「ようやく出会えたのぉ。お主が噂の天才クンじゃな?」
「なんだ貴様らは。面会など受け付けた覚えはないぞ?」
「まぁまぁ、そう邪険にするでない。わしはケイン、こっちはイレギュラーハンター本部のナビゲーターを勤めるエイリア君じゃ」
「そして私が、ケイン様のサポートを勤めますドップラーです。以後お見知りおきを」
「以後だと? 他人の研究室に土足で上がりこんだ挙句、世迷いごとまで語りだすか。これだから低脳の思考は理解しがたいよ」
「まぁの~~~。なにもすぐに覚えてくれる必要はないぞい。なにせ、今後は長い付き合いになるのじゃからな」
「さっきから何の話をしている? 早くそいつらを連れて出て行―――」
「なぁに、簡単なことじゃよ。わしとひと勝負してみる気はないかね?」
「勝負だと?」
「そうとも。キミの作り出すプログラムを、わしが解析できればキミの負けじゃ。わしが勝利した暁には……そうじゃの~~~、わしと友人になってもらおうか」
「友人だと? 下等な人間風情の三流科学者が、ボクと同格のつもりか!? 痴呆の妄言になど付き合っていられん」
「そ~かそ~か、そいつは申し訳なかったの~~~。天才と謳われし科学者といえど、やはり負けるとわかりきった勝負は気が引けるようじゃの~~~。こいつは少々大人気なかったかの~~~」
「……いいだろう。その枯れ果てた脳で無様に足掻くがいい!」
「望むところじゃい! そいじゃ、 早速始めるとするかの~~~」
「まだじゃぁ~~~……あと、あと少しでぇ~~~……ぐぅ……」
「ケイン様を休ませてきます。隣の空き部屋をお借りしても……」
「好きにしろ。ここまできたら、もはや今更だ」
「お心遣い、感謝いたします」
「―――ハッ、ようやくくたばったか。人間のくせに7日も不眠不休で解析に明け暮れるとは。こいつがレプリロイドならすぐに解体してやるところだ」
「人間だからこそ、目を見張るんでしょ。彼がレプリロイドならこのくらいは当然のことよ」
「違いない。それで、いったい何のつもりだい、エイリア。あんな害虫をボクの研究室に招きいれて……返答次第では、いくらキミでもタダではおかないよ?」
「私がケイン様にお願いしたわけでじゃないわ。あの人に頼まれたから、あなたの研究ラボまで案内役を買って出ただけよ」
「どちらでも同じことだ! ボクの組み立てた崇高なプログラムを、あんな下賎な三流に汚されるとは―――」
「あの人が三流なんかじゃないこと、あなたもよくわかったはずでしょう?」
「フン。確かに図々しさと面の皮の厚さには目を見張るな。あれが同じ研究者の端くれと考えたら虫唾が走るよ」
「……ふふっ」
「何がおかしいんだい?」
「嬉しいのよ。昔のあなたなら、良し悪しに関わらず他人を評価なんてしなかっただろうから」
「……相変わらず、キミの話し相手は疲れるよ」
「そう? 私は楽しいけれど」
「ボクは不愉快なんだよ! まったく、しばらく見ないうちに図々しさが増したね」
「ケイン様! もう少しお休みになられたほうが―――」
「なにを言う! 十分睡眠もとったし、これからが本番じゃ!」
「何を言ってる、貴様の負けだろう。これに懲りたら二度とその面をボクの前に晒すな!」
「なにを言っとるのかね? はじめから時間制限など設けておらんし、わしがあきらめるまで負けは認められんの~~~」
「なっ……バカバカしい。これ以上付き合っていられるか!!」
「逃げるのかの~~~。ならわしの勝ちということじゃね」
「き、貴様―――」
「そうね。せっかくだから、私も挑戦させてもらおうかしら?」
「それならば、今度は私も協力させていただきます」
「ダメじゃ! これはわしと彼の勝負で―――」
「勝手にやっていろ! 本当にどこまでも人を苛立たせる連中め!!」
それはまだ、全てが狂い始める前の、幸せなひと時の夢。
◇ ◇ ◇
「いったい、何が起こったんだ? コロニー落下は阻止できたと聞いたが……これでは、失敗したのと同じだ」
視界に広がるのは不気味な紫に染まった空、最果ての見えぬ広大な砂漠。
三週間前、地球に落下した巨大コロニー『ユーラシア』。イレギュラーハンターの手により、地表への衝突こそ阻止されたものの、その余波とばら撒かれたΣウイルスは瞬く間に地球を荒廃へ導いていった。
人類の英知の結晶たる高度な街並みは軒並み倒壊し、生命の象徴たる緑は余すことなく汚染された。
多くの命が犠牲になり、1000を超えるレプリロイドがイレギュラーと化した。
ウイルスの蔓延はあくまで一時的なものであり、現在はレプリロイドたちの手により地上の再建が進みつつある。しかし、その被害は未だ甚大であり、生き残った人類はシェルターでの非難生活を余儀なくされる状態である。
「滅亡を免れただけよかったというのか……それだけじゃない。何かが、起ころうとしている」
荒野に佇む一体のレプリロイド―――ゲイトは奇妙な胸騒ぎを感じていた。
だがしかし、それは不安や恐怖を煽るものではなかった。もとより、彼にそのような感情は存在しない。
それは新たな始まりを予感させるものだった。
今、世界は転機を迎えている。なぜかそう確信できたのだ。
「探しましたよ。貴方がゲイト博士ですね」
そして、新たな災厄の開幕となる最悪の邂逅が果たされた。
ゲイトが振り返ると、そこにはいつの間にか、老人を模した科学者のようなレプリロイドが立っていた。
「我が名はアイゾック。この朽ち行く世界の再生のため、天才科学者として名高い、貴方様の力を貸していただきたい」
その言葉に、ゲイトは思わず瞠目する。だが、見開かれた瞳も即座に細まり、その表情は冷笑へ変わる。
天才―――未だに自分をそう呼ぶ存在がいたことに驚かされはしたが、所詮それだけのことである。
もとより、ゲイトは世界再生に貢献する気など微塵もない。むしろ、数えるのも鬱屈なレプリロイドたち、人類に媚び諂うしか能のない傀儡が激減したことにせいせいしていた。
彼が天才と称えられたのは遠い昔。
ゲイトの開発したレプリロイドは悉く高性能を誇り、高度なプログラムが搭載されていた。
誰もが彼を天才と呼んだ。
彼の功績を神の所業と褒め称えた。
その偉業が崇められたのもわずかの数年の間。ゲイトの生み出すプログラムは、あまりに高度過ぎたのだ。それは超一流の科学者すら、匙を投げ出すほど難解な代物だった。
ゲイト以外の誰にも解析できないプログラム。製作者の意図、目的、思惑の一切を伺わせぬパンドラの箱。危険視されはじめるのにそう時間はかからなかった。
事故、処罰、イレギュラー化―――様々な名目の元、彼の才能の具現たるレプリロイドたちは、ついには一体も残ることなく処分された。
そしてゲイト自身も『異端児』の烙印を押され、科学界を追放される身となった。イレギュラー認定されなかったのは、上の情けのためだろうか。
「『天才』だと。ハッ、あまり笑わせてくれるなよ。お前にボクの―――天才の何が分かるというんだ?」
結局のところ、凡庸な科学者たちは、天才の何たるかを理解できなかったのだ。彼らの思い描く天才の理想像など、ゲイト自身の足元にも及ばぬ偶像にすぎなかったのだ。
それゆえ、奴らは恐れたのだ。底知れぬ自分の才能を。
人間という生物は得てして、理解の及ばぬ対象に恐怖を抱くという。生まれてこの方、解析できぬ存在と遭遇したことのないゲイトは「恐怖」と無縁の存在だった。彼にしてみれば、人間の抱くその感情こそが、理解に苦しむものだった。
だがしかし、自分の周りに群がるレプリロイドは、その全てが凡庸な愚物にすぎなかった。ならば人間を模して造られた俗物が、自分をを恐れるのは必然といえるだろう。
「いや、貴様ら下等なレプリロイドだけじゃない。この世界にボクに並ぶものなど存在しない! 何者も、このボクの才能を理解することなどかなわないんだ!」
彼を知らぬ者からすれば、その発言は失笑に値するだろう。その度を越えた傲慢さこそが、天才を異端児たらしめた要因のひとつであることに、ゲイト自身は気づいていない。
しかし、アイゾックは表情を崩すことなく、懐から一枚のプレートを差し出した。
「無論、タダでとはいいませぬ。此度は手土産を持参しましてな」
「これは……何かの破片か?」
科学の心得を持たぬ凡人にとっては、ただのガラクタに過ぎぬであろうソレ―――不気味な波長を放出するプレート片。
わずか数刻でその正体を悟ったゲイトは、思わず声を荒げる。
「いや、違う……こっ、これは―――」
その瞳は驚愕に染まり、輝きを増す。口元は自然と緩み、興奮に体を打ち振るわせる。
普段の冷静な様子とも、自己陶酔におぼれる姿とも異なる様相。今のゲイトは、さながら新たな玩具を手に入れた幼児だった。
それは、ゲイトが新たな発見に遭遇した際に見せる、誰にも披露したことのない本来の姿だった。無邪気に瞳を輝かせるその姿を見れば、誰も彼を異端児などと侮蔑しなかっただろう。
「―――いいだろう。お前の計画に乗ってやるよ。ただし、世界は再生などしない」
アイゾックへと振り返ったゲイトの瞳には、先ほどの光は既に伺えない。
何かに憑かれたような―――汚染されたような邪悪な目。
鈍い輝きを秘めた瞳が見開かれ、狂宴の開幕を告げる言葉が放たれる。
「より崇高に進化するのさ! ボクに服従するレプリロイドだけの世界に! ボクが支配する楽園に!!」
そして、世界は新たな危機を迎える。
シグマが人類に反旗を翻して以来、6度目となる争いの火蓋が切られた。
「そのためには粛清が必要だ。まずは連中を蘇生させて、各地の主要施設を占拠してコイツをばら撒けば……ククク、ハーハハハハハッ!!」
未だ冷めぬ興奮に溺れるゲイトを尻目に、アイゾックは静かに独りごつ。
「―――青二才が。せいぜい儂の役に立つがいい」