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アメリカの属国になったイギリス

2003年7月29日   田中 宇

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 かつてヨーロッパ諸国が覇権を争って対立と合従連衡を繰り返していたころ、沖合いの島国イギリスは、大陸での紛争に巻き込まれるのを避けるため、大陸諸国のどことも特に親しい関係を結ばず「栄光ある孤立」と呼ばれる状態を維持しつつ、大陸各国との距離のバランスをとりながら外交を展開していた。どこにも従属せず、自立しているのがイギリスの安全保障の要点だった。

 だが今、こうしたイギリスの戦略的な伝統は、急速に失われつつある。イラク戦争後、イギリスは軍事面や司法面でアメリカに従属する傾向を強めており、すでにイギリス軍は、大規模な軍事行動はアメリカ軍の傘下でのみ行うという前提で、新たな組織改定に入っている。この件で、中道左派系の新聞「オブザーバー」は7月20日に「国をアメリカに売り渡すな」という政府批判の論説を載せている。

 批判されているポイントはいくつかある。一つは、6月下旬に英国防大臣が発表したイギリス軍の長期戦略の指針の中で「もっとも大事なことは、今後イギリスがアメリカ抜きで大規模な戦闘を行う可能性はほとんどないと思われることだ」と分析し、イギリス軍がアメリカ軍の傘下に入る度合いを高めることで、攻撃の速さや正確さ、柔軟さなどを確保する方向性を打ち出したことである。

 また、7月17日の「わが国は属国になった」と題するガーディアン紙の記事などによると、イギリス軍の潜水艦部隊はアメリカの巡航ミサイル「トマホーク」を大々的に導入すべく改装を行っているが、トマホークはアメリカの許可なしには発射できない。トマホークは米企業レイセオンの製品で、イギリス軍には2001年から配備が開始され、イラク戦争前に95発を売ってもらい、米本国以外で初めての大量供与となった。だが、トマホークは、地図とミサイル直下の実際の地形と照合して誘導するターコム(Tercom)と、GPS(衛星を使った位置測定システム)というアメリカの2つのシステムがないと飛ばせず、イギリスにとって対米従属を強いるミサイルとなっている。

▼4000億円払っても見せてもらえない戦闘機のプログラム

 1997年に就任したブレア政権は、当初はEUとアメリカをバランスした外交戦略を採っていた。軍事面でも、アメリカのトマホークやトライデント(弾道ミサイル)の開発に首を突っ込む一方で、EUが手がけるユーロファイター戦闘機の開発にも参加した。当時の米クリントン政権は、イギリスのいいとこ取り戦略に比較的寛容だった。だがブッシュ政権に入り、世界を軍事的に一強支配しようとする傾向が強まると同時に、軍事情報を他国に漏らさない政策が強化され、イギリスにもなかなか教えてくれなくなった。

 イギリスを代表する軍事メーカーBAEシステムズが、2001年にアメリカの次期戦闘機F35の開発に参加することになったとき、米国防総省はBAEに対し、それまでの共同開発よりずっと厳しい情報公開の条件を出してきた。英政府は、F35に対して20億ポンド(4000億円強)もの開発コストを負担したにもかかわらず、BAEは部分的にしかシステムのプログラムコードを見ることができず、アメリカの許可なしには自社開発分のシステムを他に転用できないという不利な状況を受け入れるしかなかった。

 2010年から配備される予定のF35は、高度にコンピューター化された戦闘機で、ハードよりソフトのプログラムが軍関係者に重視されている。イギリスの国防体制に合った戦闘機配備をするにはプログラムを修正する必要があるが、現状ではアメリカに頼まないとそれができない。こうした面でも、イギリスは軍事的にアメリカへの従属性を強めている。

 BEAはアメリカの軍事開発に参加するとともに、911以降の軍事費拡大によって急成長する世界最大の軍事市場となったアメリカに兵器を売り込もうと、2つの子会社を作った。だがここでも、機密を重視する国防総省の規制により、アメリカの子会社は社長がイギリス人ではなくアメリカ人であることが必須で、イギリスの本社にビジネスの詳細を伝えてはならないことになっている。

 こうした規制を受け入れた結果、BAEは国防総省に兵器を供給する6大企業の一つとなった。さらにアメリカに食い込むため、BAEはアメリカのボーイングもしくはロッキードと合併することを検討している。ブレア首相は7月中旬にワシントンを訪問したが、その目的の一つは「BAEがアメリカ企業と合併する際には、国防総省の機密規制をBAEに対して解除・緩和してほしい」と頼むことだった。(関連記事

 機密が緩和され、BAEがアメリカの軍事情報にアクセスが可能になれば、それを活用してBAEは最先端の兵器を開発できる。合併相手と目されるボーイングもロッキードも、BAEより何倍も大きな会社で、合併するとイギリス側の自立性は失われるが、その代わり最先端の軍事技術が得られるから、その方が良いという考えだった。

▼ブレアへのごほうびは拍手だけ

 ところが、訪米したブレアの頼み事は見事に拒否された。アメリカの議会や国防総省には、イギリスを含む他国への重要軍事技術の供与に猛反対している人がたくさんおり、すでに今年5月には米議会が、F35の機密がイギリスに供与されることを阻止する動きをとっている。(関連記事

 しかも米英間には、ブレアの訪米直前に、イラク戦争の開戦事由として使われた「イラクがアフリカのニジェールからウランを輸入して核兵器を開発していた」ということを示す証拠文書がニセモノだったことをめぐり、紛糾が起きている。英米の政権中枢では、この証拠がニセモノだと感づいていながら、おそらくイラク戦争前に米中枢で激化した「好戦派vs慎重派(ネオコンvs中道派)」の対立の一環として、誰かが誰かをおとしいれるために、わざと「本物の証拠」として、ブッシュ大統領の演説やイギリスの報告書の中に組み入れられた可能性がある。

 ところがアメリカでは、6月にこのニセ文書が問題になり出した後、「イギリス諜報部がこんな情報を持ち込んだことに責任がある」と、責任をイギリスになすりつけてしまった。さらに返す刀で、アメリカのタカ派勢力は「イギリスを信用できない以上、戦闘機の軍事機密を渡せることなどもってのほかだ」と言い出した。

 訪米したブレアは、7月17日に米議会で演説し「正義と民主主義を愛するアメリカ」を絶賛し、議員たちから拍手喝采を浴びた。だがその一方で、ブッシュに頼み込んだ軍事機密の供与は断られてしまった。またブレアは、ブッシュに対して「一強主義より多極主義がよい」「イラク復興は国連中心でやるべきだ」といったアドバイスも行ったが、いずれも拒絶された。ブレアが受け取ったのは「俺たちと組みたいのなら偉そうにするな」という、アメリカの一強主義者たちからのメッセージだった。

▼証拠がなくても容疑者引き渡し

 911以降、アメリカの軍事費が急増しているのは事実で、イギリスの軍事産業がアメリカに食い込みたくなるのは当然だ。その一方でアメリカは、ヨーロッパ大陸の軍事産業は、アメリカからの妨害分断戦術にさらされ、弱い状態にある。

 アメリカのタカ派から嫌われているフランスの軍事産業は米市場から締め出され、米国防総省はアメリカの軍事産業各社に対し、6月に開かれたパリの航空ショーには行くなと命じたりしている。その一方で、親米の傾向が強いイタリアに対しては、アメリカの投資会社カーライル(911後、ブッシュ家とビンラディン家をつないでいたことで有名になった会社)が、イタリアの軍事メーカーであるフィンメカニカ(Finmeccanica)と組んで、米伊の両方で投資を拡大しようとしている。(関連記事

 アメリカがますます強くなり、欧州大陸勢が弱められている現状では、イギリスがますますアメリカに傾くことは自然な動きかもしれない。だが、911のインパクトを格好の口実に、国庫を借金漬けにして軍事費を急増させている米政府のあり方は明らかに異常で、このような不正常が長く続くことを前提としたイギリスの戦略には危うさがある。

 最近のイギリスは、司法面でも、アメリカに一方的に従わねばならない従属国になる傾向が強まっている。

 イギリスは3月末、アメリカとの間で犯罪容疑者の引き渡しに関する条約を結んだが、イギリスは引き渡しの理由について明らかな証拠がアメリカ側から提示されなくても、要求された人物をアメリカに引き渡さねばならない、という内容になっていることが後から判明した。こうした不合理はイギリス側だけが負い、アメリカ側はイギリスから証拠なしの容疑者引き渡し要請には応じなくてよいことになっている。こんな不平等条約が英国民が知らないうちに締結されていたことに対し、イギリス国内では反対の声はあるものの、大きな運動にはなっていない。(イギリスでは右派マスコミが強くなり、反米的な世論を抑えている)(関連記事

 またブッシュ政権は、アルカイダの関係者としてキューバのグアンタナモ米軍基地に拘留しているパキスタン系の2人のイギリス人について、秘密法廷で死刑宣告するかもしれないという状態に置いており、これにイギリス政府が抗議したが取り合わず、イギリスの世論をわざと逆なでするようなことをやっている。(関連記事

▼日本と同じになったイギリス

 ブレアは911事件以来、アメリカのふところ深く入り込んで一心同体の同盟国になり、アメリカが間違った世界戦略をとったときには忠告して方向転換させる影響力を持つという戦略で動いてきた。ふところ深く入り込むことで、軍事技術情報も得られるという目算だった。その戦略に沿って、雄弁ですがすがしい感じのブレアは、演説がまるで下手なブッシュに代わり、アメリカがなぜイラクに侵攻しなければならないかを世界に向けて語り続け、開戦にこぎつけた。イギリス軍は多くの戦死者を出しながら、アメリカ軍を補佐してイラクで戦った。ブレアの協力がなかったら、ブッシュはイラク侵攻を達成できなかっただろう。

 ところが、イラク戦争が終わってみると、ブレアはほとんど「使い捨て」の状態になっている。911以降、アメリカは「同盟国なんか不要だ」「どうしても同盟国になりたいのなら、従来よりずっと従属的な立場で我慢せよ」という態度をとっており、イギリスに対してもそのような態度を崩さなかった。

 ブレアは7月17−18日にワシントンを訪問した後、東京に向かった。7月19日夜、小泉首相との会談を終えた後、小泉とともに記者会見に臨んだブレアは、疲れ切った青ざめた様子で、イギリスの同行記者団から厳しい質問を投げかけられ、返答できずに立ちすくんでしまった。異変を感じとった小泉が機転を利かせ、その場で記者会見を打ち切り、ブレアを押し出すような感じで会見場から出て行った。翌朝の小泉との箱根での朝食会でも、テレビに映ったブレアは気もそぞろで、視点が定まっていない感じだった。(関連記事

 ブレアは、ワシントンから東京に向かう飛行機の中で、デビッド・ケリー博士が死んだという連絡を受けた。ケリー博士は、イギリス国防省で働いていた大量破壊兵器の専門家で、政争の渦中にあった。この政争は、ブレア政権がイラク開戦に向け、フセイン政権が大量破壊兵器を持っていると考えられる根拠として発表した2つの報告書にウソや誇張が多い、と公営放送BBCが報じたことに端を発している。ケリーは、この報道の情報源だったことを政府から暴露され、議会で証人喚問されて議員から罵倒され、そのショックで自殺したのではないかと報じられている。(ケリーの死は他殺ではないかとの見方もあるが、それについてはまだ事態が動いており、改めて書きたい)

 イギリスの多くの新聞は、ブレアの茫然自失はケリー博士を自殺に追い込んだ責任を感じたためだと書いていたが、私はそれだけではなく、ワシントン訪問でブレアの主張がまったくアメリカ側に受け入れられなかったことが大きなショックになっているのではないかと感じた。ブレアは、開戦事由についてウソの報告書を出し、そのために後でブレア自身の政治生命も危うくなり、ケリー博士を死に追い込み、イラクを大混乱に陥れて一般市民と自国の兵士に犠牲を強い、そうまでしてアメリカのためにイラク戦争を達成したのは、いったい何のためだったのか、と絶望的な気持ちになっていたのではないか。今のところ真相は分からないが、私にはそんな風に見えた。

 さらにいうと、小泉首相が茫然自失のブレアを励ます光景もテレビに映ったが、何だか小泉さんはブレアの不幸を喜んでいるかのような、どことなくにやけた表情だった。これはもしかすると「ブレアさん、イギリスもようやく日本と同じになりましたね。日本は60年前からアメリカの属国ですが、少し自尊心を曲げさえすれば、属国というのもなかなか良いものですよ」などと言いたかったのではないか、と考えた。

 


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