記事が出た日の夜からEマートは「寝る」暇もなくなった。Eマートを運営する新世界グループの経営陣は、ウォルマート関連の記事が掲載された新聞を前日に入手し、これを役員に配布して夜中に会議を行った。当時、商品本部長を務めた洪忠燮(ホン・チュンソプ)新世界流通研修院教授は「人工衛星を所有するウォルマートに勝つには価格で勝負するしかないが、ここで押し切られたら終わりだ」と訴えた。この発言を受けて、当時の社長だった黄慶圭(ファン・ギョンギュ)新世界流通研修院教授は「ウォルマートのセール商品について調べ、例え10ウォン(現在のレートで約0.07円、以下同じ)でも安く売れ」と指示し、文字通り開戦を宣言した。新世界グループの李明熙(イ・ミョンヒ)会長は、グループの主力となる人材の多くをEマートに投入した。Eマートの社員たちは翌日からウォルマートに出向いて価格を徹底的に調べた。するとEマートの価格は全ての商品でウォルマートに比べて10ウォン安くなり、買い物客は一斉にEマートに足を向けた。このころを境に、韓国では「マート」と呼ばれる大型スーパーの時代が本格的に始まった。
現在、当時のウォルマート社員を雇用しているのはEマートだ。2006年にウォルマートは16あった店舗をEマートに売却して韓国から撤収した。このころのEマートの売り上げは1兆1400億ウォン(現在のレートで約778億円、以下同じ)ほどだったが、昨年は12兆6000億ウォン(約8600億円)へと一気に膨れ上がった。Eマートを運営する新世界が納めた法人税は、1998年には31億ウォン(約2億1200万円)だったが、昨年は3569億ウォン(約246億円)へと115倍に増えた。自営業者の多くは納品することで、また消費者はマート間の競争で低価格の恩恵を受けている。もちろん自営業者の多くが大型スーパーの進出で苦しんでいるのも事実だ。そのため3569億ウォンの税金は、生き残りをかけた経営に迫られている自営業者のために使うべきだろう。あの日の夜、Eマートの経営陣が黙って寝ていれば、今の成功は全てウォルマートの手に渡っていたに違いない。
現在、韓国でFTA反対論者たちが声高に叫んでいる「寝るな」というスローガンが、本当に必要なものかは分からない。だが、むしろこのスローガンは、政権末期に力を失った政府に対抗するためではなく、今後韓国に上陸してくる米国の巨大資本に対抗するために必要なものではないだろうか。