〈知遊自在〉被爆の現実 漫画に託す

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ナガサキにも「はだしのゲン」を――。「マンガで読むナガサキ」を描く漫画家のマルモトイヅミさん(右)と、発行したタイピント印刷の山口晃さん=長崎市内

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中沢啓治さんの「はだしのゲン」(汐文社刊)

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マルモトイヅミさんの「マンガで読むナガサキ」(タイピントギャラリー刊)

■記憶を紡ぐ〜開戦70年:3

 ドラゴンボール、キン肉マン、キャプテン翼、スラムダンク……。数々の少年漫画の傑作を世に送り出してきた「週刊少年ジャンプ」に、創刊から間もない1973年、太平洋戦争の時代を描いた連載漫画が登場した。

 「はだしのゲン」。広島出身の中沢啓治さん(72)が自らの被爆体験をもとに、原爆の凄惨(せいさん)さや被爆者たちの生きる姿を描いた。

 熱線を浴びて指先から垂れ下がった皮膚、爆風で体中に突き刺さったガラスの破片、黒こげになって山積みされた遺体。残酷に描かれることで、原爆のむごたらしさを読者に強烈に印象づけた。

 「ゲン」はその後、単行本化され、「平和の教材」として学校の図書室などに並ぶ。発行部数は累計1千万部に及ぶとされ、十数カ国語に翻訳。映画やアニメにもなった。「たった一つの漫画が、戦争を知らない世代の戦争や原爆のイメージに大きな影響を与えた」と、吉村和真・京都精華大マンガ学部准教授は解説する。

 実際の戦争を体験していない戦後世代。だが、漫画や映画、アニメに描かれることで、むしろ体験者より戦争を知っているのではないか。

 「ビジュアル的にデフォルメしたり強調したり、いわば記憶を『操作』しながら、漫画は戦争の悲惨さを伝えてきた。その一方で描けないものもある」

 吉村准教授は「キノコ雲」の描かれ方に注目する。毎年、夏が近づくと、「敗戦」の象徴的なイメージで繰り返し流される原爆の映像。「ゲン」を含め、どの漫画の中でも常に描かれてきたのは上空から見たキノコ雲だった。地上からどう見えたか、原爆の真下にいた「ゲン」には描けない。「空から見た雲は米側の視点。私たちは原爆が炸裂(さく・れつ)した瞬間を、落とされた側ではなく、投下した側の立場でしか記憶できなかった」

 2007〜09年に連載された漫画家、こうの史代さんの「この世界の片隅に」。作品には広島から20キロ離れた呉市から眺めた入道雲のような原子雲が描かれる。それは落とされた側から見たキノコ雲だ。「いろんな視点で描かれた作品をつなぎ合わせれば、漫画だから描ける戦争の風景を共有できるのではないか」と、吉村准教授はみる。

 薄れゆく戦争の記憶を漫画に託して伝えようという動きは、もう一つの被爆地、長崎にもある。

 今年10月、地元の印刷会社から出版された「マンガで読むナガサキ」。被爆者3人の体験が漫画でつづられている。「被爆者が話をしても若い人にはピンと来ない。漫画やアニメで育った世代だから、漫画なら伝わるかと」。社長の山口晃さん(78)が動機を語る。

 描いたのは長崎在住の漫画家マルモトイヅミさん(47)。被爆2世だ。話を持ちかけられた時は「実際に体験していないのに描けるのか」とためらった。だが、被爆者の講演を退屈そうに聞く子どもたちの姿を目の当たりにし、決断した。

 自ら被爆者を訪ねて体験を聞き取り、悲惨な場面だけではなく、キラキラした美しい思い出も加えて作品に仕上げた。「もっと悲惨だった」「こんなんじゃなかった」。そんな被爆者からの批判も覚悟したが、強く意識したのは読み手の子どもたちだ。

 「漫画を糸口に、子どもが原爆のことをもっと知りたいと思うようになればいい」とマルモトさん。現代ニッポンのポップカルチャーだからこそ伝わる被爆の風景もある、と信じている。(深松真司)

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