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【蹴球探訪】<南アW杯カウントダウン>南アでの高地対策を探る2010年6月10日
◆なでしこ大橋元監督「安心感を与え、暗示をかける」ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会に出場する日本代表は「標高」という難敵とも戦わなければならない。今大会の10会場の最高地点はヨハネスブルクの1753メートル。日本の1次リーグ3試合では、約1500メートルの標高差にさらされる。万全の準備、対策が必要不可欠だ。過去の高地経験、科学的研究の側面から「標高」への対応策のカギを探った。 (松岡祐司) 顔面そう白の選手、嘔吐(おうと)する選手…。ハーフタイムのロッカールームは異様な雰囲気に包まれたという。2007年3月17日、標高2600メートルのメキシコ・トルーカでの女子W杯予選プレーオフ第2戦・なでしこジャパン−メキシコ戦は、まさに「死闘」だった。 なでしこジャパンの指揮官だった大橋浩司氏(現大宮ヘッドコーチ)は、過酷な高地環境に苦しむ選手の姿をいまも鮮明に記憶している。 「『大丈夫か?』なんて声を掛けたら、みんなダウンしてしまいそうでした。それほど厳しい、過酷な状況でしたね」 ◇ 空気中の酸素構成比率は変わらないが、気圧によって単位体積あたりの酸素量が変化する。酸素率として換算すると、平地の20・9%に対して、標高2000メートルの高地では8割弱の16・4%に減少。酸素摂取量の減少に伴い、動脈血中の酸素飽和度が低下することで体に「異変」が表れる。その「異変」という負の部分をつぶしていく作業が重要な事前準備なのだ。日本代表に協力している国立スポーツ科学センター(JISS)の鈴木康弘研究員は、高地対策の肝を「事前に低酸素という“痛み”に慣れること」と指摘する。 なでしこジャパンは、メキシコ決戦の約1カ月前、高地順化をスムーズにするため、JISSの5、6階にある低酸素宿泊室に6日間滞在した。標高2600メートルと同じ低酸素環境下で酸素飽和度などをチェックした。同時に、過度の心配はいらないと「安心感を与え、暗示をかける」(大橋氏)ことによって、メンタル面の未知の不安要素を取り除こうとする狙いもあった。大橋氏は「アジアでは高地の試合がほとんどないので、日本にノウハウがないのは事実」とした上で「水分、栄養バランス、睡眠時間やトレーニングの内容を考えたり、あの状況で精いっぱいの準備はしました」と話した。
◆JISS・鈴木研究員「高地、低地の繰り返し。3戦目がカギ」南アの高地対策の一環として、岡田監督は事前合宿地に標高1800メートルのスイス・ザースフェーを選んだ。さらに、低酸素の空気を吸引するボンベも利用。ただ高地順化にも個人差がある。平地と同じ強度の負荷を一定にかけるのではなく、個々の適応性をじっくり見極めなければならない。 「通常、酸素飽和度は1度下がって、徐々に上がっていきますが、低いままの人が体調を崩すのです。大きく下がらない人もいます。その下がり幅に個人差がある。低酸素の刺激に対して、強い、弱いという個人差がすごくあります」と鈴木研究員。 それだけでも厄介なのだが、今大会は、さらに対応が必要だ。鈴木研究員は「3試合目がキーになる」と断言。高地(ザースフェー=1800メートル)→低地(ジョージ=190メートル)→高地(ブルームフォンテーン=1400メートル)→低地(ジョージ、ダーバン=0メートル)→高地(ルステンブルク=1500メートル)と、何度も上り下りするからだ。 高地順化を念頭に、参加国の半数以上が標高の高いヨハネスブルク周辺にベースキャンプを置く一方で、治安を最優先に考えた日本は低地のジョージを選択した。高地対策という側面から導けば、そこに「危険」が潜んでいるわけだ。 第1戦のカメルーン戦直後にジョージへ戻り、第3戦のデンマーク戦まで10日弱。鈴木研究員は「約10日の間で体が低地に慣れ、再び高地へ上がる時にどれだけストレスがかかるか。そこは危惧(きぐ)している」と指摘。さらに、「高地と低地を何度も上り下りするため、体調を崩す選手が必ず出てくると思う」と話した。 ◇ 今回、日本代表の選手たちはJISSで低酸素トレーニングを実施した。そこで、安静時、運動時の酸素飽和度などを測定済み。鈴木研究員は「大風呂敷を広げては言えないですけど、低酸素に強いタイプ、弱いタイプは分かります」。極論すれば、選手の起用法や交代のタイミングなどに関して、その「数値」を判断材料の1つにすることは可能という。 そうはいっても、心の反応までは測れないのも事実。厳しい環境だからこそメンタルの強さが問われる。大橋氏は「『数値』を参考に先発メンバーを選ぼうかと思ったけど、でも、やはり違った。現地で練習させて選手の表情を見た時、数値ではないな、と。未知の世界という心理的なストレスを克服できる選手には、数値は関係ないと思う」と強調した。 「標高差」に対する完ぺきなレシピはない。目に見えぬ「標高」との戦いのカギは、目に見えぬ「精神力」なのかもしれない。 ◆酸素飽和度 動脈血中のヘモグロビンのうち、酸素と結びついているものの割合を表す。健常人の場合、平地では97−98%だが、標高3000メートルでは約90%以下まで低下する。高地に順化するにつれて、徐々に上昇する傾向がある。 (2010年6月2日 東京中日スポーツ紙面より) この企画、記事に対するご意見、ご感想をメールでお寄せください。shukyu@tokyo-np.co.jp
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