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一川保夫は辞任するな - 佐藤正久とマスコミと前原一派の謀略
敢えて言うが、今、この時点で一川保夫は辞任するべきではない。一川保夫に辞職を要求するのは話が違う。沖縄の問題で責任をとるべきは、まず「犯す前に言うか」の発言をした田中聡で、田中聡を免職処分することが先だ。一川保夫の辞任はその後でいい。この件は問題が巧妙にスリカエられている。本来、田中聡の沖縄差別暴言に焦点が当てられ、その始末に政治が追われるべきところが、一川保夫が言いがかりの別件で身代わりにされ、不当に生贄にされる筋違いの政局が現出している。これは、防衛官僚と右翼議員とマスコミが結託し、そこに前原誠司ら政経塾一派が絡んで仕立てた謀略の政治だ。裏でシナリオが組まれている。謀略の目的は二つある。一つは、田中聡の身を守って世間の攻撃から隠し、国民の憤激や関心が冷めるまで時間稼ぎし、穏便な処分で済ませて機を見て復活させること。おそらく、これは米国(ルース・メア)から政権と防衛省に指令が出ているのだろう。田中聡は米国の部下だ。もう一つは、消費税増税の政局で小沢派を押さえ込むことである。またぞろ、党内抗争の駆け引きをやっていて、小沢派に消費税増税反対で揺さぶりをかけさせないように、主流派が一川保夫と山岡賢次を人質に取り、二人の首に匕首を突きつけ、「二人の命が惜しかったら消費税で動くのは止めろ」と小沢一郎を脅しているのである。
その政争の間に入っているのが、TPPのパターンと同じく輿石東で、主流派と小沢派の調停役を演じ、二人の小沢派閣僚の首を守る代わりに、年末の消費税増税の決着に造反して騒ぎを起こさないように、小沢一郎に対して牽制をかけているのである。この第二の目的、すなわち消費税増税のヘゲモニーについても、政経塾一派は自民党及びマスコミと結託している。戦略を共有して一体で動いている。本来なら、消費税増税の賛否をマスコミ報道で論議しなくてはならない佳境の師走に、一川保夫と山岡賢次の問責の騒動にして、消費税の問題を国民の関心から逸らせ、反対論が沸騰しないように封殺を図っているのだ。こうして構図を描くと、きわめてわかりやすい政治だと誰もが納得するはずだ。「陰謀論」の誹謗言語の投擲で打ち消せる疑惑ではない。政治には常に謀略の契機が随伴している。一川保夫は辞任する必要はない。一川保夫は右翼の佐藤正久によって罠に嵌められたのであり、バックには、邪魔な存在である小沢派を排除したい米国と官僚の意向がある。マスコミは注意して検証しようとしないが、きわめて不自然なのは、あの参院東日本大震災復興での佐藤正久と一川保夫の質疑である。言いがかりとか、言葉尻を捉えるとか、揚げ足を取るという日本語は、まさにあの場面とその後の報道を指す言葉だろう。
右翼の佐藤正久は「95年の事件の詳細を知っているか」と聞き、一川保夫は「詳しく知らない」と答えている。その応答に対して、佐藤正久は「中身を訊いているのだ」と重ねている。そして、その夜から、マスコミが一川保夫に対する集中砲火を浴びせ始め、沖縄に対する侮辱だの冒涜だの、防衛相の資質だの適性だのと喧噪を始めた。別に一川保夫を擁護するわけではないが、この質問の意味を直截に解せば、米兵による少女強姦事件という刑事事件の内容を尋ねられたものだと受け取って不自然ではない。いつ誰がどこで何をという事件情報の説明を求められたのであり、詳細を記憶してなければ、その場で「知らない」と即答して不都合はないだろう。私が大臣でもそう回答する。ところが、狡猾な佐藤正久とマスコミは、この質疑応答の意味全体をスリ替え、事件の詳細ではなく、事件の意義を一川保夫を知らなかったとする問題に仕立て上げ、大臣の重大過失として既成事実を固めたのである。佐藤正久は、一川保夫への追及と非難の弁の中で、「あの事件が元で普天間移設問題が始まり」と、誰もが知っている事件の意義の方に焦点をスライドさせる仕掛けを打った。朴訥で達弁ではない一川保夫は、まんまと術中に嵌り、事件の詳細と事件の意義とは違うと論理的に反駁することができず、沖縄基地問題に無知蒙昧という糾弾を引き受けたのだ。
こうした政治工作の場面を見たとき、われわれは何を思うべきか。確かに、国会の質疑答弁では、野党に攻撃材料を与えないように、政権への打撃を避けるように、その動機の一心で、閣僚は詭弁を言いまくり、その場凌ぎと言いつくろいで逃げまくる。言質を取られないように、質問に正面から誠実に答えない。野田佳彦がそれをやると、マスコミと官僚は「安全運転」だなどと言って賞めてやる。そうした口先の詭弁とはぐらかしの技能が長けた者ほど、閣僚として優秀だとする評判が一般に定着していて、誰もその基準を疑わない。その典型像が枝野幸男である。だが、そうして国会が詭弁の宮殿となった結果、国会中継を見る主権者の国民はどうなったのか。こうしたプロトコルの定着と支配のため、民主主義の内実がどれほどスポイルされているか。大臣は素直に答弁しなくてよいのか。詭弁を弄した方が勝ちなのか、詐術とレトリックが政治の正道なのか、正直者はバカを見るのか。正直者を陥れて失言を拾うのが国会なのか。枝野幸男とコントラストである一川保夫の災難と苦境は、日本の議会制民主主義の本末転倒と不条理を示している。心を冷静にして事態を眺めれば、一川保夫の過誤や欠陥は問責に該当する程度ではなく、単に無防備で警戒心が緩かっただけだ。むしろ、佐藤優が評価したように、田中聡の更迭については果断で迅速で、沖縄に対する真剣さが伝わる処置だった。
現在、私は小沢一郎に期待を寄せていない。小沢一郎が、本気で消費税増税阻止に動くとは予想しておらず、小沢一郎を信用してはいない。しかし、いわゆる小沢信者たちが、小沢一郎に儚望と幻想を抱く事情や動機はよく理解できる。何故なら、他に期待できる政治勢力が存在しないからだ。TPP参加にせよ、消費税増税にせよ、所与の政治世界の中で、それを阻止する勢力の可能性を探せば、当然、小沢一郎と小沢派だという結論しか返って来ない。共産党や社民党にそれを期待するのは、政治についてあまりにリアリズムを欠いた妄想であり、すなわち、共産党信者による小沢派への罵倒の連呼は、小沢信者の小沢一郎への拝跪と拘泥と同じか以上に、視野狭窄で有害無益なセクショナリズムの態度と言えるだろう。私はブログで何度も論じてきたが、小沢一郎という政治家は、一筋縄では捉まえられぬプルーラリズムを持っている。プルーラルでオポチュニスティックなのが小沢一郎の特徴なのであり、思想信条を首尾一貫させているようにフィクシションしながら、実は場面場面で政策主張を巧妙に切り替え、その都度都度の政治の要求に応えている。具体的に、それまで新自由主義者で新保守主義者だった小沢一郎が、2007年の「国民の生活が第一」で一転し、まるで社民か共産のようなメッセージをテレビでCM放送し、実際にそうした政策の実現に尽力した3年間(2007-09)があった。小泉改革を正面から否定するカリスマとして登場した。現在の左派系の小沢信仰は、その実績をベースとするものだ。
政治家は、そのとき国家と国民が直面する課題に応え、最速で最善な問題解決へと導かなくてはいけない。そして、政策を実現するためには権力が要るのであり、国民多数の支持を得て権力を目指さなくてはならず、同志集団(派閥)を維持し拡大しなければならず、権力を握れば失わないように努めなくてはならない。環境や状況が変われば政策方針の前提や課題も変わるし、時間軸の構造や設計も変わる。変数と関数の要素が政治にもある。小沢一郎がここまで長く政界の中心で生きてきて、なお国民の期待を集めるカリスマとして蟠踞し続けている秘密は、極端に言えば、カメレオンのような変幻自在と臨機応変にある。他の政敵がみな消える中、何十年、小沢一郎は政界の中心に鎮座しているのか。プルーラリズムとオポチュニズムが小沢一郎の生命力の根源だ。プルーラルでオポチュニスティックに動く小沢一郎を、ありのまま客観的に正視し評価せず、そもそも新自由主義の首魁だと決めつけ、矛盾し蛇行する彼のジグザグの政策態度の過程すべてが囲碁の布石のように予め予定されたプログラムの発動だと看做し、新自由主義・新保守主義の本質顕現だと言い散らすのは、政治認識としてバイアスのかかった見方であり、日本の左翼特有の思想的悪弊の表出である。この病理については、丸山真男がすでに半世紀前に喝破していた。1956年の論文『スターリン批判における政治の論理」の中で次のように言っている。
「たとえば、ベリアや伊藤律のような『裏切者』についての公式発表には、殆どハンコで押したように、彼らが抑もの出発点から邪悪な素質と意図をもって運動に入り、組織の中で着々その目的を実現して、遂に党や国家の最高幹部にのし上がったというような『遡及法』が使用される。(略)たとえば敗戦後のアメリカ対日占領政策に関するコンミュニストの規定の仕方は、(略)例の遡及論で、あたかも戦後の『民主化政策』の一切がアメリカ支配層の『本質目的』から流出するかのように説かれた。(略)アメリカ支配層の政策決定がしばしば状況変化に対する機会主義的な対応にすぎない場合まで、それをまるで碁の名人のように、計画的布石の結果と看做し、その見通しを恐ろしく過大評価する結果になっている」(丸山真男集 第六巻 P.228-230)。この丸山真男の分析がそのまま投射して妥当する事例が、現在のネット言論の中に横溢していて、共産党信者による執拗な小沢一郎批判の口調と構造こそ、まさに丸山真男の言う「本質顕現」論の発想と思考の遺伝的末裔だろう。何十年経っても左翼は進歩と自省がないと、天国で丸山真男が嘆息しているのではないか。過剰に小沢一郎に内在する必要はないが、必要以上に小沢一郎を悪魔化して叩く意味はない。少なくとも、端数政党のまま凋落の一途を辿りながら勢力挽回の展望も戦略もない共産党に較べれば、過去の記憶にすがって小沢一郎に救済を託す大衆の心情はリアルでリーズナブルである。
共産党の宣伝工作のための小沢叩きなど無用で無意味だ。
by
thessalonike5
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2011-12-06 23:30
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