2011年12月6日03時00分
自殺や孤独死のあった部屋に住む人、意外に多いらしい。物件の「浄化」って何なのか。
自殺や他殺、孤独死のあった部屋、いわゆる「事故物件」に、日当5千円で1カ月間住むのが仕事という人がいる。彼女が住んだ後の部屋は「ロンダリング=浄化」される……。
これは現実ではない。今夏に出版された小説「東京ロンダリング」の筋だ。著者の原田ひ香さんは、つながりの薄れた「無縁社会」の時代にありうる話として物語を創作した。実際に仕事をしている人は見つからなかったという。
現実の「ロンダリング」は、割安で貸したり売ったりすることが多いようだ。UR都市機構には「特別募集住宅」という枠がある。孤独死や自殺があった物件の家賃が一定期間、半額になる制度だ。退去後は「リセットされた」と考え、一般住宅として募集する。UR東日本賃貸住宅本部によると、首都圏の「特別募集」は年間約300件。全体で約4万件の新規契約数から見ると1%弱になる。
実は、インターネットで「家賃の節約術」と紹介されるほどの人気だ。家賃の高い物件ほどお得感があり、こんな物件を渡り歩く人もいるという。11月18日更新分では東京都内で20件の募集があり、3日後に半数以上が予約で埋まった。
この制度を利用して横浜市内に住んでいるルポライターの森史之助さん(45)の部屋は、1ルームで約35平方メートル、家賃2万6千円。本来は5万2千円だが、2013年3月までは半額で住める。
契約に当たり、前の住人についての説明を受け、入居同意書にサインした。50代の男性だったが08年9月、浴室内で自殺していたのが見つかったという。
リフォームされているため、物理的な問題はないが、「(故人の)“念”が残っているのではとの思いがぬぐいきれず、夢見が悪い」とも森さんは話す。期限までは住むつもりだが、その後は決めていない。
URのような「事故物件」の公表は珍しい。民間の不動産業者は「個別に問い合わせがあった人に紹介する程度」。全国賃貸住宅経営協会(全住協)の稲本昭二事務局長は「医者や葬儀関係者、外国人など気にしない人に入ってもらうことが多い」と話す。社宅契約で、本人が知らずに入居するケースもあるという。
事故物件を集めて公開するウェブサイトもある。その一つを運営する大島学さん(33)は「嫌な人は見なければいい。客としては知りたい情報」と言い切る。削除依頼も多いが、2千件以上を登録している。
遺族は、どう思っているのか。母親を自殺で失った和泉貴士弁護士(36)は「遺族にすれば自分の家族。化けて出るわけではない」と話し、「事故物件」として扱われることへの複雑な思いを吐露する。
自殺者の遺族が、家主から損害賠償請求される例も増えている。1千万円を請求された人もおり、「ルールがないまま高額を請求されるケースがある」(和泉弁護士)。半面、家主側も事情を抱える。全住協の稲本さんによると、遺体の発見が遅れると清掃費用が数百万円に上ることも。家賃を下げないと入居者が決まらず、泣き寝入りする大家も多いという。
さらに、そんな家主のリスクを「ビジネスチャンス」とみる企業も現れた。エース損害保険は昨年、管理業者向けに「賃貸管理リスクガード」を発売した。例えば月200円の保険料で、自殺や孤独死があった場合に見舞金100万円を受け取れるという。
事故物件が多発する背景にあるのは、自殺者や孤独死の多さだ。年間の自殺者は13年連続で3万人超。東京23区で1日に孤独死する人は平均10人という調査結果もある。部屋の「ロンダリング」、誰もが無縁ではいられない時代かもしれない。(山本奈朱香)