FC 第四節「スーパーソレノイド機関」
第三十八話 エヴァンゲリオン改造計画 ~護るための無敵の力~
<ツァイスの街 中央工房 医務室>
レイストン要塞へ何者かに誘拐されたエリカ博士について聞き込みに行った帰り道、謎の黒装束の男性に『警告』として撃たれてしまったシンジ。
幸い銃弾はシンジの二の腕にかすり傷を負わせるだけで反れたのだが、街に帰ってしばらくして、その傷は紫色へと変色していた。
アガットによって中央工房の医務室に運びこまれたシンジは女医の診断を受ける。
診断によれば遅効性の神経毒のようで、傷を受けた直後には自覚症状は無いが、しばらくすると目まいや発熱、まひなどの症状が起こるらしい。
応急処置はしたが解毒の特効薬が無いため、代謝によってシンジの体内から完全に抜けるのを待つしかないと女医はエステル達に告げた。
命に別条は無いと聞いてエステル達は安心したものの、シンジの回復まで時間が掛かる事実にエステル達の表情は暗かった。
「早く治す方法は何か無いんですか?」
ヨシュアが女医に尋ねると、七耀教会なら医学とは違う見地から毒を弱める薬など処方してくれるかもしれないと答えた。
すっかり日が暮れてしまっていたが、エステル達は街の七耀教会を尋ねる事にした。
「アスカはシンジを看てて、あたし達が薬を持って来るから」
「うん……」
女医は外来患者も診なくてはならないので、シンジの看護はアスカが引き受けた。
エステル達が去った後、シンジは苦しそうに目を覚ます。
「ここは……?」
「中央工房の医務室よ、シンジが倒れたからアガットさんに運んでもらったの」
「そうだったんだ……痛っ!」
体を起こそうとしたシンジは苦痛に顔を歪めた。
「シンジ、無理しちゃダメ!」
「体中がしびれて、特に腕が痛いんだ。こんな事じゃアスカを守れないよね……」
「何を言っているのよ、シンジは撃たれそうになったアタシをかばってくれたんじゃないの」
アスカは目に涙を浮かべてそう言った。
「でも」
「ほら、早く治すためにも今は休んで」
アスカが声を掛けると、シンジは目を閉じて眠りに就いた。
そして教会に話を聞きに行ったエステル達が病室へと帰って来た。
寝ているシンジの邪魔にならないようにアスカは廊下で話を聞く事にする。
「シンジの薬はどこにあるの?」
アスカが質問すると、エステル達は気まずそうな表情になった。
「それが薬の製造に必要な材料が無いから、あたし達が今から取りに行く事になったのよ」
「何ですって!?」
「アスカ、声が大きいよ!」
エステルの発言を聞いて怒号を上げたアスカをヨシュアがなだめた。
「薬の材料は俺達が必ず取って来てやる、だからそれまでシンジを任せたぞ」
「分かったわ……」
アガットに言われてアスカは気分が落ち着いたようだった。
「あの、私もシンジお兄ちゃんの看護を手伝わせて下さい!」
アガットの影からティータが歩み出てアスカに頭を下げた。
エステルがすかさずティータのフォローに回る。
「これから向かう鍾乳洞はキリカさんの話だと魔獣が多く住みついていて危険な場所らしいのよ」
「お願いです、お母さんの話を聞きに行ったせいでシンジお兄ちゃんは撃たれたんです!」
「そんな、ティータは何も悪くないわよ」
アスカはティータを落ち着かせるようにティータの両肩に手を置いて優しく語りかけた。
そしてアスカはティータの頼みを聞き入れシンジの看病を手伝ってもらう事にした。
アスカは断ったらティータがエステル達に勝手について行ってしまわないのかと考えたのかもしれない。
これから薬の材料を取りに行くエステル、ヨシュア、アガットを見送ったアスカが病室に戻るとシンジは熱を出してうなされていた。
アスカとティータはシンジの頭に冷たい手ぬぐいを置き、タオルでシンジの体から噴き出た汗を拭き取る。
シンジの体を動かしてしまうと、シンジが痛がるので慎重にアスカとティータは看護をする。
そしてシンジが眠っている間もアスカはシンジを安心させようとずっと手を握り続けたのだった。
<ツァイス地方 カルデア鍾乳洞>
エステル達が教会の司教に治療薬について話を聞くと、司教は市販されている解毒薬とは違った薬の製法を知っていると答えた。
司教の話を聞いたエステル達の顔が明るくなる。
しかし材料の『ゼムリア苔』を使ってしまったので今は手元に残っていないのだと司教が付け加えると、エステル達は落胆して大きなため息をついた。
そのゼムリア苔は遊撃士に頼んで取って来てもらっていると司教から聞くと、エステルは自分達の手で取りに行くと意気込んだ。
司教は以前にゼムリア苔を取りに行った時の記録が遊撃士協会にあるはずだと教えてくれたので、エステル達はキリカに話を聞きに行った。
キリカの話によるとゼムリア苔がある『カルデア鍾乳洞』は魔獣の巣になっている危険な場所で以前もベテランの正遊撃士4人で取って来たのだった。
シンジの受けた毒が命に別条が無いものならばエステル達が命の危険を冒してまでゼムリア苔を取りに行く必要は無いとキリカは正論を主張したが、エステル達は退かなかった。
そこでキリカは正遊撃士であるアガットの裁量で危険と感じたらすぐに引き揚げる条件付きでカルデア鍾乳洞へ行く事を許可したのだった。
カルデア鍾乳洞に向かう前にエステル達はアスカの居る中央工房のシンジの病室に顔を出してティータをアスカに預けた。
そしてエステル達が中央工房の地下から街道に出て、ルーアン地方に向かう途中にあるカルデア鍾乳洞に足を踏み入れると、辺りにはやかましいぐらいのペンギン型魔獣の鳴き声が響いていた。
ここは人里離れたペンギン型魔獣の集落、エステル達は招かれざる侵入者なのだ。
しかも幼い魔獣が居る巣に近づいただけで警戒する親ペンギンに襲われる可能性もあり、油断はできない。
「これじゃゼムリア苔のある所まで行くのは無理かもしれないね」
「そんな……」
ヨシュアの言葉を聞いてエステルは悲しそうにつぶやいた。
「辛そうだね、手伝ってあげようか?」
「お前は!?」
入口の方から現れた銀髪の少年に、アガットは驚きの声を上げた。
「僕が一緒に居れば、この鍾乳洞の奥深くまで入れると思うよ」
「何を言ってやがる、こうなったのも元々お前があの黒いオーブメントを渡したのが原因だろうが」
「そうです、あなたには聞きたい事がたくさんあります」
アガットとヨシュアが厳しい目で銀髪の少年をにらむと、銀髪の少年は軽くため息をついて答える。
「色々な事情があるんだけど、今回は全てノーコメントとさせてもらうよ」
「ふざけんな、得体が知れねえお前を放っておけるか!」
「ちょっと待って」
いきり立つアガットの腕をエステルが押さえて止めた。
そしてエステルは銀髪の少年に向かって話し掛ける。
「お願い、ゼムリア苔を取るために力を貸して」
「うん、僕はそのつもりで来たんだ」
銀髪の少年は微笑みを浮かべて答えた。
アガットとヨシュアはまだ言いたい事はあったが、エステルの気持ちも汲んでそれ以上口を挟まなかった。
「あの、もう1つお願いがあるんだけど」
「何だい?」
「ここに住んでいる魔獣達を必要以上に傷つけないで欲しいの」
エステル達はボース地方の遺跡で、銀髪の少年が凄まじい威力で住みついていた魔獣達をせん滅させた事を知っていた。
確かにそれならば簡単にゼムリア苔のある場所までたどり着けるだろうが、エステルは魔獣とは言え必要以上に命を奪う事には心を痛めていたのだ。
「分かったよ」
銀髪の少年がうなずくと、エステルは安心した表情になった。
鍾乳洞の奥に進んで行くエステル達にたくさんの魔獣達が飛びかかって来たが、銀髪の少年はオレンジ色に輝く光の壁を発生させてはね退けた。
魔獣達は何が起こったのか解らず再度飛びかかるがまた光の壁に阻まれる。
不可思議な現象を不気味だと思った魔獣達は恐れて逃げて行った。
そのウワサは鍾乳洞に住んでいた魔獣達に伝達して行ったのか、エステル達の姿を見るだけで魔獣達は逃げ出して行った。
そしてエステル達は以前にゼムリア苔が生えていたとキリカから聞いた地底湖のほとりに到着した。
「あれがゼムリア苔じゃないのかな?」
銀髪の少年が指差す方を見ると、淡い緑色の光を放つ苔が生えていた。
「きっとそうよ!」
「待て」
エステルが嬉しそうな声を上げてゼムリア苔の生えている場所に駆け寄ろうとすると、アガットに襟をつかまれて止められた。
すると、地底湖の水面が湧き上がり巨大なペンギン型魔獣が姿を現した!
「どうやらこの洞窟のヌシのようだな」
「他の魔獣みたいに逃げ出す様子は無いみたいだけど、サクッと殺しちゃおうか?」
「でも、やっぱり命を奪ってしまうのはやりすぎだと思う、あたし達の方が邪魔しているんだし」
「やれやれ、リリンの心はまだ理解できない部分が多いよ」
エステルの言葉を聞いた銀髪の少年はそう言って直立不動になった。
どうやら自分は戦闘に参加しない意思表示のようだ。
巨体を持つとはいえ相手は1匹、アガットとエステルとヨシュアの3人だけでも戦える相手だった。
雷属性のブレスと音波で攻撃してくるその魔獣は攻撃力は低かったが、防御力や体力はなかなかのものだった。
エステルとヨシュアの攻撃は、厚い羽毛に阻まれて大して効いていない様子で、アガットが斬りつけても深い傷にはならなかった。
魔獣の雷属性のブレスは範囲攻撃だったので、エステルとヨシュアは自分の攻撃する合間に範囲回復魔法のラ・ティアを唱えて体力を回復させて戦う長期戦になった。
体力の減って来たペンギン型魔獣は体を震わせて強い超音波を発した。
この攻撃を受ければエステル達は衝撃を受けて飛ばされ、壁に叩きつけられるか冷たい地底湖に突き落とされてしまう可能性があった。
しかし銀髪の少年が発生させた光の壁がエステル達をガードする。
「ふう、間に合ったみたいだね」
エステル達が何とも無いのを見た魔獣は悔しそうな鳴き声を上げて地底湖に飛び込んでしまった。
魔獣が戻って来る気配が無いと感じたエステル達はゼムリア苔を手に入れたのだった。
「それじゃ、僕はこれで失礼するよ」
鍾乳洞の入口に来た所で、銀髪の少年はルーアン地方に向けて街道を歩き始めた。
エステル達は早くツァイスの街にゼムリア苔を届けに戻らなければならない。
アガットは銀髪の少年を追いかけたい気持ちがあるのだろうか、少年の背中をにらみつけるように見つめていた。
「ありがとう!」
エステルが大きな声でゆっくりと去って行く少年の背中に呼びかけると、少年は振り返らずに片手を上げて返事をした。
「アガットさん、僕達を助けてくれたんですから……」
「ああ解った、今回も見逃してやるよ」
ヨシュアがなだめるとアガットはそう答えてツァイスの街へ向かって歩き出した。
「やあ、待っていてくれたんだ?」
エステル達と別れて歩いていた銀髪の少年は街道に立っていた水色の髪の少女の姿を見ると声を掛けた。
「先に帰ったらきっとあなたは寂しがると思ったから」
「ふふっ、僕にもリリンのような感情が芽生えて来た事は否定しないさ」
銀髪の少年は水色の髪の少女とデートを楽しむかのように並んで歩いた。
「どうやら、気付かれていないようだね」
「ええ、上手くゼムリア苔にカムフラージュできたわ」
「だけど、あのペンギンにはゼムリア苔と違うものだとかぎ付けられてしまったようだね」
「危なかったわ」
2人が会話を交わしているとやがてルーアン地方の終点、エア=レッテンの関所が見えて来た。
「終わりみたいね」
「つれない事を言わないで帰りは空の散歩を楽しもうよ」
銀髪の少年がそう提案すると水色の髪の少女は否定して首を横に振る。
「ダメ、誰かに見られたら騒ぎになるし、早く帰らないとシンクロテストが始められないもの」
「それは残念、全速力で行かないとね」
笑顔を浮かべた銀髪の少年は水色の髪の少女の手をしっかりと握ると、出口に向けて走り始めた。
そしてカルデア隧道を飛び出した2人は超高速でツァイス地方の空に姿を消した。
見張りをしていた門番の兵士は何が起こったのか分からず、目を丸くして驚いていた。
<ツァイス地方 レイストン要塞>
先ほどアスカとシンジ、ティータが話を聞きに来たレイストン要塞。
遊撃士協会でエステル達が出した結論通り、エリカ博士はここに連れて来られていた。
「エリカ女史、この度は手荒で無礼な方法で招待してしまって申し訳なかった」
「何をふざけた事を言ってんのよ、薬で眠らせてコンテナに入れて運んで招待ってどの口が言えるの!?」
「邪魔が入らないように迅速に遂行する必要があったのですわ」
エリカ博士はリシャールとカノーネを憎らしげににらみつけた。
「貴女をお招きしたのは我々の『E計画』にご協力して頂きたいからなのですよ」
「ふんっ、私は得体のしれない計画に協力する気なんてさらさら無いわよ」
リシャールの言葉に対してエリカ博士がそう答えると、リシャールはとある場所へ案内するとエリカ博士を連れて行った。
階段を降りてエレベータホールに着くと、リシャール達は右端の『地下格納庫直通』と看板が付けられているエレベータに乗り込む。
「ずいぶん地下深くまで潜るのね、いったいどうやってこんな施設を作り上げたの?」
「協力者が居てくれてね」
エリカ博士が尋ねると、リシャールはそう答えた。
そしてエレベータが終点に着き扉が開かれるとそこは大きな格納庫だった。
水に満たされた水槽から顔を出しているのは不時着したヴァレリア湖の中心から姿を消したエヴァンゲリオン初号機と弐号機だった。
「何よ、この巨大なロボット兵器は!?」
「正確にはロボットでは無く『人造人間エヴァンゲリオン』と言う名称らしいですわ」
エヴァを見て驚きの声を上げるエリカ博士に対して、カノーネが自慢気に説明を加えた。
「貴女にはこのエヴァンゲリオンの改造の協力をお願いしたいのだよ」
リシャールはエリカ博士にエヴァについての説明を始めた。
エヴァは『電気』と言うエネルギーで動いていたのだが、こちらの世界には電気が無い。
そこで似たような力である導力で動くように改造中なのだが、優れた導力技師で無いと手が付けられない部分がある。
協力者にも博士が居るのだが、導力についての知識がまだ不足しているので指導もして欲しいと言うのだ。
「冗談じゃないわ、どうして私が兵器の開発に手を貸さなければならないのよ! 導力を戦争の道具に使うのだって、私の父は反対しているわ!」
エリカ博士が強い口調でリシャールの提案を蹴ると、カノーネが冷ややかな笑みを浮かべてエリカ博士に声を掛ける。
「それでは、貴女の可愛い娘さんが事故にあってしまってもいいのかしら?」
「あんたっ、ティータに手を出したらただじゃ置かないからね!」
カノーネの言葉を聞いて、エリカ博士は目をむいてカノーネをにらみつけた。
「ご安心を、撃ったのは娘さんのお仲間の遊撃士の方ですわ。警告のために弱い毒を使ったのに、あの慌て振りは愉快でしたわね」
「カノーネ君、止めるんだ」
辛そうな表情をしたリシャールがカノーネを止めた。
そして深呼吸をした後、リシャールは落ち着いた口調でエリカ博士に訴える。
「エリカ博士、改めてお願いする。このリベール王国、そして貴女の大事な家族を守るためにもエヴァンゲリオンの改造にご協力願えないか?」
「私には国を守るためにあんな化け物兵器の力が必要だとは思えない、百日戦役だって乗り越えたんだし」
「いや、あの時のような奇跡が再び起こるとは限らない、それに帝国は敗戦の恥を雪がんと侵攻の準備を秘密裏に行っているのだ」
リシャールはエリカ博士の反対意見をあっさりと否定した。
「帝国が王国への大規模侵攻の準備を行っているなんて、不戦条約を結んだ今の国際情勢からも考えにくいと思うんだけど」
「うるさいっ、私には解るのだ! 帝国の戦車隊、共和国の空挺部隊が我らリベール王国を焦土に変えようとしている事を!」
怒りの感情をあまり表に出す事の無いリシャールが強く言うと、エリカ博士とカノーネは少しぼう然としてリシャールを見つめていた。
「と、とにかく、リシャール様がこれほどまでにおっしゃるのですから、頭ごなしに否定しないで協力する事も考えてみたらいかがですか?」
咳払いをして言ったカノーネの言葉にエリカ博士は肯定も否定もせず、黙ってリシャール達の後を付いてエレベータに乗り込むのだった。
そしてエリカ博士達が姿を消した後、初号機と弐号機が納められている水槽の前に銀髪の少年と水色の髪の少年が姿を現す。
「シンクロテストは今日も失敗、もう私では初号機を動かせないのね」
「きっと初号機はそれだけ再会を強く願っているんだよ」
落ち込んだ様子の水色の髪の少女の肩を銀髪の少年は抱いた。
「でも私が動かせないから、苦しめる事になってしまったんだわ。いえ、これからもっと苦しめる事になる」
そうつぶやいた水色の髪の少女の目から涙があふれ出した。
「こんな時はどうすればいいのかな……」
少女の涙を止める手段を思い付かない少年は助けを求めるように困った顔で周囲を見回したが答える声は無く、静かで無機質な鉄の檻が広がっているだけだった。
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