れた。
 全てを話し終わると、永琳はお茶を飲んで一息ついた。

 「それで、何か質問はあるかしら?」

 「……何故俺は殺されない?」

 将志は聞いて当然の質問を永琳に投げかける。
 永琳はそれに笑みを浮かべて答えた。

 「まず一番の理由があなたに敵意が感じられないからよ。これはあなたの生まれが関係しているのでしょうけれど、元々人間を守っていたものが変化したからだと考えられるわ。二つ目はあなたに利用価値があると考えられるから。後で体力テストをするけれど、それ如何によってはあなたがいることは私にとってプラスに働くわ。最後に私の単純な興味。人間に育てられた妖怪がどんなふうに育つかと言うことが純粋に気になるのよ。これが私があなたを殺さない理由。わかった?」

 永琳の言葉を聞いて再び将志の脳裏に自分の使い手だったと思われる男の顔が浮かんでくる。
 
 ―――誓おう、僕はあなただけは絶対に守る。この槍に誓って、この命に代えても―――

 ―――ぐ……う……ごめんよ……どうやら先に逝くことになりそうだ……―――

 男は目の前の人物に槍を掲げ、誓いを立て、戦場の中で朽ちていった。
 その心情が将志の心に流れ込み、真っ白な心を少しずつ染めていく。
 真っ白な心を染め上げたのは忠誠と戦士としての誇り、そして志半ばで散った男の無念。
 その忠誠心の方向は命を拾った永琳へ。
 将志は気が付けば槍を掲げていた。 
 
 「ま、将志?」
 
 「……誓おう。俺は主を今度こそ絶対に守る。俺の槍に誓って、命に代えてもな」
 
 突然の将志の宣言に永琳は唖然とする。
 いくら赤ん坊と同じくらい純粋だからと言って、まさかここまで言われるとは思っていなかったのだ。

 「……将志? 主ってどういうことかしら?」

 「……本来俺は何も分からず殺されるはずだった。だが、主は俺を見つけて知識を与えてくれた。言ってみれば命の恩人とも呼べる。主と認めるには十分すぎる。頼む、俺の主になってくれ」

 永琳は額に手を当ててため息をついた。
 この将志の状況を見てとある現象に思い至ったのだ。

 それは刷り込み。
 生まれたばかりの雛が初めて見たものを親だと思い込んでついて来る現象である。
 そして将志はまさに生まれたばかりであり、永琳はそれを拾い上げたのだ。
 刷り込みが起こっても何の不思議もないのだった。

 「……まあ、どの道あなたにはここに居てもらうつもりだったから良いけど」

 「……ありがたい。それではこれから宜しく頼む、主」

 将志は恭しく永琳に頭を下げた。
 永琳はそれを若干苦笑しながらそれを受ける。

 「そんなに堅苦しい態度しなくて良いわよ。それよりも今からあなたのことをもっとよく知りたいから、少しテストをさせてもらいたいのだけれど良いかしら?」

 「……構わない」

 そう言う訳で将志は永琳が出すテストに挑んだ。

 まず、50m走。

 「…………」

 「……どうかしたのか、主。遅かったのか?」

 「……いえ、流石は妖怪ね……」

 タイム、0.01秒なり。
 マッハ越えてるとか知らん。


 槍投げ。

 「はあああああああ!!!!」

 「……」

 「……」

 「…………;;」

 「……取ってくる」


 記録、測定不能(推定飛距離10km以上)



 重量挙げ

 「……ふんっ!!」

 「はい、測定不能ね」

 記録 100tオーバー(プレス機を耐える)



 耐久力

 「あっ」

 ごつん。
 がちゃーん。
 バタリ☆

 「……む、無念……(がくっ♪)」

 「何でこれだけ人間以下なのよ……しかも高所からの着地とかは平気なのに……」

 耐久力、濡れたトイレットペーパー程度。(頭上10cmからの湯呑み落下に耐えきれず、また石につまずいてコケ失神)
 


 テスト終了後。
 
 「何か色々と矛盾する結果が出てるけれど、正直妖怪だとしても生まれたばかりとは思えないスペックね。……一体何があなたをこんなに強い妖怪に仕上げたのかしら?」

 「……分からない」

 テスト結果を見て、永琳は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
 将志はその様子を見て何が問題なのだろうかと首をかしげる。
 とりあえず、豆腐を肩に投げつけられて脳震盪を起こす軟弱っぷリは問題であろう。

 「……主、次は何をすればいい?」

 「そうね……これほどの力を持っているなら能力を持っていてもおかしくは無いわね。今度はそれをチェックしてみましょう」

 「……了解した。それで、どうすればそれが分かる?」

 「そうね……眼をつぶって、自分の中を覗いて見る感覚でやってみなさい。こればっかりは感覚でしかないから、上手く行くかどうかは分からないけどね」

 「……やってみよう」

 将志は眼を閉じ己が内に埋没していった。
 そうしているうちに心の中が段々と静まっていき、己の中身が見渡せるようになってきた。
 そんな中、段々と頭の中に浮かんでくるものがあった。


 『あらゆるものを貫く程度の能力』


 その言葉が見えた瞬間、将志は眼を開いた。

 「どうだった?」

 「……主。俺の能力は『あらゆるものを貫く程度の能力』らしい」

 「能力まで完全に攻撃特化なのね……防御に使える能力なら良かったのだけど……」

 永琳はそう言いながら頬を掻いた。
 その様子を見て、将志はわずかながら眉尻を下げた。

 「……期待に添えなかったか……」

 「え、あ、ああ!! そう言う訳じゃないのよ!? 生まれてすぐなのに能力を持っていた時点で万々歳なんだからそこまで気にすることは無いわよ!?」

 肩を落とす将志に永琳は慌ててフォローを入れる。
 将志はそれを受けて少しだけ顔を上げる。

 「……そうなのか?」

 「ええ、そうよ。ただでさえ能力持ちはそんなに多くないのに、生まれてすぐで能力を持っているのはもう滅多にいないわよ。だから気を落とさないでむしろ喜ぶべきよ?」

 「……そういうものなのか?」

 「そういうものよ」

 「……そうか」

 そう言うと将志は嬉しそうに口角を吊り上げた。
 永琳はそれを見て思った。

 (……なんだか将志って犬みたいね……)

 永琳は試しにそこらにおいてあった木の棒を拾ってきた。
 そして将志の前に立つと、

 「将志、取ってきなさい!!」

 と言って木の棒を遠くに投げた。

 「……御意!!」

 すると将志は即座に猛スピードで木の棒に向かって走っていった。
 そして数秒もしないうちに戻ってきた。

 「……取ってきたぞ主……どうかしたのか?」

 「…………(ふるふるふるふる)」

 木の棒を取ってきどこか誇らしげな将志を見て、永琳は腹を抱えてその場に座り込んだ。
 笑いをこらえることに必死で、その肩は小刻みに震えている。
 もう永琳の眼には、将志に犬の耳と尻尾が付いているように見えてしょうがないのだった。

 「……主?」

 「い、いえ、何でもないわ……と、とにかくあなたの能力が分かったのだから、今度は実践してみましょう」

 永琳は息も絶え絶えにそう言うと、何とか立ちあがって移動を始めた。
 将志も槍を持って永琳の後ろについてゆく。
 すると目の前には巨大な金属の塊が置いてあった。

 「……主、次は何を?」

 「次はこの金属塊に穴を開けてみて欲しいのよ。まずは能力を使わずに槍で普通に突いてみて」

 「……了解した。はああああああ!!!!」

 将志は槍を水平に構え、何も考えずに自分に出せる最速の突きを放った。
 
 「ぐっ!?」

 しかし、目の前にある金属塊は固く、絶対に壊れない槍を持ってしてもわずかに傷が付く程度だった。

 「やはり無理か。それじゃあ、今度は目の前にあるものを貫通できるように能力を使ってついて御覧なさい」

 「……御意」

 永琳の言葉に将志は再び槍を構える。
 今度は意識を槍の先端と相手に集中させる。
 そして相手を貫くイメージが出来上がると同時に、自らの出せる最高の一撃を繰り出した。

 「でやああああああ!!!」

 すると今度はほとんど手ごたえ無く、まるでプリンを楊枝で突き刺したかのような感覚であっさり槍は金属塊を貫通した。

 「ぐおおおおおっ!?」

 勢い余って、将志は金属塊に顔面から突っ込んだ。

 「……あら」

 ぴくぴくとその場に倒れて痙攣する将志を、永琳は呆然と見つめる。
 永琳はしばらくしてから懐に忍ばせておいた救急キットを取り出して将志の手当てをした。
 すると、すぐに将志は意識を取り戻した。

 「大丈夫かしら、将志?」

 「……ああ……手間取らせてすまん……」

 「落ち込む必要は無いわよ。まさかあんなにあっさり貫通するとは思わなかったもの。さ、そんなことより次行きましょう。次は能力を使いながら指で軽く突いてみて」

 「……了解」

 将志は今度は金属塊に軽く指を埋没させるイメージで金属塊を押した。
 すると、金属塊の中にずぶずぶと指が沈み込んで行く。

 「……これでどうだ、主」

 「ええ、上出来よ。とりあえず、これであなたの能力がどんなものなのかは大体わかったわ。まだ実験し足りない部分もあるけれど、今日はもう遅いから明日にしましょう」

 「……了解した」

 褒められてうれしいのか、将志の顔にうっすらと笑みが浮かぶ。
 永琳はそれに笑い返すと、夜の帳が落ち始めた外に向かって歩き出した。 



[29218] 銀の槍、街に行く
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/08/08 20:37
 日もまだ出ていない、遅い月が地上を照らす早朝の中庭に風切音が響く。
 その音を辿ってみると、そこでは銀髪の青年が自分の身長よりも遥かに長い槍を振りまわしていた。
 突き、薙ぎ払い、切り上げ、打ちおろしと、銀の軌跡が流水のごとくつながっていき、くるくると舞い踊るかのように青年は槍を振るう。
 そんな青年のことをジッと無言で眺め続けている女性が一人。
 
 「……主、どうかしたのか?」

 「いいえ、たまたま近くに来たから見ていただけよ。素人目に見ても見事な動きだったわ、将志」

 「……そうか」

 眺めている女性、永琳に気が付いた将志は槍を操る手を止め、永琳の元へ行く。
 永琳が感想を述べると、将志は嬉しそうに薄くだが笑った。

 「ところで、こんな時間に何でここで槍を振っていたのかしら?」

 「……何か拙かったのか?」

 「ああいえ、そう言うことじゃないわ。ただ単に理由が知りたかっただけよ」

 槍をふるっていた理由を訊かれて、将志は何か失敗をしたのかとうろたえ始める。
 それを見て、永琳は苦笑しながら言葉を足した。

 「……そうだな……何故かそうしなければならない様な、そんな気分がした。何と言うか、体が槍を求めている、そんな感じだ」

 手にした槍を見て、不思議だと言わんばかりの表情を浮かべる将志。

 「そう……ひょっとしたら、それが持ち主の習慣だったのかもしれないわね」

 「……俺の持ち主か……」

 永琳は少し考えてからそう口にし、それを聞いた将志は槍をじっと見つめたまま、脳裏に浮かぶ懐かしい顔の男を思い出した。
 しばらくして、永琳が笑顔で将志に話しかけた。

 「そうだ、せっかくだからもう少しあなたの槍捌きを見せてもらえないかしら? あなたの槍、月明かりで光ってとても綺麗に映るのよ」

 「……了解した」

 将志は短く言葉を返すと、再び槍を振り始めた。
 月明かりに照らされ、冷たく輝きながら銀の槍は舞う。
 その様子を少し離れて永琳がどこか楽しそうに眺める。
 その光景は、月が沈み柔らかい朝日が二人を照らし出すまで続いた。

 「……どうだ?」

 槍捌きを止め、将志は永琳に自分の槍の感想を聞く。
 すると、永琳は拍手をしながら答えた。

 「綺麗だったわよ。思わず見とれてしまうくらいには、ね。……んー!!! さてと、朝日も昇ったことだし、そろそろ……あ……」

 永琳は伸びをして朝日を見つめたまま固まった。
 そして恐る恐るポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 「……どうした?」

 「し、しまった~っ!! 今日よく考えたら学会じゃない!! そうよ、そのために私早くここに来たんじゃないの!! ああもう、もう朝ご飯食べる時間もないわ!!」

 永琳は眼に見えて慌て始め、大急ぎで研究室に駆けていく。
 将志はその横に並走してついていく。

 「……俺のせいか?」

 「いえ、そう言う訳じゃないけど……どうしようかしら、今からタクシー拾って間に合うかしら……?」

 悲しそうな声を出して問いかけてくる将志に、時計を見ながらそう返事をする。
 永琳がタクシーを拾って間に合うかどうか考えていると、俯いていた将志が顔を上げて話しかけてきた。

 「……主。場所、分かるか?」

 「え? ええ、分かるけれど……」

 「……送っていこう。主が走るよりは早い」

 将志の申し出に永琳は額に手を当てて思案した。

 凄まじい身体能力を持つ将志の背に乗っていけば、確かに今からでも時間前に付くだろう。
 しかし、人間に敵意が無いとは言え彼は妖怪、人前に姿を見せるのは極めて危険だ。
 しかし今日の学会は自分にとって、いや、人間にとってとても重要な発表である。
 それに遅れるのは言語道断であり、この機を逃せば二度と世に出ることは無いだろう。

 「……背に腹は代えられないわね。ありがとう、それじゃあお願いするわ。その代わり、妖力をしっかり抑えなさいよ?」

 「……御意」

 そう言うと、将志は身支度をして外に出た。
 外に出て、将志の背に永琳が乗り、将志は両手でそれをしっかり支えている。
 槍は間違っても主に傷が付かないようにと、永琳が背中に背負う形になっていた。

 「……忘れ物は無いか、主」

 「ええ、無いわよ。それじゃあ、お願いね」

 「……ああ。しっかり掴まっていてくれ」

 そう言うと将志は急ぎの主を一刻も早く送り届けるため、地面を蹴り猛烈な勢いで走りだした。
 突然の急加速に永琳は驚いて将志の首にしっかりつかまる。
 周りの景色は永琳が想像していたよりもはるかに速く後ろに流れ去っていた。

 「きゃああああああ!? ちょっと将志、速すぎるわ!! それからもっと人目に付かないところを行きなさい!!」

 「……失礼した」

 永琳がスピードを落とすように言うと将志は少し残念そうにそう言ってスピードを落とし、人目に付かないようにビルの屋上を飛び移ることを繰り返して走ることにした。
 スピードが落ちたことで落ち着きを取り戻したのか、永琳は現在位置を把握して将志に正確に目的地の方角を伝える。
 将志はそれをもとに行き先を決め、摩天楼の上を颯爽と駆け抜けていった。

 「……ここか?」

 「……え、ええ……」

 「……時間は大丈夫か?」

 「……ええ……10分前よ……」

 目的地のビルの屋上から飛びおりて、入口の前に着地する。
 将志が確認を取ると、永琳は少し疲れた表情でそれに応えた。

 「ふう……ありがとう、将志。おかげで助かったわ。帰りも見つからないように注意して帰りなさいよ?」

 「……了解した」

 永琳は少し深呼吸をすると、花の様な笑顔を浮かべて将志に礼を言った。
 将志はそれをわずかに笑みを浮かべて受け取ると、再び摩天楼の上に駆けて行った。

 
 *  *  *  *  *

 
 時は巡って日が沈み、再び空に月が昇った頃、永琳が学会から研究所に帰ってくると、何やら良い匂いが研究室内から漂ってきていた。
 
 「あら……これは?」

 香ばしい醤油の匂いが漂ってくる研究所の一室を覗いてみると、そこでは銀髪の青年が和服にエプロンと言う服装でガスコンロの前に立っていた。
 近くのテーブルを見てみると料理のレシピの本が広げてあり、何度も読み返したのかそのページは指紋だらけになっている。
 その隣には見本通りにきっちり作りこまれたかぼちゃの煮つけ、そして味噌汁と炊きたての御飯が出来上がっていた。
 そして現在、フライパンの上でたれにしっかりと付けこまれた豚ロース薄切り肉が焼かれていた。
 なおこの部屋には最新の調理器具がそろっていたが、将志には使い方が分からなかったらしく全て鍋やフライパンで調理されていた。

 「む……帰ったか、主」

 「あ、あなた何をしているのかしら?」

 永琳が調理場に入ってくると、将志は永琳の気配を察して声をかけた。
 永琳が声をかけると、将志は少し不安そうな表情で答えた。

 「……今朝方、主は朝食を摂ることが出来なかった。だが今日俺が送っていった時、時間は10分残っていた。と言うことは食事の準備を俺がしていれば主はわずかでも朝食を摂れたはずだ。ならば俺が食事を用意することが出来れば、忙しい主の手伝いになると思ったのだが……」

 実は将志は永琳を送った後ずっとそれについて考えており、それが彼を料理させるに至っていた。
 しかも、主にがっかりされたくない一心で何度も何度もずっと調理場で練習を繰り返していたのだった。
 恐るべきは将志の主人愛と言ったところであろう。
 将志が伺いを立てる様にそう言うと、永琳はしばし驚嘆の表情を浮かべた後、にこやかにほほ笑んだ。

 「ふふふ、ありがとう。それじゃあお願いしても良いかしら?」

 「……任された。今はまだ献立も少ないが、その辺りは勉強させてもらおう」

 永琳の言葉を受けて将志は満足げに頷いて足取り軽く調理場に戻っていく。

 「…………(ふるふるふるふる)」

 そんな将志に、永琳は嬉しそうにパタパタと振られる犬の尻尾が付いているのを想像して思わず笑いそうになり、俯いて肩を震わせる。
 しばらくして豚の生姜焼きが焼きあがり、千切りキャベツとくし切りのトマトと共に皿に盛り付けられて永琳の前に運ばれてくる。
 
 「……待たせた」

 「いえ、そんなに待ってなんかないわよ。さあ、食べることにしましょう?」

 「……?」

 永琳の言葉に将志が首をかしげる。
 そんな将志を見て、永琳はとあることに気が付いた。

 「将志? あなた、自分の分はどうしたのかしら?」

 「……考えていなかった。失敗作を食したからな」

 キョトンとした表情でそう言う将志に、永琳は苦笑した。

 「そう。次からは一緒に食事を摂りなさい。そうすれば後片付けの手間も省けるでしょう?」

 「……了解した。次回からは主と共に食事を摂るとしよう」

 将志はそう言うと使った調理用具を片付け始めた。
 鍋にフライパン、ボールに槍にまな板と将志は洗っていく。
 その様子を見て永琳は眼を丸く見開いた後、目じりに指を当てて溜め息をついた。

 「……将志。何で槍を洗っているのかしら?」

 「……槍を調理に使ったからだが……」

 「包丁はどうしたのかしら?」

 「……無かった」

 永琳が調理器具の入った棚を確認すると、確かに包丁が入っていなかった。
 永琳は一つため息をついた。

 「将志、明日包丁を買いに行くわよ」

 「……俺が外に出るのは拙いのではないのか?」

 「大丈夫よ。見た目は人間なんだから妖力を抑えることが出来ればそう簡単にバレたりはしないわ。そのための道具もちゃんと作って、今日完成したはずだから安心しなさいな」

 「……かたじけない」

 永琳の言葉に将志は深々と頭を下げた。
 それを受け取ると、永琳は席に戻った。

 「それじゃあ、冷める前にいただくわ」

 「……ああ」

 永琳は目の前に置かれた豚の生姜焼きに手を付けた。
 口の中に入った瞬間、醤油だれと肉の旨みが全体に広がる。

 「……どうだ? 口に合えば良いんだが……」

 「基本に忠実な味でおいしいと思うわ。初めて作ったにしては上出来だと思うわよ」

 感想を訊いてくる将志を永琳は素直に褒める。

 「……そうか……」

 しかし、帰ってきた反応はどこか不満そうなものだった。
 将志の満足そうな微笑が見られると思っていた永琳は思わず首をかしげた。

 「……どうかしたのかしら?」

 「……いや、自分で味見をしたときに何かが足りない様な気がしたのだ。それが何なのかは分からんが……」

 そう言うと将志は腕組みをしながら考え事を始めた。
 一方、将志の発言を聞いた永琳は納得がいったようで、頷いていた。

 「そう言うこと……なら、色々と研究してみれば良いと思うわよ? 色々試してみて、それで自分がおいしいと思うものが出来たら、また私に食べさせてちょうだい」

 「……了解した」

 将志は一つ頷いて食事を摂る永琳の前に座り、緑茶を飲んだ。
 主のために最高のお茶の淹れ方をマスターすべく今日一日で5リットルは飲んでいるそれを、将志は味を確かめる様に飲む。
 将志はそれを飲んで少し顔をしかめると、永琳の前に置かれた湯呑みを取り上げて流し台に向かおうとする。

 「あら、どうかしたのかしら?」

 「……茶を淹れるのに失敗した」

 「別に良いわよ。喉が渇いているからそのお茶ちょうだい」

 「……俺の出せる最高の物では無いんだが……」

 「それでもよ。それにおいしいかどうか判断するのは私でしょう?」

 「……了解した」

 将志は苦い顔を浮かべて永琳の前に湯呑みを戻す。
 永琳はそれを受け取ると、湯呑みに口を付けた。
 少し冷めてしまっているが、お茶の旨みは十分に永琳の口の中に広がった。

 「ふう……これ、十分においしいわよ? 何でこれを捨てようなんて思ったのかしら?」

 「……俺が一番うまいと思ったものよりも甘みが少し足りない。恐らく、温度の調節が甘かったんだろう」

 「淹れてもらえるなら私は文句は言わないわよ?」

 「……それでもだ。俺は主には常に最高の物を出していきたい。これは俺の意地だ」

 将志は永琳の眼を真正面から見据えてそう言った。
 そのあまりに真剣な表情に、永琳は思わず笑みを浮かべた。

 「ありがとう。でも、程々にしときなさいね? 張りつめた糸ほど切れやすいのだから、少しは妥協を覚えないとダメよ?」

 「……善処しよう」

 そっぽを向いておざなりに答える将志。
 明らかに善処する気のないその態度に、永琳は苦笑するしかなかった。


 *  *  *  *  *


 翌日の朝、朝日がさす中庭で将志が槍を振っている所に永琳がやってきた。
 主がやってきたのを確認すると、将志は手を止め主の所にまっすぐやってくる。

 「おはよう、将志。今日も精が出るわね」

 「……おはよう、主。朝食ならすぐに作るから少し待っていてくれ」

 「ああ、その前に一つ渡しておくものがあるわ」

 永琳はそう言うと将志にペンダントを手渡した。
 ペンダントは曇りのない真球の黒曜石の周りを銀の蔦で覆ったようなデザインをしている。

 「……これは?」

 「あなたが妖怪だと思われないように妖力を抑える道具よ。これを付けていればあなたも町の中を堂々と歩くことができるわ」

 「……ありがたい。早速つけさせてもらおう」

 そう言うと将志はペンダントを首にかけた。
 将志は動作を確かめるべく体を動かす。

 「どうかしら? 何か違和感はある?」

 「……いや、特には無い。強いて言うならば体から漏れ出していたのが閉じたような感覚があるだけだ」

 手を開いたり閉じたりしながらそう話す将志に、永琳はホッとした表情を浮かべた。

 「そう、特に問題は無いのね。それじゃ、今日は朝ごはん食べたら買い物に出かけましょう」

 「……了解した」

 将志と永琳は朝食をとると身支度をして外に出た。
 なお、朝食は将志が前日の夜に死ぬほど練習を重ねたふわふわのオムレツだった。


 *  *  *  *  *


 町に出た二人はまるで誘われるかのように摩天楼群の中にぽつんと存在する古めかしい金物屋に向かい、包丁の棚を覗き込んだ。
 そこには鉄も斬れることを謳い文句にした包丁や、何に叩きつけても切れ味が落ちないことを売りにした包丁など様々な包丁があった。
 
 「それじゃ、この中から気に入った物を選びなさいな。お金なら馬鹿みたいに高いものを買わなければ大丈夫だから、心配しなくて良いわ」

 「……了解した」

 将志は一つ頷くと包丁をじっと見つめ、良さそうなのを手にとって握る。
 次々と試していく中、将志の眼にとある一本の包丁が目にとまった。

 その包丁は何気なく棚に並んだ、ありふれた三徳包丁。
 しかし、将志はその一本だけが輝いて見えた。
 将志は『六花(りっか)』と銘打たれたそれを手に取る。
 すると、その包丁は将志の手に驚くほど馴染んだ。

 「おや、その包丁が良いのかい?」

 将志が包丁を眺めていると、その店の店主が将志に声をかけてきた。
 店主は将志を興味深そうに見つめると、包丁について語りだした。

 「その包丁はこの店にある物の中でも一等古くてね、ずっと昔からここにある包丁なんだよ。それで良いのかい?」

 「……ああ。俺にとってはこれが一番良い」

 「そうかい。はあ……ようやくこの包丁も使い手を選んでくれたかね」

 店主は感慨深げにそう呟いた。
 店主の言葉に、将志は首をかしげた。

 「……使い手を選ぶ?」

 「あたしの店にある包丁はねえ、そこらの大量生産品と違って一つたりとも同じ包丁は無いんだよ。それで、包丁は自分で使い手を選ぶんだ。自分を大事に使ってくれる使い手をね。この店の包丁を衝動買いしたくなったりした時は、うちの包丁が使い手を呼んでいる時なのさ」

 店主はそう言いながら、大量に包丁が並んだ棚を見やった。
 その棚の包丁は静かに佇んでおり、将志にはそれが未だ見ぬ自らの使い手を求めているように見えた。
 ふと手元に眼を落すと、手元にある包丁はキラリと満足そうに輝いた。

 「……そうか。と言うことは、俺もこの包丁に呼ばれてここに来たのか?」

 「そうだろうねえ。まあ、大事に使ってくりゃれ」

 将志は店主に包丁の代金を支払い、金物屋を後にした。 


 *  *  *  *  *


 「気に入ったのがあって良かったわね、将志」 

 永琳は手元にある梱包された包丁をじっと眺める将志に声をかける。
 将志は永琳の声にしばらくしてから言葉を返した。

 「……俺も、この包丁の様に主を呼んだのだろうか?」

 「……将志? どうかしたのかしら?」

 「……いや、何でもない」

 永琳に短く答えを返すと将志は包丁から顔を上げる。
 永琳は将志が何を考えていたのか気になったが、深く追求することはしなかった。

 「そうだ、最近このあたりにおいしいコーヒーや紅茶を出してくれる喫茶店が出来たのよ。将志、そこに寄っていかない?」

 「……主が望むなら行くとしよう」

 「決まりね。それじゃ、行くとしましょうか」

 そう言うと、二人は摩天楼群から少し離れたところにある路地にやってきた。
 そこには鉄筋コンクリートの建物に挟まれた、小綺麗なログハウスがあった。
 永琳はそのログハウスのドアに手をかけ中に入る。
 まだ開店して間もないせいか、店内の客は永琳と将志の二人だけの様だった。
 店員に案内されてカウンター席に座ると、永琳が話を始めた。

 「この店、機械化が進んだ最近じゃ珍しい全てが手作業の店なのよ。噂では機械じゃ出せない絶妙な味が味わえるって話なんだけど」

 「……ほう……」

 永琳の話を将志は興味深いと言った面持ちで聞く。
 しばらくすると、店員がメニューを持ってきたので二人は注文をすることにした。

 「そうね……ラムレーズンのシフォンとミントティーを頂けるかしら?」

 「……ブレンドを頼む」

 「かしこまりました。それでは今からご用意いたしますので、お時間が掛りますがしばらくお待ちください」

 店員がオーダーを伝えると、マスターがカウンターの前に来て湯を沸かし始めた。
 湯が沸くと、マスターは流れるような手つきで紅茶とコーヒーを淹れていく。

 「…………」

 その様子を将志がじっと眺めている間にコーヒーも紅茶も完成し、出来あがったオーダーを店員が受け取ると二人の前に持ってきた。
 紅茶とコーヒーの香ばしい香りと甘いシフォンケーキの匂いが漂ってくる。
 永琳はミントティーを口に含むとリラックスした表情を浮かべた。

 「ふぅ……評判どおり、機械で淹れるよりもおいしいわね」

 「……そうか」

 将志の頭の中で『人の手>機械』という図式が出来上がる。
 そして将志は目の前に置かれたカップを口に運び、コーヒーを飲んだ。

 「……ッッ!!!」

 口の中に広がる心地の良い苦みとほのかな酸味とかすかに甘い後味、そして芳醇な香りが脳まで突き抜けていく。
 その瞬間将志は凄まじい衝撃を受け、カッと目を見開いた。

 「……美味い……」

 将志の頭の中ではあまりの美味さに見ず知らずのオッサンが口から極太のビームを発射して叫んでいた。
 将志は口の中でコーヒーを転がしながら飲み、しっかりと味わった後で永琳に話を切り出した。

 「……主、相談がある」

 「ん? 何かしら?」

 シフォンケーキを口に運んだ状態の永琳が将志の方を見る。
 将志はこれまでに無いほど真剣な目をして、

 「……お代りを頼んでも良いか?」

 と、のたまった。

 「…………(ふるふるふるふる)」

 あまりに真剣な表情で、あまりにくだらないことを言い出す将志に永琳は撃沈した。

 「あ、主、どうかしたのか?」

 机に突っ伏し肩を震わせて笑いをこらえる永琳に将志は困惑する。
 『……』が付いていないことからかなりうろたえていることが分かる。
 永琳はこみ上げる笑いを何とか落ち着かせて、ミントティーを飲んで一息ついた。

 「ふぅ……いいえ、何でもないわ。良いわよ、それ位なら」

 「……かたじけない」

 再び店員にオーダーをし、マスターがコーヒーを淹れ始める。
 その様子を将志は穴があくほど凝視する。
 そんな将志を見て、永琳は将志が何をしたいか察した。

 「……お金、足りるかしら?」

 永琳はこの後も注文しまくるであろう将志を見て、乾いた笑みを浮かべた。

 その後、案の定将志はコーヒーを何度も注文し永琳に泣きつかれ、己の不忠に大いに凹むことになるのだった。
 
 



[29218] 銀の槍、初めて妖怪に会う
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/09 22:27
 皆が寝静まった静かな夜。
 空高く上った蒼い月の下で銀の槍が風を切る。
 その槍の担い手である槍とおそろいの銀の髪の青年、将志は一心不乱に槍を振り続けている。

 「……せいっ、ふっ、やあっ!!」

 体が覚えている動きを自らの出せる最高速度で繰り出していく。
 その結果、槍の形は眼に捕えられなくなり、見た目には現れては消える銀の軌跡だけが見える状態になっていた。
 将志は何も考えず、ただひたすらに槍を振り続ける。

 「いや~すごいね♪ 何度見ても惚れ惚れするよ♪」

 「……ッ!!」

 「ひゃあ」

 突然後ろから声をかけられ、将志はとっさに槍を声がした方へ突きだすと、声の主は突然の攻撃に驚きの声を上げた。
 将志が振り向いた先には、フリルのついた黄色いスカートとオレンジのジャケットを着て、赤い蝶ネクタイと赤いリボンのついたシルクハットを身に付けた小柄な少女が倒れていた。
 スカートには四方にトランプの柄が1種類ずつ描かれていて、ちょうど同じ色の柄が対面に来るようになっている。

 「……誰だ」

 将志がそう問いかけると、少女はむくりと起き上がり近くに落ちていた黒いステッキを拾い上げ、近くに転がっていた黄色とオレンジの二色に分けられたボールの上に飛び乗った。
 少女はうぐいす色のショートヘアーの頭をさすると、将志に向かって話しかけた。

 「あいたたたた……ひどいなぁ~、突然攻撃するなんて♪」
 
 「…………誰だ」

 「きゃあ! ちょ、ちょっと待って、そんな怖いもの突き付けられたら僕泣いちゃいそう♪」

 槍をつき付けられた少女は軽い口調でそう言いながら器用に乗っているボールを転がして後ずさる。
 その様子に将志は引き続き警戒をしながらも一旦槍を収める。

 「やれやれ、いきなり槍を突き付けられるとは思わなかったよ♪ 女子供に手を上げない紳士な君はどこに行ったのかな♪」

 「……主に危害を加えるのであれば例え女子供であっても容赦しない。もう一度聞く、お前は誰だ?」

 将志が再度そう問いかけると、少女はよくぞ聞いてくれましたとばかりに手を叩いた。
 
 「僕の名前は喜嶋 愛梨(きしま あいり)、しがないピエロさ♪」

 喜嶋 愛梨と名乗った少女は、歌うようにそう言いながら帽子をとってボールの上で深々と礼をした。
 その様子を、将志は怪訝な顔で眺めた。

 「……こんな時間に出歩くと言うことは、お前は妖怪か?」

 「その通り♪ 僕は妖怪だよ♪」
 
 「ちっ!!」

 「うきゃあ」

 将志が槍を横に薙ぎ払うと、愛梨はそれを後ろにジャンプして避ける。
 将志はそれに追撃を加えようとすると、慌てた表情で愛梨が声を出した。

 「待って待って待~って!! 僕は別に人間を襲うつもりは無いよ!! 僕が用があるのは君さ♪」

 そう言う愛梨に将志は槍をピタッと止める。

 「……俺に、何の用だ?」

 「君を笑わせに来たのさ♪」

 槍を構えたままそう訊ねる将志に、愛梨はウィンクしながら答えた。
 将志は訳が分からずに首をかしげる。

 「……何故そんなことを?」

 「そうだね、君が槍を振るうのと同じ理由かな♪」

 「……どう言うことだ?」

 「そういう妖怪だからさ♪」

 将志の質問に愛梨はボールの上で楽しそうにくるくると回りながら答える。
 返ってくる答えに、将志は俯いて首を横に振る。

 「……分からない。そういう妖怪、とはどういうことだ?」

 「あれ、ひょっとして良く分かって無い?」

 愛梨は回るのをやめてボールの上に座って瑠璃色の眼で将志の眼を覗き込んだ。
 大きなボールの上に座っているので愛梨の視線がちょうど将志の視線と同じ高さになる。
 
 「君も妖怪でしょ? だったら、君は何をする妖怪かな?」

 「……そんなものは知らん。俺はただ主を守れればそれで良い」

 「何だ、君はそういう妖怪か♪」

 はっきりと言い切った将志に愛梨はそう言って笑った。
 将志はその声に顔を上げ、愛梨の眼を見る。

 「……どう言うことだ?」

 「つまり、君は君の主様を守る妖怪だってことだよ♪ きっと、君は誰かを守りたいって気持ちが妖怪にしたんだろうなぁ♪」

 ここまで聞いて将志の頭の中はこんがらがってきた。
 永琳の話によれば、人間と妖怪は互いに相容れない存在である筈だ。
 ならば、人間を守るために存在している自分は矛盾しているのではないか?

 「……妖怪とは、何だ?」

 「いろんな感情が生みだした存在だよ♪」

 「……感情が生みだした存在?」

 「そ♪ そうして、誰かの思いを叶えて、それを糧にするのが妖怪さ♪」

 ボールの上で片手で逆立ちをしながら愛梨はそう言った。
 将志はますます妖怪が分からなくなり、頭を抱える。

 「……分からない。それなら、何故妖怪は恐れられる?」

 「それはね、生き物全てに共通する強い感情が恐怖だからさ♪ 例えば、夜になるとお化けがやってきて、捕まったら食べられちゃうと子供が信じたとするよね? これって、そうなったら良いって考えるのと一緒で、恐怖から妖怪が生まれて、生まれた妖怪は当然それを叶えるのさ♪ そうして妖怪が人に信じられると、妖怪が生みだした恐怖からまた新しい妖怪が生まれて、信じた人の数だけどんどん人を糧にする怖い妖怪は増えるんだ♪ そりゃ当然恐れられるってものさ♪」

 笑顔を崩さずに愛梨はそう言う。
 そんな愛梨に、将志は疑問を投げかける。

 「……お前は何者だ? 何がお前を妖怪にした?」

 「僕かい? さっきも言ったでしょ? 僕は誰かを笑わせるピエロさ♪ 僕の糧はみんなの笑顔だよ♪」

 鈴の音の様な澄み切った声でピエロの少女は笑う。
 そして愛梨はボールから飛び降りると、スッと姿勢を正して礼をした。

 「さて、これから始まりますは歓喜の宴。しがない道化師の私めでございますが、精一杯おもてなしをさせていただきます。皆様、笑顔のご用意をお忘れなく。それでは、開演と行きましょう♪」

 愛梨がそう言って顔を上げると、手にしたステッキが急に5つの小さい玉になった。
 
 「ではでは玉の舞をご覧に見せましょう♪ お客さんも宜しいですね?」

 「あ、ああ」

 「それでは皆様ご注目♪ 宙を舞い踊る色とりどりの玉の宴をどうぞ♪」

 そう言うと愛梨は困惑する将志に2つの玉を渡し、手にした3つの玉でジャグリングを始めた。
 愛梨の手によって玉はまるで意思を持っているかのように宙に舞う。
 宙を舞う玉は時には高く飛び、時には消えたり現れたりし、時には3ついっぺんに空へあがったりする。
 玉を操る愛梨は心の底から楽しそうに笑っていて、将志はその演技と笑顔に段々と引き込まれていった。

 「さあさあ次は高く上げた玉をくるっとまわってから取るよ~? それでは皆様、ワン、ツー、スリーで行きますからお見逃しなく♪ 行っくよ~、ワン、ツー、スリー!!」

 そう言って愛梨は手にした玉を1つ高々と放り投げてその場でくるくると回りだした。

 「あ、あらららら!?」

 しかし、途中で眼をまわして倒れてしまう。
 
 「うきゅ~……はっ!? おととっ!!」

 しばらく倒れていた愛梨だったが、ハッと大げさなほどコミカルに驚いて、寝っ転がったまま落ちてきた玉をキャッチしてジャグリングを続ける。
 
 「はぁ~危なかった~♪ 皆様、ご心配をおかけしましたが、何とか成功だよ♪ 拍手とかしてくれたら嬉しいな♪」

 そういわれて、将志は自分でも気がつかぬうちに手を叩いていた。

 「ありがとう!! それじゃ、次は玉を5つに増やしていくよ? それじゃ、玉を持っている人は僕に向かって投げてくれないかな?」

 愛梨は笑顔で礼をすると、将志に向かってそう言った。

 「……ああ」

 将志は手にした2つの玉を投げてよこす。
 愛梨はそれを上手く受け取ってジャグリングの中に組み込んだ。
 それからまたしばらくジャグリングは続き、愛梨は次から次へと技を成功させていく。

 「さあ、次が最後だよ♪ 最後は空に虹をかけるよ♪ それでは皆様、しっかりとご覧ください!!」

 そう言うと、愛梨は5つの玉をシャワーと言う技と同じ方法で空高く上に放り投げる。
 そしてそれらが放物線の頂点に届いたころ、
 
 「ワン、ツー、スリー!!!」

 と言って指を鳴らした。
 すると空中で玉が弾けて虹色の光が飛び出し、月夜の空に綺麗な虹が掛った。
 将志はその光景に心を奪われ、ただジッとそれを見つめる。

 「はいっ、玉の宴は以上だよ♪ 皆様、ありがとうございました!!」

 元に戻ったステッキが落ちてくるのをキャッチしてそう言うと、愛梨はくるりと回って帽子をとり深々とお辞儀をした。
 将志はそれに自然と拍手を送っていた。

 「どうだったかな? ……って、訊くまでもないみたいだね♪」

 将志に声をかけた愛梨は満足そうに頷いた。
 その視線の先には、微笑を浮かべて拍手をする将志が立っていた。

 「……ああ。何と言うか、綺麗だった」

 「キャハハ☆ 君の笑顔、一つ頂きました♪ あ、そうだ君の名前を訊いても良いかい?」

 「……槍ヶ岳 将志、槍の妖怪だ」

 「槍ヶ岳 将志 君、だね♪ 覚えたよ♪」

 そこまで言うと、突然ぐ~っと腹の鳴る音が2つ聞こえてきた。
 将志は眼をつぶって押し黙り、愛梨はポリポリと頬を掻く。

 「……腹が減ったな」
 
 「そ、そうだね♪」
 
 「……何か食うか?」

 「そうしよっか♪」

 二人はそう言うと研究所の中に入っていった。
 調理場に入ると、将志は愛梨に話しかけた。

 「……何が食いたい?」

 「そうだね……君に任せるよ」

 「……そうか」

 将志はそう言うとやかんに湯を沸かし始めて冷蔵庫を開けて中身を確認し、調理を始めた。
 やかんの湯が沸くと将志は一旦調理の手を止め、愛梨に緑茶を差し出した。

 「……料理ができるまでこれでも飲め」

 「ありがと♪ それじゃ、頂きます♪」

 愛梨は差し出された緑茶を笑顔で飲もうとする。
 すると、将志はふと思い出したように愛梨に振りかえった。

 「……ああ、そうだ。それを飲むときは「あっつぅ!?」……遅かったか」

 将志は熱いから注意するように言おうとしたが、愛梨は既に緑茶を飲んで舌を火傷した後だった。
 将志は冷凍庫から氷を取り出し、愛梨に手渡す。

 「うぅ……こんなに熱いなんて聞いてないよ~……」

 「……済まなかった」

 若干涙目になりながら火傷した舌に氷を当てて冷やす愛梨。
 そんな愛梨に将志は調理をしながら詫びを入れる。
 しばらくして、プレーンオムレツが出来上がり愛梨の眼の前に差し出された。

 「……出来たぞ」

 「うわぁ……♪」

 出てきたオムレツを見て愛梨はキラキラと眼を輝かせて感嘆の声を上げた。
 そして、その眼を将志に向けると興奮した様子でしゃべり始めた。

 「すごいや♪ 君はいつもこんなものを作って食べてるんだね♪」

 「……そう言うお前は普段何を食べてるんだ?」

 「みんなが笑えるなら何でも食べるよ♪」

 「……そうか」

 愛梨は手にしたスプーンで次々とオムレツを口に運んで行く。
 将志は向かい側で、今回の出来栄えを確かめる様に味わい、改善点を探す。

 「ん~♪ 美味しい!! 将志君は料理上手だね♪」

 「……それはどうも」

 将志は自分の料理がほめられたことに満足げに微笑んだ。
 それを見て、愛梨が嬉しそうな表情とともにあっと声を上げる。

 「あ、本日2度目の笑顔いただきました♪ やったね♪」

 「……それはそんなに嬉しいものなのか?」

 「もちろん!! 楽しい笑顔を見るのが大好きなんだ、僕は♪」

 太陽のように笑いながら愛梨はそう言ってオムレツを頬張る。
 すると、ふと思い出したように愛梨は将志に問いかけた。

 「ところでさ、将志君は人間を食べたことはあるのかな?」

 「……何?」

 突然愛梨にそんなことを言われ、将志はオムレツを食べる手を止めた。
 愛梨は相変わらずオムレツを口に運びながら話を続ける。

 「だから、人間を食べたことはあるのかな?」

 「……無いし、主の同族を喰うつもりも無い。……例外があるとすれば、主に命じられた時だけだろう」

 「そっか♪ 僕は食べたことあるよ♪」

 「……何だと?」

 明るい口調でそう言われ、将志は愛梨を睨みつける。
 愛梨が主である永琳を襲う可能性が出てきたからである。
 それに対して、愛梨は手をパタパタと振った。

 「ああ、そんな怖い顔しないで欲しいな♪ 僕はわざわざ人を襲ったりしないよ♪ ただ単に友達からもらっただけさ♪ その友達を笑顔にするために人間を食べたのさ♪」

 「……では、主に危害を加えることは無いんだな?」

 「そんなことしないよ♪ 怖がられたら笑ってくれないじゃないか♪」

 「……信用していいんだな?」

 「いいともさ♪ むしろ信用して欲しいな♪」

 「……その言葉……」

 「ひゃあ」

 愛梨の言葉を聞いて、将志は槍を愛梨に突き付けた。
 愛梨は将志の突然の行為に思わず椅子ごとひっくり返りそうになる。

 「……嘘だったら後悔することになるぞ」

 将志は愛梨を鋭い視線で睨みつけながらそう続けた。

 「だ、大丈夫だって!! そんなことしたら君が笑えないでしょ?」

 若干慌て気味に愛梨はそう言った。
 将志はそれを聞いてようやく槍を収め、食事を再開した。
 
 「やれやれ……君の主人愛はすごいね♪」
 
 「……主は俺の命の恩人なのだ。当然のことだ」

 将志は当然のようにそうつぶやくと、またオムレツに口をつける。
 しばらくすると、今度は将志の方から質問を始めた。

 「……俺から質問だ。最初の玉と最後の虹、どうやって出した?」

 「ああ、あれ? 最初の玉は単純に妖力を変化させた奴で、最後の虹は僕の能力も使ってるよ♪」

 「……お前の能力?」

 「そ♪ 僕の能力は『人を笑顔にする程度の能力』さ♪ だから、誰かを笑顔にさせるためなら何でもできるのさ♪」

 「……妖力の変化は?」

 「あれ、君はしたこと無いのかな? 体の中の妖力を外に出してやれば色々と出来るんだけどな♪ ほら、こんな感じ♪」

 愛梨はそう言うと右手を手のひらを上に向けた状態で差し出した。
 そして手のひらの上に妖力で伍色に光る炎を生みだした。

 「……そうか。……はっ……!!」

 それを見て、将志は真似をして手を突きだして妖力を送り込む。
 しかし、出そうとした炎は起きず、手のひらからわずかに煙が上がるだけだった。

 「……上手く行かんな」

 「まだ初めてだから仕方ないよ♪ 練習しないとね♪」

 落胆の表情を浮かべる将志を愛梨がそう言って励ます。
 すると、愛梨が良いことを思いついたと言わんばかりの表情を浮かべた。

 「そうだ♪ 今度から僕が妖力の使い方をレクチャーしてあげるよ♪ どうだい、将志君?」

 「……良いのか?」

 「良いの良いの♪ 僕らはこうやって一緒にご飯まで食べた友達だよ? 遠慮はいらないさ♪」

 「……願ってもない。お願いしよう」

 「了解♪ それじゃ今日はもう遅いから帰るけど、明日の夜から教えてあげるよ♪」

 「……そうか」

 愛梨は席を立ち、研究所の外に出る。
 将志も見送りのために一緒に出る。
 外に出ると、入口のすぐ近くに置いてあった玉乗り用の玉に乗った。
 
 「それじゃあ、また明日♪ ばいば~い♪」

 愛梨がそう言うと、愛梨を乗せた玉がバウンドをしながら遠のいていく。
 将志はそれを無言で見送ると、空を見上げた。
 空は月がかなり低い位置まで移動していて、その反対側からは太陽の光が少しずつ空を照らしはじめていた。

 「……槍でも振るか」

 将志は背負っていた槍を取り出すと、いつものように振り始めた。
 槍を振り始めてしばらくすると、近くに人の気配が近づいて来るのが分かった。
 将志は槍を振るのをやめ、そちらの方を向く。

 「……おはよう、主」

 「おはよう、将志。今日も朝から元気ね」

 将志は主である青と赤の二色で分けられた服を身にまとった銀髪の女性に挨拶をする。
 主である永琳もにこやかな表情で将志に挨拶を返す。
 すると、永琳が何かに気が付いたように声を上げた。

 「あら、そう言えばいつもより表情が柔らかいわね。どうかしたのかしら?」

 永琳にそう言われて、将志はこれまでの出来事を思い返す。
 すると、主以外の初めての友人の顔が脳裏に浮かんできた。
 それを受けて、将志は微笑を浮かべて永琳の質問に答える。

 「……いや……少し良いことがあっただけだ」

 「それは良かったわね。良かったら何があったか聞かせてもらえるかしら?」

 「……ああ。実は……」

 二人は会話をしながら研究所の建物の中に入っていく。
 その後、将志に妖怪の知り合いが出来たことで一悶着あったのだが、それはまた別の話。






* * * * *

 オリキャラ2人目降臨。
 そう言えば東方で僕っ子って居たかなぁとか思いつつ書いてみました。

 それと、妖怪に関しては自分の独自解釈です。
 これはおかしいと思ったら遠慮なく申し出てください。

 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、その日常
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/08/11 00:59
 月も沈まぬ早朝の研究所の一室で、短い睡眠から槍の妖怪は眼を覚ました。
 この妖怪、今まで一度も横になって寝たことが無く、いつでもすぐに主の元に駆けつけられるように座って寝ているのだった。
 槍の石突を地面に突き立ち上がると、銀の髪の青年はいつもの服である小豆色の胴着と紺色の袴を脱ぎ、全く同じもう一着を着用する。
 この格好、街中ではメチャクチャ浮くのだが、本人は全く気にした様子が無い。
 なお、永琳からもらった黒曜石のペンダントは、片時も肌身離さず身につけている。
 
 着替えると、青年は槍を持って洗面所へ。
 槍を常に持ち歩いているのはその本体が槍であり、それから一定距離以上離れることができないからである。
 青年は洗面所でそのやや童顔な顔を洗うと、そのまま中庭へ出る。
 
 「……はっ!!」

 中庭に出た青年は眼をつぶって精神統一をすると、カッと目を見開いて槍を振るい始める。
 彼はこの日課を、生まれてこの方一日たりとも欠かしたことは無い。
 この弛まぬ鍛錬の結果、青年の槍捌きは更にどんどん上達していったのだった。

 「……ふっ!!!」

 なお、最近では自分なりに槍の振るい方を変えてみたりして更なる高みを目指すべく奮闘している。
 また、自らの分身を仮想の対戦相手として作り出し、それを相手にすることで何か欠点が無いかを探ったりもしていた。

 「…………」

 そして、そんな青年を横で眺めるのがその主の日課となっていた。
 この時ばかりは余程のことがない限り、永琳が声をかけるかひと段落つくまで手を止めないのがこの場の暗黙の了解である。 
 そしてひと段落ついたのか、青年は槍を振る手を止めて槍を収める。

 「お疲れ様。今日も調子が良さそうね、将志」

 「……ああ、おはよう、主」

 永琳が笑いかけると、将志はそれに対して右手を上げて返す。
 そうやっていつも通り挨拶を交わすと、研究所の中に戻っていく。
 研究所の中に入ると将志は真っすぐに調理場に向かい、朝食の用意を始める。
 将志は手にした『六花』と銘打たれた包丁でリズミカルにキャベツとトマトを切り、水煮にしたコーンを添える。
 それから玉ねぎとジャガイモをコーンと一緒に炒めた後に生クリームと水を加えて煮込み、出来あがったものをミキサーにかけて鍋に戻す。
 煮込んでいる間にパンをトースターに入れ、卵とベーコンを焼き始める。
 今日の献立はベーコンエッグにコールスローサラダ、コーンスープにトーストである。
 なお、将志は高度な調理器具は使わず、ほとんどを手作業で行っている。
 どうやら彼の頭の中では『手作業>>>>(越えられない壁)>>機械化』の考え(偏見を多分に含む)が強く根づいているようだった。

 朝食の準備を終えると、将志はラボで論文を読んでいる永琳を呼びに行く。
 永琳が台所に入ると、そこではいつも将志が気合を入れて作った朝食が並んでいる。

 「それじゃ、いただきます」

 「……ああ」

 二人は同時に席に着き、朝食を食べ始める。
 永琳が食事をしながら笑みをこぼすところから、将志の努力は報われているのだろう。
 将志もそれに満足して微笑を浮かべた。

 「将志、今日の予定は?」

 「……いつも通りだ。主もいつも通り研究か?」

 「そうね、もしかしたら午前中出かけることになるかもしれないから、午前中はここに居てくれないかしら?」

 「……了解した」

 食事をしながら一日の予定を確認する。
 将志は永琳の予定を聞くと、自分の予定を微調整する。
 そうして雑談交じりの食事が終わると、将志は後片付けをして槍を持って外へ出て、食後の運動を始める。
 この運動は自分の能力の扱いの練習も兼ねていて、将志にとって最も重要な運動とも言えよう。

 「はあっ!!」

 将志は抜き手で目の前の金属の塊をつらぬく。
 2m四方の巨大な金属の塊は日々の特訓によって穴だらけになっていて、将志の努力の程が窺える。
 
 「せいやっ!!」
 
 将志がしばらく突き込んでいると、金属の塊が限界を迎えて崩れ落ちた。

 「のおおおっ!?」

 「将志、またなの!? そうなる前に言いなさいって何度も言ってるでしょう!?」

 その際に金属片に埋もれて気を失い、将志の断末魔を聞き付けた永琳が血相を変えて飛んでくるのもいつものことである。 


 
 さて、永琳の治療によって眼を覚ました将志は、今度はテレビが置いてある部屋に向かう。
 そこで将志は小型のメディアを取り出して、プレーヤーにセットする。
 
 「さあ、今宵の料理の超人はどのような物を出してくるのか? そしてそれに対し挑戦者はどんな料理で対抗するのか? 今ここに世紀の料理対決が開宴する!!」

 中に録画されていたのはプロの料理人同士が料理の腕を競う料理番組だった。
 将志はその番組の料理人が調理している風景を食い入るように見つめる。
 そして料理人が技を繰り出すたびに巻き戻し、その技を目に焼き付ける。

 「……ふむ」

 料理人の技をしっかりと覚えた将志は、早速実践すべく料理場へ向かう。
 そしてその料理人が作っていた料理を自らの全力で持って作る。
 全ては主に喜んでもらうためであり、将志はそのための努力を惜しまない。
 失敗作をいくつも作っては、自分が納得のいくまで作り直すのだった。

 「……ま、また随分作ったものね……」

 「……そうだな」

 その結果、将志は昼食に大量の失敗作を処理することになり、永琳がそれにひきつった笑みを浮かべるのが常となっている。
 なお、永琳には一番上手く出来たものを昼食に提供しており、かなり好評である。
 将志がプロ並みの料理人になる日は近い。


 「……主、出かけてくる」

 「ああ、行ってらっしゃい。どれくらいで帰ってくるつもりかしら?」

 「……少し遅くなりそうだ」

 「そう、分かったわ。それじゃあ晩御飯は先に食べてるわね」

 「……夕食はいつも通り冷蔵庫に入っている。それでは、行ってくる」

 午後になると将志は決まって町に足を運ぶ。
 永琳からもらったペンダントのおかげで将志が妖怪だとバレることは無い。
 ……もっとも、周りが洋服を着ている中、一人で和服を着て布を巻いた長物を持ち歩くその姿は途轍もなく目立つが。

 将志が向かった先は摩天楼群から少し離れたところの路地にあるログハウスの喫茶店。
 いつの日か永琳に連れて行ってもらったあの店である。

 「お、将くん待ってたよ。さ、早く着替えて手伝ってくれるかい? お客さんが多くて手が回らないんだ」

 「……了解した」

 将志はマスターにそう言うと店の奥に入っていつもの服から店の制服に着替えて戻ってくる。
 
 「来たね、それじゃあこれを5番テーブルに運んでくれないかい?」

 「……了解した」

 将志はマスターから品物を受け取ると5番テーブルまで運んで行く。

 「……ブレンドと紅茶のシフォンだ」

 将志は仏頂面で、しかし丁寧に仕事をこなす。

 そう、将志はこの喫茶店で昼から夕方までバイトしているのである。
 その理由は、料理の練習に使う食材の代金を稼ぐためと、ここのマスターのコーヒーや紅茶を淹れる技を盗むためである。
 なお、無愛想だがその丁寧な仕事ぶりから客には割と受け入れられているようだ。
 

 え、主大好きの彼が主を放り出して何でそんなことを出来るのかって?
 またまたご冗談を、あの忠犬槍公が主を放り出していけるわきゃねえのである。
 じゃあどうしているかと言えば、

 「……主を頼む」
  
 「君が笑顔になるならお安いご用さ♪」

 と言う訳で、将志がバイトに言っている間は愛梨が留守を密かに預かっていたりするのである。

 閑話休題。


 夜が近づき喫茶店から客足が遠のくと、将志とマスターは二人でカウンターの前に立つ。
 マスターの前で将志は自らの手でコーヒーを淹れる。
 香ばしい匂いと共にコーヒーが淹れられ、将志はそれを2つのカップに注ぐ。
 マスターはそれを受け取ると、それを口に含んだ。

 「うん、結構良くはなってるけどまだ少しお湯の温度が高いかな? ちょっと香りが飛んじゃってるね」

 「……そうか……」

 「でも、これくらいのレベルならあと少しでお客さんに出せるレベルのものが出来ると思うよ。頑張ってね」

 「……そうか」

 マスターの評価を受け取り、改善点を確認しながら自分が淹れたコーヒーを飲む。
 このコーヒーは日によっては紅茶だったりするが、そちらも将志は勉強中である。
 
 「……指導に感謝する」

 「どういたしまして、次も宜しくね」

 それが終わると買い物をして研究所に戻る。
 研究所に帰ると真っ先に愛梨の元に行き、引き継ぎを受ける。

 「……主に変わりは無いか?」

 「無いよ♪ それじゃ後でね♪」

 それを済ますと次は緑茶を淹れ、永琳のラボに持っていく。

 「……主、茶が入った」

 「あら、ありがとう。今日の晩御飯もおいしかったわよ」

 「……そうか」 

 永琳の感想に頷くと、今度は自分の夕飯を作る。
 今日の様に永琳と別に食べる場合、やはり料理の特訓が始まる。
 なお、永琳と一緒に食べる場合は何事もなく雑談をしながらの夕食になるのだった。
 そうして出来た料理を腹に収めると、三度槍を持って鍛錬をする。

 「やあ♪ また来たよ♪」

 陽気な笑顔を浮かべた顔なじみのピエロがボールに乗ってやってきたら槍を収めて、今度は妖力を操作する特訓が始まる。

 「う~ん……だいぶ良くなってるけど、数が増えるといまいち制御が上手くいかないみたいだね♪」

 「……む」

 将志は愛梨に妖力の操作を一から教わっていて、妖力を形にするところからその変換や数の増加など幅広く習っている。
 その結果、こちらも槍術程ではないが進歩していっているのだった。
 
 「それじゃあ、ちょっと遊んでみようか♪」

 「……良いぞ」

 愛梨はそう言いながら妖力で大量の玉を作って将志に向けて飛ばす。
 将志もそれを同じように妖力で弾丸を作って愛梨に向かって放つ。
 これは二人の間の特訓を兼ねた遊びで、妖力操作の特訓の最後に必ず行っているものだ。
 これをすることで将志は妖力の操作、愛梨は攻撃の回避の練習になるのだった。

 「……終わりか?」

 「そうだね♪ また全部避けられちゃった♪」

 愛梨が可愛らしく舌を出してはにかみながらそう言うと特訓終了。
 それと同時に二人は真っすぐ台所に向かう。
 この時間になると夜も遅く、永琳もとっくに就寝しているので音を立てないように注意して向かう。
 なお、将志は愛梨を研究所に立ちいらせることの許可を永琳から台所と通路限定でもらっている。
 
 「……出来たぞ」

 「わぁ♪ これはまたおいしそうだね♪」

 ここでも例によって例のごとく料理の試作品を作る。
 将志にとってここは自分の料理の意見が貰える貴重な場所であり、やはり将志は気合をいれて料理を作る。
 愛梨にとってはおいしいご飯が食べられるところなので、愛梨はこの時間をとても楽しいにしている。
 なお、毎夜毎夜ここで出される料理のせいで段々と愛梨の舌が肥えてきているが、二人とも特に気にしない。
 将志はそれならそれでそれを納得させられるように努力するし、愛梨は愛梨でどのみち将志の料理の腕が上がってくるので問題は無いのだ。
 ……将志が槍の妖怪なのか料理の妖怪なのか分からなくなってきている気がするが、瑣末な問題である。

 「ん~♪ おいしい♪ この魚、塩味が良く効いてておいしいよ♪ オリーブオイルの風味もいいね♪」

 「……そうか」

 にっこり笑っておいしそうに食べる愛梨の顔を見て、将志は満足げに微笑を浮かべる。
 
 「はい、笑顔一つ頂きました♪ 良い笑顔だよ、将志君♪」

 「…………そうか」

 愛梨にそう言われて将志は気恥ずかしげにそっぽを向いた。
 それを見て、愛梨は浮かべた笑みを深くした。

 「キャハハ☆ 照れた将志君は可愛いなぁ♪」

 「……うるさい」

 こうして料理の品評会が少し続いた後、食後のお茶会が開かれる。
 今回は今日教わったコーヒーを二人で飲む。

 「ふぅ♪ 食後のコーヒーもおいしいな♪」

 「……まだまだだな」

 笑顔でコーヒーを飲む愛梨の横で、将志は自分の淹れたコーヒーを飲んでそう呟いた。
 すると愛梨はキョトンとした表情を浮かべる。

 「えっ、これでダメなのかい?」

 「……マスターのコーヒーには届かん」

 「本当に自分に厳しいなぁ、君は♪」

 苦い表情を浮かべる将志に、愛梨はニコニコと笑いかける。
 このようなやり取りが大体毎夜行われるのだった。
 そうしてお茶会が終わると、将志は愛梨を見送る。

 「将志君、また明日♪」

 「……ああ」

 その後はサッと風呂に入って、部屋に戻るとベッドの上に座り壁に寄りかかって眠りに就くのだ。
 


 ……こんな日々が何年か続いたある日、将志は永琳に呼び出された。

 「……主、どうかしたのか?」

 「将志、月に行くわよ」

 唐突にそう言われて、将志は首をかしげた。

 「……月に行く? 何故だ?」

 「近年の妖怪の被害やその他諸々の問題から、議会でこの都市を放棄することが決まったのよ。その移住先が月なのよ。今までは理論上永住が可能であるとなっていたのだけれど、実地試験で確証が得られたから、本格的に移住が始まることになったというわけ」

 「……俺の扱いはどうする気だ?」

 「あなたは私の連れと言うことにしてあるからちゃんと月で暮らせるわよ。その代わり、これまで以上に妖怪だとバレないようにしないとならないけどね」

 「……そうか。いつ発つんだ?」

 「一週間後よ。それまでに将志も準備をしておきなさい」

 「……了解した」

 将志はそう言うと永琳の部屋を後にした。
 月に行くことに関しては将志は特に異論は無かった。
 主が月に行くと言うのだ、それについて行くのを断る理由は無いし、その気もない。
 将志はそう思いながらその一週間の間ですることが無いかを考え始めた。
 あれこれ考えていると、ふとあることが脳裏によぎった。

 自分は地球には何の未練もないはずだ。だが――――

 『それじゃ、将志君♪ また明日♪』

 ――――あの太陽の様な笑顔がもう見られないのは少しさびしいかもしれない。

 「……せめて挨拶くらいはしておくべきか」

 将志は次に愛梨にあった時に、別れについて話すことを心に決めると、その日の夕食を作るべく調理場に向かうのだった。



[29218] 銀の槍、別れ話をする
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/11 22:48
 永琳から月への移住を告げられた翌日の夜、将志はいつも通り槍を振るっていた。
 その槍捌きはいつも通り冴えており、将志の心に乱れが無いことが見て取れる。

 「やっほ♪ こんばんは、将志君♪」

 そこに、笑顔のまぶしいピエロの少女がオレンジと黄色に塗られたボールに乗ってやってきた。

 「……来たか」

 将志はそれを確認すると槍を収め、愛梨の方を見た。
 愛梨はいつものようにボールの上に座っていた。
 将志がジッとその様子を見ていると、愛梨がその視線に気づく。

 「あれ、今日は何かいつもと雰囲気が違うね♪ 何か僕に言いたいことでもあるのかな?」

 愛梨はそう言って笑顔のまま首をかしげ、瑠璃色の瞳でじーっと将志を見つめる。
 
 「……ああ。だがそれは後で話そう。今は練習をするとしよう」

 「おっけ♪ それじゃ、早速始めよっか♪」

 そう言うと二人はいつも通り妖力操作の練習を始めた。
 この数年間で将志の妖力操作も慣れたもので、今では教官役の愛梨に追いつかん勢いである。
 将志は妖力を銀色の炎に変えて自分の周りにいくつも浮かべている。
 愛梨はその様子を自分も同じように伍色の炎を浮かべながら見ている。

 「うんうん♪ 将志君もだいぶ制御が上手くなったね♪」

 「……そうでもない。空を飛ぶことに関してはまだまだだ。まだ走る方が早い」

 「そ、それは君の脚が速すぎるだけだと思うな~♪」

 厳しい表情を浮かべる将志に、愛梨はうぐいす色の髪の頭を掻いて苦笑いを浮かべた。
 実際空を飛んだ時、将志は愛梨と同じか少し劣る程度の速さは出ている。
 しかし、将志の場合は妖力を使って空を飛ぶよりも、妖力を使って作った足場を蹴って移動したほうがはるかに速いのだった。

 誤解がないように言っておくが、愛梨も決して弱い訳ではない。
 愛梨も能力が持つほどの実力者であるし、仮に対妖怪用の武器を持った人間に襲われてもそれに対処する力はあるのだ。
 単に将志の身体能力が異常なだけである。

 「じゃあ、今日は練習はこれくらいにしてあそぼっか♪」

 「……良いぞ」

 将志はそう言うと自分の周りに円錐状の銀の弾丸を生みだした。
 一方の愛梨も、手にした黒いステッキから様々な色の弾丸を作り出して自分の周りに浮かべた。

 「それじゃあ将志君、宜しくね♪」

 「……ああ、宜しく頼む」

 愛梨がシルクハットを取って恭しく礼をすると、将志も礼を返した。
 二人が顔を上げた瞬間、銀の弾丸が愛梨に飛んでいき、伍色の弾丸が将志に向かって飛んでいく。
 それと同時に、二人も空を飛んで弾丸を避け始める。

 「キャハハ☆ まずはウォーミングアップだね♪」

 「……そう言うところだな」

 愛梨は銀の雨を楽しそうに潜り抜けていき、将志は必要最低限の動きで無駄なくかわしていく。
 こと回避に関して言えば、将志は愛梨よりもはるかに上手い。
 何しろ将志は耐久力の問題で、一発でも被弾しようものなら即座に戦闘不能になってしまうのだ。
 そこで将志は死ぬ気で回避を練習した結果、身体能力も相まって驚くべき回避性能を得ることに成功したのだった。

 一方の愛梨も将志の妖力制御が上手くなって弾数が増えていくにしたがって、回避の腕前は上がっていっている。
 それに加えて、回避上手な将志に何とか一発当てようと努力した結果、愛梨自身の妖力制御技術や弾幕の密度も上がっていくのだった。
 
 「……そろそろ行くぞ」

 「おっけ♪ こっちもいっくよ~♪」

 お互いにそう言うと、それぞれの弾幕の密度が跳ね上がった。
 それに応じて、避ける側も一気に動く速度を上げる。

 「……せいっ!!」

 将志は銀の弾丸の雨の合間に、槍の形に固めた妖力を投げつける。
 弾幕で相手の動きを制限された中で投げつけられるそれは、高速で愛梨に向かって迫る。
 しかも、その槍は船が通った後の波の様に弾丸をばらまいていく。

 「おっと♪」

 愛梨は風を切って飛んでくるそれを、トランプの柄が書かれた黄色いスカートを翻しながらギリギリで避ける。
 そのお返しに、5つの玉を将志に向かって飛ばす。
 5つの玉は将志を囲む様に飛んでいき、将志がその中心に入った瞬間爆発して大量の弾をばらまいた。

 「……ちっ!!」

 将志はとっさに足場を作り、その常識はずれな脚力で一気にその場から離脱した。
 将志を狙った弾丸は彼の紺色の袴をかすめるにとどまり、本人は被弾しなかった。

 「すごいなぁ♪ あれも避けちゃうんだ♪」

 愛梨は自分の攻撃を避けられたと言うのに、嬉しそうにそう笑った。
 それは、今この時間を心の底から楽しんでいる事を示した証拠であった。

 「……」

 将志はその表情を見て、内心複雑な心境を抱えていた。
 この笑顔が見られるのも、あと数回もない。
 正直に言って、将志はこの笑顔を見るのが好きだ。
 だが、一番大事な主を守るためには、別れも仕方がないことだ。

 「あっ!?」

 将志が弾幕を避けながらそんなことを考えていると、突然愛梨が焦ったような声を上げた。

 「……む? ぐはああ!?」

 それに気が付いた瞬間、将志は研究所の壁に勢いよく頭から突っ込んで行った。
 当然、頭に棚の上から湯呑が落ちてきた位で気絶する将志に耐えきれる筈は無く、将志は気を失った。


 *  *  *  *  *


 「……うっ……」

 将志が目を覚ますと、そこは研究所内の台所だった。
 頭の上には濡れタオルが置かれていて、その心地よい冷たさが激しくぶつけた痛みを癒す。
 体には体が冷えないように配慮されたものなのか、オレンジ色のジャケットが掛けられていた。

 「あっ、気が付いたみたいだね♪」

 声がする方を見てみると、ジャケットを脱いでブラウス姿の愛梨がこちらを見ていた。
 将志が体を起こすと、愛梨は安心したように笑みを浮かべた。

 「びっくりしたよ、突然壁に向かって突っ込むんだもの♪ どうかしたのかな?」

 「……少し、考え事をな」

 「それは、今日話したいことに関係することかな?」

 「……ああ」

 将志はそう言って立ち上がると、愛梨にジャケットを返して調理場に向かう。
 
 「将志君?」

 「……心配をかけたな。すぐに食事を作るから待っていろ」

 将志はそう言うと冷蔵庫から食材を取り出して料理を始める。
 調理場は将志が調達してきた調理道具で溢れていて、作れない料理は無いと言わんばかりに並べられていた。
 その中から、将志はひと際丁寧に管理されている包丁に手を付ける。
 包丁は将志が手に取った瞬間、意思を持っているかのようにキラリと光った。

 「……始めるか」

 将志は手にした『六花』と銘打たれた包丁でまたたく間に食材を切っていく。
 何度も何度も料理のプロの包丁捌きを見返して盗んだそれは、その手本となった動きに遜色ない。
 全ての食材を切り終わった後、将志はそれらを調理していく。
 その間にも様々な小技を積み重ねて、少しでもおいしくなるように工夫をする。
 そうして出来た料理は、見た目も色鮮やかで食欲を誘う香りを放つ見事なものだった。

 「……出来たぞ」

 「いやいや、相変わらずすごいね♪ 流石は料理の超人に勝ったシェフだね♪」

 愛梨はそう言いながら台所の隅に置かれたトロフィーを指差した。
 そう、将志は自分が料理の研究のために見ていた番組に出演し、勝利を収めていたのだ。
 なお、出演するきっかけになったのは、

 「将志、随分と料理の腕を上げたわね。いっそのこと、料理の超人にでも出てみたら?」

 と永琳が冗談めかして言った言葉を真に受けたためである。
 この勝利によって将志には様々なレストランからスカウトが来るようになったが、全てを断っている。
 ……加えて言えば、すべて独学でここまで上り詰めたところから『料理の妖怪』等と言う妙に的を得た称号を得ている。

 「……そんなことはどうでも良い。早く食わないと冷めるぞ?」

 「そうだね♪ それじゃ、いただきます♪」

 将志に促されて愛梨は目の前の料理に手を付けた。
 食材こそ町のスーパーで売られているようなものであったが、将志の手腕によって極上の一品に仕上がっていたそれを口にした愛梨の顔からは笑顔がこぼれる。

 「う~ん、おいしい♪ 本当にお店が開けそうな味だよ♪ ねえねえ、やってみる気は無いのかい?」

 「……俺の料理は主の為のものだ。売り物にする気は無い」

 「でも、僕はそれを食べさせてもらってるけど?」

 「……それは日頃の礼だ。そうでなければ振る舞ったりなどせん」

 「そっか……つまり僕は君にとって特別なんだね♪ 嬉しいな♪」

 「……かもしれんな」

 愛梨は将志の呟きを聞いて、料理を食べる手を止めた。
 普段の彼であるならば「うるさい」と言ってそっぽを向くのだが、今日の将志は心ここにあらずといった様子で呟くのみなのだ。
 そんな将志の変化に、愛梨は首をかしげ、瑠璃色の眼でじーっと将志を見つめる。

 「……将志君、本当にどうしたんだい? さっきの特訓の時といい、今の受け答えといい、何か変だよ?」

 愛梨の言葉に、将志は眼を閉じて軽くため息をついた。
 そして静かに目を開けると、話を切り出した。

 「……実はな……月に移住することになった」

 「……え?」

 将志の一言に愛梨は呆けた表情を浮かべた。
 将志は眼を伏せ、話を続ける。

 「……何でも、町の議会がこの都市を放棄することに決めたらしくてな、住民全員月に移り住むことになったらしい。無論主もその中の一人に含まれているし、俺も主についていくことになる」

 「そ、それじゃ……」

 「……ああ、お前とももう会えなくなる」

 うろたえる愛梨に、はっきりと会えなくなることを将志は告げた。
 愛梨は力なく腕を下げ、俯く。

 「……いつ、月に行くんだい?」

 「……6日後、だ。いや、もう日付も回ったから残り5日か」

 「そっか……寂しくなるな……」

 いつも太陽みたいな笑みを浮かべていた愛梨の寂しげな表情に、将志の心は痛む。
 普段、表情の変化や反応が乏しいため誤解されやすいが、将志はかなり情が深く、感情的な性格である。
 それ故数少ない友人、それも永琳を除けば一番の親友とも言える愛梨を悲しませた事実は、将志の胸に深く突き刺さった。

 「……すまない」

 「ううん、君が謝ることは無いよ♪ 決まっちゃったものは仕方がないさ♪」

 謝る将志に、そう言って笑顔で答える愛梨。
 しかし、その表情は普段通りではなく、どこか痛ましい笑顔だった。

 「そ、そうだ♪ ちょっと喉が渇いたから、コーヒーをもらえないかな? ついこの間免許皆伝を受けたコーヒーが飲みたいな♪」

 「……ああ。すぐに用意しよう」

 辛い感情をごまかすような愛梨の言動に耐えかね、将志は調理場に引っ込む。
 そして自分の心をごまかすように湯を沸かし、豆を挽き始めた。
 
 「…………」

 深呼吸をし、黙想をすることで自らの心を落ち着かせ、コーヒーを淹れることに集中する。
 そうやって愛梨のために淹れられたコーヒーは、悲しいほど最高の出来栄えだった。

 「……待たせた」

 「ありがと♪ ……良い香りだね♪」

 愛梨はいつの間にか料理を食べ終えており、将志からコーヒーを受け取るとまずはその香りを楽しみ、口に含む。
 将志はその様子を食い入るように見つめている。

 「ふぅ……おいしいや……これが君がずっと追いかけてきた味なんだね♪」

 「……ああ。たどりつくのには苦労した」

 どこか切ないが、それでも自然に笑ってくれた愛梨に将志は笑いかける。
 すると愛梨はそれに笑い返した。

 「あ、今日初めての笑顔頂きました♪ やっぱり君は笑顔が一番だよ♪」

 「……そうか」

 将志は愛梨の言葉に微笑を浮かべて頷き返す。 
 それはしばらくしてコーヒーを飲み終わるまで続けられた。

 「それじゃ、今日はこの辺で帰るね♪」

 「……ああ」

 愛梨はそう言いながら来るときに乗ってきたボールに飛び乗る。
 
 「それじゃあね~♪」

 愛梨は将志に手を振りながら、弾むボールに乗って去っていく。
 将志はそれに対して手を振り返して見送った。



 
 それから愛梨は将志の所に顔を出さなくなった。
 将志は毎晩いつものように槍を振るっていたが、陽気なピエロはついに現れることは無かった。
 そして月へ旅立つ前日、将志は槍を振るうでもなく、地上から見る最後の月を眺めていた。
 すると、将志の背後から誰かが近付く気配がした。
 将志がその気配に振り向くと、そこには永琳が立っていた。

 「珍しいわね、将志。あなたが外に出て槍を振るわずに空を眺めるなんて。何かあったのかしら?」

 「……いや、明日にはあの場所に旅立つのだな、と思ってな」

 将志はそう言うと、視線を空に映る蒼い満月に向けた。
 永琳も将志の隣に立ち、同じようにその月を眺めた。

 「穢れの無い世界、ね……そこに行けば人はもう死に怯えることもなく生きられる……将志、これをどう思うかしら?」

 永琳の唐突な問いかけに将志は首をかしげ、考え込んだ。

 「……分からん。そもそも、俺は死ねるのか?」

 将志の答えを聞いて、永琳は苦笑を浮かべた。

 「そうか……そう言えばあなたは死ねるかどうかすら分からないのよね……それじゃあ、あなたは死についてはどう思うかしら?」

 永琳の質問に将志は俯いて再び考え込む。
 しばらく考えて、将志は顔を上げた。

 「……やはり分からん。分からないが、それでも死という概念があるからには、そこには何か意味があるのだと思う。逆に、死なないことにも何か意味があるのだろうとも思う」

 「そう……あなたはそう考えるのね……」

 「……主?」

 眼を閉じて将志の言葉の意味を捉える永琳。
 将志は質問の意図が分からず、永琳に声をかける。
 すると永琳は眼を開き、言葉を紡ぎ始めた。

 「私はね、正直にいえば寿命が延びることはどうでも良いのよ。精々が無限に時間を与えられることで出来ることが増えるくらいだしね」

 「……では、何故あのような質問を?」

 将志の質問に永琳は言葉を詰まらせる。

 「……何故でしょうね? 本来ならば、永遠に与えられた時間をどう生きるかを考えるべきなんでしょうけど……これから失うものに対する未練、かしらね?」

 自分でも良く分からないという風にそう口にする永琳。
 それに対し、将志は月を見上げて質問を重ねる。

 「……死に未練があるのか?」

 「無いと言えば嘘になるわね。私は医師でもあって、死に抗うための研究をしていたから」

 「……では、主は無限の時間をどう過ごす?」

 「さあ? 何をするかなんてその時にならないと分からないわよ? 何か研究をしているかもしれないし、教育者として教鞭を振るっているかもしれないわ。そう言うあなたはどうするつもりかしら?」

 永琳の質問に将志は眼を閉じ、一つ息を吐いて永琳の方に向き直った。

 「……俺は何をしていようと変わらん。俺はただ、主に忠を尽くすのみだ」

 将志は一切の迷いもなく、力強くそう言い切った。
 それを聞いて、永琳は蒼く輝く月の様な、綺麗で穏やかな笑みを浮かべた。

 「そう……それならこれからも頼りにさせてもらうわよ?」

 「……ああ」

 笑いかけてくる永琳に、将志は笑顔で頷き返すと、再び月を見上げた。
 永琳もその隣で静かに月を見上げる。
 そんな二人を、月はただただ蒼く柔らかい光で照らしだしていた。




[29218] 銀の槍、意志を貫く
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/12 20:20
 「将志、準備は出来たかしら?」

 「……ああ、いつでも出られる」

 「そう、それじゃ、出発しましょう」

 月へ移住する当日、将志と永琳は荷物を最低限まとめて研究所を出て、月へ向かうスペースシャトルの発射台へと向かった。
 公共の交通機関が全て停止しているため、二人は歩いて移動することになる。
 永琳の研究所は町のはずれにあるため、発射台のある基地からはもっとも遠い。
 その結果、かなりの距離を歩くことになる。

 「…………」

 途中の街を、将志は黒曜石の様な眼でじっと眺めながら歩く。
 普段大勢の人々で賑わう街には誰もおらず、その綺麗なまま打ち捨てられた様子には物悲しいものがあった。

 「どうかしたのかしら?」

 「……あれほど賑わったこの街路も、随分淋しくなったものだな。死んだように静かだ」

 そう語る将志の口調は、どこか淋しげだった。
 将志にとってはまだ短い生涯ではあるが、生まれてからずっと過ごしてきた街なのだ。
 それが無くなると言うのはやはり悲しいものなのであろう。
 そんな将志に、永琳は頷く。

 「……そうね。人がいなくなると言うことは、街が死ぬと言うことですもの。その表現は言い得て妙ね」

 「……そうか……街も死ぬのか……では、槍である俺もいつかは死ぬ時が来るのだろうか?」

 「かもしれないわね。けど、来たとしても当分先だと思うわよ?」

 二人はそう話しながら街中を歩いていく。
 すると、目の前に一件の古びた背の低い建物が見えてきた。
 そこは、かつて将志が包丁を買いに来た金物屋だった。
 通りざまに将志が外から中を覗くと、中にはまだかなりの量の金物が残っていた。
 そして、将志がとある一区画を見た時、彼は笑みを浮かべた。

 「……くく、あの店主らしいな」

 将志が見たのは、包丁が並べてあった一角だった。
 他のものが随分残されているにもかかわらず、包丁だけは全てが持ち出されていたのだ。
 将志はそれを確認すると、どことなく安堵感を感じながら自分の背負った鞄を見やった。
 その中には、ひと際丁寧に梱包された、将志の愛用する『六花』と銘打たれた包丁が入っていた。

 「将志?」

 「……ああ、今行く」

 突如立ち止った将志に、永琳が声をかける。
 将志はそれに応えると、駆け足で永琳の所に戻っていった。

 しばらく歩くと、摩天楼群を抜けて住宅街に入っていく。
 そして、二人はその中に一件のログハウスを見つけた。
 将志はその前で立ち止まり、ログハウスを見上げた。
 そこは、将志がずっと修業をしていた喫茶店だった。

 「……ここも、今日で見納めか……」

 そう話す将志は、やはりどこか淋しげだった。
 そんな将志を見て、永琳はふと何かを思いついたような表情を浮かべた。

 「ねえ、将志。少し寄って行かないかしら?」

 将志は突然の永琳の提案に首をかしげる。

 「……主?」

 「ほら、私達が乗るシャトルは最終便だし、今から行っても少し早すぎるのよ。だから、少し休憩したいと思うのだけど?」

 そう言ってほほ笑む永琳を見て、将志は頷いた。

 「……了解した。少し待っていてくれ」

 将志はそう言うと、鞄の中から鍵を取り出した。
 それは鞄の中に入りっぱなしになっていた、この店の鍵だった。
 将志は鍵を開けて中に入ると、思い出をかみしめる様にカウンターの中に入っていく。
 店の中の物は殆どが運び出された後であったが、その中の一角にぽつんとコーヒーセットとティーセットが一組ずつ置いてあった。
 将志はそれを確認すると、怪訝な表情でそれに近づく。
 すると、そこには一枚の置手紙が置いてあった。
 将志はそれに目を通した。

 『将くんへ
 将くんのことだから、きっと月に行く前にこの店に来ると思って、この手紙を残します。
 月に来る前に、この思い出の詰まった店でコーヒーでも紅茶でも好きに楽しんでください。
 私は先に行って、将くんのことを待っています。
 月でまた一緒に喫茶店を盛り上げていきましょう!!
                             マスターより』


 「……マスター」

 将志は手紙を大事そうに懐にしまうと、永琳に声をかけた。
 
 「……主、何か飲みたいものはあるか?」

 「あら、今何か用意できるのかしら?」

 「……紅茶でもコーヒーでもどちらでもな」

 「そうね……それじゃ、コーヒーをもらおうかしら?」

 「……了解した」

 永琳のオーダーを聞いて、将志はガスの元栓を開きお湯を沸かし始めると同時に、ミルでコーヒー豆を挽き始めた。
 将志はこの店で淹れられる最後のコーヒーを淹れるために、手際よく作業を進める。

 「……出来たぞ」

 将志はカップにコーヒーを注ぐと、ソーサーに乗せ、カウンター席に座る永琳に出した。
 コーヒーは香り高く湯気を立て、将志の修業の成果が如実に現れている。
 永琳はそれを受け取ると、しばらく香りを楽しんだ後、口に含んだ。
 すると、口の中にさわやかな風味が漂うと同時に、深みのあるまろやかな苦みが広がった。

 「ふふふ、流石ね。インスタント何かとは比べものにならないわ」

 「……喜んでもらえて何よりだ」

 笑みをこぼした永琳に、将志は満足げに笑い返し、自分の分のコーヒーを飲む。
 その味は、自分が修業を積んだ場所に対する敬意と感謝の籠った、温かみのある味だった。



 喫茶店を出て、二人は再び基地に向かう。
 基地の周囲では、妖怪の襲撃に備えて数多くの兵士達が待機していた。

 「八意博士、お待ちしておりました。失礼ですが、乗船許可証の提示をお願いいたします」

 「ええ、これで良いかしら?」

 永琳が入口に居る物々しい対妖怪用の銃を持った兵士に乗船許可証を見せると、兵士はそれを確認した。

 「八意 永琳 様、槍ヶ岳 将志 様、確かに確認しました。それでは中にお入りください」

 そう言うと兵士は道を開け、二人は中へ入っていく。
 基地の中では、そこでは月へ向かうスペースシャトルがずらりと並んでいて、人々が乗り込んでいっていた。
 永琳が乗りこむのは兵士や技術者たちのために用意されたものであった。
 この計画の最高責任者である永琳は、不具合が起きた時などに備えて最後まで待機することになり、将志はそれに付き合う形になる。

 「状況はどうかしら?」

 「現状全く問題はありません。先発の船からのシグナルも異常は無く、全てが順調に行っております」

 「そう。少しでも異常を見つけたらすぐに私に言いなさい」

 「分かりました」

 この移住の指揮を取っている本部に着くと、永琳は早速中にいる技術者と話をする。
 その間、将志は技術者たちの邪魔にならないように本部の外で待機をする。
 そして、いくつかのシャトルが月へと旅立った時、兵士の一人が血相を変えて本部に飛び込んできた。

 「大変です!! 妖怪たちが今までにない大群でこちらに向かってきています!!」

 その一報を受けて、本部は一気に騒然となった。

 「落ち着きなさい!! まだ妖怪たちが来るまで時間はあるわ!! 全員緊急の会議を行うから、ただちに集合しなさい!!」

 慌てだす技術者達を永琳はその一言で落ち着かせ、技術者と軍の上官を呼び集めた。
 役員全員が集まると、永琳を議長として緊急の会議が始まった。
 会議の内容は妖怪達の軍団の規模と進行状況、交戦までの時間、現存勢力での相手の撃退の可否など、様々なことが議題に上がった。
 その結果、交戦までの猶予はほぼなく、更に現在地上に残った軍の現存勢力での撃退は不可能であるなど、ネガティブな要素が多数確認された。
 そして会議の結果、シャトルの発射時間の繰り上げが決定し、全員に通達された。

 「将志」

 会議が終わると、永琳は即座に将志の所へ向かった。
 シャトルの搭乗予定時刻よりはるかに早い主の登場に、将志は首をかしげた。

 「……主? どうかしたのか?」

 「シャトルの発射時間が繰り上がったわ。もうすぐ発射するから急いで乗りなさい」

 「……了解した」

 永琳の言葉に頷き、将志は自分が乗る予定のシャトルに乗り込む。
 永琳もシャトルに乗り込むと通信室に入り、月の先遣隊との通信を始めた。

 「月管制塔!! 当方は妖怪達の攻撃を受けているわ!! 今から残りの全機が発射するから急いで準備しなさい!! ……無茶でも何でも良いから、死ぬ気でやりなさい!! アウト!!」

 永琳はそう言うと、通信を一方的に切断した。
 ちょうどその時、外から新たな報告が飛び込んだ。

 「緊急連絡!! 妖怪達が基地内への侵入を始めました!! 物凄い勢いでこちらに侵攻しています!!」

 「何ですって!?」

 その報告に永琳は眉をしかめた。
 妖怪達の侵攻速度が算出されたものよりもはるかに速かったのだ。
 永琳は俯き、唇を強く噛んだ。
 切れた唇からは血が流れ、その白い肌に赤く線を引いた。
 そして、永琳は苦渋の決断を下した。

 「……軍部に通達!! 発射までシャトルを防衛しなさい!! 生き残れば絶対に救援を寄越すわ!!」

 その通達を受けて、軍の兵士達が次々とシャトルから飛び出し、シャトルを守るべく妖怪達との戦闘を開始した。
 兵士たちは理解していた。
 この戦場が自分達の死に場所になると。

 「総員、何が何でも、燃え尽きるまでシャトルを守り通せ!!!」

 兵士たちは仲間を守るため、自らの命を捨てて奮戦する。
 
 「お前達、何としてでも人間共が月に行くのを阻止しろ!!」

 一方の妖怪達も、何か譲れないものがあるらしく、捨て身の攻撃を仕掛けてくる。
 一人、また一人と人間もしくは妖怪が倒れていく。
 戦況はしばらくの間膠着状態に陥っていたが、物量に優る妖怪達が段々と押し始める。

 「準備完了しました、発射します!!」

 そんな中、一機、また一機とスペースシャトルは月に向かって飛び立っていく。
 そして、残るは永琳たちが乗ったものただ一機となった。

 「ほ、報告します!! 1,4,7中隊、全滅しました!! 我が隊もほぼ壊滅、うわあああああああああ!!!」

 通信機からは、防衛部隊からの戦況報告が届く。
 そしてそのほとんどが、隊員の全滅を知らせるものだった。
 永琳はそれを悲痛な面持ちで聞き届ける。

 「管制塔!! 発射許可はまだ出ないの!?」

 「こちら月管制塔、許可が下りました!! 準備が整い次第発射してください!!」

 「了解!! 機長、ただちに発射を……」

 永琳は窓の外を見て凍りついた。
 何故なら、窓の外にこちらに迫ってくる妖怪の大群が見えたからだ。
 その前には防衛部隊はすでに存在していなかった。
 
 ――――間に合わない。

 永琳は奥歯を噛みしめ、来るべき衝撃に身構えた。



 ……しかし、いつまで経っても衝撃は来なかった。
 永琳が不思議に思って窓の外を見ると、妖怪達の大群を銀が切り裂いていくのが見えた。

 「ま、まさか!!」

 永琳は窓に駆け寄り、外を注視した。
 そこには、妖怪の大群を相手にたった一人、槍一本で立ち向かう銀髪の青年の姿があった。

 「将志!!」

 永琳は青年の名を叫んではめ殺しになっている窓を叩く。
 すると将志はそれに気が付き、永琳の方を向いた。
 そして、今までにない形相で永琳に何か言葉を発した。
 それは明らかにこう言っていた。

 主!! 何をやっている、早く行け!! ……と

 永琳はそれを見た瞬間、思わず息を飲んだ。

 「……っ……機長!! 準備が整い次第発射しなさい!! この戦場で散っていった者のためにも絶対に月に行くわよ!!」

 永琳は血が出るほどに拳を握りしめ、涙をこらえながらそう言った。
 ……その言葉は、天才ゆえに周囲から敬遠されてきた自分を主と呼ぶ、初めての親友との別れを意味していた。




 一方、シャトルの外では、将志が妖怪達を相手に手にした銀の槍で戦っていた。
 そんな彼の胸中には、主を守るという、強い使命感が渦巻いていた。
 その思いに応えるように銀の槍は主に害を為す妖怪達を薙ぎ払っていく。

 「……はああああああ!!!」

 将志が槍を一振りすれば、近くにいた妖怪がまとめて倒れる。
 一突きすれば、前にいた妖怪がまとめて串刺しになる。
 その戦いぶりは、まさに獅子奮迅と言っても過言では無かった。

 「くっ……人間共の中にこれほどの者がいたとは……」 

 大将格であろう妖怪が将志の戦いぶりを見て、思わずそうこぼした。
 妖怪の大将は将志を見やると、妖怪達に指示を出した。

 「者ども、あの男は無視して背後の宇宙船を破壊せよ!!」

 大将の指示に従って、妖怪達は一斉にシャトルに向かっていく。

 「……船には誰一人として手を触れさせん!!」

 将志はその妖怪の中を眼にもとまらぬ速さで駆け抜ける。
 銀の軌跡が通り過ぎた所にいた妖怪は、一斉に崩れ落ちた。
 その様子を見て、妖怪の大将は将志を睨みつけた。

 「……貴様、妖怪だな?」

 「……それがどうした」

 「妖怪の身でありながら、何故人間に味方する?」

 妖怪の大将の言葉を聞いて将志は深々とため息をついた。

 「……何かと思えばそんなくだらない話か」

 「何だと?」

 心底くだらないと言った表情で放たれた将志の言葉に、妖怪の大将は眉を吊り上げる。
 それに対し、将志は妖怪の大将を睨みつけ、槍の先端を大将に突き付けた。 

 「……妖怪であろうが人間であろうが関係ない。俺はこの身に代えても主に忠を尽くし、主を守る。……誰に何と言われようと、俺はこの意志を貫く!!!」

 そう言う将志の黒曜石の様な黒い瞳には、その言葉を裏付けるかのように強烈な意志が宿っていた。
 直後、その背後から轟音が鳴り響き、強烈な突風が吹き始めた。
 スペースシャトルが発進し、月に向かってどんどん高度を上げ始めた。

 「くっ、者ども、追え!!」

 大将の一言によって妖怪達は飛び立つシャトルに向かって飛び付き始める。
 その様子は、横から見ると塔の様に空へ向かって伸びていた。

 「……その船に、主に触るなぁ!!!」

 将志はその妖怪の塔を作りだす妖怪を蹴散らしながら、神速とも言える速度で駆け昇っていく。
 それは、一本の銀の槍が天を貫かんばかりに伸びていくように見えた。

 「おおおおおお!!!」

 「ぐええええええ!!!」

 そして将志は、その塔の最上部にいた妖怪を貫く。
 いつしか将志は永琳の乗るスペースシャトルを追い抜いていた。
 後ろから追いかけてくる妖怪はもういない。
 将志は慣性に身を任せ、空を漂う。
 その空中で止まった将志を、スペースシャトルはゆっくりと追い抜いていく。
 将志がすれ違うスペースシャトルを見ると、ちょうど窓から中を除くことができた。

 その窓には悲しみを抑えきれず、涙を流しながらこちらを見ている永琳の姿が映っていた。

 「……主……」

 将志は、そんな永琳に笑いかけた。
 自らの主を守り切ったことによる達成感と安堵感から生まれた笑みだった。
 それを見て、永琳は呆けた表情を浮かべて泣くのをやめた。
 
 そしてスペースシャトルは完全に将志を抜き去り、宇宙に向かって飛び出していった。

 「……ぐあっ!?」

 その直後、将志は相手の妖怪の攻撃を受け、地上に落下する。
 地上には、刃の根元に蔦に巻かれた黒曜石が埋め込まれた銀の槍が落ちてきた。
 
 「ぐあああああああああ!?」

 その槍は、まるで意思を持っているかのように妖怪の大将を貫いた。
 銀の槍に貫かれた妖怪の大将は、音もなく砂の様に消え去っていく。
 それに呼応するかのように、戦う相手のいなくなった妖怪達も次々とその場から去っていった。



 ……そして、誰も居なくなったその場には、一本の銀の槍だけが残された。


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 転げまわりたくなる話である。
 だって、何だかとっても中二っぽいんですもの。
 自分じゃこんな展開しか思いつかなかったし。

 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 番外:槍の主、初めての友達
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/13 21:16

 今回はちょっと番外編。
 永琳が月に行く前のお話。

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 天に届かんばかりにそびえたつ摩天楼群から離れた位置にある森の近くに、一つの研究所があった。
 その研究所はある一人の天才のために与えられた、専用の研究施設だった。

 「ふぅ……こんなものかしらね」

 その天才と言われる銀色の髪の女性、八意 永琳は一人研究を続ける。
 彼女がいる最新設備がそろった研究所では、工学、医学、薬学、理学、生物学、そして妖怪に関する研究など、幅広い研究がおこなわれている。
 そのすべてに精通する永琳の提出する論文は、全てがその最先端を行っていた。
 よって討論をしようにもそれについて行けるものが居らず、それならばその思考を邪魔することがないようにと、永琳以外は入ることが出来ない研究所が与えられることになったのだ。

 故に、常に一人だった。
 しかし、永琳はそれを特に気にすることは無い。
 何故なら、彼女は常に一人だったからだ。

 永琳は幼いころから才気を発し、周囲から注目を浴びてきた。
 その凄まじいまでの才能から、永琳は英才教育を受け続けることになった。
 永琳は驚くほど短期間でものを学び理解し、全てを理解すると講師を変え、その知識を深いものにしていった。
 そして気が付けば、周囲から天才と呼ばれ、尊敬を集めていた。
 しかし、そんな人生を送っていたため、永琳は友人との語らいや、人並みの恋などを経験することは無かった。
 更に言えば、永琳はそんなことを気にすることもなかった。
 その存在そのものを知らなければ、気にしようもないのだ。
 それ故に、永琳は自分が一人でいることに何の疑問も抱かなかった。

 そんな彼女に、ある日転機が訪れた。
 永琳はその日、自室で研究レポートをまとめていた。
 内容は、妖怪の生態学に関する最新レポートであった。
 すると、突如モニターに異常を知らせるシグナルが点った。
 研究所内のセキュリティシステムが、永琳以外の生体反応を感知したのだ。
 しかもそのシグナルは妖怪のものだった。
 そしてそれは、研究所の敷地の隅にある倉庫エリアから出ていた。

 「嘘……何でこんなところに……!!」

 永琳はとっさの判断でその倉庫に向かうことにした。
 妖怪の中には、すぐれた知能を持つ者もいる。
 それが、倉庫の中の道具を使って大暴れする可能性がある。
 ならば、警備隊に通報するよりも先に自ら抑えに行く方が良い。
 そう判断した永琳は、武器を隠し持って倉庫に向かうことにした。

 倉庫エリアに着き、永琳は漂っている妖力を辿って場所を特定する。
 その結果、首をかしげることになった。
 その倉庫はこのエリアの中でも特に古びた倉庫で、この研究所が出来る前からあったものだった。
 そしてその倉庫の鍵は、しっかりと掛ったままだったのだ。
 しばらくして、壁を通り抜けられる妖怪の可能性を考えることで納得した永琳は、急いで倉庫の鍵をあけることにした。
 倉庫の扉をあけると、中のほこりが舞い、光が差し込む。
 
 そして、そこには一人の青年が立っていた。
 
 青年は眩しさから眼を手で覆っていて、その反対の手には銀色の槍が握られていた。
 永琳は、彼を見て内心驚いた。
 何故なら、妖力の流れが青年からではなく、手にした槍から流れているからだ。
 それを見て、永琳はこの倉庫に置いてあった槍が長い年月を経て、今この時に妖怪になったと結論付けた。
 その結論に、思わず永琳は笑みを浮かべて言葉を発していた。

 「力を感じて来てみれば……妙な存在も居たものね」

 永琳がそう言うと、目の前の妖怪は手にした槍を彼女に向けた。
 その黒曜石の様な瞳には、強い警戒心が生まれていた。

 「あら、私と戦うつもりかしら?」

 永琳はそれに対して敢えて笑顔で挑発した。
 もしこの妖怪の糧が恐怖であるのならば、それを容易に見せるのは危険であるからだ。
 更に言えば、生まれてすぐの妖怪ならば自分でも倒せると踏んでの判断だった。

 「……それは貴様次第……ッ!?」

 妖怪は何か言おうとしたが、突然言葉を詰まらせた。
 良く見てみると、その眼は焦点が合っておらず、どこか遠くを見ているような眼をしていた。
 永琳は少し警戒しながら事の次第を見届けることにした。
 しばらくすると、妖怪は槍を収めた。

 「……いや、女子供に向ける刃は無い。失礼した」

 殺気を引っ込めて、申し訳なさそうに頭を下げる妖怪。
 それを見て、永琳はその意外な行動に笑みを深めた。

 「そう……気配は妖怪だったから襲われるかと思ったけれど、意外と紳士的なのね、あなた」

 永琳がそう言うと、妖怪は無言で視線を切った。
 興味がない、と言うよりは紳士的だと言われてくすぐったかったのだろう。
 おまけに、視線を切るという動作から目の前の妖怪の敵意が無くなっていることも感じ取ることができる。
 永琳は、そんな妖怪に興味を持った。

 「訊いても良いかしら? あなたは何者?」

 「……分からない。気が付けばここにいたからな……分かることと言えば俺は多分この槍だったのだろうと言うことぐらいだ」

 永琳の問いに妖怪は首をゆっくりと横に振った。

 「つまり、自分がその槍だったということしかわからないのかしら?」

 「……ああ」

 永琳はその妖怪の眼をじっと見つめながら妖怪に質問を重ねた。
 妖怪の声色に嘘は見受けられず、また眼の動きも落ち着いているため、永琳は彼の言い分が本当であり、彼は生まれたばかりであると確信した。
 それから永琳は少し考えて、目の前の銀髪の妖怪の肩を叩く。
 妖怪がそれを受け入れたことから、永琳はこの妖怪の敵意が完全になくなっていることを確信した。
 そこで、永琳の中である一つの面白い考えが浮かんだ。

 「それなら、私がわかる範囲で教えてあげるわ。あなたみたいな存在は始めてみるけど、大体のことなら想像は付くしね」

 「……良いのか?」

 「もちろん。私の名前は八意 永琳。あなたの名前は……って分からないわよね。困ったわ、なんて呼べばいいのかしら?」 

 永琳がそう訊ねると、妖怪は少し困ったように額に手を当てた。
 すると、妖怪の眼の焦点がまた急に合わなくなり、宙をさまよいだした。
 そしてしばらくすると、妖怪はゆっくりと口を開いた。

 「……槍ヶ岳 将志。そう名乗ることにしよう」

 これが、一人の天才と銀の槍妖怪の出会いであった。
 その後、この槍妖怪が自分を主と呼び出したり、身体テストが異常な結果だったり色々あって、永琳はそのたびに驚くことになる。

 その日の夜。
 永琳は自室に戻り、日誌をつけるべく端末の前に座った。
 モニターには研究室で行われた実験のデータが次々と映し出されており、永琳はそのデータをレポートにまとめる。
 全てのデータがまとめ終わって端末の電源を落とそうとした時、ふと永琳の動きが止まった。

 「……そうだ」

 永琳はそう呟くと、端末を操作してモニターに新しいファイルを作成した。
 そのファイルには、『妖怪観察日誌』と題をつけ、早速記録をつけるためにそれを開いた。


 ○○/○/○
 倉庫エリア16番倉庫にて生体反応を感知、生後間もない妖怪を保護した。
 外見は身長175cm、体重65kg、銀髪黒眼の10代後半から20代前半くらいの人間の男性型で、小豆色の胴着と紺色の袴を着用していた。
 個体は『槍ヶ岳 将志』と名乗り、著者のことを主と認める様になったことから、刷り込みが発生したと考えられる。
 身体能力は異常なほど発達しているが、耐久力のみ人間以下であった。
 能力は発現しており、『あらゆるものを貫く程度の能力』であるらしいことが判明した。
 妖力に関しては生まれて間もないが、既に中級妖怪以上の力を見せている。
 これに関しては、本体である槍が既に長い年月を経ておりかつ、持ち主の残留思念が強かったためと考察される。
 知性は言語を操りこちらの言うことも理解をしているところから、人間と同等程度の知性を有すると考察される。
 しかしながら、以上の知見はまだ確実と呼べるものではなく、これから検証していく必要がある。
 よって、本日より人間が妖怪を育てた事例のサンプルとして、『槍ヶ岳 将志』に関して観察日誌をつけるものとする。


 「……こんなところかしらね」

 永琳はその記録を保存すると、今度こそ端末の電源を落とした。
 その横にあるモニターの電源をつけて確認すると、将志はベッドの上で槍を抱えたまま座り込んで眠っていた。

 「ふふっ、まるで戦争中の武者みたいね」

 将志の寝姿に、永琳は思わず笑みを浮かべた。
 永琳はモニターを消し、部屋の電灯を消してベッドに横になった。



 翌日の朝、永琳が学会のために朝早く起きてモニターを確認すると、観察対象はそこに居なかった。
 永琳は少し考えて脱走の線は消し、研究所内を探すことにした。
 しばらく探していると、中庭からかすかに声が聞こえてきた。
 永琳はそこに向かうことにした。

 「……はあっ!!」

 そこでは、将志が槍をふるっていた。
 彼の槍は月明かりに照らされて、幻想的に冷たく輝いていた。
 それが、将志の手によって縦横無尽に動き回り、銀の線を残していく。
 担い手である銀の髪の青年は洗練された動きで槍を振るっていく。
 その動きはまるで踊っているかのような、神秘的で華麗なものだった。

 「…………」

 気が付けば、永琳は我を忘れてそれに見入っていた。
 永琳にはその動きがどこか物悲しく、それでいて強い意志が込められているように見えた。
 しばらくして、将志が気付いて寄ってくるまで永琳はそれを見続けていた。
 永琳は何故槍を振るうのか、と将志に尋ねた。

 「……そうだな……何故かそうしなければならない様な、そんな気分がした。何と言うか、体が槍を求めている、そんな感じだ」

 すると、将志は手にした槍を見つめながらそう答えた。
 永琳はその視線の先を追った。
 銀の槍は何も語らず、月明かりを受けて輝いている。
 しかし、永琳はその槍から言葉に出来ない様な強い意志を感じ取った。
 それは、『主の命がある限り、主を守り通す』という、悔恨を孕んだ強い意志だった。
 その温かい意志を受け、永琳は将志に笑いかけた。

 「そうだ、せっかくだからもう少しあなたの槍捌きを見せてもらえないかしら? あなたの槍、月明かりで光ってとても綺麗に映るのよ」

 永琳は観察のためではなく、純粋に将志が槍を振るう姿が見たいと思った。
 将志はそれに応え、再び槍を振るい始める。
 そして演武は日が昇り始めるまで続き、永琳は学会に遅刻しかけて送ってもらう羽目になるのだった。



 学会から帰ってきた永琳は、研究室内に漂う醤油の焼ける匂いに気付き、首をかしげた。
 台所に行ってみると、将志が真剣な表情で眼の前で焼かれている豚肉を見つめていた。
 何をしているのか聞いてみれば、

 「……今朝方、主は朝食を摂ることが出来なかった。だが今日俺が送っていった時、時間は10分残っていた。と言うことは食事の準備を俺がしていれば主はわずかでも朝食を摂れたはずだ。ならば俺が食事を用意することが出来れば、忙しい主の手伝いになると思ったのだが……」

 という答えが返ってきた。
 永琳はまさかそんなことを考えているとは思わず、唖然とした表情を浮かべた。
 ふと、その横を見てみると、大量のキャベツの芯や、豚肉のパック等が置いてあった。
 その様子から、将志が何度も何度も作り直しをしたことが垣間見えた。
 自分のために一生懸命頑張った将志の様子が微笑ましくて、永琳は思わず笑顔を浮かべた。

 「ふふふ、ありがとう。それじゃあお願いしても良いかしら?」

 「……任された。今はまだ献立も少ないが、その辺りは勉強させてもらおう」

 永琳がそう言うと、将志は嬉しそうにそう言って台所に入っていった。
 その後、永琳が将志の体に犬の耳と尻尾が生えているのを想像して笑いそうになったり、将志が料理に槍を使っていたことに呆然としたり色々なことがあった。


 その夜、永琳は端末の電源をつけると一番にペン型のデバイスを手に取った。
 その理由は、将志にあげる妖力を抑える道具のデザインの決定のためであった。
 将志には、もう漏れ出す妖力を抑えるための道具を作ってあると言ってある。
 しかし、実際はそう言わないと将志は遠慮して作らなくて良いと言いかねないため、そう言ったのだった。
 つまり、永琳は一晩で妖力を抑えるための道具を作らなければいけなくなったのだ。

 「どんなデザインにしようかしら……」

 永琳はペンを握って考える。
 実際、妖力を抑える道具を作ること自体は永琳の手に掛れば楽な物である。
 本人のイメージから、材質はもう銀と黒曜石と決めてある。
 問題はどんなデザインにするかであった。
 常に身に付けられるようなアクセサリーの形をとることは既に確定。
 料理を作ると言う点から指輪やブレスレットは不可。
 服装からベルトやタイは却下。
 ピアスは本人のイメージにどうしても合わせられなかったため、不採用。
 結果的に、道具はペンダントの形を取ることになった。
 次はペンダントの形とした際のデザインである。
 黒曜石が中心になるのは既に確定済み。
 後はそれに銀をどの様に組み合わせるのかが問題であった。
 永琳は、材料となる黒曜石を見つめた。
 その透き通った黒い色は、強い意志を秘めた槍妖怪の瞳の色に良く似ていた。

 「……そうね」

 永琳はおもむろにペンを走らせ始めた。
 思いついたのはゆがみない真球に削りだした黒曜石を、銀の蔦で覆うようなデザイン。
 そのデザインは、永琳の将志に対するイメージから考えられたものだった。
 もし私が本当に危険な目に遭ったら、将志は本気で命を捨ててでも自分のことを守りかねない。
 そうなったときに、誰かが彼を守ってくれるように。
 永琳は出会って間もない妖怪の本質を見抜き、真っすぐな心の将志を真球の黒曜石に見立て、それを支える生命として銀の蔦で覆うデザインにしたのだ。

 「……これで良いわね。それじゃあ、作るとしましょう」

 永琳は出来たデザインを加工する機械に送信し、作業を開始させる。
 それから手早くデータをまとめると、その日の日誌をつけることにした。



 ○○/○/X

 槍の残留思念は強いらしく、本能的に槍を振ることを求めているようであった。
 その腕前は素人目に見ても見事なものであり、前の持ち主の技術が受け継がれたものと考察する。
 また、料理の勉強を始め、その探求に意欲を見せたところから、やはり人間並みの知性は有しているものと考えられる。
 本妖怪の性格は妥協を許さない性格であると同時に、心を許した者にはかなり尽くす性格の様である。
 なお、経験が浅いためか包丁代わりに槍を使うなどの奇行も見られたため、まだ成長過程にあるとも考えられた。



 「……これで良いわね」

 永琳はそう言うとモニターで将志が寝ていることを確認したのち、眠りについた。



 それからしばらくの間、二人きりの生活が続いた。
 永琳は観察の一環として会話を重ね、話すごとに将志のことを理解していく。
 将志は主のために日々努力を重ねていく。
 少しでも主を喜ばせようと、永琳の実験に負けないほど料理の研究を重ね、有事の際に主を守れるように鍛錬を忘れない。
 そんなひたむきに自分のためにと尽くしてくれる将志に、永琳は段々と心を許していく。
 永琳にはここまで近くで尽くしてくれる存在と接するのは初めてであり、その存在が輝いて見えたのだ。
 そして気が付けば、永琳は観察するために将志と関わるのではなく、将志と関わるために観察をするようになっていた。
 悲しいことに近くに親しい友人など居なかった永琳はどう接すればいいのか分からないため、将志に話しかけるのに理由が必要だったのだ。
 ……もっとも、当の将志はそんなことこれっぽっちも気にしちゃいないのだが。


 そんな中、火種は放り込まれたのだった。
 ある日永琳がいつものように将志が槍を振るうのを見に行くと、将志が話しかけてきた。

 「……おはよう、主」

 「おはよう、将志。今日も朝から元気ね」

 永琳は将志に挨拶を返すと、将志の表情がいつもより心なしか柔らかい様な気がした。

 「あら、そう言えばいつもより表情が柔らかいわね。どうかしたのかしら?」

 その発言に対して、将志は微笑を浮かべて答えを返した。

 「……いや……少し良いことがあっただけだ」

 「それは良かったわね。良かったら何があったか聞かせてもらえるかしら?」

 「……ああ。実は、妖怪に知り合いが出来たのだ」

 「……え?」

 永琳は将志の言葉を聞いて一瞬固まった。

 「……それで、その妖怪に妖力の使い方を教わることになったのだ」

 そんな永琳に合わせて将志も立ち止まる。
 一方の永琳は呆然としたままその言葉を聞いていなかった。
 将志は元々妖怪である。
 その将志が妖怪と関わると言うことは、今は人間側についている将志が妖怪側に移ってしまう可能性が考えられたのだ。
 もちろん、将志の性格を考えればその可能性は限りなく低いと言える。
 しかし、妖怪の人間に対する評価を聞いて失望し、離れていってしまう可能性がない訳では無かった。
 その可能性に、永琳は危機感を覚えた。

 「……将志、その妖怪はどんな妖怪なのかしら?」

 「……良くは分からんが、誰かを笑顔にする妖怪と言っていたな」

 俯いた永琳の言葉に、将志は表情を変えずに答えた。

 「悪いけど、私はそれを信じる訳にはいかないわ。その妖怪があなたを騙している可能性は考えなかったのかしら?」

 「……そうだとしても、俺はあの妖怪に会う事で得られるものがあると思っている。それに、あいつを主に合わせるつもりは毛頭ない」

 「駄目よ、相手が幻惑するタイプの能力を持っていたらあなたどうするの?」

 「……ならば主、それを防ぐことのできるものを作ってくれないか?」

 「今はその材料が無いわ。だから無理よ」

 「……それならば俺の方で材料を発注しておこう。材料を言ってくれ」

 「……発注はこっちでするから良いわ」

 いつもと違って頑なにその妖怪の知り合いに会うと言ってきかない将志。
 そんな彼に、永琳はいらだちを募らせていく。
 すると、将志は永琳の様子の変化に気付き、問いかける。

 「……主? どうかしたのか?」

 「何でもないわよ」

 永琳は早足で廊下を歩いていき、将志はその後を追う。
 将志が追いつきそうになると、永琳は更に歩く速度を挙げた。

 「……何でもないことは無かろう」

 「あるわよ!!」

 「……では、何故泣いている?」

 「……っ!!」

 将志の言うとおり、永琳の眼からは涙があふれ出していた。
 それを指摘された永琳は立ち止り、その場で肩を震わせる。
 将志はそんな永琳の前に立ち、深々と頭を下げた。

 「……主、俺が何か不義を働いたと言うのならば謝ろう。だが、俺は何としても主のために強くなりたいのだ。ここで妖力が使えなかったから主を守れないなどと言うことになる、こうなったら、俺は死んでも死にきれん!! 主、対価なら何でも払おう、だからこれだけは許してくれ!!」

 永琳は将志の言葉を聞いて、こぼれる涙を手で拭った。

 「……私の、ため?」

 「……当たり前だ。主が何を考えているかなど、俺には分からん。だが、俺が主から離れていくことはあり得ん。俺はこの槍に誓って、主への忠を尽くすつもりだ」

 将志の言葉は優しく、それでいて並々ならぬ決意がこもっていた。
 その言葉を聞くと、永琳は深呼吸をして将志の顔に目を向けた。 

 「そう……なら、少し私の話を聞いて行きなさい」

 将志はその言葉に姿勢を正した。
 永琳は軽く息をつくと、ゆっくりと話を始めた。

 「私はね、幼いころから天才と言われてずっと大事にされてきたわ。自分が何かをするたびに周りはそれを褒めてくれて、私は幼心にそれが嬉しくて褒められたい一心で勉強を始めたわ」

 「……主らしいな。それで?」

 「それはもう色々なことを勉強したわ。学問と言う学問は網羅した。それでも飽き足らず、研究者になって更に勉強しようとしたわ。研究者になれば新しいことを発見できるし、学者同士の意見の交換は一番の勉強になる……少なくとも、私はそう思っていたわ」

 ここまで話すと、永琳は若干声のトーンを落とした。
 将志は眼を閉じ、次の言葉を促すことにした。

 「……と言うことは、違ったのだな」

 「ええ……結果的にはそうなるわ。実験をしても自分の理論通りの結果しか出ない。意見交換をしても誰も私の話について来れない。周りの評価も変わったわ。もてはやすのは変わらないけど、『私なら出しても当然』っていう感じになったわ」

 「……それは、辛いことだったのか?」

 「少し退屈ではあったわね。でも、全ては私の掌の中って言う優越感があったし、叩かれているわけでもなかったから辛くはなかったわ」

 永琳は何でもないことのようにそう言う。
 それに対して、将志は首をかしげた。

 「……では、問題は無かったのではないか?」

 「……○○年○月○日。全てが始まったのはこの日よ。将志、この日が何なのか分かるでしょう?」

 永琳は眼を閉じ、その意味をかみしめる様にとある日付を口にした。
 将志はその日付を聞いて、あごに手を当てて考える。
 そして、ふと気が付いたように顔を挙げた。

 「……俺が、ここに来た日……?」

 「そうよ。最初に話した通り、私があなたを拾ったのは単純な好奇心からだったわ。単純に学術的な意味で妖怪を人が育てたらどうなるのかを調べる。それだけの筈だった。でもね、そうはならなかったのよ。あなたは私のことを主と認めて、尽くすようになった。いつでも私のそばに居て、どんな些細なことでも話を聞いてくれて、私のために精一杯努力してくれた。そして、私はある日気が付いた」

 「…………」

 将志は永琳の言葉を無言で聞き続ける。
 将志の眼は、しっかりと永琳の眼を見据えていた。

 「私はあなたがくれたその温かさを、今まで褒めてくれた誰からももらっていなかったのよ。親の愛情を受ける間もなく勉強をして、講師と親しくなる間もなく次の講師に代わり、研究者は肩を並べる前に抜き去っていた。褒めてくれた人たちも、私の才能や知識しか見ていなかった。思えば私はずっと一人だったわ……」

 不意に永琳は将志に微笑んだ。
 その笑みは、優しく温かく、どこか儚い笑みだった。

 「だから、それに気が付いた時はあなたに心の底から感謝したわ。あなたが居なければ、私はあんなに温かい気持ちを一生知らなかったかもしれない。私には、友達と言える人も居なかった、しね……」

 言葉を紡ぎながら、永琳の笑顔はどんどん崩れていく。
 言い終わるころには俯いて、肩が震えはじめていた。

 「……だから、私はあなたを絶対に失いたくない!! あなたをその妖怪に取られたくないのよ!! 将志、お願いだから私を置いて行かないで!!!」

 永琳は自分の感情の全てを将志にぶつけて、将志に飛び付いて泣き始めた。
 泣き叫ぶような永琳の言葉を聞いて、将志は溜め息をついた。

 「……主、失礼する」

 「え?」

 将志はそう言って腰に抱きついた永琳をそっとはがして、両肩に手を置いて永琳の眼を覗き込んだ。
 永琳は呆然とした様子でそれを受け入れる。
 そして、将志はそっと永琳を引き寄せて――――――





















 「……てい」

 永琳の頭にからてチョップを喰らわせた。

 「あいた!?」

 永琳は訳が分からず、頭を抱えてその場に屈みこんだ。

 「……すまん、あまりに遺憾だったのでこのようなことをさせてもらった。主に忠を誓った俺が、どうして主を置いて立ち去ると言うのだ? もう少し信頼してくれても良いと思うのだが?」

 「……はい……」

 「……挙句、その胸の内を隠して俺に突っかかって八つ当たりをするとは……正直悲しいものがあるのだがな?」

 「はい……はい……」

 ふてくされたような態度で淡々と文句を言う将志に、永琳は頭を抱えたまま返事をすることしか出来なかった。
 ふと、しゃがみこんでいる永琳の顔を将志は覗きこんだ。

 「……主、俺はその必要がない限り、決して主を置いていくようなことはしない。それに友人が居ないと言っていたが、俺が友人では駄目なのか?」

 その一言に、永琳はキョトンとした表情を浮かべる。

 「ま、将志? 私はあなたを研究対象にしていたのよ?」

 「……主は友人と言う言葉に少し固くなりすぎてはいないか? 元の扱いなどどうでもよかろう。友人とはもっと気軽な物だと思ったのだが……」

 「で、でも、あなた私のことは主って……そ、それに人間が友達で良いのかしら?」

 「……友人に身分も種族も関係ないと聞いたが?」

 「……え、ええと……良いのかしら?」

 「……そもそも、良くなければ普通このようなことは言わんと思うが……それとも、俺と友人になるのは許容できないのか?」

 「い、いいえ、そんなことは無いわよ!?」

 混乱している永琳の言葉に、将志はこれ見よがしに大きくため息をつく。
 それに対して、永琳は大慌てで将志の言葉を否定した。
 それを聞いて、ようやく将志は微笑を浮かべた。

 「……なら、これで俺と主は友人だな。今後とも宜しく、主」

 「え、ええ、宜しく」

 そう言いながら二人はがっしりと握手をした。
 その時、ふと思い出したように永琳が将志に声をかけた。

 「そう言えば、少し良いかしら?」

 「……む? どうした、主?」

 「それよ。せっかく友達になったのに、何で未だに『主』って呼ぶのかしら?」

 「……これは俺のけじめだ。俺は二君には仕えん、故に主と呼ぶのは主だけだ」

 「普通に名前で呼んでくれても良いと思うのだけれど?」

 「……それでもだ。俺は主にずっと仕えると言う、この気持ちを忘れたくは無い」

 「あら、そう呼ばなきゃ維持できない気持ちなのかしら?」

 「……そう言う訳ではないが、俺の気持ちの問題だ。すまん」

 そう言って頭を下げる将志に、今度は永琳が大きくため息をついた。

 「……はぁ、分かったわよ。それじゃあ、気が向いたら私のことを名前で呼びなさいな」

 「……気遣いに感謝する」

 そう言いながら、友人同士になった二人は朝食のために台所に向かった。
 その日の食事は、いつもよりも少しだけ豪華だった。

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 という訳で、将志が現れてから愛梨がやってくるころまでの、永琳サイドのお話でした。
 ……なんと言うか、友達一人作るのにすげえ会話してんな……
 

 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 番外:槍の主、テレビを見る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/14 22:47
 今回も番外。
 ちょっと短め。

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 将志が永琳の友人となってしばらく経ったある日のこと、永琳はいつものように研究所で実験データを見ながら理論を組み立てていた。
 この日将志は出かけており、いつ帰ってくるか分からないとのことだった。

 「……それにしても、将志はどこで何をしてるのかしら……」

 永琳はやたらと気合の入った表情を浮かべて出かけていった親友の顔を思い浮かべた。
 一度考え出すと、永琳は組み立てていた理論を一度棚に置き、大きく伸びをした。

 「さて、喉も渇いたことだし、一度休憩にしようかしら」

 永琳はそう呟くと、台所に言ってお茶を淹れ、休憩室にやってきた。
 その白い壁紙の休憩室のなかには観葉植物などが植えられていて、リラックスできる空間になっていた。
 その部屋にある白いソファーに座ると、永琳はお茶をすすった。

 「……ふぅ、やっぱり将志が淹れたお茶には敵わないわね……」

 日ごろ世話をしてくれている親友に感謝しながら、永琳はテレビの電源を入れた。
 すると、いつも将志が見ている番組が放送されていた。
 なおこの番組は、ふだん所謂ゴールデンタイムに放送されている視聴率の高い番組であった。

 「さあ、生放送でお送りしている今日の料理の超人スペシャル、数多くの料理人達のによって繰り広げられてきた激戦を勝ちあがってきた男が、満を持して超人に挑みます!! それでは、出でよ挑戦者!!」

 司会の一言でスモークが噴き上がり、ゲートが煙で覆われる。
 永琳はお茶を飲みながら新聞のテレビ番組表を見て、見たい番組を探している。

 「本日の挑戦者、並み居る強豪を相手に奇抜なセンスの料理を繰り出し、圧倒的なポイントで薙ぎ倒してきた最強の素人、槍ヶ岳 将志の入場です!!」

 ぶはぁっ。

 永琳は突然聞こえてきた名前に緑茶を噴き出した。

 「……え?」

 永琳は緑茶にぬれた顔をぬぐうことも忘れ、呆然とした表情でテレビに眼を移した。
 するとそこには、いつも見慣れた仏頂面があった。

 「な、何をやっているのよ、あなた!?」

 そう叫ぶ永琳を余所に、司会は将志と話を始める。

 「槍ヶ岳さんはどこかで修業を積んでいらしたんですか?」

 「……いや、すべて独学だ」

 「それにしてはプロ顔負けの技をたくさん使っていましたが、どこで覚えたものですか?」

 「……この番組を見て覚え、出来るようになるまで、納得できるまで何度も練習をした」

 「あ、いつもご視聴ありがとうございます。それと、これまでユニークな料理が多く出ていましたが、あれはどうやって考えられたものなんですか?」

 「……単に味が合いそうだから作ったものだ。恐らく、学がないからこそ出来たものだと思う」

 「それでは最後に、今回の戦いに対する意気込みをどうぞ」

 「……応援している人のためにも、全力を尽くす」

 永琳は淡々としゃべる将志が実はガチガチに緊張しているのが分かった。
 何故なら、眼を閉じっぱなしにして周りを全く見ていないからだ。
 これは将志の緊張した時に良くやる癖だった。

 「ありがとうございます。さあ、この恐ろしいまでの料理センスを持つ男を迎え撃つのは……」

 対戦相手を紹介している間に、永琳は台所から夕食を持ってくることにした。
 今日の夕食は、黄金の煮こごりを使った冷たい前菜に、じっくりと煮込まれたソラマメのポタージュ、冷めてなお芳醇な香りを放つパンに、肉が口の中でとろけるようなビーフシチュー、そして飴細工の飾りが付いたフルーツケーキ。
 ……誰がどう見ても、一般家庭で通常出るような料理では無かった。
 なお、この一見豪華なコース料理がここでは希望によって和・洋・中と形を変えて毎日出ている。
 しかも、材料は全て近所のスーパーで売られているありふれたものである。
 流石将志、まったくもって自重をしやしねえ。

 「それでは、調理、開始!!」

 司会の一言で料理が始まる。
 両者ともに会場の真ん中に置いてある食材から欲しいものを取り、調理を始める。
 料理の超人は流石のもので、次から次に手際よく料理を作っていく。
 一方の将志も、手際良く料理を作っているのだが……

 「……はっ!!」

 何かパフォーマンスが始まっている。
 フライパンから昇るフランべの火柱、宙を舞う料理、素早い飾り切り。
 その光景が面白いので、カメラは将志の手元に釘づけになる。

 ……実はこれ、愛梨が仕込んだ芸だったりする。
 愛梨が面白半分でやって見せたところ、将志が本気になり、猛特訓を重ねた結果が今の料理法である。
 なお、その技術は将志の体にしっかりと染みついており、眼をつぶってても出来るようになっていた。

 「…………」

 永琳は将志の料理の光景を見て食事の手を止め、手元にある料理をじっと眺めた。
 今食べている料理が、どんな様子で作られたのか気になったのだ。
 当然の反応である。

 「さあ、勝負も佳境に入ってまいりました!! 両名共に仕上げの段階に入っております!!」

 司会の言葉に、制限時間が迫っていることが言外に告げられた。
 
 料理の超人の料理は、見た目は正統派のフランス料理だが、中身は別物。
 細部まで事細かに仕事がしてあり、見た目も色鮮やかである。
 食べればその芳醇な味わいが口の中に広がるのは約束されたようなものである。

 一方の将志の料理は、一目で従来の料理の型にはまっていないことが分かる料理だった。
 パッと見たときには洋風に見えるが、アクセントを加えているのは和の食材である。
 色とりどりの食材で構成されたそれからは、どんな味がするのか想像もつかない。

 「それでは、試食タイムと参りましょう。まずは挑戦者、槍ヶ岳将志の料理からです!!」

 司会の一言で、将志の料理が審査員の前に運ばれてくる。
 そして、審査員たちは一斉にそれを口にした。

 「ンまぁーーーーーい!」

 「うーーーーーまーーーーーいーーーーーぞーーーーーーーー!!」

 二人目の審査員が評を口にした瞬間、画像が乱れた。
 画面はブラックアウトし、信号が途絶えたのが分かる。

 「……何事?」

 テレビの前の永琳は何が起きたのか訳が分からず、放送再開を待った。
 しばらくすると、別のカメラが起動し会場を映し出した。
 会場には、何故かビームか何かが薙ぎ払ったような跡があった。

 「えー、大変申し訳ありませんが、時間の都合上すぐに判定に移りたいと思います。それでは、点数の表示を、お願いいします!!」

 会場のライトが落とされ、ドラムの音が鳴り響く。
 テレビに映し出された将志は眼を閉じ、緊張した面持ちであった。
 それに合わせて、永琳も背筋を伸ばして、緊張した面持ちで結果発表を待つ。

 「挑戦者、9点、9店、10点、トータル、28点!! 超人、9点、9点、9点、トータル27点!! よって、挑戦者、槍ヶ岳将志の勝利です!! おめでとうございます!!」

 司会の言葉と共に将志にスポットライトが当たる。
 その結果を受けて、将志は誇らしげな微笑を浮かべて礼をした。

 「……お祝い、どうしようかしら?」

 永琳はテレビを見ながら、自分の親友と呼べる人物に対する祝いの品について考えだした。
 


 そしてその翌日。
 永琳が部屋で過去の文献を確認していると、通信が入った。
 相手は買い物に出ていた将志だった。

 「もしもし、どうかしたのかしら?」

 「……主、助けてくれ……」

 「え?」

 将志は若干疲れた声で永琳に答える。
 永琳は訳が分からず、聞き返した。

 「ちょっと、どうしたのかしら!?」

 「……何故かは知らんが、人に追われている」

 その言葉を聞いて、永琳は気を引き締めた。

 「将志、追手の人数は?」

 「……今は3人だ」

 「人並みの速度で撒ける?」

 「……いや、相手はかなり足が速い上に、チームワークが良い。人間の速度では振り切れん」

 「それじゃあ……?」

 永琳はここまで聞いて、少し考えた。
 もし妖怪だとバレているなら、将志は連絡するまでもなく返り討ちにしているはずである。
 しかし、将志はそれをしていない。

 「……将志。追手の装備は何かしら?」

 「……カメラだ」

 その言葉を聞いて、永琳は一気に脱力した。

 「……取材くらい受けてあげれば?」

 「……カメラは……苦手なんだ……」

 将志は半分泣きそうな声で永琳にそう話す。
 永琳はそれを聞いて小さくため息をついた。

 「……将志、一番早い方法を教えるわ」

 「……何だ?」

 永琳の言葉に、将志は少し明るい声で方法を訊いてくる。
 それに対し、永琳はニッコリ笑って答える。

 「……諦めなさい」

 「……ぐ……」

 永琳の非情なる一言を聞いて、将志は絶望の声を上げる
 それっきり、通信は途絶えた。
 無音になった部屋で、永琳は再び文献を読み始めることにした。




[29218] 銀の槍、旅に出る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/15 23:38
 永琳達が月に移住してしばらくして、世界では人間と妖怪の対立が深刻な物になっていた。
 その切欠となった出来事は永琳達の月への移住が原因であった。
 月への移住が成功したのを切欠に、各地で人間達の月への脱出計画が練られるようになったのだ。
 それを妖怪達は見過ごすわけにはいかなかった。
 何故なら、妖怪の糧となるのはある種の信仰なのである。
 そしてその大部分を供給する人間の消失は、妖怪の消失を意味するのだ。
 妖怪達は自分達の生活を守るべく、人間を誰一人として月へ行かせまいとして、その拠点を攻撃していった。
 一方の人間達も黙ってやられるはずがない。
 人間達はある者は一人でも多くの人命を穢れのない月へ運ぶため、ある者は愛する人を守るために武器を取って妖怪に立ち向かい、散っていった。
 その戦いに善悪など存在しない。
 誰もが皆生きるために戦い、命を燃やしつくし、戦場の華と散っていった。
 そして、いつの日か戦火は世界中に広がり、多くの命を飲みこんで行く。


 後に、人妖大戦と呼ばれる戦いであった。


 かくして、世界を飲み込んだ人妖大戦が終結してから数年後。
 打ち捨てられた基地の中に、一本の槍が刺さっていた。
 その槍は穂先の中央に銀の蔦に巻かれた黒曜石の球体をあしらった、全身が銀色に光る見事な槍であった。
 数年間放置されていたにもかかわらずその槍には錆一つ見つからず、気高い輝きを放っていた。
 


 その日の空は雲ひとつなく、青白い満月の日であった。
 月の明かりは物悲しくも神秘的で、荒れ果てた基地を優しく照らし出していた。
 銀の槍も月明かりに照らされ、埋め込まれた黒曜石はかつて自分を構成していた、己が主を守るために奮戦し、見事に守り切った者の強い意志の籠った瞳の様に、誇り高い輝きを静かに放っていた。
 その輝きに答える様に月はその黒曜石を照らし続ける。
 すると、黒曜石は月の光をどんどん集めていき、強い輝きを放ち始めた。
 

 そしてその輝きが収まると、そこには銀髪の青年が現れていた。


 青年は辺りを見回し、自らの状況を確認した。
 自分の体には特に違和感は無い。
 身につけているものもいつもの通りの小豆色の胴着に紺色の袴、そして黒曜石のペンダントだ。
 違うものがあるとすれば、青年は黒い鞄を身に着けていた。
 中身を確認してみると、そこにあったのは一本の包丁であった。
 『六花』と銘打たれたその包丁は丁寧に包装されており、取り出すと再び担い手に握られることを喜ぶかのように光を放った。
 青年は自分の状況を確認し終えると、静かに目を閉じた。

 「……主」

 青年が思い浮かべたのは自らが守り通した主と呼んでいた女性のこと。
 ……主は息災だろうか。
 青年はそう考えるも、確認する手立てもないので振り払う。
 ここで、青年は主のとある言葉を思い出した。

 ――――――生き残れば絶対に救援を寄越す。

 主がそう言っていたのを思い出した青年は、静かに発射台の残骸により掛って地面に座った。
 そして、その日から青年はずっと待ち続けた。
 雨が降ろうと、雪が降ろうと、青年はそこから一歩も動くことなく、月からの迎えを待ち続けたのだ。

 その行動は無駄であると言うのに。
 正規の軍人は個人IDを登録することで生死が確認できるようになっていたのだが、当然将志にはそんなものは付いていないのである。
 よって、生存が確認できないのであるため、月からの迎えなど何億年経とうと来るはずがないのだ。
 それでも青年は待ち続けた。
 主に忠を尽くし、主を守る。
 その意志は、未だに貫かれたままだった。

 いくつもの夜を超えたとある日のこと。
 青年はいつも通り空を眺めていた。
 空は生憎の雨模様で、銀色の雲が一面を覆っていた。
 
 「……?」

 ふと、将志は何ものかの気配を感じてその方向を見た。
 それは長い間待ち続けていた中で、初めての他の存在を認知した瞬間であった。

 「……は、はは……こ、こんなことってあるんだ……」

 そこに立っていたのは一人の少女であった。
 オレンジ色のジャケットは雨に濡れており、トランプの柄の入ったスカートは擦り切れてボロボロになっていた。
 その表情は信じられないものを見たという感じであり、また雨で良く分からないが、その瑠璃色の瞳は泣いているようでもあった。

 「……愛……梨?」

 青年は自分の友人の、その懐かしい少女の名前を呼んだ。
 その瞬間、少女の手から黒いステッキが滑りおち、カランと音を立てて雨にぬれたコンクリートの地面に転がった。

 「将志君!!!」

 愛梨は将志の胸に飛び込んだ。
 将志はとっさに愛梨の小さな体を受け止める。

 「……みんな、みんないなくなっちゃった……もう誰も居ないと思ってた!!! もう誰も笑ってくれないって思ってた!!! 君がいてくれて本当に良かった!!!!!」

 愛梨は今まで溜めこんでいた感情の全てを将志に吐きだし、泣き始めた。

 「…………」

 将志はそんな愛梨をそっと抱きしめ、その全てを受け止める。
 二人は、雨が止むまでずっとそのまま抱き合っていた。




 雨が止むと、二人はお互いのことについて話し合うことにした。
 愛梨もさんざん泣いてすっきりしたのか、少し気は楽そうである。

 「……あれから何があった」

 「世界中で妖怪と人間が戦争をしていたんだ。それで、最初に人間がいなくなって、次は妖怪がどんどん消えていった。僕の周りの妖怪もみんな消えちゃったし、僕ももうすぐ消えてしまうところだったんだ。それで……消えてしまう前に君のことを見たくなってここに来たら……と言う訳さ」

 「……平気なのか?」

 「今はもう大丈夫だよ。将志君の感情が、さっきので伝わってきたから」

 そう言う愛梨は未だに将志に抱きついている。
 先ほどと違う点があるとするならば、今度は泣き顔では無くて穏やかな笑みを浮かべているところである。

 「ねえ、将志君は何をしてたんだい?」

 「……主は生きていれば必ず迎えに来ると言っていた。だから、俺はここで主を待っている」

 将志がそう言うと、愛梨は押し黙った。
 愛梨は月からの迎えが来るはずがないことを理解していたのだ。
 しかし、将志は必ず迎えが来ると信じて疑っていない。

 「……そっか……早く迎えが来ると良いね♪」

 愛梨は、そう言って将志に笑いかけた。
 
 「……ああ」

 将志はそう言って頷くと、空を眺め出した。
 雨上がりの空は、少しずつ青空を取り戻しつつあった。

 「…………」

 その横顔を、愛梨は複雑な心境で見ていた。
 このまま放っておけば、それこそ将志はこの世の果てまで主を待ち続けるだろう。
 しかし、そんないつまで経っても報われないことをしようとする最後の友達が、愛梨にはどうしても許せなかった。

 「……ねえ、将志君♪ 喉が乾いちゃったな♪」

 「……愛梨?」

 横で突然喉の渇きを訴え出した愛梨に、将志は首をかしげた。
 そんな将志の着物の袖を、愛梨はぐいぐいと引っ張る。

 「ほら、前に君が話してくれた喫茶店があるじゃないか♪ 連れてって欲しいな♪」

 「……だが……」

 将志は再び空を眺めた。
 ……もしこの場を離れた時に迎えが来ていたら……将志はそんなことを考えていた。

 「大丈夫だよ♪ あの人たちなら、きっとどこに居ても見つけ出してくれるさ♪」

 しかし、愛梨にその考えは読まれていたようだ。
 その言葉に将志は少し考えると、ゆっくりと頷いた。

 「……良いだろう。それではついてこい」

 そう言うと将志は基地の出口に向かって歩き出した。
 その後ろを、愛梨は黄色とオレンジのボールの上に乗って器用に転がしながらついて来る。
 
 「…………」

 将志は打ち捨てられた街の中を眺めながら歩く。
 妖怪が気付く前に脱出したせいか、街に襲撃の跡は見られず、昔の面影をそのまま残して佇んでいる。
 その一方で、流れる年月の中で管理する者がいなかったその街は、その年月の中で確実に風化が始まってきていた。
 綺麗だった町並みは長い年月によって少しずつ浸食をうけ、ところどころが崩れかけていた。
 そんな中で、将志は一軒のログハウスの前に立った。
 それは、いつか将志が永琳に最後のコーヒーを振る舞った時のまま、静かにその場所に建っていた。

 「……ここだ」

 「あ、ここなんだ♪ それじゃあ、おじゃましま~す♪」

 二人は思い思いに店内に入る。
 店内はところどころほこりを被っており、過ぎた時間を感じさせる。

 「……まずは掃除だな」

 「そうだね♪」

 そう言うと、将志はロッカーから、残されていた掃除用具を取り出して掃除を始めた。
 愛梨も手伝おうとして箒に手を伸ばすと、それを将志が手で制した。

 「……座って待っていてくれ」

 「何で? 二人で掃除したほうが早いと思うよ?」

 「……客に掃除をさせる店などない」

 「キャハハ☆ そう言うことなら待ってるよ♪」

 生真面目な店員に笑顔でそう言うと、愛梨は将志が掃除したカウンター席にの真ん中に座った。
 将志は慣れた手つきで掃除をし、店内の時間を巻き戻していく。

 「♪~」

 そんな将志の様子を、愛梨は楽しそうに眺めている。
 しばらくして掃除が終わり、将志は店のブレーカーを上げる。
 予備電源がまだ生きていたこともあり、喫茶店は再び息を吹き返した。

 「……ふむ」

 将志は感慨深げにうなずくと、カウンターの中に入って中にあるものを確認した。
 そこには、この店のマスターが置いていった紅茶が未開封のまま残されていた。
 試しに開けてみると、中からは紅茶の良い香りが漂ってきた。

 「……紅茶になるが、それで良いか?」

 「うん、良いよ♪」

 愛梨の返事を聞いて、将志は湯を沸かし始めた。
 お湯が沸くと、将志は二つのティーポットとカップにお湯を注ぎ、温める。
 ポットのふたが十分に温まったらそのうち一つのお湯を捨て、茶葉をいれて熱湯を注ぎ、しばらく待つ。
 最後にもう片方のポットのお湯を捨て、その中に茶漉しを使ってポットの中の紅茶を移す。
 その最後の一滴まで淹れ終わると、将志はそれを温めたカップと共に愛梨の元へ持っていった。

 「……出来たぞ」

 「うわぁ、ここからでも良い香りがするね♪」

 愛梨は運ばれてきた紅茶の香りに、顔を綻ばせた。
 将志は愛梨の横に立ち、カップに紅茶を注ぐ。
 二人分の紅茶を注ぎ終わると、将志は愛梨の隣に腰を下ろした。

 「ん~♪ 久しぶりに飲んだけど、やっぱりおいしいね♪」

 「……そうか」

 「あ、久々の笑顔、頂きました♪ やっぱり笑顔は良いね♪」

 「…………そうか」

 紅茶を飲みながら、二人は笑顔で会話をする。
 数分後、そこには空のポットとカップが置かれていた。
 将志はそれを片付けるために席を立とうとすると、愛梨が引き留めた。

 「……将志君。話があるんだ」

 「……何だ?」

 「僕を、君の傍に置かせてもらえるかい? 僕にはもう君しか残っていないんだ……もう、一人は、淋しいのは嫌なんだよ……」

 愛梨は将志の手を握り、縋るような眼で将志を見つめた。
 それに対して、将志はふっと溜め息をついた。

 「……何故ことわる必要がある? 友人とは支え合うものなのではないのか?」

 将志はぶっきらぼうにそう言うと、ティーセットを片付け始めた。
 愛梨はそれを聞いて、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。

 「ありが、とう……」

 愛梨は将志が全てを片付け終わるまで、静かに泣き続けた。




 店を出る直前、愛梨は再び将志を引き留めた。
 将志はそれに振り向き、愛梨の元へ行く。

 「将志君、君はこれからどうするつもりなんだい?」

 「……俺は生きて主を待ち続ける。今の俺が主のために出来ることはそれだけだ」

 愛梨の質問に、将志はやや強い口調でそう言った。
 その一字一句予想通りの返答に、愛梨は思わず苦笑した。

 「それは違うよ将志君♪ 君に出来ることはまだあるはずだよ♪」

 「……何?」

 「将志君、僕と一緒に旅に出ないかい? 世界を回って色々見て、それを話して君の主様を喜ばせてみたいと思わないかい?」

 首をかしげる将志に、愛梨は腕を大きく広げてそう話した。
 それを聞いて、将志は少し俯いて考え込んだ。

 「……ああ、それも良いかもしれないな」

 将志の言葉に、愛梨は嬉しそうにその場で飛び跳ねた。

 「そうこなくっちゃ♪ それじゃ、早速準備をしようか♪」

 そう言うと、愛梨は何故か店の中へ戻っていった。
 訳が分からず、将志は首をかしげる。
 しばらくすると、愛梨はコーヒーと紅茶のセットに、それを作るための水を用意してきた。

 「……それ、持っていくのか」

 「旅には楽しみが必要でしょ♪」

 「……まあ、別に構わんが」

 呆れたと言う風に溜め息をつく将志に、愛梨は笑顔でそうのたまった。
 そして持ってきたものを、愛梨は自分の乗っていたボールの中にしまい込んだ。
 ボールの中は七色に光っているような、全てが溶け合った抽象画の様な、不思議な空間になっていた。
 それを見て、将志はジッと愛梨を見つめた。

 「……それ、そんなことができたのか?」

 「ピエロは魔法使いだよ♪ これくらいならお茶の子さいさいさ♪」

 「……そう……なのか…………?」

 愛梨の発言に、流石に将志も首をかしげ、「……ピエロは関係あるのか?」と呟いた。
 それを気にした様子もなく、愛梨はそのボールの上に飛び乗った。

 「さあさあ、どんどん準備しよう♪」

 「……ああ」

 それから二人はしばらく誰も居ない、閑散とした街を歩き回った。
 途中で店を見つけては、何か使えそうなものは無いか探しまわった。

 「そ、そんなに持っていくのかい?」

 「……出来るだろう?」

 「そ、そりゃ出来るけどね?」

 ……途中、妥協と自重をしない男が金物屋やデパート跡で調理道具や、それに関係する資料をかき集めたりしたが、何とか準備は整った。
 準備を終えると、将志が寄りたいところがあると言ったので、そこに行くことにした。

 向かった先は、永琳の研究所だった。
 研究所の中には、置き去りにされた研究用の機材がいくつも残されていて、それは静かに佇んでいた。
 鍛錬を重ねてきた中庭、気絶するたびに運ばれていた医務室、愛梨と語らった台所と、将志は回っていく。
 最後に将志は永琳の私室だった場所に足を運んだ。
 そこにはもう据え置きの家具しか残されておらず、がらんどうの状態だった。

 「……主……いつか、必ず」

 将志はそこで永琳との再会を誓うと、踵を返して部屋を後にした。

 外に出ると、愛梨がボールの上に座って将志の帰りを待っていた。
 愛梨は将志が戻ってきたことに気が付くと、ボールを転がして将志の所に寄ってきた。

 「あ、もういいのかな?」

 「……ああ、もうここには未練は無い」

 「そっか♪ それじゃ、行こっか♪」

 「……ああ、行こう」

 二人は笑いあってそう軽くやりとりをかわすと、全ての始まりであった街を旅立った。
 

 ……そして、二人が旅立った街には、思い出だけが残された。


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 というわけで、将志復活。
 何で復活したかはその内やるつもり。


 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、家族に会う
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/18 04:18
 将志が愛梨と旅に出て、かなりの時間がたった。
 最初の方こそ時間を数えていたが、今はもう数えるのをやめている。

 「ガアアアアアアアッ!!」

 「……来い……!!」

 ある時点では眼の前に立つ、巨大なトカゲを相手にして、将志は槍を構えた。
 その日の夕食は、オオトカゲのステーキと相成った。
 
 「…………」

 ある時は、水中鍛錬のついでに海洋生物を狩っていた。
 ちなみにたゆまぬ鍛錬の末、将志は水中でも滅茶苦茶な機動力と攻撃力を持つようになった。
 陸海空全域対応槍妖怪とはこれいかに。

 「将志君、大丈夫?」

 「……だ、大丈夫だ……」

 ある時は、飽くなき食への探求心から未知の食材を食し、毒に当たった。
 その看病は全て愛梨の役割である。
 こいつはいつになったら自重をするのか。

 「うわぁ~♪ これは凄いや♪」

 「……ああ」

 ある時は大自然の雄大な景色に愛梨と二人で感動を覚えた。
 巨大な滝、空を覆うオーロラ、荒々しく活動する火山、生命の溢れる巨大な森など、世界の至る所を回った。

 「それじゃあ、行くよ~、将志君♪」

 「……来い」

 ある時は二人で永琳の研究所時代のように特訓をした。
 その結果、将志は弾幕を避けるだけでなく斬り払うことも覚え、愛梨は様々なバリエーションの弾幕を会得した。

 その長い旅の間、将志と愛梨はいつもどんなときも一緒だった。
 そして、それはこれからも続くのだろう。
 少なくとも、二人はそう思っていた。



 ある日、その二人きりの旅に変化が訪れた。
 その日はいつもの通り、手ごろな洞窟で一夜を過ごすことにした。

 「キャハハ☆ いっぱい濡れちゃったね、将志君♪」

 うぐいす色の髪から水を滴らせながら、愛梨は楽しそうに笑う。

 「……全く、突然の雨は困る」

 その一方で、銀色の髪から水滴を落としつつ将志がそうぼやく。
 突然の雨にぬれた二人は濡れた服を着替え、濡れた服を適当なところに広げておいた。
 将志はその日の夕食を作るべく、自分の鞄から包丁を取り出そうとした。

 「……っ!!!」

 そして、鞄の中を見て将志は眼を見開いた。

 「おや、どうしたんだい、将志君?」

 「……無い」

 「え? 何が?」

 「……包丁が、無い」

 「嘘っ!? ついさっきまであったはずだよ!?」

 「……その筈なのだが……ご覧の有り様だ……」

 将志はそう言って鞄の中身を愛梨に見せた。
 鞄の中身は、確かに空っぽだった。

 「ホントに無いや……どうするんだい? これじゃ料理は厳しいよ?」

 「……久々にやるか」

 そう言うと、将志は自分の本体である銀の槍を取り出した。

 「……将志君……君、まさか……」

 「……離れていろ」

 将志はまな板の上の食材に対して槍を向けた。
 眼を閉じ、精神を集中させると、将志は眼を見開いた。

 「……はっ!!」

 将志はまな板に槍の柄を叩きつけた。
 その衝撃でまな板の上の食材が跳ねる。

 「でやああああああああ!!!」

 その宙に浮いた食材を将志は槍の穂先で何度も切りつけた。
 槍がかすめるたびに食材は下に落ちることなく切れていき、段々と細かくなる。
 最終的に、まな板の上には賽の目に切られた食材が揃っていた。

 「……まずまずだな」

 将志は残心を取ると、まな板の上の食材を見てそう言った。
 それを呆然と見つめる瑠璃色の視線。

 「ねえ、将志君……ひょっとして包丁要らないんじゃないかな?」

 「……いや、あれがないと飾り切りが出来ない。それに、あれで切ったほうが楽だ」

 「……えっと、一応聞いとくけど、どんな切り方が出来るんだい?」

 「……一通りの切り方は出来る。イチョウ切り、小口切り、乱切り、千切り、短冊切り、この他にも基本的な切り方はこいつで出来る」

 「キャハハ☆ それは凄いや♪ それじゃあ、ご飯が食べられなくなる心配は無いね♪」

 「……ああ」

 その日二人は普通に食事を取り、少し遊んでから休息を取ることにした。



 翌朝、いつものように槍を抱えて座って寝ていた将志の肩を、揺らす影があった。

 「お兄様、お兄様、朝ですわよ?」

 「……む」

 少し低めの色香を含んだ女性の声で起こされ、将志は眼を覚ます。
 将志は立ち上がって軽く伸びをすると、いつも通り槍を振るって稽古をする。

 「……♪」

 透き通った黒い瞳からのご機嫌な視線を受けながら、将志は気にせず槍を振るう。
 しばらくしてそれを終えると、今度は朝食の準備に取り掛かる。

 「……はっ!!」

 将志は昨日と同じように槍で食材を刻み、着々と支度を進めていく。

 「すごいですわね。包丁なしでもここまで出来るものですの?」

 「……それは練習次第だ」

 質問に淡々と答えて朝食の準備を済ませ、将志は愛梨を起こしに行く。

 「……愛梨、朝だぞ」

 「う……ん……もうそんな時間か~……」

 愛梨は眠そうな目をこすりながら今日の食卓へと歩いていき、将志はその横をついて歩く。

 「来ましたわね。それじゃ、食べましょうか」

 「「「いただきます」」」

 そうして朝食が始まった。
 今日の朝食は魚のソテーに、木の実の粉で作ったパンにスープと言う、シンプルなメニューだった。

 「で、将志君♪ 今日はどこに行くのかな♪」

 「……そうだな。今日は東の方に行ってみよう。あの方角はもう長いこと行っていない筈だ。何か変わったことがあるかもしれない」

 「へえ、それは面白そうですわね」

 「……反対意見は無いのか?」

 「無いよ♪ 君と居ればどこだって楽しいよ♪」

 「私も特にありませんわ。それじゃ、早く食べて準備しましょ」

 朝食を食べながらその日の段取りを決めていく。
 今日はどうやら東の方角へ進むようだ。

 「ところで将志君♪」

 「……なんだ?」

 「君の隣の子は誰かな♪」

 そう言われて、将志は自分の隣に座っている人物を見た。

 「……(にこっ♪)」

 将志に見つめられて、少女は満面の笑みを浮かべる。

 「……誰だ?」

 将志は首をかしげた。
 その瞬間、愛梨は全身の力がガクッと抜けてずっこけた。

 「今まで分かんないで喋ってたの!? 流石にそれはどうかと思うよ!?」

 即座に立ちあがって愛梨は将志に抗議する。
 一方、件の少女はと言うと相変わらずニコニコと笑いながら将志のことを見ていた。

 「もう、酷いですわお兄様。もう数えられないくらい長い時間を一緒に過ごした私をお忘れになって?」

 「……む……ぅ???」

 微笑を浮かべたまま将志の腕に抱きつきながら、少女はそう責めた。
 しかし、そんなこと言われても将志には少女が何者なのかさっぱり分からなかった。
 将志は再び少女のことを良く見てみる。
 少女は将志と同じ銀色の髪を長くのばしていて、眼も将志と同じ黒曜石の瞳に、非常に色気のある赤い唇で顔立ちは芸術的なほど整っている。
 身長は将志よりも少し低いくらいで、160後半くらいの身長。
 スタイルは出るところはしっかり出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる、所謂スタイル抜群の人であった。
 おまけにそれでいて服装は赤い長襦袢に深緑色の帯、髪に小さな花がいくつか並んだ髪飾りと言う服装で、将志からは見えないが、何かが帯に挿してあった。

 「……ああ、そう言うことか♪」

 将志が考え込んでいると、愛梨が何か思い当たったようだ。
 愛梨は少女の所に駆け寄ると、耳元で何かをしゃべった。

 「ふふふ、正解ですわ」

 「キャハハ☆ やったね♪ そう言うことなら早く言ってくれればいいのに♪」

 「いきなり名乗っても面白くありませんわ。これくらいの余興があったほうが良いんじゃなくて?」

 「それもそうだね♪」

 いきなり仲良く話しだす二人に、将志はますます訳が分からなくなった。
 その光景を見て、少女はくすくす笑っている。

 「ヒントを差し上げますわ。ヒントは私の髪飾りですわよ」

 「……む」

 少女に言われて、将志は少女の髪飾りを注視した。
 髪飾りは小さな花が6つ円形に並んで居る髪飾りだった。
 それを見ながらしばらく考えていると、将志はとある名前に思い至った。

 「……『六花』……?」

 「何ですか、お兄様?」

 名前を呼ばれたらしい少女は、将志に対して嬉しそうに微笑んだ。
 将志はその少女の眼をじっと見つめた。

 「……お前、俺の包丁か?」

 「ええ、そうですわよ。自己紹介いたしますわ。お兄様の名字を借りるならば、槍ヶ岳 六花(りっか)。お兄様の妹であり、長年連れ添った包丁ですわ」

 そう言って、六花と名乗った少女は恭しく礼をした。
 それを聞いて、将志は更に首をかしげた。

 「……俺の妹?」

 「ああ、そう言えばお兄様はご存じないかもしれませんわね。私とお兄様は同じ刀匠が鍛えたものですわよ?」

 「そういうことか♪ でも、何で六花は将志君がお兄さんだって分かったんだい?」

 「私、お兄様の兄弟槍を見てますの。その槍とお兄様が持っている槍がほぼ一緒なんですのよ。一目見て、兄妹だって分かりましたわ」

 「……あの時、俺を選んだのか?」

 将志が言っているのはあの金物屋で包丁を買った時のことである。
 六花はそれを聞いて頷いた。

 「ええ、もちろん選びましたわ。自分の家族が妖怪になって包丁を探しているなんて、運命を感じましたもの。それに大事に扱ってくれましたし、今でもあの選択は間違っていなかったと思っていますわ」

 どこか熱の籠った視線で六花は将志を見ながらそう言った。
 それに対して、将志は更に質問を続けた。

 「……長い間残っていたと店主が言っていたが、何故だ?」

 「ああ、それは単に良い相手が居なかっただけですわ。どうも、パッとしない人ばかりでしたの。あの時、半分諦めかけていたんですのよ?」

 「……そうか」

 将志はそう言うと、食事を再開した。
 六花はそんな将志のことを、笑顔を浮かべたままジッと見つめる。

 「……冷めるぞ」

 「ふふ、それはいけませんわね。それじゃあお兄様の料理、頂きますわ」

 六花はそう言うと、目の前に置かれていた料理に手をつけた。
 ……何故ナチュラルに3人前用意してあったのかは気にしてはいけない。

 「……ん~、おいしいですわ!! お兄様の料理初めて食べましたけど、こんなにおいしいとは思いませんでしたわ!!」

 「……そうか」

 将志の料理を食べた六花は、絶賛しながら大はしゃぎした。
 初めて食べた料理がおいしかったことが嬉しいようだった。

 「キャハハ☆ そりゃあ、料理の妖怪ってあだ名が付く様な料理人だもんね♪ でも、将志君これでもまだ修業中って言うんだよ♪」

 「そうなんですの?」

 愛梨の一言に、六花は将志の方を見た。
 将志は眼を閉じ、ゆっくりと頷いた。

 「……道を究めることに、終着などない。どこまで上り詰めても、たとえ自分の上に誰も居なくなったとしても、上ろうと思えばどこまでも上ることができる。槍も料理も、俺は存在が無くなるまで修練を続けるつもりだ」

 「ひゅ~ひゅ~♪ カッコイイこと言うね、将志君♪」

 「お兄様、素敵ですわ♪」

 将志の言葉を聞いて、愛梨は笑顔ではやし立て、六花は眼を輝かせた。

 「……うるさい」

 それに対して、将志は静かにそう呟いてそっぽを向いた。



 食事が終わると、三人は食器を片づけて出る支度をした。
 荷物を愛梨のボールの中にしまい、その上に愛梨が飛び乗る。

 「ところで六花ちゃん♪」

 「何ですの?」

 「今まで聞いてなかったけど、君は本当に僕達について来るのかな?」

 愛梨はボールの上にしゃがみこんで、六花に問いかける。

 「ええ、もちろん。私はお兄様の包丁、そうでなくてもたった一人の家族ですもの」

 それに対して、六花は迷うことなく笑顔で頷いた。

 「そっか♪ 歓迎するよ、六花ちゃん♪ それと、笑顔ごちそうさまだよ♪」

 六花の返答を聞いて愛梨は嬉しそうにボールの上で跳ねた。
 その横で、将志は眼を瞑って立っていた。

 「……家族、か……」

 「どうかしまして、お兄様?」

 将志の呟きに、六花がその顔を覗き込む。

 「……いや、何でもない。では、行くとしよう」

 将志はそう言うと、前に向かって歩き始めた。

 「あ、待ってよ将志君♪」

 「おいてかないでくださいまし、お兄様!!」

 その後を、二人の少女が続いていく。
 こうして、二人で続けてきた旅に、新たなメンバーが加わった。










 「ところで、東ってあっちだよ♪」

 「……あら?」

 「……間違えたか」

 ……お後が宜しいようで。




[29218] 銀の槍、チャーハンを作る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/17 22:13
 「……む……」

 旅を続けてさらに幾年、その日の休憩所に使っている洞窟の中で、将志は中華鍋を前にして唸っていた。
 中華鍋の中には米の代用品の穀物を使った見事な試作品の黄金チャーハンが出来上がっていた。
 しかし、それを作り出した将志の顔は難しい表情だった。

 「お兄様? どうかしたんですの?」

 中華鍋を前にして腕を組んでにらみを利かせる将志に、六花が話しかける。
 それを受けて、将志は六花に対して無言で目の前の黄金チャーハンを乗せたレンゲを差し出す。

 「…………お兄様?」

 「……食べてみろ」

 しかし、六花は少しあきれたような表情を浮かべて首を横に振った。

 「違いますわ、お兄様。そういう時は、あ~んってするのですわ」

 その言葉を聞いて、将志はあごに手を当てて首をかしげた。

 「……いつも疑問に思うのだが、そういうものなのか?」

 「そういうものですわ」

 将志の質問に六花は即答した。
 それを聞くと、将志は一つため息をついて再びレンゲを差し出す。

 「……あ~……」

 将志はレンゲを差し出しながらそう声を出した。
 ちなみにこの男、これがどんな行動だか欠片も分かっていない。

 「あ~ん♪」

 それを見て、六花は大層嬉しそうに笑ってレンゲの上のチャーハンを食べた。
 口の中でパラリと解け、程よい塩味と深い味わいが口の中に広がった。

 「……お兄様、この黄金チャーハン普通においしいですわよ? 何を悩んでいるんですの?」

 「……このチャーハン、火の通りが少し甘い。今使っている火では弱い」

 「そうなんですの?」

 「……ああ」

 将志はそう言うと再び腕を組んで唸り始めた。
 すると、そこに鈴の音のような澄んだ声が聞こえてきた。

 「あ♪ 将志君チャーハン作ったんだ♪ ねえねえ、僕にもくれないかな?」

 愛梨は瑠璃色の瞳をキラキラと輝かせて将志にそう尋ねた。

 「……良いぞ」

 将志はそういうと、レンゲでチャーハンをすくって愛梨に差し出した。

 「……あ~……」

 ……この声付きで。

 「あ、あ~ん♪」

 突然の将志の行動に一瞬戸惑ったが、愛梨はすぐに持ち直してチャーハンを食べた。

 「……どうだ?」

 「え~っと、おいしいんだけど、前に将志君が作ってたチャーハンはもっとおいしかった気がするよ♪」

 「……やはりな……」

 将志が感想を訊くと、愛梨は少し赤い顔で答えた。
 それを受けて、将志は再び考え込んだ。

 「お兄様のチャーハンって、これよりもおいしいんですの?」

 「うん♪ びっくりするほどおいしいよ♪ あんなチャーハンまた食べたいな♪」

 愛梨はうっとりとした表情で将志が以前作っていたチャーハンに思いを馳せた。
 六花はその様子を羨ましそうに見つめた。

 「……食べてみたいですわ、そのチャーハン……」

 「……だが、さっきも言ったとおりそのチャーハンを作るには火力が足りない。何らかの方法で火力を補わなければ最高の味は出せん」

 「妖力で炎は出せないんですの?」

 「……炎を出しながら料理をするのは難しい。それに、俺はそういった妖力の使い方は苦手だ」

 「残念ながら、僕もあんまり得意じゃないんだよね……失敗すると、鍋が溶けちゃうんだ♪」

 「うっ……お二人のどちらかが出来るかと思ってましたのに……」

 それから三人はしばらくの間なにか良い方法がないか考えていたが、なかなか良い案が出てこない。
 結局考えはまとまらず、三人はとりあえずの行き先を決めて歩き出そうとした。
 すると、目の前にあるものを見つけて一行は止まった。

 「……使えそうか?」

 「うまくいけば使えるかもね♪」

 「少なくとも私達が火をおこすよりは良いと思いますわよ?」

 三人の目の前にあるのは、もくもくと噴煙を上げる活火山だった。
 どうやら、溶岩を火の代わりに使おうという算段のようだ。

 「……行くか」

 「うん♪」

 「行きましょう」

 こうして、何も具体的なことを言わずとも即座に次の行動が決まるのだった。



 「……ふっ、はっ!!」

 将志は跳ぶようにして火山を登っていく。
 妖怪の中でもずば抜けた脚力を持つ将志は、あたりの景色を次々と置いてきぼりにしていく。

 「うわぁ~、相変わらず速いね、将志君♪」

 「ちょっとお兄様!! あんまり置いてかないで欲しいですわ!!」

 その後ろからボールに乗って飛んでくる愛梨と、普通に空を飛ぶ六花が追いかけてくる。
 しかし将志の足は速く、どんどんと差がついていく。

 「聞こえてないみたいだね♪ 六花ちゃん、少し僕に掴まっててくれるかい?」

 「え? ええ、分かりましたわ」

 六花が愛梨に掴まると、愛梨は六花を自分が乗っているボールの上に乗せた。

 「よ~し、それじゃあ、いっくよ~♪」

 「え、きゃああああああああ!?」

 愛梨はそういうと、乗っているボールを地面に落とした。
 突然の落下する感覚に六花は愛梨にしがみつく。

 「せーの、それっ♪」

 そして着地する瞬間、愛梨はボールに溜めていた妖力を爆発させた。
 その勢いで、ボールはものすごい勢いで上に登って行く。

 「いやああああああああああ!?」

 今まで体験したことのない速度に、六花は悲鳴を上げる。
 愛梨はそれを敢えて無視して、同じ行動を何回も繰り返した。
 その結果、愛梨達は将志に追いつかんばかりの速度で山を登っていった。

 

 「……この辺りか」

 「キャハハ☆ 着いたよ、六花ちゃん♪」

 「や、やっと着きましたわ……」

 将志達は火口に着くと、料理に使えそうな溶岩が無いか捜索を始めた。
 ただし、フラフラの状態の六花はしばらくの間休憩を取ることになった。

 「……六花に何をした?」

 「ちょっとね♪ 六花ちゃんを乗せて全速力出したから♪」

 将志は愛梨と一緒に溶岩を探す。
 しかしどれもこれも冷えていて、目的を達成できそうなものは無かった。

 「……無いな」

 「……そうだね……」

 二人は場所を変えながら使えそうな溶岩を探していく。
 そんな中、突然地面が揺れ始めた。

 「わわわ、これはひょっとするかな?」

 「……来る」

 将志達が身構えたその時、轟音を響かせて火山が大爆発を起こした。
 溶岩が空高く吹き上がり、黒い煙が空を覆った。

 「うわぁ、噴火した!!」

 「……一度退くぞ!!」

 将志はとっさに愛梨を抱えて走り出した。
 空から降ってくる火山弾を躱しながら、将志は六花のところまで一気に駆け抜ける。

 「お兄様、どうしますの!?」

 「……一度安全なところまで退避して、それからもう一度探す。とにかく今は逃げるぞ」

 「わかりましたわ!!」

 三人揃って、一度安全なところまで下山し、活動が沈静化するのを待つ。
 しばらくすると揺れも収まり、火山の活動も穏やかになってきた。

 「……そろそろ大丈夫か?」

 将志はそう言いながら山の頂上を見る。
 頂上では勢いよく吹き上がっていた溶岩もなりを潜め、噴煙も少なくなっていた。

 「大丈夫そうだね♪ 行ってみよう♪」

 「そうですわね」

 「……行くか」

 三人はそう言うと、再び火口を目指すことにした。

 「……っと、その前に将志君♪」

 「……何だ?」

 突然声をかけられ、将志は愛梨のほうを向いた。
 愛梨は人差し指を立て、口元に当てて、

 「君は走ると僕達を置いてっちゃうから、僕より前に行っちゃダメだよ♪」

 と、将志に注意した。

 「……む」

 全力で山を駆け上って鍛錬をしようとしていた将志は、どこと無く不満げな顔で頷いた。





 「……これは……」

 「真っ赤だね♪」

 「これなら大丈夫そうですわね」

 火口に行ってみると、先ほどの噴火によって飛ばされてきた赤い溶岩がところどころに落ちていた。
 その周囲は、都合がいいことに歩いて近づける場所が沢山あった。

 「……始めるか」

 将志はおもむろに調理道具を広げ、料理を始めた。
 中華鍋に油を引いて溶き卵を流し込み、それが固まる前にあらかじめ炊いた米をいれてサッと絡める。
 その中にほかの具材を投下し、溶岩の強火ですばやく炒める。

 「……完成だ」

 将志はそう言って出来たチャーハンを皿に盛って、一人一皿ずつ配った。

 「わ~い♪ いただきます♪」

 「それじゃあ、いただきますわね」

 「……ああ」

 三人はそう言ってそれぞれにチャーハンを口に運んだ。

 「ん~♪ これこれ!! これが将志君のチャーハンだよね♪」

 「っ!? この前のとは段違いに、本当に驚くほどおいしいですわ!!」

 「おおおお、俺こんなにうまい飯初めてだああああああ!!!」

 「……そうか」

 感想を聞いて、将志は薄く笑顔を浮かべて頷いた。

 「「…………」」

 その一方で、愛梨と六花は口にレンゲをくわえた状態で固まっている。

 「うおーっ、うめええええええ!! 兄ちゃんお替り!!」

 「……了承した」

 「「ちょっと待ったあああああああ!!!」」

 何の疑いも持たずにお替りをよそおうとしている将志に、二人が待ったをかけた。
 将志は訳が分からないといった表情で二人を見た。

 「……どうした?」

 「どうしたもこうしたもありませんわ!! どうみても一人増えてますわよ!?」

 将志は慌てふためく六花にそう言われて、辺りを見回した。

 「お~い、兄ちゃ~ん。お替りまだか~?」

 お替りを催促する声を聞いてそっちを向くと、そこには炎のように赤い髪をくるぶしまで伸ばし、真っ赤なワンピースを着た小さな少女が立っていた。
 少女は空の皿を両手で持って、オレンジ色の瞳でじ~っと将志の事を見ていた。

 「……誰だ?」

 「いやいや、最初の時点で気付こうよ!? ていうか前にもあったよね、こんなこと!?」

 将志の一言に愛梨が全力でツッコミを入れる。
 それに対して、将志はただ首を傾げるばかりだった。

 「おうおう、俺が誰かって? 俺は炎の妖精、アグナ様よ!! 分かったか!? 分かったな、良し!!」

 アグナと名乗る少女はそう言うとえっへん、と胸を張った。
 よく見ると、足元からは炎が噴き出していて、少女が言っていることが本当であるっぽいことが分かる。

 「……炎の妖精?」

 「おうよ!! 『熱と光を操る程度の能力』でちょっとした暖房代わりから森を一瞬で焼き尽くす炎まで、何でもござれよ!! そんなことよりお替りだ!!」

 アグナはそう言いながら小さな体で一生懸命伸びをしながら将志に皿を渡そうとする。

 「……すまん、もう鍋が空だ。お替りがない」

 将志が鍋の中を確認してそういうと、アグナはカッと眼を見開いた。

 「そんなわけあるか!! あると思えばそこにあるんだ、あきらめるのはまだ早いだろ!! もっと熱くなれよおおおおおおお!!!!」

 「……うおっ!?」

 アグナはそう叫ぶと、足元から巨大な火柱を噴き上げた。
 将志は即座にその場から退避した。

 「……俺の分ならあるが……」

 将志がそう呟くと、アグナは火柱をあげるのをピタッと止めた。

 「本当か!?」

 「……いるか?」

 「いる!!」

 瞳をキラキラと輝かせながらアグナは将志に元気よく返事をした。
 将志は自分の皿を手に取ると、レンゲでチャーハンをすくってアグナに差し出した。

 「……あ~……」

 ……やっぱりこの声付きで。

 「ふおおおっ!? 何だこれは、俺をナンパしてるのか!? むむむ、俺に目をつけるとは見所がある、しかも初対面でこの度胸、うん、気に入ったぞ、兄ちゃん!!」

 アグナは顔を真っ赤にしてそう一息でまくし立てると、将志のレンゲを差し出す手をがしっと小さな両手で握った。

 「じゃあ、ありがたくいただくぞ!! はむっ♪」

 アグナは将志の両手をしっかりと掴んだまま、差し出されたレンゲに食いついた。
 小さなアグナが将志のレンゲを小さな口でほお張るその姿は、えさを食べている小動物を連想させた。

 「「(あっ、かわいい……)」」

 その姿をどうやら二人の見物客は気に入ったらしかった。

 「むぐむぐ……んっく、よし次だ!!」

 「……あ~……」

 「はむっ♪」

 将志はアグナにチャーハンをどんどん食べさせていく。
 アグナは満面の笑みを浮かべてどんどん食べる。
 なお、チャーハンを口に運ぶたびにアグナは将志の手を逃げないように両手で捕まえている。
 その様子を、残る二人はジッと見ていた。

 「ねえねえ、そういえば将志君があ~んってやってるのはどうしてなのかな♪」

 「……む? そういうものではなかったのか?」

 愛梨の質問に将志はアグナに食べさせながら首をかしげた。

 「ちょっと違うと思うよ♪」

 「……六花はそういうものだと言っていたが」

 「……六花ちゃん?」

 「ちょ、ちょっとしたお茶目でしたの、オホホホホホ……」

 愛梨が六花のほうを向くと、六花は眼をそらし、乾いた笑みを浮かべながらそういった。

 「まあ良いけどね♪ 笑顔があればそれで良し、だよ♪」

 「……そうか」

 笑顔を見せる愛梨の言葉に、将志は頷いた。

 「それはそうと、何で皿ごと渡さなかったんですの?」

 六花の言葉に将志とアグナは食事を中断した。
 そして、六花のほうを見て、チャーハンの入った皿を見て、お互いの顔を見合わせた。

 「「……あ」」





 「ふぃ~……食った食ったぁ!! ごっつぁんです!! めちゃくちゃうまかったぜ!!」

 「……そうか」

 食事が終わると、将志は空になった食器を片付け始めた。
 将志が片付けている最中、アグナが寄ってきた。

 「おう、兄ちゃん!! そういや兄ちゃんはこんなところに何しに来たんだ?」

 「……チャーハンを作りにきただけだ」

 威勢よく声をかけるアグナに、将志は淡々と事実を告げる。
 すると、アグナは大げさなまでに驚いた。

 「おおう!? あれを作るためだけにこんなところまで来たのかよ!? そりゃまた何でだ?」

 「……手持ちの道具では火力が足りん。あれを作るには強い火が必要だった」

 「なるほどねえ……」

 アグナはそういうと、何か考えるような仕草をした。
 少しすると、アグナはポンッと手をたたいた。

 「そうだ!! 兄ちゃん達、俺も一緒に連れてっちゃくれねえか? 強い火が必要なら、俺は役に立つぜ? もちろん、加減した火だって出せるがな!!」

 「……願っても無い話だが、良いのか?」

 「良いってことよ!! ここは住み心地はいいが、飯がねえし、その上まずい。だったら、兄ちゃん達についてってうまい飯にありついたほうがずっと良いってもんよ!!」

 アグナが威勢よくそう言い終わると、将志は愛梨と六花の顔を見た。

 「……愛梨、六花……」

 「私には反対する理由はありませんわ。賛成する理由ならありますけど」

 澄ました笑顔で六花は賛成票を入れる。

 「キャハハ☆ これでおいしいご飯が毎日食べられるんだから僕としては万々歳だよ♪ 笑顔もかわいいし、ぜひとも連れて行きたいね♪」

 愛梨は太陽のような笑みを浮かべてOKサインを出した。
 その二つのサインを見た将志は笑みを浮かべて、

 「……そういう訳だ。これから宜しく頼む」

 といってアグナの頭を撫でた。

 「よっしゃあ!! うおおおおお、燃えてきたあああああああ!!!」

 アグナが眼に炎を宿らせて熱くそう叫ぶと、再び火山の火口に巨大な火柱が立った。



 ……その中央付近に、煤がついた銀の槍があるような気がするが気にしてはいけない。


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 オリキャラ4人目。
 アグナの大きさはチルノよりも更に小さい、てかぶっちゃけ見た目幼女。
 さて、次回は2人目の原作キャラが出てきます。


 そんなこんなで、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、月を見る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/18 22:16
 アグナが一行に加わってから、また長い年月が過ぎた。
 将志達は相変わらず世界中を飛び回っていた。
 そうやって世界を旅している内に、世界はどんどんと変遷して行った。

 「……む……もう材料がなくなったか……」

 「きゃはは……星が降ってきてから一気に食事が出来なくなったね……」

 「ぬおおお……腹減ったああああああ!!!」

 「叫んでも火柱を上げても無い物は無いんですわ……」

 隕石が落ちてきて、食糧難に陥った事もあった。



 「……せいっ!!!」

 「キャハハ☆ 晩御飯ゲットだね♪」

 「おっしゃあああ!!! 今日の飯は焼肉だああああ!!!」

 「きゃあ!? ちょっとアグナ!! 突然火柱を上げないでくださる!?」

 「おお、わりぃわりぃ」

 氷河期の雪原でマンモスを狩ったりした事もあった。



 「……ぐふっ……」

 「お兄様……道端に生えているキノコを興味本位で衝動的に食べるのはどうかと思いますわよ……」

 「キャハハ☆ いつもの事だから仕方がないさ♪」

 「どうした兄ちゃん!! 毒にあたったくらいなんだって言うんだよ!! その気になれば毒なんて平気だって!! もっと熱くなれよおおおおおおおお!!!!」

 「……こっちも平常運転ですわね……」

 暖かくなって、新しく現れた植物やキノコを食べて中毒を起こすこともあった。
 つくづく学習しない男である。
 


 そうやって過ごしている間に、一行はとあることに気が付いた。

 「……久々に見たな……」

 「うん……僕もだよ♪」

 「最後に見たのはいつでしたっけ……」

 「何だ何だ? ありゃ何かの家か?」

 一行の前には、簡単な作りの家が並ぶ集落があった。
 その集落の真ん中には、宵闇を照らし出す炎が揺らめいていた。
 そこには、直立二足歩行をする生物が集団で生活していた。
 そう、人間が再び姿を現したのだ。

 「…………」

 将志はその集落を見た後、空を眺めた。
 その黒曜石の瞳には、青白く輝く月が映っていた。
 将志の表情は無表情だったが、どこか淋しげに見えた。

 「ん? どうしたんだ、兄ちゃん?」

 そんな将志を見て、赤く長い髪の炎の妖精が首をかしげた。
 それに対して、六花は少し悲痛な面持ちになった。

 「……月に、お兄様の大切な人が居るんですの」

 「そうなのか? 兄ちゃんに俺達の他にダチが居るってのは初耳だぞ?」

 「友達じゃありませんわよ。お兄様にとってはもっと大事な誰かですわ」

 「ぬうううう……俺にはわからんぞ……」

 頭から黒い煙を出しながらアグナは唸る。
 そんなアグナの前に、六花はしゃがみ込んで頭をなでた。

 「大丈夫ですわよ、私にも分かりませんもの。分かるのは、お兄様とその相手だけですわ」

 「むぅ……」

 六花の言葉に、アグナは納得がいかないといったように頬を膨らませた。


 その一方で、空を見上げる将志のところに愛梨が近寄った。

 「将志君♪」

 愛梨が声をかけると、将志はその方を向いた。

 「それっ♪」

 「……っ!?」

 それに対して、愛梨はにっこりと笑って差し出した手のひらから強烈な光を発した。
 突然の閃光に、将志はとっさに腕で眼を覆った。

 「キャハハ☆ びっくりしたかな、将志君♪」

 「……何のつもりだ?」

 「君、主様のこと考えてたでしょ? だったら、もっと笑わなきゃ♪」

 どことなく暗い雰囲気の将志に、愛梨は笑いかける。
 将志は愛梨の言葉の意味が分からずに首をかしげた。

 「……何故だ?」

 「だって、将志君のお話だと主様はまだ生きてるんだよね? それなら、会おうと思っていればいつかは会えるよ♪」

 「……そういうものか?」

 「そういうものだよ♪ だって、不可能じゃないんだからさ♪」

 優しい口調で愛梨は将志にそう声を投げかける。
 それを聞いて、将志はふっとため息をついた。

 「……そうか」

 「それに、将志君ひどいよ? 僕も六花ちゃんもアグナちゃんも居るのに、そんな淋しそうな顔するなんてさ♪」

 少し拗ねたような表情を浮かべる愛梨に、将志は微苦笑した。
 それは苦笑いであったが、どこかすっきりした表情だった。

 「……それはすまんな」

 「謝るんならみんなに謝んなきゃね♪ お~い、みんな~!!!」

 「……む?」

 愛梨は大声で六花とアグナを呼び寄せた。
 その声を聞いて、赤い服を着た二人組みがやってくる。

 「どうかしましたの?」

 「呼んだか、ピエロの姉ちゃん?」

 「将志君、僕たちが居るのに淋しかったみたいだよ♪」

 「……いや、実際に淋しかったわけでは……」

 「あら……それは頂けませんわね……」

 愛梨の言葉に訂正を入れようとするも、その前に六花が反応した。
 六花は将志の背後に回ると、少し強めに抱きついた。
 
 「ひどいですわ、お兄様。淋しいのでしたら言ってくれれば宜しかったのに……」

 六花は吐息がかかる様な距離に赤く艶やかな唇を持っていき、そう囁きかけた。

 「……別に淋しかったわけではない……ただ淋しそうな顔をしていると言われただけなのだが……」

 「それも同じことですわよ? そういう訳で、今日は私がお兄様に添い寝してあげますわ♪」

 「……好きにしろ」

 それに対し、将志はいろいろ当たっているにもかかわらず顔色一つ変えずにそう答える。
 そんな将志の反応を見て、六花はため息をついた。

 「はぁ……その返し方は少し冷たすぎますわ、お兄様。かわいい妹の申し出なんですのよ?」

 「……それはすまん」

 「む~……」

 そっけない態度を指摘されて将志は謝るが、六花はそれでも面白くなさそうな顔をしていた。

 「……あむっ」

 「……っっっっ!?」

 六花は将志の耳をおもむろに甘噛みした。
 突拍子の無い行為に、さすがに将志も背中をぞくりと震わせた。
 その反応を見て、六花は満足そうに笑った。

 「ああ、やっと反応してくれましたわね、お兄様」

 「……お前は何がしたいんだ?」

 「別に何でもないですわ。愛情表現を兼ねて少しからかってみただけですわよ」

 六花はそういうと、呆れ顔の将志から離れていった。
 そんな六花に、愛梨が話しかけた。

 「六花ちゃん、あれはやり過ぎなんじゃないかな♪」

 「愛梨、お兄様は手ごわいですわよ。私が思ったとおりの反応をしてくれませんわ」

 「というより、あんなからかい方どこで覚えたんだい?」

 「店に居たときに見た、仲の良いカップルを参考にしましたわ」

 「きゃはは……普通、兄妹でそんなことしないと思うけどなぁ……」

 六花の発言に、愛梨は乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。
 
 「なあ、兄ちゃん。兄ちゃん、淋しいのか?」

 そんな二人を尻目に、アグナが将志に話しかけていた。
 将志はそれに対して首を横に振った。

 「……いや、淋しいわけではない」

 「何だ、そんなら何も問題ねえな。そんなことより腹減っちまったぜ!! という訳で、兄ちゃん飯!!」

 元気いっぱいのアグナの一言に、将志は思わず笑みを浮かべた。

 「……了承した。アグナ、火は任せるぞ。六花、包丁を貸してくれ。愛梨、テーブルのセットは頼んだ」

 「合点だ、兄ちゃん!!」

 「了解ですわ、お兄様」

 「おっけ♪ 任されたよ♪」

 そういうと、将志は料理を始めた。
 その日の調理風景はいつもより気合が入ったものになった。
 料理が出来るにしたがって、周囲には料理の良い匂いが漂い始めた。

 「……出来たぞ」

 「それじゃ、食べよっか♪」

 「頂きますわ」

 「うおおお、腹減ったぁー!!」

 「ふむ、ウワサに違わず旨そうだな」

 テーブルの上に並んだ色とりどりの料理を見て、全員用意された席に着いた。
 席に着くと、それぞれ思い思いに料理を食べ始める。

 「確かに評判どおり、いや、想像以上に旨い……この料理はなんて言うのだ?」

 「……料理の名前など特に決めてはいないが……名前が必要なのか?」

 「必要であろう。名前があればその料理の説明が楽になるであろう?」

 「……ふむ、確かにそうかも知れん」

 「そうかも知れん、ではなくそうなのだ。しかし、聞いていた以上にこの味は良い……我が食した中でも五本指に入る旨さだ」

 「……そうか」

 他愛も無い話をしながら、それぞれ食事を続ける。
 そんな中、ふと将志が食事の手を止めた。

 「……ところで……お前は誰だ?」

 「……何故その質問が会話の最初に来ないかが我には不思議でならない……」

 将志のあまりに今さらな質問に、質問された人物はがっくりと脱力した。  

 「我が名は八坂 神奈子。大和の神の一柱なり」

 注連縄を背負った神は気を取り直してそう名乗った。
 将志はそれを聞いて首をかしげた。

 「……その神が、いったい何の用だ? 食事だけというのならば別にかまわんが」

 「驚きもしないとは、ずいぶんと肝が据わっておるな」

 「……神ならばこれまでにも何度か会ったからな。現にいくつかの神はまれにこの場に顔を出す。それ故、またどこぞの神が食事に来たのかと思ったのだが……」

 「……道理で頼んでも無いのに我の分の食事が並んだわけだ……しかし、幾らなんでも初対面の相手と誰も何の疑問も持たずに食事をするというのは……」

 神奈子はそう言って同席している者を見回した。

 「キャハハ☆ それが将志君だから♪」

 「正直、もう慣れましたわ」

 「飯がうまけりゃそれで良し!!」

 神奈子の質問に、愛梨は満面の笑みで答え、六花は苦笑いと共に返し、アグナは威勢よく言い切った。

 「……だそうだが」

 「……もう良い、貴方達としゃべってると威厳を保つのが馬鹿らしくなってきたわ」

 将志達の言葉を聞いて、神奈子は頭を抱えた。

 「……悩んでいるようだが、どうかしたのか?」

 「誰のせいで頭抱えてると思ってるのよ!?」

 神奈子に言われて、将志はあごに手を当てて考えると、

 「……誰だ?」

 と、首をかしげながらそう答えた。
 なお、将志は本気で考えた末にその結論を出している。
 この男、ピンポイントでアホになるときがあるため困る。

 「自分だって言う答えに何故たどり着けないのよ……」

 神奈子はそう言うと、テーブルの上にぐったりと伸びた。

 「……修行が足りませんわね。お兄様の話相手をするにはコツがありましてよ?」

 六花は優雅にスープを口に運びながらそう言った。
 神奈子はそれを聞いて、顔を上げた。

 「そのコツって何?」

 「細かいことを気にしないことさ♪」

 「……………………」

 愛梨のアドバイスに、神奈子は沈黙するしかなかった。
 神奈子はその場で首を振り、目の前に置かれたスープを飲んだ。
 そして一息ついてから、将志に向き直った。

 「槍ヶ岳 将志!! 貴方に頼みがある!!」

 今までの醜態を振り払うように神奈子は大声で叫んだ。
 将志はそれを自然体で聞き入れる。

 「……何だ?」

 「次の宴会で料理を作ってほしい!!」

 神奈子の言葉に、将志は首をかしげた。

 「……何故神が俺に宴会の料理を依頼する?」

 「今、夜になっているわね?」

 神奈子はそういって空を指差した。
 空は満天の星空で、その中心に見事なまでの満月が浮かんでいる。
 誰が見ても、見紛う事なき夜の姿であった。
 将志はそれを見てこくりと頷いた。

 「……ああ」

 「これ、当分の間夜明け来ないわよ」

 「……何故だ?」

 「うちのところの引きこもりが引きこもったせいよ。あれが出てこないと朝は来ないわ」

 そこまで聞くと、将志は納得したように頷いた。

 「……成る程、それでおびき出すために宴会をするから、その料理を作れというわけだ。しかし、何故俺なのだ?」

 「なに、知り合いの神が旨い料理を食わせる妖怪が居ると言っていたのよ。だから試しに来てみたのだけれど、想像以上だったわ。これなら宴会を盛り上げることも出来るわ」

 「……別に俺でなくとも料理の上手い奴はいるだろう?」

 「それが、今までの料理担当者が過労で倒れてね。その代役を探してるのよ。駄目かしら?」

 神奈子はそう言うと将志の返答を待った。
 一方の将志は、あごに手を当てた状態で愛梨達に目配せをした。

 「キャハハ☆ いーじゃん、将志君♪ やってあげようよ♪ 神様に混じって大騒ぎできるなんて滅多にないしさ♪」

 「私はお兄様に任せますわ」

 「俺はうまい飯が食えるなら何でも良いぞ!!」

 三人の回答を聞くと、将志はふっと一息ついた。

 「……良いだろう、引き受けた」

 「ありがとう、助かるわ。それじゃ、これから案内するからついて来なさい」

 しかし、誰もついてこようとしない。
 その様子に、神奈子は首をかしげた。

 「……どうかしたのかしら?」

 「ちょいちょい、姉ちゃんよぉ、せめて飯ぐらい食わせてくれねえか? 残していくのはもったいねえぞ?」

 不満げなオレンジ色の瞳で見られて、神奈子はあっと声を上げた。

 「それもそうね。それじゃ、ゆっくり堪能させてもらうわよ?」

 「……そうするが良い」

 神奈子はそう言うと、食事を再開した。
 料理を口に運ぶと、口の中に程よい塩味と魚の旨味が絶妙のバランスで広がっていく。

 「……やはり、おいしいわね。言葉が見つからないわ」

 「……そうか」

 おいしい料理に神奈子は思わず笑みをこぼし、それを見て将志もつられて笑う。

 「キャハハ☆ 神様と親友の笑顔いただきました♪ 良い笑顔だよ、二人とも♪」

 「そ、そう?」

 「……そうか」

 楽しそうな愛梨の言葉に神奈子は戸惑ったように頬を染め、将志は目を閉じて視線を切った。


 こうして穏やかに食事の時間を済ませた後、将志達は神奈子に連れられて宴会場に行くことになった。

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 というわけで、ガンキャノンだの色々言われているオンバシラ様のご光臨。
 いきなり将志に大ボケをかまされて机に沈みました。
 次回は宴会の話です。


 そんなこんなで、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、宴会に出る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/20 23:45
 将志達が宴会場に行くと、そこには大勢の神が屯していた。
 宴会場は周囲を森に囲まれており、その中央が少し盛り上がっていて舞台のようになっていた。
 そのすぐ隣には大きな岩の戸があり、どうやらその中に引きこもっている神がいるようだ。
 そんな彼らに対して、神奈子は声を上げた。

 「おーい、料理人代理を連れてきたわよ!!」

 その声に、神達は一斉に将志達を見た。

 「あ、あいつはこの間の料理妖怪じゃないか!?」

 「おお、それならば今日の料理は期待できるぞ!!」

 「料理妖怪来た、これでかつる!!」

 将志の姿を見た瞬間、神々の間から歓声が上がる。
 どうやら、将志は完全に料理の妖怪という認識になっているようだった。

 「……貴方、ずいぶんと人気あるわね」

 「……俺は食事を作っていただけなのだがな……」

 あまりの熱狂振りに神奈子は思わず将志を見る。
 それに対して、将志は肩をすくめて首を横に振った。

 「ところで、いつから宴会を始めるつもりなのかな♪」

 「料理が出来次第はじめるつもりよ。それがどうかしたかしら?」

 愛梨の質問に神奈子が答えると、連れられてきた一行はくすくすと笑い出した。

 「……何よ、何がおかしいのよ?」

 「いいえ、そういうことなら宴会の時間を繰り上げることをお勧め致しますわ」

 「おおよ、兄ちゃんはこういうときの料理は作るのを見るだけで楽しいもんな!!」

 ムッとした神奈子に、六花とアグナが笑いをかみ殺しながらそう言った。
 その横で、将志は着々と料理の準備を進めていく。

 「……神奈子、材料はどこにある?」

 「材料ならあそこにあるわよ。大体の料理は作れるはずだから、期待してるわ」

 「……ところで、宴会料理で良いのだな?」

 「ええ、いいわよ」

 「……了解した」

 将志は用意された食材をどんどん調理場の横に運び始めた。
 全てを運び終わると、将志は布に包まれた槍を手に取った。
 それを確認すると、愛梨が将志の立つ調理場の前に立った。

 「さあさあ、よってらっしゃい見てらっしゃい!! これからこの料理の妖怪が料理を始めるよ♪ たかが料理と思っちゃダメだよ? きっと見ないと損するよ♪ それじゃあ将志君、よろしく頼むよ♪」

 「……始めるか」

 愛梨が高らかに口上を述べると、将志は槍に巻いた布を取り払った。
 突然の将志の行動と現れた銀の槍に、会場がどよめいた。

 「……はっ!!」

 将志は槍をまな板に叩きつけ、宙に浮いた食材を槍で刻み始めた。
 長い槍を手足のように扱い、食材を欠片も落とすことなく正確に切り刻んでいく。
 その流れるような銀の軌道は、見るものの目を惹きつけた。

 「……アグナ!!」

 「合点だ、兄ちゃん!!」

 将志が合図すると、アグナは中華鍋の下に火をつけた。
 それを確認すると、将志は刻んだ食材を高々と上に跳ね上げた。
 その間に中華鍋に油を敷き、準備を整える。

 「……ふっ!!」

 その中華鍋で落ちてきた食材を受け止め、すばやく炒め始める。
 途中で香り付けのために酒を加えると、中華鍋から大きな火柱が立った。

 「これはすごいわね……」

 将志が料理をしている光景を見て、神奈子は思わずそう呟いた。
 周りでは、神々が食い入るように食材が宙を舞い踊るその光景を見つめていた。

 「……六花!!」

 「準備なら出来てますわ、お兄様!!」

 将志の呼びかけに六花が応える。
 六花の目の前には、空の大皿が置かれていた。

 「……せいっ!!」

 それを確認すると、将志は中華鍋を大きく振った。
 すると、中華鍋の中の料理が高々と空に飛び上がった。

 「え?」

 その様子を神奈子は呆然と見届ける。
 他の神々も突然の事に声も出ない様子だった。

 「……一品目、完成だ」

 将志がそう言った次の瞬間、空の皿に狙い澄ましたかのように料理が降って来た。
 それと同時に、辺りにはその料理のいい匂いが立ち込めた。

 「お……おおおおお!? こいつはすげえ!!」

 「芸術的だ!!」

 「しかもうめええええええ!!!」

 次の瞬間、全体から一気に歓声が上がった。
 それを受けながら、将志は二品目に取り掛かる。
 その曲芸料理が出来るたびに会場は盛り上がっていった。

 「キャハハ☆ さっすが将志君♪ よーし、僕も負けてらんないよ♪ 全員ちゅうもーく!! ここから先は僕がみんなを笑顔にする番だよ♪」 

 そんな将志に触発されて、今度は愛梨が芸を披露する。
 愛梨は大玉の上に乗ると、手にした黒いステッキを上に投げた。
 ステッキは赤、青、黄、緑、桃の五色の玉に変化して愛梨の手元に落ちてきた。

 「それじゃあ、いっくよー♪」

 愛梨はそう言うと大玉を転がしながらジャグリングを始めた。
 準備運動代わりに会場の周りをぐるりと一周回ると、愛梨は大玉に乗ったまま部隊の上に飛び乗った。

 「ハイッ、それじゃあ今度は上に投げた玉をくるっと一回回ってからキャッチするよ♪ 3,2,1,それ!!」

 愛梨はそういうと5つの玉を全て上に高々と上げ、その場で一回転した。
 ただし横回転ではなく、バック宙で。

 「よっととと!!」

 大玉の上に着地し、落ちてくる玉を全てキャッチして再びジャグリングを始める。
 その一連の動作は危なげなく、それでいてどこかコミカルな動きで行われた。

 「ふぅ~……ハイッ、無事成功したよ♪ みんな、拍手をお願いするよ♪」

 愛梨がそういった瞬間、観客から盛大な拍手が聞こえてくる。

 「ありがと~♪ みんなの笑顔が見れて、僕うれしいよ♪ よーし、僕、みんなのためにはりきっちゃうぞ♪」

 それから愛梨は次から次へと技を繰り出して行った。
 中には大玉の上で逆立ちした状態で行う技や、玉が消えたり増えたりする不思議な技があった。
 それらの技が成功するたび、観客からは拍手が響いてくる。
 そして最後に、愛梨は5つの玉を全て上に高く投げて元の黒いステッキに戻し、それをキャッチすると大玉の上から飛び降りた。

 「ハイッ、これで僕の演技は全部だよ♪ 楽しんでくれたかな? みんな、最後まで見てくれてありがとうございました!!」

 「お見事、面白かったぞ!!」

 「後でもう一度見せてくれ!!」

 「おい、俺達も負けてられねえぞ!! 早く舞台へあがれ!!」

 愛梨が赤いリボンのついたシルクハットをとりながら恭しく礼をすると、盛大な拍手と大きな歓声が響いた。
 愛梨はそれに満面の笑みを浮かべて手を振って舞台の上から降りると、神奈子のところへ向かった。

 「僕達の演技はどうだったかな、カナちゃん♪」

 「んぐっ!? ごほごほっ、か、カナちゃんって……」

 普段されない呼び方をされて、酒を飲んでいた神奈子は盛大にむせ返った。
 愛梨はそんな神奈子の様子を見て、からからと笑う。

 「キャハハ☆ 細かいことは気にしない気にしない♪ で、どうだったかな?」

 「正直、ここまでやるなんて思ってなかったわ。貴方達、旅芸人としてもやっていけると思うわよ?」

 「うんうん、気に入ってもらえて何よりだよ♪」

 神奈子の言葉に愛梨は満足そうに頷いた。
 そんな愛梨に、神奈子は杯を回す。

 「ほら、せっかくだから貴方も飲みなさいな」

 「あ、ありがと~♪ 僕お酒飲むの初めてなんだ♪」

 愛梨は杯を受け取ると、ゆっくりと飲み始めた。

 「わぁ、お酒ってこんな味なんだ♪ おいしいな♪」

 「それは良かった。まだ沢山あるから、欲しくなったら自由に注ぎなさい」

 「うん♪」

 本当においしそうに酒を飲む愛梨にそういうと、神奈子は周囲を見渡した。
 すると、舞台そっちのけで何やら人が集まっているところがあった。

 「六花ちゃん、こっちにもお酌してくれ~」

 「あ、テメェ次は俺の番だぞ!!」

 「お前も何言ってやがる、俺のほうが先だろうが!!」

 そこでは、男達が六花にお酌をしてもらおうと群がっていた。
 美人でスタイルもよく、色気のある六花はあっという間に紳士共の人気者になったのだった。

 「あらあら、そんなに慌てなくても大丈夫ですわ。順番にお酌しますから、待っていてくださいまし」

 「それに……」と言いながら六花は色鮮やかな赤い唇に人差し指を当てて笑顔を見せる。

 「……落ち着いた殿方のほうが、私は好きですわよ?」

 その一言を聞いた瞬間、野郎共は一気に静まりかえり、その場に正座した。
 もはや六花はその場を完全にコントロールしている。

 「きゃっ!? もう、お触りは厳禁ですわよ?」

 そんな中、赤い長襦袢からのぞく白く滑らかな肌の太ももを触られ、六花は思わず声を上げる。
 すると、その様子を周囲で見ていた者達の眼が光った。

 「貴様……紳士協定に違反したな……」

 「実に許されざる行為だ……」

 「よって、これより貴様を粛清する」

 「あ、ちょ、待て、話せば分かる……」

 お触りを敢行した男が、紳士達に連れられて森の中に消えてゆく。

 「……うちの男共は何をやってるのよ……」

 その様子を見て、神奈子はあきれ果てたようにため息をついた。

 「くぅ……兄ちゃ~ん、俺も腹減ったぞ~」

 一方、将志と共にずっと調理場で頑張っていた赤髪の小さな妖精がそう声を漏らした。
 腹からはきゅぅぅぅぅ……と、可愛らしい音が聞こえている。
 将志はその様子を見て、材料を確認した。

 「……ふむ。アグナ、もう少し頑張れるか?」

 「おおう? まあ、何とかいけるけどよ」

 「……今からお前の分を作る」

 その言葉を聞いた瞬間、アグナのオレンジ色の瞳に炎が灯った。

 「マジか!? よっしゃあ、燃えてきたああああああああ!!!」

 天を焦がすほどの巨大な火柱を上げて気合を込めるアグナ。
 その間に、将志は材料を刻む。

 「……アグナ」

 「おうよ!!」

 将志の合図で、アグナはかまどに火を入れる。
 その火の上で、将志はすばやく鍋を振るう。

 「……出来たぞ」

 将志が作ったのは黄金チャーハンだった。
 腹を空かせたアグナのために、すぐに出来るものを選んだ結果である。

 「おおう、ありがてえ!!」

 アグナは料理を目の前にして目をキラキラと輝かせた。
 将志はチャーハンを盛った皿と、レンゲを持ってアグナのところへ向かった。

 「あ~♪」

 「……そうか」

 すると、アグナは口をあけて待ち構えた。
 将志はアグナがして欲しいことに気がつき、レンゲでチャーハンをすくった。

 「……あ~……」

 「あ~……はむっ♪」

 レンゲを差し出す将志の手を小さな両手でしっかり掴んで、チャーハンをほお張るアグナ。
 アグナはニコニコと笑顔を浮かべており、見るからに幸せそうな表情を浮かべている。
 その光景は、傍から見ると槍を持った青年が幼女に餌付けをしているように見える。

 「もきゅもきゅ……んくっ、ふぉおおおお、やっぱうめえな!! 次くれ、次!!」

 「……ああ」

 太陽のような笑みを浮かべてアグナは将志に次をせびる。
 それに対して、将志はそっとレンゲを差し出す。

 「あら、あの子かわいい」

 「ああ、私も食べさせてみたい!!」

 調理場の前では、その様子を見ている者が出始めていた。
 そんなことには一切気付かず、二人は食事を続ける。

 「……さて……俺はあと少し作業がある。一人で食べてもらえるか?」

 「お、おおう、いいぜ!!」

 将志が料理に戻る旨を告げると、アグナは少し残念そうな顔をして答えた。
 それを聞くと、将志はレンゲを皿に置いて調理場に戻って行った。
 将志が離れるや否や、見物していた者達が流れ込んできた。

 「うおおお!? な、なんだ姉ちゃんたち!?」

 「今度は私たちが食べさせてあげる!!」

 「ええ、順番にね」

 「お、おおおおお!? ひょっとして俺、人気者か!? よっしゃ、そんなら食わせてくれよ!!」

 突然のことに一瞬戸惑いはしたが、状況を理解するとアグナは大はしゃぎで歓迎した。
 そんな中、将志は淡々と作業を続けて料理を完成させていく。

 「……このくらいあれば当分は持つな」

 将志はそういうと調理道具を洗って台の上に置き、神奈子のところに向かうことにした。

 「あ、おい!! この揚げ物がもう無いんだが」

 「……それならもう出来ている」

 将志がそういうと、皿の上に注文の料理が降って来た。

 「おお、ありがたい!! アンタも楽しんでくれよな!!」

 「……ああ」

 将志はそう言って返すと、再び神奈子のところに歩き出す。
 神奈子は将志が来るのを確認すると、そちらに向かって手を振った。
 それに対して軽く手を振り返し、将志は神奈子の横に座った。

 「お疲れさん。料理はおいしいし、見ていて楽しかったわ」

 「……そうか」

 「それにしても、あんな料理の仕方どこで覚えたのよ? 普通に料理していたらああはならないわよ?」

 「……狩りと料理以外することが無かったからな。愛梨に言われて余興のつもりで練習していた」

 「つまり、暇だったから覚えてみたって事?」

 「……そういうことになるな」

 話をしながら将志と神奈子は酒を酌み交わす。
 将志はジッと神奈子のある一部分を見つめる。

 「……ところで、これは今どういう状況だ?」

 「ああ、これはまあ仕方が無いことよ」

 「うにゃ~♪ 何かいい気分~♪」

 将志が見ていたのは神奈子の膝の上。
 そこには、顔を真っ赤に染めて丸くなっている愛梨の姿があった。

 「あ~♪ 将志君だ~♪」

 愛梨は将志の姿を認めると、のそのそと将志のところに向かっていった。
 そして、あぐらをかいている将志の膝の中に納まった。

 「にゃ~♪ あったかくて気持ちいいな~♪」

 「……そうか」

 愛梨は将志の胸に頬をすり寄せる。
 将志はその様子を普段と変わらぬ様子で見ていた。

 「……酔っているのか?」

 「そうね。さっきから結構飲んでると思うわよ? 飲むのが初めてって言っていたから、よく分からずにどんどん飲んでたみたいだし」

 「……そう言えば、酒など飲んだのはいつ以来だったか……」

 将志は永琳と過去に飲んだ時の事を思い出した。
 今はもうはるか昔の出来事になってしまっているが、将志はその様子を鮮明に思い出すことが出来た。
 将志はその記憶を肴に、しみじみと酒を飲む。

 「あ~!! またそんな顔してる~!!」

 その様子を見て、愛梨が不満げな声を上げる。
 その声に将志が目をやると、愛梨は瑠璃色の瞳でじ~っと視線を送っていた。

 「……愛梨、別に俺は本当に淋しいわけではなくてだな……」

 「ダ~メ~だ~よ~!! 僕の目が黒いうちはそんな顔しちゃダメ~!!」

 「……お前の眼は青いんだが……」

 「ごふっ!? がはっ、げほっ!!」

 将志のあんまりな発言に神奈子は思わず飲んでいた酒を噴き出す。

 「……どうかしたのか?」

 「けほっ……どうかしたのかって、貴方があんな不意打ちしかけてくるなんて思わなかったわよ……」

 「……俺が何かしたのか?」

 「あ、あれ素で言ってたのね。理解したわ」

 神奈子は首をかしげる将志の疑問をさらりと流した。
 順応の早い神である。

 「こら~!! 僕を無視するな~!!」

 「……それはすまない」

 将志が神奈子と話していると、ふくれっつらした愛梨がべったりと将志の小豆色の胴着の襟を掴んでくっついた。
 そんな愛梨に将志は一言詫びを入れ、手のひらで愛梨の頭を軽く撫でてから再び酒を飲む。
 撫でられた愛梨は気持ち良さそうに目を細めて将志の手を受け入れる。
 その様子を、神奈子は微笑ましいものを見る目で見つめていた。

 「……あれ、そういえば何か大事なことを忘れているような気がするわ」

 神奈子はふと何か大事なものを忘れているような感覚を覚えたが、気にしないことにした。




 「え~ん、ちょっとぉ~!! 私も混ぜてくださいよぉ~!!」

 「ダメですな。あなたには少し反省の意をこめて中にこもってもらいます」

 「そうそう、アンタが出てくると宴会終わっちまうからな!!」

 「わ~ん!! 私だってお料理食べたいのに~!!」

 いつしか宴会場にある天岩戸には何重にも注連縄が巻かれていて、戸の隙間からは引きこもった神のすすり泣く声が聞こえていた。
 なおこの神はしばらくしてから無事に注連縄を解かれ、閉じ込めた連中は神奈子のオンバシラによって友愛されたのだった。




[29218] 銀の槍、手合わせをする
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/21 22:46

 将志達は宴会の後、しばらく大和の神と過ごしてからまた自由気ままに旅をすることにした。
 ただし、以前のように世界中を旅して回るのではなく、後に日本と呼ばれる一帯だけを旅することになった。
 と言うのも、ちょっとした理由があって外に出られなくなったからである。

 「本当に貴方達には申し訳ないことをしたわね……まさか、貴方達が手の届かないところに行こうとしたら実力行使をするなんて思いもしなかったから……」

 「きゃはは……おいしすぎる料理も考え物だね、将志君……」

 頭を抱えてため息をつく神奈子に、愛梨は苦笑いを浮かべる。
 そう、将志達が日本から出ようとすると太陽が隠れたり雷が落ちたりするようになったのだ。
 今では毎日のように神がとっかえひっかえ食材をもってやって来ては将志に勝負を挑んだり、愛梨の芸を見たり、六花に相手してもらったり、アグナを愛でたりして、最後には食事をしていた。
 なお、現在神奈子は将志達の様子を見に、食材をもってやって来ていたのだった。

 「……だが、それほどまでに認められていると言うこと、悪い気はしない。それに、この辺りの変化を見届けるのも悪くはないだろう」

 「そう言ってもらえるのは助かるけど、貴方達はそれで良いのかしら?」

 「良いも悪いもありませんわよ。こちらとしては、食料をそちらがもってきてくれるおかげでお兄様が道端のキノコや野草で実験をしなくてすむので良いのですけど」

 「兄ちゃん、よく毒に当たって倒れるもんな~。この前は魚食って泡吹いて倒れたな」

 「……よくそれで今まで生きてこれたわね……」

 「……食の探求に犠牲は付き物だ」

 「限度ってものがあるわよ……」

 親指をグッと立てて力説する将志に、神奈子は絶句した。
 そんな神奈子に、愛梨が違う話題を振る。

 「でも、カナちゃんずいぶん久しぶりだよね♪ 他のみんなは結構来るけど、今まで何かあったのかな?」

 愛梨の呼び方に、神奈子はがくっと一気に脱力した。

 「だからカナちゃんって……まあ良いわ。貴方達、今大和の神の間でどういう扱いになっているのか全然知らないのね。貴方達に会うのは予約制よ。その予約を取るのに戦争が起きるくらいなんだから、貴方達に会うのはすごく苦労するのよ」

 「あら、神様達に人気って言うのも悪くないですわね。それで、何でそんなことになっているんでしょう?」

 「それが意見を聞いてみると、飯がうまい、面白い芸が見れる、かわいい娘が居る、闘いも楽しめる……要するに、貴方達は退屈を紛らわせるには需要を満たしすぎているのよ。おかげで会いに来るのが大変だったわ」

 楽しそうに笑う六花に対して、神奈子は若干疲れたような仕草で答えた。

 「……それで、今日はいったい何を所望だ?」

 「そうね、さし当たっては食事かしら。それから、後で少し手合わせをして欲しいわね」

 将志が話を切り出すと、神奈子はそう答えを返した。
 将志はその答えを聞くと、ゆっくりと神奈子の眼に視線を合わせた。

 「……手合わせか……誰とだ?」

 「一番強いのは誰?」

 「そんなら兄ちゃんかピエロの姉ちゃんだな」

 神奈子の質問にアグナが即座に答えた。
 すると、愛梨は顔の前でそれはないと言った風に手を振った。

 「違うよ♪ 将志君のほうがずっと強いよ♪ だって、将志君全然本気出してないもんね♪」

 「そうなんですの? 今でさえ全然勝てませんのに?」

 愛梨の言葉に六花は黒曜石のような黒い瞳をパチパチと瞬かせた。
 それに対して、愛梨は我が事のように楽しそうに話を続ける。

 「だって将志君、『女子供に向ける刃は無い』って言ってなかなか本気出してくれないよ♪ 僕は本気の将志君とたまに勝負するけど、未だに勝てないよ♪」

 「……妖力の制御は愛梨のほうが上手いのだがな……」

 「キャハハ☆ それでも将志君のほうが動きも速いし力も強いから、やっぱり僕じゃ勝てないよ♪ そういう訳で、将志君、ご指名だよ♪」

 愛梨がそう言うと将志は目を閉じ、軽く息をついた。

 「……いいだろう。神奈子はそれで良いか?」

 「ええ、音に聞こえた槍妖怪の銀の槍にどれだけの冴えがあるのかも気になることだし、お願いするわ」

 「……そうか……ならば先に手合わせをするとしよう。食事の後にすぐ動くと体に障る」

 将志はそういうと背中に背負っていた槍を手に取り、巻きつけていた布を取り払った。
 中からは、全体が銀で出来た3mくらいの直槍が出てきた。
 槍のけら首の部分には銀の蔦に巻かれた黒曜石の玉があしらわれていた。

 「そうね。食事は運動の後でゆっくり食べたほうが良いわね」

 神奈子がそういうと、神奈子の周囲に紅葉の様に見える力が集まり、両脇に巨大なオンバシラが控える。
 それを前にして、将志は肩慣らしに槍を軽く振るう。
 槍はいつものとおり流れるように舞い、銀の線を宙に描いた。
 神奈子は始めてみる将志の槍捌きに思わず見とれた。

 「……見事な舞ね。これ単体でも結構受けは良いと思うわよ?」

 「……俺の槍は見世物じゃない。俺の槍はただ一つ、大切なものを守る槍だ。……少し泥臭いかも知れんが、勘弁してもらおう」

 そう言うと将志は眼を開き、神奈子に向かって槍を構えた。
 神奈子はそれに笑って答える。

 「泥臭くったって良いじゃないの。大切なものを守るためならそれくらいでちょうど良いわよ。さて――――貴方の槍、見せてもらおうか!!」

 神奈子がそういった瞬間二人は同時に空へ飛び上がり、勝負が始まった。
 最初はお互いの手の内を探るために二人は神力、または妖力の弾を飛ばしあう。
 将志は神奈子の色鮮やかな弾幕をすり抜けるように躱し、神奈子は将志の銀と黒の弾幕を最小限の動きで避けていく。
 
 「……次、行くぞ」

 その中に、将志がだんだんと妖力で出来た長い槍を投げ込み始める。
 急旋回や宙返りなどアクロバティックに素早く大きく移動して放たれるそれは、弾幕の回避と共に多方向からの攻撃を仕掛ける。

 「まだまだ甘いわ」

 神奈子はそれを冷静に躱し、将志に密度の高い弾幕で反撃を仕掛ける。
 将志はそれに対して、避けずに突っ込んで行った。
 先ほどと打って変わって、将志は移動速度を落としてゆっくりと弾幕を回避する。

 「隙あり!!」

 「……チィ!!」

 その抜けてくる将志に向かって、神奈子はオンバシラを投げつけた。
 将志は妖力で銀色に光る足場を作ってそれを蹴り、直角に軌道を変えると同時に急加速して避けた。
 その状態から将志は神奈子の頭上を取り、上から妖力の槍を数本まとめて投げつけた。

 「おおっと!?」

 将志の突然の高速移動に一瞬驚くが、神奈子は冷静に避けていく。
 将志の槍の弾幕は通った後に銀の軌跡が残り、その軌跡が弾幕に変わってランダムな方向に飛んでいく。
 それにより行動範囲はかなり制限されることになるが、神奈子は慌てることなく銀の檻から抜け出す。

 「……そこだ」

 将志はその抜けて出てくるところを狙って、槍を投げた。

 「まだよ!!」

 その槍に対し、神奈子はオンバシラをぶつけることで対抗する。
 オンバシラにあたった槍はその場で消え、オンバシラはそのまま唸りを上げてその向こう側に飛んでいく。

 「……ふっ!!」

 将志はそのオンバシラの横に回りこみ、すれ違うようにして弾幕を放つ。
 将志の耳にはオンバシラが風を切る音が聞こえ、ギリギリの回避であったことが伺えた。
 神奈子がそれを迎え撃とうとすると、急に将志が銀の壁にまぎれるように眼の前から消え失せた。
 弾幕を避けながら辺りを見回すと、将志は真下から新たに弾幕を放っていた。

 「くっ、素早い!!」

 神奈子は想像以上の将志の素早さに歯噛みした。
 緩急をつけた動きの中で瞬時に眼で追えないほどの速度まで加速するとは思っていなかったのだ。
 しかもその軌道は直角だったり、180度変わっていたり、かなり無理のある滅茶苦茶なもので予想がつかない。
 それ故に相手の移動した先を狙ったはずの弾幕が、結果的に見当違いの方向に飛んでいくことになっていた。
 更に、将志の放つ弾幕もまた想像以上に苛烈だった。
 素早く動く銀の弾幕の中に速度の遅い黒い弾丸が入ることで、その黒い弾が絶妙な位置で障害物と化すようになっているのだ。

 「ええい!!」

 神奈子は移動する将志の前後にオンバシラを投げつけ、動きを止める。
 将志はそれに対して再び銀の足場を蹴る事で直角に移動し、それを回避する。

 「まだよ!!」

 その将志の移動した先に、神奈子は弾幕を張る。
 目の前に迫る極彩色を見て、将志は今度は真下に跳躍した。

 「そこっ!!」

 「……っ!!」

 神奈子は今度こそ将志を捉えるべくオンバシラを投げた。
 先の二本のオンバシラと弾幕により脱出口を完全に固定された一撃だった。

 「……はあああああっ!!」

 眼前に迫るオンバシラを将志は体を強引にひねり、手元に球形の足場を作って力尽くでそれを押し、無理やり移動することでそれを躱した。
 オンバシラが将志の銀の髪をかすめて飛んでいく。
 体勢を崩した将志は空中で立て直し、地面に着地した。

 「……はっ!!」

 将志は着地すると、自分に向かって飛んでくる弾幕を手にした銀の槍で全て叩き落した。
 将志の手の中の銀がひるがえる度に、神奈子の弾幕がかき消されていく。
 その動きは、美しく回る独楽を連想させた。
 全てを叩き落した将志は、その場で残心を取る。
 それを見た神奈子は、将志のところへ降りてきた。

 「あら、これで終わりかしら?」

 「……ああ。動きすぎて食事が出来ないと言うのもなんだからな」

 将志はそう言いながら槍を収める。
 槍を収めると、将志は愛梨達のところへ歩いて行った。
 するとそこでは、森の中の広場に愛梨達の手によって調理場とテーブルが用意されていた。
 なお、それらのものは全て愛梨の大玉の中の不思議空間に収納されていたものである。

 「あ、きたきた♪ おーい、将志君♪ 準備は出来てるよ♪」

 「あとはお兄様の料理を待つだけですわ!!」

 「腹減った~ぁ!! 兄ちゃん、早いとこ飯にしようぜ!!」

 「……ああ」

 将志は小さく頷くと早速料理に取り掛かった。
 調理場からは聞いただけで空腹になるような音が聞こえてきて、うまそうな匂いが当たりに立ち込める。
 今日の料理は天津飯に鶏と野菜のスープ、それに桃饅頭だった。

 「……完成だ」

 完成した料理を盆に載せ、将志はそれぞれに配って行く。
 全員に回ったところで、一斉に食事を開始した。
 愛梨と六花はお互いに話しながら箸を進め、アグナは一心不乱に食事をしている。
 そんな中、将志の隣に座った神奈子が将志に話しかけた。

 「それにしても、貴方本当に強いわね。特に最後に弾幕を叩き落した槍捌きは見事だったわ」

 「……鍛錬の結果だ。そう言われると毎日続けた甲斐があると言うものだ」

 「本当にそれだけかしら? 私は少し貴方に聞きたいことがあるのだけれど?」

 神奈子の言葉に、将志は食事の手を止めて顔を上げる。

 「……何だ?」

 「貴方、いったい何者? ただの妖怪にしては強すぎるわ。何か隠し事とかは無いかしら?」

 「……そう言われてもただの槍妖怪としか言いようが無いのだが……」

 「ただの槍妖怪が神である私と互角以上の戦いが出来るものですか。それに、普段の妖力とさっきの妖力の量が違いすぎるわ。あの妖力量ならもっと体から出てこないとおかしいはずよ。いったい貴方はどうなっているのかしら?」

 「……そうは言うが、本当に何でもないのだが……ただ毎日鍛錬を重ねていただけで……」

 将志は困ったような表情をわずかながらに浮かべる。
 すると、ふと気がついたように神奈子は質問をした。

 「そうだ。そういえば、貴方は何歳なの?」

 「……分からない。歳なら10000を越えた時点で数えることをやめた。それもやめてかなり長い時間が経っている」

 それを聞いて、神奈子は驚いたような、納得したような複雑な表情を浮かべた。

 「1万以上って……もう立派な大妖怪じゃないの。なるほどね、そこまで旧い妖怪ならその強さも納得だわ。でも、どうやってそんな妖力を隠しているのかしら? 見た目人間以下の妖力の大妖怪なんて聞いたことないわよ?」

 「……それも分からない。俺は普通に過ごしているだけだが……」

 将志の言葉を聞いて、若干呆れた様に神奈子はため息をついた。

 「分からないって、自分のことでしょうに。本当に分からないのかしら?」

 「……ああ」

 「まあ良いわ。知ったところでどうしようも無いことだし」

 そういうと、神奈子は食事を再開した。
 その間に将志はアグナの注文を受け、天津飯のお替りを持っていく。
 ご満悦の表情のアグナを見て微笑と共に頷くと、将志は神奈子に話しかけた。

 「……ところで、何故いきなり手合わせを申し込んだのだ?」

 「ああ、それは今度ちょっと東に居る神に戦を仕掛けることになって、それに私が行くことになったのよ」

 「……それで、その肩慣らしのつもりで俺に手合わせを申し込んだのか」

 「そうよ。もっとも、ああまで強いとは思っても見なかったけれどね。本気出してないでしょう、貴方」

 「……元より食事前だ。食事前に暴れすぎて気絶などと言う事は避けたかった。それに、俺は本当に必要なとき以外はあの槍は振るわん。これだけは絶対に譲れん。まして、本気を出していない相手に向ける刃などはない」

 「あら、それじゃあ私が本気を出していたら貴方も槍を振るったのかしら?」

 「……それは、相手の技量しだいだ。……やってみるか?」

 「試してみたい気もするけれど、やめておくわ。大事な戦の前に余計な消耗はしたくないしね」

 「……そうか」

 二人はまた食事を再開する。
 どうやら自分の思った以上の味が出せたのか、将志はスープを飲んで満足そうに頷いた。
 その向かい側では、笑顔で談笑しながらデザートの桃饅頭を頬張る愛梨と六花の姿があった。

 「ああ、そうだ。貴方達、私と一緒についてきてくれないかしら?」

 「……何故だ?」

 唐突に放たれた神奈子の言葉に将志は首をかしげた。
 そんな将志に神奈子は話を続ける。

 「どうせ戦の後は宴会になるんでしょうし、そうなれば貴方達が呼ばれるのは確実でしょう? それならば、いっそ私に同行してもらおうと思うのだけどどうかしら?」

 「……俺は別に構わないが……」

 将志はそう言うと他の三人の方を見た。

 「僕は良いよ♪ 将志君が行くならついていくよ♪」

 「私も良いですわよ。別に何か用事があると言うわけでもないのですし、良い退屈しのぎになると思いますわよ?」

 「宴会があるなら俺も行くぞ!!」

 「……だそうだ」

 どうやら反対意見などないらしく、全員賛成のようだった。

 「なら問題ないわね。それじゃあ、よろしく頼むわよ」

 「……ああ」

 満足そうに頷く神奈子に、将志は頷き返す。
 こうして、一行は神奈子と共に東へ行くことになった。


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 というわけで、神奈子にくっついて遠征に向かうことになりましたとさ。
 あと、感想に時系列や諏訪子のこととかありましたが……
 現在の時代背景はまだ自然崇拝が広く残っていて、神奈子たち大和の神々が現われて間もない頃を想定しています。
 そういうわけで、まだ大和の神である神奈子は土着の神である諏訪子と出会っておりません。
 ……という設定でお願いします。
 正直、このあたりの時系列って調べてもあんまり分からないんですよね……
 このあたりの時系列には、申し訳ありませんが眼を瞑ってください……


 そういうわけで、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、迷子になる
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/22 23:16

 「……はっ!!」

 小さな掛け声と共に銀の槍がまな板に叩きつけられる。
 その衝撃で宙に浮いた食材を神速の槍捌きで切り刻む。

 「……ふっ!!」

 その食材に将志は素早く串を打ち込む。
 調理台に置かれた皿には串刺しになった食材がいくつも並び、うず高い山を形作っていた。

 「…………」

 その食材を火であぶる。
 表面に焦げ目がつくと火から下ろし、塩や香辛料、柑橘類などを使って調合した特製の塩ダレにつけて皿に盛る。
 串焼きの盛り合わせの完成である。
 将志はそれを酒と共に膳に載せて運ぶ。

 「……出来たぞ」

 「お、出来たんだ。んー、これまた旨そうだね!! そんじゃ、冷めないうちに食べようか」

 その先にはなにやら眼が付いた帽子をかぶり、蛙が描かれている紫を基調とした服を着た少女が座っていた。
 少女は膳の上に置かれた串焼きを旨そうに食べ、酒を飲む。

 「く~!! 酒のつまみに最高だね、これ!! 将志、お替り!!」

 少女はそういうと空の杯を将志に差し出す。
 将志はそれを受け取ると、燗にしていた酒を杯に注いで返す。

 「……しかし、本当に俺がここに居て良いのか?」

 「ん~? いーんじゃない? 妖怪ってわかるほど妖力は出てないし、私達に危害を加えるつもりも無いんでしょ? それに、こんなに旨い料理が食べられるんならむしろいつまでも居て欲しいもんだよ」

 将志の問いに、少女は手にした串焼きを口に運びながらそう答えた。



 ところで、いったい将志が今どこに居て、何故こうなっているかを説明する必要があるだろう。
 それでは、しばし時間を巻き戻すことにしよう。


 *  *  *  *  *  *


 将志達は神奈子の先導により、一路東に向かって歩いていた。
 なお、空を飛ばない理由は途中で食材を採取するためである。

 「あ、確かこの草は食べられるんだよね♪」

 「ええ、それからこのキノコも食べられたはずですわ」

 愛梨と六花は木の実や食べられる野草を見つけては拾いに行く。
 食料の保存は全て愛梨の大玉の中で行っていて、食べられるかどうかの判断は六花が行っている。
 なお、知識の出所は全て将志が食べて倒れたかどうかである。

 「お、こいつは甘くてうまいんだよな!! どうせだからあるだけ採っちまえ!!」

 アグナは木になっている木の実を集める。
 体が小さいため、木の枝の奥にあるものも易々採ってくる。

 「……はあああ!!」

 将志は茂みに向かって、槍を投げる。
 すると、けたたましい鳴き声と共に木の葉が揺れる音が聞こえてきた。
 将志が確認に行くと、そこには立派なイノシシが倒れていた。

 「……上出来だな」

 将志は仕留めたイノシシを肩に担ぐと愛梨のところへ向かう。
 愛梨は将志が獲物を担いでいる姿を確認すると、大玉を転がしながらそこに向かった。

 「わぁ~、大きなイノシシだね♪」

 「……頼む」

 「おっけ、任されたよ♪」

 大きなイノシシを見て瑠璃色の眼を輝かせた愛梨は、そういうと大玉にイノシシをしまいこんだ。

 「今日の分はこれで十分ですわね。ところで、目的地まで後どれくらいかかりますの?」

 「大体三日ってところね。途中で色々と困っている者がいないか見て回らないといけないからね」

 「か~っ、神様ってのも楽じゃねえなぁ!!」

 腰まで伸びた銀色に輝く長い髪に付いた木の葉を払いながら、六花は神奈子に問いかける。
 それに神奈子が答えると、アグナが燃えるような赤い髪をかき乱してそう叫んだ。

 「それじゃあ、次はどこに向かいますの?」

 「ここから少し行ったところに村があるから、まずはそこまで言って様子を見るわよ。それで私達に解決できることがあれば解決するし、出来ないようならその様子を後で他の神に伝えないといけないわね」

 「うんうん、また人助けだね♪ 今度はどんな笑顔が見れるかな、将志君♪」

 「……(もぐもぐ、ごっくん)見てみないと分からないだろう」

 楽しそうに話す愛梨に、将志は何かを飲み込んでから答えた。
 その様子に、その場に居た一同は固まった。

 「おうおうおう、兄ちゃん今何食った!?」

 「……何のことはない。ただのキノコだ」

 大いに慌てた様子でアグナが将志に食いかかると、将志は平然とした様子でそう答えた。

 「……お兄様、そのただのキノコで自分が何回倒れたか覚えていませんの?」

 「……数えるのをやめて幾日経ったか……」

 「貴方、少しは学習しなさい!! 数え切れないほど倒れる人なんて聞いたことがないわよ!!」

 「……食の探求に犠牲は付き物!!」

 「だから限度があるわよ!!」

 ため息をつきながら話す六花への将志の返答に、神奈子は思わず声を荒げる。
 それを見て、愛梨は乾いた笑い声を上げた。

 「きゃはは……将志君、何ともない?」

 「……そうだな……特に体に異常は無いな」

 将志のその一言を聞いて、一同は安堵の息をついた。

 「そんなら別にいいか!! そういや、次の村ってどこにあるんだ?」

 「この先にある山を越えたところにあるわ。……そうね、人目も無いことだし、特に他の用がなければ飛んでいく方がいいわね」

 「なら、そうしますわ。お兄様もそれで良いですわね?」

 「……特に異論はないが……しいて言うなら一番後ろではなく、前を行かせて欲しいとしか……」

 「将志君は置いてっちゃうからダメだよ♪ それじゃ、次の村まで行ってみよー♪」

 そういうと、一行は空を飛んで移動を始めた。
 神奈子が飛んで先導をし、最後尾に将志が付く。

 「……!?」

 しばらく飛んでいると、将志は急に全身に痺れを感じた。
 体の自由が利かなくなり、フラフラと横に滑りながら地面に落ちていく。
 どうやら、またしても毒キノコに当たったようだ。
 いいかげん学習能力と言うものが身に付かないのであろうか。

 「……ぐあっ」

 将志はその先にあった大木に頭をぶつけ、大きく開いた木の洞に突っ込んだ。
 頭に湯飲みが落ちた程度で気絶する将志に耐え切れるはずもなく、将志はその場で意識を失った。



 しばらくして将志が眼を覚ますと、あたりはすっかり夜になっていた。

 「……これはまずいな」

 将志は木の洞から出ると、方角を確認した。
 北極星を見つけることで方角を確認すると、将志は東に向かって猛スピードで飛び出した。

 「……確か村に行くと言っていたな」

 将志は神奈子がそう言っていたのを思い出し、山を越えて先を急ぐ。
 ……不運なことに夜も遅く明かりが消えていたため、将志には山のすぐ裏側にある集落が眼に入らなかった。
 そんなことにも気付かず、将志はどんどん速度を上げて空を走る。
 そしていくつか山を越えたところに、明かりを見つけた。
 将志はその明かりを目指して飛び、開けた場所に着地した。

 「……ここは……?」

 将志が周囲を見渡すと、そこは村などではなく神社の境内だった。
 将志はここが何なのかを尋ねるために、明かりの点いている建物に向かって歩き出した。

 「……っ!?」

 突然背後に強い気配を感じて、将志は振り返った。
 すると、そこには少女が立っていた。

 「こんな時間に客とは珍しいね……って違うや、こんな時間だからこそかな? ……何の用だ、妖怪」

 少女は将志をにらみながら問いかける。
 帽子の眼も、将志をキッとにらみつけている。
 その不穏な雰囲気に、将志は赤い布に巻かれた銀の槍に手をかけた。

 「……いや、少し訊きたいことがあるだけだ……村を探しているのだが、知らないか?」

 「得体の知れない妖怪に答えると思う? あんたが村を襲わないと言う保障がどこにある?」

 少女は将志を威圧するようにそう言い放った。
 将志は首筋に何やらチリチリとした不快な感触を覚え、それを振り払うために妖力を開放した。

 「……確かにそのとおりだ。それを証明する術を俺は持っていない。だが、突然相手に危害を加えるのはどうかと思うが?」

 泰然とした将志の言葉に、少女は一瞬驚いた表情を浮かべた後、面白いものを見つけたと言わんばかりに笑った。

 「へえ、耐えるんだ。結構力を込めて祟ったんだけどな? なるほどねぇ、そんじょそこらの雑魚妖怪とは違うみたいだね」

 そう言うと、少女はどこからともなく鉄の輪を取り出し、将志に向けて投擲した。
 鉄の輪は弧を描きながら将志に左右から襲い掛かる。
 それに対して、将志も槍に巻かれた布を取り払い、弾き返した。
 少女が帰ってきた鉄の輪を受け取ると同時に、将志は月明かりに輝く銀の槍を構えた。

 「……やる気か?」

 「もちろん。得体の知れない妖怪を放っておく訳には行かないよ。……それに、あんたとなら思う存分遊べそうだからね!!」

 「……っ!!」

 将志は下から殺気を感じて後ろに飛びのく。
 すると、将志が立っていた場所を大きな岩が貫いていた。

 「……やると言うのなら相手になろう!!」

 将志は飛びのいた先から妖力で銀の槍を数本作り、少女に投擲する。
 少女はそれを岩を創り出して受け、その岩を投げて攻撃する。
 その間に将志は素早く移動して、少女の背後を取った。

 「うわっ!? やるね!!」

 突然の背後からの銀の弾丸に驚きつつも、少女は反撃する。
 飛んでくる無数の弾幕と岩に対して、将志は槍を振るう。
 将志の前には無数の銀の線が走り、次々と少女の攻撃を叩き落して行った。
 その様子を、少女は不思議な表情で眺めていた。

 「……ねえ、何で今避けなかったの?」

 「……後ろに建物があったからな。防げそうだったから防がせてもらった」

 見ると、将志の後ろには神社の拝殿があった。
 将志のその一言に、少女はぽかーんとした表情を浮かべた後、腹を抱えて笑い出した。

 「あははははは!! まさかそんな心配されるとは思わなかったよ!! あんた名前は?」

 「……槍ヶ岳将志だ」

 将志が名前を答えると、少女は首をかしげた。

 「あれ、どっかで聞いたねその名前……ああ、あんたが巷で有名な神にも妖怪にも人間にも旨い料理を出す料理妖怪か!!」

 ぽんっ、と手を叩いてそう言う少女に、今度は将志が首をかしげた。

 「……そこまで名の知れているものなのか、俺は?」

 「里の人間が言ってたよ。「森の中で幸運にも銀の槍を見かけたらそばで待っていろ。この世のものとは思えぬ至高の品が出てくる」ってね。名前はこの間絞めあげた妖怪から聞いたよ」

 「……そうか……ところで、一つ訊きたいことがある。村はどこだ?」

 「村って言われても……どんな村?」

 少女の問いに、将志はあごに手を当てて天を仰ぎ考える。

 「…………分からん」

 「……ウワサどおり抜けてるね、あんた……」

 真顔で言い放つ将志に、少女はがくっと脱力する。
 少女は気を取り直して将志に質問を返す。

 「そんじゃ、何でその村に行きたいわけ?」

 「……連れがそこに居る」

 「なるほどねぇ、それでそこに行きたいのか。それで、連れってどんなの?」

 「……妖怪が二人、妖精が一人、神が一柱だ」

 「神様ねぇ……なんて神?」

 「……八坂 神奈子。何でも、東の神に戦を仕掛けるらしい」

 少女はそれを聞くと眉をひそめた。
 かぶっている帽子の眼もすっと細まっている。

 「ああ、そーゆーこと……それなら多分ここに来るね」

 「……そう言えば、まだお前の名前を聞いてなかったな」

 将志がそう呟くと、少女はあっと小さく声を上げた。

 「あーうー、そういえばそうだったね。私の名前は洩矢 諏訪子。ここに住んでる神だよ」

 「……そうか。それで洩矢の神」

 「諏訪子でいーよ。こっちも将志って呼ぶから。ところでさ、あんたの連れなんだけど、たぶんここに来ると思うよ? だからしばらくここで待ってみない?」

 「……良いのか?」

 「いーのいーの、その代わり食事を作ってもらうけどね。下手に動き回るよりここで待っていたほうが確実だよ?」

 「……そういう事なら、しばらくここで待たせてもらおう。宜しく頼む、諏訪子」

 「こっちこそ宜しくね、将志」

 こうして、将志は神奈子達が来るまで諏訪子の食事当番をすることになったのだった。


  *  *  *  *  *  *


 そして話は現在に戻る。
 将志は空になった串焼きの皿を片付け、代わりに野菜のおひたしと焼きハマグリを出す。
 もちろん、おひたしに使った出汁醤油は将志特製である。

 「……酒のつまみになりそうなものを作ってきたが、いるか?」

 「あ、いるいる!! ていうか、あんたも少しは食べなよ。一人で飲むより二人のほうが楽しいからさ」

 「……そういう事なら頂こう」

 将志はそういうと、厨房から二つ目の杯を取り出して酒を注ぎ、杯をあおった。
 米酒の甘味と芳醇な香りが口の中に広がる。
 その余韻の中に、少し塩辛く味付けをしたおひたしを放り込む。
 甘い酒の後味とおひたしの塩気が絶妙に交じり合い、口の中に爽快感をもたらす。

 「……まあまあだな」

 「えー、私的にはこれで満足なんだけどなー?」

 「……俺の連れが居ればもっと旨いものが色々作れるのだが……」

 「それホント? こりゃ連れが来たときが楽しみだね」

 「……ああ、その時はもっと旨いものを振舞おう」

 二人で話しながら酒を飲み、料理に箸を伸ばす。
 どんどん食が進み、終いには料理も酒も空になった。

 「ありゃりゃ、もうお終いかぁ~」

 「……存外に飲んだな……」

 顔を赤らめてほろ酔い気分の諏訪子にそう言いながら、将志は食器を片付ける。
 片付け終わると、将志は槍を持って外に出ることにした。

 「あ~、ちょっと待った!!」

 その時、諏訪子から待ったの声が上がった。
 突然かけられた声に、将志は振り返る。

 「……どうした?」

 「将志はあんまり外に出たらまずいよ」

 「……何故だ?」

 「下手に場所が知られると、人も妖怪も将志に殺到して大変なことになりそうだし」

 「……そうなのか?」

 「って、自分のことでしょ!? さっきウワサになってるって言ったじゃん!! 少しくらい気にしなよ!!」

 将志の自身の評価に関するあまりの無頓着さに、諏訪子は頭を抱える。
 見ると、帽子の眼も困り顔だ。

 「……そう心配することはない。すぐそこで槍の鍛錬をするだけだ」

 「ならいいけど……あんまり目立ちすぎない様にね?」

 「……了解した」

 将志はそういうと槍に巻かれた布を解きながら境内に下りる。
 将志は槍を構えると眼を閉じ、その場で黙想を行った。

 「……ふっ!!」

 将志は眼を開くと、いつもの型稽古を開始した。
 踊るような足捌きと、柔らかい手首の返しによって銀の槍は様々な軌道を描く。
 青い月に照らされて儚げに光るそれは、一瞬しか映らない芸術のようだった。

 「……うわ~」

 諏訪子はその様子をぼーっと見ていた。
 今まで槍を持った者は数多く居たが、将志ほどの技量を持った者は誰一人としていない。
 億を数えた将志の鍛錬を重ねた年数は、彼の槍を幻想的とも言える美しさと強さを持ったものに変えていた。
 静かな境内に、風を切る音だけが響く。

 「……はっ!!」

 最後の一振りを終え、将志は残心を取る。
 そして一息つくと、槍を収めた。

 「……見ていたのか、諏訪子」

 「うん」

 将志の問いに、諏訪子はまだぽーっとした状態で答えを返した。
 帽子の眼も夢見心地で、トロンとしている。
 そして、次の瞬間とんでもない一言を言い放った。

 「将志、あんた鍛錬禁止」

 「……は?」

 流石の将志もこれには絶句した。

 「……どういうことだ」

 「だって、想像以上に目立つよ? 幾ら夜に鍛錬をするって言っても、あんなに月明かりで光るんじゃすぐに見つかるって。それに、あんな芸術的な槍捌きをするようなのがそこらにごろごろ居るわけないじゃん。そんなんじゃあっという間に妖怪たちに見つかっちゃうよ」

 訳が分からないと言った表情で将志は諏訪子に問いかけると、諏訪子はそれに対して答える。
 しかし、将志はそれに対して首をひねる。

 「……いや、俺は見つけてもらわねばならんのでは?」

 「あーうー、あんた少しは私の苦労も考えろー!!」

 手で床をバンバンと叩きながら主張をする諏訪子。
 将志の意見ももっともであるが、諏訪子の意見にも理がある。
 何しろ人も妖怪も神もまんべんなく寄ってくるのだ。
 一堂に会したとき、面倒ごとが起きるのは間違いない。

 「……ならば、屋内で出来る場所はあるか?」

 「ん~、それならどっか広い部屋を見つけて使うといいよ。その代わり、壊さないでね」

 「……心得た」

 将志はそう答えると、周囲を見回した。

 「どうかした?」

 「……いや、どこで眠ろうかと思っただけだ」

 「ここでいいじゃん」

 「……ここは本殿では?」

 「そうだよ? ここなら私以外は入ってこないから見つからないよ?」

 一応遠慮しているのか、将志は諏訪子にそう尋ねる。
 しかし、諏訪子は全く気にする様子がない。

 「……そうか」

 一連のやり取りの後、将志はすぐ近くの壁に寄りかかるようにして座り、槍を抱きかかえる。
 諏訪子は将志の行動の意味が分からず首をかしげる。

 「……どうしたの?」

 「……眠い、寝る」

 「寝るって、その体勢で?」

 「……ああ、いつもこの体勢だ」

 「……あんたやっぱり変だよ……」

 将志の変人ぶりに、諏訪子は呆れかえってため息をついた。
 こうして、将志の居候生活一日目が終了した。


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 というわけで、将志は神奈子陣営から諏訪子陣営へ移動しました。
 原因は拾い食いによる中毒症状。


 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、奮闘する
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/23 23:04
 夜明け前、神社の本殿から顔を出す人影があった。
 銀髪で胴着姿の青年は外に出てくると、ちらりと本殿の中を振り返った。
 そこには、まだ夢の中にいる小さな少女がいた。

 「……よし」

 将志はそれを確認すると小さく頷き、けら首に黒曜石をあしらった銀の槍を取り出した。
 それは稜線から顔を出した朝日によってキラキラと輝きを放っていた。
 将志は槍を構えて眼を瞑り、心を静める。

 「……ふっ!!」

 眼を開くと同時に、将志はいつものように手にした槍を振り始めた。
 その銀の穂先が翻るたびに、静かな境内に風を切る音が響く。

 「……ふわぁ~……」

 そこに、寝ぼけ眼をこすりながら諏訪子がやってきた。
 頭の帽子も眠そうで、目はほとんど閉じていた。
 諏訪子はぼんやりした頭で将志の槍捌きを見る。

 「……ふっ……」

 しばらくして、将志は元の構えに戻って残心をとり、槍を納める。
 諏訪子はトコトコと歩いて将志のところに向かう。

 「……む、起きたのか、諏訪ごふぅっ!?」

 殺気と予備動作の無いボディーブローを受けて、将志はその場に沈む。
 諏訪子はその将志を見て、ため息をついた。

 「見つかるから外で槍を振るなって言ったのに……さっさと戻るよ、将志」

 「…………」

 諏訪子は将志にそう声をかけるが、防御力に関しては濡れた和紙ほどに弱い将志は当然失神している。
 ピクリとも動かない将志に、諏訪子は首をかしげた。

 「あれ? おーい、将志~ 中に戻るよ~」

 諏訪子はそう言いながら将志の頬をペチペチと軽く叩く。
 しかし将志は反応を示さない。
 諏訪子はポリポリと頬をかいた。

 「うっわ~……気絶しちゃってるよ……将志って身体能力めちゃくちゃな癖して、意外と虚弱体質なんだね……あーうー、運ぶしかないか……」

 諏訪子はそういうと将志の両足を持ち、ずるずると本殿に引きずって行った。
 本殿に入ると諏訪子は杯に水を汲み、将志の顔にかける。

 「……う……む?」

 すると将志は目を覚まし、何事も無かったかのように起き上がった。
 将志は辺りを見回し、その黒曜石のような瞳が諏訪子の姿を捉える。

 「……おはよう、諏訪子」

 「おはよう、将志。って、あんた腹に一発食らったくらいで気絶はないでしょ」

 「……朝食でも作るか」

 「あ、逃げた」

 諏訪子の話を聞いてそそくさと台所に消えていく将志。
 諏訪子はそれを冷ややかな眼で見送るが、腹も減っているので追撃を控えた。
 しばらくすると、台所からは軽快な包丁の音と何かの焼ける音が聞こえてきた。

 「……出来たぞ」

 将志は朝食の載った膳を持って諏訪子の前に置く。
 今日の朝食は魚の塩焼きに山菜の吸物、ほうれん草のおひたしに卵焼きといったラインナップだった。
 食欲をそそるにおいがあたりに充満する。

 「お、きたきた。そんじゃ、いただきます」

 「……うむ」

 将志が自分の分を持ってくるのを待ってから、二人同時に食事を始める。

 「ん、この魚うまいね。普段食べてるのと比べてもこっちが上だよ」

 「……そうか、それは今朝方湖に潜って捕ってきた甲斐があるというものだ」

 「え」

 「……これもまた、鍛錬だ」

 「あんた、どこに向かってるのさ……」

 そんな感じで話をしながら朝食を進めた。
 食べ終えると将志は膳を下げ、諏訪子は仕事に向かう。
 巫女を使って神託を下したり、民の話を聞いて害をなす妖怪にミシャグジを向かわせるなど、諏訪子は次々に仕事をこなす。
 将志はその間やることも無い上に外に出ることを禁止されているので、厨房にこもって料理の研究をすることにした。

 「……む、材料が足りんな」

 が、材料が足りなくなるとこっそり抜け出して調達に行くので、諏訪子の言いつけは大して守られていなかった。
 料理が出来ると、将志は諏訪子の休憩時間を見計らって料理を持っていく。

 「……諏訪子。菓子を作ってみたのだが、どうだ?」

 「何だか涼しそうなお菓子だね。これ、なに?」

 「……葛という植物に手を加えて作った餅に、甘草の汁で煮込んだ豆をすりつぶしたものを包んだ菓子だ。ようするに、葛餅だ」

 「待って、そんな材料どこにあった?」

 「…………」

 諏訪子の問いに、将志は無言で眼をそらした。
 その仕草が、無断外出したことを雄弁に物語っていた。

 「あーうー……少しは私の言うこと聞いてよ……あんた居候でしょ……」

 「……善処しよう」

 「善処する気無いね、あんた」

 眼をそらしたままそう言う将志に、諏訪子はがっくりと肩を落とした。
 そんな日々をすごしながら、将志は神奈子と愛梨達の到着を待っていた。



 将志がはぐれてから七日後、諏訪子の神社に来客があった。

 「洩矢 諏訪子!! 貴殿の社を貰い受けに来た!!」

 そこには注連縄を背負い、巨大なオンバシラを携えた神がいた。
 将志の待ち人の一人である、神奈子である。
 その声を聞いて、本殿で将志と共に食事をとっていた諏訪子は顔を上げた。

 「来たね。将志、一緒について来て」

 「……了解した」

 将志は箸を置き、諏訪子について外に出て行く。
 外に出ると、将志の姿を見た神奈子は驚きの声を上げた。

 「将志!? 貴方、こんなところに居たの!?」

 「……ああ。愛梨達はどうした?」

 「みんな立会人としてここから少し離れたところにいるわよ。もっとも、貴方のことが心配で気が気ではなかったようだけどね」

 「あー、お話は後にしてもらっていい?」

 将志と神奈子が話しているところに、諏訪子が割り込んでくる。
 神奈子は将志から視線を切り、諏訪子に目を向ける。

 「洩矢 諏訪子は私だよ。いきなり出てきて信仰を奪おうだなんてずいぶんと乱暴だね、八坂 神奈子」

 「より強い神が民を守る、その方が民にとってもためになるであろう。信仰を守りたくば、我に力を見せてみよ!!」

 そう言って神奈子は戦闘を開始しようとするが、諏訪子はそれを制止した。

 「待った。私は神社と信仰を賭けて、そっちは何も賭けないなんて不公平だよ。そっちもそれ相応のものを賭けてもらうよ」

 「大和の神の信仰はやれぬぞ」

 「そんなことはわかってるよ。だから、別のものを賭けてもらうよ。私が勝ったら、槍ヶ岳 将志をもらっていく。妖怪一人引き渡すだけなんだ、出来ないとは言わせないよ?」

 それを聞いた瞬間、神奈子は顔を引きつらせた。
 その横で、首を傾げた将志が諏訪子に話しかけた。

 「……諏訪子、俺が表に出ると面倒なことになるのでは?」

 「ああ、それはあんたがよそ者だからだよ。あんたが正式にここに来ることになれば、あんたを神様にして信仰の対象にすればいいし。今の時点でうわさになるくらいだし、神様になれば結構信仰もらえると思うよ」

 「……そういうものなのか?」

 「そーいうもんだよ」

 将志と諏訪子の話を聞いて、神奈子は額に手を当ててため息をついた。
 もし負けて将志を取られたりしたら、他の神が暴動を起こしかねないので当然の反応である。

 「……これはもう絶対に負けられないわね。準備は良いか?」

 神奈子は内包した神力を強め、諏訪子に圧力をかける。
 どうやら最初から本気を出す気らしい。

 「こっちは別にいつでもいーよ。将志、流れ弾は任せたよ」

 「……任された」

 諏訪子も両手に鉄の輪を持って、周囲にミシャグジ達を呼び出した。
 将志は諏訪子に答え、本殿の上に飛び乗った。
 にらみ合う二柱の神はそのまま空へと上がっていく。

  
 そして、戦いが始まった。
 突如として空一面を色とりどりの弾幕が覆い尽くし、オンバシラが飛び、ミシャグジ達が空を舞う。
 神奈子はあまり動かずに全方面に弾幕を張り、あらゆる方向から襲い掛かってくるミシャグジを打ち落とす。
 隙あれば巨大なオンバシラを投げ、諏訪子を狙う。
 あまり動かず大威力の攻撃を繰り返す神奈子の姿は、大砲を携えた要塞のようだった。

 一方の諏訪子はミシャグジ達と共に隊列を組み、神奈子の周りを高速で急旋回や急降下を繰り返し、複雑な軌道を描いて飛び回りながら多角的に弾幕を放った。
 時には神奈子のすぐ横を掠めるように飛び、鉄の輪で直接攻撃を仕掛けることもする。
 神奈子が要塞ならば、諏訪子はそれに攻め込もうとする戦闘機のようであった。

 その激しい戦いは、周囲に多数の流れ弾を生み出す。
 湖は飛沫を上げ、森の木は薙ぎ倒され、地面には穴が開く。
 神奈子も諏訪子も周囲への被害を気にする余裕は無く、次々と流れ弾は地上に降り注いでいた。

 「……ふっ!! はっ!!」

 そんな中神社の上では将志が休むことなく動き回り、神社に飛んでくる弾幕を弾き飛ばしていた。 
 これまで結界を張ることなど無かった将志は結界を張れないため、将志はその全てを手にした槍で叩き返していた。
 空中には銀の玉が大量に浮かんでおり、将志はそれを足場に使って宙を跳びまわる。
 その姿は眼で追うことが出来ないほど速く、またそうでなければ神社を守ることは出来なかった。

 そんな将志のところにオンバシラが飛んできた。
 将志はそれを確認すると周囲の弾幕を叩き落しながらオンバシラに向かっていく。
 真正面から叩き落すのは不可能ではないが、それを行えば周囲に被害が出るのは明白である。
 そこで将志は、一度オンバシラの後ろに回った。

 「……はああああ!!」

 次の瞬間、オンバシラに銀の螺旋が巻きついた。
 その直後、螺旋が消えると共にオンバシラの射線上に将志が現れる。
 するとオンバシラはバラバラに分断され、細かい破片となって将志に向かっていく。
 その破片を将志は被害の出ない場所に弾き飛ばし、将志は他の弾幕を落としに掛かった。

 三者三様の激しい戦いは長く続き、やがて二度目の夜明けを迎えた。
 神奈子の弾幕は狙いがだんだん甘くなり、消費を抑えるために密度を下げ始めた。
 諏訪子は味方のミシャグジをほとんど撃墜され、弾幕中心の戦いから鉄の輪による直接攻撃に重点を置くようになった。
 両者共に顔には疲労の色が濃く現われており、限界が近いことが良くわかる。

 一方、下で孤軍奮闘していた将志にも疲労の色が見え始めた。
 それでも将志は歯を食いしばって守り続けた。
 時には妖力で足場を新しく作り出し、それを盾にして守ることもあった。
 そんな中、再びオンバシラが飛んでくる。

 「……くっ、おおおおおお!!」

 将志はそれに対して数本の妖力で作った槍を投げてオンバシラを砕き、破片を払った。
 そして次を迎え撃とうとして空を見ると、ちょうど弾幕の切れ目で、神奈子と諏訪子の闘いを垣間見ることが出来た。
 神奈子は弾幕の狙いを諏訪子に絞り、斬りつけてくる諏訪子をオンバシラで叩き落そうとする。
 一方、一人残った諏訪子は弾幕を神奈子の行動を制限するために使い、迎撃をギリギリで躱して攻撃を仕掛けようとする。
 諏訪子のすぐ近くをオンバシラが大気を震わせながら通り過ぎ、投げられた鉄の輪が神奈子の髪を鋭く掠める。
 両者の力は拮抗しており、一進一退の攻防が続いていた。

 「……良い戦いだ」
 
 二人の戦いを見て、弾幕をはじき返しながらそう呟いた。
 そして日も高く昇ったころ、とうとう決着がついた。
 オンバシラを躱した諏訪子の一瞬の隙を突いて神奈子が至近距離で弾幕を放ち、諏訪子に直撃する。
 そうして動きを止めた諏訪子に、神奈子はオンバシラによる渾身の追撃を加えて地面にたたきつけた。

 「……くっ!!」

 本殿に向かって勢いよく落ちてくる諏訪子の腕を取り、将志はその勢いを使ってあえて諏訪子を上に放り投げる。
 そして再び落ちてくる諏訪子を将志はしっかりとキャッチした。
 諏訪子は気絶しており、疲れもあいまって眠ったような表情を浮かべていた。

 「はあっ、はあっ……お、終わったわ……」

 その将志の隣に、疲れ果てた表情を浮かべた神奈子が降りてきた。
 神奈子は肩で息をしており、膝に手をついてかがみこんでいた。

 「……お疲れ、神奈子。長かったな」

 「ええ……これで他の神に怒られずに済むわ……」

 そこまで言うと、神奈子はあることに気付いて首をかしげた。

 「あら? 将志、貴方いつの間に神になったのかしら? 神力を感じるわよ?」

 「……む?」

 将志はそういわれて自分の中の力を確認した。
 すると、どうにも今まで慣れ親しんだものとは違う力があることに気がついた。

 「……何だ、この力は?」

 「それは信仰の力よ。貴方が何をしたかはわからないけど、これで貴方は何かの神になったと言うことよ」

 「……そう言われても、俺には何故神になったのかがわからないのだが……」

 将志が首をかしげていると、腕の中の諏訪子が眼を覚ました。

 「う……ん……あいたたたた……あーうー、負けちゃったよー」

 「……残念だったな。だが、いい戦いだったぞ」

 諏訪子は将志の腕の中でシクシクと泣き始めた。
 将志はそんな諏訪子の頭を撫でる。
 ちなみに帽子は飛ばされていて、眼を覚ましたミシャグジが捜しに行っている。
 しばらく泣いて気が済むと、諏訪子もやはり首をかしげた。

 「あれ、将志が神になってる」

 「……そのようなのだが……理由がわからん」

 「単純に考えてこの戦いでなったんでしょうけどね……」

 三人はしばらく考えていたが、考えても埒が明かないのでやめた。

 「それはともかく、私が勝ったのだからここの信仰は頂いていくわよ」

 「……まあ、負けちゃったわけだし、そういう約束だから仕方ないか……」

 そんなやり取りの後、神奈子は民を集めて事情を説明した。
 しかし、民の間からは「そんなことをしてミシャグジ様に祟られたくない」と言って神奈子を拒絶した。
 挙句の果てには、こんな言葉が飛び出す始末であった。

 「諏訪子様が負けたとしても、まだ守り神様が残っている以上、そんなことは出来ない」

 これには神奈子も同席した諏訪子も揃って首をかしげることになったが、しばらくして将志のことだと思い至った。
 どうやら将志が社を守り続けていたのが見えたらしく、新しくやってきた神社の守護神だと思っていたようだ。
 二人は思わず顔を見合わせ、その場で頭を抱えることになった。
 何とか将志が通りすがりの神であることを伝え、表向きには神奈子がこの地を統治し、実際には諏訪子が治めるという構図になり、信仰は二人に分配される形になった。
 なお、守り神様こと将志に関しては感謝の意味をこめて近くに分社(とは言うものの本社がないので実質的な本社)を建てることになった。



 一方、一仕事終えて将志が辺りをぶらぶらしていると、見慣れた格好の人物を見つけた。

 「……愛梨」

 将志はそのトランプの柄の入った黄色いスカートとオレンジ色のジャケットを着た人物に声をかけた。
 すると愛梨は振り向いて、将志の姿を確認するなり将志の胸に飛び込んできた。

 「もう!! いつもいつも心配かけて!! どれだけ僕達が心配したと思ってるのさ!!」

 「……すまないな」

 半ベソをかきながら愛梨は将志にそう叫んだ。
 将志はそれを聞いて、そっと愛梨のうぐいす色の髪を撫でた。

 「本当に酷いですわ。これは少し何かお詫びが欲しいですわね」

 「……考えておこう」

 「ふふっ、約束ですわよ?」

 愛梨の頭を撫でる将志に、後ろから六花がぎゅっと強く抱き着いて耳元で色香のある声で囁く。
 将志がそれに答えると、六花は笑みを浮かべて将志から離れた。

 「まったく、兄ちゃんはホントに人騒がせだよな~。それはともかく、腹減ったから飯にしようぜ!! 七日ぶりの兄ちゃんの飯を食わせてくれよな!!」

 「……くくっ、了解した。では戦も終わったことだ、食事にするとしよう」

 威勢よく足元から炎を吹き上げるアグナに将志は笑みを浮かべると、将志は食事の支度を始めることにした。
 七日ぶりの将志の本気の料理は神奈子と諏訪子を合わせた全員で食べることになり、初めて食べた諏訪子を大いに驚かせることになった。


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 というわけで、将志君が勘違いで神様になりました。
 戦争については特に変更点は無し。
 大体史実の通りにオンバシラ様が勝ちました。


 そんなこんなで、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、家を持つ
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/26 01:31
 神奈子と諏訪子の戦の後、将志は調停者としてしばらく残ることになった。
 その理由は、大和の神でもなく完全な中立の神として非常に都合の良い存在であったからである。
 もちろんその間の食事は全て将志が作ることになり、愛梨達も将志の社に一緒に寝泊りするようになった。
 その結果。

 「ねえ、将志。うちの神社がいろんな神のたまり場になってんだけど、どうすんのさ」

 「……こればかりは俺にはどうしようもない……」

 「人間より先に神に知られる神って言うのもおかしな話だけどね……」

 と言う具合に、将志達のうわさを聞きつけた神がしょっちゅう遊びに来る事態となった。
 なお、その迷惑料として将志は自分に集まってくる信仰を神奈子と諏訪子に支払っている。
 ちなみに、家内安全の守り神や芸能の神、更には戦神として結構な信仰が得られている。
 そのお守りの形は槍の形をしているそうな。

 また、将志は神奈子や諏訪子から神とはどんな存在かと言うことを教え込まれ、それと同時に神力の扱い方を教わった。
 クソ真面目で馬鹿正直な将志は日々特訓を重ね、妖力と同じように使えるまでになった。
 その副産物として、日々将志の社から放たれる神気に民が感謝をし、より一層の信仰を得ることにもなった。

 それを確認すると今度は知り合いの神のところに遊びに行くと称して営業に向かう。
 手の足りていないところの守護をして、神奈子や諏訪子の言うとおりにせっせと民のために尽力した。
 思いっきり便利屋扱いなのだが、その結果として将志は小さいながらもあっちこっちに分社を持つ神になった。
 その分出張の機会も多くなったのだが、将志自身が身軽なためにそこまで苦にはなっていない。
 なお、愛梨達は将志が出張に言っている間は代わりに民の話を聞く役目をしているのだった。
 閑話休題。

 そしてそんな生活が続いて数百年。
 神奈子と諏訪子の仲も良くなり、将志も神としての仕事に慣れてきた頃、将志達は再び旅立つことにした。

 「本当に行くのかしら?」

 「……ああ。もしかしたら、どこかに主がいるかもしれんからな。捜しに行かねば」

 神奈子の問いかけに、将志ははっきりとそう答える。
 それを聞いて、諏訪子が大きなため息をついた。

 「あ~あ、将志のご飯も当分は食べられないのか~……」

 諏訪子は心底残念そうにそう話す。
 その様子を見て、愛梨が諏訪子に笑いかけた。

 「たまにはここに遊びに来るよ♪ その時にまた一緒にご飯食べようね♪」

 「ここでの生活も悪く無かったですわ。また機会があったら会いましょう」

 「また遊ぼうぜ、姉ちゃん達!!」

 笑みを浮かべる六花に、ぶんぶんと大きく手を振るアグナ。
 実際のところは二人よりもアグナのほうが年上なのだが、見た目的に誰も気にしない。

 「……ここには俺の社もある。そのうちまた来ることもあるだろう」

 「そうね。その時を楽しみにしてるわ」

 「出来るだけこまめに帰ってきてね」

 「……ああ」

 将志はそういうと、数百年にわたって神としての修行の日々を過ごした社を後にした。
 愛梨達も将志について社から離れていく。
 とある秋口の話だった。


 それから将志達にとっては少し、人間にとってはそれなりに長い年月がたった。
 世の中は、蘇我馬子が物部守屋を倒したり、中大兄皇子や中臣鎌足が蘇我入鹿を討ち果たしたりしていた。
 将志達は旅芸人の体裁を取りつつ、国中を回る。
 途中、甚大な被害を振りまく妖怪の退治や悪政を布く領主への制裁、果ては周囲に迷惑をかける妖怪退治屋の成敗など、守護神としての仕事にも余念が無かった。
 特に、法外な報酬を取る退治屋などには特に厳しく、それが適正なのか、はたまた退治する必要があったのかを厳しく追求した。
 すると、将志達にとって少し困ったことがおきた。

 「大将、次は北の悪徳領主を裁くんですかい?」

 「殿、南方で不当な妖怪退治が横行しているようです。助けに行きましょう!!」

 「聖上、東では妖怪による限度を超えた人間の捕食が問題になって候。直ちに制裁が必要であるかと思われ……」

 「御大、西で天照が御大を呼んでいるのだが……」

 気が付けば、将志の周りは妖怪だらけになっていた。
 彼らは将志によって窮地を救われた者であったり、将志の槍や食事によって改心したものであったりした。
 そんな妖怪達が、各地の情報を次から次に将志に持ってくる。

 「……俺の体は一つしかないのだが……」

 あまりの仕事の多さと、ひっきりなしに自分の元にやってくる妖怪達に将志は頭を抱える。
 初めのうちは慕ってくる妖怪達を大勢のほうが楽しいと思って旅の仲間に加えていた。
 次に数が増えてきて大所帯になってくると、将志は妖怪達を各地に点在する自分の分社に妖怪達を配置し、情報伝達に使っていた。
 最近ではその情報員も増え、どこにいても自分の管理地域の情報が流れ込むようになり、力があり信頼できるものは代行者として使いに出すこともあった。
 そして気が付けば、将志は人間の暮らしを守る守護神でありながらその一帯の妖怪達の総大将と言う、訳の分からない立場に収まることになったのだった。
 しかし、こう毎日毎日妖怪達が自分を取り巻いていては本来の旅の目的である主探しがおちおち出来ないのである。
 何しろ、探している相手は人間のいる場所にいる可能性が高いのだから。

 「困りましたわね……これじゃあ人間の里になかなか立ち寄れませんわよ?」

 妖怪達が帰っていくと、銀色の艶やかな髪を手で梳きながら六花はそう呟いた。
 もう長いこと人間の里に入ることが出来ていないせいか、少し苛立たしげである。

 「でもよう、(んぐんぐ)妖怪の兄ちゃん達が持ってくる仕事を放って置くわけにはいかねえだろ(もしゃもしゃ)? その情報を持ってきてくれんだから来るなって言うわけにもいかねえぞ(もきゅもきゅ)?」

 将志が作ったおにぎりを口いっぱいに頬張りながらアグナがそう言う。
 それを聞いて、将志は腕を組んで考え込んだ。

 「……せめて来る妖怪が一日に一人程度なら問題は無いのだが……こうも四六時中来られてはな……」

 将志がそう呟くと、隣で同じく考え事をしていた愛梨がぽんと手を叩いた。

 「そうだ♪ それならそういう風にしちゃえば良いんだよ♪」

 「それ、具体的にどうするんですの?」

 「情報を集める場所を作って、そこからまとめて情報を持ってくるようにすれば良いんだよ♪ こうすれば、将志君のところに来る妖怪も一人で済むでしょ?」

 「でもピエロの姉ちゃん、それじゃあその集める場所はどうすんだ? 今あるところじゃ人目に付き過ぎて、妖怪が集まるのは無理じゃねえのか? それじゃ兄ちゃんがその妖怪達を懲らしめに行くなんて事になりそうだぞ?」

 「……それならば、良い場所を知っている。人目に付かず、ある程度の広さを持ったところをな。ついて来い」

 将志はそう言うと緩めた速度で飛び始めた。
 他の三人も将志について飛んでいく。

 しばらく飛ぶと、岩山の山脈が見えてきた。
 山々は険しく、雲海を上から眺めることが出来るほど高かった。
 将志は山脈に着くと、辺りを見渡した。

 「……あった」

 将志はそういうと、とある山の頂上に向かって飛んでいった。
 他の三人がそれについていくと、そこには何故か開けた広場があった。
 将志はその広場の中心に降り立った。

 「……ここなら問題ないだろう。位置的にも他の社の中間ほどの距離の場所だ。ここを俺達の拠点にしよう」

 「うんうん、確かにここなら普通の人間は近づけないね♪」

 愛梨は広場の周囲を見回して、満足そうに頷いた。
 広場の周りは切り立った崖になっており、並の人間ではとてもではないが近づくことは出来そうもない。

 「……さて、ここに拠点となる建物を建てたいところだな」

 将志は広場の中央をにらんでそう言った。
 その広さは岩山の頂上の広さとしては不自然なほどに広い。

 「ところで兄ちゃん、妖怪の中に大工仕事の出来る奴なんていたか? それに、柱をおっ建てるにも下が岩じゃきついんじゃねえか?」

 そんな将志に、アグナが燃えるような赤色の髪の頭をかきながらそう言った。
 将志はそれを聞いて、少し考え込んだ。

 「……少し待っていろ」

 将志はそういうと、すさまじい速度で岩山を駆け下りていった。
 そしてしばらくすると、将志は大工を抱えて山を登ってきた。

 「……連れて来た」

 「連れて来た、じゃありませんわよ!? それ、人攫いになるのではなくて!?」

 突然の将志の奇行に、六花は大いに慌てた様子でそう言った。
 それに対して、将志は首をかしげた。

 「……む? 報酬は払うつもりでいるし、終わればきちんと帰すつもりでいるのだが?」

 「きゃはは……その前に、ちゃんと大工さんにお話はしたのかな?」

 「……そういえば、まだだったな」

 「おいおいおい、それじゃあマジで誘拐じゃねえか!! 話ぐらいつけろよ、兄ちゃん!!」 

 「……そういうものなのか?」

 「そういうもんだよ!!」

 すっとぼけた将志の言葉に、思わずアグナが炎を吹き上げた。
 頭は悪くないのに常識と言うものが欠落している将志に、一同は唖然としている。
 それを気にも留めず、将志は大工のほうを振り向いた。

 「……突然のことですまないが、頼みがある」

 「ひっ……あ、アンタ何者だ!?」

 「……おびえる必要は無い。俺の名は槍ヶ岳 将志。一応神をやっている」

 おびえる大工に将志が自身の象徴である銀の槍を取り出して自分の名を言うと、大工は一転して豪快な笑顔を見せた。

 「な、何でえ、誰かと思えば守り神様かい!! こりゃこっ恥ずかしいところを見せちまったな!!」

 「……頼みを聞いてもらえるだろうか?」

 「あったりめえよ!! 守り神様のおかげで夜もゆっくり眠れるんだからな!!」

 将志は大工に事情を説明した。
 すると大工は苦い顔をした。

 「むう……守り神様の注文は難しいな……材料を運ぼうにもここじゃあ無理だし、柱も建てられん。どうしたものか……」

 「……材料は俺の方で用意しよう。それから柱なのだが、建てるのは俺に任せてくれないか?」

 「良いんですかい? 結構な大仕事になると思いますぜ?」

 「……男に二言は、無い」

 将志の言葉に、大工は豪放磊落に笑った。

 「はっはっは!! 守り神様は男前だな!! それじゃあお願いしやすぜ」

 「……任された。何を持ってくれば良い?」

 将志は大工から必要なものを聞くと、頷いた。

 「……了解した。明日までに全てそろえよう」

 「あ、あの……こう言っちゃなんですが、本当に出来るんですかい?」

 「……出来る。まあ、待っていろ」

 将志は半信半疑の大工の棟梁を村まで送っていく。
 そして山の頂上に戻ると、将志は妖力で槍を作り出した。

 「お兄様? 何をなさるんですの?」

 「……なに、少し人手を集めるだけだ」

 首をかしげる六花にそう言うと、将志は空に向けて手にした槍を放り投げた。
 槍は空高く飛んで行き、最も高いところで強烈な光を放って消えた。
 その光は遠くまで届いていた。

 「どうしたんでい、大将!!」

 「どうかなさいましたか、殿?」

 すると、その光を見た妖怪達が続々と将志の下へ集まってきた。
 その光景に呆気にとられている一行をよそに、将志は事情を話した。

 「……というわけで、お前達には資材を集めてもらう。良いな?」

 「「「「「了解!!!」」」」」

 妖怪達は将志が話し終わるが早いか、即座に散って行った。
 将志はそれを見届けると、広場に座して待つことにする。

 「将志君、いつの間にあんな号令考えたんだい?」

 「……ついさっきだ。一度俺と戦った奴なら今ので分かるはずだからな」

 「……そのむやみな確信はどこから来るんですの?」

 「こまけえことはいいじゃねえか!! そんなことより腹減っちまったよ!! 兄ちゃん、そろそろ飯にしようぜ!!」

 「……そうだな」

 将志はそういうと、いつもどおり食事の準備を始める。
 ただし、今回は材料をかなり大量に用意している。
 資材を集めに行っている妖怪達の分も作るつもりなのだ。

 「……今日は少し量が多いぞ。時間まで持つか、アグナ?」

 「はっ、俺を誰だと思ってるんだ!? この炎の妖精に不可能は無い!! うおおおおお、燃えてきたああああああああ!!!」

 「……良い火力だ」

 眼に炎を宿らせて火柱を吹き上げるアグナの頭の上に、将志は具材の入った中華鍋を置く。
 幼女の頭の上に置かれた中華鍋が、何ともシュールな光景を生み出している。
 少しずつ料理が出来始めた頃、資材を取りに行っていた妖怪達が段々と戻り始めてきていた。

 「む、この匂いは……」

 「おお、これは運が良い、御大の手料理が食せるとは!!」

 一帯に広がる料理のにおいをかいで、妖怪達は歓喜の表情を浮かべる。
 将志はそれを見て、今ある材料で足りることを確信する。

 「……早かったな。もうすぐ食事が出来る。手間賃代わりに食べていけ」

 将志はそういうと、調理している鍋を振り上げた。
 すると鍋の中の料理が机の上にセットされた皿の上に極めて正確に飛び、きれいに盛り付けられる。
 そして調理を終えた将志が席に着くと、一斉に食べ始める。

 「……あ~……」

 「あ~……はむっ!! んぐんぐ、今日の飯もうまいな、兄ちゃん!!」

 「……そうか……あ~……」

 「あ~……むっ!!」

 将志は隣に座ってにこにこと笑っているアグナに料理を箸で差し出す。
 すると、ひな鳥のように口をあけたアグナが差し出された将志の手を両手でつかんで料理を食べる。

 「……これは……愛いな……」

 「まったくもって微笑ましいな」

 そんなアグナを、周りは愛玩動物を愛でる様な視線で眺めていた。

 ほっこりと心温まる食事の時間を終えて妖怪達が帰ると、再び将志は人里に下りて大工を連れてきた。
 ただし今回は一人ではなく、数人まとめて抱えてきている。
 棟梁は将志が用意した資材を見て、眼を丸く見開いた。

 「こいつぁおでれぇた!! まさかもう用意しちまってるとはな!!」

 「……これで足りるか?」

 「ああ、十分すぎるほどだ!! おい野郎共!! とっとと仕事に取り掛かるぜ!!」

 「「「「「「応!!!!」」」」」」

 棟梁の号令で大工達が仕事を始める。
 信仰している神直々の依頼とあってか、やたらと気合が入っており異様な速さで仕事が進んでいく。
 気が付けば、あっという間に柱が完成していた。

 「で、守り神様よ、柱を建てるってどうするつもりで?」

 棟梁がそう問いかけると、将志は無言で大黒柱となる大きな柱を担いだ。
 その怪力に、大工達は騒然となる。

 「……どこに建てれば良い?」

 「あ、ああ、その辺りに建ててもらえれば立派なものが出来るが……」

 「……分かった」

 将志は柱を建てる場所を聞くとそこに向かい、岩で出来た地面をにらんだ。

 「……貫け」

 将志はそう短く呟くと、大黒柱を地面に突き込んだ。
 すると大黒柱は容易く岩にもぐりこみ、直立したまま動かなくなった。
 それを見た棟梁は、驚きのあまり手にした鎚を落とした。

 「……次はどこに建てれば良い?」

 「お、おおおお、次はその柱をそこに……」

 棟梁の指示に従い次から次に柱を建てていく将志。
 その後も力仕事は将志が担当し、職人の技が必要な部分は大工達が引き受けて協力しながら作業を続けた。
 そのような感じで予定よりもはるかに早いペースで社を組み立てていく。


 そして作業することわずか数日。
 険しい岩山の頂上に、どう建てたのか分からないほどの堂々たる社が完成した。
 入り口には大きな石の鳥居が建ち、拝殿へ続く参道には灯篭が並べられている。
 そのところどころに金細工を施された本殿には、将志のもつ銀の槍を模した直槍が奉られている。
 なお、人を呼ぶ気も無いのに拝殿どころか摂末社までしっかりとある。
 その摂社に祭られているのは愛梨達であったり、過去に世話になった神奈子や諏訪子だったりした。

 「……これはまた……ずいぶんと大きいものが出来たな……」

 完成した自分の神社を見て、将志は呆然とした様子でそう口にした。
 建てているときは少し広いなと思っていたが、まさかここまでの規模になるとは思っていなかったのだ。
 ……なぜ資材運搬のときに気付かなかったのか。

 「なあに、これも日ごろの感謝の気持ちって奴だ!! これからもよろしく頼みますぜ、守り神様!!」

 「……あ、ああ。この礼はしっかりとさせてもらおう」

 剛毅に笑う棟梁たちに引きつった笑みを返してから人里に送ると、将志は気を取り直して各地にいる自分の配下の妖怪達を呼び寄せ、この社の説明をした。
 その後行われた協議の結果、情報処理が得意な妖怪をここに配置し、将志不在時の代行の者を当番制でここに住まわせることになった。
 ちなみに、妖怪達は自分達の大将の社を見て、しばらく言葉も出なかった。

 こうして将志は、自分を祭る立派過ぎるほど立派な神社を手に入れることに相成った。

 ……なお、当の本人が考えていたのは少し広いだけの掘っ立て小屋のような社だったことをここに述べておく。貧乏性め。



[29218] 銀の槍、弟子を取る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/27 16:46
 社が完成してからと言うもの、将志達はかなり自由に歩けるようになった。
 情報の伝達が定時に行われるようになったおかげで、配下の妖怪と会うのも一回で済む様になったためだ。
 これにより、将志は人里に入ることも楽になり、人里から直接自分の足で情報収集が出来るようになったのだ。

 「……どうしてこうなった……」

 しかし、それでも将志は頭を抱えることになった。
 将志はその頭痛の原因に眼を向ける。

 「建御守人(タケミモリト)様、ぜひ貴方の槍を見せていただきたい!!」

 そこに居たのは、黒い戦装束に臙脂色の胸当てをつけた少女であった。
 その背中には将志のものと同じ形の、漆塗りの柄の直槍を背負っている。
 精悍な顔つきで、額には鉢金が巻かれ、長い黒髪を後ろで結わえて邪魔にならないようにしている。
 そんな彼女が、土下座をしてまで将志に槍を振るうように頼み込んでいる。

 「……う~む…………」

 将志は困り果てていた。
 実は、このように将志に演舞や挑戦を申し込んでくるのはこれが初めてではない。
 将志が守護神兼戦神とあって、不在の間も武人達が非常に険しい山道を登ってきてまで参拝しに来るのだ。
 さらに、『槍を持たせればその優雅さと強きに勝るものなし』等という噂が立ったために、なおのこと人が来るようになった。
 加えて言えば、その厳しい山道こそが神が与えし試練と言う話になり、ますます挑戦者は増える一方であった。
 要するに、人が来ないと踏んでいたはずのところに想定外の参拝客が現われたために大弱りをしているのだった。

 ちなみに、建御守人とは神として有名になった際に、神奈子が将志につけた神としての表向きの名前である。
 由来は、神奈子が建御名方(タケミナカタ)神にゆかりがあるためと、将志は主に守護神として祭られているためである。
 ……もっとも、当の将志はその名前で呼ばれるのがあまり好きではないのだが、流石にそれでは名付け親に悪い上、外に出るときには隠れ蓑として使えるために甘受している。

 将志は目の前で土下座を続けている少女に眼を向ける。
 普段の挑戦者であるならば、対等の立場をとろうとするのでこのような態度はとらない。
 見るだけであるならば、そもそもここまでこなくてもそこらにある分社に派遣している代理の妖怪に頼めば、地鎮祭などで槍を取ることもある。
 わざわざ険しい岩山の頂上まで来て、土下座までして見に来ようという人間は将志も初めてであった。

 「……一つ訊こう。何故俺の槍を求める?」

 「武人として、槍を極めた貴方様の槍を見たいのでござる!!」

 「……質問の追加だ。お前は極めた槍が見たいのか?」

 「はい!!」

 「……最後に一つだ。その槍を見てどうする」

 「武人として、自らの生涯をかけてその槍に少しでも届かせる所存でござる!!」

 将志の質問に、少女は自らの思いの丈をぶつけるように力強く答える。
 質問を終えると、将志は眼を瞑り、背を向けた。

 「……済まないが、そういうことであるならば、俺は答えることができない」

 「っ!? どういうことでござるか!?」

 将志の言葉に、少女は身を乗り出して問い詰める。
 将志はそれに対し、布にくるんだままの槍を向けて話し始めた。

 「……まず、お前は大きな思い違いをしている。俺は槍を極めたなどとはただの一度も思ったことはない。故に、俺はお前に『極めた』槍を見せることは出来ない」

 「で、では貴方様が思う極めた槍とは何でござるか?」

 その問いに、将志はゆっくりと首を横に振った。

 「……仮に、山道があるとしよう。お前は、その頂上を目指すべく登って行く。そして幾ばくかの苦労を重ねて頂上に着いた。辺りにそこよりも高い山はない。……さて、お前ならどうする?」

 将志はそう言って少女に眼を向ける。
 少女はしばらく考えるが、結局分からずに首をかしげる。

 「……分からぬ。その先に道はないし、どうしようもないと思うのでござるが……」

 「……俺ならば、空を見る。山の頂上に登っても、太陽に、星に……そして月には届かん。だが、そこから飛び跳ねれば少しは空に近づける。何万、何億か飛び跳ねていればいつかは空に届くやも知れん。……お前から見て俺が山の頂上に居るとするならば、俺は今飛び跳ねている時なのだ」

 「では、空に届いたらどうするのでござるか? 太陽も星も月も、全て手に入れたら終わりなのでござるか?」

 「……その全てを手に入れたとしても、その向こう側に何かがあるやも知れん。そのようなことは、追求すれば止まることを知らん。……長い話だったが、結論を言おう。極めた槍など存在しない」

 「し、しかし!! そうであったとしても貴方様の槍はすばらしい物でござる!! 拙者はそれを……」

 「……先に言っておく、お前は絶対に俺に追いつけない。俺の槍はたとえどんな戦神が真似しようと追いつくことはないだろう」

 少女は将志の言葉をさえぎる様に話し始めるが、さらにそれを将志がさえぎった。
 それに対して、少女は若干ムキになって答える。

 「っ、それは承知の上でござる!! それでも、真似事ぐらいは出来よう!!」

 「……では、俺の槍を真似て何をする? 何のために修練を積む?」

 「それは、武人として……」

 「……武人、武人と言うが、お前の言う武人とは何だ? 力を振りかざすのが武人だと言うのならば妖怪や山賊も武人だ。そうでなくば、何を持って武人と言う?」

 「くっ、武人とは、命を懸けて主や民を守るものだ!! 幾ら貴方様でも、これ以上の侮辱は許さんぞ!!」

 繰り返される将志の問いに、とうとう少女は憤慨した。
 背中の槍を抜かんばかりの形相の少女を見て、将志は目を閉じて頷いた。

 「……理解した。良いだろう。それがお前の譲れぬ武人の誇りか」

 将志はそういうと、少女に頭を下げた。

 「……目の前で土下座までされたのは初めてでな、真意を確かめたかった。試すような真似をしてすまなかった」

 突如頭を下げた戦神に、少女は困惑した表情を見せる。

 「え、あ、謝られても困るでござるよ!! 理由があったのだから、拙者は何も文句はないでござる!!」

 慌てた口調でまくし立てる少女の言葉を聞いて、将志は顔を上げた。
 そしてその場で数秒眼を閉じて黙想をすると、手にした槍の布を解いた。

 「……お前の願い、聞くことにしよう。本来見世物ではないゆえ、不恰好かも知れんがな」

 「ほ、本当でござるか!?」

 将志の言葉を聞いて飛びつかんばかりに身を乗り出す少女。
 それに対して、将志はゆっくりと首を縦に振った。

 「……ああ。元より俺の槍は唯一つ、大切なものを守るための槍だ。……誰かを守ることを誇りとするお前ならば、俺の槍の一部を覚えさせても良い」

 「あの……水を注すようであれなのでござるが、どうしてそれを信じたんでござるか?」

 「……もしその誇りが偽ならば、仮にも神に対して激昂はしないだろう」 

 「あ……」

 将志の言葉に言葉を失った少女を尻目に、将志は銀の槍を慣らすように軽く振ると構えた。

 「……行くぞ」

 将志は短くそう言うと、手にした槍を振るい始めた。
 薄く霧がかかる境内で、銀の穂先が白いもやを切り裂いて宙を舞う。
 速く正確で、その上美しいその舞を、少女は食い入るように見つめている。
 少女の眼には、将志の一つ一つの挙動が現実のものでないかのように映り、耳には将志の槍が風を切る音しか聞こえてこない。
 それほどまでに将志の動きは洗練されており、その周囲だけ切り取られたような独特の世界を作り出していた。

 「……以上だ」

 「……お見事」

 全ての動作を終えた将志に、少女が何とか言えたのはその一言だけであった。
 色々と言いたいのだけれど、それを表す言葉がないのだ。

 「いや~、久々に見るけど相変わらずすごいね」

 「本当にね。素人目に見ても素晴らしいものだと思うわよ?」

 「な、何奴!?」

 少女は突然後ろから聞こえてきた声に、驚いて飛びのく。
 そこには注連縄を背負った女性と、眼のついた帽子をかぶった少女が居た。

 「……来ていたのか、神奈子、諏訪子」

 将志は槍を納めながら少女の後ろの二柱の神に眼を向けた。

 「ええ、なにやら覚えのないところから信仰が流れてきたから、二人とも手が空いた時間を使って出所を探してたのよ。まさか、貴方のところからだとは思わなかったけどね」

 「おまけにこんな岩山のてっぺんにこんなでっかい神社建ててるし……あんた何やったの?」

 「……俺はもっと地味なものにするつもりだったのだがな……」

 諏訪子の言葉に将志は少し肩を落としながらそう答える。
 そんな将志に、少女が恐る恐る声をかける。

 「あの、建御守人様? その方々はどちら様でござるか?」

 「……知り合いの神だが?」

 将志がそう答えると、少女は蒼褪めた顔でサッと後ろに引いた。
 そんな少女を前に、諏訪子が将志に話しかけた。

 「ねえ、ところでここの私達への信仰の出所はどこ?」

 「……それならあれだ」

 将志の指差す先には神奈子と諏訪子が祭られた摂社があった。
 摂社も巨大な本殿や拝殿には負けるものの、細部にまでしっかりと手が入れられた立派なものだった。

 「……あれ、摂社かしら? それにしてはずいぶんと大きいわね……」

 「……ここを立てた大工が大張り切りで作ったものだ……本来はただの情報拠点にするだけだったのだがな……」

 どうしてこうなったと言わんばかりにうなだれる将志。
 それまで野宿の生活が長すぎてへんなところで貧乏性になってしまっている将志には、今の神社は立派過ぎて落ち着かないようだ。

 「それを大工が頑張りすぎたせいでこうなったって訳? うわぁ~、そりゃあんた自分の信仰の度合いを量り間違えてるよ……これ、それだけの信仰を集めてるって事だよ、常識的に考えて」

 「貴方、真面目すぎるくらい真面目だからね……長いこと律儀に自分の足で仕事を続けてたでしょう? 力の強い神があちこち営業してたらそりゃ信仰も溜まるわよ」

 そんな将志を呆れた目で諏訪子は見つめ、神奈子はため息をつく。
 神奈子の言葉に、将志はきょとんとした眼で神奈子を見る。

 「……そういうものなのか?」

 「そういうものよ」

 将志と神奈子が話していると、奥からアグナが走ってきた。

 「お~い、兄ちゃ~ん!! そろそろ飯の時間だぞ~!!」

 「おっと」

 アグナはそう言いながら将志の胸の中に飛び込んでくる。
 将志はそれを上手く勢いを殺しながら受け止める。

 「お、こりゃ運がいーね!! 私達も食べてっていい?」

 「……断る理由はない。食べていくと良い」

 「いーね、そうこなくっちゃ!!」

 「ふふ、そういうことなら頂いていくわ」

 諏訪子と神奈子の返事を聞くと、将志は少女に眼を向ける。

 「……お前も食べていくといい」

 「い、良いんでござるか?」

 「……かまわん。一人分増えたくらいでは調理の手間はかからんからな」

 将志の言葉を聞いて、少女は驚きの表情を浮かべた。

 「え、貴方様が料理をするんですか!?」

 その言葉を聞いて、神奈子と諏訪子は顔を見合わせて笑った。

 「あら、有名な話なのだけど知らないのかしら?」

 「あいつは守り神だけど、料理の神様としても有名だよ?」



 しばらくして、本殿の舞台に置かれた机の上に沢山の料理が並んだ。
 本殿には料理のいい匂いが漂っている。
 そこに、摂社で待機していた神奈子と諏訪子がアグナに呼ばれてやってきた。

 「あ、カナちゃん!! ケロちゃんも久しぶり!!」

 神奈子と諏訪子の姿を見て、愛梨が笑顔で声をかける。
 それを聞いて、神奈子と諏訪子は額を押さえて俯いた。

 「だからカナちゃんって……威厳が……」

 「あーうー、ケロちゃんって言うなー!!」

 「キャハハ☆ かわいいんだから気にしない♪」

 「だからそういう問題じゃ……」

 「それでも言うなー!!」

 にこやかに笑う愛梨に二柱の神は抗議するが、愛梨は気にする様子はまったくない。
 その横で、六花が将志のところへ歩いていく。

 「お勤めご苦労様、お兄様。そこのお方はどちら様ですの?」

 六花は将志の横に居る少女を見てそう言った。
 将志は少女の頭からつま先までをじっくりと眺めた。

 「あ、あの、そんなに見つめられても困るでござるよ……」

 少女は居心地が悪そうに身じろぎする。
 そんな少女を見て、将志は首をかしげた。

 「……そういえば、お前は何者だ?」

 「またこのパターンですの……」

 発せられた将志の言葉に、六花は盛大にため息をついた。

 「おお、そういえばまだ拙者が何者か言っていなかったでござるな!! 拙者は雇われの武官をしている迫水 涼(さこみず りょう)と申す。以後お見知りおきを」

 「おーい!! 早く食わねえとせっかくの飯が冷めちまうぞ!!」

 戦装束の少女、涼が自己紹介を行うと、すでに着席しているアグナから声が上がった。
 アグナは目の前の料理をジッと見つめていて、もう待ちきれないと言う表情を浮かべていた。

 「……そうだな。暖かいうちに食わねば食材に失礼だな」

 将志はそういうと、自分の席に着く。
 他の者も次々と空いている席に着く。
 そんな中、涼は座るのをためらっていた。

 「……どうした?」

 「あ、いや……いざとなると、どうにも神々と同席するのは恐れ多くて……」

 「キャハハ☆ 気にしない気にしない♪ ほらほら、ここに座って♪」

 「うわっ!?」

 半ば強引に愛梨は涼を着席させる。
 全員が着席したのを確認すると、将志達は食事を始めた。




 「おいしかったでござる!!」

 「……そうか」

 食事を終えると、涼は開口一番にそういった。
 将志はそれに若干の笑みを浮かべて頷く。

 「……またいつでも来ると良い。俺の槍は非才の者が長い年月の間ただひたすらに槍を振り続けて身につけたもの故、教えることは出来ん。だが、何かを見取ることは出来るだろう。……お前が望むのなら、俺はまた槍を持とう」

 将志は涼に向けてそういった。

 「……あれで非才?」

 「……あんたが非才なら世の中全員非才だよ……」

 隣で話を聞いていた神奈子と諏訪子が呆れ顔でそうこぼした。

 「はいっ!! ありがとうございます、建御守人様!!」

 「……その名前で呼ばれると少し困る。俺には槍ヶ岳 将志と言う名がある。次からはそちらを使うといい。それに硬くなられては俺もやりづらい。もっと楽に話せ」

 「……かたじけない。では、失礼いたす!!」

 涼は笑顔でそういうと、山を下りて行った。
 それを見送る将志の後ろでは、少しふてくされた顔の神奈子が立っていた。

 「将志、私があげた名前で呼ばれると困るって言うのはどういうことかしら?」

 「……あの名前は人間に知られすぎている。もし俺の涼に対する待遇が知られたとすれば、俺は一日中ここで数多の人間を指導せねばなるまい」

 将志の発言に、神奈子は納得したように頷いてため息をついた。

 「ああ、そういうことね。人が来すぎて困るなんて贅沢な悩みね、まったく」

 「……俺には神である前に、主を待つ槍妖怪だ。本来ならば、主を捜す為にも神としての仕事は少ないほうがずっと良い」

 「それにしても、何であの娘にあんなこと言ったの? そんなことしなければ、こんな面倒くさいことにならないのに」

 「……どうにも他人に思えなくてな……」

 諏訪子の問いかけに将志はそういうと、ふっと軽くため息をついた。
 将志の目には、涼が自分とまったく同じ考え方をしているように映ったのだ。

 「まあ、そのあたりは将志の自由だし、私達が口出しするところじゃないわよ。さてと、私達もあまり留守にしているのもあれだし、そろそろ帰るわ」

 「将志も、たまにはこっちにある社に来てね。未だに将志を信仰している人も多いからさ」

 「……ああ。ではそのうち行くとしよう」

 「宜しい。それじゃ、また会いましょう」

 「じゃあね、将志」

 軽く言葉を交わした後、神奈子と諏訪子は帰って行った。
 将志はそれを見送ると、山頂から下を見下ろした。

 「……さて……今日は都に行くとするか……」

 将志はそういうと、山を駆け下りて行った。



[29218] 銀の槍、出稼ぎに出る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/29 18:50
 将志は情報収集のために都にくると、すぐ近くの料理屋に顔を出した。

 「……邪魔するぞ」

 「おう槍の字、来たのか。生憎と今日はアンタがやれる仕事は無いぞ? それとも、今日こそはうちで働く気になったか?」

 この料理屋、実は手配師としての側面も持っており、将志は屋敷の警備などをして生活費を稼いでいた。
 仮にも一介の神が何故そんなことをしているのかというと、料理に使う調味料などの代金を稼ぐためであった。
 なお、各地で奉納される供え物は全て現地の人間に還元している。
 つまり、信仰はあれども収入は無いのだった。

 「……俺はこれでも多忙の身だ。ここで本格的に働く時間は無い。それに仕事がないことはないだろう? ここ最近の流行病で護衛が欲しい所が多いのではないのか?」

 「つれねえなあ。アンタがここで包丁握ってくれりゃあウチも繁盛間違いなしなんだがなあ。それに、その手の仕事は俺のところに来る前にほとんど貴族様が自分で取っちまってるよ。俺のところに来るのは余程の物好きか、つてのねえ連中さ」

 店主は心底残念そうにそういうと、再び仕事に戻る。
 将志はカウンター席に座ると、出されたお通しを口にする。

 「そういや、最近巷じゃお公家様が熱心に通う場所があるんだよな」

 「……どうせ女だろう。遊び暮らしている公家達が通うようなところなど、それくらいだ」

 「アンタずいぶんと辛らつなこと言うねえ。ま、正解だがな。なよ竹のかぐや姫と呼ばれている超美人さんらしい。興味わいたか?」

 「……どうでも良い。そもそも、そんなことに構うくらいならば俺は仕事をする」

 「かぁ~っ!! 若い兄ちゃんがそれで良いのかよ!?」

 二人がそうやって話していると、立派な服装をした武官がやってきた。
 店主は話を止め、客に応対する。

 「へいらっしゃい。ご注文はお決まりですかい?」

 「玉将定食の出前を頼む」

 「ああ、かしこまりやした。でしたら、そちらの暖簾を潜ってその先の席でお待ち下せえ」

 店主はそういうと、店の奥へ引っ込んで行った。
 それと同時に、武官も店主に言われたとおり暖簾をくぐる。
 なお、もうお気づきの方もいらっしゃると思うが、玉将定食の出前とは手配師としての仕事を依頼するときの暗号である。

 「……仕事、か……」

 将志はお通しをちびちび食べながら話が終わるのを待つ。
 すると、暖簾の奥から店主が出てきた。

 「おーい、槍の字!! ちと来てくれや!!」

 「……了解した」

 将志は店主に呼ばれて暖簾の奥へ入る。
 そこには、先程の武官が席について待っていた。
 机の上には、依頼内容が書かれた木の板が置かれていた。

 「槍の字、お待ちかねの仕事だぜ。かぐや姫の護衛だとさ」

 「……詳しい話を聞こう」

 将志は武官から詳しい話を聞いた。
 何でも、町で流行の病によって護衛が大幅に減少してしまったそうな。
 そこで、夜に忍び込んでくる不届き者を追い払うための腕の立つ護衛を探しているらしい。
 内容を聞くと、特に問題は無いと判断したのか将志は頷いた。

 「……良いだろう。引き受けよう」

 「ありがたい、任期は十五日間だ。その間、しっかり頼む」

 そんな訳で、将志はかぐや姫のところへ向かうことになった。


 武官に連れられて、かぐや姫の屋敷に案内される。
 屋敷に着くと、家主に侵入者と間違われないようにするために顔見せを行うことになった。
 奥の間に案内されると、そこには翁と嫗、そして艶やかな長い黒髪を持つ見目麗しい少女が居た。

 「失礼致す。新たなる護衛の者をお連れ致した。……お主、名を名乗れ」

 「……槍ヶ岳 将志という。覚えてもらえるとありがたい」

 将志がそう名乗ると、竹取の翁は頷き、少女は興味深げに眼を細めた。
 
 「うむ、下がってよいぞ」

 「……失礼する」

 「待ちなさい。貴方は今、確かに槍ヶ岳 将志と名乗りましたね?」

 将志が下がろうとすると、少女が将志にそう声をかけた。
 その問いに対し、将志は頷いた。

 「……ああ。確かに俺はそう名乗った」

 「そう……後で話があります。半刻の後、私の部屋に来なさい」

 「……? 了解した」

 突然の呼び出しに、将志は首をかしげながらも承知する。
 これには周囲の人間も真意が分からず、同様に首をかしげることになった。

 「お主、姫に何かしたのか?」

 「……いや、初対面のはずだが……」

 詰め所に向かう間、武官と将志はかぐや姫の言葉について話しながら歩いていく。
 そして半刻後、将志は言われたとおりにかぐや姫の部屋に向かうことにした。

 「……槍ヶ岳 将志、ただいま参上した」

 「……入って」

 将志が部屋に入ると、少女は将志を頭のてっぺんからつま先までじーっと見つめだした。
 将志は訳が分からず、首をかしげる。

 「……俺がどうかしたのか?」

 「へえ……貴方があの槍ヶ岳 将志ね……まさか、こんなところでこんな有名人に会えるなんて思わなかったわ」

 唐突な物言いに将志は首をかしげた。

 「……どういうことだ?」

 「自己紹介がまだだったわね。私は蓬莱山 輝夜。月の民よ。輝夜でいいわ」

 「……なに?」

 輝夜の言葉に、将志は固まる。
 何しろ、目の前に居るのは捜し人と同じ月の民なのだ。
 そして、そんな将志を輝夜は面白いものを見るような眼で見ていた。

 「まあ、そこに座りなさいな。……しっかし、本当に生きてたのね~ 最初に聞いたときは信じられなかったけど」

 「……何の話だ?」

 「あら、貴方月の民の間じゃ超有名よ? 何しろ、最高の料理を作る『料理の妖怪』で、たった一人で妖怪たちから船を守った『銀の英雄』……そして『天才の最初の理解者』。そんな有名人の名前を最近噂で聞いて、思わず探してみようかと思ったわよ」

 輝夜の言葉に、将志はピクッと反応した。

 「……主を知っているのか?」

 「永琳のこと? もちろん知っているわよ。だって、貴方のことは永琳から散々聞かされていたもの。妖怪だから生きている可能性があることも含めてね」

 「……息災だったか?」

 「ええ、元気よ。時々淋しそうな顔して地球を見つめていたけどね」

 「……そうか……」

 将志は永琳が無事だと聞かされて安心した笑みを浮かべた。
 その様子を、輝夜はニヤニヤと笑いながら見ていた。

 「……どうした?」

 「い・い・え~♪ 傍から見れば貴方たちが途方もない遠距離恋愛をしているように見えるだけよ?」

 そんな輝夜の言葉を聞いて、将志は首をかしげた。

 「……何を言っている? 主は主であり、友人だぞ?」

 「……貴様もか、似たもの主従め」

 将志の返答に、輝夜はギギギと歯がゆい表情を見せてそういった。
 ちなみに、遠距離恋愛云々に関して永琳に輝夜が言及したときには、

 「え? 恋愛なんて私は知らないけど、将志は私の親友よ。……そう、私の大事な大事な、一番の親友」

 と、月についてから作った将志とおそろいのペンダントを握り締めながら、満たされた表情で永琳はそう言ったのだった。
 輝夜は内心「ペアルックとかどう見ても恋人同士です、本当にありがとうございました、というか2億年間相思相愛とか、もうとっとと結婚しちまえお前ら」と思ったり思わなかったりした。

 「とにかく、貴方が生きてるなんて知れたら月じゃ大変な事態になるわよ。下手すると、貴方を回収するために使者が来るかも」

 「……いや、流石にそれは大げさ過ぎないか?」

 「ちっとも大げさじゃないわよ。さっきも言ったとおり、貴方は有名人なのよ? それも永琳と肩を並べるほどのね。確か貴方を題材にした映画まであったはず。死んだと思われてなければ一斉捜索をされるレベルよ?」

 「……そうか」

 将志はそう言うと考え込んだ。
 何せ、月へ行って永琳に会うことが出来る可能性が出てきたのだ。

 「ところで、貴方は今何をしているの?」

 「……護衛だが?」

 将志の返答に、輝夜は顔から床に崩れ落ちた。
 輝夜の反応の意味が分からず、将志は首をかしげた。
 輝夜は額を手で擦りながら立ち直ると、将志に質問を続けた。

 「……そうじゃなくて、普段は何をしているの?」

 「……神と妖怪の頭領、それから日雇いの仕事だな」

 「神なのか妖怪なのかはっきりしなさいよ。ていうか、日雇いの仕事をする神様って何?」

 「……信仰だけでは飢えはしのげん」

 「……あ、何か涙出てきた……」

 世知辛い世の中に、輝夜は無性に悲しくなる。
 それからしばらく話をしていると、翁がやってきた。

 「輝夜、そろそろお公家様がいらっしゃるから準備なさい」

 「は~い……な~んだ、もうそんな時間なの」

 輝夜は気だるげにそう答えるとため息をついた。
 将志はそれを見て立ち上がる。

 「……大変そうだな」

 「ええ……あ~あ、何が悲しくてあんなおじ様方の相手をしなきゃならないのよ……」

 「……俺なら逃げ出しているところだ」

 「私も出来ればそうしたいわよ。つまらない話を毎度毎度聞かされるくらいなら、こうやって貴方と話していたほうが何倍も有益よ」

 「……そうか」

 「そ。そういうわけで、また後で私の相手をしなさい。雇い主の命令だから、ちゃんと来なさいよ?」

 「……くくっ、そうまでして俺と話がしたいか。……了解した。終わり次第そちらに向かおう」

 将志はそういうと、輝夜の部屋を辞した。




 数刻の後、輝夜の部屋には疲れた二つの人影があった。
 ひとつは絹のような質感を持つ黒髪の少女、もうひとつは小豆色の胴着と紺色の袴を着けた青年だった。

 「……なんで貴方が疲れてるのよ……」

 「……任務に戻った途端に質問攻めだ……護衛衆も輝夜に興味があるらしい」

 ぐったりと身体を投げ出した輝夜に、背中を丸めて胡坐をかいた将志。
 ふと、将志の言葉に輝夜が顔を上げる。

 「じゃあ、そういう貴方はどうなのよ? 貴方も私に興味があるのかしら?」

 「……無いと言えば嘘になるが、俺が興味あるのはお前が持つ主の情報だ。そもそも、俺は仕事が無ければお前に関わることは無かっただろう」

 「それはそれで何か悔しいわね……私、これでも容姿には自信があるのよ?」

 「……輝夜が綺麗なのは認めよう。だが、俺にとってはそれだけのこと。俺が輝夜個人に興味を持つには至らん」

 将志がそう言い放つと、輝夜は大きくため息をついた。

 「はぁ~……将志みたいな人に限ってそうなのよね……他は私の容姿を見たいがために簡単に釣れるのに」

 「……そういうものなのか?」

 「そういうものよ」

 容姿だけで簡単につれる男達の感情が分からずに首を傾げる将志。
 輝夜はそんな将志をジッと見つめる。

 「……どうかしたのか?」

 「ねえ、将志はどんな人なら興味を持てるの?」

 輝夜の質問に将志はあごに手を当てて考え込んだ。
 そしてしばらく考えると、将志は答えを出した。

 「……そうだな……守ってやろうと思える人物か?」

 「例えば?」

 「……例えば、恩義を感じた者、孤独の中で迷う者……挙げればキリが無いな」

 「って、それじゃ私はその挙げればキリが無い例にもかかってないって事?」

 「……そういうことになるな。少なくとも、今の時点では俺の琴線には触れていないな」

 将志がそういうと、輝夜は再び床に突っ伏した。

 「将志……貴方、乙女のプライド傷つけるような言葉をズバズバ言ってくれるわね……」

 「……それはすまない」

 少しいじけたような輝夜の言葉に、将志は本気で申し訳なさそうな表情を浮かべた。
 それを聞くと、輝夜は突如ガバッと身体を起こした。

 「あ~もう!! 貴方のせいで乙女のプライドズタズタよ!! ほら、悪いと思っているなら何か慰めの言葉とか無いわけ!?」

 ビシッと将志を指差しながら輝夜はそうまくし立てた。
 それに対して、将志は困り顔で考え込んだ。

 「……う……ん……? あ、あ~……?」

 「だあああ~!! 考え込むほど慰める要素も無いの、私!?」

 輝夜は将志の態度に地団太を踏んだ。
 将志にしてみれば全くもって理不尽なものであるし、そもそも誰かを口説いた経験は全く無いため、それを責めるのは酷というものであろう。

 「ていっ!!」

 「……むっ?」

 突如として、輝夜は将志に抱きついた。
 突然の奇行に、将志はきょとんとした表情を浮かべる。

 「……ねえ……これでも何も感じないの……?」

 輝夜は狙い済ました上目遣いと、切なげな声でそう呟いた。
 それは、男なら十人中十人が堕ちてしまいそうな、そんな仕草だった。

 「……輝夜も誰かに抱きついたほうが安心できる性分なのか?」

 「何でそんなに冷静なのよ!?」

 が、相手が悪かった。
 何しろ、この手のことに関しては六花という強力な相手が居るのだ。
 輝夜に負けず劣らずの美貌を持つ六花に常日頃からこのようなことをされていれば、嫌でも慣れるというものであろう。

 「ああもう、こうなったら意地でも興味を持たせてやるんだから!!」

 それからしばらくの間、将志は輝夜から猛烈なアタックを受け続けることになった。
 将志はそれをのらりくらりと無意識で躱していく。
 気がつけば、時刻は草木も眠る丑三つ時となっていた。

 「……どうしてこうなった……?」

 「……うう……まだまだ……」

 今現在、将志は胡坐をかいて座っている。
 そして膝の上には、輝夜の頭が乗っかっていた。
 輝夜は将志の胴着の裾をしっかりと掴んでいて、放す気配が無かった。

 「……仕方が無い……」

 仕方が無いので、将志はそのまま寝る事にした。

 翌朝、嫗に輝夜が将志に膝枕をされているのを発見され、大騒ぎになったのは言うまでもない。


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 というわけで、かぐや姫のお話。
 時代的に奈良時代の前、ということでかなり早いですが入らせてもらいました。
 う~ん、流れ的にこれで良いのか?


 そんなこんなで、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、振り回される
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/31 15:10
 将志が輝夜の元で護衛を始めて数日、将志は休憩時間のたびに自分の社に戻って仕事をする日々が続いた。
 おまけに初めに話して以来輝夜がすっかり懐いてしまい、将志は周囲から色々な視線を感じるようになった。
 もっとも、将志本人は全く気にしていないが。

 もちろん、近くにいた護衛たちに睨まれる事もあった。
 その日、将志がいつものように輝夜に呼びつけられて話をしていると、他の護衛たちが輝夜の部屋を訪ねてきた。
 その者達が直訴して曰く、突然大勢の不届き者共が襲ってきたら何とするか。
 曰く、お前に守りきることが出来るのか。
 様々なことを周りの護衛が口にした。
 それを聞いて、輝夜は愉快そうに眼を細めた。

 「だって、将志。どう思う?」

 「……至って全うな発言だと思うが?」

 輝夜の問いに、将志はそういって返す。
 しかし、輝夜は意地の悪い笑みを浮かべて言葉をつむいだ。

 「なら、将志が一人で貴方達から守りきれれば文句はないわね? そういうわけで将志、ちゃっちゃと勝負しちゃいなさい」

 その言葉を聞いて、将志は渋い表情を浮かべた。

 「……失礼ながら、今この場で争って、唯でさえ減っている護衛の数を更に減らすのは得策ではないと思うのだが?」

 「そんなの、勝った人間が補えば良いだけのことでしょ? 将志が勝ったとしても、それは将志がここにいる20人分の働きが出来る証明になるから何の問題もないわ。これは雇い主の命令よ。さあ、全員さっさと準備なさい!!」

 「……何と横暴な雇い主だ……」

 将志はため息をついて首を横に振ると、横に置かれていた槍を手に取った。
 神であることがバレては拙いので、槍は鍛冶屋で調達したそれなりのものを使っている。

 「……済まないが、練習用の槍を持ってきてはくれないか? 流石にこれで死人を出すわけには行かないだろう?」

 将志が槍をもってそういうと、護衛のうちの何人かは僅かにたじろいだ。
 将志からは、勝負が始まってもいないのに僅かながら威圧感が流れていたのだ。
 ……要するに、今の将志は機嫌が悪い。

 「ふふふ、銀の英雄の立ち回りが見られるなんてラッキー♪ 頑張ってね、将志♪」

 他の護衛達が練習用の刃のない槍を取りに行くと、輝夜は楽しそうにそう言った。

 「……まさか、それだけのためにあんなことを言ったのか?」

 「いいじゃない。将志のことだし、あれくらい簡単に倒せるでしょ?」

 「……簡単に言ってくれる。人間のふりをしながら勝つのは楽では無いのだぞ?」

 「と言うことは不可能ではないって事ね。楽しみにしてるわ、将志」

 将志はそんな輝夜にジト眼と呆れ顔をくれる。
 しかし輝夜は悪びれることなくそう言った。



 しばらくして、輝夜の部屋の前に将志が練習用の槍を持って立った。
 将志の前の広い庭には、護衛の兵士達が30人ほど散らばっていた。

 「……人数が増えていないか?」

 「すまん、抑えきれなかった……」

 将志の前には、護衛をまとめる武官が頭を下げていた。
 どうやら輝夜に毎日御呼ばれしている将志のことを面白く思わない人間は多かったらしい。
 将志はそれに対して大きくため息をついた。

 「……全く、どうしてこうなったのやら……」

 将志はそういうと肩鳴らしに槍を振った。
 多少重さに違いはあるものの、将志の槍の動きに乱れは無かった。
 護衛達はその美しく素早い動きに眼を見張った。

 「……初めてみるけど、綺麗ね。永琳が言うだけあるわ」

 将志の後ろで、輝夜はそう呟いた。
 その一方で、将志は槍の穂先を斜め下に向けて構えた。

 「……いつでも、どこからでも掛かって来るが良い」

 将志がそういった瞬間、護衛達は動き出した。
 まず、最初の一人が将志に向かってまっすぐに槍を突き出す。

 「……はっ!!」

 「ぐぅ!?」

 しかし、それが届くよりも早く将志の槍が正確に相手の水月を突いた。
 その後に慣性で伸びてくる槍を、将志は半身開いて躱す。
 水月を激しく突かれた相手はその場でもんどりうって倒れた。

 すると次の相手がすぐに出てきた。
 次は三人まとめて将志に槍を突き出した。

 「……せいっ!!」

 「うおお!?」
 「え?」
 「なにぃ!?」

 前三方向から迫ってくる槍に対して、将志は螺旋を描くように槍を素早く動かしてまとめて巻き込む。
 そして、相手の勢いを殺さずに三本の槍を一気に上に弾き飛ばした。
 弾き飛ばされた槍は高々と宙を舞い、突然手元から槍が消えた護衛は呆然とその場に立ち尽くした。

 「……ふっ」

 「ぐっ!!」
 「あっ!!」
 「げっ!!」

 そんな三人組の水月に容赦なく槍を当てて戦線離脱させる。

 「はああああああ!!」
 「うおおおおおお!!」

 間髪いれずに将志の背後と正面から槍が迫ってくる。

 「……甘い!!」

 「がっ!?」

 将志は軸をずらしながら独楽のように素早く一回転した。
 手にした槍で前から迫る槍をはじき、軸をずらすことで後ろから迫る槍を躱しつつ、遠心力の加わった槍を相手の横っ腹にたたきつけた。
 横っ腹を打ち据えられた護衛は、庭の池に突っ込み大きな水柱をあげた。

 「ひっ……」

 「……せやっ!!」

 「ぐあっ!!」

 将志はその様子を見て怯んだもう一人の水月を穿ち、昏倒させる。
 それを確認すると、将志は周囲を確認した。

 「……どうした、掛かってこないのか?」

 将志は尻込みする護衛達を睨みながらそう言った。
 あっという間に6人を倒され、護衛達に厭戦の気配が見え始めた。
 それを確認すると、将志は槍を納める。

 「……まあ、それも良いだろう。俺達の本懐は護衛……」

 「あいや待たれい!! その勝負、拙者が受けて立つ!!」

 「……この声は」

 槍を納める手を止め、将志は声のした方向を見る。
 するとそこには、鉢金を巻いて練習用の槍を構えた少女が立っていた。

 「拙者に相手をさせて欲しいでござるよ、将志殿、いや、お師さん!!」

 それを聞いて、将志は薄く笑みを浮かべた。

 「……そうか……確かに俺はお前の師とも言えなくも無いな、涼。……良いだろう、来るが良い」

 「ありがとうございます、お師さん!! 皆の者、この立会いに手出しは無用でござる!!」

 将志と涼は向き合って槍を構えた。
 将志は先程と同じ膝を狙った下段の構え。
 涼は相手の喉下と心臓と水月の三点を狙った中段の構えを取った。

 「行くでござる!!」

 涼は将志に対してまっすぐ水月に突きこんだ。
 その速度は先程の護衛の兵よりもはるかに早い。
 将志はそれを見て先程のように突き返すのは危険と判断し、槍ではじきながら身体を横に移動させ、身体を回転させて槍を薙ぎ払った。

 「何の!!」

 「……っ」

 涼は身体を低くかがめることでそれを躱し、将志の槍を避ける。
 手応えが無いことを確認した将志は、相手の槍の範囲外に即座に下がった。

 「……なるほど、どうやら先程までの者とは違うようだな」

 「くくっ、お褒めに預かり至極光栄でござる」

 「……では、どこまで付いて来れるか試してやろう」

 「はい!! 胸を借りるでござるよ、お師さん!!」

 涼は嬉しそうにそう答えると、素早く槍を構えた。
 その瞬間、笑顔から鋭い顔つきに変わる。
 一方の将志は終始表情を変えることなく槍を構えた。

 「……今度はこちらから行くぞ。はっ!!」

 今度は将志が涼に向かって攻撃を仕掛ける。
 将志の槍は稲妻のような速度で涼の水月に迫っていく。

 「くっ、てやああああ!!」

 涼はそれをあえて引き入れるようにして線を逸らし、空いたところを突き返す。

 「……ふっ!!」

 「くっ!!」

 将志は涼の突きを半身開いて避け、素早く移動して涼の背後を取る。
 その動きは涼の目からは突然消えたように見えた。
 涼は振り向くことなく前に全力で移動し、将志に向き直る。

 「……遅い!!」

 「くうっ!!」

 振り返るとすぐに将志の槍が迫ってくる。
 涼は突然現われたそれを、身体を開きながら手首を返して叩き落し、そのまま石突で将志に突きを加える。
 しかし、苦し紛れのそれは将志に容易に躱される。

 「……そらっ!!」

 「あっ!?」

 将志は下を向いていた涼の槍の先を踏み、固定する。

 「やああああああ!!」

 「……む!?」

 涼はとっさに棒高跳びの要領で将志の頭上を飛び越えた。
 突然の涼の行動に、将志は目を見開く。

 「……うっ!?」

 「……そこまでだ」

 が、着地した瞬間目の前に将志の槍があった。
 眉間の手前でピタリと止められたその槍は、勝者を明確に示していた。

 「……参りました、お師さん」

 「……ああ」

 涼が負けを認めると、将志は槍を納めた。
 それを見て、涼はふっとため息をついた。

 「いや~、完敗でござるな!! 流石にお師さんは強い!!」

 「……その歳にしてはかなり経験を積んでいる様だな。悪くなかった」

 「そう申されても、お師さんは本気を出していないから説得力が半減でござるよ?」

 「……俺が本気を出せばどうなるか分かるだろう?」

 「はっはっは!! そうであったな!!」

 負けたと言うのに涼は豪快に笑う。
 一方、周りはあれだけのことをしておきながらまだ本気ではないと言う将志に若干の恐怖を覚えていた。
 それを意に介さず将志は輝夜の方を向く。

 「……さて、周りの連中は戦意を喪失したわけだが?」

 「はあ……情けないわね……貴方達、将志みたいなのが侵入してきたらどうするつもり? この程度で恐れるようじゃ護衛は成り立たないわ。首になりたくなかったら将志に掛かりなさい」

 「……結局戦わざるを得ないのか……」

 ため息交じりの輝夜の言葉に、将志は盛大にため息をついた。

 その後は、消化試合もいいところであった。
 将志は優雅に舞うようにして槍を振るい、その度に挑戦者を倒していく。
 結果、5分で残りの24人が片付いた。

 「……全員精進が足りんな……己が槍と存分に向き合うが良かろう」

 将志はそう言いながら槍を納めた。
 将志の額には汗一つ無く、本当に唯の軽い運動で終わったようなものだった。

 「お見事でござる、お師さん!! 拙者もああいう風に槍を振ってみたいでござるよ!!」

 「……ならば、毎日槍を取れ。そうせん事には何も分からぬ。一度で実入りが無くとも、何万何億と繰り返し振るっていけば、いつかは何か得られるであろう。……それにお前は人と立ち会う機会が多いようだからな。し合う内につかむ物があるやも知れん。いずれにせよ、精進することだ」

 「はい!! ところでお師さん、この後休憩時間はござらぬか?」

 「……あと少しで休憩時間になるな……どうかしたのか?」

 「食事がてらお師さんの話を聞きたいでござる!!」

 「……構わん。ではそれまで詰所で待っているが良い」

 「心得たでござるよ!!」

 将志と話を終えた涼は笑顔でそう答えると詰所に向かって歩いていく。
 それを見送ると、将志はふっと一息ついた。

 「……あの子は誰?」

 「……最近俺のところに修行に来るようになった者で、名を迫水 涼と言う。今日初めて立ち会ったが、なかなか筋が良い」

 部屋に戻りながら輝夜の問いに答える。
 輝夜は将志のことをジッと見つめている。
 その表情は、どこか面白くなさげである。

 「……どうかしたのか?」

 「いいえ……貴方が弟子を取っているなんて意外だったから。それで、何で弟子にしたわけ?」

 「……涼が進む道を俺が気に入ったからだ」

 「へえ。どんな道よ?」

 「……武人として主や民を守る道、だそうだ」

 「何それ。それって結局貴方と進む道が似てるからってだけじゃない」

 「……だからこそ、俺は弟子にした。もし、単に最強を目指すなどと言うことであれば、俺は弟子にはしなかった。元より、俺の槍とは目指すところが違う」

 「そう……」

 輝夜はそういうと少し考え込んだ。
 将志は何を考えているのか分からず、輝夜の顔を覗き込んだ。

 「……どうかしたのか?」

 「え、きゃあ!? ちょっと将志、顔が近いわよ!?」

 「……む、それは済まなかった。だが突然深刻な表情で黙られた故、気になってな……」

 驚いて後ろに下がる輝夜に、将志は謝った。
 そんな将志を見て、何かひらめいたのか輝夜は手をぽんと叩いた。

 「そうだ。将志、貴方お昼を作ってくれないかしら?」

 「……む?」

 輝夜の突然の物言いに、将志は首をかしげた。

 「……それは構わないが……いきなりどうした?」

 「良く考えたら、せっかく料理の妖怪がいるのにその料理を食べないって言うのは勿体無さ過ぎるわ。そういうわけだから、宜しく」

 「……了解した」

 上機嫌で部屋を去っていく輝夜に、将志は涼との食事には時間が掛かりそうだだと内心思いながらため息をついた。



 半刻後、膳の上には沢山の料理が並んでいた。
 菜の花の粕漬けや、アジのつみれ汁、ハマグリの酒蒸しに栗のおこわなど、当時としては贅を尽くした食事が並んだ。
 ……もっとも、将志にとってはただそこにある、使っても良いと言われた食材を調理したに過ぎないのだが。

 「……出来たぞ」

 将志はそういうと、料理を配膳すべく女中にそういった。
 だが、女中は首をかしげた。

 「……どうした? 早くもって行かねば冷めてしまうのだが」

 「あ、あの、四人分配膳するようにと言われているのですが……」

 「……む」

 将志はそれに疑問を感じながらも、いつもの癖でおかわり用に取っておいた分を漆塗りの食器に注ぎ分けた。
 将志は女中達とともに膳を運ぶ。

 「失礼致します。ご昼食をお持ちいたしました」

 女中がそういうと、四人分の料理を並べた。
 しかしこの場には翁に嫗と輝夜の三人しかおらず、どう考えても一人分多い。

 「失礼致しました」

 その様子に首をひねりつつも全員退出しようとする。

 「待ちなさい。将志はここに残りなさい」

 が、将志は輝夜に呼び止められてその場に残る。
 将志はそれを怪訝に思いながらも、その場に残ることにした。

 「さあ将志、自分の膳の前に座りなさいな」

 女中が去ると、将志は空いている四つ目の膳の前に座ることになる。
 将志が座った場所は翁と嫗の対面、そして輝夜の隣である。
 翁も嫗もなぜ一介の護衛がこの食卓に同席しているのか疑問に感じており、当の将志も目的が全く分からない。

 「輝夜、何故この者がここに居るのかね?」

 「私がお呼びしたんですよ、お爺様。少し彼を詳しく紹介したいと思ってね」

 「へえ、確か槍ヶ岳 将志さんだったね?」

 「……覚えていただき光栄だ」

 嫗の一言に、将志は座したまま礼をした。
 翁は将志を見定めるような視線を送り続けている。

 「して、この者は何者だね?」

 「30人の護衛を瞬く間に打ち倒した剛の者にして、目の前の食事の料理人よ。さ、食事が冷める前に食べてしまいましょ?」

 輝夜がそういうと、全員一斉に食事を食べ始める。

 「おお、これは旨い」

 「あれま、こんなに美味しいご飯は初めてだね」

 翁と嫗は将志の食事を食べて笑顔を浮かべた。
 その一方で、輝夜は食事を口にした状態で固まっていた。
 将志はそれを見て首をかしげる。

 「……どうかしたか」

 「……ふ、ふふ、あははははは!! これは面白いわ!!」

 「……何が面白い?」

 大声で笑う輝夜に、将志は怪訝な表情を浮かべた。
 輝夜はひとしきり笑うと、涙を浮かべて将志に答えた。

 「理由は後で話すわ。はぁ~、面白い。あ、味は心配しなくても最高に美味しいわよ。流石は料理の妖怪ね」

 「何と!? 将志殿は妖怪なのか!?」

 輝夜の言葉を聞いて、翁は立ち上がった。

 「ああ、違うわよお爺様。単に彼が巷で料理の妖怪って呼ばれているだけよ。だって将志は神様だものね」

 今にも飛び掛らんとする翁に、輝夜は笑ってそう言った。
 その言葉に将志は箸を止める。

 「……冗談はよせ」

 「あら、何も隠す必要は無いじゃない? 建御守人様が家の護衛を引き受けてくれるなんてありがたい話がある訳だし?」

 「……おい」

 「建御守人様がどうしたって?」

 輝夜の言葉に将志が反論しようとするが、それを嫗がさえぎる。
 輝夜は待ってましたとばかりにその問いに答えた。

 「ああ、そこに居る槍ヶ岳 将志が建御守人様ご本人だって話よ」

 それを聞いた瞬間、翁と嫗は将志に向かって拝み始めた。

 「おお、守り神様が我が家に来られて、しかもお食事まで作っていただけるとは……ありがたやありがたや……」

 「ほんに、ありがたいことじゃ……」

 「ま、待て、俺が本人だとは一言も言っていないぞ!?」

 突然拝まれて、将志は困り果てた。
 言葉から「……」が無くなっているところからもかなり焦っているのが分かる。

 「私ね~、将志がいつも持ってるこれの中身が気になるわ~♪ そういうわけで開けてみましょ♪ そ~れ、くるくる……」

 「あ、おい!!」

 困惑する将志の横で、輝夜が赤い布に巻かれた細長い物体に手を伸ばし、布を取り始めた。
 止めようとする将志の抵抗もむなしく、布が取り払われる。

 「おお~、これはまさしく建御守人様の銀の槍ではないか~♪ いや~ありがたやありがたや♪」

 中から現われた銀の槍を見て、輝夜は実に楽しそうにそう言った。
 これにより、言い逃れが出来なくなった将志は盛大にため息をついた。

 「……はぁ……輝夜、お前の狙いは何だ?」

 「貴方に言いたいことは唯一つよ。末永く宜しく頼むわよ、将志♪」

 要するに、将志をただの雇われ護衛から家付きの護衛に変えてしまおうということだった。
 将志からすれば、下手なことして正体をばらされたらもう町をうろつけなくなるので、従うより他ないのだった。
 将志は再び大きくため息をついた。

 「……お前にはため息をつかされてばかりだな、輝夜……」

 「うふふ、何のことかしら?」

 将志の呟きに、輝夜は意地の悪い笑みを浮かべて返した。
 そしていつの間に片付けたのか、将志は食事を終えて立ち上がる。

 「……悪いが客を待たせているのでな。先にあがらせてもらおう」

 将志はそう言うと部屋から出て行こうとする。
 が、ふと将志は立ち止まる。

 「……ああ、そうだ。俺は別に友人の家を守ることくらいなら喜んでするつもりだ……だから俺を縛り付ける必要は無いぞ、輝夜」

 「え……?」

 将志の唐突な言葉に、輝夜は言葉を失った。
 その間に、将志は部屋を出て行く。
 将志が部屋を出て行った後、輝夜は俯いてため息をついた。

 「……油断したわ……これが永琳の言ってた不意打ちの一言か……確かにこれは来るものがあるわね……何よ、興味がないとか言っておきながら……」

 輝夜はそう言って目の前に置かれた料理を口にする。

 「美味しい……本当に、永琳の味にそっくり……」

 輝夜の呟きは誰にも聞かれることなく部屋に溶けていった。





 「……済まん、遅くなった」

 「遅いでござるよ……あ~、お腹空いたでござる!! と言う訳で、お師さんの手料理が食べたいでござる!!」

 「……了解した」

 余談だが、大遅刻をした将志がひたすらに料理を作って涼のご機嫌を取ったのは言うまでもない。

 




[29218] 銀の槍、本気を出す
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/09/03 00:36
 将志は当初の任期であった十五日を過ぎると同時に、即座に竹取の翁によって買収された。
 突然の出来事に手配師は眼を白黒させたが、目の前に置かれた大金と翁の鬼気迫る表情により、首を縦に振ることになった。

「おい槍の字。アンタいったい何をした?」

「……俺がやったのは三十人をまとめて叩きのめして料理を作ったくらいなのだが……」

「やれやれ、相も変わらずめちゃくちゃだな、アンタは……おかげでうちの看板が傾きそうだぜ……」

 将志の報告に手配師は大きなため息をついた。
 実際、将志はこの手配師のもっとも信頼の置ける働き手だったために、手配師も少し苦い顔をしている。

「……まあ、暇になったらここにも顔を出そう。片手間で済ませられるような仕事であるなら引き受けられるだろうからな」

「はあ……なるべく頻繁に顔出せよ」

 将志はそういうと、料理屋を後にした。




 そんなやり取りが合ってから数年。
 将志は日々を輝夜の護衛と神としての仕事という二束のわらじで忙しく過ごしていた。
 もっとも、護衛の仕事は輝夜の話し相手や食事の準備などで、将志にとっては休憩に近かったのだが。
 たまに、進入してきた夜盗に鉄槌を下したり、物珍しさその他の視線から輝夜を守ったりしていた。
 一方の輝夜も、あの五つの難題を出したり、帝からの求婚を躱したりといった生活を送っていた。

「はあ……全く、帝も良く飽きずに来るものね。ああまで熱心だと感心するわ」

「……ずいぶんと疲れているな。輝夜のことだ、もう少し適当に流すかと思ったのだが」

「話をちゃんと聞かないと同じことを何度も言うんですもの。適当に流せやしないわよ。逆に、将志はもう少し私の話を真面目に聞いてくれてもいいと思うけどね」

「……善処しよう」

「うわ、出たよ典型的なあいまいな返事」

 二人は縁側に並んで座りながらゆったりとした時間を過ごす。
 空には大きな満月が出ていて、辺りを青白く照らし出していた。

「……」
「……」

 二人は黙って満月を見上げた。
 将志は若干の淋しさを湛えた表情を向けている。
 輝夜はどこか悲しげな表情を浮かべて月を眺めていた。

「……主は……今、月からここを見ているだろうか?」

 将志のこぼした一言に、輝夜はそちらに眼を向ける。

「永琳? そうね、永琳は今こっちを見ているかもしれないわね。何せ、一番の親友と姫が両方とも居るわけだし」

「……そうか……」

 輝夜の言葉を聞いて、将志は立ち上がった。
 そして月明かりに照らされた庭に出ると、将志は再び月を見上げた。

「将志? どうかしたの?」

「……少し、主のことを思い出していた」

 将志をそういうと、手にした槍に巻かれた赤い布を取り払った。
 中からはけら首に銀の蔦に巻かれた黒曜石が埋め込まれた、長さ3mほどの銀の槍が現われた。
 その槍は月明かりを受けて、神秘的な輝きを放っていた。

「……ふっ」

 将志はその場で槍を振るい始める。
 淀みなく、時には嵐のように激しく、時には流水のように優雅に槍を振るう。
 その度に銀の軌道が複雑に絡み合い、幻想的な映像を見るものの脳に焼き付ける。
 その中心にいる将志は穏やかな表情を浮かべており、舞うような動きを見せている。
 辺りは静寂に包まれており、槍が風を切る音や将志の息遣いなどが聞こえてくる。
 そしてそれらの要素が合わさって、その場には惹きつけられるような不思議な世界が出来上がっていた。

「…………」

 輝夜はすっかりそれに心を奪われていた。
 瞬きすら忘れ、将志の一挙一動すべてを見逃さないように見入っている。
 大上段から槍が振り下ろされ、その直後に将志は素早く残心を取る。
 そしてふっと一息つくと、槍を納めた。

「……主は、月明かりに照らされた俺の槍を見るのが好きだった……今となってはもう気の遠くなるような昔の話ではあるがな……」

 将志は誰に聞かせるまでもなく、眼を閉じて思い出を噛みしめるようにそう呟いた。
 研究所の中庭で月明かりの下で将志が槍を振るい、それを永琳が楽しそうに眺める。
 その光景は、将志の中で数億年経った今でも色褪せずに残っていた。

「……そう……初めて見たけど、すごく綺麗ね。永琳が毎日見ていたのも分かるわ」

「……そうか」

 将志は僅かに笑みを浮かべると縁側に戻り、少しぼんやりした表情の輝夜の隣に腰を下ろす。
 輝夜はしばらく黙った後、口を開いた。

「……ねえ、将志。話があるの」

「……何だ?」

「私ね……次の満月の夜に月に帰るの」

 輝夜は将志に事の詳細を告げた。
 自分が蓬莱の薬を飲んだこと、それにより罪人として地球にやってきたこと、そして月に帰る期限が近づいてきていることを。
 将志はそれを黙って聞き入れる。
 そしてしばらく考えた後、将志は言葉をつむいだ。

「……それで、輝夜はどうしたいのだ?」

「……正直、月に帰りたいとは思わないわ。月はもう全てが終わっているもの」

「……どういうことだ?」

「永い年月を生きることは必ずしも良いことばかりじゃないわ。全員が全員永く生きすぎて、ただ時間を浪費するだけの人生。月はもう何も変わらないし、変われない。そんなところに、私は帰りたくないわ。それに、私はここが気に入ってるのよ。お爺様もお婆様もやさしいし、他の人間だって月と違ってずっと良い。だから、私はここに残りたい」

 そこまで言うと、輝夜は将志の手を取った。

「……だから将志、お願いだから私を守って……たぶん、私を守れるのは貴方だけだから……」

 輝夜は縋る様な眼で将志を見る。
 その眼を見て、将志はふっとため息をついた。

「……ああ」

 将志はそういうと、輝夜の手を握り返した。




 それから瞬く間に一月が経ち、月から迎えがやってくる日が来た。
 事前にこの日のことを聞かされていた護衛達は、何が何でも輝夜を守ろうと意気込んでいた。
 そんな中、月から淡い光と共に使者がやってくる。
 その光は護衛達の意識を奪い、無力化する。

「……来たわね」

「……ああ」

 輝夜を守るように前に立ち、槍を構える将志。
 その目の前に、月の使者が降り立った。
 その手には、アサルトライフルのような武器が握られている。

「姫様、お迎えに上がりました。さあ、こちらへ」

「……嫌よ」

 使者の言葉に拒絶の意を示す輝夜。
 そんな彼女の反応に、使者は顔をしかめた。

「そうおっしゃられても困ります」

「それなら思う存分に困ればいいわ」

「……そうですか。では、仕方がありませんね……っ!?」

 武器に手をかけた使者の眼前に、突如銀の槍が突き出される。
 使者は思わず後ろに飛びのいた。

「……言うことに従わなければ実力行使とは、ずいぶんと乱暴だな」

「貴様……何者だ!?」

「……輝夜からは俺は有名だと聞いたのだがな……槍ヶ岳 将志の名前に聞き覚えはあるか?」

 将志が名乗った瞬間、使者達は全員息を呑んだ。
 死んだと思われていた英雄が目の前に現われたのだ、当然の反応であろう。

「……将志? 将志なの!?」

「……!! この声は!?」

 突如上がった声に、将志は眼を見開いた。
 声の方向に眼を向ければ、紺と赤で色分けされた服を来た銀色の髪の女性の姿があった。

「……主……」

 将志は視線の先の永琳を見つめながらそう呟いた。
 その様子を見て、使者の態度が変わった。

「……これはこれは、こんなところであの『銀の英雄』に会えるとは思いませんでした。さあ、貴方も一緒に月にお迎えしましょう」

「……む」

 将志の心は揺れていた。
 後ろには、守ると約束した友人がいる。
 前には、ずっと捜し求めていた主がいる。
 将志は輝夜と永琳の顔を、何度も見比べた。
 そして、将志は天を仰いで大きくため息をついた。

「……はっ!!」

 次の瞬間、使者の武器に銀の線が引かれた。
 武器はその線のとおりに真っ二つに両断された。
 将志は槍を振りぬいた状態で静止しており、その眼は月の使者達を油断なく睨んでいた。
 それを見て、使者は残念そうに首を振った。

「……そうですか、それが貴方の答えですか……ならば、無理やりにでも連れて行きます!! 総員、構え!!」

 使者がそういうと、後ろで待機していた者が永琳を除いて全員銃口を将志と輝夜に向けた。
 それに対して、将志は槍を構えた。

「……悪いが、今の俺は手加減が出来んぞ……死にたくなければ、早々に立ち去るが良い!!」

 将志がそう言うと、使者はニヤリと笑った。

「そういう貴方こそ、自分の身の心配をしたほうが良いと思いますよ? 総員、撃てーっ!!」

 しかし、銃から弾が発射されることはなかった。
 引き金を引く直前、月の使者たちはトンッと胸に軽い衝撃を受けたのだ。
 そして気が付けば、前に居たはずの将志が自分達の後ろに立っていた。

「……忠告したはずだ。死にたくなければ早々に立ち去れと」

 将志はそういうと、槍の石突を地面につけた。
 すると、月の使者たちは全員その場に倒れこんだ。
 その全てが、綺麗に心臓を穿たれていた。

 「……終わったぞ、輝夜……主……」

 将志は穂先に付いた血を振り払って槍を納める。
 そんな将志に、永琳は飛びついた。

「将志!! 会いたかった!!」

「……ああ、俺も会いたかったぞ、主」

 永琳の眼には涙が浮かんでおり、今にも泣き出しそうな表情だった。
 将志はそれをしっかりと抱きとめ、優しく声をかけた。

「それにしても、良く私が考えていたことが分かったわね」

「……輝夜を見る眼が気に掛かったのでな。それに、主ならこうするだろうと思った」

「……すごいわね……おかげで助かったわ、将志」

 二人は抱き合ったまま、囁くようにして会話を続ける。

「はいはい、感動の再会もいいけど、これから先どうするのよ? どこか隠れる場所を探さないと、またすぐに追っ手が付くわよ?」

 そんな二人に呆れた表情を浮かべながら輝夜がそう提案する。
 将志はそれに対して少し考える。

「……たしか、ここから少し離れた竹林に打ち捨てられた屋敷があったはずだ。そこに行くとしよう。……失礼する」

 将志はそういうと、将志は二人を肩の上に座らせる。
 ちなみに槍は邪魔にならないように背中に背負っている。

「……姫様、しっかりと捕まっていてください。将志はすごく足が速いですから」

 自分を担ぐ将志の手をしっかりと握り締めて永琳は輝夜にそう言った。

「そうなの?」

「……行くぞ」

「え、きゃああああああ!?」

 輝夜が首をかしげている間に将志は走り出した。
 将志は空を飛ぶように走り、景色をものすごい勢いで置き去りにしていく。
 そして、あっという間に屋敷に着いた。

「……着いたぞ」

 将志はそう言うと二人を肩から降ろした。
 すると永琳は将志にもたれかかり、輝夜はその場にしゃがみこんだ。

「……あ、相変わらず速いわね……」

「う~、気持ち悪い……飛ばし過ぎよ、将志……」

「……大丈夫か? これでも手加減はしたつもりなのだが……」

 しばらく休んだ後、将志達は屋敷の中を見て回った。
 中は無人になって久しいのか、ホコリが到る所に溜まっている。
 が、基礎や柱はまだしっかりとしていて、少し片付ければ住むことが出来そうだった。

「……これならば少し改修すれば十分に住めるだろう。周囲は竹林に囲まれていて人間はそう簡単に立ち入れないし、ここがちょうど良いだろう」

「でも、ずっとここに留まっているんじゃすぐに見つかってしまうわよ?」

「……それに関しては、俺に任せてもらう」

 将志はそういうと空に飛び上がった。
 竹林全体を見下ろせる位置まで上ると、将志は集まってくる信仰の力を八本の巨大な銀の槍に変化させた。
 それを作り出した瞬間、将志は体から力が一気に抜けたような感覚を覚えた。

「……くっ……はあああああ!!!」

 将志はそれをこらえて八本の槍をそれぞれ八つの方角へ飛ばし、地面に突き立てる。
 すると竹林全体を霧が覆い始め、空からは何も見えなくなった。
 それを確認すると、将志は地上に降りる。

「将志、あなた今何をしたのかしら?」

「……主達が見つからない様に、俺の力で結界を張った。これで空からは見えなくなり、普通の人間であればこの屋敷にたどり着くことはまず無いだろう」

「それって、普通の人間じゃ入れないって事?」

「……そうではない。そのようなことをしたら何故入れないのかを怪しまれる。中に入ったものには少し迷ってもらうだけだ」

「私達が迷う心配は無いのかしら?」

「……主達にはこの結界に抵抗出来るほどの力がある。方角を押さえていれば、主達が迷うことは無いだろう」

「でも将志、あなたそんなに力を使って大丈夫なのかしら? この結界を維持するのは大変ではないの?」

「……この程度であれば、今の俺には造作も無いことだ。守護神としての信仰の力だけで十分に補える。心配は全くいらない」

「……流石に建御守人としてそこらじゅうに知れ渡ってる神だけあるわね……」

 将志は永琳と輝夜に自分が張った結界の説明をする。
 心配そうな表情を浮かべる永琳に将志は淡々と答え、輝夜は感嘆の表情を浮かべる。

「それでも、これで将志は他の事に本気を出せなくなるわ。本当にそれでいいのかしら?」

「……俺は主を守るためにここに居る。主が生きている限り、俺はどんな手段を用いてでも主を守り抜く。主が何と言おうと、俺はこの意志を貫く」

「なっ……!?」

 力強く言い切られた将志の言葉に、横で聞いていた輝夜は言葉を失った。
 一方、直接言葉を向けられた永琳は苦笑交じりに頷いた。

「そう……それなら、ありがたく厚意に甘えさせてもらうわね」

「……ああ」

 永琳と将志はそう言い合うと、肩を並べて屋敷の中へ入って行った。
 そんな二人を、残された輝夜はジッと見つめていた。

「……将志のセリフ、考えようによってはプロポーズの言葉なんだけど……二人とも何でそれに思い至らないのかしら……?」

 輝夜は釈然としない表情を浮かべて首を横に振ると、後を追って屋敷に入って行った。



 こうして安全な隠れ家を手に入れた永琳達は、早速屋敷の掃除に取り掛かった。
 掃除をするのは台所周りと居間に寝室。
 とり急いで掃除を行う必要のある場所のみを掃除した。

 掃除が終わり、全員居間に腰を下ろす。
 机の上には将志が即興で作った熊笹茶が並んでいて、三人でそれをすする。

「それで、将志はこの後どうするのかしら?」

「……今回使者を全滅させたために、俺の生存は恐らく知らされていないはずだ。よって、諜報と物資調達の役割を果たすためにも敢えて外に出ようと思っている」

「そう……仕方が無いわね、前と同じように一緒に暮らせたらと思ったのだけど……」

「……それが出来れば一番なのだが、そういうわけにもいかんだろう。こまめに通うことにするから、それで勘弁してくれ」

 永琳は心底残念そうに肩を落としてそう言い、少し困ったような表情を浮かべて将志が返す。
 ……その様子を輝夜が面白いものを見るような表情で眺めているのだが、二人は気付いていない。

「それじゃあ、せめて今日だけでも泊まっていきなさい。久々に逢えたことだし、話したいことが沢山あるのよ」

「……了解した。こちらも、話す話題には困らないだろうからな」

 二人はそういって笑いあう。
 その後、将志と永琳は離れてからお互いの身に起きたことを話し始めた。
 永琳は楽しそうに言葉をつむぎ、将志も薄く笑みを浮かべながら受け答えをする。
 二人の距離は、引き離されたあの日よりも近くなっているようだった。
 




「……このバカップルめ……」

 そんな二人を見て、すっかり放置されている輝夜は恨めしそうにそう呟くのだった。



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 というわけで、あっさりえーりん再登場。
 きっと話的にはもっと溜めたほうが良かったのかもしれないけど、今後の話を考えるときにこっちのほうがやりやすかったのでこうしました。

 それはさておき、感想にあったけどタイトル変えたほうが良いのかなぁ?
 皆様の意見を求む。


 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、取り合われる
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/09/05 00:37
 竹林の中の古屋敷に止まった翌日。
 さわやかな朝の風が畳張りの居間に吹き込み、卓袱台の上の朝食の香りを運んでいく。

「「「「…………」」」」

 しかし、そんな穏やかなはずの食卓ではギスギスとした空気が漂っていた。
 テーブルを挟んだ二人一組が向かい合い、異様な威圧感が居間を包み込んでいる。

「……どうしてこうなった……」

 そんな食卓を見て、将志は頭を抱えた。

 さて、何故こんな事態に陥ったのか、少し時間を遡って見てみるとしよう。


 *  *  *  *  *


 まだ日も昇らぬ夜明け前、沈みかけの月明かりの下で将志は日課となっている槍の練習を行う。
 その横には、いつかと同じように永琳が立っていた。

「……はっ!!」

 将志が最後の一振りをして残心を取ると、永琳は将志に近寄っていく。

「お疲れ様。久しぶりに良い物を見せてもらったわ」

「……おはよう、主……主が俺の槍を見るのも久々だな……」

 将志は槍を納めながら永琳にそう答える。
 ずっと待ち望んでいたやり取りに、永琳は思わず笑みを浮かべた。

「……何だか将志、顔つきが変わったわね」

「……そうか?」

「ええ。前はどことなく幼い感じがしてたんだけど、今はそれが無くなってすごく大人っぽくなっているわよ」

「……そうか」

 将志は永琳の言葉にそういって頷くと、屋敷の中へ永琳と肩を並べて入っていく。
 屋敷に入ると将志は朝食の準備をするべく台所に向かうが、そこであることに気が付いた。

「……しまった、食材が全く無いな……」

 将志は材料が全く無いことに気づき、取りに行くことにした。
 周辺にどんなものがあるのか分からないため、取りに行くのは自分の社の台所まで取りに行くことにした。

「……主、朝食の材料を取ってくる」

「ああ、了解。どれくらい掛かりそう?」

「……そう時間は掛からん。あるところから持ってくるだけだからな」

「そう。それじゃあ、気をつけていってらっしゃい」

「……行ってくる」

 居間でお茶をすする永琳に一言言い残してから将志は屋敷を出る。
 将志にとってはそこまで遠い場所でもないため、全力で走れば五分と掛からない。
 朝霧が立ち込める境内に降り立つと、将志はまっすぐに台所に向かう。

「あら、お兄様。帰ってらしたの?」

 そこでは、今から食事の準備をしようとしていた六花が居た。
 六花は将志が不在の間の食事当番を任されているため、今朝の朝食は六花の当番であった。
 赤い長襦袢に割烹着という格好で、自らの本体である三徳包丁を手にしている。
 その姿は、新婚の若い奥方のようにも見えた。
 ちなみに味は将志の妹だけあって、かなりのものである。

「……ああ、主達に朝食を作ろうと思ったら食材がなくてな。ここから少し持って行く」

 それを聞いて、六花は動きを止めた。
 その表情はなにやら焦燥が感じられるものだった。

「……お兄様、主って彼女のことですか?」

「……ああ、昨日再会した。今日からは主と」

「こ、これは一大事ですわ!! 愛梨!! アグナ!! 大変ですわよ!!」

 兄の捜し人が見つかったと知って、六花は大慌てで愛梨とアグナを呼びにいった。

「……幾らなんでも、大げさすぎではないか……?」

 取り残された将志は、訳が分からずその場に立ち尽くした。
 するとすぐに奥から慌ただしい足音が三つ聞こえてきた。

「主様が見つかったって本当、将志君!?」

 飛びつかんばかりの勢いで将志を問い詰める愛梨。
 その瑠璃色の視線と鈴のような声にはいつもの愛梨らしからぬ焦りが含まれていた。

「何だ何だ、みんな大騒ぎして何が起きたんだ兄ちゃん!?」

 一方、事情が良く分かっていないアグナは困惑した様子で将志に問いかける。
 しかし、その質問をさえぎって六花が声を荒げる。

「こうしちゃ居られませんわ!! 今すぐあの女のところに乗り込むべきですわ!!」

「賛成!! 将志君、今すぐ案内頼むよ!!」

「……あ、ああ……」

 やたらと息をまく二人の剣幕に将志は思わずたじろいだ。
 とりあえず、将志は六人分の朝食の材料をそろえて準備をする。

「なあ兄ちゃん、姉ちゃん達どうしたんだ?」

「……知らん。むしろ俺が訊きたい……」

 アグナの問いに、将志は少々疲れた声でそう答えた。



 そういうわけで全員揃って竹林の屋敷へ。
 将志に先導されて着いた先では、輝夜が縁側に座ってボーっとしていた。

「あれ、将志? その後ろの人たちは誰?」

 輝夜は将志についてきた三人を見てそういうと、その内二人の出す異常な雰囲気に気が付いた。
 にこやかに威圧感を放つ橙色のジャケットとトランプの柄の入った黄色いスカートを着た少女と、将志と同じ黒曜石のような眼で射抜くような視線を送ってくる銀髪の少女。
 将志はその二人の様子を見て、思わず俯いて額を押さえた。

「……紹介は後でする。まずは主を呼んできてくれ」

「う、うん。……ねえ将志、あの人たち、何であんなに殺気立ってるの?」

「……それは俺が訊きたい……」

 深々とため息をついて将志は居間に愛梨たちを案内する。
 居間に着くと、真ん中に置かれた卓袱台の前に全員を座らせる。
 が、そこから逃げるようにして燃えるような赤髪の幼い外見の少女が将志の元へやってきた。

「……どうした、アグナ?」

「い、いやな、今の姉ちゃんたちがおっかなくってな……つーわけで、俺は兄ちゃんの手伝いに回ろうかと……」

「……ならば湯を沸かしてくれ。まずは茶でも飲んで落ち着いてもらおう」

「合点だ!!」

 アグナの能力で、一瞬にしてやかんの水が沸騰する。
 将志はそれを使って丁寧に熊笹茶を淹れると、お盆の上に載せた。

「……これを持って行ってくれ。それから、すぐに朝食を作るから戻ってきてくれ」

「合点だ、兄ちゃん!!」

 将志に元気良く返事をすると、アグナはお茶を今に運んでいった。
 それを見届けると、将志は料理を始めた。
 ……何故話より先に料理を始めたかというと、単なる現実逃避である。

 しばらく料理を作っていると、いよいよ居間からは強烈な圧力が感じられるようになった。
 その直前の足音と気配から、永琳と輝夜が居間にやってきたのだと知れた。

「なあ兄ちゃん、すんげえ出て行きづらいんだけどよ……」

 アグナは途方にくれた表情を浮かべ、炎のような橙色の瞳で縋るように将志を見る。

「……行くしか、あるまい……」

「……とほほ……仕方ねえなぁ……」

 それに対して将志は覚悟を決めた声でアグナに返し、朝食を持って居間に向かう。
 アグナもがっくりと肩を落としてそう呟くと、同じく朝食を持って居間に向かった。


  *  *  *  *  *


 そうして話は冒頭に戻る。
 大きな長方形の卓袱台の短辺に座る将志は、向かい合う二組を眺めた。
 右側には、笑顔でプレッシャーを掛ける愛梨と、親の敵を見るような眼で相手を見る六花。
 左側には、怖いくらいの無表情で向かい合う相手を見つめる永琳と、状況の説明を受けて面白くなさそうな表情を浮かべた輝夜の姿があった。
 そして、隣にはこの空気に耐えられなくて避難して来たアグナが居る。

「……朝食が冷めてしまうぞ?」

 睨みあっていても埒が明かないので、将志は食事を開始する。
 両者とも無言で箸を取り、食事を始める。

「……あなたが、喜嶋 愛梨ね?」

「……うん、そうだよ♪ 会うのは初めてなのに、良く分かったね? そういう君は、八意 永琳であってるかな?」

「ええ……あっているわよ」

 永琳は愛梨に対して名前を確認すると、スッと眼を細めた。
 一方の愛梨は、永琳の名前を聞いて笑みを深めた。

「で、隣の貴女はどなたですの?」

「名を名乗るときは、自分から名乗るのが礼儀じゃないかしら?」

「……それもそうですわね。私は槍ヶ岳 六花、そこに居る槍ヶ岳 将志の妹ですわ」

「そう。私は蓬莱山 輝夜。八意 永琳の主人よ」

 六花は敵意を隠すことなく輝夜に名前を尋ね、輝夜も不機嫌さを隠すことなくそれに答える。
 両者の間には、もはや見るまでもなく壁が出来ていた。

「……それで、あなたたちは何の用でここに来たのかしら?」

「そうだね……しいて言うなら、決着をつけに来た、かな?」

 永琳の問いに愛梨が答える。
 永琳はその返答に、首をかしげた。

「あら、決着をつけるような出来事なんてなかったと思うのだけれど?」

「ならば単刀直入に言わせてもらいますわ。お兄様は返していただきますわ」

「……む?」

 突然自分の名前が挙がって、今度は将志が首をかしげた。
 全く持って訳が分からない、そんな表情で将志は両者を見渡した。

「返してって、別に将志は貴女の所有物じゃないでしょ? それに、所有権云々を言うんなら元々の親権その他は永琳にあると思うわよ?」

「だったら2億175万3671年3ヶ月と16日も放置してるんじゃないですわ。そんな人に親権があるとは思えませんわよ? それに、それを証明するものがあるのかしら?」

「それを言うなら貴女の方こそ将志との関係を証明できるの? 今この場で証明して見なさいよ」

「それならば、お兄様に訊いてみればいいですわ。何万回尋ねようが、帰ってくる答えは同じですわよ?」

 六花と輝夜は火花を散らしながら睨みあい、激しい舌戦を繰り広げる。
 言葉を返すたびに口調は強くなり、どんどんエスカレートしていく。
 その横で、永琳と愛梨は静かに視線を交わし続ける。

「……建前を言っても仕方がないから、素直に言わせてもらうよ。僕は君に将志君を渡したくない」

「……そう……でも私だってもう将志を失いたくはないわよ。やっと逢えたのに、またお別れなんてご免被るわ。あなたが将志を連れて行くというのなら、私は全力でそれを阻止させてもらうわよ?」

「そんなの僕だって同じだよ。君が僕から将志君を奪っていくんなら、僕は全力で奪い返してみせる」

「……なるほどね。どうやらあなたとはいくら話しても無駄のようね」

 そういうと、二人はスッと立ち上がった。

「それじゃあ、力ずくででも奪い返させてもらうよ」

「そうはさせないわよ」

「きぃぃぃ!! 表に出なさい!! 格の違いを思い知らせてあげますわ!!」

「上等じゃない!! 貴女ごとき、けちょんけちょんにしてあげるわ!!」

 静かに闘志を燃やしながら愛梨と永琳はそう言葉を交わす。
 その奥でも、今にも飛び掛らんばかりの勢いで六花と輝夜が立ち上がる。
 その場には一触即発の空気が漂う。

「うわっ!?」
「きゃあ!?」
「あうっ!?」
「いたっ!?」

 そんな四人の額に飛んでくる箸置き。
 四人はその直撃を受けて、一斉に額を押さえて飛んできた方向を見た。

「……全員、そこに並んで正座」

「に、兄ちゃん?」

 その方角には、眼を瞑って静かに怒気を放つ将志が居た。
 その横には、将志の怒気に当てられて涙目になっているアグナが居る。

「「「「…………」」」」

 ただならぬ様子の渦中の人物に、四人は黙って言われたとおりに並んで正座する。
 将志はその前に立ち、四人を見下ろした。

「……全く、様子がおかしいと思えば……そんなくだらないことで喧嘩を始めるとは……」

「く、くだらなくなんてないよ!!」

「……くだらないことだ。そもそも、何故俺がどちらか片方にしかつけない事になっている? まず前提からしておかしいと思うのだが?」

 くだらないと言い放つ将志に愛梨が喰らい付くが、将志はそれを一笑に付した。
 将志は盛大にため息をつきながら話を続ける。

「……まず、輝夜。お前は何で怒っているのだ? 正直、理由に見当が付かないのだが」

「……そ、それは……」

 将志の問いに、輝夜はそっぽを向いて言いよどんだ。
 その様子を見届けると、今度は六花に眼を向ける。

「……六花は、俺が家族を放り出すような薄情者に見えるのか?」

「っ!? そ、そんなつもりじゃ……」

 六花は将志の言葉に、悔いるような表情を見せて俯いた。

「……愛梨も、何故俺が主に構うとお前に構わなくなる等と決め付ける? 友人としては悲しいものがあるのだがな?」

「うっ……ごめんよ……」

「……それに、俺は愛梨には感謝しても返しきれない恩がある。あの日、愛梨が俺を連れ出していなければ、俺はあの町と共に朽ち果てていたことだろう。今の俺が居るのは愛梨のおかげなのだ、そんな恩人を見捨てておけるほど俺は恩知らずではない。……今さらだが言わせてもらう、感謝しているぞ、愛梨」

 将志が感謝の言葉を述べると、愛梨は頬を染め、照れくさそうに笑った。

「う、うん……えへへ、これからも宜しくね♪」

「……ああ、よろしく頼む」

 将志はその言葉に頷くと、今度は永琳のほうを向いた。

「それから、主。前にも言ったと思うが、何故一度忠を誓った主を見捨てると思う?」

「でも、そう言ったあなたは私の前から姿を消したじゃない!!」

 将志の発言に永琳は思わずそう叫んで立ち上がった。
 将志は眼を伏せ、その言葉を真摯に受け止める。

「……たしかに俺は大変な不忠を犯した。もしあの場で俺が動かなかったらどうなっていたかは、今となっては分からない。だが、俺は今でもあの判断を後悔してはいない。結果として主は無事に月に行くことが出来、時間は掛かったがまたこうして会うことができたわけだからな」

 将志はそういうと、槍に巻いた赤い布を取り払い、永琳の前に掲げた。

「……再び誓おう。俺はこの槍にかけて、主の命ある限り主を守ろう。……信じてもらえるか、主」

「……嫌よ。そんな誓いなんて聞きたくないわ」

 永琳は将志の誓いを俯いたまま首を横に振って拒絶した。
 将志はそれに少し悲しげな表情を浮かべて槍を引っ込めた。

「……では、俺はどうすればいい?」

 将志は困惑した表情で永琳を見た。
 永琳は一つ深呼吸をすると、顔を上げた。
 その視線には、有無を言わせない力強さがあった。

「誓いなさい。私を守るより何よりも、生きて私のそばに居ると、私に誓いなさい」

「……主……」

 強い念の篭った永琳の言葉は、将志の心に深く突き刺さった。
 その言葉を受け、将志は眼を閉じ、首をたれた。

「……主がそう望むのならば」

 将志は永琳の言葉と、自分の誓いの言葉を深く胸に刻み込んだ。
 そして、それが終わると将志は手を叩いた。

「……さて、説教はこの程度にしておこう。せっかく朝食を作ったのだ、冷めてしまっては台無しになる。全員くれぐれも、喧嘩の無いようにな」

「そうね。久しぶりの将志のご飯ですものね」

「そうだね♪」

「……色々と言いたいことはありますけど、この場は引きますわ」

「……そうね、将志の朝ごはんに免じて引いてあげるわ」

 喧嘩を始めそうになっていた面々も、将志の一言に自分の席に戻っていく。

「ふぃ~、ようやく落ち着いて飯が食えるぜ……なあ兄ちゃん!! いつものあれ頼む!!」

 アグナはホッとした表情を浮かべた後、笑顔で将志に箸を手渡した。

「……いいだろう」

 将志はアグナから箸を受け取ると、自家製の魚の一夜干しをほぐしてアグナの口に持っていく。

「……あ~……」

「ぶっ!?」

「…………(ふるふるふるふる)」

 将志がいつもどおりアグナに食べさせようとする時の声を聞いて、輝夜は思わず噴き出した。
 その横では噴き出しこそしなかったものの、永琳も俯いて笑いをこらえていた。

「……どうした?」

「あ、貴方がそれやる!? ああダメ、ツボに入った!! あはははははは!!」

「ご、ごめんなさい、将志がそういうことをするのが意外で……」

「あ~むっ♪ か~っ!! やっぱ兄ちゃんの飯はうめえな!!」

 首を傾げる将志に、輝夜は腹を抱えて笑い転げ、永琳も笑いをこらえながら将志に答えを返した。
 それを気にせず、アグナは満面の笑みを浮かべて食事を続ける。

「……六花のときはこういうものだと言っていたが?」

 その言葉を聞いて、輝夜は固まった。
 そしてゆっくりと六花の方へ振り向いた。

「……ちょっと、貴女ひょっとして将志にああやって食べさせてもらったことあるの?」

「……だったら何ですの?」

「うわ~、引くわ~ 実の兄にそんなことさせるなんて信じらんないわ~」

「……その喧嘩、買いましたわ!!」

「上等よ!!」

「……黙って食え」

「「はい……」」

 喧嘩を始めそうな六花と輝夜を、将志は威圧感のある声で抑止する。
 しばらくすると、今度は愛梨が話しかけた。

「ねえ、輝夜ちゃん♪ さっき将志君も言ってたけど、どうしてあんなに不機嫌だったのかな?」

「うっ……そ、それは……」

「……たしかに、それは俺も聞いておきたい。それによっては、今後の俺の身の振り方を考えることになるからな」

 将志と愛梨の二人に問いかけられ、輝夜は言いづらそうに口ごもる。

「……ったからよ」

「……ん?」

「せっかく出来た友達が居なくなると思ったからよ!! 何度も言わせないでくれる!?」

 将志が聞き取れなくて訊き返すと、輝夜は自棄になってそう叫んだ。
 その顔は真っ赤で、叫んだ後は肩で息をしていた。
 その発言を聞いて、将志は苦笑いを浮かべた。

「……なるほどな。そういうことならば特に問題は無い、俺がこまめに顔を出すだけで事足りる」

「あら、大問題ですわよ。どうせ友達なんてお兄様くらいしか居ないんでしょうし、いっその事トドメをさしてあげた方が良いのではなくて?」

「……おい、そこの腐れアマ。表出ろ」

「やれるもんならやってみてくださいまし!!」

「……箸置きをくれてやろうか?」

「「……済みませんでした……」」

 再び喧嘩を始めようと立ち上がる六花と輝夜を、将志は箸置きを投擲する姿勢を見せることで抑止する。
 その様子を見て、愛梨は笑みを浮かべた。

「うんうん、六花ちゃん、もう輝夜ちゃんとあんなに仲良くなったね♪」

「ええ、本当にね」

「なにをどう解釈したらその結論になるのよ!?」
「なにをどう解釈したらその結論になるんですの!?」

 六花と輝夜が喧嘩しそうな雰囲気である一方で、愛梨と永琳は割りと和やかに食事を勧めていた。
 どうやら、こちらは双方共に将志を失うことがなくなったために一定の相互理解を得られたようだった。

 こうして、朝は騒がしく過ぎていった。




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 今回の話書いてて思った。
 えーりん、勝手に動くと何故かヒロイン化する。
 ……おっかしいな~……最初はこんなつもりじゃなかったのになぁ?

 あと、六花と輝夜の言い争いは書いてて楽しかった。


 それから、タイトルはどうやら変えないほうが良いという意見が多数見たいなので変えないことにします。
 一応、『忠犬槍公、我が道を行く』とか考えたりもしましたが。


 それではご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、勧誘される
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/09/06 17:34
 将志が永琳と再会し、またそれなりに時間がたった。
 その間、将志は朝一で岩山の社から竹林へと足しげく通い、こまめに情報を伝える。
 それが終わると、社に戻って集められた情報を確認する。
 その情報を元に、配下の妖怪達に仕事を伝え、自らも神としての仕事をする。
 とは言うものの、参拝にくる武芸者が多く、なかなか外に出られないこともあるが。
 将志が普段暮らしている岩山は道が険しく、試練の霊峰とまで呼ばれているにもかかわらず、挑む武芸者は後を絶たないのだ。
 生真面目な将志はそれを無碍にする気は全く無いので、来る人間には全力で応対する。
 それが無いときは愛梨に留守を任せ、情報収集もかねて自ら営業に回るのだ。
 なお、神無月には天照から真っ先に呼び出しがかかる。

 将志は暇な時間を使って人里に下りる。
 流石に空を飛んで都に突入するわけには行かないので、将志は都までの道を歩く。
 人間と勘違いして襲ってくる妖怪を軽く伸し、場合によっては仲間に引き入れる。
 将志は神ではあるが、それ以前に妖怪の長であるゆえ、妖怪に対するケアも忘れないのだ。

 将志が都に行くときはたいてい仕事で金を稼ぐときである。
 この時代、女性が日雇いで得られる仕事は無く、妖怪達は人間との生活が出来ない。
 それ故、男であり人間にまぎれて生活することの出来る将志が働きに出るしかないのだ。
 なお、将志の世間の評価は『神懸りの兵』と呼ばれる槍の達人として世間に広まっているので、仕事に困ることは無い。

 こうして将志は、建御守人と言う神としての生活と、妖怪の長としての生活、そして槍ヶ岳 将志と言う人間としての生活と言う3つの暮らしを並行して行っていた。



 そんなある日のこと、将志は留守番を愛梨たちに任せて散歩に出ることにした。
 散歩とは言っても、巡回と気分転換と食料採取をかねたものである。
 将志が担いでいるのは赤い布を解かれた銀の槍で、妖怪としての本来の姿でそこに立っていた。
 狩りの際に、長い槍を二本も持っていると邪魔になるからである。

「……む?」

 将志は自分がいる森の様子が普段と違うことに気がついた。
 近くに生物どころか、幽霊や妖怪の類の気配も全くしないのだ。
 自らの周囲に起きた異変に、将志は槍を手に取った。

「……出て来い」

「ええ、良いわよ」

「……っ!?」

 将志が一言言うと、背後から気配がした。
 振り向いてみれば、そこには妖しげな笑みを浮かべた上半身だけの少女の姿があった。
 紫を基調としたドレスを着た少女は、虚空に現われた謎の空間から出てくるとその上に腰掛けた。

「……見たところ妖怪のようだが、何の用だ?」

「あら、何者かは訊かなくてもいいのかしら?」

「……まずは用件を聞かせてもらおうか。それからでも遅くはあるまい」

「それじゃあ、お望みどおりにそうさせてもらうわ。貴方には色々と頼みたいことがあるのよ。霊峰の妖怪の長、槍ヶ岳 将志にね」

 少女がそう言うと、将志は眼を閉じゆっくりと頷いた。

「……聞こうか」

「まずは質問ね。貴方、全てを受け入れる箱庭についてはどう思うかしら?」

 漠然とした少女の質問に、将志は首をかしげた。

「……質問を返すようで悪いが、全てを受け入れるとはどういう意味だ?」

「神も妖怪も人間も、全てを平等に受け入れる場所よ。神であり妖怪でありながら人間に混じる貴方なら、何か面白い意見が得られると思ったのだけど?」

 少女の話を聞き、将志はあごに手を当てて考えた。

「……まず、存在自体は可能だろう。だが、人間を妖怪が淘汰するようでは駄目な上、人間が強すぎても問題が起きる。全体を管理できなければ、存在し得ないと言うところか」

「否定はしないのね?」

「……する必要が無い。言うだけなら容易いし、妖怪としての観点から見ても有益ではあるからな」

「それじゃあ、協力して欲しいといったら?」

「……内容次第だ」

 将志の言葉を受けて、少女は笑みを深めた。

「……やっぱり、貴方と話をして正解ね。場所を変えましょう」

「……ん?」

 突如として、将志の足元にスキマが開く。
 その中は、無数の眼や手足が見えていて、かなり禍々しい空間になっていた。
 将志はその中に落下していく。

「……ちっ!!」

 将志はとっさに足場を作り、スキマから脱出しようとした。
 が、その時頭上にあったのは少女の膝だった。

「ぐあっ!?」

「きゃっ!?」

 脳天にニードロップを食らい、将志は一瞬で意識を手放した。


  
 
 将志が目を覚ますと、目の前には古ぼけた天井があった。
 木でできた粗末なつくりの社で、奥には小さな祭壇があった。
 そこはかつて諏訪子のところに世話になっていたとき、営業中の休憩場所として将志が見様見真似で建てた小さな小屋のような社だった。
 将志は素早く身を起こして槍を手に取り、周囲を見回す。
 すると、そこには先ほどの少女が謎の空間の上に座っていた。
 将志は少女に対して槍を向けた。

「……いきなり槍を向けるなんて、いくらなんでも乱暴じゃない?」

 槍を向ける将志に、少女は薄く笑みを浮かべながら答える。
 そんな少女を、将志は油断無く見据える。

「……武器を向けられているというのに、ずいぶんと余裕だな?」

「ええ、だって戦う必要は無いもの」

 余裕を見せる少女に、将志は槍を下ろして大きくため息をついた。

「……一つ忠告をしておく」

 将志はそういうと、一瞬で間合いを詰めて喉元に槍を突きつけた。
 その様子は、紫から見ると突然目の前に銀の槍が現われたように映った。

「え……?」

「……何かあったらすぐ逃げられる……その甘い考えを捨てることだ」

 反応できずに呆けた表情を見せる少女に、将志はそう忠告した。
 それが終わると、将志は槍を引いた。

「……ふふふ、肝に銘じておくわ」

「……そうしておけ。見たところお前はかなりの力を持っているようだが、まだ若いを通り過ぎて幼い。日々精進するのだな」

 将志の言葉に、再び少女は笑みを浮かべる。

「優しいのね。てっきり殺しに来るのかと思ったのだけど?」

「……お前の言うとおり、戦う必要も無いからな。それに、元より女子供に向ける刃は無い」

 将志はそういうと、少女に向き直った。
 少女の能力を鑑みて、将志は何があってもすぐに対処できるように立ったまま会話を続ける。

「……さて、色々と質問がある。訊いても構わないだろうか?」

「ええ、良いわよ。何が訊きたいのかしら?」

「……何故わざわざここに移動した?」

「それは貴方との話を邪魔されたくなかったからよ」

「……それは何故だ?」

「私、神隠しを起こして妖怪退治屋に目をつけられてるの。貴方とはじっくり話がしたいから、こうやって落ち着いて話せる場を作ったってわけ」

「……それで、そうまでして話したい用件は何だ?」

 将志がそう質問をすると、少女の顔つきが真面目なものになった。

「貴方には少し協力を要請したいのよ。さっき言った箱庭、幻想郷を作るためのね」

 発せられた言葉は強い想いが感じられるものだった。
 将志はその言葉を受け止めると、質問を繰り出した。

「……何故そんなことを?」

「妖怪が生きていくためよ。今はまだ大丈夫かも知れないけど、いつか人間は妖怪を超えるようになるわ。人間の力強さ、貴方が一番よく知ってるはずでしょう?」

 少女の言葉に将志は遠い過去、かつて主と共に暮らしていた時代を思い出した。
 そこでは人間は妖怪を恐れることなく、地上を支配していた。

「……確かに、人間は妖怪や神をも超えうる力を持っている。それを存分に発揮したとき、俺達の大部分はこの世から消えてなくなるだろう」

「だから、私は妖怪が安心して生きていける場所を作りたい。そのためにも、貴方の協力をぜひとも仰ぎたいのよ」

「……ふむ……」

 将志はそれを聞くと考え込んだ。
 将志の眼は目の前の少女を見据えており、難しい表情を浮かべていた。
 そして眼を閉じ、一つため息をついた。

「……協力してやっても良い。だが、今は駄目だ」

「……理由を聞かせてもらえるかしら?」

「……仮に今俺が手を貸し、箱庭を作り広げたとしよう。さて、その時に何らかの事態で俺がいない状態で管理が出来るか? ……出来るはずがない。だからこそ、俺を頼るのだからな」

「それじゃ、どうすれば協力してもらえるのかしら?」

「……まずは力をつけろ。そして俺を認めさせることだ。俺が手を貸しても問題が無いほどの力をつけたとき、喜んでお前に手を貸そう」

「そのためにはどうすれば良いかしら?」

「……それを考えるところから始めるんだな。やることは幾らでもある、その中で自分に必要なものを選んでやれ」

「ふふふ、そうするわ」

 少女は笑みを浮かべると、ふと何かを思い出したような表情をした。

「そういえば、まだ名乗っていなかったわね。私は八雲 紫。スキマ妖怪よ」

「……槍ヶ岳 将志。知っての通り、ただの槍妖怪兼ちょっとした神だ」

「あら、貴方はただの妖怪でもなければ、ちょっとした神でもないわよ?」

「……そんなことはどうでも良い話だ。評価など、元より当てにならん。肝心なのは実際にどんな仕事をするかだ」

 将志はそういいながらゆっくりと首を横に振った。
 紫はそんな将志をみて、意味ありげな含み笑いを浮かべた。

「ふふふ、貴方はもう少し周囲の評価を見るべきだと思うわ。それはそうと、ちょっと訊きたいことがあるんだけど、良いかしら?」

「……何だ?」

「さっきからずっと貴方の父性と母性の境界を弄っているのだけれど、ぜんぜん効かないの。どういうことかしら?」

「……その前に、何故そんなことをしている?」

 紫の発言と行動の意味が分からず、将志は思わず首をかしげた。
 そんな将志を、紫は少し楽しそうな表情で見つめる。

「私の『境界を操る程度の能力』で貴方が私を甘やかすように境界を弄れたら認めてもらえるかな、とかかんがえてたり」

 紫の言葉に、将志は大きくため息をついて首を横に振った。
 そして、呆れ顔で紫の顔を見た。

「……言っておくが、俺にその手の精神操作系の能力は効かんぞ」

「あら、どういうことかしら?」

「……俺の能力は『あらゆるものを貫く程度の能力』だ。俺が己が意思を貫いている限り、俺を操ることなどできん」

「それは残念、上手く行けば私の夢の成就の大きな近道が出来たのに」

「……戯け、楽することばかり考えるな」

 からかうような紫の発言に、将志は呆れた口調を隠さず淡々と苦言を呈した。
 しかし、紫はそれをまったく意に介さずに答えを返した。

「でも、楽できるときは楽したほうがお得でしょう?」

「……確かにそうだが、楽をするのと手抜きは訳が違うぞ?」

「結果が良ければ過程なんてどうでも良いのよ。それに、要領良くやることも必要なことだと思うのだけど?」

 度重なる紫の反論に、将志は額に手を当ててため息をついた。
 紫の言うことも確かに正論なので、将志は言い返しづらいのだ。

「……まあ、そういう考えもありと言えばありだがな……地力があることに越したことは無いだろう?」

「それも正論ね。まあ、今は将来的に心強い協力者を得ることが出来たってだけで万々歳よ」

 紫はそういうと将志に笑いかけた。
 一方の将志は相変わらずの仏頂面である。

「ねえ、ところで一つ質問があるんだけど、良いかしら?」

「……今度は何だ?」

「『私の式になって』って言ったら、貴方はどうするかしら?」

「……俺は二君には仕えん」

 紫の問いに、将志は即答した。
 それを聞いて、紫は残念そうに首を横に振った。

「ちぇ、やっぱりダメか。将志が式になってくれたらとても心強かったのだけれど」

「……それ以前に、式を制御しきれるのか? 紫は力は強いがまだ妖怪としての格が低い。強力な式が欲しいのならば、それこそ修行が必要だと思うが?」

「あら、別に式にならなくても、貴方が味方についてくれれば私は満足よ? 問題は貴方がどこまで私の言うことを聞いてくれるかってとこよ」

「……それは、紫の成長しだいだ」

「その言い方だと、最終的に将志が私に絶対服従することになるわよ?」

「……戯け、成長するのがお前だけだと思うな。お前が成長すると同様に、周りも成長するのだからな」

 くすくす笑う紫に、将志は淡々と答えを返した。

「……とにかく、今のままでは俺が紫を助けるのは恐らく良い方向には働かないだろう。だが、俺は紫の夢が悪いとはかけらも思っていない。だから俺に是非とも手伝わせてくれ、と言わせるような妖怪になって欲しい」

「ずいぶんと期待されたものね」

「……生憎と俺は紫のように自由でもないし、それを行うような能力を持っていない。ならば、妖怪にとって益となるそれを行おうとする者に期待を掛けるのは当然だ」

 将志の発言を聞いて、紫は嬉しそうに笑う。

「ふふふ、やっぱり貴方と話をして良かったわ。貴方には是非とも幻想郷に来て欲しいわね」

「……ああ。時が来ればその夢を手伝わせてもらおう」

 将志はそういうと社の扉に手を掛けた。

「もう行ってしまうのかしら?」

「……一応これでも多忙の身でな。神も妖怪の長も楽なものではないさ」

 将志はそう言ってため息をつく。
 それを見て、紫は少し残念そうな表情を浮かべた。

「そう……また逢えるのを楽しみにしているわ、将志」

「……ああ。俺も紫の成長を楽しみにしている」

 将志はそう言い残して、古びた社から飛び出していった。
 後に残された紫は、将志が出て行った扉をジッと眺めていた。

「槍ヶ岳 将志、ね……ふふふ……気に入ったわ」

 紫はそう呟くと、スキマを開いてその中へ消えて行った。


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 将志曰く、まだ幼いゆかりん登場。
 胡散臭く書けてるかどうか非常に不安death!!
 いや、台詞回しとか難しいし。


 そんなこんなで、ご意見ご感想お待ちしております。
 



[29218] 銀の槍、教壇にたつ
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/09/09 04:55
 槍ヶ岳 将志は守護神であり、戦いの神である。
 この神を祭った社は数多くあり、様々な場所に見受けられる。
 人々は家内安全などの願いを込め、礼拝をする。

 また、彼を語る上で忘れてはいけないのが、彼は料理の神でもあるという事実だ。
 つまり、将志は食材さえ用意すればその腕をふるう。
 人も妖怪も果ては神さえも将志の作る料理を求めて、食材を差し出すのだ。

 しかし各地で振興されているその一方で、将志の身体は一つしかない。
 本社においても人が来る以上、分社は代理のものを置かざるを得ないのだ。
 そしてその代理は将志に付き従っている妖怪達の役割である。
 つまり、妖怪も将志と同等とは言わずとも、それに準ずる働きが出来なければならない。
 ということは、将志の代理を務める妖怪は料理が出来なければならないということである。
 しかしながら、主に人間を主食としている妖怪達はもちろん、そうでない者も料理など普通に生活していればあまりしない。

「……では、始めるとしようか」

 そういう訳で、将志は定期的に本社の本殿で料理教室を開いているのだ。
 内容は幅広く、包丁の使い方、食材の知識、調理の際の注意事項、さらには飾り切り等の高等な技術まで教えている。
 しかしここで最も重要としていることは、食料を無駄にしないことである。
 ありふれた食材を無駄なくどこまでいい物に出来るか、それが将志の料理教室の目指すところである。
 その料理教室に配下の妖怪はもちろんのこと、暇をもてあました外部の妖怪や神が料理教室に参加するのだ。

「……ところで、一つ訊きたいのだが良いだろうか?」

 将志の一言に、生徒である妖怪達は一斉に将志の居る教壇に眼を向けた。
 目の前にズラッと並んだ妖怪達を将志は眺める。

「……食材で人間を連れてきたものは居ないか? 俺も神としての体裁がある、この場で人間を殺すのは控えたいのだが……」

 将志がそういった瞬間、妖怪達の一部から不満の声が上がる。
 この妖怪達はどうやら外部聴講生らしく、人間を連れてきていた。
 騒がしくなった本殿に、将志は手を叩いて黙らせる。

「……まあ、少し落ち着いて欲しい。確かに、妖怪の中には人間を食す事が存在意義の者も居るだろう。だが、ここではそれは少し置いておこう。どうしても人間で実践したいものはここで技術を盗み、その上で自分で試してみるのがいいだろう。それから、人間の諸君にはこの場での命の保障をさせてもらう。だが、外に出てからどうするかは自分で考えろ。助けを求めるばかりのものに手を差し伸べるほど神も甘くは無い。生き延びたくば考えるべきだ」

 将志の言葉に、妖怪達は再び静まった。
 それを確認すると、将志は話を続けた。

「……さて、全員常日頃様々なものを様々な形で食しているとは思うが、ここに居るということは全員少なからず自分の食生活に不満があるのだろう。普段の味に飽きたり、味を改善したり、何らかの解決策を探しにここに来た者も居るだろう。また、自らの腕に磨きをかけたいものも居るはずだ……そういう者は、この場では全て俺が面倒を見る。分からないことがあれば訊いてくれ」

 将志はそういうと、調理場に立つ。
 将志が調理場に立つと、妖怪達は将志の手元が見えるような位置までつめて行った。
 調理台のまな板の上には、大きなスイカが置かれていた。

「……今日の包丁技は少し面白いものを見せるとしよう」

 将志はそう言うと、包丁でスイカを切っていく。
 するとまな板の上には厚めの輪切りにされたスイカが並んだ。
 将志はそのうちの一つを手に取った。

「……ふっ!!」

 将志はスイカの皮と身の間に包丁を入れ、転がすように素早く輪切りのスイカを動かした。
 皮を沿うように包丁が滑り、スイカの身と皮が分断された。
 その後将志は切り出したスイカの身を一口大に切り分け、円形に残ったスイカの皮の中に放り込む。
 これで、見た目も綺麗なスイカの器が出来上がった。

「……これは大車輪切りと言う技で、円または球形の食材に使える技だ。このように皮の硬いスイカなどの食材で行えば、残った皮を器にも使えて見た目も良くなることがある。覚えておくと面白いかもしれないな」

「へえ、そういう使い方もあるのね」

 将志が包丁を握っているすぐ隣の空間が裂け、興味津々と言った表情を浮かべた少女が現われる。
 少女は紫を基調としたドレスを身にまとい、一風変わった帽子をかぶっていた。

「……来ていたのか、紫」

「ええ、来てたわよ。結構盛況してるわね、これ」

 紫はそこに集まっている聴講生を見ながら、切り分けられたスイカに手を伸ばした。
 将志はそれを見て、紫に楊枝を手渡す。

「……手が汚れると後が面倒だ。これを使え」

「あら、気が利くわね」

 紫はそれを笑顔で受け取ると、一口大に切られたスイカを口に運んだ。
 その様子を、将志はジッと眺めていた。
 それに気付き、紫は将志に笑いかけた。

「どうかしたの? 私の顔に何かついてるのかしら?」

「……せっかくだ、お前も挑戦してみるか?」

「え?」

 突然の将志の一言に、紫は思わず呆けた表情を浮かべた。
 それに構わず、将志は紫に包丁を手渡す。

「ちょっと待って……挑戦って、何に?」

「……大車輪切りだ。紫もさっき見ていただろう?」

「私、包丁なんて今まで持ったこと無いのだけど?」

「……今持っているだろう?」

 困惑する紫に、将志は真顔でそう言った。
 そのあまりに見当違いの発言に、紫は思わずこめかみを押さえた。

「……いえ、手にしたことがあるかどうかではなくて、使ったことが無いってことよ?」

「……心配しなくても、ここに居る者のほとんどが今の技を初めて見る者で、更にその中には料理自体初めてという者も少なくない。失敗して当たり前だ。……だが、やってみないことには何も始まらん。物は試しだ、やってみるがいい」

 将志はそう言って紫の肩を叩いた。
 紫の手には先ほど将志が使っていた包丁が握られていて、目の前には輪切りにされたスイカがある。
 自らの置かれている状況に、紫は頭を抱えたくなった。

「ねえ、せめてもっと簡単なことを覚えてからの方が良いと思うのだけど……」

「……そうか……確かにただやれと言われても難しいか……では、一回で成功させたものには俺が直々に腕をふるって注文の品を作ろう。……これならどうだ?」

 将志の発言に、それを聞いた聴講生達は色めき立った。
 身内以外の者にとって、将志の料理は滅多に食べられないご馳走なのだ。
 しかも注文されたとおりのものを作るとなれば、やる気も出るというものであった。
 聴講生達から上がる熱気に、紫は思わず感心した。

「流石ねえ。貴方が腕を振るうってだけで、ここまで反響があるのね」

「……一応料理の神でもあるからな。腕にはそれなりに自信がある」

「それで、本当に出来たら一品作ってもらえるのかしら?」

「……ああ、約束しよう」

 将志の言葉を聞いて、紫は輪切りのスイカに眼を向けた。
 そのうちの一つを手に取り、包丁を皮と身の間に差し込む。
 そして、ゆっくりと包丁を動かし始めた。

「……他にも挑戦したい奴は手を上げろ。用意した食材に限りがある、選ばれなくても恨まない事だぞ?」

 将志は手を上げた聴講生の中から数人を選び、前で大車輪切りに挑戦させた。
 やはり初めてでは勝手が分からないのか、上手くできたものはほぼ居なかった。

「……出来なくても気を落とすことは無い。俺も最初から出来たわけではないからな。この手のものは何度も練習し、失敗して初めて身につくものだ」

 将志はそう言って出来なかった聴講生達を励ました。
 そしてそう言いおわると、将志は隣を見た。

「……ところで、紫はいつまでそれをやっているのだ?」

「あら、貴方はこれを終わらせるのに制限時間なんて設けなかったでしょう?」

 将志の横では、紫が未だに大車輪切りに挑戦していた。
 軽口を叩いてはいるものの、その表情は真剣そのものだった。
 手つきは拙く、極端なまでに慎重に包丁を動かしていた。

「……確かに設けてはいないが、一応講習の終了時間があるのだが……」

「……ちょっと待ちなさい、あと少しなんだから……出来たわ」

 紫はそういうと、将志の前に切り分けたスイカを置いた。
 時間は多分に費やしたが、確かに大車輪切りは出来ていた。

「……若干時間が掛かりすぎではあるが、及第点としよう」

 将志が若干ため息混じりでそういうと、紫はほっとため息をついた後、笑みを浮かべた。

「……ふふふ、約束は覚えてるわね?」

「……ああ、覚えている。……何を所望だ?」

 将志がそう問うと、紫は笑みを深くして言った。

「幻想郷を一つ」

「……注文は料理に限らせてもらおう」

「あら残念」

 額に手を当ててため息をつく将志を見て、紫は楽しそうに笑った。
 そんな紫に、将志は冷ややかな視線を向ける。

「……そういえば、何故紫がここに居る? まさか聴講にきたわけではあるまい?」

「ええ、もちろん。少し妖怪観察に来たのよ」

「……まだ協力者を探しているのか?」

「いいえ、今募集は休止中よ。私は貴方を観察しに来たの」

 紫の言葉に、将志は首をかしげる。

「……俺を観察して何になるというのだ?」

「この霊峰を統括していて、将来協力者になってくれそうな妖怪なら観察するには十分よ」

 紫はそう言いながら将志に近寄っていく。
 そして妖艶な笑みを浮かべて将志の耳元に口を置いた。

「それに……私、貴方のことが気に入っているの。気に入った相手なら、その相手のことを知りたくなるものでしょう?」

 囁くような紫の声に、将志は眼を閉じてため息をついた。

「……どうでも良いが、講習の途中だ。話は後にしてもらおう」

「つれないわね……ええ、それじゃあ後ろで待たせてもらうわ」

 紫は笑みを浮かべたままそういうと、後ろに引っ込んだ。
 それを確認すると、将志は講習を再開した。




「……では、今日の講習を終了する」

 将志がそういうと、本殿から妖怪達がぞろぞろと出て行く。
 それと同時に、後ろで見ていた紫が将志に近づいていく。

「お疲れ様。なかなかに堂に入った教え方をするのね」

「……もう幾度と無く講習を開いているからな。流石に慣れる」

 将志は本殿の掃除をしながら紫に答える。
 紫はその様子をジッと眺める。
 ふと、雑巾掛けをしていた将志がその手を止め、紫の方を向いた。

「……ふと思ったのだが、俺を観察してどうするつもりだ? どうにも目的が見えんのだが……」

「観察する理由はあるけど、目的なんて無いわ。しいて言うなら、ちょっとした趣味の範疇かしら?」

「……そうか」

 紫の返答を聞くと、将志は興味をなくしたように掃除に戻った。

「あら? てっきり皮肉の一つや二つでも出ると思ったのだけど?」

「……別に見られて困るようなことをしている訳でもないし、紫が襲い掛かってくるわけでもない。気にする必要は全く無い」

「気にも留められないことを嘆くべきか、信頼されてることを喜ぶべきか分からないわね。でも、私が貴方を襲わない保障なんてどこも無いわよ?」

 紫のその言葉を聞いて、将志はピクリと眉を動かした。
 次の瞬間には、将志から僅かながらピリピリとした空気が流れ出した。

「……仮にお前が俺を襲う気だったとしても、今の紫には俺を殺すことなど出来ん」

 将志は普段より少し低い声を出し、軽く牽制する。
 紫はそれを涼しい表情で受け流した。

「ええそうね。確かに今の私に貴方を殺せる力は無いわ。もっとも、殺すつもりもないけど」

 紫のその言葉を聞いて、将志はため息と共に額を手で押さえた。

「……分からない奴だ。ならば、何故俺に疑念を抱かせるようなことを言う?」

「貴方と話をするのが楽しいから、では駄目かしら?」

 将志の疑問に紫は妖しげな笑みを浮かべてそう答える。
 その回答を聞いて、将志はゆっくりと首を横に振った。

「……本当にお前はよく分からん奴だ」

「私も貴方がよく分からないんだから、お互い様でしょう?」

 ため息交じりの将志の言葉に、紫は表情を変えずにそう返す。
 その間に将志は掃除を終え、掃除用具を片付けた。

「……それで、まだ何か用か?」

「そうね……ずっと話をしていたいのはやまやまだけど、そろそろお暇させてもらうわ」

 紫はそういってスキマを開く。
 が、何かを思い出したかのように立ち止まり、将志に詰め寄った。

「ああ、そうそう。私に付き合ってくれる時は遠慮なく言って頂戴。喜んで歓迎するわ」

「……そのためにも、さっさと俺が認めるほど成長するのだな」

 紫が耳元でそう囁くと、将志は表情を崩さずに淡々と言葉を返した。
 紫はそれに苦笑すると、将志から離れた。

「ええ、分かってるわ。それじゃ、また逢いましょう、将志」

 紫はそういうとスキマの中へ入っていった。
 それと入れ違うように、広間に赤い髪の小さな少女が入ってくる。

「お~い、兄ちゃん!! そろそろ飯の時間だぞ!!」

「……おっと」

 アグナは将志を目掛けて駆け出し、胸に飛び込んだ。
 将志はその勢いを上手く殺しながらアグナを受け止める。

「……今日は何を食いたい?」

「久々にチャーハンが食いたい!!」

「……了解した。ではいつもどおり頼むぞ、アグナ」

「おう!! 任せろってんだ!!」

 二人は手をつなぎながら、仲良く広間から出て行った。



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 将志の代行者について話を膨らませて行ったら、社が調理師養成学校になったでござる。
 なんというか、神社なのにそれで良いのか?


 そんなこんなで、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、遊びに行く
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/09/11 01:29
 将志がいつものように出稼ぎに都に行こうとすると、行く先に一人の青年が立ちはだかっていた。
 一見華奢な体つきの歳の若い青年だが、その表情には自信が溢れていた。

「そこのアンタ、ちょっと待ちな」

「……何の用だ?」

 声をかけられ、将志は立ち止まる。
 将志は目の前の青年の眼を見て、相手が何をしたいのかを大体察した。

「……なるほど……ずいぶんと腕に自信があるようだな」

「そういうアンタもな」

 青年はニヤリと笑いながら肩をほぐす。
 それに対して、将志は背負った槍に手を掛けずに言葉をかえす。

「……やるというのなら相手になるが?」

「へへっ、話が分かるじゃねえか」

 青年はそういうと構えを取った。
 しかし、将志は一行に背中の槍を構えるそぶりを見せない。

「おいおい、背中の槍は飾りかよ?」

「……そういう訳ではないのだがな。その構えを見る限り、俺が槍を取るのは不公平だと思ってな」

 将志のその言葉を聞いて、青年の顔が一瞬にして憤怒に染まる。

「……上等じゃねえか……俺に舐めてかかったこと、きっちり後悔させてやる!!」

 青年はそういうが早いか、将志に向かって駆け出していた。
 その自信を裏付けるかのように、凄まじい気迫と速度で将志に迫る。

「うおおおおおお!!」

「……ふっ」

「ぐあっ!?」

 将志は殴りかかってくる青年の腕を掴み、相手の勢いを利用して一本背負いを食らわせる。
 男は激しく叩きつけられたが、すぐに立ち上がろうとする。

「……そこまでだ。先に言っておくが、何度やろうが結果は変わらんぞ?」

「……参った」

 しかし眉間に槍を突きつけられ、青年は降参した。
 ちなみに、槍は人間と偽装している時の漆塗りの柄の槍である。
 将志は地面に倒れている男を見下ろした。
 その青年の額には、小さいながらも角が生えていた。

「って~……なんっつー強さだ、最近の人間はこんなに強いのか?」

「……力はあるようだが技と言うものを軽視しすぎだ。それで、鬼が俺に何の用だ?」

 将志がそう問いかけると、青年はゆっくりと身体を起こした。
 負けを認めた鬼が攻撃をしてくることは無いため、将志は槍を納める。

「いや、最近都で評判の強者が居るって聞いてな。そいつがどんな奴か確かめるために都の近くまで行くつもりだったんだけどよ」

「……ほう?」

 鬼の言葉に、将志は面白いことを聞いたとばかりに口元を吊り上げる。
 実はいろんな流派の戦いが見られるため、最近人間との手合わせが楽しみになってきた戦いの神様だった。

「……そうか……都にもまだその様な強者が居るのだな……それで、誰を探している?」

「その前に、アンタ何者だ? 鬼を軽くあしらうような人間なんて初めて見るぜ?」

 見定めるような青年の視線に、将志は首を横に振った。

「……お前は一つ勘違いをしている。あまり大きな声では言えんが、俺は人間ではない」

 その言葉に、鬼の青年は呆けた表情を浮かべる。

「はあ? でもアンタほとんど妖力を感じねえし、さっきの力だって人間とあんまり変わんなかったぜ?」

「……妖力は押さえているだけ、そして先ほども言ったが、技を上手く使えば力など不要だ。人間の編み出した技術、なかなか馬鹿にならないものだぞ?」

「そうかい。で、結局アンタは何者なんだよ?」

「……申し遅れたが、俺の名前は槍ヶ岳 将志。ただの槍妖怪だ」

「し、失礼しやした!! 俺としたことが、とんだご無礼を!!」

 将志の名前を聞いた瞬間、青年は突如として背筋を伸ばして直立し、敬礼をした。
 余程慌てているのかおかしな行動に出ている上に、額には大量の冷や汗が浮かんでおり、顔は蒼褪めている。
 そんな青年の反応に、将志は首をかしげた。

「……幾らなんでも大げさ過ぎないか? どんな肩書きを持っていようが、俺はただ少し力の強い一介の妖怪に過ぎん。そうかしこまることもあるまい」

「しかし、そう言われても……やっべぇ、想像以上の大物引っ掛けちまった……」

「……む」

 狼狽している青年の言葉に将志は眉をしかめる。
 霊峰の妖怪の王であると同時に、強い力を持つ守護と戦の神。
 相も変わらず、将志はその自分の肩書きにどれほどの意味があるのか分かっていない。

「と、とにかく、この侘びをしたいので妖怪の山まで来てくれ!!」

「……とは言うものの、俺はその場所を知らないのだが……」

「それなら案内させてもらうぜ!!」

 青年はそういうと、どんどんと歩き始める。
 その歩調は速く、明らかに案内する者の歩く速さではなかった。

「……やれやれ」

 それを見て、将志は青年の頭に水筒の水を少し掛けた。

「うわっ!? 何すんだ!?」

「……いったん落ち着け。想定外の事態が起きたからといって、その度に慌てていては解決できるものも解決できん。平常心を保て」

「は、はあ……」

 将志の言葉を聞いて、青年は大きく深呼吸をする。
 すると青年は落ち着いたようだった。

「すまねえ。だが、いずれにせよ侘びはしないといけねえから、やっぱ妖怪の山には来てもらうぜ」

「……そうか。俺としてもいずれは行かねばならんと思っていたから丁度良い。案内を頼む」

「おう、任せろ」

 こうして、鬼に案内されて将志は妖怪の山に向かうことになった。
 その途中、将志は近くの鬼に話しかける。

「……一つ提案があるのだが、構わないだろうか?」

「あ? 何だ?」

「……俺を人間として山に送り込んで欲しい」

「はあ? 何でまたそんなことを?」

「……少し試したいことがある」

「まあいいけどよ……」

 いろいろと話をしていると、目的地である妖怪の山が見えてきた。
 将志は案内の鬼を止める。

「……鬼神は頂上に居るのか?」

「あ、ああ……本当にここまでで良いのか? 中には哨戒の天狗やらそんなのが居るんだが……」

「……ああ。少しばかり、お手並み拝見と言う奴だ」

 将志は薄く笑みを浮かべて青年にそう話す。
 それを聞くと、青年は納得したように笑みを浮かべて頷いた。

「ああ、そういうことかよ。へへっ、天狗共が正体を知って慌てふためくのが眼に浮かぶぜ」

「……では、また後でな」

 将志は青年にそういうと、山の中へ入っていった。








「そこな人間!! ここをどこと心得る!!」

 山の中をしばらく歩いていると、哨戒天狗が警告にやってきた。
 力を抑え人間のふりをしている将志は立ち止まり、それに答える。

「……さあ?」

「知らぬなら教えてやる。ここは妖怪の山、人間如きが立ち入ってよい場所ではない!!」

「……どこであろうと別に構わんだろう。それに妖怪が居るとなれば、人間としては黙っているわけにはいかんのだがな?」

「忠告はしたぞ、命が惜しくば、早々に立ち去れ!!」

 哨戒天狗はそういうと、将志の足元に妖力の弾丸を放った。
 将志は一歩下がってそれを避けるとため息をついた。

「……力ずくと言うわけか。なるほど、分かりやすいな。だが、そういうわけにも行かないのでな。通らせてもらうぞ」

 そういうと、将志は再び歩き出した。
 哨戒天狗はそれを見ると、再び将志に警告を発した。

「止まれ!! 死にたいのか!!」

 天狗は再び将志の眼前に、足止めをするように妖力の弾を打ち込んだ。
 目の前に打ち込まれる弾幕を、将志は今度は立ち止まることなく前進しながら軽やかに避ける。
 あくまで力を抑え、せいぜいが運動神経のよい人間と同等レベルの身体能力で次々と避けていく。
 全てを避けきると、将志は天狗に対して余裕の笑みを向けた。

「……この程度では止められんぞ? 仕事柄妖怪の相手もしたことがあるのでな、舐めてかかると痛い目に遭うぞ」

 挑発するような将志の言葉に、哨戒天狗は奥歯をかみ締めた。

「言ったな……天狗を、妖怪を舐めたことを後悔させてやる!!」

 哨戒天狗は将志に対して三度弾幕を展開した。
 今度は足止め用のものではなく、将志を狙った密度の高い弾幕だった。
 それに対して、将志は背負った柄が黒く塗られた槍を抜き妖力を込め、弾幕を叩き落しながら躱し、反撃に銀の弾丸を一発だけ哨戒天狗に放つ。
 その弾丸は速く正確に飛び、哨戒天狗の帽子を弾き飛ばした。

 「……言い忘れていたが、一応俺も弾丸を放つことは出来る。空に居るからといって油断をしないことだ」

 将志は涼しい顔で哨戒天狗にそう言い放つ。

「くっ……私一人では手に負えないか……敵襲ー!! 敵襲ー!!」

 哨戒天狗は悔しげな表情を浮かべると、周囲に敵の襲来を叫びながら撤退していった。
 将志はそれを見て、感心したように頷いた。

「……相手の力量を正しく見極めて援軍を呼びに行ったか……良い判断だ」

 将志はそう呟くと、槍を片手に先に進む。
 しばらく歩くと、たくさんの哨戒天狗が将志の前に立ちはだかった。

「居たぞ!! 絶対にここを通すな!!」

 天狗達は将志の姿を確認すると、一斉に弾幕を展開した。
 雨のように迫ってくるそれを見て、将志は不敵な笑みを浮かべた。

「……神奈子と諏訪子の喧嘩に比べればまだまだだな。何しろあれは避けてはいけないからな……」

 そう言いながら将志は最小限の動きで弾丸を避け、必要があれば叩き落す。
 なお、神奈子と諏訪子が喧嘩したときは周囲への被害を防ぐために弾幕をすべて叩き落しにかかっていた将志であった。
 天狗達は大勢で弾幕を放ったにもかかわらず生き残った人間を見て、驚きの表情を浮かべた。
 そんな天狗の一人の額に、小さな銀の弾丸が突き刺さった。

「きゃん!?」

「……呆けている暇はないぞ?」

 撃墜された仲間を見て、天狗達の間に緊張が走った。
 ――――こいつはただの人間ではない。
 天狗達はそう確信した。

「おい、大天狗様に報告だ!! こいつは我々だけで手に負えるか分からん!!」

「了解です!!」

 その隊長と思わしき天狗が、部下の一人に指示を出す。
 他の天狗は、その連絡係が無事に離脱できるように身体を張って道を作った。

「……連携も悪くない……これに関してはうちの連中も見習わせるべきか?」

 息の合ったチームプレーを見て、将志は再び感心した。
 現在のところ将志の中の妖怪の山の評価は、個々の力は霊峰の妖怪のほうが上だが連携や数で勝る集団と言うものだった。
 将志は怪しまれないように散発的に弾丸を打ち出す。

「踏ん張れ!! 援軍が到着するまで持ちこたえろ!!」

 残った哨戒天狗達は将志を先に進ませないように、必死の抵抗を続ける。
 それに応じて、将志も気付かれない位少しずつギアをあげていく。

「くそ、奴は本当に人間か!?」

 隊長の顔には焦りが見える。
 良く見ると、部下の天狗もたった一人の人間に押されているせいか狼狽している者が見受けられる。

「……個々の力が若干劣る分、実力を大きく上回る相手が出てくると精神的に脆い部分もあるか……」

 将志は冷静に相手の様子を見極める。
 すると、そこに援軍がやってきた。
 そのたくさんの天狗達に混ざって、約一名立派な服を着た天狗が居る。
 将志はそれを見て、大天狗本人が現れた事を知った。

「ふむ、お前が侵入者だな?」

 大天狗は高圧的な態度で将志に話しかける。
 将志はそれに頷く。

「……ああ、その通りだ」

「この妖怪の山に何の用だ?」

「……なに、少し腕試しをしたかっただけだ」

「ふん、命知らずめ……我らを愚弄して、ただで帰れると思うなよ? 者ども、掛かれ!!」

 大天狗の号令で天狗達は一斉に将志に攻撃を仕掛ける。
 迫り来る攻撃を、将志は踊るようなステップで躱していく。
 それと同時に、避けきれない弾幕を手にした槍が次々と撃ち落していく。
 その最中、将志は弾幕にもぐりこませるように少数の弾丸を天狗達に向けて放つ。

「止まるな!! 的にならないように動きながら敵を撃て!!」

 大天狗の指示により、天狗達は段々とまとまった動きで将志に攻撃を仕掛けていく。
 それを見て、将志はふっとため息をついた。

「……流石に厳しいか」

 将志はそういうが早いか、将志は空に飛び上がった。
 大天狗はそれを見て、天狗達の隊列を変える。

「空を飛んだぞ、隊列を変えろ!! 甲班は上下から、乙班は丙班と共に左右で挟撃せよ!!」

 隊長の指示通り、天狗達は将志を上下左右で挟みこむようにして部隊を展開する。
 そして真正面には大天狗が立ち、将志に真っ向勝負を挑む。

「ここから先は一歩も通さんぞ、人間!!」

「……行くぞ」

 弾幕の雨を潜り抜けながら、将志は大天狗に迫っていく。
 しかし、そんな将志の目の前を嵐のように紅い弾幕が通り過ぎていった。

「……む?」

 将志は思わずその場に立ち止まった。
 見ると、大天狗もなにが起こったのかよく分かっていないようだった。
 将志は弾幕の飛んできた方を見た。

「……全く、せっかくの休日をふいにしてくれた馬鹿はどこの誰だ?」

 不機嫌そうな声が頭上から響く。
 その声の主は将志を見つけると、一瞬でその前まで詰め寄った。
 声の主は妙齢の女性であり、背中には黒く大きな翼が生えていた。
 その手には、巨大な剣が握られている。

「ずいぶんと腕が立つようだが、侵入者と言うのは貴様か?」

「……だとしたら、どうする?」

「今の私はすこぶる機嫌が悪い。悪いが、憂さ晴らしに付き合ってもらうぞ」

 その言葉を聞いて、大天狗が慌てだす。

「て、天魔様!? 何も天魔様が手を下さなくとも……」

「うるさい。日ごろ鬼共のせいで山積みになっている報告書を睨んで鬱憤が溜まってるんだ。折角八つ当たりの対象が来たんだ、手出しをするな」

 慌てる大天狗に天魔と呼ばれた天狗は苛立ちを隠すことなくそう告げる。
 それと同時に、周囲を取り囲んでいた哨戒天狗達も一気にその場から離脱して行く。
 その場には、将志と天魔だけが残された。

「……天魔……か。これまでの天狗達はお前の部下だな?」

「ああ、そうさ。それはさておき、お前は何者だ? ……正体を現せ、人間もどき」

 天魔の言葉に、将志は笑みを浮かべる。

「……流石に気がついたか」

「当たり前だ。どこに戦えるほどの妖力を発する人間が居る? 人間なら霊力を発するはずだ。私は気が短い、早く名乗れ」

 名前を聞かれた将志は、ふっと一息ため息をついて黒塗りの槍を背負い、代わりに赤い布が巻かれた細長い物体を手に取る。
 将志が赤い布を取り去ると、中からは将志の半身である、けら首に真球の黒曜石がはめ込まれた銀の槍が現われた。
 それと同時に、槍から強い妖力が流れ出した。

「……槍妖怪、槍ヶ岳 将志。所用あってここにきた」

 将志が名乗りを上げると、天魔はスッと眼を細めた。

「……これはとんでもない来客もあったものだ。噂はかねがね聞こえている。で、神にして霊峰の大妖怪が妖怪の山に何の用だ?」

「……なに、少し鬼の招待を受けただけだ。他意はない」

「ふん、それなら素直に鬼に案内してもらえ。そうであれば、こんな面倒なことをせずに済んだものを……」

「……それについては俺の独断だ。妖怪の山の実力と言うものが気になったのでな、少し挑ませてもらった」

「貴様のその独断のせいで苦労するのは私だぞ?」

「……それはすまない」

 恨めしげに見つめてくる天魔に、将志は頭を下げる。
 将志顔を上げると、再び天魔に話しかける。

「……さて、俺はそろそろ鬼の元へ向かうとしよう。なかなかに良い連携だった」

 将志はそういうと、山の頂上に向けて飛んだ。

「……っ!?」

 が、その将志の頬を一発の弾丸が掠めていった。
 将志が振り返ると、そこには剣を担いだ天魔が立っていた。

「……何の真似だ?」

「誰が貴様を行かせると言った? 流石にここまでやられて、はいそうですか、と嘗められたまま先に通すわけには行かん。せめて一矢報いなければ、部下達にも申し訳が立たん」

「……なるほど、それも道理だ。……今、ここでやるのか?」

「当然だ。それに先ほども言ったが、私は今すこぶる機嫌が悪い。折角現われた憂さ晴らしの相手を、みすみす逃したりはせんよ。……覚悟は良いか?」

 そう言って剣を構える天魔の言葉を聞いて、将志は手にした銀の槍を構えた。

「……良いだろう。来るが良い」

 将志は一つ深呼吸をすると、天魔に向けてそう言った。


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 将志が妖怪の山に殴り込みを掛けました。
 この男、いつも思いつきで行動して周りを振り回しますな。毒キノコとか。
 天魔様がキレるのも無理はないですね。

 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、八つ当たりを受ける
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/09/13 16:54
 妖怪の山の上空を、素早く動き回りながら交錯する影が二つ。
 その影が交わるたびに、金属がぶつかり合う甲高い音が周囲に響く。
 少し距離が開いたかと思えば、嵐のように弾幕が飛び交う。

「はああああっ!!」

 天魔は弾幕で将志の移動を制限し、動きが止まったところに高速で飛び込んで大剣で切りつける。

「……ふっ!!」

 一方将志は大気を震わせて迫ってくる大剣をギリギリまで引きつけてから銀の槍で受け流す。
 将志は反撃しようとするが、反撃する前に天魔は飛び込む勢いを利用して一気に離脱している。

「……疾!!」

 そう見るや否や将志は銀の足場を作り出し、それを蹴って素早く間合いを詰めて攻撃に移る。
 その強靭な脚力で生みだされる推進力は、間合いを切ろうとする天魔との距離を即座に詰められるほどであった。

「させるか!!」

 しかし天魔はそれに気付くと体をひねるようにして方向転換をしながら弾幕をばらまいた。
 後を真っすぐに追いかけていた将志は、その壁の様に迫ってくる弾幕に突っ込む形になった。

「……ちぃ!!」

 将志はそれを槍で薙ぎ払いながら強引に天魔との間合いを詰める。
 銀の槍は円を描くような軌道で、間合いに入った弾幕を次々と叩き落としていく。

「なっ、やああああ!!」

 強引に突っ込んでくる将志を見て天魔は一瞬驚きの声をあげるが、すぐに立ち直って大剣を振りぬく。
 しかし剣が当たる瞬間、将志は一瞬にして幻のようにその場から消え失せた。

「……ッ!? そこか!!」

「……くっ」

 しかし天魔は冷静に死角に入っていた将志を見つけだし、弾幕で攻撃する。
 撹乱に失敗した将志は追撃を諦めて後ろに下がった。
 両者は距離を取り、お互いを睨む。

「……やるな。並の相手なら先ほど死角を突かれた時点でとれていたのだがな」

 将志は自分の攻撃を躱し切った天魔を素直に賞賛した。

「ふん、お褒めに預かり至極光栄とでも言わせたいのか? 並みの相手と比べている時点で私にとっては相当な侮辱なんだがね」

「……それは失礼した」

 その賛辞を、天魔は憮然とした表情で受け取りながらそう言い返す。
 その反応に、将志は非礼をわびる。

「……それで、気は済んだか?」

「まさか。一撃も加えられないのに鬱憤が晴れる訳が無い。早く終わらせたくば大人しく的に徹していろ」

「……生憎とその要望だけは聞けん」

「ならば無理矢理にでも的になってもらおう!!」

 天魔はそういうと将志を取り囲むように弾幕を展開した。
 四方八方から迫ってくる弾幕の隙間を縫って将志は回避する。
 将志は回避に成功すると、天魔に対して銀の弾丸を打ち出した。

「はあっ!!」

 天魔はその銀の弾丸を弾き返しながら更に弾幕を追加する。
 将志は密集してくるその弾幕の間隔が広がっているうちに高速移動ですり抜けた。
 そしてその勢いのまま天魔に向かって槍を繰り出した。

「くっ!!」

 天魔はその槍を大剣の腹で受け止める。
 体重の乗った重い一撃に、天魔は強烈な衝撃を受けて後ろに下がる。

「ちっ、流石に戦の神を名乗るだけはあるな……ならばこれならどうだ!!」

 天魔は黒い翼を大きく広げ、距離の離れた将志に対して弾速の速い紅いレーザーのような弾を放った。
 しかし将志は飛んでくる気配を察知して難なく回避する。

「……苛立っていては当たるものも当たらんぞ?」

「別に苛立っているわけではない。ただこうも当たらないと癪ではあるがね。まあ、これまでの戦いで貴様に思うことが無いわけではないが」

 将志が天魔に対して話しかけると、天魔はつまらなさそうにそう答えた。
 そして、天魔は将志に対して僅かに怒りのこもった視線をぶつけた。

「……貴様、私を侮辱するのもいい加減にしてもらおうか? さっきから見ていれば避ける一方、攻撃の手は数えるほどである上に弾幕も散発的だ。これは一体どういうことだ?」

「……そもそも、戦う必要が無かったからな。どうにも今までの言葉を聞いていると八つ当たりの相手を務めれば良いだけと判断も出来たからだ」

 将志は天魔の問いに眼を伏せ淡々と答える。
 そこまで言い切ると将志は顔を上げた。

「……だが、それは間違いだったな。お前が求めているのは闘いの相手のようだ。……良いだろう。そういうことならばこちらも思う存分やらせてもらおう」

 将志はそういうと、周囲に七本の槍を妖力で編み出した。
 それを見て、天魔も広げた翼に妖力を溜め込む。

「ふん、ようやくやる気を出したか。それでは行かせてもらおう!!」

 天魔は先程よりも速い速度で風を切り、飛び回りながら将志に対して弾幕を放つ。
 雨のような弾幕で動きを封じたところにレーザーを打ち込むような戦い方で将志を攻めたてていく。

「……まだだ」

 将志はその弾幕の中の安全地帯を見出し、冷静に躱していく。
 その合間に、将志は作り出した槍を投げて天魔を狙う。
 投げられた槍は銀の軌道を残しながら天魔に迫る。

「それが当たると……ちっ!!」

 天魔はそれを躱すが、その銀の軌道が崩れて弾幕に変わっていくのを見て舌打ちをする。
 銀の弾幕は不規則な弾道を描き、天魔の行動を制限した。
 その身動きが取れない天魔に、将志は近づいて槍で攻撃を仕掛ける。

「……せいっ!!」

「くっ!!」

 天魔は突き出される槍を身体をひねる事によってギリギリで躱す。
 そして腕が伸びている将志に、ひねった体勢から勢い良く大剣を振り下ろした。

「はあああっ!!」

「……はっ!!」

「ぐっ!?」

 その大剣を、将志は剣の腹を蹴ることで太刀筋を逸らした。
 将志はそのまま回転を利用して槍を天魔に叩きつける。
 天魔は左腕につけた籠手でそれを受け、下に落とされながらも耐え忍ぶ。
 その天魔に、将志は容赦なく銀と黒の弾幕を浴びせてくる。

「っ……出し惜しみしていては勝てないか……」

 天魔は左腕の痛みをこらえながらそう呟く。

「……ぐっ!?」

 次の瞬間、将志の左肩に何かに貫かれたような激痛が走った。
 将志は左肩を見てみたが、見た目には全く異常が見られない。
 天魔はその隙に体勢を立て直した。
 その天魔を、将志は怪訝な表情で見やる。

「……何をした?」

「卑怯な様ですまないが、少し能力を使わせてもらった」

「……能力だと?」

「ああ、『幻覚を操り使いこなす程度の能力』だ。実際は貴様の身体には何の異常もない。悪いが貴様はどうにも出し惜しみをして勝てる相手ではなさそうだから使わせてもらった」

「……本気の闘いに卑怯も何もない。それを使うことで勝利の目が見えるのであれば使うべきだ。それが戦術と言うものだろう。ならば、俺はその戦術を潰さねばなるまい」

 将志は痛む肩を押さえながらも、淡々とそう答える。
 しかしその眼は勝利を諦めておらず、静かに闘志を燃やしていた。
 それを見て、天魔は笑みを浮かべた。

「くっくっく……上等だ。破れるものならば、破ってみるがいい!!」

 そういうと天魔は先ほどとは比べ物にならない量の弾幕を放った。
 その気配から、将志は幾つかが自分の見せられている幻覚であることを察知し、避ける必要のあるものだけ避ける。

「……むっ!?」

 しかし、将志は突如危険な気配を感じて槍を薙ぎ払った。
 高い金属音と共に槍に衝撃が走る。
 避けたはずの弾の後ろに、見えない弾丸が存在していたのだ。
 そのことから、将志は増やされた弾丸があるのと同時に、幻覚で消された弾丸があることを悟った。

「……なるほど……これはなかなかに厄介だな」

「「「「「「それで終わりだと思うなよ? このまま封殺させてもらう!!」」」」」」

 将志の呟きに、四方八方から天魔の声がする。
 見てみると、天魔が何人も周囲を飛んでいた。
 将志は気配をたどって本物を探そうとするが、すべての天魔に気配を感じてどれが本物か分からない。

「……どういうことだ?」

「「「「「「これが幻覚を使いこなすということだ。気配と言っても所詮は感覚に過ぎん。そんなものは幻覚で幾らでも作り出せる」」」」」」

 弾幕を避けながらの将志の言葉に、天魔が答えた。
 それを聞いて、将志は眼を閉じた。

「……なるほど、気配を隠すのならば気配の中か……確かに気配を消すよりもはるかに効果的だな」

 そう言いながら、将志は眼を瞑ったまま次々に弾幕を避けながら弾幕を飛ばしていく。
 しかし、将志の弾丸は天魔の幻影を突き抜けるだけだった。
 天魔はそんな将志に一方的に攻撃を仕掛けていく。

「「「「「「幻覚に攻撃しても意味はないぞ? 消せるわけでもないのだからな」」」」」」

「……そうか……ならばこちらにも考えがある。……その準備も整ったことだしな、はあっ!!」

 将志はそういうと、二人が戦っている空間全体にちりばめるように銀の球体を浮かべた。
 そのうちの一つに将志は着地をし、大きく息を吐いた。

「「「「「「何の真似だ?」」」」」」

「……天魔。お前のその能力、今から俺が打ち破ってやる。……刮目して見るが良い!!」

 将志はそういうと銀の球体を足場にして、空間全体を強靭な脚力を使って超高速で駆け巡った。
 その通り道にある弾丸はすべてかき消され、天魔の幻影に次々と突っ込んでいく。

「はああああああああ!!!」

 将志は一度攻撃を仕掛けた幻影に二度目を仕掛けることなく、縦横無尽に駆け巡りながら次を狙う。
 天魔は何とか将志を撹乱しようと幻覚を増やすが、眼で追うことすら難しい将志の速度についていけない。
 そして、とうとう将志は本物に牙をむいた。

「くっ!!」

 天魔は将志の攻撃をとっさに大剣で弾いた。
 その感触に、将志は薄く笑みを浮かべた。

「……見つけたぞ、天魔。お前の能力は気配を作り出すことは出来るが消すことは出来ない。それがその能力の弱点だ」

 つまり将志の思いついた方法とは、片っ端から攻撃を仕掛けていけばそのうち本物に当たるという、単純な方法であった。
 もっとも、実際にそれが可能かと問われれば首を傾げざるを得ないのだが、将志はそれを無理矢理敢行したのだった。
 将志の言う準備とは、天魔の気配がどこにどうあるかと言うものを探るためのものであったのだ。

「ちっ……まさかこんな力ずくの方法で打ち破ってくるとはな……」

 天魔は忌々しそうに眼を瞑ったまま笑みを浮かべる将志を睨む。
 将志はそんな天魔を槍で弾き、追撃を加える。
 能力を破られた天魔は力の消耗を抑えるために幻影を消し、将志に大剣で攻撃する。

「……むうっ!?」

 その攻撃に、将志は思わず後ろに下がった。
 将志の眼には、七つの相手の太刀筋が同時に迫ってくるように見えたのだ。
 その行動に、天魔はニヤリと笑みを浮かべる。

「くくっ、やはりこういうけん制にはまだ効果はあるみたいだな。たとえあの幻覚を破られてもまだ終わったわけではない。決めさせてもらうぞ!!」

 天魔は幻覚で相手に見える太刀筋を増やしながら将志に切りかかる。
 その気配を持った幻覚に、将志はどれが本物か分からずに回避するしかなかった。
 更に言えば、本来槍の持ち味である間合いの長さも相手が同じような長さの大剣とあっては有効には働かず、将志は遠距離で勝負せざるを得ないかのように思われた。

「……その程度で俺を止められると思うな!!」

 将志は一瞬の隙を突いて天魔の背後を突く。

「背後をとっても無駄だ!!」

 天魔はそれに対して振り向きざまに幻覚を見せながら剣で薙ぎ払う。
 しかし、今度は将志はあえてその剣劇の群れに突っ込んで行った。

「……気は済んだか?」

「……ちっ、私の負けか……」

 将志は天魔の肩に腕を回し、喉元に槍を突きつける。
 それを受けて、天魔は負けを認めて剣をおろした。
 その顔には、苦々しい表情が浮かんでいた。

「やれやれ、流石に一妖怪と神の差は大きかったか。全力を出して負けたのは鬼神に負けたとき以来だな」

「……俺としては、一妖怪のままで居たかったがな」

 将志はそう言いながら槍を納めた。
 その将志の言葉に、天魔は首をかしげる。

「何故だ? 神であれば更に強い力を得ることも可能だろうに」

「……その代償として人間に尽くすのが神だ。……神でなければ、俺は常に主ただ一人に尽くせたものを……」

 将志はため息をつきながら天魔の問いに答えた。
 それを聞いて、天魔は笑い出した。

「くっくっく、ただ一人に尽くす妖怪とはとんだ妖怪もあったものだな。貴様のような大妖怪を従える奴とは、どんな奴だ?」

「……主のためにも、それは秘匿させてもらおう」

「くくっ、忠犬ここに極まれりだな。まあそれは他者の意向だ、私が口を出すことではあるまい」

 天魔はそう言うと表情を引き締めて将志に向き直った。

「さて、今後のために貴様には質問がある。貴様は妖怪の山に敵意があるか?」

「……無いな。敵対したところで何の得にもならんし、その理由も無い」

「それは霊山の総意か?」

「……そこまでは知らんが、恐らくはそう取ってもらっても大丈夫だろう。何しろうちの連中は俺を慕ってくれているものだ、話せばある程度の理解は得られるだろう。……もっとも今日の俺のように、血の気の多い奴が腕試しを考えるかも知れんがな」

「出来ればそれもするなとは言わんが、程々にしてもらいたいものだな。また書類仕事が増えるのは御免だ」

 将志のその言葉を聞いて、天魔は大きくため息をついた。

「まあいい、だというのなら私から特に言うことはない。うちの連中には後でお前の正体については明かしておこう」

「……それに関しては任せた。さて、俺はそろそろ鬼のところへ行くとしよう」

「……あまり鬼と問題を起こすなよ? 尻拭いをさせられるのは私達天狗なのだからな」

「……覚えておこう」

「は、たった今騒動を起こした奴の言葉を信用していいものかね」

 天魔はそう言いながら将志にジト眼をくれる。
 将志はそれを全く意に介さず天魔の次の言葉を待つ。

「……話は終わりか?」

「他に話すことなど無いな。折角今日は休みだったんだ、さっさと帰って惰眠をむさぼることにするさ」

 天魔はそういうと将志に背を向ける。
 その天魔に向かって将志は声をかけた。

「……機会があれば、また戦おう」

「ふん、私は鬼とは違うのだがな……まあ、頭の片隅にはとどめておく。ではな」

 天魔はそういうと黒く大きな翼をはためかせて飛び去って行った。
 将志はそれを見送る。

「……さて、すっかり遅くなってしまったが、そろそろ鬼の元へ行くとしよう」

 将志はそう呟くと、今度こそ鬼のもとへ向かうことにした。



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 天魔様は少しイライラすると八つ当たりに掛かる武闘派です。
 書類仕事をやるくらいなら外に出て営業するほうが良い人なのです。
 ……つまりなにが言いたいかというと、天狗にとっては怖~い上司だってことです。


 そんなこんなで、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、大歓迎を受ける
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/09/15 21:02
 妖怪の山の山頂に向かって将志が飛んでいくと、山頂には人だかりが出来ていた。
 近づいて良く見てみると、そこには異様な熱気に包まれた鬼達が将志の到着を待っていた。

「……何事だ?」

 将志は良く分からないまま妖怪の山の山頂に下りる。
 すると鬼達は一斉に将志に向かって駆け寄っていった。

「すごかったぜ!! アンタ本当に強いな!! あの天魔に本気を出させた上に、勝っちまうんだもんな!!」

 最初に案内をしていた鬼の青年が将志に声をかける。
 それを皮切りに他の鬼達もわらわらと将志に群がってくる。

「いや、スカッとしたよ!!」

「天魔にはいつも酷い目に合わされてるからな!! 清々するぜ!!」

 鬼達は口々に天魔に勝ったことについてそう述べる。
 そのあまりの言い草に将志は首をかしげた。

「……天魔がいったい何をしたというのだ?」

「あいつ、俺達が少し騒いだだけですぐに殴りこみに来るんだよ!!」

 鬼達はこぶしを握り締め、涙ながらにそう語った。
 その表情は心の底から悔しさがにじみ出ていて、今まで良い様に扱われていたのが見て取れた。

「……確か、鬼は天狗よりも強かったと記憶しているが?」

 聞き及んでいたものとは違う鬼達の話に、将志は額に手を当てながらそう呟いた。
 すると鬼達は声を大にして、訴えるように将志に詰め寄った。

「あいつだけは別格だ。真正面から鬼を嬉々として片っ端から一方的に伸していく天狗なんてそうゴロゴロ居てたまるか!!」

「おまけに能力使われると四天王でも勝てねえし、天狗の癖に反則なんだよ!!」

「……なるほど、確かに天魔は今まで仕合った妖怪の中では格別に強かったな」

 将志は鬼達の訴えを聞くと同時に先程の天魔との勝負を思い出し、納得したように頷いた。

「……さて、招待を受けた身としてはここの首領に挨拶をしたいものだが、案内を頼めるか?」

「その必要はありませんよ」

 将志が案内を頼もうとすると、奥から声が聞こえてきた。
 将志が奥に眼を向けると、そこには白と緑を基調とした服を身にまとった女性がたたずんでいた。
 髪は茶色で、眼は優しさの感じられる深い緑色をしていた。

「妖怪の山にようこそ。お話は伺っておりますよ、槍ヶ岳 将志さん」

「……お前が鬼神か?」

「はい。鬼子母神、薬叉 伊里耶(やくしゃ いりや)と申します。この度はうちの子がお世話になりました」

 伊里耶と名乗った鬼はそういうと恭しく頭を下げた。

「……いや、むしろ俺がここに連れてきてくれた鬼に礼をするべきなのだが……」

 将志は頭を下げる伊里耶にそう言って返す。
 そんな将志に伊里耶は穏やかな声で言葉を返す。

「それこそ気にする必要はありません。貴方はその子の相手をしてくださいました。それだけで十分ですよ」

「……そうか」

 穏やかに笑う伊里耶に、将志は若干調子を狂わされていた。
 やはり聞き及んでいた鬼の性格と、鬼の頭首である伊里耶の対応が全く違うからだ。
 てっきり将志は会ったらいきなり戦闘が始まるものと思っていたのだが、実際はこの通り穏やかに談笑をしているのだった。

「ねえ、いつまで話してるのさ」

「そうよー。折角強いのが来たんだし、もっとやることがあるでしょ?」

 ふと、伊里耶の後ろからそんな声が聞こえてくる。
 将志がそこに眼を向けると、二人の鬼が立っていた。

「慌ててはいけませんよ、二人とも。将志さんはたった今天魔さんと一勝負してきた後なんですよ? 万全の状態になるまで休んでもらってからのほうが良いでしょう?」

「ああ、それもそうか。てことはまずはあっちで歓迎だね」

 その言葉を聞いた瞬間、将志は歩き始めた。
 きょろきょろと辺りを見回しているところから、何かを探しているようであった。

「あ、どこにいくの?」

「……お前達のことだ、どうせ酒盛りなのだろう? ならば、つまみでも作ろうと思ってな」

「ああ、お客さんは座っていて構いませんよ?」

「……気にするな、これは俺の実益を兼ねた趣味だ。して、台所はどこだ?」

「それなら案内させましょう。勇儀、案内してあげなさい」

「あいよ。んじゃ、ついてきてもらうよ」

「……ああ、頼む」

 将志は勇儀と呼ばれた額に一本の角が生えた鬼の後について台所に向かう。
 鬼の住処は石を切り出して作られており、多少暴れても問題がないように頑丈な造りをしていた。

「……そういえば、まだ名乗っていなかったな。槍ヶ岳 将志、ただの槍妖怪だ」

「私は星熊 勇儀さ。あんたの事はいろんなところで話を聞いてるよ。しっかし、神様とは名乗らないのかい?」

「……確かに建御守人などと呼ばれて信仰を集めてはいるが、所詮は神の肩書きなど後からついてきたものにすぎん。俺の本質は一本の槍でしかない。ゆえに、俺は槍妖怪を名乗っている」

「にしても、『ただの』槍妖怪はないでしょうに。流石にそれは嘘をついていることになるよ?」

「……そういうものなのか?」

「そういうもんだよ」

「……そうか……ならば変わり者の槍妖怪とでも名乗るか」

「……あんた、意地でも神様とは言わない気だね」

 将志は勇儀と話しながら台所に向かって歩いていく。
 台所は石造りの土間にあって、かなりの広さがあった。
 一角には酒の入った瓶がずらりと並んでいて、そこからは酒精の匂いが漂っている。

「ここが台所さ。まあ、ここを使う奴は大体決まってるけどね」

「……ずいぶん広いが、ここで全員分作っているのか?」

「んー多分そうだろうねえ。そもそも、ここにしか台所ないし」

 将志は話しながら台所にあるものを確認していく。
 調理器具と食材は一通り揃っており、問題は無いようであった。

「……うむ、特に問題は無いな。ところで、ここにある食材はどこまで使って良い?」

「ああ、多分全部使っていいんじゃない? そこにある奴全部今日取ってきた奴だし」

 それを聞いて、将志は薄く笑みを浮かべた。

「……それは調理のし甲斐があるな。了解した、では早速取り掛かるとしよう」

「了解。それじゃあ出来たら呼んで。配膳くらいなら手伝うからさ」

 将志は握った包丁をくるくると回しながらそういうと、すぐに料理を始めた。
 トトト、と早いリズムで包丁の音が聞こえ、次々と食材が切られていく。
 それが終わると合せ調味料を作ったり食材に下味をつけたりしていく。
 いくつもの料理が並行して作られていき、台所には湯気と煙と旨そうな匂いが立ち込めだした。

「……つまみ食いはしても良いが、ほどほどにな」

「ありゃりゃ、バレてら」

 将志がそういうと、煙の中から一人の背の低い鬼が現われた。
 その瞬間、将志は机の上に置いてある皿の上に料理を鍋を振って放り投げる。

「……待ちきれないのならばそれでも食べていろ。幸いなことに、まだたくさん食材はあるからな」

「いいの? んじゃ遠慮なく頂くよ」

 鬼は皿に盛られた肉と野菜の炒め物に手をつける。
 口の中に野菜の甘みと肉の旨味、そして絶妙な塩加減が広がった。

「うわ、これ美味しい!!」

「……それは重畳だ」

 将志はそう言いながら手元の料理に酒で香り付けをする。
 勢い良く注がれたそれが火柱を上げる。
 そして香り付けが済んだ料理を、再び机の上に並べられた皿の上に放り投げる。
 料理は少しもこぼれることなく皿の上に盛り付けられ、香ばしい匂いが漂ってきた。

「……そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。俺は槍ヶ岳 将志。変わり者の槍妖怪だ」

「え、何その自己紹介」

「……嘘はついていないだろう?」

「いや、そりゃそうだけどさ。まあいいや、私は伊吹 萃香。四天王の一人さ」

 萃香は将志に出された料理を食べ、瓢箪から酒を飲みながら自己紹介をした。
 その間にも将志の手元で食材が宙を舞い、次々と料理が出来上がっていく。
 萃香はそんな将志の様子をじ~っと眺めていた。

「……どうかしたのか、伊吹の鬼?」

「萃香でいいよ。あんたの料理曲芸みたいだね、見ていて面白いよ」

「……それは実際に曲芸をやっていたからな」

 将志は次々と料理を仕上げていく。
 萃香は将志の料理と曲芸じみた料理風景を肴に酒を飲む。
 しばらくすると、広い机の上には所狭しと将志の作った料理が並んだ。

「……ふむ、まずはこんなところだろう。さて、冷めないうちに運ぶとしよう。萃香も手伝ってくれるか?」

「良いよ!! さっさと運んで始めよう!!」

 将志と萃香はそれぞれ料理を持って会場に向かう。
 会場では鬼達が既に酒を飲み始めていて、主賓なしで盛り上がっていた。

「おーい!! つまみが上がったよー!!」

「……まだあるから何名か運ぶのを手伝って欲しいのだが……」

「お、そういうことなら手伝うぜ!!」

「俺も手伝おう!!」

 将志の言葉に数人の鬼が威勢よく答えて一緒に取りに行く。
 しばらくして、会場には大量の料理と酒が並んだ。
 将志は配膳を終えると、適当に空いているところに座ろうとする。

「ちょっと待ったぁ!! 主賓がそんなところでこじんまりとしていて良い訳ないでしょうが!!」

「あんたの席はあっちだ!! さあ、早く行くよ!!」

「……む?」

 しかし突如現われた勇儀と萃香にしっかりと脇を固められて連行される。
 将志は特にそれに抵抗する理由もないので、大人しく二人に従う。
 案内された先は、伊里耶が居る最上座の席であった。

「美味しい料理をありがとうございます。料理の神の肩書きは伊達ではありませんね」

「……そういうと大仰な様だが、実際は練習を積み重ねた結果だ。神とは言うが、訓練をすれば他の者にあの味が出せないわけではない」

「ふふふ、謙虚ですね」

 伊里耶はそう言いながら将志に酒を注ぐ。
 将志はそれを受け取ると、伊里耶に返杯する。

「ところで、都に向かって歩いているところをうちの子が見つけたみたいですけど、何をしに行くつもりだったのですか?」

「……少し出稼ぎにな」

「あら? 食料でしたら、神ならお供え物とかで賄えるのでは?」

「……人間からは信仰だけで十分だ。食料をささげられても、俺は料理を作ることでしか還元出来ん。農耕や天災に対しては俺は無力だからな」

「それでは、奉げられたお供え物はどうなさっているのですか?」

「……全て人間に返している。俺は信仰の対価以上の働きなど出来んし、してはいけない。神が人間に関わり過ぎると人間は強くなれないからな」

「それで、自らの食い扶持を稼ぐために都に?」

「……ああ。なに、これもやってみると意外に面白いものだ。俺は今の生活に満足している」

 将志はそう言いながら薄く笑みを浮かべる。
 その表情は心の底から現状に満足しているようだった。
 そんな将志を見て、伊里耶は微笑んだ。

「そうですか。でしたら、私からその件について言うことはありませんね。ところで、霊峰に居る妖怪達はどこから来たんですか?」

「……さあ? 何しろ至る所からついてきたからな、どこから来たとは答えられん」

「と言うことは、各地から力の強い妖怪が集まったのがあの霊峰なんですか?」

「……それは少し違うな。あの岩山は人間には試練の霊峰と呼ばれているが、妖怪にとってもあの山は修行の場になる。あの山では妖怪達に自由に戦わせて勝敗の記録をつけ、優秀なものには褒美が出る。妖怪達は自主的に修行をして自らの技を磨き、好敵手とお互いに力を高めあう。そうして力をつけて行ったのがうちの山の妖怪達だ。恐らく、この山の妖怪とは訓練の密度が違うのであろう」

「へえ、それはいいことを聞いたな」

「……む?」

 将志が後ろを振り向くと、そこには笑顔を浮かべた勇儀と萃香が立っていた。

「ねえ、その霊峰って自由に戦えるの?」

「……ああ。記録をつけるためには一度本殿で登録をする必要があるが、基本的に来るものは拒んでいない。スサノオやタケミカヅチが来た時は大いに荒れたがな」

「そりゃあいいね!! 今度遊びに行かせてもらうよ!!」

「霊峰の妖怪がどんなもんなのか、楽しみだねえ」

 将志の言葉を聞いて、勇儀と萃香は早くも霊峰の妖怪達の戦いに思いを馳せていた。
 そんな二人を尻目に将志は注がれた酒を飲み干し、赤い布に巻かれた槍を取って立ち上がる。

「あら、どうしましたか、将志さん?」

「……そろそろ良いだろう。血の気の多いお前達のことだ、どうせやるのだろう? 負けて食いすぎで調子が悪かった等とは言われたくないからな」

 将志がそう言った瞬間、会場が一気に沸きあがった。

「待ってました!!」

「流石、話が分かってらっしゃる!!」

 沸きあがる鬼達を前に、将志は銀の槍にまかれた赤い布を解く。
 それを慣らす様に振り回すと、穂先を鬼達に向けた。
 その瞬間、鬼達が一気に静まり返るほどの気迫が将志から漂いだした。

「……今日は招かれた礼に誠意を持って相手をさせてもらう。油断などない、本気で行かせてもらう」

 それを聞いて、静まり返っていた鬼達は更に大きく騒ぎ出した。

「おい、誰が最初にやるよ!?」

「あ、それなら俺からやる!!」

「馬鹿野郎、最初は俺だ!!」

 鬼達は最初に誰が将志に掛かるかで騒ぎ出す。
 それに対して、将志は大きく手を叩いて静まらせた。

「……俺は逃げも隠れもせんし、簡単に負ける気も無い。そうそうあせる必要もないだろう。相手の指定はこちらでやらせてもらおう」

 将志は鬼達が組んだ円陣をぐるりと見回し、最初の相手を探した。
 そして、一人の鬼に穂先を向けた。
 その鬼は、妖怪の山まで案内をしていた鬼だった。

「……案内の礼だ、まずはお前に相手をしてもらおう」

「よっしゃあ!! 一番槍もらったぁ!!」

 槍を向けられた鬼は大喜びで将志の前に立つ。
 将志はそれに対し、槍を中段に構えた。

「……さあ、来るが良い」

 そういった瞬間、将志の長い戦いが始まった。


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 オリキャラ6人目。
 でも登場頻度は高くないです。

 それから、ここまでで書き溜めていた分は全部出しました。
 ここから先は少し投稿間隔が長くなると思いますので、ご理解をお願いします。


 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、驚愕する
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/09/20 19:28
「うおおおおお!!」

 戦いが始まると同時に、指名された鬼は将志に対して攻撃を仕掛けようと駆け寄ってくる。
 それに対して、将志は鬼をギリギリまで引きつけてから槍をスッと眼の前に突き出した。

「うおわっ!?」

 その場から微動だもせずに突きだされた槍を、鬼はかろうじて避ける。
 ただ目の前にあるだけでも、自分から突っ込んで行けばただでは済まない。
 鬼が体勢を立て直している間に、将志は距離を取って槍を構える。

「ぐっ……」

 その構えを見て、鬼は歯がみした。
 将志の構えはただ真っすぐに鬼に向けられているだけである。
 それだけのはずなのに、鬼には将志に隙が見つけられないのだ。

「……来ないなら行くぞ」

「うっ、ぐあっ!?」

 そう言った将志が顔に突きを放ってきたのを、鬼はとっさに防御しようとする。
 しかしその次の瞬間に延髄を柄で打ち据えられ、その場に倒れた。
 鬼が顔を覆ったのは一瞬だけ、まさに神速と呼べる動きだった。

「……悪いが人数が多いからな、早々に終わりにさせてもらった」

 将志は倒れた鬼に少し申し訳なさそうにそう言った。
 倒れた鬼は他の鬼によって場外に運ばれていく。
 それを確認すると、将志は次の鬼に槍を向けた。

「……次はお前だ」

「よし、行くぞ!!」

 二人目の鬼は将志の前に立つと構えを取り、将志を油断なく見つめた。
 それを見て、将志は相手にゆっくりと歩いていく。
 そして鬼にある程度近づいた時、将志が動いた。

「……はっ!!」

「っ!!」

 将志が上に高く飛びあがったのを受けて、鬼は迎撃しようと上を向いた。
 しかし、見上げたところには誰も居なかった。

「えっ、があああああああ!?」

 将志が目の前から消えたことによって鬼の思考に一瞬の空白が出来た。
 その空白の間に、鬼は脇腹を痛烈に殴打されて人垣に突っ込んで行った。

「おい、今の見えたか!?」

「い、いや、分からなかった!!」

「すっげえ、あんな技見たことねえ!!」

 周りの鬼は今の将志の技にざわめいた。
 周りの眼には将志が上に飛び上がったと思ったら、突然背後に現れて攻撃を仕掛けたように見えたのだ。
 将志の動きが目で追えないと言う事態に、鬼達は俄然将志と戦う意欲を増大させた。

「…………」

 将志は弾き飛ばした鬼の方を槍を構えたまま睨みつける。
 しばらくすると、頭上に×印を作った鬼が出て来て戦闘不能を伝えた。

「……次か」

 将志は次々に相手を指名していき、勝利していく。
 その放たれる凄まじい気迫に鬼達は沸きあがり、指名された者は嬉々として将志に掛っていく。

「……せいっ!!」

「ぐうっ!!」

 今もまた、一人の鬼が石突を水月に喰らい倒れ込む。
 残っている無事な鬼達はそれを回収し、戦いの邪魔にならないように寝かせておく。
 鬼の円陣の外はもはや死屍累々と言った有り様で、倒れた鬼でいっぱいになっていた。
 それでも鬼達の闘志は消えることなく、むしろ更に燃え盛っていた。

「……流石は鬼だ。その果てのない闘争心には恐れ入る」

 将志は微笑を浮かべながら、爛々とした瞳を向ける鬼達にそう言った。
 そんな中、突然手を叩く音が辺りに響き渡った。

「はい、皆さん一度ここで戦いは終わりにしましょう。将志さんも予定があるでしょうし、あまり長い時間捕まえておくのは迷惑になってしまいますからね」

 手を叩いた人物、伊里耶はそう言って鬼達を静まらせた。

「えーっ、そりゃないぜかーちゃん!!」

「こんな強い奴を前にして力比べしないなんて失礼だろ!!」

 そんな伊里耶に、鬼達は明らかに不満の声を上げた。
 しかし、伊里耶は首を横に振る。

「いけませんよ。今まで見ていましたが、将志さんは明らかに今のあなた達に敵う存在ではありません。このまま行けば、貴方達全員そこで伸びることになるだけです。将志さんのためにも、もっと強くなってから挑むべきだと思いますよ?」

「……ちぇ、わかったよ……」

「仕方ないか……」

 穏やかに諭すような伊里耶の言葉に、鬼達は渋々と言った表情で輪を解いた。
 そんな鬼達に、将志は声をかける。

「……俺と勝負したくば、俺の社がある霊峰に来て己が力を示すが良い。俺はその頂で待っている」

「それって、戦って勝ち上がって来いって事?」

 身を乗り出して眼を輝かせる萃香の言葉に将志は頷いた。

「……そういうことだ。そして俺と戦う機会を自らの力で掴み取れ。……お前達と戦える日を楽しみにしているぞ」

「お、いいね、私はそう言うの好きだよ。よし、そんじゃ今度早速行ってみるかね!!」

 将志の言葉を聞いて、勇儀は楽しそうに笑いながらそう言った。
 他の鬼達も嬉しそうに霊峰への殴り込みの算段を始めている。
 そんな中で伊里耶が将志に声をかけた。

「ありがとうございます。この子たちも満足できるでしょうし、良い修業の機会になります」

「……気にすることは無い。外からの刺激は更に己の技を磨く良い機会になるだろう。こちらとしても歓迎したいことだ」

「そうですね。……ところで、一つ良いですか?」

 将志がその声に伊里耶の方を向くと、伊里耶は微笑を浮かべていた。
 しかし、良く見ると伊里耶の顔は若干赤く染まっており、わずかではあるが息遣いが荒くなっている。
 将志は首を傾げつつ、伊里耶の言葉を聞くことにした。

「……どうした?」

「私はこの妖怪の山で鬼達をまとめています。ですので、他の子みたいにそう簡単にこの山を離れる訳にはいきません。そして、私は鬼子母神などと大層な名前で呼ばれていますが、それでもやっぱり鬼なんです」

 そう話す伊里耶の眼は、まるで恋い焦がれた相手を見るかのような、熱い眼差しであった。
 そしてその眼差しは将志をしっかりと捉えていた。

「……ふむ」

「将志さん、私とお手合わせ願えますか?」

 伊里耶の言葉に、将志は眼を閉じてふっと一息ついた。

「……やはり、お前もか」

「はい。実は、もう貴方が来たときからずっと戦いたくて体が疼いてるんです。それなのに、私だけ戦えないなんてひどい話はありませんよ。将志さん、お願いできますか?」

「……断る理由もない。それに、あの天魔に勝ったと言うお前との戦いには俺も興味がある。正直、このまま何も言われずに帰ることになったらどうしようかと思っていたところだ」

 将志はそう言って笑った。
 その笑顔は心の底から喜んでいるような、無邪気な笑顔だった。
 それを見て、伊里耶も嬉しそうに笑い返す。

「ふふふっ、良かった。貴方も楽しみにしていてくれたんですね。では早速始めましょう……と、その前にやることがありますね」

 伊里耶がそう言うと、突然将志の体から熱と疲れが引いていった。
 自らの体に起きた変化に、将志は自分の体を見回した。

「……これは?」

「『あらゆるものを平等にする程度の能力』ですよ。これで貴方の体の熱と疲れを私に分けたんです。……凄いですね、あれだけ戦っても殆ど疲れていないんですね」

「……戦うのならば同じ条件でと言う訳か。なるほど、勝ち負けに言い訳の効かない勝負になると言う訳だ」

「はい。人間には鬼の力も分けるんですけど、貴方には必要ありませんね。では準備も整ったことですし、改めて始めましょう」

 伊里耶はそう言うと将志を真正面から見据えた。
 一方の将志も、手にした銀の槍を伊里耶に向けて構えた。
 その瞬間、場の空気が一気に張りつめたものになる。
 二人ともその状態から動かない。
 が、戦いの場には両者の凄まじい気迫がぶつかり合い、それだけで周囲を圧倒するような戦いが既に始まっていることが感じられた。

「ねえ勇儀、本気の母さんいつぶりだっけ?」

「えーっと、最後に本気を出したのが天魔との喧嘩の時だから……100年くらい前じゃない?」

「……もう少し離れて見ないと危なかった気がするんだけど、どうだっけ?」

「……そう言えば、この距離は危ない距離だねえ」

 張りつめた空気の中、萃香と勇儀はそう言いあって後ろに下がる。
 他の鬼達も伊里耶の放つ気迫に危険を感じ、後ろに下がっていた。

「……行きます!!」

 全ての鬼達が後ろに下がった瞬間、伊里耶は真っすぐに将志に突っ込んで行った。
 将志はそれに対して迎撃しようとするが、嫌な予感を感じてとっさに横に跳んだ。

「……ちっ!!」

「はあああああ!!」

 将志が横に跳んだ直後、伊里耶は踏み込むと同時に拳を前に突き出す。
 すると踏み込んだ地面が大きく揺れると同時に、拳から風を切る大きな音が聞こえてきた。
 将志が着地すると同時に伊里耶の足元を見てみると、そこはひびが入り、砕け散っていた。

「……流石は鬼の頭領だな。防御は通用しなさそうだ」

「貴方も素晴らしい速度ですね。追いつくのが大変そうです」

 二人はそう言いながら笑いあう。
 今度は将志から伊里耶に攻撃を仕掛けていった。

「……はっ!!」

「たあっ!!」

 将志の突きを伊里耶は身体を捌きながら手で受け流し、将志に抜き手を入れようとする。
 それに対して将志は身体を回転させるようにして攻撃を躱し、そのまま槍を背中に叩きつける。

「っ、まだまだです!!」

「……ふっ!!」

 その槍を伊里耶は腕で受け、振り返りざまに将志のわき腹を狙う。
 将志は伊里耶の腕に槍を押し付けるようにし、回転の勢いを利用して遠くに飛ぶ。

「せやあっ!!」

「……くっ」

 距離を取ろうとする将志に、伊里耶は素早く追撃を掛ける。
 将志はその攻撃を真正面から受けず、受け流すようにして線を殺す。
 真正面から受けたわけではないが、それでも手が痺れそうなほどの衝撃が槍から将志の手に伝わる。
 もし真正面から受けていれば、衝撃に負けて防御を崩されることは間違いないだろう。
 将志はヒヤリとしたものを感じながら、相手の死角を突いて背後を取る。

「……せいっ!!」

「うっ!?」

 伊里耶は背後を取られたことに気付いて前に跳ぶ。
 少し遅れて、伊里耶のいた場所を銀色の線が一瞬走る。
 その一撃は大気を震わせることなく、静かに鋭く空を切った。

「……はっ!!」

 将志は前に跳んで体勢が崩れている伊里耶に対して最速の突きを放った。
 その突きはただひたすらにまっすぐ突き出された愚直なもの、だがそれ故に神速にまで至ったものであった。
 冷たく光る銀が、稲妻のように伊里耶に迫る。

「…………」

 体勢が崩れ重心が後ろにずれている伊里耶は、迫ってくる槍を見据えた。
 何を考えるでもなく伊里耶は手を前に差し出し、円を描くように素早く手を動かす。

「ふっ!!」

「……なっ!?」

 そして伊里耶は、倒れこみながら手の動きに槍を巻き込み、掴んだ。
 将志の黒曜の眼が一瞬驚愕によって見開かれる。

「……はああああ!!」

 将志は伊里耶が体勢を立て直す前に槍を振り上げ、伊里耶を地面に叩きつけようとする。
 対する伊里耶は振り上げられると同時に槍から手を離し、離れたところに着地した。
 両者は最初と同じように向かい合う。

「……くっ、くくくっ、槍を掴まれたのは初めてだな。俺もまだまだ修行が足りんと見える」

 将志は愉快そうに笑いながらそう言った。

「正直危ないところでした……貴方の槍、その一突き一突きに怖いものを感じます」

 そうやって楽しそうに笑う将志に、伊里耶は大きく息を吐きながらそう答えた。
 将志は相も変わらず笑っている。

「……礼を言うぞ、伊里耶。俺はまだまだ成長できるようだ。天魔と言いお前と言い、この山もなかなかに面白い」

 将志はそう言いながら再び槍を構えた。
 それと同時に、将志の周りには七本の妖力で編まれた銀の槍が現われた。

「くすっ、天魔さんもあのものぐさなところと慢心がなければもっと強くなるんですけどね。それに私も、貴方と戦えば強くなれそうな気がしますよ」

 伊里耶も微笑みながらそういうと、赤紫色の大きめの弾を生み出す。
 その弾は、鬼子母神が持つ吉祥果のような形をしていた。

「……では、続きと行こう。出し惜しみはせん、全てを見せてやる!!」

「ええ、私も全力で行かせてもらいます!!」

 二つの影はそう言い合うと、勢い良く空へと飛び出して行った。


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 将志の性格が鬼とあんまり変わらん件について。
 次あたり、妖怪の山からは降りる予定です。


 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、大迷惑をかける
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/09/27 21:38
 空一面が二つの色に染め上げられている。

「……はあっ!!」

 一つは冷たく輝く銀色。
 鋭く光る銀は無数の弾丸となって空を飛び交う。

「やああっ!!」  

 もう一つはどこか温かみのある赤紫色。
 赤紫色の吉祥果が次々に弾け、一面に広がっていく。
 二つの色は空中でせめぎあい、混じっていく。
 色鮮やかなその有様は、まるで万華鏡の世界の様に美しかった。

「散らばれー!! 塊で飛んでくるよ!!」

「槍が出てきたぞ!! みんな注意しな!!」

 もっとも、地上に居る鬼達はその光景を見ている余裕などなかった。
 空一面を覆い尽くすほどの弾幕ともなれば周囲への流れ弾も相当なものである。
 更に将志も伊里耶も力の強い実力者であり、当然その攻撃に当たればタダでは済まない。
 よって、鬼達は嵐のように降り注ぐ弾幕を避けながら観戦しなければならないのだ。

「……てやっ!!」

「せいっ!!」

 そんな地上のことなど気にも留めずに二人は戦いを続ける。
 弾幕を掻い潜りながら将志が槍を繰り出せば、伊里耶はそれに対して技を返そうとする。
 その技に対し、将志が更に技を重ねて引き離すと言う、一進一退の攻防が続く。

「……疾!!」

「くっ……!!」

 将志の槍を上から叩きつけられ、伊里耶は地面に落とされる。
 伊里耶は空中で体勢を立てなし、着地して地面を滑る。

「……ふっ!!」

 その伊里耶の周りに銀の槍が放たれ、取り囲むように四角錐が作られる。
 四角錐の檻はやがて崩れ、無数の弾幕となって伊里耶に襲い掛かった。

「たあああああ!!」

 伊里耶はそれを見て、地面を全力で殴りつけた。
 その衝撃は地面を砕き、大量の破片が空中にはじけ飛んだ。
 飛び散った破片は銀の弾丸とぶつかり、それをかき消した。

「……まだだ!!」

「甘いですよ!!」

 地面を殴って動きが止まったところに、将志の銀の槍が投げられる。
 唸りを上げて迫るそれに対して、伊里耶は赤紫色の吉祥果で応戦する。
 二つはぶつかり合い、光を放ちながらはじけて消える。

「っ!! そこです!!」

「……ちっ!!」

 その光が収まらぬうちに、伊里耶は背後に気配を感じて攻撃を仕掛ける。
 そこには将志がいて、攻撃を仕掛けようとしていた。
 光を目くらましにして素早く移動し、伊里耶の背後をついていたのだ。
 反撃を受け、将志は後ろに下がる。

「今度はこちらから行きます!!」

 伊里耶はそういうと、将志の周りに4つの吉祥果を出現させた。
 吉祥果は将志の周りを飛び回り、弾幕を敷く。

「……ふっ!!」

 将志は吉祥果を撃ち落とそうと銀の弾丸を放った。
 弾は正確に飛び、狙い違わず吉祥果に突き刺さる。
 すると次の瞬間、吉祥果ははじけておびただしい量の弾幕を放ってきた。

「……なっ!?」

 将志は若干驚きながらも飛んでくる弾幕を銀の槍で打ち払う。
 舞い踊るように振るわれるそれは、飛んでくる攻撃を全て叩き落とした。

「やあっ!!」

「……ぐっ!!」

 その将志の頭上から、伊里耶が全体重と力をかけて将志に蹴りを仕掛ける。
 将志はそれを槍で捌くが、あまりの勢いに地面すれすれまで落とされた。

「そこです!!」

「……はっ!!」

 伊里耶の追撃を、将志は銀の球状の足場を作り出してそれを蹴って高速移動することで回避した。
 伊里耶の攻撃は地面に刺さり、大きな穴をあける。
 将志は体勢を立て直して着地し、地面から拳を引きぬく伊里耶を見やった。

「……本当に、大したものだ。素手で槍に対抗するのは並大抵のことではないだろうに……」

「それでも私はこれが一番慣れていますし、一番自信があるんです。それこそ、剣も槍も怖くないくらいには修練を積んでいるつもりなんですよ?」

 素直に感心している将志の言葉に、伊里耶が微笑みながら答える。
 それを聞いて、将志は眼を伏せて首を横に振った。

「……全く、自信が無くなるな。俺とて修練を怠けていた訳ではないのだがな……」

「何を言ってるんですか。将志さんは今まで私の攻撃を全部捌いてるじゃないですか。まともに攻撃を当てられていないですし、こんなにあっさり背後を取られ続けるなんて初めてですよ? 断言できます、将志さんは今までの相手の中で一番強いですよ」

 若干落ち込み気味の将志に、優しい口調で伊里耶は声をかける。
 その声に将志は顔を上げる。

「……まあいい、己が未熟だと思うのならば精進すれば良いだけの事だ。この戦いは己を見つめなおすいい機会になりそうだ」

「ふふふ……将志さん、貴方はそんなに強くなって何を目指すのですか?」

「……俺に目指すものなどない。俺はただ、行ける所まで行き着くのみ。他の事などは後から勝手についてくるものだ」

 伊里耶の問いに将志はそう言って答えを返す。
 それを聞いて、伊里耶は笑みを深めた。

「良いですね。そういう考え方、私は好きですよ」

「……気に入ってもらえて何よりだ」

 将志はそう言うと再び槍を構え、それを見た伊里耶も身構える。
 再び銀の槍が宙に浮かび、吉祥果がその実をつける。
 それと同時に、将志の周りには今までになかった、銀の蔦に巻かれた黒い球体が二つ浮かんでいた。
 直径が人の身長ほどもあるその球体は吸い込まれそうなほど深い黒色で、どこまでも透き通っていた。
 周囲の鬼達はその美しさに目を奪われ、伊里耶もまたそれに見入っていた。

「……これを実戦で使うのは初めてだな。お前ほどの相手にどこまで通用するか、試させてもらおう!!」

 将志がそういった瞬間、二つの黒い球体が銀の蔦でつながり、回転しながら弾幕を放ちつつ伊里耶に向かって飛んで行った。
 
「……っ!!」

 思わず見とれていた伊里耶であったが、迫ってくるそれを見てそれを躱す。
 弾幕が髪をかすめたが、伊里耶は構わず将志に向かっていく。

「……そこだ!!」

 そこに向かって、将志は吉祥果の弾幕を躱しながら銀の槍を投擲する。

「甘いです!!」

 狙い済ましたような一撃を、伊里耶は驚異的な身体能力で避ける。
 そして、反撃を警戒して吉祥果を落とせないでいる将志に向かって攻撃を仕掛けた。

「はああああ!!」

「……っ」

 伊里耶は一直線に将志に向かって踏み込む。
 将志はそれに対して迎撃すべく槍を構える。

「……そこです!!」

 しかし、伊里耶の声と共に将志の周囲を飛んでいた吉祥果が一斉にはじけ、大量の弾幕が降り注いだ。

「……ちっ!!」

 将志はそれを見て、弾幕を叩き落しながら後ろに下がろうとする。
 が、伊里耶がすでに目前にまで迫っていた。

「…………」

 将志は弾幕を回避ながら、攻撃を仕掛ける伊里耶を見据えた。
 将志の体勢は後ろに傾いており槍は弾幕を打ち払っているため、伊里耶の攻撃に対処する術を今の将志は持たない。
 迫ってくる拳。



 しかし、それが将志に届くことはなかった。



「きゃああああ!?」

 突如として、伊里耶は背後から強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。
 吹き飛ばしたのは、先ほど将志が放った黒い連星。
 放たれた後、再び将志の下へと戻ってきていたのだった。

「……はっ!!」

 吹き飛ばされて宙を舞う伊里耶を、将志は追いかけて抱きとめる。
 そして伊里耶を抱きかかえたまま、地面にそっと降り立った。

「……怪我はないか?」

「あいたたた……はい、大丈夫です……」

 将志が声をかけると、伊里耶は痛みに顔をしかめながらそう答えた。
 将志の腕の中で、伊里耶は残念そうにため息をついた。

「はあ……これは私の負けですね。不覚です……後ろからの攻撃に気付けなかったなんて……」

「……そうするために一芝居打ったからな。正直、最後の一撃は肝が冷えたぞ」

「……でも、次はあの手には掛かりませんよ?」

「……だろうな。あんなもの、初見の相手にしか通用せんよ」

 伊里耶を抱きかかえたまま、将志は鬼達の元へ戻っていく。
 戻ってみると、鬼達は将志に抱きかかえられた伊里耶を見て騒然としていた。

「嘘……母さんが負けたの……?」

「……私も母さんが負けるのは初めて見るね……」

 萃香と勇儀も呆然とした様子でそれを眺めている。
 そんな鬼達の目の前をとおり、先ほどの宴席の上座に伊里耶を下ろす。
 伊里耶は将志の手から離れると、手を叩いて鬼達に声をかけた。

「みんな落ち着いてください。今回の結果に驚くのは分かります。けど私だって無敗で強くなったわけではないんです。ここは、新しい目標が出来たことを喜びましょう?」

 伊里耶は晴れやかな笑顔を浮かべて全員に呼びかける。
 すると、鬼達は一気に沸きあがった。

「よっしゃあ!! 絶対にアンタを超えてやる!!」

「今度遊びに行くからな!!」

「……くくっ、いつでも来るが良い。俺はそうそう簡単に乗り越えさせるつもりはないぞ?」

 駆け寄ってくる鬼達を、将志はそう言って奮い立たせた。
 その言葉に、鬼達は更に昂った。

「ようし、今から英気を養うために飲むぞ!!」

「賛成!! 宴会じゃ宴会じゃ!!」

 そういうと、再び宴会が始まった。
 将志は用意された席に座り、その光景を眺める。

「お注ぎしますよ、将志さん」

「……ああ」

 伊里耶が将志の杯に酒を注ぐと、将志もそれに対して返杯する。
 周囲の喧騒から外れ、穏やかな空気の中で二人は酒を飲む。

「…………」

 将志が酒を飲む姿を、伊里耶は微笑みながら眺める。
 その視線に気付き、将志は顔を上げた。

「……どうかしたのか?」

「今日はありがとうございました。こんなにみんなが楽しそうなのは久しぶりです」

「……こちらからも礼を言わせてもらおう。楽しかったぞ」

「ふふふっ、楽しんでいただけたのなら何よりです」

 伊里耶はそう言いながら将志に近づき、空の杯に酒を注ぐ。
 二人の距離は肩が触れ合うほどに近づいている。

「……将志さん」

「……? どうした?」

 しなだれかかりながら声をかける伊里耶に、将志は顔を向ける。
 将志からは、肩にしなだれかかる伊里耶の表情は伺えない。

「あのですね……今、一番下の子も大きくなって私の手から少しずつ離れていってます。正直、私少し淋しいんです」

「……ふむ?」

 伊里耶の意図するところが分からず、将志は小首をかしげた。
 すると伊里耶は顔を上げて将志の眼を見た。

「ですからね……そろそろ、次の子が欲しいと思うんです」

 そう話す伊里耶の視線は熱を帯びていて、顔は紅潮し、呼吸は乱れ始めていた。
 将志はその様子を見て、考え込んだ。

「……? 何でそれを俺に言う?」

「……はい?」

 キョトンとした表情で首をかしげる将志に、伊里耶は思わずぽかんとした表情を浮かべる。
 しばらくして、伊里耶は将志が朴念仁であると考えて話を続けた。

「くすくす、ですから、貴方の子供が欲しいんですよ」

 妖艶な笑みを浮かべながら伊里耶は将志にそう言った。
 将志の腕を抱き、伊里耶は返答を待つ。

「……? 俺に何をしろというのだ?」

「……あら?」

 しかし、伊里耶の予想のはるかにナナメ上を将志は行く。
 ……ひょっとして、その手の知識を何も知らないのではないか?
 そんな考えが伊里耶の頭の中に浮かんだ。

「……あの、将志さん? ひょっとして、私が何をしたいのか分からないんですか?」

「……すまん、正直分からん。何となく俺と伊里耶で何かすると言うのはわかるのだが……」

 実のところ、将志は伊里耶が何をしたいのかさっぱり分かっていなかった。
 何故なら、将志にその手のことを教えるものは居なかったうえ、本人が全く興味を示さなかったからである。
 本気で困った顔をしている将志を見て、伊里耶は将志を抱き寄せた。

「そうですか……なら、これから私が教えてあげます。子孫を残すのは生きている者の義務ですよ?」

「……よく分からんが、そういうものなのか?」

「ええ、そういうものです。さあ、こちらにどうぞ」

「……ああ」

 何をするのかさっぱり分かっていない男の手を引きながら、伊里耶は母屋のほうへ歩いていく。

「ねえ~勇儀~、なんか母さんに火がついてたね~♪」

「あっはっは、こりゃ新しい仲間が増える日も近いかも知れんね」

 その様子を見て、萃香と勇儀が酒を飲みながらそう言って笑う。

「…………」

「……??」

 が、二人ともすぐに戻ってきた。
 とても穏やかな顔をした伊里耶の横で、将志が訳も分からず首をかしげている。

「……ねえ、何か様子がおかしくない?」

「……そうさねえ、やったにしては早すぎるし……」

 萃香と勇儀は互いに顔を見合わせ、伊里耶のところに向かった。
 伊里耶は何かを悟ったような表情を浮かべており、どこまでも穏やかであった。

「母さん、いったいどうしたの?」

「仲間増やしに行ったと思ったんだけど?」

「それがですね……将志さんがその気になりそうにないので、性欲を平等にしようとしたんです。すると私の体から熱が引いて、それがどうでもよくなるくらいとても穏やかな気分になってきたんです。悟るって、こういう感覚なんでしょうか?」

 その言葉を聞いて、萃香と勇儀は唖然とした表情で将志のほうを向いた。
 将志は相も変わらず、何が何だか分からないという表情を浮かべていた。

「……あの状態の母さんを悟りの境地に持っていくとか……」

「幾らなんでも悟りすぎじゃないかい?」

「……むう?」

 槍ヶ岳将志、性欲がマイナスに天元突破している男であった。




 「うぎゃあああああ!?」
 「ぐあああああああ!?」

 宴会中しばらく戦ったり酒を飲んだりしてドンチャン騒ぎをしていると、突如として鬼達が吹っ飛ばされて宙を舞った。

「……何事だ?」

 突然の事態に、将志が顔を上げる。

「来たね……」

「あっはっは、将志とやれなかった分、しっかりやれそうだ」

 萃香と勇儀は酒を飲む手を止め、楽しそうな笑みを浮かべて立ち上がる。
 将志は二人の後ろについていき、事の次第を確かめることにした。

「くっ、毎度毎度やられてばかりだと思うな!!」

「今日こそお前をぶっ倒してやる!!」

 鬼達は異常なまでの剣幕でそう叫ぶ。

「……ふん、今日は貴様等雑魚共に用はない。失せろ!!」

 その中心には、大きな黒い翼を生やした妙齢の女性が居た。
 その整った顔立ちは不機嫌そうに歪められており、近づくと手にした大剣で両断されそうな危険な空気を漂わせていた。

「ざ、雑魚だと……てめえええ!!」

「ふんっ!!」

「ぐうっ……」

 殴りかかってきた鬼を、天魔は軽くいなして鳩尾に掌打を喰らわせて沈める。
 その様子を見て、鬼達は一気に加熱した。

「やりやがったな!!」

「敵をとれ!!」

「何が何でも!!」

 そんな鬼達の声を聞いて、天魔は苛立ちを隠さなかった。

「……ちっ、面倒だ。まとめて果てろ!!」

「うわあああああ!!!」
「ぎゃあああああ!!!」
「ぎええええええ!!!」

 天魔はそういうと翼からレーザーを数本放って鬼達を一気に薙ぎ払った。
 レーザーはかなりの高出力で、食らった鬼達は空高く吹き飛ばされていた。

「このおおお!!」

「遅い!!」

「ぐふっ!?」

 レーザーを掻い潜って殴りかかってくる鬼達を、今度は大剣で弾き飛ばす。
 一対一で掛かってくる鬼達を、天魔は次々と倒していく。

「貴様で最後だ!!」

「がはっ!!」

 最後の一人を天魔はレーザーで弾き飛ばす。

「……ふん、懲りない奴らめ。余計な時間をくわせてくれる」

 天魔は相変わらず不機嫌そうにそう言う。
 後には、気絶した鬼達が死屍累々と言った有様で転がっていた。

「相変わらずやるねえ、天魔。ねえ、今度は私と遊んでよ!!」

 天魔の前に萃香が躍り出て、天魔に勝負を申し込む。
 天魔はそれを聞いて、ため息をつく。

「今回の用事は貴様でもない。引っ込んでろ」

「……ひぅ!?」

 天魔がそういうと、突如として萃香の様子がおかしくなった。
 体が震え始め、おどおどし始めた。

「はわわわわ……」

 萃香は瓢箪を手に取り、中身を一気に飲み始めた。
 強烈な酒精が萃香の中に注がれるが、萃香の様子は変わらない。

「あううう、酔えない、酔えないよう……」

 萃香はそう言いながら、ひたすらに酒を飲み続ける。
 どうやら、天魔の能力で「酔いが醒めたという幻覚」を覚えているようであった。
 その様子を見て、勇儀は頭を掻いた。

「あっちゃ~……禁じ手を使うなんて、こりゃずいぶんと機嫌が悪いね」

「ふん、折角の休みを何度も何度も台無しにされていれば当然だろう。ところで、鬼神はどこだ? 後ろのそいつ共々話があるのだがな?」

「……む」

 天魔はそういうと、勇儀の後ろに立っていた将志をにらみつけた。
 その言葉に、将志は頬を掻く。

「……貴様、私との別れ際に何と言った? それを忘れて貴様と言う奴は……」

「……ぐっ」

 突如として、将志の頭を目の前が真っ暗になるほどの激しい痛みが襲う。
 将志は眼を閉じ、精神を集中させる。
 しばらくすると痛みは消え、目の前には憮然とした表情の天魔がいた。

「……まさか耐えるとはな。「地面を転げまわるほどの痛み」を味わったはずなんだがね?」

「……簡単なことだ。痛くないと思い込むことを貫き通せば、耐えられないことはない」

「そんな根性論で耐えたのかい……」

 将志の発言に、勇儀が横で唖然とした表情を浮かべていた。
 その後ろから、人影が現われた。

「あらあら、天魔さんがここに居ると言うことは、やっぱり迷惑かけちゃいましたか?」

「迷惑も何も大迷惑だ。そこらじゅうに弾幕をばら撒いてくれたおかげで山は滅茶苦茶、おかげで私は休日返上で仕事だ。どうしてくれる」

 若干申し訳なさそうにそう言う伊里耶に対して、天魔はいらいらした様子で苦情を言う。
 天魔はキセルを取り出し、それに火を入れる。

「さて、どう落とし前をつけてくれるのだ?」

「そうですね……」

 天魔の問いに、伊里耶は考え込む。
 そして将志を見やると、伊里耶は名案を思いついたと言うように笑顔を見せた。

「では、今度貴女の代わりに私が銀の霊峰への視察に行くことにします。天魔さんはその日を代休にすればいいと思いますよ?」

 それを聞いて、天魔は口から紫煙を吐き出す。

「……色々と言いたいことはあるが、まあいい。結果として私の休日は戻ってくるし、妖怪の山の戦力の一端を霊峰の連中に示すことが出来る。今回の落としどころとしては悪くないか」

 天魔はそういうと、踵を返した。

「では、私は戻る。くれぐれもこれ以上面倒を増やしてくれるなよ」

 天魔はそう言うと飛び去っていった。

「はう~……やっと元通りだよ……」

 天魔が飛び去っていくと同時に、萃香の幻覚が解けて酔いが回る。
 その萃香に、将志は話しかける。

「……大丈夫か? ずいぶんと錯乱していたようだが……」

「あ~、何とか大丈夫よ。あ~もう!! あの手は反則って言ったのに~!!」

 萃香はそう言って地団太を踏む。
 どうやらまともに勝負してもらえなかったのが癪に障っているらしい。

「……天魔はいつもああなのか?」

「ううん、いつもはちゃんと勝負してくれるよ。何でも、相手が反撃してこないと楽しくないとか何とか」

「……なるほど、そういう性格か」

 萃香の言葉に、将志は頷いた。

「……ところで、この惨状はどうするのだ?」

 辺りを見回しながら、将志はそう呟く。
 周囲には立ってる鬼は僅かしか居らず、他は全て地面にに転がっている。

「どうするって、看病するしかないさね。残念だけど、宴会はこれでお開きだね」

「……致し方なし、か」

 そう言って肩をすくめる勇儀に将志は頷く。
 その将志に、伊里耶が近づいて頭を下げた。

「ごめんなさい、将志さん。今日はここまでです」

「……いや、俺はもう満足だ。先ほども言ったが、今日は楽しかった。改めて礼を言わせてもらおう」

「どういたしまして。またいつでもいらしてください」

「……ああ、そうさせてもらおう」
 
 将志はそういうと、自分の社に帰るべく空へと飛び立った。



[29218] 銀の槍、恥を知る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/09/29 19:58
 銀の霊峰の社にて、銀の髪の妖怪は頭をフル稼働させていた。
 何やら必死で考えるその姿は、その悩みが本物であることを窺わせる。
 将志は朝から晩まで考え事をしており、周囲の妖怪や幽霊達も将志が何に悩んでいるのかと軽い騒ぎになっていた。

「……う~む……」

 食事の時間も将志は考え事に忙しく、うんうんと唸っていた。
 愛梨達が話しかけても上の空で、あまり会話に参加できていない。
 そのうえ余程考え事が大事なのか、用が済むとすぐに自室へと戻ってしまうのだ。

「将志君、いったいどうしちゃったのかな?」

「お兄様、滅多なことでは悩みませんのに……」

「む~、最近兄ちゃんが構ってくれなくて淋しいぞ……」

 今までになかった将志の状態に、愛梨達は何事が起きたのか測りかねていた。
 そんな中、突如として燃えるような赤い髪の小さな少女が立ち上がった。

「よしっ!! 分からなけりゃ聞きゃいいんだ!! 姉ちゃん達、俺、兄ちゃんのところへ行って来る!!」

 アグナはそういうと一直線に将志の部屋まで駆けて行った。

「……アグナのあの行動力は私達も見習ったほうが良いかもしれませんわね」

「キャハハ☆ そうかもね♪」

 赤い和服の少女と、黄色い服のピエロの少女はそう言いながらアグナを見送る。
 二人は食事の後片付けをして、それぞれの時間を過ごす。
 六花は己の本体である包丁を磨き、愛梨は暇つぶしにジャグリングの新しい技を考えたり玉乗りの練習をしたりしていた。

「ねーちゃん達~!!」

 しばらくそうしていると、アグナがパタパタと走って戻ってきた。

「とうっ!!」

「きゃあ!? もう、アグナ!! いきなり飛びつくと危ないですわよ?」

 まっすぐに胸に飛び込んできたアグナに、六花は苦笑しながらそう言った。
 
「あはは、細かいことは気にすんな!! そんなことより、姉ちゃん達に訊きてえことがあるんだ!!」

 アグナがそういうと、愛梨が乗っている大玉を転がしながらアグナのところへやってくる。

「いいよ♪ 何が訊きたいのかな?」

 愛梨はニコニコと笑いながらアグナにそう問いかけた。

「おう、じゃあ訊くぜ!!」

 次の瞬間、元気良く発せられたアグナの質問に、一同は絶句することになった。



「子供ってどうやって作るんだ!?」



 愛梨は大玉から転げ落ちそうになり、六花の時が止まる。
 アグナの橙色の眼はどこまでも純粋な光を放っており、単純に興味からそう訊いているのが分かる。

「……ええと、アグナちゃん? どうしてそんなことを訊きたいのかな?」

 大玉から降り、引きつった笑みを浮かべながら愛梨がアグナにそう訊き返す。
 するとアグナは満面の笑みを浮かべて言った。

「兄ちゃんの悩み事がそれだから!!」

「六花ちゃん、将志君、召喚」

「心得ましたわ」

 愛梨の一言で、襷をかけた六花が腕まくりをしながら将志の部屋に向かう。
 しばらくすると、六花に腕を掴まれた状態の将志が現われた。

「……どうした?」

「どうした、じゃないよ……将志君、君はいったい何に悩んでるんだい?」

「……む、実はこの間妖怪の山に行ったときにだな、子供を作らないかと言われたのだ。生きているものとしての義務と言われたので実行しようとしたのだが、生憎と俺は方法を知らんのでな。教えてくれるはずの者も気が変わってしまったらしく、結局分からずじまいだ。そういうわけで、どんな方法なのかを考えていたのだが……分かっているのは誰かと二人で行うということくらいだ。何か知らないか?」

 将志はそう言うと、愛梨と六花に眼を向けた。
 将志の黒曜の瞳はどこまでも澄んでいて、これまた純粋な疑問のようであった。
 それを受けて、二人は顔を見合わせた。

「……お兄様、ちょっと愛梨と話し合っていいかしら?」

「……? 別に構わんが……」

 将志がそういうと、六花と愛梨は将志に背を向けて小さな声で話し始めた。

「……まさか、お兄様がそこまで純粋培養だったとは思いませんでしたわ……」

「きゃはは……よく考えたら、将志君って今まで一度もそういうことに興味示さなかったもんね……」

 額に手を当ててため息をつく六花に、乾いた笑みを浮かべる愛梨。
 想定していた事態をはるかに上回る現状に、二人はため息をつく。

「妹の身分としては、枯れていることを心配するほどでしたが……そもそも全く知識がないというのは想定外ですわ……」

「それはそうとして、どうしよう? 教えてあげないと将志君は悩みっぱなしになっちゃうけど……」

 愛梨はそう言って六花のほうを瑠璃色の瞳でちらっと見やる。
 愛梨は落ち着かないのか、手にしたステッキをくるくると回している。
 そんな愛梨の言葉に、六花は首を横に振る。

「だからと言って、私達でどうやって教えるって言うんですの? 口で言うのは難しいですし、かと言っていきなり本番をやらせるわけには行かないですわよ?」

「だ、だよね~♪ そ、そういうことは本人も納得してからじゃないとね♪」

 六花がそういった瞬間、愛梨は弾かれたように顔を上げて手を目の前でぶんぶんと振った。
 愛梨の顔は真っ赤であり、耳まで染まっている。
 六花はそれを見て、愛梨にジト眼を向ける。

「……愛梨、まさか貴女……」

「わわわ、そ、そんなことより将志君のことを考えようよ!!」

 慌てて取り繕う愛梨を見て、六花は盛大にため息をついた。

「まあ良いですわ。今は当面の問題を……」

「あの~姉ちゃん達?」

 話し合いを続ける二人に、アグナが話しかける。

「何ですの?」

「んとな、兄ちゃん、朝の定時連絡に行っちまったぞ?」

「「え……?」」

 二人が将志が立っていたところを見ると、将志はいなくなっていた。


*  *  *  *  *


 一方その頃、将志は迷いの竹林に向かって道を歩いていた。
 道とは言うものの、そこは森の中の獣道のようなもので、辺りには誰もいない。
 当の将志はといえば、相変わらず考え事をしていて少し歩みが遅くなっていた。

「……う~む……」

「あら、何を考えているのかしら?」

「……む」

 考え事をしている将志の目の前に、突如現われるリボン付きの空間の裂け目。
 その中の禍々しい空間から、一風変わった帽子をかぶった少女が顔を出した。

「貴方が考え事なんて珍しいじゃない。貴方が思い悩むような大事なんて最近あったのかしら?」

 紫は笑みを浮かべながら将志にそう問いかける。
 将志はそれを聞いてふっとため息をついた。

「……これが珍しいと言えるほど、お前には会ってないはずなのだがな?」

「ええ、確かに会ってはないわね。でも、私は貴方の事をいつだって見ているのよ?」

 紫は目を細め、愉快そうに笑う。
 将志はそれを聞いて、額に手を当ててため息をつく。

「……やれやれ、時折感じていた視線はお前か、紫。見ていて面白いものでもないだろうに」

「面白いかどうかを判断するのは、貴方じゃなくて私よ?」

「……それはそうだが」

 将志はそう言いながら首を横に振る。

「……それで、わざわざ目の前に出てきたと言うことは何か用があるのだろう?」

「いいえ、特には。私はただ貴方とお話がしたかっただけですもの」

「……全く、お前だけは全く分からんな」

「誉め言葉と取らせてもらうわ」

 そういうと、紫はスキマの中から出てきて将志に近寄る。

「それで、貴方はいったい何を考えていたのかしら?」

 紫は将志の顔を下から覗き込みながらそう問いかけた。
 その表情は、まるで親しい者からもらった贈り物の箱を開ける時のような表情だった。

「……実はな、子供の作り方について考えていたのだ」

「……え?」

 しかし将志の言葉を聞いた瞬間、紫の眼は点になった。
 それに構わず、将志は話を続ける。

「……以前、子孫を残すのは生きている者の義務と言われてな。俺も生きている以上それを実行せねばならんのだが、どうやって作るかわからないのでそれを考えていたのだ。紫はどうすれば良いか……?」

「っっっっ~!!」

 将志が話を止めて紫を見やると、紫は顔を火が出るのではないかと言うほど真っ赤に染め、顔を手で覆い隠すようにして俯いていた。
 訳が分からず、将志は首をかしげる。

「……紫。何故そんなに赤くなっているのだ?」

「な、なんでもないわ……」

 紫は何とか平静を取り繕おうとするが、顔に注した朱は取れておらず、動揺は隠し切れていなかった。

「……そうか……それで、子供を作る方法は分かるか?」

 将志は紫が何かに反応していることは気がついていたが、原因が分からないので平然とトドメを注しにいくのだった。

「っ~~~~~!!! し、知らないわ。残念だけど、他を当たってちょうだい」

 紫はそういうと、スキマを開いて逃げるようにして飛び込んだ。

「……はて……いったいどうしたと言うのだろうか……?」

 将志はただ紫の行動に首を傾げるばかりだった。


*  *  *  *  *


 永遠亭についてから、将志は普段どおり調達してきた物資を渡し、情報を交換する。
 その後、いつもの通り湯を沸かして茶を入れ、居間に運ぶ。

「……茶が入ったぞ」

「ご苦労様。そう言えば将志、最近面白いことはあった?」

「……妖怪の山で面白いことがあったな。二人の強者に出会うことが出来た……俺はまだまだ強くなれそうだ」

「それ以上強くなってどうするのよ……」

 永琳の問いかけに将志が答えると、半ば呆れ口調で輝夜が呟いた。
 三人はそれぞれ話をしながら将志が入れた緑茶を口にした。

「……っ」

「あら?」

「……?」

 その緑茶を口にした瞬間、将志は顔をしかめ、永琳は首を傾げ、輝夜はその二人を見て首を傾げる。

「どうしたの、二人とも?」

「将志、あなた何か悩み事でもあるのかしら? 何となく、いつもの味と違う気がするわ」

「……流石に主には隠しとおせないか」

「え、え?」

 茶の味にかんする二人の会話に、輝夜はついていけずに困惑する。
 輝夜はもう一口手元の緑茶を飲むが、いつものものとどこが違うのか分からない。
 永琳が見つけた違いは、普段から良く味わって飲んでいる者でも見落としてしまうくらいの僅かな変化だったのだ。

「将志。いったい何があなたを悩ませているのかしら? 教えてくれるかしら?」

「……しかし、良いのか?」

「良いに決まってるわ。友人って、気軽なものでしょう? そう言ったのはあなたなのよ?」

 永琳がそういうと、将志は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「……くくっ、主には敵わないな。まさかそんな大昔の言葉を覚えているとはな」

「何言ってるのよ。あの時の言葉で私がどれだけ救われたと思ってるのかしら? 一時だって忘れたことはないわ」

 笑みを浮かべる将志に、永琳は当時を思い返しながら穏やかな顔で笑い返した。

「……お茶が甘いわ……」

 その横で輝夜がげんなりした顔でお茶を飲んでいたが、誰も気にしない。

「それで、あなたは何を悩んでいるのかしら?」

「……実はな、子供の作り方がわからなくてな……」

「……はい?」

「ぶふっ!? ゲホッ、ゲホッ!!」

 将志の悩みの内容に、永琳は呆気にとられ、輝夜は茶を噴き出した。
 その様子を見て、将志は首をかしげた。

「……いつも思うのだが、俺は何か妙なことを言っているのか? 尋ねるたびに妙な顔をされるのだが……」

「そ、その前に、貴方本気で言ってる?」

「……? 本気だが……何故そのようなことを訊く?」

 輝夜の質問に、将志は淡々と答える。
 それを聞いて、輝夜は信じられないと言う表情を浮かべた。

「永琳、ちょっと」

「……ええ」

 輝夜に呼ばれて、永琳はそちらに向かう。
 永琳は呆然としていて、どこか上の空だった。

「ねえ、将志って本気で何の知識もないの?」

「……少なくとも、私が教えた覚えはないわね……」

「にしたっておかしいでしょ!? 億単位で生きてきて全く知らないなんて、どういう生活送ってきたのよ!?」

「そういうことを知らずに済む生活としか言い様が……」

 二人は小声でそう話し合う。
 将志はそんな二人を見て、ひたすらに首をかしげる。

「……何を話しているのだ?」

「い、いえ、こちらの話よ。ところで、何でそんなことを知りたくなったのかしら?」

「……ついこの間の話なのだが、子孫を残すのは生きている者の義務だから子供を作らないかと言われてな。作り方を知らないから教えてくれるとのことだったのだが、相手の気が変わってしまって分からずじまいだ。義務と言うからには必ず実行せねばならないと思うのだが、その方法が分からないのではな……」

 将志は至って大真面目にそう話す。
 そのあんまりな理由に、二人は頭を抱える。

「うわぁ……本当に何も知らなかったのね……」

「……無知って怖いわね。やっぱりある程度の知識は必要みたいね……」

 そう呟く永琳を見て、輝夜は何か思いついたようだ。
 輝夜は薄く笑みを浮かべると、将志のほうを向く。

「ねえ、将志。そんなにやり方を知りたいのなら、私が教えてあげようか?」

「……姫様?」

 輝夜はそう言いながら将志ににじり寄る。
 それを聞いて、将志は頷いた。

「……ああ。教えてもらえるのならありがたい。ご教授願えるか?」

 やはり全く分かっていないのだろう、将志は眉一つ動かさずにそう答える。
 その返答に、輝夜は妖艶な笑みを浮かべて将志の腕を抱き寄せた。

「うふふっ、良いわよ……でも、ここじゃ教えられないから私の部屋に……」

「……? ああ」

「ちょっと、輝夜!!」

 輝夜の言葉に頷きかけた将志を見て、慌てて永琳が割ってはいる。
 それを確認すると、輝夜は笑い出した。

「あははははは、必死な永琳なんて久しぶりに見たわ」

「何を言ってるのよ!! 無知なのを良いことに将志を弄ぶ気!?」

 普段からは考えられない剣幕で輝夜に詰め寄る永琳。
 そんな永琳を、輝夜は手で制した。

「まあまあ、怒らないで。このままじゃ、将志は誘われたらホイホイついて行っちゃうのがはっきりしたんだしさ。そんなに言うなら、永琳が教えてあげれば良いじゃない」

「……分かりました。そういうことなら私が教えましょう。将志、ちょっとこっち来なさい」

「……ああ」

 永琳はやたらと気合の入った顔で立ち上がると、将志の腕を掴んで自室に案内した。



  ――授業中――



「……俺は、何と言うことを……」

 しばらくすると、将志が部屋から出てきた。
 将志は顔を真っ赤に染めており、眼を手で覆っていた。
 どうやら人並みの羞恥心は持ち合わせていたようであった。

「あ、終わった?」

「……申し訳ない、知らなかったとはいえ、女子にあのようなことを訊くとは……」

 居間に入ってくるなり、将志は輝夜に頭を下げた。
 将志の羞恥に染まった表情を見て、輝夜は笑みを浮かべた。

「へえ……将志もそんな顔するんだ……ま、私は気にしてないから安心しなさい」

「……感謝する。それから、今日はもうこれで失礼する。では、な」

 将志はそう言うと、逃げるようにして永遠亭を後にした。
 それからしばらくして、永琳が居間に戻ってきた。

「ふう……なかなかに骨が折れたわね……」

「あ、お疲れ、永琳。あの様子ならもう大丈夫ね」

「ええ……本当に、子作りは生きている者の義務、なんて言った奴に苦情を言いたいわ」

 永琳はそう言いながら将志が淹れたお茶を飲む。
 冷めてしまってはいたが、それでも話し続けて渇いた喉を潤すには十分だった。

「でも、将志の珍しい表情が見れたから良しとしましょう」

「はいはい、ごちそうさま」

 満足げな笑みを浮かべてそういう永琳に、輝夜は投げやりな言葉を掛けるのだった。



[29218] 銀の槍、酒を飲む
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/10/02 08:46
 蒼い月が空高く昇る夜、将志は永琳に呼び出されて永遠亭に来ていた。
 己が無知を散々に恥じた将志であったが、毎日の報告は欠かしていなかったのでわだかまりも解けている。
 ……もっとも、愛梨と六花が妖怪の山に抗議しに行き、大喧嘩に発展したのだがそれは別の話である。

「……はあっ!!」

 永琳は薬の材料の備蓄を確認しており、その待ち時間を使って将志は鍛錬をする。
 伊里耶との戦いの後、将志は己が技に磨きをかけるだけではなく、新たな技を生み出すべく模索を続けていた。
 将志は舞い踊るように手にした槍を振るう。
 水が流れるように淀みなく、研ぎ澄まされた刃のように鋭く銀の槍が翻る。

「……ふっ!!」

 そんな中、将志はまっすぐに突きを放つ。
 ただ速度だけを重視した愚直な一閃。
 そして、ついこの間伊里耶に破られたものでもあった。
 将志は素早く槍を引き、構えなおす。

「……せっ!!」

 将志は斜め下、相手の足元を狙って突きを入れる。
 しかし、将志は手首を動かしてその軌道を捻じ曲げる。
 その結果、銀の槍は曲線を描いて仮想の相手を貫いた。

「……違うな」

 将志は槍を戻しながらそう呟く。
 この程度で敗れる相手なら、伊里耶はあの一突きを掴めたはずが無い。
 そう思いながら再び槍を構える。

「将志? どうかしたのかしら?」

 将志が声に振り向くと、そこには紺と赤の服を着た女性が立っていた。

「……いや、俺はいつから停滞していたのだろうかと考えていたのだ。だからこうやって新しい技などを考えていたのだ」

「……停滞していた?」

「……ああ。人間は俺がただ愚直に槍を振るっている間に、次々と新しい技を見につけている。それが戦いにしろ、料理にしろだ。だというのに、俺はといえばただひたすらに同じことを繰り返しているだけだ。これを停滞といわずしてなんと言う?」

 まるで自嘲するかのように将志はそう言った。
 それを受けて、永琳は少し考え込んだ。

「……ねえ、将志。それって本当に停滞なのかしら?」

 永琳の一言に、将志は首をかしげた。

「……どういうことだ?」

「私は将志とは長い間離れ離れになっていたわ。それでまた会えたあの日、久しぶりに見たあなたの槍捌きは前と比べても比べ物にならないくらい綺麗で、すごいと思ったわ。それって停滞してるといえるのかしら? それに、あなたはその新しいものに負けたと思ったことはあるのかしら?」

「……少なからずあるが……」

「じゃあ、それを見て何も感じなかった?」

 永琳に言われて、将志は今までの相手を思い返した。
 神奈子や諏訪子、天魔や伊里耶、そして愛梨など、今まで戦った中で印象に残った者達との戦いが頭によぎる。

「……いや、感心するものもあれば、嫌悪するものもあった。そして、真似したいと思ったものは真似をした」

「それって十分に成長と言えるんじゃないかしら? 何も、自分で作り出すだけが正しいとは限らないわ。人から学ぶことだって成長よ。それに、新しいからといってそれが優れているとも限らない。愛梨から聞いたんだけど、将志は滅多なことじゃ負けないでしょう?」

「……ああ」

「なら、あせる必要は無いわ。良いものは吸収して、悪いと思えば直す。あなたは自分が正しいと思ったものを選べばそれでいいと思うわよ?」

「……そういうものか?」

「ええ、そういうものよ。下手に思い悩むよりも自分を信じなさい。私が信じるあなたは、自分が思うよりもずっと強いのだから」

 永琳は優しく微笑みながらそう言った。
 その瞳は目の前の親友を心の底から信じている、どこまでも暖かなまなざしだった。

「……そうか」

 将志はそう言って微笑み返す。
 そして、再び槍を構える。
 あたりは穏やかな静寂に包まれており、将志の纏う空気も穏やかなものである。

「…………」

 そのまま、気を張ることなく将志は槍を振るい始める。
 月に照らされ銀の光を放つ槍は、風を切って宙を舞う。
 そのたびに空中に煌く銀の線が走る
 将志は軽やかにステップを踏み、舞踏を続ける。
 その銀の芸術を、永琳は穏やかな表情で眺めていた。

「…………」

 最後の一突き、いつも渾身の力で放っていたものを、将志は穏やかな心のまま放つ。
 その一突きは不思議と軽く、想像以上の手ごたえがあった。

「……拳や剣は嘘を吐かないとはどこで聞いた話だったか。槍もまた同じことか。迷いや気負い、そういったものが如実に表れるな」

 将志は晴れやかな表情で槍を納める。
 そして、永琳に向かって礼をした。

「……礼を言おう、主。主の一言で背負っていたものが無くなった。俺が信じる主が俺を信じるというのなら、俺は自分を信じよう」

 将志の一言に、永琳は嬉しそうに笑った。

「ふふっ、嬉しいことを言ってくれるわね。ところで、何を背負っていたのかしら?」

「……くくっ、そんなものは忘れたな」

 将志は槍を赤い布で巻くと、永琳の下へ歩いていく。
 永琳は将志がやってくると、その隣に立って歩き出した。

「……それで、今日はどうしたのだ?」

「いいえ、あなたが妖怪の山に言ったときの話を聞いて、少しお酒が飲みたくなったのよ。それで、将志と一緒に飲もうと思ったのだけど、駄目だったかしら?」

「……いや、今日の仕事はもう終わっている。それに、この時間にここを訪ねることが決まった時点で今日の泊まりは確定だ。よって、気兼ねすることは何も無い」

「そう、それは良かった」

 お互いに笑いあいながら広い永遠亭の中を歩く。
 二人の肩は触れ合うほどに近く、片時も離れることは無い。
 台所へ酒を取りに行くと、将志は永琳に声をかけた。

「……何か肴でも作るか?」

「いいえ、それは後で欲しくなったらにしましょう。それよりも、今日は月が良く見えることだし、それを見ながらのんびりと飲みましょう?」

「……月見酒か……成る程、それは美味い酒が飲めそうだ」

 将志はそういうと杯を取り出した。
 手に取ったところで、将志はふと思い出したように永琳に問いかけた。

「……そう言えば、輝夜は誘わないのか?」

「それがね、姫様は昨日絵巻物の読みすぎで寝不足なのよ。だから、今日はもう寝ちゃってるわ」

「……そうか。ならば来たときに杯を用意するとしよう」

 将志は二つの杯を持つと、永琳と共に月の見える縁側に腰を下ろした。
 月は空高く昇っており、一面を青白く照らし出している。
 あたりは静まり返っており、時折吹く風の音が優しい音楽として流れてくるのだった。
 永琳は酒の入った瓶の栓を抜き、杯に注いだ。
 白い濁り酒は青白く染まり、その海の中に白い月が浮かぶ。

「それじゃ、飲みましょう?」

「……ああ」

 二人はそういうと、酒を飲み始めた。
 米酒の深い甘みと共に豊かな風味が口腔内に広がっていく。

「……美味い酒だ。いつかの神達や鬼達と共に飲むにぎやかな酒も良いが、こういう風情のある酒もまた美味い」

「……にぎやかなお酒ね……そういえば、将志と一緒にそういうお酒を飲んだことはないわね」

 しみじみと呟いた将志の言葉に、永琳がそう呟く様に返した。
 それを聞いて将志は天を仰いだ。

「……いつか、飲めると良いな」

「……そうね。そのときは、どんな面子が揃っているのかしら?」

「……そうだな……主と俺、輝夜、愛梨や六花、アグナは最低限呼ぶだろう」

 将志がそういうと、永琳はその面子が揃った様子を想像して笑った。

「ふふっ、姫様と六花が喧嘩して、将志に怒られるのが眼に見えるわね」

「……少しは大人しくして欲しいものだがな……ああまで顔を合わせるたびに喧嘩をされたのでは騒がしくてかなわん」

「でも、あれで二人とも結構楽しんでるみたいよ?」

「……それはそうだが、それを止めるのは俺なのだぞ?」

 ため息混じりに将志はそう言う。
 永琳はそんな将志に楽しそうに笑いかける。

「お兄ちゃんは大変ね」

「……せめて輝夜はそちらで止めてくれないか?」

「私が言うよりあなたが言ったほうが早いわよ?」

「……そうなのか?」

「ええ、将志が思ってる以上に懐いてるわよ、輝夜は」

「……正直、懐かれるようなことをした覚えはないのだがな……」

 将志は首をかしげながら酒に口をつける。
 空になった杯に、永琳は新たに酒を注いだ。

「それが事実なんだから受け入れなさい。たぶんあなたが見えていないだけで、輝夜みたいに親愛の情を抱いている人はたくさんいるはずよ?」

「……だからといって、伊里耶みたいなのは……正直、対処に困る」

「さ、流石にそういうことを言う人は極少数だと思うわよ?」

 伊里耶の発言を思い出して、将志は疲れた表情を浮かべた。
 そのあとの騒動を考えれば、将志の表情も頷けるものである。

「……でも、顔を真っ赤にした将志は新鮮で可愛かったわね」

「……やめてくれ。今思い出すだけでも恥ずかしいのだぞ?」

 嬉々としてそう言う永琳に、将志は顔を背けながら言葉を返す。
 言葉の通り恥ずかしいのか酒に酔っているのかは分からないが、その顔は若干赤く染まっていた。

「……しかし、再びこうして主と酒が飲めるとはな。正直、あの日再会するまでは諦めかけていたのだが……」

「淋しかったかしら?」

「……淋しい以上に辛かった。守ると約束した主の側に居られないのだからな。その間に何かあったらと思うと、正直夜も眠れなかった。自分一人で何も出来ずに居るのが悔しくて、何も考えることが出来なかった」

「そう……なら、愛梨に感謝しないとね。彼女が居なければ、本当にあなたは壊れていたかもしれないわ」

「……全くだ。愛梨が居なければ、俺は今頃この世のどこかで朽ち果てていただろうな……」

 将志は当時を思い返すように空を見上げた。
 星々の大海は以前と変わらぬ姿で目の前に広がっており、月はただ優しくあたりを照らしていた。

「……私は淋しかった。たった一人の親友が、あなたが居なくなっただけで、私はしばらく何も出来なかったわ。その間に出来たことといえば、あなたの無事を祈るだけだった。少しでもつながりが欲しくて、こんなものまで作ったわ」

 永琳はそういうと、首にかけていたペンダントを取り出した。
 そのペンダントは、真球の黒曜石を銀の蔦で覆うようなデザインをしていた。

「……それは……」

「ええ、あなたにあげたものと同じものよ。と言っても私のは霊力を抑えるためのものだから、あなたのものとは少し違うわ。でも、これがあるだけであなたが側に居る気がした。自分で作ったものなのに、いつかこれがあなたに逢わせてくれる様な気がしたわ。ねえ、将志。あなたは今もこれをつけているのかしら?」

 永琳の問いに、将志は無言で小豆色の胴着の中に手を突っ込んだ。
 そして、その中からペンダントを取り出した。
 それは永琳のものと全く同じデザインだった。

「……俺はこれを一時たりとも外したことはない。主がくれたこれを、どうしても外す気にはなれなかった」

「ふふっ、そこまで気に入ってくれて嬉しいわ。それね、ちょっとした願いを込めてあるのよ」

「……願い?」

「私を守るあなたを誰かが守ってくれますように、あなたを笑顔にしてくれますように。それがそのペンダントに込めた私の願いよ」

 永琳は歌うようにペンダントに込めた願いを口にする。
 その言葉は将志の心に容易くしみこんでいった。

「……そうか……ならば、俺はその願いに救われたのだな」

「そうかもしれないわね。私のペンダントの願いも叶ったし、ひょっとしたら私には呪いの才能もあるのかも」

「……主のペンダントの願い?」

「決まってるじゃない。あなたに逢えますように。それがこれに込めた願いよ」

 永琳はそう言いながら自分の首に掛かったペンダントを指で弾く。
 将志はそれを聞いて嬉しそうに笑った。

「……くくっ、そこまで想われるとは友人冥利に尽きるな」

「あら、あなたにとって私はただの友人かしら?」

 将志の言葉に、永琳は拗ねたような口調でそういった。
 それに対し、将志は首を横に振った。

「……まさか。主であり、最大の友。ただの友人とは格が違う」

「それじゃあ、愛梨のことはどう思う?」

「……何故愛梨のことが出てくるのかは知らんが……そうだな、友にして相棒。そういったところか」

「相棒ね……」

 永琳はそう言うと考え込んだ。
 そして杯の酒を一気に飲み干すと、永琳は将志に質問を投げかけた。

「ねえ、将志。もし、私と愛梨が同時に危機に陥ったとしたら。将志はどっちから助けるかしら?」

「……主からだな」

 永琳の質問に、将志は即答した。
 それを聞いて、永琳は嬉しそうに微笑んだ。

「ずいぶん早い結論ね。それはどうしてかしら?」

「……俺は主を守ると決めた。だから何があろうとまずは主を守るし、何が何でも守ってやりたい」

「それじゃ、愛梨はどうするのかしら?」

「……愛梨に関しては全く心配していない。愛梨は強い。正直、愛梨はどんな危機に陥っても笑って乗り越えそうな気がする。だから、俺は愛梨を心配することはない」

「……それはそれで妬けるわね。愛梨のことをずいぶん信頼してるじゃない」

 永琳は少しふてくされた表情でそう言いながら将志に寄りかかる。
 それを受けて、将志は苦笑した。

「……曲がりなりにも、長いこと共に居たからな。だからこそ、お互いのことはほぼ知り尽くしている。故に相棒なのだ」

「……まあ良いわ。一番の親友って言う立場は私のものなんだし」

 永琳は将志の腕を抱きながら杯に酒を注ぐ。
 将志が空の杯を差し出すと、永琳はそれにも酒を注いだ。

「ねえ将志。今からでもここで暮らさない? 私はやっぱりあなたと一緒に居たいわ」

「……そうしたいのはやまやまだが、今の俺には面倒なことに、神にして妖怪の首領と言う立場がある。俺はここに住むには、いささか目立ちすぎるのだ」

 将志の言葉に、永琳は残念そうに首を横に振った。

「はあ……やっぱり駄目か。立場ってどこでも面倒なものね」

「……すまないな。その代わり、俺は呼べばいつでも駆けつけよう」

「いいのかしら? しょっちゅう呼ぶわよ? 私、これでも淋しがりやよ?」

「……そこは、仕事に支障が出ない程度に頼む」

 楽しそうに腕を抱きしめてそういう永琳に、将志は思わず苦笑いを浮かべた。
 二人して月を眺める。
 月はどこまでも優しく二人を照らし出していた。

「……月が綺麗ね……」

「……ああ、俺もそう思うぞ」

 二人はそう言って寄り添いながら、しばらく月を眺めていた。

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 何となく甘い話が書きたくなって書いてみた。
 糖分は控えめだと思うけどどうでしょ?


 そんなこんなで、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、怨まれる
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/10/04 18:21
 にぎやかな都の大通りの裏の仕立て屋。
 そこに一人の男が入っていった。

「……邪魔するぞ」

「……アンタか、槍次」

 仕立て屋の主人は将志を見ると、そう呟いた。
 この仕立て屋は仕事の手配師もしており、将志は出稼ぎのために出向いていた。
 なお、槍次というのは将志が仕事を請けるときに使っている偽名である。
 何故そんなことをしたかと言うと、以前本名で仕事を請け負った際に有名になりすぎ、名乗った時に妙な眼で見られることになったからだ。

「……仕事はあるか?」

「……あるな。それも槍ヶ岳の後継者個人に向けたのがな」

 それを聞いて、将志はいぶかしむ様に眉をひそめた。

「……依頼人がわざわざ俺を指名してきたのか?」

「いや、そういう訳じゃない。以前から色んな奴が失敗した依頼が余所から舞い込んできただけだ。となれば、必然的にうちの看板に任せることになるだろう?」

「……つまり、任せられるのが俺しか居ないと?」

「そういうことだ。妖怪退治は初めてじゃないだろう?」

「……まあ、確かにそうだが……妖怪がらみなのか?」

「ああ。何でも、はずれの森の中の小屋に妖怪が住み着いたらしくてな。その持ち主が対処に困って依頼してきたんだよ」

「……ほう。それで、依頼人はどこだ?」

「依頼人は用事があるらしく帰ったぞ。その代わり、ことの詳細を書いた書簡を賜っている。これだ」

 将志は主人から書簡を受け取ると、内容を確認した。
 そこには依頼の概要と報酬の提示、そして目的地までの地図が書かれていた。

「……成る程、必要な情報は全て書かれているわけだ。報酬の額もこの額なら妥当なところだな」

「……それで、受けるのか?」

「……受けよう」

 将志がそういうと、主人はため息をついた。

「……まあ、アンタがそう言うなら止めはしない。……生きて帰って来い」

「……ああ」

 将志は短くそう答えると、仕立て屋を後にした。




 夜、将志は地図を頼りに妖怪が出るという小屋へ向かった。
 小屋は森の奥にポツリとたっており、かなり長い間放置されていたことが分かる。

「……行くか」

 将志は偽装のための漆塗りの槍を地面に刺すと小屋に向かって歩みを進めた。

「……っ」

「あああああああああ!!!」

 将志が小屋に近づくと、上から突然炎が降って来た。
 将志はそれを後ろに飛ぶことで躱す。

「……罠か」

 将志は今までの状況を鑑みて、冷静に判断を下した。
 そう、この依頼は最初からおかしかったのだ。
 顔を出さない依頼人、数々の失敗の報告、使用された形跡のない小屋。
 思い返してみれば怪しい点がいくつもあるのだった。

「……探したよ……まさかあの女の護衛が妖怪だったなんて思いもしなかった」

 炎の中から声がする。
 その声は少し低めの女性の声だった。

「覚悟は良いか?」

 炎が消えると、中からは白い髪の少女が現われた。
 少女の顔は憤怒に染まっており、将志のことをにらみつけていた。

「……覚悟、と言われても俺には全く身に覚えが無いのだがな?」

「うるさい!!」

 叫ぶ少女から炎が放たれる。
 将志はそれを横に飛ぶことで回避し、少女を見据える。

「……あの女はもういない……だけど、あの女が大切にしていた奴は目の前にいる。だから、私はあんたを滅茶苦茶にしてやる!!」

 再び少女から激しい炎が放たれる。
 炎は周りの森を焼き、周囲を真昼のように明るく照らし出した。

「……目的は復讐か?」

 将志は迫りくる炎を躱しながら少女の目的を探る。
 炎は将志の頬を軽く焼きながら通り過ぎていく。
 少女がどこまで巨大な炎を出せるか分からないため、あえてギリギリで避けることで放つ炎の規模を拡大させないようにしているのだ。

「……一つ訊こう。あの女とは、誰のことだ?」

「あんたに答える筋合いは無いっ!!」

 熱風が将志の銀の髪を焦がしていく。
 爆発する感情に任せて放たれる炎によって、周囲は火の海と化していた。

「……ちっ」

 将志は足元を焦がし始めた炎を避けるために空へと上がる。

「逃がすかぁ!!」

 そこをすかさず火の鳥が突っ込んでくる。
 将志はそれを冷静に見極め、回避した。

「…………」

 将志はどうするべきか考えた。
 少女の言動と己の今までの行動から推察して、あの女とは恐らく輝夜のことであろう。
 そしてこの少女を放置した場合、今後どこで襲われるか分からない。
 つまり、永遠亭にいる輝夜や永琳が危機にさらされる可能性があると言うことである。
 と言うことは、何とかしてこの炎の少女を止めなければならない。

 そこまで考えて、将志は妖力で銀の弾丸を作り出し、少女に向けて撃ち出した。
 弾丸は迫りくる炎を貫き、少女の左肩と右わき腹に命中した。

「あうっ、まだまだあああああ!!!」

 しかし少女は傷を負っても止まる気配が無い。
 それどころか、先程よりも激しく燃え上がりながら将志に攻撃を仕掛けてくる。
 そこに、躊躇など存在しなかった。
 そんな自らの怪我をものともしない少女の姿を見て、将志は眼を閉じた。

「……お前の怨み、請け負おう」

 将志は祈るようにそう呟くと、銀の槍を作り出した。
 その間に、少女は夜空を赤く照らしながら将志に迫っていく。

「……はあっ!!」

「うっ!?」

 将志は銀の槍を躊躇うことなく少女に向かって投げた。
 槍は少女の心臓を、狙い違わず貫いた。
 少女は地面に落ちていく。

「…………」

 将志は地面に降り、少女を見やった。
 少女の左胸には、自身が放った銀の槍が突きたてられている。

「……すまない」

 将志はそう言って少女に背を向け、立ち去ろうとする。

「……っ!?」

 しかし、強烈な殺気を感じて将志は空へ飛び上がった。
 すると少し遅れて将志が立っていた所を炎の激流が走っていった。
 その先にあった木々は一瞬にして燃え上がり、崩れ落ちていく。

「……これは、いったい?」

「おおおおおおおおおおお!!」

 将志が想定外の事態に困惑していると、下から再び炎が飛んでくる。
 見ると、その炎の中に先ほど心臓を貫かれたはずの少女がいた。
 胸の傷はふさがっており、跡形も残っていなかった。

「……くっ、どうなっている?」

 将志は少女の攻撃を避けながら銀の槍を三本作り出す。
 そして、少女に向かって一気に投げつけた。

「ぐうっ!! このおおおおお!!!」

 が、少女はその槍を身体に受けながらも攻撃をやめない。
 それどころか、更に攻撃は苛烈になっていった。

「……くっ、まさか……」

 ここまでの少女の挙動を見て、将志はある推論へと至った。
 それは、少女が蓬莱の薬を飲んだのではないかと言うことであった。
 もしこの少女が輝夜と関係があるのならば、可能性が無い訳ではない。
 ……長い戦いになる。
 そう思った将志は、小さくため息をついた。




 将志のため息から数刻の時が経った。

「かはっ……いい加減に、食らえ!!」

「…………」

 少女が放つ炎を将志は淡々と避ける。
 少女の身体には先ほどから何度と無く銀の槍が突き刺さり、出血を強いる。
 あれほど苛烈だった炎は疲労のせいか段々と小さくなっていた。

「……く……はあっ!!」

「……当たらん」

 既にフラフラな状態の少女に対し、平然と立っている将志。
 勝負は既に決しているようなものの、少女は諦めようとしない。

「……そこまでにしておけ。これ以上は無駄だ」

「う、うるさい!!」

 放たれる火の玉。
 将志はそれをあえて避けずに、槍で切り払った。
 それを見て、少女はその場にへたり込んだ。
 体力と精神の限界が来たのだ。

「……くそっ……なんで、当たらないの……」

 少女はしゃがみこんだまま、そう言って涙をこぼした。
 そんな少女に、将志は声をかける。

「……生憎と俺の命は俺だけのものではないのでな。当たってはやれん。ましてや、俺が襲われる理由が分からないのでは、降りかかる火の粉をふりはらうことしか出来んよ。……いったい何があった?」

「っ、アンタに話すことなんて、ないっ……!!」

 少女は泣きじゃくりながら将志にそう言い放つ。
 それを聞いて、将志はふっとため息をついた。

「……そうか。では、話す気になったら聞くとしよう」

 将志はそういうと座り込み、焼け落ちた小屋の燃え残りに寄りかかった。
 そして少女に動きがあるまで待つことにした。





 しばらく時間が経ち、少女の気力と体力が回復する。
 少女が立ち上がるのを受けて、将志も立ち上がった。

「……まだやるつもりか?」

 将志は槍で肩をトントンと叩きながら少女に問いかける。
 あえて挑発するような素振りをしているのは、少女の心を折るためである。

「当たり前じゃない。私はアンタを滅茶苦茶にするまでは諦めないよ」

「……正直、力の差は歴然だと思うがね。さっきの様な力任せでは俺には勝てんぞ?」

「私は死なない。何万回殺されたって、アンタに喰らいついてみせる!!」

 首を横に振り、諭しに掛かる将志に、少女は力強く断言した。
 それを聞いて、将志は深々とため息をついた。

「……世話が焼ける」

 将志はそう言うと、素早く背後を取って首に槍を突きつけた。

「え?」

 少女は呆けたような声を上げて、目の前に現われた槍を見た。
 少女からは将志が急に消え、いつの間にか目の前に槍がある状態になっていた。
 急激な状況の変化に、少女の頭は軽くパニックに陥っていた。

「……そういう事は、せめてこれを避けられるくらいの力量が付いてから言え。相手の力量をきちんと測れなければ、死ぬぞ?」

「だから、私は死なない!!」

「……体は死なずとも、心を殺す方法は幾らでもあると聞くが? 事実、俺は一度お前の戦意をへし折っているわけだぞ?」

「ぐっ……」

 少女は悔しげに口を結ぶと、俯いて黙り込んだ。
 将志は少女を放すと、正面に回りこんだ。

「……何にせよ、一度落ち着くべきだ。俺と戦うにも、今のお前ではどうにもなるまい」

 将志はそういって、少女の応答を待つ。
 少女はしばらく俯いて震えていたが、やがて力なく肩を落とした。

「……私は、お父様の恥を雪ぐことも出来ないの……?」

 地面に雫が落ちる。
 その様子に、将志は背を向ける。

「……はっきり言って、お前の父親の恥など俺は知らん。お前の言うあの女が誰かなども分からん。だが、たかがその女が懸想した雇われの護衛に殺意を持つほどにその女が憎いか……」

 将志はそういうと、再び少女の後ろに立つ。
 その理由はその先に身分の偽装に使っていた槍の穂先が落ちているからだ。

「……俺が憎ければそれでも良いだろう。八つ当たりも大いに結構だ。俺はお前が依頼を持っていった仕立て屋で槍次と言う名で通っている。お前の名を出せば、何度でも相手になってやろう。……名は何と言う?」

 将志の言葉に、少女は涙を袖でぬぐった。

「……妹紅。藤原 妹紅」

「……槍ヶ岳 将志。変わり者の槍妖怪だ」

「アンタは絶対に私が倒す。せいぜい首を洗って待ってて」

「……上等だ。そのためにも強くなるが良い。では、俺はこれで失礼するぞ」

 将志はそう言うと、燃え残った槍の穂先を拾い上げて燃え尽きた森を後にする。
 森を出ると、将志は深々とため息をついた。

「……全く、俺も不可解なことをする。何故あのようなことを言ったのだ、俺は?」

 将志は自分で自分の言動に首をかしげた。
 しばらく考えて、矛先が主人に向かないように出来たのだからこれで良いという結論に至った。
 不思議と心は晴れやかで、確かな満足感に包まれていた。

「……まあ、妹紅の今後に期待か。どこまで強くなれるのだろうな、あいつは」

 将志は顔に笑みを浮かべながら、帰路に付く。
 その足取りは、とても軽やかなものだった。






 しかし、数日後に己が発言を心底後悔することになる。





 将志はいつもどおり依頼を受けに仕立て屋に向かった。

「……仕事はあるか?」

「……その前にいつもの客だ」

「……来たね」

 主人がそういうと同時に、店の奥から妹紅が顔を出した。
 それを見て、将志は額に手を当ててため息をつく。

「……おのれ、またか」

「うるさい、今日こそはアンタを倒す!!」 

「……俺は何度でもとは言ったが、いつでもとは言った覚えは無いぞ?」

 息をまく妹紅に、将志はジト眼を向ける。
 事実、妹紅は毎日のように仕立て屋に押しかけ、将志を待ち構えるのだ。
 最近では将志の仕事を横取りすることも覚え始め、将志にとっては頭痛の種になり始めていた。
 妹紅はそんな将志を一笑に付した。

「そんなの知らん。……覚悟はいいか」

「……良い訳が無いだろう。俺は仕事を請けにきたのだぞ?」

「問答無用!! 表出ろ!!」

「……喧嘩は町の外でやれ。アンタらの喧嘩は洒落にならん」

 将志の手を引っつかんで出て行こうとする妹紅に、主人は布地の在庫の確認をしながらそう言った。
 もはや諦めの境地に立っている。
 そんな妹紅の手を振り払いながら、将志は主人に抗議した。

「あ、おい!! 仕事はどうした!?」

「……そこの猛獣押さえるのが今のお前の仕事だ。それが終わってからまた来な。それまで仕事は無いと思え」

「ええい、往生際が悪い!!」

「……どうしてこうなった……」

 将志はがっくりとうなだれながら、仕立て屋を後にした。



 しばらくして、都の近くの平野に火柱が立った。



[29218] 銀の槍、料理を作る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/10/09 04:47

 リズミカルに響く包丁の音。
 その鮮やかな包丁捌きによって食材は無駄なく均一に切られる。
 その横では大きな鍋いっぱいに食材が煮込まれており、美味そうな匂いを辺りに立ち込めさせていた。
 その厨房の中で、慌てることなくいくつもの料理を並行して作る男の姿があった。

「……少し塩気が足りんか? いや、恐らくこれよりも甘いほうが好みであろう」

 将志は煮物の出汁を味見し、そう結論付けて味を調えた。
 この男、人に合わせて味を調整する離れ業まで身につけていた。
 初対面の相手でさえ、自らの舌に驚くほど合ったその味付けに感動を覚えるほどの技術であった。
 槍ヶ岳 将志、料理の神の異名は伊達ではない。

「調子はどうかしら?」

「……まあまあだ」

 将志は調理をしながら問いかけに答える。
 問いかけをした紫色のドレスの少女は、将志が料理をする光景を楽しそうに眺めていた。
 紫の目の前には、出来立ての料理が机の上にずらりと並んでいた。

「流石は料理の神様ね。食材を余すことなく、こんなに多彩な料理が作れるんですもの」

「……それ以前に訊きたいことがあるのだがな」

「あら、何かしら?」

「……俺は何故、突然拉致されて料理を作る羽目になっているのだ?」

 実は料理を作る前、将志はいつもの様に朝霧立ち込める境内で槍の鍛錬を行っていた。
 そこに紫が現われ、将志を掻っ攫って行ったのだ。
 そして気が付けばこの厨房にいたというわけである。
 ちなみに将志が暴れなかった理由は、単に女子供に無意味に手を上げないという信念を貫いただけに過ぎない。

「ちょっとした事件があって、ここの料理人が倒れているのよ。で、その代役でとっさに思い浮かんだのが貴方だったって訳」

 紫は将志に連れてきた理由を説明する。
 将志は料理人が倒れた理由は気になったが、対して重要ではないので捨て置いた。

「……成る程、それは分かった。それで、もう一つ質問なんだが……本当にこれは一人前か?」

 将志は目の前に置いた大量の料理を見てそう呟く。
 それに対して、紫は呆れ顔で答えを返した。

「……ええ、残念ながら」

「……もはや健啖家と言う言葉では足りんな……」

 将志と紫は二人揃ってため息をついた。
 そうやってため息をついていると、厨房に入ってくる人影があった。

「この匂いは……これはいったい!?」

 入ってきたのは銀髪の青年だった。
 腰には二振りの刀が挿されていて、その男の周りには何やら半透明の物体が取り巻いていた。

「あら妖忌、もう目が覚めたのかしら?」

「ええ、ご心配をかけて申し訳ございません、紫様。それで、この料理はいったい……」

 妖忌と呼ばれた青年はそう言うと厨房で鍋を振るう将志に眼を向ける。
 その将志を見た瞬間、妖忌は刀の鯉口を切った。
 鞘で加速された一太刀を、将志は布で巻かれた槍で受ける。

「……いきなり斬りかかるとはどういう了見だ?」

「……貴様が何者かは斬ってみれば分かることだ」

 鍔迫り合いの状態で、呆れ口調で将志が話しかければ、妖忌は剣呑な口調で言葉を返した。
 それに対して、将志はため息をついた。

「……紫、これなら俺は必要なかったのではないか?」

「そうでもないわよ? 恐らく今頃あの子は机の上で伸びてるでしょうから、耐え切れずにこっちに来る前に料理が出せるわよ。要するに、時間の問題ね」

 将志と紫の会話を聞いて、妖忌は眉をひそめた。

「紫様? 彼が何者かご存知で?」

「ええ。私が呼んだんだから、もちろん知ってるわよ。彼はとってもありがたい存在よ」

「ありがたい?」

「彼の名前は槍ヶ岳 将志。妖忌にしてみれば、建御守人って行ったほうが分かりやすいかしら?」

 紫がそういった瞬間、妖忌は凍りついた。

「あの、紫様? 建御守人って、あの建御守人様ですか?」

「そうよ。その建御守人様ご本人」

 段々顔が蒼褪めていく妖忌に、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべて紫は答えた。
 次の瞬間、妖忌は見事なジャンピング土下座をその場で決め込んだ。

「も、ももも、申し訳ございませんでした!! 貴方があの高名な方とは知らずご無礼を……」

「……何、気にすることは無い。家主に知らせずにここに居る以上、怪しまれるのは当然だ。それから先ほどの一太刀、悪くなかったぞ」

「は、はい!! ありがとうございます!! 申し遅れました、私は魂魄 妖忌と申します!! 貴方とお話できて光栄です!!」

 妖忌は将志の言葉に眼を輝かせて嬉しそうに言葉を返した。
 それを受けて、将志はどうしてそこまで嬉しそうなのかが分からずに首をかしげた。

「……紫、妖忌はいったいどうしたのだ?」

「ふふふ、将志は本当に自分のことには無頓着なのね。妖忌は貴方の熱烈な信者よ」

「……どういうことだ」

「妖忌はここの門番もしているわ。門番なら、守護神で戦神である貴方を信仰していてもおかしくは無いでしょう?」

「……そうか」

 将志はそういいながら器を取り出し、小さな鍋からおたまで雑炊を注ぐ。
 そして、妖忌の前に差し出した。

「……食すがいい。今は良くとも、先ほどまで倒れていたのだ。今日のところはゆっくり休み、万全の姿を見せて主を安心させるが良い」

「え、あ、ありがとうございます!! それでは早速……」

 妖忌は雑炊を受け取ると、一口一口を噛みしめるようにして味わいながら食べ始めた。
 雑炊を食べている妖忌は感激で死ぬのではないのかというほど幸せそうで、冗談抜きで半霊の部分が昇天しかかっていた。

「……さて、次はこれだな」

 将志はそういうと、また別の小さな鍋から料理を取り分ける。
 そして小さめの皿に上品に盛り付けると、紫の前に差し出した。
 白米に山菜の天ぷら、味噌汁に筑前煮など、色とりどりの料理が目の前に並んでいた。

「あら、私の分もあるのかしら?」

「……物のついでだ。どうせなら食して行け」

「どう考えてもついでっていう量じゃないわよ?」

「……まあ、気にするな。お前のために作ったのだから、無理にとは言わんが食してくれればありがたい」

 将志がそういうと、紫は嬉しそうに眼を細めて笑った。

「ふふっ、そういうことなら喜んでいただくわ」

「……そうしてくれ」

 紫はそういうとこれまた美味しそうに料理を食べ始めた。
 将志は自分の作った料理を食べて笑顔を浮かべる二人を見て、自らも笑みを浮かべる。

「……良い笑顔だ。それでこそ作った甲斐があるというもの……」

 そんな将志の背後に、ひたひたと迫る人影があった。
 その人影は幽鬼のように音も無く将志に迫っていく。

「……む?」

 将志は気配に気付いて後ろを振り向いた。
 するとそこに居たのは、自身の頭をつかんで今にも喰らいつかんとする少女の姿だった。



 ガブリ♪

 バタッ☆



 外部からの攻撃に対して極端なまでの虚弱体質である将志は、頭に齧り付かれて意識を手放した。








「幽々子、貴女料理よりも先に将志に噛み付くなんてどういうつもりだったのかしら?」

「だって、おなかが減ってたんですもの」

「そういう問題じゃないでしょうが……」

 将志が少ししてから眼を覚ますと、頭を抱えた紫と幸せそうな表情でお茶を飲む幽々子と呼ばれた少女の姿があった。
 机の上には空の大皿がいくつも置かれており、竈に置かれた鍋の中も空になっている。
 なお、妖忌は将志の雑炊のせいで未だに天国から返ってこれていない。

「……ぐっ……いつから俺自身が食材になったのだろうか?」

 将志は頭を擦ってそう言いながら起き上がる。

「おはよう、将志。少しは頑丈になったら?」

「……それが出来れば苦労はしない」

 笑顔の紫に将志はため息混じりにそう言う。
 それから将志は紫の隣に座っている少女に眼を向けた。

「……ところで、紫の隣に居るのは誰だ?」

「西行寺 幽々子よ。よくわかんないけど、亡霊をやってるわ」

「……む?」

 幽々子の自己紹介に、将志は首をかしげた。
 亡霊とは、強い未練を残して死んだものがなるものである。
 つまり、亡霊となったものは何故亡霊となったのかが明確にわかるのが普通である。
 よって、幽々子のように亡霊となった理由が分からないというのは通常ありえないのだった。

 将志は紫に眼を向ける。

「(後で教えてあげる)」

 紫は視線でそう伝えると、視線を切った。
 将志は一息つくと、幽々子に自己紹介した。

「……槍ヶ岳 将志。変わり者の槍妖怪だ」

「変わり者? どう違うのかしら?」

「……妖怪の首領と神の兼業をしている」

「ああ、確かに変わってるわね」

 将志の言葉にどこか気の抜けた返事を返す幽々子。

「……っ!?」

 突然、将志は強烈な殺気を感じてその場から飛びのいた。
 その将志がいたところを、紫色に光る蝶が飛んで行った。
 将志はその蝶に、得体の知れない危機感を感じた。

「あら、残念。新しいお手伝いさんが増えると思ったのに」

 幽々子は残念そうにそう呟いた。

「……幽々子、今将志は避けたけど、当たってもそう簡単には効かないわよ。と言うか、何してるのよ?」

 そんな幽々子に紫は抗議の視線を送る。

「だってこんな美味しい料理を食べるのは初めてだったんですもの。妖忌のご飯も悪くないけど、この料理には負けるわ。だから、毎日食べたいと思って」

「……そんなことで俺を殺そうとしたのか……」

 自分を殺そうとしたそのあまりに酷い理由に、将志は頭を抱えた。
 その横で、紫は呆れ顔でため息をつく。

「そんなことしたら多方面の神や妖怪達が黙っちゃ居ないわよ。第一、将志をめぐって神が戦争したことがあるくらいよ? 無理矢理手に入れようとしたら利益以上の災厄が降りかかるわ。将志が欲しければ自主的にくるのを狙うしかないわね」

「そう。それじゃ、貴方今日から私のものにならない?」

「……俺は二君には仕えん」

 幽々子の申し出を即座に一蹴する将志。
 その様子を見て、紫は首を横に振った。

「無駄よ、幽々子。将志の主人に対する忠誠心は妖忌以上、呪いに掛かっていると言っても不思議じゃないほど強いわよ。どう転んだって将志は首を横に振らないわ」

 紫はそう話しながら将志の下へ近づいていく。

「……もっとも、だからこそなおのこと貴方が欲しくなるのだけど」

 紫はそう言いながら、妖しげな笑みを浮かべて将志の顔を下から覗き込んだ。
 それに対して、将志はため息混じりに返答する。

「……俺の返答は分かっているだろう?」

「ええ、今はまだ貴方の協力は得られないでしょうね。でも私はいつか貴方に認めさせるし、あわよくば引き抜いてみせるわよ」

「……認めさせるは大いに結構、だが引き抜きは絶対に無いな。そもそも、いかな方法を用いたとしても主を裏切るような奴など欲しがりはしないだろう?」

「あら、それは方法によるわよ? 貴方が泣く泣く主を切らなければならない状況にしながら私に忠誠を誓わせられる方法があるのなら、私は迷わずそれを実行するわ」

「……俺は生きて主の側に居ることを望まれ、そしてそれを誓った。その誓い、何者にも曲げることなど出来ん」

「はあ……やっぱり貴方の主が羨ましいわ」

 二人がそうやって言い合っていると、笑い声が聞こえてきた。

「くすくす、紫がそんなに熱を上げるなんてよっぽど優秀なのね。それに、将志が大いにモテることもわかったわ。ご飯も美味しいし」

「……俺はそこまで優秀ではない。俺が本当に優秀なら、主を悲しませることも無かっただろう」

 眼を閉じて懺悔をするように将志はそう呟き、片付けを始めた。
 それを聞いて、紫は深々とため息をついた。

「二言目には主ね……妬けるわ、本当に」

「あら、欲しければ手に入れればいいじゃないの」

「え?」

 幽々子の一言に、紫は不意を突かれた様な顔をする。
 紫は将志のほうを見るが、将志は洗い物をしていて気が付いていないようだった。

「別に主従関係に囚われる必要はないじゃない。協力関係で良いのならば雇用者と従業員と言うのもありだし、本当に自分のものにしたければ夫婦なんていう選択肢もありよ? 将志にとっても主を捨てるわけじゃないし、案外上手くいくと思うのだけど」

 紫はそれを聞いて少し考え込んだ。

「……確かにそれなら悪くはなさそうね。将志が主に時間が割けなくなるとか言い出しそうだけど、そこはこちらからそれに対する対価を持ってくれば……」

「いっそ、既成事実でも作ってそれを盾に篭絡するとか?」

 幽々子がそういった瞬間、紫の顔から火が出た。

「なっ、何を言ってるのよ!! 大体将志もそういうのは苦手なのだから、そんな事言った時点で逃げられるわよ!!」

「あら、何で将志がそういうのが苦手ことを知っているの?」

「そ、それは将志のことは気に入っていたから、たまに寝顔覗いたり、色々観察したりしていたからよ」

 しどろもどろになりながら紫がそういうと、幽々子は少し引いた。
 ぶっちゃけ紫のやっていたことはストーカーなので、正常な反応と言えよう。

「……ちょっと、それってそこはかとなく危険な匂いがするわよ? と言うか、そんなに気に入っているなら今すぐにでも……」

「だから、私も将志もそういうのは苦手だって言ってるでしょう!!」

「……俺がどうかしたのか?」

 洗い物が終わって、将志が戻ってくる。
 近づいてくる将志の声を聞いて、紫は慌てて取り繕った。

「な、何でもないわ」

「そうね、何でもないわ。時に、既成事実を作って相手を落とす方法についてどう思うかしら?」

 幽々子がそういった瞬間、将志は首をかしげた。
 その横では、紫が顔を真っ赤にして俯いている。

「……すまないが、既成事実とはどういうことだ?」

「あら、分からないの? じゃあ、教えてあげるわ。既成事実って言うのは……」

 そういうと、幽々子は説明を始めた。
 説明をしていくうちに、将志の顔がどんどん赤く染まっていく。
 ついでに紫も耳まで赤く染まっていく。

「……もういい。どういうことかはもう分かった」

 途中で聞くに堪えなくなり、将志は眼を手で覆い幽々子から顔を背けながら説明を止めさせた。
 その様子を見て、幽々子は笑みを浮かべた。

「あらあら、本当にこういう話は苦手なのね。英雄色を好むと言う話はまやかしだったのかしら?」

「……他の連中がどうなのかは知らんが、少なくとも俺に関しては違う」

「そう。で、どう思う?」

「……それは、色香に負けた男が悪い。そういう目に遭いたくなければ、元より気をつけるべきだ。もっとも、そういう手段に出る女もどうかと思うがな」

 将志はため息をつきながら、疲れた表情でそう答えた。
 ふと将志が話題転換のネタを捜して横を見ると、妖忌が幸せそうな表情のまま呆けていた。

「……妖忌、いい加減に帰って来い」

「は、はい!!」

 将志が手の甲で軽く叩くと、妖忌はようやく現世へ戻ってきた。
 そんな彼に、将志は緑茶を淹れて差し出す。

「……茶は要るか?」

「あ、いただきます。すみません、お客様なのにこんなことさせてしまって……」

「……気にするな、俺が好きでやっていることだ。逆にこうしていないと俺が落ち着かん。だから気兼ねなく座っていろ」

 申し訳なさそうにしている妖忌に、将志はそう言って笑いかける。
 使用人根性の抜けない霊峰の頭領だった。
 妖忌は将志の淹れた緑茶を飲むと再び雲の上に旅立ちそうになったため、将志が頭を小突いて現世に引き戻す。

「う~ん、このお茶といい、さっきの料理といい、建御守人様の料理はすごいですね」

「……すまないが、俺のことは槍ヶ岳 将志と呼んでくれ。外でその呼び方をされると面倒なことになるのでな」

「あうっ、それは申し訳ございません……」

「……なに、知らなかったのだから気にする必要は無い。それはさておき、俺に料理を習いたくば料理教室を開いているから、それに顔を出すといい。少しは参考になるだろう。それから、武芸の修行をしたければ銀の霊峰を登って来い。その頂上に俺の社がある。時間があれば、俺が相手になろう」

「あ、はい!! 必ず行かせていただきます!!」

 嬉しそうに笑いながら妖忌は返事をした。
 将志はそれを聞いて頷くと、背中に背負った槍の布を解いた。

「……ところで、一つ相手をしてみないか? お前の剣筋を少し見てみたいのだが?」

「え、将志様が相手していただけるんですか!?」

「……ああ。剣のことは大して分からんが、体捌きや足の運び、戦いの姿勢などについては何か気付けるかも知れん。……どうだ?」

「はい!! 宜しくお願いします!!」

「その前に、少し話があるのだけど良いかしら、将志?」

 将志と頭を下げている妖忌の間に、紫が割り込んでくる。
 将志は紫のほうを見た。

「……む、何だ?」

「とりあえずここじゃ出来ない話だから、少し庭に出ましょう?」

「……? ああ」

 将志は首をかしげながらも紫の後についていく。
 すると、大きな桜の木が植えてある庭に出てきた。
 桜に花は付いておらず、どこか物悲しい雰囲気を醸し出していた。

「……これは?」

「西行妖。この下に幽々子の死体が封印されているわ」

「……何故だ?」

「生前、幽々子は『人を死に誘う程度の能力』を持っていたわ。その能力はどんどん強くなって周囲の生物を人妖関係なく次々と死に誘っていった。それに苦しんだ幽々子は、耐え切れずに自刃したわ」

「……死してなお封印せざるを得なかった理由は何だ?」

「仮に幽々子が転生したとして、同じ能力を持っている可能性が高いのよ。だから、あえて死体を封印し亡霊として存在し続けるように仕向けたのよ」

「……そんなことをしては、閻魔が黙っていないのではないか?」

「そのあたりは大丈夫よ。閻魔にはちゃんと話は通してあるし、許可も貰ってるわ。幽々子には冥界を管理してもらうことになっているわ」

「……妖忌が気絶していたのはどういうことだ?」

「幽々子には生前の記憶が無いのよ。それを疑問に思った妖忌に理由を話したら、その場で気絶したってわけ。だから、もしかしたら将来幽々子はこの下にある存在を甦らせようとするかもしれないわ」

 紫がそこまで話し終えると、将志は額を手で押さえながらため息をついた。

「……成る程な。つまり最初からこれが本題で、俺に定期的にここを見回るようにさせるのが目的だったわけだな?」

 将志がそういうと、紫は楽しそうに笑った。

「大正解。……駄目かしら?」

「……いや、生まれ変わるたびに周囲に死を振り撒かれては大事だ。これに関しては例外的に認めよう。現状で安定しているのならそれを維持するに越したことはないからな」

 将志は目の前の事の重大さに、紫の申し出を承諾した。
 そして言い終わると紫の方へ向き直った。

「……それにしても、いつの間にやら閻魔に話が通せるほどに成長したな、お前は」

「初めて会ったあのときから300年は経ったかしら? それは成長するわよ」

「……くくっ、それもそうだ。……俺がお前に協力する日も、そう遠くないかも知れんな」

 将志は紫の成長を実感し、嬉しそうに笑った。
 それを見て、紫も笑い返す。

「ふふっ、貴方にそう言われると嬉しいわね。あと少しで貴方と肩を並べられると思うと感慨も一入よ」

「……期待しているぞ。俺はいつでも楽しみに待っている」

 将志はそう言うと、妖忌を呼びに中へ入っていった。
 紫はそんな将志の背中を黙って見送る。

「あと少しね……何をしようかしら?」

 紫は今後やるべきことを考えながら、将志に続いて屋敷の中に入っていった。




「……これはいったいどういうことだ?」

 将志が屋敷の中に戻ると、妖忌が食事の用意をしていた。
 その横では、箸と茶碗を持った幽々子が虚ろな眼でその様子を眺めていた。

「……妖忌。何事だ?」

「それがですね……幽々子様は先程の料理の味が忘れられなくて、思い出すたびにお腹が減っていったらしいんです……おかげで今はもう空腹みたいです……」

「……いったいどういう胃袋を持っているというのだ……?」

 妖忌の説明に、将志は頭を抱えた。
 そして将志は黙って包丁を握った。

「将志様?」

「……手伝おう。一人では辛かろう?」

「……はい、お願いします……」

 将志の申し出に答える妖忌の背中は煤けていた。
 その後、料理を食した幽々子は再び将志の料理の味を思い出し空腹になり、将志が料理を作ると悪循環になることが発覚した。
 料理を作らなくなった将志を、幽々子は恨めしげに眺めていたと言う。



[29218] 銀の槍、妖怪退治に行く
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/10/12 00:06
「……この程度で俺に勝とうなど100年は早い」

「ちくしょー!! 覚えてろ!!」

 近くの野原で妹紅を返り討ちにした将志は、仕事を請けるべく仕立て屋に向かう。
 すると、そこには何やら多くの人が集まっていた。
 その人影は、都の役人の格好をしていた。

「……何事だ?」

 将志は怪訝に思いながらも店主に話を聞くために店の中に入ろうとする。
 すると役人の一人が将志に声をかけた。

「そこなもの、すまないが槍次と言う人物に心当たりは無いか?」

 槍次とは将志が現在名乗っている偽名である。
 それを聞いて、将志は首をかしげた。

「……その人物に何の用だ?」

「実はな、上皇様に仕えていた女官、玉藻前が白面金毛九尾の狐で上皇様の病の原因であったことが分かり、この度討伐軍を結成する運びとなった。それに槍次殿にも参加するようにと言う辞令が出ているのだ」

 将志は首を横に振った。

「……槍次とは俺のことだが、何故俺が借り出されることになっているのかが分からないのだが?」

「何を申すか。槍次と言えばあの神懸りの槍兵、槍ヶ岳 将志の再来とも言われる腕利きの兵と町中で噂されているのだぞ。その話は宮中にも届いている。今までは得体が知れなかったゆえに声が掛からなかったが、此度は相手が相手だ。汝にも参加してもらうぞ」

 それを聞いて将志はため息をつく。
 何故なら、この妖怪退治は普段のものとは訳が違うからだ。

 普段、将志はどんなに危険な相手であろうと妖怪退治の依頼は単独で受けることにしている。
 何故なら、将志は依頼された妖怪退治の仕事はその全てを討伐しているわけではないからである。
 何故討伐の依頼をされるに至ったか、何故そのような行動を取ったのかを詳しく調べて妖怪当人と話し合い、交渉が成功すればそれに乗っ取った行動を取り、気がふれていたり決裂した場合のみ退治するというスタンスを取ってきたのだ。

 しかし、今回はそうではない。
 討伐軍という大勢の他者が居る中で働かなければならないのだ。
 これでは交渉など出来はしない。

 将志には話を聞く限りでは、玉藻前が何故上皇を病に煩わさせたのかが分からない。
 更に女官として仕えていたと言う事実から、気がふれているとも考えられない。
 将志がどう考えようとも、単独で交渉したほうが上手くいきそうな相手なのだ。

 だが、それももう遅い。
 既に軍が編成されてしまっている以上、将志はそれに従うしかない。
 単独先行などしてしまえば、今度は自分に周囲の目が向き、自らの周囲にまで手が回ってしまう恐れがある。
 主の身の安全を一番に案じる身として、それだけは避けなければならないのだ。

「……良いだろう、その依頼引き受けよう。ただし、条件がある。俺は今回、殿にしか付かない。それでも良いなら引き受けるとしよう」

 将志は額に手を当てながらそう答える。
 すると、役人は眼を見開いて驚いた。
 それも当然、殿とは軍が崩れて敗走するときに勢いのある相手の攻撃を抑えるという、もっとも危険な役割なのだから。

「良いのか? 相手は白面金毛九尾の狐、押しも押されぬ大妖怪なのだぞ?」

「……なに、俺も仕事柄妖怪退治をこなしている。そのような強者ならば、命を懸けるには相応しい相手だとは思わないか?」

 将志はニヤリと笑いながら役人を見やった。
 役人はその将志の瞳を見て、思わず後ずさった。

「……ま、まあ良い。そういうことだ、汝にはこれから宮中に来てもらう。付いて来い」

「……ああ。では主人、行って来る」

「ああ。せいぜい稼いで来い」

 将志は店主と軽く挨拶を交わすと、役人の後について行くことにした。



 将志は宮中にて司令官から作戦の説明を受けた。
 幾ら名が知られているとはいえ、将志はここでは一兵卒に過ぎないので話を聞くだけである。
 司令官の話を聞きながら周りを見回すと、そのほとんどが武装した武官達だった。

「(……無謀な)」

 将志は内心でそう呟いた。
 何故なら、相手は妖術を使ってくると言うのに、揃えている駒はほとんどが何の対策も取られていない武官であるからだ。
 これでは、妖術で惑わされて同士討ちになるのが眼に見えているのだった。

「(……どうすることも出来ないか……)」

 もちろん、将志が守護神としての力を発揮すれば妖術を防ぐことが出来る。
 しかし神と妖怪を平等に扱わなければならない立場である将志には、当人達が持つ信仰に応じた力しか振り分けることが出来ない。
 よって、将志はあくまで人間の一兵卒としてこの戦に参加しなければならないのだ。
 将志は憮然とした表情で作戦の概要を聞く。
 話が終わると、司令官の号令と共に周囲の武官が鬨の声を上げた。
 将志はただその様子を冷ややかな視線で眺めるのだった。




 場所は移って那須野の平原。
 そこでは、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていた。
 将志の懸念どおり、狐の妖術によって惑わされた武官たちが同士討ちを引き起こし、軍は総崩れになったのだ。

「このままでは持たん、撤退するぞ!!」

「ひぃぃぃぃ!! おいて行かないでくれ!!」

「ぎゃあああああ!!!」

 悲鳴と怒号がそこらじゅうに響き渡る。

「……頃合か」

 そんな中、将志は動き出すことにした。
 逃げ惑う兵士達の中を掻い潜り、まっすぐに九尾の狐の下へ向かっていく。

「おおおおおおおお!!」

「……ふっ!!」

「ぐっ……」

 襲い掛かってくる操られた兵を将志は手にした槍の一突きで沈める。
 九尾の狐に近づくにつれその数は増えていき、将志はそれらを全て倒していく。
 最後には、戦場に立っているのは将志だけとなった。

「……すまない」

 将志は眼を閉じ、自らが手にかけた兵士達の冥福を祈る。
 ふと、将志は近づいてくる気配を感じて顔を上げる。
 やがて、目の前に青白い狐火が見えてきた。
 その中心には、美しい黄金色の体毛の九尾の狐が立っていた。

「……しぶとい奴だな。さっさと滅びるが良い!!」

 九尾の狐は現われるなり将志に妖術を放つ。
 将志はそれを躱し、九尾の狐に近づいていく。

「……戦いの意志は無い。俺はお前と話をしにきた」

 将志は槍を下ろしたまま近づいていく。

「そんな戯言を信じると思うか!!」

 しかし、九尾の狐は構わずに妖術を放ってくる。
 将志はそれを避けながら、ため息をついた。

「……そうか。ならばこれでどうだ?」

 将志は手にした漆塗りの柄の槍を地面に突き刺した。
 そして手ぶらのまま再び歩き出した。
 そのあまりに異様な行動に、九尾の狐は酷く驚いた。

「く、来るな!!」

 九尾の狐は後ずさりしながら妖術を放つ。
 青白い狐火が将志を取り囲み、一斉に襲い掛かる。

「……どうした、そんなにおびえることは無いだろう? 俺は話がしたいだけなのだが……」

 将志はその間をすり抜けながら更に近づいていく。
 その様子に九尾の狐は恐怖した。
 自らが大妖怪であるという自覚はある。
 しかし目の前の得体の知れない存在はそんな自分におびえることなく、しかも自分の攻撃をもろともせず近づいてくるのである。
 目の前の光景が信じられず、九尾の狐は恐慌状態に陥った。

「くっ、来るな来るな来るな!!」

 九尾の狐はがむしゃらに妖術を放ちながら後ずさっていく。
 しかし将志はその妖術を次々に避けていき、どんどん近づいてくる。

「……っ!? しまった!?」

 気がつけば、九尾の狐は平原の傍にある森にまで下がっていた。
 そして、背後には柿の木が立っていた。
 退路が無くなった九尾の狐に、将志はどんどん迫っていった。

「……くっ!!」

 九尾の狐は思わず眼を瞑った。
 目頭には涙が浮かび、歯は強く食いしばられていた。
 しかし、自らの最期を覚悟していた九尾の狐を待っていたのは優しい抱擁だった。

「なっ!?」

「……怖がることは無い。先程も言ったが、俺はお前と話がしたいだけだ」

 将志は怖がる狐に優しく声をかけ、なだめる様に背中を撫でた。
 強張っていた体から、どんどん力が抜けていく。
 気がつけば、九尾の狐は将志に身を委ねていた。
 しばらくして、相手が落ち着いたことを確認して将志は身体を離した。

「……落ち着いたか? これで、こちらに敵意が無いことを信じてもらいたいのだが……」

 将志がそういうと、九尾の狐は一つ頷く。
 そして、狐の状態から美しい女性の姿へと形を変えていった。

「……ああ。敵意が無いのは認める。戦いで武器も持たずに敵に抱きつくような馬鹿はいないだろうからな」

 女性は毒気を抜かれた表情で将志に答えた。
 それに対して、将志は一つ頷いた。

「……助かる。名は玉藻前で合っているか?」

「ああ。確かに私が玉藻前だ。お前は何と言う名前だ?」

 玉藻前に尋ねられて、将志は少し考えた。

「……俺の名前は槍次と言う。これから話を聞きたいのだが、いいだろうか?」

 将志はあえて本名を名乗らなかった。
 何故なら玉藻前が将志のことを知っていた場合、萎縮してしまう恐れがあったからだ。

「……話とは、何だ?」

「……お前が何をしたのかを大体は聞いた。だが、俺にはどうにも腑に落ちない部分が多すぎる。それについて、話が聞きたい。……何を思ってそんなことをしたのか、聞かせてもらえるか?」

 将志がそう問うと、玉藻前は俯いた。

「話せば長くなるが、良いか?」

「……構わん。その代わり、全てを聞かせて欲しい」

 将志は玉藻前の眼を正面から見据えてそう言った。
 すると、玉藻前は静かに話し始めた。

「……私は妖狐として生まれ育った。日々を生きるために力を付け、周囲を蹴散らし、ただがむしゃらに生きていた。馴れ合いなど存在しない、弱肉強食の世界だった……だが、人間の姿に化けられるようになって、それも変わった。皆が私に優しくしてくれたのだ」

 そこまで話すと、玉藻前の頬が緩んだ。

「ただひたすらに嬉しかった……私が笑えば周りも笑った。みんなが私を笑わせたくて色々してくれた。時の王すら私を笑わせようと必死になった。私はそれが嬉しくて仕方なかったし、楽しかった」

 当時を懐かしむように話す玉藻前。
 しかし、その瞳の奥には隠しきれない悲しみがあった。

「……でも、上手く行かなかった。私の妖気に狂った王は暴政を布き、国を滅ぼした。そして私が妖狐であることが明るみに出て、私は追われることになった。……あの時は悲しかった……一夜にしてすべてが崩れ去ってしまったのだからな……そのとき、私はもう人間には関わらないと誓った」

 そう話す玉藻前の表情は泣きそうな表情であった。
 その表情が、当時の強い悲しみを想起させた。

「……だが、それも無理だった。一度人の温かみを知った私には、再び孤独に戻るのが耐えられなかった。だから、私は二度と失敗しないようにあらゆる手を尽くした。あらゆる学問を習得し、社会を学び、妖気の扱いも散々に練習した……」

 一つ二つと頬に涙の筋が走る。
 そして次の瞬間、玉藻前は感情を爆発させた。

「それでも駄目だった!! どんなに努力をしても私は妖怪でしかなかった!! 私を愛してくれた人は妖気のせいで病に伏せ、私はまた妖怪として追い出された!! 何で!? 何で私はいつも上手く行かないんだ!?」

 泣きじゃくりながら玉藻前はそう叫んだ。
 将志はその悲痛な叫びをただ黙って聞き入れると、ポツリとこぼした。

「……愛を知り、愛を求め、愛に溺れた末の結末か……」

 将志は玉藻前の肩に優しく手を置いた。

「……俺にはお前の気持ちが分かるとは言えん。ただはっきりわかるのは、お前は何も悪くないということだけだ。後はただ慰めることしか出来ん。許せ」

「ぐすっ……今の話、信じるつもりか?」

 その言葉に玉藻前は鼻をすすりながら将志に問いかける。
 将志は、玉藻前の涙を指で拭った。

「……確かに、話の捏造など幾らでも出来るし、上手い者ならそのような演技も出来るだろう……だが、嘘を吐くにしてはお前の眼は綺麗過ぎる。だから、他の誰が信じなくとも俺はお前を信じる」

 将志は玉藻前の眼を見て力強く断言した。

「うっ、うぐっ、うわああああああああ!!」

 玉藻前はその場で泣き崩れた。
 それを見て、将志は何も語らずにそっと肩を抱きしめる。
 すると玉藻前は将志の小豆色の胴着の裾を掴んで泣きついた。

「……っ!?」

 玉藻前が泣きついてしばらく経った頃、突如として将志がその場に崩れ落ちた。

「……え?」

 突然の出来事に、玉藻前は呆然とした面持ちで目の前に倒れた将志を眺めた。
 よく見ると将志の頭にはコブが出来ており、足元にはまだ青い柿が転がっていた。

「…………」

 玉藻前は倒れた将志を前に思わず考えた。
 まさか頭に柿が当たった程度で気絶した、いやあれほどの猛者がそんなことで倒れるはずが無い。
 頭の中で思考がぐるぐると回転を始める。
 そしてしばらく考えた結果、

「……んしょっ」

 とりあえず持って帰ることにした。
 


  *  *  *  *  *



「んしょっ……」

 肩に担いだ槍次と名乗った男を自分がねぐらにしている小屋の寝台に寝かせる。
 槍次は完全に気を失っていて、当分起きる気配が無い。
 私は槍次の槍と背負っていた赤い布に巻かれた長物を壁に立てかけ、槍次の看病をすることにした。

「…………」

 槍次は静かに眠り続けている。
 よく見てみれば、妙に達観したその言動に対してその精悍な顔付きは非常に若々しく、異常なまでに整っている。
 眼は閉じられているが、その黒水晶のような瞳はどこまでも澄み切っていて、力強い光を放っていた。
 銀色の髪は落ち着いた色をしていて、触ってみると心地の良い肌触りがする。
 私は槍次の髪から指を滑らせ、頬を伝わせ、唇をなぞった。
 思い出されるのは先程この口から発せられた言葉。

「他の誰が信じまいが俺はお前を信じる、か……」

 恐らくこの言葉に偽りは無いだろう。
 だって、あんなにまっすぐな澄み切った眼で私を見ていたのだ。
 何故槍次がそんな眼を出来るのかはわからないが、とにかくそんな奴が嘘を吐くとは思えない。
 嘘を吐いたのは恐らく自己紹介の名前くらいだろう。

「……ふふっ」

 私は緩んでしまう頬を抑えきれなかった。
 何しろ、槍次は誰が相手であろうと私の味方になると言ってくれたのだ。
 それも、私が妖怪であると言うことを知っているにもかかわらずである。
 今まで妖怪だと知れるたびに全てを失ってきた私にとって、これほど嬉しいことは無い。
 槍次が何者なのかは分からないが、そんなことは些細なことだ。

「よっと」

 私は槍次の眠っている布団にもぐりこむことにした。
 布団には槍次の体の熱が伝わっていて、暖かい。
 私はその暖かさの中で、先程の抱擁を思い出した。
 槍次の抱擁はぶっきらぼうな口調に反してとても優しく、思わずしがみ付いてしまった。
 今思うと気恥ずかしいが、それでも思い出すだけで胸の奥が暖かくなるのを感じた。
 
「……失礼するぞ……」

 私は槍次の服を肌蹴させ素肌をさらし、その胸に耳を当てた。
 頬に槍次の体温が直接伝わり、鼓動が聞こえてくる。
 それはとても心地よく、穏やかな気持ちにさせてくれる。
 その状態のまま槍次の顔を見ると、穏やかな表情で眠っていた。
 それを見て、私の胸中に何かこみ上げてくるものがあった。

 ――愛おしい。

 今まで何度も感じてきたもの、間違えるはずが無い。
 この気持ちはそういうものだ。
 だが、居ても立ってもいられなくなるほどまでに強いのは初めてだ。
 何故かなど知らないし、知る必要もない。
 今度こそ上手くやってみせる。
 さあ、そのために今は休もう。
 疲れた頭では考えもまとまらないだろうからな。

 私は槍次の頬をそっと撫で、彼の体温と鼓動を感じながら眠りに就いた。


  *  *  *  *  *


 将志が眼を覚ますと、そこにあったのは知らない天井だった。
 自分の身体には布団が掛けられており、どうやら気絶していたらしいことが分かった。
 更に、胸の上に何やら重みを感じる。

「……すぅ……」

 首を起こして見てみると、そこには安らかな寝顔の玉藻前が居た。
 いつの間にか胴着は肌蹴られており、心臓の辺りに耳が置かれている状態であった。
 更に九本の尻尾が将志に巻きついていて、動くに動けない状態だった。

「…………」

 将志は何も言わずに再び横になる。
 抱きつかれるのは慣れているので、将志は特にそれに関して思うことは無い。 

「……ふっ……」

 ため息をつく将志の胸中は複雑だった。
 人の温かみを知り、それを失う。
 その境遇が、己が主の境遇とどうにも被って見えるのだ。
 だとすれば、主の悲しみは如何ほどだったのか?

「(……いや、それよりも玉藻前をどうするかだ)」

 将志は思考を切り替え、今後のことを考えることにした。
 玉藻前はもう人間の社会に戻ることは出来ない。
 受け入れるとするならば妖怪の社会になるのだろうが、そこにも懸念事項がある。
 何故なら、銀の霊峰や妖怪の山では玉藻前を受け入れることが出来ないと将志は考えているからだ。
 銀の霊峰では、参拝客に見つかった際に討伐軍が送られることになる可能性がある。
 そうなってしまうと、芋づる式に霊峰の他の妖怪達まで討伐されてしまう可能性があるのだ。
 妖怪の山の場合、既に高度な社会体制が組み上がっていることが最大の難点となる。
 力の弱い妖怪ならば何事も無く紛れ込むことも出来るが、それを行うには玉藻前の力は強すぎるのだ。

「……どうしたものか……」

 将志は思わずそう呟いた。
 すると、胸元で眠っていた玉藻前がもぞもぞと動き眼を覚ました。

「ん……おはよう、槍次」

「……気分はど、んっ!?」

 将志が玉藻前に今の気分を尋ねようとすると、いきなり口を塞がれた。
 玉藻前の腕は将志の首に回されており、口を塞いでいるのは柔らかい唇である。
 突然の行為に将志が硬直していると、玉藻前は将志の唇をチロチロと舐め始める。
 その段階に至って、将志は何とか冷静さを取り戻して玉藻前を唇から引き剥がした。

「ふふっ、少し乱暴すぎたかな?」

「……何のつもりだ?」

 将志の上で楽しそうに笑う玉藻前に、少し頬を赤く染めた将志はそう問いかけた。

「なに、ちょっとした愛情表現だ。しかしこの程度で赤くなるとは、意外と初心なんだな、槍次は」

「……そんなことはどうでもいいだろう」

 からかうような玉藻前の言葉に、将志は拗ねた表情で顔を背けながら答える。
 そんな将志の頬を玉藻前は愛おしそうに撫でる。

「……こうしてみると結構可愛いな、槍次は」

「……それよりも、先に話し合うことがあるだろう? お前はこれからどうしたいのだ?」

「叶うのならば、私は槍次と共に居たい」

 将志の目をまっすぐに見据えて玉藻前はそう言った。
 それを聞いて、将志は首を横に振った。

「……すまないが、それには応えられん。こちらとしても事情があるのでな。その代わり、お前が落ち着くまでは俺が支援するとしよう」

「そうか……そういうことなら仕方がない。それで、他に私の行く先に当てはあるのか?」

「……あると言えばあるが……ん?」

 将志が答えようとすると、突如として小屋の中に新たな気配を感じた。
 しばらくして、何もない空間が裂けて中から紫を基調としたドレスを着た女性が出てきた。

「やっほ、将志。調子はど……う……?」

 紫は将志に声をかけようとして固まる。
 その視線の先には布団の中で横になっている将志がいる。
 ただしその着衣は乱れている上に、将志の上には見知らぬ女が乗っているのだ。
 その結果、紫の頭の中ではよからぬ妄想が繰り広げられることになった。

「……紫?」

 硬直している紫に、将志は声をかける。
 すると、見る見るうちに紫の顔は茹で上がっていった。

「ご、ごごごごゆっくりどうぞ!!」

「あ、待て!! それは誤解だ!!」

 紫はそういいながら大慌てでスキマの中に引っ込んでいく。
 将志は紫が何を考えたのかを察して引きとめようとするが、間に合わない。
 その様子を見て、玉藻前はくすくすと笑った。

「そうか、お前の本当の名前は将志と言うんだな。いい名前だ」

「……気が付いていたのか?」

「ああ。将志は自分の名前を言うときだけ私から眼を逸らしたからな。偽名ではないかとは思っていたよ」

 本名を聞けて嬉しそうに笑う玉藻前。
 それを見て、将志はため息をついた。

「……まあいい、改めて名乗ろう。俺の名は槍ヶ岳 将志。変わり者の槍妖怪だ」

「妖怪? 妖怪が私を助けたのか?」

「……ああ。妖怪も孤高の存在ではない。妖怪の中でも、人間のような社会を小規模ながら作るものが居る。俺はその一つに所属している」

 実は、妖怪の山や銀の霊峰のようなコミュニティを持つ妖怪はそう多くはない。
 むしろ、自分勝手に行動する者の方が圧倒的大多数を占めるといっても過言ではない。
 玉藻前がその存在を知らなくても不思議ではないのだ。

「……そうか。つまり私をその妖怪の社会に迎え入れると言うわけだな?」

「……そういうことになるな」

「なるほど。ところで、今さっきの女は誰だ? 人間ではなさそうだし、将志のことを知っている様だったが……」

「……俺の知り合いの一人で、今回のお前の受け入れ先の当てだ」

 玉藻前の質問に、将志は深々とため息を吐きながら答えを返した。
 将志の頭の中ではどうやって誤解を解くべきかと言うことを考えていたが、そこでとあることに気がつく。

「……ところで、いつまで俺の上に乗っているつもりだ?」

「……もう少しだけこうさせて欲しい」

 将志の問いに玉藻前はそう言って答えた。
 腕は首に回され、九尾は将志の身体を包み込むように巻きつく。
 その後もう少し、もう少しと延長され、結局一刻ほどその状態が続いた。




 しばらくして再び紫が現われたので、将志は事情を説明した。
 紫は話を聞くと、しばらく考えて結論を出した。

「なるほどねえ……確かに私のところが一番無難ね。貴方のところは少し人間に知られすぎているもの」

「……頼めるか?」

「ええ、良いわよ。もうそろそろ人手が欲しくなってきたことだしね。……ところで一ついいかしら?」

「……何だ?」

「……その子は何で将志にくっついているのかしら?」

「……む?」

 紫の視線の先には、将志の腕に抱きつき尻尾まで巻きつけてべったりとくっついている玉藻前の姿があった。
 それはもう二度と放すかと言わんばかりのくっつきぶりだった。

「……誰かに抱きついていたほうが安心するのではないのか?」

「……そうね、そういえば貴方はそういう人だったわね」

 将志の返答にがっくりと脱力する紫。
 色の話は苦手なのに、周囲のせいで妙な免疫のついている将志であった。

「……とにかく、玉藻前を受け入れると言うことで良いのだな?」

「ええ、その子がよければの話だけれどね」

 その返答を聞いて、将志は玉藻前の方を向いた。

「……だそうだ。後はお前次第だ。俺も紫もしばらくはここに居る。紫とも話をして、ゆっくり考えるが良い」

 将志はそういうと玉藻前から離れ、赤い布に包まれた銀の槍を手にとって小屋の外に出た。





 いつもどおりの鍛錬を終えて小屋の中に戻ると、どうやら話はまとまったらしく、紫と玉藻前は雑談に興じていた。
 将志は銀の槍に赤い布を巻き、背中に背負う。

「……話はまとまったのか?」

「ええ、まとまったわよ。だから今は女誑しについての話をしていたのよ」

「……む?」

 若干ジト眼混じりの紫の視線に、将志は首をかしげた。
 この男、自分に対する婉曲表現というものが全く通用しない。

「……それで、どのような話にまとまったのだ?」

「この子を、藍を私の式にしてうちに住まわせることになったわよ。うちなら人間の目にはつかないし、安心して暮らすことが出来るわ」

「そういうわけで、紫様から名前を賜ったので改めて自己紹介をさせてもらおう。玉藻前改め、八雲 藍だ。よろしく頼むぞ、将志」

「……ああ」

 藍の自己紹介を聞いて、将志は頷いた。

「……それで、式にするとはどういうことだ?」

「それについては私の要望だ」

 将志が紫に質問を続けると、藍から声が上がった。
 将志はそちらのほうを向いた。

「……何故だ?」

「何も式になると言うことは悪いことばかりじゃない。情報の共有が出来るし、遠く離れていてもすぐに連絡が取れるからな」

「……なるほど、本人が納得しているのなら俺から何も言うことはない」

 将志はそういうと、壁に立てかけてあった漆塗りの柄の槍を手に取った。

「もう行ってしまうのか?」

「……ああ。少しばかり時間を掛け過ぎた。帰ってやることが山ほどあるのでな」

 名残を惜しむ藍に、将志はそう言葉を返した。
 そして外に出ようとすると、再び藍から声が掛かる。

「将志!! 帰ったら、お前のご主人様に宜しく言っておいてくれ!!」

「……? ああ、伝えておこう」

 将志はどこか不敵な笑みを浮かべる藍に首をかしげながら、小屋を後にした。



[29218] 銀の槍、手助けをする
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/10/14 13:20
 ある日、朝霧が立ち込める境内の石畳の上で将志がいつものように銀の槍を振るっていると、目の前の空間が裂けた。

「将志、ちょっといいかしら?」

 その中から顔を出した紫に、将志は槍を振るう手を止めて眼を向けた。

「……何事だ?」

「少し相談したいことがあるのよ。出来ることなら、霊峰の妖怪を全部集めて欲しいわ」

 紫のその言葉に、将志は首をかしげた。

「……その前に、まずは用件を聞こうか。流石に全ての妖怪に集合をかけるとなるとそう簡単にはいかんのでな」

「ええ、分かったわ。それじゃ、単刀直入に言うわよ。将志、私は月に行ってみようと思うのよ」

「……月だと? 月に行って何をするつもりだ?」

「月について調べてみたら、月には大昔に地球を離れた人間達が暮らしているという噂を聞きつけたのよ。その人間達がどういうものか調べてみようと思うのよ」

 その言葉を聞いて、将志は眼を閉じて昔を思い出した。
 高度な文明を誇っていた人類、町で出会った人々、そして月への脱出。
 生きていた時間の中ではほんの僅かの時間であったが、自らを形成した大切な時間であった。

「……月に居る人間は、かつて地上の穢れを嫌って自らの力で昇っていった者達だ。今の地上の人間などとは比べ物にならないほど発達した文明を誇り、かつてはその全てが妖怪を打倒せしめる力があるほどに強かった者達だ。……それでも行くと言うのか、紫?」

「ずいぶん詳しいわね」

「……それはそうだ。その当時、俺はその人間達と共に生きていたのだからな……もう気の遠くなるような昔の話だ」

 どこか遠い目をしてそう話す将志に、紫は唖然とした表情を浮かべた。

「え、なにそれ怖い。将志、貴方何歳なの?」

「……六花に聞いてみたところ、2億は超えているようだが……」

 あごに手を当てて、思い出すようにして将志は答えた。
 それを聞いて、紫は額に手を当ててため息をついた。

「……道理で私を子ども扱いするわけね。今ここに居る誰よりも年上じゃない」

「……いや、一番年上は愛梨だな」

「なにそれこわい」

 更なる年上が居ると聞いて絶句する紫であった。

「……それはともかく、本当に月に行くつもりか?」

「ええ。将志の言うことが本当ならば、今後脅威となりえるのかどうか確かめに行かなければならないわ。そのためにも、私は月に行ってみようと思うわ」

「……なるほど、決心は固いわけだな。それで、俺に話を持ちかけたと言うことは、俺達にそれに同行しろと言いたいわけだな?」

 力なく首を振る将志に、紫は頷いた。

「その通りよ。危険なのは分かっているけど、外からの脅威があるとなればそれに備えなければならないわ。万全を期すためにも、貴方にはついてきてもらいたいのだけれど」

 そう言ったのを聞いて、将志は額に手を当てて考え込んだ。
 紫はそんな将志の顔を覗き込んだ。

「……駄目かしら?」

「……うちの連中を連れて行ったところで、数が少なすぎる上、月の連中の攻撃に耐え切れるとは思えん。だが、お前をみすみす死なせるわけにはいかん。うちの連中全ては無理だが、俺一人だけはついていこう」

 紫の問いに、将志は重々しい口調で答えを返す。
 その表情から、本当はそのようなことはしたくないと言う本音が僅かながら見て取れる。

「他の妖怪達はやっぱり駄目かしら?」

「……ここの妖怪達は俺を慕って集まった者達だ。俺が号令を掛ければ即座に集まるだろう……俺はそんな奴らをみすみす死線に送りたくはない。はっきり言ってしまえば、お前が月に行くことすら反対なのだ。それだけは覚えておけ」

 将志はそういうと、紫から視線を切り再び鍛錬に戻った。




 後日、将志は紫に呼び出されて湖畔に向かった。
 空には真円を描く蒼い月が浮かんでおり、湖はその姿を鮮明に映し出していた。

「……よくもまあこんなに集まったものだな……」

 将志は湖畔に集まった妖怪の数を見て思わずそう声を漏らした。
 そこには数え切れないほどの妖怪がひしめき合っていた。
 その眼はどれもギラギラと光っており、すぐにでも暴れだしそうな状態だった。

「……天狗や鬼達は来ていない様だな……」

 将志はそう言って安堵のため息をついた。
 将志の記憶の中では、かつての妖怪の強さや奮戦する人間達の姿が蘇っていた。
 記憶の中の人間達は、近づかれるまでの間妖怪達を圧倒していたのだ。
 妖怪達も、そんな人間達に対抗するかのようにどんどん強くなっていた。
 ……今の妖怪達に、当時のような強さがあるとは思えなかった。

「……浮かない顔をしているな、将志?」

 将志が物思いにふけっていると、近づいてくる人影があった。
 その声に、将志はゆっくりと振り向いた。

「……藍か。この妖怪達は紫が集めたのか?」

「ああ。いろいろなところに声をかけて回ったからな。行きたくとも来られなかった妖怪を含めればもっと多かったことだろう。もっとも、妖怪の山と銀の霊峰には振られたみたいだがな」

 藍はそう言いながら将志の横に寄り添うようにして立つ。
 将志は藍の言葉を聞いて首を横に振った。

「……仕方があるまい。妖怪の山はこのような事態にすぐ動けるような組織ではないし、銀の霊峰の妖怪は月の人間の強さを教えられている。正直、ここに居る面子が全滅したとしても不思議ではないのだがな」

「それでもお前は来てくれるんだな、銀の霊峰の首領さん?」

 藍はそう言いながら将志に笑いかける。

「……紫やお前に死なれると目覚めが悪い。それだけのことだ」

 将志はそう言いながら藍から眼を逸らす。
 その言葉を聞いて、藍は途端に不安そうな表情を浮かべる。

「……その言葉、そっくりそのままお返しするよ。頼むから、死ぬな」

「……くくっ、俺には主との誓いがある。そう簡単にくたばるつもりはない。安心しろ、俺はお前達を守り通して生き延びてやる。俺は曲がりなりにも守り神なのだからな」

 藍のその言葉に、将志は不敵な笑みを浮かべるのだった。




 そして、月に移動してから妖怪達は町を目指して行進していった。
 だが、妖怪達の眼は依然として狂気じみた光を宿しており、紫の号令一つですぐにでも飛び出していきそうだ。
 将志は紫のすぐ前を歩く。
 その視線は周囲の風景を捉えている。

「…………」

 真横には凪いだ海。
 星を散りばめた漆黒の空。
 そして、そこに浮かぶ蒼い地球。
 その全てが将志に感銘を与えていく。

「……ここが、主が過ごした月か……」

 将志は誰にも聞こえないようにそう呟き、一歩一歩確かめるようにして歩く。
 そんな将志を、紫と藍は面白そうに眺める。

「……楽しそうですね、将志」

「ええ、戦の前だというのにね」

 その声を聞いて、将志は罰の悪そうな顔をした。

「……すまない、少々不謹慎だったか」

「いいえ、相手方とぶつかる前には戻って……」

 紫はその言葉を最後まで言い切ることが出来なかった。
 何故なら、突然前から叫び声が聞こえてきたからだ。

「……交戦開始だな」

「ええ……藍、将志、周囲の警護は任せたわよ」

「了解しました」
「……了解した」

 戦いは一方的な展開で進んでいった。
 紫達妖怪軍は、月の軍隊によってどんどん数を減らされていく。
 嵐のような弾丸の雨にさらされると同時に、近づいたところで相手の将に次々と斬られていた。

「……やはり、こうなったか……」

 怒号と悲鳴の中、将志はただひたすらに眼を閉じ、周囲の気配に気を配りながら弾丸を弾く。
 妖怪達は瞬く間にその数を減らし、散り散りになっていく。

「舐めるなああああ!!」

「遅い!!」

「ぐええええええ!!」

 散っていく妖怪達の声を、将志はただ黙って聞くことしか出来ない。
 血の気が多すぎる妖怪達までを救うような手段はないのだ。

「……紫、これ以上は無駄だ。撤退しろ」

 将志は紫に向かってそう提案した。
 紫は目の前で倒れていく妖怪達を見て、口を一文字に結んだ。

「……分かったわ。でも、今のままじゃ撤退の時間が……」

 悔しそうに紫がそういった瞬間、藍がハッとした表情を浮かべた。

「将志、まさかお前!!」

「……ああ。お前が考えている通りだ、藍。俺が時間稼ぎをする間に逃げる手はずを整えろ」

 叫ぶような藍の一言に、将志は平然と肯定の意を見せる。
 それを聞いた瞬間、藍は将志の腕を掴んだ。

「駄目だ!! そんなことは絶対にさせない!!」

「……だが、今のままでは撤退する前に全滅するぞ? 代案があるならそれに越したことはないが、あるのか?」

「くっ……」

 何とか引きとめようとする藍に、将志は冷酷に現実を突きつける。

「……藍、残念だけど、ここは将志に任せるしかないわ……頼んだわ、将志」

「し、しかし……」

 紫の言葉に藍は何とか反論しようとするが、言葉が見つからない。
 そんな必死で言葉を探す藍の頭に、優しく手が置かれた。

「……大丈夫だ。相手の司令官を止めるだけなら、俺にも出来る。それに、誓いがある限り俺は死なん。だから、安心して待っていろ」

 将志は藍に優しくそう語りかけた。

「……生きて帰らないと、承知しないからな」

「……くくっ、分かっているさ。では、行って来る」

 将志は眼に涙を浮かべた藍に笑ってそう告げると、敵陣に向かって走って行った。
 飛んでくる弾丸を掻い潜り、仲間の死骸を乗り越え、敵の司令官と思われる人物に突っ込んでいく。
 将志は敵軍とぶつかる寸前、地面に妖力の槍を叩き込んで砂塵を巻き上げ、目晦ましをして指揮官に切り込んだ。

「……ふっ!!」

「甘い!!」

 将志と指揮官は切り結ぶと、いったん下がった。
 少し間をおいて、再び将志は銃弾を掻い潜って敵将の下へ斬り込んだ。
 その途中、敵兵達を何人か弾き飛ばし、混乱をもたらした。

「なっ!?」

「……はあっ!!」

 飛び込んでくる将志を見て、指揮官は驚きの表情を浮かべた。
 指揮官は青みがかった銀色の髪をリボンでポニーテールにまとめた少女で、その手には長い刀が握られていた。
 そんな彼女に、将志は休むまもなく攻撃を仕掛ける。

「はあああああ!!」

「きゃあっ!?」
「わあっ!?」
「ひゃん!?」

 将志は指揮官を攻撃しつつ、周囲の敵兵を戦闘不能にしていく。

「くっ、させない!!」

 指揮官は将志に対して一瞬で間合いを詰めて斬りかかった。
 将志はその一太刀を受け止める。
 彼女の刀からは、激しい火花が散っていた。

「……その太刀筋、建御雷のものだな?」

「くっ!!」

 将志は指揮官を押し返すと、再び鋭く突きこんだ。
 対する相手も、その突きを受け流しながら反撃を加えていく。
 将志はその反撃を紙一重で避けながら槍を振り下ろした。

「……やるな。よく神の力を使いこなせている」

「……嘘だ……」

「……む?」

 将志が話しかけると、指揮官は俯いてそう呟いた。
 それを聞いて、将志は眉をひそめた。

「依姫様を援護しろ!!」

「……ちっ!!」 

 敵兵の援護射撃を受けて、将志はその場から飛びのいた。

「……すまないが、しばらく大人しくしてもらおう……!!」

 将志は敵陣の中を駆け抜けた。
 すれ違う敵兵に攻撃を仕掛け、次々に戦闘不能に追い込んでいく。
 将志はあえて殺すことなく怪我人を増やしていった。

「やああああああ!!」

「……ふっ!!」

 切り込んできた依姫と呼ばれた指揮官の一太刀を、銀の槍で受け止める。
 依姫は切り結ぶと、鍔迫り合いの状態に持ち込んだ。

「……確認したいことがあります……その力、建御守人様のものですね?」

「……ああ」

「……そして貴方の本当の名前は……槍ヶ岳 将志。そうなのですか?」

「……ああ」

 依姫は将志の眼を見ず、俯いたまま質問を重ねる。

「貴方の話を聞いて……貴方の戦いとそのあり方を見て、私はずっと貴方に憧れていました……その貴方が、何故敵なんですか!!」

 指揮官は戸惑いを含んだ声でそういうと、将志を思い切り突き飛ばした。
 将志は空中で体勢を整え、着地する。

「……何故と言われても……友人が死地に踏み込んでいるのだ、助けようとするのが当然ではないのか? 別に、俺自身にお前達に攻撃を仕掛ける意志は無い。ただ、全員が無事に撤退できれば良いだけの話だ」

「……つまり、こちらが攻撃しなければ貴方はこちらの敵にはならないと?」

「……そうだ。そうでなくとも、妖怪達は既に総崩れだ。攻撃をやめれば、速やかに撤退することを約束しよう」

 将志と依姫は油断無く見つめ合いながら話を続ける。
 その間に、戦意を失った妖怪達は次々と戦線を離脱していっている。

「……条件があります。貴方の身柄をこちらで拘束します。それがこちらから提示する条件です」

 依姫は将志に刀を突きつけ、妖怪の完全撤退の条件を提示した。
 将志はそれを聞いてため息をついた。

「……断る。それでは俺は主との誓いを果たせなくなる。二度も誓いを破ることなど、俺には出来ん」

「……先生と、八意 永琳と再会できたのですか?」

「……ああ。俺は主と再会し、生きてそばにいることを誓った。この誓い、何者にも破らせはせん。俺は己が全てに代えても、この誓いを守る」

 将志がそう言うと、依姫は将志に対して微笑みかけた。

「ふふっ……本当に貴方は私が憧れた、あの銀の英雄なのですね……」

「……そんな大それた名など、俺には要らん。俺は主の従者。この肩書きだけで十分だ」

 将志はそう言うと、槍の石突を地面につけて周りを見渡した。
 将志の周囲は武器を構えた兵士達が取り囲んでおり、依姫は正面に構えている。
 遥か後方では、妖怪達が次々と脱出していくのが見えた。

「……観念してくれましたか?」

「……くくっ、まさか。この程度で観念するほど、俺が貫く忠義は弱くない」

 将志がそういった瞬間、将志を取り囲むようにして銀の槍が降って来た。
 銀の槍が将志と周囲を隔てたのと同時に、将志は空へと飛び上がった。

「くっ……総員に告ぐ!! 逃げるものには構うな!! あの男を捕らえろ!!」

 依姫の号令で月の兵士達は一斉に将志に攻撃を仕掛けた。
 しかし、将志はその攻撃を次々と躱して風を切り裂くような凄まじい速さで撤退していく。

「将志!! こっちだ!!」

 その将志にむけて、撤退するためのスキマから藍が声をかける。
 将志はその声の方向に向かって相手をかく乱しながら向かっていく。
 そして、追っ手を十分に引き離した状態でスキマの前に立つと、依姫の方へ振り向いた。

「……さらばだ!! 縁があればまた会うこともあるだろう!!」

 将志はそう言い残してスキマの中に滑り込んだ。 
 それと同時に、スキマは閉じて跡形も無くなった。




 スキマから出ると、そこは出発点であった湖畔であった。
 ひしめき合うほどにいた妖怪達はその大部分が居なくなり、残った者にも無傷のものはほとんど居なかった。
 将志はその中を歩き回り、目的の人物を探し出すことにした。
 しばらくすると、湖畔の岩に腰掛け、月を眺めている女性を見つけた。
 将志はその女性の下へ歩いていく。

「……完敗だったわね……あれ程のものだなんて思いもしなかった……」

 紫は月を眺めたまま、陰鬱なため息を漏らした。

「……月の人間も、ただ無為に生きてきたわけではなかったと言うことだ。あの長い年月を、僅かの衰退も無く文明を保つ事は困難なものだ。それを行ってこれる力があったからこそ、俺達をああまで圧倒せしめたのだ」

 将志は紫の横に立ち、同じく月を見上げる。
 月はいつもと変わらず、周囲を青白く照らし出していた。

「はあ……あと少しで貴方を認めさせられるってとこだったのに、これじゃあ減点ものね。取り返すのが大変そうだわ」

「……くくっ、そんなお前に朗報だ。実はな、今回の件で俺はお前を認めてやっても良いと思っている」

「……はい?」

 将志の一言に、紫は呆気に取られた表情を浮かべる。
 そんな紫に対して、将志は理由を説明した。

「……今回集まった妖怪共は、そのほとんどがところ構わず暴れだしそうな奴らばかりだった。そいつらが目の前に破壊対象の都市があるというのに、お前の令に従って規則正しく行進をしていたのだ。もう認めたっていい、お前は立派に妖怪達をまとめることが出来る」

「そ、それじゃあ……」

「……ああ。今からこの槍ヶ岳 将志、並びに銀の霊峰は八雲 紫を全面的に支持しよう。これからは、幻想郷の一員として扱ってもらって構わない」

 将志は紫に対して銀の槍を掲げ、力強くそう言った。
 その言葉を聞いた瞬間、暗く沈んでいた紫の表情が一気に明るくなった。

「ふ、ふふふ、ありがとう、将志。これからも宜しく頼むわよ?」

「……ああ。こちらこそ、宜しく頼む」

 花のような笑顔を浮かべる紫と、将志は固く握手を交わした。

「じゃあ、これから将志はうちに来て家事をあいたっ!?」

「……調子に乗りすぎだ、戯けっ」

 そして、調子に乗った紫に拳骨を落とす将志であった。







「……逃げられましたか……」

 一方、こちらは将志が去った後の月の平原。
 依姫は将志が去ったのを見て、残念そうに肩を落としていた。
 そこに向かって、歩いてくる人影があった。

「そっちは終わった、依姫?」

「……ええ、終わりましたよ、お姉様」

 歩いてきた人影、自らの姉である豊姫に依姫はそう答えを返した。

「あら、ずいぶんと嬉しそうな顔をしてるわね。どうかしたのかしら?」

「いえ、憧れた人が自分の思った以上に格好良かっただけですよ」

 豊姫の質問に、依姫は微笑みながらそう返した。

「……それにしても残念だね。将くん、逃げちゃったのか……」

 そんな依姫の後ろから、一人の男性が現われた。
 その声に、二人はその男性の方を見た。

「……今までどこにいらっしゃったのです、月夜見様?」

「いや~、ついさっきまで店で新しい紅茶のブレンド試してたんだけど、将くんが来てるって聞いて飛んできたんだ。……ちょっと遅かったみたいだけどね」

 後から来た男性、月夜見に対してジト眼を向ける依姫。
 その視線を受けて、月夜見は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。

「月夜見様は喫茶店のマスターをする前に溜まっている書類を片付けてください!! ……それはさておき、彼とは知り合いなんですか?」

「うん。だって、将くん前に僕の店でアルバイトしてたもの」

「え、嘘ぉ!?」

 月夜見の告白に、姉妹揃って驚きの表情を浮かべた。
 特に依姫に至っては、あまりの衝撃に手にした刀を取り落としている。

「……銀の英雄が、アルバイト、ですか……? 嘘ですよね……?」

「本当だよ。主のために紅茶とコーヒーの淹れ方を教えて欲しいって頼み込んできてさ。将くんが作る料理は絶品だったなあ……あの料理を目当てに来る人も多かったもの」

「……そう言えば、建御守人様って料理の神でもありましたね……そんなに先生が好きだったんですか……」

 依姫は月夜見の話を聞いて、思わずギャルソン姿の将志を思い浮かべた。
 そして何故か異様にしっくりくるその姿を、頭を振ってかき消した。
 そんな依姫の肩を、ふくれっつらをした豊姫が叩く。

「もう、依姫ってばそんな人を逃がしちゃうなんて!!」

「私だって捕まえられるなら捕まえたかったですよ!! でも相手はあの銀の英雄で戦の神様だったんですよ!?」

「まあまあ、落ち着いて。なんだったら、蓬莱山 輝夜と八意 永琳の捜索のついでに、将くんも一緒に探したら良いんじゃないかな? 地上にいるのは確かなんだし」

 月夜見の提案を聞いて、二人とも居住まいを正した。

「こほん、そうですね。元より先生達の捜索をしなければならないんですし、銀の英雄こと槍ヶ岳 将志の捜索と言うならばそれだけでも十分に意味があります。早速捜索隊を召集しましょう」

「うふふ……どんなご飯が食べられるのかな~♪」

「新しい制服、一着用意しておこうかな」

「……貴方達も、自分の仕事に戻ってください……」

 既に将志を捕まえた後のことを考えている二人を見ながら、依姫は盛大にため息をつくのだった。



[29218] 銀の槍、説明を受ける
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/10/20 06:45

 月への遠征が終了してから数日後、将志は八雲家の住居であるマヨヒガを訪れていた。
 その傍らには、銀の霊峰の主要メンバーである愛梨や六花、アグナがついてきている。

「お待ちしておりましたわ。さあ、こちらへどうぞ」

 家主自らが将志達を出迎え、応接間へと案内する。
 十畳ほどの広さの応接間には立派な欅の机が置かれており、そこには座布団が人数分並べられていた。
 将志達は案内されるまま席に着席する。

「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」

 するとすぐに毛並みのいい金色の九尾の女性がお茶を配って回る。
 配り終えると女性は将志達の対面、紫の隣に腰を下ろした。

「このたびは、貴重なお時間を割いていただきありがとうございます。私は幻想郷の管理を行っている、八雲 紫と申します」

「その補佐をさせていただいている、八雲 藍です。以後お見知りおきを」

 二人は恭しく礼をしながら自己紹介をした。
 将志はそれを受けて、首をゆっくりと横に振った。

「……俺達に堅苦しい挨拶は要らん。初めて会うものも居るが、全員そう言うのが苦手なのでな。楽にしてもらえると助かる」

「そう、それならお言葉に甘えさせていただくわ。今日集まってもらったのは私が管理している幻想郷についての話と、貴方達の役割についての話をするためよ」

「んっと、幻想郷っつーのは確か現実と幻想の共存のために作られたもんなんだよな?」

 幻想郷という言葉を聞き、アグナが額に指を当てて思い出すようにしながら質問をした。

「ええそうよ。もっとも、これが本当に必要になってくるのは人間以外の幻想なのだけれど」

「だろうね♪ 人間って、とっても強いもんね♪」

「今は良くとも、今後妖怪より強くなっていくのは確かですわね」

 微笑を浮かべながら返答をする紫に、愛梨も笑顔で賛同する。
 それを聞いて、六花は銀色の長い髪を弄りながらため息をついた。
 その六花の言葉に、将志は反論する。

「……いや、今ですら人間は十分に強い。人間の力は弱い。だが、その力を補う術を捨てるほど持っている。結束、知略、技巧、道具……場合によっては、神ですら打ち破りかねない力を持つ。それが人間と言うものだ」

「ホントか!? うちの妖怪達とどっちが強いんだ!?」

「落ち着いてくださいまし、アグナ。この家で火事を起こすつもりですの?」

 将志の言葉に橙色の瞳を爛々と輝かせて炎を吹き上げようとするアグナを、六花が手で制した。
 アグナが収まったのを確認すると、紫は再び話を始めた。

「いいかしら? それじゃあ、これから幻想郷について説明するわよ。まずは……」

 紫は将志達に幻想郷の概要、現在の勢力、幻想郷内の規則など、様々なことを説明していく。
 将志達はその言葉をしっかり聞き入れ、必要な情報をそろえていく。
 ……もっとも、アグナは退屈だったのか途中から船をこぎ始めていたが。

「……以上が幻想郷の概要よ。何か質問はあるかしら?」

 紫は話を終えると、周囲に質問を促した。
 すると、愛梨が手を上げた。

「ちょっと良いかな♪ 人里に妖怪が入って悪さをした場合の罰則ってどうなるのかな?」

「然るべき処分を受けることになるわね。幻想郷には妖怪退治屋も多いから、そもそも襲った時点でタダじゃすまないわ」

 愛梨の質問に紫は簡潔に答える。
 それを聞いて、将志が質問を重ねる。

「……もう一つ質問だ。仮に妖怪が何らかの理由があって人里に入り、人間から襲撃を受けたとする。これに対しての防衛行為はどう判断するつもりだ?」

「それは審判をつけて判断してもらうことにするわ」

 紫がそう答えると、アグナが大あくびをして頭を掻きながら首をかしげた。

「ふわ~ぁ……それじゃダメなんじゃねえか? 妖怪と人間の審判が居たとして、それぞれで自分の仲間を味方したらどうしようもないぞ?」

「それに関しても考えてあるわよ。妖怪と人間両方に当てはまらない、もしくは中立の立場にある人物を当てることにするわ」

 アグナの疑問に、紫は用意していた答えを返した。
 それを聞いて、将志は納得したように頷いた。

「……成る程、その役目が俺に回ってくるわけだ」

「ええ、悪いけど貴方個人に対する頼みごとは沢山あるわ。それについての話は後でするから、まずは銀の霊峰全体に頼む役割を言うわよ」

「……すまないが、うちの妖怪達に出来ることは少ないぞ?」

「それは分かってるわよ。けど、私が頼みたいのは貴方達がもっとも得意とする分野、さらに言ってしまえば貴方達にしか出来ない仕事をして欲しいの」

 紫のその言葉を聞いて、六花は額に手を当ててため息をついた。
 どうやらあまり乗り気ではないようである。

「……つまり、私達は荒事担当という訳ですわね」

「その通りよ。貴方達には有事の際に妖怪達を指揮して欲しいのよ」

 その言葉を聞いた瞬間、愛梨は首をかしげた。

「あれ? でも妖怪の山も似たようなものだったんじゃないかな? 何かあればそこを頼れば良さそうな気もするけど?」

「妖怪の山は貴女達とは少し毛並みが違うのよ。彼らの社会は山の中で完結しているわ。それに比べて、銀の霊峰はもっと開放的な組織。必然的に他の組織と顔を合わせることも多いでしょう。そしてその勢力はとても強い。それこそ、本気を出せば組織の一つや二つ丸々潰してしまうほどにね」

「……成る程な、言ってしまえば俺達は幻想郷の治安維持軍として働くわけだ」

「そうなるわね。現状、幻想郷内でも銀の霊峰の勇名は響いているわ。立場を明らかにすれば、貴方達が居るだけでもかなりの抑止効果が見込めるでしょうね。権限としては私からも完全に独立した特殊部隊として配置するつもりよ」

「……む? それはまたずいぶんな権限だな。何故そんなことをする?」

 頷いていた将志はその言葉に顔を上げて紫を見た。
 眉をひそめたその表情からは、紫の考えが理解できていないことが見て取れた。

「理由は簡単よ。何かあるたびに私の指示を待っていたのでは間に合わないこともあるし、私が間違うこともあるかも知れないわ。そんな時、将志が自分で動くことが出来れば迅速な対応が出来る。だから、私とは独立させたわ」

「……良いのか? それでは俺が反乱を起こした場合にうちの連中全てを相手することになるぞ?」

「そうなったらそうなったで考えるわ。でもね、幾ら銀の霊峰でも幻想郷全体を相手にして無事に済むと思うのかしら?」

 紫は将志を挑発するような薄ら笑いを浮かべて将志に問いかけた。
 それに対して、将志は眼を瞑り、起こりえる事態を想定して頭の中で戦略を組み立ててみた。
 そしてしばらくして、将志はゆっくりと首を横に振った。

「……無理だろうな。妖怪の山の戦力は脅威足りえる。確かに俺達が全力で掛かれば制圧は出来るだろうが、損害はいかほどになるか計り知れん。俺達の力で幻想郷を制圧するのは現実的ではないな」

「ふふふ、そういう考えが出来るし、何よりも将志の性格からして裏切るとは思えない。何故なら、貴方は情に縛られるから」

 底の見えない笑みを浮かべて紫は将志にそう言った。
 それを聞いて、将志は不敵な笑みを浮かべた。

「……くくっ、面白い。お前は俺を力でも法でもなく、情で縛りつけようと言うのか。良いだろう、ならば俺は大人しくその脆く頑丈な縄に縛られておこう」

「ありがとう、将志。そういう気持ちの良いところが私は好きよ」

「……気に入ってもらえて何よりだな」

 将志と紫はそう言って再び笑いあった。
 そんな中、アグナから質問の声が上がった。

「ところでよ、有事の際ってどんな時だ? 俺達のせいで他のみんなが大人しくなっちまったらそれはそれでつまんねえぞ?」

「そうだね♪ やっぱり楽しくないとね♪」

「何もそんなしょっちゅう眼を光らせる必要はないわよ? 有事って言うのは本当に危険な時。幻想郷が壊れてしまいそうな時だけよ」

「それじゃあ、少しくらい大騒ぎしても大丈夫なんだね♪ やった♪」

 紫の発言を受けて小躍りでもしそうなほど楽しそうに愛梨は笑った。
 それを見て、六花が呆れたような眼で愛梨を見やった。

「……愛梨、貴女何を考えていますの?」

「キャハハ☆ 誰かを楽しませるのがピエロの仕事さ♪ 面白いことはどんどんやらなきゃね♪」

 愛梨はそう言って楽しそうに笑うと、あれやこれやと考え始めた。
 そんな愛梨を見て、紫もつられて笑みを浮かべた。

「ふふふ、期待してるわよ? 長い年月を生きる妖怪の一番の敵は退屈ですもの。さて、次は将志個人に対するお願いね」

 紫の一言に、将志はその方を向いた。

「……聞こうか」

「将志にはさっきも言ったとおり人里内での妖怪達の行動の監視と各組織の上層部への連絡係をお願いしたいわ。それから以前から頼んでいた白玉楼……冥界の管理者との会談も継続して欲しいわ」

「……ふむ。だが俺も一組織を束ねる身、行動の監視なぞいつも出来るものではない。他に担当者は居ないのか?」

「もちろん居るわよ。だから時間が空いたときだけしてくれれば良いわ」

 将志はそこまで聞くとあごに手を当てて思案した。
 しばらくして、ゆっくりと頷いた。

「……承知した。それで良いのならば引き受けよう」

「ありがとう。ところで、一つ確認したいことがあるのだけれどいいかしら?」

「……何だ?」

「将志の強さは私達もよく知っているけど、他の人達の強さを私は見たことがないのよ。だからどのくらい強いのか見ておこうと思うのだけど、いいかしら?」

 紫はそう言いながら愛梨達に眼をやった。

「うん、良いよ♪」

「別に構いませんわ」

 太陽のような笑みを浮かべながら頷く愛梨に、お茶を啜りながら淡々と答える六花。

「良いぜ!! よっしゃあ、燃えてきたあああああああ!!」

「……少し落ち着こうか」

 アグナはその眼に燃える闘志をみなぎらせて立ち上がった。
 将志は天井に着火しない様に、火柱を上げて燃え上がるアグナの頭に中華鍋をかぶせた。
 その横で、愛梨がふと思い出したように声を上げた。

「ねえねえ、そういえば合格点が分からないんだけど、どう判定するのかな?」

「そうね……貴女達は銀の霊峰でも上位に入る強さを持つって聞くわ。だから藍と勝負して判断させてもらうわよ」

「……良いだろう。ならば少し準備をせねばなるまい」

 そういうと、将志は立ち上がって藍のところへ向かった。
 将志は藍の隣に来ると、静かに腰を下ろした。

「……藍、手を出してくれ」

「え? あ、ああ、分かった」

 藍が差し出した右手を将志は両手で包み込む。
 その手から、将志は自らの力を藍に送り込んだ。

「これは……」

「……俺の守護の力をお前の中に送り込んだ。愛梨達の攻撃は特に苛烈だからな、それで怪我をされては困るし、その玉肌に傷がつくのを見たくはない」

 将志は慈しむような口調で藍に語りかける。
 藍は将志の手から自分の体の中に流れてくるものを確かに感じていた。
 それは藍の体の中を駆け巡り、誰かに守られているような穏やかな安らぎを与えるものだった。

「……暖かいな。ありがとう、将志の優しさが伝わってくるよ」

 藍は左手を胸に当て、穏やかに微笑んだ。
 その顔は薄く高潮しており、やや潤んだ視線は将志の黒耀の瞳をまっすぐに捉えていた。
 それを見て、将志は気恥ずかしそうに視線を逸らした。

「……別に感謝されることではない。俺がやりたくてやったことだ」

「ふふっ、それでも礼を言わずには居られなかったのさ」

 藍はそう良いながら左手を将志の手の上に添えた。
 藍の九本の尻尾は、嬉しそうにゆらゆら揺れていた。 

「(にこにこ)」

「……いつまで握っているつもりですの……」

「あっ、いいな~あの姉ちゃん……」

 そんな将志と藍の様子を、三人はじっと眺めていた。
 愛梨は笑顔だが、その笑みには得体の知れない威圧感が含まれていた。
 六花は露骨に藍を睨んでおり、嫉妬心をむき出しにしていた。
 それに比べて、アグナはただ羨ましそうに眺めるだけであった。
 そんな三人の下に、将志が戻ってくる。
 それを見る藍の視線は、名残惜しそうなものだった。

「……お前達も準備しろ」

「……将志くん、僕達には何もないのかな?」

 近づいてきた将志に愛梨はそう問いかけた。
 すると将志はそっと眼を閉じた。

「……必要ない。何故なら、お前達なら絶対に藍からの攻撃をもらわずに勝つことができるはずだからだ。……行って来い、信じているぞ」

 その言葉を聞いた瞬間、愛梨はこれ以上無いほどの綺麗な笑顔を見せた。

「……うん♪ 頑張ってくるよ♪ だって僕は将志くんの……」

「……相棒、だろう? 分かっているから行ってくるが良い」

「キャハハ☆ 任せといてよ、将志くん♪」

 将志と愛梨はそう言って笑いあった。
 その様子を、藍は横からジッと眺めていた。

「……ほう……なるほど……」

「藍? どうかしたのかしら?」

「いえ、何でもありませんよ紫様。さあ、早いとこ準備をしてしまいましょう」

 紫に声をかけられ、藍は庭へと歩いていく。

「……敵は主だけじゃなかったか……ふふっ、これは堕とし甲斐がありそうだな……」

 藍は眼を細めて不笑みを浮かべた。
 それは敵を目の前にして笑みを浮かべる武芸者のような凄絶な笑みであった。




[29218] 銀の槍、救助する
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/10/22 23:11
 銀の霊峰の中腹にある広場に六つの影が降り立っている。
 先ほどマヨヒガで準備を済ませた一行が、周囲への被害を考えて紫のスキマで移動したのだ。
 その広場の中央に、藍が立っている。

「それで、最初は誰が掛かるのかしら?」

「俺!! まずは俺にやらせてくれ!!」

 紫の問いかけに、燃えるような赤い髪の小さな少女が元気よく手を上げる。
 それを受けて、紫は頷いた。

「ええ、いいわよ。えーっと……」

「おっとこいつはいけねえ、自己紹介がまだだったな!! 俺はアグナだ!! 宜しくな、紫!!」

「ええ、こちらこそ宜しく頼むわ、アグナ」

 自己紹介を終えると、アグナはまっすぐに藍のところへ向かい、正面に立つ。
 藍はアグナを真正面から見据える。

「最初はお前か。こう言っては何だが、お前みたいな奴に攻撃するのは正直……」

「なあに、遠慮すんな!! 俺も毎日兄ちゃんや姉ちゃんに鍛えてもらってんだ、どーんと来い!!」

「ああ、分かった。それじゃあそうさせてもらうよ。もっとも、やるからには容赦はしないからな」

「おう!! ……先に言っとくけど、俺の炎は魂を焼き尽くすほど熱いぜ?」

 アグナがそういった瞬間、風が熱を持ち始めた。
 アグナの足元からはまるで踊っているかのように炎が吹き上がり、周囲を赤く染め始めた。
 それを見て、藍は身構えた。

「……本当に、見た目など当てに出来んな。これは本当に容赦が出来そうにない」

 藍の目の前は、アグナが巻き起こす炎で埋め尽くされている。
 その一方で、藍も妖力を集めて弾丸を作り出した。
 そんな二人を見て、紫は微笑んだ。

「双方とも準備は良さそうね。では、始め」

「燃え尽きろぉ!!」

 紫が号令をかけると同時に、アグナは身にまとった炎を一斉に藍にぶつける。
 炎は巨大な束となって、大量の火の玉と共に一直線に飛んで行った。

「ふっ」

 藍は慌てることなくそれを避け、攻撃を放った直後のアグナに無数の弾丸を撃ち返す。
 するとアグナは躊躇することなくその弾幕の中に突っ込んできた。

「なっ!?」

「へへっ、喰らえぇ!!」

 体が小さいことを利用して弾幕を素早く潜り抜けてきたアグナは、藍に向かってスライディングを掛けた。
 その速度は弾丸の様に速く、地面には紅蓮に燃える一筋の線が引かれる。
 藍は一瞬驚いたが、上に飛び上がることでそれを回避した。

「そこだぁ!!」

 突如として、アグナがそう叫んだ。
 次の瞬間、藍は頭上に強烈な熱を感じた。
 上を見てみると、そこには真っ赤に燃える龍の顎が迫っていた。

「くぅ!!」

 藍は避けきれないと悟り、自らの妖力を集めて障壁を作る。
 その直後、炎の龍が藍の体を飲み込んだ。

「はっ、まだまだぁ!!」

「ちぃ……!!」

 アグナは追撃の手を緩めずに炎をまとって目の前の火柱に飛び込んだ。
 すると真っ赤に燃え盛る炎の塔から藍が弾き飛ばされてきた。
 藍は空中で体勢を整えると、着地して地面を滑った。

「そこだ!!」

 藍は火柱の中から出てくるアグナに対して弾丸を放つ。

「へへっ、はっずれ~!!」

 しかし、直撃したはずの弾丸はアグナの体をすり抜けて彼方へと飛んでいった。
 アグナは目の前の現象に驚いている藍を見て、笑みを浮かべた。

「おらおらぁ!! 次いくぜぇ!!」

 アグナがそういうと炎の塔が集束していき、その手に小さな光の玉ができた。
 その玉は純白に輝いており、今までとは比べ物にならない熱量を含んでいることが見て取れる。

「……っ!!」

 それを見て藍は思わず息を呑んだ。
 まともに受ければ、生きていられるかどうか分からない。
 今まで培ってきた本能がけたたましく警鐘を鳴らし始めた。

「そぉらよ!! 骨まで焦げな!!」

 アグナはそういうと純白の光を放つその玉を藍に向かって放り投げた。
 それが着弾した瞬間玉ははじけ、極光が周囲を包み込んだ。
 その光が収まると、着弾した一帯は溶岩のように変化していた。

「……まったく、いくらなんでもやりすぎだ、アグナ」

 将志はそう言いながら空に浮かんでいる。
 その腕の中には、呆然としている藍の姿があった。
 将志は藍が逃げ切れないと見るや、即座に救出に入ったのだった。

「……大丈夫か、藍」

「……あ、ああ……」

 状況に気がつくと、藍は頬を染めて将志の小豆色の胴衣を掴んで胸に頬を寄せた。
 将志はゆっくりと降下していき、安全な区域に降り立った。

「……まずはこちらの一勝だ、紫」

「……ちょっと将志。この火力はいったい何?」

 藍を降ろして勝利宣言をする将志に、紫は冷や汗を垂らしながら質問をする。
 将志はその質問を聞いて笑みを浮かべた。

「……なに、うちの最終兵器だ。何しろ火力に関しては連中の中では最強だからな」

「いくらなんでも強すぎよ。これじゃあ封印が必要になるわよ?」

 自慢げに話す将志に、紫は深々とため息をついてそういった。
 それを聞いて、将志はきょとんとした表情を浮かべた。

「……そうか?」

「ええ。ここで力を見る機会があって良かった。アグナの力が悪用されたら幻想郷が火の海になりかねないところだったわ」

「……いや、別に本人がちゃんと制御できていれば良いだけの話ではないのか?」

「残念だけど、その制御を失わせる術式は存在するし、アグナ本人を狂わせる術式だって存在するわよ。万全を期すためにも、私はアグナの力を一部封印することを勧めるわ」

 紫の言葉に、将志は腕を組んで考え込んだ。
 しばらくして何か思い当たったようで、将志は頷いた。

「……なるほど、確かに俺にも心当たりはある。ふむ、それならば後でアグナと話をしよう」

 将志がそういうと、駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
 振り返ってみると、一直線に走ってくるアグナの姿があった。

「兄ちゃーん!! どうだった!?」

 アグナはそう言いながら将志の胸に飛び込んでくる。
 その眼は期待に満ちており、褒められるのを待っている眼だった。

「……少々やりすぎだな。もう少し加減を覚えろ。だが、戦い方としては悪くなかったぞ。最初に主導権を握って短期決戦に持っていく上手い戦い方だった」

「へへへ~♪」

 将志が苦笑を浮かべながら頭を撫でると、アグナは嬉しそうに笑った。
 そしてその視界の中に藍を見つけると、グッと親指を立てた。

「よお、姉ちゃん!! どうだ、燃えたろ?」

「……ああ。本当に燃え尽きるかと思ったよ」

「へへっ、そうだろ? 俺の炎に燃やせないものは無いんだからな!!」

 アグナは楽しそうにそういって笑うと、興奮が冷め遣らないのかどこかへ飛んでいった。
 それを確認すると、藍は将志の肩を叩いた。

「将志、もう一度力を分けてくれないか? アグナとの勝負でちょっと使いすぎた」

「……良いだろう。手を出すがいい」

 その言葉に、藍は自分の右手を差し出した。
 将志はその手を両手で包み込むようにして持ち、力を送り込む。
 しばらくそうしていると、藍は将志の胸に身を寄せてきた。

「……藍?」

「……すまないが、しばらくこうさせてくれ。正直、さっきの火球を見たとき、私はもう死ぬかもしれないと思った。今もまだ、怖くて足がすくみそうなんだ。だから落ち着くまでしばらくこうさせてくれ」

 うつむいた藍の体はわずかに震えており、縋るように将志の服の裾を掴んでいた。
 将志は藍の手を離し、その体を抱きしめた。

「将志?」

「……怖がることはない。確かにアグナの炎は危険だった。だが、俺が守っているからにはお前には傷一つたりとて負わせはしない。だから安心しろ」

 将志はそう言いながら安心させるように藍の髪を指で優しく梳いた。
 藍は心地良さそうに目を細め、将志の腰に手を回して胸にしなだれかかった。

「……いきなり抱きしめるとは、随分と大胆だな」

「……親しい相手が不安な時、こうしてやると相手は安心すると聞いている。俺はお前の不安な表情など見たくはない。何故なら、俺はお前の微笑む姿が一番綺麗だと思っているし、好ましく思っているのだからな」

 優しく響くテノールの声で藍の耳元で囁く。
 それを聞いて、藍は将志を抱く腕に軽く力を込めた。

「ふふっ……本当に罪作りな男だな、お前は。そういう言葉を殺し文句って言うんだぞ?」

「……そうなのか?」

「ああ……おかげで私はいつまでもこうしていたいと思っているよ」

 安らぎに満ちた声で藍は将志の胸元で囁く。
 将志はそれを聞いて小さくため息をついた。

「……そうか。ならば好きなだけそうしているが良い」

「……ありがとう」

 藍は将志の体に九本の尻尾を巻きつけ、夢見心地の表情でその身を預けた。
 それに応えるように、将志は藍を抱く腕にそっと力を込めるのだった。

 そんな二人の姿を遠巻きに眺める姿が二つ。

「……六花ちゃん? ちょっとお話があるんだけど良いかな? あれ、六花ちゃんが仕込んだのかな?」

 愛梨はにこやかに笑いながら六花に問いかけた。
 そのあまりの威圧感に、六花は思わず体を後ろに引いた。

「な、何のことですの?」

「だって、将志くんにああいうことを教えそうなのは君ぐらいだよ?」

「くっ……認めますわ。私は確かにお兄様の教育方針を誤った……まさか、お兄様にそういう才能があるなんて思いもしませんでしたわ」

 実は六花は日頃から将志に対して様々なことを吹き込んでいた。
 その内容は人が落ち込んでいるときの慰め方や女性に対する禁句など、六花が独自に実体験や恋愛小説などを参考にじっくり研究を重ねてきたものである。
 ……もっとも、流石に兄妹なのでキスやらそれ以上のことは自粛していたのだが。
 その結果がご覧の有様である。

「どうするのさ、あれじゃあ将志くんの毒牙に掛かる子がどんどん増えちゃうよ!?」

「本人が気づいていないのも問題ですわね……早く手を打たないと、どんどん手遅れになりますわ……」

 目の前の惨状に二人して頭を抱える。
 将志の性格上誰にも彼にもそういうことをするとは考えられないが、一定以上近づいた相手ではふとした拍子に餌食になりかねないのだ。

「……今はそんなこと考えていても仕方ないですわね。まずは現状を打破しないことには始まりませんわ」

「……そうだね♪」

 二人はそう言い合って頷いた。
 すると六花が抱き合っている二人の下へと向かう。

「あの、そろそろ次に行きたいのですけど、宜しくて?」

「……ああ、すまない。そろそろ始めるとしよう」

 六花が声を掛けると、藍は名残を惜しみながら将志から体を離した。
 その様子を見て、将志は微笑んだ。

「……もう大丈夫そうだな」

「ああ。おかげで随分楽になったよ。ありがとう」

「……なに、役に立ったのならば幸いだ。俺でよければ、いくらでも胸を貸そう」

「ふふっ、それじゃあまた今度借りることにするよ」

 将志の言葉に藍はそう言って笑いかけた。

「……なにを口走ってますの、お兄様……」

 その横で、考えなしの将志の台詞に六花は頭を抱える。
 将志本人は完璧に善意のみでそう言っているのだから、まったく持って始末に負えない。

「それで、次は誰がやるんだ?」

「私、槍ヶ岳 六花がお相手いたしますわ。宜しくお願いいたしますわよ、藍」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 六花と藍はお互いにそう言って礼を交わすと、広場の真ん中へと歩いていく。
 溶岩と化していた広場の地面は、紫が大量の海水をスキマによって運んで冷却済みである。

「……お前は将志の妹か?」

「ええ、実の妹ですわ。それがどうかいたしまして?」

「いや、何でもない。姓が同じだったから少し気になっただけだ」

 藍は六花にそう言うと、自分の立ち位置に向かった。
 そんな藍の言葉に、六花は眉をひそめた。

「今のは探りに入りましたわね……」

 六花はそう呟きながら自分の立ち位置に立った。
 藍はすでに準備を終えており、いつでも始められる状態であった。

「双方共に準備は良いかしら?」

 紫は開始位置に二人が立つと、それぞれに確認を取った。
 それに対して二人は頷く。

「ええ、いつでも大丈夫ですよ」

「こちらも準備は出来ていますわ」

 藍はそういうと手に力を込め、六花は帯に挿した包丁を抜き放った。
 六花の包丁は銀色に光り輝き、その切れ味を感じさせる。

「では行くわよ。……始め」

 紫がそういった瞬間、激しい弾幕合戦が始まった。



[29218] 銀の槍、空気と化す
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/10/24 06:38

 銀と藍の弾幕が広場で交差する。
 六花がまず撃ちだしたのは妖力で編んだ銀の弾丸。
 将志の弾丸の様に貫通力を求めたものではなく、少し大きめの弾丸であった。
 藍は飛び交う弾丸を正確に避けていきながら相手と一定の距離を保つ。
 何故ならば、藍は妖術を使って戦うタイプであり、接近戦はそこまで得意ではないからだ。
 一方、現在の相手である六花はじりじりと近づいてきている。
 どうやらアグナほど避けるのは上手くないらしく、一つ一つ丁寧に避けている。
 時折手にした包丁で、将志と同様に弾幕をはじいているところからも、遠距離はあまり得意ではないようである。

「このまま押し切れるか……?」

 藍は攻撃の手を緩めることなく相手を見据えながらそう呟いた。
 六花は迂回しながら接近を試みるが、藍はそれに合わせて弾幕を張り続ける。
 その結果、六花はジリジリと押され始めていた。

「このままではジリ貧ですわね……」

 そう言いつつも、六花はまったく焦ることなく冷静に相手を見据えていた。
 六花の目の前には迫りくる藍色の弾丸の壁がある。

「……ならば、戦い方を代えるまでですわ」

 六花はそういうと、手元に何かを生み出した。

「そーれっ!!」

 そしてそれを両手で持ち、藍に投げつけた。

「……え?」

 藍は投げつけられたそれを見て呆気にとられた。
 投げつけられたものは緑と黒の縞模様の球体。
 要するにスイカである。
 ただし、その大きさは直径十尺ほどもある巨大なものだった。
 巨大なスイカは迫り来る弾幕を駆逐しながら藍に向かって一直線に飛んでいく。

「うわっ」

 藍はスイカを躱すが、その後ろから飛んでくる弾幕に危うく直撃しそうになる。
 巨大なスイカの陰に隠れて、その後ろから迫ってくる弾丸が見えづらくなっているのだった。

「そらっ、そらっ、そぉーら!!」

「くっ……」

 次々と連続してスイカを投げつける六花。
 藍はそのスイカを忌々しそうに睨みながら躱していく。
 何しろ、このスイカのせいで張っていた弾幕が消えてしまうのだ。
 それ故に、藍は六花が視界から消えないように移動しながら攻撃をしなければならない。

「……不味いな、攻撃が全部消される」

 藍は苦い顔をしてそう呟いた。
 この状況を打破するためには、あのスイカを消し去るか、避けられなくなるまで近づく他ない。
 しかし、近づくということはそれだけ相手の得意な距離に近づくということでもあるのだ。
 先ほどまでの六花の戦い方から考えるに、六花が接近戦で一撃必殺の技を持っていても不思議ではない。

「逃げてばかりでは、私には勝てませんわよ!!」

 六花はそう言いながらスイカ投げつつ包丁を振るった。
 すると包丁を振るった手元から白い鷹が三羽現れ、藍に向かって飛んでいった。
 鷹達は三方向から藍に向かって襲い掛かる。

「当たらなければどうということはない!!」

 藍は六花の挑発を受け流し、くるくると回りながら攻撃を回避していく。
 そして六花の周りを移動しながら弾幕を敷いていった。
 六花には四方八方から藍色の弾丸が雨のように降り注ぐことになる。

「……っ、なかなかやりますわね」

 六花はそう言いながらスイカを投げ、弾幕を消しながら避けていく。
 藍は常に移動しているため、六花はなかなか攻撃を当てることが出来ていない。
 それどころか逆に藍の攻撃を捌き切れずにいくらか体を掠めている。

「仕方がないですわね、これならいかが!?」

 六花はスイカを投げるのをやめ、その代わりに自分の周りに六輪の銀の花弁の花を生み出した。
 その花は飛び回る藍に向かって追尾するように飛んでいった。

「喰らいなさいまし!!」

「うっ!?」

 六花の号令と共に藍の周りを飛び回っていた花からレーザーが発射される。
 藍がそれを避けると、再び追尾して取り囲みレーザーを発射する。

「ええい、うっとおしい!!」

 何度躱しても追尾してくる花に、藍は攻撃を加える。
 しかしその攻撃を放った直後、花は消え去った。

「なっ!?」

 その横から、再び巨大なスイカが藍に向かって飛んでくる。
 先ほど花に妨害されて動きを止められていた藍はそれを何とかギリギリで避ける。
 しかし、そのスイカの陰には赤い長襦袢を着た人影が隠れていた。

「しまっ……」

 六花は藍とすれ違いざまに手にした包丁を滑らせる。
 それは眼にも留まらぬ早業だった。
 次の瞬間、藍を覆っていた薄い膜のようなものが音を立てて砕け散った。

「……お兄様の加護、断ち切らせていただきましたわ。そして、この距離なら私は確実に貴女を取れますわよ」

「……参った」

 喉元に包丁を突きつける六花に、藍は両手を上げて降参の意を示した。

「勝負ありね。二人とも、お疲れ様」

 紫はそんな二人に声を掛ける。
 その声を聞いて、六花は手にした包丁を鞘にしまって帯に挿した。

「やれやれですわね。お兄様、私の戦いはどう見えましたの?」

「……やはり遠距離相手だと崩すまでに時間が掛かるな。もっと相手を良く見て、どうすれば最も早く崩せるか考えたほうが良いだろう。だが、接近してからの包丁捌きは流石の一言だった」

 ため息をついて肩をすくめる六花に、将志はそうアドバイスをした。
 その横で、紫は興味深そうに六花の事を見ていた。

「貴女、随分と強いわね?」

「せっかく力があるんですから、守りたいものを守るために努力したんですの」

「でも、貴女は見てるとあんまり戦いには乗り気じゃなさそうね」

「当たり前ですわよ。本来、包丁は戦いに使う道具じゃありませんのよ?」

 意味ありげな笑みを浮かべる紫の質問に、六花はため息混じりにそう答えた。
 どうやら心の底から戦いは嫌いな様である。

「ところで、最後の一撃は何をしたのかしら? ただの包丁で将志の強力な加護を崩せるとは思わないのだけど?」

「ああ、それは私の能力ですわ。『あらゆるものを断ち切る程度の能力』、お兄様と似たような能力ですわよ」

「つまり、何でも切れるってことかしら?」

「ええ。お望みとあれば、海でも山でも何でも切って差し上げますわよ?」

 紫の発言に六花は自信あふれる様子で答えを返した。
 その後ろでは、将志が藍の手を握って三度加護と妖力を与えていた。

「……終わったぞ」

「ああ、ありがとう。しかし、銀の霊峰の妖怪達はみんなこんな感じなのか? こんなのに大勢で暴れられたら手がつけられないぞ?」

「……そういうわけではない。今この場に集まっている四人は全員が紫よりも遥かに古い妖怪達だ。他の連中とは積み重ねてきた時間が桁違いに多いのだ。むしろ藍はその年齢にしては俺達相手に善戦していると思う。うちの連中と戦ってもそうそう引けを取りはしまい」

「そうか……」

 将志の言葉を聴いて、ホッと胸をなでおろす藍。
 連敗を喫しているが、実際には藍自身も白面金毛九尾の狐という都を震撼させた大妖怪なのだ。
 そんな自分があっさり負けるような妖怪達がゴロゴロ居たら、はっきり言って恐怖でしかない。
 藍が思わず安堵したのも当然である。
 そんな藍の元に、赤いリボンの付いたシルクハットをかぶった少女が近寄ってきた。

「やっほ♪ 次は僕の番だね♪」

「ああ、そうだな。すまないが、名前を聞かせてもらってかまわないか?」

「おっとっと、そういえば言ってなかったね♪ 僕の名前は喜嶋 愛梨さ♪ 宜しくね♪」

「先ほども名乗ったが、八雲 藍だ。宜しく頼む」

 愛梨は藍に対して笑顔で自己紹介をする。
 藍はそれに対して改めて自己紹介をするをすることで答えた。
 挨拶を終えると、二人は肩を並べて広場の真ん中へ歩いていく。

「……ねえ、藍ちゃん♪ ちょっと訊きたいことがあるんだけど、良いかな?」

「ああ、訊きたいことは分かっている。私は将志を愛している。答えはこれで十分だろう?」

「……そっか♪ でもね、僕だって相棒として将志くんを譲ってあげるつもりはないんだ♪」

「それも承知しているよ。だから、私は正面から将志を奪い去って見せる」

 二人はそう話しながら笑い合う。
 しかしその二人の間には異様な威圧感が漂っていた。

「……紫、あの二人の周囲の空間が歪んで見えるのは俺だけか?」

「……奇遇ね、私にもはっきりと歪んで見えるわよ」

 将志と紫はそんな二人の様子を見てそう言いあった。
 ちなみに、愛梨と藍の会話は二人には聞こえていない。
 その間に愛梨と藍はそれぞれの開始位置に着く。

「……これより始まりますは喜悦の舞。色とりどりの色彩は、見た者の心を奪うでしょう。皆様、どうか笑顔の準備をお忘れなく。それでは、まもなく開演にございます」

 愛梨は広場の中心で手を広げ、歌うように前口上を述べて恭しく礼をした。
 その言葉は不思議と聴いたものの耳に残る声だった。

「……その口上は?」

「僕はピエロだからね♪ みんなを楽しませるのが僕の仕事さ♪ どうせなら、周りのみんなにも楽しんでもらった方がいいよね♪」

 愛梨は手にしたステッキをくるくると回しながら藍にそう言った。

「二人とも、準備は良いかしら?」

「うん、大丈夫だよ♪」

「はい、こちらの準備も整っております」

 紫が確認を取ると、二人はそれぞれそう言って頷いた。

「それじゃあ行くわよ。始め!!」



[29218] 銀の槍、気合を入れる
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/10/25 06:35
 試合が始まると、愛梨は赤青黄緑白の五色の弾丸を全方向にばら撒き始めた。
 その密度はかなりものもがあり、日頃から積み重ねてきた特訓が生かされていた。
 それを見て、藍は動き回ることよりも確実に避ける戦法をとり、藍色の弾丸で愛梨を狙い打つ。
 その弾丸を、愛梨は踊るような動きをしながら避けていく。

「キャハハ☆ 取り出したるは五つの玉♪ 色鮮やかな玉の舞をご賞味あれ♪」

 愛梨はそういうと、手にしたステッキを五つの玉に変化させた。
 その大きさはいつもジャグリングに用いていた大きさではなく、バスケットボールくらいの大きさのものだった。
 それらの玉は、愛梨の周りを取り囲むようにぐるぐると回っていた。

「行っくよ~♪ それっ♪」

 愛梨が号令を掛けると、五つの玉は一斉に散らばっていった。
 散らばった方向はバラバラであり、藍に向かって飛んでいったものは一つもなかった。

「いったい何を……っ!?」

 藍が疑問に思った瞬間、頭上を後ろから赤い玉が通り過ぎていった。
 それは先ほど見当違いの方向に飛んでいったはずのものだった。
 藍が愛梨の五色の弾丸を避けながら周囲を見回すと、先ほど散らばっていった玉が縦横無尽に走り回っているのが見えた。
 よく見ると、玉はある程度進むと見えない壁のようなものに当たって跳ね返ってきていた。
 しかも、跳ね返ったと同時に数が増えていく。

「そういうことか……!!」

 藍は現状を把握すると動き出した。
 玉は自分を狙っているわけではなく、ただ動き回っているだけである。
 しかし、時間が経つにつれて四方八方から複雑な弾道で攻撃を受けることになるのである。
 つまり、早く対処しないと何も出来ないうちにやられてしまうのである。
 それを理解した藍は、愛梨に近づいて密度の高い弾幕で集中砲火を掛けた。

「うわわわっ、危ない危ない♪」

 愛梨は藍の攻撃をすれすれで躱していく。
 分裂していく玉と跳ね返るための障壁の制御に集中しているためか、愛梨は普通の妖力弾を撃ってこない。
 そこに付け込んで、藍は一気にたたみかけようとする。

「当たれ!!」

「そう簡単にはやられないよ♪」

 藍の猛攻を滑らかな動作で避けていく愛梨。
 そのおどけた口調とは裏腹に、額には若干汗がにじんでいた。
 藍色の弾丸は愛梨のうぐいす色の髪や、トランプの柄の入った黄色いスカートを次々と掠めていく。
 接近された状態での高密度の弾幕は、日頃から将志達と訓練を行っている愛梨をもってしても避けきるのは難しいのだ。

「くっ……」

 その一方で、藍の方も次第に厳しくなってきた。
 広場の中を縦横無尽に飛び交っていた五色の玉は今やその数を増やし、四方八方から嵐の様に藍に襲い掛かっていた。
 藍はそれを躱していくうちにだんだんと愛梨から引き離されていく。
 戦況はだんだんと愛梨に有利な方向へと変わり始めていた。

「……焦ってはだめだな」

 藍は周囲を見回しながら、焦ることなく冷静に状況を判断する。
 飛び交う玉の数が増えるということは、その分だけ制御も難しくなるということである。
 つまり、避けることに割いていた意識をその分制御に回さなくてはならないということである。
 藍は攻撃の手を止め、避けることに集中することにした。

「……そこだ!!」

「ひゃあ」

 藍は目の前に道が開いたと思った瞬間、一気に踏み込んで愛梨に接近した。
 愛梨は思わず飛びのくと同時に、飛び交っていた大量の玉を消して藍に反撃する。

「おっと」

 藍はそれを回避しながら愛梨から距離をとった。
 すると、愛梨は笑顔で藍に拍手を送っていた。

「すごいな~♪ あの状態から巻き返されるとは思ってなかったよ♪」

「でも、まだ勝負が決着したわけじゃないだろう?」

「キャハハ☆ そうだね♪ それじゃあ、次行くよ♪」

 愛梨はそういうと五つの玉を手元に戻し、今度は二つの箱に変化させた。
 箱は赤青の二色があり、その大きさは人が入れるほどの大きさであった。
 愛梨はその中の赤い箱の前に来た。

「さあて、次はちょっとした魔術に挑戦するよ♪ 瞬き厳禁、不思議な現象をご覧あれ♪」

 愛梨はそういうと赤い箱の中に入った。
 それと同時に、藍の周囲が真っ暗になった。

「なっ!?」

 藍は突然の事態に眼を見開く。
 冷静になって周りに手を伸ばすと、周囲は何やら四角い空間になっているのが分かった。
 藍が状況を分かりかねていると、その空間の壁が外側に向けて倒れていった。

「……っ!?」

 その瞬間、藍は凍りついた。
 何故なら、全方位に凄まじい密度の弾幕が設置されていたからだ。
 その向こう側に、青い箱が置いてあるのが見えた。

「じゃ~ん♪ 成功♪」

 その青い箱の中から愛梨が出てきた瞬間、藍に向かって一斉に弾幕が迫ってきた。
 藍はその弾幕を必死に避ける。
 藍がすべてを避けきったとき、愛梨は再び赤い箱の前に浮かんでいた。

「もう一度行くよ~♪」

 愛梨が再び箱の中に入ると、藍の視界もまた闇に染まる。
 そして壁が倒れると、大量の弾幕と共に青い箱が現れた。
 その中から愛梨が出てくると、弾幕は藍に向かって殺到する。

「……よし」

 藍は愛梨の技を冷静に分析し、対策を立てた。
 その目の前で、愛梨は三度赤い箱の中に入り、藍も暗闇の中に入る。
 そして目の前の壁が倒れ始めた。

「……それっ!!」

 藍は一気に前進し、まだ止まっている弾幕の中をすり抜ける。
 そして、青い箱の前に到着した。

「やあっ!!」

「うきゃあ」

 愛梨は青い箱から出てくると、突然目の前に現れた藍に驚いた。
 それと同時に、藍は愛梨に向けて全力で弾幕を張った。

「うん、はっ、ほいっと!!」

 しかし愛梨は素早く持ち直し、後ろに後退しながら藍の弾幕を回避していく。
 藍はそれを前進しながら追撃していく。
 それに対して、愛梨は落ち着いてくると反撃を開始する。

「ちっ!!」

「……あ~、危なかった♪ 今のはやっぱり改良しないといけないね♪」

 反撃を受けた藍が後退すると、愛梨はホッとため息をつきながらそう言った。
 それを見て、藍は忌々しそうに愛梨を見つめた。

「……随分余裕なんだな」

「キャハハ☆ そうでもないよ♪ さっきは本気でダメかと思ったよ♪」

「ふん、妖力弾の一発や二発じゃ墜ちないくせによく言う」

「……それじゃあダメなんだ♪ だってさ、それじゃあ僕は将志くんの信頼を裏切ることになっちゃうもんね♪ 他の二人が出来て相棒の僕が出来ない何ていうのはダメでしょ? だから、僕はたとえ一発たりとも受けずに藍ちゃん、君を倒してみせるよ♪」

 愛梨はにこやかな笑みを浮かべて、しかし瑠璃色の瞳には強い意志を込めて藍にそう言った。
 その様子を見て、藍は笑い返した。

「……なるほど。つまり、私はお前に一撃でも当てられれば良い訳だ」

「うん♪ そして、一撃ももらわずに君を降参させられれば僕の勝ちさ♪」

 二人はそう言いあうと、しばらく笑顔のまま見つめあった。

「行くぞ、愛梨!!」
「行くよ、藍ちゃん!!」

 それから二人は激しく撃ち合った。
 空は弾幕で埋め尽くされ、虹色に染め上げていく。
 藍も愛梨もそれを潜り抜けては攻撃し、ぶつかっていく。
 愛梨の攻撃は苛烈になり、藍は愛梨のすぐ近くを飛び回って攻撃する。
 愛梨の表情からは笑顔が消え、真剣な表情を浮かべていた。

「……口上が無くなった……本気なんだな、愛梨」

「藍もさっきまでよりもすごい動きをしてるわね。何ていうか、防御を捨てて攻撃に走っているみたい」

 そんな二人の戦いを、将志と紫は下から見上げていた。
 将志は愛梨の戦いを見て、笑みを浮かべた。

「……どうかしたのかしら?」

「……いや、愛梨が必死なのが嬉しくてな。俺の信頼はあいつにとって余程重要らしい」

「そんなに必死だったかしら? 所々笑っているように見えたけど?」

 紫は今までの様子を思い返して首をかしげる。
 それに対して、将志は首を横に振った。

「……そうでもない。何故なら、愛梨が最初に使った技は、愛梨が持つ一番攻撃力が高い技なのだからな」

「それじゃあ、その次のは?」

「……あれは俺も初めて見たな。恐らく自分の一番の技を破られて焦り、まだ一度も実戦に使っていない技に賭けたのだろう。もっとも、未完成だったみたいだがな」

 将志は愛梨の行動を思い返し、冷静に分析する。
 それを聞いて、紫は楽しそうに笑みを浮かべた。

「ふふふ、貴方の信頼のためにあれだけ必死になるなんて、随分と愛されてるじゃない」

「……男に意地があるように、女にだって意地があるだろう。もっとも、俺に女の意地は良く分からんがな」

 ニヤニヤと笑う紫に対して、将志はそう言って顔を背けた。
 紫はそんな将志の正面に回り込んで顔を覗き込む。

「ねえ、将志はどっちが勝つと思う?」

 紫が質問をした瞬間、将志は笑みを浮かべた。

「……決まっているだろう。愛梨は必ず信頼に応えてくれる。だからこそ、俺の相棒なのだからな」

 将志がそういった瞬間、爆音と共に空に大きな大輪の花が咲いた。
 伍色に輝く花火が散ると同時に、人影が地面に向かって落ちてくる。
 それを見るなり、将志は駆け出した。

「……ふっ」

 将志は落ちてきた人影をキャッチする。
 その横に、もう一つの人影が下りてきた。

「ふ~っ、危なかった♪ もう少しで信頼を裏切るところだったよ♪」

「……少々焦り過ぎだぞ、相棒。いつも通り冷静に持久戦に持ち込めば良かっただろうに」

「きゃはは……いいところを見せようと思ったんだけどな~♪」

 気絶した藍を腕に抱きながらため息をつく将志。
 その一言に、愛梨は苦笑いを浮かべた。
 そんな二人の下に紫が近づいてきた。

「お疲れ様。銀の霊峰の名に恥じない良い戦いぶりだったわ。多少問題点はあるけど、これなら安心して役目を任せられそうね」

「……満足してもらえたのなら幸いだ。とりあえず、藍を本殿に運ぼう」

 将志はそういうと、藍を抱えたまま本殿に向けてゆっくりと飛び始めた。
 将志の加護に守られていた藍に怪我は無く、気絶したのは衝撃のせいであった。
 本殿に着くと、将志は普段から怪我をした妖怪のために布団を敷いてある部屋に向かった。
 そして藍を布団に寝かせようとすると、小豆色の胴衣の襟を掴まれた。

「……起きていたのか、藍」

「…………」

 藍は無言で将志の胸に顔をうずめる。
 将志は訳が分からず、首をかしげた。

「……藍?」

「……将志。敗北って、こんなに悔しいものだったのだな」

 藍は将志に眼を合わせずにそう言った。
 その声と肩は震えており、必死で涙をこらえているのが感じられた。
 将志は黙って藍の肩を抱き、頭を撫でた。

「……そうだな。だが、敗北というのは悪いものでもない。負けても次があるのならば、そこで勝てば良い。次が無ければ、その相手よりも大きなものを飲み干せば良い。今回の負けなんて、そんなものだ。悔しければ、その分だけ強くなれば良いのだ」

 藍はしばらくの間黙って将志の手を受け入れていた。
 将志も黙って藍の頭を撫で続ける。

「……強くなりたいな……」

 呟くような藍の一言に、将志は撫でる手をとめた。

「……何故だ?」

「……負けたくない。他の何に負けても良い、でも愛梨にだけは絶対に負けたくない!!」

 そう叫ぶ藍の声は力強く、強烈な想いがこもっていた。
 将志はそれを聞いて、小さくため息をついた。

「……愛梨は強いぞ? 今のお前では逆立ちしても勝てるものではない。それは分かっているな?」

「……ああ、分かっているさ。だから私を勝たせてくれよ、将志……」

 藍はそういうと将志の胴衣の襟を掴む手に力を込めた。
 それを受けて、将志は穏やかな笑みを浮かべた。

「……良いだろう。だが、やるからには手を抜かんぞ。どうせなら幻想郷にその名が轟くほどに強くしてやる。覚悟は良いな?」

「……ああ。宜しく頼むよ、将志」

 藍はうずめていた顔を挙げ、将志に笑顔を見せた。
 将志は穏やかな笑みを浮かべたままその笑顔を見つめていた。

「……ところで、いつまで俺に抱きついているつもりだ?」

「……放して欲しければ、下を向いて眼を瞑ってくれ」

「……こうか……んっ?」

 将志が言われたとおりにした瞬間、唇に柔らかい感触を感じた。
 眼を開けてみると目の前には藍の顔があり、触れているのがその唇であることが知れた。

「ふふっ……これくらいは先を行かせてもらわないとな」

 藍は将志から口を離すと、そう言って微笑んだ。
 将志はその言葉に意味が分からずに首をかしげた。

「……いったい何の話「……おお~……」……ん?」

 将志が藍に話を聞こうとすると、横から声が聞こえてきた。
 その声に振り向くと、そこには将志をジッと見つめる小さな少女の姿があった。

「……アグナ?」

「……とうっ!!」

「……おっと」

 突然飛び込んできたアグナを将志は座ったまま受け止めた。
 ちなみに、藍は走りこんできたアグナを見て退避済みである。

「兄ちゃん、俺知ってるぞ!! 今の接吻って言うんだよな!!」

 アグナは眼をキラキラと輝かせて興奮した様子で将志にそう問い詰める。

「……ああ……んっ!?」

「なっ!?」

 そして将志が頷いた瞬間、唐突にアグナは将志の唇を奪っていった。
 突然のことに、藍も思わず声を上げた。

「おお~……なんかふわふわして気持ちいいな、これ!!」

「……いきなり何をんっ!?」

 将志が何事か尋ねようとした瞬間、再びアグナは将志の口を塞ぎに掛かった。
 今度は将志の頭を両腕でがっちり抱え込み、唇をぎゅっと押し付けている。

「ん~……」

「!?」

「ちょっ!?」

 それどころか、アグナはどこで覚えたのか将志の口の中に自分の舌を滑り込ませてきた。
 突然の事態に将志も藍も軽くパニックに陥って完全に停止している。
 抵抗しないのを受け入れられていると感じたのか、アグナはその行為をひたすらに続けた。

「ぷはっ!!」

 しばらくして息苦しくなったのか、アグナは将志から口を離した。
 将志もアグナも顔は真っ赤であり、肩で息をしていた。

「へ……へへっ……なんかボーっとしてきたぞ? 癖になりそうだぜ……」

 アグナは恍惚とした表情で将志にそう話しかけた。
 その表情は、どこか背徳的なものを感じさせるものだった。

「アグナ……お前……」

 将志はその表情に思わずたじろいだ。
 何故なら、アグナの視線が自分に狙いをつけた獣のような視線だったからだ。
 アグナは体重をかけて将志を押し倒し、抱え込んだ腕で顔を正面に向かせた。

「逃げるなよ、兄ちゃん……俺、兄ちゃんのことが好きだからこうしたんだぜ? それとも、兄ちゃんは俺のこと嫌いか?」

「そういうわけではないが、んむぅ!!」

 アグナは再び将志に襲い掛かった。
 口の中に入り込んだ舌が将志の口の中を激しく蹂躙する。
 将志はしがみついているアグナを何とか引き剥がそうとする。
 しかし、アグナも幼く見えて長い年月を積み重ねた大妖怪である。
 その力は強く、しっかり抱え込まれてしまってはそうそう簡単に引き剥がせるようなものではない。

「藍~? 体の調子はど……う……?」

 そこにちょうど藍の様子を見に来た紫が現れた。
 眼に映ったのは幼女とも言える外見の小さい少女が男を押し倒してその唇を貪っている場面と、その横で硬直をしている九尾の女性の姿だった。

「っ~~~~~!!」

 将志は視線と手振りで紫に助けを求める。
 しかし紫は目の前の光景に顔がどんどん赤く染まっていき、激しいパニック状態に陥っていく。

「ど、どどどどうぞごゆっくり!!」

「ん~~~~!!」

 紫は急いでその場から離脱した。
 将志は引きとめようと手を伸ばすが、当然届くはずも無い。

「んっ……何よそ見してんだよ、兄ちゃん……ちゃんとこっち向いてろよ……んっ」

 橙色の熱っぽい瞳で見つめ、タガが外れたかのように将志の唇を求めてくるアグナ。
 その行為はかなり強引であり、もはや将志はアグナの為すがままになってしまっている。

「……ちょっと頭を冷やそうか」

 その時、ようやく藍が再起動した。
 藍は将志と一緒に力を合わせてアグナを引き剥がした。

「む~っ、何だよ~!!」

「何だよ、じゃない。お前こそ何のつもりだ?」

 ふくれっ面をするアグナに、藍が冷たい声でそう問いかけた。
 なお、将志は引き剥がした瞬間に疲れ果ててその場にへばっている。

「接吻って好きな相手にするもんなんだろ? 俺は兄ちゃんが好きだから兄ちゃんにしただけだ!! だって兄ちゃんは家族なんだからな!!」

 アグナはまくし立てる様にそう叫んだ。
 それを聴いた瞬間、藍は唖然とした表情を浮かべて頭を抱えた。

「……恋愛と家族愛を一緒にされては困る。確かに家族間でも余程親しければするかもしれないが、お前のそれは度を越している。家族間ではこんなことはしないぞ?」

 それを聴いた瞬間、アグナはきょとんとした表情を浮かべた。

「……そうなのか、兄ちゃん?」

「……そうだと思うぞ」

「……そっか……」

 将志の回答に、残念そうな顔をするアグナ。
 それを見て、藍と将志は頭を抱えた。
 どうやらアグナは味を占めてしまったようである。

「……ところでアグナ。どこでこんなことを覚えた?」

「んっとな~、広場で勝負した妖怪の兄ちゃんや姉ちゃんたちから聞いたんだ。こうすると良いとかいろいろ教わったぞ!!」

「……そうか……」

 楽しそうに答えるアグナに、将志は疲れ果てた表情でため息をついた。
 ……今度乱入してしばき倒す。
 将志はそう胸に誓った。

「ところで兄ちゃん……」

 そんな将志にアグナが声をかける。
 アグナの視線と声は熱を帯びており、将志は嫌な予感を感じた。

「……何だ?」

「……気持ちよかったから、またしても良い?」

「……勘弁してくれ……」

 満面の笑みで訊ねてくるアグナに、将志はげんなりとした表情で答えを返した。



[29218] 銀の槍、頭を抱える
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/10/27 03:34

 銀の霊峰の朝は穏やかに始まる。
 その霊峰の主である銀髪の男は誰よりも早く起き、いつも通り槍の稽古をした後に朝食の準備をする。
 本日の朝食はカブの味噌汁と菜っ葉のおひたしに、近くの川で取れた鮎の塩焼きと玄米である。
 それらを手早く作り終えると、将志は他の住人が起きてくるまで掃除をする。

「……はぁ……」

 そうして掃除をする将志の顔は浮かないものであった。
 というのも、ここ最近になって非常に悩ましい問題が浮上してきたからである。
 将志はその解決策を必死になって考えるが、上手い方法が見つかっていない。
 そうやって考え事をしていると、住人たちが起きてきた。

「あ、将志くん、おはよ♪ 今日も早いね♪」

「おはようございます、お兄様。悪いですわね、いつも掃除してもらって」

「……おはよう、二人とも。朝食が出来ているぞ。先に席について待っていてくれ」

 起きてきた愛梨と六花に将志は挨拶をする。
 それを終えると、将志は深々とため息をついた。

「……アグナはまだなのか?」

「ええ、いつも通りですわよ」

 将志の言葉に、六花も苦笑交じりに答える。
 それを聞いて、将志は肩をすくめて首を横に振った。

「……起こしにいくか」

「キャハハ☆ 頼んだよ♪」

 どこか疲れた表情そう呟く将志に、愛梨は笑顔でそう声をかけた。
 将志は本殿の奥にある居住区画の一室に足を運んだ。
 その部屋の前に立つと、将志は部屋の戸を叩いた。

「……アグナ、入るぞ?」

 将志がそう問いかけるも、返事はない。
 一つため息をついて将志は部屋の中に入る。
 すると部屋の真ん中には布団が敷いてあり、盛り上がっていた。
 どうやらアグナはまだ夢の中のようである。
 将志は額に手を当てため息をついた。

「……アグナ、朝だぞ」

「…………」

 将志は離れたところから声をかけるが、アグナは一向に起きる気配がない。

「……起きろ、朝食が冷めてしまうぞ?」

 将志は近づきながら声をかけるが、それでもアグナは無反応。
 そんなアグナの様子に、将志は盛大にため息をついた。
 将志はアグナのそばまで歩いていく。

「……おい、いい加減にしむぅ!?」

 将志がアグナを揺り起こした瞬間、アグナは将志に飛びついてキスをした。
 その不意打ちの一撃で、アグナは将志の口の中をチロリと舐める。

「へへっ、おはよう兄ちゃん!!」

 燃えるような赤い髪の幼い外見の少女は満面の笑みを浮かべて将志に挨拶をした。
 それに対して、将志は頭を抱えてため息をついた。

「……アグナ。せめて起きる時ぐらい普通に起きられないのか? 流石に毎日毎日これというのは……」

「えー、いいじゃねえかよー!! 減るもんじゃねえし、兄ちゃんも俺のこと好きなんだろ? ならいいじゃねえか!!」

 将志の言葉にアグナは口を尖らせてそう返した。
 それに対して、将志は力なく首を横に振った。

「……とにかく、朝食の準備が出来ている。早く来い」

「おう!! すぐ行くぜ!!」

 将志が食堂に向かうところを、アグナは後ろについて行く。
 食堂に着くと、席について全員一斉に食事を始める。

「……ご馳走様」
「ご馳走様♪」
「ご馳走様でした」
「ゴチっした!!」

 将志は朝食を終えると洗い物を始める。
 何故将志がここまですべてをやっているかといえば、将志にとって後片付けまでが料理なのだからだった。

「(じ~っ……)」

 そんな将志を、横でジッと見つめる影が一つ。
 将志がその視線に眼をやると、そこには橙色の瞳をキラキラと輝かせて自分を見つめるアグナの姿があった。
 将志は洗い物を終えると、アグナの横を通り過ぎて書簡を整理するために自室に向かう。

「♪~」

 アグナはそんな将志の後ろを鼻歌を歌いながらついて行く。
 将志が自室に入ると、アグナもそれに続いて中に入る。
 そして将志が机の前に座ると、アグナは将志に飛びついた。

「なあ兄ちゃん、一つくれ!!」

 アグナは将志の膝の上に向かい合うようにして乗っかると、将志にそういった。
 その眼は相変わらずキラキラと輝いており、何かを期待している様子だった。

「……アグナ、この前の藍の話を「くれないんならもらってくぜ!!」むぅ!!」

 アグナは喋ろうとした将志の口を強引に自分の口で塞ぐ。
 そして将志が口を閉じる前に舌を滑り込ませ、口腔内を弄んだ。

「…………」

 将志は口の中を弄られながらもアグナの肩を叩く。
 すると、アグナは将志から口を離した。

「へへっ……大好きだぜ、兄ちゃん。それじゃ、また後でやろうぜ!!」

 アグナははにかんだ笑顔でそういうと、外に向かって駆け出していった。
 将志は解放されると、机の上に突っ伏した。




 ……そう、このアグナの行動こそが、将志の目下最大の悩みなのであった。




 この前の一件で、アグナはキスの快楽にどっぷりと浸かってしまったのだ。
 そのおかげで、アグナは事ある度に将志の周りに付きまとってキスをねだる様になったのだった。
 そのたびに将志は一応の説得を試みるのだが、成功した試しはない。
 というわけで、将志は事ある度に精神をすり減らすことになるのだった。

「……というわけだ。何とかならないだろうか……」

 困り果てた将志は、愛梨や六花に相談することにした。
 将志の話を聞いて、二人は顔をしかめた。

「う~ん、あのアグナちゃんがねぇ……」

「お兄様、それ本当ですの?」

 二人とも、どうやらアグナがそういう行動をとることが信じられない様子であった。
 それに対して、将志は疲れ果てた表情で話を続ける。

「……本当の話だ。嘘だと思うのなら、藍や紫あたりにでも訊いてみるといい」

 その言葉を聴いて、二人の表情が急に深刻なものになった。
 二人の経験上、将志が他の者にも訊いてみろという場合、その信憑性は格段に跳ね上がるからである。

「……どうやら本当みたいだね♪」

「……詳しく聞かせてほしいですわね」

「……ああ……」

 将志は一例として今朝から今までの自分に対するアグナの行動を列挙した。
 すると、想像以上のアグナの行動に二人は唖然とした表情を浮かべた。

「きゃはは……何ていうか……」

「……これは酷いと言わざるを得ませんわね……一番多い日で何回されたんですの?」

「……朝方寝起きに一回、朝食後に一回、出かける前に一回、帰ってきて一回、昼食後に一回、間食時に一回、訓練前に一回、訓練後に一回、夕食後に一回、風呂に入る前後で二回、寝る前に三回……十四回だな」

 しばし無音。
 愛梨も六花もしばらくの間呆然としていた。

「はっ!? 呆然としている場合ではありませんわ!! お兄様、アグナに対してどんな説得をしたんですの?」

「……前に藍が言っていたのだがな、恋愛と家族愛は違うのだと。お前のは家族愛なのだから、そういうことをするのは違うのではないかとな」

「でも、ぜんぜん解決できてないよ?」

「……しばらくの間は大人しくしていたのだが、そのうち言い返すようになってな。そんなことは知らない、俺は好きだからこうするのだ、とな。この言葉に対する切り返しがどうしても出来んのだ」

 将志はそう言って首を横に振った。
 このような事態になるまで愛という命題について考えたことのなかった将志には、アグナに返す言葉がなかったのだ。
 それを聞いて、六花は深々とため息をついた。

「……愛が重いですわね……しかもアグナは純粋だから余計に……」

「迷惑だとは……言えないんだよね、将志くんは……」

「……ああ。アグナの行為は六花の言うとおり、純粋な好意から来るものだ。甘いと思うかも知れんが、俺にはそれを拒絶することなど出来ん。家族なのだからなおさらだ」

「本当に甘いですわね。でも、それが一番お兄様らしいですわ」

 落ちてきた艶やかな銀色の長い髪をかき上げながら、六花はそう言って微笑んだ。
 その横で、愛梨が腕を組んで首をかしげていた。

「ところで、僕たちも家族なのに何で将志くんだけなんだろう?」

「……アグナに至らぬことを吹き込んだ連中が、男と女でするものと言っていたからだそうだ」

「……お兄様、その余計なことをしてくださった連中は……」

「……然るべき処置を施してある」

 将志は静かに怒りを燃やす六花をそう言って制した。
 なお、将志が施した然るべき処置とは以下の三行で示されるようなものである。

 テーレッテー
 ホクトウジョウハガンケーン
 イノチハナゲステルモノデハナイ

 ダイジェストでお送りいたしました。

「……それで、何か良い案はないか?」

「そうですわね……まずは実際に見てみないことにはどれくらい根深いのかが分かりませんわ」

「そうだね♪ 見てみれば何か分かることもあるかもしれないしね♪」

「……分かった。では一先ず保留としておこう。俺は自室で書簡を片付けてくる。連中のことは頼んだぞ」

「うん♪ 任せといてよ♪」




 将志が書簡を片付けている間に、アグナが外から帰ってきた。
 愛梨と六花はその姿を認めると頷きあった。
 そんな二人のところにアグナは走ってくる。

「なあ姉ちゃんたち!! 兄ちゃんどこに居るかしらねえか!?」

「お兄様なら、自分の部屋に居ますわよ?」

 元気良く話しかけてくるアグナに、六花は答えを返す。
 六花の言葉を聞いて、アグナは満面の笑みを浮かべた。

「おう、ありがとな!!」

 アグナはそういうと将志の部屋のある方向へと走っていった。
 愛梨と六花はその様子をじっと見守る。

「……そういえば、最近アグナは何かあるたびにお兄様の居場所を訊いてましたわね」

「うん……良く考えたら僕もそんな気がするよ♪」

「追いますわよ、愛梨」

「うん、分かってるよ六花ちゃん♪」

 二人はアグナの後を追って将志の部屋まで気配を殺して歩いていく。
 そして将志の部屋の前に来ると、戸の隙間から部屋の中を覗き込んだ。

「…………」
「…………」

 中では仕事中の将志と、横でその様子を眺めているアグナの姿があった。
 アグナは仕事の邪魔にならないように黙っており、礼儀正しく座っている。
 その座った姿勢は前傾姿勢気味であり、何かあったら飛び出していきそうな雰囲気であった。
 そんな中、仕事が終わり将志は筆を机に置く。

「終わったのか!?」

「……ああ」

「とうっ!!」

 アグナは将志が仕事を終えたと見るや飛び付いた。
 将志には席を立つ時間すらも与えられず、アグナは膝の上に収まることになった。

「……アグナ、俺はこれから別の仕事の準備があるのだが?」

「何言ってんだ? 兄ちゃんの次の仕事までは結構時間があるから、次は休憩時間だろ? 準備なんて後でいいじゃねえか」

「……確かにそうだが、先に終わらせるに越したことはんむっ!?」

 話を続けようとする将志にアグナはおもむろにキスをする。
 アグナは頭を抱え込んでおり、将志は抜け出すことが出来ない。
 しばらくその状態が続いた後、アグナは将志から口を離した。

「……何度も言うが、恋愛と家族愛はちがっ!!」

 再び将志の口をアグナは塞ぐ。
 今度は将志の口の中に舌をねじ込み、思いっきりかき回す。
 将志にはなす術がなく、ただ受け入れるだけしかできなかった。

「はぁ……恋愛だとか家族愛だとか、そんなの知らねえよ……俺は兄ちゃんが好きで、兄ちゃんも俺のことが好きなんだろ?」

「……確かにそれは認めるが……んっ」

 歯切れの悪い声でアグナの質問に答える将志。
 その口を、アグナはついばむ様なキスで軽く押さえる。

「ならいいじゃねえか……俺はそんな大好きな兄ちゃんと一緒に気持ちよくなりたいんだ」

 アグナは蕩けた顔で嬉しそうにそう答えた。
 その表情は幼い外見からは想像もつかないような、背徳感を感じるような色気があった。
 アグナは力が抜けている将志をそっと押し倒した。
 その拍子にアグナは戸から覗いている視線に気がついた。

「ん? 誰だ?」

 アグナは将志から離れて部屋の戸を開ける。
 するとそこには、顔を真っ赤にした愛梨と六花が立っていた。

「何だ姉ちゃんたちか。そんなところで何やってんだ?」

「そ、それはね……」

「な、何と言えばいいんですの……」

 アグナに質問をされ、言いよどむ二人。
 二人は先程まで目の前で繰り広げられていた展開に少々パニック状態に陥っている。

「そうだ!! 一緒にまざらねえか!?」

「えっ?」
「はい?」

 突然のアグナの一言に、二人は虚を突かれて固まる。
 そんな二人の手をアグナはぐいぐいと引っ張っていく。

「いいじゃねえか、家族なんだし!! 兄ちゃんが好きならやっちまえよ!!」

「いやいやいや、それはおかしいんじゃないかな!?」

「むしろ家族であんなことしていたら大問題ですわよ!?」

 笑顔でとんでもない発言を繰り返すアグナに、二人は大慌てで止めに入った。
 それを受けて、アグナは首をかしげた。

「ん? 何でだ? 何で家族でしちゃいけねえんだ?」

「それは道徳的な問題がだよ?」

「じゃあ、何が問題なんだ? 好きな相手に好きって言って何が悪いんだ? 同じ好きでも、家族じゃ何で接吻しちゃダメなんだ?」

「そ、それは……なんて説明すればいいんですの、お兄様!?」

「……それが分かればとうの昔に解決している」

 六花は将志に助けを求めるも、それは何の解決にもならなかった。
 言い返す言葉が見つからず、愛梨と六花は焦り始める。

「どうすればいいんですの、愛梨!?」

「あわわわわ、僕も分かんないよ!?」

 そんな慌てふためく二人を見て、アグナは悲しそうな表情を浮かべた。

「……姉ちゃんたちは兄ちゃんのことが嫌いなのか?」

「え、そうじゃないけど……」

「そんなことはありませんわよ?」

「じゃあ、何でしねえんだ?」

「それは……」

「家族だからですわ」

「じゃあ、何で家族だからってしねえんだ? 家族ならむしろ遠慮しねえでやっちまえよ。遠慮なく付き合えるのが家族なんだろ?」

 自分の気持ちと現状との間で心が揺れ動き、愛梨は言いよどむ。
 あくまで家族だからと、六花は拒否する。
 それに対して、アグナは家族だからこそ遠慮しない。
 どうやら、そもそもの道徳性が違うようであった。
 両者の意見は平行線をたどっている現状に、二人は途方に暮れた。

「……どうしようか、六花ちゃん?」

「……こうなったら仕方ありませんわ。もっと経験がありそうな人物の意見を聞くとしましょう」




「……それで、私のところに来たわけ?」

「ええ、全くもって癪な話ですけどね」

 ところ変わって永遠亭。
 銀の霊峰の面々はそろってここに集まっていた。
 その理由は、少なくとも自分達よりは経験がありそうですぐに頼れる輝夜に何とかしてもらおうと考えたからである。
 なお、伊里耶も一応は候補に挙がったのだが、初対面の相手に仕掛けた行為を考えると事態を悪化させかねないため、除外した。

「……茶が入ったぞ」

 将志は普段どおり茶を淹れて全員に配る。
 アグナは将志の後ろをついて周り、その手伝いをしていた。
 ちなみに、永琳は輝夜によって戦力外通告を受けたため、将志と話をしている。

「……話を聞いていると、そもそも私達とは考え方が違うわね。恐らく、そういう行為に関する禁忌というのが分からないんじゃないかしら?」

「そうだね……このまま行くと、何だか取り返しのつかないことになっちゃいそうで怖いよ……」

「道徳を使って説得できないなら、別の方法を使えばいいじゃない」

「そんな方法がありますの?」

「あるわよ。まあ、見てなさいな」

 輝夜はそういうと、将志の隣に座っているアグナに声をかけた。

「アグナ、ちょっといい?」

「お、何だ姉ちゃん!?」

「貴女、最近将志にキスしまくってるんだってね?」

 輝夜がそういうと、アグナは首をかしげた。

「キスって何だ?」

「……接吻のことよ」

 それを聞くと、アグナは不機嫌そうに頬を膨らませた。

「む~っ……何だよ、輝夜の姉ちゃんも道徳がどうとか言うのか?」

「そんなことは言わないわよ。私はそれがもっと気持ちよくなる方法を教えようと思っただけよ」

 輝夜がそういった瞬間、アグナの表情は一転して笑顔になった。
 そして、食いつかんばかりに輝夜に詰め寄った。

「そうなのか!? なあ、それ教えてくれよ!!」

「良いわよ。で、どうするかは簡単よ。安売りをしないで我慢して、一番好きな人にここぞという場面ですることよ」

 輝夜がそういうと、アグナは口元に指を当てて考え込んだ。

「ん~……ここぞという場面って、何だ?」

「さあ? それは自分で考えることね。少なくとも、毎日毎日ひっきりなしにやってたら飽きるし、籠められる想いも軽くなっちゃうわよ?」

「籠められる想い?」

「そう。ずっと与え続けていたらそのうちそれが当たり前になって、もらっていることを気付けなくなっちゃうのよ。好きだって言っているのに気がついてもらえないなんて嫌でしょ?」

「う~、そんなの嫌だ!!」

「なら、大事にとっておきなさいな。本気で好きだって伝えるその時まで」

「うん、分かった!!」

 アグナは元気よくそういうと、将志のところへと走っていった。

「……どうした、アグナ?」

「へへへ……んっ」

 アグナは笑みを浮かべると、唐突に将志の唇を奪った。
 それは貪るようなものではなく、そっと触れるだけのやさしいキスだった。
 それを受けて、将志は深々とため息をついた。
 
「……輝夜の話を聞いていたのではないのか?」

「だからだよ、兄ちゃん。俺が今一番好きなのは兄ちゃんだ。これだけは伝えておきたかったんだ」

「……そうか」

 全力で愛情表現をしてくるアグナに、将志は苦笑いを浮かべた。

「次はいつにすっかな~? あんまり早いとあれだし……一月ぐらい待てばいいのか?」

 アグナは次の予定を早々に組み始めた。
 それを見て、将志は疲れた表情を浮かべて輝夜のほうを見た。

「……輝夜、根本的な解決になっていないのだが……」

「……将志、こういう言葉があるわ。『激流に身を任せ同化する』(意訳:あきらめろ)」

「……くっ……」

 諭すような輝夜の言葉に、将志は頭を抱えた。

「…………」

 ふと、将志は視線を感じて顔を上げた。
 するとそこには、こちらをジッと眺めている永琳の姿があった。

「……どうした、主?」

「いえ、何でもないわよ」

 将志の質問にそう答えて永琳は顔を背けた。
 しかし何か気になるのか、チラチラと将志の方を見やっていた。

「……?」

 将志はその行為の意味が分からずに首をかしげた。
 すると、ぺちっと手を叩く音が聞こえてきた。

「よし、一月に一度にしよう!!」

 アグナはそういうと、次に思いを馳せて楽しそうに笑った。
 将志はそれを見て頭を掻く。

「……輝夜、一月後が怖いのだが……」

「激流に身を任せ……」

「……もういい」




 その後、将志は一月に一度アグナから猛攻を受けることになった。



[29218] 銀の槍、引退する
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/10/29 06:44

「……これだけあれば十分といったところだな」

 将志は蓄えていた銅銭や金銀財宝を数え、帳簿をつける。
 雇われの用心棒や妖怪退治などで稼いだ財は莫大な額であり、通常の人間ならば一生遊んで暮らせるだけの資産がそこにはあった。
 将志達はそこまで贅沢をしたりはしない上に食料の一部を自分で獲っているため、持たせようと思えば200年は持つ。

「……そろそろ潮時か……」

 帳簿を見ながら、将志はそう呟いた。
 将志は20年間町で仕事をしていたが、現在引退を考えている。
 もちろん、身体能力的には全く問題はない。
 しかし、それが逆に問題となるのだ。
 何故ならば、将志は人間のように歳を取らないからだ。
 そんな人物がずっと同じ町に居座っていたらどうなるか?
 恐らく、良い事など一つもないだろう。
 だから、将志は今まで仕事をしてきた町から手を引くのだ。

「……行くか」

 将志は赤い布で巻かれた銀の槍を背負い、黒い漆塗りの柄の槍を担いで仕事場にしていた町へと出発した。



 将志は町に着くと、いつも仕事を請けていた仕立て屋に向かった。
 仕立て屋では、店主が番台に座って店番をしていた。

「……槍次か。今日は珍しく客は居ないぞ」

「……そうか」

「で、仕事を請けに来たのか?」

「……あるのならば請けよう。だが、その前に話がある」

 将志が話を切り出すと、店主は仕事内容が書かれた木簡を取り出す手を止めた。

「話だと?」

「……ああ。そろそろ潮時じゃないかと思ってな。故郷に帰ることにした」

「……そうか。考えてみれば、あれから20年経ったのか。お前も若く見えて、中ではガタが来ていたというわけだ」

 店主は感慨深げにそう呟いた。
 それに対して、将志は笑みを浮かべる。

「……そういうことだ。そういう店主も、俺が辞める時には廃業するつもりだったのだろう?」

「ああ。手配師も実際は綱渡りの様な仕事だ。知りたくもない裏の事情を知らなくてはいけないこともあるし、場合によっては命を狙われることだってある。……俺はもう、そういう綱渡りをするのは疲れたのさ」

 そう話す店主の顔には影が差しており、どこか疲れた表情を浮かべていた。
 それを見て、将志はため息をついた。

「……歳を取ったものだな。店主が弱音を吐くところなど初めて見たぞ?」

「ふっ、違いない。さて、仕事の話と行こう。残ってるのはこいつだけだ、お互いに有終の美を飾るとしようじゃないか」

「……ああ」

 そう言い合うと、二人は仕事の話を始めた。
 仕事の内容は周辺に現れた盗賊の退治だった。
 将志は依頼の内容を確認し、早速仕事に取り掛かった。
 藍の一件で狐殺しと呼ばれるようになった一騎当千の兵にとって、それは楽な仕事だった。



 仕事が終わり、将志は仕立て屋に戻ってきた。
 仕立て屋の店主は将志がやってくると、茶を出して出迎えた。

「……終わったようだな」

「……ああ。これが証拠だ」

 将志は盗賊の隠れ家から持ってきた武器の類を店主に見せる。
 店主はそれを確認すると、報酬の包みをそっと机の上においた。

「これが最後の報酬だ。今までご苦労だったな。おかげで随分と稼がせてもらったぞ」

「……稼がせてもらったのはお互い様だ。それで、店主はこれからどうするつもりだ?」

「なに、幸いにして表の顔も軌道に乗っているからな。これからは、仕立て屋一本でやっていくさ」

「……そうか。なら、その門出を祝ってこれでももらおうか」

「故郷の誰かに手土産か。そらよ、お買い上げどうも」

 二人はそう言って笑い合う。
 そこには、20年間で積み上げてきた信頼関係が確かに存在した。

「……達者でな」

 将志はそういうと、仕立て屋を後にした。

「ああ。お前も元気でやれよ、槍次」

 店主はそれに対して短く答えを返して今生の別れを告げた。



 将志が町の出口に向かって歩いていくと、そこには門の柱に寄りかかっている人影が見えた。
 その人影は将志を視界に捉えると、前に立ちはだかった。

「……居ないと思えばここに居たのか」

「……逃がさないぞ、将志。勝ち逃げなんて出来ると思うなよ」

 立ちふさがった人影、妹紅は俯いたまま将志に向かってそう言った。
 それに対して、将志は小さくため息をついた。

「……やる気か?」

「……もちろん」

「……良いだろう、では移動するとしよう」

 将志と妹紅は町の外にある草原に移動する。
 二人は向き合うと、お互いに向かって構えた。
 将志が構えるのは漆塗りの槍ではなく、自らの本体である銀の槍である。
 一方の妹紅は体に炎を纏わせて戦闘準備に入った。

「……行くぞ」

「来い!!」

 将志は一気に踏み込み、妹紅に対して突きを放った。
 妹紅はそれを躱し、炎を纏った拳でカウンターを狙う。

「……ふっ!!」

「ぐっ……」

 将志はそれを体を捌くことで冷静に躱し、妹紅に膝蹴りを叩き込む。
 妹紅はとっさに後ろに跳んで受身を取り、受けるダメージを少なくした。

「……はっ!!」

 将志はそこに妖力の槍を投げつける。

「っ!!」

 体勢が崩れている妹紅はそれを見てあえて後ろに倒れた。
 すると銀の槍は妹紅の目の前を通り過ぎていき、銀の奇跡が残った。
 それを確認すると、妹紅は素早く横に転がった。
 銀の軌跡が崩れ、夥しい量の弾幕が妹紅が居た場所に降り注いだ。

「っ、はあああああ!!」

 妹紅は素早く体勢を立て直すと将志に向かって炎を放った。
 将志はそれを難なく避け、炎で視界がさえぎられている妹紅の背後を易々と取る。

「そこだ!!」

「……っ」

 しかし妹紅は将志の行動を先読みして後方へ攻撃を仕掛ける。
 炎を纏った妹紅の攻撃を受け止めるわけには行かないため、将志は大きく後退した。

「……くっ、出会ってすぐは今の攻撃を避けられなかったものだったが……成長したな」

「はっ、あんたが毎回毎回背後だの死角だの突いてくれるもんだから慣れたんだよ」

 一息ついて将志は妹紅の成長を素直に褒める。
 それに対して、妹紅は吐き捨てるように言葉を返した。

「……なるほど、20年間俺に喰らいついてきたのは伊達ではないか。ならば、どこまで付いて来られるか試してみようか」

「上等だ。余裕ぶっこいて追い抜かされても泣くなよ?」

 将志が七本の銀の槍を作り出して宙に浮かべると、妹紅の背中から翼が生えたかのように炎が噴出す。
 両者はしばらく睨み合い、相手の出方を伺う。

「……どうした、来ないのか?」

「……そうかい。なら、遠慮なく行かせてもらう!!」

 妹紅はそういうと将志に向かって炎を放った。
 その炎は翼を広げた鳳凰のような姿で飛んでいく。

「……疾っ!!」

 将志はその鳳凰の上を飛び越えるように跳躍し、妹紅に向けて槍を投げる。
 対する妹紅もその槍をすり抜けるように前に進み、将志を下から炎で突き上げた。

「どうだ!!」

「……甘い!!」

 将志は球状の足場を作り出してそれを蹴り、素早く妹紅の死角に入る。
 そして妹紅に水面蹴りを掛け、足を払う。

「うわっ!?」

「……はっ!!」

 倒れこんでくる妹紅を、将志は槍の石突を下から叩き込んで宙に浮かせる。

「……ふっ、せいっ、そらっ!!」

「ぐっ!!」

 宙に浮いた妹紅に、将志は次々と追撃を掛けた。
 その連撃を妹紅は必死の形相で耐える。

「……やっ!!」

「ぐあっ!!」

 追撃の最後に将志は槍を振り下ろして妹紅を地面に叩き付けた。
 将志は着地すると、油断なく妹紅を見やる。

「くっ……まだだ!!」

「……流石に頑丈だな」

 即座に立ち上がってくる妹紅に対して将志はそう呟いた。
 将志は再び銀の槍を数本作り出し、妹紅に向かって投げつける。

「はああああああ!!」

 すると妹紅はその槍を飲み込むような巨大な炎を撃ちだした。
 しかし槍は燃え尽きることなく飛んでいき、そのうちの一本が妹紅の腹に突き刺さる。

「がっ……そこだぁ!!」

「……ちっ!!」

 将志が炎に隠れて妹紅の真上から攻撃を仕掛けようとすると、妹紅は手から出している炎をそのまま将志の居る方角へ向けた。
 将志はそれを見て足場を作り出し、それを蹴って一気に離脱した。

「……今日はいつになく荒いな……」

 将志は妹紅の攻撃を見ながらそう言った。
 普段の妹紅はここまで捨て身の戦法を取ったりはしない。
 将志が知る限り、妹紅は自身の機動力を下げないようにこちらの攻撃を躱しながら戦う形を主としている。
 不死者であるのに将志の攻撃を躱す理由として、将志の槍は刺さったらそのまま残されるからだ。
 かつて将志は妹紅が体に刺さった槍を抜こうとしたところを叩きのめしたことがあるため、妹紅はそれを嫌うようになったのだ。

「逃がすかぁ!!」

 しかし、今日の妹紅は完全に防御を捨てて攻撃に走っている。
 腹に槍が突き刺さったまま、妹紅は将志に向かって炎を放つ。
 その炎も普段より苛烈なものであり、天を焦がしそうな勢いがあった。

「…………」

 そんな妹紅に対し、将志は黙って槍を投げつける。
 それと同時に、将志は一発の弾丸を妹紅に向かって放った。

「ぎゃうっ!?」

 妹紅は槍と一緒に弾丸を額に受け、その場に転がった。
 そして起き上がろうとすると、突然腹に刺さった槍が消えた。
 妹紅がそれを怪訝に思いながら体を起こすと、そこには黙って空を見上げる将志が立っていた。

「くっ……まだ終わっていないぞ……」

「……ああ。確かにまだ終わっていないな」

 将志はどこか上の空で妹紅に対して答えた。
 その様子に、妹紅は顔をしかめた。

「……あんた、何を考えているんだ?」

「……いや、思えば短い間ではあったが、この喧嘩も日常の一つだったとな。少々感慨に浸っていたのだ。今まで一度も勝ちを拾えずとも、何度でも喰らいついてくるお前の執念には恐れ入るよ」

 将志はそう言いながら笑みを浮かべる。
 それを見て、妹紅もつられて笑う。

「そうか。それで、私にやられてくれる気になったのか?」

「……今まで俺はお前に対して少々無礼を働いてきた。その理由はいろいろあるのだが、今となってはそれもない」

 将志の言いたいことの意味がわからず、妹紅は首をかしげた。

「何が言いたいんだ、あんた?」

「……お前の執念と根性に敬意を表して、これから俺の本気を見せてやる。……お前が越えようとした山、決して低くはないぞ?」

 将志がそういった瞬間、周囲が銀色に輝き始めた。
 そこから感じられる力に、妹紅は眼を見開いた。

「な、あんたまだそんな力を……」

「……銀の霊峰の守護神にして主の守護者、槍ヶ岳 将志。その力、しかと眼に焼き付けるがいい!!」

「うぐっ!?」

 将志がそういった瞬間、妹紅は吹き飛ばされていた。
 起き上がってみると、さっきまで自分が立っていたところに槍を振りぬいた格好の将志が立っていた。

「な、何がっ!?」

 状況が理解できていない妹紅がそう呟いた瞬間、妹紅の体が宙に浮いた。
 そして次の瞬間、七本の槍が体を貫いていた。

「がはっ……」

 妹紅は空中で体勢を立て直して周囲を見た。
 すると、そこにはバスケットボールぐらいの大きさの大量の銀の玉が浮かんでいた。
 それを見た瞬間、風と共に腹に焼け付くような痛みを妹紅は感じた。

「……え?」

 見ると、そこには一筋の赤い線が引かれていた。
 それを確認すると同時に、今度は右足と左肩に痛みが走る。
 妹紅が呆気に取られている間に、傷はどんどん増えていった。

「あっ……」

 そして妹紅は自分にまっすぐ迫ってくる将志を確認した瞬間、銀の槍で体を貫かれたのだった。




「……ははは、これがあんたの本気か……今の私じゃ手も足も出ないや……」

 妹紅は全身ボロボロの状態で地面に横たわってそう呟いた。
 そんな妹紅のところに、将志は歩いて近づいていく。

「……俺が本気を出したのは蓬莱人とはいえ人間では初めてだ。なかなかだったぞ」

「……結局、最後まであんたに勝てなかったなぁ……」

「……なに、お互いに死とは程遠い存在なのだ、縁があればまた会うこともあるだろう。それまでに俺を倒せるほど強くなればいいさ」

 将志はそういうと、倒れている妹紅の腹の上に紫色の布の包みをおいた。
 妹紅はゆっくりと体を起こし、包みを眺めた。

「何だ、これは?」

「……着物がボロボロだろう、婦女子をそんな格好で歩かせるのは俺の気が許さん。大人しくそれを着ておくがいい」

 妹紅が包みを開くと、中には飛び立つ鶴が描かれた浴衣が入っていた。
 それを見ると、将志は妹紅に背を向けた。

「……お前はまだまだ強くなれる。いつかお前はそこに書かれている鶴のように、お前の炎が見せた鳳凰のように飛び立つことが出来るだろう。その時には、こちらから戦いを申し込ませてもらうとするよ。……また会おう、妹紅」

 将志はそういうと、妹紅の前から一瞬で姿を消した。
 それを見て、妹紅はため息をついた。

「……あ~あ、結局勝ち逃げされたか。腹立つ……」

 妹紅は傷が癒えると、すっと立ち上がった。
 そして将志に渡された浴衣を羽織り、帯を締める。

「でもまあ、あいつの言うとおり生きてりゃそのうち会えるか。首を洗って待っていろよ、将志」

 妹紅はそういうと、町の中へと消えていった。
 その口元は、わずかにつり上がっていた。



[29218] 銀の槍、苛々する
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/11/01 06:15
「……来たか」

 妖怪の山の森に囲まれた広場にて、大きな黒い翼を背に持つ妙齢の女性がそう呟く。
 すると、その前に銀色の髪の男が降りてきた。
 男の背中には、赤い布にくるまれた細長い棒状のものが背負われていた。

「……いきなり呼び出すとは、何かあったのか、天魔?」

「一つ確認したいことがある。今日はそのために貴様を呼び出した」

「……確認したいことだと?」

「ああ。そしてそれが正しければ――――」

 天魔はそういうと、背中の大剣を抜き放って剣先を将志に向けた。

「貴様は私に倒される」

 天魔のその宣言に、将志は愉快そうに口元を吊り上げた。

「……ほう? 確かにそれは気になることだ。早速試してみるか?」

「ああ。そのために貴様を呼び出したのだからな」

 将志は背負った銀の槍の赤い布を解き、手に取った。
 天魔は大剣を片手に持って構える。

「……行くぞ」

 将志はそういった瞬間に天魔の背後を取って攻撃する。
 天魔はそれを前に飛ぶことで躱し、翼から弾幕を展開する。

「……ふっ」

 将志はその弾幕を難なく潜り抜けて弾幕を返す。
 至近距離で展開された銀の弾幕は密集したまま天魔に襲い掛かった。

「ちっ!!」

 天魔は素早く後退しながら弾丸を避けて行く。
 その天魔に対して、将志は槍で追撃を加える。

「……はっ!!」

「くっ!!」

 天魔は将志の突きを大剣の腹で受け流すようにして避ける。
 そして、天魔と将志は鍔迫り合いの状態になった。

「……さて、ここまではこの前と変わらんが……何を考えている?」

「……お前の弱点は、たとえ僅かな衝撃でも戦闘不能になる身体の脆弱さだ」

「……確かに、それが俺のどうやっても克服できなかった致命的な弱点だ。……だが、当たらなければ問題はあるまい?」

 将志はそういうと天魔を弾き飛ばし、妖力で編んだ銀の槍を投擲した。
 天魔はそれを剣で叩き落し、将志に向かって弾丸を放つ。
 その弾丸は以前のものよりも小さく、その代わりに数が大幅に増加したものになっていた。

「……手数を増やしただけでは当たらん」

 しかし将志はそれを避け、時には槍で弾き返しながらそれを潜り抜ける。
 それを処理している間に、将志の視界からは天魔が居なくなる。

「……上か!!」

「うっ!?」

 将志は上に向かって銀の槍を放つ。
 するとそこには大剣を振り下ろそうとしていた天魔がいた。
 天魔はその一太刀で飛んでくる槍を払う。

「……そらっ!!」

「くっ……」

 そうして出来た隙に将志は手にした銀の槍を叩き込もうとする。
 天魔は身体を捻ることでそれを躱し、地面スレスレを飛ぶようにして体勢を立て直した。
 将志は素早く間合いをつめ、天魔に接近戦を仕掛けた。

「……せっ!!」

「はあっ!!」

 将志と天魔は激しく打ち合った。
 槍と大剣が交差するたびに火花が散り、その激しさを物語る。

「はああああ!!」

「……疾!!」

 数十合打ち合った後に、再び鍔迫り合いになる。

「……幻覚は使わんのか? あれを出し惜しみして勝てるほど俺は甘くはないと思っているのだが?」

 将志はそれまでの戦いを振り返り、首をかしげた。
 天魔の能力は『幻覚を操り使いこなす程度の能力』である。
 以前戦ったときはその能力を使って将志を撹乱しながら戦っていた。
 しかし、今回の戦いでは天魔は依然としてその能力を使っていないのだ。

「ああ、使わん。あれを使ったところでお前相手には効果が薄い。ならば、使わずに力を温存しておくべきだ」

「……ふむ、ではどうやって俺を倒すつもりだ?」

「……無論、貴様の弱点を突いて倒す」

 天魔はそういうと鍔迫り合いの状態のまま将志に弾丸の雨を降らせた。
 将志はその弾幕が届く前に素早く飛びのき、全ての弾丸を躱した。

「そこだ!!」

 天魔は将志が飛びのいた先に紅色のレーザーを打ち込んだ。
 レーザーは速く正確に将志を撃ち抜くべく飛んでいく。

「……それも甘い」

 しかし将志はまるで読んでいたかのようにそのレーザーを回避する。
 レーザーは地面に着弾し、空に大量の土や石を空高く噴き上げた。

「まだだ!!」

 天魔は空を飛ぶ将志に更に下から弾丸の嵐で追撃をかける。
 将志はそれを避けたり弾いたりして難なく無効化する。

「てやああああ!!」

「……せやっ!!」

 斬りかかってくる天魔に、将志は反撃する。
 天魔はあえてそれと切り結び、三度鍔迫り合いを始めた。

「……この程度では俺を捉えることなど出来んぞ?」

「ふん、相変わらず化け物じみているな。だが、それも当たり前か。貴様の最大の強みとは何か? 誰もが惚れ惚れするような華麗な槍捌き? 誰にも捉えることの出来ない疾さ? その身に溜め込まれた膨大な妖力? いや、そんなものではない」

 突如として天魔は将志の強みと思われる部分を列挙していく。
 それを聞いて、将志は興味深そうに頷いた。

「……ほう? では何だと考えている?」

「貴様の最大の強み、それは悪意を察知する能力。貴様はありとあらゆる攻撃に含まれるどんなに微細な殺気や悪意でも感知し、それを元に回避していく。それこそ、眼を瞑ってでも回避を出来るほどの精度でな。そして人間や妖怪、更には神すらもその力を超えることが出来ず、お前に触れることすら叶わなかった」

 天魔は将志の最大の強みに対してそう断言した。
 将志はそれを聞いて感慨深げにため息をついた。

「……知っての通り、俺の身体は赤子に殴られても気を失うほど脆弱なのだ。故に、俺はいかなる攻撃も躱せるように修練を積んだ。たとえ僅かな害意も見逃すことなく拾い上げ、危険を無意識下でも回避できるようにな。それが最大の脅威というのならば、確かにそうなのだろう」

 将志は長い間積み重ねてきた修行を思い浮かべながらそう呟いた。
 それに対して、天魔は苦々しい表情を浮かべた。

「全く、ふざけた奴だ。その境地に至るまで、どれほどの修練を積んだのかなどと考えるだけで頭が痛くなる。そのようなことをするくらいなら、もっと頑丈な身体を作るもんなのだがな?」

「……だが、それは無駄にはなっていない。現に俺はどんなに強力な攻撃も躱すことが出来る。これほど頼りになる感覚を、俺は他に知らない」

「確かに、それを持っている以上普通の攻撃では貴様を捉えることなど出来ない」

 天魔は静かにそう呟く。
 そして、ニヤリと笑った。

「……だが、それを持っているが故に貴様は負けるのだ」

「……っ!?」

 次の瞬間、将志の視界は暗転した。





「……ぐっ……」

 将志が眼を覚ますと、空には月が浮かんでいた。
 かなり長い間気絶していたらしく、身体はかなり冷えていた。

「ようやく起きたか。全く、噂には聞いていたがいくらなんでも脆弱すぎるぞ」

 その声に振り返ってみると、そこには呆れ顔の天魔がいた。
 天魔は近くにあった切り株に座っており、将志を眺めていた。

「……俺の負けか、天魔」

「……ああ。そして私の勝ちだ、将志」

 将志が呟くと、天魔はそう返して微笑んだ。
 その笑顔を見て、将志は深々とため息をついた。

「……やれやれ、仮にも戦神が負けるとはな。どうやら俺もまだまだ修行が足りんようだ」

「個人的には貴様にこれ以上強くなってもらっては困るのだがな」

 天魔の言葉に、将志は首をかしげた。

「……何故だ?」

「何かあったときに貴様に仕事を押し付けられなくなるだろう?」

 そう話す天魔の顔は、それはもう見事な笑顔であった。
 そんな天魔に、将志はジト眼を向ける。

「……天魔、何を考えている?」

「現時点で、幻想郷内で貴様に勝ったのは私だけだ。つまり、貴様を力で従わせられるのも私だけということだ」

「……俺を使い走りにするつもりか?」

「ふっ、敗者に口答えの権利などない。大人しく従ってもらおうか?」

 天魔は笑みを浮かべたまま将志にそう話す。
 それを聞いて、将志は額に手を当ててため息をついた。

「……そんなことをすれば、うちの連中が黙っていないぞ? 俺が何も言わなくとも、勝手に飛び出してくるだろう」

「何も銀の霊峰全体を配下にする気はない。私は貴様を従えさせられればそれで十分だ。……くくっ、神を従えさせることが出来るとは実に痛快だな」

 本当に愉快そうに天魔は笑う。
 それに対して、将志は怨嗟のこもった視線を天魔に送った。

「……待っていろ、すぐにお前を倒して自由になってやる」

「今のお前には負ける気はしないな。いつでも来るがいい。逆に貴様が負けるたびに面倒事を押し付けてやる」

 将志の言葉に、天魔は不敵に笑ってそう答えた。
 そして、将志に近寄って肩を叩いた。

「そういうわけで、これからうちに来てもらおうじゃないか」

「……何の真似だ?」

「しばらく放っておいたせいで書簡が溜まっていてだなぁ。それの処理の件で下から突き上げを食らっているのだよぉ。もう煩くて敵わんのでな、そろそろ片付けようと思うのだ」

 にこにこと笑いながら天魔は将志にそういう。
 その声は人の神経を逆なでするような声色だった。

「……まさか、俺にやれというのか?」

「察しが良いな、その通りだ。なに、私は同じ部屋に居るから分からないことがあれば存分に訊くが良い」

 天魔はそう言いながら将志の頭を撫でる。
 将志ははらわたが煮えくり返りそうになるのを抑えながら天魔の話を聞く。

「……拒否権はあるか?」

「あるわけないだろう、負け犬君?」

「……くっ」

 天魔の言葉に、将志は悔しげに奥歯を噛み締めるしかなかった。




「……おい、天魔。貴様、何ヶ月分溜め込んでいた?」

 天魔の家である木造の屋敷に着いて仕事部屋に入るなり、将志は震える声でそう言った。
 それに対して、天魔は額に手を当てて考え込んだ。

「ん? そうだな……一番古い書簡が確かこれだから……」

 そういうと、天魔は部屋の片隅に置いてある書簡に手を伸ばした。
 将志はそれを横から覗き込む。

「……見間違いだと信じたいが……この日付は二年前のものではないか? つまりここにあるのは二年分の書簡ということなのだな?」

 将志は額に大きな青筋を浮かべながら書簡を指差し、周囲を眺めた。
 そこには、天高く積まれた書簡の山が部屋を埋め尽くしていた。
 壁沿いにびっしりと並べられた書簡は動線を侵食しており、歩いて肩が触れれば崩れ落ちてきそうな有様であった。

「細かいことなど気にするな、将志。どの道貴様はこれを片付けることになるのだからな」

「……一つ訊かせてくれ。貴様、今までどういう仕事をしていた?」

 最高にいい笑顔を浮かべる天魔に、将志は当然の疑問をぶつけた。

「ふむ、山をうろついて妖怪達と駄弁り、不満が出たら片っ端から潰していたが?」

 天魔はそれが当然といった様子で将志にそう答えた。
 それを聞いて、将志は呆れ果てた表情でため息をついた。

「……良くそれで組織として体裁が保てていたな……」

「なに、指導者など部下や住民を満足させられればそれでいい。それさえ出来れば書類仕事などという詰まらんことをせんで済むと私は何度も主張を」

「……何のための書類仕事だと思っているのだ……」

 元より住民の不満の声や政策を実行に移すために必要なことが書簡に書かれているのが普通である。
 本末転倒なことを言っている天魔に、将志は頭を抱えざるを得なかった。

「まあいい、とにかく貴様はその書簡を片付けろ。私はそこに居る、分からないことがあったら声を掛けろ」

「……どうしてこうなった」

 将志は深々とため息をつきながら、仕事に取り掛かることにした。



「……(いらいら)」

 将志は今、非常に苛立っていた。
 元よりやる必要のない仕事を押し付けられているのだから、機嫌がいいはずはない。
 しかし、その不機嫌具合を加速させる要因がここにあったのだ。

「おお~、仕事が速いな将志。ナデナデしてやろう」

 仕事を続ける将志の頭を、そう言いながら天魔は撫で付ける。
 そのもう一方の手には赤い漆塗りの杯が握られていて、酒が注がれていた。
 酒臭い息が将志の顔に掛かるたび、手元では手にした筆が破滅の音色を奏でている。

「……おい、天魔。人に仕事を押し付けておいて自分は酒を飲むとは何事だ?」

「ん? いいじゃないか、別に酒を飲みながらでも仕事は出来るだろう? なんだったら貴様も飲むか?」

 天魔はそう言いながら杯を将志に差し出す。
 将志はそれを見て額に手を当てて首を横に振った。

「……もういい、話すだけ無駄だ」

「おいおい、つれないことを言うな。っと、その案件はもう解決済みだ。そっちの案件は下の連中に放り投げてあるから心配ない」

 天魔は将志の肩を抱きながら書簡の内容に関して指示をする。
 将志は痛む頭を抱えながら指示通りに書簡を処理する。

「……仕事を手伝うのはいいが、俺にしなだれかかってくるな。あと、いくら自宅だからとはいえ小袖一枚でうろうろするんじゃない」

「おや、年頃の綺麗な女にこのような格好で迫られるのは褒美になると思ったのだがな?」

 現在、天魔が着ているのは少し大きめの小袖一枚のみである。
 この時代で言う小袖とは下着として使われている丈の短い着物である。
 現代風に分かりやすい例えでいくと、今の天魔の格好は裸に大きめのワイシャツを一枚着ただけという状態が一番近しい例えになるだろう。
 そんな天魔に、将志は深々とため息をつく。

「……貴様にやられると罠にしか見えんし、そもそも興味がない」

「……元々冗談とはいえ、流石にそこまで言われると女としての在り方を考えるぞ?」

「……喧しい、勝手に考えていろ酔っ払いが」

 軽く落ち込む天魔に対して、将志は吐き捨てるようにそういうのだった。


 その後、将志は天魔の絡み酒に付き合いながら夜明け前に仕事を終わらせ、家に帰ったところを愛梨達に散々説教される羽目になった。



[29218] 銀の槍、一番を示す
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/11/02 07:17

 宵闇と銀の霧が覆う竹林の中を一人の男が歩いていく。
 男は小豆色の胴衣と藍染の袴を身に纏っていて、その首には銀の蔦に巻かれた黒曜石のペンダントが掛かっていた。
 その男こと、将志は永琳に呼び出されて永遠亭に向かっていた。
 将志の手には町で買い集めた物資が握られていた。

「……む?」

 その途中、将志は違和感を覚えて立ち止まる。
 目の前に広がるのは普段どおりの獣道、しかし将志はそこに確かな悪意を感じるのだ。
 将志は妖力を集めて銀の槍を作り出し、目の前の道に突き刺した。
 すると目の前の地面が崩れ、大きな穴が現れた。
 穴はかなり深く、人為的な物であることが分かった。

「……落とし穴?」

 将志は目の前で口をあけている穴を見ながら思考を巡らせた。
 永遠亭に住んでいるのは輝夜と永琳、そして交流があるのは将志と愛梨、六花とアグナである。
 しかし、その全員がこのような罠を仕掛けたことはなかった上、仕掛ける必要がない。
 誰かが暇つぶしで作ったのかも知れないと思いつつ、将志は進んでいく。
 すると次から次に罠が見つかり、将志はその一つ一つを丁寧に躱していく。

「……随分と手の込んだ罠だな」

 将志は道を進みながらそう呟いた。
 罠は巧妙に隠されており、一目見ただけでは分からない。
 その上、罠にはまって慌てて抜け出そうとした場合、その抜けた先に更なる罠が仕掛けてあるのだ。

「……くくっ、誰かは知らないが面白いことを考えたな」

 将志はその罠を掻い潜りながら道を進んでいく。
 その顔に浮かんでいるのは、楽しげな笑み。
 将志は自分への挑戦を真っ向から受けてたったのだ。
 そして、その後将志は一つも罠を発動させる事なく永遠亭にたどり着いた。
 罠の気配を探してみるが、それ以上の悪意は感じられなかった。

「……俺の勝ちだな。さて、誰がこんな罠を仕掛けたのやら」

 将志はそう言いながら永遠亭の中に入った。
 すると、永遠亭の中には大勢のウサギがせわしなく飛び跳ねていた。
 ウサギ達は広い屋敷の中を掃除をしたり、庭で植物を育てたりしていた。

「……これはいったい?」

 将志は首をかしげた。
 しばらく見ないうちに住民が大量に増えているのだから当然であろう。
 疑問に思いながら将志は座敷へと歩いていく。

「……む」

 将志は襖に手を掛けようとすると、そこにかすかな悪意を感じた。
 その悪意の方向は上。
 将志はそれを確認すると、襖を勢い良く開け放った。
 すると、将志の目の前に紐がついた桶が落ちてきた。

「ほら、将志に罠は通用しなかったでしょう?」

「うぐぐ……屈辱だわ……」

「というか、何で将志はあんな完璧に避けられるのよ?」

 その向こう側で話をしているのは紺と赤の服の女性に、長く艶やかな髪の少女、そしてウサギの耳の生えた少女だった。
 将志は見かけない顔に首をかしげた。
 そんな将志に永琳が声を掛けた。

「お帰りなさい、将志。あなた宛の挑戦状はどうだったかしら?」

「……なかなかに面白かったぞ。罠の仕掛け方の勉強にもなったしな」

「くぅ……つまり余裕だったってわけね……」

 将志の言葉に、ウサ耳の少女は悔しそうにそう呟いた。
 それを聞いて、将志はその少女に眼を向けた。

「……お前は何者だ?」

「因幡 てゐ、ここに住んでるウサギ達のまとめ役よ。そういうあんたは何者よ?」

「……槍ヶ岳 将志。変わり者の槍妖怪にしてそこに居る主の従者だ」

「ちょ、自分で変わり者って……」

 将志の自己紹介に、輝夜が思わず物申した。
 それに対して、将志は首をかしげた。

「……嘘は言っていないだろう?」

「まあ、確かに嘘は言っていないわね」

 将志の言葉に永琳が苦笑しながら頷く。
 実際は嘘は言っていないが色々と情報が不足しているのだった。

「それで、何で私が罠を仕掛けた場所がわかったのよ?」

「……罠というものは相手を傷つけるものだ。そこには大小様々あれど悪意が存在する。俺はその悪意を感じ取って避けただけに過ぎん」

「ねええーりん、将志はいったい何を言っているの?」

「……流石にこれは常軌を逸しているわね……」

 平然とした態度で言い切る将志に、輝夜は永琳に思わず尋ねた。
 永琳も滅茶苦茶なことを言い出した将志に唖然とした表情を浮かべていた。

「……それよりも、俺を呼び出したということは何かあったのか?」

「ああ、直接的な用事はもう終わっているわ。てゐの挑戦状と紹介が面だった用事だったから」

「……そうか。ならば少し早いが食事にするとしよう」

 将志はそういうと、てゐの顔と体をジッと眺めた。

「な、なによ」

「……ふむ」

 将志は一つ頷くと台所に入っていった。
 てゐは将志の行動の意味が分からずオドオドとしている。

「……わ~、将志すごいやる気ね……」

「あら、将志のやる気はいつも十分よ? 普段の料理だって将志は全力で作っているわ」

「そうなの?」

「ええ。何故なら、将志は決して妥協をしない妖怪だから」

 永琳は楽しそうに将志の事を話す。
 輝夜はその様子をジッと眺めていた。

「あら、どうしたのかしら?」

「……永琳は何でそこまで将志のことが分かるの? 一緒に過ごした時間は私と同じくらいなのに、どうして私が知らない将志をそんなに知っているの?」

「それは、将志が全部教えてくれるからよ」

「え?」

 永琳の一言に輝夜は呆気に取られた。
 将志は普段感情をあまり外に出さず、己が胸中を打ち明けるようなことは少ない。
 行動一つ取ってみても、将志はどんな心理状態にあっても決して揺らぐことはないのだ。
 つまり、将志が黙っていれば誰にも分からないのである。
 だというのに、永琳は将志が教えてくれるというのだ。

「……どういうこと?」

「良く見ていれば分かるのよ。話すときの仕草や声、料理やお茶の味、歩き方や息遣い。それが将志が今どんな状態なのかを全部教えてくれるのよ」

「……てゐ、えーりんが何言ってるか分かる?」

「……盛大に惚気ているようにしか見えないわ」

 要するに、永琳は将志の一挙一動を余すことなく観察しているということである。
 輝夜とてゐは盛大にため息をついた。




「……出来たぞ」

 しばらくして、将志が料理を運んできた。
 将志は手にした盆を次々と配膳していく。

「……ところで、今日は酒を飲むのか?」

「もらうわ」

「そうね……頂こうかしら」

「くれるって言うんなら遠慮なくもらうわよ」

「……了解した」

 将志は酒の入った瓶と杯を用意して配っていく。
 そして配り終えると、将志は自分の分の料理が並べられた膳の前に座った。
 将志が座ると同時に食事が始まる。
 そして一口食べた瞬間、てゐが固まった。

「あら、どうしたの?」

「ふふふ、てゐは驚いているだけよ。たぶん、その料理の味があまりにも自分好みだったから」

「……私、お師匠様よりも料理が上手い人って居ないと思ってたのに……」

「それはそうよ。私の料理は将志の真似して作ってたんだから。言ってみれば、将志は私の料理のお手本みたいなものよ?」

 てゐの一言に、永琳は楽しそうに笑いながらそういった。
 その横で、輝夜が永琳に疑問をぶつける。

「でも、自分好みってどういうこと? 確かに将志の料理は永琳のよりおいしいとは思うけど……」

「その答えは私の分の料理を食べてみれば分かるわよ」

 永琳はそういうと自分の盆の上にある煮付けの器を輝夜とてゐに差し出した。
 二人はそれを食べた瞬間、きょとんとした表情を浮かべた。

「……あれ? いつもの永琳の料理と変わらない?」

「ええ。そしてこれが私好みの味。どういうことだか分かったかしら?」

「つまり、相手によって味付けを変えているわけ? 何でそんなことを……」

「だから言ったでしょう、将志は決して妥協をしないって。将志にとって、この少人数ならまとめて作ることすら妥協になってしまうのでしょうね」

 永琳はそう言いながら将志のほうを見た。
 その視線を受けて、将志は感嘆のため息をついた。

「……まさか見破られていたとはな」

「いつも使っている鍋の他にたくさんの小鍋があれば大体の想像はつくわよ。それに将志の考えそうなことなら大体分かるしね」

「……やれやれ、これでは隠し事もままならないな」

「あら、何か隠し事をするつもりなのかしら?」

 その言葉を聞いて、将志は苦笑しながら首を横に振った。
 それに対して、永琳は意地の悪い笑顔を見せた。

「……まさか。俺は誰に隠し事をしようとも、主にだけは洗いざらい打ち明けることにしている」

「それはどうして?」

 永琳は笑みを浮かべて将志にそう問いかける。
 その視線を受けて、将志は小さくため息をついた。

「……言わせる気か?」

「ふふふっ、分かってるわよ。だって私はあなたの……」


「……一番の親友だからだ」
「……一番の親友だからね」


「てゐ、その焼き魚の塩ちょうだい」

「あげないわよ。私だって口の中が甘ったるいんだから」

 将志と永琳がそう言い合っている隣で、輝夜とてゐは焼き魚に添えられた盛り塩をひたすらに嘗めていた。
 そんな二人の様子に将志が気付く。

「……む? 塩気が足りなかったか?」

「いいえ違うわ」

「糖分の過剰摂取よ」

「……どういうことだ?」

 皮肉の籠もった二人の言葉に、将志は首をかしげた。
 この男、意味が分かっていないようである。
 その様子を見て、輝夜とてゐは顔を見合わせてため息をついた。

「……てゐ、今日は飲むわよ。こんなのに付き合わされるのは御免だわ」

「……付き合うよ。この二人に付き合うほうが酒の過剰摂取よりもよっぽど身体に悪いわ」

「……???」

 その後、将志は酒を浴びるほどかっ喰らった二人を介抱する羽目になった。








 蒼白い月に照らされた縁側に座り、持って来た酒を飲む。
 中秋の夜風がその銀色の髪を優しく撫でていく。
 将志は風音と鈴虫の声に抱かれながら、ぼうっと月を眺めていた。

「やっぱりここに居たわね、将志」

 そんな将志の横に、永琳が腰を下ろす。
 その手には酒瓶と杯が握られており、将志と一緒に飲むつもりのようであった。

「……あの二人はもう寝たのか?」

「ええ。酔い覚ましを飲ませた後で寝たわよ」

 将志はそう話しながら永琳の杯に酒を注ぐ。
 乳白色の濁り酒に月が浮かび、風情を醸し出す。
 その酒を、永琳はゆっくりと飲み干した。

「……ふぅ、あなたとこうやってお酒を飲むのも久しぶりね」

「……ああ。最近は特に忙しかったからな」

「幻想郷関連の話かしら?」

「……ああ。まあ、幻想郷というよりはその中の一団体関連というべきか……」

 そう話す将志の眉間には、若干のしわがよっていた。
 それを見て、永琳は心配そうな表情を浮かべた。

「……相当嫌なことがあったみたいね」

「……ああ。だが、そのおかげで得るものもあったからな、それに関してはもう気にしないことにしているのだ」

 それを聞いて、永琳は一転して安心した表情を浮かべた。
 将志と永琳は注がれた酒をゆっくりと飲み干すと、空になった杯に酒を注ぐ。

「そう、それなら良かった。ところで、最近愛梨の前に強敵が現れたって聞いたけど?」

「……強敵? ……ああ、恐らく藍のことだろう」

「その人、妖怪かしら?」

「……白面金毛九尾の狐だ。今は幻想郷の管理者のところで補助をしている。最近では、強くなりたいと言って俺と毎日稽古をしているな」

「じゃあ今は師弟関係みたいなものなのね。それで、どんな妖怪なのかしら?」

 永琳は将志に寄りかかり、酒を飲みながら将志に質問をする。
 将志は殻になった永琳の杯に酒を注ぎながら藍について考えた。

「……そうだな……頭が良くて気丈で、とても優しい妖怪だな。そして、どことなく主を連想させる」

「あら、それはどういうことかしら?」

「……藍は愛を知り、愛を求め、そして愛を失った。そして寂しがりやで、甘え癖がある。……そんなところが、主に似ていると思う」

 将志はどこか優しい眼をして永琳にそう話した。
 その横で、永琳は杯を空にしながら将志の腕を掴む。

「……その子に優しくするのはいいけど、ちゃんと私にも構ってくれないと拗ねるわよ?」

「……分かっている。そもそも、俺が主を蔑ろにする等ありえん」

「そう、なら早速甘えさせてもらうわ」

 そういうと、永琳は将志の膝の上に座った。
 将志は永琳の身体を右腕で抱きかかえるようにして支える。

「ねえ、その藍って子はどういう風に甘えてくるのかしら?」

「……俺に甘えるときはしなだれかかってくることが多いな」

「……こうかしら?」

 そういうと永琳は将志の胸に身体を預けた。
 永琳の重みが将志に心地良い刺激となって伝わっていく。

「……ああ、そういう感じだな。その状態でしばらくそのままの状態が続くことが多い」

 将志がそう言っている間に、永琳はしなだれかかったまま酒をくいっと飲み干した。
 そして、将志の首に手を回した。

「……それだけじゃないでしょう? 続くことが多い、って事はその他にもやることがあるのでしょう?」

「……む、確かに藍は俺の心音を聞いたり抱きついたりするが……何故そこまで聞く?」

「あなた自分の弟子にはそこまで甘えさせるのに、主で一番の親友の私にはさせないつもりかしら?」

 将志の質問に、永琳は拗ねた表情で答える。
 首に回された手には力が込められ、将志の顔を引き寄せてその黒耀の瞳を覗き込んでいた。

「……いや、そういうわけではないが……」

「じゃあ、教えなさいな。久々に甘えられるんですもの、徹底的にやるわよ。まずは抱きついて心音を聞くんだったわね」

 永琳はそういうと将志の服をはだけ、抱きついて耳を胸に当てた。
 とくん、とくん、と心臓が脈打つ音が永琳の耳に聞こえてくる。

「……心地良い音ね……聞いていて安心するわ……」

 永琳はうっとりとした表情で将志の心音に聞き入っていた。
 将志はその様子を見て、困ったように頬を掻いた。

「……主、実はかなり酔っていないか?」

「……ええ、少なくとも理性が少し飛ぶくらいには酔っているわよ? で、他には?」

 永琳は将志をぎゅっと抱きしめ、心音を聞きながら質問する。
 その質問を受けて、将志は正直に答える。

「……あと、藍はよく接吻をしてくるな」

「接吻ってことは、その藍って子にとってはあなたが一番ってことか……」

 永琳はそういうと将志から身体を離し、杯に酒を注いで一気に飲み干した。
 将志はそれを見て、唖然とした表情を浮かべた。

「……主、あまり飲みすぎると翌日に響くぞ?」

「将志、実はね……今日の用事、まだ終わっていないのよ……」

「……いきなりどうしたんっ?」

 頬を手で掴まれると同時に、将志の唇に永琳のそれが重なる。
 突然の出来事に、将志は眼を白黒させた。

「……主?」

「……これが今日のあなたへの本当の用事よ」

 永琳は将志から手を離すと、小さくそう呟いた。
 その表情は、軽く触れただけで壊れてしまいそうな、そんな不安そうな表情だった。
 その意味が分からず、将志は永琳に問いかけた。

「……何故こんなことを?」

「正直に言うとね、私結構焦っているのよ。この間、アグナがあなたにキスしたでしょう? あれを見て思ったわ、いつか誰かが私から一番を奪っていくんじゃないか、私の前から将志を連れ去っていくんじゃないかって。そう思うと、急に怖くなったのよ。だから……っ!?」

 震える声で言葉を紡ぐ永琳の口を、やわらかく暖かいものがそっと塞ぐ。
 永遠にも感じられる一瞬の後、それはそっと離れていく。
 永琳の目の前には、優しい眼をした将志の顔がすぐ近くにあった。

「……これで安心したか?」

「将志……」

 永琳は惚けた表情を浮かべながら人差し指で自分の唇をなぞった。
 将志からキスを、自らが一番であるという証拠をもらったという事実が未だに信じられていない様子だった。
 そんな永琳に、将志は優しく言葉を紡ぎ出す。

「……俺の一番は主だ。この想いは生まれてからずっと変わっていない。そして、これからも変わることはないだろう。……だから、主が俺を失うことを怖がることはないし、そんなことは絶対にさせん」

「……そう……ありがとう、将志……良かった……」

 永琳はそう言いながら安堵する。
 余程不安だったのか、その眼には僅かに涙が湛えられていた。
 その涙を将志はそっと指で拭い、優しく抱きしめる。




「……ねえ、将志」


 ふと、将志の胸元で永琳が話しかける。


「……む?」


 その声を聞いて、将志は腕の中に眼を落とす。


「……もう一度、あなたの一番を感じさせてくれないかしら?」


 永琳は顔を上げ、潤んだ瞳で笑顔を浮かべて眼を見つめながら、将志にそう問う。


「……ああ」


 将志はその頼みを、微笑と共に頷いて聞き入れた。






 そして蒼白い月を背景に、二つの影が重なった。



[29218] 銀の槍、門番を雇う
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/11/03 23:35
 ある朝将志がいつもの鍛錬を終えてくつろいでいると、外から笛の音と歌声が聞こえてきた。
 奏でている音楽は明るく楽しげなもので、思わず踊りだしてしまいそうになる音楽だった。

「……この音楽は?」

 将志が音のする方向へと歩いていくと、社の境内に出てきた。
 そこには愛梨とアグナがいた。
 愛梨は銀色に光るフルートを吹いていて、その横でアグナが笛の音に合わせて楽しそうに歌を歌っていた。
 透き通ったフルートの音と鈴の音のような歌声が朝の霊峰に響き渡る。

「…………」

 将志ががそれに聴き入っていると、隣に六花がやってきた。
 六花もまた楽しそうに二人の協演に聴き入っている。

「♪♪~♪~♪~♪♪~」

 空を飛ぶ鳥は愛梨とアグナの周りを飛び回り、動物達が近寄ってくる。
 霊峰に住む妖怪達も音楽につられて境内に集まってくる。
 時間が経つにつれ、一人、また一人と聴衆はどんどん増えていく。
 やがて境内は音楽を聴きに来た妖怪達でいっぱいになった。
 その全てが笑顔を浮かべており、全体が楽しそうな雰囲気だった。

「♪~♪♪~♪~♪~」

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、やがて曲が終わる。
 すると妖怪達から拍手と歓声が上がった。

「聞いてくれてありがと~♪ みんなの笑顔、いただきました♪ 今日も一日頑張ろうね♪」

 愛梨がそう言って礼をすると、妖怪達は解散していった。
 そんな中、将志と六花は協演していた二人のところへ向かった。

「……良い音楽だったぞ」

「えへへ~♪ ありがとう♪ 久しぶりだったから上手く吹けるかどうか不安だったけど、上手くいってよかった♪」

「アグナも随分と良い声してますのね。思わず聴き入ってしまいましたわ」

「へへっ、そりゃ良かった!!」

 演奏と歌声をほめられ、二人は嬉しそうに笑う。
 そんな中、将志が愛梨に質問をした。

「……ところで、何故急にこんなことを?」

「昨日しまっていた道具を整理していたらこれが出てきてね、折角だから今日吹いてみようと思ったんだ♪」

「んでな、俺はそれを知ってたから一緒に歌ってみたんだ。今日は絶好調だったぜ!!」

 フルートを見せながら話す愛梨に、アグナが楽しそうに話をかぶせる。

「それにしても、これだけで随分と笑顔が集まったよ♪ 今度から定期的に演奏してみようかな?」

「おう、そんときゃ付き合うぜ!!」

 二人で笑い合う愛梨とアグナ。
 ふと、愛梨は何かを思い出したように手を叩いた。

「あ、そうだ、将志くんも六花ちゃんも何かやってみない? 楽器なら余ってるんだ♪ はい♪」

 そういうと、愛梨は乗っていた大玉の中の不思議空間から楽器を取り出した。
 その種類は様々で、どれもこれもが使い込まれた後があった。

「……この楽器は?」

「……僕が将志くんに逢う前の友達の楽器だよ♪ 使ってもらえたら嬉しいな♪」

 そう話す愛梨の表情は、昔を懐かしむような、どこか悲しげな表情だった。

「……そうか」

 将志はそういうと、自分の近くにおいてあったアコーディオンを手に取った。
 それは手に取ると意外に重く、籠もっていた使い手の想いが伝わってきた。

「……これを使わせてもらおう」

「それじゃあ、私はこれを使わせてもらいますわ」

 そう話す六花の肩には木琴がさげられていた。
 それを聞くと、愛梨は嬉しそうに笑った。

「ありがと~♪ たぶん慣れるまでは時間掛かると思うけど、いつかみんなで演奏しようね♪」

「……しかし、そうなると楽器を余らせるのが惜しいな……」

 将志は余っている楽器を見やった。
 そこにはギターやドラム、ハープやハーモニカなどがあった。

「あの……お久しぶりです、お師さん!!」

「……よし、お前はこれをやれ」

「……はい?」

 声を掛けてきた黒い戦装束の少女に、将志はドラムを押し付けた。
 押し付けられた本人は、訳が分からず呆然とした表情を浮かべている。

「あの……お師さん? 話が見えないんでござるが?」

「……む? 誰かと思えば涼か?」

「うむ、以前お世話になっていた迫水 涼でござる」

 声の持ち主に気がつき、将志は再び声を掛ける。
 その姿を見て、将志はため息をついた。

「……急に来なくなったと思ったら、亡霊なんぞやっていたのか」

「ははは……恥ずかしながら、使えていた家が焼き討ちにあってその時に死んだのでござるが……どうにも未練が多すぎたみたいで、気がついたら亡霊になっていたでござる」

 涼は恥ずかしそうに笑いながらそう答える。
 しかしその苦笑いには、当時の悔しさがとても強く感じられる、そんな乾いた笑みだった。
 将志はその無念を悟り、眼を伏せた。

「……そうか。お前のことだ、きっと最後の最後まで主人の下で奮戦したのだろう。それで、ここに来た理由は何だ?」

「実はそれからどこかの守護霊になろうと思いしばらく修行の旅をしていたんでござるが、どこも埋まっていて途方に暮れていたのでござる。お師さんはどこか空いている場所を知らないでござるか?」

「……ふむ、そういうことならここの門を守るが良い。お前なら信用できるからな」

 将志は少し考えた後、涼にそう言った。
 それを受けて、涼はきょとんとした表情を浮かべた。

「え、良いんでござるか? ここはお師さんの……」

「……俺はあちらこちらに飛び回っているし、愛梨達もそれぞれに仕事があるのだが、この山に来る連中は血の気が多くてな、よく俺達に挑戦状を叩きつけてくるのだ。だから常に門を守る者が居れば安心して仕事が出来る様になると思うのだが」

 そう話す将志の表情はどことなく疲れた表情だった。
 実際問題、書類仕事をしているところに何度も挑戦状を叩きつけてくる妖怪達が多いのである。

「そうでござるか……そういうことなら任されたでござるよ!!」

「……頼んだぞ」

「はい!! ……ところで、これはどうすれば良いんでござるか?」

 そういうと、涼は手渡されていたドラムを指差した。

「……詳しいことは愛梨に聞くといい。では、お前の修行の成果、見せてもらおうか」

「はい!! では、いざ「あら、新しく門番を雇ったのかしら?」……はい?」

 涼がドラムを置いて槍を構えようとすると、突如として空間が裂けた。
 その大量の眼が覗く禍々しい空間から、白地のドレスに紫色の前掛けを掛けた女性が姿を現した。

「……紫か。どうかしたのか?」

「手合わせするのもいいけどね。このまま始めたら、その子死んじゃうわよ?」

 紫は涼を見やりながら、意味ありげな笑みを浮かべてそういった。
 それを聞いて、涼は僅かに眉を吊り上げた。

「む、拙者は簡単に死ぬほど弱くはないでござる!!」

「ええ、貴女は決して弱くはないわ。ここに居る妖怪を相手にしても大体は勝てるでしょう。でも、圧倒的な力で塗りつぶされてしまえば消滅してしまう。例えば、そこの炎の化身の全力を受けたりするとね」

 そう言いながら紫はアグナを見やった。
 アグナは橙色の瞳をキラキラと輝かせながら涼を見つめていた。
 今にも飛び出しそうなその様子から、涼と手合わせをしたいようだった。

「……アグナ?」

「ん、何だ? どうかしたのか、兄ちゃん?」

 将志の呟きに、アグナはそちらを向いた。
 その横から紫が話を続ける。

「もし貴女がアグナと手合わせをすれば、きっとそのうちアグナは手加減を忘れるわ。そして、その全力を受ければ貴女は絶対に助からない。アグナの炎は魂まで熱し、焼き尽くしていくわよ」

「む~、何だよ~!! さっきから何の話なんだ!?」

「アグナ。前にも話したけれど、貴女の力は強すぎるのよ。私は貴女が怖いわ。だから、私は貴女に少し力を封印して欲しいのよ」

 訳が分からずふくれっ面をするアグナに、紫は事情を説明する。
 すると、アグナは首をかしげた。

「何でだ? 俺が怖けりゃ、怖くなくなるまで強くなりゃいいじゃねえか」

「……アグナ。お前の力はそう簡単に超えられるものではない。以前、藍に対して全力を出したことがあるだろう。その炎は俺が助けに入らなければ藍を容易に死に至らしめただろう。俺としては心苦しいのだが、その力を少し抑えてもらうことになる」

「……兄ちゃんがそう言うんならそうすっけどよ……」

 将志の言葉に、アグナは不承不承といった様子で俯いた。
 それを見て、将志は苦笑した。

「……なに、限られた力で戦い方を考えるのも楽しいものだぞ? 練習をするのならば付き合おう」

「本当か!? よっしゃあ!!」

 将志が練習に付き合うといった瞬間、アグナは嬉しそうに飛び跳ねた。
 それを見て、紫は微笑ましいものを見るような表情を浮かべた。

「ふふ、それじゃあ封印を受けてくれるかしら?」

「本当はあんまり気はすすまねえけど、受けてやるよ」

「感謝するわ。それじゃあ将志、これを」

 紫はそういうと青いリボンを取り出した。

「……これは?」

「水の力を込めた護符のようなものよ。それをアグナの髪に結べば封印は完成するわ」

「……そうか……アグナ」

「うん」

 将志はアグナを呼び寄せると、その膝の辺りまで伸びた、長く燃えるように紅い髪を丁寧に三つ編みにしていく。
 それが終わると、将志はリボンを結んだ。
 するとアグナの身体から力が抜けていった。

「あう……何だか力が入らねえぞ……」

「水で火を封じ込めているのだから当然よ。それを解くには効果が無くなるのを待つか、私か将志に解いてもらうかしかないわ」

 紫の話を聞いて、アグナは髪を結わえている青いリボンを引っ張ろうとした。
 しかし、護符の力に阻まれて触ることが出来なかった。

「むう……自分じゃ解けねえのか……」

「……自分で解けたら封印にならないだろう……」

 不満そうなアグナの一言に、将志はため息混じりにそう言った。
 そんな中、紫がアグナに声を掛けた。

「ねえ、今出せる全力を出してもらえないかしら?」

「おう、わかった」

「あ、おい……」

 紫の言葉にアグナは頷いた。
 アグナは空を見上げた。

「うおりゃあああああああ!!」

「うわっ!?」

 アグナが力を込めると、その足元から空高く火柱が上がっていった。
 その勢いに、涼は思わず顔を覆った。
 しばらくして、炎はだんだんと収まっていった。

「むぅ……やっぱり力が出ねえ……」

「ん、封印はちゃんと効いてるようね」

 アグナは不満そうに頬を膨らましている。
 紫は封印の効果を確認して満足そうに頷いた。

「あの……お師さん? これ、本当に封印が効いてるんでござるか?」

「……もしアグナに封印が効いていなければ、俺はお前を抱えて逃げ、無責任なことを言って社を全焼させた紫を折檻しているところだ」

「え……?」

 将志の言葉に涼は呆然とした。
 何故なら、涼はアグナからかなり離れた位置に立っており、なおかつアグナは空に向かって火柱を上げただけなのだ。
 しかし、それでも将志は涼を抱えて逃げるということは、ここに届くほど巨大な火柱が上がるということなのだ。

「なあ、兄ちゃん!! 早速練習に付き合ってくれよ!!」

 そう言いながらアグナは将志の胸に飛び込んできた。
 将志はそれを受け止めると、そっと地面に下ろした。

「……付き合うのは良いが、まだ食事も何も済ませていないだろう。まずは食事にしようではないか」

「おおっと、そういやそうだったな!! んじゃ早いとこ飯にしようぜ!!」

「……ああ、そうしよう。涼も一緒に来るが良い」

「良いんでござるか? ならばご相伴させてもらうでござる!!」

「……ふむ、紫はどうする?」

「魅力的なお誘いだけど、うちで藍が準備をしてくれているから朝はいいわ。今日の藍の稽古後のお昼は何かしら?」

「……きつねうどんにするつもりでいるが?」

「ふふっ、藍が喜びそうな献立ね。それじゃ、お昼を楽しみに待っているわよ」

 紫はそういうと、スキマを開いて去っていった。
 それを見送ると、アグナがぐいぐいと将志の手を引っ張っていく。

「なあ兄ちゃん!! 早く飯にしようぜ!!」

「……そんなに焦らなくても良いだろう」

「あ、待ってよ!! まだ楽器しまってないんだ!!」

「手伝いますから愛梨もそんなに慌てる必要はないですわよ」

 そうやって本殿へと入っていく二人を見て、愛梨が慌てて楽器をしまい始める。
 その横から、六花が手伝って楽器をしまう。

「お師さんの料理も久しぶりでござるなあ……」

 涼は数百年ぶりに食べる将志の手料理に思いを馳せ、嬉しそうな笑みを浮かべながら本殿へ入っていった。





「あ~♪」

「……あ~……」

「……お、お師さん?」

 膝の上に座るアグナに、将志は食事を食べさせる。
 その様子を、涼は信じられないものを見るような眼で見つめる。

「兄ちゃん、あ~♪」

「……ん」

 今度はアグナが将志に食事を食べさせる。
 将志はそれをごく自然に口にする。

「……何だか、アグナいつにも増してお兄様にべったりくっついてますわね」

「……そうだね♪」

 アグナは先程から将志にくっついてなかなか離れようとしない。
 将志が料理をしているときでさえ邪魔にならないギリギリの位置で待っていたのだ。
 流石に様子がおかしいので、将志はアグナに質問をすることにした。

「……アグナ。今日はやけに甘えてくるが、どうかしたのか?」

「んとな……これつけてから、どうにも人肌恋しくてな……まあ、正確には兄ちゃんにくっついていたいだけだけど、そんな気分なんだ」

 アグナは自分の髪を結わえている青いリボンを指差してそう言った。
 少し考えて、将志は一つの可能性にたどり着いた。

「……まさか、封印の影響か?」

「あ~、そうかもな~」

 アグナはそう言いながらぐりぐりと将志の胸に顔を押し付けてくる。
 そうしている間に将志の服ははだけ、胸板が露出し始めていた。

「とりあえず、俺は兄ちゃんにくっついていたい。だからしばらくこうしている」

 アグナは将志に張り付いたまま動かない。
 その様子に、将志は箸を止めた。

「……アグナ、それではいつまでたっても食事が終わらんのだが……」

「……むぅ」

 将志の一言に、アグナは渋々将志から離れて食事を再開した。
 そしてしばらく続けていると、アグナは卵焼きを口にくわえて将志の方を向いた。

「ん~」

「……んむっ」

 アグナが口にくわえた卵焼きを、将志は平然と食べた。
 その様子を、他の面々は唖然とした様子で眺めていた。

「……お兄様? 何をしてるんですの?」

「……む? アグナは俺に卵焼きを食べさせたかったのではないのか?」

 六花の問いに関して、将志は何を言っているんだといわんばかりの勢いで答えた。
 その回答を聞いて、愛梨が頭を抱えながら質問をする。

「……それにしたって、その食べさせ方はどうなのかな?」

「うん? 俺はこの食べさせ方をすると良いって言われたからそうしたんだぞ?」

「……俺もそういう方法があるという話を聞いたな」

 アグナと将志は口をそろえてそう言った。
 それを聞いて、涼がおずおずと手を上げた。

「……あの、お二方? それ、誰から聞いたんでござるか?」

「この前来た鬼神の姉ちゃん!!」

「……伊里耶からだが?」

「ちょっと妖怪の山に行ってくるよ♪」
「ちょっと妖怪の山に行ってきますわ」

 アグナと将志が涼の質問に答えた瞬間、愛梨と六花はスッと立ち上がった。
 そして、二人で涼の肩を鷲掴みにした。

「え、ちょ、拙者も行くんでござるか!? せ、せめて食事くらいは……」

 愛梨と六花は涼を引きずりながら外へと出て行った。
 その途中、壁に立てかけてあった涼の槍を回収することを忘れない。

「なあ、兄ちゃん。姉ちゃん達、何があったんだ?」

「……さあ?」

 そんな面々をよそに、二人は食事を続けた。



 その日、妖怪の山ではちょっとした騒ぎが起きた。
 なお三人が帰ってきたとき、約一名ボロ雑巾のような状態になって帰ってきたことを追記しておく。



[29218] 銀の槍、仕事の話を聴く
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/11/07 07:08

「……ん……む?」

 月も沈みきらぬ早朝、将志は普段どおり眼を覚まそうとしていた。
 しかし、いつもと違い右腕に重みを感じる。
 ついでに言えば何かを抱きかかえているような格好になっているのだった。

「…………」

 将志は布団を少しはだけて中を確認してみた。

「……ん……兄ちゃん……」

 そこには燃えるような紅い髪の小さな少女が将志に抱きついて眠っていた。
 どうやら寝ている間に潜り込んできたようである。

「……やれやれ」

 将志は腕の中で眠っているアグナをそっと撫でる。
 さらさらとしたその髪は心地良い手触りで、白い肌の頬に触れると柔らかく程よく弾力のある手ごたえを感じた。

「……にゅ……」

 するとアグナは少しくすぐったそうに身じろぎした。

「……それにしても、どうしようか」

 将志はアグナを撫でながら起こさないように起きる方法を考える。
 封印を施して以来アグナがすっかり甘えん坊になってしまった。
 以降度々布団の中に潜り込んでくるのだが、朝の早い将志は確実にアグナより先に起きる。
 そして、その度にアグナを起こしてしまうのだ。

「…………」

 将志は起こさないようにゆっくりとアグナの頭を抱き寄せて持ち上げ、下から腕を引き抜く。
 そして身体に巻きついている腕を、引き剥がしていく。

「……むぅ……」

 それを嫌がるかのように、アグナは眉をひそめる。
 将志は慎重にアグナを身体から引き離していく。
 しかし、アグナの抱きつく力は思いのほか強く、なかなか離れない。

「……ん……むむぅ?」

 将志が引き離そうと力を込めると、アグナは眼をこすりながら身体を起こした。
 どうやら、今日も抜け出すのは失敗したようだ。

「……起こしてしまったか」

 将志は小さくそう呟いた。
 アグナはそれに対して大きくあくびをしながら答えた。

「ふわ~ぁ……おはよ、兄ちゃん。今日も早いな」

 アグナはそう言いながら将志に擦り寄ってくる。
 寝ぼけたアグナは将志の胸に頬ずりをしながら抱きついてくる。

「……おはよう、アグナ。だが、まだ寝ていてもいいんだぞ?」

 将志はアグナの頭を優しく撫でながらそう言った。
 すると、アグナは顔を将志に押し付けたまま首を横に振った。

「……んにゃ、せっかくだから俺も起きる。兄ちゃんと一緒に練習したい」

 アグナはそう言って下から将志の顔を覗き込んだ。
 将志はそれを聞いて、微笑みながらアグナの頬を撫でた。

「……良いだろう。ならば一緒に鍛錬を行うとしよう。さて、そうと決まれば仕度をせねばな」

「おう!!」

 将志とアグナは布団から出るとそれぞれ準備を始める。
 そして準備が終わると、将志達は境内へと出て行く。

「はっ!! やあっ!!」

 すると、そこには先客がいた。
 戦装束に鉢金を巻いた少女は赤い漆塗りの柄の十字槍を軽々と振り回す。

「……ふむ」

 将志は即座に銀の槍に巻かれていた布を取ると、涼の前に躍り出た。
 そして、槍を振るっている涼に対して突きこんだ。

「せいっ!!」

 涼はその槍を払いのけて将志に突き返した。

「……む」

 突き返す槍を将志は身体を半歩開いて躱し、涼に銀の槍を上から叩きつける。

「せやっ!!」

 その振り下ろしを涼は槍で捌き、手首を柔らかく使って将志を下から突き上げる。

「……ふむ」

 それを将志は更に躱して涼に技を返す。
 その返し技に対して涼は将志に技を返す。
 お互いに申し合わせたかのような攻防が続き、最後にお互いに距離をとる。

「……修練は怠っていないようだな。その調子で続けるがいい」

「はい、ありがとうございました!!」

 将志は槍を納め、涼に声をかける。
 それに対して、涼は礼をした。

「にーちゃん、次は俺と練習だぞ~?」

 しばらく放って置かれたせいか、アグナは少し拗ねた表情でそう言った。
 それに対して、将志は苦笑交じりに頷いた。

「……すまなかったな。では、早速始めるとしよう」

「おう!!」

 それから、二人はしばらくの間戦闘訓練を行い、その光景を涼が見学することになった。




 将志達が朝食を終えて休憩をしていると、突如として目の前の空間が裂けた。

「お邪魔します、ご機嫌いかがかしら?」

「失礼するぞ」

 するとその中から紫と藍が現れ、将志達に挨拶をした。

「……紫か。藍も一緒に居るということは、ただ世間話をしにきたわけではなさそうだな」

「ええ、少し大事な話があるわ。将志、最近の幻想郷の問題点は何だと思う?」

 紫の問いかけに、将志は眼を閉じて答えた。

「……全体的に妖怪が弱い。今はまだ平気だが、このままではこの先増え続ける人間に対処しきれなくなって妖怪が滅ぶぞ」

 その将志の声はため息交じりで、妖怪の現状を憂うような口調であった。
 それに対して、藍が口を挟んだ。

「人間が強くなった、とは言わないのだな」

「……人間が強くなったわけではない。人間は元から強いのだ。普段人間を食料としてしか見ていない妖怪達はその危険性に気付いていない。故に、人間を軽んじたものから弱体化していくのだ。……俺からすれば、今の妖怪達は一部を除いて弱すぎる」

 将志はかつて、人間の側に立って妖怪達を相手取ったことがあった。
 その妖怪達は現在よりもはるかに強い人間を相手に戦い、圧倒するほど強かった。
 それを考えると、将志から見て今の妖怪はあまりにも弱すぎるのだ。
 その意見を聞いて、紫は笑みを浮かべた。

「随分と辛辣な意見ね。でも、間違ってはいないわ。たかが人間と軽く見ていた妖怪は妖怪退治屋に次々と退治されていったわ。人間は確実に妖怪の脅威となりつつあるわよ」

 それを聞いて、愛梨は首をかしげた。

「じゃあ、何でそんな話をするのかな? そういう話は僕達じゃなくて、妖怪のみんなにするべきだと思うよ♪」

「確かにそうね。でも、私がするのは別の話。貴方達にとっては大事な話よ」

 愛梨の質問に、紫はそう答えて話題を変えた。
 それを受けて、将志は納得したように頷く。

「……なるほど、仕事の話か」

「察しがいいわね。その通り、この先少し荒れそうだから、貴方達には少し様子を見ていて欲しいのよ」

「荒れるって……何が起きるんですの?」

「何だ? 誰か来んのか?」

 紫の言葉に六花とアグナがそろって質問をした。
 六花の表情はうんざりとしたものであるのに対し、アグナの表情はどこか期待に満ちた表情を浮かべていた。
 その質問に対して、紫は笑顔をもって答える。

「ええ、来るわよ。大陸の妖怪がね」

「大陸の妖怪、でござるか?」

「……足りなければ他所から持って来れば良いと言う事か?」

「大体そんな感じね。今のままじゃ妖怪は人間に押しつぶされてしまうわ。一番良いのは今いる妖怪達が強くなることなんでしょうけど、それを待つには時間が足りない。だから、この国だけではなく他所からも連れて来て数で対抗しようというわけよ」

「それ、大丈夫なんですの? 私達が幻想郷の一員になったときも他勢力と一悶着ありましてよ?」

 紫の構想に、六花が待ったを掛ける。
 実際問題、銀の霊峰が幻想郷の一部となった際も他の勢力と一悶着あったのだ。
 おまけに銀の霊峰の非常時における戦力という立場上、その力を危惧する者達が波のように押しかけたため、銀の霊峰は総出でそれを鎮圧することになったのだ。
 最終的には、すでに交流のある妖怪の山が仲裁に入り、そこまで大きな事態にはならなかった。
 余談ではあるが、それを盾に天魔が将志をこき使ったため、将志がそのストレスを発散するために下の勝負に乱入し、銀の霊峰の内部で再び嵐が起きた。

「その時のための貴方達じゃないの。貴方達の役目はそういう小競り合いが起きたときの調停役よ。いざというときには相手を武力制圧しても構わないわ」

「つーことは、大暴れしても問題ないんだな!?」

 紫の発言にアグナが橙の瞳をキラキラと輝かせながら紫を見つめた。
 その様子を見て、紫は楽しそうに笑いながら答えた。

「やりすぎなければ構わないわ。暴力で向かってきたら容赦なく叩き潰してあげなさい。私はそれをのんびりと観戦させて貰うわ」

 つまり、紫は言外に私のところまで来させるなと言っている。
 何故なら彼女は幻想郷のトップである。
 そんな彼女が簡単に戦う様では、彼女自身が軽く見られてしまう可能性があるのだ。
 トップの人間が軽く見られるようでは、外の世界の者が幻想郷を潰しに来る可能性すらある。
 それを考えれば紫は戦うべきではなく、その部下や協力者に戦わせる必要があるのだ。
 もし、紫の元に力の強い部下や協力者が居るとなれば、外の勢力も幻想郷には容易に攻め込めないからである。

「随分過激なことを言うでござるな。そこまでやる必要があるんでござるか?」

「貴女は自分よりも力の強い者に立ち向かう度胸があるかしら?」

「守るためならばいくらでもあるでござるが?」

「……普通そういった度胸がないものなのだけど。少なくとも、話くらいは聞くでしょう?」

 それが当然と言った表情で質問に答える涼に、紫は呆れたといった表情を浮かべる。
 ため息混じりにそう話す紫に対して、涼は腕を組みながら頷いた。

「確かに。戦わないに越したことはないでござるからなぁ」

「お前は強いものと戦うことに興味はないのか?」

 涼の言葉を聞いて、藍は首をかしげる。
 何故なら、元々銀の霊峰にいるのはほとんどが強さを求めて流れ着いた者達なのだ。
 だと言うのに、戦闘員の一人である涼には強さに対する執着と言うものがあまり無いのだ。
 藍の疑問は当然のものであった。

「それは当然あるでござるよ。しかし、それで怪我をしたり死んでしまっては守れるものも守れないでござる。それに、拙者にはお師さんという相手がいるからして、強者は間に合っているでござるよ」

 藍の疑問に涼はそう言って答えた。
 涼が惚れ込んだのは強さではなく、将志の思想なのだ。
 よって涼が求める強さは戦いの強さではなく、何かを守る力なのだ。

「なるほど。ここの妖怪の中にもそういう考えの者がいるのね」

「……むしろ、少しくらいはこういうのがいてもらわねば困る。最近は妖怪の山やその他の勢力に挑戦状を送る者がいて苦情が出ているのだ。ついこの間も、天魔がうちに怒鳴り込んできたところだ」

 将志はそう言って頭を抱えてため息をついた。
 なお、将志は天魔にその迷惑料として(ry

「そいつらなら私のところにも来たぞ。将志の教えを受けているものがどれほどの強さなのか確かめるだのなんだの言って勝負を挑んできたが、返り討ちにしてしまってよかったのか?」

「……思う存分に叩きのめしてくれ。そうすれば勝負を挑んだ奴も満足するだろう。逆に断ったり手加減をして負けたりすると、相手が本気で勝負をするまで付きまとってくるからな」

 藍の言葉に、将志は投げやりな表情でそう答える。
 それを聞いて、藍は首を小さく横に振った。

「……まるで鬼達と変わらんな。ここの連中はそんなに強者に飢えているのか?」

「……来るものは拒んでいないのだが、どうにも軍隊という印象が強いみたいでな……気軽に挑戦してくる連中がいないのだ。居たとしても鬼程度だ。当然、何度も戦っている間に新しい相手を求めだす訳だから、外に流れる者が出て来てしまうのだ」

 将志はそう言って再びため息をつく。
 元々外から強者が挑んでくることを前提として門を開いているのだが、その入りは思わしくない。
 実を言えば、将志達がやってきた際にやりすぎたことが原因なのだが、将志はそれに気付いていない。

「そういえば、拙者も来てすぐにここの者達に挑戦状を山ほど送られたでござるなぁ」

「でも、涼ちゃん全部返り討ちにしてたよね♪」

「いや、一つだけ黒星がついたでござる」

 愛梨の言葉を涼はすっぱり否定した。
 それを聞いて、将志が興味深そうに眉を吊り上げた。

「……ほう? 誰に負けたのだ?」

「アグナ殿でござる」

「おう、そうだったな!! なかなかに楽しかったぜ!!」

 アグナは楽しそうにそう言って笑う。
 一度アグナは封印された後、涼に対して挑戦状を叩きつけていたのだ。
 その結果、涼はそれなりに善戦はしたのだが、最後はアグナの炎に焼かれて敗北したのだった。
 涼の強さを観戦して知っている紫は、それを聞いてため息をついた。

「力を封印されているはずなのにそれでも強いのね」

「……当たり前だ。ただ力の強いだけのものは、この社に一生上がってこれん。アグナは元の力も強大だったが、それを制御しきれる能力を持っているのだ。変幻自在のアグナの炎はそう簡単に避けられるものではないぞ?」

「確かに、アグナの炎はどこまで逃げても追いかけてくるな。あれを躱しきるのは骨が折れる」

「へへへっ、なんかそう言われると照れくさいぜ……」

 将志と藍に賞賛されて、アグナは頬を染めて頭を掻いた。

「ところで、話題が盛大に逸れておりますけど、本題はどこに行ったんですの? まだどうやって大陸の妖怪を呼び込むとかそういう説明が全くありませんわよ?」

「そうね、それについても説明が必要ね。方法としては幻と実体の境界によって、勢力の弱まった外の妖怪を自動的に呼び寄せる方法を取るわ。だからこっちにきてもあまり大規模な騒動にはならないと思うのだけど、もしかしたら勢力が大きいままこちらに来るかもしれない。その時のために貴方達には備えておいて欲しいわ」

 紫がそこまで言うと、愛梨がポンと手を叩いた。
 どうやら何か考え付いたようである。

「そうだ♪ どうせだから、一緒にここの宣伝もしちゃおうよ♪ そうすればみんな喜んでくれると思うよ♪」

 愛梨の提案に、将志は少し考えをめぐらせた。
 そして、ゆっくりと首を縦に振った。

「……悪くないな。他で騒動を起こす前にここに呼び込むことが出来れば、わざわざ外に出るまでもなく解決できる。ここの連中も外から強者が挑んでくれば他に殴りこみに行かなくなるだろう」

「となると、何とかしてこちらに呼び込む必要がありますわね。その方法はどうしまして、お兄様?」

「……それに関しては放っておいても来るようになるだろう」

「ん? どういうこった、兄ちゃん?」

「……外から入ってきた連中の情報をうちの連中に伝えれば、血の気の多い奴が挑戦状を送るだろう」

 将志がそういうと、紫と藍は将志の思惑を理解したらしく頷いた。

「ああ、なるほど。それならば暴れたり力を持とうとする奴は向かってくるし、戦うつもりのない奴はくることはない。危険な妖怪も一緒に判別できるし、確かに理にかなっているな」

「ということは、境界を越えた妖怪の情報を将志に送ればいいわね」

「……ああ。頼む。それから、涼。お前には頑張ってもらうぞ」

 突然話を振られて、涼は呆気にとられた表情を浮かべた。

「はい? どういうことでござるか?」

「……お前にはここに登ってきた者を全員追い返してもらう。お前はこの社の一番槍だ、お前の力を見せてもらうぞ」

「任されたでござるが……場合によっては抑えきれないかもしれないでござるよ?」

「……それならそれで構わない。その時は、俺達が丁重にもてなすとしよう」

 将志はそういうと、ニヤリと笑った。
 この男、やる気満々である。

「……そういえば、将志本人も結構戦い好きだったわね……」

 紫は遠い眼でそう呟く。
 しばらくして、紫は思い出したように手を叩いた。

「ああ、それから今日は藍が料理の献立を教えて欲しいみたいだから宜しくね」

「……ふむ、良いだろう。だが、その前に今日の稽古を始めるとしよう」

「ああ、早速始めよう」

 将志は藍と共に本殿から境内に向かっていく。
 その様子を、アグナが羨ましそうに眺めていた。

「……いいなぁ、狐の姉ちゃん……」

「キャハハ☆ それは同感だね♪ それじゃあ、僕と一緒に練習しようか♪」

「おう!! 今度は負けねえぞ!!」

 アグナは愛梨に連れられて山の中腹にある広場へと向かう。
 境内ではアグナの炎が強すぎて火災を引き起こす可能性があるからだ。

「私は少し下の様子を見て参りますわ。荒れている妖怪が居たら止めなければなりませんし」

「では、拙者は門番に戻らせてもらうでござるよ」

 六花と涼はそう言いながら本殿を出ようとする。
 すると、門から人影が飛び込んできた。

「あ、見つけた!!」

「門に居ないと思ったら、こんなところに居たのかい!!」

 二つの人影は現れるなり涼の肩をがっちりと掴んだ。
 その人物に涼の顔から血の気がサッと引いた。

「す、萃香殿に勇儀殿!? 何故こんなところに!?」

「いや、だってまだ私達との勝負に決着ついてないでしょ?」

「それに、うちの連中もまたあんたに会いたがっていたからね。とりあえず、妖怪の山まで来てもらおうか?」

 以前愛梨と六花に連れ去られて以来、涼は度々妖怪の山に呼び出されることがあった。
 涼は大勢の鬼相手にボロボロになりながらも奮戦し、倒してきた。
 鬼達はその強さと不屈の闘志を甚く気に入り、将志ともども事あるごとに呼び出すようになったのだ。

「い、いや、拙者門番の仕事があるんでござるが!?」

「えー、こんな過剰戦力のところに門番なんて要らないよ。さあさあ、つべこべ言わずにちゃっちゃと来る!!」

「と言うわけで、涼を借りていくよ!!」

 二人の鬼は涼の左右を固めて腕を取り、逃げられないように拘束する。
 涼は抜け出そうともがくが、鬼の強い腕力で固められていては抜け出せるはずも無い。

「り、六花殿!! 何とかならないでござるか!?」

 そこで涼は必死の形相で六花に助けを求めた。
 ここで連れ去られれば、再びズタボロになって帰ってくるのが目に見えているのである。
 六花はそれを見て、額に手を当ててため息をついた。

「……ここで断っても変わらないですわよ? どうせなら、早いうちに清算してしまったほうが楽ですわよ?」

「よし決まったね、さっさと行こう!!」

「あ、ちょ、六花殿ぉー!!」

 しかし、六花の無情の一言によって望みは断たれることになった。
 萃香と勇儀は嬉々として涼を連れて外に出て行く。

「生きて帰ってくれば文句は言いませんわよー!!」

「あいよ!!」

 段々と離れていく影に、六花はそう注意した。
 それに対して、勇儀が任せたと言わんばかりに返事を返した。

「殺生なぁー!!」

 空に、涼の悲痛な叫びが響き渡った。




 数日後、涼は杖を突きながら社に帰り着き、玄関先でバッタリと倒れているところを六花に発見されるのだった。



[29218] 銀の槍、招待を受ける
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/11/08 12:22
 将志達が朝の訓練を終えて食事を取っていると、突如として門の方角から轟音が響いてきた。
 それと同時に、一人の妖怪が本殿の将志のところに駆け込んできた。
 その妖怪は涼と交代で門番をさせていた妖怪で、戦っていたのかボロボロの状態であった。

「……何事だ?」

「御大……鬼の客人です……対応をお願いします……」

 妖怪はそれだけ言うと気を失った。
 それを見て、将志はため息をつく。

「……またか……いったい誰だ?」

「ううっ……また拙者は連れて行かれるんでござろうなぁ……」

 憂鬱な表情を浮かべた涼がそう呟くと同時に、食卓に二つの人影がやってきた。
 その人影にはそれぞれ鬼の象徴である角が生えていた。

「やっほ~ お邪魔するよ、将志」

「相変わらず美味そうなもの食べてるねぇ。これ、もーらい!!」

「ああっ、それは拙者の卵焼き!!」

 勇儀は涼の皿から卵焼きを奪い、口にした。
 突然の暴挙に涼は反応できず、それを見送るしかなかった。

「あ、それじゃあ私はこれを……」

「へぇ……横取りしようってのか? 二本角の姉ちゃん?」

 萃香が菜の花の粕漬けを掠め取ろうとすると、その持ち主から紅蓮の炎が上がり始めた。
 アグナは鋭い目つきで簒奪者を睨みつけ、身に纏った炎で威嚇する。
 そのあまりの気迫と熱気に、萃香は思わずたじろいだ。

「うっ……じゃあこっちもらうよ!!」

「あっ、それも拙者の!!」

 萃香は標的を変更して涼の粕漬けを奪い去った。
 その後も、萃香と勇儀は絶妙なコンビネーションで涼から次々とおかずを奪い去っていった。
 その結果、涼に残ったのは白米だけという散々な有様となった。

「ううっ……あんまりでござる……」

「……後で好きなもの一品作ってやるから泣くな。お前達も、人の食事を横取りするものではないぞ?」

「まあまあ、硬いことは言いっこなしだよ」

「そうそう、ケチケチしない!!」

 将志の注意を二人の鬼は笑って受け流す。
 その様子を見て、将志はため息をついて首を横に振った。

「……そうか、せっかく来たのだから何か一品作ろうかと思ったのだが、要らないのだな」

「ちょっと待ったぁ!! 食べる、食べます!!」

「そういうことは早く言ってくれないかい? そのせいで涼のおかずがいくつか犠牲になったじゃないか」

 将志の一言に、鬼達は一気に態度を変えて取ったおかずを涼に返した。
 しかし、もう既にその大部分が二人の腹に収まっており、残っているのは微々たる量であった。

「くぅっ……抜け抜けとよくも……」

「……やれやれ、だ」

 がっくりと肩を落とし恨めしげに鬼達を眺める涼を見て、将志は苦笑するのだった。






「ん~、美味い!! 相変わらず酒によく合う料理だね!!」

「ホントにね。うちの奴らの中にこれくらい作れる奴が居りゃあ良いんだけどなあ」

 将志が作ってきた料理をつまみながら、萃香と勇儀は酒を飲む。
 そんな二人に、将志は話しかけた。

「……それで、わざわざここに酒を飲みに来たわけではあるまい?」

 将志がそういうと、二人は顔を見合わせた。

「あれ~? そうだっけ~?」

「ああ、そういえばそうだったね。今日は招待状を届けに来たんだった」

 勇儀はそういうと、折りたたまれた紙を取り出して将志に渡した。
 紙には妖怪の山で宴会を開く旨が書かれていた。

「……招待状?」

「あぁ。丁度ここに居る面子全員に妖怪の山への招待状さ。ま、無理に来いとは言わんけどね」

 その言葉を聞いて、涼は安堵のため息をついた。

「そういうことなら、拙者は門b」



「ただし、涼!! アンタは強制よ!!」
「ただし、涼!! あんたは強制だ!!」



「な、何故でござるかぁー!?」

 しかし鬼達の無情の一言により涼の思惑は崩れた。
 その理不尽な仕打ちを嘆く涼を無視して、萃香は他の面子に声をかけた。

「それはともかく、みんな来るの~?」

「おう!! 面白そうだし、俺は行くぜ!!」

「私も行きますわ。またアグナやお兄様に余計なこと吹き込まれては堪ったものじゃありませんもの」

「僕も行こうかな♪ きっと楽しくなると思うしね♪」

「……特に断るような理由も無い。その招待、受けるとしよう」

 萃香の問いかけに、全員が参加の意を示した。
 それを聞くと、二人の鬼は笑顔を浮かべた。

「よ~し、そうと決まれば早速行こう!!」

「さあ、早く準備をしな!!」

「…………」

 これからの宴が楽しみでしょうがないといった様子の鬼達の後ろで、こそこそと離れていこうとする影が一つ。
 涼は鬼達から逃げ出そうと気配を消して本殿の奥に歩いていく。




「逃がさないよ!!」
「逃がすと思ったのかい!!」




 しかしまわりこまれてしまった!!

「うにゃああああ!! は、放すでござる!!」

「嫌だね♪」
「嫌なこった♪」

「行きたくないでござる!! 絶っっっ対に行きたくないでござる!! はーなーせぇー!!」

 萃香と勇儀は涼の両脇をしっかりと固めて逃げられないようにする。
 そして楽しそうに無理矢理引きずって空へと飛び上がった。

「……さて、涼が悲惨な目に遭う前に俺達も行くとしよう」

「きゃはは……そうだね♪」

 それを見て、将志達は苦笑いを浮かべながら後を追うのだった。






 妖怪の山に着くと、そこにはたくさんの食材が並んでいた。
 食材の状態で並んでいるのは、どうやら料理好きの将志に対する配慮のようであった。

「皆さん、ようこそいらっしゃいました。今日は宴の席を設けましたので、どうか楽しんでください」

 全員が地上に降り立つと、伊里耶は恭しく礼をした。
 将志はそれに対して返礼すると、早速食材のほうへ眼を向けた。

「……ふむ、では早速準備に取り掛かるとしよう。アグナ、頼んだぞ」

「へへっ、任せろ兄ちゃん」

 将志に頭を撫でられ、アグナはくすぐったそうに笑って答える。
 そして愛梨の大玉から携帯式厨房を取り出し、設置する。
 そうしている間に、愛梨が前に立って全員の注目を集めた。

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!! 宴会には料理が付き物、でもただ用意するだけじゃつまらないよね♪ そんなみんなに、ちょっと変わった料理を見せるよ♪ 料理の神様の曲芸料理、見ないと絶対損するよ♪ さあ、将志くん、アグナちゃん、一丁思いっきり頼むよ!!」

「おう、任せろってんだ!!」

「……行くぞ」

 愛梨の口上でアグナは気合を入れ、将志は銀の槍の布を解く。
 将志は食材を眺めると、その一つに槍を突き刺した。

「……ふっ!!」

 掛け声と共に銀の線が幾重にも走る。
 宙に浮いた食材はその度に銀の槍によって刻まれ、形を変えていく。
 その槍捌きは観る者が黙り込むほど華麗な槍捌きであった。

「……アグナ!!」

「おうよ!!」

 その最中に、アグナは設置されている三つのかまどに火を入れ、火を調節する。
 その上にはそれぞれ中華鍋が設置されており、将志は片手で槍を振り回しながら油を引く。
 それが終わると、刻んでいた食材を三つの鍋に入れて炒め始める。
 なお、この状態で三つの鍋の中身は違うものであり、それぞれ別の料理になるようになっている。
 三つの鍋を交互に振るたびに食材が宙を舞い、見ていて飽きない料理風景であった。

「……ふっ、はっ、そらっ!!」

 味付けを終えて十分に火が通ると、将志はその三つの鍋を順番に振り上げた。
 鬼達は何が起こっているのか良く分かっておらず、呆然と将志の行動を眺めていた。

「……まずは三品、存分に味わうといい!!」

 将志がそういった瞬間、宴会場に置かれた皿に次々と料理が降ってきた。
 突如目の前に現れた料理に、鬼達は唖然とした表情を浮かべる。
 そしてしばらくして、観衆から拍手と歓声が上がった。

「……次だ」

 それを確認すると、将志は素早く次の品を作り始める。
 次に作り始めたのは饅頭。
 その生地をこねる際に、将志は様々な形で放り投げることでパフォーマンスを行う。
 生地の中に肉や野菜を空中で素早く詰め、次々に蒸し上げていく。
 蒸している最中にも饅頭を作り、出来次第蒸篭に入れて蒸していく。
 そして蒸しあがると、将志は観客席のほうを見た。

「……少し味見をさせてやろう」

 将志はそういうと、目にも止まらぬ早業で饅頭を投げた。

「あむっ?」

「むぐっ?」

 その饅頭は少し離れたところで酒を飲んでいた萃香と勇儀の口にすっぽりと収まった。
 二人は訳も分からないままその饅頭を咀嚼し、呑み込んだ。

「んっく、今何が起きたの?」

「さあ……突然饅頭が口の中に飛び込んできたみたいだけど……」

 二人はそう言って将志の方を見た。
 すると、将志はありとあらゆる方向に饅頭を投げ飛ばし、次々と口の中に放り込んでいたのが分かった。

「……さて、このあたりで一笑いさせてもらおう」

 ふと、将志はにやりと笑ってそう小さく呟いた。
 そして、手元にあった饅頭を投げ飛ばした。

「んぐっ……」

 投げ飛ばされた饅頭は萃香の口に納まった。
 萃香はしばらくそれを咀嚼していたが、段々と動きが遅くなり、そして止まった。

「……萃香?」

 様子がおかしいことに気がついた勇儀が萃香の顔を覗き込む。
 萃香の顔は真っ赤で、何かを耐えるような表情を浮かべていた。

「~~~~~~~~っ、ひーーーーーっ!! 辛ひ、辛ひよ!!」

 そして次の瞬間、萃香は口から盛大に火を吹いて飛び跳ねた。
 将志が投げたのは、食べた瞬間猛烈な辛さが口の中に広がる饅頭だったのだ。

「あっはっは!! なかなか面白いことをするねえ将志は、んむっ!?」

 勇儀は大騒ぎする萃香を見て腹を抱えて大笑いしていたが、その口の中に饅頭が飛び込んできた。
 そしてそれをかじると、舌がしびれて頭を突き抜けるような強烈な刺激を感じた。

「うぐうううう!? すっぱい!! 痛い!! 頭に来る!!」

 火を噴きながら飛び跳ねる萃香の横で、今度は勇儀が頭を抱えて転げまわる。
 鬼達は四天王の普段では考えられない醜態を見て、大笑いをしていた。

「おやおや、どうやら将志くんの悪戯に掛かっちゃったみたいだね♪ みんな、気をつけて!! 将志くんの悪戯は誰にくるか分からないよ♪」

 その様子を見て、愛梨が笑いながら周囲に注意を促した。
 その瞬間鬼達は身構えたが、それよりも早く将志は行動に出ていた。

「……それっ」

「はむっ?」

 将志が投げた饅頭は伊里耶の口に入ることになった。
 その瞬間、鬼達は口の中が大惨事になっている二名以外静まり返った。
 伊里耶は少し冷たい饅頭をかじった。
 するとゼラチン質が広がり、口の中でとろけた。
 伊里耶の口の中では、そのゼラチンの優しく繊細な甘みが広がっていった。

「あら、口の中でとろけて……甘くておいしい……」

 伊里耶はその味にウットリとした表情を浮かべた。
 それを見て、鬼達は一斉に胸をなでおろした。
 しかし、それを見て黙っていない者が居た。

「ほら~~~~っ!! はあはんらへひいひふるはーーーーーー!!(訳:こら~~~~っ!! 母さんだけ贔屓するなーーーーーー!!)」

「く~~~~~っ!! 私らだけこんな目にあうのは不公平じゃないかい!?」

 萃香は火を噴きながら、勇儀は額を叩きながら将志に猛抗議した。
 両者とも涙目であり、今の状態がとてもつらいということが見て取れた。

「はっはっは、日頃の行いという奴でござるぐっ!?」

 それを見て、心底愉快そうに涼が笑うが、その口に飛んでくる一個の饅頭。
 それを噛んだ瞬間、口の中に想像を絶するような苦味が走った。

「うええええ、苦い、苦いでござるよお師さん!!」

 涼は口を押さえながらその場で悶絶する。
 あまりの苦さに錯乱しているのか、その場でオロオロしている。

「あはははは!! ほれみろ!!」

「あっはっは!! いいねえ、最高だよ、将志!!」

 そんな涼を見て、萃香は炎を吐きながら大笑いし、勇儀は頭と腹を押さえながらその場を転げまわった。
 率直に言って、この三人の周りだけがカオスな状況に陥っていた。

「……くっくっく、随分と面白い反応をするな」

 将志はそれを見て満足そうに笑った。
 そんな将志に、愛梨が苦笑いをしながら大げさに注意をした。 

「もう、将志くん!! 悪戯が過ぎるよ!! しょうがないなあ、ここからは悪戯好きな将志くんに代わって、僕がみんなを笑顔にしてあげるよ♪」

 愛梨は声高らかにそういうと、大玉の上に飛び乗った。
 鬼達の視線は一気に愛梨の元へと集まる。
 それを確認すると、愛梨は手を大きく広げて口上を述べた。

「はい、みんなちゅうも~く♪ 今から僕がみんなを笑顔にしてみせるよ♪ 五つの玉の織り成す舞、とくとご覧あれ♪」

 愛梨はそういうと手にしたステッキを上に放り投げ、五つの玉に変えた。
 玉は愛梨の意のままに宙を舞い、愛梨自身もアクロバティックな動きをしながら玉を操る。
 そのどこか危なっかしくてコミカルな動きに、鬼達は沸きあがった。

「さあ、最後の仕上げだよ!! 1,2,3!!」

 最後に愛梨は五つの玉を空高く打ち上げた。
 玉は最高到達点まで上ると、伍色の光を放つ大輪の花へと変わった。
 その場に居る全員がその花火に見とれている中、愛梨は落ちてくる黒いステッキを受け止める。

「はい、これで僕の演技は以上だよ♪ みんな、最後まで見てくれてありがと~♪」

 愛梨がそういって礼をすると、観客は惜しみない拍手を浴びせた。
 その表情は、一人残らず笑顔であった。
 そんな中、料理を終えた将志が伊里耶の隣にやってきた。

「お疲れ様、将志さん。あんなことが出来るなんて思いませんでしたよ」

 伊里耶はそう言いながら将志の杯に酒を注ぐ。
 将志はそれを受け取ると、ゆっくりと飲み始めた。

「……なに、長い時間生きてきて暇だったから覚えただけのものだ。練習すれば誰にでも出来るはずだ」

「そうなんですか?」

「……ああ。ところで、何故いきなりこんな宴会を開いたのだ?」

 将志は予てから気になっていたことを伊里耶に質問した。
 何故なら、わざわざ招待状まで作って呼び出した理由が分からなかったからであった。
 その瞬間、伊里耶の表情が少し影を帯びた。

「実はですね……私達、鬼は幻想郷を去ろうと思っているんです」

「……何故だ?」

「鬼は人間をさらい、そのさらった鬼を人間が退治する。私達は今までそうやって暮らしてきました。ですが最近の人間達は自らの報酬のためだけに、何もしていない鬼を罠に陥れて乱獲するようになりました。もう、鬼が暮らしていくには厳しい環境になってきたんです」

 その表情は子供達の将来を憂う母親の表情だった。
 鬼子母神である伊里耶にとって、ここに居る鬼は全て自分の子供のようなものである。
 その子供達が次々に卑劣な手段で倒されていくのを見るのは、どれほどつらいことなのであろうか?
 将志はその胸中を察することは出来なかった。

「……しかし、幻想郷から去るとして何処へ行くというのだ?」

「それは今度地獄が移転することで地底が空くので、そこに移り住むことになると思います。妖怪の一部を受け入れ、怨霊を地底に抑え込む役目を担うことを条件に管理者にもう話をつけてあります」

「……そうか。ということは、いずれ俺のところにも紫から話が来るのだろうな」

「はい……もう、こうやって地上でみんなで宴会を開ける機会は僅かしかありません。ですから、今日は皆さんと、将志さん達と楽しもうと思ってお誘いしたんです」

「……そうだったのか……」

 将志はそういうと、会場に眼を向けた。
 そこでは、戦い好きの鬼達が愛梨達を相手に勝負していた。

「へっへ~!! まだまだ甘いぜ、兄ちゃん達!! 俺はまだまだやれるぜ!!」

 アグナは自由自在に炎を操り、鬼達を近づかせることなく焼いていく。

「全く、鬼が調理道具に負けてどうするんですの? もう少ししっかりしなさいな」

 六花は近づいてくる鬼の手をすり抜け、鮮やかな包丁捌きで相手を制していく。

「ふふふっ、楽しんでもらえたかな? それじゃ、ゆっくり休んでね♪ さて、次のお客さんは誰かな?」

 愛梨は四方八方から変則的な弾幕を張り、軽い身のこなしで相手の攻撃を避けながら倒していく。
 鬼達は掛かっていった者が敗れるたびに次々と挑戦していく。

「くっ、見た目の割りに何て強さだ!!」

「噂には聞いていたが、銀の霊峰は化け物ぞろいだな!!」

「だが、だからこそ挑み甲斐があるってもんよ!!」

 そんな底知れぬ強さの三人に、鬼達は闘志を燃やす。
 宴会場はいつしか闘技場と化し、あちらこちらで戦いが始まっていた。

「なあ、涼!! 久しぶりに私と勝負しないかい!?」

「勇儀殿、この場にはお師さんをはじめとして拙者なんかよりも強い者が四人も居るんでござるが?」

「そりゃあ、強い奴と戦うのも良いさね。でもね、実力が伯仲している相手と戦うのも勝負が見えなくて面白いのさ!!」

 そう言いながら勇儀は涼に殴りかかる。
 涼はそれを足捌きを使って回避し、手にした十字槍で反撃する。

「っと、そうは言っても拙者は勇儀殿や萃香殿には負け越しているでござるよ!!」

「それでも、私に勝てないわけじゃないだろ? 全身ボロボロになりながらもその槍の誇りのために立ち向かってくる、そんなあんたは羨ましいくらい綺麗だよ!!」

「くっ、それは光栄でござるな!!」

 涼と勇儀はそう言い合いながらお互いに一歩も譲らぬ白熱した攻防を続ける。
 それを見て、小さな鬼が不満の声を上げた。

「あーっ!! 勇儀ずるい!! 私も涼と戦おうと思ってたのに!!」

「なに言ってんだい、早いもんがちさ!! それに、私が終わってからやればいいだろうさ!!」

「あーもう、次は私の番だからね!!」

 戦いを楽しむ勇儀に対して、萃香はふてくされた様にそう言い放った。
 それらの光景を、将志と伊里耶は一段高い位置から見渡していた。

「……皆、楽しんでいるな」

「ええ、そうですね。今日は来て下さって感謝してますよ」

「……いや、俺も楽しませてもらっている側だ。感謝されるものではない」

「ふふっ、それは良かったです。……ところで、こうしてみてると私達も踊ってみたくなりませんか?」

 伊里耶は期待に満ちた表情で将志にそう語りかける。
 それを聞いて、将志は杯の酒を一気に飲み干した。

「……ふむ、久々に一戦やるか?」

「はい。お手柔らかにお願いしますよ?」

「……お前相手では、それは保障しかねるな」

 そういうと、二人は闘技場と課している宴会場へと降りていった。





「はぁ……やっぱりお強いですね、将志さん」

 しばらくして、将志と伊里耶は元の席へと戻ってきた。
 伊里耶は将志の腕を抱いており、寄りかかる格好で歩いてくる。
 どうやら、此度の勝負は将志が制したようである。

「……とは言うものの、差としては紙一重なのだがな。俺は年月こそ長く生きているが、種族としては同じ神でも元が鬼であるお前に対して、ただの槍であった俺は大きく劣るのだ。この槍にこもった執念が薄ければ、今頃俺はこうはなっていなかったであろう」

「その年月の差は、貴方が思っているほど軽くはありませんよ。天魔さんの言うとおり、貴方が長い年月をかけて培ってきたものは神すら超えてしまうんですから」

「……その神を超えた者にあっさり勝利する者の言葉ではないな」

「本当に、天魔さんはどうやって貴方に勝ったんでしょう? いくら考えても分かりません」

「……さあな、俺もその答えが分からないのだ。何しろ、いつも気がついた時には地に臥しているのでな」

 将志と伊里耶はそう言いながら少し考え込んだ。
 将志も伊里耶も、天魔がどのようにして将志を倒したのかを教えられていないのだ。
 
「……将志さん」

「……何だ?」

「私、やっぱり貴方の子供が欲しいです」

「なっ!?」

 唐突に告げられた一言に、将志は絶句した。
 それに構わず、伊里耶はその理由を述べる。

「私が地底に行ってしまえば、将志さんが私に会いに来る事は出来なくなります。そして私もそう簡単に外に出られるとは限りません。ですから、貴方との繋がりが欲しいんです」

「し、しかしだな……」

 将志はかつてこの手の話題で大恥をかいたため、若干トラウマと化している。
 それゆえに、当時の恥を思い出して将志の顔は赤く染まった。

「ふふっ……赤くなっちゃって……可愛い人ですね、将志さん。大丈夫ですよ、貴方と私の子なら、きっと強い子が生まれてきますよ」

「いや、そういう問題ではなくてだな……」

「……ああ、そういうことですか。それも問題ありませんよ。何て言っても、浮気は男の甲斐性ですから。別に流されたってばれなければ良いんです。もっとも、ばれても私は気にしませんけど」

「ええい、そういう問題でも……」

「……恥ずかしいのは最初だけですよ? 一度嵌ってしまえば、後は堕ちていくだけです。心配しなくても、私が一緒に堕ちてあげますよ」

 伊里耶は将志の耳元で、やたらと色っぽい声で囁き続ける。
 それは将志のトラウマを深く刺激するものだった。

「…………」

 そこで将志は伊里耶の言葉を聞き流すべく、眼を閉じて黙想を始めた。
 将志の精神はこれによって静められ、段々と穏やかな心を取り戻していく。

「……うっ!?」

 しかし、首筋に感じた生ぬるい感覚によって将志の精神は呼び戻された。
 伊里耶が将志の黙想を妨害すべく首筋を舐めたのだ。

「瞑想なんてさせませんよ。悟りの境地にいる将志さんを堕とすのは簡単ではないですけど、じっくり時間を掛ければ堕とせない訳じゃないはずですから」

「そうは言ってもだ、そもそも現時点で性欲というものを感じていないのだからっ!?」

 将志が無理矢理逃げようとするのを、伊里耶は口づけを持って封じる。
 それは相手の心をかき乱すような、甘いものであった。

「……はい、それは生物として異常です。ですから、私が正常に戻してあげるんです。さあ、見つからないうちに母屋へ「誰に見つかると不味いのかな♪」……あら」

 伊里耶が将志の腕を抜けられないように極めながら母屋に向かおうとすると、横から声が掛かった。
 そこには、笑顔を湛えた愛梨の姿があった。
 しかし、その笑顔からはとてつもない威圧感が感じられ、周囲の温度が数℃下がった。

「い~り~や~ちゃん? 無理矢理迫るのはちょっとおかしいんじゃないかな~♪」

「でも、このままじゃ将志さんは永遠に堕ちませんよ? ここは一回強い衝撃を与えて……」

「だからってこんなの……」

「ああ、そうです。どうせなら一緒に将志さんを堕としてしまいませんか?」

「ゑ?」

 伊里耶の突然の提案に、愛梨は眼を点にした。
 そんな愛梨に対して、伊里耶は更に語りかける。

「分かりますよ? 貴女の視線、恋する乙女の視線ですもの。この際ですし、将志さんに迫って意識させてみてはどうですか? 見たところ、将志さんはここに居る人達を異性として見てはいない様ですし」

「え、えっと……」

「怖がる必要はないんです。何故なら、将志さんは貴女に対して確実に好意を持っています。それも、絶対の信頼ともいえるものを。仮に失敗しても、将志さんの性格上大した痛手にはならないと思いますけど」

 動揺する愛梨に伊里耶は一気に畳み掛ける。
 その心の隙を突かれ、愛梨の心は激しく揺れていた。

「……僕でも、大丈夫なのかな?」

 愛梨は俯いたまま、ポツリと呟いた。
 その声は震えていて、何者かに対する恐怖が含まれていることが分かる。
 そんな愛梨の頬をそっと撫でながら、伊里耶は語り続ける。

「ええ、大丈夫ですよ。見ていると、貴女は身を引きすぎていて歯がゆいですよ?」

「(……何やら風向きが怪しい気がするな……)」

 一方、将志は何やら不穏な気配を感じていた。
 助けに来たはずの味方が、どうにも丸め込まれそうな気がする。
 将志の頭の中では、激しく警鐘が鳴らされていた。

「…………」

 将志は冷静に己の現状を把握した。

 単独での脱出……右腕を完膚なきまでに固められており不可能
 伊里耶または愛梨の説得……伊里耶は無理、愛梨は伊里耶の話を聞いており、こちらの話を聞くか不明
 更なる援軍の要請……涼は不可、アグナは悪化の可能性あり、六花は現在の戦闘が終われば望みあり

 まだ投了には早い様である。
 将志は何とかして一番確実性のある六花への連絡方法を模索することにした。

「……む?」

 が、突如首に重みを感じて思考の海から己が意識を引き上げた。

「……将志くん」

 すると目の前には、潤んだ瑠璃色の瞳で己が瞳を見つめる愛梨の姿があった。
 愛梨は将志の首に腕を回しており、将志の顔を引き寄せる。

「……んっ」

 そして、愛梨の桜色の唇がそっと将志のそれに触れた。
 その瞬間、愛梨は弾かれたかのように将志から距離をとった。

「い、今はこれが精一杯なんだ♪ でも、これから頑張るから!!」

 愛梨はそういうと一目散に逃げ出していった。
 将志は訳が分からないままそれを見送る。

「ふふふっ……初々しいですね、愛梨さん」

「……むぅ」

 とりあえず、自分の周囲が何やら面倒なことになっていることにようやく気がついた将志であった。

「さあ、将志さん。早く母屋に「母屋に何をしに行くつもりですの……?」……駄目でしたか」

 その後、将志は無事に六花の手によって救出された。




 将志が伊里耶に迫られて大弱りしていた頃、その脇では未だに戦闘が行われていた。

「シッショー!!」

 勇儀の拳が突き刺さり、涼は豪快に吹っ飛ぶ。
 何回か地面で弾んだ後、ぐったりと横たわるのだった。

「ふう、危ないところだった。もう少しで負けるところだったよ」

 勇儀はそう言いながら額に浮かんだ汗を拭った。
 勇儀の身体にも涼の十字槍が掠めていて、所々に切り傷が見受けられた。

「あーあ、涼ってばまたボロ雑巾みたいになっちゃって……こりゃ私との勝負は明日以降に持ち越しか~」

「そうさね。まあ、将志に頼めばまたしばらく貸し出してくれるさ」

 萃香はそう言って、地面に転がっている涼を突っついた。
 その言葉に、勇儀は笑顔で言葉を返した。

「うう……また負けたでござる……」

 涼は起き上がると、沈んだ声でそう呟いた。

「まあ、そんなに気を落とすことはないよ。一介の幽霊が鬼の四天王と一対一で勝負できるだけでも十分凄いんだから」

「でも、お師さんに教えを受けている以上、負けたくはないんでござるよ」

 肩を軽く叩いて慰めの言葉をかける萃香に、涼はそう言って答えた。
 その言葉に、勇儀は感心したように頷いた。

「健気だねぇ……本当に良い女だよ、あんた」

「……良い女といえば、涼って何気に良い身体してるよね」

 萃香はそう言いながら戦装束に身を包んだ少女の身体を眺めた。
 その体つきは健康的で、女性特有のしなやかさが感じられる体つきであった。

「確かに……おまけに肌も綺麗だし、戦いに身を置いていたとは思えないね」

 勇儀はそう言いながら涼の頬を指で撫でた。
 その肌はすべすべとした感触で艶やかであり、押すと程よい弾力を持って指を押し返してくる。

「現に泥まみれでも傷だらけでも何だか綺麗に見えるし……」

「この泥落としたら、いったい何処まで綺麗になるんだろうね?」

「あ、あの……何の話でござるか?」

 急激な話題の変化についていけず、涼は二人にそう問いかけた。



「一緒にお風呂に入ろうよ!!」
「一緒に風呂に入ろうか!!」



「ど、どういう脈絡でそういう話になるんでござるか!?」

 突如として発せられた二人の言葉に、涼は思わずそう叫んだ。
 すると二人の鬼は何を言っているんだと言わんばかりの表情で顔を見合わせた。

「え~? 身体動かした後に水浴びやお風呂に入るのはおかしくないでしょ~?」

「それに、たまには女同士裸の付き合いも悪くはないさね!!」

 そう言いながら萃香と勇儀は涼に近寄ってくる。
 その様子を見て、涼は思わず後ずさった。

「お二人と一緒に入ることに危機感を感じるんでござるが!?」

「ま~ま~、そう言わずにさ~」

「別に見られたって減るもんじゃなし、いいじゃないか」

「ひゃうん!? ど、どこを触っているでござるか!!」

 横に張り付いてセクハラまがいの行為をする二人に、涼は顔を真っ赤にしてそういった。
 しかし、それに対して鬼達は意地の悪い笑みを浮かべた。

「ん~? 洗いっこするんだからこんなもんじゃ済まないんだけどね~?」

「そうそう。まあ、そういう反応があるのも面白くていいけどね!!」

 そう言いながら萃香と勇儀は涼の身体のあちらこちらを撫で回した。
 それに対して、涼は身じろぎをしながら抵抗する。

「ぴぃ!? あ、あっちこっち変なところを触らないで欲しいでござる!! しまいには怒るでござるよ!!」

「キャーリョウチャンコワイー」
「キャーリョウチャンコワイー」

「ば、馬鹿にしてるんでござきゃうっ!?」

 セクハラに怯んだ隙を突いて両脇を素早く固める鬼達。
 例によって例のごとく腕をがっしりと捉えられていて抜け出すことが出来ない。

「よ~し、この調子で連行するよ、勇儀!!」

「おうともさ、萃香!!」

「は、放すでござる!! はあうっ!?」

 連行中に脱出しようともがく涼に、二人は再びちょっかいをかけて黙らせる。

「往生際が悪いよ、涼!!」

「たかが風呂に入るだけだ、そんなに暴れるな!!」

「いーーーーーーーやーーーーーーーーー!!!」

 涼の悲痛な叫びは誰にも聞き入れられず、二人の悪鬼によって連行されていった。




 宴会が終わって将志達が帰った翌日、涼は何か大事なものを失ったような表情を浮かべ燃え尽きた状態で戻ってきたと言う。



[29218] 銀の槍、思い悩む
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/11/11 07:01
 マヨヒガの上空に銀の雨が降り注ぐ。
 その中を潜り抜けるように、黄金に輝く九尾を持つ女性が空を飛んでいる。

「……こっちだ」

 その前方には銀の髪の男。
 男は右へ左へとふらふら飛びながら弾幕を敷いていく。
 その速度は速すぎず遅すぎずと言った絶妙な塩梅で、追ってくる女性がじわじわと追いつけるような速度であった。

「くっ……追いつけないか……」

 女性はなかなか追いつけない標的を前にして、そう呟いた。
 その瞬間、彼女に銀の槍が突き刺さった。

「あうっ!!」

 槍を突き立てられた女性は、真っ逆さまに地面に向かって落ちていく。
 その落ちた先には先程の銀髪の男が立っており、落ちてきた彼女を受け止めた。

「……少々諦めるのが早すぎるのではないか、藍」

 男は腕の中に納まっている藍に向かってそう声をかけた。

「全く、お前には念力でもあるのか? まるで私の心を読んでいるみたいだぞ、将志?」

 それに対して、藍は苦笑しながらそう答えた。
 藍には将志の加護が付いていて、先程の槍による怪我はなかった。

「……このような場では心と言うものは意外と分かりやすく出るものだ。今のお前の姿勢には、諦めが含まれていたぞ」

「しかし、わかってはいても難しいものだな。あれだけ長い時間追い続けても捕まえられないと、流石に心が折れそうになる」

 現に藍は将志をもう四半刻ほど追い続けていた。
 その時間全力を出し続けると言うのは、かなりつらいものがあった。
 将志はそれを聞いて考え込んだ。

「……だが、俺はお前が全力を出せば追いつける速度で飛んでいる。それでも追いつけないと言うことは、まだどこか動きに無駄があるということだ」

「む……動きの無駄は随分と減らしたはずなのだが……」

「……だとするならば、足りないのは自信や度胸といった類のものだ。自信を持てぬものに、俺を捉えることなど出来ん。俺を捕まえたくば、自分を信じろ」

 将志は藍の動きを思い返しながらそう言った。
 実際、藍は初期に比べると随分と動きに無駄は無くなっていた。
 それでも追いつけないと言う事態を、将志は心因性のものと結論付けたのだった。

「そうか。では、もう一度頼む」

「……いいだろう。来るがいい」

 そう言って、再び空の弾幕鬼ごっこが始まった。





「はぁ……はぁ……」

「……こんなところか。惜しかったな、藍」

 訓練が終わり、二人は縁側に座って休憩を取る。
 全力で飛び回っていた藍は、床に伸びている。
 そんな藍に、将志は柑橘類を搾って作ったジュースを差し出した。
 藍はそれを受け取ると、ゆっくりと飲み始めた。

「……はぁ……あと少しだったのだがな……まさかそこで上からやられるとは思わなかったよ」

「……戦いと言うのは最後までわからないものなのだ。そして、勝利間近の時こそ一番隙が出来る。故に、最後の詰めこそ最も慎重かつ大胆になるべきなのだ」

「難しいことを簡単に言ってくれるな……とも思ったが、言ったのがお前だとものすごい説得力だな」

 将志はどんな状況でも一発喰らっただけで即終了なのである。
 故に、将志の発言の説得力は非常に高かった。

「しかし、接近戦に遠距離戦、短期決戦に持久戦……将志が私に求めているものが分からないな」

「……無論、俺はその全てを求めている」

 将志はそれが当然という様にそう言った。
 それを聞いて、藍は頭をかきながらため息をつく。

「……それはまた、随分と厳しい注文だな。どれか決まった目標があったほうがやりやすいと思うが?」

「……たとえば、お前は愛梨に持久戦では勝てないし、接近戦では六花に負け、短期決戦を持ち込めばアグナに畳み込まれるだろう。さて、これを聞いてお前はどうする?」

 将志の言葉を聞いて、藍は少し考えた後にうなずいた。

「ああ、そういうことか。つまり、相手の土俵に立たせない事が目的なのか」

「……そういうことだ。前に戦って分かっただろうが、愛梨は短期決戦に持ち込もうとすると崩れやすいし、六花は遠距離を苦手としている。勝つためには、そこを突くのが最も効率がいいわけだ」

「そこでどんな相手でもどこかで勝れるように今は鍛えているわけだな?」

「……そういうことだ。もちろん、一本槍の戦い方が悪いとは言っていない。それならそれで、自分の得意分野に持ち込むことが出来れば勝つ可能性は多分にあるからだ。戦い方はそれぞれ。俺の特訓だけに拘らず、自分の得意な戦い方を見出してみることだ」

「自分の得意分野か。そうだな、考えてみるとしよう」

「……それがいいだろう。さて、日も高くなったことだし、昼飯にするとしよう」

 将志はそういうと立ち上がり、台所へ向かおうとする。
 藍はそれを見て、空を見上げた。
 青空には太陽が高々と上がっており、真昼の訪れを告げていた。
 そのまぶしさに、藍は眼を細めた。

「ん、もうそんな時間か。今日の献立は決まっているのか?」

「……いい山菜が手に入ったから、手早く天ぷら蕎麦にしようと思っている。お前が倒れている間に麺は打ったから、後は湯がいて天ぷらを揚げるだけだ」

「相変わらず仕事が速いな。何か手伝うことはあるか?」

「……特にはないな。出来るまで、これでも食べて待っていてくれ」

 将志はそういうと包みを取り出し、中から筍の皮の包みを取り出した。
 藍はその包みの中から漂ってくる甘い匂いを感じると、耳と尻尾をピンッと立てた。

「っ!? いなり寿司か!! ありがたくいただこう!!」

 藍は将志から受け取ると、早速包みを解いて食べ始めた。
 中に入っていたのは三角形のいなり寿司が三つであった。

「ああ……この噛んだ瞬間に口の中に広がる油揚げの甘みがたまらない……どれも美味いが将志のものは格別だ……」

 藍はいなり寿司を口にした瞬間、うっとりとした表情で味わう。
 尻尾はパタパタと振られており、とても嬉しそうである。

「……ふっ、喜んでもらえて何よりだ。では、手早く仕上げるとしよう」

 将志はそれを見ると少し微笑みながら台所に向かう。
 卵を冷水で溶き、小麦粉を入れてざっくり混ぜて衣を作り、山菜や海老などを油で揚げていく。
 その間にお湯を沸かし、熱湯で蕎麦を茹で、時間になればざるに空けて冷水で締める。
 それを特製のめんつゆに入れて暖め、ネギやミョウガを添え、天ぷらを見栄え良く皿に盛り付け抹茶塩を添えれば、かけ蕎麦と天ぷらの盛り合わせの完成である。

「……これで良し」

 将志は昼食が完成すると、縁側に居る藍を呼びに行く。
 すると、そこでは食べかけのいなり寿司を持った藍がなにやら考え事をしていた。

「……まだ食べ終わってなかったのか……というか、何をしている?」

「くっ……最後の一口……これで終わりかと思うと、勿体無くて、食べられない……」

 藍は真剣な表情で食べかけのいなり寿司を睨みながらそう言った。
 それを聞いて、将志は額に手を当ててため息をついた。

「……また作ってやるから、とっとと食え」

「本当か!? なら遠慮なく……」

 将志がそういった瞬間、藍は嬉しそうに笑いながら最後の一口を食べた。
 その後、一向は食事が用意された座敷に向かい膳の前に座った。

「……では、いただくとしよう」

「…………」

 将志が食べ始めるが、藍は目の前の料理をジッと眺めたまま食べようとしない。
 その様子に、将志は首をかしげた。

「……? どうした?」

「……くぅ……せめて、この余韻が消えるまでは……」

 藍は苦悶の表情を浮かべながら目の前の料理を眺め続ける。
 その様子を見て、将志は一気に脱力した。

「……俺の分を食後に出してやるから早く食え。伸びるぞ」

 その言葉を聞くと、藍はピクリと反応して将志の方を向いた。
 その表情は期待に満ちた表情だった。

「良いのか?」

「……ああ」

「そうか……なら蕎麦が伸びないうちに食べるとしよう」

 藍はそういうと、急いで蕎麦を食べ始めた。
 その勢いたるや、普段の食事速度の倍くらいの勢いがあった。

「……何という愛情だ……深すぎる……」

 将志はその様子を見て呆れ顔で額に手を当て、深々とため息をついた。
 油揚げに釣られてとんでもない失敗をしないかどうか心配し始めた時、藍が将志に声をかけた。

「ところで、将志は午後はどうするつもりなんだ?」

「……ふむ、書類仕事は大体終わっているし、さし当たってやることもない。道場破りも有名どころはあらかた制覇してしまったし……」

 将志の言葉を聞いて藍は呆気に取られた。

「道場破りって……お前は何をやっているんだ……」

「……ただの暇つぶしだ、他意はない」

 藍は目の前の戦神の破天荒な行動に頭を抱えて首を横に振った。

「戦神が暇つぶしで道場破りをしてどうするんだ……相手にならないだろうに」

「そんなことはない。次々と生まれる新しい流派の技を盗むのは楽しいものだ」

 将志は楽しそうに微笑みながらそう語った。
 実際、将志は道場破りを行った相手の技のいい部分を盗み、自分なりに改良して使っているのだった。

「……まだ強くなるつもりなのか、将志?」

「……当然だ。俺は己のために、何処までも高みを目指し続ける。そのためならば、いかなるものでも飲み干して見せよう」

 将志は藍の問いにそう言って答えた。
 その眼には強さへの飽くなき探究心がはっきりと浮かんでいた。

「それで、話は戻るがこの後どうするんだ?」

「……どうしようか」

「何もすることがないのなら、たまにはここでゆっくりしていけばいい。紫様は居ないが、私でよければ話し相手になろう」

 藍がそういうと、考え込んでいた将志がふと顔を上げた。

「……そうだ、それならば少しばかり頼みたいことがある」

「頼みたいこと?」

「……ああ。少し待っていろ、すぐに戻る」

 将志はそういうと全速力で空へと飛び出していった。
 それからしばらくすると、風を切り裂きながら将志は戻ってきた。
 将志の手には、年季の入ったアコーディオンがあった。

「……待たせたな」

「将志、それは何だ?」

「……楽器だ。鍵盤を押しながらふいごを動かすことで音が出る仕掛けになっている。最近愛梨に勧められて練習を始めたのだが、なかなかに面白くてな。ある程度弾けるようになったから第三者の意見が欲しくなったのだ」

「それで私に聞いて欲しいと言うわけだな?」

「……ああ。頼めるか?」

 将志がそういうと、藍はにこやかな表情でうなずいた。

「ああ、いいぞ。将志がどんな演奏をするのか、期待させてもらうとしよう」

「……ありがとう。では、早速始めるとしよう」

 将志はそういうと鍵盤に手を掛け、演奏を始めた。
 アコーディオンは将志の手によって音楽を奏で始めた。

「……これは……」

 藍は将志の演奏に思わず聞き惚れた。
 時には重厚な音で、時には軽快な音で紡がれる曲は、藍の心に沁みていく。 
 いつしか、藍は音に抱かれているような感覚を覚えていた。

「……藍? 何故に泣く?」

 そして演奏が終わるころ、藍の眼からは知らずに涙がこぼれていた。
 将志の問いに、藍は涙を拭いながら答えた。

「いや……良く分からないが、聴いているうちに気がつけば流れていたんだ。何というか、心に直接語りかけてくるような曲だった」

「……そうか」

 将志はそれを聞くと、満足そうにうなずいた。
 そんな将志に藍は話しかけた。

「しかし、将志は本当に何でも出来るんだな。音楽で泣かされるとは思わなかったぞ?」

「……これに関しては違うと言っておこう。俺がここまで演奏が出来るようになったのはこの楽器のおかげだ」

「その楽器の?」

「……この楽器を見た時、正直俺は魅入られたようでな。そして手に取った瞬間、この楽器の前の持ち主の念が流れ込んできたような気がしたのだ」

 将志はそう言いながらアコーディオンを撫でる。 
 アコーディオンを見つめるその眼は、まるで友人に語りかけるようなものであった。

「……俺が鍵盤に指を置いた時、その思念が俺に弾き方を教えてくれた。理屈ではなく、身体と心にな。初めて愛梨の前で演奏した時はひどく驚かれたよ」

「それじゃあ……」

「……ああ。俺はこの楽器を一人で弾いているわけではない。俺はこの楽器の持ち主と二人で弾いているのだ。故に、俺はその思念に答えるためにも演奏の練習を行っている」

 将志がそういった瞬間、藍は微笑を浮かべた。

「ふふっ、やはり将志は優しいな」

「……なんだ、いきなり?」

「既に居なくなって思念だけになった、しかも見ず知らずの者のためにそこまで出来る者はそうは居ない。それが出来るのだから、将志は十二分に優しいと思うぞ?」

「……そうか」

 将志はそう言って眼を閉じ、藍から顔を背けた。
 それは将志が照れ隠しの時に良くやる仕草であった。
 その様子を、藍は微笑ましいものを見る表情で眺めた。

「そうだ、せっかくだからもう一曲何か頼めるか? 今度は明るい曲が聴いてみたい」

「……いいだろう」

 そういうと、将志は再び演奏を始めた。
 今度の曲は軽快で聞いているだけで明るくなれるような曲であった。
 その後も、将志は藍のリクエストに応じて何曲も演奏した。
 藍はその曲を楽しそうにずっと聴いていた。



 こうして、二人だけの演奏会は夕暮れまで続いた。
 演奏が終わると、将志はアコーディオンを縁側に置いた。

「……こんなに長く演奏をしたのは初めてだな」

「ふふふっ、いい音色だったよ。また機会があったら聞かせて欲しいものだ」

「……ああ。こちらとしてもいい練習になる、ぜひそうさせてもらおう」

 二人はお茶をすすりながら話をする。
 藍は将志にぴったりと寄り添い、時折肩に頭を乗せる。
 その表情は幸せそうなものであり、穏やかな笑みを浮かべていた。
 将志はその行動に対して特に何も言うことはなく、彼もまた穏やかな時間を過ごしていた。

「将志、夕飯はどうするつもりだ?」

「……そうだな……主のところへ行こうかと思って断ってきたが、良く考えたら今日は永遠亭のうさぎ達の休日で、俺が行くと緊張させてしまうのだ。かと言って今から帰っても食材の準備が間に合わんだろう。だからどうしようか考えていたのだが……」

「なら、ここで食べていくといい。紫様はスキマの中で冬眠をしていて私一人しか居ないから、話し相手が欲しい」

「……なるほど。そういうことならばそうさせてもらおう。夕食に注文はあるか?」

「特にはないが、一緒に作らせてくれないか? いろいろと教えて欲しいんだが……」

「……ふむ、そういうことなら問題はない。わからないことがあれば教えよう」

「ありがたい。それじゃあ、まずは材料を確認しよう」

「……ああ」

 二人は台所に移動すると、材料を確認した。
 材料はひとしきりそろっていて、色々と作れる量があった。

「これが今うちにある材料だが……何が作れる?」

「……ふむ……考えられる献立は何通りかあるが、どのようなものが食べたい? しっかり食べるか、それとも酒のつまみのようなものか?」

「そうだな……たまには酒を飲むのも悪くないだろう」

「……ならば酒のつまみか。ということは少し塩気の強いもののほうが良いか。では、作るとしよう」

「ああ」

 二人はそういうと、調理を始めた。




 食事が出来、将志と藍は酒を飲みながら料理に箸を伸ばす。
 二人はどんどん酒を飲んでいき、空の酒瓶がその場にいくつも転がっていた。

「ううっ……それで紫様ときたら、私が仕事が出来ると思ったら今年から冬眠する何て言い出して……」

「……まあ、一日の半分を寝て過ごすような奴だからな……」

 藍は酔った勢いで紫への不平不満を将志へとぶつける。
 将志はそれを淡々と聞きながら相槌を入れる。

「それからご褒美をあげるからと言われてついてきてみれば、スキマを開いて入浴中の将志の覗き見を」

「……一度紫とはそのあたりの決着をつけねばならんようだな……」

「まあ、あれは私としても眼福だったので良しとしよう」

「……おい!!」

「だとしても、冬の間私は何を楽しみにすればいいんだ!? 紫様が寝ている間の仕事は全て私に回ってくるし、この家の中には私しか居ない。うう、寒くて心細くて寂しい冬の夜を何度過ごしたことか!!」

「……苦労しているのだな……」

 将志はそう言いながら藍の頭を撫でる。
 それを受けて、藍は涙ぐんだ。

「ぐすっ……そうやって慰めてくれるのはお前だけだよ、将志……」

「……いや、良く頑張っているよ、藍は。この幻想郷の管理という仕事は決して楽ではないはずなのだからな」

 将志は優しく声をかけながら藍の頭を撫で続ける。
 すると、藍は突如熱のこもった視線を将志に向けた。

「……将志、抱き付いて良いか?」

「……藍?」

「今私はお前が愛しくて仕方がないんだ。今すぐ抱き付いてお前を感じたい。……駄目か?」

 そう言いながら、藍はジリジリと将志に這い寄っていく。

「……それくらいは別に構わないが……っと」

 将志がそういうと、藍は即座に将志に飛びついた。
 将志がそれを受け止めると、身体に両腕と九本の尻尾がきゅっと巻きついた。

「ふふふ……暖かいな、お前は」

「……お前の方が暖かいがな」

「そうか……ふふっ、もうこうやって抱きしめたまま眠ってしまいたいよ」

 藍は幸せそうに笑いながら将志の胸に顔をうずめる。
 それを受けて、将志は苦笑しながらため息をついた。

「……俺は抱き枕とは違うのだが……」

「ああ、違うな。抱き枕は私をこうまで惑わせはしない」

「……っ!?」

 藍は将志の頭を抱き寄せ、その耳を胸に押し当てた。
 突然のことに将志は驚き、為すがままの状態になる。

「……聞こえるか、私の鼓動が? お前と一緒に居るだけでこんなにも大きく速くなるんだぞ?」

 藍の鼓動はその言葉通りに脈打っており、興奮状態にあることが分かった。
 それを聞いて、将志は藍の胸に抱かれたまま質問を投げかけた。

「……それは俺が居なければ起きないものなのか?」

「そういうわけじゃない。お前に逢えない時も、将志のことを考えるだけでもこうなる。……いや、痛みを伴う分、こっちのほうが遥かにつらいな」

「……苦しくはないのか?」

「苦しいに決まっているだろう? そして、それを静められるのは将志だけだ」

「……そうか。それで、俺は何をすればいい?」

「……欲を言えば色々として欲しい事はある。だが、それは私が口にするべきことじゃない。だから、お前はただ私に身を任せてくれるだけでいい」

「……っ」

 藍は将志を顔を持ち上げ、唇を合わせた。
 将志は藍の言うとおりに身を任せ、素直にそれを受け入れる。

「……はあっ……はあぁ……」

 しばらくして唇が離れると、藍の顔は紅潮し、呼吸は荒くなっていた。
 その様子を見て、将志は藍の顔を覗き込んだ。

「……大丈夫か? 呼吸まで乱れてきているが……うんっ?」

 すると、藍は再び将志の唇を奪う。
 少しの間そうした後、藍は将志の頭をぎゅっと抱え込んだ。

「……すまない……今日の私は少しタガが外れているようだ。もう自分を自分で止められそうにないんだ。……少し、激しくなるぞ」

「……藍? むぅ!?」

 藍は狂ったかのように将志の唇に吸い付き、舌をねじ込む。
 将志は豹変した藍に驚きつつ、なおもその身を預け続けた。

「んっ……頼むから、気を失わないでいてくれ……そうなったら、今の私はどこまで行くか分からないんだからな……」

 口が離れるたびに銀の糸を引き、それが切れるまもなく再び藍は将志の唇をむさぼる。
 巻きついた尻尾は将志の身体を這い回り、服の中を撫で回す。
 その尻尾は段々と将志の胴衣を剥ぎ取っていき、胸板が露出し始める。

「……ああ、駄目だ。本当に止められない。なあ、お前はどうなんだ?」

 藍はそういうと将志の胸に耳を置いた。
 その瞬間、激しく動いていた尻尾がその動きを止めた。

「……なんだ。私がこんなに苦しくても、こんなに求めても、お前はこんなに穏やかなのか……」

 将志の鼓動はいつもと変わらぬ調子で脈を打っていた。
 藍の態度の変化についていけず、将志は首をかしげた。

「……藍?」

「……すまない。少し熱くなりすぎていた。一人で勝手に舞い上がって、馬鹿みたいだな、私は」

 そう言いながら、藍は将志から身体を離した。
 その表情は自嘲するような、悲しみを感じられるような表情であった。

「……藍。一つ聞かせてくれ。お前も愛梨も、そして主も皆が俺を求めてくる。だが、俺は何故皆が俺を独占的に求めようとするのかが分からない。何故身体の繋がりを求めるのかが分からない。藍、俺は何かおかしいのだろうか?」

 将志は藍に自分が抱いた疑問をぶつけた。
 その表情は苦悩に染まっており、理解できないことを必死で考えていることが分かった。
 それを見て、藍は将志がどんな状態にあるのかを理解した。

「そうか……将志は恋というものが分からないのだな……」

「……恋の概念なら理解しているつもりだが……」

 呟くような藍の言葉に、将志は首をかしげた。
 それに対して、藍は首を横に振った。

「違うな。お前は本当の意味で恋というものを理解していない。まるで楽園にいるかのような心地良さ。魂を焼き尽くす地獄のような熱さ。そして理性を超越した愛情。そういったものを、お前は感じたことがないだろう?」

「……分からない。何故俺にそんなものを感じる? そして、何故俺はそれを感じない?」

 藍の言葉を聞いて、将志は額に手を当てて俯く。
 将志は自分の中の欠如している部分を理解しようとして思考をめぐらせた。
 そんな将志の手を、藍はそっと握った。

「将志。その質問はきっと誰に訊いても答えられない。恋は頭で考えるものじゃない。気がつけばそこにあるものなんだ。だから、何故恋をするかなんて誰にも分からない」

 藍は将志を抱き寄せながら、諭すようにそういった。

「……いつか、俺にも分かる時が来るのだろうか?」

「……ああ、きっと来るさ。その時の相手が、私であることを祈っているよ」

 将志の呟きに、藍はそう言って答える。
 それを聞くと、将志は藍から身体を離した。

「……そうか……では、今日はこれで失礼させてもらおう」

「泊まっていかないのか?」

「……明日は早朝から仕事があるのでな。社に戻っておかねば間に合わん」

「そうか。そういうことなら仕方がない。では、またいつでも来てくれ」

「……ああ」

 将志は挨拶を済ませると、アコーディオンを手にとって家路に着いた。



 将志が銀の霊峰の社に着くと、そこにいるはずの門番の姿がないことに気がついた。
 そこで首をかしげながらも社に戻り、涼の所在を訊くことにした。
 将志は本殿に入るなり、目の前を丁度歩いていた六花に声をかけた。

「……おい、涼はどこに行った?」

「ああ、涼ならさっき萃香さんと勇儀さんが連れて行きましたわよ?」

「……なに?」

 六花の言葉を聞いて、将志はなおも首をかしげた。
 将志の反応の意味が分からず、六花は困惑した。

「……どうかしたんですの?」

「……今日は鬼が地底に潜る日なのだが」

「……はい?」




 後日、涼は地底の入り口を両足に萃香と勇儀をぶら下げながら這い上がってきたところを藍に発見され、無事に救助された。



[29218] 銀の槍、料理を作る (修羅の道編)
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/11/12 15:13
「やあああ!!」

 黒い戦装束の少女が朱色の柄の十字槍を気合と共に突き出す。
 その突きは唸りをあげて相手を仕留めんと飛んでいく。

「ふっ」

 その相手である赤い長襦袢の女性は身体を傾けることでその突きを躱す。
 そして次の瞬間、涼の目の前から消え失せた。

「遅いですわよ」

 次の瞬間、涼の目の前に女性が背を向けて現れる。
 その直後、涼は膝をついた。
 涼の腹には、一筋の赤い線が細く引かれていた。

「ぐっ……」

「……そこまでだ。この勝負、六花の勝ちだな」

 その様子を見て、立会人である将志は試合を止めた。
 六花はそれを受けて手にした包丁を鞘に戻して帯に挿す。

「宣言どおり、無傷で勝たせていただきましたわよ、涼。約束どおり、境内の掃除を代わってもらいますわ」

「いたた……滅茶苦茶でござるよ……というか、間合いに大きな差があるのに、何でこんなにあっさり入り込まれるんでござるか?」

「だって……貴女が来るまで、誰が私の相手をしていたと思っていますの?」

 当然ながら六花の至近距離での格闘の指導は、涼が来るまでは将志が引き受けていたのである。
 それに慣れてしまえば、それよりも技量の低い涼の槍を見切るのはそう難しいことではないのである。
 その言葉を聞いて、涼は悔しげに肩を落とした。

「くぅ……分かってはいたでござるが、お師さんとの差は大きいでござるなあ」

「……当たり前だ。俺はお前の少なくとも千倍の修行を積んできているのだ。そう簡単に追いつかれては立つ瀬がない」

「将志様ぁ~!!」

「……ん?」

 頭の上から声をかけられて、将志達は上を見上げた。
 すると、刀を持った青年が大慌てですっ飛んでくるのが見えた。
 前に降り立った青年に、将志は声をかけた。

「……どうした、妖忌? そんなに慌てて?」

「幽々子様が将志様の料理が食べたいといってごねてます!!」

 妖忌が慌てて飛んでくるのだ、幽々子が何もしていないはずがない。
 将志は妖忌の報告を聞いて額に手を当てる。

「……それで、今度は何を仕出かした?」

「幽霊を引き連れてこちらに押しかけようと、召集を……ゴホッゴホッ!!」

 妖忌は報告中に激しく咳き込んだ。
 将志は報告の内容にため息をつきながら、妖忌の背中をさすった。

「……全く、世話が焼ける……と、妖忌、お前は大丈夫なのか?」

「は、はい……昨日少し風邪をこじらせて寝込んでいたのですが、もうだいぶ良くなりました」

「……そうか。無理はするな、お前がまた倒れれば幽々子に心配をかける」

「お兄様? そちらの方はどなたですの?」

 将志と妖忌が話をしていると、六花が話に入り込んできた。
 それを受けて、妖忌は六花に向き直った。

「ああ、申し遅れました。私は白玉楼で庭師兼剣術指南役をしております、魂魄 妖忌と申します。いつも将志様にはお世話になっております」

「槍ヶ岳 六花ですわ。それで、何でお兄様の料理を食べるためだけにそんなことをするんですの?」

「……まあ、幽々子だからな」

「そうですね……将志様の料理の味を知ってからというもの、時たまこのように求めるようになりまして……」

「……しばらく行っていなかったからな。禁断症状が出たか」

 六花の発言に将志は額に手を当てため息をつき、妖忌はがっくりと肩を落とす。
 その話を聞いて、涼が躊躇いがちに質問をした。

「……あの、お師さん? お師さんの料理には、そういう薬か何かが入っているんでござるか?」

「……涼。実際にそういうことをするとどうなるか、その身を持って味わってもらおうか?」

「え、遠慮するでござる!! 不用意な発言をしてすみませんでしたぁ!!」

 ジト眼を向けられて、涼は即座に土下座を敢行した。
 その様子を無視して、妖忌は将志に頭を下げた。

「とにかく、急がないと幽々子様が暴れだします!! 将志様、お願いします!!」

「……全く仕方のない奴だ。涼、お前にもついて来てもらう。いいな?」

「へ? 何で拙者も?」

「……とにかくついて来い。道中で説明する」

 そして将志、涼、妖忌の三人は大急ぎで白玉楼に向かった。




 白玉楼に着くと、将志は一直線に台所に向かい準備を進める。
 その間に残りの二人を集め、作戦を伝えることにした。

「……涼、今から俺は支度をする。その間、何人たりとも台所に入れるな。いや、台所の戸を開けさせるな。中の匂いが漏れてしまえば幽々子は即座にこちらに来るだろう。そうなってしまえば、幽々子が満足する味を作り出すのは不可能だ。満足しなければ、幽々子は無限に料理を求めてくるぞ。万が一開けられてしまった場合は、俺のところに来る前に食い止めろ。手段は問わん」

「了解したでござるよ」

 涼はそういうと台所のすぐ外に待機した。
 続いて、将志は妖忌に作戦を伝える。

「……妖忌。お前は何とかして幽々子の暴走を抑えろ。必要とあればこれを使え」

 将志はそういうと巾着を取り出し、中から筍の皮で小分けにした包みをいくつか取り出した。
 妖忌がそのうちの一つを開けてみると、中には柏餅が入っていた。

「柏餅……ですか?」

「……俺が作ったものだ。それを食べさせれば、僅かではあるが理性を保たせることが出来るだろう。だが、使いどころに気をつけろ。幽々子の性格上、一時的な満足感の後に急激に空腹になっていくはずだからな。病み上がりにはつらいかも知れんが、堪えてくれ」

「心得ました。それでは幽々子様のところへ行ってまいります」

 妖忌はそう言うと柏餅を入れた巾着を手に取り、幽々子の元へ向かった。

「……任せたぞ、二人とも」

 将志はそれを見送ると、急いで食事の用意を始めた。




 妖忌が居間に戻ると、そこでは机の上に幽々子が伸びていた。
 部屋の中に入ると、幽々子はゆっくりと身体を起こした。

「妖忌……そこに隠し持っている柏餅を遣しなさい」

 幽々子は妖忌を見るなり、開口一番そう言った。
 そこには異常な威圧感があり、思わず妖忌は気圧される。

「な、何のことでございましょうか?」

「隠しても無駄よ。この甘い匂いは将志が私のために作った柏餅の匂い……他の柏餅とは一線を画した極上の一品……」

 幽々子は妖忌の持っている巾着から漏れ出ているわずかな匂いを嗅ぎ取り、ジリジリと妖忌に近寄る。

「ゆ、幽々子様!?」

「……さあ、妖忌……こっちに渡しなさい!!」

 幽々子はそういうと、妖忌に向かって飛び掛った。
 妖忌はそれを躱して、部屋の外へと飛び出す。

「くっ……今はまだ、渡すわけには!!」

「逃がさないわよぉ~……その柏餅は私を呼んでいるのだから……」

 幽々子の周りにはたくさんの蝶が飛び回り、妖忌を取り囲む。
 蝶達は妖忌に向かって一斉に飛び掛っていく。
 それと同時に、幽々子はどこからか取り出した日本刀で妖忌に襲い掛かった。

「くぅぅぅ!! 幽々子様!! お気をお確かに!!」

 妖忌は蝶を躱しながら幽々子の攻撃を受け止める。

「あら……私は正気よぉ? 私はいたって普通に私の柏餅を取り返そうとしているだけですもの……」

 幽々子はそう言いながら両手が塞がっている妖忌が持っている巾着に手を伸ばす。
 妖忌は相手の狙いを悟ると、素早く後ろに飛びのいた。

「柏餅くらいで刀を持ち出さないでください!! というか、そんなもの必要ないって言ってませんでしたか!?」

「だって、これで斬ろうとすれば妖忌は両手を使って防ぐでしょう? そうすれば、その分柏餅の防御は甘くなるわぁ……」

 妖忌は迫り来る蝶の弾幕を避けながら幽々子を台所から遠ざけていく。
 幽々子はそれを逃がすまいとして刀を持って追いかけてくる。

「せ、正常な思考を失っている……止むを得ないか、それっ!!」

 妖忌は幽々子に向かって柏餅を一つ投げた。

「そうそう……素直に渡してくれればいいのよ~」

 幽々子はそれを受け取ると、包みを解いて柏餅を食べた。
 幽々子はしばらく満足そうに笑っていたが、食べ終わると再び妖忌に眼を向けた。

「……さて、妖忌……まだ持っているわね?」

 幽々子の視線は獲物を目の前にした狩人のような視線で、妖忌は思わずたじろぐ。

「ほ、本当に今日はどうしたのですか? いつになく荒れてますけど!?」

「ふふふ……いいえ~、妖忌が寝込んでいて私がひもじい思いをしている間にも、銀の霊峰では将志がおいしいご飯を作って食べてると思うとね……」

 幽々子は俯いて笑いながらそう話した。
 その言葉には、妖忌や将志に対する深い怨嗟が込められていた。

「そ、それでこんなことに……」

 理由を聞いて、妖忌は愕然とした。
 そんな彼の耳に、ぐぅ~という腹の音が聞こえてきた。

「くすくすくす……貴方がそんな有様だから、くうくうお腹が鳴りました。蝶は甘い香りに誘われて、ご飯を求めて飛んでいきます」

 昏い笑みを浮かべながら幽々子はそういうと、静かに手を上に揚げた。
 妖忌がそれに対して警戒をすると、突如として幽々子の蝶が妖忌の足を払った。

「うわっ!! し、しまった!!」

 妖忌が慌てて立ち上がろうとするが、幽々子は素早くその上に覆いかぶさった。
 二の腕から肩にかけてしっかりと抑え込まれており、妖忌は立ち上がることが出来ない。

「ふふふ……妖忌。貴方を、いただきます」

 幽々子は焦点のあっていない眼で笑うと、ゆっくりと妖忌に顔を近づけていった。

「なあっ!? 幽々子様やめ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」






「……っ!! 妖忌殿……!!」

 外から聞こえてきた妖忌の悲鳴を聞いて、涼は顔を上げる。

「……妖忌殿という防壁がなくなった以上、次の防壁は拙者か……」

 涼はそう呟いて、手にした十字槍を握りなおす。
 すると、段々と近づいてくる気配に涼は気がついた。

「ふふふ……なぁんだ、ご飯はすぐ近くにあるんだぁ~」

 幽々子は台所からかすかに漂ってくる匂いを嗅いで笑う。
 涼はいったん槍を収め、説得を試みることにした。

「幽々子殿。もう少しで完成するのでござる。もうしばし待たれよ」

「うふふふふ……」

 説得に耳を貸さず、幽々子は台所へと近づいていく。
 涼はそれを見て、槍を構えた。

「……ここは、通さんでござる!!」

「羽、ぱたぱたぱた。
 羽根、ふわふわふわ。
 翅、ひらひらひら。
 蝶はご飯を目指します」

 幽々子は錯乱した笑みを浮かべながらふらふらと台所へと向かっていく。

「くっ、正気に戻られよ、幽々子殿!!」

 そんな幽々子に対して、涼は槍の石突を繰り出した。
 幽々子はそれを受けて後ろに転がった。

「いったぁ~い……あら……」

「……っ!?」

 起き上がった幽々子に見つめられた瞬間、涼の背筋に強烈な寒気が走った。
 そんな涼に対して、幽々子は綺麗で凄絶な笑みを浮かべた。

「あはははは……貴女おいしそ~……ねえ、貴女は食べてもいい幽霊?」

 幽々子はそういうと、廊下全体に桃色に輝く蝶を飛ばした。
 廊下が一瞬にして桃色に染まり、涼を取り囲む。

「うっ……ひ、退かぬ!! 拙者は退かぬでござる!!」

 涼は背筋に走る悪寒を堪えながら幽々子に対して構える。
 そんな涼に向かって、一斉に蝶が飛び掛った。
 狭い廊下に過剰なほどに集まった蝶は、涼に一切の回避の余地を与えなかった。

「がはっ!!」

 全身に衝撃を受け、涼はその場に膝を突く。
 そこに向かって、幽々子は思いっきり飛び掛った。

「ぐぅ!?」

「つ~かま~えた~♪ うふふ……もちもちしてて美味しそうねぇ、貴女」

 幽々子はぐるぐると渦巻く瞳で笑いながら涼の頬を撫で、舌なめずりをする。
 それは、生物なら誰でも本能的に恐怖を感じさせるものだった。

「ひっ……」

「それじゃあ……いただきます♪」

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」






 台所の戸がゆっくりと開かれ、音を立てる。
 その音を聞いて、料理人は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「くっ、持ちこたえられなかったか……」

「ふふふふふ♪ 私のご飯♪」

 料理を作る将志の背後に、幽々子はひたひたと迫っていく。
 煮物はまだ味が染みきっておらず、将志の目指す味にまだ至っていない。
 焼き魚は香ばしい匂いこそ漂っているが、中にまだ火が通っていない。
 将志は深くため息をついた。

「……今ある時間では、仕上げるのは無理か……」

「わ~、いい匂い♪」

「…………仕方がない」

 将志はそういうと、菜箸を置いた。

「いっただきま~す♪」

「……ならば時間を作るまでだ!!」

「むぐっ!?」

 将志は幽々子の口に手元にあった饅頭を突っ込んだ。
 幽々子がしばらくそれを咀嚼していると、その顔が段々青ざめてきた。

「……っ!? ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!? 甘辛すっぱ苦渋ううううううううううううううううう!?」

 幽々子の口の中に七色の味が広がる。
 口の中は灼熱地獄になり、頭を突き抜けるような強烈な刺激を受け、筆舌に尽くしがたい苦味と渋みがのどを覆う。
 幽々子はそのあまりに凄惨な味に、絶叫しながらその場に転がって悶絶した。

「……今だ!!」

 将志は転げまわる幽々子を抱えて納戸に向かう。
 そしてその中に幽々子を寝かせると、戸を閉めて閂を掛けた。

「……これでよし……」

 将志はそう呟くと、素早く台所に戻った。
 幸いにして、丁度ひっくり返すタイミングであった。

「……最初からこうすればよかったのかもしれないな……」

 将志はのんびりと料理を続けながらそう呟く。
 そして全ての調理を終えると、将志は幽々子を呼び出しに納戸に戻った。

「…………」

 そこには、口から魂が抜け出しかかっている幽々子の姿があった。
 口の中は未だに大惨事となっており、幽々子が戻ってくる気配はない。

「……ふむ」

 将志は懐から紙に包まれた丸い物体を取り出した。
 その紙を取り去ると、中からは翡翠色の飴玉が出てきた。
 将志はその飴玉を幽々子の口の中に放り込んだ。

「……はっ!?」

 すると幽々子は即座に眼を覚ました。
 それと同時に、とろけそうな笑顔を浮かべた。

「はぁ……これ……すごい……」

 幽々子の口の中はまるで天国のような状態になっていた。
 先程までの地獄を洗い流してなお、口の中に言い表すことなどとても出来ないような清涼感と、うつ病患者でさえこの世を楽園と思わせられるような味が広がっていた。

「……ふむ。試作品だったのだが、その様子なら問題はなさそうだな」

 将志は幽々子の様子を見て、そう言ってうなずいた。

「もう、酷いじゃない。あんなもの食べさせるなんて」

「……不完全な料理を食べさせることは俺の流儀に反するのでな。力ずくでも止めさせてもらった。それに、そういうことを言う割には顔が笑っているぞ?」

「だって、今の私は最高に美味しいものを食べてるもの。飴玉一つでこんなに幸福感を感じるなんて思いもしなかったわ」

「……そうか。気に入ってもらえて何よりだ。食事の準備が出来ている。落ち着いたら食べるがいい」

 将志はそういうと、涼達を起こしに行こうとする。
 そんな将志を、幽々子は引き止めた。

「……ちょっと良いかしら?」

「……何だ?」

「あの飴玉って、まだあるのかしら?」

「……あることはある。だが、食後に食べてもその味は出せないぞ?」

 それを聞いて幽々子は首をかしげた。

「……どうしてかしら?」

「……その飴玉は、あの饅頭を食べた後でないとその味にならん。相応の試練を乗り越えたものだけが、その味を楽しめるという仕組みだ」

 将志の発言に、幽々子はジト眼と共に頬を膨らませた。

「意地が悪いわね~……そんなことしなくてもこの味は出せないものなの?」

「……無理だ。そもそも、その味を出すためにあの饅頭を作ったのだからな」

 幽々子の質問に、将志はそう言って首を横に振った。
 それを聞いて、幽々子はぽかーんとした表情を浮かべた。

「え、嫌がらせのためにあれを作ったんじゃないのかしら?」

「……お前は俺をなんだと思っているんだ……」

「腕は良いけどたまに鬼畜な料理人」

「……後で覚えておくがいい……」

 将志はため息と共に、幽々子に対する復讐の爪を砥ぐことにした。





「はぁ~……」

「ほへ~……」

 幽々子の食事が終わって座敷に戻ってみると、そこにはとろけた表情の涼と妖忌がいた。
 二人は気付けのためにあの地獄饅頭(仮)を食べ、そのご救済飴(仮)を食べたのだった。

「ふふふ、あんなに緩んだ妖忌の顔なんて滅多に見られないわね」

「……そうなのか? 俺は割と見ているが」

 二人の様子を見て微笑みながらそう呟く幽々子に将志は首をかしげた。

「それは、将志の料理の中毒性が高いだけよ」

「……俺の料理はそういうものではないのだが……」

「あら、美味しいということは十分な中毒性を持つわよ? というわけで、貴方やっぱりに住み込みで働いてみないかしら?」

「……俺には別に本来の仕事がある」

「……本当、それが残念でならないわ」

 将志の言葉に、幽々子は心底残念そうにため息をつくのだった。





「はらほらはらひれ~♪」

 時は移ろい夕食後。
 本殿の広間にて、涼はくるくると回転しながら踊っていた。
 突然の奇行に、愛梨とアグナが唖然とした様子でそれを眺めていた。

「……ねえ、将志くん。涼ちゃん、どうしちゃったの?」

「……料理で楽園を実際に見せられないかと思ってな……少し、幻覚作用のあるキノコを入れてみたのだが……」

 実は、将志は涼の夕食の中にかつて自分が食べて幻覚を見たキノコを混ぜていたのだ。
 いわゆるアッパー系のマジックマッシュルームである。

「……兄ちゃん、流石にそれは無理だと思うぜ?」

 それを聞いて、アグナは将志に抱きついたまま自分の意見を言う。

「……やはり無理か」

 アグナの意見に、将志は残念そうに肩を落とした。

「ああ、あんなところに青い鳥がいるでござる~♪」

 涼はそういうと外へと歩いていき、きりもみ回転をしながら夜空へと飛び立っていった。
 その軌道はふらふらとして安定せず、どこに飛んでいくか見当もつかなかった。
 速度だけは速かったので、将志達はあっという間に涼の姿を見失ってしまった。

「……飛んで行っちゃったね♪」

「……どうすんだよ、兄ちゃん?」

「……効果が切れるまで放っておくしかあるまい……涼のことだ、あの状態でも死にはすまい」

 結局、将志達は捜索をあきらめて中に戻ることにした。
 



 翌日、涼は白玉楼の桜の木に引っかかっているところを妖忌に発見された。



[29218] 銀の槍、呆れられる
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/11/16 17:39
「ん? お師さん、全員そろってどこに行くんでござるか?」

 ある朝、涼が山門を警護していると、その上を見知った顔が飛んでいるのを発見して声を掛けた。
 声をかけられた四人は、立ち止まって山門へと降り立った。

「……少し古い知り合いのところにな」

「古い知り合い、でござるか?」

「おう!! というか、姉ちゃんも会ったことあるぞ!!」

 元気よく将志の肩の上から答えるアグナに、涼は首をかしげた。

「はい? 心当たりが無いんでござるが……」

「涼。貴女、ここで私たち以外の神様にあったことがあるはずですわよ?」

「そうそう♪ カナちゃんとケロちゃんだよ♪」

 愛梨がそういうと、しばらく考え込んでいた涼はハッとした表情で手を叩いた。
 どうやら思い出したようである。

「……ああ~!! 拙者が初めてここに来た時の二柱でござるか!! でも、いきなりどうしたんでござるか?」

「……なに、このたび分社を建て替えることになってだな。一時的に加護が切れるから、その穴埋めに行くのだ」

「それで、せっかくだからみんなで会いに行こうって事になったんだ♪」

「もう随分会ってねえからな~ 元気にしてっかな?」

「それならたぶん心配ないですわよ。きっと喧嘩しながらでも仲良くやってると思いますわよ」

 将志達は久々に会う面々に期待を膨らませながら口々にそう言う。
 実際には将志は出雲に召集を受けた時に会っているのだが、他は長いこと会っていなかったのだった。

「……そういうわけで、しばらくここを空ける。涼、留守は任せたぞ」

「引き受けたでござる!!」

 涼が笑顔でそういうと、将志達は目的地へ向けて出発した。






 将志達は近くに大きな湖のある神社の境内に降り立った。
 将志達は力を抑えているため、普通の人間には見えないようになっている。

「……ここに来るのも久しぶりだな……」

「ん~、何年ぶりだっけか?」

「ざっと二百年くらいですわ」

「う~ん、随分と間が空いちゃったね♪ さあ、早く会いに行こう♪」

「あ、あの……あなた達はどなたですか?」

 口々に話をしている一行に、声をかけるものが居た。
 その人物は白い胴衣に赤い袴を着た少女であった。
 将志はその格好から巫女であると判断し、声を掛けることにした。

「……この神社の者か?」

「い、いえ……ですが、この神社のことは知っています」

 将志が声をかけると、少女は緊張した様子で答えを返した。
 どうやら目の前の一行が人間ではないことに気付いているようである。

「……今の俺が見えるということは、この神社に住んでいる神も見えるな?」

「え、あ、はい……」

「……ならば伝えてくれ。槍ヶ岳 将志、建御守人が来たと」

「は、はい!?」

 将志が正体を明かすと、少女は驚いた表情を浮かべた。
 建御守人の名前はやはりこの辺りにも響き渡っているようである。
 もっとも、ここが発祥の地なのであるからそれが当然なのかもしれないが。

「……驚くことはない。俺達はここの神とは古い知り合いだ。俺達はここで待っている。連絡を頼めるか?」

「わ、分かりました!!」

 少女はそういうと本殿へと走っていった。
 一行はその様子を笑顔で見送った。

「可愛い子だったね♪ ここの巫女さんかな♪」

「……違うとは言っていたが、恐らく巫女ではあろうな」

「そういえば、うちの神社には神主も巫女もいねえな」

「必要がありませんものね……お兄様、普通に人前に出てきますもの」

 実は将志は銀の霊峰では人間にも見える妖怪という体裁を取っているため、預言者である神主や巫女を必要としないのである。
 よって、将志の神社には人間が存在しないのだ。
 もっとも、銀の霊峰の頂上までくる時間と体力と根性のある人間など滅多に居ないのだが。

 しばらくして、一風どころかかなり変わった帽子をかぶった少女が奥からやってきた。

「んあ? おお、将志じゃないか!! 随分久しぶりだね」

「キャハハ☆ ホントに久しぶりだね、ケロちゃん♪」

「あーうー!! ケロケロ言うな~!!」

 腕を振り上げて諏訪子は愛梨に抗議した。
 それに対して、将志に肩車されたアグナが声を掛ける。

「まあ良いじゃねえか、蛙の姉ちゃん!!」

「……私、本当は蛙じゃないんだけどなぁ……」

「気にしたら負けですわ、諏訪子さん」

 肩を落としていじける諏訪子に、六花は苦笑しながらそう声を掛ける。
 すると、諏訪子は首を軽く横に振って暗い気持ちを振り払って話題を変えた。

「……そうだね。そんなことより、風の噂で聞いたことについて質問があるんだけどさ……」

 そういうと、諏訪子は愛梨とアグナのほうをジッと見つめ、微妙な表情を浮かべた。
 それを受けて、視線を向けられた二人は首をかしげた。

「うん? 僕のほうを見て、どうかしたのかな?」

「なんだ? 俺にも何かあるのか?」

「……あー、将志と六花は後でね。あいつと一緒に質問するよ。だからちょっと向こうに行ってて」

「……? ああ」

「はあ……分かりましたわ」

 諏訪子の言葉にうなずくと、訝しげな表情を浮かべながらも二人は離れていった。
 それを確認すると、諏訪子は愛梨達のほうへ向き直った。

「僕達に何が聞きたいのかな?」

「ねえ、将志ってさ、好きな人居るのかな?」

「え?」

「なんだ? 何でいきなりそんなこと訊くんだ?」

 突然の諏訪子の一言に、思わず呆けた表情を浮かべる二人。
 そんな二人に対して、諏訪子は話を続ける。

「顔が良くて、強くて、紳士で、料理が美味くて、愛想は悪いけど優しくて……そんな男が独り身だったとして、いつまでも放っておかれると思う?」

「……何が言いたいのかな、ケロちゃん♪」

「将志を狙っているのはあんた達だけじゃないってことだよ。神有月の出雲で、将志に送られる熱視線は凄いんだから」

 諏訪子は出雲での将志の様子を思い浮かべながらそう話す。
 実際問題、将志の性格や料理に惹きつけられたものはかなり多いのだ。
 しかし、それを聞いてアグナは首をかしげた。

「ん~? でも、兄ちゃんの周りにそんな気配は無いけどな~?」

「それはみんなそれぞれの仕事で忙しいから会いに来れないし、将志も将志で宴会になるとすぐに料理だの手合わせだので居なくなっちゃうからね。それ以外で話をするのは私と神奈子ぐらいだし……あの時の周りの視線、痛いんだよね」

 諏訪子はそう言いながら苦笑いし、頬を掻く。
 将志を狙っている者からすれば、親しく話をしている諏訪子や神奈子は嫉妬の対象でしかないのだった。

「もしかして、将志くんに口説き落とされた子も居たりするのかな?」

「……それに関して質問。将志に殺し文句を覚えさせたのは誰? あいつ、うら若き乙女の揺らいだ心に適切に止めを刺しに行くから凄く性質が悪いんだけど?」

「それなら、六花ちゃんだよ♪ それと、たぶん将志くんはそれが殺し文句だって気付いていないと思うよ♪」

「なお性質悪いわ!!」

 愛梨から殺し文句の実情を聞いて、諏訪子は声を荒げた。
 その横で、アグナが首をかしげていた。

「なあ、殺し文句って何だ?」

「そうだね……たとえば、悩んで落ち込んでいるところに「……上辺だけの信仰だと? 断言しよう、それだけは絶対にない。もしそうだというのなら、お前のその身に宿る力は何だ? 心の底からの信仰を受けているからこそ、お前はそれ程の大きな力があるのではないのか? ……そうか、お前はそれが信じられんのか。それならばそれで良い。その代わり、自分を信じられないなら俺を信じろ。俺はお前が上辺だけの信仰を受けるような存在ではないと信じているぞ」と顔を持ち上げて眼を正面から見つめながら言うとか?」

「……ケロちゃん、それって……」

「神奈子が言われた原文ママですが何か? 倒れてしまいそうな時に縋れるものがあったらそりゃ縋るでしょ」

 諏訪子はそう言いながらため息を付く。
 その当時、神奈子は自分の信仰の裏にはミシャクジの祟りによる諏訪子への信仰があり、自分はその表層を覆っているだけに過ぎないのではないかと苦悩していた。
 それを見かねた将志は、落ち込み悩む神奈子を元気付けようとして声をかけたのだった。
 その結果が上記の言葉である。

「あ~、それたぶん兄ちゃんは励まそうとしただけだと思うぞ?」

「そのただ励ましただけの言葉であいつは危うく堕ちるところだったんだけどね……おかげでしばらく神奈子は頭が混乱して使い物にならなかったよ」

「きゃはは……ごめんね、迷惑かけて……」

 疲れた表情でそう語る諏訪子に、愛梨は苦笑いを浮かべながら謝罪した。
 ひとしきり疲れた表情を浮かべると、諏訪子は話題を切り替えることにした。

「でも、将志ってそういう話は多い割りに、色の話とかあんまり聞かないんだよね。何というか、自分の仕事に忠実すぎて周りを見ていないような感じでさ。そんなもんだから、みんな諦めようにも諦められないんだよね。だから、早いとこ誰かとくっついてくれないかなとか思ってるんだけど」

「う~ん、難しいと思うよ♪ 悟りきった朴念仁だもんね、将志くんは♪」

「なんつーか……欲が無さ過ぎるんだよな、兄ちゃんって。あったとしても強くなりてえとか、自分を磨くことばっかだしな。休みの日にどっか出かけるか訊いてみたら、「俺より強い奴に、会いに行く」としか言わなかったし」

「そういや、あいつ私らと一緒に暮らしてた時もあんまり何が欲しいとか言わなかったね」

 解決策、0。
 その事実に、三人は深々とため息をついた。

「ところで、何で六花ちゃんを話から外したのかな?」

「六花にはちょっと別の話をしたいからね。それに、実の兄妹なのにかなり依存してるみたいだし、今の話を聞いたらどうなることやら……」

 諏訪子がそう話していると、その背後から人影が近づいてきた。
 それは背中に注連縄を背負っていて、胸元に鏡を携えた女神だった。

「あら、貴方達も来てたのね。随分久しぶりね」

 神奈子は愛梨達の姿を認めると手を上げてそう言った。
 それに対して、諏訪子が答えを返した。

「あれ、出かけてたの?」

「ええ。ほら、今日建て替えるための資材が届いたから様子を見にね。それで、将志はどこに居るのかしら?」

「将志くんなら向こうに居るよ、カナちゃん♪」

「あ、相変わらずその呼び方なのね……まあいいわ、とりあえず将志と話をしてくるわ」

「ああ、私達も話は終わってるから一緒に行くよ」

 愛梨の言動に脱力しながらも、神奈子はその指が指す方向へを向かっていった。
 その後ろから、諏訪子達もついて行く。

「久しぶりね、将志。前に出雲で会って以来かしら?」

「……そうだな。あれから自信は持てるようになったか?」

「う、あの時のことはあまり言わないで欲しいわ……」

 将志の言葉に、神奈子は頬を赤く染めて俯きながらそう言った。
 その言葉は後半になるにつれてどんどんと小さくなり、最後には聞き取れなくなっていた。
 どうやら、将志の殺し文句は未だに効果を発揮しているようである。
 そんな神奈子を見て、諏訪子は呆れ顔でため息をついた。

「……神奈子、アンタまだ立ち直ってなかったの?」

「い、いえ……立ち直ったつもりだったんだけど……やっぱりあの時のこと思い出すとどうしてもあの言葉を思い出すのよ……」

「……? 俺はそんなに強烈なことを言ったのか?」

 将志はそう言いながら首をかしげる。

「……将志はもう少し自分の言葉の殺傷能力に自覚を持ったほうがいいと思うよ」

「……むぅ?」

 ジト眼を向けてくる諏訪子に、将志はただ首をかしげることしか出来なかった。




 しばらくして、将志は自分の分社まで出向いて工事に関する説明を神奈子から受けた。
 その話によると、老朽化によって倒壊しそうな社を取り壊し、新しく少し大きな本社を建てようというものであった。
 神社の規模自体はそんなに大きくは無いので、拝殿などは作られないようである。

「これで建て替えようと思うんだけど、問題は無い?」

「……ふむ、問題は無い。しかし、何故急にこんなことを?」

「ほら、今の社って急造のものだから所々ガタが来始めてるのよ。参拝客も多いことだし、この際だからもっとしっかりした社を建てようと思ったのよ」

「……確かに俺の加護があっても、この様子ではそう長くは持ちはすまい。しかし、祭壇は生きているからそれは残しておこう」

「そだね。そんじゃま、確認も済んだことだし、早速宴会にしようよ」

 全ての確認が終わった瞬間、諏訪子がそう言い出した。
 それを聞いて、神奈子がため息混じりに答えた。

「宴会って……まだ昼よ?」

「いいじゃんいいじゃん、たまには息抜きしようよ」

「そうね……急ぎの仕事も無いし、せっかく集まったんだからたまにはそれもいいか」

「そうこなくっちゃ……って、あれ? 将志は?」

「もう向こうで料理始めてるよ♪」

「早っ!?」

 愛梨の指差す方向を見ると、将志は凄まじい速度で材料を切って下ごしらえを始めていた。
 その横では鍋がぐつぐつと煮込まれており、着々と宴会の準備が進められていた。

「早く準備しないと間に合いませんわよ? お兄様の料理を作る速さは年々速くなっているんですのよ?」

「あ~、まだ焦んなくても大丈夫だぞ? 今作ってんのは時間のかかる煮物だからな」

 準備をせかす六花に、アグナはそう言って答える。
 六花の横に居るアグナを見て、神奈子は首をかしげた。

「あら、アグナ? 貴女料理の手伝いをしてるんじゃないの?」

「ん~? こんくらいのことなら別にこうやって話しながらでも出来るぞ。まあ、封印されて力の制御を集中的に練習するようになってから出来るようになったんだけどな」

「そういえば、あんた少し大人しくなったね。封印ってその髪留め?」

「おう。ちょっと俺の力は強すぎるみたいでな。危ないからって少し封印されたんだ。まあ、おかげで兄ちゃんが前より構ってくれるようになったからいいけどな」

 アグナは落ち着いた様子で諏訪子に答える。
 その視線は将志にジッと向けられており、いかにも構って欲しそうである。

「そ、そう……」

 突如として、神奈子は顔を真っ赤にして俯き始めた。
 それを見て、諏訪子が呆れ果てた表情を浮かべる。

「……神奈子、あんた今何を想像した?」

「い、いえ、またあの言葉が……」

「あーもう、いい加減にしろ!! 初めて告白されて悶々とする子供か、あんたは!?」

「だって……私ああいうこと言われたのは初めてで……」

「だぁ~!! もう、どうしようもないね!! 将志の性格、あんた知ってんでしょうが!!」

「わ、分かってはいるんだけどね……」

 大声でまくし立てる諏訪子に対して、神奈子はしどろもどろになりながら答える。
 その様子を見て、六花はため息をついた。

「……これはひどい、重症ですわね……いったいお兄様に何を言われたんですの?」

 六花の質問に、諏訪子は神奈子が将志に言われたこととその状況を洗いざらい説明した。

「というわけなのサ!!」

「お兄様……自分の言動には気をつけろとあれほど言いましたのに……」

 想像以上に酷い事態に、六花は頭を抱えた。

「たぶん気をつけた結果がこれじゃねえの? ほら、姉ちゃんってよく兄ちゃんに人に言っちゃいけねえ言葉とか教えてたし」

「キャハハ☆ これこそもうどうしようもないね♪」

 アグナの言葉に、愛梨は笑ってそう言った。
 実際問題、もう笑うしかない。

「笑い事じゃありませんわよ!! こんな言動をあちらこちらで繰り返していたら、そのうち後ろからグッサリやられても不思議ではありませんわ!!」

「あ~、兄ちゃんに関してはそれは……やべぇ、ありそうだ」

 六花の言葉にアグナはそう言って冷や汗を掻いた。
 それを聞いて、諏訪子は首をかしげた。

「え? 将志なら避けそうなもんだけど?」

「きゃはは……将志くんなら、避けた後に相手の話を聞いた後に自分から刺さりに行くと思うよ……死にはしないけどね……」

 クソ真面目な将志のことである。
 刺そうとした相手の言葉を聞いて、贖罪のためにわざと刺されるのは眼に見えているのであった。
 一行がそんな話をしていると、将志がやってきた。

「……何の話をしているのだ?」

「い、いえ!! こっちの話よ!! あ、あはは……」

「ちょっと、神奈子!! いくらなんでも挙動不審にもほどがあるよ!!」

 乾いた笑い声を上げる神奈子に、諏訪子が慌てて声をかける。

「……そうか」

 しかし将志は何も聞かず、話を切り上げた。
 その様子に、諏訪子は唖然とした表情を浮かべた。

「え、今ので納得するの?」

「安心と信頼の鈍さですわね……」

「何言ってんだ姉ちゃん。ああいう風に躾けたのは姉ちゃんじゃねえか」

「つまり、この先将志くんが何かしでかしたら大体は六花ちゃんの責任ってことだね♪」

「ちょ、愛梨!? 何でそんなことになるんですの!?」

 突然話を振られて、六花は慌てた声を上げる。

「私は妥当だと思うけどなぁ。現にこいつも被害にあってるわけだし」

 諏訪子は神奈子を見やりながら追撃をかける。
 それに対して、アグナは同意の意を込めてうなずいた。

「そうだなぁ……兄ちゃんの起こす事件って、大体女が絡むからなぁ……」

「うう……お兄様ぁ……」

 六花は助けを求めて将志に縋りついた。

「……よくは分からんが、俺が引き起こしたことならばそれは全て俺の責任となるのが筋だろう。それに関して、お前が咎を負う必要は全く無い。仮にそれでお前が責められることになるのなら、俺は全力を持ってお前の力になろう」

 将志は六花を抱き寄せ安心させるように頭を抱え込みながら優しいテノールの声で囁いた。

「はい……」

 六花はうっとりとした表情でその声を聞き入れ、その身を預ける。

「……なに、この雰囲気?」

「じ、実の妹まで……しかも普段から親しい分だけ更に強力……」

 その様子を、唖然とした表情で眺める神様二人組み。

「……いいなぁ、姉ちゃん……」

「う~……ホントに迂闊ことは言えないね……」

 一方、アグナと愛梨はその様子を羨ましそうに眺めているのであった。




 宴会が始まると、大騒ぎが始まった。
 将志と愛梨が芸を見せれば、六花とアグナが客の相手をする。
 しばらくすると、皆思い思いに集まって話を始めていた。

「うにゃ~……将志く~ん……」

 胡坐をかいた将志の膝の上では、愛梨が丸くなっていた。

「……まるで猫だな……」

「にゃ~……」

 将志が顎をくすぐると、愛梨はくすぐったそうにしながら胸に頬ずりをする。
 まるでマタタビを与えられた猫のようであった。

「おう、兄ちゃん!! 俺にももう一杯くれ!!」

 将志の頭上から、威勢のいい声が聞こえてくる。
 アグナは将志の肩の上に陣取り、そこで酒を飲み続けているのであった。
 かなり酔っ払っており、時折杯から酒がこぼれて将志の頭に掛かっていた。

「……どうでもいいが、人の頭の上に酒をこぼすな」

「ははは、悪いな!!」

 将志の言葉に、アグナは豪快に笑いながらそう答えた。
 そんな将志に、先程将志が伝言を頼んだ巫女が近づいてきた。

「あ、あの、大丈夫ですか?」

「……気にすることは無い。この二人が酒を飲むとこうなるのはいつものことだ」

「そ、そうですか……」

「……それよりも酒の追加を頼む。愛梨はともかく、アグナはまだ飲むだろうからな」

「は、はい!!」

 巫女は緊張した面持ちでそういうと、酒を取りに戻っていった。
 その様子を、将志の隣に座っていた諏訪子が笑いながら見ていた。

「……緊張しちゃってまあ……自分のところの神様だろうに」

 その言葉に、将志はピクリと反応した。

「……む? お前のところの巫女ではないのか?」

「うちのはあそこで酔いどれてるよ。全く、どこでああいう風になったのかねぇ?」

「いいですかぁ~!! みんな型にはまりすぎなんですよぉ~!! そんなもの、破り捨てなさ~い!!」

「ち、ちょっと……飲みすぎだよ……」

 諏訪子の指差す先では、一人の巫女と思わしき少女が酔っ払って周囲に説教をしていた。
 近くに居る人間に次々と絡んでは、酒を飲ませまくっていた。
 その横では、酒を取りにいった巫女が暴れる少女をなだめている。

「……何か色々と投げ捨てていないか?」

 その様子を、将志は何とも言えない表情で眺める。
 その横で、諏訪子は乾いた笑い声を上げた。

「あはははは……まあ、気にしないで。ああ見えて私の子孫だし、力は強いんだから」

「……子供が居たのか?」

「まあね。ちなみにあんたの所も同じ血筋の子がやってるよ」

「……そうか。ならば、礼を言わないとな」

「いいっていいって。この辺りも戦とか結構あったけど、あんたのお陰でそんなに被害は出なかったし、むしろ礼を言うのはこっちだよ」

 諏訪子の言葉を聞いて、将志は憂鬱な表情を浮かべた。

「……戦か……最近はあちらこちらで戦が起きているな……」

「……浮かない顔だね」

「……俺の加護もそこまで強いものではない。信心が薄ければ守りきれんし、例え強くとも一人が受ける加護には限界がある。……例え神といえども、全てを救うのは難しいのだな」

「あ……そうか。あんたは守り神だから、人の死には敏感なんだったね」

 実際に、将志の加護を受けていても戦で死ぬ者は多いのだ。
 何故なら、片方がその加護を受けていたとしても、相手方もその加護を受けていることが多いからである。
 その場合、加護の弱いほうが負けて、怪我をしたり殺されたりするのであった。
 将志が死者に対する思いを語っていると、横から声が聞こえてきた。

「ちょっと、そこの神様ぁ!! そんな暗い顔をしない!! それからこの料理美味しいです!! 結婚してください!!」

 先程の少女は将志に対して空の皿を突き出しながらそう叫んだ。
 その顔を、先程からなだめていた巫女がわしづかみにした。

「……少し頭を冷やそうか……」

「え、あ、ちょっ!?」

「お別れですっ!!」

「きゃああああああ!?」

 巫女が力を込めると、掴まれた少女の周りに強い風が吹いて少女は吹き飛ばされた。
 それを追いかけて、巫女は走り出していく。

「お、喧嘩か!? 面白そうだな、俺も混ぜろ!!」

「あ~!! ダ~メ~だ~よ~!! みんな~!! 喧嘩はダメ~!!」

 アグナはそれを見て眼を輝かせながら加勢に行き、愛梨は喧嘩を静めるべく後を追いかける。

「……いくらなんでも飛ばしすぎではないか?」

「うん、そうだね……」

 その様子を、将志と諏訪子は呆然と見送った。
 そんな二人に近づいてくる気配があった。

「あら、こんなところに居たんですの、お兄様?」

「捜したわよ、二人とも。それで、この面子でどんな話をするのかしら?」

 六花と神奈子はそういうと将志の隣に座った。
 諏訪子はそれを確認すると、話を切り出した。

「ん~、ぶっちゃけ将志の状況確認。どうも将志は最近大変なことになってるみたいだし」

「大変なこと?」

「そ。簡単に言えば、引っ掛けた女の子のこと」

 諏訪子がそういうと、将志は首をかしげた。

「……別に女子を引っ掛けた覚えは無いが」

「あんたは何を言っているんだ」
「貴方は何を言っているのよ」
「お兄様は何を言っていますの」

「……解せぬ」

 三人揃って同じ事を言われ、いじけたように将志は酒を飲み始めた。
 そんな将志を放っておいて、三人は話を続ける。

「それで、実際どうなのさ? 明らかにこいつは将志に惚れてるなって思う奴居る?」

「そうですわね……私が知っている限りでは、お兄様のご主人様と、白面金毛九尾の狐、この二人が主ですわね」

「あれ、あんたのところの後二人は?」

「あの二人は家族ですから除外ですわ」

 諏訪子に質問されて、六花は答えていく。
 その言葉に対して、神奈子がため息をついた。

「何言ってるのよ。家族といってもあの二人は将志と血縁は無いでしょう? なら、十分に将志を狙えるわよ。第一、神の中には自分の血縁者と契った者も居るから、貴女だって対象になるかもしれないのよ?」

「……はい?」

 神奈子の言葉に、六花の眼が点になる。
 将志、愛梨、六花、アグナは家族となっているが所詮は家族ごっこに過ぎないのである。
 更に言ってしまえば、六花すらも自称兄妹なのであり、本当に兄妹なのかどうかは怪しいものである。
 以上のことから、全員将志と婚姻を結ぶことに全く障害は無いのである。

「なるほど、ということは今のところ将志の周りには少なくとも五人の女が居るのか……意外と少ないね。話じゃもっと多いはずなんだけどな?」

「どういうことですの?」

「知り合いの話じゃ、町の外で女と遊んでいるところを見つけたのが居るらしいんだよ。必死に炎を操って攻撃してくる女と、将志は楽しそうに戦ってたって話だよ?」

「そうなんですの、お兄様?」

 諏訪子の話を聞いて、六花は将志に確認する。
 将志は少し間を置いて答えた。

「……それは妹紅のことか? 確かによく勝負した覚えはあるが……」

「……他にはどんな人がいますの?」

 それを聞くと、六花は別の被害者が居ないかどうか確認することにした。

「あーっと、最近堕ちたの誰だっけ?」

「出雲の話かしら? なら、一番新しいのは静かな紅葉の神様だと思うわよ?」

 諏訪子と神奈子は顔を見合わせて、一番最近の被害者を挙げる。
 それを聞くと、六花の眼がスッと細められた。

「……ちなみに、お兄様は何て言ったんですの?」

「……別に大した事は言っていないはずだが」

「ほほー、それじゃあ詳しく話してあげよう。こんな感じだったよ」

 そういうと、諏訪子は楽しそうに話を始めた。


  *  *  *  *  *


 時は遡り、神有月の出雲。
 毎年この月には日本中の神が集められ、大規模な集会が開かれる。
 その集会が終わると、宴会が始まるのだ。
 料理や手合わせを終えた将志が何をするでもなく歩いていると、暗い顔をして俯いている神が眼に映った。

「……なにを落ち込んでいるのだ?」

 将志はその神に声をかけた。
 相手は赤い服に黄金色の髪といった格好の女神で、紅葉をかたどった髪飾りをしていた。

「……私は……何の役に立っているの……?」

 将志の問いに、その女神は呟くようにそう答えた。
 それを聞いて、将志は首をかしげた。
 神である以上、周囲に何らかの影響を及ぼしているはずだからである。

「……お前は紅葉の神だったな。それで、それはどういう意味だ?」

「……穣子は……妹はいつも人間に感謝される……でも、私はそんなこと言われない……」

「……それで、自分の存在意義に疑問を持っているというわけか?」

「……うん……」

 落ち込む彼女の言葉を聞いて、将志は少し考える。
 そして、ゆっくりと結論を出した。

「……俺は人間ではないからこれが正しいのかは良く分からんが……人の眼に見える形で秋の訪れを伝えるというのは、とても大事なことだと思うぞ?」

「……でも……それでも私は一度も感謝なんてされたことは無い……!!」

 しかし、紅葉の女神は将志の言葉に強く反発した。
 それを聞くと、将志は一つため息をついた。

「……それならば、俺の主観で礼を言わせてもらおう」

「……え……?」

 将志はそういうと、彼女の手を引いて空へとあがった。
 すると、辺りには一面の紅葉が広がっており、山々は色鮮やかに飾られていた。
 そして、将志はそんな景色を微笑みながら指差して、言葉を発した。

「……見るが良い、この素晴らしい景色を。この紅葉に染まった景色が俺は好きだ。紅葉は俺の心に豊かさと郷愁、そして安らぎをくれるからな。だから、ありがとう。心の底から礼を言わせてもらうよ」

「……あ……」

 将志の礼には本当に心からの感謝の気持ちがこもっていた。
 それを受け、紅葉の女神の眼からは一筋の涙がこぼれた。
 将志はその涙をそっと手で拭った。

「……それにな、このようなことを思うのはきっと俺だけではない。だから、もっと自分に自信を持て。お前が妹に劣っているところなど何一つ無い。むしろその妹に自分が、この紅葉が一番であると示してやるが良い」

 将志は俯いた彼女に対してそう言葉を繋いだ。
 すると、彼女の口から静かな声が聞こえてきた。

「……秋……静葉……」

「……む?」

「……私の名前……」

「……そういえば、名乗っていなかったな。槍ヶ岳 将志だ。ふむ、妹が居るとなれば名で呼ぶほうが良いか。宜しくな、静葉」

 将志は静葉の自己紹介を受けて、そう名乗りを上げた。
 すると、その隣からくぅと可愛らしい音が聞こえてきた。

「……///」

 腹の音を聞かれ、静葉は顔を真っ赤に染めて俯く。
 将志はそれを聞いて、笑みを浮かべた。

「……そうだな……せっかくだ、お前のために一品作ろう。ついてくるが良い」

「……(こくん)」

 将志は静葉の手を引いて台所に案内した。
 そこで静葉に出された料理は、紅葉によって飾られたとても綺麗な季節の料理であった。


  *  *  *  *  *


「何てことがあったよ」

「……そういえば、そんなことをしたような気がするな」

 諏訪子がそういうと、将志は何てことのないように頷いた。
 それを聞いて、六花は盛大にため息をついた。

「……完璧に堕としに掛かってますわね……」

「ていうか、完璧に堕ちたね、ありゃ」

「将志の性格を知っていても危なかったからね。もし、あ、あれを言われたのが初対面だったら……」

 神奈子はそう言いながら盛大に自爆する。

「あーうー!! いい加減にしろー!!」

「あいたぁ!?」

 将志の言葉を思い出して悶える神奈子の頭を、諏訪子は思いっきりはたき倒した。
 その横で、六花は深刻な表情を浮かべる。

「……とにかく、そろそろ本気で刺されかねない状況になってきたのは間違いないですわね。どうするんですの、お兄様?」

「……どうするといわれても、俺にはどうしようもないと思うが……」

「むしろお兄様以外に誰が収拾をつけられますの?」

「……そうは言うが、本当にどうしようもないのだ。何故なら、俺には恋愛が分からないらしいからな」

「……はぁ?」

「……誰に、どんなに求められても俺は何も感じない。相手の苦しさを理解してやることも出来ない。そんな状態では、俺にはどうすることも出来んと思うが」

 将志はつらそうな表情でそう話す。
 それを見て、六花は首をかしげた

「……お兄様? ひょっとして……」

「……ああ。アグナや愛梨や藍、そして主に求められたことはあるが、そのどれ一つとして俺は何も感じなかった。実際、藍に言われるまで恋愛にそんな感情が存在することすら知らなかった。それに分からないのだ。何故自分にはそんな感情が存在しないのか。伊里耶も言っていたが、そんな俺は確かに異常なのであろうな」

 将志は凄くもどかしそうな表情でそう話す。
 そこにはどうにかしたくてもどうにも出来ないという悔しさが滲んでいた。

「これは思ったよりも厄介な問題に当たったかもね。流石にこればっかりは教えてどうにかなるもんじゃないからね……」

「そうね……そもそも、言葉で言い表せるものでもないし」

「……そうですわね。これに関しては、私達でもどうしようもありませんわね」

 全員そう言って押し黙る。
 しばらくの静寂の後、諏訪子が大きく手を叩いた。

「よし、もうこの話は終わり!! さあ、後は呑んで騒いですっきりしよう!!」

「うぃ~……兄ちゃ~ん……」

 諏訪子が飲み会の再開を宣言すると、アグナが将志の元へやってきた。
 アグナは千鳥足で将志のところへやってくると、背中にしなだれかかった。

「……どうした、そんなに酔いつぶれて?」

「あれ……」

 将志の問いかけにアグナはとある方向を指差した。

「うふふ……あらあら、もう酔いつぶれちゃったんですか?」

「うにゃあ……も、もう無理ぃ~」

「きゅぅぅぅぅ……もう呑めません……」

 そこでは、酒瓶を持って笑う巫女と、酔いつぶれて転がっている少女と愛梨の姿があった。
 巫女の顔は赤く、相当量の酒を飲んでいることが分かった。

「……おい、あれは不味いのではないか?」

「……あんたのとこの巫女だ。あんたが何とかして」

「私達はちょっと用事があるからね。流石にうちのを放っておくわけにはいかないし」

「私は愛梨を回収してきますわ」

 将志が指摘すると、他の三人はそそくさと退散していった。
 将志も退散しようとすると、その巫女と眼があった。
 巫女は、将志を見ると嬉しそうに笑った。

「……何やら身の危険を感じるな……」

「あらあら、逃がしませんよ? せっかくうちの神社の神様が来たのに、何のもてなしも出来ずに帰すわけにはいけないですよね?」

 巫女はそう言いながら将志の腕を取る。
 先手を取られ、将志は逃げ出すことを諦めるしかなかった。。

「……まあ、気持ちは分かるが……」

「はい♪ どうぞ呑んでください♪」

「……うむ」

 将志は差し出された杯を受け取ると、それを飲み干した。

「うふふ……良い呑みっぷりですね♪ それじゃあ、次をどうぞ♪」

 すると、巫女は嬉しそうにそう言って将志の杯に酒を注いだ。
 それを見て、将志は酒瓶を取り出した。

「……呑ませるだけではもてなしとは言えないな。俺は共に呑んで楽しんでこそのもてなしだと思っている。さあ、一緒に呑もうか」

「はい♪ 良いですよ♪」

 巫女はそういうと、将志と一緒に酒を呑み始めた。
 そこから先は将志と巫女の激しい呑み比べになったのだった。





「……すぅ……」

「むにゅ……」

 しばらくすると、将志の膝の上には二つの頭が乗っかっていた。
 一つは先に酔いつぶれていたアグナのもの、もう一つは先程まで勝負をしていた巫女のものだった。

「……将志~、生きてる~……って返り討ちにしてるし」

「……危ないところだった……流石にこれ以上呑まされれば少しきつかったな」

 生存確認をしに来た諏訪子に対して、将志はそう言って答えた。
 事実、将志もこれ以上飲むとどうなるか分からない程度には飲まされていたのだった。

「それじゃ、みんな粗方つぶれた事だし、今日はお開きにしようか」

「……そうしてくれ」

 諏訪子がそういうと、将志は頷いてアグナを背負い、巫女を手に抱えた。
 そして母屋へと運び込むと将志は外でいつも通り鍛錬を行い、就寝するのだった。



 余談だが、その翌日に神社は巫女の二日酔いで臨時休業をすることになった。
 なお、生き残っていたのは神奈子と諏訪子と将志だけであり、ただ一人家事のできる将志が馬車馬のように働いたのは言うまでもない。



[29218] 銀の槍、心と再会
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/11/16 18:18
 ある日、将志が永遠亭への道を歩いていると、目の前の風景が突如として変わった。
 竹林だったはずの場所が、焼け野原になっていたのだ。

「……これはいったいどういうことだ?」

 将志は焼け焦げた竹に手をかざした。
 炭化した竹は既に冷たく、かなり時間が経っていることが見て取れた。

「……はて、アグナがここに来て暴れたのか?」

 将志は周囲を見ながらそう考える。
 少し考えて、将志は首を横に振った。

「……いや、違うな。アグナが暴れただけなら竹がこんなに折れたりはすまい。それに、アグナならもっと狭い範囲で灰化させるはずだ」

 将志の周囲の竹は燃えただけではなく、何かに当たってへし折られたような跡があった。
 更に周囲の焼け跡に人が倒れたような跡があったことから、少なくとも二人以上の人物が居たことも分かった。

「……いずれにせよ、この惨状に永遠亭の誰かが関わっている可能性が高いな……」

 将志はそう判断すると、永遠亭に向けて歩き出した。
 途中、対将志用に設置された罠を掻い潜りながら永遠亭を目指し、難なく目的地にたどり着く。

「ぐぬぬ……今日もダメだったか……」

「……いや、今日も面白かったよ。俺が人間なら、例え罠の位置が分かっていても対処できなかっただろうさ」

 罠を潜り抜けられて、てゐは悔しそうに呻る。
 将志はそれに笑いかけると、永琳が居る座敷へ向かった。

「…………」

「お帰りなさい、将志。今日は早めなのね」

 将志が座敷につくと、永琳が出迎える。
 その向こうでは、輝夜がぶすっとした表情で体育座りをしていた。
 将志は輝夜の様子が気に掛かったが、とりあえずは永琳に答えることにした。

「……ああ。仕事が早く終わったのでな」

「そう。で、今日は泊まっていくのかしら?」

「……ああ。今日やるべき仕事はほぼ終わらせたからな。後は別に明日以降でも構わん」

 将志の言葉を聞いて、永琳は嬉しそうに微笑んだ。

「ふふ、良かった。それじゃあ今日はゆっくりできるのね」

「……ああ。ところで主、一つ訊いていいだろうか?」

 将志が輝夜に視線を向けながらそういうと、永琳は苦笑いを浮かべながら答える。

「言わなくても分かるわ。何故輝夜が不機嫌なのかって話でしょう?」

「……ああ。いったい何があったんだ?」

「それに関しては私よりもてゐが知っているはずよ。ちょっと待って、呼んでくるから」

 永琳はそういうと、座敷から出て行った。
 しばらくすると、永琳はてゐと一緒に座敷へと戻ってきた。

「話は聞かせてもらったわよ。輝夜がどんな目に遭ったか知りたい?」

 てゐはニヤニヤと笑いながら将志に話しかけてくる。
 どう見ても話したくてうずうずしているようにしか見えない。

「……随分楽しそうだな……」

「ええ、それはもう♪ ふふふ、売り言葉に買い言葉、おまけに自分から喧嘩売っといて手も足も出ずにやられてんの!! あ~、おかしかった!!」

「うっさいわね!! 今日はちょっと調子が悪かっただけよ!!」

 面白おかしく笑いながら話すてゐに、輝夜が怒鳴りつける。
 しかし、てゐはそれに対して一切怯むことなく、嫌味な笑いを輝夜に向けた。

「ほっほ~? 相手に一撃も与えられずに完全封殺されておいて、ちょっと調子が悪かったねえ? それじゃあ、調子が良くても高が知れるわよ?」

「うぎぎ……あ~もう!! 何であんな逆恨みに付き合わなきゃなんないのよ!! 冗談じゃないわ!!」

 輝夜の言葉を聞いて、将志はぴくんと眉を吊り上げた。

「……逆恨みだと?」

「ええ、そうよ!! 何がお父さんに恥をかかせたよ!! そんなの達成できなかったほうが悪いのよ!! それも正々堂々とやればいいものを、あんな紛い物でだまそうとしたし!! あ~!! 思い出しただけで腹が立つわ!!」

「……そうか」

 将志はそういうと考え込んだ。
 将志の記憶の中に、そんなことを言っていた人物がいるような気がしていたからである。

「何よ、笑いたければ笑えば?」

「違うわよ。心当たりがあるのね、将志?」

「……ああ。輝夜、そいつは次に来る可能性はあるか?」

「知らないわよ。でも、来たら来たで今度こそやっつけてやるんだから!!」

「そう言って返り討ちにされるんですね、分かります」

「てゐ!!」

 リベンジしようと息をまく輝夜を、てゐがにやけながら茶化す。
 そんなてゐを、輝夜は睨みつけるのだった。
 そんな二人を他所に、将志と永琳は話を続ける。

「それで、次に来たらどうするのかしら?」

「……その時は、返り討ちにするまでのことだ」

「そう……でも、いつ来るかは分からないわよ?」

「……そこでだ。しばらくの間、俺もここに泊り込むことにする。宜しく頼むぞ、主」

「それは構わないし、むしろ大歓迎なのだけど……仕事は大丈夫なのかしら?」

「……なに、これも俺の仕事の内だ。輝夜を倒すということは、相手も相当な強者ということだ。そういった者を管理するのもうちの管轄だ。だから、それに関して主が心配することは何もない」

「でも、連絡はしなくても……」

「……くくっ、心配するな」

 将志はそう言って笑うと、線香を取り出して火をつけた。

「……この線香が燃え尽きる前に連絡をして帰ってくる。しばし、待っていてくれ」

 将志はそういうと、縁側から文字通り神速で銀の霊峰に向けて飛び立っていった。
 そんな将志を残った面々は呆然と見送った。

「……そんなに焦らなくても、まだ時間はたっぷりあるのに……」

「ふふふ、これは自分の鍛錬をかねた彼なりの礼儀よ。待たせるのが嫌いなのよ、彼は」

「だからって、こんな限界ギリギリの速さでいかなくたって……」

 輝夜と永琳がそう言って話をしていると、庭をものすごい勢いで滑っていく影があった。
 しばらくして、その影が滑っていった方向から将志がやってきた。

「……待たせたな……宣言どおり、線香は燃え尽きていないぞ」

「……速い……なんて……アホ……」

 誇らしげに線香を指差す将志に、てゐは唖然とした表情でそう呟いた。
 その一方で、永琳は将志にねぎらいの言葉を書ける。

「ご苦労様。それで、これからどうするのかしら?」

「……実はな、随分と懐かしいものを手に入れられたのでな……」

 将志はそういうと、四角い缶を取り出した。
 それにはアルファベットで色々と文字が書かれており、ふたを開けると香ばしい香りと共に乾燥した葉が出てきた。

「それ、紅茶?」

「……ああ。先日行商人と話をしていたら、たまたま手に入ってな。久々に淹れてみようと思ったのだ」

「……ねえ、将志って紅茶の淹れ方……」

「知ってるわよ。それも、あの月夜見とほぼ同レベルのものを淹れられるわ」

「月夜見って……あのスローライフキングの月夜見?」

「ええ。あの趣味にしか頭が働いてない放蕩党首の月夜見よ」

 酷い言い草である。
 そんな二人の会話を聞いて将志が反応する。

「……月夜見……まさかとは思うが、マスターのことか?」

 将志がそういうと、輝夜がキョトンとした表情を浮かべて将志を見る。

「へ? マスター?」

「……ああ。確か、俺がバイトしていた喫茶店のマスターの名前が月夜見だったと記憶しているが……」

「ええ、将志。恐らくその月夜見であっているわよ」

「はい? バイト? あんたが? うそーん……」

 将志がかつてバイトをしていたと聞いて、輝夜は信じられないものを見る眼で将志を見る。
 それに対して、将志は言葉を返した。

「……嘘ではない。俺はそのマスターの元で紅茶とコーヒーの淹れ方を修行したのだ。言ってみれば、俺の第二の恩師と言ったところだ」

「……そういう言い方をされると第一の恩師が気になるわね……」

 永琳はそういうと将志に微笑みかける。
 それを受けて、将志は小さくため息をついた。

「……言わせたいだけだろう、主?」

「あら、分かったかしら?」

「……俺の一番の恩師は主に決まっているだろう。心配せずともこれは不動だ」

「ふふふ……はい、よく言えました。嬉しいわ、将志」

 将志の言葉に、永琳は満足そうにそう言って笑った。

「将志!! 早く紅茶をちょうだい!! 砂糖は抜きで!!」

「こっちも!! お茶菓子はいらないわ!!」

 そんな二人を見て、輝夜とてゐがもうやってらんねえといった表情で紅茶を催促した。



 しばらくして、和風の座敷の机の上に上品な磁器のティーセットが並んだ。
 将志の手によって淹れられた紅茶は薫り高く、穏やかな午後を演出していた。

「……む、むぅ、本当に月夜見と同じ味を……」

 輝夜は将志の紅茶を飲んでそう言って呻った。
 どうやら文句のつけようのない出来だったようである。

「私にはちょっと濃いわね……」

「……失礼するぞ」

 将志はそう言って割り込むと、てゐのティーカップに湯を少し注いだ。
 突然の行為に、てゐは驚いた。

「ちょっ、何してるのよ!?」

「……紅茶は濃ければ注し湯が出来るのだ。これで大丈夫か?」

 再び差し出された紅茶を飲む。
 するとそれは程よい苦味と香りをもっててゐを楽しませた。

「……うん、これなら大丈夫よ」

「……主はどうだ?」

「……相変わらず美味しいわね。ふふふ、紅茶が手に入ってからブランクを埋めるために必死になったのがよく分かるわ」

 微笑みながらそういう永琳に対して、将志は苦笑いを浮かべてため息をついた。

「……ふぅ……主は本当に何でもお見通しだな。確かに、二億年の空白を埋めるのは一筋縄ではいかなかったぞ。だが、これからは少々値は張るが手に入る。じきにマスターとも違う、自分なりの紅茶の淹れ方を編み出して見せるさ」

「期待して待ってるわ」





「……今日で三日目か……」

 将志が輝夜を襲撃した犯人を待ち続けて、三日目の朝が来た。
 将志はいつも通り銀の槍を手に取り、庭で鍛錬を行っていた。
 すると、そこに輝夜が眼をこすりながらやってきた。

「将志~ 今日の朝ごはんは?」

「……塩鮭、ほうれん草の巣篭もり、味噌汁、白米、葡萄だ。それにしても、こんな朝早くに起きてくるとはどうかしたのか?」

「単に早く起きただけよ。それはそうと槍なんて持ち出して、鍛錬でもするの?」

「……ああ。いつも通りの鍛錬だ。それがどうかしたか?」

「……それ、毎日やってるの?」

「……ああ」

「何故そんなことするの?」

「……色々と理由はあるが、今となっては習慣になっているからだ。もっとも、原初の理由を忘れたわけでもないがな」

「原初の理由?」

「……簡単なことだ。単純に強くなりたかった。それだけのことだ」

「それで、今以上に強くなってどうするの?」

「……俺は自分が弱いとは決して思っていない。自分が弱いなどと考えるような軟弱者に、大切なものは守れん。だが、俺が強くなればなるほど、主を守りやすくなる。そして、その強さに果ては無い。故に、俺はただひたすらに強さを求める」

「それじゃあ、その先に何を求めるの?」

「……何も求めん。何故なら、俺にとって強くなることは目的ではないからだ。俺にとって、強くなることは手段でしかない。主が守れるのであれば、何も強さにこだわる必要は無いのだ。故に、俺は強さの先に求めるものなど無い」

 将志は輝夜の質問に次々と答えていく。
 すると、輝夜は呆れたようにため息をついた。

「はあ……本当に将志の頭の中は永琳のことでいっぱいなのね」

 そして次の瞬間、輝夜は引き金を引いた。

「それじゃあ、まるで機械みたい」

「……なに?」

 輝夜の言葉に、将志は固まった。
 将志が眼を向けると、輝夜はいつになく無機質な視線で将志を見つめていた。

「だって、将志って自分のこと考えたことある? 自分のためだけに何かしたことがある? 何かをして心に感じた事はある? ただ他人のために働くだけだったら、機械と何ら変わりないわよ」

「……それは……」

「言っておくけど、永琳を守ることが自分のためだ、なんてふざけた事は言わせないわ。大体、貴方は何で永琳を守ろうとしているわけ?」

「……主は命の恩人だからだ。だからこそ、俺は生涯主のことを守るのだ」

 将志がそういうと、輝夜は呆れ果てたといった表情でため息をつきながら首を横に振った。

「……呆れた。あんなに入れ込んでたから余程の理由があるのかと思えば、たったそれだけなの? それじゃあ、本当にプログラムに沿って行動するだけの機械と変わらないわ。ふん、こうしてみると永琳も滑稽なものね。永琳はロボットにずっと焦がれているんだもの」

「……黙れ。それ以上言うのなら、お前でも容赦はしないぞ」

 輝夜の口から放たれる暴言に、将志は輝夜にそう言って槍を向ける。
 しかし、輝夜はそれに怯むことなく言葉を続けた。

「あんた、何で怒ってんの? 怒ってるのは私のほうよ。大体、あんた永琳のことをちゃんと見てあげたことはあるの? いいえ、永琳だけじゃない。私も愛梨もアグナも、六花だってあんたは真面目に向き合ったことなんて一度も無い!! あんたは自分の課した使命感におぼれて、自分自身を置き去りにしてる!! そんな奴に、絶対に人を見ることなんて出来ないわ!!」

「……な……」

 輝夜の叫びに、将志は思わず言葉を詰まらせた。
 頭が輝夜の言葉を理解することを拒否する。

「恋愛感情が分からないのだって当然よ……使命感が先に立って、自分の気持ちなんて見向きもしない……」

「……楽しいと思ったり、つらいと思ったことならあるぞ」

 将志は輝夜に何とか反論しようとしてそう言った。
 しかし、それは火に油を注ぐ結果となった。

「楽しいと思う? つらいと思う? 何それ、あんたいちいち考えないと分からないわけ? そんなの、心が無いのと一緒じゃない!! 楽しいとかつらいとか、そういうのは感じるものなのよ!! そうやって何にも感じないのに、友達だから助ける? 友達はそんなに薄っぺらなものじゃないわよ!! 心から相手を気遣えるから友達なのよ!? どうしてそんなことも分からないの……?」

「……くっ……俺は……」

 将志は輝夜の言葉に頭を抱えた。
 否定しろ、否定しろ。
 頭は必死で将志にそう命令する。

「……永琳が可哀想よ……親友だと思ってた奴が……二億年間も恋焦がれた相手が……ただの使命感で自分のことを守ってたなんてさ……永琳のことが好きだから守る、くらいのことが何で言えないの……?」

 涙を流しながら輝夜は将志に訴え続ける。
 そして輝夜は、泣き叫ぶようにして最後の言葉を放った。

「そんなあんたなんかに……永琳を守る何て言う資格はない!!」


 ……その一言で、将志の中の一番大事な何かが音を立てて崩れ去った。


「……っ!!」

 輝夜の言葉に耐え切れず、将志は永遠亭を飛び出した。
 空は、鈍色の雲で覆われていた。




「…………」

 降り注ぐ雨の中、将志は竹林の一角に腰を下ろしてぼんやりと空を見上げる。
 その眼は何も映さず、空虚な視線を空に送っていた。

 今まで将志は永琳のために頑張ってきたつもりであった。
 しかし、輝夜はその全てを否定して気持ちをぶつけてきた。
 ……将志は何も反論できなかった。
 そう……何故なら輝夜の言うとおりであるからだ。

 『主を守る一本の槍であり続ける』

 その誓いは将志の拠り所となると共に、心を蝕む強烈な呪いとなっていたのだ。
 その呪いはいつしか虚構の心を作り上げ、本物に成り代わっていた。
 それが崩れ去った今、将志を支えるものも縛るものも何もなかった。

 そんな空っぽの将志に、近づく人影があった。

「やっと見つけた……さあ、今日こそは……?」

「…………」

 その人影、妹紅は将志の様子を見て怪訝な表情を浮かべる。
 将志は相変わらず空虚な眼で空を眺めていた。

「……あんた……こんなところでなにしてるんだ……?」

 そう話す妹紅の声は震えていた。
 この声の中には、別人であって欲しいというかすかな願いが込められていた。

「……妹紅、か……」

 しかし、その願いは将志の言葉によって打ち砕かれた。
 妹紅は変わり果てたかつての怨敵の姿に膝をついた。

「……違う……違うだろ……あんたはこんな奴じゃなかった……私が追いかけてきたのはこんな抜け殻みたいな奴じゃない!!」

 妹紅はそう叫びながら地面を殴りつけた。
 その叫びを聞いて、将志は昏く笑った。

「……抜け殻か……くくっ、言いえて妙だな……」

「ああもう、なにがあったんだよ、あんたは!! くそっ、こっち来い!!」

 妹紅は将志の腕を掴むと、将志を引っ張っていった。
 雨をしのげる場所を見つけると、二人はそこに落ち着いた。

「……俺は、何だったのだろうな?」

 その場に座り込んだ将志の口から、そんな言葉が漏れ出す。
 その声に、対面に座った妹紅が顔を上げる。

「……なんだよ、いきなり?」

「……俺は、俺のことが分からなくなってしまった……」

「それはまた訳の分からない状態になったもんだな。で、それがどうした?」

「……妹紅。心って、何だ?」

 将志が質問をすると、妹紅は呆けた表情を浮かべた。

「はあ?」

「……頼む。教えてくれ」

「……正直、あんたに訊かれると心底納得するよ。やっぱりあんたに心が無かったんだってね。あんたの表情、薄っぺらかったもの」

「…………」

 妹紅はため息混じりにそう話す。
 その表情は暗く、どこか悲しそうであった。
 将志がそれを黙って聞き入れていると、妹紅は立ち上がった。

「……表へ出な。私が心とは何か教えてやるよ」

 妹紅に言われるがまま、将志はその後へ続く。
 そして開けた場所に出ると、妹紅は将志と対峙した。

「将志。これから始めるのはただの勝負だ。ここには私の恨みなんて無い。むしろ、そんな状態のあんたを倒したって面白くもなんとも無い。ここにあるのは、何の意味もない試合だ。いいな?」

 妹紅は無表情のまま淡々と将志にそう告げる。
 その視線は、まるで路傍の石を見るような視線であった。

「…………」

「始めるぞ、将志。ここで燃え尽きたくなけりゃ、精一杯避けな!!」

「……っ!!」

 妹紅の繰り出す炎を、将志はかろうじて避ける。
 炎は将志のすぐ横をかすめ、肌を焼く。

「逃がすか!!」

「……くっ」

 そこにすかさず妹紅は次の手を打つ。
 将志はそれを避けると、妹紅に向けて銀の弾丸を放った。

「そんな攻撃、当たるか!!」

「……っ……」

 妹紅はそれを避けながら攻撃を仕掛ける。
 将志は攻撃を中止し、ただ避けることに専念する。
 その動きは、悉くが精彩を欠いており、かつての動きは見る影もない。
 すると、突如として妹紅の動きが止まった。

「……勘弁してよ……あんたがそんなんじゃ……泣けてくるよ……」

 突如として、妹紅はその場に泣き崩れた。
 がらんどうの将志には何故泣くのかが理解できず、首をかしげた。

「……何故……泣く?」

「だって、悲しいだろ……あれだけ必死になって追いかけてきた背中が……こんな情けないことになって……」

「……妹紅……」

 将志は呆然と泣き続ける妹紅を眺めることしか出来なかった。
 降りしきる雨の中、妹紅は泣き続ける。
 しばらくすると、妹紅は俯いたまま立ち上がった。

「……消えろ……そんな無様な姿のあんたなんか……魂すら残らず消し去ってやる!!」

「……なっ!?」

 妹紅がそう叫んだ瞬間、灰色の世界が一瞬にして朱に染まった。
 周囲は炎の壁に覆われ、天蓋は熱く燃え盛っていた。
 将志は逃げ道を探すが、どこにも見当たらなかった。

「……逃がさないぞ。今のあんたなんかこの外の世界に晒してたまるか。あんたは外では綺麗なまま、この炎の檻の中で燃え尽きるんだ。死にたくなければ、私を倒して見せろぉ!!」

 妹紅は頬に涙を伝わせながらその顔を憤怒に染める。
 そして憎しみを視線に込めながら、将志に向かって炎を放った。

「…………」

 将志は迫り来る炎をぼうっと眺めた。
 妹紅が激情に駆られて繰り出す炎は荒々しいまでに赤く、とても熱かった。
 ふと、将志はその炎を美しいと感じた。
 そしてここで死んでしまえば、こんな美しい炎はもう見られないと思った。
 次の瞬間、将志の身体は勝手に動いていた。

「喰らえぇ!!」

 将志の眼前に、再び妹紅の炎が自らを焼き尽くそうと迫ってくる。

 ――いやだ。もっとこの炎を眺めていたい。

 将志は再び炎を避けた。

「くっ、ちょこまかとぉ!!」

 今度は炎を鞭のように使って横薙ぎに払ってきた。

 ――綺麗だ。もっと強い炎が見たい。

 将志は上に飛び上がって回避した。

「これならどうだぁ!!」

 将志の周囲を炎の渦が包み込み、じわじわと巻き付いてくる。

 ――美しい。もっと激しい炎が見たい。少し怒らせて見ようか。

 将志はその炎を銀の槍で振り払い、妖力の槍で妹紅に反撃した。

「あうっ!? こ、このぉ!!」

 上から大きな炎の柱が次々と落ちてくる。

 ――素晴らしい。もっと怒らせて見よう。

 将志は炎の柱を躱すと、手にした槍で妹紅を空中に打ち上げた。

「がはっ!? く、まだまだぁ!!」

 妹紅は空中から巨大な火の鳥を将志に向けて飛ばしてきた。

 ――最高だ。

 将志はそれを素早く移動することで回避した。

「…………ふっ」

 気がつけば、将志は笑みを浮かべていた。
 この戦いが楽しいのだ。
 それも、今までに思ったことが無いほどに。

 今、全てのしがらみから解き放たれた将志は、誰よりも自由だった。
 そして、空っぽの将志の中に、何かが生まれたような気がした。

「……ははっ、何だよ……消してやろうと思ったとたんに良い顔になったじゃないか」

 妹紅はそんな将志を見て、嬉しそうに笑う。

「……ああ。良く分からんが、こんなに気分が良いのは初めてだ。楽しいと思うことは今までもあったが、今のような気分になったことは終ぞ無い。これが楽しいと感じることなのだな。……なるほど、思うと感じるのとでは大きな違いだ」

 将志も、そう言って笑い返す。
 その眼には、もはや空虚さなど残っていなかった。

「そう感じたんなら、あんたは立派に心を持っているよ……さあ、分かったところで思う存分やり合おうじゃないか!!」

「……ああ!!」

 そういうと、二人は駆け出した。





「がふっ……あ、あんた、なんか前より強くなってるな……」

 妹紅は倒れ臥したまま将志を見上げてそう言った。
 雨はもう既に上がっており、雲の切れ間からは太陽が顔をのぞかせていた。

「……ははは、それは毎日鍛えていたからな。そういう妹紅は随分と強くなったな。見違えたぞ」

 将志はそれを聞いて嬉しそうに笑った。
 その笑みは、今までのような含み笑いではなく、どこまでも明るい笑みだった。

「……あんた、そういう笑い方も出来るんだな」

「……ああ、俺も今初めて知ったよ」

 妹紅の言葉に、将志は感慨深げにそう言った。
 妹紅は傷が癒えると、立ち上がって将志に話しかけた。

「それで、これからどうするつもりだ?」

「……そうだな……まずは主に……永琳にきちんと話をしなければな……もっとも、今までのことを知られたとしたら何を言われるか……?」

 永琳に言われる言葉を想像したその瞬間、将志の胸に痛みが走る。
 それと同時に、将志の頬を一筋の涙が伝う。

「お、おい、将志!?」

「……くっ……何だ……何が、どうなっているというのだ……!?」

 次から次へと溢れ出る涙と胸の痛みに、将志は戸惑いを見せる。
 零れ落ちた涙は妹紅の炎によって乾いた地面を再び濡らしていく。
 その様子を見て、妹紅はため息をついた。

「楽しさ、嬉しさ、そして次に来るのが悲しみか……」

「……悲しみ……っく、そうか、これが悲しいと、いう感情なのか……妹紅……この場合は……どうすれば、良い?」

 どうしようもなくなった将志は妹紅に答えを求める。
 すると、妹紅は将志の頭を抱き寄せた。

「泣け、ひたすらに。そうすれば治る」

 妹紅は将志に優しくそう言って、頭を撫でた。

「……すまない。では、そうさせてもらう……」

 将志は妹紅の言葉に甘えて、初めての涙を流す。

「……やれやれ、世話の焼ける奴だ」

 そんな将志に、妹紅は苦笑いを浮かべるのだった。





「ほら、キリキリ歩け!!」

「……いや、少し待ってくれ。心の準備というものがだな……」

 永遠亭までの道のりを、将志は妹紅に引きずられるようにして歩く。
 妹紅は煮え切らない将志の態度に、がしがしと頭をかいた。

「ああもう、少しは前みたいな鉄の心臓を残しておきゃ良かったのに!!」

「……そうは言ってもな……寄る辺にしていた信条が崩れた今、何に縋ればいいのか分からんのだ……あと、その三歩先に落とし穴だ」

「はあ? んなわけ、ぬあっ!?」

 将志が指摘した落とし穴に、妹紅は見事にはまる。
 そんな妹紅の手を、将志はしっかりと掴んで引き上げる。

「……だから言っただろうに……」

「っと……悪い、助かった。今度から忠告聞くよ」

 そんなこんなで、しばらくえっちらおっちら歩いていくと、永遠亭が見えてきた。
 そこでは先程妹紅が罠にはまったことで様子を見に来たのか、三人とも表に出てきていた。
 なお、輝夜は気まずいのか、永琳の陰に隠れるようにして立っていた。

「……将志」

「……っ」

 永琳が一歩前に出ると、将志は思わず後ろに下がる。
 拒絶されるのが怖いのだ。
 その様子を見て、永琳は怪訝な表情を浮かべた。

「……本当に将志……? 何だか、昨日と随分雰囲気が変わったわね……」

「……永琳……俺はっ!?」

 将志が何か言おうとするまでに、永琳は将志に抱きついた。
 その力は痛みを覚えるほどに強かった。

「……馬鹿。勝手に出て行くなんて、絶対に許さないから」

「……しかし……」

「輝夜から話は聞いたわ。でも、今までの事はどうでもいいのよ。あなたが悪いと思ったのなら、これから直していけばいいわ。ただ、一つだけはっきりさせておきたいことがあるわ……んっ……」

 そういうと、永琳は将志の唇に自分のそれを合わせた。

「は?」
「へ?」
「ほ?」

 それを見ていた三人は不意を突かれて素っ頓狂な声を上げる。
 そんな面々を尻目に、永琳は話を続ける。

「……誰が何て言おうと、私の一番はあなたよ、将志。だから、心の整理がついた時にまた答えを聞かせて欲しいわ」

「あ、ああ……」

 将志は顔を背けながら答える。
 それを見て、永琳は楽しそうに笑った。

「あら? 将志、ひょっとして照れてる?」

「……っ、悪いか!!」

「……いいえ、そんなことはないわよ。むしろ今のあなたの方が楽しそうに見えて良いわ」

 永琳はそう言って将志に笑いかける。
 将志はそれを聞いて、満足そうに頷いた。

「……そうか。それなら、散々落ち込んだ甲斐があったというものだ」

「おい、そこに私の多大な努力が含まれているのを忘れるなよ!?」

「……ああ、分かっているさ。お前にはどれだけ感謝すれば良いか分からないな。何かあれば可能な限り手を貸そう」

 自己主張をする妹紅に、将志は笑顔でそう言った。
 そんな将志に対して、輝夜が永琳の影から声をかける。

「……えーっと……さっきはごめんね、将志……私、酷いこと言っちゃって……」

「……気にすることはない、輝夜。お陰で俺は変わるきっかけが掴めたんだ。むしろ礼を言わせてもらうよ」

 将志がそういうと、輝夜はホッとした表情を浮かべて永琳の陰から出てきた。

「そ、そう……それじゃあ、朝ごはんにしましょう? 朝のゴタゴタでまだみんな朝ごはん食べてないのよ。みんなで将志の朝ごはんが食べたいわ」

「そうね。特に輝夜はさっきまで将志に酷いこと言った、このまま帰ってこなかったらどうしようって号泣してたしね?」

「ちょ、ちょっとえーりん!?」

「……ははは、了解した。すぐに取り掛かろう」

「んじゃ、私もついでだしもらっていこうかな」

 そう言いながら、妹紅は永遠亭の中に入っていこうとする。
 その肩を、輝夜ががっしりと掴んだ。

「……あんた、何でうちの中に入ろうとしているわけ?」

「ん? だってそっちが「みんなで」って言ったんだぞ? その中には私だって入るはずだぞ?」

「あんたはそのみんなの中に入ってないの。そこらの竹の皮でも剥いで食べてなさい!!」

「ふん、自分の言葉の責任すら取れないのか? 言い訳が幼稚すぎるぞ、あんた」

 売り言葉に買い言葉である。
 二人の間に見る見るうちに険悪な空気が漂い始めていた。

「……この……言わせておけば……」

「……なんだ……やるのか……」

 睨みあう両者。
 その二人の間に、銀の槍が差し込まれた。

「……そこまでだ。今ここで喧嘩をするというのならば、俺が全力で相手になるが?」

 将志は額を手で押さえながらそう言った。
 それを見て、妹紅は何か面白いことを考え付いたようである。

「……面白い、だったらこうしよう。将志に止めを刺したほうの勝ち。今日の朝食と将志を景品として勝負だ」

「……おい、俺が景品とはどういうことだ?」

 妹紅の言葉に、将志が抗議の声を上げる。
 すると妹紅はそれに対する答えを返した。

「噂で聞いてるんだぞ? あんた、料理の神だろ? なら、あんたを手に入れれば食事には困らないじゃないか」

「ちょっと、そんなことで将志を賭けなきゃならないの!? 私達の大損じゃない!!」

 いかにも名案であると言わんばかりに妹紅はそう言う。
 それに対して輝夜は妹紅に掴みかからんばかりの剣幕でまくし立てた。

「様は勝てばいいんだ、勝てば。それとも何か? この期に及んで怖気づいたか?」

「く~っ!! やってやろうじゃない!! あんたなんてけちょんけちょんにしてやるんだから!!」

 妹紅の挑発に、輝夜は臨戦態勢を取る。
 しかし、そんな二人の戦いに予期せぬ乱入者が現れた。

「へぇ……面白そうね……私も混ぜてもらおうかしら?」

「え?」
「へ?」

 にらみ合っていた二人は、声の主である永琳を呆然と見つめた。

「だって、将志の主は私よ? なら、参加しないわけには行かないでしょう。てゐ、これ預けるわ。久々に本気出すわよ」

 永琳はどこからともなく弓を取り出し、自らの霊力を抑えているペンダントを取り外し、てゐに渡した。
 その瞬間、永琳は凄まじい気迫を発し始め、その場に居たものを圧倒する。

「……何この無理ゲー」

「……勝てる気がしないんだけど」

 そんな永琳を見て、二人はそう呟いた。
 その横で、将志はてゐに話しかけた。

「……てゐ、この状況に何とか収拾つけられるか?」

「……あんた、私を殺す気? 大人しく袋叩きに遭うが良いわ」

「……やるしか、ないのか……」

 将志は冷や汗をかきながら、自らの命綱である銀の槍を握り締めた。
 その後、将志にとって地獄とも思えるような壮絶な鬼ごっこが始まった。






 その日の夜、将志は疲れ果てた様子で縁側に座っていた。
 その隣には永琳が座っており、一緒に風景を眺めていた。

「……やれやれ、今日はいろいろあったな……」

「ええ、本当にね……」

「……朝の勝負は本気でどうなるかと思ったぞ……」

「後ちょっとで将志を捕まえられたんだけどね。将志の方が上手だったわ」

 朝の勝負において、永琳の無差別攻撃により輝夜と妹紅は早々に沈み、ほぼ一対一の対決となっていた。
 そのあまりの猛攻に将志は逃げることしか出来ず、永琳もまた将志を手中に収めるために全力全壊(誤字にあらず)で挑んだのであった。
 結局、その勝負は時間切れによって将志の勝利に終わった。

「……そう簡単に捕まるような鍛え方はしていないからな。とは言うものの、本気の永琳は強かったな。元々護衛のつもりで居たが、要らないのではないか?」

「あら、か弱い乙女に戦わせて、自分は高みの見物を決め込むつもりかしら?」

 永琳は将志に寄りかかりながら、そう言った。
 それに対して、将志は困ったような顔を見せて答えを返した。

「……今日の戦いを見る限りでは、か弱いという部分には大きな疑問符がつくのだが……」

「……意地が悪いわね。いや、ちょっと待てよ。いっそ将志を力ずくで手篭めに……」

「……こ、怖いことを言わないでくれるか、永琳……」

 首に手をかけようとした永琳に、将志は思わず身を引いた。
 それを見て、永琳はからからと笑った。

「冗談よ、冗談。それにしても、今日一日で随分と表情豊かになったわね。今もそうだけど、おびえる顔なんて前はしなかったし。それにどうしたの? 急に私のことを名前で呼び始めて」

「……まあ、少し思うところがあってな……しかし、今となっては何故前のような状態になっていたのかが分からんな」

「まあ、分かってしまえば簡単だったんだけどね。将志は『主を守る一本の槍』であろうとしていた。それも、『あらゆるものを貫く程度の能力』まで使って頑ななまでにね。将志は何よりも私のことを一番に考え、私のために常に全力を尽くした。同時に、私を守る手段として他者に接し、仲間を増やしていった」

「……その結果があのような不出来な機械人間というわけだ。いや、俺は妖怪だったのだから機械妖怪か。……む、語呂が悪いな」

「まあ、何事もやりすぎは禁物ってことね。二億年越しに身を持って知ったわね、将志」

「……ははは、違いない。いつか永琳がそう言っていたことを思い出すよ」

 永琳の言葉に、楽しそうに笑う将志。
 そんな将志を、永琳は感慨深げに見つめた。

「その笑い方も、私は今日初めて見る。嬉しいわ、やっと将志が自分を出してくれた」

「……気付いていたのか? 俺自身気付いていなかったというのに?」

「確証が持てたわけじゃないけど、何かがおかしい気はしていたのよ。感情の変化は確かにあるんだけど、どこか空虚だったわ。でも、今はそれがない。やっと本当の将志に逢えたわ」

「……まあ、一応動いていたのは俺自身の意思ではあったのだがな」

「それでも、やっぱり感情があるのとないのとでは大違いよ」

「……そういうものか?」

「そういうものよ」

 そう言い合うと、将志は憂鬱なため息をついた。

「……ふう……しかし、ここだけでこの騒ぎでは、帰ってからまた一波乱ありそうだな……今の俺を見たら、六花辺りは発狂しそうだ」

「本当ね……そういえば、六花と言えば名前の由来は包丁の銘だったわね」

「……ああ、そうだが?」

「それじゃあ、将志の槍にも銘打たれているかしら?」

「……確かに、俺の槍にも銘は入っている。もっとも、気がついたのは俺が槍ヶ岳 将志を名乗ってからだいぶ時間が経ったときだったがな」

「それで、なんていう銘なのかしら?」

「……俺の槍の銘は『鏡月(きょうげつ)』。つまり、本来ならば俺は鏡月と名乗っているところだったのだ」

 将志は傍らに置かれている銀の槍を撫でながら、それに刻まれた銘を答える。
 その手に、永琳はそっと手を添える。

「……綺麗な名前ね。使わないでおくのが勿体無いわ」

「……では、今からでもそう名乗るか?」

 将志の問いに、永琳は首をゆっくりと横に振った。

「……いえ、名乗らないで。その名前、『鏡月』は出来ることならここに居る二人だけのものにしたいわ」

 それはほんの些細な独占欲。
 永琳の言葉には、それが如実に含まれていた。

「……そうか。ならば、俺は槍ヶ岳 将志の名を生涯通すとしよう」

 将志はそう言って、永琳に答えた。
 すると、永琳は添えた手をキュッと握って将志の手を掴んだ。

「……実はね……私も、本当は永琳って名前じゃないのよ」

「……そうなのか?」

「ええ……」

 将志の問いかけに、永琳は肯定の意を示す。
 それに対して、将志は躊躇いがちに問いかけた。

「……聞いてもいいのか?」

「良いわよ……いえ、あなたにだけは聞いて欲しい。私の本当の名前は、××」

 永琳は将志の耳元で囁くように自分の本名を告げた。
 将志はそれをかみ締めるように、しばらく眼を閉じていた。

「……それが本当の名前か……月並みだが、良い名前だな」

「気に入ってもらえて嬉しいわ。……ふふっ、二人とも偽名でお揃いね、私達」

「……ははは、確かにそうだな。俺達はお揃いだ」

 二人はそう言って嬉しそうに笑いあう。

「ねえ……」

「……どうした、んむっ……!?」

 永琳は向かい合うと、おもむろに将志の唇を奪った。
 頭を抱え込み、将志の唇を少し強めに吸う。

「……んちゅ……これであなたは私の一番……あなたの一番は誰、鏡月?」

 永琳は紅潮した顔で将志に向かって、本名を呼びながら問いかける。

「…………」

 しかし、将志からの返事が返ってこない。
 その様子に、永琳は首をかしげた。

「……鏡月?」

「……はっ!? 一瞬、意識が……すまない、もう一度言ってもらえるか?」

 永琳が再び声をかけると、将志は息を吹き返した。
 それを見て、永琳は面白そうに笑った。

「ふふふ……ひょっとしてびっくりして意識が飛んだのかしら? 良いわよ、何度でも言うわ。あなたの一番は誰、鏡月?」

「……そうだな……」

 将志は少し考えると、永琳の頬にキスをした。
 唇を頬に押し当て、軽く吸いながら舌で少しなめる。

「……すまん、今の俺にはこれが限界だ……俺はまだ、自分の気持ちがどうなっているのかが分からない。だが、はっきりと言える事は俺は永琳を好いている。それだけは確実だ」

 将志は永琳の眼を見て、今の自分の嘘偽り無い気持ちを伝えた。

「…………」

 しかし、今度は永琳からの応答がなかった。
 永琳は呆けた表情で、将志の顔を眺めている。

「……永琳? どうしたのだ?」

「……い、いえ……前に唇にキスされた時よりも破壊力があったものだから……それより、少し物申したいことがあるわ」

「……永琳?」

「それよ。せっかく私が鏡月って呼んでるんだから……」

 永琳はそう言いながら不満げに頬を膨らませる。
 すると将志はハッとした表情を浮かべた。

「……××」

「ふふっ、宜しい♪ あなたとはもっとじっくりと話がしたいわ。まだ夜は長いことだし、今日は思い切り甘えさせてもらうわよ」

 永琳はそういうと将志の膝の上に乗った。
 それに対して、将志は微笑みながら答える。

「……俺の心が耐え切れる程度で頼むぞ? どうにも、前とは勝手が違うようだからな」

「……善処なんてしないわよ?」

「……いや、そこは嘘でも善処すると言ってくれ……」

 永琳の発言に、将志は若干冷や汗をかきながら答える。

「……××」

 ふと、将志が永琳に話しかける。

「ん? なにかしら?」

「……今までろくでもないことをしていた俺だ。こんな俺でも、また主と呼ばせてもらって構わないか?」

 将志は少し緊張した面持ちで永琳にそう問いかけた。
 すると、永琳は笑って将志を抱きしめた。

「……何言ってるのよ。あなたのことは、例えあなた自身が泣きながら頼んだって手放してあげないわ。喜んでそう呼ばれてあげるわよ」

 永琳がそういうと、将志は安心した表情を浮かべてため息をついた。
 そんな将志に、永琳は更に言葉を投げかけた。

「でも、こういうときくらいは対等で居ましょう、鏡月?」

 そう話す彼女の笑顔は、何よりも綺麗だった。



[29218] 銀の槍、感知せず
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/11/18 18:10

 将志の永遠亭で心を取り戻してからというもの、関係者は大騒ぎとなった。
 特に銀の霊峰の面々は、将志の変貌に大パニックとなり、暴走したところを将志が武力で鎮圧に掛かる事態となった。

 そして数日後、将志と関係の深い者が集まって話し合いをすることになった。

「え~っと、状況を確認するよ♪ まず、将志くんが自分のことを考えるようになって、主様から少し独立したんだよね?」

「それで、そのお兄様は今どうなってますの?」

「今は別の部屋で寝てるぞ。顔が真っ赤だったから熱でもあるんじゃねえか?」

 将志は現在、話し合いが行われている部屋とは離れたところで伸びている。
 アグナが言ったとおり、その顔は真っ赤に染まっていた。

「……お師さんに、何があったんでござるか?」

 涼の言葉に、全員の視線が客人に向けられる。

「ああ、それなら私がさっき少し将志のことを弄ってみたんだが……そうしたらああなった」

「いったい何をしたのかな、藍ちゃん?」

「最初は仕事の報告がてらうちに来てな。変われたのかどうか分からないから、確認する方法はないか、と言われたから、抱きついたり接吻したりその他諸々を。で、今回再確認のためにもう一度同じことをしてみた」

「……色々と問いただしたいことはありますが今は不問にしますわ。それで、どうでしたの?」

 藍の報告を聞いて、六花が額に手を当てながら藍にジト眼を向けた。
 すると、藍はため息をついて肩をすくめた。

「……断言しよう。今の将志は紫様と同格だ。いや、抱きついても平気な分だけ紫様よりはマシか。だが、接吻の段階で脈拍が乱れ始め、色々弄りだした段階で精神が限界を迎えた。正直、男としてはもう少ししっかりしていて欲しいものだ」

 ちなみに比較対象となった紫も将志と同じ部屋で伸びている。
 藍の指示によって将志がそっと抱きしめて愛の言葉を囁いたところ、あっという間に頭がパンクしたのだった。
 なお、愛の言葉は将志が条件反射で発したものであり、藍の指示には入っていなかった。
 恐るべし。

「でも、何でこんなことになったんだ? 兄ちゃん、俺が思いっきり接吻した時だって全然平気だったのによ」

「……将志が言うには以前までは相手の行為を特に意識していなかったらしいのだ。ほら、良くあるだろう、自分が何か窮地に立たされた時、自分を人形か何かだと思い込むことでそれをごまかそうとする奴だ。今まではいつもその状態だったらしい」

「それに……たぶん、好意を受けることにも慣れてないんじゃないかな? 今まで全部受け流していたのを受け止めることになったけど、それに心も身体も慣れてないんだと思うよ♪」

「しっかし、兄ちゃんって女が苦手だったんだな~……その割には、くっついたり一緒に寝たりするのは大丈夫みたいだけど、何でだ?」

 アグナは困ったように頭をかきながらそう言った。
 それに対して、藍がため息混じりに答えを返した。

「……そこは教育の賜物だろう。六花の教えの中には、相手を抱きしめたりするものもあったからな。というか、現に私がそれで堕ちた口だ」

「お、おほほほほ……ほ、本当に申し訳ないですわ」

「いや、これに関しては良くやったというべきだろう。流石に触られたりするだけで過剰反応するようでは手に負えないからな。抱きついたり出来る分まだ救いがある。だが、ある一定以上の男女間の接触となると途端に弱くなるんだ、将志は」

「で、どうやって直すんですの?」

「それはもう慣れさせるより他ないだろう。ただ、あまりやりすぎると逆に症状が悪化したり逃げ出したりするだろうから、少しずつ慣らしていったほうが良いだろう」

「……藍ちゃん、随分と手馴れてるね♪」

 愛梨がそういうと、藍は薄く笑みを浮かべた。

「ふふふ……こういう経験ならそれなりに積んでいるからな。ご希望とあれば、男を飼いならす方法くらい教えるぞ?」

 藍の言葉に、その場にいた者は若干引く。
 しばらくの静寂の後、六花がそれを何とか破る。

「……この面子だと使う相手がお兄様しか居ませんわよ」

「ん? ここの連中に使ってもいいんだぞ? 馬鹿な男は女に簡単に踊らされるから、思いのままに操ることだって出来るぞ?」

 藍はそういうとニヤリと笑った。
 その経歴から考えると、藍の言葉は洒落になっていない。

「黒い、黒いですわよ、藍!! というか、やったことあるんですの!?」

「いや、ない。ただ方法を知っているだけだ。第一、そんなことをしても将志みたいな奴は大体引っかからないし、使う意味がない」

 藍は残念そうにそう言って首を横に振る。
 つまり、意味があれば使ったのかもしれない。
 皆がそう考える中、アグナが声をあげた。

「そんで慣らしていくのはわかったけど、誰がどうやって慣らしていくんだ?」

「う~ん、将志の嗜好が分かれば考えようはあるんだがな……」

「…………」
「…………」
「…………」

 愛梨、六花、アグナの三人はその場で黙り込んだ。
 何故なら、問答無用で将志に好かれる存在に心当たりがあったからである。

「……なるほど、銀髪で、瞳の色は黒、知的で落ち着いた雰囲気で、大人びた印象だな……三人とも随分と具体的じゃないか」

「なあ!? 狐の姉ちゃん、今何やったんだ!?」

 突如藍が口にした言葉に、アグナが慌てて声を上げた。
 藍の目の前には藍色の妖力の玉が浮かんでおり、そこに三人の心の中が映し出されていた。

「私を甘く見ないで欲しいものだな。お前達より力は劣るが、妖術の扱いまで負けた覚えはない。心の情景を読むくらい訳のないことだ。それで……誰なんだ、今の女は?」

「……そ、それは……」

「ほう……将志の主、名前は八意 永琳か。ぜひとも会ってみたいものだな。それで、どこにいる?」

「あ、あの、藍ちゃん?」

「……迷いの竹林……その中の屋敷、永遠亭か。そうか、そういうことか。ようやく繋がった。あの竹林にあふれる力は将志のものか」

 質問するごとに藍は三人の心の中を見て、答えを得ていく。
 その鬼気迫る雰囲気に、アグナが冷や汗をかきながら声を上げた。

「……こ、こえ~……これ、あれか? 妖怪の兄ちゃん達が言ってた狂気って奴か?」

「ああ、そのとおりだ。愛情というのは最もありふれた、それでいて一番強い狂気だからな。さて、行くとしようか」

「行くって……まさか貴女!?」

「決まっているだろう? 永遠亭だ」

「あ、ちょっと待ってよ!!」

 藍が部屋を出て空へ飛び立って行くと、心を読まれた三人組はその後に続いて出て行く。
 その後姿を、涼は苦笑いを浮かべながら見送った。

「……愛に狂った者は怖いでござるな……お師さんもなかなかに業が深い……」

 涼がそう呟くと、扉を叩く音が聞こえてきた。

「む、客人でござるか? すぐに参るでござる!!」





「ええと……突然押しかけてきてどうしたのかしら?」

 ところ変わって永遠亭。
 突然の来客に対応したのは、八意 永琳その人だった。

「きゃはは……ごめん、ちょっとトラブルがあってね……」

「トラブル?」

 苦笑いをする愛梨に永琳は首をかしげる。
 すると、愛梨の前に藍が出てきた。

「初めまして。貴女が八意 永琳だな?」

 永琳はそう話す藍を見て、スッと眼を細めた。

「……金毛の九尾……そう、あなたが将志の話していた藍って子ね? どうしてここが分かったのかしら?」

「そこの三人から聞き出させてもらったよ。少しばかり反則技を使わせてもらったがな」

「反則技ね……そんなことをしてまで私に何の用かしら?」

「なに、少し挨拶をしに来ただけだ」

 永琳の問いかけに、藍は微笑を浮かべてそう言った。
 それに対して、永琳もまた笑い返す。

「ふふふ、あなたがするのは挨拶の名を借りた宣戦布告ではないのかしら?」

「そう焦ることもないだろう。それに別の話もある。まずはお互いのことを知るところから始めようじゃないか」

「まあ、それも良いでしょう。それじゃあ、中へどうぞ」

 永琳に案内されて一行は座敷へと向かっていく。
 すると、前からうさ耳の少女が歩いてきた。

「あれ、お師匠様? その人誰?」

「ああ、藍って言って将志の知り合いよ。お茶を準備してくれるかしら?」

「ん、わかった。それから、たぶん姫様が燃え尽きてるころだと思うから後で回収に行くよ」

「ええ、お願いするわ」

 てゐはそういうとお茶を用意しに台所へと向かった。
 座敷につくと、一行は四角い長机の前に座る。
 ちょうど永琳と藍が向かい合うように座り、愛梨達はその横に座る形である。

「さてと、まずは自己紹介から始めましょう。私は八意 永琳。将志の主よ。まあ、たぶんあなたは知っているでしょうけどね」

「八雲 藍だ。種族は妖狐。将志とは今のところ友人、更に言うならば師弟関係だ。もっとも、将志のことだからこれくらいのことは話していると思うがね」

 自己紹介から相手にけん制を仕掛ける二人。
 話し合いを始めて、早速周囲にプレッシャーが掛かる。

「それで、何を話すのかしら?」

「そうだな……まず、ここにいる者で普段将志がどんな行動をしているのか情報交換をしようか」

「いいわね。私が見ていない間の将志を知るのにちょうど良いわ。愛梨達にも話してもらうわよ?」

「え? 僕達も話すの?」

 突然話を振られて、愛梨はキョトンとした表情を浮かべた。
 それに対して、永琳がため息混じりに話を続ける。

「当たり前じゃない。むしろ一番話すべきなのはあなた達よ? さあ、話しなさい」

「えっと……普段将志くんはうちにいるときは大体勉強か仕事をしてるよ♪」

「勉強? 何の勉強だ?」

 愛梨の話を聴いて藍が質問をする。
 すると、その質問にアグナが答えた。

「あ~っと……確か最近読んでた本は図鑑だな。草とか木の実とかキノコなんか調べた奴を確認してたぞ?」

「私が確認したときは動物図鑑でしたわ。特に毒を持った生き物について念入りに調べてましたわね」

「そういえば、この前将志は毒を持った生き物をたくさん捕まえてきたわね。お陰で血清の備蓄が充実したわ」

 将志は永琳のところに様々な毒を持った生物を生け捕りにして来ていた。
 また、ヒュドラやマンティコアのような連れて帰れない生物は毒だけ抜き取って持ってきていたのだった。

「後は僕達と特訓したり、料理の研究をしたり……あ、あと一緒に見回りをしたりしてるよ♪」

 その愛梨の言葉を聞いて藍と永琳はジト眼を愛梨に向かって向けた。

「見回りか……ものは言い様ね」

「私からしてみれば逢引と変わらん気もするがな」

「ち、ちゃんとした仕事だよ~!!」

 二人の言葉を、愛梨は必死に否定するのだった。
 そして、話が途切れたところで今度は藍が話を始めた。

「それじゃあ、次は私だな。私とは戦闘訓練をした後、一緒に昼食を作り、時間があれば演奏を聴いたりしているな」

「演奏? 何のことかしら?」

 藍の言葉に、今度は永琳が疑問を抱く。
 それに対して、アグナが何か思いついたように声を上げた。

「もしかしてあれか? あこーでぃおんって奴」

「それだ。将志が練習の成果を私に聴いて欲しいって言ってきてな。それ以来将志の演奏を聴かせてもらっているよ」

「そっか~、最近上手くなったと思ったらそういうことをしてたんだ♪」

 将志の演奏技術の上達を素直に喜ぶ愛梨。
 その横で、永琳が悔しそうな表情を浮かべた。

「聴いてみたいけど、ここじゃ聴けないわね……外に出られないのがこんなにもどかしくなったのは初めてだわ」

「出られないだと? どういうことだ?」

「……それはこの場では関係ないことよ」

 月の人間に追われている現状、永琳達は発見されるわけにはいかない。
 また、どこに耳があるか分からないため、将志が永遠亭でアコーディオンを演奏することも叶わないのだった。
 そんな永琳に対して、六花が話しかける。

「それじゃあ、最後にここでのお兄様の生活を話してもらいますわよ」

「良いわよ。ここでは将志は基本的にお茶を淹れたり料理をしたりすることが多いわ。後は私の話し相手によくなってくれるわ」

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 永琳の言葉に、全員押し黙る。
 何故なら、ある一点において決定的な違いがあるからなのだった。

「そういえば……」

「お兄様がただ世間話をするだけって、ほとんどないですわね……」

「……いいなぁ……」

「いつも大体は何か用事があったり、実のある話しかしないな……」

 四人は羨ましそうに永琳を見つめる。
 それを受けて、永琳は首をかしげた。

「あら、そうなの? 将志ってあの性格の割には結構おしゃべりだと思っていたけど、違うのかしら?」

「ううん、将志くんはあの性格通り自分からはあんまりしゃべらないよ♪」

「精々が話しかけられたからそれに答える、というくらいだな」

「それ以外は、大体何か別のことをしてますものね」

「そうだよなぁ……」

 実際問題、将志は滅多に自分から話をすることはない。
 基本的に将志は上昇志向が強く、暇があれば自分を磨く性格である。
 そんな彼が取り留めのない世間話をすると言うことは稀なのであった。
 それを聞いて永琳は嬉しそうに笑った。

「ふふっ、それじゃあその点に関しては私のほうが一歩進んでるってことね」

「ふっ、だが、確実に私の方が進んでいる部分もあるぞ?」

「あら、それは何かしら?」

 不適に笑う藍に対して周囲の視線が集まる。
 そして、藍は口を開いた。

「……将志を脱がせて見たことはあるか?」

 その瞬間、一瞬時が止まった。

「……え」

「……藍ちゃん? どういうことかな?」

「……まあ、元はといえばただの事故だったのだがな。この前将志をうちに泊めたときに、うっかり将志が風呂に入っているのを忘れていてな」

「それで、どうしたんですの?」

「仕方がないから一緒に入った。で、ついでだから抱きついてみた。流石に今の将志には刺激が強かったのか、あっという間にのぼせ上がっていたがな。あと、身体を磨く手ぬぐい代わりに私の尻尾を」

 仕方がないにしては、このお狐様ノリノリである。
 やりたい放題な内容に、六花が盛大にため息をついた。

「……何やってますの、貴女は……」

「ん? 少しでも女に慣れてもらおうという真心だ。……まあ、少し刺激が強すぎたかもしれないが」

「貴女は少しという言葉を辞書で調べなおしてきてくださいまし!!」

 悪びれもせずにそう言い放つ藍に、六花が叫んだ。
 六花がそう叫ぶ横で、考え込む姿が二つ。

「将志とお風呂か……」
「兄ちゃんと風呂か……」

「君達も何を考えているのかなぁ!?」

 よからぬことを考える永琳とアグナを愛梨はそう言って止めようとする。
 それに対して、藍が横槍を入れた。

「そうは言うが、私からしてみればお前達が初心過ぎると思うぞ? 将志だって男だ、今はああだがいつ変貌するか分かったものではないし、やはり男女の行き着く先にアレがあるのは確実なわけだからな。まあ、それが全てとは言わないが」

「……あの、私実妹ですわよ……?」

 将志とお揃いの銀髪の実妹がそう言ったが、その言葉は見事にスルーされた。

「ところで、お前は風呂に入って大丈夫なのか? 炎の精だろう?」

「ん~? 兄ちゃんに加護を掛けてもらえば入れねえことはねえぞ? さっぱりしてえ時とか、割と水浴びとかしてっし。そん代わり、兄ちゃんがいねえと出来ねえけどな」

 将志は戦神や料理の神として有名であるが、本分はあくまで守護神である。
 その加護を直接受けていれば、例え炎の妖精であるアグナでも風呂に入れる程度にはなるのだ。
 風呂好きの炎の妖精とは、これ如何に。

「……まあ、いいか。間違いが起きたらそれはそれで……」

「あ、あの~永琳さん? さっきから何を考えてるのかな~?」

 永琳の呟きに愛梨が冷や汗を流しながら問いかける。
 その質問に、永琳は即答した。

「将志の合意が得られたら一緒にお風呂に入ってみようと思っていたのよ」

「いや、でも、恥ずかしくないの?」

「何を恥ずかしがる必要があるのかしら? 私は将志になら全て曝け出せるし、全てを受け止めてあげるつもりでいるわよ?」

 永琳は何も苦にせずそう言い切る。
 その様子から、その言葉が本気であることが見て取れた。

「言い切ったな……」

「当然。二億年間想い続けた相手だもの。それくらい訳ないわよ」

「う、うう~……僕だって、隠し事はしてないもん……」

 平然と言い切る永琳の横で、愛梨が顔を真っ赤にしながら眼に涙をためてそう呟いた。
 その様子に、藍は大きくため息をついた。

「……やれやれ、敵は思った以上に強大だな。これは全力で堕としに掛からないと盗られそうだ」

「あら、宣戦布告するのかしら?」

「ああ。悪いが、将志は私がもらう」

 藍は永琳と愛梨に向かって力強くそう宣言した。
 それを聞いて、永琳は不敵に笑った。

「ふふふ……まあ、精々頑張ればいいと思うわ」

「……随分余裕だな」

「当たり前じゃない。将志は必ず私のところへ戻ってくる、私はそう信じているもの。でもね、それだけじゃまだ足りないのよ」

 永琳はそういうと、ピエロの少女に向かって人差し指を向けた。

「……だから愛梨。私はあなたに宣戦布告する。あなたの持つ相棒の座、いつかこの手に収めて見せるわ」

 そう話す永琳の眼は本気で、将志の全てを欲しがっているようであった。
 それを受けて、愛梨は俯いた。

「……それは譲れないなぁ……ううん、それだけじゃない……僕だって将志くんが好きなんだ、絶対に負けないよ!!」

 愛梨は顔を上げると、そう叫んで相手を見返した。
 その眼には、確かな決意が込められていた。

「ふふっ、それじゃあこの時点を持って戦闘開始……とは行かないのだ、これが」

 藍の言葉に、周囲の人物の力が一気に抜けた。
 訳が分からず、六花が藍に声を掛ける。

「……いったい何だって言うんですの?」

「あの将志のことだ、いつどこで新しく女を引っ掛けてくるか分かったものじゃない。それに将志自身が本当の意味で女に慣れていないし、そもそも興味を持っているかどうかすら怪しい。そこで、だ。将志が女に慣れて、興味がこっちに向くまで共同戦線を張ろうと思うのだが、どうだ?」

 その話を受けて、永琳と愛梨は考え込んだ。

「確かに将志の様子を見る限り、意識はしても興味を持っているとは言えないわね……良いわ、手を組みましょう」

「そうだね♪ 興味を持ってもらえないと、どんなに面白い芸も見てもらえないもんね♪」

「良し、そうと決まれば早速作戦を練ろうじゃないか」

 藍は愛梨と永琳と一緒に今後将志にどう仕掛けていくかを話し合い始めた。
 その様子を、置いてきぼりにされた二人がジッと眺めていた。

「……なあ、俺達ってここに何しにきたんだっけか?」

「……私にはさっぱりですわ……折角ですし、輝夜に追い討ちでも掛ける事にしますわ」

「そっか。んじゃ、俺は散歩でもしてくる。輝夜の姉ちゃんを倒した相手には興味があるし」

 そう言いながら、六花とアグナは座敷から出て行った。




 一方そのころ、銀の霊峰では。

「……お茶でも飲むか?」

 縁側に座っている紅葉の神様に、将志はそう問いかける。
 何故静葉がここにいるかというと、将志が自分が居る幻想郷にいると知って挨拶に来たからである。

「……(こくん)」

「……了解した。しばらく待ってくれ」

 静葉が頷くと、将志は準備をしに台所へと向かう。
 しばらくして、将志は盆に湯飲みとお茶請けの饅頭を乗せて戻ってきた。
 もちろん、饅頭は将志のお手製であり、中身は決して以前幽々子が食べた七色の味ではない。

「……茶が入ったぞ。それから、ついでにこれも食べるといい」

「……ありがと……」

 静葉はお茶を一口飲むと、饅頭を食べ始めた。
 饅頭は少し大きめで、静葉は両手で持って饅頭を食べる。

「……(はむはむ)」

「……美味いか?」

「……(こくこく)」

「……それは良かった」

 静葉が問いに頷いたのを見て、将志は優しく微笑んだ。
 それを見て、静葉は将志の顔を見ながら首をかしげた。

「……前より優しくなった……?」

「……ふふっ、かも知れないな」

 静葉の言葉に将志はそう言って笑う。
 そんな将志に、静葉は寄りかかった。

「……どうした?」

「……この方が楽……」

「……そうか」

 その後、二人は縁側に寄り添うように座りながら日向ぼっこを楽しんだのであった。




「……お師さん……拙者はお師さんが後ろから刺されないかが心配でござるよ……」

 その様子を、門番が不安そうに見つめていたのは余談である。



[29218] 銀の槍、心労を溜める
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/11/20 23:24

 将志が洗い物をしていると、白いドレスに紫色の前掛けをかけた女性が空間の裂け目から現れた。
 将志はその気配に洗い物を中断して振り向くと、その場に固まっている女性に声をかけた。

「……紫か。今日は何の用だ?」

「……ちょっと荒事を頼みたいのよ」

 将志は紫の言葉に小さくため息をついた。

「……また随分と唐突だな。荒事が必要な事態が起きるのか?」

「ええ。というか、ひょっとしたら幻想郷中が大騒ぎになるでしょうね」

 紫は薄く笑みを浮かべながらそう話す。
 それを聞いて、将志の表情が一気に引き締まった。

「……用件を聞こうか。うちの山の連中を総動員するとなれば、それ相応の騒ぎになるはずだからな」

「そうね……まず、最近になって随分と妖怪が増えてきたと思わない?」

「……そうだな……今までこの日の本の国には居なかった妖怪が一気に増えたな」

「そこで、幻想郷自体を結界で隔離しちゃおうってわけよ」

「……相変わらず話の脈絡が繋がらんな……が、そうせざるを得ない事態が迫ってきているのだな?」

 話が繋がらない紫の言葉に、将志は額に手を当ててため息をつく。
 そんな将志を見て、紫は楽しそうに笑った。

「ええ。まあ、これをするともう幻想郷と外の世界を自由に行き来することは難しくなるわ。いえ、実質不可能と見たほうがいいでしょうね」

 紫がそういうと、将志は納得したように頷いた。

「……なるほど、そんなことをすれば妖怪達は黙っては居ないだろうな」

「ええ、だからお願いできるかしら?」

「……結論から言おう、今回に限ってはうちの山の連中も当てには出来ん」

 将志は紫の問いに、眼を伏せながらそう答えた。
 それを聞いて、紫は首をかしげた。

「……どういうことかしら?」

「……確かに、今俺はこの銀の霊峰を統治している。だが、それを成しているのは規律でも法でも力ですらない。あくまで個人の感情なのだ。今回の件、銀の霊峰内で分裂が起きたとしても全く不思議ではない」

 現に将志は銀の霊峰において人員の管理こそすれ、特に規律も戒律も布いていない。
 将志は何をしていたかと言えば、積極的に下の様子を見に来て話をしていた。
 銀の霊峰の妖怪にとって、将志は指導者であると同時に、目標であり友人でもあるのだ。
 将志が心を取り戻してからと言うもの、その繋がりはさらに強化されていたのだった。
 しかしそれ故に、彼らを縛れるものは何もなかった。
 紫はそれを聞いて扇子を口元に当てながら話を続けた。

「それは貴方が見限られるということかしら?」

「……どうだろうな。見限る者も居るだろうし、説得を試みるものもいるだろう。いずれにせよ、一度話し合う必要性がある」

「そうね。この結界は妖怪達のための物。それを理解させるのは難しいかもしれないけど、根気良く説得しなければね」

「……そうだな。ところで、この結界に関して質問なのだが、どこまでが範囲になるのだ?」

「そうね……東の果ては博麗神社、というところしか決めてないわ。後は人里と妖怪の山、銀の霊峰、太陽の畑、冥界、地底の入り口、迷いの竹林、魔法の森……主立った所はそれくらいね」

 将志はそれを聞いて安堵した。
 もし、迷いの竹林が対象外になっていた場合、将志は永遠亭の存在がバレるのを覚悟で頼むつもりであったからだ。

「……もう一つ質問だ。妖怪や人間にはどう説明するつもりだ?」

「そこが一番の問題ね……人間は良いのよ。まだ理屈で分かってくれる人が多いし、反発しても押さえ込もうと思えば抑え込めるから。問題は妖怪達なのよね。外から人間をさらって来る者からすれば、死活問題になりかねないものね」

「……だが、そこはもう考えてあるのだろう?」

「もちろん。世の中には神隠し、と言う言葉があるものよ」

 それは妖怪の食糧問題に対する解決策を端的に示した答えだった。
 しかし将志の表情は晴れない。

「……それはさておき、本気でどうするつもりだ? 確かに解決策は用意してある。だが、相手を納得させられるかは別問題だ」

「そうなのよね……これだけやれば十分と思うのだけど……」

 その紫の発言に、将志は首をゆっくりと横に振った。

「……一つ言っておこう。いくら説得しても、絶対に全ての妖怪達を納得させることは出来ない。これは確実だ」

「……それは何故かしら? 自らの存在は保障されるし、食料にも困らない。その上で何故?」

 紫は薄ら笑いを浮かべながら将志に問いかける。
 将志は額に手を当てて、呆れ顔で答えた。

「……分かっていて言っているだろう? 妖怪の最大の敵は退屈だ。人間をさらってくることを生きがいにしている妖怪は間違いなく反発するぞ」

 将志のその言葉に、紫は陰鬱な表情でため息をついた。

「はあ……そうよね……その一点だけがどうしても解決できないのよ……ねえ、その辺りここの人達で何とかならない?」

 紫は将志に人間をさらうと言う行為を妖怪との闘争で代用できないか訊いてみた。
 しかし、将志は首を横に振った。

「……無理だ。妖怪と人間では違いすぎる。相手と戦うのと、玩具で遊ぶのとでは違うものだ」

「あら、まるで人をさらったことがあるかのような言い回しね?」

「……実際にさらったことがあるが?」

 将志がそういうと、紫は眼を点にした。
 今までの将志の行動原理から言って、人をさらう要素が全くないからである。

「……はい? いつ?」

「……随分と前に、この神社を建築する時だ。作業的なものではあったが、周囲に見つからずに人をさらって来るというのは、今思えばなかなかに面白いものだったぞ?」

 将志はそういうと、当時を思い出して楽しそうに笑った。
 紫はそれを見て乾いた笑みを浮かべた。

「……良くそれが癖にならなかったわね?」

「……ははは、当時の俺は愚直な虚け者だったからな。それに、俺はやはり強者と戦ったほうが楽しい」

「そうよね、貴方はそういう人だったわね。それにしても、何とかならないものかしら……」

 将志が発した言葉に、紫はため息をつきながら肩をすくめた。

「……まあ、それに関しては後でいいだろう。一番の問題は結界を張ることだ」

「ええ、そうね。当日、間違いなく妨害しようとするでしょうね、反対派は」

「……それを防ぐのが俺達の役目だ。味方もきっと少なくはないだろう。古くから存在する理知的な妖怪は味方についてくれることだろう」

「お願いするわ。貴方達のことは信頼しているわよ」

 将志と紫はそういうと笑いあった。
 しばらくすると、紫は将志に対して質問をした。

「……ところで、その格好は何?」

「……む? 服が汚れないようにする前掛けだが?」

 今の将志の服装は、いつもの小豆色の胴衣に紺色の袴、そしてピンク色のフリルが付いたエプロンだった。
 紫はその珍妙な格好に引きつった笑みを浮かべる。

「……どこで手に入れたのかしら?」

「……大陸からやってきた妖怪からだ。服に油染みが付いたりしなくて助かる」

 ちなみに、エプロンを送った妖怪は将志が家事をしているなどとは欠片も思っておらず、美的センスも正常であることを明記しておく。

「そ、そう……それじゃあ、他のところに説明に行かせてもらうわね」

 将志は紫がスキマに入っていくのを見送ると、洗い物を再開した。






「……ということなのだが、お前達はどう思う」

 しばらくして、将志は銀の霊峰の重鎮達を集めて説明を行った。
 意見を求めると、全員黙り込んだ。

「……正直に言うと、俺はあんまりその結界を張るのは乗り気じゃねえ。乗り気じゃねえが、大将の言うことも良く分かる……俺は大将に合わせる」

 一人は苦い顔をしながらそう答える。

「私は聖上に付き従うのみだ」

 一人は無感情で淡々と答える。

「御大が納得しているなら特に言うことはない。だが、全ての者が納得するとは到底思えないな」

 一人は賛同しつつも不安な点を指摘する。

「そのときは我々で殿を支えるべきであろう。某は殿に最後まで使える所存であります」

 一人は将志の前に跪き、そう言いながら忠誠を誓う。

「……この山の連中は任せたぞ……離脱者も含めてな」

 将志はそれらの声を聞くと、眼を閉じたまま立ち上がり、そう言って部屋から立ち去った。
 その声には、自分を支えてくれる面々への感謝の意が込められていた。



 将志が説明をしてから数日たった。
 将志が危惧したとおり、銀の霊峰は結界賛成派と反対派に分かれ、対立を始めていた。
 その結果、反対派は銀の霊峰を出て行き、ストライキを始めたのだった。
 そんな中、本殿では将志達が集まって話し合いを始めようとしていた。

「……兄ちゃん……ここも、随分と寂しくなっちまったな……」

「……そうだな……」

 寂しそうにそう話すアグナに将志は呟くようにそう返す。

「……結界に反対のみんなは出ていっちゃったもんね……」

 寂しげな二人に合わせるように愛梨が口を開く。
 そんな中、六花が折りたたまれた紙を持ってやってきた。

「お兄様、反対派から嘆願書が届いてますわよ」

 六花の持つ紙には、結界に対して考え直すようにと言う訴えが書かれていた。
 将志はその嘆願書に眼を通すと、力なく首を振った。

「……だが、俺達はそれに答えるわけにはいかない。あの結界には、妖怪の未来が掛かっていると言っても過言ではない。この結界だけは絶対に実施せねばならんのだ」

 将志がそういうと、六花が深々とため息をついた。

「それをお分かりいただければ、反対なんてすることはないでしょうに……よくも悪くも、妖怪には刹那主義が多いですわ」

「……いずれにしても、俺達のやることは変わらない。相手が誰であれ、全力で当たるのみだ」

「現実問題として、抑えきれますの?」

「……約半分が抜けたとはいえ、銀の霊峰にはまだ古くから付き合っている連中が残っている。戦力的には抜けた連中を抑えるには十分だ。それに、妖怪の山の天狗達は全員が味方だ。……恐らく数としては遅れを取るだろうが、やってやれないことはない」

「話は大体分かったでござるよ。それで、この五人だけで集まったと言うことは我々は特別にすることがあるんでござろう?」

「……ああ、そうだ。俺達は藍とともに結界を張る儀式を行う場所、博麗神社の最終防衛線を担当する」

 将志は自分達に課せられた任務を伝えた。
 その任務の重要さから、紫の将志への厚い信頼を感じられる。

「……となると、そこまでやってくるような妖怪はそれなりの強さを持っていますわ。それを食い止めるのが私達の仕事と言うわけですわね」

「……そうなるな」

 六花はそういうと陰鬱なため息をついた。
 本来戦いが嫌いな六花にとって、どうしても戦わなくてはならない今回の事件は欝なものであった。
 将志はそれを見て苦笑いを浮かべた。

「ところで、実際にどういうふうに守るんでござるか? 最終防衛線と言っても、この人数しか居ないんでござるよ?」

「……そのあたりのことは特に気にする必要はない。妖怪の山の戦力を鑑みれば、俺達のところに来るのはほんの一握りだろう。余程のことがない限り、俺達のところまで来ることはないだろう。だが、ここにはまだ俺達も知らない強者が存在する可能性がある。ゆめゆめ警戒を怠らないことだ」

「う~ん、その一握りが怖いね……最近になって、強い妖怪がどんどん集まってきてるからね……」

 現在、外から流れてくる妖怪の数が格段に増え始めていた。
 欧州などでは産業革命が始まり、科学の進歩によって幻想は事象に成り下がっていった。
 それにより、力の強い妖怪達まで勢力をどんどん弱めていき、幻想郷に流れ着くようになったのだった。
 その話を聞き、涼はため息をついた。

「それだけ外では妖怪が住み辛くなって来たってことでござるか……」

「……住み辛くなったのではない。住めなくなったのだ。愛梨なら分かるだろう? 信じられなくなり、迷信へと落ちた妖怪の末路を」

「うん……存在できなくなって、消えちゃう……妖怪って、信じてもらえないと存在できないからね……」

 愛梨はそういうと悲しげな表情を見せた。
 その表情は、どんどんと力を弱めていく妖怪達の行く先を憂いているようであった。

「なあ、いったい何が起きてんだ? 今までそんなこと全然無かったじゃねえか」

 何が起きているのか分からないアグナが、将志に質問をぶつける。
 すると、将志は台所から卵を取り出した。
 将志はその卵を手のひらに置くと、アグナに話しかけた。

「……例えばだ。ここにゆで卵がある。これに力を加えると、卵は宙に浮かぶ。アグナ、このときに俺は何をしたと思う?」

 将志は手の上のゆで卵に手をかざし、ゆで卵を宙に浮かせる。
 その様子は、手のひらの上で触れてもいないのにゆで卵が上下しているように見えた。

「ん~? 卵を妖力だか神力で浮かせたんじゃねえの?」

「……実際はこうだ」

 将志はそういうと、ゆで卵を側面から見せた。
 すると、かざしていた手の親指がゆで卵に突き刺さっていたのが見えた。
 それに対して、アグナは呆気に取られた表情を見せた。

「何じゃこりゃ? 指を突き刺して持ち上げただけか?」

「……その通りだ。さて、もう一度やってみよう。さあ、どう思う?」

 再び将志は手の上のゆで卵を宙に浮かせる。
 それを見て、アグナは呆れた表情を見せた。

「んあ? どうせまた指差して持ち上げただけだろ?」

「……では、こっちに来て見てみるがいい」

 将志はそういうとアグナを呼び寄せた。
 すると、今度は卵に指は刺さっておらず、正真正銘ゆで卵は宙に浮いた状態であった。

「ありゃ、今度は指刺さってねえな? 今度は妖力か」

「……こういうことだ。人間は自分では理解できないことが自分で起こせると知ると、その事象を全て自分の知識の中で完結させてしまう。すると、妖術や魔法などと言ったものは夢幻のものとされ、信じられなくなる。今、人間の世界で起こっているのはそういうことだ」

「でも僕達がまだあの町に居た時、人間は何でも出来たけど妖怪はちゃんと生きていられたんだよね……」

「……ああ。当時は妖怪はもっと人間に近かったからな。妖怪学などという学問すらあった程だ。何故なら、当時の人間は妖怪に立ち向かってきていたからだ。それに比べて、今の人間は妖怪から逃げ続けている。……いずれ、人間は妖怪の存在を忘れ去る。それを防ぐのが今回の結界なのだ」

 愛梨は過去への憧憬を込めて呟き、将志はそれに対して言葉を紡ぐ。
 かつて、人間は誰もが妖怪を恐れていて、誰もがそれに対抗する術を持っていた。
 妖怪もまた全てが強い人間と戦わなければならなかったため、隠れたりすることなどはなく、今よりも堂々としていた。
 と言う事は、お互いの生活の一部に相手が必ず関わるということであり、ある意味での共存関係が築かれると言うことである。
 この状態では妖怪が忘れ去られることはなく、人間も妖怪も競争関係で存在することが出来る。
 しかし、現在の人間は妖怪退治を一部の人間に依存し、妖怪もまた弱い人間ばかりを襲う者は退治屋を恐れて身を隠してしまう。
 つまり、今の妖怪は昔に比べて人間から遠く離れてしまっているのだ。
 そこに科学の発展が始まり、説明の付かなかった現象が次々と人間の解釈で解明されていく。
 すると、例え妖怪が起こしたことでさえ科学で説明されてしまい、逆に妖怪の仕業だとすると異端とされた。
 もはや、外の世界では妖怪は消え去りつつあった。

「そういえば、いつそれが実施されますの?」

「……紫の計画では五日後だ。それまでの間、幻想郷内は荒れるぞ」




 将志の言葉どおり、その間幻想郷は大荒れになった。
 妖怪達は発案者である紫を探そうと血眼になっていた。
 一方、将志のところにも妖怪は次々と押しかけ、山のように嘆願書が送られてきた。
 将志は精神をすり減らしながらもそれに真摯に対応し何とか宥めようと努力したが、上手くいかなかった。
 そしてそのまま時間は流れ、結界を張る当日になった。

「……反対勢力の様子はどうだ、紫?」

「正直に言うと、あまり芳しくないわね。私達が説明するよりもずっと速く妖怪達に広まってしまったわ。そのせいで、反対派の勢力は大きく膨れ上がってしまったわね」

 そう話すお互いの顔には若干の疲れが見えていた。
 双方共に妖怪達の対応に追われ、碌に休めていないのだ。

「……仕方の無いことだ。こう言っては何だが、妖怪の大部分は先のことなど考えないからな。そういった連中には、力で分からせるしかないからな」

「そうね。その時のために、貴方達は居るんですもの。それじゃあ、今日は任せたわよ」

「……ああ。任せてくれ」

 将志は紫にそう言って頷くと、愛梨達が待つ場所へと向かう。
 その後ろから、藍が追いかけてくる。

「将志。紫様に今日はお前の指揮下に入るように指示された。私はどうすればいい?」

「……藍か。藍は六花と組んで左翼を守ってくれ。基本的に遠距離でけん制して、抜けてくるような奴は六花が接近戦を仕掛けられるように援護して欲しい。あとは六花とその場で判断をしてくれ」

「と言うことは、僕は涼ちゃんと組めばいいのかな?」

 将志が藍と話していると横から愛梨が割り込んできた。
 その言葉を聞いて、将志は思わず笑みを浮かべた。

「……ふふっ、流石に分かっているな。涼は相手を引き付けるのが上手いから、涼が捌き易い様に援護してやってくれ。集まってきたら、一気に畳み掛けてやれ。右翼は任せたぞ、相棒」

「キャハハ☆ 任せといてよ♪」

 愛梨は嬉しそうにそう言って笑うと、涼のところに飛んでいった。
 それを見送っていると、将志は藍が自分のことを見つめていることに気がついた。

「……どうした?」

「いや、私にも何か一言欲しいと思ったのだが……」

 藍がそういうと、将志は小さくため息をついた。

「……お前に掛ける言葉はない。俺はそれ程にお前を信頼している」

「ふふっ、それだけ聞ければ十分だ。それじゃあ幸運を祈るよ、将志」

 藍もまた、嬉しそうに笑いながらそう言って飛んでいく。

「そういえば、指揮官の言葉で兵の士気は上がると本に書いてあったな……今度何か上手い口上でも考えておくか……」

 それを見て将志が見当違いのことを考えていると、小さな少女が将志の袖を引く。

「なあ、兄ちゃん。俺はどうすりゃ良いんだ?」

「……俺達のところは来るとすれば相当な手錬だ。アグナは無闇に攻め込まず、相手の出方を見ろ。もし、戦ってみて強いと思った者が居たら俺に向かって火を放て。封印を解いてやる」

「最初から解かないのは何でだ?」

「……お前の役目は相手の霍乱だ。相手は間違いなく俺を狙ってくるが、お前が本来の力を出すと敵が分散してしまう。それを防ぐためにしばらくは力を抑えたまま戦ってもらう。そして、もしお前が本気を出すに値する相手が出てきたら思いっきり暴れてやれ。お前は俺の今日の相方であると同時に切り札でもある。頼りにしているぞ、アグナ」

 将志はそう言いながらアグナの頭を撫でる。
 すると、アグナはくすぐったそうに笑った。

「へへっ、そうまで言われたら頑張んなきゃな!!」

「……ああ。さて、そろそろ配置に着くとしよう」

「おう!! 兄ちゃん、手繋いでくれっか?」

「……ふふっ、お安い御用だ」

 差し出された小さな手を、将志は優しく掴む。
 そしてそのまま配置に着いた。



 長い一日が始まろうとしていた。



[29218] 銀の槍、未来を賭ける
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/11/22 16:27
「くぅ……!! 流石に多いでござるな!!」

 波のように押し寄せてくる妖怪達を、涼は十字槍や霊力弾で撃退していく。
 涼の攻撃は全体にばら撒くようになっており、妖怪達を引きつけている。

「頑張って、涼ちゃん!! 僕達が崩れたら将志くんが大変だよ!!」

 その涼が撃ち漏らした妖怪を伍色の弾丸で撃墜しながら、愛梨は援護する。
 愛梨の弾幕は苛烈で、一匹たりとも逃しはしない。

「何のこれしき!! お師さんの全力や鬼の四天王を相手にする方が余程きついでござるよ!!」

「うん、その意気だよ!!」

「下がれ!! ここから先には誰一人して通さんぞ!!」

 涼が気合と共に槍を薙ぎ払うと、近くに居た妖怪達が一気に墜落していく。

「やるね~!! でもまだ先は長いよ!! もっと落ち着いて♪」

 愛梨はそれを確認すると、涼に向かってそう言いながら弾幕を張り続けた。




「ああもう!! 次から次へとしつこいですわよ!!」

 敵の群れの中を銀の線が無数に駆け巡っていく。
 その線が走るたびに、妖怪は地に墜ちて行く。
 六花は半ばうんざりしながらも、ひたすらに妖怪達の中を駆け巡っていた。

「六花!! 私もいるのだからそんなに突っ込むこともないだろう!!」

 そんな六花に、藍は援護射撃を加えながら声をかける。
 藍は激しく動き回る六花の邪魔にならないように藍色の弾丸を撃ち込んでいく。

「違いますわよ!! 貴女がいるから突っ込むんですわよ!! 漏らした分は任せましたわ!!」

「そういう問題じゃないだろう!! お前に怪我させたら将志に何を言われるか!!」

「心配には及びませんわ!! 私、この程度の相手に負けるほど柔ではありませんもの!!」

「だから、それじゃあ持たないというのに!!」

 六花と藍はそんな言い争いを続けながら、次々と相手を落としていくのだった。




 一方、こちらは博麗神社の真正面の道。
 そこでは銀の槍を振るう青年と、灼熱の炎で敵を倒していく小さな少女の姿があった。

「……はあああ!!」

 銀と黒の弾丸が戦場を飛び交い、次々と撃墜していく。

「さっすが兄ちゃん♪ 余裕そうだな!!」

 橙と蒼白の炎の玉が、迫り来る敵を焼いていく。

「……アグナもまだ平気そうだな」

「にしても、何か思ったよりも敵が少ねえな。兄ちゃんを怖がって送らなかったのかな?」

 まだらにしか現れない敵を見て、アグナはそう呟いた。
 それに対して、将志は状況を分析して答えた。

「……いや、違うな。俺達は自分達の配置をそれぞれの攻撃で明確に示している。相手はここに俺とアグナが揃っているのを知っているはずだから、このようにアグナ一人で抑えられるような戦力しか送ってこないというのは考えられない。と言う事は、俺かアグナのどちらかを一人で縫い付けられるような相手が出てくるということだ」

「ああ。そのとおりだ」

 正面からかけられた声に、将志とアグナは顔を上げる。
 そこには見上げるような大きな人影があった。
 その人影は銀の毛並みを持っており、鋭い爪と牙を持っていた。

「……その身体……人狼か。お前も結界を阻止しに来たのか?」

「如何にも。その為にも、貴様を倒させてもらう」

「……説明は聞いていたのか? この結界を張る意義は伝えたはず。妖怪の末永い繁栄のためには、この結界は必要なのだ」

「ああ、知っている。妖怪が消え去らないように、外の世界からこの幻想郷を隔離するのだろう?」

「……では、何故結界を阻止しようとする?」

「知れたこと。人間を襲うことこそ、我々の生きる意義であり、最大の誇りなのだ。それを失ってなお生きるのは、少なくとも俺には生き恥をさらすだけとしか思えん。そうまでして生きるくらいなら、俺は誇りを抱いて消え去ることを選ぶ!!」

「……成程……自らの命と誇りを天秤にかけ、その上で出した結論か……」

「その通りだ。貴様とて妖怪だ、分かるだろう!! 自分の存在意義を貫くことが、どれほどのものか!!」

 人狼は将志に叫ぶように主張した。
 将志は眼を閉じ、それを聞き入れる。

「……ああ。妖怪として、それに拘るのは正しいことだ……俺も、そう信じて生きてきた」

「ならば、何故このようなことをする!! 何故我々の邪魔をするのだ!!」

「……それだけでは不完全だからだ。かつて俺は自らの主を守ることを存在意義とした妖怪だった。他の事を考えず、ただがむしゃらに主を守るためだけに生きてきた。だが、それでは駄目だったのだ。ただ己の存在意義のためだけに生きるということは無意味だと知らされたのだ」

「貴様……我が存在を無意味と言うか!!」

「……ああ。ただそれだけのために生きると言うのであればな。お前は何の為に生き、人を襲う?」

「決まっている!! 我等が人狼の誇りのためだ!! その誇りこそ、我等が生きた証なのだ!! それを残すことこそ、俺が生きる意味だ!!」

 人狼はどこまでもまっすぐな眼で将志に訴える。
 それを聞いて、将志はそっと眼を開けた。

「……そうか……ならばその生き様は無意味ではあるまい。だが、俺とて生き続けなければならない身だ。お前が誇りに全てを賭けるように、俺は自分の未来に全てを賭ける。故に、お前の言うことは聞いてはやれん」

「……やはり言葉では分からぬようだな」

「……当然だ。お互いに譲れないものがある以上、言葉を交わすのは無意味だ。となれば、やることは一つしかあるまい?」

 お互いに構える。
 人狼は己の牙と爪を、将志は手にした槍、『鏡月』の刃を向ける。

「良いだろう……俺の人狼の誇りと、貴様の未来への想い、どちらが上か確かめよう……我が名はアルバート・ヴォルフガング。俺は人狼の長として、人狼の誇りを賭けて貴様を倒す!!」

「……建御守人、槍ヶ岳 将志。俺が賭けるのは妖怪の未来だ……覚悟は良いな?」

「上等だ……行くぞ!!」

「……来い!!」

 その言葉と共に、二つの影が交差する。
 将志はスピードでアルバートを翻弄するが、アルバートは攻撃を受けながらも将志に迫っていく。
 横では、アグナが激しくぶつかり合うその姿を眺めていた。

「兄ちゃん、強い奴に当たったなあ……」

 アグナは将志とアルバートの戦いをジッと眺める。
 しばらくすると、新たに妖怪がやってくる気配を感じ、その方を向いた。

「……お~い、お前ら。兄ちゃんの戦いを邪魔すっと火傷するぜ?」

 アグナはそういうと炎の弾丸をばら撒いた。
 妖怪の群れはアグナの炎に焼かれて次々と墜ちて行く。

「……ん?」

 そんな中、アグナは強烈な気配を感じてその方向を見た。
 そこには、何やら大きな黒い球状のものが浮かんでいた。
 周囲の光を吸い込んでいるそれは、アグナに強い力を感じさせた。

「……強いのが居るなあ……う~ん、封印されたまま勝てっかな~……」

 アグナはその闇の塊を見てそう呟く。
 球状の闇はゆっくりとアグナに近づいてきていた。
 アグナは戦っている将志をチラリと見ると、困ったようにため息をついた。

「あ~……兄ちゃんの邪魔はしたくねえんだけどなあ……っとぉ!?」

 攻撃の気配を感じてアグナは飛び退く。
 すると、アグナが居たところを太い光線が通り過ぎていった。

「あら、可愛い見た目の割りに良い勘してるわね」

 アグナの頭上から大人の女性のアルトの声が響く。
 その方向に眼をやると、女性はゆっくりとアグナの目の前に降りてきた。
 女性は緑色の髪で、白いブラウスに赤いチェック柄のベストとスカートといった姿で、手には白い日傘を持っていた。

「いきなり何すんだ!?」

「何すんだ、ってここは戦場よ? いつどこから攻撃が飛んできてもおかしくないでしょう?」

 アグナの言葉に、女性はにこやかに笑いながらそう答えた。
 それを聞いて、アグナは身構えた。

「……てことは、俺とやる気なんだな?」

「ええ。ちょうど退屈してたとこだし、貴女には暇つぶしに付き合ってもらうわよ?」

 女性はそういうとアグナに日傘の先を向ける。
 その横に、球状の闇が降りてきた。

「ふふふ……思わぬ援軍が現れたわね……」

 闇の中からソプラノの声が聞こえてくる。
 女性は近づいてくる闇に対して眼を向けた。

「何? 邪魔をするつもりかしら?」

「……いいえ、私は一切手出しをする気はないわ。私は貴女が負けたときのための保険と思ってくれればいいわ」

 闇の中からの声に、女性の顔が不機嫌そうに歪む。

「……気に入らないわね。私が負けるとでも言いたいのかしら?」

「さあ? 私はただ思ったことを言っただけ。貴女の勝ち負けなんて関係ないわ」

「……あの子を手折ったら、次は貴女を相手してあげる。精々首を洗って待ってなさい」

 女性はそういうと、再びアグナのほうを向いた。

「ちっ……やるっきゃねえか」

 アグナは目の前の二人の強敵を前にして、そう呟いた。
 その言葉には、全力を出せないもどかしさが含まれていた。

「燃えろぉ!!」

 アグナは女性に向かって前方上下左右から炎の弾丸を飛ばした。

「おっと、なかなかやるわね」

 女性は日傘を開いてそれを受け止めながら躱す。
 その女性に、アグナは炎を操って前後左右上下から揺さぶりを掛けるが、全て日傘に阻まれる。

「ちっ……今一つ押し込めねえな……全力ならあの日傘ぶち抜けるかも知れねえのになあ……」

「そらそら、避けてみなさい!!」

「だぁ~!! 無いものねだりしてもしゃあない!! やってやらぁ!!」

 アグナの戦いはどんどん激化していく。

「ふふふ……」

 その横に、暗闇が不気味に浮かんでいた。





「……あれは……!? くっ、アグナ!!」

 将志はアグナの横に浮かんでいる闇を見て、表情を変えた。
 そこから感じられる力は強大で、今のアグナよりも大きいものだったからである。

「余所見をしている場合か!!」

「……ちっ!!」

 繰り出される爪を、将志は紙一重で避ける。
 そしてそのまま相手の背後へと回りこんだ。

「……うおおおおおお!!」

 がら空きの背中を将志は連続で突く。

「ぐううううっ!!」

 しかしアルバートは呻るだけであり、即座に振り向いて攻撃を仕掛けた。

「……ちっ……なんと言う耐久力だ……」

「……まだだ……我が誇り、この程度のことでは倒れはせん!!」

 アルバートは一心不乱に将志に攻撃を仕掛けてくる。
 その身体は傷だらけであり、身体には銀の槍が数本突き刺さっている。
 しかしその速度や力は全く変わっていない。

「……くっ!!」

 将志はアグナのほうに時折眼をやりながら攻撃を仕掛ける。
 しかし、その隙を逃さずアルバートは反撃する。

「どうした!! 仲間を気にかけている場合か!!」

「なら、気にならなくさせてやるよ」

「……!?」

「ぐあああっ!?」

 突如として、アルバートに向かって朱色の炎が踊りかかった。
 その炎に焼かれて、アルバートは下に落ちていく。
 それを見送る将志の隣に、炎の翼を生やした少女が降りてきた。

「よう、将志。大変そうだな」

 妹紅はそう言って片手を挙げて挨拶をする。
 目の前に現れた援軍に、将志は首をかしげた。

「……妹紅か? どうしてここに?」

「どうしても何もあんたを手伝いに来たんだけど?」

「……何故だ? 人間にはあまり関係のない話なんだが……」

「妖怪が消えるってことはあんたも消えるってことだろ? そんなことで勝手に消えられて勝ち逃げなんてされたら困るんだよ。あんたが消える時は、私の炎で消えてもらわなきゃならないんだからな」

「……ふふっ、俺なら大丈夫だ。それよりもアグナをここに連れてきてくれ」

 妹紅がそういうと、将志は楽しそうに笑った。
 しかしその視線は下で燃えている人狼の王から眼を離していない。

「アグナ……ああ、あいつか。よし、少し待ってろ」

 妹紅は上で戦っている炎の精を視認すると、そこに向かって飛んでいった。



「っとぉ!!」

 日傘から放たれる太い光線を、アグナはスレスレで避ける。
 その反撃として、炎の矢を雨のように降らせた。

「あはは、なかなかやるじゃない。さあ、避けてごらんなさい!!」

 その炎の雨を女性は楽しそうに潜り抜けながらアグナに対して弾幕を張る。

「ちっ……このままじゃヤベェな……もう一人いるっつーのに……」

 アグナは弾幕を避けながら、そう言って苛立ちを露にした。
 そんな中、下のほうから火の鳥が女性に向かって突っ込んできた。

「邪魔だ退けええええええ!!!」

「くっ!!」

 女性は身を翻してそれを躱す。
 すると火の鳥は、アグナを守るように前に下りてきた。

「……誰かしら、私の邪魔をしてくれたのは?」

 女性は突然の乱入者に笑顔を向ける。
 しかしその眼は笑っておらず、怒りが灯っていた。
 それに構わず、妹紅は相手をジッと見つめる。

「その格好、誰かと思えばあんたか。噂は聞いているよ、風見 幽香」

 妹紅は妖怪退治屋をしていた時、この妖怪の噂を耳にしていた。
 その相手を、妹紅は油断なく見ながらアグナに近寄る。

「なあ、姉ちゃんはどうして……」

「将志が呼んでる。さっさと行って来い」

「お、おう」

 アグナは妹紅にそう答えると、将志のところに飛んでいく。
 すると、それを見送った幽香から声が掛かった。

「さてと……まさか邪魔をしておいてタダで帰れるとは思ってないわよね?」

「もちろん。私もついでに腕試しをしようと思っていたところだったから、むしろちょうど良いさ」

 幽香の言葉に妹紅は微笑を浮かべて答える。
 それを受けて、幽香は面白そうに笑った。

「ふうん……私で腕試しとは、良い度胸ね」

「はっ、あんたぐらい超えられないと目指す背中には追いつけそうもないからな。あんたにゃ悪いが、勝たせてもらうぞ!!」

「……上等!!」

 その直後、炎と弾幕がぶつかった。




「兄ちゃん!!」

「……アグナ、無事でよかった」

 飛んでくるアグナを、将志は抱きしめる。
 それに対して、アグナはくすぐったそうに笑う。

「んにゅ……抱きしめてくれるのは嬉しいけど、今はそれどころじゃねえだろ?」

「……分かっている。アグナ、今からお前の封印を解く」

「おう!! 頼んだぜ、兄ちゃん!!」

 将志はそういうとアグナの髪を結っている青いリボンに手を伸ばした。
 将志が手をかざすと、リボンは独りでに解け、将志の手に収まった。
 するとアグナの足元から炎が噴出し、大きな火柱を上げた。

「……へへっ、久しぶりだぜ、この感覚……いや、前より調子がいいな」

 火柱が収まると、中から腰まで伸びる燃えるような紅い髪の女性が現れた。
 その姿は幼いものではなく、成熟した女性の姿だった。

「……そのようだな。見た目からして既に違う」

「は? ……ってうおおおおおおお!? なんか色々でっかくなってやがる!? これじゃあ足元見えねえぞ!?」

 将志に指摘されてアグナは自らの全身像を見回し、驚きの声を上げる。
 アグナの成長は、十歳児が突然二十台半ばの女性に変わった様なものなのだから当然であろう。

「……慌てるのは後だ。お前にはあの闇を相手してもらわなければならない。頼めるか?」

「おう!! 今の俺なら、あんな奴楽勝だぜ!! んじゃ行ってくる!!」

 アグナはそういうと、先程から傍観していた闇の塊のところまで飛んでいく。
 その一連の様子を、闇の主がため息混じりに眺めていた。

「やれやれ、思わぬ援軍が来たのは向こうも一緒か。あの槍妖怪を抑え込めれば楽勝だと思ったんだけどな」

「へえ……俺を見てもまだそんなことが言えるか?」

 アグナの周囲には、橙と蒼白の炎が取り巻いている。
 それはアグナを覆い隠すほどの強さで、封印を解く前とは段違いの力を見せていた。
 すると、闇の中から気だるげな声が聞こえてきた。

「はあ……めんどくさいことになったわね。本当は貴女を速攻で倒して槍妖怪のところに行きたかったけど……」

「兄ちゃんのところには行かせねえよ?」

「……これだものね。ちょっと激しい運動になりそう」

「ちょっとねえ……ま、どうでも良いや。舐めて掛かってくるなら勝手に燃え尽きるだろうし」

「言ってくれるじゃない。まあ、確かに手を抜いて勝てるような相手じゃなさそうだけどね」

 闇の中からの声は相変わらず気だるげである。
 その声に、アグナは不敵に笑った。

「へへっ、せっかく封印まで解いたんだ、あっさり終わってくれんなよ? そうだ、一応名前聞いとこう。俺はアグナだ。あんた、なんて言うんだ?」

「ルーミアよ。貴女のほうこそ、つまらない戦いはしないでね?」

 アグナの名乗りに、闇の主、ルーミアは少し楽しげにそう名乗った。
 それを聞いて、アグナは声を上げて笑った。

「ははは、そいつに関しちゃ心配ねえよ。魂まで熱く焦がしてやるぜ!!」

 アグナはそういうと、目の前の深淵の闇を照らし出すべく炎を放った。



 妹紅とアグナの戦いを、将志は下から見上げる。
 二人の炎使いは白熱した攻防を繰り広げていた。

「……やはり、あれで終わってはくれんか」

「当たり前だ。我等人狼の誇り、あの程度の炎で燃え尽きはせん」

 将志の呟きに背後から声が聞こえる。
 振り向くと、そこには無傷の銀の人狼が居た。

「……一つ訊いても良いか?」

「……何だ?」

「何故貴様はあの娘に任せて自分で仲間のところへ行かなかった?」

 アルバートは将志にそう質問をする。
 効率だけを取るのならば、自分を妹紅に任せ、将志がアグナの元に行くほうが上策であった。
 しかし、実際には将志が自分を監視し、わざわざ戦っているアグナをこちらに呼び寄せるという無駄の多い策だったのだから、当然の疑問であろう。

「……その必要がなかったからだ。妹紅もアグナも、そう簡単にやられるような隙を見せたりはしない。それに、お前は自らの誇りに全てを賭けて俺に挑み、俺は妖怪の未来を賭けてそれを迎え撃った。だというのに、俺が退くようでは妖怪の未来を投げ出すことになるし、お前にとっても侮辱になる。生憎と、俺はもう合理性を求めるだけの機械ではないのでな」

 その質問に将志は淡々と答えた。 
 将志のとった行為は、アルバートの持つ人狼の誇りを貶めぬようにするためのものだったのだ。
 その回答を聴くと、アルバートは将志に深々と礼をした。

「……感謝する。ならば、そんなお前に敬意を表して全力を尽くすことを約束しよう……できることならば、もっと違う形で出会いたかったものだ」

「……全くだ」

 将志とアルバートはそう言ってお互いに感傷に浸る。
 二人の場を沈黙が支配する。

「……行くぞ!!」
「……行くぞ!!」

 そして、沈黙を破って二つの銀が交差した。



[29218] 不死鳥、繚乱の花を見る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/11/25 19:27

 空が百花繚乱に染め上がっていく。
 色とりどりの花が空を覆っては、朱の鳥がそれを喰らい尽くしていく。

「ふうん……人間にしてはやるわね」

 その様子を、興味深そうに眺めながら幽香はそう呟いた。

「そっちは流石ってところだな。けど、私が戦えないわけじゃなさそうだ」

 その言葉に対して、妹紅も余裕を持って答える。
 すると、幽香は妹紅に笑い掛けた。

「ええ、そうね。こっちも退屈はしなさそうだし、遊んであげるわ」

「ふっ、舐めて掛かってると足元すくわれるぞ!!」

 そう掛け合うと同時に、再び二人の間に弾幕の花が咲く。
 幽香はその場からあまり動かず、ゆったりとした動作で朱色の炎を躱していく。
 対する妹紅は多少の被弾を気にせずに、幽香に猛攻を仕掛けていく。

「そこっ!!」

 突如として素早い動きを見せた幽香が、炎の川を潜り抜けて日傘を振り下ろす。
 妖怪の怪力で振り下ろされたそれは、風を切る音と共に妹紅の頭頂部を狙う。

「ぐっ……」

 妹紅は腕を交差させ、それを受け止めながらあえて下へと弾き飛ばされる。
 受け止めた腕からは嫌な感触と音が鳴って骨折したらしいことが分かるが、蓬莱人である妹紅の腕は即座に回復する。
 それに対して幽香は追撃の弾幕を張る。

「そらっ!!」

 妹紅は懐から札を出して前にかざし、炎の壁を作り出した。
 その壁は幽香が放った弾丸を次々に焼き、妹紅まで届くことを阻んだ。

「……貴女、ただの人間じゃないわね? ただの人間が折れたはずの腕をそう振り回すことができるはずが無いもの」

 その様子を、幽香は怪訝な表情で眺めていた。
 それに対して、妹紅は痛みをごまかすように手を振りながら答える。

「それがどうした? この程度のこと、妖怪なら出来る奴が居てもおかしくないだろ?」

「それを人間がやっているからおかしいのよ。まあ、それならそれで構わないのだけどね」

 二人はそう言い合いながらも攻防を続ける。
 巨大な花が頬を掠める中、妹紅は首をかしげた。

「はあ? 私が倒せないと困るんじゃないのか?」

「別に困らないわよ。第一、私は結界のことなんてどうでもいいもの」

 妹紅の疑問に幽香は涼しい顔をして炎を日傘で受け流しながら答える。
 その一方で、妹紅に対して攻撃を仕掛けることも忘れない。

「じゃあ、何しに出てきたんだ?」

「だって、面白そうじゃない。銀の霊峰も妖怪の山も総出で大騒ぎするのよ? それに強い妖怪もたくさん集まるだろうし、退屈しのぎにはちょうどいいわ」

「……そんなことであんたは喧嘩を売ってたのか?」

「そんなこととは言うけどね、妖怪にとって一番の敵は退屈なのよ? 惰性で生きることほど毒になることはないの」

 花びらのように弾幕が舞い、吹き荒ぶ熱風が肌を焼く。
 何気なく話す二人の戦闘は、話の内容に反してどんどん苛烈になってきていた。
 それでもなお、幽香も妹紅もその表情には余裕が見えていた。

「退屈ねえ……私も千年以上生きてるけど、退屈なんて感じることはなかったな」

「ふうん……それは羨ましい限りね。貴女の周りは余程楽しいことが多かったんでしょうね?」

「いいや、そこまで楽しいことばかりじゃあなかったな。特に最初の数百年は辛いことしかなかった。本当に楽しかったといえるのは……そうだな、あの二十年とここ二百年くらいだな。がむしゃらに生きてりゃ、退屈なんて感じないもんだ」

「そう……まあ、どうでもいいことね。いくら貴女が楽しくったって、私が楽しくなるわけじゃないもの。そんなことより、私と遊びたいんでしょう? なら、こんな話はもうお終い。精々楽しませてくれる?」

 幽香は妹紅の言葉にそう言って笑う。
 その笑みは人を見下したようなもので、とても嗜虐的な笑みであった。

「くっ、言われなくても相手してやるよ!!」

 妹紅はそういうと、幽香の側面に素早く回りこんだ。

「燃えろ!!」

「まだまだね」

 側面からの妹紅の攻撃を、幽香は易々と避けていく。
 そのお返しといわんばかりに、幽香は妹紅に激しく弾幕を展開した。

「ちっ!!」

 妹紅は避け切れないと判断すると、冷静に手に札を貼り付けて避け切れない弾を殴り飛ばした。
 妖怪退治屋をしていた時にかじった、陰陽道を応用した技であった。
 そこには、将志と初めて会ってから約七百年間積み重ねてきた努力と経験が光っていた。
 殴られた弾は妹紅の手に当たって火花を散らせた後、幽香に向かって跳ね返っていく。
 幽香はその跳ね返ってきた弾丸を、構成している妖力を霧散させることでかき消した。

「流石にそれなりの経験は積んでいるようね。じゃあ、これはどうかしら?」

 幽香はそう言うと妹紅に向けて光線を発射した。
 妹紅はそれを弾き返せないと判断し、回避に専念する。

「っと!!」

「ほら、そこっ!!」

 幽香は妹紅が光線に気を取られている隙を突いて攻撃を加える。
 その攻撃は妹紅の位置からでは完全に見えないものであった。

「甘い!!」

「おおっと!?」

 しかし妹紅はそれをいとも簡単に避けてみせ、更に幽香に対して反撃までして見せた。
 予期せぬ反撃に、幽香は緑色の髪を少し焼きながら後退する。

「へぇ~……今のも避けられるのね? 完全に死角に入ったと思ったのだけど?」

 幽香は焼け焦げた髪の先端を手で弄りながら妹紅に話しかける。
 その眼には、先程までの見下すような視線は含まれていない。

「生憎とその手の攻撃は慣れっこでね。昔散々に鍛えられたものさ。私に不意打ちは効かないと思いな」

 幽香の言葉に、妹紅はそう言って笑った。
 妹紅には、将志に挑戦し続けた二十年間の経験が今も息づいているのだった。
 それを聞いて、幽香は楽しそうに笑った。

「ふふっ、面白いじゃない。さっきの子も面白そうだったけど、貴女もなかなかに楽しめそうじゃないの。さあ、どこまでついて来れるか試してあげるわ!!」

「ふん、そっちこそ追い抜かれてほえ面かくなよ!!」

 そう言うと、二人は再び激しくぶつかり合った。
 幽香が広範囲に弾幕を張ると、妹紅は一点に集中させるように炎を放つ。
 幽香は妹紅の炎を真正面から受けないように動きながら日傘で受け流していく。

「そこだぁ!!」

「うっ!?」

 その幽香を下から突き上げるように、炎の弾丸が襲い掛かった。
 幽香はとっさに上に飛び上がり、妹紅から放たれる炎と一緒に日傘で防いだ。

「まだまだぁ!!」

 今度は幽香の真上から黄金に輝く巨大な鳳凰が突っ込んでくる。
 幽香の体勢は崩れており、回避は出来そうになかった。

「くぅぅぅぅ!?」

 幽香はその炎をポケットに仕込んでいた植物の種を発芽させ、その蔦を障壁にした。
 鳳凰が蔦の障壁にぶつかると、蔦は黄金色に染まり激しく燃え上がった。
 しばらくして蔦は完全に燃え尽きたが、幽香は辛くも防ぎきった。
 しかし無事には済まなかったらしく、幽香の白い肌には所々火傷が見受けられた。

「ふ……ふふっ……やってくれたわね、小娘……手加減してあげようと思ったけど、やめたわ。貴女は全力で叩き潰してくれるわ!!」

 凄絶で嗜虐的な笑みを浮かべて幽香は妹紅にそう言い放つ。
 それと同時に、幽香から感じられる気迫と妖力が一気に膨れ上がった。

「ああ……全力で来い。そいつを超えて、私はあいつに追いついてやる」

 妹紅はそれを見て、不敵な笑みを浮かべた。
 その妹紅の言葉を聞いて、幽香は苛立たしげに妹紅を睨んだ。

「……ああもう、本当に気に入らないわ。さっきから私を通過点としてしか見ていないその眼が気に入らない……ああ、その眼を抉り出してやりたいわ」

「やれるもんならやってみな。あんたを超えないと目指す背中に追いつけないのは事実なんだ、こんなところで負けてやるわけには行かない!!」

「良いわ。貴女が焦がれるその背中ごと叩き潰して、じっくりと虐めてあげる……貴女が泣き叫んで私に懇願する姿、今から楽しみだわ!!」

 幽香がそういい終わった瞬間、爆発的に弾幕の密度が跳ね上がった。
 一気に倍以上に膨れ上がった弾丸の嵐を、妹紅は間を縫うように避けて行く。
 そして避けながら妹紅は集中的に幽香に炎を浴びせていく。

「ええい、しつこいわね!!」

 幽香はそういうと、迫り来る炎をまとめて日傘で切り払った。
 そこに、再び上下から火柱が迫ってくる。

「同じ手が通用すると思わないことね!!」

 それを幽香は上下に巨大な花の弾幕を盾の様に展開して防ぎ、しのぎ切る。
 次に、幽香は網目状に弾幕を展開した。
 弾幕に隙間はなく、一度捕まってしまうと容易には抜け出せない。

「っ!! しまった!!」

 妹紅はそれに捕まり、動きを絡め取られる。
 幽香は妹紅に向けてゆっくりと日傘を向けた。

「喰らいなさい……」

 次の瞬間、動けない妹紅に向けて極太の光線が放たれた。
 光線は周りを飛んでいた炎を飲み込みながら、一直線に妹紅に迫る。

「くっ、間に合え!!」

 妹紅は札を四枚取り出し、正方形の形になるように展開した。
 光線が届く寸前で炎の結界が展開され、軌道をずらす。

「ぐっ……うううう!!」

 妹紅は白色の極光を朱色の炎で必死に受け止める。
 その横を覆い尽くすように光線が飛んでいき、あたりを染め上げる。
 大威力の攻撃を抑える妹紅の息はあがり始め、額には大粒の汗が浮かんでいる。
 結界からは軋む様な音が聞こえ始め、そう長くは持たないことが分かった。

「……っ!! 持ちこたえてくれよ……!!」

 それでもなお、妹紅は結界を維持するために力を込めた。
 妹紅にはその時間が無限にも感じられるほどの負担が掛かる。
 が、しばらくして光線が収まってきた。
 どうやらこの攻撃は終了の様であった。
 結界はボロボロになりながらも、まだ残っていた。

「……防ぎきったか……」

「ええ、あの攻撃はね」

「ぐああああっ!?」

 妹紅が光線を防ぎきった瞬間、その背中を強烈に殴打される。
 背中からは骨が砕ける感覚と強烈な激痛が走り、妹紅は弾き飛ばされた。
 地面に落ちて行く妹紅を、幽香はつまらなさそうに眺めていた。

「……呆気ないものね。まあ、人間なら直接殴られればこんなものよね。さて、どうしてくれようかしら……っ!?」

 突然下から上がってきた火柱に、幽香は思わず飛び退く。
 見ると、妹紅が落ちたところから巨大な火柱が上がっていた。

「……まだ終わっちゃいないよ。生憎と私は死ねない身体なんでね」

 妹紅は背中から黄金の翼を広げながら空へと舞い戻ってくる。
 幽香はそれを見て、楽しそうに笑った。

「……背骨を砕いたはずなのに、まだ立ち上がってくるのね……ふふっ、虐め甲斐があっていいわ」

「その余裕、いつまでも続くと思うなよ? 例え何度倒されようとも私は甦る。私と戦うときは、不死鳥か何かと戦ってると思いな!!」

 妹紅は黄金の翼を羽ばたかせ、幽香へと襲い掛かる。
 その姿は、正しく不死鳥のようであった。

「おっと!!」

 炎の翼に触れそうになり、幽香は退避する。

「逃がすか!!」

 そこに向けて、妹紅は身体を捻りながら炎の弾丸を撃ち込んだ。
 幽香はそれを日傘を広げて受け止め、弾幕を展開する。

「不死鳥ねえ……面白いじゃない。だったら、私はそれを飼いならして見せるわ。貴女が鳥なら、私の花は鳥籠。私から逃げられるとは思わないことね!!」

 幽香は空一面に花を散らし、妹紅を攻め立てる。
 妹紅はそれを掻い潜りながら幽香に攻撃を仕掛ける。

 一進一退の攻防は、まだまだ続きそうであった。



[29218] 炎の精、暗闇を照らす
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/11/26 11:31

「やあああ!!」

 闇から伸びる暗黒の剣は、光を吸い込みながら大気を切り裂く。
 その剣は長大で、当たれば一撃で命を刈り取ってしまいそうである。

「へっへ~♪ 当たんねえよ、んなもん!!」

 燃えるような紅い髪の女性が、その長い髪を翻し踊るように迫り来る闇の剣を避ける。
 それと同時に、闇の中に橙と蒼白の炎を打ち込んでいく。

「そこだ!!」

「うぉっと!? あっぶねえ、ちと油断しすぎたか」

 背後に回りこんできた闇色の弾丸を、アグナはスレスレで躱す。
 弾丸は髪をかすめ、真紅の髪がはらりと宙を舞った。

「にしても、あん中に居られちゃあ、こっちの攻撃が当たんねえんだよなあ……どうっすっかね?」

 アグナは目の前の球状の闇を見つめながら、腕を組んで考える。
 先程から炎の弾丸を闇に向かって撃ち込んでいるが、手ごたえは全くない。

「あきらめてさっさと倒れたら? そしたら私は貴女を取り込んで槍妖怪のところへ行けるから」

 闇の中から気だるげでなおざりな声が聞こえる。
 その声を聞いて、アグナは疑問を覚えた。

「ちょっと待て。あんた、いったい何がしたいんだ? 結界が張られるのを阻止したいんじゃねえのか?」

 三対三で戦っている現状を鑑みれば、普通であれば突破して博麗神社へ向かうのが当然である。
 しかし、目の前の闇の妖怪は自分を倒した後に次の相手を狙うという。
 結界の展開を阻止するというには、あまりに不自然であった。

「阻止するわけないじゃない。誰が好き好んで消えたがるもんですか。どちらかといえば私は賛成派よ」

「はあ? んじゃ、何で俺達戦ってんだよ?」

「ふふふっ、私の目的は貴方達の力。銀の霊峰を束ねる四人の力を手に入れられれば、きっともう怖いものはなくなるわ。だから、大人しく私の一部になってくれる?」

 闇の中から無邪気な少女の笑い声が聞こえてくる。
 それを聞いて、アグナは闇をにらみつけた。 

「お断りだ、バカヤロウ!! テメェなんかに兄ちゃん達をやらせてたまるかってんだ!!」

「貴女の意思は関係ないわ。貴女が望もうが望むまいが、私は貴方達を取り込む。さ、まずは貴女の番よ。覚悟は良い?」

 ソプラノの声が歌うようにアグナに宣戦を布告する。
 それと同時に、球状の闇の周りに次々と闇色の剣が現れた。
 それらの剣はひたすらに黒く、そこだけ底なしの穴が開いているように見えた。

「寝ぼけたこと言ってんじゃねえぞ……テメェは俺がここでぶっ飛ばしてやる。そっちのほうこそ、覚悟を決めな!!」

 アグナがそう叫ぶと、その足元に荒れ狂うように二色の炎が渦を巻いた。
 橙と蒼白の炎は、それぞれアグナの右手と左手に集まった。
 集まった炎は二本の白い三叉矛に変化し、その刃にそれぞれの色の炎が灯る。

「やれるもんならやってみなさい」

 剣の切っ先が一斉にアグナに向かう。
 アグナはそれを見て、両手に携えた三叉矛を構えた。

「はっ、その程度で俺を捉えられると思うなよ!!」

「……言ったわね。それじゃあ、避けてごらんなさい!!」

 その瞬間、一斉に闇色の剣はアグナに向かって殺到した。
 アグナはその剣を最小限の動きで躱していく。

「……あくびが出るぜ、こんなん。そらよ!!」

 アグナは目の前に飛んできた剣を三叉矛で絡めとり、投げ返そうとする。

「……っとぉ!?」

 しかし突如感じた虚脱感に、アグナは慌ててその剣を三叉矛から振りほどいた。
 三叉矛の先に灯っていた炎は、剣に吸い取られて消え失せていた。

「ちっ……面倒くせえことしやがんな、全く」

 アグナがそう呟く間に、振りほどかれた剣は球状の闇へと戻っていく。
 すると、その闇はわずかながら大きくなった。

「ふふふっ……凄い力ね。あんな切れ端だけなのに、こんなに強い力が手に入るなんて……貴女自身を手に入れたら、どれだけの力が手に入るのかしら?」

 闇の中から無邪気な笑い声と共にそんな声が聞こえてくる。
 ルーミアは剣に触れたものの力を吸い取り、自らの力に変換していたのだ。
 アグナの力を具現化したものである三叉矛に触れた剣は、その力を吸収して本体に持ち帰っていたのだった。

「出来ねえことを言うんじゃねえよ。逆に身体に刺さる前で良かったぜ。もうテメェの剣は俺には触れねえよ」

「あら、そっちこそそんなことできるの? 私の剣、そんなに甘いもんじゃないわよ?」

 再びアグナの前に大量の剣が現れる。
 夥しい数の暗黒の剣軍は、まるで一つの軍隊のように整列していた。
 それを見てなお、アグナは不敵に笑う。

「バーカ、俺が出来ると言ったからには出来んだよ。つべこべ言ってねえで、さっさと来いよ!!」

「……大した自信ね。いくら力が強くても、避けられるかどうかは別問題なのに。良いわ、避けられるもんなら、避けてみなさい!!」

 ルーミアの号令と共に、暗黒の剣軍は一斉にアグナに向かって飛び掛った。
 剣軍は狙い違わずアグナの元へ疾駆する。
 そして、次々とアグナの身体を貫通していった。

「……な~んだ、大口叩いといて避けられてないじゃない」

「ぐ……あ……」

 ルーミアは宙にフラフラと浮いているアグナに向けてそう言い放つ。
 しかし、突如として闇の中から焦りを含んだ声が聞こえてきた。

「……っ!? 力を吸収できてない!?」

「……へっへ~♪ ぬか喜びさせちまって悪いな!!」

 慌てるルーミアに対して、アグナはしたり顔でそう言った。
 剣が貫通したかに思われたアグナの身体には、怪我一つ確認できなかった。

「ま、まぐれよ!!」

「おおっと、がむしゃらに撃っても効かねえぞ?」

 ルーミアは再び剣軍をアグナに飛ばす。
 しかし、アグナはその場から一歩も動かず、その場で迫り来る剣軍を受け止める。
 アグナは身体を数百本もの剣が貫通したが、不敵に笑い続けていた。

「くっ、どうなってるの!?」

 ルーミアは訳が分からず剣軍を止める。
 剣軍は空間全体に広がっており、その切っ先は全てアグナに向けられている。

「しっかし、どうしたもんかね?」

 一方のアグナも、闇に守られている敵に対して攻めあぐねていた。
 迂闊に攻撃をすれば、ルーミアの周りの闇はその攻撃を吸収してどんどん大きくなってしまう。
 それ故に、アグナもまたルーミアに攻撃できないでいた。

「こうなったら……!!」

 ルーミアは剣軍を呼び戻し、再び整列させる。
 さらに自分を取り囲んでいる闇を削って新たに剣を呼び出し、数に加える。
 アグナの前には、ざっと千を越える数の剣が一面に並んでいた。

「行けえええええ!!」

 ルーミアは今度はがむしゃらに剣を一斉に放った。
 剣はアグナに向かって空を埋め尽くすような数で迫り、広範囲を覆っていた。

「あ、やばっ!!」

 すると、当たっても効かないはずのアグナが慌てて避け始めた。
 それも飛んでくる剣の位置とはちぐはぐな方向に避けている。

「ふふっ……そっか……そういうことなんだ……」

 闇の中から少女の笑い声が聞こえる。
 その声色には、どこか楽しそうで、嗜虐的なものが含まれていた。

「何のことだ?」

「貴女、蜃気楼を使ったわね?」

「……さあ、どうだろうな……」

 ルーミアの問いにアグナは無表情でそう言って答えた。
 それに対して、ルーミアはくすくすと笑う。

「まあいいや。とにかく、これで貴女が慌てるってことはこれで攻めていけばいい訳だし、じっくりと攻めさせてもらうわよ!!」

 そういうと、ルーミアは闇色の剣軍で何度も何度も攻撃を仕掛け始めた。
 広い範囲を覆う攻撃に、アグナは何度となく回避行動を取らされる。
 髪を、服を、暗黒の剣は掠めてはまた襲い掛かってくる。

「……まずいなぁ……」

 アグナは内心焦っていた。
 あんなやけっぱちな攻撃から、自分の防御のからくりを悟られるとは思っていなかったからである。

 アグナが取っていた行動は、自らの能力である『熱と光を操る程度の能力』を使って光を屈折させ、相手から自分が見える位置をずらすという技を使っていた。
 つまり、相手が一点集中で攻撃してくるときは問題はないのだが、先程のように全体にばら撒くように攻撃されては効果がなくなってしまうのだった。
 更に言えば、声などに関しては一切操作できないため、使いこなすには相当な技術が必要とされるものでもあるのだ。

 それを偶然とはいえ破られてしまった。
 これにより、アグナは再び攻撃を避けながら相手への反撃の策を練らなくてはならなくなったのだ。

「あはははは、いつまで避けていられるかしら?」

 ルーミアは無邪気に笑いながらアグナに攻撃を仕掛けてくる。
 それは小さな子供がアリの巣に水を流し込んだりする時のような声色であった。

「チクショー、調子に乗りやがって……」

 アグナは悔しそうにルーミアが籠もっている闇を眺めた。
 剣を大量に放ったことでいくらか縮小しているが、相変わらず本人の姿は確認できない。
 このままでは遠くに浮かんでいる相手に対して攻撃の手段がないのだ。

「うわっと!?」

 アグナは横を掠めるように飛んできた剣をスレスレで避ける。
 剣は三叉矛のすぐ横を通ってまた別の場所へ飛んでいく。

「ん? そういや、何で……」

 ふと、アグナは何かが引っかかって考え込む。
 アグナの視線は、手元の三叉矛と遠くに浮かんでいる闇の球体に向けられている。
 しばらくすると、アグナは何かに気がついたように顔を上げた。

「ひょっとして!!」

 アグナは顔を上げると、辺りを飛び交う闇色の剣を見据えた。

「よっ!!」

 そのうちの一つに光を圧縮したレーザーを当てる。
 すると剣はしばらくの間光を吸収していたが、突如としてパリンとガラスが割れるような音を立てて砕け散った。

「なっ!?」

 それを受けて、ルーミアに明らかな動揺が見られた。
 アグナはそれを見て、頷いた。

「ははぁ~……そういうことか!! そりゃあ!!」

 アグナはそういうと、闇の玉に向けて一気に突っ込んでいった。
 突然の行動に、ルーミアは何も出来ずにその場に固まった。
 闇の中に入るとアグナは目の前が真っ黒に染まり、全身にまとわり付くような気配を感じた。

「ひっ……な、何を……!?」

「……なあ、俺って炎の妖精って名乗ってっけどさ、『熱と光を操る程度の能力』っていう能力的にはどっちかっつーと光の妖精っぽいわけよ。んでさ、一応光を扱っているから、闇についてもそれなりには分かるんだよね、俺」

 アグナは声のする方向へゆっくりと進んでいく。
 相手の方向を確認するために、言葉を発しながら闇の中に浮かぶ。

「な、何が言いたいのよ……!?」

 闇の中の声はおびえたような声でそう言う。
 アグナはその震える声を聞いて、その方向へと向かう。

「闇ってさ……確かに何でも吸い込むし、何でも溶かしちまう。けどさ、それでいて凄く繊細なんだよな」

「い、いや、来ないで!!」

 ルーミアは泣き叫ぶような声を上げて闇の中を逃げ惑う。
 その声と気配にアグナは更に声をかける。

「お~お~、俺が怖いか。ま、分からなくもないわな。闇っつーのは光がなければどこにでもあっけど、少しでも光があるとそれだけで薄れちまうもんな。ましてや、俺みたいな烈光を放てるような奴が来たら、なおさらなあ?」

 これがルーミアが力を欲した理由。
 ルーミアは、自分自身が闇のような妖怪である。
 彼女はその闇を照らし出してかき消してしまう光が怖かった。
 何故なら、いつかそのまま自分も一緒に消えてしまいそうだったから。
 だからルーミアは、光を気にすることが無くなるほどの力を求めたのだ。

「来ないでって言ってるでしょ!?」

「限界まで薄れた闇はもう闇と呼ばれねえ。だからテメェは俺を一気に取り込まなかった。いや、取り込めなかった」

 少しずつ変えていかないと、駄目だったから。
 一気に光を取り込んだら耐えられないかもしれないから。
 だから、炎を纏う光の妖精を一気に取り込むことが出来なかった。

「ま、御託はこの程度にしてとっとと終わらせようぜ。お前が纏った闇、全部まとめて照らしつくしてやるよ!!」

「いやあああああああああああああああああああああああ!!!」

 そういうと、アグナは全身からまばゆい光を放った。
 その烈光はルーミアの纏う闇を一気にかき消していった。

「やっと、見つけたぁ!!」

 アグナは自らが作り出した光の世界の中に金色の髪の少女を見つけた。

「あああああああああああああああああああ!!!」

 ルーミアは錯乱した様子で黒い大剣をアグナに向かって振り下ろす。
 その太刀筋は荒く、目に付くものを薙ぎ払うべく猛威を振るう。

「甘ぇ、そこだぁ!!」

 アグナはその剣を左手に持った三叉矛で受け止め、右手の三叉矛でルーミアの頭部を強打した。

「あっ……」

 アグナの一撃を喰らい、ルーミアは気を失って地面に落ちて行く。
 アグナはその身体を下に回りこんで受け止めた。

「最初に俺に当たったのが運の尽きだったな。もしこれが兄ちゃん達だったらどうなってたやら……」

 ルーミアの人格を考えるとまだ幼いのだろうが、その力はアグナを持ってしても脅威となりえるものだったのだ。
 もしルーミアが将志や愛梨に先に当たっていたら、こうはならなかったかもしれない。
 そう思うと、アグナの背中に冷たいものが走る。

「そもそも闇であるあんたが、光を怖がること自体間違ってるんだぜ? 光と闇は別物のようで表裏一体、切っても切り離せねえものなんだからよ」

 アグナは腕の中で気を失っているルーミアにそう語りかける。
 ルーミアはそれに答えることなく、ぐったりとした様子である。

「……にしても……どうすっかなぁ、こいつ……」

 アグナは腕の中の住人に眼を落とす。
 ルーミアは余程打ち所が悪かったのか、未だに目を覚ます気配が無い。

「……あんなことはしたけど、悪い奴じゃなさそうなんだよなぁ……」

 アグナはとりあえず近くの野原に降り、足を投げ出して座ってルーミアの頭を自分の膝に乗せた。
 そして解決策を求めて将志達の方を見た。
 そこでは未だに銀が飛び交い、花と炎が百花繚乱に咲いていた。

「兄ちゃんも姉ちゃんも戦ってるし、かと言ってこいつを放り出すわけにはいかねえし……」

 アグナは座ったままどうするべきか考える。
 そのうち、アグナの頭からは黒い煙が上がりだした。

「だぁ~!! 考えたってしゃあねえや!! 寝る!!」

 そういうと、アグナはルーミアに膝枕をした状態でその場で大の字に寝転がった。



[29218] 銀の槍、誇りを諭す
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/11/28 06:44

 銀色の毛並みの人狼の周りを、無数の銀の線が走る。

「がっ、ああああああ!!」

 銀の線が走るたびに人狼から赤い飛沫が飛ぶ。
 しかしその傷はすぐに塞がっていき、跡形も無くなる。

「……くっ、やはり本物の銀でなければ効果は無いか……」

 将志はアルバートの周りを飛び回りながらそうこぼす。
 将志の持つ銀の槍『鏡月』は、実際に銀で作られているわけではない。
 月の民の刀匠の技術で作られた、銀色に輝く別の素材で作られたものであった。
 それ故に、吸血鬼や人狼を祓うような破魔の力は有していないのだ。

「……ならば、心が折れるまで戦うのみだ!!」

 将志はそういうと、攻勢を強めた。
 無数に走っていた銀の線はどんどん重なっていき、やがてアルバートの身体を塗りつぶしていく。
 それと同時に、アルバートの銀色の毛はどんどん赤く染まっていく。

「まだだ……この程度では終わらん!!」

 アルバートは素早く動き回る将志に向かって、何とか反撃しようと爪を伸ばす。
 しかし、高速で動く将志を捉えることは出来ず、その手は空を切った。

「……その程度では俺は捉えられん!!」

「ぐううううう!!」

 将志は相手の心を言葉で揺さぶりながら、アルバートの身体に妖力の銀の槍を突き刺した。
 槍はその身体を貫き、そこに留まる。

「おおおおおお!!」

 アルバートは自らに刺さった銀の槍を引き抜くと、将志に向かって放り投げた。
 その身体に開いた穴は鮮やかな紅い色があっという間に埋め尽くし、元の銀の毛並みが再生する。

「……当たらん!!」

 将志は投げられた銀の槍を躱し、アルバートに手にした槍を突き出す。

「ふんっ!!」

 それに対してアルバートも爪を繰り出す。
 刃と爪がぶつかり合い、火花を上げる。

「はあああああああああああ!!」

 アルバートは将志に連続で斬りつける。
 左右正面から息を吐かせぬ猛攻を繰り出していく。

「……お前の攻撃は、全て読めている」

 将志はそう言いながらその全てを手にした槍で捌く。
 爪が槍に触れるたび、甲高い音と共にオレンジ色の火花が散る。

「……次はこちらから行くぞ!!」

「ぐっ……」

 将志はそういうとアルバートの攻撃を打ち払い、そこに向かって連続で突きを入れた。
 体勢が崩れたアルバートは攻撃をいくつか受けながらも捌いていく。

「……っ!?」

 将志は突如として危機を察し、身体を引く。
 するとアルバートは大きく息を吸い込んだ。

「オオオオオオオオオーーーーーーーン!!」

 アルバートは遠くまで聞こえるような、低く響く大きな遠吠えを上げた。
 その遠吠えには魔力が込められており、周囲には強烈な衝撃波が走る。

「……そこだっ!!」

 将志は遠吠えを上げるアルバートの腹に銀の槍を投げつける。
 しかし、アルバートは飛んでくる槍を掴み取った。

「その攻撃、既に見切った!!」

 アルバートはその槍を将志に向けて投げる。
 将志はそれを苦にせず避ける。

「……それがどうした? お前はまだ俺の攻撃の一部を見切ったに過ぎん。俺にはまだ指一本触れられていないぞ?」

「それがどうした!! こうして一つ一つ見切っていけば、いつか貴様に届くはずだ!! さあ、来るが良い!!」

「……良いだろう、ならば次はこれだ!!」

 将志は銀の槍をアルバートから少し離れた場所に向かって投げた。
 銀の槍は水上を進む船が立てる磯波のように弾幕をばら撒いていく。

「……さあ、この攻撃を見切れるものならば見切ってみるが良い!!」

 将志は次から次に槍を放り投げていく。
 ゆっくりと進んでくる弾幕の間を縫って、鋭く銀の槍が飛んでくる。

「くぅ……!!」

 目の前を覆いつくす銀に、アルバートは手を触れる。
 ゆったりと漂う銀の弾丸は、触れるとはじけてその手に突き刺さる。
 アルバートは、大きく息を吸い込んだ。

「オオオオオオオオオーーーーーーーン!!」

 その遠吠えは自分の周囲に迫ってきた弾幕を消し去った。
 それを見て、将志は小さく舌打ちをする。

「……ちっ、あの遠吠えは厄介だな……」

 衝撃波を放つ魔力の籠もったアルバートの遠吠えは、将志にとって脅威となりえるものであった。
 防御をしていようと範囲にいれば問答無用で喰らってしまうその攻撃は、放たれてしまえば一撃で状況を逆転してしまうのだ。
 つまり遠吠えでかき消されない攻撃をするためには、遠吠えを受けるリスクを背負わなければならないのだ。

「……くっ……届かんか……」

 一方のアルバートも将志が遠吠えを嫌っていることに気付いていた。
 しかし遠吠えをするには息を大きく吸い込む必要があり、連発することは出来ない。
 その間にも、銀の壁が再び迫ってくるのを再び遠吠えで退ける。

「……今だ!!」

 将志は遠吠えの直後の隙を見計らって一気に突っ込み、槍を繰り出した。

「がっはあっ……」

 アルバートはその槍を腹に受け、口から血の塊を吐き出す。
 そして、にやりと笑った。

「……っ!?」

「くくっ、捕まえたぞ……」

 アルバートは腹に刺さった銀の槍を掴み、大きく息を吸い込んだ。
 将志の頭の中で、けたたましく警鐘が鳴り響く。

「はああああああ!!」

 将志は左手で槍を引きながら、右手で体重を乗せて掌打をアルバートの胸に打ち込む。
 身体の内部に衝撃を伝えるその一撃は、その狙い通り肺を強打した。

「がひゅっ!?」

 アルバートの口から吸い込まれた空気が押し出され、奇妙な音が鳴る。
 そして将志は緩んだ手から槍を引き抜き、喉を蹴り抜いて一気に離脱した。
 喉を蹴られたアルバートは、声を出せずにそのまま将志を見送った。

「……そこだっ!!」

 将志は銀の蔦で結ばれた二つ黒耀の球体を、呼吸が乱れて体勢が崩れているアルバートに投げつける。
 当たると蔦が巻きつき、その身体を拘束した。

「ぐ、こんなもので……」

 アルバートは振り解こう土地からを込めるが、銀の蔦は千切れない。
 鉄の鎖を容易に引き千切れるはずの力が、身体に巻きついている細い銀の蔦を千切れないという現状にアルバートは焦りを覚える。

「……その銀の蔦、そう簡単に千切れるものではないぞ」

「ぐはっ!!」

 将志は拘束されているアルバートの足を払い地面に叩きつけ、銀の槍で地面に縫い付ける。
 そしてその喉元に『鏡月』の刃を当てる。

「ぐっ、貴様……」

「……動くな。下手なことをすると、俺の槍がお前の首を刎ねる。以下に人狼といえど、首を刎ねられればただでは済まないであろう?」 

 将志はアルバートを見下ろしながらそう言い放つ。
 すると、アルバートの体から一気に力が抜けていった。

「……俺の負けか……」

「……ああ」

「……殺せ。俺は生き恥を晒すのは御免だ」

 アルバートは眼を閉じ、そう言い放った。

「……下らんな」

 将志はその言葉にそう言って返した。
 それを聞いて、アルバートは眼を開く。

「……何?」

「……下らん、実に下らん。貴様の誇りはその程度のものなのか?」

 アルバートを蔑むように将志はそう言う。
 突然の将志の物言いに、アルバートは困惑した。

「貴様、何を言って……」

「……貴様の誇りというものは、ただ一度の敗北で全てを諦められる様なものなのか? ……ふざけるな、俺が賭けたものはそんなに軽いものではない。貴様が賭けた誇りが俺の賭けたものに釣り合うものだと言うのであれば、立ち上がって見せろ。再び俺の前に立ちはだかり、結界を叩き壊す位して見せろ!!」

「な……!?」

 怒りを含んだ将志の言葉に、アルバートは呆然とする。
 それを見て、将志はアルバートの眉間に槍の切っ先を突きつけた。

「……答えろ!! 貴様の誇りとは何だ!! それはどれだけの重みがある!! そのために貴様はどこまで出来る!! 答えろ、アルバート・ヴォルフガング!!」

 その表情は憤怒に染まっており、声は怒鳴り散らすようなものであった。
 それを聞いて、アルバートは眼を伏せた。

「……そうであった。俺の、人狼の誇りは、我等が生きていくための一縷の希望だ。ただ一度の敗北のために諦められるものではない。だというのに、俺は……」

 アルバートは悔いるような口調でそう呟いた。
 それを聞いて、将志は槍を引き、拘束を解いた。
 もう既に戦意が折れていると判断しての行為であった。

「……ならば、ここで首を刎ねられるわけにはいくまい」

「しかし、何故だ? 何故貴様は俺を生かしておく? 俺は確実にお前の妨げになるぞ?」

「……貴様を殺したところで、敵などまだ数えるのも面倒なほどいる。殺したところで敵がいるのは変わらないのなら、俺は殺さん。それだけの話だ」

 将志の言葉に、アルバートは思わず笑みを浮かべた。

「ふっ……敵なんぞ歯牙にもかけないのだな、貴様は」

「……そうでもない。俺としてはお前のような強敵が現れることは喜ばしいことだ。強い者が周囲を束ねることで弱い者が育つことが出来る。その点を考慮しても、お前を殺すのは惜しいのだ」

 その言葉に、アルバートは唖然とした表情を浮かべる。

「貴様……まさか俺の群れのことまで考えていたのか?」

「……ああ。長とは群れのことを常に考えて生きるものだからな」

 アルバートの問いに、将志はそれが当然といった様子で答えを返した。
 それを聞いて、アルバートは深々とため息をついた。

「……俺の完敗だな。俺はお前の仲間のことなど少しも考えなかった……」

「……一つ気になったことがある。お前の持つ誇りが、何故希望とまで呼ばれるようになっているのだ? 何故己が存在を賭けてまでそれに縋る?」

 ふと将志はアルバートに疑問を投げかけた。
 それを聞いて、アルバートはゆっくりと身体を起こした。

「……それを話すと長くなるが良いか?」

「……ああ、構わない」

 将志が頷くと、アルバートは語り始めた。

「人狼は、本来忌み嫌われるものなのだ。俺も人狼となったときは絶望した。逃げるように村を去り、自害しようにも死ねず、狂気に呑まれて人を襲う日々。その当時は地獄のような日々だった。孤独に苛まれ、人間には迫害され続けた。一つ目の転機は、仲間が出来たことだ。仲間が出来たことにより、俺は孤独ではないと知った。そして、俺達は誰にも知られずに森の中に身を隠した。それから何百年間もの間、我等はそこで誰にも知られることなく過ごしたのだ」

「……では、何故人を再び襲うことになったのだ?」

「森の中での生活は平穏そのものだった。自然と共に育ち、共に生きていく。それだけで十分に幸せであった。だがある日、人間共は森を破壊しつくした。自らの贅のためだけに木を切り倒し、動物を狩りつくした。その時我等は深く絶望したのだ。人間とはかくも醜いものだったのか、と。そして、我等は自らの姿を見た。人間を襲うための爪や牙、人知を超えた力と治癒力、そして人間を襲う本能。それらを見つめなおした時、我等は悟ったのだ。我等は人間を狩るために生まれたのだ、あの醜き心から無垢なものを守るために生まれたのだ、と。その日から、我等は忌み嫌っていた自らの力に誇りを持つようになったのだ。そしてそれは、我等人狼が生きるための寄る辺となったのだ」

「……人間の悪意から周囲を守る。それが人狼の誇りの本質か……」

「……それを失ってしまえば、我等はどうすれば良いのか分からない。だから、その誇りだけは決して失ってはならんのだ」

 アルバートがそう言った瞬間、空の色が博麗神社の方角から虹色に染まっていき、全体を覆いつくした。
 そして数瞬の後、元の青空へと戻っていった。

「……結界が張られたか……」

「くっ……」

 将志の呟きに、アルバートは無念そうに地面にこぶしを打ちつけた。
 そんなアルバートに、将志が声をかける。

「……人間を襲う件だが、手立てが無い訳ではない」

 その声を聞いて、アルバートは将志に眼を向ける。

「……どういうことだ?」

「……ここ、幻想郷は全てを受け入れる。つまり人を喰らう妖怪も当然多く存在するということだ。そしてそれらが生活するためには、人間が供給されなければならない」

「だが、この結界で外からは隔離されているのだぞ?」

「……この結界だが、外に出る手段が無い訳ではない。そして、責任者は食料となる人間を確保するための係を設置すると聞いている」

 将志のその言葉を聞いて、アルバートの瞳に希望の色が灯る。

「……では……」

「……お前達が希望するのであれば、俺が責任者に推薦しておこう。それで満足できない場合は……もう一度俺に挑むが良い」

 将志はアルバートに槍を向けながらそう話す。

「……感謝する」

 アルバートは、感謝の意を示すように頭を垂れた。
 そして顔を上げると、将志に声をかけた。

「こちらからも一つ聞いて良いか?」

「……何だ?」

「お前が賭けた妖怪の未来とはいったい何だったのだ?」

 アルバートがそういうと、将志は顎に手を当てて考え込んだ。
 思いついてはいるのだが、それを上手く言葉に出来ないようであった。

「……そうだな……上手くは言えないが、一言で例えるならば……『笑顔』だな」

 将志の回答を聴くと、アルバートは笑みを浮かべた。

「笑顔、か。成程、俺が誇りを賭けるに相応しいものだな」

「……ああ。もっとも、俺は主との誓いで勝手に消えるわけにはいかないというのもあったがね」

「誓いだと?」

「……生きて傍にいる。それだけの誓いだがな」

「……良い誓いだ。お前のような臣下が居たら、主も鼻が高いだろう」

「……ふっ、そうだと良いがね」

 二人はそう言って笑いあう。
 もはや最初に会った時の敵意など、そこには無かった。

「……さて、これから責任者の元に行くが、一緒に来るか?」

「ああ、そうさせてもらおう」

 二人はそう言い合うと、博麗神社に向けて飛び立った。



[29218] 銀の槍、事態を収める
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/11/29 13:36
 将志が博麗神社に向かうと、そこにはピエロの少女と十字槍の女戦士が居た。
 二人とも特に目立った外傷はなく、無事に終わっていたようであった。

「あ、将志くんだ!!」

「おお、お師さん!! 無事でござったか!!」

 将志が境内に降り立つと、二人は将志に近寄ってきた。
 将志はそれに対して平然と答える。

「……ああ、俺は問題ない」

「む? そちらの御仁はどちら様でござるか?」

 涼は将志の隣に居る、銀の髪の初老の男性を見てそうたずねた。
 スーツ姿の男は、たずねた涼に対して礼をした。

「申し遅れた。俺はアルバート・ヴォルフガング。人狼の長をしている。今日はこの結界の責任者に話があってここに来た」

「あ、ゆかりんにお話があるんだ? ん~、ちょっと待ってね♪ 今呼んで来るから♪」

 愛梨は笑顔でそういうと、神社の本殿へと走っていった。
 その様子を、アルバートは穏やかな表情で見送る。

「……良い笑顔だな。あれがお前の守りたかったものか?」

「……ああ。俺が守りたかったものの一つだ」

「そういえばお師さん、アグナ殿はどうしたんでござるか?」

 将志達が話をしている横から、涼がそう口を挟む。
 それを聞いて、将志は首をかしげた。

「……む? 見当たらなかったから、てっきりもうこちらに来ているものだと思っていたのだが、違うのか?」

「いや、来てないでござるよ?」

 涼の返答を聞いて将志は怪訝な表情を浮かべた。

「……妙だな。相手にしていた闇の妖怪も居ないし……」

「あんぎゃああああああああ!!」

 突如聞こえてきた叫び声に、場に一気に緊張が走った。

「!! 今の声は!!」

「……アグナだ!! 涼、お前はここで待っていろ!!」

 将志はそういうと、声のした方向に風を切り裂きながら飛んでいった。



 一方そのころ、声の主はというと。

「おいコラテメェ!! いきなり人の太ももに噛り付くとはどういうつもりだ!?」

 燃えるような紅い髪の女性が、そう言いながら膝枕をしている金髪の少女の頭をはたく。
 アグナの太ももにはくっきりと歯形が残っていた。

「ん……え、ええっ!? な、何で私、こんなことに!?」

 眼を覚ました少女は、頭の下の柔らかい感触に意味が分からず狼狽する。
 それを聞いて、アグナはドッと力が抜けた。

「何だよ……寝ぼけてただけかよ……いってえな……」

 その声を聞いて、ルーミアはアグナのほうを向く。
 そしてその姿を確認した瞬間、顔が一気に恐怖に染まっていく。

「ひっ……」

「何ビビッてやがんだよ。俺があんたを殺す気なら、もうとっくにあんたは死んでるぜ? もう俺はあんたを攻撃するつもりはねえよ。それに、あんた今光を浴びてっけど全然平気じゃねえか。何が怖いんだ?」 

「え……あれ?」

 ルーミアはアグナの言葉を聞いて、ペタペタと自分の身体を触って現状を確認する。
 状況をよく理解できていないルーミアに、アグナは苦笑いを浮かべた。

「闇の妖怪だからって光を怖がるこたぁねえんだよ。むしろ光を飲み込んでやるくらいの勢いが無くてどうすんだよ?」

「……ねえ、貴女は私が憎くないの? 私、貴方達を取り込もうって思ってたのよ?」

 ルーミアはキョトンとした表情でアグナにそう問いかける。
 それを聞いて、アグナは首をかしげた。

「ん~? 結果的には誰も食われてねえし、あんたも今はその気も無さそうだし、そもそも悪い奴じゃなさそうだしな。だっつーのに何で憎まなきゃいけねえんだ?」

「じゃあ、怖くは無いの?」

 ルーミアがそう問いかけると、アグナは腹を抱えて笑い出した。

「あはははは!! あれだけ盛大に負けておいて、俺があんたを怖がるとおもってんのか!? むしろいつでも掛かって来いよ、その度に返り討ちにしてやっからよ!!」

「……お人よし」

「お~お~、褒め言葉だぜ!! ま、今はそのままもうしばらく寝ときな。しっかり休んで様子見てからじゃねえと、後で何かあったとき大変だからな」

「……そうさせてもらうわ」

 ルーミアはそういうと、再びアグナの膝の上に頭を乗せて眠り始めた。
 それからしばらくして、アグナの元に将志が降り立った。

「……アグナ、無事か?」

「おう、無事だぜ。兄ちゃんも大丈夫そうだな」

「……ああ。ところで、膝の上で寝ているのは誰だ?」

「ああ、ルーミアっつってさっきの闇妖怪だ。悪い奴じゃ無さそうだから、どうしようか悩んでんだ」

「……だが、あの力は放置しておくには危険だぞ? 少なくとも、お前と同じように力の封印くらいはしておくべきであろう」

「あ~、やっぱり? まあ、それに関しちゃこいつと話をしてからだな。そうじゃねえと不公平だからな」

「……そうだな。まあ、まずは博麗神社に向かうとしよう。その妖怪も、ここで寝るよりはその方が良いだろう」

「そだな。んしょっと」

 アグナはルーミアをそっと抱きかかえる。
 そんなアグナに将志は声をかけた。

「……俺が運ぼうか?」

「いんにゃ、こいつは俺が戦った相手だ。最後まで面倒を見ないとな」

「……そうか。では、行くぞ」

 そういうと、二人はゆっくりと博麗神社に向けて飛び立った。
 アグナは社の一室にルーミアを寝かせると、境内に出てきた。
 すると、一同は唖然とした表情を浮かべた。

「……あの、どちらさまでござるか?」

 涼は見慣れぬ人影に恐る恐る声をかける。
 それを聞いて、体が成長しているアグナは首をかしげた。

「ん? 何だよ槍の姉ちゃん、俺はアグナだぞ?」

「そ、そうは言われましても……」

「きゃはは……これはちょっと予想外だなぁ……」

 アグナが名乗ったが、周囲の反応は困惑したものであった。
 それを見て、アグナは怪訝な表情を浮かべた。

「んん~? そういや、なんかみんなちっとばっかり小さくなったな?」

 アグナは自らの置かれている状況を良く分かっていないようである。
 そんなアグナに、将志は額に手を当てながら声をかけた。

「……アグナ。お前はまず自分の身体をよく見直してみるといい」

「はあ……おおう、そうだった!! 封印が解けたらこうなってたんだったな、すっかり忘れてたぜ!!」

 アグナは自分の成長した身体を見回すと、ハッとした表情で手を叩いてそう言った。
 そんなアグナを、藍と紫はまじまじと見つめる。

「しかし、あれだな……見事なまでに色々と成長しているな」

「本当ね……あんなに小さかったのが、私よりも背が高くなっているものね……」

「特にここなんか、凄い成長をしているな」

 藍はそういうと、急成長を遂げたアグナの胸に掴みかかった。

「あうっ!? な、何しやがんだ!?」

 突然の行為に、アグナは驚いて後ろに飛び退く。
 すると、藍はアグナの後ろに回りこんで抱き付くようにして胸に手を伸ばした。

「む、この大きさの割りに形も崩れず、弾力もある。同じ女としては羨ましくもあるな」

「あら、本当ですわね。……まさか、アグナに追い抜かされるとは思ってもいませんでしたわ」

「ひゃんっ!? や、やめろよぉ!!」

 途中から六花も加わり、弄られているアグナは顔を真っ赤にして身悶える。
 しかし二人掛かりで抑えられているため、抜け出すことが出来ない。

「……アア、どこかで見た光景でござるな~」

 その様子を、涼は現実逃避気味に眺めていた。
 涼は弄り倒されているアグナの姿を、かつて鬼に弄り倒されていた自分の姿に重ねていた。

「ら、藍? 弄るのはそれくらいにして……」

 紫は目の前で繰り広げられている暴挙を収めようと、藍に声をかける。
 すると、藍の視線は紫に向いた。

「……そういえば、紫様もなかなかのものを持ってますね。大きさは手にしごろよりは少しこぼれるくらいで……男を堕とそうと思えばすぐに堕とせるんじゃないですか?」

「きゃうっ!? ちょ、ちょっと、藍!?」

 唐突に紫に抱き付いて掴みにかかる。
 己が従者の行為に紫は振り解こうともがくが、藍はしっかり抱き付いて離れない。

「貴女も人のことは言えませんわよ、藍さん? この感触なら、紫さんよりもあるのではなくて?」

 その藍の後ろから六花が抱き付き、弄りに掛かる。

「っ……お前には劣るがな。それにしても、六花は本当に色気の多い体つきをしているな」

 それに対して、藍は体勢を入れ替えて六花の身体を弄り返す。

「あんっ……まあ、このお陰で損も得もしていますわ」

 こうして、藍と六花がその場の女性陣を弄り倒すという、桃色の空間がその場に出来上がる。

「……(じ~っ)」

 そんな中、愛梨はジッと女性陣を見回した。
 そして、冷静に戦力分析を行った。

 各自の戦闘力(昇順)

      涼:平均以上
      紫:包容力を感じる
      藍:数々の男を虜にした実績あり
     六花:抜群
 アグナ(大人):圧倒的

「……(ぺたぺた)」

 愛梨は自らの身体を見下ろし、胸に手を当てる。

「……(ず~ん)」

 そして現実を確認すると、その場に崩れ落ちて手を着いた。

「きゃはは……世の中って、不公平だよね……」

 口からは怨嗟の言葉が漏れ出ており、纏う空気は重かった。

 そんな女性陣を、男二人は呆れ顔で眺めていた。

「……将志、こやつらは天下の往来で何をやっておるのだ?」

「……知らん。が、近づいたら巻き込まれそうなのでな。急ぎの用があるわけでもなし、収まるまで待つとしよう」

「……ガールズトークにはついて行けんな」

「……全くだ」

 境内には、シンクロする男二人のため息が響いた。




「……それで、何が原因でアグナはこうなったのだ?」

 しばらくして場か収まったので、将志は紫にアグナの変化の原因をたずねることにした。
 すると、紫はその場で少し考え込んだ。

「恐らく、封印で抑え込まれて蓄積された力が解放されて、その力の受け皿がアグナの小さい身体じゃあ足りなかったんでしょう。で、それを補うために成長したんだと思うわ」

 紫の回答を聞くと、将志は納得したように頷いた。

「……そうか。ところで、紫に話があるのだが……」

「あら、何かしら?」

 将志は紫に人狼への処置に付いての話をした。
 内容は、食料係への推薦と人狼の立場についてであった。

「……成程ね、食料調達係に人狼の一団を推薦するわけね……」

「我等の生きる寄る辺となっていることなのだ。是非とも、その役目を我等に任せていただきたい」

 思案する紫に、アルバートは懇願するような視線を送る。
 それに対して、紫は答えを示す。

「当番制だから、毎日全員が出て行けるわけじゃあないけど、それでいいなら」

 紫の言葉を聞いた瞬間、アルバートの表情が明るいものに変わった。

「おお、それでも構わん。人間を狩れるのならばそれで良い」

「そう。それなら後で詳しい話をするから、その時に」

「ああ」

 アルバートの返事を聞いて、紫は満足げに頷いた。
 そして、その視線は神社の一室で眠っている金髪の少女に向けられる。

「さてと、次はこの子の処遇ね。いったいどんな力を持っていたのかしら、この子は?」

「そいつが持っていたのは闇の力だ。闇に触れたものを吸い取って、自分の力にする能力だった。途中で俺の力を吸い取って強くなるなんて芸当をしてきたぞ」

 紫の質問を受けて、アグナはルーミアの能力について説明する。
 アグナの説明を聞くと、紫の表情はやや険しいものになった。

「……怖い能力ね。もし貴女が負けていたら、もう手に負えなくなるところだったわ。この子には悪いけど、封印させてもらうわ」

「ちょっと待ってくれよ!! せめて俺から説明させちゃくれねえか?」

 紫の提案にアグナが慌てて抗議する。
 それを聞いて、紫は眉を吊り上げた。

「……起きたらまた攻撃してくるかもしれないわよ? それでも?」

「そん時はそん時で、また倒すだけだ」

 アグナは自信に満ちた橙の瞳で紫にそう告げる。
 それを聞くと、紫は大きくため息をついた。

「……まあ良いでしょう。一度倒された相手に、消耗した状態で戦うほど無謀なことはしないでしょう。でも、逃げられないように周りは固めておくわよ?」

「おう、頼んだ」

 アグナはそういうと、ルーミアのすぐ近くに寄った。

「おい、起きな」

「……ん……何よ……ってここ何処?」

 アグナが肩を揺すると、ルーミアは眠たげに眼をこすりながら眼を覚ます。
 眼が覚めてくると、ルーミアはキョロキョロと辺りを見回した。

「近くにあった神社だ。それはともかく、お前に話がある」

「……話?」

「ああ……遠まわしな言い方は苦手だからズバッと言うぜ。封印に関する話だ」

 アグナの言葉を聞くと、ルーミアはハッと息を呑んだ。

「っ、私を封印するのね……」

「そういうこったな」

「嫌よ!! 私は封印なんてされたくない!! 閉じ込められるなんて嫌!!」

 ルーミアはアグナに向けて拒絶の意を思い切り叩きつける。
 それを受けて、アグナはルーミアの肩を抱いて耳元で囁く。

「……だろうな。だからよ、少し言うこと聞いちゃくれねえか?」

「……な、何よ?」

「実はな、俺もこの後力を封印されるんだわ。ほら、テメェも見ただろ? 青い髪留めを外す前の俺をさ。あの髪留め、封印の札だったんだわ」

「それで?」

「ぶっちゃけ危険視されてんのあんたの力だけだし、力でだけ封印してみねえかって話だ」

「それで本当に許してもらえるの?」

「やってみねえとわかんねえ。けど、やるんなら今すぐ出来るぜ? ま、やるかやらねえかはあんた次第だけどな」

 アグナが問いかけると、ルーミアは少しの間考える。
 しばらくすると、ルーミアは小さく頷いた。

「……やるわ。全身封印される可能性が低くなるのなら、その封印受けても良いわ」

「うっし、分かった。んじゃ早速始めっから、動くなよ?」

 アグナはルーミアの頭に手を置くと、手に力を送り始めた。
 アグナは自分の力を封印していたリボンを思い浮かべ、自分の光の力をその形に変換していく。
 そして光の力の籠もった封印の赤いリボンを、ルーミアの髪に結びつけた。

「……これでよし。どうだ?」

「……う~ん、力が入らないのか~」

 ルーミアは手元に試しに剣を呼び出そうとするが、闇が集まってくるだけで剣は取り出せなかった。
 落胆するルーミアの肩を、アグナは優しく叩く。

「まあ、お前の闇の力を俺の光の力で抑え込んでっからな。そりゃ力は出ねえよ」

「まあ良いわ。とりあえずこれで表に出よう、お姉さま?」

 その一言を聞いて、アグナは固まった。

「……は? お姉さま?」

「良いじゃない、私がお姉さまのことを何て呼んだって。それよりも弁護宜しくね、お姉さま」

「……あれ、何か性格変わってねえか? っておい、引っ張るな!!」

 しれっと言い放つルーミアに腕を取られながら、アグナは境内へと引っ張られていった。




「……というわけで、力だけ封印してみたんだが……」

 境内に居る一行の前で、ルーミアは力が封印されているかどうか確認をする。
 その結果、剣は呼び出せず他者からの力の吸収も出来ないことが発覚した。

「むぅ……剣は持てないし、吸収も出来ないのか~……」

「ま、慣れりゃそんなの気にならなくなるさ」

 力が一気に落ちたことにルーミアは肩を落とす。
 アグナはそのルーミアの肩を叩いて励ましの言葉をかける。
 それを見て、紫は苦笑いを浮かべた。

「……まあ、これならそんなに危険って訳でもないし、大目に見るとしましょう」

「ねえ、質問なんだけど良い?」

 ルーミアは紫に対して質問を投げかける。
 それに対して、紫は快く答える。

「何かしら? えーと……」

「ルーミアよ。あのさ、やっぱり私に監視員って付くの?」

「まあ、当分の間は付くでしょうね」

「それじゃあ、その監視員を私から指定するのは?」

「……別にいいわよ。ただし、ここに居る人だけよ」

「なら問題ないわ。宜しく頼むわよ、お姉さま?」

 ルーミアは満面の笑みでアグナの手を取ってそう言った。
 その瞬間、アグナは思わず噴出した。

「ぶっ!? 俺なのかよ!!」

「当然。私を封印したのはお姉さまでしょ? なら、最後まで責任を持ってくださる? ねえ、お姉さま♪」

「だあぁぁ!! 分かったからそんなにくっつくなって!!」

 ルーミアはアグナにギュッと抱きつき、アグナは逃れようともがく。
 その様子を、周囲は微笑ましいものを見るような眼で眺めた。

「……良くは分からんが、これで問題は無さそうだな、紫?」

「ええ。一番安心の出来る相手に自分から納まってくれたわ」

「……さてと、アグナ。こっちに来い」

 将志は懐から青いリボンを取り出し、アグナを呼び寄せる。
 すると、アグナはその場で止まって将志に眼を向けた。

「何だ、兄ちゃん? ああ、そういや俺がまだだったな。おい、ちっと離れろ」

「わかったわ、お姉さま」

 アグナは将志の手に握られた青いリボンを見ると、ルーミアに声をかけて離れてもらう。
 ルーミアが離れると、アグナは将志の前まで駆け足で近寄っていく。

「……それじゃあ、後ろを向いてくれ」

「おう」

 アグナが後ろを向くと、将志はその紅く長い髪を指で軽く梳き、三つ編みにし始める。

「……それにしても、長い髪だな」

「へへっ、俺はこの髪好きだぜ。だって、こういう時に兄ちゃんが長く触ってくれっからな」

 将志の呟きに、アグナはにこやかにそう答える。
 アグナは将志に構ってもらえるのが嬉しいらしく、封印されるというのに笑顔であった。
 将志が先端を青いリボンで結ぶと、アグナの身体を光が包み込んだ。
 それが収まると、くるぶしまで燃えるような紅い髪を伸ばした小さな少女が現れた。

「……終わったぞ」

「っと……やっぱこの身体のほうが色々と軽いな。力は入らねえけど」

「ふふふ……大きいお姉さまも格好良くて綺麗だったけど、小さくなったお姉さまも可愛くていいわね」

「あ、コラ!! 引っ付くんじゃねえ!!」

 封印が施され小さくなったアグナにルーミアは早速抱き付く。
 そんな二人を尻目に、将志と紫は話をする。

「さてと、残った問題は何かしら?」

「……さしあたっては、未だに喧嘩を続けるあの二人か」

 二人はそういうと空のある一点を見つめた。
 そこには、繚乱の花と朱に燃え盛る炎が広がっていた。

「……風見 幽香と、藤原 妹紅かしら? これはまた凄い戦いね」

「……あの二人を知っているのか?」

「風見 幽香は太陽の畑の主で、藤原 妹紅は一時期世間を賑わせた、将志や槍次等に次ぐと言われた妖怪退治屋よ。もっとも、人間をやめているんじゃないかって言う噂も流れていたけどね」

 実際には将志も槍次も同一人物なのだが、紫はそれに気がついていないようである。

「……妹紅、そんなに有名になっていたのか」

 将志はふとそう呟いた。
 将志は一応自分がどれだけ有名になっていたのかを知っているため、そのような感想を述べたのだ。

「あら、知り合いかしら?」

「……まあ、いろいろあってな。さて、あの二人を止めてくるとしよう」

 将志はそういうと、花咲き誇り不死鳥が舞う戦場へを赴いた。




「はああああ!!」

 不死鳥が激しく花をついばむ。
 その炎は幽香を執拗に攻め立て、燃やし尽くそうとする。

「くっ、しつこいわね!!」

 花は不死鳥を捕らえるべく咲き乱れる。
 舞い散る花びらの様に弾幕が展開され、妹紅を攻め立てる。

「……そこまでだ、二人とも。これ以上の戦いは無益だ」

 そんな二人を隔てるように、銀の槍が割ってはいる。
 それを見て、妹紅は将志に詰め寄った。

「……なんで止めるんだよ、将志。私も相手もまだ戦えるんだぞ!?」

「……では、はっきりと言おう。妹紅、今のお前では彼女には勝てん」

「何だと!? あんた、何の根拠があって……」

「……根拠ならいくらでもある。一つ、お前は人間で彼女は妖怪、持久力は彼女のほうが圧倒的に上だ。二つ、今は昼だ。相手は夜になるほど強くなるというのに、この時間で千日手になるようでは勝てるはずがない。少なくともこの二つの要因があるのだが?」

「ぐっ……」

 理路整然と列挙される根拠に、妹紅は押し黙った。
 その妹紅を諭すように、将志は言葉を投げかける。

「……冷静になれ。俺が思うに、お前はまだまだ強くなれる。そして強くなって、相手を見返してやるが良い」

「勝手なことを!!」

 将志の言葉に妹紅は憤慨する。
 そんな妹紅に対して、将志は『鏡月』の切っ先を向ける。

「……そう思うのなら、俺を倒して黙らせて見ろ。もっとも、お前に出来るのならばだがな」

「ちっ、興が冷めた。私は帰る。……今に見てろよ、将志」

「……ああ。ありがとう、今日は助かった」

 恨めしげに睨んで来る妹紅に、将志は笑顔で礼を言った。

「……ふん」

 妹紅は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、その場を去っていった。
 将志はそれを見届けると、もう一人の当事者に向き直った。

「……さて、残りはお前だけとなった訳だが……どうする?」

 将志は油断なく幽香を見やりながらそう声をかける。
 そんな将志を見て、幽香は深々とため息をついた。

「はぁ……今日はやたらと邪魔が入る日ね。止めにしておくわ。貴方とやるのは面白そうだけど、また邪魔が入ったら今度こそ我慢できなくなりそうだもの」

「……そうか。ならば俺も立ち去るとしよう」

 幽香のその回答を聞いて、将志は構えを解いて立ち去ろうとする。
 そんな将志に、幽香は声をかけた。

「ねえ、さっきの子が言っていた目指す背中って貴方のことかしら?」

「……さあ、どうだろうかな? 俺は妹紅ではないから、あいつが誰を指してそう言ったのかなど分からんよ」

 幽香の問いに微笑を浮かべながら将志は答える。
 それを見て、幽香は興味深そうに将志を眺めた。

「ふうん……まあ良いわ。いつか貴方とも思いっきり踊ってみたいものね」

「……その機会があるのならば、俺も全力でお相手しよう」

「ふふふ……待ってるわよ? それじゃあ、御機嫌よう」

 幽香はそういうと、太陽の畑の方向へと飛び去っていった。

「……さてと、これで指し当たっての問題は解決できたな。いったん戻るとしよう」

 将志はそれを見送ると、再び博麗神社へと戻ることにした。



 当日の全ての任務を完了し報告をするために紫を探すと、紫はアルバートと食料係に関する協議を行っていた。

「……紫はアルバートと協議中か……」

「おや、将志。紫様に言付けか?」

 将志が部屋を覗いて立ち去ろうとすると、横から藍が声をかけた。

「……ああ。当初の任務を完了したのでな。その報告だ」

「そうか。私が代理で伝えておこうか?」

「……いや、直接伝えたほうが良いだろう。それにこの協議の結果も気になるところだ」

「ふむ、ならゆっくりしていけば良い」

「……そうさせてもらおう。ところで何やら騒がしいが、何事だ?」

 紫とアルバートが協議する一方で、何やらバタバタと音が聞こえる。
 それは誰かが暴れまわっているような音であった。
 将志の質問に、藍は頬をかいた。

「実は、協議はもう一つ行われていてだな……アグナとルーミアなんだが」

「……それが?」

「ルーミアがアグナに絡み付く一方で話が進まんのだ。今決まっていることといえば、アグナが封印を解かれていない時はルーミアも封印が解けないようになっているくらいでな」

 藍の言葉を聞いて、将志は首をかしげた。

「……一番重要なことは決まっているようにも思えるが?」

「将志。ルーミアをアグナが預かるということは、ルーミアも銀の霊峰に住むということになるのは分かるな?」

「……ふむ、確かにそうだ。それで?」

「今話をしているのは、ルーミアがどの部屋に住むのかと言う話だ」

「……? 空いている部屋なら客間を一つ提供すれば良いだけだが……それに、それに関しては戻ってから話をしてもいいだろうに」

「ルーミアはお姉さまの部屋が良いんだとさ。それで、アグナが大弱りしているのだ」

「……アグナは自分の部屋をほとんど使わんのだが?」

 将志の言葉に、今度は藍が首をかしげる。

「……どういうことだ?」

「……アグナは普段外に居るし、社に居る時はほとんど広間や書斎に居る上、寝る場所に至っても大概俺の部屋に来るからな。実質、アグナの部屋はほとんど機能していないのではないか?」

 実際にはアグナは将志が居る場所によく出没しているのだ。
 つまり、将志にいつもくっついて回っているため、アグナはほとんど部屋に居ることがない。
 その話を聞いて、藍は羨ましそうにため息をついた。

「何ともまあ羨ましい生活をしているな、アグナは。まあ、そのうち向こうも決まるだろう。私達は今でのんびりと待とうじゃないか」

「……そうだな」

 二人は連れ添って居間に向かう。
 そこには誰も居らず、静寂がその場を支配していた。

「……愛梨達はどうした?」

「ああ、先程銀の霊峰から使いが来てな。その対応のために戻っていったぞ。将志には食料係の協議の結果を聞き届けるようにと言う愛梨からの伝言を受けている」

「……そうか」

 将志が縁側に腰を下ろすと、その隣に藍が腰を下ろす。
 藍はぴったりと寄り添う様に座っており、将志の肩に頭を乗せている。

「……随分と疲れているようだな」

「そういうわけではないんだが……」

 藍はそういうと辺りを見回した。
 辺りには誰も居らず、近づいてくる気配もない。

「……いや、やはり少し疲れているようだ。将志、折角頑張ったのだから、少し褒美をくれないか?」

「……褒美? 何か欲しいものでもあるのか?」

「ああ……お前からの接吻が欲しい」

 藍は将志の腕を抱き、下から上目遣いで覗き込むようにしてそういった。
 その眼は潤んでおり、頬は仄かに赤く染まっている。

「……それくらいならお安い御用だ」

 将志は一つ頷くと、藍の頬にキスをした。
 それを受けて、藍は少し不満げな表情を浮かべた。

「……唇には、くれないのだな」

「……唇は俺にとって一番の者にすると決めている。だから、今は藍にはしてやれない」

「今は?」

「……自分の気持ちが良く分からんのだ。好意を持っているというならば、俺は多くの人物に対して持っている。だが、その中で誰が一番なのか……そう言われると、良く分からんのだ」

 困った表情で将志はそう話す。
 それを聞いて、藍は興味深そうに将志を見る。

「ほう……てっきりお前の主に先を越されたものかと思っていたが、違うんだな?」

「……主への気持ちが特に分からない。俺は確かに主に対して好意を、それも飛びぬけて強いものを持っている……だが、それがまた使命感や何かから来ているのではないかと思うと、自信がなくなるのだ。こんなことでは、胸を張って主が一番とは言えん」

 かつて、将志は強烈な使命感に縛られていた過去がある。
 それから開放した輝夜の一言は、未だに将志の心に深々と突き刺さっているようだ。

「なるほど……やはり敵は強大だな……だが、付け入る隙はまだあるようだな」

 藍はそういうと、将志の頬に手を伸ばす。
 それに対して、将志はキョトンとした表情を浮かべた。

「……藍?」

「お前が口付けにそういう考えを持っているのならば、私もそうさせてもらおう」

 藍はそういうと将志の頬を両手で掴み、唇にキスをした。
 唇を吸い、舌を絡める。
 藍のキスは、炎のように情熱的で糖菓子のように甘かった。

「……んちゅっ……お前の主にとって将志が一番であるように、私にとって一番はお前だ。私はお前の一番を諦める気などさらさらない。それは覚えておいてくれ」

 頬を染め上気した表情で藍はそう言い、将志を抱きしめる。
 一方の将志は不意を突かれて呆然としており、成すがままになっていた。
 そんな中、紫とアルバートが協議していた部屋から人が動く気配が感じられた。
 それを受けて、藍は将志から身体を離す。

「協議が終わったようだな。では、紫様に話をつけてくる」

 藍はそういうと、立ち上がって紫がいる部屋へと向かっていった。
 それと入れ違いに、アルバートがやってきた。

「む? どうした、将志? 何を呆けておるのだ?」

 アルバートはぼーっとしている将志にそう声をかける。

「……友人関係というものは、難しいのだな……」

「……?」

 将志の言葉に、アルバートはただ首を傾げるばかりだった。



[29218] 番外:演劇・銀槍版桃太郎
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/12/01 04:39
注意

 この話は本編のキャラクターを使った作者のやりたい放題の話です。
 以下の点にお気をつけください。

 ・著しいキャラ崩壊
 ・カオス空間
 ・超展開
 ・一部メタ発言

 なお、この話は本編とは一切関係ありません。
 以上の点をご了承しかねると言う方は、ブラウザバックを推奨いたします。

 では、お楽しみください。












「みんな~!! 今日は来てくれてありがと~♪ 今日は演劇『桃太郎』を披露するよ♪ それじゃあ劇の始まり始まり~♪」

「……誰に向けて言ってますの?」

「モニターの前のみんなだよ♪」

「うわあ、いきなりメッタメタだぁ~……」

  *  *  *  *  *

『(ナレーター:愛梨)昔々、あるところに、おじいさん(演者:妖忌)とおばあさん(演者:幽々子)が住んでいました。ある日、おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川に洗濯に行きました』

「それじゃあおばあさん、気をつけてくださいね」

「ええ、おじいさんも気をつけてね」

『おばあさんは川に着くと、早速洗濯を始めました』

「う~ん、なかなか落ちないわ~」

『おばあさんが川で洗濯をしていると、どんぶらこ、どんぶらこと大きな桃が流れてきました』

「あら、美味しそうな桃ねぇ」

「いただきま~す♪」

『おばあさんは川から桃を掬い上げると、そのままかぶりつきました』

  *  *  *  *  *

「はいカット」

 唐突に、観客席から声が上がる。
 その声は舞台監督を任されている輝夜のものであった。

「ちょっと、そこは家に持って帰るんでしょ!? 何でその場で噛り付くのよ!?」

「え~、だって脚本にはそんなこと書いてなかったわよ?」

「そんな訳ないでしょうが!! ちょっと脚本見せてごらんなさい!!」

 輝夜は幽々子から脚本をふんだくると、中に眼を通した。
 しかし、その眼はすぐに点になった。

「……何これ? 配役だけしか書いてないし、後は白紙じゃない」

 幽々子の脚本には、幽々子がおばあさん役をやるということしか書かれていなかった。
 輝夜が取り落としそうになった脚本を、助監督をすることになった妹紅が手に取る。

「て言うか、この脚本書いたの誰だ?」

「ふっふっふ、それは私よ!!」

 妹紅が問いかけると、今回の脚本家であるてゐが不敵な笑みを浮かべて声を上げた。

「……てゐ、ちょっと来なさい。これはどういうこと?」

「桃太郎なんて誰だって知ってるでしょ? だから、白紙の脚本を配って好き放題やってもらうことにしたのよ。さあ、話が進まないから先に進めましょう?」

  *  *  *  *  *

「よく考えたらおじいさんにも分けてあげないと可哀想ね。持って帰りましょう」

『おばあさんは少しかじってそう思い、桃を持って帰ることにしました』

「おや、随分と大きな桃ですね……って、おばあさんつまみ食いしたんですか……」

「だって美味しそうだったんですもの……」

『桃についた歯形を見て、おじいさんは呆れ顔です』

「まあいいです。折角ですし、食べることにしましょう。切り分けますので、少し下がってください。えいやっ!!」

『おじいさんはそういうと、腰に挿した日本刀を抜いて一息で桃を真っ二つにしました』

「……きゅう」

『すると、桃の中から窒息した子供(演者:涼)がぐったりとした状態で出てきました』

  *  *  *  *  *

「カットカット」

 輝夜は頭痛を抑えるように額に手を当てながら舞台を止めた。

「……なんかいきなり子供が死に掛かってるんだけど?」

「……空気穴を開けるの忘れてたかしら……」

 輝夜の問いかけに、てゐはそう呟いた。

「というより、あの桃どういう仕掛けになってるんだ?」

「お師匠様の薬で巨大化させた桃の中に、スキマ妖怪の力で桃太郎役を埋め込んだんだけど?」

「……なんという惨いことを……」

 てゐの涼に対するあまりに酷い仕打ちに、妹紅はほろりと涙をこぼす。
 その横から、輝夜がふとした疑問をこぼした。

「それはそうと、身動き取れない中でどうやってあの一撃を回避したの?」

「……さあ?」

 大きな疑問を残したまま、舞台は再開される。

  *  *  *  *  *

『半死半生で桃の中から出てきた子供は桃太郎と名づけられました』

「あら、まだこんなに残ってるじゃない。食べないんならもらうわよ、二人とも」

「ああ、それは拙者のおかず!!」

「おばあさんが食べるのが速すぎるだけですよ、それは!!」

『桃太郎は弱肉強食の食卓の中で逞しく育ち、立派な青年へと育ちました』

「お宝は頂いていくよ!!」

「それじゃあ私は酒でももらおうか!!」

「すみませんね、皆さん。では、失礼します」

『そんなある日のこと、鬼達(演者:萃香、勇儀)が大将(演者:伊里耶)に連れられて近くの村々を荒らしまわり、略奪の限りを尽くすようになりました』

「おじいさん……もうご飯がないわ……これもきっと鬼のせい……」

「むむむ……これは由々しき事態でござるな!!」

「いや、家には鬼は来てませんよ? 単におばあさんが食べすぎなだけですからね?」

『桃太郎は我が家の食料事情に危機感を覚え、鬼達から食料を強奪するために立ち上がりました』

  *  *  *  *  *

「カットカットカット!!」

 突如として舞台監督が声を上げる。

「どうしたの、輝夜ちゃん?」

「さっきからナレーションおかしくない!? 鬼から食料を強奪とか童話にあるまじき話じゃない!!」

「だって普通にやってもつまんないよ♪ だったら、少しでも面白い方がいいでしょ♪」

「いや、そういう問題じゃないでしょ!?」

 まくし立てる輝夜に対して、愛梨は楽しそうにそう答える。
 頭をガシガシと掻き毟りながら愛梨に抗議する輝夜の肩を、てゐがぽんっと叩く。

「姫様……」

「な、何よ?」

「気にしたら負けよ♪」

 釈然としない表情の輝夜を他所に、舞台は再開する。

  *  *  *  *  *

「桃太郎、旅は辛いものになるでしょう。これをもっていきなさい……あれ?」

「ごちそうさま~」

『おじいさんが桃太郎に持たせようと思っていたきび団子は、既におばあさんのお腹の中に納まっていました』

「おばあさん!! 桃太郎に持たせる分のきび団子まで食べないでください!!」

「あら、そうだったの? ごめんなさいね、だったら代わりにこのお団子をもっていきなさい」

『怒り心頭のおじいさんにおばあさんはなおざりに謝ると、おばあさんは台所から大きな包みを持ってきました』

「随分と大きくて重いでござるな?」

「それだけ大きなお団子なのよ。さあ、行ってらっしゃい」

『桃太郎はおばあさんからお団子の入った大きな包みを受け取ると、準備を始めました』

「では、行って来るでござる!!」

「気をつけて行って来なさい」

「おみやげ宜しくね~♪」

『おじいさんとおばあさんに見送られて、桃太郎は旅に出発します』

「おや、あれは?」

『しばらく歩いていくと、目の前にとても強そうな犬(演者:将志)が一匹現れました』

「……わんわん」

「……」

「……わ、わんわん」

「…………」

『………………』

  *  *  *  *  *

「ごめん、カット……ひー、ひー」

「ぷくく……わんわんって……あんたが言うと似合わないにもほどが……」

 輝夜は腹を抱えて笑いをこらえながらいったん舞台を止める。
 その横では同じように妹紅が必死で笑いをこらえていた。

「……ええい笑うな!!」

 そんな二人に対して、将志は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

「……お兄様? 洒落にしてはいくらなんでも身体を張りすぎでは……」

「うるさい、俺の脚本にはそういうように書いてあったのだ!!」

「……大丈夫……ギャップ萌えって言葉、ある……」

「……すまない……その言葉、地味に攻撃になっているぞ、静葉……?」

 頭を優しく撫でてくる静葉にそう言うと、将志は視線に気がついてそちらに眼を向ける。
 するとそこには、呆然とした表情でジッと将志のことを眺める銀髪の初老の男がいた。

「…………」

「…………」

 無言で見つめあう二人。
 しばらくすると、アルバートは力なく首を横に振りながらその場から立ち去っていった。

「待て、アルバート!! これは劇だ、普段からこんなことをしているわけでは……!!」

 将志は大慌てでアルバートを追いかけていく。

「あはははは!! もう最高~!!」

 その慌てふためく様子を、てゐは大笑いしながら眺めていた。

 しばらくしてがっくりとうなだれた将志が帰ってくると、舞台は再開される。

  *  *  *  *  *

『周囲の時を止めた犬の発言から帰ってきた桃太郎は、犬と話をすることにしました』

「……鬼退治に行くのか?」

「そうでござるが?」

「……そうか」

「そうだ、お団子をあげるからついて来てくれぬか?」

「……了承した。では、いただこう」

『桃太郎は背負っていた荷物を降ろし、包みを解きました』

「ふふふっ……さあ、召し上がれ♪」

『すると、包みの中から大きなお団子(演者:永琳)が出てきました』

「「………………ゑ」」

  *  *  *  *  *

「カット……カットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットォ!!」

 輝夜はそう叫びながら手にしたメガホンを地面に叩き付けた。
 そして、舞台上の永琳に詰め寄った。

「ねえ、えーりん……貴方はいったい何をしているの?」

「何って、きび団子がなくなったからその代役をしているだけよ?」

「おかしいでしょ!? せめて食べ物で代用しなさいよ!!」

 悪びれる様子もなく質問に答える永琳に、輝夜は頭を抱える。
 その横で、将志は脚本家に演技の相談をしていた。

「……てゐ。あの場合どうするのが正解なのだ?」

「そんなの、美味しくいただいちゃえばいいんだよ」

「やめんか!! あんたはこの話をXXX板送りにするつもりか!?」

 混乱している将志にとんでもないことを吹き込もうとするてゐ。
 そんなてゐを妹紅が止めに入る。

「……きゅうう~~~」

 その横で話を聞いていた紫が、何を想像したのか顔を茹蛸のように真っ赤に染め、眼を回して倒れた。

「紫様!? 話だけで気を失わないでください!! どんだけ初心なんですか、貴女は!?」

 それを見て、藍は大慌てで紫を介抱するのであった。

 混沌とした空気を引きずりながら、舞台は再開される。

  *  *  *  *  *

『お団子に諭された犬は、桃太郎と一緒に旅をすることになりました』

「……歩きづらくはないか?」

「そんなことはないわよ。そんなことよりも、もう少し寄っても良いかしら?」

「……構わんぞ」

『お団子は犬とくっついて歩いていて、とても楽しそうです(羨ましいなぁ……)』

「あはははは……む、あれは……」

『海岸沿いをしばらく歩いていくと、今度は元気な猿(演者:アグナ)が出てきました』

「うっき~♪ あんたが桃太郎か!?」

「そうでござるよ!! 猿殿は何をしているのでござるか?」

「それが腹減っちまってな……何か食いもん持ってねえか?」

「う……参ったでござるな……」

『食べ物を持っていない桃太郎は大いに困りました。すると、犬が猿に声をかけました』

「……猿。しばらく時間は掛かるがそれで良いのであれば食事を作ることは出来るぞ。どうする?」

「いいのか!? そんじゃ頼むわ!!」

『犬が食事を作ることを提案すると、猿は大喜びでその提案に乗りました』

「……承知した。少し待っていろ」

『犬は海に飛び込むと次から次へと槍で魚を取ってきて、早く食べられるように塩焼きにしました』

「ん~うめぇ!! ごちそうさま!!」

「よく食べたでござるな。ところで猿殿、一緒に鬼退治をして欲しいんでござるが……」

「おう、良いぜ!! 宜しくな!!」

『お腹一杯ご飯を食べて大満足した猿は、桃太郎の鬼退治について行くことにしました』

  *  *  *  *  *

「はいカット」

 輝夜は話を止めると、体育座りをした。

「……何だろう、桃太郎の話で犬が海に飛び込んで漁をするのがまともなのかと言われたらそうじゃないのに、今までと比べるとまともだと思ってしまう私はおかしいの?」

「それに関しちゃ私も同意だよ。おかしいはずなのに、何でおかしいと思えないんだ……」

 輝夜と妹紅は二人して桃太郎と言う話を見つめなおす。
 そんな二人を、紫は苦笑いをしながら見つめていた。

「そもそも、犬が槍を持っている時点でおかしいと思うのだけど……」

「それ以前に団子が平然と喋って歩いていることの方が問題でしょう……くっ、こんなことなら、私が団子の役をしたというのに……」

「……同感……」

 藍と静葉は悔しそうにそう呟いた。

 微妙な空気の中、舞台は再開される。

  *  *  *  *  *

「えへへ~、兄ちゃん♪」

「……どうした?」

「うんにゃ、何でもねえ!!」

「寒くはないかしら、犬さん?」

「……いや、そこまでは寒くはないが……寒いのか?」

「ええ、私は少し寒いわ。だからもう少し寄らせてもらうわよ」

「ははは、犬殿はモテるでござるな~」

『猿は犬の肩の上で楽しそうにはしゃいでいて、お団子は相変わらず犬にくっついて歩いています。桃太郎はそんな一行を苦笑いを浮かべながら見ていました』

「む? あそこに見えるのは……」

『しばらく進むと、目の前に酔いどれた雉(演者:天魔)を見つけました』

「ん~? 何だ、貴様ら?」

「ああ、拙者は桃太郎と申すものでござるが……」

「あー、そう。まあ、とりあえず呑め」

「それでは、一杯だけいただくでござる」

『雉はそういうと桃太郎に向かって杯を差し出し、桃太郎はそれを飲みました』

「おお、良い呑みっぷりだな」

「かたじけのうござるよ。ところで折り入って相談があるんでござるが……」

「鬼退治だろう? 手伝ってやらなくはないが、少し腹が空いていてな」

『雉がそういうと、再び犬が前に出てきました』

「……ならば、俺が用意しよう」

「そうか……ならば用意してもらおうか、満漢全席」

『雉は意地の悪い笑みを浮かべながらそう言いました』

  *  *  *  *  *

「カット」

 輝夜は頭を抱えて話を止めた。
 そして、雉役の天魔のところに向かう。

「……冗談よね?」

「至って本気だが?」

「童話の中で鬼退治の対価に満漢全席なんて頼む奴は居ないわよ!! 何を考えてるのよ!?」

「ふん、食いたいものを頼んで何が悪い。第一、鬼退治のような命をかけた行為をたかがきび団子一つで引き受けることこそ狂気の沙汰だ。食べ物で釣るのならば、それこそ最後の晩餐の様なものでなければならんだろう?」

「これ演劇だから!! 童話に現実を持ち込まない!!」

「だが断る」

 そうして天魔は輝夜の主張を一笑に付すのだった。

 輝夜に頭痛の種を植え付けたまま、舞台は再開される。

  *  *  *  *  *

「それで、どうするんだ?」

「……面白い。その挑戦、受けて立とう」

『雉の注文を聞いた瞬間、犬の料理人魂に火がつきました』

「……桃太郎、俺はしばらく旅に出る。その間、ここで待っていてくれ」

「私も犬さんについて行くわ」

「俺も一緒についてくぜ!!」

「あ、ちょっと!?」

『犬と猿とお団子は、そういうと桃太郎を置いてけぼりにして一目散に駆け出していきました』

「兄ちゃん、燕の巣ってこれで良いか?」

「……すまないが、それは質が悪い。出来るだけ白いものを頼む」

「交渉してきたわ。食材を分けてもらえることになったわよ」

「……火腿(フオトェイ:豚の腿をカビで発酵したもの)が手に入ったか。よし、次に行こう」

「兄ちゃん、サメ獲れた?」

「……ああ。フカヒレの分はこれで十分だ」

「犬さん、次は何を探しに行くのかしら?」

「……烏龍茶だ。最高の料理には最高の茶と酒が必要だ」

『犬達は世界中を駆け回り、満漢全席のための最高の食材を厳選しました』

  *  *  *  *  *

「……カット……」

 輝夜は手にしたメガホンを握りつぶしながら舞台を止めた。

「ねえ、これ桃太郎よね? 最高の満漢全席を作る料理番組じゃないわよね!?」

「……作るからには手を抜かん。ましてや、満漢全席ともなれば最高のものを作りたくなるではないか!!」

 襟首を掴んで将志に詰め寄る輝夜。
 それに対して、将志は眼に炎を宿しながらそう張り切って答えた。

「な、何と言う料理人魂……本気すぎる……」

「というか、無駄に輝いてるわね……」

 そんな将志を見て、妹紅とてゐは呆れ半分でそう呟いた。

 無駄に闘志を燃やす料理馬鹿を止める者が現れないまま、舞台は再開される。

  *  *  *  *  *

「……どうだ。これが世界を回って集めた食材で作りあげた、最高の満漢全席だ!!」

『犬は自分の技術の全てを出し切って、注文の料理を完成させました。雉の目の前には、数え切れないほどの美味しそうな料理が並んでいます』

「ほう……完成させてきたか」

「……はへ~……」

『雉は目の前にある料理を見て、感心しました。その横では、雉に酔い潰された桃太郎が寝転がっていました』

「……ふむ。では次に犬、貴様に食べさせてもらおうか」

「……何?」

『雉の突然の要求に、犬は首を傾げました。そんな犬に、雉は肩に手を回してしなだれかかります』

「死ぬかもしれない仕事を手伝うのだぞ? 協力者の願望を叶えてやるのが筋だろう?」

「……良いだろう」

「ああ、そうだ言い忘れていた。私に食べさせるときは、箸も手も一切使っては駄目だ。……どうすればいいか、分かるな?」

「……な……ん……だと……」

「分からないなら言ってやろう。口移しで食わせてみろ」

『雉はニヤニヤ笑いながらひたすらに相手の足元を見続けます。雉の無茶苦茶な要求に、犬は大慌てです』

「き、貴様はそれで良いのか!?」

「悪ければこんなことは言わないだろう。減るものでもなし、躊躇するものでもないと思うが?」

「大体何の目的でこんなことを要求するのだ!?」

「男が女を侍らせる様に、女だって男を侍らせてみたくなるものだ。今この場に男は貴様しか居ない。さあ、どうする?」

『雉がそう言って犬を困らせていると、犬をかばうように猿とお団子が前に出てきました』

「……おい、調子にのんなよ……?」

「……これ以上狼藉を働くのなら、私にも考えがあるわ」

「……おお、怖い怖い。ま、この程度にしておくか。そいつの困った顔は思う存分堪能できたしな」

『怒った猿とお団子を前にすると、雉は大人しく引き下がりました。どうやら犬をからかいたかっただけのようです』

「それで~……どうするんでござるか~?」

「こうして満漢全席も出されたことだし、満足するまで食ってから手伝うことにするさ」

『雉は目の前の満漢全席に舌鼓を打ちながらそう答えま「ご~は~ん~!!」うわぁ!?』

  *  *  *  *  *

「カット!! 誰かあの女をとめて!!」

 輝夜はいきなり舞台に乱入した幽々子を止めるように周りに指示する。
 すると、真っ先に妖忌が幽々子の元へと走っていった。

「幽々子様!! いくらお腹が空いたからって演劇中の舞台に突撃しないでください!!」

「だって~……あの将志が材料選びから本気で作った料理なんて食べないほうが無礼でしょ~?」

「どうせ満漢全席なんて一人で食べきれる量じゃないんですから、場面が移るまでくらい我慢してくださいよ!!」

「ちょ、ちょっと、引きずらないで!?」

 妖忌は舞台の上から幽々子を引きずって舞台袖に降りていった。

 気を取り直して、舞台を再開する。

  *  *  *  *  *

『満漢全席をおなかいっぱい食べた雉は、鬼退治について行くことにしました(食べ切れなかった分はスタッフが美味しくいただきました)』

「ん~ここか? ここが良いのか?」

「っ……何処を触っているのだ、貴様は……」

「なに、暇だから貴様の弱点でも探ってやろうかと思ってな。ほら、次はここだ」

「うっ……止めんか、酔っ払いが!!」

『犬は酔っ払った雉の執拗な逆セクハラに耐えながら旅を続けます』

「……なるほど……そこが弱いのね」

『お団子はその様子に興味津々です』

「なあ、兄ちゃんたちは何をしてんだ?」

「……知らなくていいことでござるよ」

『桃太郎は猿の視線をその光景から逸らしながら先に進みます。しばらくすると、鬼ヶ島が見える海岸に着きました』

「……あれが鬼ヶ島でござるか」

「舟があるな。これで行けっつーことか?」

「そのようでござるな。皆の衆、準備は良いでござるか?」

「……大丈夫だ、問題ない」

「私は大丈夫よ」

「へへっ、いつでもいいぜ!!」

「つべこべ言ってないでとっとと行くぞ」

「うむ、ではいざ行かん!!」

『仲間の言葉に力強く頷くと、桃太郎は舟に乗って鬼ヶ島に向かいました』

「ふふふ、待ってたよ桃太郎!!」

「早速だけど、私らと遊んでもらおうかね!!」

『桃太郎が鬼ヶ島に着くと、早速鬼が戦いを挑んできました』

「……その前に、俺達と戦ってもらおうか」

「まさか、俺を仲間はずれにするなんてこたぁねえよな?」

「私も久々に暴れさせてもらうとしようか……覚悟はいいな、鬼共」

『すると鬼以上にやる気満々な桃太郎の仲間が鬼の前に出てきました。それを見て、出迎えた鬼は嬉しそうに笑います』

「良いねえ、そう来なくっちゃ。野郎共!! 丁重にもてなしてやりな!!」

『鬼の一人が号令をかけると、たくさんの鬼達が桃太郎の仲間に向かっていきました』

「……遅い!!」

「へっ、当たんねえよんなもん!!」

「温い……砕け散れ!!」

「「「うぎゃあああああああああああああああ!?」」」

『犬と猿と雉は圧倒的武力で鬼達を片っ端から一方的に駆逐していきます。その様子は、ほとんど弱いものいじめみたいな雰囲気でした』

「ふふふ……皆さん、お強いですね」

「あ、大将」

『しばらくそうしていると、鬼の大将がやってきました。大将の登場に、桃太郎は気を引き締めました』

「さてと……お名前をお伺いしても宜しいですか?」

「……一つ、人の世の生血を啜り、二つ、不埒な悪行三昧、三つ、醜い浮世の鬼を退治してくれよう桃太郎。お主が大将でござるな? この桃太郎、お主達の横暴を決して許しはせぬぞ!!」

  *  *  *  *  *

「カット」

 輝夜はこめかみを押さえながら舞台を止めた。

「……ねえ、その台詞怒られるんじゃないの? もろに某侍のパクリじゃないの」

「むう、そうなんでござるか?」

 輝夜に指摘されて、涼は残念そうにそう呟いた。
 そんな涼に妹紅が話しかける。

「というか、あんた全然戦ってないな……」

「……お師さん達が強すぎて、拙者の所まで敵が来れないんでござるよ……」

 将志にアグナに天魔。
 実際に戦うと、この三人は涼よりもはるかに強いのだ。
 この三人が前にいるせいで、涼と戦うはずの鬼までまとめて倒されてしまうのだった。

「藍さん、さっきからニヤニヤ笑ってどうかしたんですの?」

「なに、天魔は温いなと思ってな……私なら抵抗させる間もなく将志を沈められる。将志の弱点など知り尽くしているからな」

 藍はにやりと笑いながら六花にそう話す。
 それを聞いて、六花の眼がジト眼に変わる。

「……何処でそんなことを知ったんですの?」

「将志が風呂に入っている時に突撃して弄り倒した時だ。身体をあっちこっち弄られて悶える将志の姿はなかなかに来るものがあったぞ」

「……貴女は本当に何をしてるんですの……と言うか、セクハラで張り合わないでくださいまし」

 六花はそういうと、盛大にため息をつくのだった。

 なんやかんやで、再び舞台は動き出す。

  *  *  *  *  *

『桃太郎の名乗りを聞いて、鬼の大将は楽しそうに笑いました』

「桃太郎さんですか……貴女と戦うのもいいですけど……」

「ちょっと待った!! 桃太郎とは私が戦うの!!」

「何言ってるんだい、先に私が戦うのさ!!」

『大将が桃太郎と話している横で、二匹の鬼はどっちが桃太郎と戦うのかで揉めていました』

「……とまあ、貴女は順番待ちのようですし、他を当たりますよ。ちょうど気になる人も居ますし」

「あ、待つでござる!!」

「行かせないよ!! まずは私が相手よ!!」

「く~っ!! この賽の目が……」

『桃太郎の目の前には二匹の鬼が立ちはだかり、鬼の大将は別のところに行きます。大将が向かった先は、犬のところでした』

「こんにちは、犬さん」

「……お前が大将か」

「はい……ふふふ……」

『鬼の大将を前に構える犬でしたが、大将は攻撃してくるわけでもなく笑っていました』

「……何がおかしい?」

「いいえ、貴方をどう責め落とせばいいのかを考えていたんですよ」

「……おい、何か今「せめおとす」の部分に不穏な感じがしたのは気のせいか?」

「話は聞かせてもらった、協力しよう」

『犬と鬼の大将が話をしていると、雉が話に割り込んできました』

「いいか、私が今まで試したのは首と脇と……」

「あ、じゃあまだ耳とかはやっていないんですね」

「それで、貴様は犬をどう弄るつもりなのだ?」

「無論、食べます。もちろん性的な意味で」

「よし、協力しよう。まずは弱点を徹底的に洗い出すとしよう」

『雉は鬼の大将と一緒に、犬の弄り方を考え始めました』

「雉ぃぃぃぃぃぃ!! 貴様、裏切るつもりか!?」

「裏切る? 違うな、私は常に自分の信条に沿って行動している」

「……信条だと?」

「常に面白いほうに付く!!」

「ふざけるな!!」

『フリーダムな雉の行動に、犬は爆発寸前です』

  *  *  *  *  *

「Cut, ……life led break down, beckon for the fiction!! ……駄作!!!!」

 一連の流れに、輝夜が握り締めたメガホンを木っ端微塵に粉砕しながら舞台を止める。
 輝夜は手から砕け散ったメガホンの欠片をパラパラとこぼしながら伊里耶と天魔のところへと向かう。

「ねえ、あんたたちこれが童話だってこと理解してんでしょうね?」

「はい、桃太郎ですよね?」

「その時点で十分すぎるほどに童話だな」

 輝夜の質問に、伊里耶と天魔はそう言って頷いた。

「だったら何で将志の弱点だの性的な意味で食べるだなんて言葉が出てくるのよ!?」

「あの、舞台の上では流石にしませんよ? 舞台袖に降りてからじっくり味わうつもりですのでそこは安心してください」

「そういう問題じゃなーい!! 童話なんだからそういう言葉も自重しなさい!! いいわね!?」

 見当違いなことを言う伊里耶を、輝夜は思いっきり叱りつけた。
 そんな輝夜の言葉に、天魔はため息をつきながら肩をすくめる。

「全く、注文の多い監督だな……」

「あんたらがフリーダム過ぎるのが原因でしょうがぁーーーーーー!!」

 天魔の言葉に、輝夜は地団駄を踏みながら大声で叫んだ。

 監督大荒れのまま、舞台は再開される。

  *  *  *  *  *

「さて、覚悟はいいか、犬?」

「ふふふ……可愛がってあげますよ、わんちゃん?」

「……っ」

『ジリジリと迫ってくる雉と鬼の大将に、犬は大ピンチになりました』

「大丈夫よ、犬さん。私がついてるわ」

『そんな犬を、お団子が後ろから抱きしめてそう言いました』

「……団子……ああ、頼む。背中は任せたぞ」

「ええ……さあ、早く終わらせましょう?」

『犬とお団子は力をあわせて鬼達と戦うことにしました』

「そらっ、おりゃ!!」

「うわああああああ!!」

「へっへ~、二十人抜き達成!! 次はどいつだ!?」

『犬達が激闘を繰り広げている横で、猿は鬼を相手に何人倒せるか腕試しをしていました。猿の周りには負けた鬼達が累々と転がっています』

「お姉さま!!」

「はぶぅ!?」

『そんな猿に、鬼にさらわれていた女の子(演者:ルーミア)が飛びついてきました』

「ぐう~!!」

『猿は鳩尾に女の子の頭が入ったみたいで、苦しそうです』

「た、大変!? お姉さま、今お持ちk……手当てをするわ!!」

『女の子は猿を抱きかかえると、そのままどこかへ走り去っていきました』

  *  *  *  *  *

「……ちょっとカット」

 輝夜は疲れ果てた表情で舞台を止める。
 そして、脚本家の方に眼を向けた。

「ねえ、これどう収拾つけるの? 話がもうグッダグダなんだけど?」

「はあ……仕方がないなぁ……こうなったら秘密兵器を出すしかないわね」

 てゐはそういうと、なにやら人型のものを取り出した。

「……あの、それ何?」

「某所から借りてきたキ○グ・クリム○ン。それじゃ、ちゃちゃっと仕事してくるわ」

 そうして全ての過程が消し飛び、結果だけが残された。

  *  *  *  *  *

『それから色々あって、桃太郎は無事鬼退治を終えることが出来ました』

「……主と呼ばせてくれないか?」

「ええ、喜んで。これからも宜しく頼むわよ」

『犬はお団子を仕えるべき主と認めて、一緒に旅に出ました。二人はいつも一緒で、とても幸せそうです』

「お姉さま~!!」

「だぁ~!! いつも出会い頭に飛びつくなっつってんだろ!!」

『猿は助けた女の子と一緒に暮らすようになりました。色々気苦労は絶えないようですが、毎日楽しそうです』

「それで、今日は何をするつもりだ?」

「そうですね……いいお酒が手に入ったので、一緒に呑みませんか?」

『雉は鬼の大将と意気投合して、鬼ヶ島で暮らすようになりました。毎日やりたい放題出来て、とても満足そうです』

「ただいま帰ったでござる!!」

「おお、お帰りなさい。無事で何よりです」

「おみやげはあるのかしら?」

「うむ!! これで当分の間は食事に困らないでござる!!」

『そして、桃太郎は鬼にたくさんの宝物を持たされて帰ってきました』

「……ところで、後ろの人はどちら様で?」

「……あ~……何と申したらいいでござるか……」

「鬼ヶ島からやってきました~♪」

「これからよろしく頼むよ!!」

『……二匹の鬼と一緒に。めでたしめでたし』

  *  *  *  *  *

「はい、これでお話は終わりだよ♪ みんな、聞いてくれてありがとー♪」

「……一つだけ、思ったんだけど良い?」

「ん? 何かな?」

 輝夜の言葉に、愛梨は耳を傾ける。

「あんた達、やりたい放題したかっただけでしょ?」

「キャハハ☆ そうかもね♪」

 そう話す愛梨の顔は、とても楽しそうな笑顔だった。



[29218] 銀の槍、人狼の里へ行く
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/12/03 05:41
 幻想郷の南側に広がっている平原を将志は歩く。
 平原には膝くらいの背丈の草が青々と茂り、所々に岩が転がっている。
 高台にあるため、そこは夏でも涼しい風が吹いていて避暑地には良さそうである。

「ねえ、将志くん♪ こっちにくるのは初めてだよね? 今日はどこに行くのかな?」

 将志の隣で、背の低いピエロの少女がトランプの柄の入った黄色いスカートを翻しながら楽しそうに歩く。

「……今日向かうのは人狼の里だ。アルバートから招待を受けたからな」

 その隣で、将志は地図を見ながら現在位置を確認する。
 それを聞いて、愛梨は首をかしげた。

「そういえば、人狼の里って今まであんまり聞いたことなかったけど、見落としてたのかな?」

「……いや、それは無いだろう。アルバートは力の強い人狼、そんな奴が居たら確実に紫や俺の耳に入ってくるはずだ。恐らくは、最近になって幻想入りしたのだろう」

「う~ん……幻想入りしたにしては、ちょっと力が強すぎる気もするけどなぁ?」

「……それだけ大陸の西側では妖怪や魔法が幻想と化していると言うことだ。もっとも、アルバートの話では人間の中に潜んでいる人狼はまだ外の世界には居るようだがな」

 しばらく話しながら歩いていくと、愛梨が何かに気付いて前方を指差した。

「あ、あれかな♪」

「……その様だな。地図でもちょうどこの辺りに印がついている」

 将志の目の前には、レンガ造りの家が立ち並ぶ集落が見えてきた。
 道は石畳で舗装されており、家は白く塗装されているお洒落な村であった。
 その集落の奥には丘があり、そこには歴史を感じさせる古びた石の城がそびえていた。

「なんだか随分と綺麗なところだね♪」

「……ああ。想像していたよりも整っているな。それに、思った以上に規模が大きい。どうやら、この里そのものが幻想入りしたものらしいな」

「でも、それにしては騒ぎにならなかったよね?」

「……聞いた話によれば、アルバートは元が貴族だった故に周りから押し上げられて長をやっている身だ。それに本人は生きることよりも誇りを重要視する人物で、話していても権力欲というものがまるで無かった。それ故に、初めは俺達と関係を持つことなど考えもしなかったらしい」

「それって、自分の周りが平和ならそれで良かったってこと?」

「……そういうことだ」

 将志達が話していると、黒い執事服を着た老紳士が声を掛けてきた。

「槍ヶ岳 将志様でいらっしゃいますか?」

「……何者だ?」

「失礼致しました。私はヴォルフガング家で執事をしております、バーンズ・ムーンレイズと申します。アルバート様より、貴方様方をお連れするようにというお達しを受けましたので、お迎えにあがりました」

 バーンズと名乗る老紳士は、そういうと恭しく礼をした。
 それに対して、愛梨が笑顔で答える。

「キャハハ☆ ありがとー♪ ひょっとして、あの丘の上のお城に連れて行ってくれるのかな?」

「左様でございます。途中村の中を案内するようにとも伝えられておりますので、気になることがございましたら気兼ねなく申し付けてくださいませ」

「それじゃあ、早速訊いていいかな♪ あの窓にはめ込まれた透明なものは何かな?」

 愛梨はそういうと、家の窓にはめ込まれて光を反射する透明な板を指差した。
 バーンズはその指差す先を見て頷く。

「ああ、ガラスでございますね。村の中に職人が居ますが、寄ってみますか?」

「うん♪ いいよね、将志くん?」

「……別に構わんぞ」

 将志達は村の中の案内を受けながらガラス職人の居る工房に向かう。
 その途中、鍛冶屋やパン工房、磁器工房などを見て回る。
 しばらくして、目的地であるガラス工房に着いた。

「こちらがこの村のガラス工房でございます」

 ガラス工房の中には熱気がこもっており、中では職人達が黙々と作業を行っていた。
 入り口付近にはその作品が展示されており、売られているようであった。

「わぁ~……綺麗だね♪」

「……芸が細かいな。見事なものだ。それに、この窓のものにしても風を通さずに光を入れることが出来る。実用面でも有用そうだな」

 二人は色鮮やかなガラス細工の置物やグラスなどを見て感嘆の息をこぼす。
 しばらくすると、職人の一人が客に気がついて話しかけてきた。

「ん? ああ、領主様のところの執事さんか。どうかしたのかい? まさか、見つかったのか!?」

 職人は何かを期待してバーンズに話しかける。
 しかし、バーンズは首を横に振った。

「いえ、残念ながら別件です。ご主人様がお客様をお招きになったのでその案内を」

「そっか……何とかならんもんかな……」

 職人はそう言って肩を落とす。
 その職人の様子が気になったのか、将志が職人に声を掛けた。

「……どうかしたのか?」

「ん? あんた誰だ?」

「……銀の霊峰の首領を務めている、槍ヶ岳 将志というものだ。何か困っているようだが、どうかしたのか?」

「いやね、ここに来てから材料が手に入んないんだよ。今は残り少ない材料と古ガラスを工面して何とか回してる状態さね。俺達は長いことガラス職人をやってきたから、この仕事が無くなったら他に食い扶持がねえんだよ。何とかならんもんかね……」

「……その原料というのは?」

「これさ」

 職人はそう言うと、原料を持ってきた。
 原料は真っ白な石で、手に取ると冷たい感触が伝わってきた。
 将志はそれを見て、一つ頷いた。

「……ああ、これか。これならある場所を知っているぞ」

「ほ、本当か!?」

 将志の言葉に職人が勢いよく飛びついた。

「……ああ。うちの山のすぐ近くの山に、これと同じ石がゴロゴロ転がっている。恐らく、掘り返せば大量に出てくるのではないか?」

「将志くん、それって何処のこと?」

「……うちの神社がある山の近くに、白っぽい山があるだろう。あの山だ」

 銀の霊峰には大きく三つの山があり、それぞれに特徴がある。

 一つは、将志達の神社がある銀の霊峰の本山。
 本山には冬になると雪が降り積もり遠くからでも輝いて見えることから、その主共々銀の霊峰の名前の由来となっている。
 上部は修行の場と戦いの場を兼ねており、もっとも妖怪達が集まる山でもある。
 また麓では雪解け水が溶け出して出来た地下水が川となって渓流を作り出し、緑豊かになっているところから妖怪達の生活の場ともなっている。

 二つ目は、険しい本山よりも更に険しい灰色の岩山である。
 この山は本山での修行に飽き足らない者が修行の場として用いる山である。

 そして三つ目が比較的なだらかで、中央にカルデラ湖のある白い死火山。
 ここでは怪我から復帰した妖怪がリハビリをする場となっている山であり、戦闘が禁止されている場でもあった。
 その三つ目の山に、ガラスの原料があると言うのだ。

「思わぬところから耳寄りな情報が手に入りましたね。早速調査に向かわせるよう、旦那様に手配いたしましょう。宜しいですかな?」

「ああ、頼む!!」

 バーンズの言葉に、職人は嬉しそうに頷いた。
 しばらくして、三人は職人達に礼を言われ続けながら工房を後にした。

「ありがとうございます。ガラスというものは需要が高いものでして、此度の問題は管理者に相談しようかと考えていたところだったのです」

「……気にすることは無い。こちらとしても職人の困窮というのはつらいものだと分かっているからな」

 バーンズからのお礼に将志はそう言って答える。
 すると老執事は首をかしげた。

「はて、貴方様も何かお作りになるのですか?」

「……料理をな。欲しい時に欲しい材料が手に入らないということが良くあるのだ。中には代用が効かないものもあって、それで作るのを断念する場合もあったものだ」

「そうですか……でしたら、市場を覗いてみてはいかがでしょうか? 目新しい食材が手に入るかも知れませんぞ?」

 バーンズの言葉を聞いて、将志は一つ頷いた。

「……寄ってみよう。案内を頼めるか?」

「かしこまりました」

 バーンズの案内を受けて、将志達は市場に向かった。
 市場はたくさんの露店が並んでいて、どの店も活気にあふれていた。

「こちらが市場でございます」

「……おお……」

 将志はその市場に並んでいる品物を見て眼を輝かせた。
 たとえば、パセリやオレガノ、セージ等のハーブ類。
 たとえば、トマトやエシャロット、パプリカ等の野菜類。
 たとえば、レモンやメロン、オレンジ等の果物類。
 たとえば、人里では貴重な労働力となっているため滅多に出回らない牛肉や馬肉。
 そこに並んでいたのは今まで将志が欲しくても手に入らなかったものであった。

「ま、将志くん? どうかしたのかな~……」

「……今までどうしても手に入らなかった香草類や野菜がここにはこんなにたくさんある……これならば、今まで作りたくても作れなかった料理がまた作れるようになる!!」

 将志は大喜びで市場の中を見て回った。
 商品を一つ一つ見て周り、いくつか買って実際に食べたりして品質を確かめる。
 その度に、将志は満足そうに頷くのだった。

「……ふむ、人里では見られない野菜や肉類が豊富な代わりに、人里にある野菜や魚が不足しているのだな」

 将志は一通り市場を回って感想を口にする。
 人狼たちの市場は欧州圏の野菜が多い代わりに、白菜やにら等日本に古くからある食材が少ないのだ。

「お魚に関して言えば人里も多いとは言えないよね……」

「……そうだな。幻想郷には海がないからな。どうしても川魚が多くなる。紫曰く、森にある湖に行けば獲れるらしいが、どんな魚が取れるのかを調べるには時間が足りん」

「え、将志くん、自分で獲りに行くつもりなの?」

「……当然だ。たとえば昨日の食卓に上がった魚は俺が獲ってきたものだ」

 魚は基本的に川でしか獲れず、そのためには妖怪の山の川か、銀の霊峰の渓流まで行かなければならない。
 海の魚ともなれば、なぜか生息しているという森の中の湖にしか存在しない。
 と言う事は、魚を獲りに行くということは妖怪に襲われる危険性が高いということになるのである。
 それ故に、魚を獲るのはそのほとんどが気まぐれな妖怪である。
 よって、いつ売り出されるか分からないため、将志は自分で獲りに行くという行為に出たのだった。
 ちなみに将志の場合、魚を竿で釣るというよりは魚を槍で狩る手法を取るため、大物狙いになりがちである。

「きゃはは……相変わらず凄い情熱だね♪」

「失礼致します。お時間が迫っておりますゆえ、そろそろ城に案内させていただきたいのですが、宜しいですか?」

「……む、失礼した。少々熱くなり過ぎたようだ。早速案内してくれ」

「僕は大丈夫だよ♪」

 時間を告げるバーンズに将志は頭をかきながらそう答え、愛梨も頷く。

「かしこまりました。それではご案内いたします」

 バーンズは二人の返事を確認すると、丘の上の古城へと二人を案内した。
 村の中をくねくねと曲がり分かれ道の多い町並みは、道を知らなければ奥の城へは簡単にはたどり着けなくする迷路の役割を果たしている。
 その道を、バーンズは迷うことなく城へ向かって進んでいく。

 しばらく進むと、城の前に着いた。
 城の門は大きな木の扉で、とても人間の手で開くようなものではなかった。
 そういうわけで、将志達はその脇にある通用門から中に入る。
 城の中は総石造りで、床には金の刺繍で縁取られた紫紺の絨毯が敷かれていた。
 その廊下には数々の調度品が置かれており、華やかに彩っていた。
 そんな廊下をしばらく歩いていくと、バーンズは一つの部屋の前に立つ。
 その部屋のドアは開いており、中ではスーツ姿の初老の男が黒縁の眼鏡を掛けて本を読んでいた。

「よく来た。この度は世話になったな」

 アルバートは将志達の来訪に気が付くと本にしおりを挟み、眼鏡を置いて立ち上がった。
 将志が近づいてくると、アルバートは右手を差し出す。
 将志はその手をしっかりと握り握手を交わす。

「……気にすることは無い。お互いに満足の行く結果になったのだからな」

「そう言ってもらえるとありがたい。バーンズ、ここは良いから茶を持ってくるがよい」

「かしこまりました」

 アルバートの指示を受けて、バーンズは一礼して部屋を辞した。
 それを確認すると、アルバートは将志に手振りで席に付くように促した。
 丸いテーブルには椅子が四脚並んでいて、三人は将志と隣り合うようにして座った。

「さて、いかがだったかな? 我等の村は」

「……いい村だ。職人も多く、農地もしっかりしている。暮らしていく上では不自由はしないだろう」

「気に入ってもらえたようで何よりだ」

 将志の反応に、アルバートは満足そうに微笑む。
 そんなアルバートに、愛梨が質問をする。

「ねえ、一つ気になったんだけどいいかな?」

「何だ?」

「この村に住んでいるのって、みんな人狼なのかな?」

「ああ、そうだ。その様子だと、人間と変わらぬ生活をしていて驚いたようだな」

「うん♪」

「人狼も普段はただの人間と変わらん。人狼でも人間の姿の間は運動能力も何もかもが人間と同じで、違いといえば人間より死ににくくて妖力が高いくらいのものだ。人狼は夜になってこそその本来の能力を発揮するのだ」

「……お前はこの間昼に人狼となっていたが?」

「それは少し特殊な薬があってな。これを飲むといつでも人狼になれるのだ」

 アルバートはそういうと上着のポケットから包み紙にくるまれた薬を取り出した。
 包み紙を開くと鮮血のような色の赤い丸薬が出てきた。
 アルバートがそれをしまうと同時に、部屋の扉がノックされる。

「お茶をお持ちしました。旦那様、奥方様が同席したいと仰っておられますが、いかが致しますか?」

「通せ。どうせだから紹介しておきたい」

「……そう仰られると思いまして、お茶は四人分用意してあります」

 バーンズはそう言いながら四人分のティーカップとティーポットをテーブルに並べる。
 その用意の良さに、アルバートは満足そうに頷いた。

「流石だな、バーンズ。下がっていいぞ」

「かしこまりました。それでは、御用が出来ましたらいつでも申し付けてください」

 バーンズはそういうと、再び一礼して部屋を辞した。

「……結婚していたのか、アルバート?」

「ああ。お前はどうなんだ?」

 将志の問いかけに、アルバートはティーカップに紅茶を注ぎながらそう切り返す。
 それに対して、将志は首を横に振る。

「……俺は良く分からん」

「何だそれは」

 将志の返答に、アルバートは若干拍子抜けした表情を浮かべる。
 それを他所に将志は紅茶を飲む。

「……む? この紅茶は?」

「ああ、それもこの村の職人が作ったものだ。茶畑もこの高台の下にある。今は持ち込んだ苗が育ってきたところで、まだ試作の段階だがな」

「……いや、なかなかにいい茶だ。味に癖がなくて、ブレンドのベースにはちょうど良い」

 将志はそういうと、じっくりと味わって紅茶を飲む。
 それを聞いて、アルバートは興味深げに眉を吊り上げた。

「なに、お前は紅茶を自分で淹れるのか?」

「キャハハ☆ 将志くんは紅茶どころか、コーヒーと緑茶も淹れられるし、お茶菓子や料理も自作しちゃう料理の神様だよ♪」

「……基本的に料理は俺の領分だ。そもそも、家に家政婦は居ないしな」

「というより、将志くん気がついたら家事を全部やっちゃうんだもんね♪ 家政婦さん雇ってもすることなくなっちゃうよ♪」

 将志は基本的に誰よりも早起きであり、暇な時間を嫌う性質である。
 それ故、鍛錬して時間が余ると掃除をしたり洗濯をしたりするのだ。
 ちなみに、将志は女性陣の服を洗濯することに抵抗はないし、女性陣も将志が下心など持つわけがないと思うどころか一部は持っていても構わないと思っているため誰も何も言わない。
 そんな将志の生活に、アルバートは唖然とした表情を浮かべた。

「……お前、守護神ではなかったのか?」

「……そうだが?」

「守護神っていっても、普段はあんまり戦ったりしないよ♪」

「だが、幻想郷内ではそれなりに小競り合いが起こっていると記憶しているが?」

「……あの程度のことで、俺が出る必要はない。放っておいても仲間がやってくれるさ」

 アルバートの言葉に、将志ははっきりとそう断言した。
 それを聞いて、アルバートは感心したように頷く。

「指示すら出していないのか? 随分と仲間を信頼しているのだな」

「……忠誠に信頼を持って応えれば、仲間はちゃんとついてくる。俺は忠誠に応えているだけに過ぎんよ」

 将志が話していると、部屋の扉が開かれて新たな人影が現れた。
 その人物は艶やかな長い黒髪にベールのついた帽子をかぶっていて、褐色の肌に映える薄紫色のアラビアンドレスに大きなエメラルドがついたチョーカーをつけていた。
 その中で特に目を引くのが、ドレスのベルトにぶら下げられた黄金のランプである。

「アル、きたわ」

 女性はそういうと、アルバートの横にやって来る。

「紹介しよう、私の妻のジニだ」

「アルの妻のジニよ」

 ジニは自己紹介を終えるとアルバートの隣に座る。

「……槍妖怪、槍ヶ岳 将志だ」

「喜嶋 愛梨だよ♪ 宜しくね♪」

「宜しく。そちらもご夫婦?」

「ええっ、夫婦!?」

 ジニの発言に愛梨は顔を真っ赤にしてうろたえる。

「……いや、違うぞ」

 その横で、将志はズッパリと否定する。 

「……そんなにバッサリ言わなくてもいいのになぁ……」

 あんまりな将志の発言に、愛梨はホロリと涙した。
 それを聞いて、アルバートは納得の行かない顔をしていた。

「しかし、あれほど綺麗どころを集めておいて結婚しないのか? 俺の眼から見てもなかなかに壮観な絵柄であったが……ん?」

 アルバートが話していると、服の裾がギュッと握られる。

「アル……う、浮気はしても、い、いいけど……ぐすっ、絶対帰ってきて!!」

 アルバートが振り返ると、翡翠の様な眼に涙を湛えて泣きじゃくりながらジニがすがり付いていた。
 その様子は捨てられた子犬が感情を露にしたらこうなるであろうという状態だった。

「……浮気はしないから泣かないでくれ」

 アルバートはそんなジニの様子に罪悪感をたっぷり感じながら彼女を宥める。
 ジニが泣き止むと、将志がアルバートに質問をした。

「……彼女も人狼か?」

「いや、ジニは違うな。ジニは魔人だ」

「魔人だって?」

「ああ。元はランプに封じられていて、呼び出したものの願いを無償で何でも三つ叶える魔人だった」

 アルバートが説明をすると、将志は大きくため息をついて首を横に振った。

「……何とも物騒なランプもあったものだな。何でも三つ、とは世界すらも容易く滅ぼせるということだろうに」

「仕方が無いことよ、そういう呪いだったんだもの。正直、作った人間の正気を疑うわ」

「呪い?」

 呪いと言う言葉に愛梨が反応する。
 それを聞いて、ジニは紅茶を飲んで一息ついてから話し始めた。

「私は最初からこのランプに中に居たわけじゃないわ。大昔に罪を犯して、その罰として呪いを掛けられて閉じ込められたのよ」

「その罪も、元をただせばただ一つの叶わぬ恋。その恋がジニを狂わせ、国を滅ぼしたのだ」

「……どこかで聞いたような話だな……」

 将志はジニの話を聞いてそう呟いた。
 将志の頭の中には、愛に溺れて国を滅ぼしたことがある九尾の狐の姿が浮かんでいた。

「それで、暗く狭いランプの中からようやく出してくれたのがアルだったんだけど、最初の願いが「俺を殺してくれ」だったのよ」

「当時の俺は人狼になったばかりで絶望していたからな。即座に出てきた願いがそれだった」

 アルバートは苦笑いを浮かべながら当時のことを語る。
 それを聞いて、将志は首をかしげた。

「……人間に戻りたいとは願わなかったのか?」

「願わなかった。その時俺は衝動に抗えず、既に何人も手に掛けた後だった。殺された人間のことを考えると、今更人間に戻って生活するなど申し訳なくて出来なかった。だから俺は死を望んだのだ」

「あの時は思いとどまらせるのに苦労したわ……」

「ああ、君は泣きながら俺を殴り飛ばして「死に逃げるな」と叱り飛ばしたのだったな。あの一撃が今まで受けた中で一番堪えたよ」

「もう……ぐすっ……し、死ぬなんて言わないよね……?」

 苦笑いを浮かべるアルバートの袖を、ジニが泣きながら引っ張る。

「……言わないから泣かないでくれ」

 その懇願するような視線に、アルバートは即座に折れる。
 女の涙に男は勝てないのだ。

「……それで、結局アルバートは何を願ったのだ?」

「アルが私に願ったのは、自分が殺した人間の全てを永遠に覚えていられるようにすること、不幸な人狼がこれ以上増えないようにすること……そして、私を自由にすること」

「……なかなかに重たい願い事だね……」

 アルバートの願いを聞いて、愛梨はそう呟いた。
 つまり、アルバートは自分が殺した人間の全てを背負って生きていくということを選んだのである。
 その背中にいくつの続くはずだった人生を背負っているのか、愛梨には想像もつかなかった。

「……殺した全ての人間のことを覚えておくなど、俺の自己満足に過ぎんよ。もう一つの願いも、見るものが見れば偽善と映るだろう」

「でも、そのお陰で多くの人狼が助かっているのも事実よ。現にここに居る人狼達に自分を不幸だと思っている者は一人も居ないわよ」

 自嘲気味に笑うアルバートに、ジニは優しい口調でそう言った。

「……そして紆余曲折の後、結婚したと」

「そうなるな……で、お前はどうなんだ?」

 突如としてアルバートはニヤニヤと笑いながら将志にそう問いかけた。
 それに対して、将志は難しい表情を浮かべる。

「……どうと言われてもな……親しい友人はそれなりに居るのだが……」

「で、実際はどうなの?」

 将志の答えを聴いてすぐに、ジニが愛梨に質問をした。
 その質問に、愛梨は肩を落とした。

「……将志くん、恋愛が良く分かってないみたい。キスしても、一番仲のいい友達にならみんなするのかもとか考えているみたいで……」

「「……は?」」

 あまりに酷い内容に、聞き手の夫婦は呆気にとられる。
 ジニは一つ咳払いをして、質問を重ねることにした。

「……一番仲のいい友達=恋人にはならないの?」

「それが、将志くんの方からは一度もそういうことはしてくれなくて……何人かアプローチしてるんだけどまだ誰も返事もらってないんだ……」

「……ふっ!!」

「うおっ!?」

 愛梨の言葉を聞いた瞬間、アルバートが隣にいた将志に左ストレートを放った。
 将志はとっさに身体を捻ってそれを躱し、追撃を警戒して立ち上がる。

「……いきなり何をする、アルバート!?」

「やかましい、このヘタレを滅殺せよと俺の本能がそう叫んでいるのだ……!!」

「何の話だ!?」

 アルバートは将志に対して激しく攻撃を続ける。
 その攻撃を、将志は右へ左へと避け続ける。
 そんな二人を尻目に、ジニと愛梨は話を続ける。

「朴念仁なのか優柔不断なのか判断に悩むところね。ほかには?」

「おまけに、ちょっと変な訓練を受けさせられてて言動が……」

 愛梨がそういった瞬間、部屋にメイドが入ってきた。
 ちょうどそこに、攻撃を避けた将志が後ろに下がってきた。

「ご主人様、少し相談がきゃっ!?」

「……っ、まずい!!」

 将志は自分を避けようとして転びそうになるメイドの手を掴み、一気に引き寄せる。
 結果的に、メイドは将志の腕に仰向けに倒れこむように抱かれる形になった。

「……っと、すまない。怪我はないか?」

「え、あ、はい……」

「……それは良かった。君のような綺麗な娘に傷をつけたりしては大変だからな」

 呆然としているメイドに、将志の天然スキルが発動する。
 柔らかい笑顔と共に優しいテノールで紡がれたその言葉を聞いた瞬間、メイドの顔が一気に赤く染まった。

「へ!? あ、ありがとうございます……」

「……何に対する礼かは知らんがありがたく受け取っておこう。さ、アルバートに用なのだろう?」

「あ、いえ、お客様がいらっしゃるのでしたら後で伺います!! 失礼しました!!」

 メイドはパニック状態でそういうと、はじけたように走り去っていった。
 将志はその様子を呆然と見送る。

「……別に気にする必要はないと思うが……「ぜやあっ!!」おっと!?」

 その将志に、革靴のかかとが降ってくる。
 将志はそれを紙一重で避けると、アルバートに向き直った。

「……だから、俺が何をしたというのだ!?」

「黙れ、うちのメイドを速攻で口説くような女誑しはこの場で粛清してくれる!!」

「俺がいつ口説いたというのだ!?」

 嵐のような連撃を将志は次々と躱していく。
 その将志の言葉を聞いて、ジニが呆れ顔でため息をついた。

「なるほど、天然誑しとは厄介な性格してるわね」

「うん……お陰で仕事であっちこっち行っては女の子を毒牙に掛けてるみたいで……最近じゃ家にまで来る子もいるよ……」

「本格的に女の敵ね。その手の言葉を言えなくする薬でも作ろうか?」

「え、お薬作れるの?」

「ええ、風邪薬とかは作れないけど、魔法に関するものはね。アルに持たせてる人狼の薬も私が作ったものよ」

 女性陣がそうやって話していると、先程まで暴れていた男二人が帰ってきた。

「……とりあえず、紅茶でも飲んで落ち着け、アルバート」

「はぁはぁ……くそっ、相変わらずなんと言う素早さだ……」

 息が上がっているアルバートに将志は涼しい顔で紅茶を勧める。
 アルバートはそれを受け取ると、一気に飲み干した。
 そこに、執事服の老紳士がやってきた。

「失礼致します。旦那様、幻想郷の管理者がお見えになっておりますが、いかが致しますか?」

「む、通せ」

「それじゃあ、遠慮なく」

「なっ!?」

「うにゃあ!?」

 アルバートの言葉が聞こえてすぐに、目の前の空間が裂けて客人が現れた。
 胡散臭い笑みを浮かべたその客人の姿を見て、将志は呆れ顔を浮かべた。

「……紫、部屋に入るときくらいドアから入ってこないか?」

「いやよ、私の数少ない楽しみですもの」

「……そんなことしていると、この間のようになるぞ?」

「あ、あれは将志が悪いんでしょう!? 出てきてすぐ目の前に槍の切っ先があったら誰だってびっくりするわよ!!」

「……あれはお前の自業自得だろう」

 それはある日、紫が将志を驚かせようとして背後に現れた時のこと。
 最初に紫の眼に入ったのは、目の前に迫る銀の槍。
 紫はそれに大いに驚き後ずさった。
 しかしその後ろにあったのは階段であり、足を踏み外した紫は長い階段をゴロゴロと階下まで転げ落ちる。
 おまけにそこには雑巾を洗った水が入った桶が置かれていて、紫はその水を思いっきり被るという散々な眼にあったのだった。

「ア、アルぅ~、あの女は何!?」

 突如現れた乱入者に、ジニは眼に涙を浮かべながらアルバートの陰に隠れて震える。

「幻想郷の管理者、八雲 紫だ。怖がることはない……はずだ」

 アルバートはジニを宥めながら自信なさげにそう言った。

「……そこは断言してくれないかしら? それと、そんなに怖がられるとは思わなかったわ……」

 そんな二人の様子を見て、紫は苦笑いを浮かべて頬をかいた。
 しばらくして、アルバートは紫に向き直った。

「それで、ここに来たということは俺に用なのだろう? 何の用だ?」

「この間の協議内容をまとめた書類を届けに来たのよ。過不足があるか確認してちょうだいな」

「ふむ……」

 アルバートは紫が取り出した紙を受け取ると、内容を確認した。
 中には人狼が幻想郷の外で人を襲うことを容認する趣旨等、先の協議で決まったことが事細かに書かれていた。
 それを確認すると、アルバートは一つ大きく頷いた。

「……確認したが、問題はない。確かに受け取ったぞ」

「ええ。それから、将志にもこれね」

 紫はそういうと将志に折りたたまれた紙を渡す。
 将志はそれを受け取ると、内容を流し読む。

「……報告書か。確かに受け取った。後で目を通しておこう」

「あ、そうそう。将志、天魔が貴方のことを捜してたけど、何かしたのかしら?」

 紫がそういった瞬間、将志は嫌そうな表情を浮かべる。

「……俺は何も知らんぞ」

「天魔というと……妖怪の山の首領か。確か妖怪の勢力としては最大の勢力ではなかったか?」

「将志くん、どうするの?」

「……放置しておけ。行ったところで碌なことがない」

 愛梨の問いかけに将志は苦い表情でそう答える。
 その表情は、将志には珍しく嫌悪感を露にしたものだった。

「そういうわけにも行かないんじゃない? 首領同士の話となるとそれなりに重要な話なんじゃないの?」

「……断言しよう、天魔に限ってそれはない!!」

 ジニの言葉に対して、将志は力強く断言した。
 過去に数々の辛酸を舐めさせられた天魔に対して、将志は欠片も信頼などしていないのだった。

「あら、どうしてそう言い切れるのかしら? 前に話したときは真面目な話をしていたけど? それに時期が時期だし、案外真面目な話かもしれないわよ?」

「……くっ、否定する要素がないか……すまないが、今日はこの辺りで失礼させてもらう」

 紫の言葉に、将志は心底嫌そうな表情でそう答えて部屋を出ようとする。

「ああ。次は酒でも飲みながらじっくり話をしよう。最高のワインを用意して待っているぞ」

「……楽しみにさせてもらおう。では、またな」

 アルバートの言葉に、将志は軽く深呼吸していったん気分を落ち着けてからそう答えた。

「愛梨、めげずに頑張りなさいよ」

「……うん♪ 頑張るよ♪」

 その一方で、ジニは愛梨に激励の言葉を送るのだった。
 愛梨はそれを受け取ると、駆け足で先に行っている将志を追いかけるのだった。





「……さて、一度帰って書類をしまわなければな」

 空を飛んで銀の霊峰の近くまで戻ってくると、将志はそう言って頂上に向かう。
 なお、真っ直ぐ妖怪の山に向かわなかったのは将志の天魔に対するささやかな抵抗である。

「あ、それじゃあ僕は下の様子を見てくるよ♪」

「……ああ、頼む」

 愛梨は将志に一言告げると、旋回して霊山の麓へ向かっていった。
 将志はそれを見送ると、社に戻っていく。
 そし山門まで来たとき、将志は異変に気がついた。

「……む? 門番が居ないな……今日は涼だったはずだが……」

 将志は門の近くに降り立って周囲を捜してみる。
 すると、金色の髪に赤いリボンをつけた闇色の服の少女が倒れていた。

「……ルーミア? おい、どうした!?」

 将志はルーミアを抱き起こし、本殿へと運ぶことにした。
 ルーミアは傷だらけで、かなり手ひどくやられたであろうことが分かった。

「うう……お兄さま?」

「しっかりしろ、アグナはどうした!?」

 将志は腕の中で目を覚ましたルーミアに問いかけた。
 ルーミアは眼の焦点があっておらず、意識が朦朧としているようであった。

「お姉さまは襲撃者を追いかけていったわ……」

「……襲撃者だと?」

「ええ……襲撃者は、門番をさらってこんな紙を置いていったわ……」

 ルーミアはそういうと、手にした紙を将志に差し出す。
 将志はルーミアを救護室の布団に寝かせると、その紙を受け取って中を見た。

『将志へ お前が来ないから拗ねてやる。門番を帰して欲しかったらさっさと来い 天魔』

 その紙は涙で濡らしたとでも言いたいのか、所々濡れた様な跡があった。
 将志は内容を確認すると、無言でその紙を丸めて床にたたきつけた。

「……よし把握した。少し出かけてくる」

 後にルーミアは語る。
 このときのお兄さまは、少しでも動けば殺されてしまうと思うほど怖かったと。

 その日、妖怪の山では大爆発が相次いで起きた。

 余談だが、その日帰ってこられたのは悔しそうな表情を浮かべる妖精と半死半生の門番だけだったことを追記しておく。



[29218] 銀の槍、意趣返しをする
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/12/05 07:29
「……貴様、何のために呼び出したかと思えば……」

「良いじゃないか、仕事を押し付けようとしていた訳ではないのだし」

 額にでっかい青筋を浮かべ肩を震わせる銀髪の男に、黒い翼を生やした妙齢の女性は何てことのないようにそういう。
 それを聞いて、男の額に青筋が増えていく。

「……だからと言って、涼を誘拐しルーミアやアグナと喧嘩してまで呼びつけておいて、理由が晩酌の相手が欲しかっただけとはどういうことだ!?」

 将志はそう言って憤慨する。
 門の傍に倒れていたルーミアから手紙を受け取った将志は、大急ぎで妖怪の山へと向かった。
 そこで天魔を追いかけて先に向かっていたアグナや誘拐されていた涼と共に天魔を相手に暴れまわった後、天魔の謀略によって将志は天魔の家に向かうことになった。
 なお、その際の条件でアグナと涼は銀の霊峰へと帰ることになったのだった。
 そこまでして呼びつけられたと言うのに、その理由が晩酌の相手では将志もやってられないであろう。

「頭の固い大天狗共と飲んでもつまらんし、下っ端の連中だと萎縮してしまって相手にならん。結果として、貴様が最善の相手として残ったわけだ」

 憤慨する将志に、天魔はそう言って理由を説明する。
 それを聞いて将志は頭を抱える。

「……紫や藍なら空いていたのではないか?」

「幻想郷の管理者が貴様より暇な訳がないだろう? それに、その二人よりも貴様のほうが弄り甲斐があって楽しいからな」

「弄り甲斐とはどういうことだ!! ええい、そういうことなら俺は帰るぞ!!」

「つれないことを言うな、将志きゅ~ん♪ 寂しい女の一人酒に付き合うくらいの度量は見せてくれてもいいのではないか?」

 怒鳴り散らした後に帰ろうとする将志の肩に腕を回し、にやけた表情で天魔はそう話しかける。
 それに対して、将志は肩に回された腕を払って更に怒鳴りつけた。

「何が将志きゅ~ん、だ!! 大体寂しく一人酒をすることになったのは貴様の自己責任だろうが!!」

「そうは言われてもだ、私も忙しい身なんでな。周囲と交流をする暇など、」

「嘘をつけ!! 忙しい者があんな大量に書類を溜めるか!!」

「むぅ……それ以上言うと、拗ねるぞ? 泣くぞ?」

 将志の激しく怒鳴りつける言葉に、天魔は将志の小豆色の胴衣の袖を掴んでそう言った。
 その様子に、将志は深々とため息をつく。

「……貴様のような鉄面皮がこの程度で泣く訳なかろう」

「……私が泣かないと思ったら、っく、大間違い、だからな……」

 天魔は眼に涙をため、泣くのを堪えながらそう言った。
 それを見て、将志は頭を激しく掻き毟った。

「……っ、ああくそ!! 付き合ってやるから泣くな、鬱陶しい」

「よし、言質は取ったぞ」

 将志の言葉を聞いた瞬間、天魔は一瞬で泣き止んだ。
 あまりの変わり身の早さに、将志は天魔を睨みつける。

「……貴様という奴は……っ!!」

「涙は女の武器と言う奴だ、悪く思うなよ? さあ、飲もうじゃないか」

「……その前にだ……」

 将志は暗い声でそういうと天魔の肩を掴んだ。
 突然の行為に、天魔の顔が引きつった。

「……な、なんだ? 何をする気だ、貴様!?」

「……前に俺が書類整理をさせられてから三ヶ月……この間に色々と重要書類が出回っていたはずだな?」

 将志はそう言いながら天魔にバックブリーカーを掛ける。
 天魔の腰が首筋に当てられ、左腕が喉に食い込み脚に添えられた右腕と共に天魔の体を弓なりに締め上げる。

「あぐっ、極まってる、腰と首が極まっている!!」

「……さあ、溜まっていないか確認と行こうか。溜まっていたら……分かっているだろうな?」

「うっ、放せぇ……」

 抵抗する天魔を締め上げたまま、将志は仕事部屋である書斎に向かう。
 書斎に着いたとき、将志の眼に留まったのは机の上に積み上げられた書類の山だった。

「……ほう……見事に溜まっているな……三ヶ月分……」

「うっ……ぐ」

 将志は両腕に力を込めながらそう呟く。
 腰に掛かる強烈な負担に、天魔は呻き声を上げる。
 将志は机の前へ歩いていった。

「……はあっ!!」

「うわっ!!」

 将志は天魔を足から床に能力を使って深々と突き刺した。
 天魔の体は腰まで床に埋まった。

「ぐっ、床にはまり込んで抜けないだと!?」

 天魔は抜け出そうともがくが、しっかりと嵌ってしまっていて抜けない。
 そんな天魔を将志は冷たい眼で見下ろす。

「……書類整理が終わったら抜いてやる。しっかりやれよ?」

「こ、こんなことをして何になると、っ!?」

 天魔が何か言いかけると、天魔の周りに七本の銀の槍が現れた。

「……ちなみにサボったりしたら貴様の身体に一本ずつ撃ち込んでやる。それが嫌なら、真面目にやることだ」

 将志は書類の山をまとめながら天魔にそう言った。
 その眼には強い威圧感があり、言ったことを確実に実行するという意思が見て取れた。

「くっ、仕方がない……やるしかないか……覚えていろよ、将志」

 天魔は恨めしそうに将志を睨みながらそういうと、積み上げられた書類を片付け始めた。
 将志は天魔が処理した書類を分かりやすくファイリングしていく。

「む、この案件は確か……」

「……この資料のものだろう?」

 将志は天魔が持っている書類を見て、即座に必要な資料を手渡す。
 その手には手渡した資料の他に何枚かの資料が抱えられていた。

「ああ、それだ。って、この他のものは何だ?」

「その書類の山の案件に必要な資料を全て集めてきたものだ。ここに置いておくから使うが良い」

 将志はそういうと、天魔の手に取りやすい場所に資料の束を置く。

「……随分と用意が良いのだな?」

「……最初に書類の内容を確認して資料を用意しておけば、いちいち探す手間が省ける。早く終わらせたいのなら覚えておくことだ」

「いや、それ以前に将志が私よりもこの部屋の書類に詳しいことがぐあっ!?」

 疑問を浮かべる天魔の脳天に、将志は『鏡月』の石突を叩き込む。
 その一撃には、日頃の恨みが存分に込められていた。

「貴様が溜め込んだ書類の山を処理したのは誰だと思っている!! お陰で妖怪の山の内部事情や機密事項まで全部俺の頭の中に入っているのだぞ!? それでいいのか!?」

「別に問題はないが? むしろお前に知らせることで両者の間で連携が取り易くなると思っているのだがね? 第一、隠し事をしたところで我々には何の利点もない。機密事項など、あって無い様なものだ」

 天魔は全く気にする様子もなくそう言い切る。
 それを聞いて、将志は額に手を当てて盛大にため息をついた。

「……もう良い。さっさと終わらせろ」

「……やれやれだ」

「それは俺の台詞だ!!」

 


 しばらくして、机の上にあった書類は全て無くなった。
 それらは全て将志の手に渡っており、確認が終わり次第ファイリングしていく。
 全ての資料がファイリングされると、将志は一息ついた。

「……意外と早く終わったな」

「一応首領だからな。このくらいは出来なければ」

 天魔はどうだと言わんばかりに将志を見る。
 その様子を見て、将志は呆れ顔で視線を送る。

「……その前に書類が溜まらない様にしろ、戯け」

「まあ、細かいことは気にするな。そんなことより飲もうか」

「……待て、胃が空の状態で飲むと胸焼けを起こす。つまみでもサッと作ろう。台所を借りるぞ」

「気が利くな、では待っているぞ」

 天魔と分かれて台所がある土間へと将志は向かう。
 そしてそこにたどり着いた時、将志は愕然とした。

「……これは酷い……」

 将志の目の前には、洗い場に大量に詰まれた汚れた食器と調理器具だった。
 その様子に、将志は大きく深呼吸した。

「……まずは片づけからか……」

 将志は腕まくりをすると、気合を入れて洗い物を始めた。
 丁寧に勝つ手早く作業を行っていき、次々と洗い終えていく。

「……しかし、こうしてみるとなかなかに良い道具が揃っているな」

 将志は洗い終わったものを見てそう呟いた。
 洗いあがった道具はかなり質の良いものが揃っていて、包丁にいたってはかなりの業物と思われるものが一式揃っていた。
 その使われ方から、天魔が普段料理をしているであろうことが感じ取れた。
 将志は作る料理を考えるために食材を確認する。

「……食材も色々ある。ふむ……」

 将志は思いの他揃っている食材を眺めながら、献立を考えることにした。





「……待たせたな」

「む、遅いぞ将志。あんまり遅いから先に始めたぞ?」

 将志が居間に向かうと、天魔は既に酒を飲み始めていた。
 天魔の言葉を聞いて、将志はため息をつく。

「……そういうなら台所くらい片付けておけ。せっかく調理器具は良い物が揃っているのに、あれでは台無しになる」

「そうしようにも出来ないのだよ。これでも会議などはしっかりと出ているのでね」

「……書類仕事をサボっておいて、よく会議の内容についていけるな?」

「そんなもの見なくても周囲を見て回れば何が問題なのかは自ずと見えてくるものだ。それに、石頭の大天狗共ばかり出席する会議なんぞたかが知れている。あんなものに出るくらいなら村の井戸端会議に出るほうが余程有益だ」

 天魔は苦い顔をしてそう言い放つ。
 天魔にしてみれば、大天狗達は保守的過ぎて会議をしてもつまらないものでしかないのだった。
 それを聞いて、将志は首をかしげた。

「……そういうものなのか?」

「そういうものだ。第一、お前のところも会議など行っていないだろうに」

「……そういえばそうだったな」

 銀の霊峰では会議など一切行っていない。
 何故なら将志は現場の意見を即座に反映するために、現場のことはその現場を管理している者に一任しているからである。
 将志が銀の霊峰内ですることといえば、下から上がってくる意見を聞いて人事異動を行ったり、必要があれば自らが現場に出向いて問題を解決するくらいである。
 将志の主な仕事は、外交関係の仕事なのである。

「それで、つまみはどうした?」

「……足の速い食材が多かったから、大量になった。まあ、俺も食うからちょうど良い量ではあるだろう」

 天魔に催促されて、将志は大きく赤い漆塗りの盆に載せた料理を広げた。
 盆の上には数多くの料理が載せられており、少人数であれば宴会が出来そうなほどであった。
 その内容も和洋中を出来る範囲で揃えたバラエティーに富んだものであった。

「……また随分と作ったものだな。まあ良い、ちょうど塩気が欲しかったところだ。早速食べるとしよう」

 天魔はそのうちの一品を口にする。
 しばらくの間、二人は黙々と料理を食べながら酒を飲む。

「……将志」

 突如として、天魔は将志に話しかけた。
 その声に、将志は顔を上げる。

「……どうした?」

「……お前、私の嫁になれ」

 その瞬間、将志の時が止まった。

「……はあ?」

 しばらくして、将志はようやく間の抜けた声を絞り出した。
 それに対して、天魔は料理に眼を向けながら話を続ける。

「書類仕事が速い、喧嘩も強い、料理は美味い、おまけに顔立ちも整っている。よく考えてみたら、お前は男にこの言葉を使うのもおかしいが才色兼備の超優良物件だ。これを逃す手はないだろう?」

「……お前は何を言っているんだ」

「なに、お互いに行き遅れているんだ、行き遅れ同士仲良くしようじゃないか」

 呆れ顔を浮かべる将志と肩を組み、翼で抱え込みながら天魔はそう言う。
 それに対して、将志は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

「断る!! 俺は結婚がどうこうだとかそういうことは知らんが、貴様に毎日付き合わされるのは御免だ!!」

「おや、私はお前に選択肢をくれてやったつもりはないのだがね? これは命令だ。敗者は勝者に従うべきだろう?」

 天魔はそう言いながら胡坐をかいている将志の膝の上に乗った。
 その行動に将志の表情が硬くなる。

「……っ、何をするつもりだ?」

「……なあ、将志。そもそも女が一人暮らしをしている家に、男がのこのこ一人でやってくるとはあまりに無防備だとは思わないか?」

「……っ!?」

 天魔の言葉を聞いた瞬間、全身を寒気が走った。
 見ると、天魔は自分の袴の帯に手を掛け、するすると外し始めていた。
 黒い袴は帯が解けると同時にするりと落ち、天魔はそれを取り払う。
 白く肌理細やかな肌で細く引き締まった綺麗な脚が露になる。

「私は将志に勝つことが出来る。つまり、私は貴様を襲おうと思えばいつでも襲えるというわけだ。それに、こうされてはいくら将志でも避けられまい?」

 天魔はそう言いながら自らが着ている小袖を少しずつ肌蹴ていく。
 少しずつ胸元が開いていき、形の良いふくよかな胸が見えてくる。

「なっ……なっ……」

 その行為に、将志は顔を真っ赤にして眼を背ける。
 天魔はそれを見て、ニヤニヤ笑いながら将志の顔を覗き込む。

「おや、そんなに赤くなってどうかしたのか? まさか、あの面子と暮らしていてなお女の身体を見慣れていないということか? 初心な奴め」

「くっ、離れろ!!」

「断る。じたばたしても逃がさんぞ? 私が軽く小突けば、お前は失神する。そうなったら、私はお前に好き放題出来るというわけだ。そうなりたくなければ、下手な抵抗はやめろ」

 天魔は胸を将志の顔に押し付けるようにして抱きつきながらそう言った。
 その声は囁くような声で、色香を多分に含んでいた。
 警告を聞いて、将志は抵抗を止めて成すがままになる。

「ぐっ……冗談はよせ……」

「む、流石に私も誰にも彼にも冗談でこんなことをするほど安売りをするつもりはないのだがね?」

「……俺にはそういう冗談を言うだろうが、お前は……」

 天魔の言葉に、将志はそう言って返した。

「……冗談でなかったとしたら?」

 突如として、天魔の声が真剣なものに変わる。
 その言葉に、将志もピクリと肩を震わせる。

「……何?」

「私としては、立場や人格、そして本人の能力において並び立てる男は将志、お前しか居ないと思っている。感情としても悪いとは思っていないし、有体に言えば好ましく思っている。私が婚姻を結ぶとするならば、まずお前を選ぶぞ?」

 天魔はそう言いながら愛おしそうに将志の頬を撫でる。

「……なん……だと……」

 その瞬間、将志は呆然とした様子で固まった。

「……聞かせてくれ……お前の答えを」

 そんな将志の頬を両手で掴み、眼をじっと見据えながら天魔はそう話しかけた。
 同時に、将志はその場で眼を伏せた。

「……どうしてこうなった……」

 困惑する将志の表情は目まぐるしく変わっていく。
 眼は泳ぎ、頭は抱えられ、冷や汗がダラダラと流れる。

「……くくくっ……あはははははは!! 本当にからかい甲斐があるな、お前は!!」

 将志がしばらく悩んでいると、天魔は突然大きな声で笑い出した。
 その様子は心底おかしいと言わんばかりの様子で、腹を抱えて笑っていた。

「……おい……貴様、騙したな?」

 将志は天魔の言葉を聞いて、奥歯をかみ締めながら無表情でそう言った。
 その声は地獄の底から漏れてくるような声で、かなりの怒りが込められていた。

「いいや、騙してなどいないさ。私の隣に立てる男はお前くらいしかいないのは事実だし、好意を持っているのも場合によっては婚姻を結んでもいいと思っているのも本当だ。だが、やはり私はお前とはこういう関係のほうが気が楽でいい。婚姻を結ぶ気はないさ」

 そんな将志に対して、天魔は涼しげな笑顔でそう言った。
 その眼はまっすぐに将志の黒耀の瞳に向けられており、嘘が無いことが将志には分かった。
 しかし、将志は俯いたまま天魔の両肩を力を込めて掴んだ。

「……天魔……覚悟は良いか?」

「……お、おい、そう怒るな。ちょっとしたお茶目じゃないか」

 力強く肩を掴まれ、冷や汗をかく天魔。
 将志は俯いていて、その表情をうかがい知ることは出来ない。
 そして天魔が将志の表情をうかがおうとした瞬間、将志の唇が天魔の唇のすぐ脇に触れた。

「なあっ!?」

 突然の将志からのキスに天魔は飛び上がるほど驚いた。
 その表情は普段冷静な彼女の様子から考えられない、茫然自失とした表情であった。

「……ふっ、お前にあるまじき奇妙な表情だな、天魔」

「き、貴様、いったい何を……むっ!?」

 口をパクパクと動かしながら混乱している天魔の唇を、将志は人差し指をそっと押し当てて塞ぐ。
 そして将志は天魔を抱き寄せ、追撃をかける。

「……仕返しを兼ねた、ほんのお返しだ。俺とてお前の能力は認めるところではあるし、ああは言っているが俺もお前のことは嫌いではない。振り回されて辟易することもあるが、その性格はどちらかといえば好みだよ。正直、貰い手が居なかったのが不思議なくらいだ」

 柔らかい笑みを浮かべながら相手の顎を指先でそっと持ち上げ眼を覗き込み、甘い言葉を優しく投げかける。
 顔の距離は近く、あと少し進めば唇と唇が触れ合ってしまいそうなほど近い。

「だ、だからと言って……その……」

 天魔の顔は見る見るうちに真っ赤に染まっていき、段々と縮こまっていく。
 声も聞き取れないくらい小さくなっており、もう眼も合わせられないといった状態であった。
 そんな天魔を見て、将志は楽しそうに笑った。

「……おや? 自分から仕掛けるのは平気でも、こう返されるのは苦手なのか? はははっ、案外可愛いところもあるのだな、ん?」

「っっっっ~!! ええい、忘れろ!! 今のことは全て忘れてしまえ!!」

 天魔は近くにあった酒瓶を手に取り、将志の口に押し込んだ。

「わぷっ!? こ、こら、無理矢理酒を飲ませようとするな!!」

「黙れ!! 今日は酔い潰れずに帰れると思うな!! 記憶がかっ飛ぶほど飲ませてやる!!」

 天魔は真っ赤な顔のまま、鬼気迫る表情で将志の口に次々と酒瓶を突っ込んでいく。
 将志はそれに抵抗するが、大量の酒を口の中に注がれていく。

「……この、やられてばかりだと思うな!!」

「んむっ!?」

 その状況をまずいと判断したのか、殺られる前に殺れと言わんばかりに将志も酒瓶を手にとって天魔の口に突っ込む。
 天魔の口の中にも、どんどんと酒が流し込まれていく。

「ぐっ……やってくれたな、将志!!」

「……先に仕掛けたのは貴様だろうが!!」

 二人は激しく言い合いながら酒を飲ませあう。
 こうして、その夜は騒がしく過ぎていった。

 翌日、会議に来なかった天魔の様子を見に来た天狗が二つの屍を見つけて大騒ぎになるのだが、それは余談である。



[29218] 銀の槍、人里に下る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/12/07 22:41
「……そらっ!!」

「ちっ、喰らえっ!!」

 妖力で編まれた銀の槍が炎の翼を生やした少女に飛んでいき、朱色の炎が蔦に巻かれた黒曜石を埋め込まれた銀の槍を持つ男に向かっていく。
 その男、将志はその炎を難なく躱し、相手の少女である妹紅に攻撃を仕掛ける。

「このぉ!!」

「……それでは俺には当たらんぞ」

 将志の攻撃をギリギリで躱しながら妹紅は炎の翼を将志にぶつけようとする。
 しかし、将志はそれを当たる直前で身をかがめることで避ける。

「……ふっ……」

 激しい空中戦の中、将志の体が突然掻き消える。
 実際に消えたわけではないが、消えたと錯覚するほどの速度で相手の死角に入り込んだのだった。

「それは効かないと言ったはずだ!!」

 妹紅はそれに対して振り向きざまに炎で薙ぎ払って迎撃する。
 かつて何度となく辛酸を舐めさせられた攻撃であるが故に、妹紅もこれの対策は十分に持っているのだ。

「……残念、ここだ!!」

「ぐあっ!!」

 しかし、将志はその上を行く。
 消えたと思った将志はその実まだ妹紅の真正面にいて、妹紅が振り向いた瞬間がら空きとなった背中に攻撃を加えたのだった。
 攻撃を受け、妹紅は地面に叩きつけられる。
 将志はそれを素早く追いかけ、首筋に手にした槍を突きつける。
 勝負ありである。

「……効かないと分かっているものをそのままにしておくほど俺は甘くはないぞ? それを逆手にとってやればこの通りだ」

「くっそ~……遊びやがって……」

 楽しそうに笑いかける将志に、妹紅は悔しそうな表情を浮かべながらそう呟く。
 それに対して、将志は槍を納めながら話を続ける。

「……だが、俺も少しずつではあるが段々と本気を出してきているのだぞ? 人間の身分でここまで俺についてこられるのは主とお前くらいだろうな」

「……ちっ、そんな余裕な状態で言われても何の慰めにもならねえよ。第一、あんたのそれは本気の何十分の一だ?」

「……そう思うのなら、俺に膝を突かせて見ろ」

 やさぐれた妹紅を、将志は苦笑いを浮かべながらそう言って煽った。

「……兄ちゃんが膝を突くってーのは無理だと思うけどなぁ……」

 その横から、やや幼い少女の声が聞こえてきた。
 将志がその方向に振り向くと、そこにはくるぶしまで伸びる燃えるような紅い髪を三つ編みにした小さな少女が立っていた。

「……む? アグナか。どうかしたのか?」

「……えへへ~……兄ちゃん♪」

 アグナは将志に話しかけられた瞬間、そう言ってにこやかに笑った。
 その様子に、将志は首をかしげる。

「……何だ?」

「とうっ!! ……んちゅ♪」

 突如としてアグナは将志に飛びつき、唇に吸い付く。

「はい?」

 突然の出来事に、妹紅は呆気に取られた表情でそれを眺めた。
 しばらくして、二人の唇がゆっくりと離れると将志がため息をついた。

「……まさか、今日か?」

「おう!! 今日は放さねえぞ、兄ちゃん♪」

 アグナは嬉しそうにそう言いながら将志に頬ずりする。
 今日は以前アグナが定めた月に一度の日。
 アグナが全ての将志に対する甘える行為を解禁する日であった。
 もっとも、その日はアグナの予定によって前後するので、この様に唐突に決まることもあるのだが。

「……だからと言ってこんなところでんむっ」

「ん……そう思うんならさっさと帰ろうぜ? 今まで散々おあずけ喰らってたからもう我慢なんて出来ねえぞ、俺」

 諌めようとする将志の口を強引に唇で塞いで、アグナはそう言った。
 将志はそれに対して、首を横に振る。

「……いや、今日は人里の見回り当番の日だから、まだ家には帰れんっ」

 再び将志の言葉を遮って、アグナが口をつける。
 今度は先程よりも深く、口の中に舌を入れようとしてくる。

「んはぁ……なら兄ちゃんが我慢してくれよ……悪いけど、もう俺ちょっと止まれそうにねえぞ?」

 潤んだ橙色の瞳で将志の黒耀の瞳をジッと眺めてそういうアグナ。
 対する将志は、困り顔で頬を掻いていた。

「……おい、あんた何やってんだよ?」

 そんな将志に、何とも言えない表情で妹紅が話しかける。
 状況が分かっていないらしく、妹紅の眼は泳いでいた。

「……何と言えば良いか……気がついたらこうなっていたとしか……ぐっ」

「ちゅ……余所見すんなよ、兄ちゃん……今は俺だけを見てくれよ……」

 アグナは妹紅のほうに向いていた顔を両手でしっかりと掴んで自分のほうに向け、唇で話を中断させる。
 将志の舌を吸い出すと、アグナはそれに自分の舌を絡めて行く。

「……アグナ、頼むから仕事の間はむっ」

「……嫌だ。兄ちゃんなら俺が何をしていても見回りくらい出来んだろ?」

「……そういう問題でもないのだが……」

 将志はアグナが吸い付いてくるたびに首を引き、唇を離そうとする。
 その度に、アグナは将志の頭をしっかりと抱え込んで再び喰らい付く。

「む~……そんなこと言ってっとぶん殴ってでも連れて帰るぞ?」

「……はぁ……仕方がない、殴られるわけには行かんからな……」

 ふくれっ面で抗議するアグナに、将志が折れる。
 すると、その様子を見た妹紅は唖然とした表情を浮かべた。

「おい、そこで折れるのかよ!? そこは仕事が大事だから先に帰ってもらうとかじゃないのか!?」

「……妹紅、一つ教えてやろう。気付いているかも知れんが、俺は頭や腹に衝撃を受けると戦闘不能になる」

「は? そりゃあ強く殴られりゃ誰だって……」

「……かつて、俺は木から落ちてきた柿の実を頭に受けて気絶したことがある」

「……はあ?」

 あまりに酷い将志の貧弱ぶりに妹紅は気の抜けた返事しか返せなかった。
 なお、一番酷いのは耐久試験の時に永琳に頭に豆腐を投げつけられて気絶した時であろう。
 ちなみに永琳は何とか鍛えようとしたのだが、最終的に月に向けて匙を全力で放り投げたのは言うまでもない。

「……つまりだ。俺は避けられない攻撃を放たれると一巻の終わりというわけだ。このように密着された状態では流石に避け切れんから、気を失いたくなければ俺はアグナに従うしかなくなるのだんむっ」

「んちゅ……俺を放っておくなよ……今日の兄ちゃん、何か意地悪だぞ?」

 拗ねた声色でそう言いながらアグナは抱きつき、唇を求める。
 将志はそれを受け入れながら額に手を当てた。

「……分かっているから、話くらいさせてくれないか? もしくは別の日に移すとか……」

「むぅ……仕方ねえな……話くらいなら良いぞ」

 アグナは不承不承と言った面持ちで将志の言葉を聞き入れると、将志の首に抱きついた。
 両手両足でがっちりと抱え込んでいるため、将志が手を離しても落ちる事は無い。

「それで、これからどうするつもりだ? まさかそいつ貼り付けたまま見回りをするのか?」

「……そうするより他あるまい。家族なのだし、好意を無碍にするわけにも行かないからな」

 妹紅の言葉に、将志はため息混じりにそう答える。
 それを聞いて妹紅は呆れ顔を浮かべる。

「……どう考えても家族間の行為じゃないよな、それ」

「……それに関してはとうの昔に諦めている」

 将志はそういうと、力なく肩を落とした。

「……かぷり」

「っっっ!?」

 突如としてアグナが将志の耳を甘噛みする。
 将志は背中に電流が走るような感覚を覚え、思わず顔を上げる。

「……い、いきなり何をする、アグナ?」

 将志は息を荒げながらアグナにそう言った。
 先ほどの行為によって、将志の心拍数は上がり呼吸も乱れていた。

「だって、兄ちゃん話をしている間は構ってくんねえじゃん。だから、せめてこうして気を紛らわせようと思ったんだ」

「……だからと言って耳を噛むのはやめてくれないか? くすぐったくて敵わんのだが」

「……むぅ」

 将志の言葉に面白く無さそうな声を出してふくれっ面をするアグナ。
 腕に力が籠もり、将志の首を軽く圧迫する。 

「それにしても、何をどうしたらこうなるんだ? 家族として接してるんなら、普通こうはならないと思うぞ?」

「……アグナ曰く、お互いに好きなんだから良いじゃないか、だとさ」

 アグナの様子に疑問を持った妹紅に対して、将志はそう言って答える。
 それを聴いた瞬間、妹紅の将志を見る眼がジト眼に変わる。

「……あんた、その手の趣味があるのか?」

「……断じて違うと言っておこう」

 そう話す将志の声には力が籠もっていた。
 それを聞いて妹紅は少しつまらなさげに将志を見た。

「ふ~ん……で、見回りすんだろ? こんなところで油売ってる暇はないんじゃないか?」

「……それもそうだ。では、これで失礼する」

 将志はそう言うと踵を返して人里に向かって飛んでいく。
 その横を、妹紅が併走する。

「……何故ついてくる?」

「ん? いや、家に帰ったところで退屈だし、今のあんたについていった方が面白そうだからな」

「……俺は見世物ではんむっ」

 妹紅に反論しようとすると、アグナが即座に将志の口を塞ぐ。

「ちゅ……ダメだぞ、兄ちゃん。話は終わってんだろ? なら今は俺の時間だ。んちゅ……」

 アグナは自分のものだと言わんばかりに将志の唇に吸い付き、口の中に舌を入れる。
 将志はもうどうしようもないので黙ってそれを受け入れる。

「……おーおー、随分と情熱的な愛情表現じゃないか。そいつが大人になったら娶ってやれよ?」

「……大人になったらと言うが……アグナはお前よりもはるかに年上だぞ?」

 ニヤニヤ笑いながら二人の行為を見続ける妹紅に対して将志はそう言った。

「そうなのか? まあ、確かに妖精にしちゃ力は強いけど……何年くらい生きてるんだ?」

「……出会ったのが初期の恐竜が滅んだ頃だったから……少なくとも一億年は生きているはずだぞ? それに、力が強いとは言うがアグナの本気はお前が知るよりもはるかに強いからな?」

 自分の想像とは桁違いのアグナの年齢を聞かされて、妹紅の眼が点になる。

「……それ、本当か?」

「……嘘を言ってどうする? ちなみに封印を解いたアグナは銀の霊峰の最大火力だ」

「……ぺろぺろ」

「っっく!? おい、アグナ。耳を舐めるのはやめろ」

 耳を責められ、将志は一瞬上ずった声を上げてアグナに抗議する。

「だったら余所見すんなよぉ……俺は兄ちゃんしか見てねえんだぞぉ……兄ちゃんも俺だけ見てくれよぉ……」

 それに対して、アグナは涙をポロポロとこぼしながら将志に抱き付く。
 どうやら構って貰えないのが余程淋しいらしかった。

「……今日はいつにも増して甘えてくるな……」

「だって、今までルーミアの相手をしてて出来なかったんだぞ? 一年経って、やっとルーミアを監視しなくても良くなったんだぞ?」

 アグナは博麗の大結界が張られて以降、ルーミアのお目付け役を言い渡されていた。
 それにより、アグナは常時ルーミアについていないといけなくなり、将志に甘えることが出来なかったのだ。
 それが最近になって、ルーミアの素行に問題が無いことが認められ、アグナはその任を解かれることになったのだ。
 これにより、アグナはようやく思う存分に将志に甘えられるようになったのだった。
 アグナにとって、これがどれほど楽しみだったのかは想像に難くない。
 そんなアグナの訴えに、将志は困り顔を浮かべる。

「……だが、お前だけ見ていたら見回りにはならんのだが……」

「そんなんサボっちまえよぉ……どうせ事件なんて起きるわけがねえんだからよぉ……」

 アグナは涙を流し続けながら、ひたすらに駄々をこねる。
 将志としても、今まで頑張っていたので出来る限り要望に応えてやりたいのだが、仕事を投げ出すわけには行かない。

「……妹紅、こういうとき俺はどうすればいいのだ?」

 困り果てた将志は、妹紅に助けを求めることにした。

「……私に訊くなよ」

 妹紅はそういうと、深々とため息をついた。
 しばらくすると人里が見えてきたので、三人は道に降り立つ。
 人里の門をくぐると、路地から人影が現れた。

「ん? 妹紅じゃないか。今日はどうしたんだ?」

 その人物は妹紅の姿を認めると、声をかけてくる。
 全体的に青い服装で、頭には一風変わった帽子が載せられていた。

「慧音か。別に人里に様があるって訳じゃない。私はこいつを冷やかしているだけだ」

「そちらの御仁は?」

「……お初にお目にかかる。槍ヶ岳 将志という者だ」

 将志が名乗りを上げると、慧音と呼ばれた女性は怪訝な表情を浮かべた。
 なお、視線は将志の顔と正面に張り付いているアグナとの間を行ったりきたりしている。

「槍ヶ岳 将志だって? 銀の霊峰の頭が人里で何をしてるんです?」

「……里の見回りだ。ところで、名前を訊いても良いか? 妹紅の知り合いというのであれば一応聞いておきたいのだが……」

「おっと、申し遅れました。私は寺子屋で教員をしている、上白沢 慧音と言います」

 慧音はそういうと将志に対して自己紹介をした。
 将志はそれを聞いて首をゆっくり横に振る。

「……かしこまる必要はない。普段どおりに話してくれたほうが俺としても色々とありがたい」

「色々と?」

「……もし、俺の素性が知られれば住人が緊張してしまうだろう? その為にも出来ることなら将志と呼び捨てにして欲しい」

 将志の言葉に、慧音は合点が言ったという風に頷いた。

「ああ、そういうことならばお言葉に甘えさせてもらうとしよう。それで、妹紅とはどういう関係だ?」

「……古くからの知り合いだんむっ」

「なっ……」

 将志が話をしていると、またしてもアグナが将志の口を塞ぐ。
 一心不乱に吸い付き、舌を絡め、口の中を蹂躙していく。
 慧音は見た目幼い子供の激しい求愛行動に唖然とした表情を浮かべた。

「んちゅ……はあ……兄ちゃん、頼むから俺に集中してくれよぉ……」

「……分かったから、少し待ってくれ」

「むぅ……」

 眼に涙を浮かべながら訴えかけてくるアグナに、将志は額に手を当ててそう答える。
 それを聞いてアグナはふくれっ面をした後、せめてもの抵抗として頬ずりをし始めた。

「……あ~、将志。そのさっきからお前に張り付いているのは誰だ?」

「……銀の霊峰で妖怪を束ねている者の一人でアグナという。見た目は幼いが、内包している力は凄まじいぞ」

「妙に懐いているが、どういう関係だ?」

「……家族だ」

「いや、でも家族にしてはやっていることが……」

「……誰がなんと言おうと家族であるということは事実だ」

 物言わせぬ将志の視線に、慧音は黙り込む。
 すると、くぅと言う可愛らしい腹の音が聞こえてきた。

「……兄ちゃん、腹減った」

 その音の主は将志に軽く口づけすると空腹を訴えた。

「……そうだな……もう昼時だし、何か食べるとしよう。何が食べたい?」

「兄ちゃんの作る飯が食べたい」

「お、それ良いな。あんたの飯は美味いし、私もご相伴に預からせてもらおうか」

 アグナの言葉を聞いて、妹紅がそれに賛同する。
 それを聞いて、慧音が慌てだした。

「おい、妹紅!? いくらなんでもそれは……」

「……それ自体は別に構わんが、何処で調理を行えばいいのだ?」

「慧音の家使えば良いじゃないか。そこなら一番近いぞ」

「……ふむ。慧音、台所を借りるが、良いか?」

「は、はあ……別に構わないが……」

「……よし、ならばまずは一度台所を見ておくとしよう。何が作れるか確認を取りたいのでな、案内を頼めるか?」

「あ、ああ、分かった。案内しよう」

 訳の分からないうちに次々と決まっていく今後の予定に、慧音は考えるのをやめた。
 案内されて向かった慧音の家に着くと、将志は慧音の許可を得て台所の道具をチェックした。

「……ふむ、一通りのものは作れるようだな。さてアグナ、何が食べたい?」

「ん~……炒飯が食べたい」

「……ならば、昼は中華を作るとしよう。さて、市場に向かおうか」

 将志はアグナの意見を聞くと、即座に市場に向かった。
 そこで将志は昼食の食材を買い集めた。
 将志が買った食材は炒飯だけではなく、その他の料理の食材も含まれているようであった。

「……さてと、作るとしようか」

「兄ちゃん、こんないっぱい何を作るんだ?」

「炒飯、麻婆豆腐、ホイコーロー、海老のチリソースがけ、それと焼餃子に食後の桃饅頭だ。四人前ならこれくらいあれば十分だろう。アグナ、手伝ってくれるか?」

「おう!!」

 将志はそういうと、手際よく作業を始めた。
 米を炊き、材料を刻み、調理を進めていく。

「……凄い手際の良さだな。流石は料理の神というところか」

「実際に作ってるところを見るのは初めてだけど、あんな何品も同時に作れるもんなんだな」

 その様子を慧音と妹紅は眺めながら感心していた。
 ふと、慧音は思いついたように妹紅に話しかけた。

「そういえば妹紅。お前、いつ将志と知り合ったんだ? 古い知り合いと将志は言っていたが……」

「ああ、私があんたと会う前の話だよ。あ~っと、九百年位前か?」

「どういう経緯で知り合ったんだ? 接点が全く見えないんだが?」

「将志は以前、輝夜の護衛をやっていてな。その当時、姫が懸想している護衛がいるって言う噂が立ったものなんだ。で、輝夜が姿を消した後、当てもなく旅を続けていたらその護衛そっくりな奴を見かけてな。調べてみたら名前以外の何もかもが当時の護衛そのままだったから、少し復讐してやろうと思って戦いを挑んで、徹底的に叩きのめされた」

 妹紅の話を聞いて、慧音は深々とため息をついた。
 何故なら将志の正体を知っているので、その無謀さが良く分かるからである。

「……お前は何て無謀なことをしてるんだ……おまけにそれじゃあ完全に八つ当たりだ。それで、その後どうなったんだ?」

「その後どういう訳か将志は自分の勤め先を教えてくれてな、私はそこにだいたい二十年間毎日通って将志に戦いを挑み続けたんだ。ま、散々手加減されてた上に結局一回も勝てなかったけどな」

 妹紅は当時の様子を懐かしそうにそう語る。
 その表情は楽しげで、将志と戦い続けたその期間が良い思い出になっていることを示していた。
 それを見て、慧音は何か思い当たったことがあったようで妹紅に話しかけた。

「……ひょっとして、お前がずっと追いかけていた相手とは将志のことか?」

「ああ、そうだ。慧音と会ったのは修行を兼ねて妖怪退治をしていた頃だな」

「それで、二百年くらい前に再会したという話だったな?」

「あん時、輝夜と喧嘩しようと思っていたら道端に将志が呆然と佇んでいてな。その時は何もかも失くした様な顔で酷い有様だったぞ。心が何か分からないって言われたから試しに戦ってもみたが、見れたもんじゃなくて本気でやるせなくなった。大切なものを汚された気がして、本気で殺してやろうと思った。あの時抱いていた殺意は輝夜に持っていたものよりも強かったかもしれない」

「その当時で七百年追い続けた相手だったか。それで、結局将志は生きているわけだが?」

「それが殺そうとした瞬間いきなり元気になりだしてな。見てみりゃ見た事がないくらい楽しそうに笑ってやがった。どうにも戦っている最中に心とは何かと言うものを理解したみたいでね。そこから先はもう私が一方的に攻撃されて終わりさ」

「随分と劇的な話だな。それで、今に至ると」

 納得したように頷く慧音。
 それに対して、妹紅は話を続ける。

「いや、その話には続きがあってな。将志には主人がいて、そいつに何かしでかしてたみたいだったんだ。そしたら主に嫌われたくないっていきなり泣き出したんだ。胸を貸してやったら脇目も振らずに大泣きしていたぞ」

 そう話す妹紅の表情は面白いものを見たと言う表情で、ニヤニヤと笑っていた。

「……その情けない姿を晒したのも、大泣きしたのを見たのも後にも先にもお前だけだよ」

 そこに、将志が苦笑しながら料理を運んでくる。
 鼻腔を刺激する料理の匂いがその場にいるものの食欲をそそる。

「おや、もう作り終わったのか?」

「……ああ。後は饅頭を蒸し上げるだけだが、それは食後でも構わないだろう」

 将志はそう言いながらそれぞれの料理を配っていく。
 配り終えると、将志は自分の料理が置いてあるところに座る。
 すると、即座にアグナが将志の膝の上に上ってきた。

「それで、今はどういう関係なんだ?」

「……俺からしてみれば、妹紅は不屈の挑戦者といったところだな」

「私からしてみりゃあんたは越えるべき壁だな。ま、まだ随分高いけどな」

 慧音の質問に、将志と妹紅はそれぞれ答える。
 それを聞いて、慧音は心底意外と言う表情を浮かべた。

「ほう、恋人とまでは行かないのか」

「……はあ? 何言ってんだよ、慧音」

「だって泣き顔を見た唯一の人間で、男の友情よろしく拳で語り合う仲なんだろう? そういう関係になっても全く不思議ではないと思うぞ?」

 慧音はわざとらしい笑みを浮かべて二人にそう言う。

「……そうなのか、妹紅?」

 慧音の言葉に、将志はキョトンとした表情を浮かべて妹紅のほうを向いた。

「だから私に訊くなって」

 妹紅はそれに対して頭を抱えながらそう答えた。

「そうだ、将志から見て妹紅はどんな人物だ? 参考までに聞いておきたい」

 慧音の質問に、将志は腕を組んで考え込む。

「……そうだな……少々熱くなり過ぎるきらいはあるが、家族愛が強く、懐が広くて包容力がある、強くて優しい人物だな。ふむ、きっと良い母親になることだろうな」

 将志は今までの妹紅との接触から、自分の思う妹紅への印象を嘘偽り無く答えた。
 すると、慧音はにこやかに笑みを浮かべた。

「なるほど、もう子供のことまで考えているのか。式も挙げないうちから気が早いものだな」

「ぶっ、おい将志!! あ、あんたそんなこと考えてるのか!?」

「ま、待て!! 俺は客観的に妹紅の人格を評しただけだぞ!? 慧音も訳の分からないことを言うのではない!!」

 慧音の言葉に妹紅は思わず噴出し、将志は大慌てで妹紅の言葉を否定する。

「なあ兄ちゃん……飯冷めちまうから早く食おうぜ?」

 そんな将志の袖を、アグナはくいくいと引っ張る。
 それを受けて、将志は落ち着きを取り戻した。

「……そうだな、冷める前に食べるとしよう」

 将志はそういうとレンゲを取り、自分の前に置かれた炒飯を掬ってアグナの口元に持っていく。

「……あ~……」

「あ~……むっ♪ むぐむぐ……んくっ、兄ちゃん、今度は俺の番だぞ!! あ~♪」

 アグナはレンゲを持つ将志の手を小動物のように両手で掴むと、差し出された炒飯を食べた。
 そのお返しに、アグナはホイコーローを将志に差し出す。

「……んっ。ふむ、ちゃんと狙い通りの火加減になっているな」

 将志は差し出されたホイコーローを食べてそう評価を下す。

「なんと言うか……」

「こいつら親子みたいだな」

 二人が食べさせあう様子を見て、慧音と妹紅はそう呟いた。
 その様子は膝の上に子供を乗せて料理を食べさせる父親のような様子であった。
 しかし、その印象は次の行為で一発で崩れることになる。

「はむっ、ん~……」

「……はむっ」

 アグナは餃子を咥えると、その顔を将志に向ける。
 すると、将志はなんの躊躇いもなくその餃子を口にする。
 アグナが餃子を落とさないように押し込もうとするため、お互いの唇が触れ合う。

「「……は?」」

 その様子を見て、慧音と妹紅は愕然とした表情を浮かべた。
 二人の皿の上で取り落としたレンゲが高い音を立てる。

「お前達、何をやっているんだ……?」

「……何って、食べさせあっているだけだが?」

 呆然とした声で慧音が質問をすると、将志が平然とそう答える。

「一つ確認させてもらうが、家族なんだよな?」

「おう、兄ちゃんは俺の家族だぞ」

 妹紅が頭を抱えながら質問をすれば、アグナは笑顔でそう答える。
 それを聞いて、妹紅は乾いた笑みを浮かべて慧音のほうを向いた。

「……慧音、最近の家族はここまでするものなのか?」

「そんな訳ないだろう!? 先程から見ていて思ったが、家族のふれあいの度を越しているぞ、こいつらは!!」

 妹紅の言葉に、慧音は髪を振り乱してそう叫んだ。
 教育者の立場からすると、目の前の光景は何としても是正したいものであった。

「……だよなあ。家族のふれあいにしては濃厚すぎるもんなあ」

「おまけに何だ、この犯罪的な絵柄は!? いや、年齢は問題ないのかもしれないが、それにしても……」

「……兄ちゃん……ごめんな、もう我慢できねえ……んちゅ」

「っ!?」

 慧音が青年と幼女が口移しで食べさせ合いをしている様子に言及しようとしていると、何かが倒れこむ音が聞こえた。
 見ると、アグナが将志を押し倒し、一心不乱にその唇をむさぼっているのが見えた。

「……妹紅。これ、どういう風に見える?」

「……どうって……幼女に襲われる男の図?」

「止めないと色々と不味いな」

「言っとくけど、アグナも私と同等以上に強いぞ?」

 そう話し合う二人の表情は目の前で繰り広げられる惨状に固まっており、もうどうすればいいのか分からないという表情だった。

「……アグナ、せめて食事が終わってから……むぅっ」

「……はあ……兄ちゃん、兄ちゃん、兄ちゃん……」

 キスの合間に将志は何とかアグナを宥めようとするが、アグナはやめようとしない。
 それどころか、興奮した様子のアグナは将志の声を聞いてより激しく将志に喰らい付く。

「……これ普通男女逆じゃないか?」

「そういう問題じゃあないだろう!? どうするんだ、この二人!?」

 間の抜けた妹紅の言葉に、慧音は将志達を指しながらそう叫ぶ。
 それを聞いて、妹紅はポリポリと頭を掻いた。

「……あ~、気が済むまで放っておくしかないんじゃない? そのうち将志が食われるかもしれないけど」

「私はなんて無力なんだ……」

 何も出来ない現状に、慧音はがっくりと床に手を着いた。






「はぁ……はぁ……お、落ち着いたか、アグナ?」

「ん。満足はしてねえけど、とりあえずは落ち着いた。続きは帰ってからな、兄ちゃん♪」

「……あ、ああ……」

 しばらくして、ようやく将志が解放された。
 将志の顔はベトベトであり、その表情は疲れていた。
 アグナは一しきり満足したようで、すっきりした表情をしていた。
 ただし、家に帰ればもう一度するつもりのようではあるが。

「あれで満足してないのか……」

「……苦労するな、将志」

 アグナの言葉に、慧音と妹紅は同情の視線を将志に向ける。

「……桃饅頭を蒸してくる」

 それを背に受けながら、将志は重い足取りで台所へ向かうのだった。

「アグナ、と言ったかな?」

 将志が台所に向かうと、慧音がアグナに話しかけた。
 アグナは調理場のかまどに火を放つと、慧音のほうを向いた。

「ん~? 何だ?」

「寺子屋に通ってみる気はないか?」

「寺子屋? ん~……勉強なら家でも出来るしなあ……」

「それはそうだが、寺子屋は何も勉強をするだけの場ではないぞ? 友人を作って遊んだりする場でもあるんだぞ?」

 もっとも、慧音の真の目的は道徳を学ばせることであるのだが、アグナはそれに気がつかない。
 一方の慧音も、それはかつて将志達が必死になって行ったが無駄だったことを知らない。

「へぇ~……でも、人間と遊ぶのも面白そうだけど、俺一応仕事があるしな」

「……それに関してだが、別に構わないぞ?」

 仕事を理由に断ろうとすると、台所から将志がそう言いながら帰ってきた。
 その言葉を聞いて、アグナは首をかしげた。

「ん? どういうこった?」

「……銀の霊峰も人里とは無関係ではないのだ。貨幣を得るためには人間相手に商売をしないことには成り立たんからな」

「あれ、うちんとこ何か売れるようなものってあったか?」

「……一応、魚や包丁などいくつかはあるが……俺達が重きを置いているのは物以外の商売だ」

「物以外の商売?」

「……例えば、最近になって人里と人狼の里で交易が始まったのは知っているな? それを俺達が仲介してその代金を取ったり、依頼を受けて仕事をする便利屋のような仕事をしたりもしているぞ」

 事実、銀の霊峰の妖怪の中には人里や人狼の里で商売をしているものも存在する。
 人狼の里で作られるものは人里でも有益なものであるし、人里のものは人狼の里で手に入りにくいものもある。
 その他にも、山などに生える山菜類や川や湖で取れる魚はどちらの里にとっても需要があるものである。
 しかし、人間はもとより人狼も昼間は人間と区別がつかず、どちらも妖怪に狙われる恐れがある。
 それ故、物資の輸送や調達が容易には行かず、ちょっとした問題になっているのだった。
 そこで将志はそれらの仕事を代行する仕事を思いつき、商売を始めたのだった。

「んで、それと寺子屋って関係あるのか?」

「……あるぞ。お前は銀の霊峰の幹部だ。それが人里で子供と一緒に遊ぶとなれば、銀の霊峰を身近に感じてくれるだろうからな。そうなれば気軽に依頼が出来るようになって、うちの商売も更に収益が上がるだろう。もっとも、お前は仕事もあるからたまに顔を出す程度になるだろうがな」

「そっか……んじゃ、寺子屋に行ってみるか」

 将志の説明で利点を見出したのか、アグナは寺子屋に通うことを認めた。
 それを聞いて、慧音は笑顔で頷いた。

「そうか。なら、後でどれくらいの学力があるか見るために試験をさせてもらうぞ」

「おう、いいぞ」

「……さて、桃饅頭も蒸しあがった頃だろうし、取ってこよう」 

 将志はそう言いながら席を立ち、空になった皿を下げる。

「それにしても、本当に美味い料理だった。女としては立つ瀬がないな」

「だろ? 私はこいつがどこぞの宮廷料理人をやっていたと言われても不思議とは思わないな」

「……お褒めに預かり至極光栄だな」

 慧音と妹紅の賞賛を受けながら、将志が饅頭を持ってくる。
 饅頭は蒸篭に入れられていて、その中には一口サイズの桃饅頭が八つ入っていた。

「料理だけじゃねえぞ? 兄ちゃんは気がついたら掃除するし、洗濯も自分でするぞ?」

「なあ、あんた生まれてくる性別を間違えたとか言われないか?」

「……身に覚えがありすぎて困る。逆に、間違えてくれて良かったとも言われたことがあるな」

 妹紅の一言に、将志は苦い表情をしてそう言った。
 ちなみにその言葉を言った主な人物を並べると、輝夜、てゐ、諏訪子、藍、幽々子、天魔、そして大和の神々など、そうそうたる面子が揃うことになるのだった。
 その言葉を聞いて、慧音が苦笑いを浮かべる。

「……それは女としてはどうなんだ?」

「まあ、それを言われると私もつらいところではあるけど……な……?」

 妹紅が饅頭を口にした瞬間、妹紅の動きが止まった。

「ん? どうした、妹紅?」

「……~~~~~~~~~~~~~~~っ!?!?!?!?!?!?」

 慧音が話しかけた瞬間、妹紅は顔を真っ青にして悶絶し始めた。

「お、おい!? どうしたんだ!?」

 尋常ならざる妹紅の様子に、慧音は慌てて妹紅に声をかける。
 しかし妹紅は言葉も発せられない状況で、一切状況が把握できない。

「……今回の当たりは妹紅か」

「あ~、あの地獄饅頭入ってたのか」

 その様子を見て、将志とアグナは他人事のようにそう呟く。
 それを聞いて、慧音は将志のほうに眼を向ける。 

「地獄饅頭? 何だそれは?」

「んとな、とっても甘くて辛くて酸っぱくて苦くて渋くてしょっぱい饅頭」

「どんな饅頭だ、それは!?」

「……妹紅がご覧の有様になる饅頭だ」

 将志がそう言いながら妹紅のほうを指差すと、蒼褪めた表情で倒れている妹紅の口から魂が抜け出し始めていた。

「これは酷い……おい、どうするんだこれは!?」

「……まあ待て。今からその地獄に蜘蛛の糸を垂らすのだからな」

 将志はそういうと、懐から紙に包まれた丸い物体を取り出した。
 その包み紙を解いて中から翡翠色の玉を取り出すと、将志はそれを妹紅の口の中に放り込んだ。

「……(ほにゃ~)」

 すると妹紅の表情が一気に緩み、穏やかな笑みを浮かべだした。

「なっ……死にかけていた表情が一瞬にして至福の表情に?」

 その表情の早変わりを見て、慧音が驚きの表情を浮かべる。
 それを見て、将志は微笑を浮かべて言葉を紡いだ。

「……地獄を見たのなら相応の報いがあって良いだろう? だから、『はずれ』ではなく『当たり』なのだ」

「地獄饅頭を食った後の救済飴は兄ちゃんの料理の中でも抜群に美味いんだよな~」

 そう話すアグナの表情はうっとりとしたものであった。
 どうやらその時口の中に広がる味を思い出しているようであった。

「なるほど、それは試したくもあるな……?」

 慧音がそう言いながら饅頭を口にすると、口の中に違和感を覚えた。
 数瞬の後、慧音の口の中に強烈な灼熱感が広がった。

「か、辛いっ!? 口の中が焼ける!?」

「あ、そりゃはずれだ」

「……残念だったな、慧音」

 身悶える慧音を見て、アグナと将志は面白そうに笑いながらそれを見守る。

「み、水ーーーーーっ!!」

 そんな薄情者共を無視して、慧音は台所にある水瓶へと走っていった。




「「「ごちそうさまでした」」」

「……お粗末様。感想はどうだ?」

 食事が全て終わり、将志は慧音と妹紅に食事の感想を聞いた。
 すると、二人は口を揃えてこう言った。




「「饅頭怖い」」



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