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東京電力の福島第1原発事故を契機に、新しい電力供給元として特定規模電気事業者(PPS)が注目を集めている。ところが、東日本大震災後に事業から撤退するPPSもあり、「電力自由化」で生じた市場は大きく成長していない。自由化から10年余が経過したが、電力業界では本格的な競争が起きていないのが実情だ。
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震災直後の3月13日。PPSや既存の電力会社が電力を売買する日本卸電力取引所(JEPX)の幹部は、東電からの電話に衝撃を受けた。「明日から送電網の使用をご遠慮いただきます」。東電が首都圏での計画停電に踏み切る直前の出来事だった。
取引所は、業者間で売買が成立した電気の送電を東電の送電線に頼っている。「送電網使用停止」については東電との間で取り交わされた「約款」に定められており、JEPXに拒否権はない。だが、東電の送電網が使えなければ、PPSは契約先に電気を届けることができない。結局、JEPXは5月31日まで東京市場の閉鎖を余儀なくされた。
閉鎖期間中に、ホームセンター運営「島忠」などPPS4社が取引所の会員から脱退した。これまで市場を通じて割安に調達していたが、震災による電力不足で取引価格が高騰する可能性があると読んだためだ。撤退したある企業の幹部は「東電の声一つで閉鎖される市場に独立性がないことがよく分かった」とため息をついた。
日本では90年代半ば以降、海外より割高な電気料金に対する不満が強まり、自由化に向けた制度改革が本格化した。00年には電力の小売り自由化が実現し、契約電力量が2000キロワット以上の大工場や百貨店などを対象にPPSが自由に電気を販売できるようになった。契約電力の規制は、04年に500キロワット以上、05年に50キロワット以上に引き下げられ、同年「自由に」電気を売買できるJEPXも開設された。
これで外見上は競争環境が整ったように見えたが、実際には思うように競争は進んでいない。経済産業省によると、PPSは今年10月現在、商社やガス会社など計46社あるが、実際に電気の小売りを手掛けているPPSは27社で、残りは「開店休業」状態だ。PPSの販売電力量は自由化対象となる電力の約3・5%しかなく、電力市場では事実上、電力大手10社の独占体制が続いている。
取引所の関係者は「市場は送電線を持つ大手に支配されている。大手から送電部門を切り離す発送電分離がない限り、大手とPPSは対等な競争ができない」と指摘する。また、PPSから撤退した企業の幹部は「大手は大手同士で価格をすり合わせ、需要家に圧力をかけて我々の商談を壊しにくる」と憤る。
契約先に届ける電気が調達できなくなったPPSは、不足分を大手から通常価格の3倍程度で購入しなければならないルールもある。撤退した別の企業幹部は「原発のような安定した電源を持たない我々は突然の電気の不足は避けられない。そのたびに高額のペナルティーを払わされるのはあまりにも痛かった」と話す。【斉藤信宏、寺田剛、浜中慎哉】
特定規模電気事業者(PPS=Power Producer&Supplierの略称)は、ビルや工場など多くの電気を使う事業者向けに電気を小売りする事業者の総称だ。東京ガスや大阪ガスが出資する「エネット」や住友商事系の「サミットエナジー」など46社が事業登録している。本業がエネルギーに関係なくても、契約先に約束した電気を届けることができればよく、自前の発電所で発電する企業もあれば、自家発電設備を持つ企業から余った電力を仕入れて小売りする企業もある。
東電や関西電力など大手の電気料金は、燃料費などに加えてインフラ設備の維持・修繕費などのコストが「総括原価方式」に基づいて上乗せされ、国への届け出や認可が必要だが、PPSは自由な価格で販売できる。大手よりインフラへの投資が少ない分だけ割安な料金設定ができるといわれる。
そのPPSが誕生して10年余が経過したが、今回のアンケートでは、20自治体が「PPSから電気を買えることを知らなかった」と回答しており、周知がまだ徹底していないことが浮き彫りになった。
千葉県銚子市は「電力自由化は知っていたが、自治体もPPSから電力を購入できるとは知らなかった」と回答した。「情報が少なく、検討段階に達していない」(千葉県山武市)など、PPSの存在は知っていても、細かな情報までは収集していない自治体も目立った。
他の自治体では、担当者がPPSの存在を知らない自治体もあった。
一方、電力の購入先をPPSに切り替えた自治体からは「ここまで安くなるとは思わなかった。うれしい誤算」(東京都立川市)との声が上がる。
立川市は昨年度から、経費削減の取り組みの一環で、市営立川競輪場の電気の購入先をPPSに切り替え、それまで年間6280万円かかっていた電気代が4600万円に減った。今年度は立川競輪のほか、小中学校や保育園、公民館など52施設をPPSに切り替え、約4000万円の電気代節減を見込んでいる。
アンケートに回答した自治体からは「PPSが電気を安定供給できるか不安だ」との意見があるが、同市行政経営課の田中準也課長は「東電から購入していたころと比べても(PPSに)何の不便も感じない」と話す。
同市には自治体からの視察や問い合わせのほか、住民の陳情を受けて視察する市町村議員も相次いでいる。今後、PPSへの切り替えを要望する住民の働きかけが各自治体で活発化する可能性もある。【三沢耕平、永井大介】
毎日新聞 2011年11月26日 東京朝刊
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