食品の安全衛生上、最も厳重に守られるべき対象者は乳児であろう。食品大手の明治(東京)は、その乳児用粉ミルク「明治ステップ」(850グラム入り缶)から、最大で1キログラム当たり30・8ベクレルの放射性セシウムを検出したと発表した。
東京電力福島第1原発の事故後、粉ミルクからセシウムが検出されたのは初めてである。事故で大気中に飛散したセシウムが混入した可能性があるという。
国の粉ミルクの暫定基準値(1キログラム当たり200ベクレル)以下だったとはいえ、消費者の安心に向けた努力が求められる。
明治によると、検出されたのは、埼玉県春日部市の工場で3月14―20日に原料を乾燥させる工程を経た製品だ。
工場では、原乳を粉状にした原材料に水や栄養分などを加え、約200度に熱した外気で加熱乾燥して再度、粉末にしている。原材料は北海道産のほかは外国産であり、乾燥する際の外気に放射性セシウムが含まれていたとみられる。
この3月中旬は、福島第1原発から半径20―30キロ圏の住民に屋内退避が指示され、福島の牛乳と茨城のホウレンソウから暫定基準値を超える放射性物質が検出されるなど、混乱が続いていた。枝野幸男官房長官(当時)が記者会見で「健康上、直ちに危険とはいえない」などの発言を繰り返していた時期である。
外気が原因であれば、福島第1原発から直線で約180キロ離れた工場周辺に当時、放射性物質が降り注いでいたことになる。東電にも政府にも生産者の明治にも、油断があったと言うほかない。
検査体制にも問題があった。明治は原発事故後、月1回程度検査していたが、今回の問題は、福島県内の市民団体が粉ミルクを測定してセシウムを検出したことから、同社に詳しい検査を申し入れたことがきっかけで明らかになった。
暫定基準値を下回ったため、明治が自主的に出荷された40万缶の無償交換を実施中である。粉ミルクは湯に溶かして使うためセシウム濃度はさらに下がるという。同社は「毎日飲用しても健康への影響はないレベルだ」と説明する。
しかし、いまごろになって外部からの指摘で放射性物質の混入という事態に気付くことに問題の本質があろう。
人々にパニックを起こさせないという命題はあったにしろ、東電や政府が原発事故発生当時、事態を過小評価していたことは否定しようがない。そのことが生産者の明治にも影響したといえる。
放射線の人体への影響は科学的に十分なデータがなく、専門家の間でも見解が分かれる。逆に、国がいくら「安全だ」と言っても納得は得られにくい。
厚生労働省は近く、新たに乳児用食品群の基準値を設定する予定である。それと同時に、食品の監視や検査体制を強化し、情報公開を極力心掛けてほしい。
無論、明治をはじめ食品メーカーも、食の安心がいかに大事かを肝に銘じて、行動しなければならない。
=2011/12/08付 西日本新聞朝刊=