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【プロ野球】

工藤引退 「左肩が言うことを聞かない」

2011年12月9日 紙面から

 前西武の工藤公康投手(48)が現役を引退することが8日、分かった。本紙の取材に「左肩が言うことをきかない。投げられないから決断した」と話した。昨季まで西武、ダイエー、巨人、横浜で29年間投げ続け、通算224勝。計14度のリーグ優勝、11度の日本一を経験し「優勝請負人」といわれた。横浜DeNAから監督就任要請を受けながら、5日に交渉が決裂したばかりだった。

 米球界挑戦を掲げ、生涯現役を目指していた工藤が、ついに現役引退の決断を下した。左肩関節唇損傷の影響で来年2月上旬のトライアウト受験に見通しが立たなくなった。家族らと今後について話し合い、この日までに現役続行を断念することを正式に決めた。

 「肩の状態が回復して投げられる可能性があるなら、いつまでも現役をやりたかった。でも、どうしても肩が言うことをきいてくれない。投げられないから決断した」

 昨年オフに西武を退団し、今季はどの球団にも所属せずにトレーニングを続けていた。左肩、肘の骨の歪曲(わいきょく)を抱えながらの米球界挑戦は、将来的な野球アカデミー設立を視野に入れたものだった。「現役を辞めての視察はいつでもできる。現役で体感しないと見えないこともある」。米球界の選手育成や最先端のトレーニング、コンディショニング法を深く理解するため、現役にこだわり続けてきた。

 今年は東日本大震災の被災地を何度も訪れ、少年野球教室などに参加した。そこで打撃投手を務めた際に左肩痛が発生したが、それほどまでに長年酷使してきた肩の状態は悪化していた。プロゴルファーの長女・遥加が本格的にツアー参戦するなど、5人の子どもを持つ父親としても踏ん切りが必要だったという。

 11月下旬に横浜DeNAから監督就任要請を受けた。前向きな姿勢だったが、5日に交渉決裂。同日に「いま辞めなくても」と現役続行をほのめかす発言をしたのは、混乱を避けるためで本心ではなかった。工藤は「11月中にある程度、自分の(引退の)方向性は固まっていた。(一連の動きは)関係ないよ」と話した。

 既にダイエー時代の恩師であるソフトバンクの王貞治会長らに引退決断を報告済み。48歳での幕引きを工藤は明るい口調でこう締めた。「満足感? 全然ないね。振り返ると野球人生は後悔ばかり。食事のこと、体づくりのこと、もっと早く知っていれば…と思う。そういうことを今後、全国の子どもたちに教えていきたい」。今後は野球解説者を務めながら、野球アカデミー創設の準備を進めていく。

 

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