きょうのコラム「時鐘」 2011年12月7日

 文化欄の「潮間帯(ちょうかんたい)」に、落語の「まんじゅう怖(こわ)い」の話が中国・清(しん)の随筆集に出ているとあった。愉快(ゆかい)なネタを探すために、そんな本まで読んだ偉い人がいた

ヘビも毛虫も怖くないが、まんじゅうが怖いという男の話である。そう聞かされた悪友たちが、どっさりまんじゅうを買い込む。男は悲鳴を上げながら、「こんな怖いものはなくそう」と次々と平らげる。実はまんじゅうが大好きという一席。言葉をうのみにしてはいけない

テレビの国会中継を横目で見ていたら、お騒がせ大臣を巡って「適材適所なのか」という問答を相変わらずやっていた。いつ、どんな人が大臣になろうと、「適材適所」は決まり文句。敵も味方もそれを十分承知の上の論戦は、「まんじゅう怖い」に似て、空々しく響(ひび)く

まんじゅうを平らげ、「今度はお茶が怖い」と虫の良い注文をするのが噺(はなし)のオチ。激しい「適材」論戦も、「支持率が怖い」という人気取りの戦術だろう。重要法案の審議をそっちのけにした師走の大騒ぎである

今に始まったことではないが、ヘビや毛虫やまんじゅう以上に、食えないセンセイたちである。