2011. 12. 01  
グランプリシリーズ・モスクワ杯を終えて、「スポーツ・エクスプレス紙」のエレーナ・ヴァイツェホフスカヤ記者が「立ち止まって、よそ見をして」という題名で、現在のロシアのスケート業界の問題点などを記した記事がありましたので、ご紹介させていただきます。

http://winter.sport-express.ru/figureskating/reviews/18134/
2011年11月29日「スポーツ・エクスプレス紙」より

グランプリシリーズ・モスクワ杯が開催される数日前に、バイアスロンロシア代表チームのヘッド・コーチ、ワレーリー・ポリホフスキーと話す機会があった。実は、ポリホフスキーは、女子代表チームを率いてトリノオリンピックで、見事な結果を残したにもかかわらず、1997年、ヘッド・コーチの職を解任されたコーチである。

「当時、僕は、本当にいろんなことについてよく見つめ直してみたんです。そして、わかったんです。何年かに亘りコーチをしていたあの頃は、ずっと、来る日も来る日も根菜の他には脇目もふらずに畑の上に轍(わだち)を引いていた農民そのもののような暮らしをしていたのではないか、と。そして、コーチ業を辞めて、ふと顔を挙げて周囲を見渡すと、思わずアッと声を上げました。僕の周りには広大な世界が広がってる!」と。

私には、現在のロシアフィギュアスケート界が、あの轍(わだち)と同じように思える時がある。それぞれのコーチは自分に割り当てられた畑で仕事にいそしんでいるだけで、周囲のことには目を向けず、いや、目を向けようともしないのだ。周りに目を向けることにただ単に力が残っていないことは私も認める。コーチ業のために休暇、余暇、家族を犠牲にして、大変多くの仕事をこなしているわけだから。

かつて一緒にジャーナリスト業を始めた友人が、以下のことを書いて寄越さなければ、今回の記事のテーマについて思いつかなかったと思う。ちなみに、その友人は、スポーツに造詣が深く、ロシアのスポーツ選手のことを非常に懸念しているのであるが。

友人は、次のように書いていた。

「ロシアの男子シングル選手を見ていて妙な印象を受けたわ。彼らは滑りながら、最後まで耐え抜き、最後まで息をこらし、そして、精一杯汗をかいて、という彼らの訴えが、直接観客に伝わってくるのよ。そして、観客も頭の中で、耐え抜き、息をこらして、汗をぬぐわずに、と頭の中で選手と同じことをしているの。そこまで、選手たちに対して熱くなっているの。一方、外国人選手からは、感情の末葉が直接観客に伝わってくるわ。そのプログラムの間、観客は、その選手の人生の感情的な断片の共演者になれるの。選手の苦しむ闘いを見る観客ではなくてね。アイスダンスに関して言えば、アメリカペアやカナダペアを見ていると、二人の実生活をあたかも鍵穴から、こっそりとのぞいているような気分に思わずさせられるわね。彼らは、愛し合い、憎みあい、死んでいく。彼らは実際にそこに生きているのよ。だけど、ロシアのペアは、こうしたことを単に表現しているだけなのよね」

こうした見方に賛同できないかもしれないが、友人が与えてくれた見方を考えてみたいと思う。アイスダンス界をリードしているのは、もう随分長い間、ロシアのコーチが育て、現在外国で暮らしている教え子たちである。そのことを思うと、残念だ。マリナ・ズエワ、イーゴリ・シュピリバンド、アンジェリカ・クリロワ。そして、現在のロシア男子シングル選手の状況が全くみじめな状況にあることについて述べるならば、男子シングス種目は、ロシアの影響を受けざるを得なかった思う。かつて、高橋大輔、織田信成、ハビエル・フェルナンデスは、同じコーチ、ニコライ・モロゾフに師事していた。そして、現在、モロゾフは、セルゲイ・ヴォロノフを引き取ったが、彼も、そして、現在ヨーロッパチャンピオンのフローラン・アモディオもまた、精彩を欠いている。彼らは、他の選手の中で、とりわけ目立った存在となっていない。

一方、コーチとしてのモロゾフは、決して衰えたわけではない。もしかしたら、アメリカらからロシアに拠点を移したことが影響を与えているのかもしれない、と思う。

これは、冗談ではなく、本当のことだ。コーチにとって、どの種目を教えていようが、あらゆる問題から解放されて、自分の仕事を外から見る機会を得ることは、非常に大切なことだと思う。それでは、一体、練習のことから日常のことまであらゆる方面から降りかかってくる問題に、コーチはどうやって解放されるのだろうか?例えば、まさにモロゾフも、このモスクワの現実の生活に直面して、ぞっとしたのではないか、と私には思えた。空けても暮れてもスケートリンクとモスクワ郊外のノヴォゴルスクのホテル以外に何もない状況の中で、どんな創造的な魂の高揚を生み出すことができるだろか?いろいろな組織面での仕事をさせられるケースでは、モスクワ中心部にたどり着かなければならず、そこへ行くのに数時間も費やす必要があるだろうか?

かつて、タラソワは、丸々10年間、アメリカに行ったことがある。それは、ちゃんとした仕事の機会を求めてのことだった(訳注:ソ連が崩壊した直後の1990年代)。タマーラ・モスクヴィナもそうだった。この必要に迫られた移住の結果、ペアで5つのオリンピック金メダリスト(訳者:本文ママ)を育てた。

スポーツは、国の生活様式を反映している。我々はみな、とにかく、こまねずみのように(めまくるしく)動いているのを感じる。ちょっと立ち止まったり、よそ見をするひまはなく、常にどこかへと急いでいる。我々は、感情や感動を失くし、後で大切なものだったと思うものを見落として生きている。

我々ジャーナリストはそれでよいだろう。しかし、コーチはそうであってはならない。もし、コーチにエリート選手を生み出すことを求めるならば、リンクの環境と生活もまた、コーチにとって最良のものを用意しなければならない。せめて、コーチが、自分の取り巻く環境を、もう一度新鮮な目で見られる機会を持てるように。そして、その中から何か新しいものに気付けるように。

以上
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管理人宛にコメントを下さった方へ
コメントありがとうございました。そして、引用してくださった著名な方のお言葉も、今回の記事の内容に合致しているなぁ、と思いました。これからもいろいろなことをご教示いただければ大変嬉しく思います。

パグ犬もも
パグ犬もも様の翻訳に感謝致します、
空けても暮れてもスケートリンクとモスクワ郊外のノヴォゴルスクのホテル以外に何もない状況の中で、どんな創造的な魂の高揚を生み出すことができるだろか?

ー ー ー 私はロシアという国にも、モスクワという都市にも行ったことがありませんので、このように表現されていることを安易に理解することが出来ません。
単に、現実の風景を客観的に書いているだけなのか、それとも、心象風景を比喩的に書いているのか・・・。

只、今、読みながら、中学生の頃に読んだロシア文学、(多分ドストエフスキー)、を思い出した、ということをコメントさせて貰いたくなりました。

ロシアの冬の景色の中で、人が悶々と、とりとめもなく思索を続ける ー ー そこを支配する時間は単調で、気分に起伏など全くない、
長い小説の殆どは、苦悶と文句、

中学生の頃は、それをそうとは解釈出来ずにいましたが、

ロシアの知識人は、日がな一日、何を思い悩むべきかを思い悩んで過ごす・・・・、
そんな風な想像が、こちらの記事を読んで、頭に浮かんできました。

ドストエフスキーの時代は、もう、相当に古い時代ではありませんか、
でも、ロシアの冬が有史以来変わらないのと同じに、そこに住む人々の精神も全く変わらない、社会や国の有り方がどんなに変貌していても、

ー - - そうなのでしょうか、


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プロフィール

パグ犬もも

Author:パグ犬もも
ご無沙汰してます。パグ犬ももです。少し体調を崩してしまい、更新ができずにいました。大変申し訳ございませんでした。ヴァイツェホフスカヤさんの「氷上の涙」、前に進んでいきたいと思います。どうぞよろしくお願いします!

「氷上の涙」著者ヴァイツェホフスカヤ女史のご紹介
氷上の涙 1958年3月1日生。リボフ(現在のウクライナ)生。ソ連のスポーツ選手。1976年のモントリオールオリンピックで、女子10メートル高飛込で金メダル。1976年ソ連スポーツ功労賞。ソ連国立中央体育大学を卒業。優秀スポーツジャーナリストに選出。2005年、初のニコライ・オゼロフ賞(スポーツ・体育競技の振興に貢献した人々に贈られる)を受賞。なお、父セルゲイ・ヴァイツェホフスキーは、元水泳選手。
「氷上の涙」のご紹介(裏表紙より)
オリンピックの金メダルは、得てして、人の一生を台無しにしてしまう。選手であろうと、コーチであろうと、メダルを取る前も、取った後の人生も。選手らは、金メダルを目指して、超人的な努力と大きな目標を求められる。一方、第二の人生が始まると、二番手に甘んじることに、耐えられない。選手たちは、いかなる犠牲を払って勝利をつかむのか?なぜ、一番強い人が、必ずしも一番になれないのか?プロに転向後、フィギュア選手のキャリアはどのように形成されていくのか?「スポルト・エクスプレス」紙の評論員エレーナ・ヴァイツェホフスカヤが、最も美しいスポーツ競技フィギュアスケートの裏側を明らかにする。
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