防衛省の沖縄防衛局長が記者とのオフレコ懇談で不適切な発言をした問題で更迭された。沖縄の歴史や米軍普天間飛行場移設問題を考えれば、政府高官の発言はまったく不適切であり、更迭は妥当である。
そして「オフレコ」とされたにもかかわらず、第一報を書いた琉球新報の判断も正しかったと思う。
新聞の側には「記者と情報源の信義を守るべきだ」という理由で、オフレコ破りは許されないという意見もある。だが新聞にとって、もっとも大事なのは読者に対して「なにを報じるのか」ではないか。
私はオフレコ問題について、次の例を挙げることにしている。「実は、もう戦争に負けているんだ」とか「もう原発は炉心溶融を起こしているんだ」と記者がオフレコで役人から聞いたとき、どうするか。
答えは「書く」。理由は簡単だ。それは読者に伝えるべき情報であるからだ。たとえ役人に「おまえとは二度と会わない」と言われようと、そんなことは記者が悩めばいい話である。
なぜ役人との信義を守るべきかと言えば、相手に信頼されたいからだろう。突き詰めて言えば「次の情報がほしいから」だ。それは自分の商売の話である。
「人間として信義則は当然」などとキレイな言葉で語られたりもするが、一皮むけば仕事上の計算も入っている。それよりも読者との信義がはるかに重要であると考える。(長谷川幸洋)
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