1・男と幼女とメラゾーマ
「そこの男、ちょっとつきあいなさい!」
二月の寒空の下、繁華街の路地裏を歩く神名零一は、突然何者かに声をかけられた。
声――それも、幼い女の声。舌足らずで甘く、それでいて、凛とした強さを持った声。
薄汚い路地裏に、その音色は場違いに色を帯びて響いた。
後ろを振り向き、確認する。目に入ったのは少女。しかも、とびきりの美少女が零一を指差し、街灯の上に立っていた。
背丈は零一の胸程度。硝子のように透き通った白い肌。
小さめの顔に不釣合いな、勝気で大きな瞳。
人形のようにきっちりと切り揃えられた、ふわふわの黒髪。その背中の下まで伸びた髪の毛が風に煽られ、ばさばさと靡いている。
だが、端正な顔立ちとは裏腹に彼女の着ているものは何故かブランド物の深い藍色をしたジャージだった。
――誰だ。
尋ねようとした瞬間、少女の指先から火花が散る。火花はぱちぱちと音を立て、やがて拳大の大きさの火球へと姿を変えていく。
危険を感じ、身を引く。同時に、少女の指から放たれる火球。
火球まるで弾丸のようなスピードで火球は零一のそばをかすめていった。
かすめた火球はそのまま地面に激突。
直後、火柱が立ち、地面が沸騰。炎が消えた後に残ったのは、えぐれ、土と石が剥き出しになった地面だった。
運よく避ける事が出来たが、当たっていればただでは済まなかったろう。非難の声を上げようとする零一をよそに、少女が街灯から飛び降りる。
怪我では済まない高さ。惨事を想像する零一。だが、予想に反し少女は重力に逆らうかのようにふわりと着地。そのまま言葉を放つ。
「ふっ。それでこそわたしの見込んだ男!わたしの話を聞く権利を与えよう」
明るく、元気な。そして無邪気で、嬉しそうな声。
天使の歌声のような、悪魔の誘惑のような、美しい声。
騙されてはいけない。少なくともこの少女は天使ではない。天使は突然見知らぬ男に闇討ちなどしない。天使は火球も放たない、多分。
「その前に、だ。そもそもお前は何者だよ」
人間、あまりにも異常な事態に遭遇すれば逆に冷静になる。
零一の問いに対し、にやり、と少女が不敵な笑みを浮かべ、答える。
「わたしの名前は昂谷ありす。全くめんしきのない赤のたにんだ」
――マジで誰だ。
喉元まで出掛かった言葉を飲み込む。冷静にならなければならない。
「お前は全く面識の無い赤の他人にメラゾーマを唱えるのか」
ここは日本だ。現代日本だ。ファンタジーではない。漫画でもない。
「だいじょうぶだ」
――何がだよ。
今のは喉ではなく舌まで出て来た。危ない。
「あれは余のメラだ」
「大魔王かお前はっ!そもそも魔法が使えるのがおかしいんだよ!」
今のは喉ではなく、実際に口に出してしまった。
「世の中にはたくさん不思議なことがあるのだ」
「不思議なのはお前だ!」
何故かVサインをしている少女――ありすに向かって叫ぶ。そう考えても不思議なことで済ませていい現象ではない。
「何の用だよ」
気を取り直し、再び質問。
路地裏で一般市民に襲いかかって来たのだ。愛の告白やナンパでない事は明白。一体どんな理由があると言うのだろう。
だが、少女の返答は零一の想像を遥かに超えた言葉。いや、誰も想像できない言葉だった。
「一目惚れした!だからわたしといんこうしてほしい!」
「何でだよっ。何で一目惚れからいきなり淫行になるんだ!おかしいだろ!意味わかんねぇよ!色んなプロセスを飛ばしすぎだっ。月から地球くらいまですっ飛ばしてるじゃねぇかっ!」
気づけば、叫んでいた。
ひとしきり言いたいことを言い切り、残ったのはどういうわけか、いくばくかの満足感。
「そう。これが、彼がツッコミに目覚めたしゅんかんなのだった」
「目覚めて無い。勝手に変な解説を入れるな!」
――これが、運命の出会い。
神名零一と、昂谷ありす。二人の馴れ初めである。
カモンアグネス。カモンロリコン。
もう一本のシリーズも宜しくお願いします。
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