元社長らが金融商品取引法違反容疑で逮捕された中堅ゼネコン「井上工業」(破産手続き中)の架空増資事件は、同社が資金集めを依頼したブローカーや暴力団関係者に食い物にされた構図が警視庁組織犯罪対策3課の調べで明らかになりつつある。老舗企業の転落の軌跡を追った。【前谷宏、浅野翔太郎】
「これで大丈夫だ」。08年9月24日、群馬県高崎市の本社会議室で、財務担当者が会社に18億円が振り込まれたことを示す通帳を開くと、集まった役員から安堵(あんど)の声が漏れた。
1カ月前に18億円の増資計画を発表したものの、引受先は2年前に設立されたばかりの投資組合だったため、社長だった中村剛容疑者(68)が進める計画を危ぶむ声があったからだ。同社は当時、資金不足で上場廃止の危機にあった。
その数日後、株価は急落した。「資金の出所が怪しい」という情報が寄せられ、社内調査が始まった。投資組合との交渉を務めた当時の社長室長、前田敬之容疑者(41)は顧問弁護士に観念したように告げた。「18億円のうちの15億円は会社から持ち出した」。増資は見せかけだった。
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井上工業は1888年創業の老舗ゼネコン。若き日の田中角栄元首相(故人)が住み込みで働いたことでも知られる。だが、バブル期にタイのリゾート開発などに失敗し、最も多い時で約240億円もの債務を抱え、金融機関からの新規借り入れが困難になった。
同社が代わりに頼った資金調達の手段が金融機関を通さない増資だった。01年以降、取引先などを引受先とする増資を繰り返し、4億円だった資本金は06年、54億円になった。
表面上は経営が強化されたようだったが、内実は違った。大量発行した株が市場に出回り、07年には不動産業者が株を買い占め、社長に就任する乗っ取り劇も起きた。08年7月に生え抜きの中村元社長が復帰したが、迷走する同社への投資は敬遠された。
中村元社長が行き着いた先が、東京・兜町に拠点を構える奥村英(ひでし)容疑者(61)が代表を務める投資組合。知人のブローカーの紹介だった。中村元社長は組合が暴力団側と関係があると認識していたとみられるが、「どこからでもいいので、金を集めてほしい」と奥村容疑者らに懇願したという。
「増資」の新株は大量売りで急落
しかし、奥村容疑者は増資の直前、18億円の増資資金のうち15億円の立て替えを井上工業側に要求。既に増資計画を発表していた中村元社長らはそれに従ったという。自社資金を環流させてまで増資の成功を見せかけたのに、新株のほぼ半分は暴力団関係者に渡り、大量に売られたとみられる。急落した株価に直面した会社は、増資後わずか22日で経営破綻に追い込まれた。
捜査関係者は「中村元社長らは会社を延命させようとして、言いなりになった。ブローカーや背後にいる暴力団側からすれば、無理な要求でも応じる会社はおいしかっただろう」と指摘する。中村元社長は架空増資への関与を否定している。
逮捕された金融ブローカー、高橋利典容疑者(63)は逮捕前の取材に「100年続いた会社を自分の手でつぶしたくなかったのだろう。でも、それで食い物にされた。わしらのようなハイエナの巣に飛び込んだ時点でその会社は終わりだ」と自嘲気味に笑った。
毎日新聞 2011年12月3日 12時19分(最終更新 12月3日 12時50分)
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