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田中聖香
田中聖香

ベルギー分裂の危機!? 根深い言語対立

2010年12月20日

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拡大国際都市ブリュッセルも言語問題と無関係ではいられない/Karin Poltoraczyk

 EU委員会の所在地であるブリュッセル。委員会では加盟23カ国の言語が使われ、翻訳者1800人が常勤する。市内には国連本部、欧州議会の第二議場もあり、市内では公用語のオランダ語とフランス語両方の道路標識が見られる。まさに国際都市としての風格十分な街なのだが、それだけに、このブリュッセルを首都とするベルギーが、「言語」を理由に国家分裂の危機にあるのはまったく皮肉なことだ。

 今年6月、ベルギーではイブ・ラテルメ首相(オランダ語系キリスト教政党)の辞任を受けて総選挙が行われ、オランダ語系中道右派の新フランドル同盟(N-VA)が第1党に躍進した。以来今日まで、同党と第2党のフランス語系中道左派の社会党(PS)を中心に連立交渉が行われているが、その最大の争点は、新フランドル同盟がオランダ語圏をフランス語圏から分離独立させるよう要求していることにある。連立パートナーの他政党はこれを「ベルギーの終焉を意味する」として拒否、選挙から半年経った現在も正式内閣が発足していない非常事態だ。

 折も折り、ベルギーは今年7月から12月まで欧州連合の議長国を務めている最中だ。欧州議会副議長であるベルギー人のイザベル・デュラン氏(環境系政党Ecolo所属)は、「ベルギーの政治力のなさを国外にアピールしているようなもの」と嘆息し、ベルギー王室も「内政危機がベルギーの欧州での役割に大きなダメージをもたらすのでは」と憂慮する。

 また、国の東端にある少数派の「ドイツ語共同体」(住民数約75000人)が国外メディアに対し、「連邦国家ベルギーの再生を望むが、分割が避けられない場合、当共同体はワロン地域と協調するか、ドイツに再統合するか、ルクセンブルクに編入するか、国として独立する」と公言して混乱を助長していることも、中央政府にとっては頭痛のタネだ。

 政治危機の背景には、長年にわたるベルギー国内の「言語紛争」がある。この国には南北を分ける「言語境界線」が公式に設定されており、これより北のフランドル地域(人口の約60%)ではオランダ語が、南のワロン地域(同40%)ではフランス語が公用語となっている。ゲルマン系とラテン系という従来の民族的特性の違いもあり、両言語グループの間では長年にわたって意見と利害の対立が続いてきた。

 正確には、言語紛争はオランダ語話者の権利向上の歴史である。

 歴史的にはオランダ語が優勢の地域が多かったにもかかわらず、19世紀の建国時にフランス語だけが公用語とされたため、オランダ語話者はオランダ語復権のために闘い続けてきた。前述の「言語境界線」は、1963年にフランドル系議員の圧倒的多数で可決されて実現したものだ。70年代には両地域がさらに自治権を拡大、これを基盤にベルギーが連邦制へと移行したのは比較的最近の1993年のこと。かつて石炭・鉄鋼など重厚長大型産業で発展したワロン地域が斜陽化し、代わってフランドル地域がハイテク型産業で急成長して両地域の力関係が逆転したことも、フランドル地域の独立願望を後押ししている。

 特に近年、紛争の最前線となっていたのは、ブリュッセル近郊のオランダ語圏においてである。バイリンガル都市のブリュッセルはオランダ語圏にぽつりと独立する衛星都市で、実際にはフランス語が優勢であるため、いわば「フランス語の孤島」状態になっている。問題は、ブリュッセルで働くフランス語話者の多くが市境を越えたオランダ語圏に住むようになったことで顕著化した。彼らの中にオランダ語を理解しない者がいることにお構いなく、これら自治体の公的機関ではオランダ語以外の言語使用が禁じられるケースがある。また、自治体によっては不動産業者がオランダ語話者に優先して物件を紹介する、公園に「オランダ語を理解しない子供は入るべからず」といった看板が立つなどの“言語差別”も珍しくない。

 6月に第二次レテルメ内閣が崩壊し、現在の連立交渉が困難を極めているのも、やはりブリュッセル近くのオランダ語圏にひとつの大きな波乱要因がある。ビルボールト、ハレの両自治体の選挙区問題だ。この2つの自治体はブリュッセルに近接しているためにブリュッセルとの合同選挙区を形成しており、近年のフランス語話者人口の増加に伴い、オランダ語圏であるにもかかわらず自治体議会にフランス語系議員の数が増えてきている。これが地元住民の感情を少なからず刺激しているのだ。第一党となった新フランドル同盟は同選挙区の分割を提案しており、これが実現すればオランダ語圏の権利がさらに向上する格好になる。

 ベルギーは人口1000万人強の小さな国だ。欧州列強に翻弄された歴史を経て19世紀に国家として独立、戦後はEUの初代加盟国として国の安定と新たなアイデンティティ確立を目指してきた。しかし、その長年の努力が21世紀の今、言語というごく古典的な理由で無為に帰する危機に直面している。しかも、国内での“言語”と“文化”をめぐる対立は、オランダ語圏とフランス語圏に限った話ではない。西欧全域で先鋭化しているイスラム系住民の融合問題がある。ベルギーでも公共の場所でのブルカ着用禁止議論をはじめ、イスラム系住民への現実的対応が政府の急務となっているのだ。異文化の共存、国際化と地域主義の折りあい、キリスト教とイスラム教の軋轢。グローバル化の中で先進国が共通して抱える課題が、この小さな国でもくっきりと浮き彫りにされている。

プロフィール

田中聖香(たなか・みか)

在独ジャーナリスト。愛知県生まれ。関西学院大学文学部卒、ロンドン・スクール・オブ・ジャーナリズム修了。1992年からドイツ在住。ドイツの文化・社会・アートをテーマに執筆、インタビュー記事を得意とする。一児の母。