2011-11-25
片瀬久美子氏の付録への疑問(その6)-議論の姿勢について
4つの視点(O157・マウス・環境適応・アップルペクチンの論文検証)で片瀬氏の書いたものへの疑問点を列挙してきた。
今回は片瀬氏の議論の進め方や記述の仕方に関わる問題点について挙げてみたい。
内田麻理香氏に対する評価
ここでは片瀬氏のあるブログにおける発言を取り上げた。しかし、片瀬氏自身がこの発言について謝罪する意向を示しておられるようなので、この部分は削除することにした。(2011.11.29.変更)
アップルペクチンに関する論文検証の趣旨
片瀬氏の書いたアップルペクチンに関する論文検証に関して、片瀬氏とbuvery氏の間でやりとりがあった。
buvery氏が
「このペクチン論文は、この雑誌なら載せてよい論文です。引用ブログ記事みたいなことは、本質的でなく、マイナーコメントでしかない。」
「だから、これはマイナーコメントだと言っています。こんなことをメジャーコメントとして出してきたら、レビューアーの頭を疑って、エディターに文句をいいます。」
と述べている最中に、
「buveryさんはその論文をちゃんとしたものだと評価しておられますので、私の検証内容について同意できないのではないでしょうか?」
「Buveryさんが私の論文検証の意味を勘違いしているのでしょう。私は、ブログにも説明して書いてある様に、査読されて掲載された論文の中にもピンからキリまであり、その質の検証は必要だということの例として出したものです。論文を読む側の心得としてのものです。」
「まあ、何かおっしゃりたかったのでしょうね。」
などというコメントを別の人に対してしている。片瀬氏とbuvery氏の間には過去にもいろいろなやりとりがあったのだろうが、こういう形で批判を切り捨てるのは非常に問題があると思う。これはbuvery氏の方が(自分の極めて正当な論文評価を目にしてもなお)結論ありきで不当に駄々をこねているのだと誤解させかねない印象操作であると言われても仕方がないとさえ思える発言だ。もし私が、「片瀬氏は、アップルペクチンの効果を否定したいと考えているので、論文のマイナーな部分をあたかもそれが致命的な問題点であるかのように批判したいのでしょう。」などと書いたら、それは不当な印象操作になるはずなのと同様に。
私はbuvery氏の議論にも問題があると考えるが、少なくとも氏が片瀬氏のコメントをマイナーであると指摘している以上、マイナーではないという議論をしなければならないことは明白だ。ツイッター上では別の方(shanghai_ii氏)がbuvery氏と対話している。
記事を書いた当人であるところの片瀬氏自身がしなければならなかったコメントであり、指摘の内容も傾聴に値する。私自身が片瀬氏の批判がポイントを外していると考える根拠は(その5)で詳しく述べた。
ここでは上の発言の中の、「読む側の心得としてのもの」という部分について検討したい。
片瀬氏は
「私のブログであの検証例を出した目的は、論文を読んだ際に、出されている結論がどの程度信頼できるかということを、その記載内容から読者が見定めるポイントの解説です。最初からきちんと読んで頂けたらなと思います。」
「buveryさんの批判は、元々私が論文を読む際の一般的ポイントの具体例として出した検証についてです。私が書いているのは、論文として世に出されたものでも質はピンからキリまであり、その結論がどの程度信頼できるかをチェックする必要があるというものです。」
「私の検証例はリジェクトされるべきとの主張ではなく、一般に向けた論文の読み方のポイントの解説です。査読された論文でもピンからキリまであり、結論をそのまま信じるには注意が要るものがあるということ。」
とツイッターでコメントしている。
私は率直に言ってこのコメントを見て非常に驚いた。片瀬氏は論文検証記事の中で、当該論文を
「具体的な検証例を示します。」
と述べた上で、
として紹介しているのだ。片瀬氏は、この論文を例にして何を「検証」したかったのだろうか。
「査読された論文にもピンからキリまである」ということだと主張したいのかもしれない。
しかし普通の読み方としては、「再現性が毀損されているために信頼性がない論文であること」ということではなかろうか。少なくとも私はそう感じた*1。
それは「論文としての価値がないこと」に直結し、筆者達の誤りを指摘することに他ならない。
論文に信頼性がないと断定する以上、それは単に一般読者向けの解説には留まらず、片瀬氏自身が当該論文に対してnegativeな立場に立つということに他ならない。
(その立場を極論すれば、「自分がレフェリーならrejectするという意思表明である」と理解されてしまうのは致し方ないと私は考える。)
片瀬氏の論文検証記事の最初には「対照実験」の方法が書かれている。結果として当該論文は対照実験の方法に問題がなかったと片瀬氏自身が述べている以上、この対照実験に関する記述は論文の検証とは無関係だ*2。
その後、かなり唐突に
さらに、その研究の検証のポイントとしては、他の従来の知見との整合性がとれるかという事も挙げられます。従来の知見と大きく異なる結果や結論が出された場合は、特に慎重に検討する必要があります。
という「整合性」の問題が取り上げられ、(太字強調は片瀬氏。青字強調は私。)
科学研究を行った後は論文などの形にして報告をしますが、別の人がそれを読んで、その実験などをきちんと再現して確認できるように、どの様に条件を整えて、どの様な方法でデータをとり、どの様にして解析したかなどについて詳しく書くことが求められます。これがきちんと書けているものほど信頼性が高くなります。他の人達がその論文を読んで再現実験を行い、同じ結果が出て再現性が確かめられたらその研究の信頼性はさらに上がります。
という「再現性」の話が出てくる。(太字および赤字強調は片瀬氏。)
そしてそのあとに
という話が出てくる構成になっている。
この議論の進め方を見て、検証したかったのは「査読された論文の中にもピンからキリまである」ということだったと主張するのは無理があるのではなかろうか。
片瀬氏自身が「その研究の検証のポイント」として「従来の知見との整合性」を挙げているように、また、当該記事のタイトルも「科学研究の組み立て方─アップルペクチン(ビタペクト)論文の検証付き」であることから考えても、片瀬氏が検証しようとしているのは、当該論文が拙い「組み立て方」をした科学研究であることだと読むのは当然ではなかろうか。「一般に向けた論文の読み方のポイントの解説」と読むのは難しい。
おまけに「一般に向けた論文の読み方のポイントの解説」であるという趣旨の文章が果たしてあの記事の中に書かれていたのだろうか。
「最初からきちんと読んで頂けたらなと思います。」と言われても、残念ながら私にはそのような文章を見つけることが出来なかった。私にはこの書き方は後出しであるように思えてしまった。
もしそういう趣旨で書きたいと考えるなら明確にそのことを宣言する文章を入れておくべきだったと考える。
「もうダマされないための...」における書きぶり(これはある意味マイナーコメントである。)
- 「耳なしウサギは世界各国で生まれていることが報告されている。」
- (その4)で指摘した先祖返りに関する記述
- 「実際に広島・長崎の被曝二世、三世でも先天性障害を持つ子供の割合は被爆しなかった人たちの子孫に比べて増えていない。」
- 成人T細胞白血病ウィルスの偏在
といった部分には文献を本文の中に示す必要があると感じられた。
などの部分では、提示されている別の可能性が非常に大雑把過ぎると思う。
こうした記述以外にも、単に雑駁な可能性の提示に留まらない、ありうる可能性をもっと緻密に列挙するべきだと考える。またそうした方が感情的な反発に晒されることも減るのではないかと思えてならない。
- 「この人物の来歴もかなり怪しい」
という部分には他に何も根拠が示されていない。匿名だからこのような書きぶりが許されるというわけではないと思う。批判したければ本文の中にもっと正確な記述を入れるべきだし、それを避けるなら対照実験が行われていないことを指摘するのにとどめるべきだ。
仮に1200℃でも死なない細菌がいると仮定すると*3、製造方法に現れる「殺菌」とは、その菌以外の雑菌を殺害することに他ならず合理的であると考えられる。片瀬氏のこの記述は本来不要ではないか。
そのほかに目に付いた議論の姿勢に関すること
「科学は信仰するもの」という科学者って、いったい誰のことなのかしら?の中で、aohmusi氏と「科学」のもつ性質について議論になっている。
という片瀬氏のツイートに対して、
「「世界は唯物論的である」と信じているという意味では進行とも言えるのでは?」
というaohmus氏のコメントが入る。そこから「科学の定義」に関して議論が紛糾するのだが、
あとになって片瀬氏は、
と述べ、「では唯物論を用いずに科学を論じてください」というaohmus氏の返答に対し、
「「唯物論」を出されたのはそちらです。私としては、それを持ち出された時点で「?」でした。」
と返答したり
「たぶん「科学」という名の「別の物」を見ておられるのだろう。」
「 あなたとは、「科学」として捉えているものが異なる様ですね。前提が異なっているので議論が成立しそうにありません。私の実践している「科学」は、あのTogetterで解説されている「科学」であり、あなたの想定する何か別の科学ではないと思います。」
「「唯物論」と「科学的再現性」は別物だと捉えていますが、あなたのお考えでは同一視できる概念なのですね。視点が全く異なっているのでやはり議論として噛み合わないのは無理はないと思います。」
「「科学の現場」をよく知らずに、「想像」だけから論じられる「科学」はどうしても実像とズレていてピンとこない。」
「あなたとは議論が成立する見込みがないので、これ以上続ける気はありません。あまりに「科学」に関する認識が解離しておりますので。現場の科学者の感覚とは全く違う「科学?」を論じられてもそのお考えにはついて行けません。」
と批判している。
この議論で問題提起されているのは、「『自然科学という営み』が、ある程度無条件で前提としているような考え方があるのではないか」というものだったはずである。例えば非常に素朴な意味での帰納的推論の妥当性は、自然科学者誰しも疑わないだろう。「あるとき例外が現れる可能性があるかもしれないが、これだけ多くの事例で観察されている現象ならおおむね普遍的に正しそうだろう」というような感覚である。もう少しそういった素朴な感覚の話をしてもよかったはずだ。「唯物論」を出された意味がわからないなら最初にそう返答するべきだった。片瀬氏は「科学の現場」から乖離した「科学哲学」というものに不信感があるのではないかと推測する。議論の相手であるaohmus氏がそうした立場であると解釈した(穿った見方をすると決め付けた)ために、相手を現場を知らない人間と断定して議論することをそのものを放棄しているように見える*4。
Micheletto_D氏とのやりとりの最後に、「学生君から、あなたは不勉強だと言われた。ああ、そうですか。」などと吐き捨てるのも頂けない。
「直感」や「感情」だけに頼るのも危険だと思うけれど…。
とツイートしておきながら、時として感情がほとばしって不適切な言い方になってしまうところに問題があると思う。
片瀬氏はおそらく自分の「科学についての造詣」や「研究者としての業績*5」、「分かり易く正しく一般の人達に科学を伝えて啓蒙する能力」を自負しておられるのだと感じる。そのこと自体を批判したいわけではない。
しかし、私が片瀬氏の書いた記事や本、ネット上での発言を読んで感じた印象のひとつは、「議論や批判のポイントが時としてズレていたり、ゆるかったりするのではないか」ということだった。
片瀬氏がどういう出自や経歴や業績をもっているかとか、どれだけ文献や知識に精通しているかはともかくとして、そのアウトプットが精密さを欠いていたら元も子もない。残念ながら私は片瀬氏の学問的な部分の議論にいまいち信用が置けないと感じている。もう少し緻密な議論を期待したいとあえて述べさせていただきたい。
(とりあえず6回分書いたので、さしあたってはここで幕ということにしたいと思う。)
*1:直前に一流誌でも「捏造論文」があるという記述もあり、こうした書き方をすると当該論文の不完全なデータは捏造の可能性があると主張しているのではないか、とさえ誤解されそうだと考える。
*2:こういう書き方では何がポイントなのか不明瞭になる危険性が高くなると考えられるため、私はあまり賛同できない。
*3:この仮定は正しくなさそうだが、そのことと上の記述が合理的かどうかとは別の問題だ。
*4:「前提が異なっている」「視点が全く異なっている」「「科学」に関する認識が乖離している」ということは議論を避ける理由にはならない。そもそも認識の同じ人とは議論にならない。相違があるからこそ議論によって何かを得られる可能性があるのだ。(何も得られない可能性ももちろんある。しかしそういう徒労感を避けたいならはじめからやり取りに参加しなければいいだけのことだ。既に十分やりとりをしてしまっているのに上にあるような言い方をするのは相手にも失礼だろう。)
*5:「同業者(理学系生物分野の研究者)」と書くということは、片瀬氏自身は自分は研究者であるという認識なのだと推測している。
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