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東北方面隊震災対処訓練
「みちのくALERT2008」
〜マグニチュード8.0、震度6強、大津波発生!〜
東北方面隊は10月31日〜11月1日の間「東北方面隊震災対処訓練『みちのくALERT2008』」を行った。これは、近い将来高い確率での発生が予想されている宮城県沖地震への対処能力向上を目的に、東北方面隊全部隊はもとより、他方面隊等、施設学校、海・空自衛隊並びに岩手県宮古市から宮城県岩沼市までの太平洋に面した24自治体(宮城県、岩手県含む)、防災関係35機関並びに一般市民を含めた約1万8千名が参加するとともに、被害が予想される現地において訓練するなど、今までにない規模・内容となった。 1日目は主に被害状況の把握、行方不明者の捜索・救助、部隊集中の訓練を、2日目は給水、給食、入浴、医療支援などの民生支援訓練を行うとともに装備品等の展示を行った。 |
訓練は「31日05:30、宮城県沖を震源とするM8.0の地震が発生し、仙台市等で震度6強を観測、三陸沿岸部に津波が襲来し、死傷者が多数発生した。」との想定で隊員の緊急登庁、初動対処部隊の偵察行動で始まった。 ● 仙台駐屯地では隊員等が次々に登庁し、情報収集するとともに指揮所を開設したり、出動準備を行ったりした。また、各駐屯地業務隊では託児所を設け、隊員が安心して勤務できるよう、子供を預かった。 |
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● 発災情報入手から1時間で偵察ヘリが離陸できるように、パイロット等が24時間待機している東北方面航空隊(霞目駐屯地)では、日の出前の暗い中、営内者(駐屯地内に居住している隊員)や登庁した隊員により格納庫が開けられ、ヘリコプターが次々と搬出された。パイロットは直ちに命令受領するとともに機体の点検を行い、東北方面通信群の映像伝送組を掌握して払暁の空へと飛び立った。 | |
● 宮城県利府町の住宅地では「家屋が倒壊、連絡が途絶」との想定により、福島の第44普通科連隊が派遣された。公園での命令下達後、数人ずつの組に分かれ行方不明者捜索のため路地に散っていった。団地内には町内会が作成した「訓練実施中」の看板が立てられていたが、住民や下校中の小学生は突然の迷彩服姿の隊員を珍しそうに見守った。 | |
● 三陸沿岸地域は離島も多く、津波の際は船舶が航行できない。このためヘリによる孤立者救出、傷病者の空輸訓練も数ヶ所で行われた。気仙沼市の大島では大型ヘリによる救出訓練が行われたが、訓練に先立ち、市が訓練参加者を募ったところ、離島の大島中学校が「防災訓練の一環」として参加を申し出た。本中学校を含め80名の小中学生が訓練に参加した。 | |
● 南三陸町袖浜海岸や釜石市埋立地では、「津波により多数の家屋が流出した」との想定で隊員が警察、消防と協力して、捜索・救出訓練を行った。倒壊したとされた旧清水小学校では、散乱する机や瓦礫の中からの救出訓練を行った。 | |
● 「地震により橋の強度が低下した」とした想定により宮城県石巻市の飯野川橋付近では、第1施設団(茨城県古河駐屯地)や施設学校(茨城県勝田駐屯地)の増援を受けた第2施設団が「民間支援車両にやさしい橋」をキャッチフレーズに約220mの浮橋を昼夜間作業で完成させた。2日目は市民も渡河を体験した。 | |
◆ 岩手県遠野市早瀬川では、第9施設大隊(八戸駐屯地)が保有する自走架柱橋で応急的に橋をかけた。 | |
● 2日目、11月1日は給水、給食、入浴、医療などの民生支援の訓練を行うとともに装備品展示を行った。 | |
●今回は51名の予備自衛官及び即応予備自衛官も参加し、給食支援訓練を実施した。(左肩のマークに注目) | |
◆海上自衛隊との連携 | |
◆他機関との連携 | |
DMATや日本赤十字、日本救助犬協会との連携も各地で見られた。 | |
● 岩手・宮城内陸地震災害派遣における教訓事項の一つであった報道対応要領についても訓練が行われた。各訓練会場には隊員が扮する模擬記者が取材に訪れ、撮影を行うとともに隊員にインタビューを求め、記事を書いた。 これと並行して、実際の報道機関に対する取材ツアーや部内・外者への研修も組まれた。また、各会場には多くの市民が見学に訪れ、その数は約7000名にのぼった。 |
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● 東北方面総監宗像陸将は今年4月、三陸沿岸地域を視察するとともに、各自治体の首長を表敬した。この地域は明治三陸津波やチリ地震津波など大きな津波を何度も経験し、多くの犠牲者を出している。これらの教訓から各種施設の整備を進めるとともに、市民参加の防災訓練を積極に行ってきた。視察を終えた総監は「自治体職員や住民の防災意識の高さを実感するとともに、蓋然性の高いこの状況に際し東北方面隊として何ができるのか。何を準備すればよいのか。」との想いを強くした。また、「この種訓練は現地で行うことに意味がある。」として実動訓練の具体化を指示した。 自治体との調整担当者は、この「想い」を携えて年度当初から粘り強く調整を行った。広報や研修担当者はいかにしたら訓練をわかりやすく説明できるかに知恵を絞った。数日前から各会場では木材や鋼材が積まれ、被災者役としてのマネキンが埋められるなど、リアリティーのある訓練ができるよう準備された。また、見学に来た一般市民のために説明用の看板が立てられた。 参加した隊員は計画段階から手探り状態であったが、傷病者として参加してヘリで空輸された島民の「このような訓練に参加でき、安心感を得た。このような訓練は必要だ。」との感想が表すように、訓練内容はまさに「震災対処活動を体験」出来るものとなり、それゆえに「住民や関係機関との危機意識を共有」できた訓練でもあった。 この訓練に関する成果はまとめられ、後日各県への説明も行われる予定である。 |