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  狂った運命 作者:千羽鶴
ACT1
Prologue

 極寒の森。森に堆積した雪は決して融ける事がない。
 凍てついた吹雪が轟々と吹き荒び、森も、地面も、何もかもを白く染め上げている。
 そんな氷に閉ざされた地に、一つの城があった。物語にしか出てこなさそうな古めかしい城壁と、豪奢な内装を持つ古城。
 その古城の一室──礼拝堂に、二人の男女の影があった。
 部屋の中央には水銀で描かれた魔法陣。祭壇の上には、黄金の地金に目も醒めるような青の琺瑯の装飾と妖精文字の装飾の施された聖剣の鞘が据え置かれている。
 その対面に男が立ち、女は事の成り行きを男の後ろから見守っている。
 彼らは騎士王と謳われる彼のアーサー王を召喚する儀式に臨んでいた。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 既にその儀式は始まっており、男は召喚の呪文を朗々と口にしていき、言霊は荘厳な礼拝堂に木霊する

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。
 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 眼前へと突き出された右手の甲には十字架を模した赤い三画の紋様が刻まれており、紡がれる詠唱に呼応して魔法陣と共にその輝きを増していた。

「────告げる」

 聖杯戦争。
 聖杯によって招かれる英霊。『世界』の外に置かれた守護者を現世へと招来し、聖杯を巡って覇を競い合う大儀礼。
 英霊の召喚という、法外の奇蹟と言って差し支えない現象を現実にするのは、聖杯の奇跡の能力の一端である。英霊を招き寄せるのは魔術師ではなく、聖杯自身。魔術師はただ、現れた英霊を現世に繋ぎ止める楔であればいい。
 儀式に参加する魔術師は参加資格たる令呪を保有し、マスターとなる。彼らが召喚の儀式を取り行えば英霊は聖杯に招かれ、サーヴァントとなる。その瞬間から二人の主従は聖杯を巡るバトルロイヤルに参加するのだった。

「──汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ──」

 口は更に召喚の呪文を紡いでいき、魔法陣を中心として吹き荒れるマナの嵐は視界さえも覆い尽くす。
 男には聖杯に見込まれ、それを巡る闘争へ参加するだけの祈りがあった。

 恒久的な世界平和。

 誰もが一度は夢見て、そして現実を知って諦めていく理想(ユメ)を、男は追い求め続けていた。
 天秤の計り手たらんとし、一人でも多くを救う為に多くを殺し、『魔術師殺し』などという異名を取るまでになった、煤けたロングコートを羽織る男の名は、衛宮切嗣。
 まだ齢三十にも満たない身でありながら、潜り抜けてきた修羅場の数のせいか双眸の中──瞳には暗く冷たい色が沈み、彼の純粋な祈りとは対比するようでもあった。

「──誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 切嗣が目を閉じる。
 彼の背中に刻まれた衛宮家の魔術刻印が、召喚を援護しようと稼働している。
 切嗣は突き出していた右手の手首を左手で固く握り締め、最後の一節を高らかに謳い上げた。

「──汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ────!!!」

 詠唱の完了と共に逆巻く風と稲光。見守る銀髪の女──アイリスフィールですら目を開けていられないほどの風圧の中、召喚の魔法陣が燦然と輝きを放つ。
 礼拝堂を覆い尽くしていたエーテルの白光はやがて消え去り、同時にマナの嵐も収束する。
 切嗣の再び開いた視界に映る礼拝堂は、儀式を行う前と変わらない。
 ただし、魔法陣の中央にだけ以前にはなかった存在を有し、それが確かな変化だった。

「──問おう。君が、私のマスターかね?」

 切嗣の視線の先、魔法陣の中央には不遜に腕を組み切嗣を見据える人ならざる者の姿がある。

「そうだ。僕がマスターだ」

 魔法陣の中央に現れた男の問いかけに答えながら、その姿を観察していた。
 正直に言って、現れた男の風貌はおよそイメージしたものとは掛け離れていた。
 騎士の王を称するからには厳めしい甲冑でも着込んでいるのかと思っていたら、真っ赤な外套を羽織っているのみ。その下には黒い鎧。これには部分的に白い縁取りがなされ、襟の部分は銀の金具で留められている。
 軍用のような無骨なブーツを履き、黒くてやけに留め金の多いパンツを履いている。
 全体のイメージとしては騎士に近いかもしれないが、一般的に騎士と言われて思い浮かぶような格好ではなかった。
 他に目を引いたのはその髪の色。雪のように白い。そしてその肌は髪と対比するかのような褐色だった。
 眼は鋭く、鷹のような双眸が静かに切嗣を見据えている。

「先ず初めに名乗っておく事にしよう。僕の名は衛宮切嗣という。お会い出来て光栄だよ、アーサー王」

 光栄とは口にしても切嗣は特に礼らしい礼を取る態度は見せない。
 サーヴァントとは人の形をした兵器であり、聖杯戦争を勝ち抜くための道具だ。
 どれほど世に名を馳せた英霊であろうとも道具に敬意を払う者などいないし、英霊に幻想を抱くような者は苛烈な戦いを勝ち残る事は出来ないだろう。
 ただその戦力をいかに運用するかだけを念頭に置いて行動すればいいと、切嗣は考えていた。

 故に、必要最低限のコミュニケーションは取る必要性はあるが、それ以上の干渉は不要。最初にすべきはマスターとサーヴァントの戦略上における立ち位置を明確にしておく事。そして、その戦力の正しい把握だけだ。

 切嗣の名乗りを受けてなお男は組んだ腕を解こうとはせず、思案するようにじっと空を凝視する。

「……アー、サー王……?」

 その疑念の籠った小さな呟きを聞き取った切嗣が怪訝に思うのとほぼ同時に、男は頷いた。

「……ああ。その右手にある令呪は確かに我がマスターである証だ。魔力の供給も感じられる。
 いいだろう。貴方を私のマスターと認めよう、衛宮切嗣。だが、マスター。契約していきなりで悪いのだが、残念な報せがある」

 切嗣がより疑念を強くし、後ろで事の成り行きを見守っていたアイリスフィールもまた小首を傾げた後に、男の口から驚くべき事は告げられた。

「──私は、アーサー王ではない。いや、そもそも王でもなければ、騎士ですらない。この身は魔術師──キャスターのサーヴァントだ」

 サーヴァント召喚に必要となる縁の品として完璧な聖遺物──騎士王が携えし聖剣の鞘を用意していた為、誰もが騎士王の降臨を信じて疑わなかった。だからこそ、男の告げた言葉は彼らの度肝を抜いた。

 しかし、本来起こらない筈の召喚は完了した。

 さあ、歪みに歪んだ運命の歯車達が奏でる、全ての始まりにして終わりの物語を始めよう。

Prologue end

Side-イリヤスフィール

「……つまんない」

 雪の止んだ城の外を、イリヤスフィールは一人とぼとぼと歩いていた。
 本当ならば今日は『お仕事』に出掛ける父親の切嗣と、『お仕事』に出掛ける前の最後のクルミの芽を見付ける勝負をする筈だったのだ。
 しかし、二日前の『大切な儀式』の有った日から切嗣は忙しそうに調べ物をし続けている。母親のアイリスフィールもそんな切嗣を手助けしようと、あまり自分に構ってくれない。
 しかも、『大切な儀式』の後から城中に暗い影が降りていて居心地が悪い。

 そんな城の中に居たくなくてこっそり抜け出したのだが、それでも誰も遊び相手のいないのでは退屈なのには変わりはなかった。
 暫く森の中を歩いて。やはり城に戻ろうと思った時、背後で雪を踏む音が聞こえた。

「キリツグ?」

 父親が自分を探しに来てくれたのかと、イリヤスフィールの顔が期待に輝いて振り返る。
 しかし、

「グルルルッ」
「え?」

 そこにいたのは狼の群れだった。数にして二十頭。血走った眼でイリヤスフィールを睨んでいる。
 アインツベルンの結界の中に偶然迷い込んでしまったのか。
 飢えも限界にきているらしい獣は、涎を垂らしながら獲物を取り囲んでいく。

 狼の一頭がゆっくりと頭を傾け――眼が合った。目に自分の姿が映る。
 イリヤスフィールは息を呑み、全身を石のように硬くした。
 狼たちはイリヤスフィ-ルから目を離そうとしない。
 ただ口を開き、端から口から涎を垂らす。
 本能が逃げろと伝える。目の前にいる獣は捕食者で、自分は食われる側なのだと伝えてくる。

「……あ……ぅあ……」

 しかし、体は動いてくれない。手も足も自分のものではないかのようにただ震えているだけで動かない。
 そうしている間も狼たちは首と尻尾を緩慢に揺らしながら、じりじりと近づいてくる。

「い……や、やだ……」

 涙が急激に込み上げてきて、溢れた。景色が霞み、揺らぐ。

(誰か……キリツグ、助けて!)

 ギュッと目を瞑った刹那、
 彼女の脇を一陣の風が駆け抜け、さらにその刹那、鈍い肉を斬る音と「グギャッ!」という、人ならざるものの悲鳴が、冬の森に響いた。
 イリヤスフィールは恐る恐る薄目を開け――目を見開いた。

 目の前に赤い背中があった。
 男の人だった。背は高い。見上げていると首が痛くなりそうな身長の青年だ。白い雪と対比するかのような赤い外套を纏っている。
 視線を下げる。青年越しに赤い血で染まった雪と、ひっくり返って動かない一匹の狼、そして警戒心を剥き出しにしている狼の群れが見えた。

(……サー、ヴァント……?)

 幼くとも聖杯の一族に連なる者として生まれたイリヤスフィールは、目の前に現れた青年が人の形をした人ならざる者だと感覚で理解した。
 その両手には白と黒の双剣が握られている。

(わたしを……助けて、くれた……?)

 そう思いながら青年を見上げていると、
 青年が振り返った。
 青年の目がイリヤスフィールに向き、目が合う。
 鋭く、強い意志を秘めた、鷹のような瞳。
 イリヤスフィールは、今自分のいるあらゆる状況を忘れた。その瞳に見入るのと同時に、何故かひどく親しみを感じ、すぐにその理由が分った。

(…………ああ、そっか。この眼は……)

 キリツグに似ているんだ、と。

「怪我はないかね?」

 青年が身を屈め、尋ねてきた。落ち着いた声色だった。
 イリヤスフィールは目をしばたたかせると、ぎこちなく首を縦に振る。

「そうか」

 青年は僅かに笑み、すぐに引き締める。

「わ……」
「少し揺れるが、我慢してくれ。……すぐに片を付ける」

 気が付くと青年の手から双剣は無くなっており、自分は青年に左腕だけで抱きかかえられていた。そして、青年の右手には一振りの長剣がいつの間にか握られている。
 包まれるその温かさにひどく安心する。

「結界の中に迷い込んだか、或いは結界の防衛機構の一種かは知らんが……」

 青年は立ち上がり、狼の群れの方を向く。長剣の切っ先が前に突き出される。

「運が無かったな。気の毒だが……ここで死んでくれ」

 そこから先は一方的な虐殺だった。
 しかし、同時に優雅に舞いを舞っているようでもあった。
 青年はイリヤスフィールというハンデを抱えながらも掠り傷ひとつ負う事はない。
 腕の中のイリヤスフィールは、多少の揺れは感じるものの、激しいGを感じる事も無い。
 まるで、青年はそこを襲ってくるのが分っているかのように狼の牙を、爪を躱す。長剣を振るい、的確に狼を一頭ずつ斃していく。

 十数分後には、全ての狼は骸となっていた。

†──────────†

 城への帰り道。
 イリヤスフィールは、青年に肩車をされていた。
 高い。
 切嗣にされても感じるが、この青年の方が背が高いのでよりそう感じる。

「ねぇ」

 高くて楽しいのだが、黙っているのが退屈で青年に話し掛ける。
 眼の前で狼の群れを殺し尽くした存在だったけれど、不思議と恐怖はまったく感じなかった。

「イリヤスフィール……だったか? 何かね?」
「うん。そうだよ。けど、イリヤでいいよ。他の奴なら許さないけど、貴方なら許してあげる。
 貴方が、キリツグのサーヴァント?」
「それは光栄な事だ。では、お言葉に甘えて君の事はイリヤと。……ああ、この響きは実に君に似合っている。
 ──質問の答えだが、YESだ。マスターか、アイリスフィールから聞いたのかね?」

 青年の首が僅かに上を向く。視線も上を向いているようだった。

「うん。お母様から聞いたの。
 それで。……貴方は……セイバー?」

 名前を褒められて、機嫌が良くなる。
 自分の髪をアイリスフィールに褒められた時のように感じた。

「ん? ああ。いいや、違う。私はセイバーではない。キャスターだ」

 青年が答える。
 キャスターとは、確か魔術師の英霊だ。
 青年──キャスターは、剣で戦っていたのに剣の英霊(セイバー)ではないらしい。
 そして、その呼称は──

「ふぅん。ヘンなの。魔術師なのに剣で戦うの?」

 なんだか彼には似合わない気がした。

「……良いかね、イリヤ。英霊とは武術や魔術に長けた存在だ。セイバーだから剣しか使えないとは限らないし、キャスターだから魔術しか使えないとは限らないのだ。解ったかね?」

 なんだか生徒に丁寧に言い聞かせる教師のような口調だった。
 同時に、どこか拗ねた子供のようでもあり、可笑しくなる。

「うん。分った」
「うむ。よろしい」

 そんな感想を持ったが口に出さず、素直に答えるとキャスターは満足げに頷いた。

「ねぇ、キャスター」
「まだ何か聞きたいのかね?」

 イリヤスフィールは、その出自故に全てを知っている。これから父と母が臨む『お仕事』とは命を賭した戦いであり、赴く場所は戦場であると。
 そして、今肩車をしてくれているキャスターこそが二人が戦いで勝ち残る為の要である存在である事を。
 だから、これは『質問』ではなく、『お願い』だ。

「キリツグとお母様を守って下さい。お願いします」
「…………」

 数秒の間、沈黙が支配した。
 キャスターの足も止まる。

「キャスター?」

 キャスターは肩車を止め、イリヤスフィールを地面に降ろすと膝を折って視線を同じにしてくれる。

「……ああ。任せたまえ。
 ──誓いを此処に。君の父上と母上は、この私が守ろう。君の為にも必ず守り抜くと、今此処に誓おう」

 頭に添えられた掌。無骨でゴツゴツと硬い、けれど優しくて暖かな掌がイリヤスフィールの頭を撫でる。そして、彼の顔には柔らかな笑みがあった。
 うん。やっぱり、この人は怖い人じゃない。優しい人なんだと、そうイリヤスフィールは確信した。
 思わず笑みが零れる。

「えへへ。ありがとう、キャスター。
 ──うん。きっと大丈夫だよね。だってキャスターは──」

 ────あんなに、強いんだから。

Side-イリヤスフィール out

Side-切嗣

 アインツベルンに召喚されたサーヴァント・キャスターの述べた宣告は瞬く間に城中に伝播していた。
 第四次聖杯戦争に考え得る限り最良の駒を用意し、盤石の布陣を敷いたと確信していた彼らは、今度こそは第三魔法『天の杯(ヘヴンズ・フィール)』成就すると期待を胸に抱いていた分、この上なく落胆した。
 最強のサーヴァントを最優のクラスのセイバーで召喚する目論見が外れ、三大騎士クラスが高い対魔力を持つことから聖杯戦争において最弱と言われるクラス、キャスターのサーヴァントが召喚されてしまったのだ。
 狂信者達の落胆は、サーヴァント召喚から二日を経た現在も城中に暗い影に覆う現状からも容易に察する事が出来る。

 アインツベルンの現当主であるユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン。『アハト』の通り名で知られる彼もまた、万全を期して臨んだ筈の召喚の儀式が、よもやこのような結果になるとは想像もしていなかったのか、驚愕と落胆を露わにしていた。
 切嗣の脳裏にはアハト翁の驚愕と落胆の顔が強く印象に残っていた。
 苦渋の選択によって一千年もの間守り続けてきた純血を破り、自らが招き入れた外部の血筋である切嗣を前では──否、誰の前であってもまるで感情らしい感情を表に出さなかった彼が初めて見せた表情(かんじょう)は、天の杯(ヘヴンズ・フィール)の“成就”というアインツベルンの妄執を物語っているようでもあった。

 しかし、切嗣はさして驚愕も落胆も見せた様子は無かった。いや、キャスターの宣告を聞いた瞬間こそは目を見開いて驚きを露わにしていたが、アハト翁達と違い、落胆はしていなかった。
 切嗣にとってサーヴァントは道具に過ぎず、感情を挟み込む余地は無い。所詮は持ち駒の一つ、戦場に持ち込む武装と同列の存在だ。
 そして、武装の優劣は戦場で勝敗を決める決定的な要因ではない。無論、優良な武装が充実していれば戦い易いが、例え武装が劣っていようとも運用次第で幾らでも化けてくれる。最新鋭の武器で武装した兵が、碌な武装も無いゲリラ兵に殺される例など、この世界にはいくらでも在るのだ。

 それに、元々切嗣の戦術と戦略に彼の騎士王は合わないと考えていた事もある。
 衛宮切嗣との相性の良さを言えば、マスター殺しを旨とする暗殺者の英霊・アサシン。次点で遠距離からの狙撃を得意とする弓兵の英霊・アーチャー、もしくは『聖杯の守り手』たるアイリスフィールの守護に向いた陣地作成スキルを持つ魔術師の英霊・キャスターだった。
 そういった点で言えば、切嗣は騎士王よりもあつらえ向きの手駒を手に入れたとも言える。
 しかし、切嗣はその手駒の現状に頭を痛めていた。

「一体どうなっている? サーヴァントの当ては外れたが、魔法陣にも召喚にもミスは無かった。パスもちゃんと開いているし、レイラインも繋がって魔力供給も問題無い。なのに……キャスターには記憶が無いだと?」

 城内の一室で戦場たる冬木の地図をテーブルの上に広げていた切嗣は、頭痛を押さえるかのように額を覆い、苦々しい呟きを漏らした。
 切嗣が頭を悩ませる原因はそれだった。即ち、己がサーヴァントの身に起こっている記憶障害。召喚の際に何らかの不備が働いたのか、本来触媒によって招かれるべき英霊とは異なる英霊が召喚されるという召喚事故に拠るものかは判然としなかったが、召喚後の宣告の後に真名を問うた時、あの男は口にしたのだった。

『……私が何者であったかは答えられない。ああ、別にマスターに対して隠し事をするつもりはない。ただ、原因は判らないのだが────記憶に混乱が見られる。つまり、私は己の名を思い出せないのだ』

 と。
 通常、サーヴァントとマスターは契約後すぐに互いの名の交換をする。召喚したサーヴァントが何者であるかを知り、戦力を知る為だ。
 サーヴァントの真名を知れば、その英雄の歴史的背景──いつの時代の人物か、どのような伝説を築いたのか、どのような武具──即ち宝具を用いて戦ったのか、どのような弱点を持つのか、如何なる出自を持つのか、如何なる死因によってその人生に幕を下ろしたのか等、様々な情報を知る事が出来る。
 マスターは、サーヴァントの実力を知る事が可能となるのだ。
 特にこれは、目当てとしていたアーサー王ではないサーヴァントを引き当ててしまった切嗣にとって必要不可欠な事だった。

 昨今は目まぐるしい電気機器と技術の発達により、『インターネット』と呼ばれる新技術で前時代に比べて容易に様々な情報を検索し、得る事が可能になっている。
 一般市民に浸透するにはまだ数年の月日が必要だろうが、切嗣はアインツベルンの財力を利用し、現在における最高峰の情報機器を仕入れて運用していた。

 だが、そもそもの名を思い出せないのでは、そんな最新の情報機器も技術も全く意味を成さない。敵マスターの情報は多少なりとも得られたのだから、まだ『時計塔』に潜り込ませた者からの報告書の方が役に立つ。
 敵サーヴァントの情報を得る以前に、自分のサーヴァントの情報すら得られないとあっては、前途多難どころの話ではなかった。
 サーヴァントの実力が不明では、まともな戦術も戦略など立てられない。

「う~ん。聖剣の鞘を触媒に召喚を行ったんだから、やっぱりアーサー王に縁のある魔術師じゃないかしら? 有名なのは魔術師マーリンだけれど……彼は、ちょっとイメージが違うわよね。他にアーサー王伝説に出てくる魔術師で絞り込めば彼の真名も判るんじゃないかしら」

 同じ室内にいたアイリスフィールが、唸りながら自分の考えを述べる。彼女は召喚の儀式の後から正体の解らないキャスターの情報検索をする切嗣のサポートを続けてくれていた。

「いいや。駄目だったよ、アイリ。僕もその視点での検索も試みてはみたけど、該当しそうな英雄はいなかった。それに、仮にあの男と思われる英雄を見付けても、本人に記憶が無いのなら、やはり意味が無いよ。
 たとえ身体的特徴が合致する英雄を見つけたからといって、あの男がそうだと決め付ける訳にはいかない。何の確証も無く戦略に組み込んで戦場に投入し、その段階でもし違っていたら、それこそ取り返しがつかない事態になる。
 だから僕に必要なのは、あの男を歴史上、或いは伝説上の『ある人物』だと断言できる確信なんだ。それが無ければ、どんなにあの男に当て嵌まる情報であっても意味を成さないんだよ」

 新たに銃を手に入れた場合、その銃がどの程度の性能を持つのか知らないで実戦で使用する訳にはいかない。
 銃の使用する弾丸、装弾数、射程距離、整備状態等について実際に使用する前に知りたいと思わない訳がない。自分の命運を分けるかもしれないのであれば尚更だった。

 サーヴァントとは、聖杯戦争におけるマスターの手にする剣であり、盾だ。その正しい運用方法を知る為には、まずその素性の全てを完璧に把握していなければ話にならないのだ。
 切嗣は溜め息を零しながら、ふと疑問を口にした。

「そう言えば、そのキャスターはどうしている?」

 召喚後のやり取りの後、その姿を見ていない。霊体化して傍に控えている訳でもなく、ただ近くにいない。

「キャスターなら、城の一室を借りて魔具と使い魔の製作をしているわ。戦端が切られる前に、魔術師としての準備を出来る限りしておきたいみたい。アインツベルンから提供できる材料も貰って、ずっと部屋に籠っているわ」
「……そうか。随分と“らしくない”ステータスだと思ったが、奴も魔術師なんだな」
「? どういう事? 切嗣」
「……そうだな。アイリには奴について判っている事を教えておこう」

 アイリスフィールの疑問に応えるべく、切嗣は紙につらつらとマスターの透視能力で把握した己がサーヴァントのステータスを書き留めていく。

†──────────†

【クラス】キャスター
【真名】???
【マスター】衛宮切嗣
【性別】男性
【身長・体重】187cm 78kg
【属性】中立・中庸
【筋力】  D  【魔力】 B
【耐久】  C  【幸運】 E
【敏捷】  C  【宝具】 ???

【クラス別能力】
陣地作成:C
 魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
 魔術師としては一般的な機能を持つ、小規模な”工房”の形成が可能。

道具作成:B+
 魔力を帯びた道具を作成できる。
 特定の分野において材料が揃い、時間をかければ宝具級の道具を再現する事が出来る。

【保有スキル】
千里眼:C
 視力の良さ。
 遠方の標的の補足、動体視力の向上。さらに高いランクでは透視・未来視さえ可能とする。

魔術:B
 オーソドックスな魔術を習得。
 キャスターのクラスに現界した事で魔術の技量全体が底上げされている。得意なカテゴリーは不明。

心眼(真):B
 修行・鍛錬において培った洞察力。
 窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場に残された活路を導き出す“戦術理論”。
 逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

単独行動:C-
 マスターからの魔力供給が無くなったとしても現界していられる能力。
 本来はアーチャーのクラス別能力だが、彼の生涯を通して独りで戦い抜いた逸話を聖杯が具現化した。魔力供給の無い状態で半日から一日程度の活動が可能。

†──────────†

「これは……確かに魔術師とは思い難いスキルの内容ね……」

 一通りキャスターのパラメータに目を通したアイリスフィールの反応は、キャスターのパラメータを把握してすぐの切嗣とほぼ同じだった。

「ああ、そうなんだ。本来籠城戦を得意とする筈のキャスターには明らかに必要無いスキルが備わっている。
 『心眼(真)』は、セイバーやランサーといった白兵戦を得意とするサーヴァントの保有するスキルだ。
 『千里眼』や『単独行動』は、アーチャーに相応しいスキルだろう。実際、『単独行動』は本来、アーチャーに備わるスキルとある。『生涯を通して独りで戦い抜いた逸話を聖杯が具現化した』というのは奴の真名に繋がるかもしれないが、この世に孤高の英雄の逸話なんて数えきれないぐらいある。やはりヒント程度にしかならない」

 得体が知れない。
 それが、切嗣がキャスターに懐いた感想だった。
 その気味の悪さを払拭する為にも、キャスターが真名と宝具を隠している可能性も考慮して、いっそ令呪を使ってしまおうかとも何度か考えたが、それも踏み止まる方針で固まりつつある。
 令呪を一画消費するには、リスクが大きすぎるという判断だ。

 確かに絶対遵守の法をサーヴァントに敷く令呪の命令には、サーヴァントである限り決して抗えない。
 『我が問いに嘘偽り無く全て答えよ』と、そう令呪を以って命令を下せば、キャスターはこちらの疑問に全て明確な答えを齎してくれる。少なくともキャスターが真実を隠しているかどうか否かを確認出来る。

 しかし、その対価は恐ろしく高い。
 切嗣は戦いが始まる前から他のマスターたちにアドバンテージを取られ、キャスターが嘘を吐いていなかった場合は令呪の浪費という結果に終わる。
 それは、今後の戦略に致命的な影響を及ぼしかねない。

 キャスターの真名が“知れない”現状もある。
 真名を知りたい現状と矛盾するようだが、自身のサーヴァントの得体が知れないからこそ、その正体を知る程度の事で令呪は使えない。
 聖杯戦争におけるサーヴァントとは、真実世に祀られた英雄。世に名を馳せて『世界』に召し抱えられた英傑達を『世界』の外側たる“英霊の座”より現世へと喚び出して使役するという、およそ『魔術』の範疇外の『魔法』に近い奇蹟の具現なのだ。

 ただのヒトでしかない魔術師達(マスター)に、無償で英霊達(サーヴァント)は従わない。自らよりも劣る者に心魂から仕える事を是とする英霊など、そうはいないだろう。
 しかし、その自らより格上の存在を従える事を可能とするものが令呪だ。
 マスター側に有利な条件で強制的に同盟を結んだ関係。それが聖杯戦争に参加する主従の在り方であり、従者側も自らが望むものがあるからこそ、その関係を是とし、己が武勇を以ってマスターを守護し、聖杯を求める。

 つまり、サーヴァントが召喚に応じるのも、マスターに従うのも各々が聖杯に託す祈りを持つが故だ。自らの願いの成就の為にも易々と召喚者を裏切る事はしない。
 利害の一致。それがマスターとサーヴァントの関係を端的に表す上でこれ以上の言葉は他にないだろう。

 しかし、利よりも害が占める割合が大きくなれば、サーヴァントは容易くマスターを切り捨てるだろう。マスターの資格を持つ者は一人ではないのだから。
 それを防ぐ為の令呪でもある。聖杯戦争参戦の必須条件にしてマスターの証。三回限りのサーヴァントへの強制権、絶対遵守の戒めなのだ。
 令呪がある限り、サーヴァントはマスターに反旗を翻せない。

 キャスターが暴虐を尽くし、悪行を成し、血を好むが故の英雄──反英雄である可能性を否定しきれない以上、サーヴァントを縛る鎖を易々と手放す事は出来なかった。
 故に、現段階で令呪は使えない。
 それが、切嗣の下した判断だった。

 ならば、現状で判明している持ち札で戦略を立てるしかない。
 そして、切嗣が組める戦略は『待ち』と『護り』の一手。キャスターの記憶が戻るまで陣を敷いて籠城戦を決め込む。
 不幸中の幸いと言うべきか、キャスターは籠城戦を得意とするサーヴァントだ。他の六組の主従が殺し合いをする傍らで、守りを固めて穴熊を決め込めばいい。
 キャスターの記憶が戻るその時まで、甲羅に籠った亀のようにじっと身を固めて戦局を傍観するのが賢い選択だった。
 しかし、

「……そんな事、出来るか」

 切嗣は、苦渋を浮かべて吐き捨てる。
 そう、出来ない。
 戦場に身を置いておきながら、衛宮切嗣という『装置』が、やるべき事をしないなどという選択肢は取れないのだ。

 敵と定めた者達は速やかに、他でもない自らの手で間引く。容赦は欠片も無く、慈悲は微塵も持たずに殺す。亡骸は未練を持たず打ち捨て、誰が死のうと即座に次なる獲物を狩りに行く。
 それが、天秤の計り手たらんとする衛宮切嗣の在り方。

 誰かがやるから己は手を汚さない。そんな事は衛宮切嗣と対極にある行動だ。最初から選択肢にすら存在しない。
 これより行われる闘争は世界にとって最後の流血。
 使える“道具”は何であろうと全て使うが、訪れる優しい世界を前に手を汚すのは衛宮切嗣唯一人でいいのだ。

 恒久的な世界平和。
 人類のあらゆる闘争の終焉。
 ヒトの魂の変革。

 それを成し遂げて見せる。
 万能の願望機たる聖杯の力を以って。
 その為に自分は──

「……切嗣」

 はっと、アイリスフィールの声に思考は打ち切られる。
 自分の思考に埋没し過ぎたようだった。

「ああ。ごめん、アイリ。どうかしたかい?」
「……切嗣。…………外を見て」
「? ああ」

 呆然とした様子で呟いたアイリスフィールを訝しながらもその言葉に従い、切嗣は窓を外に視線を向ける。

「な…………に?」

 魔術師殺しと謳われた男は、視界に映った光景に絶句した。

Side-切嗣 out

Side-アイリスフィール

 キャスターのパラメータの不可解さを述べた後、再び思案に吹けるようになった切嗣を見て、アイリスフィールは自身の不甲斐無さに歯噛みした。
 悩む夫を満足に手助けする事も出来ないのかと。

 ────すごーい! すごいすごーーい!────

 ふと。
 城の外から聞きなれた愛娘の声が、しかもひどくはしゃいだ声が聞こえた気がした。
 有り得ない。
 イリヤスフィールは城の別室にいる筈だった。
 そう思いながらも窓の外を見て、思考が停止した。
 数秒の間、石像のように硬直した。

「……切嗣」

 どうにか意識を復活させる事が出来たが、動揺は隠せない。震える声で夫を呼ぶ。

「ああ。ごめん、アイリ。どうかしたかい?」

 どうやら切嗣は、“あれ”に気付いていないらしい。

「……切嗣。…………外を見て」
「? ああ」

 首を傾げながらも窓の外を見て、切嗣は数秒前の自分と同じく硬直した。

「な…………に?」
「イリヤ!?」

 窓の外には“イリヤスフィールを肩車した”キャスターが、城の外で軽く自動車を走らせる程度の速度で駆け回っていた。

†──────────†

「……それで、一体何のつもりだ、キャスター?」
「ふむ? 何のつもりとは?」

 鋭い眼差しで睨む切嗣と、不遜な態度を崩さないキャスター。

「何を考えてイリヤを連れて遊んでいる? お前は自分の状況を理解しているのか?」
「理解しているとも。現状はじきに始まる聖杯戦争に向け、準備をする段階だ。
 マスターの方針に従う為に基本的に戦略面での口出しは避けようと思っていたので、一先ず使い魔と、マスター達に持っていてもらおうと考えた護符の製造を行っていた。
 それも先程終わったので報告に向かおうとしたのだが、城の外を一人で出歩いている御息女を見掛け、さらにその先に餓えた獣の群れを発見し、襲われる寸での所で彼女を救助、獣は全て斃させて貰った。結界の防衛機構の一種であったのであれば申し訳ない事をしたとは思うが、人命を優先した結果という事で容赦して欲しい。
 城に帰還するまでの帰路において、少しばかりの戯れをした事について言い訳は無い。サーヴァントに有るまじき行動だった。甘んじて罰を受けよう」

 切嗣の詰問に淀み無く答えたキャスターだが、その内容にアイリスフィールは蒼白になった。
 流石の切嗣にも動揺が走る。

「イリヤ。本当なの?」

 アイリスフィールは、膝の上に座っているイリヤスフィールに訊ねる。

「うん。本当だよ。キャスターはすごいんだよ、お母様。剣でズバーッて、オオカミをあっとういう間に倒しちゃったんだから!」

 まるで我が事のようにキャスターを讃えるイリヤスフィール。
 しかし、自分の知らぬ間に愛娘に命の危機が迫っていたのだと知り、アイリスフィールはイリヤスフィールを抱き締めた。

「……イリヤ、勝手に城を出ないで。ちゃんと切嗣か私に言えば、一緒に外に出てあげるから……」

 イリヤスフィールは、不思議そうに声を絞った。

「お母様……泣いてるの?」
「泣いてないわ。泣いてないけど……安心して、ちょっと泣きそうになっちゃっただけ」
「──ごめんなさい。お母様も、キリツグも忙しそうだったから……」

 イリヤスフィールの声も、落ち込んでいる。決して彼女にも悪気が有った訳ではなかったのだ。むしろ、構ってあげられなかった自分達にこそ非が有るだろう。

「もういいわ。貴方が無事だったんだから。
 キャスター。ありがとう、イリヤを助けてくれて」

 くしゃくしゃとイリヤスフィールの頭を撫でながら、赤い外套を纏ったサーヴァントに礼を言う。

「何、礼には及ばん。当然の事をしたまでだ。
 だが、イリヤ。今回はたまたま私が気付いたから大事に至らなかっただけだ。今後はこのような行動は控え、ご両親に心配はかけぬ事だ」
「はーい」

 イリヤスフィールの返事に頷くと、キャスターが歩み寄る。

「うむ。素直で何よりだ。そんな君にこれを渡しておこう」

 そう言ってキャスターはイリヤスフィールの手を取り、その手に懐から取り出した一つのアクセサリーを握らせた。

「わぁ……キレイ。これ、貰っていいの?」

 イリヤスフィールが手に広げたそれは、青い宝石をあしらった純銀製のペンダントだった。

「ああ。それはイリヤ用に作った、君とご両親との再会を祈願したお守りだからな」

 そう言ってキャスターは、さらに二つの同じペンダントを懐から取り出す。

「無論、マスターとアイリスフィールの分もある。基本的にこれは、対物対魔防御の力を持つ護符(アミュレット)だ。君達も持っていると良い」
「あ、ありがとう」

 アイリスフィールも手に取って自分の分のペンダントを見る。
 細かい細工が施されており、かなりの格の魔具である事を察する事が出来る。
 見た所、魔術師の換算でCないし、Dランクといった所だろう。

 しかも魔力殺しの細工も施してあるのか、実際に手に取って見ない限りはただのペンダントにしか感じられなかった。
 これほどの魔具を僅か二日で作り上げるとは、流石サーヴァントといったところか。無論、材料を過不足なく揃えられるアインツベルンの力もあるだろうが。

「……イリヤの事については礼を言おう。故に、お前に罰は与えない」

 微笑ましい雰囲気を作りつつあったイリヤスフィールとキャスターの様子を無視するかのように、切嗣はペンダントを無造作に奪うように受け取ると、キャスターを睨み付けた。

「だが、お前の言葉の中に聞き捨てならないものが有った。『剣で狼を斃した』だと? お前は魔術師(キャスター)ではないのか?」

 切嗣の言葉でアイリスフィールも気付く。剣で戦うなど、キャスターらしからぬ戦い方だ。

「私はキャスターだ。それはマスターとて承知の筈だが?
 私が剣で戦う事を不思議に思うのであれば、その甘い認識は改めてくれるよう、今の内に忠告しておこう。
 英雄は武術や魔術に長けた存在。キャスターだから魔術しか使えないとは限らず、敵サーヴァントにしてもまた然り。私は、必要とあれば剣や槍を執って敵と斬り結び、弓矢で敵を射抜く。つまり、私にとって魔術とは使用する兵装の一つにすぎない」

 その言い様に、アイリスフィールは絶句する。
 魔術師は魔術の深遠を探求する者だ。つまり、『根源』や『魔法』に至る為に魔術という学問を追求していく者。
 しかし、キャスターは魔術を武器と変わらないと言った。およそ魔術師らしからぬ発言だった。
 だが、同時に納得もしてしまう。

「……成る程。僕の認識の甘さは認めよう。だが、そんな事を言えるという事は、記憶は戻ったのか?」

 そう。魔術師殺したる衛宮切嗣もまた魔術を目的ではなく、手段として用いる者だからだ。
 サーヴァント召喚において触媒を用意しなかった場合、マスターとサーヴァントは近しい性質を持つ。云わばマスター自身が触媒の代わりを果たすのだ。
 切嗣とキャスターは、その例が当て嵌まる主従なのだろう。
 聖剣の鞘は、触媒として働かなかったのかもしれない。

「いいや。多少回復したようだが、真名と宝具は思い出せない。だが、私を運用する上で幾らかの進言は出来るだろう」

 キャスターの申し訳なさそうに呟かれた言葉に、切嗣は苛立たしげに舌打ちした。キャスターの言葉を信じていないのかもしれない。
 しかし、アイリスフィールには嘘を吐いているようには見えなかった。寧ろ、どこか悪戯の露見した子供のようにさえ見える。

「……まぁ、いいだろう。ならば、これから思い出した今のお前の戦力を考慮した上で戦略を練る。僕の質問に全て答えろ。また、出来ると口にした事は必ず形にして貰う」
「承知した。マスターの意にそぐわない結果しか残せなかったのならば、サーヴァントたる者として如何なる罰も甘んじて受け入れよう。
 ……ただ、謂われも無く侮られ続けると言うのは私も釈然としないのでな。これだけは言わせて貰う。
 私は、マスター達が最強のカードを欲して召喚したサーヴァントだ。ならば、これが最強ではない筈がない。アーサー王を所望だったようだが、必ずや後悔させて見せよう。私を召喚して良かった、とな」

 憚る事無く言ってのけられた大言壮語。二人の成り行きを黙って見守る他なかったアイリスフィールは、その内容に思わず笑みを浮かべる。
 キャスターにはもっと大人びた性格である印象を持っていたのだが、どうやら違うらしい。
 イリヤスフィールとのやり取りや、今日見せた一連の行動と言動、不敵な笑みを浮かべて大言を言ってのける様は、どこか子供らしい。アイリスフィールは、このサーヴァントを微笑ましく思ってさえしまっていた。
 クスクスと、抑えきれなかった笑いが口から出てきてしまう。

「……アイリ。僕らは戦略を話し合う。イリヤを部屋に戻してくれるかい?」

 そんなアイリスフィールの様子から心中を察しているのか、余計な事を言わないように切嗣は自分達の退出を願う。

「ええ。解ったわ。行きましょ、イリヤ」
「うん。キリツグ、キャスター、頑張ってね!」

 イリヤスフィールを連れ、アイリスフィールは部屋を後にする。
 その顔には、未だ笑みが残っている。
 つい先程までは先が暗く感じられたが、今は違う。
 あの二人ならきっと勝ち残れるという、何処か楽観にも似た信頼を抱いていた。

Side-アイリスフィール out



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