2011-11-30
超危険ウィルスはどのようにして作られたか
Image from Wikimedia
オランダ・エラスムス医学研究センターのRon Fouchier博士が、人に感染する恐れのある超危険ウィルスを作成したと話題になっています。このウィルスに感染すると、かなり高い確率で死に至ると予想されています。
Scientists Brace for Media Storm Around Controversial Flu Studies: ScienceInsider
このウィルスは、A型インフルエンザウイルスのH5N1亜型、いわゆる高病原性トリインフルエンザウィルスから作成されました。この元になったトリインフルエンザウィルスのRNAに5つの変異を入れたものが、今回の超危険ウィルスです。
Fouchier博士らは、この研究成果をまとめた論文をScience誌に投稿しました。しかし、この研究内容が公表されるとバイオテロなどに利用されてしまう恐れがあるため、アメリカ国立科学バイオセキュリティ顧問委員会(NSABB)にて、公表すべきか否かについて現在審議中です。
本委員会の委員長で微生物遺伝学者のPaul Keim博士は、「こんな恐ろしい病原菌は他には考えられない。このウィルスに比べれば、炭疽菌などとるに足らないものだ。」とコメントしています。
なお、時を同じくして東京大学およびウィスコシン大学の河岡義裕教授も同様の研究成果をまとめた論文を投稿中であり、Fouchier博士らの論文とともに審議中とのことです。
・超危険ウィルスがどのように作られたかを予想してみる
気になるのは、このような超危険ウィルスがどのように作られたのかということです。このウィルスが作られる元となったH5N1高病原性トリインフルエンザウィルスは、その名の通り、主に鳥類間で感染します。以前、このウィルスの感染拡大を防ぐために多数のニワトリが殺処分されたことは記憶に新しいところです。
このウィルスは鳥から人にも感染しますが、感染力はそれほど強くないようです。また、人から人への感染例は報告されていません。しかし、ひとたび感染すれば、60%ほどの確率で死に至ります。
つまり、Fouchier博士や河岡教授の研究チームは、このウィルスに感染能力をパワーアップさせるような変異を起こさせ、超危険ウィルスを作成したものと考えられます。
Fouchier博士と河岡教授の両研究チームの過去の論文を検索すると、予想通り両方ともインフルエンザウィルスの感染メカニズムについての成果を発表していることが分かりました。
Virulence-Associated Substitution D222G in the Hemagglutinin of 2009 Pandemic Influenza A(H1N1) Virus Affects Receptor Binding: J. Virol. (Fouchier博士らの論文)
Avian-type receptor-binding ability can increase influenza virus pathogenicity in macaques: J. Virol. (河岡教授らの論文)
さらに以下の記事では、Fouchier博士らが行った研究について、詳細には触れずにさわりの部分だけ報告しています。
Five easy mutations to make bird flu a lethal pandemic: New Scientist
これらの情報から、超危険ウィルスの作成レシピは、簡単にまとめると以下の通りだと推察されます。
1. ウィルスが宿主の細胞に取り付くための遺伝子をいじった。
3. 感染したフェレットから健常フェレットに感染させることを繰り返した。
5. 進化したウィルスを調べ、強い感染力の原因となる変異遺伝子を特定した。
6. 5で特定した変異遺伝子を持たせた改変ウィルスをフェレットに感染させ、この改変ウィルスが強い感染力を持つことを確認した。
インフルエンザウィルスの表面には、ヘマグルチニンという糖タンパク質が突き出ています。インフルエンザウィルスは、このヘマグルチニンによって動物の細胞表面を認識して結合し、感染します。トリインフルエンザが主に鳥に感染し、人に感染しにくいのは、このヘマグルチニンが鳥の細胞表面のN-アセチルノイラミン酸にくっつきやすいのに対し、人の細胞表面のそれを認識するのには適した構造を持たないためと考えられています。
つまり、トリインフルエンザウィルスのヘマグルチニンを作る遺伝子を変えてやり、ほ乳類の細胞に感染できるようなアミノ酸組成を持つヘマグルチニンを合成する改変ウィルスを作ったのだと思われます。
Fouchier博士らは、最初の段階でウィルスに変異を3ヵ所入れたそうですが、そのすべてがヘマグルチニンに関する変異かどうかは不明です。
・ウィルスをさらに進化させる
その後、インフルエンザウィルスの感染に対して人と似た反応を持つフェレットを使い、この改変ウィルスを感染させて感染力があることを確かめました。さらに、フェレットからフェレットへの感染を10回繰り返しました。最初は接触しないと感染しなかったのに対し、10回感染を繰り返した後には空気感染をするようになったそうです。この過程で、ウィルスにさらなる変異が起きるのを促し、感染力がさらにパワーアップしたウィルスを作り出したのです。
この進化したウィルスの遺伝子を調べ、すべての進化ウィルスに共通して起きた2つの変異を特定しました。最終的な進化ウィルスの総変異数は、最初に人工的に起こした3つの変異と合計して5つ、ということになります。
最後に、この5つの変異を元のトリインフルエンザウィルスに入れ、改めてフェレットに感染させて強力な感染力と致死効果があることを確認したものと予想されます。
フェレットに感染して進化したウィルスに起こった2つの変異が、ウィルスのどの機能に関わるものかは不明です。ただ、感染力が強まったことから、やはりヘマグルチニン関係の変異である可能性もあります。
いずれにしても、施設と材料さえあれば、誰でも人工的に超危険ウィルスを作ることができることを示したわけです。【注→*1】
・何のためにこんなことを?
今回のニュースで、このようなウィルスを作り出した研究者らをマッドサイエンティストだ!などと批判する声をネット上で目にします。
しかし、このような研究は、あくまでもパンデミックになるのを防いだり、ウィルス感染後の対処法を確立するためのものです。
高病原性トリインフルエンザウィルスは、自然界でも変異が起きやすく、人に対して高い感染力を持つ型がいつ出てきてもおかしくない状況です。あえて人に感染しやすいウィルスを作り出すことで、その感染メカニズムを知り、その知見を使って新たな薬を創り出して先手を打つこともできます。
とはいえ、今回作り出された超危険ウィルスの作製法が公開されれば、それを悪用される危険性も無視できないものとなるの事実です。
研究者が自由に研究をする権利と情報の制限という2つの大きな問題が浮き彫りになった、今回の騒動でした。*2
【関連記事】
*1:仮に今回の論文が発表されなかったとしても、過去の論文を調べれば、ウィルスのどの遺伝子に変異を入れればこのウィルスが作れるかは見当がつくでしょう。2つの研究チームが同様の結果に至ったことからも、他の研究者にも思いつくアイディアで、再現しやすい手順を経ていると思われます。今回のブログ記事にも、具体的な遺伝子名やタンパク質上のどのアミノ酸が変わっているかなどの予想も書こうと思えばかけたのですが、あえてやめておきました。
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