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【蹴球探訪】

原委員長が明かす新監督誕生の裏側

2010年9月27日

なかなか交渉がまとまらなかったザッケローニ監督就任の経緯などについて語る原博実強化担当技術委員長

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 2014年ワールドカップ(W杯)に向けた日本代表の新指揮官選考を担当し、ザッケローニ新監督(57)の招へいを決めた日本サッカー協会の原博実強化担当技術委員長(51)が、代表初のイタリア人指揮官が誕生するまでの経緯と、新監督の素顔を語った。原技術委員長がほれ込んだ人間性、日本流の良さをもどん欲に吸収しようとするザック新監督の積極的な姿勢が、あらためて浮き彫りになった。 (聞き手・上條憲也、松岡祐司)

◆決勝T進出で日本の評価上昇

 原監督代行のもとで1−0の勝利を収めた4日のパラグアイ戦。その夜、宿舎内で開かれたスタッフミーティングで物静かなイタリア人指揮官が初めて「口」を開いた。メモ帳を片手に「観察」に徹していたザッケローニ監督は、原監督代行から試合の一場面について感想を求められ、一気にまくし立てたという。

 原委員長「どう? って聞いたら、『これはなー』って言い出して。しゃべり出したら、熱いな。戦術が細かい。うわっ、言い出したら細かいから言わないようにしてんだって思うくらい。ちょっと言ってくれとは言ったけど、いくらでも話してそうな感じだった。『イタリアの戦略家』って言われていたくらいだから、やりだしたらもっと細かいこと、守備面のやり方とかありそうだね。やっぱり、いろんな思いはあるんだろうな」

 ザッケローニ監督の就任に至るまで、選考と交渉は予想外に長期化した。交渉手腕に懐疑的な視線を向けられ、原委員長は批判も浴びた。ただW杯後に交渉を開始したという「出発点」だけは間違っていないと、口調を強め断言する。

 「決勝トーナメントに行ったこと、(パラグアイ戦は)PKだけどいい試合をしたこと、それによって興味を持ってくれた人(候補者)は多かったんだよ。(1次リーグ)3連敗や、1分けとかじゃ『行かないよ、日本なんて』ってすぐに言われちゃっただろうけど、『結構頑張ったね』『日本はチームとして機能していたよ』って。W杯で評価が上がって興味を持ってくれた人は多かった。(選考、交渉をW杯の)前にやることができたとしてもやっぱりW杯を見て『それじゃ行かない』って言われたかもしれない。あれだけ興味を持ってくれたのは日本人の戦い方に可能性を感じてくれたっていうのがあると思う」

就任会見で日本サッカー協会の大仁邦弥副会長(右)、原博実強化担当技術委員長(左)と握手を交わすアルベルト・ザッケローニ新監督=8月31日、東京都内のホテルで

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◆今、一番ザックが日本にふさわしい

 W杯総括、方向性の提示、リストアップ、選考、そして面談、交渉。想定したストーリー通りにはいかなかったのは事実。協会側が「代表監督を任せたい」と考え、指揮官が「日本へ行きたい」と思っても条件はもちろん、タイミングが合致しなければ破談になる。だからこそ、戦略上、情報管理には心を砕いた。

 「W杯のリポートを出して、こう考えてますということを(世間に)言おうと思っていた。だけど、それを説明しようと思っても(候補者と)会えるタイミングとか、会長の改選も重なっちまってその時間がうまく取れなかった。だから内緒で動いたわけじゃなくてさ。まあ、内緒で動いたんだな(笑)。どこに行ったとか漏れたりすると、じゃあ、誰かがしゃべったんじゃないかとなるのが嫌だったんで、協会内でも一切言わないで行ったわけだ。その分、情報も入らないから新聞記者の人は大変だったんだろうけどな」

 極秘裏。水も漏らさぬ警戒ぶり。そんな繊細な水面下の交渉でニッポンとイタリアの名将は結ばれた。ACミランでセリエAを制した98−99シーズン以外にタイトルはなく、イタリア国内では「一時代前の指導者」との声もある。それでも期待を持ってやまない。

 「彼が最も輝いた時代はやっぱり、ウディネーゼからミランに来たころ。あの当時、イタリアは3−5−2布陣でガチガチにつぶしてっていう時に、3−4−3でFWを3トップにして、あの戦い方をこだわってやった。イタリアで『1−0で勝てばいいや』っていうより、本当に1点でも多く取るスタイルだった。(インテル、ユベントスなど)彼自身もいろんなチームをやったから、海外のクラブか、代表(の監督)をやりたいという思いがちょうどあったと思う」

 経験、実績は申し分ない。さらに「人間性」も素晴らしい。それが「およそイタリア人らしくないイタリア人」といわれるザック監督だ。

 「イタリア代表の監督候補にもなっていた中で、いろいろ話したり、サッカー観とかを聞いたり。組織はしっかりつくってくれる。なおかつ、そこにバランスを取りながら攻撃力を加えてくれる。日本人に対してもいい印象を持ってくれているし、どっちかというと、『オレはこうだから、おまえらこうやれ!』というタイプではなく、しっかりそこ(日本人の良さ)は生かしてくれる。彼自身も、日本人ならサポートしてくれるんじゃないかといろいろ感じてくれたみたいだし、実績、プレースタイル、そういうのを見て、彼がやっぱりいま一番、日本にふさわしいかな、と。今、このタイミングではね、というふうに考えたんだ」

 思いのほか交渉を難しくしたのはアジア固有の事情だった。「なぜ?」「なんで?」と、契約交渉前に疑問が次々に原委員長に向けられたという。

 「(外国人に)アジアのことはやっぱり理解できないよ、なかなか。各国のシーズン制の違いは分かる。でもW杯が終わって『なんですぐにアジア杯なんだ?』って。欧州でいえばユーロ(欧州選手権)がW杯の間に入る。アジアの場合、まだ五輪の方がサッカーよりもメーンになっている国が多い、と。その五輪が(W杯の)間に入っている。例えば五輪の時にやるとアジア杯は注目されない。宗教的、気候的な問題で東では7月、8月にやって今度はカタールだから1月、豪州だからまた1月…。そういうことが理解できないんだよ」

日本代表のパラグアイ戦前日練習をスタンドで視察するザッケローニ新監督(前列左)=3日、神奈川・日産スタジアムで

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◆日本独自の日程に疑問も

 アジアだけではない。日本特有のカレンダーについても、理解を求めるのに多くの時間を割かなければならなかった。

 「リーグ戦が終わって天皇杯、そこまで『何で1カ月も空いてんだ?』って言う。『クラブW杯を日本で開催するから』って言うと、『もっと早く終わって、優勝したチームだけクラブW杯に出ればいい』と言う。欧州ならリーグ戦が終われば全部終わる。1週間後にはカップ戦の決勝が終わる。正論なんだよ。でも日本の天皇杯の歴史、昔から支えられてきた大会と言っても理解できないよ。説明した時に『それは直さなきゃいけないね』って誰もが言う。そのカレンダーはやっぱりおかしい、と。そこも理解してもらわないと。『いや、そんなおかしいだろ』で終わっちゃって進まないからな」

 互いの文化を知り合い、感じ合い、同じ未来を見据えた。だから新監督とは「主従」ではなく「共存」関係。日本流、日本式の吸収にもどん欲だ。

 「日本人の良さは残せばいいという感じみたいだね。代表合宿中、実際に監督はトレーナーに鍼(治療)を打ってもらってたよ。『オレ、(鍼を)したことねえ』って。すごい気持ち良かったと言ってた。そういうのも全部、いろんなものを吸収したい、いいものは残せばいいって感じなのよ」

◇日本は2つ上げて30位

 国際サッカー連盟(FIFA)は15日、最新の世界ランキングを発表し、日本は前回より2つ上げて30位につけた。1位のスペインと2位のオランダに変動はなかったが、3位のドイツと4位のブラジルは前回から入れ替わった。フランスは27位に6つ下げた。アジア勢のトップはオーストラリアの24位で、韓国は変わらずに44位。 (共同)

(2010年9月16日 東京中日スポーツ紙面より)

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