それは、学校帰りに悟があたしを家まで送ってくれたときのことだった。
「なんだお前根性無しだな(棒読み)」
悟は不機嫌な顔を隠さないまま人差し指で乱暴に携帯電話を閉じた。
彼の精神状態を具現するがごとく、冷や汗が頬を伝っている。
あたしは悟の横を歩きながら、おずおずとした口調で質問した。
「パーティ・・・どうなったの?」
「輝夫は船酔いがどうしてもダメだからって、ほかの人に参加チケットを譲っちまったらしい」
悟は青ざめた顔を浮かべる。
「船酔いならしょうがないよ――どうしてそんな怒ってんの?」
悟はため息をひとつすると、絶望した表情で答えた。
「譲った相手が尾田だからだ」
「・・・え・・・?」
あたし、都倉理沙が悟との交際をはじめてからそろそろ一年が経とうとしている。
そろそろ夏が訪れるかという時候、叔父さんから手紙と四人分のパーティ参加チケットが届いたのだ。
ちなみに言っておくと、叔父さんは叔父さんでもカズヤ伯父さんとは別の叔父さんだ。
そこは家計図を見てもらったほうが早いので、家系図の画像を参照してほしい。
いとこの茜ちゃんからのメールによると、どうやら都倉家の一族は親友一人だけを招くようにお達しを受けたらしい。
でも、手元にあるのは“四枚の”チケット。
え・・・これってどういう意味?悟も都倉家の一族に含まれてるの?と思ったが、悟を含め、三人も友達を招待できるんだからプラス思考でいこう。
ということで悟と、あたしの親友の嘆紀薔薇子(なげきの ばらこ)ちゃん、そして悟の親友である輝夫さんを招待するはずだったんだけど・・・
悟が言うには、その招待チケットは尾田光宙の手元へと渡ってしまったらしい。
・・・嫌な予感しかしない。
「落ち着きなよ、悟。あたしは大丈夫、あんなストーカーのしてやるから」
「理沙が良くても俺は良くないんだよ・・・あいつが傍にいるだけでも生理的にマジ勘弁・・・」
悟は額を押さえるようにして項垂れる。
さて・・・どうしようか。
パーティが開催されるのは8月13日。まだ一ヶ月くらい猶予はある。
なんとかして尾田光宙の参加を阻止しなくてはなるまい。
あたしの家に二人で到着したとき、玄関先には輝夫さんと尾田が待っていた。
「本当に・・・申し訳ありませんでしたあああぁぁぁぁ!!↑↑」
輝夫さんは突然、某企業の社長のように私達へ下座(ゲザ)った。
悟は冷静に「わかったから、土下座はやめてくれ」と促す。
しかし、輝夫さんはさっきから「スイマセーン↑」「本当に申し訳アリマセンデシター↑↑」と泣きじゃくりながら土下座をやめない。
そんな様子を見ながら、尾田は私達に近づいてきた。
「ウエッヘッヘッヘwwwwコンチャースwwww暑いッスねえwwwwwオウフwwwww」
ただでさえ暑いのに、尾田の腹のたるみを見るとさらに暑さが増した気がする。
「理沙ちゅわんと会えてほんと嬉しィッフヒッヒッヒッヒッヒ!!」
尾田は不快な声を上げると、いきなりあたしの背中をべたべたとさすってきた。
脂っこい汗が服を通して背中へ浸透してくる。
きもッ!!
あたしは0.8秒くらいのディレイで前方へ回避し、悟の後ろへ身を翻した。
いま着てるこのワンピースは結構お気に入りだったんだけどな・・・もうだめだ、捨てよ。
「尾田ッ!!てめ、理沙に何しやがる!?暴れんなよ、暴れんなよ・・・(棒読み)」
悟はあたしを庇うように尾田へ対峙し、殴りかかろうとした・・・けど、すぐに後方へステップを踏むように回避した。
考えてみれば当然だ。
尾田のTシャツは全面的に汗でベトベトになっている。
顔、および手足も汗まみれになっている。
こ の 汚 物 に 触 れ た 瞬 間 人 生 が 終 わ る 。
だから殴れなかったのも仕方がない。
女の子の立場として考えてみればかっこよく殴ってほしかったけど・・・もしも逆の立場だったら同じ行動を取るだろうし、あたしに文句を言う権利はない。
そんな様子を見ながら輝夫さんは土下座をやめて立ち上がり、遠心力を利用して回転するように靴のかかとの部分で尾田の腹を蹴った。
「ブッヒィィィィ!!!」
尾田は突然の攻撃に対応できず、ズテーンと倒れる尾田。まるでゴキブリのようだった。
「尾田!今回お前を連れてきたのは二人の話をお前に聞かせるためなんだよ!いきなりセクハラか?セクハラか!?この小説の作者だってそんな行動はしねえよ!」
輝夫さんは倒れた尾田に怒鳴りつけるように罵倒した。
しかし、尾田はフヒィフヒィと立ち上がり、何事もなかったかのように「それじゃ、中(あたしの家)で話そうよ、ブヒヒィw」と言い放ちおる。
こいつ、絶対に輝夫さんの言ったことを聞いてないな。
こうやって会話しているだけで生理的にお断り申し上げたいのだが、家の中に入れてくれって本気ですか?
本音から言うと嫌なんだけど、輝夫さんが『話を聞かせる』と言っていたとおり、パーティに参加するのをやめるよう説得しなくてはならない。
暑い路上で会話を続けるのもだるいし、仕方なく四人で家の中に入ることにした。
・・・後で、雑巾を五枚くらい使って厳重に掃除しておこう。
あたし達は和室に腰を下ろした。
私の隣に悟、テーブルの反対側には輝夫さん、そしてゴキ・・・じゃなくて尾田。
まず最初に口を開いたのは輝夫さんだった。
「まず最初に、参加チケットを尾田に渡してしまい本当にごめんなさい」
彼は頭をテーブルにつけるようにして謝罪した。
「だけどさ・・・尾田のことは知ってるだろ?なんでこいつにチケットを渡したんだよ?言い訳なら聞くぞ」
悟がそう言うと、輝夫さんは頭を上げて説明をはじめた。
「実は――」
彼の話を簡潔にまとめるとこうなる。
1.パーティの参加チケットを受け取ったのはいいものの、船酔いがひどいからパーティに参加できそうにないのでチケットを人に譲ろうと思い、ブログにその旨を書いた
2.そのブログの記事を書いてから、毎日尾田が家に押しかけてくるようになった
3.警察を呼んでも催涙スプレーをかけてもまったく諦めてくれず、玄関先でギャーギャー騒がれて精神的に限界にきていたから結局チケットを譲ってしまった
「全面的に悪いのは尾田じゃねえか!とりあえず土下座しろこの野郎(棒読み)おう、早くしろよ(棒読み)」
悟は尾田に土下座をするよう求める。
しかし、尾田は想像の斜め上をいく言葉を放つ。
「それでさ、ブヒィ、8月13日がパーティで候ww?悟殿、理沙殿、拙者と一緒に現地まで行くのはどうかwwwwオウフwww」
こいつ、もう行く気満々だ。
悟は重そうに頭を手で押さえながら、尾田にこう言った。
「あのさぁ・・・(棒読み)
単刀直入に言う。尾田、パーティに来るな。
前から何度も言ってるよな?俺も理沙も輝夫もお前のことが嫌いなんだよ。
っていうか友達だと思ってない。
話がわかったらもう二度と来んじゃねえよ」
一瞬だけ、シーンと時が止まる。
沈黙を破ったのは尾田だった。
「フヒィwwwそれじゃあ、集合時間はいつがいいでござるかwww?デュヒィwwww」
こいつ、話聞いてない。
結局、尾田への説得は大失敗に終わった。
ああいう日本語が通用しない人に対しては、正論で攻めても無駄だと勉強できたのが唯一の収穫か。
人に迷惑をかける奴は、自分が人に迷惑をかけていることを自覚していない、とどっかで読んだことがある気がする。
平和的な戦法が使えないなら強制力を使うのみ。
茜ちゃんに連絡を入れて、気持ち悪いデブ男が来たら船内に入れないよう手配してもらおう。
事情を話せば茜ちゃんもわかってくれるはず。
あの後、時間も遅いから三人を帰して、私は一人で床を拭いていた。
尾田が通過したと思われるエリアのみ、やけに床がべたついている。
あたしは鳥肌を立てながらマスクを装着し、無心で雑巾がけをするしかなかった。
しかも、誰かに掃除を手伝って欲しいこういうときに限って、カズヤ伯父さんもふさ子おばさんも旅行中ときたもんだ。
『嫌な予感』、当たってた。