マンガと法律 93th ベン・トー 第1話より
テーマ:マンガと法律1 はじめに
今回は、新番組「ベン・トー」の第1話
「ネバれ、納豆オクラ丼ぶっかけチーズトッピング弁当 440kcal」から、法律問題を検討してみたいと思います。
しかし、今期のアニメはどうもぶっとんだ設定が多いような感じがします。
スーパーで半額弁当めぐってバトルというのは
普通に考えて、他の客に迷惑だろう。
小生も、昔の仕事柄多くのスーパーを見てきましたが
当然のことながら、こんなスーパーは一軒も存在しません。
2 事案と問題
2-1 第1話 「ネバれ、納豆オクラ丼ぶっかけチーズトッピング弁当 440kcal」あらすじ(公式サイトより)
寮の近くにある閉店前のスーパーに入った主人公・佐藤 洋。
彼の目の前で半額シールを貼られた弁当に手を伸ばしたその直後、凄まじい戦いに巻き込まれて意識を失ってしまう。
しばらくして目が覚めたときには、なんと半額弁当は全て消えていた。
そして偶然、その場で同じ学校の白粉花と出会う。
翌日も同じスーパーに向かってみるが、佐藤は再び気を失ってしまう。
その後店員から聞いた《氷結の魔女》の話。
また次の日も佐藤はスーパーへ再び向かっていくが・・・。
2-2 事案の概要
佐藤洋(以下、「佐藤」とする)は、スーパー(以下、「本件スーパー」とする)で半額の弁当(以下、「本件弁当」とする)を発見する。
それに目がくらんだ佐藤は、本件弁当に駆け寄るが
それを妨害せんと、とある男がいきなり殴りかかる。
そして、別の男がさらに殴りかかり(このふたりについては、特に名前がないようなので、便宜上、「Aら」とする)
とどめに槍水仙(以下、「仙」とする)に蹴りを食らい、ゴンドラ(什器)2つ分吹っ飛んでしまう。
そして、そのまま意識を失い、大怪我をしてしまう。
2-3 問題
これらの行為について、仙の罪責を論じるのが今回の問題です。
3 検討
3-1 どの構成要件で検討するか
3-1-1 概説
傷害罪(刑法第204条)か、強盗罪(刑法第236条)か
実のところ、少々難しいところがあります。
仙とすれば、本件弁当を確保するため、それを反抗抑圧するに足りる暴行(※1)を加えているので
強盗罪とも考えられます。
3-1-2 強盗罪(1項)とは
まず前提として、強盗罪における「暴行又は脅迫」の相手方は、「財物」の占有者でなくてもかまいません。
財物「強取」について、障害となる者であればそれで足ります(大判大元.9.6、最判昭22.11.26)。
つまり、佐藤が占有主体でなくても、強盗罪は成立しうるわけです。
ところが、権利者自身、権原を放棄していたという事情があればどうでしょうか。
本件では、「財物」たる本件弁当は、既に売り物になっており、正当に金銭を支払うことを前提とすれば、本件弁当は既に権利者たる本件スーパーの手から離れていたという評価もできます。
しかし、そのような理解をしてしまうと、本件弁当の占有者はいったい誰になっているのでしょうか。
佐藤ではありません。まだ、手にとっていない仙やAらでもありません。
誰の占有物でもなくなってしまい、占有離脱物という扱いになってしまいます。
「強取」とは、占有奪取を意味しますので、占有離脱物である場合には、「強取」にはあたりません(※2)。
また、このような理解だと、仮に本件弁当を万引きすると、窃盗罪(刑法第235条)ではなく、占有離脱物横領罪(刑法第254条)になってしまい、一般的な刑事実務の常識から離れます(※3)。
そうすると、本件弁当は、いまだ本件スーパーにあると考えるのが自然でしょう。
→少なくとも、誰の手にもとられていない段階では。
そのように考えると、本件スーパーは占有移転それ自体は承諾していたわけです。少なくとも、カネを払うことを条件として。
本件では、金銭の支払意思についてはまったく問題にならないので
本件スーパーが占有移転について承諾していた以上は、「強取」にあたる余地はありません。
したがって、1項強盗罪(刑法第236条第1項)は成立しないことになります。
3-1-3 2項強盗罪(同条第2項)について
刑法第236条第2項は
「前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。」
とあります。
「前項の方法」とは
「暴行又は脅迫」を意味します。
「財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた」とは、何を意味するのでしょうか。
問題は、「財産上不法の利益」なんですが
これは、かなり広く解されています。
財物は1項で問擬されるので別として、サービスや債務免除などが代表です。
それでは、仙の「本件弁当を自分の(排他的)占有のもとに置くという利益」が2項強盗でいうところの「利益」にあたるのでしょうか(※4)。
財産上の利益は、一時的なものでもかまいませんが(※5)
確定的なものでなければならず、その利益が実現するかどうか分からない状態では、「利益」とはいえないでしょう。
と、いいますのも、不確定的なものまで「利益」としてしまうと、反抗抑圧の要件さえみたせば、何でも強盗になってしまいます。
→たとえば、今ここで暴行又は脅迫を受けて、試験勉強に対する反抗抑圧を受けたとする。試験勉強ができなかったから、司法試験に落ちた。司法試験に合格するという利益を不法に奪われた。なんてことも言いえてしまう。
本件は、あくまで期待権です。
仮に仙やAらによる暴行がなくても、本件弁当を確保できたという保障はどこにもありません。
そうすると、2項強盗も成立しないとも思えます。
3-1-4 占有移転時期の再考察
ただ、このように解すると、仮に佐藤が本件弁当を手に取った直後に暴行を加えて、本件弁当を仙が奪取すれば、1項強盗となるのに対して、本件弁当を手にしていない状態では、強盗に問われない。このようなわずかな時間的先後で、罪責が大きく異なるのはおかしいのではないか、という批判があります。
たしかに、このような批判は傾聴に値するでしょう。
そこで、本件弁当を現実に手にしていなくても
事実上、他に誰もそれを取る人間がいない状況であれば
占有移転を認めてもいいのではないか、という見解も成り立ちえます。
→事実上の占有移転。
しかし、本件では、坊主や茶髪などが、半額シールがはられるのを虎視眈々と狙っているわけです。
そのためにバトルが発生するわけです。
そうすると、仮にこの見解に拠ったとしても
現実にそれを手にするまでは、占有移転は到底認められないと考えるべきです。
3-1-5 まとめ
そうすると、本件では強盗罪は成立せず、強盗致傷罪(刑法第240条前段)も当然成立しないことになります。
3-2 傷害罪について
3-2-1 共同正犯(刑法第60条)の成立について
仙の行為それ自体、傷害罪にあたることは疑いないでしょう。
問題は、それがAらとの共謀のもとで行なわれたかです。
Aらとは明示的な共謀関係にありません。
それどころか、お互いが弁当を取り合う敵同士です。
ただ、豚(※6)を排除するため、暗黙の元に共闘したということも考えられます。
このあたりは、実のところ評価材料がないのでなんともいえないのですが
仮に、共謀がなくても
傷害の場合は、同時傷害特例(刑法第207条)がありますので
共犯として扱うことができます(※7)。
3-2-2 錯誤の問題
ただ、スーパー内でのバトルそれ自体は、暗黙の了解となっています。
半額神もそれを黙認しています。
弁当購入者もそのルールは理解している者もいます。
ただ、理解していない者(豚の他に、アラシなど)がいることも事実です。
そういった存在に対して、暴力で排除して
同意の錯誤、承諾の錯誤といえるのでしょうか(刑法第38条参照)。
豚などに対する対処方法については、原作を読んでいないのでわかりませんが
少なくとも、彼らの存在が明らかである以上は
同意の錯誤などという問題は発生しないと考えます。
3-3 結論
そうすると、本件では仙に傷害罪が成立します。
4 おわりに
財産犯の検討で重要なのは、占有主体、占有移転態様など、占有がどういう形で変化したかという点です。
これによって、窃盗であったり強盗であったり、罪名が異なってくるわけです。
また、一度整理して覚えてしまえば、後は、事実認定とあてはめだけなので
それほど苦労することは実はないのかなという気はします。
ただ、強盗を出発点に占有についてあーだこーだと書くのは正直初めてですので
理解に誤りがあるかも知れません。
その際は、ご指摘くだされば幸いです。
※1 暴行の意義について、最判昭24.2.8。これについては争いはないでしょう。
※2 なお、占有者が占有奪取されたことを認識している必要はない。財物奪取に被害者が気づかなくても、「強取」にあたる(最判昭23.12.24)。
ただ、占有移転が要件である以上、法律上占有移転とされる事実評価ができないと、「強取」にはあたらない。
※3 本件ではカネを払う意思があるので、万引きとは事案が異なるという批判もあろうが、そもそも行為者の主観的意思で占有主体が異なるというのは、奇妙な話である(故意や錯誤の話ではない)。
※4 なお、「不法の利益」とあり、「本件弁当を自分の占有のもとに置くという利益」は、別に不法ではないではないか、という意見もあろう。これについて、条文上「不法の」とあるが、意味としては「不法に」ということなので、当該利益の奪取方法が「不法」であることを意味し、利益そのものが「不法」である必要はない。
※5 たとえば、債務の支払いを免除するのではなく、一時猶予してもらうことも、「利益」に含まれる。
※6 豚とは、スーパーマーケット内での暗黙のルールを理解せず、礼儀を持たず半額弁当を求める人たちへの蔑称の1つ。主に一個人を指して使用する。
※7 つまり、佐藤のキズが仮に仙によったものでなくとも、暴行自体は認められる以上、Aらが仙かいずれかのものであることさえ証明できれば、仙も傷害罪として扱われることになる。
他方で、単に傍観していた白粉花については、同時特例の適用はない。
TVアニメ 公式サイト↓↓
<<参照条文>>
刑法
(故意)
第三十八条 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
2 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
3 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。
(共同正犯)
第六十条 二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。
(傷害)
第二百四条 人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する
(同時傷害の特例)
第二百七条 二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、又はその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例による。
(窃盗)
第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(強盗)
第二百三十六条 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
(強盗致死傷)
第二百四十条 強盗が、人を負傷させたときは無期又は六年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する。
(遺失物等横領)
第二百五十四条 遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
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