朝4時、人々が寝静まっているころ、床を抜け出してノートに向かう。20代前半から死ぬまで50年間、それが日課だった。
生涯日記をつけた人はいるだろうが、男のノートの中身は、数学の研究から、夢、エロス、時間、言語、哲学、神……。とりとめがない。森羅万象、膨大な観察とアイデアを手記に残したレオナルド・ダ・ヴィンチの方法に倣って、正確かつ厳密な知性の働きを極めようとしたのだという。
政治・経済は門外漢だったが、まれに雑誌で文明批評も論じた。19世紀後半の統一ドイツが、商業から軍隊まで国民総ぐるみで強国を目指す方法に、欧州全体が侵食されつつあると警告した十数年後、大量破壊と殺りくの第一次大戦が起きた。
先見の明を見込まれて、大戦後に「精神の危機」という小論を発表している。
現代文明は、平和な時も経済競争を戦っている。固有の希少価値を持っていた知識は、大衆向けの模倣と大量生産によって、すべて市場の出荷物に化けてしまう。
「我々は軽率にも力を数量に比例するものにしてしまった。ヨーロッパはアジア大陸の小さな岬の一つにすぎなくなるのか」
このヴァレリーという男、久しくごぶさただったが、近ごろ無性に思い出すのは、「欧州危機」騒ぎに食傷しているせいだ。用語は難しげでも、内容は中学生並みの単調な反復、要はカネ繰りの話である。こんな薄っぺらな危機なんて、あるか。
お陰で、今の地球に金融がのさばりすぎていること、経済学に知恵がないこと、神のごとく恐れられる市場とはだれのことかだれも知らないこと、は分かった。金利という悪習をやめれば、全部解決です。
欧州は100年前からずっと危機だ。何を今さら。でも今、だれも精神を語らない。本当の危機はそこにある。
毎日新聞 2011年12月7日 0時30分
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