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[30750] 【チラ裏より】ロックマンX6(本編再構成)
Name: うわばら◆4248fd16 ID:9a01cff1
Date: 2011/12/07 22:53
この作品はロックマンX6の二次創作となります。

・本編と異なるシナリオで物語が進みます
・8ボス含む多くのメインキャラが本編と性格が異なります
・モブでオリキャラが登場しますがメインのオリキャラの登場予定はありません
・漫画版ロックマンXの影響を大いに受けています
・その影響で「エックスは唯一泣けるレプリロイド」という設定があります

以上の点に嫌悪感を感じる方は、読むことを控えるのをお勧めします。
それでも受け入れていただけるなら、少しでも目を通していただけましたら幸いです。



12/7 チラ裏よりその他板に移行。プロローグ加筆。第3話更新



[30750] #0 GENIUS(天才)
Name: うわばら◆4248fd16 ID:0a53be9d
Date: 2011/12/07 22:55
「ようやく出会えたのぉ。お主が噂の天才クンじゃな?」

「なんだ貴様らは。面会など受け付けた覚えはないぞ?」

「まぁまぁ、そう邪険にするでない。わしはケイン、こっちはイレギュラーハンター本部のナビゲーターを勤めるエイリア君じゃ」

「そして私が、ケイン様のサポートを勤めますドップラーです。以後お見知りおきを」

「以後だと? 他人の研究室に土足で上がりこんだ挙句、世迷いごとまで語りだすか。これだから低脳の思考は理解しがたいよ」

「まぁの~~~。なにもすぐに覚えてくれる必要はないぞい。なにせ、今後は長い付き合いになるのじゃからな」

「さっきから何の話をしている? 早くそいつらを連れて出て行―――」

「なぁに、簡単なことじゃよ。わしとひと勝負してみる気はないかね?」

「勝負だと?」

「そうとも。キミの作り出すプログラムを、わしが解析できればキミの負けじゃ。わしが勝利した暁には……そうじゃの~~~、わしと友人になってもらおうか」

「友人だと? 下等な人間風情の三流科学者が、ボクと同格のつもりか!? 痴呆の妄言になど付き合っていられん」

「そ~かそ~か、そいつは申し訳なかったの~~~。天才と謳われし科学者といえど、やはり負けるとわかりきった勝負は気が引けるようじゃの~~~。こいつは少々大人気なかったかの~~~」

「……いいだろう。その枯れ果てた脳で無様に足掻くがいい!」 

「望むところじゃい! そいじゃ、 早速始めるとするかの~~~」





「まだじゃぁ~~~……あと、あと少しでぇ~~~……ぐぅ……」

「ケイン様を休ませてきます。隣の空き部屋をお借りしても……」

「好きにしろ。ここまできたら、もはや今更だ」

「お心遣い、感謝いたします」

「―――ハッ、ようやくくたばったか。人間のくせに7日も不眠不休で解析に明け暮れるとは。こいつがレプリロイドならすぐに解体してやるところだ」

「人間だからこそ、目を見張るんでしょ。彼がレプリロイドならこのくらいは当然のことよ」

「違いない。それで、いったい何のつもりだい、エイリア。あんな害虫をボクの研究室に招きいれて……返答次第では、いくらキミでもタダではおかないよ?」

「私がケイン様にお願いしたわけでじゃないわ。あの人に頼まれたから、あなたの研究ラボまで案内役を買って出ただけよ」

「どちらでも同じことだ! ボクの組み立てた崇高なプログラムを、あんな下賎な三流に汚されるとは―――」

「あの人が三流なんかじゃないこと、あなたもよくわかったはずでしょう?」

「フン。確かに図々しさと面の皮の厚さには目を見張るな。あれが同じ研究者の端くれと考えたら虫唾が走るよ」

「……ふふっ」

「何がおかしいんだい?」

「嬉しいのよ。昔のあなたなら、良し悪しに関わらず他人を評価なんてしなかっただろうから」

「……相変わらず、キミの話し相手は疲れるよ」

「そう? 私は楽しいけれど」

「ボクは不愉快なんだよ! まったく、しばらく見ないうちに図々しさが増したね」

「ケイン様! もう少しお休みになられたほうが―――」

「なにを言う! 十分睡眠もとったし、これからが本番じゃ!」

「何を言ってる、貴様の負けだろう。これに懲りたら二度とその面をボクの前に晒すな!」

「なにを言っとるのかね? はじめから時間制限など設けておらんし、わしがあきらめるまで負けは認められんの~~~」

「なっ……バカバカしい。これ以上付き合っていられるか!!」

「逃げるのかの~~~。ならわしの勝ちということじゃね」

「き、貴様―――」

「そうね。せっかくだから、私も挑戦させてもらおうかしら?」

「それならば、今度は私も協力させていただきます」

「ダメじゃ! これはわしと彼の勝負で―――」

「勝手にやっていろ! 本当にどこまでも人を苛立たせる連中め!!」





 それはまだ、全てが狂い始める前の、幸せなひと時の夢。










◇ ◇ ◇

「いったい、何が起こったんだ? コロニー落下は阻止できたと聞いたが……これでは、失敗したのと同じだ」

 視界に広がるのは不気味な紫に染まった空、最果ての見えぬ広大な砂漠。
 三週間前、地球に落下した巨大コロニー『ユーラシア』。イレギュラーハンターの手により、地表への衝突こそ阻止されたものの、その余波とばら撒かれたΣウイルスは瞬く間に地球を荒廃へ導いていった。
 人類の英知の結晶たる高度な街並みは軒並み倒壊し、生命の象徴たる緑は余すことなく汚染された。
 多くの命が犠牲になり、1000を超えるレプリロイドがイレギュラーと化した。
 ウイルスの蔓延はあくまで一時的なものであり、現在はレプリロイドたちの手により地上の再建が進みつつある。しかし、その被害は未だ甚大であり、生き残った人類はシェルターでの非難生活を余儀なくされる状態である。

「滅亡を免れただけよかったというのか……それだけじゃない。何かが、起ころうとしている」

 荒野に佇む一体のレプリロイド―――ゲイトは奇妙な胸騒ぎを感じていた。
 だがしかし、それは不安や恐怖を煽るものではなかった。もとより、彼にそのような感情は存在しない。
 それは新たな始まりを予感させるものだった。
 今、世界は転機を迎えている。なぜかそう確信できたのだ。





「探しましたよ。貴方がゲイト博士ですね」





 そして、新たな災厄の開幕となる最悪の邂逅が果たされた。
 ゲイトが振り返ると、そこにはいつの間にか、老人を模した科学者のようなレプリロイドが立っていた。

「我が名はアイゾック。この朽ち行く世界の再生のため、天才科学者として名高い、貴方様の力を貸していただきたい」

 その言葉に、ゲイトは思わず瞠目する。だが、見開かれた瞳も即座に細まり、その表情は冷笑へ変わる。
 天才―――未だに自分をそう呼ぶ存在がいたことに驚かされはしたが、所詮それだけのことである。
 もとより、ゲイトは世界再生に貢献する気など微塵もない。むしろ、数えるのも鬱屈なレプリロイドたち、人類に媚び諂うしか能のない傀儡が激減したことにせいせいしていた。
 彼が天才と称えられたのは遠い昔。 
 ゲイトの開発したレプリロイドは悉く高性能を誇り、高度なプログラムが搭載されていた。
 誰もが彼を天才と呼んだ。
 彼の功績を神の所業と褒め称えた。
 その偉業が崇められたのもわずかの数年の間。ゲイトの生み出すプログラムは、あまりに高度過ぎたのだ。それは超一流の科学者すら、匙を投げ出すほど難解な代物だった。
 ゲイト以外の誰にも解析できないプログラム。製作者の意図、目的、思惑の一切を伺わせぬパンドラの箱。危険視されはじめるのにそう時間はかからなかった。
 事故、処罰、イレギュラー化―――様々な名目の元、彼の才能の具現たるレプリロイドたちは、ついには一体も残ることなく処分された。
 そしてゲイト自身も『異端児』の烙印を押され、科学界を追放される身となった。イレギュラー認定されなかったのは、上の情けのためだろうか。

「『天才』だと。ハッ、あまり笑わせてくれるなよ。お前にボクの―――天才の何が分かるというんだ?」

 結局のところ、凡庸な科学者たちは、天才の何たるかを理解できなかったのだ。彼らの思い描く天才の理想像など、ゲイト自身の足元にも及ばぬ偶像にすぎなかったのだ。
 それゆえ、奴らは恐れたのだ。底知れぬ自分の才能を。
 人間という生物は得てして、理解の及ばぬ対象に恐怖を抱くという。生まれてこの方、解析できぬ存在と遭遇したことのないゲイトは「恐怖」と無縁の存在だった。彼にしてみれば、人間の抱くその感情こそが、理解に苦しむものだった。
 だがしかし、自分の周りに群がるレプリロイドは、その全てが凡庸な愚物にすぎなかった。ならば人間を模して造られた俗物が、自分をを恐れるのは必然といえるだろう。

「いや、貴様ら下等なレプリロイドだけじゃない。この世界にボクに並ぶものなど存在しない! 何者も、このボクの才能を理解することなどかなわないんだ!」

 彼を知らぬ者からすれば、その発言は失笑に値するだろう。その度を越えた傲慢さこそが、天才を異端児たらしめた要因のひとつであることに、ゲイト自身は気づいていない。
 しかし、アイゾックは表情を崩すことなく、懐から一枚のプレートを差し出した。

「無論、タダでとはいいませぬ。此度は手土産を持参しましてな」

「これは……何かの破片か?」

 科学の心得を持たぬ凡人にとっては、ただのガラクタに過ぎぬであろうソレ―――不気味な波長を放出するプレート片。
 わずか数刻でその正体を悟ったゲイトは、思わず声を荒げる。

「いや、違う……こっ、これは―――」

 その瞳は驚愕に染まり、輝きを増す。口元は自然と緩み、興奮に体を打ち振るわせる。
 普段の冷静な様子とも、自己陶酔におぼれる姿とも異なる様相。今のゲイトは、さながら新たな玩具を手に入れた幼児だった。
 それは、ゲイトが新たな発見に遭遇した際に見せる、誰にも披露したことのない本来の姿だった。無邪気に瞳を輝かせるその姿を見れば、誰も彼を異端児などと侮蔑しなかっただろう。

「―――いいだろう。お前の計画に乗ってやるよ。ただし、世界は再生などしない」

 アイゾックへと振り返ったゲイトの瞳には、先ほどの光は既に伺えない。
 何かに憑かれたような―――汚染されたような邪悪な目。
 鈍い輝きを秘めた瞳が見開かれ、狂宴の開幕を告げる言葉が放たれる。

「より崇高に進化するのさ! ボクに服従するレプリロイドだけの世界に! ボクが支配する楽園に!!」

 そして、世界は新たな危機を迎える。
 シグマが人類に反旗を翻して以来、6度目となる争いの火蓋が切られた。

「そのためには粛清が必要だ。まずは連中を蘇生させて、各地の主要施設を占拠してコイツをばら撒けば……ククク、ハーハハハハハッ!!」

 未だ冷めぬ興奮に溺れるゲイトを尻目に、アイゾックは静かに独りごつ。





「―――青二才が。せいぜい儂の役に立つがいい」



[30750] #1 NIGHTMARE(悪夢)
Name: うわばら◆4248fd16 ID:9a01cff1
Date: 2011/12/07 22:16
とある復興区域の郊外にて、

「クソッ、なぜあのようなデカブツが暴走を……」

 警備隊長を務めるハイザーは苦しげに呻く。
 どこからともなく飛来した、作業用と思しき巨大なメカニロイド。それは着陸するや否や、いきなり暴走を始めたのだ。
 中心部からは離れていることと、迅速な通達が幸いし、直接的な被害は避けられている。だが、かなりの攻撃を加えているにもかかわらず、敵は一切損傷を負っていない。
 こちらの武器が底を尽きたら最後、この巨体は間違いなく市街への進行を開始するだろう。

「撃て、撃てーーーーーっ!」

 号令に伴い放たれる怒涛の攻撃。
 金属を跡形もなく溶解するレーザーも、機体を粉々に粉砕するミサイルも、相手には何ら効果がないようだ。

「くっ、このままでは―――」

「みんな、無事か!」

 突如、現場に駆けつけてきたのは一人のレプリロイドだった。先ほど連絡の取れた、イレギュラーハンター本部のよこした増援だろう。
 それにしても、この非常時にたった一人とは何を考えているのか。
 苦渋に顔をしかめつつ、ハイザーは現状を報告する。

「警備隊の隊長を務めますハイザーです! 先ほどから攻撃を続けておりますが、市民街への進行を食い止めるのが精一杯の状況で―――」

「分かった。後は俺一人で何とかするから、皆は市街へ被害が出ないよう見張っていてくれ」

 そう言うや否や、青いレプリロイドは巨大なメカニロイドへ立ち向かう。
 相手はこちらの10倍以上の体格を誇る。まがりなりにも戦闘経験をつむハイザーにとって、目の前の男はあまりに無謀すぎた。

「そ、そんな……無茶です! こちらの総攻撃でも、傷ひとつ負わない相手で―――」

 そこまで言って、ハイザーは言葉を失った。
 暴走する巨体の影で子供が―――小型のレプリロイドが震えている。

「バカなっ! なぜあんなところに子供が!?」

 巨体の死角にいた子供に気づかなかった―――自身の拭い様のない失態に歯噛みする。
 幸か不幸か、メカニロイドの頑丈さと大きさが子供を守る盾となっていたようだ。少女に目立った損傷は見つからないが、いつ巨体に押し潰されてもおかしくない。

「早く少女の救助を―――えっ?」

 先ほどまで自分の隣に立っていたはずの、青いレプリロイドの姿がない。
 気づけばその男は、ほんの数秒の間でメカニロイドのすぐ脇に移動し、優しく少女を抱き上げている。

「キミ、名前は?」

「……ユイ」

「ユイちゃん、か。いい名前だね。でも、どうしてこんな郊外に?」

「……お花をさがしてたの。そしたら、あのおっきなロボットがとんできて―――」

 メカニロイドは二人を敵と認識したのか、巨大なペンチの左腕を振り上げる。そして、豪腕が猛スピードで振り下ろされ―――瞬時に斬り飛ばされた。

「なっ……!」

 青いレプリロイドの手に握られるのはビームサーベル。その破壊力に見合う高出力のため、ハンター部隊の中でも少数しか携帯を許されない武器。
 それを目の前の男は、片手で楽に振るっている。

「お、おにいちゃん……?」

「そうか、怖かったね。でも、もう大丈夫だから」

 片腕を落とされ後退するメカニロイドには目もやらず、そのレプリロイドは少女に優しい眼差しを向けている。
 その慈愛に満ちた瞳―――レプリロイドのものとは思えぬ、限りなく人のそれを彷彿させる双眸。そこでようやく、ハイザーは男の正体を悟る。

「す、すごい。あの巨体をあっさり―――隊長?」

「そんな、まさかあのレプリロイド……いや、あのお方は―――」

 かつて3度にも及ぶシグマの反乱を阻止し、レプリフォースの反逆も止め、先のコロニー落下事件すら防いだイレギュラーハンター。
 この上なく平和を愛し、唯一涙を流すことのできるレプリロド。










「イレギュラーハンター―――エックス!!」










◇ ◇ ◇

 セイバーを一時的に仕舞い、腕の中で震える少女の頭を撫でてやる。彼女の恐怖が和らぐまでこうしたかったが、背後で騒ぐ巨体がそれを許さない。
 そっと少女を地面へ降ろし、屈みこんで目線を合わせる。

「あの人たちのところまで、一人で行けるね」

「で、でも……おにいちゃんは?」

 こんな状況でもなお、少女は自分の身を案じてくれている。きっと優しい子なのだろう。

「大丈夫、お兄ちゃんは負けないから!」

 こんな子供を争いに巻き込むわけにはいかない。戦火に身を委ねるのは自分で十分だ。
 その思いを胸に、未だ暴走を続けるメカニロイドへ向き直る。
 ハイザーの元に走り寄るユイは、途中でエックスの方を振り返り、

「おにいちゃん……がんばって!!」

 声援を背に、エックスは駆ける。
 もとより隻腕だったメカニロイドは、左手までもを失った今、攻撃手段はビームしかない。
 巨体から放たれる極太の光線を、エックスは軽い動きであっさり回避する。

「うおおおおっ!」

 エックスの放ったバスターは、警備隊の攻撃すら防いだ強化装甲を、いとも容易く破壊する。
 射出口も打ち抜かれ丸腰となったメカニロイドは、その体躯でエックスを押し潰そうと倒れこむ。

「甘いっ!」

 幾度となく戦場を駆け抜けたエックスに、単調な捨て身の攻撃など通用しない。巨体の壁面を蹴り上げ、肩に乗り上がったところでさらに跳躍。メカニロイドの頭上へ飛翔し、そのまま再度サーベルを―――亡き友の形見を抜き放つ。





「これで終わり―――っ!?」





 セイバーで巨体を両断する刹那、エックスは確かに見て取った。メカニロイドの中に蠢く『ソレ』の姿―――悪夢の具現を。

「……なっ」

 作業用メカニロイドD-1000の暴走は、プログラムの損傷に起因するものではなかった。そもそも、それは暴走ですらかった。内部に寄生したモノたちに操られていたにすぎなかったのだ。
 その事実に気づかなかったエックスの判断ミスは致命的だった。セイバーで断ち斬るのでなく、フルチャージで跡形もなく粉砕するべきだったのだ。
 巨体は膾のごとく切り裂かれ―――エックス自身の手により、破滅の引き金は引かれた。
 外郭の役割を果たしていたD-1000が割られたことで、解き放たれた無数の『ソレ』の暴走を防ぐことは不可能となった。
 そして悪夢は訪れる。

「な、なんだっ!?」

 メカニロイドとも、レプリロイドとも判断のつかぬ『ソレ』―――ひとつ目の蛸のような、どす黒い機械。異形の軍勢は悉くエックを素通りし、彼の背後に控える警備隊へ襲い掛かる。

「くっ、来るぞ!」

「全員撃て―――っ!」

 いきなり現れた未知の存在―――迫り来る不気味な姿を敵と断ずるのに、ハイザーは数秒も要しなかった。彼の指令の元、部隊は一斉に攻撃を再開する。
 しかし、『ソレ』は重力を無視するが如くの流暢な動きで、放たれたレーザーを避け、ミサイルの雨を掻い潜る。
 そして容易に彼らの元へ到達し、剥き出しの下半身から垂れ下がるケーブルを突き立てた。それはあっさりレプリロイドの外装を破壊し、彼らの中枢に至り同化する。異形はたちどころに体内へと潜り込み、わずか数秒でレプリロイドとの一体化を果たしていた。

「ぐわっ!」

「くっ、来るな……うわ―――っ!」

「助け、助けてく……」

「あぁ……」

 部隊が、黒い異形に飲まれていく。
 Σウイルスにレプリロイドが汚染され、狂っていくその光景―――かつての悪夢を彷彿させる目の前の惨状を、エックスは呆然と見守る他なかった。
 ついには完全に部隊を飲み込んだ異形は、瓦礫の隅で震える少女、ユイに迫っていた。

「おにちゃん―――」

「や、やめろっ! やめるんだ!」

 即座にD-1000の巨体から飛び降り、渾身のダッシュでユイへと向かう。
 だが漆黒の機体はユイの眼前まで近づいていた。全力で加速しても間に合わない。

「助け―――」

 直後、周囲が紅蓮に染まる。
 弾薬が暴発でもしたのだろう。燃え盛る業火が異形を、部隊を、幼い少女を飲み込んでいく。

「みんな、ユイ!」

 ようやく彼らの元にたどり着いたエックスは、躊躇うことなく火の海に飛び込む。
 幸い彼らはレプリロイドだ。その体は例え1000度の高熱でも、簡単に原型を失わない。

「ユイ、どこにいるんだ! ユイ!」

 そして更に幸運なことに、少女は爆炎の浅い位置にいた。
 即座に彼女を抱え上げ、転がるようにして炎から脱出する。

「オニイチャン……」

「よかった、ユイ、無事で―――」

 他の仲間も助ける必要があったが、ひとまずは目の前の少女を救えたことに安堵する。
 恐怖から開放されたのか、うつむいていたユイが顔を上げる。
 彼女の両肩に手を置き、エックスはその顔を覗き込み―――
 





「イ、イタイノ……グルジイノ……ダ、ダズベデ……」

「うわあっ!」





 悲鳴を上げ、尻餅をついて後ずさる。
 ユイの顔は黒く変色し、両の瞳は真っ赤なモノアイに変貌を遂げ、どす黒い液体を涙のように流出させていた。
 そう、彼女は泣いていてる。
 幼かった顔を苦痛に歪め、痛い、痛いと泣いている。
 涙を流せるレプリロイド―――自分と同じように泣いているのだ。

「オニィヂャン……イダイ、グライヨ……」

 あまりに痛々しい様相を前に、エックスは成す術なくただ後ずさる。
 そんな彼に追いすがるかのように、爆炎の中からハイザーが、その部下たちが現れる。

「デッグズザン……ドウジデ、ボレラヴォ……」

「イダイ……イダイ……」

「グルジイ……ザブイ……」

 歪な形相に血のようなモノアイを掲げ、濁った涙を流している。

「あ……あぁ……」

 もはや異形と化した彼らに何をしてやれば―――脳裏をよぎった不安を即座に払拭する。
 大丈夫だ、彼らは、ユイはまだ壊れていない。
 壊れてさえいないのなら、きっと元通りになれるはず。

「皆、少しだけ待ってくれ。すぐにケイン博士に連絡を―――」

 突如、エックスの視界は光に包まれ、理解が追いつかぬままに吹き飛ばされる。

「ぐあっ!?」

 変貌を遂げたユイが、ハイザーたちが一斉に単眼から光弾を放ったのだ。

「み、んな……やめるんだ……」

 エックスの言葉もむなしく、攻撃はより激しさを増す。
 唯一人、無傷のエックスを呪うように。
 惨状を前に成す術のない、無力な英雄を憎むように。

「デッグズ……ベッグズウウゥ……」

「ダジゲデ、ダヅゲ……」

「や、めろ……やめてくれ……」

 降り注ぐ光弾の雨を全身に浴びながら、エックスはなおも懇願する。
 反撃などできるはずがない。彼ら善良なレプリロイドであり、イレギュラーではない。そう、彼らがイレギュラーのはずがない。

「はやく……博士に連絡、を……」

 まだ、彼らはイレギュラーと化していない。
 希望を捨てなければ、信じていれば、きっと元に―――

「……オニイヂャン」

 ユイと目が合った。
 単眼から黒い滴を零し―――










―――コロシテ―――










 閃光が辺りを包み、全てを吹き飛ばす。
 ギガクラッシュ―――自身の受けたエネルギーを数倍にして放出する破壊技。
 もう二度と用いるまいと思っていた。
 もう誰も壊したくないと願っていた。
 もう同じ過ちは繰り返さないと誓ったはずだ。
 なのに、自分は―――

「ああ……」

 光が収束を終えた後には、何も残っていなかった。
 巨大なメカニロイドも、謎の黒い機械も、ハイザー率いる警備隊も、ユイも―――

「なんでだ……どうしてなんだよ……」

 自身を包む白銀のアーマー。
 シグマを倒して以来、封印していたはずの禁断の兵器。
 それを自分は、ユイに、まだ幼い、心優しいレプリロイドの少女に向けて放ったのだ。

「いつまで悲劇が続くんだよ!! 悪夢は終わったんじゃなかったのか―――――っ!!!」

 シグマは滅んだ。
 世界を破滅に導く悪魔は消滅したはずなのだ。
 なのに、世界はまたも悲劇を繰り返している。
 これまで通りに。
 これまでと何ら変わることなく。





「うあああああああああああ!!」





 英雄は空を仰ぎ咆哮をあげる。
 自身の無力さを嘆き。
 世界の理不尽を呪い。
 ただ、大粒の涙を流した。














◇ ◇ ◇

 エックスからわずかに離れた地点。
 先ほどの余波に巻き込まれたはずの距離にもかかわらず、そのレプイロイドは無傷で佇んでいた。

「イレギュラーハンター……しょせんあの程度か……」

 無様に地に付すエックスを見下ろし、レプリロイドは呟いた。
 渾身の一撃もあの程度。敵に回ったところで何ら問題はない。
 計画は全て、主の思惑通りに運ぶだろう。自分はただそれに従ってさえいればいい。
 だが、しかし―――




「奴の目から零れ落ちる液体は……」





 天才から与えられたプログラムをもってしても、それだけが理解できなかった。



[30750] #2 HISTORY(歴史)
Name: うわばら◆4248fd16 ID:0a53be9d
Date: 2011/12/07 22:17
 ようやく平穏を取り戻したかに見えた世界は、再び混乱に陥ることになった。
 各地に出現した謎の黒い機械が、手当たり次第にレプリロイドを襲い始めたためである。取り付かれたレプリロイドは狂い、暴走し―――イレギュラーと化す。
 Σウイルスの再来とも揶揄される異形の軍勢に、生き残った人類は恐怖を込めて命名した。





―――ナイトメア―――





◇ ◇ ◇

「エックス、聞こえる? 市民の避難は無事に済んだそうよ。あなたは現場を確認して、なにか手がかりがないか、特に怪しい人物がいないか確認してちょうだい」

「ああ、ちょうど見えてきたところだ。すぐに調査を行う!」

「現場は磁場の影響で通信が届かないわ。くれぐれも無茶はしないで!」

 エックスたちイレギュラーハンターは、指揮官シグナスの指令に従いナイトメアの情報を集めていた。
 各地の被害報告と集めた情報をもとに、ナビゲーターであるエイリアが解析を行う。その結果、導き出された答え―――ナイトメアは場所を問わず出現するのでなく、複数の箇所を拠点にしている。
 そのひとつ―――セントラルミュージアムの前に辿り着き、エックスはファルコンアーマーのブースターを切り着陸する。

「ここがナイトメアの出現地点か。なにか、事件を解く鍵が見つかれば……」

 つい先日、エックスは目の当たりにした。
 ナイトメアに寄生されたされたレプリロイドの末路を。
 苦しみに悶え、涙を流す少女の顔を。
 あんな悲劇は、一刻も早く終わらせなければいけない。

「とにかく、まずは入って確かめないと」

 壊れた入り口をバスターで破壊し、中へと進む。
 入って数歩も進まぬうちに、エックスは驚愕に襲われる。

「こ、これは……」

 そこはナイトメアの巣窟と化していた。
 軽く見ても30を上回る異形たちが、我が物顔で縦横無尽に飛び回っている。大量のナイトメアが、悪夢の具現が―――

「あああああ!!」

 脳裏によぎる悪夢を払拭するかのように、全力でチャージショットを打つ。放たれたエネルギーはナイトメアを焼き尽くし、10に近い固体を一撃で葬り去る。
 それを機にナイトメアはようやく、自身の領域を侵す侵入者の存在に気づく。
 そしてエックスを認識するや否や、怒涛の勢いで光弾を放つ。さらに失った分を補うかのように、奥から複数のナイトメが出現する。

「くっ、数が多すぎる」

 いくら打ち落としても、際限なく沸いて出てくる敵の群れ。その全てがエックスへ照準を定め、我先にと無数の光弾を放つ。弾速は非常に早く、障害物を容易に貫通する。

「これじゃ、いくら相手をしてもきりがない。早く手がかりを見つけないと」

 対面する4体をチャージショットでまとめて粉砕し、浮遊するナイトメアは掻い潜りダッシュで距離をとる。
 そのまま加速しつつも、背後の確認は怠らない。何体か後を追ってきているのが見えたが、この間合いならまず追いつかれない。
 
「よしっ、このまま奥へ……っ!?」

 再度正面を向き、愕然とする。
 背後に気を取られたわずかな隙に、複数のナイトメアが眼前まで迫っていた。加速したことが仇となり、すぐには方向転換ができない。
 即座にバスターを連射するも、敵は機械に似つかわしくない、柔軟な動きで回避する。最前列の2体がエックス近づき、その顔面へとケーブルを伸ばし―――

「―――だっ!」

 すんでのところでセイバーを振りぬき、まとめて切り落とす。

「だあっ!!」

 残りはダッシュからジャンプをつなぎ、更にブースターを放ち飛び越える。今度は背後を振り返らずに、ただひたすら奥へと進む。
 ナイトメアで溢れかえる回廊を駆け抜け、2対のトーテムポールのような彫刻の間をくぐる。

「……え?」

 途端に景色が一変する。
 先の見えぬ一本道から、広い円形の、ドーム状の空間へ。あれほど蠢いていたナイトメアの気配も感じられない。

「まったく違う空間に出た……転移ゲートだったのか。別の地点に飛ばされたのか?」

「随分と時間がかかりましたな。お待ちしておりましたよ」

 予期せぬ声に振り返ると、岩に腰掛けた一体のレプリロイド。

「お初、お目にかかりますな。我輩、グランド・スカラビッチと申しまして―――」

 バスターがその頭部を掠め、背後の壁に大穴を穿つ。
 自身へと向けられる銃口にも物怖じせず、スカラビッチはため息をつく。

「やれやれ、挨拶を遮るとは感心しませぬな。最近の若者はやんちゃが過ぎる」

「御託はいい! いますぐナイトメアを停止させろ!!」

「それは無理な相談ですな。あ奴らは我輩の制御下にありませぬがゆえに」

 だからこそ、邪魔の入らぬ舞台を用意したのですぞ―――スカラビッチの言葉を耳に、嫌な予感が頭をよぎる。

「……なら、お前たちの目的は何だ!!」

「それも存じませぬな。そもそも、我輩は貴殿の申す『ナイトメア』とは関わりを持ちませぬので」

 目の前の男は、この事件の主犯ではない。関係者ですらない。
 なら、元凶はいったい―――

「考え事ですか? 無視とは感心できませぬな」

 ハッと我に返り、再度スカラビッチを認識する。
 問答無用で威嚇射撃を行ったことに罪悪感を感じつつ、同時に別の疑問も沸いてくる。

「この事件に何の関係も持たないなら、どうしてここにいる」

 一人逃げ遅れ、ナイトメアから逃れるために、転移ゲートをくぐった可能性もあった。だがしかし、目の前の男は外の惨状を歯牙にもかけていない。避難民ならばここまで平然としているのは妙だ。

「目的、ですか。それは貴殿との邂逅ですよ、『ロックマン』」

「なっ……」

 唖然とするエックスをよそに、スカラビッチはなおも語る。

「我輩、こう見えても遺跡めぐりが趣味でしてな。数多の地を駆け巡っては、歴史にまつわる情報を、逸話を収集しておりました。そこで巡り合ったのが―――貴殿の『伝説』ですよ、ロックマン!」

 エックスへの視線が鋭さを増す。

「伝説として歴史に名を刻みし最強のレプリロド。その力をぜひ我輩の前で披露していただきたい」

 スカラビッチは座っていた岩から降り、その後ろ側へと回る。

「待て! お前の言うことはわからないけど、ここから脱出するのが先だ。話ならそれからでも―――」

 直後、巨岩が猛スピードでエックスに迫る。スカラビッチが地面に両手をつき、両足で岩を蹴り飛ばしたのだ。
 エックスはかろうじて両手で受け止めるが、岩の勢いはまったく衰えず、そのまま壁へ叩きつけられる。

「ぐあっ!」

「我輩の攻撃は、その程度では防げませぬぞ。貴殿ならもしかしたら、とも思いましたが、買い被りのようでしたな」

「くっ……やめるんだ! こんな争いは無意味だ!」

「ええ、無意味ですとも。争いとは何も生み出さぬものです」

「なら、どうして―――」

「それが歴史だからです」

 問いかけに返ってくるのは無情な答え。

「貴殿はレプリロイドの、いえ、人間の歴史をご存知ですか? 我々が生み出される遥か昔から、同族の殺し合いは延々と繰り返されてきたのです。つまるところ、歴史とは争いの―――血で血を洗う闘争の繰り返しでしかないのです」

 スカラビッチの両脇に、先ほどよりひとまわり大きい岩石が生み出される。

「争いは避けられませぬ。シグマの反乱も、レプリフォースの独立も、起こるべくして生じたものでしょう」

 ふたつの巨岩に重なるように更にふたつ、計4つの岩が展開される。
 
「お分かりですかな? 歴史に刻まれし貴殿の伝説も、争いあっての賜物なのです。ならばこそ、争いをもってして貴殿の真価を見定めるのは当然のこと!」
 
 そしてスカラビッチは右側に詰まれた岩を、下から連続でエックスへと蹴り放つ。

(くそっ……やるしかないのか……)

 バスターで手前の岩石を破砕し、ふたつ目はセイバーで切り捨てる。続けて飛んで来た3つ目はかわし、スカラビッチへチャージショットを放つ。
 しかし、相手は手元に残した4つ目の岩に隠れることで攻撃をやり過ごす。そして今度はこちらの番、と更に岩を繰り出し、間を空けずに複数蹴り飛ばしてくる。

「我輩のグランドダッシュは攻防一体の役割を果たします。防戦一方では攻略など不可能ですぞ!」

 飛び交う岩石をひたすら切り裂き、交わし、粉砕する。
 凌ぎ切ったと息つく間もなく、攻撃はより苛烈さを増す。
 わずか数秒の攻防の間に、スカラビッチの前には先ほどまでとは比べ物にならない―――その小型な体躯の20倍はあろう岩石が用意されていた。

「さぁ、これは避けることも、防ぐこともかないませぬぞ。今こそ、貴殿の真価が発揮される時!」

 その大きさに見合わぬ速度で、巨岩がエックスの視界を埋める。
 セイバーで切れるサイズではない。バスターをチャージする時間もない。回避は―――間に合わない。
 轟音と共に、大岩が壁に激突する。
 壁際にいたエックスは回避すらままならず、そのまま押し潰されただろう。
 あっけない。
 あまりにあっけない決着だった。
 待ちわびていた伝説の強者は、スカラビッチに傷ひとつ負わすことなく惨敗したのだ。

「なんと……これが、これが歴史に名を残した英雄だというのか! 『ロックマン』の伝説は、かくも脆弱なものだったというのか!」

 失望に声を荒げるスカラビッチだが、数秒とたたずに目を見張ることになる。
 壁にめり込んだ巨岩が、確かにエックスをひき潰したはずの岩が、

「……動いておる」

 ありえない。
 そもそも、敵はこちらの初撃すら満足に防げていなかった。
 先ほどの攻撃は、その10倍以上の威力を誇る。まともに食らって、なお息があるはずがない。

「伝説だとか……英雄だとか……そんなことはどうでもいい!!」

 怒声と共に、巨岩に亀裂が入り、粉々に砕け散る。
 土煙の中から現れたのは白銀の輝き、そして―――

「繰り返させなんかしない! 争いは、ここで終わらせる!!」

 目を覆いたくなる光の本流。
 あの巨岩すら砕くのならば、自分に防ぐ選択肢は存在しない。
 大岩を繰り出す怪力を誇るスカラビッチだが、俊敏性は並みのレプリロイドのそれと大差ない。慌てて横に跳ぶも間に合わず、

「があっ!」

 両足が、自身の最大の武器が光に飲まれ消失する。
 無様に倒れこみながらも顔を上げると、すぐそばまで来ていたエックスがこちらを見下ろしている。

「見事です……さすがは、伝説のレプリロイド……」

 エックスの手が迫る。
 攻撃手段と逃走手段を同時に失った今、自分の命はないだろう。だが、後悔はなかった。
 もとより一度は滅んだ身。本懐を遂げて逝けるだけ幸福というものだろう。

「我輩の負けですな。さぁ、このまま止めを―――」

 そのまま腕をつかまれ、持ち上げられ、エックスの肩に担がれる。

「ここにも、いつナイトメアが出てくるか分からない。今のうちに、早く脱出しよう」

「なっ、なにを?」

 問いかけには答えず、エックスはその場から踵を返す。

「我輩は敵ですぞ! 敵に救いの手を差し伸べるというのか!?」

「この事件に関わっていないなら敵じゃないさ」

「……我輩を助けるということは、背後から撃ち抜かれることは承知の上、ということですか?」

「お前はさっき負けを認めただろ。素直に負けを認めた奴が、今更そんなことをするのか?」

「虚言にて貴殿を欺く作戦かもしれませぬ」

「それは……そ、そこまでは考えてなかったな」

 戸惑うように言いつつも、決して自分を離そうとはしない。

「でも、俺は無駄な犠牲は出したくない。もう、誰も失いたくないんだ」

 誰も犠牲にしたくない―――その言葉に、今しがた出会ったばかりの自分すら含まれている。
 そこに至って、スカラビッチはようやく思い違いを悟る。
 自分は英雄という言葉に、何を期待していたのだろう。
 争いにて真価を発揮する?
 ありえない。
 この男は好んで戦場に立ったことなど、一度たりともありはしないだろう。
 繰り返される歴史―――争いの渦中に巻き込まれ、その心に幾重もの傷を負ってきたに違いない。
 強くなどない。まして最強のレプリロイドなどでは断じてない。
 弱く、儚く、とても脆い存在でしかない。
 だが、しかし―――

「……これを」

「ん? これは、何かのチップか?」

「我輩の戦闘データを含むパワーチップです」

「なっ、そんなの受け取れないよ」

 こちらを疑う様子は微塵も伺えない。
 本当にどこまでも幼く、純粋で―――優しいレプリロイドだ。

「我輩がこの場所にいたのは貴殿と会うことが目的。その言葉に偽りはありませぬが、舞台を選んだ『理由』は他にあります」

「……えっ?」

「我輩がこのセントラルミュージアムを占拠した理由。それは―――」





―――デスボール―――





「ぐわあああああっ!!」

「うわあっ!?」

 背後からの衝撃に吹き飛ばされる。
 痛む体を抑えて体制を立て直した時、エックスは違和感に気づく。
 背中が、軽い。
 つかんでいたスカラビッチの腕―――腕から先が、ない。

「……スカラビッチ?」

 後ろを向くと、数メートル先に左半身を消失したレプリロイド―――スカラビッチが目に入る。

「スカラビッチ! しっかりしろ!!」

 スカラビッチに駆け寄ろうとして、エックスは見た。
 空中に浮遊する漆黒のレプリロイド。
 その周辺を覆うように、無数のナイトメアが群がっている。間違いなく、ナイトメアを制御している。

「お前が……殺したのか……」

 目の間の存在は動かない。
 口を開かず、首肯もしない。
 だが、この場においての沈黙は肯定しているも同然だ。

「……どうして殺した」

 口封じ。
 そんなことは分かりきっている。
 エックスが聞きたいのは動機や目的などではなかった。

「なんで……どうして殺す必要があったんだ!!」

 なぜその手段に殺戮を用いたのか。
 なぜ殺しまでする必要があったのか。

「答えろ! 答えろよ!!」

 怒りに震えるエックスなど眼中にないのか、漆黒のレプリロイドはそのまま飛び去っていく。
 バスターを連射しても、纏わりついたナイトメアが盾となり攻撃が届かない。





「逃げるな!! 答えろおおおおお!!」










◇ ◇ ◇

 顔を濡らす水の感触で、スカラビッチは重すぎるまぶたを開く。

「スカラビッチ! よかった、生きてたんだ!」

 泣いている。
 レプリロイドが―――レプリロイドであるはずの男が、涙を流している。

「……なぜ、歴史を、争いを繰り返してなお世界は……滅びぬか……ご、ご存知……」

「もういい、しゃべるな! すぐに博士のところに連れて行くから」

 そうはいかない。
 この機を逃せば、次は永遠に訪れないだろう。
 一度は滅びを経験した身。自身の限界は既に把握している。

「争いのたび……かな、ら、ず……救世主……英雄が、現れるた……め……」

 目の前のレプリロイドの表情が歪む。
 彼もようやく悟ったようだ。自分の終わりを。

「民を導き……守り……世界を救う英雄、が……」

 視界が黒一色に染まる。
 センサーが限界を向かえたようだ。
 だが、幸いにも、頬を伝う優しい感触は未だ残っている。

「貴方なら、きっと光を……笑顔を……」

 自分のような者の死すらも、哀しみ、涙を流してくれるレプリロイド。
 誰よりも心優しく、あたたかく、それゆえ誰よりも強いレプリロイド。
 この男なら、この男ならばきっと―――










「世界を、救―――」










「……バカだな、スカラビッチ。俺は……俺が、英雄なわけないだろ」

 かつてレプリロイドだったモノ。
 スカラビッチの残骸に向けて話しかける。

「ユイも……お前も救えなかった俺が……俺なんかが―――っ」

 行き場のない感情をぶつけるように、思い切り拳を地面に叩きつける。
 このまま泣き崩れてしまいたかった。
 何もかも投げ出してしまいたかった。

「俺は英雄なんかじゃなない……世界を救うだなんて、大層なことは言えない……」

 でも、それは許されない。
 目の前のスカラビッチがそれを許してくれない。
 彼だけではない。
 もう何人も犠牲になった。
 もう何人も救えなかった。
 数え切れないほどの悲しみが、苦しみが、痛みが、エックスの逃避を許さない。

「でも、約束する―――」

 スカラビッチを横たわらせ、自身の頬を伝う涙をぬぐう。
 彼に渡されたチップをそっと握り、エックスは―――英雄は新たに決意する。





「争いは……悲劇は、絶対に終わらせる」



[30750] #3 LOYALITY(忠義)
Name: うわばら◆4248fd16 ID:0a53be9d
Date: 2011/12/08 17:27
「スカラビッチめ……やはり裏切ったか」

 ミュージアムの記録映像を眺め、ゲイトは憎々しげに言い放つ。
 だが、それも予想通りのこと。
 そもそも、ゲイトはもとよりスカラビッチに何の期待も寄せていなかった。スカラビッチは彼自身が手がけた『作品』ではないからだ。蘇生させて利用こそしたが、あれは所詮どこぞの馬の骨が生み出した欠陥品にすぎないのだ。
 勝てば儲けもの、負けるのは当然といったところだろうか。だからこそ、いつでも処分できるようハイマックスを張り付かせ、『ナイトメアソウル』も埋め込まずにおいたのだ。

「それにしても、涙を流すレプリロイド、エックスか。あの老いぼれの言葉が本当だったとは」

 役立たずの末路より、ゲイトにはそちらの方が重要だった。
 イレギュラーハンター、エックス。あまりにも有名すぎるその名は、かつての研究同士―――ゲイトにとっては、口うるさいだけの老害だった―――から、プログラムが受付を拒否するほど自慢げに聞かされた。
 涙を流せるという話は聞き捨てていたが、こうして目の当たりにすると否定の仕様がない。

「主よ、『涙』とは?」

 ゲイトの背後に控える黒いレプリロイド、スカラビッチを破壊した張本人は、感情の伺えぬ声音で彼に問う。

「人間が、感情が高ぶった際に目から流す体液のことだ―――ナイトメアに寄生された固体のバグとも異なるようだな。レプリロイドへの搭載に成功した例はなかったはずだが……いいね、実に興味深い!」

 研究者としての好奇心が、ゲイトを喚起に振るわせる。
 赤色の瞳が不気味に輝き、衝動に促されるまま椅子から立ち上がる。
 これほどの興奮はあの時、アイゾックとかいうレプリロイドから、例のパーツを渡されたとき以来だ。

「……決めた、決めたぞ! あいつは生け捕りにして、そのプログラムを解析し尽くしてやる!!」

「主、感情が高ぶるとは、どのような状態を指すものですか」

 興奮止まぬゲイトの様子を察することなく、レプリロイドは問いかける。目の前ではしゃぐ彼の主が、今まさにその状態なのだが、レプリロイドにはそれが何を示すのかわからなかった。
 感動に水を差された苛立ちか、ゲイトは忌々しげに吐き捨てる。

「お前には不要なものだよ」

 レプリロイドとは、限りなく人間に近い存在である。そのプログラムは人の『心』と大差なく、当然感情の起伏は存在する。人前では勤めて冷静を装うゲイトですら、新たな発見の前ではそれに抗うことができない。
 その定義に従えば、漆黒のレプリロイド―――ハイマックスはレプリロイドとも、メカニロイドとも異なる存在だった。
 プログラムから感情を、『忠誠』を除く全てを排除した、ゲイトの忠実なる下僕。レプリロイドにして心を持たぬ、ただ主に隷属するだけの操り人形。それがハイマックスの正体だった。

「いいか、余計なことは考えるな。黙ってボクに従ってさえいればいい」

「了解しました。ゲイト様―――我が主よ」










◇ ◇ ◇

 イルミナテンプル。
 コロニー落下により多くの施設が破壊された今となっては、現存する数少ない水処理場。生き残る人々にとっては、欠かすことのできない重要な水源である。
 そこに蠢く大量のナイトメアの様子が、急変したと連絡が入ったのがつい先日。これまで無差別に人々を襲っていたはずが、途端に施設を囲むように隊列を組み、その動きを停止したとのことだ。
 施設に侵入を試みる存在には射撃を行うが、それも威嚇のつもりか命中率が低く、なにより接近しての寄生を行わない。
 ナイトメアに占拠された地区を取り戻すのに、この機を逃す手立てはない。
 エイリアの通信による誘導に従い、エックスはイルミナテンプルまで足を運ぶ。

「……本当に、静止している」

 ミュージアムで見境なく荒れ狂っていた様子と対照的に、まるで規律の取れた部隊のようだ。

「でも、いつまた動き出すか分からないな。ここは、慎重に進まないと」

 罠である可能性は否定できない。
 陣を組んでいるナイトメアは相当な数だ。これらが一度に襲い掛かってきたらたまらない。
 なにより敵の急接近を警戒しつつ、エックスは少しずつ入り口へと足を運ぶ。
 扉の目には警備員の如く、2体のナイトメアが両脇に待機し、上空にも何体か浮遊している。バスターで粉砕することも考えたが、それを境に襲ってくるかもしれない。

(危険が伴うが、こちらから近づいてセイバーで斬るしかない!)

 寄生されかけたことはまだ記憶に新しい。だが、いつまでも足止めを食らうわけにはいかない。

(あと3歩、2歩、1歩―――えっ!?)

 エックスが一気に加速しようと構えた途端、扉を守護していたナイトメアが離れていく。
 エックスの進入を放任、むしろ歓迎するが如く。

「これは……」

 間違いない。
 この先に待ち構える何者かは、あの黒いレプリロイド同様、ナイトメアを制御している。そして中で自分を待ち構えている。
 より一層、罠の可能性が強まった。だが―――

「いいだろう。そっちがその気なら、喜んで行ってやる!」

 扉を開き、奥へと続く通路をダッシュで進む。施設内にもナイトメアはいたが、通路の両脇に佇んだまま、エックスの進入を邪魔する様子はない。
 しばらく進むと、最奥を伺わせるひときわ巨大な扉が見え、エックスの接近を認知して自動で開く。 

「さぁ、来てやったぞ! 姿を現せ!」

 その相手は隠れなどせず、エックスに背を向け堂々と仁王立ちしていた。
 背後で扉が閉まる音が響くと同時に、目の前の大型レプリロイドは頭部だけをこちらに向ける。

「来たか。我が名はレイニー・タートロイド。貴様を待ちわびていたぞ、エックス」

「お前が俺をここに呼び寄せたのか。お前も俺との対決が目的か?}

「分かっているなら話は早い。我が主の命令の元、その身を貰い受ける」

「主だと……あの黒いレプリロイドのことか!?」

「これ以上の問答は無用。いざ、参る!!」

 その一言を開戦の合図とばかりに、タートロイドの装甲からミサイルが射出される。襲い来る無数のそれを、エックスはショットの連射で相殺する。

「なら、力ずくで聞き出すまでだ! 俺が勝ったら、洗いざらい話してもらうぞ!」

 尚も放たれるミサイルをセイバーで斬りつつ、タートロイドへ肉薄する。

「その巨体ならかわしきれないだろ!」

 全力のダッシュで即座に間合いを詰め、セイバーを斜めに振るう。
 放たれた一閃は硬い手ごたえと共に弾かれ、タートロイドの体には傷ひとつ付いていない。
 
「もとより避ける必要は皆無! そのような玩具では、我が装甲を打ち砕くことなどかなわぬ!!」

 再度甲羅の射出口が開き、ミサイルの群れが放たれる。極限まで接近している今、回避することはかなわない。
 炸裂した衝撃に吹き飛ばされ、数メートル後方に崩れ落ちる。
 体制を立て直すエックス目掛け、タートロイドは甲羅に篭り、高速回転して体当たりを仕掛ける。

「喰らうがいい!」

「ぐあっ!」

 錐揉み回転しながら吹き飛ぶエックスだが、空中でブースターを噴射して体制を立て直す。勢いまでは殺せなかったが、壁に衝突すると同時に壁面を蹴り上げ、タートロイドの頭上を取る。

「セイバーが効かないなら、これでどうだっ!!」

 放たれたバスターはタートロイドを直撃し、何の傷跡もの残さず霧散する。

「クソッ、バスターも通用しないなんて……」

「その程度で逃げ切れると思うな!」

 転がり壁に衝突するも、タートロイドの回転は止まらない。その甲羅からは刃が突出し、壁を抉りながら登ってくる。
 だが、その速度はそれほどのものでなく、攻撃は単調な直線軌道にすぎない。先ほどのように隙を狙われなければ、直撃することはない。
 壁から壁へ飛び移ることでかわし、一度地面へ降り立つ。

「猪口才な……これならばどうだ!」

 エックスの後を追うように、タートロイドは体当たりを続ける。台詞に反して先ほどと何ら変わりなく、速度の上昇も見られない。
 ぎりぎりまで巨体をひきつけ、わずかに横にずれることで避ける。すかさず再度バスターを構えると、

「天の怒り!」

 その甲羅から、無数の水球が放たれ、降り注ぐ。
 エックスを直撃した水球は凄まじい圧力で、その体を弾き飛ばす。

「くっ……」

 エックスがよろめく瞬間を待ちわびていたように、タートロイドが襲い掛かる。

「クソッ」

 かろうじて避けるも、降り注ぐ水球の雨はその勢いを増す。
 上空から大量の水球をばら撒き、エックスの隙を縫うようにタートロイドが迫る。限られた閉鎖空間の中で、降り注ぐ弾幕と巨体の突進を同時に凌ぐのは至難の業だ。
 水球はバスターで破壊できそうだが、立ち止まればタートロイドをかわせない。エックスは無我夢中で動き回るも、ついには疲労のあまり肩膝を付く。

「つあ―――――っ!」

 今度は先ほどのように体制を倒す余裕はなく、受身すら取れず吹き飛ばされる。
 タートロイドは回転を止め、地を這い息を荒げるエックスをつまらなさげに蹴り上げる。

「ぐうっ!」

「なんだその様は。その程度の力で、この悲劇に終止符を打とうと息巻いていたのか」

 尚も倒れるエックスの首を掴み、眼前まで持ち上げる。

「うぬぼれるな小童が!! 真に幕引きを望むのならば、なぜ貴様は5体満足のまま地に付しておる! その身が、心が砕け散る最後の瞬間まで足掻き、そして抗ってみせんか!!」

 直後、自身の拘束を解かれ、エックスは地面に落とされる。
 そしてタートロイドは追い討ちのように、エックスへと絶望を告げる。

「たった今、待機させていたナイトメアの拘束を解いた。すぐにでも周囲のもの共を襲い始めるだろう」

「な―――」

 脳裏に悪夢が蘇る。

「や、やめろ……やめさせるんだ!」

「できぬ。奴らはすでに我の制御下を離れておる。もはや何者にも止められぬ」

「あ……ああ―――」

 怒りに肩が震える。
 あまりにも矮小な自身に。
 どこまでも無力な自分に。
 そして―――

「タートロイドおおおおお!!」

「怒りに身を委ねたつもりか! 我に力比べを挑むとは……笑止!!」

 我武者羅に突き進んでくるエックスを、タートロイドは再度甲羅に篭り迎え撃つ。
 たったこれしきのことで、理性を失い暴走するようでは救いようがない。それでは、この先生き残れない。
 ならば、この手で引導を渡してやろう。

「終わりだ!」

 迫り来るする巨体を、エックスはセイバーで斬りつける。高速回転する甲羅とセイバーの間で火花が飛び散る。

「無駄だ!! 通じぬというのがわからぬ―――」

 そこでタートロイドは戦慄する。
 動かない。否、動けない。
 自身の全力の体当たりは、エックスの片手のセイバーに阻まれている。

「馬鹿な……なぜ後退せぬ! なぜ退かぬ!?」

 渾身の力で押し進むも、エックスは地に根を張ったように動かない。
 押せない。むしろ、こちらが押されている。
 ついに前進の勢いは完全に殺され、甲羅の回転も停止する。

「くっ……」

 その隙にエックスはタートロイドに飛び掛り、拳で甲羅の水晶―――ミサイルの射出口を粉々に砕く。さらに突き入れた腕をバスターに変化させ、内部からタートロイドを打ち抜く。
 放たれたエネルギーは貯蔵されたミサイルを誘発し、大爆発を引き起こす。

「うごあ―――」

 弱点を見抜かれた―――驚愕に目を見張るまもなく、タートロイドは崩れ落ちる。
 エックスの動きは、先ほどまでとはまるで別人だ。はじめからこの力を出されれば、自分は10秒と立たずに沈んでいたことだろう。

「なるほど……それが貴様の、本来の力か……」

「どうしてだ―――なんでお前は悲劇を繰り返そうとする!!」

「それが、主の望みだからだ」

「主……誰かは知らないけど、命令されれば従うのか!? お前の意思はないのか!!」

「……」

「お前の行動が主の命令なら、そいつは何を企んでる!? 首謀者は誰だ!!」

「今、知る必要はない。先へと進めば、いずれ必ず合間見えることになる……」

 思うように動かぬ体を強引に起こし、タートロイドは今一度エックスと対面する。

「この身には、ナイトメア制御の核が埋め込まれておる。ゆえに我を破壊すれば奴らの暴走は止まる」

「な―――」

「我を破壊し、先へ進め。そして主の元へ辿り着き―――その凶行に終止符を打て」

「いったい……お前は何を言っているんだ……」

「我は主に造られし命。歯向かうことも適わねば、意見することもできぬ。我に唯一許されたのは―――その始終を見届けることだけだった」

 蘇生されたタートロイドが目の当たりにしたのは、変わり果てた形相の創造主だった。
 その暴走は留まることを知らす、粛清と銘打ち数多のレプリロイドを犠牲にした。そして今なお、男は狂い続けている。タートロイドにできることは、ただ指をくわえて傍観すること。そして命じられるままに悪行に加担し、主と同じ罪を背負うこと。
 そんな折に、愚かしくも主に歯向かう存在を知った。かつてシグマの暴走を抑えたイレギュラーハンター、エックスを。
 生け捕りにする役割を、自ら進んで買って出た。
 誘い出すためと偽り、ナイトメアたちを停止させた。
 そして標的はこちらの思惑通りにその姿を表現し―――見事に自分を打ち倒した。
 これなら、任せられる。
 この男なら、主の暴走を止められる。
 これでようやく、解放される―――

「無駄話が過ぎたようだな。さぁ、我を打ち砕け!」

 自分は卑怯者の臆病者だ。
 己の解放と引き換えに、目の前の男は更なる地獄落ちるのだ。

「フッ―――」

 五体がなくなるまで足掻け?
 心が砕けるまで抗え?
 敵に投げかけた言葉に自嘲する。
 主の暴走を止められず、まんまと生きおおせた存在が何を言う?
 なぜプログラムに抗い説得しなかった?
 なぜメモリが破損するまで抵抗しなかった?
 弱者は自分だ。
 主の姿から目をそむけ、見てみぬ振りを続けた自分だ。
 だが、もう逃げない。
 殻に篭って逃避するのはもう終わりだ。
 最後はこの役立たずの体を犠牲にし、目の前の男に委ねよう。 

「恩に着るぞ、エックス……」

「―――いやだ」

「何?」

「俺は、お前たちの主を許せない。むしろ憎んでいる。でも、お前はそいつを助けたかっただけなんだろ!? なら、悪い奴じゃない!!」

「綺麗言を……躊躇うな! やるのだ!!」

「いやだっ! 殺したくない!!」

「日和ったか小僧!!」

 放たれる怒号に、エックスは叱りを受けた子供のように肩を震わせる。

「貴様は何ゆえこの地に足を踏み入れた! 悪夢を終わらせるためであろう! それがこのような場所で立ち往生するつもりか!?」

 ―――そうだ。
 自分はスカラビッチと約束したんだ。
 この悲劇を必ず終わらせると。
 ならば、立ち止まることは許されない。
 ならば、自分は、

「それでいい」

 震える腕で標準を合わせる。
 バスターにエネルギーを充填する。

「涙、か。我もそのように訴ることがかなえば……主を止められたであろうか」

「タートロイド……」

「かまうな。我に生きる資格はない。なにより―――これ以上、主が狂っていくのは見たくない」

 チャージが完了する。
 霞む視界で狙いを定める。

「この臆病者を許せとは言わぬ。ただ、主を―――頼む」

 限界まで溜められたエネルギーが解き放たれる刹那、紫の影が視界を横切る。

「え―――」

 巨大な斬撃が、タートロイドを二つに割る。
 その勢いはそれだけに留まらず、背後の壁に巨大な爪痕を残す。
 爆炎が上がり、ターロイドは砕け散る。

「タートロイド―――っ!」

 立ち込める黒煙の晴れた先には、先の紫の幻影は見当たらない。

「なんなんだよ! なにがどうなってるんだよ!」

 疲労の波が一気と押し寄せ、散らばる残骸のなかに倒れこむ。

「タートロイド……ごめんよ……」

 その中に、ひときわ輝きを放つ緑の塊が転がっている。それは鮮やかな色彩に反して、どこか不気味な波長を繰り出している。

「これは―――」










◇ ◇ ◇

 イルミナテンプルを出ると、大量のナイトメアが一箇所に折り重なるようにして、停止した機体で山を築いていた。
 タートロイドは、ナイトメアの制御を手放してなどいなかった。おそらく、はじめから誰も犠牲になることを望んでいなかったのだろう。

「タートロイド……」

 タートロイドを葬った一撃。
 セイバーもバスターも防いだ装甲を容易く切り裂いた斬撃。全てを空間ごと断裂させる破壊の刃。
 その一撃は、かつてエックス自身も身をもって味わっている。
 ―――幻夢零

「ゼロ……」

 先の戦いで死亡した友。
 この手で破壊したはずの、かけがえのないパートナー。

「もしかして、君なのか―――」

 疑惑を胸に、エックスは進む。
 数多の敵を打ち倒し、その屍の山を足場にし、





(主を―――頼む)





 またひとつ、新たな枷を背負い、そして進み続ける。


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